<喫茶ホワイト 15:21PM>
「有難う御座いました〜」
会計を済ませて出ていった客に向かってその声が飛ぶ。
声の主はこの喫茶ホワイトのウエイトレス、長森瑞佳。流行っているのか流行っていないのかよく解らないこの喫茶店の看板娘。
「さて、また暇になったな……」
そう言ったのはこの喫茶店のマスターである。一応店オリジナルのエプロンをつけた格好はそれなりに様になっている。これでパイプでもくわえれば、それっぽいのだろうが、生憎と彼はタバコを吸わないのだった。
「暇になったね……それでいいのかどうかは知らないけど」
いきなりカウンターの中で新聞を広げ始めたマスターに向かって冷たい視線を向けながら瑞佳がそう言う。
「いいのいいの。どうせ一番の収入源である城西大学も試験休みに入ったことだし、それにこの店、何時も暇じゃないか」
「それって基本的に大問題だよ……」
ハァァとため息をつきながら瑞佳はカウンターの椅子に腰を下ろした。
「ところで……祐の字はまだ戻らないのか?」
新聞に目を通しながらマスターが未だ戻ってこないこの店のもう一人の従業員のことを瑞佳に尋ねる。
瑞佳は壁に掛かっている時計をちらりと見やった。その彼が出ていってからかなりの時間が過ぎている。もうそろそろ帰ってきてもおかしくないだろう。
「もうそろそろ帰ってくるんじゃないかな……ほら」
彼女がそう言うと同時に表の方からバイクのエンジン音が聞こえてきた。特徴のあるエンジン音。この世に一台しかない、まさしく彼のバイクだろう。
カランカランとカウベルの音を鳴らしながらドアを開けて一人の青年が大きな袋を抱えて中に入ってきた。
「ただいま〜」
「お帰り、祐さん」
中に入ってきた青年を見た瑞佳が笑顔を見せてそう言う。
青年はニッコリと笑って頷くと持っていた袋をカウンターの上に置いた。
「はい、マスターのご注文の品」
「おう、ご苦労さん」
新聞を畳みながらそう言い、マスターは袋に手を伸ばして中身を確認する。袋の中身はコーヒー豆やらナプキンやらの消耗品。店で使う消耗品の買い出しを青年に頼んでいたらしい。中身を確認するとマスターはその袋を手に取り、奧へと持っていった。
マスターが奧に消えていくのを見てから瑞佳が今度はカウンターの中に入り、青年がカウンター席のイスに腰を下ろす。
「お疲れさま、何か飲む?」
「有難う、瑞佳さん。じゃ、アイスコーヒー、ブラックで」
「了解」
少し戯けたように瑞佳は言い、早速青年の注文したアイスコーヒーの制作に取りかかる。毎度毎度のことなのでなかなか手慣れた様子でアイスコーヒーを作っていく瑞佳を見ながら青年はため息をついた。
「しっかし暑いな〜……この調子だと夏本番になったらどうなるんだ?」
「最近ヒートアイランド現象とかエルニーニョとか色々あるしね。きっと今年も暑くなると思うよ」
アイスコーヒーを作る手を休めずに瑞佳が青年の呟きに答える。
「………名雪と一緒に帰ればよかった」
パタンと頭をカウンターに乗せて青年が呟いた。
彼の恋人がいるN県は避暑地としても有名な軽井沢を擁しているだけあって夏でも過ごしやすい日が多い。少なくてもこの東京よりは。
「何言ってるんだよ。祐さんにはやらなきゃいけないことあるんでしょ?」
そう言いながら瑞佳は氷の入ったアイスコーヒーを青年の前に置いた。
「ん〜……まぁ、そうなんだけど。しかし、暑いのはなぁ………」
ブラックのアイスコーヒーに口を付けながら、その苦さに少し顔をしかめるようにして青年は瑞佳に言い返す。
「未確認も暑いからって出てこなくなってくれりゃ嬉しいんだけどなぁ」
「馬鹿なこと言ってないで、それ飲んだらちゃんと店の仕事手伝ってよ? 今日は佳乃ちゃんいないんだから」
洗い物を始めながら瑞佳が上目遣いにそう言うと、青年はアイスコーヒーを飲みながら小さく頷くのであった。
青年の名は相沢祐一。ふとしたことから戦士・カノンとなり、人類を襲う謎の未確認生命体と戦う運命を背負わされた青年である。が、普段はこの喫茶ホワイトの居候兼従業員なのであった。

<神奈川県川崎市大師橋前 16:43PM>
この橋を越えれば東京都、と言うところで川澄 舞と遠野美凪は足を止めていた。
片や武者修行の放浪の旅、片や家出少女とあまり接点のない二人であったがとあるところで出会い、何故か意気投合、今までずっと一緒に旅(のようなもの)を続けてきたのである。どちらも特に行く宛のない身ではあるが、何となくこの東京だけは避けていた。何故なら謎の未確認生命体が一番多く出現する地域であるからだ。
「本当に……いいの?」
舞が振り返って尋ねると美凪は小さく頷いた。
「構いません」
「……そう」
短くそう答え、舞は再び正面を向いて歩き出した。
その後に美凪が続く。
ここしばらく未確認生命体は出現していないらしいことは二人ともニュースで知っていた。だが、それが何時まで続くのかまでは誰にも解らない。二人が東京に入った瞬間、何処からともなく出現して襲いかかってくるかも知れないのだ。
過去に未確認生命体と戦ったことのある舞だが、その力は到底人間のかなうものでは無いと言うことを身をもって痛感させられた。自分一人なら何とか逃げることは出来るかも知れないが美凪を伴うとかなり厳しいだろう。もし、未確認生命体が現れたら……そう考えると怖いと言う気もする。だが、同時にこの東京にはその未確認生命体を倒すことの出来る存在がいる。未確認生命体第3号、またの名をカノン。彼女にとってその存在は決して遠い世界のものではない。
(だから……大丈夫)
心の中でそう思い、自らを叱咤して足を進める。
この先、東京で一体何が待っているか。彼女たちは知る由もない。

仮面ライダーカノン
Episode.51「帰郷」

<喫茶ホワイト 17:53PM>
そろそろ夕食時と言う時間。
喫茶ホワイトも特製カレーをメニューに持っているだけにそれを目当てで来る客もそれなりにいる。わざわざ夕飯にしようと言う人は珍しいが。
城西大学考古学研究室に在籍している美坂香里はその珍しい方の一人であった。
「……今日のカレーは瑞佳さんが作ったのね?」
一口食べてからぽつりと呟く香里にカウンターの中にいた祐一と瑞佳が驚いたように顔を見合わせた。
「……何で解ったんだ?」
「簡単に言えば味ね。マスターが作ったのはちょっと辛目、相沢君が作るとちょっと薄め、で、瑞佳さんが作ると丁度いい味」
「……知らなかった」
「私も」
香里の言葉に普通に驚く二人。
一方言った方の香里はそんな二人を少し見上げるようにして、それから小さくため息をついた。
「あのねぇ、私がどれくらいここに来てると思ってるの? これくらい解って当たり前よ」
呆れたように言う香里に祐一が腕を組んで深く頷いた。
「だろうなぁ……香里ってここと研究室以外で見掛けたことないし」
「そう言えば普段の食生活ってどうしてるの? この辺ってあまりファミレスとかないし」
「気のせいか、香里って自分で料理とかしなさそうなんだよなぁ。もしかしてあれか、インスタントとかか、もしくはここ?」
「インスタントばっかりはあまり身体に良くないよ。やっぱり面倒でもちゃんと自炊した方が……」
「そう言えば瑞佳さんってそう言うの得意そうだよね」
「う〜ん、得意とかそう言うんじゃなくって。私の場合やらないと誰もやってくれないし」
自分をほっといて会話を続ける瑞佳と祐一をやや呆然としながら見ていた香里だが、やがて気を取り直したようにカレーにスプーンを突っ込んだ。とりあえず後で名雪にちくっておこうと密かに心の中で決意しながら。
そこにカランカランとカウベルを鳴らしてドアが勢いよく開かれた。
「おっはよー!!」
物凄く元気のいい声が店内に響き渡る。
「あら、佳乃ちゃんじゃない」
そう言ったのは瑞佳だ。
「おはよー、瑞佳さん、それに祐さん、香里さんも」
しゅたっと手を挙げながらそう言ったのはこの喫茶ホワイトのアルバイト、霧島佳乃。
「お早う、佳乃ちゃん」
「うっす」
「もうお早うという時間じゃないけどね」
三者三様の答えを返すのを聞きながら佳乃は香里の隣の席にちょこんと腰を下ろした。
「どうしたの? 今日はお休みだったじゃない」
佳乃の前に水の入ったコップを置きながら瑞佳が尋ねると、佳乃はニッコリと満面の笑みを浮かべた。
「へっへ〜。実は今度実家に帰るんだけど」
「そう言えばもうそんな季節ね」
そう言って後ろにかかっているカレンダーを振り返る瑞佳。
瑞佳と佳乃の付き合いは結構長いらしい。少なくても祐一がこの店に来るよりも1年は前からいると言う話だ。だから瑞佳は知っているのだろう、佳乃がこの季節、実家に帰ると言うことを。
「今度は何日ぐらいなの?」
「そう、それ!」
尋ねる瑞佳に向かってそう言い、ビシッと彼女を指さす佳乃。
思わずビクッと震える瑞佳に、呆気にとられて何も言えない祐一と香里。
そんな3人の様子など全く気にすることなく佳乃は瑞佳に突き付けた指を天井へと向けていく。
「ぱんぱかぱ〜ん、おめでとう御座いまぁっす!! 厳正なる抽選の結果、喫茶ホワイトの皆様をかのりんの生まれ故郷へとご招待することになりましたぁ!!」
高らかに宣言する佳乃を呆然と見つめている3人。
おそらく3人が3人とも現状を把握し切れていないだろう。
一方の佳乃は3人から全く何のリアクションも返ってきていないことに気付くと急に不安そうな顔をして3人の方を見やった。
「えっと……ダメかなぁ?」
「……あ〜、イヤ、ダメとかじゃなくて」
一番始めに口を開いたのは祐一だった。
「正直に言うと呆気にとられていたって言うか何て言うか。とりあえず何、佳乃ちゃんの故郷に俺たちを招待してくれるって事?」
「うん、そう言う事だよぉ」
ようやく自分の言ったことを理解して貰えて嬉しそうに佳乃が頷く。
「……佳乃ちゃん、ちょっと質問だけど……その喫茶ホワイト一同様ってのには私も入ってるの?」
何故か不安そうに尋ねる香里。
そんな香里の方を見て小首を傾げる佳乃だが、すぐに大きくこっくりと頷いた。どうやら彼女の中では香里はしっかり喫茶ホワイトの一員になってしまっているらしい。
「あ〜……悪いけど私はパス」
「え〜、どうして〜?」
少し考えてから申し訳なさそうに言う香里に対し、佳乃は明らかに不服そうにそう尋ねた。
「まだまだ解読しなくっちゃならない古代文字も沢山残ってるしね。それに私個人の卒業とかのレポートも書かなくっちゃいけないし」
「う〜………」
香里の説明を聞いてもまだ不満そうな佳乃。
「まぁまぁ、それじゃ仕方ないよ、佳乃ちゃん」
「ちょっといきなりだったからな。香里の方に何か都合があるなら仕方ないと思うぞ、俺も」
「私達なら大丈夫だよ」
「まぁ、この店が休みになるなら、だけど」
瑞佳と祐一の二人がかりで佳乃をなだめていると奧からマスターが顔を覗かせた。今まで何をしていたのか欠伸をかみ殺しながら。
「おう、佳乃。来てたのか」
佳乃の姿を見つけ、片手を上げながらそう言うマスター。
「マスタ〜……マスターはどうするの?」
拗ねたように頬を膨らませたかのがマスターを見つめて尋ねるが、今出てきたばかりのマスターには何のことだか到底解るはずもない。瑞佳の方を見て何事かと言う顔をする。
「えっとね……」
佳乃に替わって説明を始める瑞佳。
全ての説明を聞いたマスターは満面の笑みでポンと手を打つ。
「おお、そりゃ渡りに船だ! どうせ夏の間はロクに稼ぎにならないから店締めて何処か行こうかと思っていたところだったんだよな!」
「ま、マスター……それじゃ」
「おお、勿論佳乃のその申し出、受けるに決まっている!」
ビシッと何故か祐一を指さしてマスターがそう宣言した。
一方指を突き付けられた祐一は思わず後ずさりしてしまう。そして苦笑を浮かべている瑞佳に香里がぽつりと呟いた。
「……この店、本当にやっていけてるの?」
「……あはは……多分、大丈夫だと思うよ」

<海岸沿いの道路 10:48AM>
あまり混んでいない海岸沿いの道を軽快に進んでいくランドクルーザー。
ハンドルを握っているのは関東医大病院の医師である霧島 聖。霧島佳乃の実の姉である。
彼女の隣、助手席にはアロハシャツにサングラスと言った出で立ちのマスター。後部座席には佳乃と瑞佳が座っている。
「しっかし悪いね〜、先生。付き合わせて貰っちゃって」
「いやいや。誘ったのはこっちだ。遠慮などしないで欲しい」
今日は流石に白衣などではなく、ごく普通のサマージャケットを着た聖がマスターにそう言い、口元にだけ笑みを浮かべた。
「そうだよぉ。遠慮なんかしなくてOKだから気にせずにね、マスターも、瑞佳さんも」
後ろから身を乗り出して佳乃がそう言う。
香里が参加しないと言うことで少々不服そうにしていたが、いざ出発してみるといつも以上に元気である。
「それにしてもいい天気でよかったね。この調子だと暑くなりそうだよ」
外を見ながら瑞佳が言った。
確かに彼女の言う通り、外はいい天気である。まだ本格的な夏には少し早いが、この分なら充分以上に真夏日だろう。
「……ところで祐さん、ちゃんとついてきてるかな?」
「ン〜、大丈夫じゃないか?」
呑気な声でマスターが瑞佳に返す。
軽快に走るランドクルーザーのやや後方、そこに一台の見慣れない形状のオフロードタイプのバイクが走っていた。おそらくはこの世に一台しかないカスタムメイドのスーパーマシン、ロードツイスター。全地形走破を目指し、時速300キロを誇るこの超絶マシンを駆るは相沢祐一。
「しっかしいいのかね〜。東京、勝手に留守にして」
前を走るランドクルーザーの後部を見ながら祐一は呟いた。
やはり国崎にだけは連絡しておいた方がよかったような気がしないでもない。何せ彼だけが警視庁未確認生命体対策本部の中でも祐一のことを知っているからだ。未確認生命体第3号、カノンと呼ばれる存在の方の自分を。
「まぁ、いざって時は北川もいるし、折原の奴もなんとか動いてくれるだろ。たまには俺だって休みたいし」
ぶつぶつ言いながら祐一はランドクルーザーにあまり離されないよう注意しながらアクセルを回していった。

<喫茶ホワイト前 11:29AM>
ドアの前にかかっている「休業中」のプレートを見て、国崎往人は呆然としていた。
ちょっと早めの昼飯でも食おうと思ってわざわざここまで足を伸ばしてきたのだ。別段ここのメニューに何かお目当てがある訳ではない。むしろここで働いている奴に用事があると言えばあったのだろう。だが、昼飯も働いている奴に対する用事も全て吹っ飛んでしまった。
ドアの前に立ち尽くすこと数分、呆然とし続けていた国崎はいきなり後頭部を派手に殴られて、ようやく我に返った。
「ぬおおおっ!?」
殴られた後頭部を手で押さえながら振り返るとそこには呆れたような顔の美坂香里が立っている。
「な、な、な、何をするか、この暴力女!!」
「閉まっている店の前で間抜け面下げて立ち尽くしていた男に言われたくないわね、そう言うことは」
思い切り怒鳴る国崎に対し、香里はやたら冷静な口調で言い返す。よく見ると彼女の手には半キャップ型のヘルメット、後ろにはスクーターが止まっている。どうやら通りがかりに喫茶ホワイトの前で立ち尽くしている国崎を見つけてわざわざ自分も止まったらしい。
「で、何やってんのよ、こんなところで。あんた忙しいんじゃなかったの?」
思い切り半眼になった香里が物凄く冷たい口調で国崎に問いかける。
「う……」
思わずたじろぐ国崎。
どうも彼女は苦手である。インテリタイプが苦手、と言うこともあるのだが、それ以上に何か気圧されてしまうのだ。理由は定かではないが。
「まぁ、ここ最近未確認も出てこないし、平和な日が続いているからあんたも弛んでいることでしょうねぇ」
「嫌味だな、おい」
苦笑を浮かべる国崎。
だが、それは一方で事実であった。未確認生命体は第30号を最後にここしばらく姿を現していない。今までも何度か姿を現さない期間があったが今回は今までの中でも最長である。その為、未確認生命体対策本部の中でも少しずつであるが緊張感が薄れ始めていた。その際たる者が彼、国崎であるのだが。
「……ところで一体どうなっているんだ? ここは年中無休じゃなかったのか?」
話を変えるように国崎はそう言い、ドアを指さした。
「ああ、マスターの気まぐれでね。今は佳乃ちゃんの田舎に行っているのよ」
「気まぐれねぇ……全く、客をほっといていいのか、この店は」
「まぁ、夏場は最大の収入源である城西大学の学生も夏休みで来ないからね。1日2日休んだところで影響ないんじゃないの?」
香里はそう言うと手に持っていたヘルメットを被った。それから止めてあったスクーターに向かって歩き出す。
「お昼ご飯ぐらいなら構内の学食が開いているから食べられるわよ」
国崎に向かってそう言い残すと香里はスクーターに乗って城西大学のキャンパスの方へ向かって走りはじめた。
一人、閉店中の喫茶ホワイトの前に残された国崎はどうするか少しの間思案し、それから路上に停めてあった自分の覆面車に乗り込むと香里が去っていった方向へと走らせはじめた。とりあえずは昼食を優先させたらしい。
どうやら世間は平和なようだった。

<東京都立大学 13:12PM>
エドワード=ビンセント=バリモア、通称エディがその研究室に入ろうとドアノブに手を伸ばした時だった。いきなりドアが内側から開き、中から明らかに業者のような恰好をした人達がわらわらと現れ何かを運び出していく。
「おっと……」
邪魔にならないように脇に移動するエディ。
そんな彼を見つけたらしいこの研究室の主がちょこちょこと彼の側まで歩いてきた。
「遅いわよ、エドワード=ビンセント=バリモア略してエディ」
「わ、びっくりした……」
いきなり背後に現れた(ようにしか見えなかった)この研究室の主・前田 純を振り返りながらエディが少し困ったような笑みを浮かべて言う。
「先生、驚かしっこは無しだよ」
「気付かない君が悪い。それに約束の時間はとっくに過ぎているぞ」
いかにも怒ってますと言う風に頬を膨らませて前田が言い返す。
そんな彼女を見て、やれやれと言う感じでエディが肩を竦めた。
「いきなり呼びだしておいてそれはないでしょ、先生。僕だって色々とやらないといけないことがあるんだから」
「……とにかく手伝って貰える? 今日中に全部搬出しないといけないから」
前田はそう言うとすぐにまた研究室の中に戻っていく。
その間にも業者が様々な物を運び出していた。よく見ると研究室の中にあったガラスケースに陳列されていた物らしい。
慌てて中に飛び込んだエディはがらんとした研究室を見て思わず唖然となってしまった。
前に香里を伴って来た時は道に迷う程のまるで迷路のようだった室内が綺麗に片付けられてしまい、この部屋が想像以上に広いと言うことが見て取れる。
「せ、先生!」
この研究室内の様子にエディは慌てて前田に声をかけた。
「どうしたの、エドワード=ビンセント=バリモア略してエディ?」
「い、一体何なんですか、この惨状は!? まさかクビになったとか?」
「何言ってるのよ。今度うちの大学の構内にある美術館で展示会やるのよ、平安時代展。その為に私の研究室も協力することになってね」
「なるほど……それで」
ようやく理解出来た、と言う感じで頷くエディ。
しかし、もう夏休みに入ると言うのに何故大学構内で展示会などやるのだろうか。構内の美術館と言うことは客のメインは学生なのだろう。その学生がいない夏休みの間にやる展示会。意味がわからない。
「ですけど、何で今なんです?」
あえて尋ねてみるエディだが、前田は謎の微笑みを浮かべて何も答えようとはしなかった。

<とある港町・霧島診療所 15:11PM>
一年ぶりに診療所の玄関を開け、中に一歩踏み入れた聖が中の埃臭さに思わず顔をしかめた。
「やはり一年も開けると凄いな」
「そりゃそうだろーなぁ。うちなんざ毎日掃除しててもあれだし」
「やってるのは主に私と祐さんだけどね」
聖に続いて中に入ってきたマスターと瑞佳が口々に言う。
「とりあえずは掃除をしないとな。それから食事の支度をするとして……」
「それじゃさっさと始めますか」
そう言いながら祐一が中に入ってきた。すぐ後ろには佳乃の姿もある。どうやら診療所の前で祐一の到着を彼女は待っていたらしい。
「それじゃお掃除開始だよぉ!」
元気よく宣言する佳乃に皆大きく頷くのであった。
診療所と母家の掃除にはたっぷりと三時間以上かかってしまい、5人が夕食にありつけたのは、もうそろそろ夕焼け空がその赤さをより一層増している頃合いだったとか。

<東京都立大学美術館前 19:39PM>
そろそろ、と言うかようやく、と言うか夕焼け空も暗く夜の帳が降り始めた頃合いの空。そんな空を見上げてエディは大きく伸びをした。
ここに来てから重い荷物を業者と一緒になって運ばされ続けて、それが終わったかと思うと今度は陳列の手伝いをやらされああでもないこうでもないと頭を捻り続けて、ようやく先程解放されたのである。
はっきり言って明日は筋肉痛だろう。特に用事がなければ家でゆっくりとしていたい。そう思いながら歩き出すエディ。これから一度城西大学まで戻り、書きかけのレポートを持って帰らねば。まだ香里さんが研究室に居るだろうから晩ご飯でも一緒に食べに行こう。一人で食べるよりも二人の方がマシのはずだ。
「ちょっと待ちなさい、エドワード=ビンセント=バリモア略してエディ」
何を食べようかと思案していたエディの後ろからかけられる声。
その声に足を止め、ゆっくりと振り返ると丁度美術館の入り口の所に前田が立ち、腕を組んでこっちを見つめている。
「な、何ですか、前田先生……もう用はないってさっき……」
恐る恐るエディが尋ねると前田は不気味な笑みを口元に浮かべた。
「フッフッフ……」
「イヤ、怖いんですけど」
たらーと汗が頬を伝い落ちる。
「……今日の所はご苦労様。これ、手伝い賃」
そう言いながら前田はエディの側までやってくると封筒を取り出し、彼に手渡した。
「あんまり入ってないけど晩ご飯代ぐらいにはなるでしょ?」
「あ、有難う御座います……」
今日の報酬が出るとはちょっと予測していなかっただけにエディは少し面食らっている。前田はこう言う所では妙にちゃっかりしていたはずなのだが。今までも何度も無報酬で手伝わされているだけに今回もまた無報酬だと覚悟していたのだ。それがちゃんと報酬を用意してある。珍しいこともあるものだ。
「それじゃ僕はこれで……」
「ああ、有難うね、今日は。今度美坂さんを誘って見に来てね」
「ええ、そうします」
前に来た時、香里はこの研究室のものにそれなりに興味を示していた。だから誘えば断りはしないだろう。そう思ったエディがそう答え、前田に向かって手を振りながら歩き出した。
同じように手を振り、去っていくエディを見送る前田。
彼の姿が見えなくなると、不意に彼女の表情が変わった。先程まで浮かべていた笑みは消え、何処か虚ろな表情になる。
「……準備は整いました……後は……その時が来るのを待つだけ」
前田の口から漏れるその声は、前田のものではなかった。彼女の口を介して、誰か別の人物が喋っている。そう言う感じの声。
「もうじき……もうじきです……後少しだけお待ち下さい……」
言いながら前田は美術館へと戻っていく。
美術館のガラス張りのドアを手で押し開け、中に入っていく前田。だが、その時、ガラスに映し出されていたのは彼女ではなく、平安時代の女房の様な格好の女性の姿であったのだが、それに気付いたものは勿論誰一人としていなかった。

<台東区・国立文化財研究所 20:03PM>
誰もいない研究室。
とあるデスクの上に一本の古そうな剣が置かれている。反りのない直刀、一般的に日本刀と呼ばれる刀剣よりも古い代物。
薄暗い研究室の中、その剣がまるで誰かが触れたかのようにぴくりと震えた。イヤ、実際には誰もいない。その剣が勝手に震えたのだ。
剣の震えは徐々に激しくなり、ついにはデスクの上から落ちてしまう。だが、それでも震えは止まらず、まるで何処かへ行こうとしているかのように動き出した。だが、それも閉じられたドアの手前まで。流石に閉じられ施錠までされたドアを越えることは出来ないらしい。
と、そのドアが向こう側からいきなり開けられた。かなり強引に開いたらしく、ドアを止めている蝶番が外れてしまっている。ドアを無理矢理開けた何者かは、もはや用を為さなくなったドアを無造作に横に投げ捨てると床に落ちている剣を拾い上げた。
しばらくの間その剣を握り、感触を確かめていたが、やがてその剣を腰に帯びるとゆっくりと研究室に背を向けて歩き出した。
その後ろ姿は薄暗くてはっきりとは解らなかったが鎧武者そのもののようであった……。

<霧島診療所 22:43PM>
空には月が昇り、その光がその港町を照らし出している。
祐一は霧島診療所の表に出ると階段に腰を下ろし、月の浮かんでいる夜空を眺めていた。この診療所は商店街に面しているので街灯があるのだが、それでも空には星が沢山瞬いているのが解る。ちょっと歩けばもっと星の見える場所などいくらでもあるだろう。何せ海も近ければ山も近い、本当に田舎町だからだ。
「やっぱり……呼べばよかったかな……?」
そう呟いて苦笑する。
「……名雪君のことか?」
いきなり背後からそう言われて、慌てて振り返ると入り口の所に聖が腕を組んで立っていた。顔が少し赤いのは先程まで中でマスターや瑞佳と一緒にお酒を飲んでいたからに違いない。余りアルコール類が好きでもない祐一はさっさとあの場から逃げ出し、ここで酔いを醒ましていたのだ。そこに聖がやってきたと言うのは祐一と同じく酔いを醒ます為か、それとも祐一を連れ戻しに来たか、そのどちらかだろう。
「ひ、聖先生!?」
「フフフ……どうやら図星だったようだな」
驚いている祐一に対してニヤニヤ笑いを浮かべてそう言う聖。それから彼女は祐一の隣にそっと腰を下ろした。
「後悔するぐらいなら呼んであげればよかったんじゃないか?」
「……後悔とかそう言うんじゃなくって……まぁ、今はまだ会えませんよ。この間帰ったばかりだし、色々と心の整理もしなくちゃいけないだろうし」
苦笑を浮かべて答える祐一。
「心の整理、か……大変だろうな」
「大丈夫ですよ、名雪なら。ああ見えてあいつはそんなに弱くない。立ち直ることぐらいなら、ね」
少し心配そうな顔をした聖にそう言い、祐一は立ち上がった。階段を下り、診療所の前にある駐車スペースに止めてあるロードツイスターのシート部分に手を置く。
「それよりも……未確認の方が気になります。ここしばらく姿を現してないけど……もうそろそろ活動を再開させてもおかしくない」
「……だな。おそらくだが……これが最後の休暇になるだろう。東京に戻れば、未確認生命体との戦いに決着がつくまで当分休めそうにはない。そんな気がする」
真剣な表情の祐一に同じような表情を浮かべて頷き返す聖。だが、すぐに彼女は笑みを浮かべた。
「だからこそ、この短い休暇を充実させよう。君も国崎君からの呼び出しがあるまではのんびりしておきたまえ」
「そうさせて貰いますよ、先生」
そう言って祐一は立ち上がった聖と共に診療所の中へと戻っていく。
中では未だ瑞佳、マスターが酒盛りの真っ最中だった。この様子だとつぶれるまで飲んでいそうだ。
やれやれ、と思いながら祐一はあの二人に付き合うべくテーブルにつくのであった。

<霧島診療所 02:12AM>
流石のマスター、瑞佳も完全に酔いつぶれてしまい、つられて祐一まで酔いつぶされ3人ともテーブルに突っ伏して居眠っている。聖は自分の部屋に戻り、佳乃も久々に自分の部屋に戻ってもう眠ってしまっているだろう。静かな時間が過ぎていく。
そんな中、ふと物音が聞こえたような気がして祐一は目を覚ました。戦士・カノンに変身出来るようになって数ヶ月、最近は変身前でも感覚が鋭くなっているのか些細なことで目を覚ますようになってしまった。これがいいのか悪いのかは自分でも判断出来ないのだが。
何となく目を覚ましてしまった祐一は眠っている瑞佳やマスターを起こさないように注意しながらその部屋から出てみた。
3人が居るのは診療所と繋がっている母屋にあるダイニング、そこから廊下を経て聖の部屋と佳乃の部屋がある。更に向こうにはリビングルームがあるが、物音が聞こえてきたのはそれより手前のようだった。
(……佳乃ちゃんの部屋、か……?)
廊下に出てみて祐一はふとどうするか迷ってしまう。
年頃の女性である佳乃の部屋にまさか忍び込む訳にも行かないだろう。それをやれば間違いなく聖に鱠切りにされること請け合いだ。だが、何となく先程聞こえた物音が気になってしまう。何か嫌な予感がする。何か異質な雰囲気を感じるのだ。
「……どうした?」
後ろから声をかけられたので振り返るとそこに聖が立っていた。どうやら今まで診療所の方にいたらしい。そう言えば何やら整理するものがあるとか言っていたのを思い出した。それを終えて自室に戻る途中だったのだろう。
「気のせいかも知れませんが……何か物音のようなものが……」
祐一が少し自信なさげに言う。
だが、それを聞いた聖の表情が一変した。今まで見せたことのない驚愕と恐れの入り交じったような顔をして祐一に詰め寄る。
「ど、何処からだ!?」
「佳乃ちゃんの部屋の方からだと思いますけど……」
祐一の返事を聞くなり聖は彼を突き飛ばすようにして横にどかせると佳乃の部屋の前に走った。そして乱暴にドアをノックする。
「佳乃! 私だ! 入るぞ!!」
中にいるであろう妹の許可を待たず、ドアを開ける聖。だが、ドアを開けると同時に彼女は内側から何らかの衝撃を受けて反対側へと吹っ飛ばされてしまう。
「聖先生!?」
驚いた祐一が壁に叩きつけられた聖の側に駆け寄った。そしてハッと佳乃の部屋の中を見ると、そこには淡い光に包まれた佳乃がぼんやりと立ち尽くしているのが見えた。
「か、佳乃ちゃん……?」
中に向かって呼びかけるが彼女は何の反応も示さない。まるで眠っているかの如く、その表情は虚ろであった。だが、眠っている訳でもないらしく、口が何か動いている。何らかの言葉を紡ぎ出しているのだろうが、それを聞き取ることは出来なかった。
「な、何だ……?」
祐一がそっと佳乃の部屋に踏み入ろうとすると、まるで彼の侵入を拒むかのように目に見えない衝撃波が彼を吹っ飛ばしてしまう。
「うおっ!?」
何とか足を踏ん張り、その衝撃波に耐える祐一。先に聖が吹っ飛ばされているのを見ていなければ彼も同じように壁に叩きつけられていたことだろう。
「何だ、この力は……?」
さっと顔を上げ、佳乃を見やる祐一。
彼女は相変わらず虚ろな表情で、特に祐一の方を見ようとはしていない。にもかかわらずこの部屋に入ろうとすると、入ってきた者を排除するかのような力が働く。どうやら水瀬一族の使う”不可視の力”とは違うようだ。
「……ここ……じゃない……」
小さく佳乃がそう呟いた。だが、それは彼女の声ではない。何者かが彼女の身体を借りて口にした、そんな感じの声だった。同時に彼女の身体を包んでいた淡い光がその輝きを増した。
「くっ!?」
余りもの眩しさに思わず目を覆う祐一。だが、それはほんの一瞬のことで、眩いばかりの光はすぐに消えてしまう。
ハッと我に返る祐一だが、更に彼を驚かせる事態がそこには待ち受けていた。彼の真正面にいたはずの佳乃の姿が無くなっていたのだ。窓は開けられておらず、ドアの前には自分が居る。天井にも異常はなく、全くの密室。一体何処へ消えてしまったと言うのか。
「うう……」
呆然としている祐一の背後で聖が呻き声を上げた。どうやら意識を取り戻したらしい。ぶつけた頭を軽く振って意識をはっきりとさせると呆然としている祐一に声をかける。
「あ、相沢君、佳乃は?」
「……消えちまった……」
ようやく、絞り出すように答える祐一。そうとしか表現しようのない。
それを聞いた聖は立ち上がると彼を押しのけ、佳乃の部屋の中に飛び込んだ。部屋の中を見回してみても、何処にも妹の姿はない。まるで煙のように消えてしまっていたのだ。
「まさか……」
信じられないと言う感じで呟く聖。
「そんな……まただと言うのか!?」
「聖先生、外だっ!」
廊下の方から祐一の声がして聖は我に返った。慌てて祐一の居る廊下に飛び出すと、彼が覗いている窓へと駆け寄る。
窓の外、少し離れたところに、やはり淡い光に包まれた佳乃の姿があった。
「一体何なんだ、あの光?」
「………あれは……呪いだ。佳乃にかけられた、な。解けたと思っていたが……」
「呪い……?」
聖の言葉に祐一が訝しげな顔をするが、彼女はそれ以上答えようとはしない。いや、答えられないのだろう。あの現象の正体を聖自身理解していないに違いない。理解など出来ようはずもない。あれは人智を越えた現象だ。
少しの間見ていると佳乃の身体がふわっと夜空へと舞い上がった。
「なっ!?」
驚きの声をあげる聖。先程の様子から過去にも似たようなことはあったのだろう。だが、その瞬間を見たのは初めてだったに違いない。
祐一は佳乃の身体が宙に舞い上がるのを見ると同時に窓から離れて走り出していた。表に飛び出すとすぐさまロードツイスターに跨りエンジンを始動させる。そして夜空をふわふわ飛んでいく佳乃を追って走らせはじめた。

<台東区・国立文化財研究所 02:34AM>
パトカーの赤いサイレンが回っている。
それも一つや二つではない。かなりの数に上る。
「やれやれ……こいつは酷いな」
白いシーツを被せられた死体を覗き込み、初老の刑事が呟いた。
「詳しいことは検死の結果を待たないといけませんが……死因だけははっきりしていますね。刀のようなものでばっさり……さしずめ現代の辻斬りって所ですか」
初老の刑事の側にいた若い警官がそう言う。
「現代の辻斬りねぇ……しかしまぁ、こりゃあれだな、あいつら向きの事件じゃ無い事は確かだな」
言いながら初老の刑事が立ち上がる。そしてゆっくりと振り返ると新たに数台の覆面車がそこに到着していた。
新たに到着した覆面車の中から出てきたのは警視庁未確認生命体対策本部の刑事達である。都内で何らかの変死体が見つかると彼らは必ずその現場に姿を見せていた。その変死体が、未確認生命体の手によるものかどうかを調べる為だ。
「全く毎度毎度ご苦労なこったな」
その場にやってきた黒尽くめの刑事らしくない風貌の男にそう声をかけ、初老の刑事はその場から離れた。彼ら所轄の刑事達からすれば警視庁の、しかも未確認生命体対策本部の刑事など自分達の庭を荒らす奴以外の何ものでもないらしい。だが、彼らもこの程度の嫌味などはもはや慣れっこであった。
「こっちも仕事で来てんだよ、仕事で」
小さい声でそう言い返し、黒尽くめの刑事、国崎往人は同僚の住井 護と共にシーツに覆われた死体の検分を始めた。
シーツをめくってみて、いきなり住井はうっと呻き声を上げて口を押さえる。何度見てもなかなか慣れるものではない。そんな彼に対し、国崎は妙なくらい冷静に死体の様子を見ている。未確認生命体対策本部に配属されてから何度も未確認生命体の手による死体を見てきたのだ。中にはとてもじゃないが信じられないような死体もあった。今、彼が見ている死体はそう言うものと比べたらひどく普通のものであった。
「死因は……どうやらこの切り傷のようだな。出血多量による失血死ってとこか」
そう言って国崎はシーツを戻し、それから立ち上がった。
「何かは解らないがこいつは未確認の仕業とは思えないな。普通に刀か何かの刃物で切られたって所だろ」
「そう言う刃物を使う未確認かも知れませんよ?」
「それは確かに否定出来ないが……あくまで可能性だろ。俺は何処かの刀剣馬鹿が新しく買った刀の切れ味を確かめる為にやったに一票だ」
「それじゃ時代劇の辻斬りですよ」
苦笑を浮かべる住井に向かって国崎も同じような笑みを浮かべてみせる。
「さて、それじゃ戻るとするか」
「そうですね……」
二人が歩き出そうとしたその時だった。すぐ近くにある国立文化財研究所の方から一人の警官が慌てた様子で飛び出してきたのは。
「ちょ、ちょっと!! こ、こっちへ来てください!!」
その警官が現場から去ろうとしている国崎と住井を呼び止める。警官の慌てぶりから新たな死体でも発見したかと思った二人は警官に言われるがままに国立文化財研究所の方へと走りだした。

<国立文化財研究所内部 02:45AM>
警官に案内された二人が見たものはまるで何か鋭い刃物で切ったかのように見事に切断されている鉄製の扉だった。おそらくは外で殺されていた人の傷と一致するであろう、鋭い切り口。これほどの技を持った人間が果たしていると言うのだろうか。
「く、国崎さん……」
「し、信じられねぇな、こりゃあ……」
切断された扉を前に二人はそれをやったであろう何者かに戦慄を覚えていた。生半可な腕前では出来ない恐ろしいまでの技。これだけの腕前ならば、おそらく未確認生命体とも互角以上に戦えるであろう。そんな感想すら二人は抱いてしまう。
二人が呆然と切断された扉を見つめていると、いきなり近くで悲鳴のような声が聞こえてきた。
「う、うわぁぁぁっ!!」
続けて何か柔らかい者を切り裂くような音と、何かが吹き出すような音が聞こえてくる。
「く、国崎さん!?」
住井が青ざめた顔で国崎を見ると彼も緊張した顔で頷き返した。そっと上着の下のホルダーから拳銃を取り出す。普通の警官に配給されているニューナンブではなく対未確認生命体用に特別に配給されたコルトパイソンだ。これでも未確認生命体相手には役不足なのだが。
「行くぞ、住井」
そう言って国崎が悲鳴の聞こえてきた方へと歩き出す。その後ろにはおそるおそると言う感じでついてくる住井。
「何びびってんだよ、お前。相手が未確認だったらどうするんだ?」
「で、ですが……あんなスゴ技見た後ですよ? もしあれが未確認だったら物凄い奴だとは思いませんか?」
「……まぁたしかにそうだが……今まで見た未確認ってどいつも物凄かったと思うけどな」
今までのことを思い起こしながら国崎は一歩一歩進んでいく。
「あ……うう……」
前方から呻き声が聞こえて来、角から手が伸びてくるのが見えた。慌てて国崎と住井が駆け寄ると、そこには血まみれになった警官が倒れている。ここに二人を案内してきた警官だ。
「おい、しっかりしろ!」
そう言って国崎がその警官を抱き起こすが、その警官の身体からは夥しい量の血が流れ出ている。見ると彼の身体には左肩から右の腰にかけて鋭い傷が走っていた。先程外で見た死体と全く同じ傷が。
「こ、こいつは……」
警官の身体にある傷を見た国崎が呻くように呟いたその時、かつんかつんと足音が聞こえてきた。
ハッと顔を上げると廊下の向こうの方からこちらに向かって誰かが歩いてくる。薄暗くて解らないが、その手には何か長い棒状のものを持っていた。その棒状のものからは何かが滴り落ちているのが薄暗い中でも見て取れる。
「く、く、国崎さん、あ、あれ……」
驚愕と恐怖に歯をガタガタ鳴らしながら住井がこちらに向かってくる何者かを指さした。
「ああ、解ってる」
出血多量で事切れた警官をそっと床に寝かせ、国崎はゆっくりと立ち上がった。そして手に持ったコルトパイソンをこちらへと向かっている何者かに向ける。
「止まれ。それ以上近付くと撃つ」
国崎がそう宣言するが相手は聞く耳を持たないかのように歩みを止めることはなかった。それどころかこちらを認識すると一気にその速度を上げて向かってくる。
「住井、撃て!!」
そう言いながら自分も引き金を引く。
彼のすぐ側にいた住井も同じように引き金を引き、薄暗がりの中、マズルフラッシュの光が一瞬周囲を照らし出した。その光の中、国崎と住井は信じられないものを見てしまう。
ほんの一瞬だけ照らし出された相手の姿。それは戦国時代の鎧兜を身につけた武者姿。面頬をつけているのでその顔までははっきりとは解らないが、明らかに現代にはそぐわないその姿。更にその鎧武者は二人の目の前でとんでもない技を披露して見せた。手に持った棒状のものを振るったかと思うとキンキンと言う何かを弾く音。
「まさか!?」
驚きの声をあげながら国崎が再び引き金を引く。
だが、今回も先程と同じように鎧武者は腕を目にも止まらぬ速さで振るい、発射されたコルトパイソンの弾丸を弾き飛ばしてしまう。しかもその距離は先程、一回目よりも近い。恐ろしいまでの早業である。
「国崎さんっ!!」
住井が叫ぶと同時に国崎はまた引き金を引いた。
鎧武者はもう彼らの目の前まで迫ってきている。流石にこの至近距離では弾き返せないだろうと思った国崎だが、彼の予想に反して鎧武者は手に持った棒状のもの、血に濡れた直刀で発射されたばかりのコルトパイソンの弾丸を両断してしまった。
「な、何だとぉっ!?」
信じられない光景を見た国崎が驚きの声をあげるその目の前で鎧武者が手に持った直刀を振り上げた。このまま振り下ろせば今度は国崎の身体が真っ二つになる。
「国崎さんっ!!」
そう叫びながら住井が鎧武者に向かって体当たりしていった。おそらく無我夢中だったのだろう、住井は物凄いパワーを見せ、鎧武者を吹っ飛ばしつつ自分も前のめりに倒れてしまう。
「あたた……」
倒れた拍子にぶつけたらしい顎を手で押さえながら起きあがる住井。
「……助かったぜ、住井。ほれ」
住井に向かって手を伸ばす国崎。その視線は住井が吹っ飛ばした鎧武者の方に向けられている。鎧武者は倒れたままぴくりとも動かない。打ち所でも悪かったのか、気を失っているのか。
「一体……何なんですかね、こいつは?」
立ち上がった住井と共に国崎は倒れた鎧武者に近寄ってみた。が、二人はそこで一歩も動けなくなってしまう。鎧武者の、その兜の下には何もなかったからだ。面頬の下は空洞。兜の裏側が見えているだけ。
「な、何なんですか、こいつはっ!?」
声を裏返らせて住井が言う。
「……」
国崎も余りのことに何も言えなくなっていた。
兜の下が空洞と言うことはおそらくだが鎧の下も空洞だろう。だが、つい先程までこいつはまるで中身があるかのような見た目をしていた。更には手に直刀を持ち、警官一人と外にいた警備員一人を殺害し、この文化財研究所の扉も切断している。もっと言えば自分達をもその手にかけようと襲いかかってきたではないか。
「……住井、さっきお前がこいつに飛びかかった時、どんな感じだった?」
「ど、どんな感じって……」
「何て言うかなぁ……ぶつかってみた感じ相手が軽かったとか?」
「軽かった、ですか? そんな事はありませんよ。ちゃんとした重量感が……あっ!?」ようやく国崎が何を聞きたいかを理解して住井は驚きの声をあげる。
そう、彼が飛びかかった時は相手はちゃんとした身体があったはずなのだ。だが、今は鎧兜を残していなくなっている。一体何時の間に、そして何処に消えたと言うのだろうか。
「……何なんだ、こいつは……?」
そう言って国崎は鎧の側にしゃがみ込んだ。
と、その時、いきなり鎧武者の腕が動き、国崎に襲いかかった。
「なっ!?」
「ええっ!?」
驚きの声をあげる二人。中身のない鎧武者がいきなり襲いかかってきたのだ、驚くほかにどうすればいいというのか。
鎧武者の腕は国崎の首を絞めながら彼を押し倒す。
側にいた住井は何がどうなっているか全く解らず、動転しているようだ。国崎を助けることもせずにおろおろしている。
「く………」
中身がないはずの鎧武者は物凄い力で国崎の首を絞め、彼を殺そうとする。信じられないほどの力。絶息するよりも先に首の骨が折れてしまいそうな、いや、折れるどころではない。このままでは首の骨が砕かれてしまう。
「が……」
国崎は何とか手を伸ばして鎧武者を振り解こうとするが、首を物凄い力で締め上げられ、満足に動けない。
「こ、このっ! 国崎さんをはなせっ!!」
ようやく我に返った住井が鎧武者を国崎から引きはがそうとするが、鎧武者は全く動かない。
「こ、こいつっ!!」
住井はコルトパイソンを取り出すと鎧武者の頭、兜に押し当てて引き金を引いた。物凄い衝撃が彼の腕に返るがそれでも構わずに何度も引き金を引く。弾倉に入っていた全ての弾丸を使い果たした時、ようやく鎧武者の身体が崩れた。
「ゲホゲホッ」
激しく咳き込みながら国崎は自分の上に崩れてきた鎧武者の下から這い出した。それから自分を助けてくれた住井に向かって親指を立てて見せた。
「大丈夫ですか?」
「な、何とかな……しかし、何なんだ、こいつは……」
「とりあえず一旦退きましょう。こいつが何であれ、この程度で終わりとは思えませんし」
「ああ、同感だ」
住井の手を借りながら立ち上がった国崎は服に付いた埃を手で払うと、彼と共に歩き出した。
だが、そのすぐ背後ではゆらりと鎧武者が起きあがっているではないか。
その気配を感じた国崎と住井が足を止める。
「……住井君、何か物凄く嫌な予感がするんだが……」
「……奇遇ですね。俺も果てしないくらい嫌な予感がしていますよ……」
互いに冷や汗をかきながら、二人はゆっくりと振り返った。そして、立ち上がった鎧武者が落ちていた直刀に手を伸ばし、まるで磁石が鉄を引き寄せるかのように直刀が鎧武者の手に引き寄せられるのを見て、二人は互いの顔を見合わせ、頷き合う。次いで前を向くと一目散にその場から逃げ出した。
コルトパイソンという破壊力抜群の銃弾を目にも止まらぬ剣技で弾き飛ばし、尚かつ実体を持たない謎としか言いようのない存在。流石の未確認生命体対策班所属の刑事でも正体不明の存在相手にはどうしようもないらしい。
「く、国崎さん! ど、どうするんですか!?」
「そんな事俺にだって解るか! 今はとにかく逃げろ!!」
鎧武者は一歩一歩ゆっくりと進みながら、着実に彼らを追いかけていく。その鎧武者に追いつかれないよう必死に走る二人。
何時しか二人は文化財研究所の入り口付近まで戻ってきていた。ドアを開けて外に飛び出すと外にいる警官達に大声で呼びかける。
「は、早く逃げろっ!!」
誰もが何を言っているんだと言う顔をして国崎達を見たが、国崎達に続いて文化財研究所の入り口を切り裂きながら現れた鎧武者を見て一斉にどよめきの声をあげた。
「な、何だ、ありゃあ?」
先程国崎に嫌味を言った初老の刑事が文化財研究所の中から現れた鎧武者を見て呆然と呟く。他の刑事や警官達も呆然とするばかりで、誰も動こうとはしない。
「馬鹿野郎!! 早く逃げろ!! そいつは……」
再び国崎が大声を上げる中、鎧武者は悠然と一番近くにいた鑑識課員に歩み寄り、手にした直刀を一閃させた。
「う、うわぁあぁぁぁっ!?」
一瞬の後、鑑識課員の片腕がぽとりと地面に落ち、次いで切られたところから血が噴き出す。
「な……!?」
その一瞬、誰もが何が起きたかを理解出来なかったに違いない。悲鳴を上げ、その場に倒れる鑑識課員を見て、そしてその鑑識課員の腕を切り落とした鎧武者が自分達の方を見るに至って、ようやく皆が我に返ったようだ。悲鳴を上げて逃げ出す者、果敢にも拳銃を取り出して鎧武者に対し発砲する者。拳銃を普段から携帯していない私服の刑事や鑑識課員は前者、制服警官達はまるで逃げる仲間を援護するかのように拳銃を発砲し続けるが、その全てを鎧武者は手にした直刀で弾き返してしまう。
「やめろ! そいつに拳銃は通用しないっ!!」
住井が自分のコルトパイソンに新たな銃弾を補充しながら叫ぶ。
「そ、それじゃどうすればいいんですか!?」
近くにいた警官が悲痛な顔をして住井に尋ねるが、彼にも返答にしようがなかった。まさに手の打ちようのない相手。
「せめてこの場にPSKチームがいてくれたら……」
神にも祈るような気持ちで呟く住井。だが、現在PSKチームはその主戦力であるPSK−03の装着員、北川 潤の負傷とPSK−03自体のメンテナンスの為に出動出来ないのだ。それを知っていても尚、この事態を打開するのに彼らの力が欲しかった。
「無い物ねだりしてんじゃねぇぞ、住井! ここは何とか俺たちだけで……」
国崎がそう言って再びコルトパイソンを、無駄だとは思いながら構えたその時だ。すっと彼の横に一人の女性がふわりと降り立ったのは。何故女性だとわかったのかと言うとその女性が降り立った瞬間、ふわりとその長い髪が舞ったからである。
「こいつの相手は……私がする……」
女性はそう言うとゆっくりと立ち上がり、一歩ずつゆっくりと前へと歩き出した。
「お、おい! お前!!」
国崎がその女性を呼び止めようとするが、彼女はその声に耳を貸そうともせずに鎧武者の方へと歩いていく。その後ろ姿に国崎は見覚えがあった。
「……お前は……!?」
「……ここは任せてくれていい」
国崎の呼びかけにそう答え、女性は背中に背負っていた木刀を手に取った。あんな木刀程度であの鎧武者に敵うとはとても思えなかったが、何となく彼女ならそれをやってのけそうな気もする。
「く、国崎さん! 彼女、止めないんですか!?」
鎧武者に向かっていく女性を見て住井が慌てたような声をあげる。このままではあの女性は鎧武者の手にある直刀であっと言う間に真っ二つにされてしまうに違いない。
「……何て言うか……あいつなら何とかしてくれそうな気がする……何せ、未確認に刀一本で挑んでいくほどの奴だからな」
慌てている住井に対し、国崎は妙なくらい落ち着いていた。しかし、それが何故なのかは彼自身も解ってはいなかったが。
鎧武者は自分に向かってくる女性の存在に気付くと、彼女が来るのをまるで待ち受けるかのように直刀を降ろした。
それを見た女性は一気に駆け出し、そして大きくジャンプした。夜空に浮かぶ月を背に手に持った木刀を大きく振りかぶり、落下する勢いと共に木刀を振り下ろす。
鎧武者は女性のその一撃を直刀の柄の部分であっさりと受け止めてしまった。そのまま強引に女性の身体を押し返し弾き飛ばしてしまう。
さっと空中で一回転して体勢を整え、着地した女性が木刀を構え直す。
それを見た鎧武者も手に持った直刀を構え直した。どうやら女性に対してまともにやりあう気になったらしい。
「……川澄 舞、参る!」
女性、川澄 舞はそう言ってまた鎧武者に向かって駆け出した。

<とある港町・堤防沿いの道 02:52AM>
祐一は空をふわふわ飛んでいる佳乃を見失わないよう注意しながらロードツイスターを走らせていたが、何分相手は空、こちらは地上と移動経路が違いすぎる。それにふわふわ飛んでいるように見えて、意外と速い速度のようだ。何処か目的地があるらしく、真っ直ぐその目的地に向かっているのだろうが、こちらは不慣れな土地でしかも深夜。どうすることも出来ずに、ついには佳乃を見失ってしまう。
「くそっ、見失ったか!?」
ざっとロードツイスターを強引に止まらせ、周囲を見回す祐一。どうやら港が近いらしく、潮の匂いがきつく漂ってくる。佳乃の姿が見えなくなってからおおよその見当をつけてここまで来たのだが、どうやら外れだったらしい。
「……一体何処に……?」
そう呟いた時、車のヘッドライトが彼の姿を照らし出した。
眩しそうに目を細めてやって来た車を見ると、聖のランドクルーザーであった。運転しているのはやはり聖である。どうやら祐一、と言うか佳乃を心配して自分も追ってきたらしい。
「ここにいたのか。佳乃はどうした?」
ランドクルーザーから降りて聖がそう尋ねると祐一は申し訳なさそうに俯いた。
「すいません、見失いました」
「そ、そうか……いや、君はこの町にまだ来たばかりで道も不案内だ、仕方ない」
祐一の返答に少し落胆した聖だが、すぐにそう言って祐一の肩を叩く。一体佳乃の身に何が起きたのか全く解らない、だがそれでも祐一は彼女を追って飛びだしてくれたのだ。それだけでも充分だった。
「……聖先生、あの佳乃ちゃんは何か目的地があるような感じでした。心当たりはありませんか?」
少し考えてから祐一がそう言って聖を見る。
聖は佳乃のあの症状が前にもあったと言っていた。だから彼女について何か知っているだろう。少なくても自分よりは。そう判断した上で尋ねてみたのだ。
「……心当たりと言っても……いや、でも……」
聖は何か心当たりがあったのか腕を組んで考え始めた。
「……一つだけ、心当たりがある。そもそもの発端となった場所だ」
「何処ですか?」
「あの山の山頂にある神社だ。佳乃にあの症状がでるとよくあそこで倒れている所を発見されている。一番始めの時もそうだった」
「……解りました。行ってみます。聖先生は戻って……」
「いや、私も行くぞ。何と言っても佳乃は私の大事な妹だからな」
聖にそう言われてはどうしようもない。彼女が物凄く妹である佳乃を大事にしていることは祐一も知っていることだし、佳乃のことになるとまるで別人のようになると言うことも知っている。普段は冷静沈着な彼女が妹のことになるとたまに我を忘れてしまう。それは彼女の勤めている関東医大病院でも有名な話であった。
「……解りました。でも、気をつけてください。何か嫌な予感がしますから」
「こう見えても自分の身ぐらいは守れるつもりだ」
祐一の忠告にそう答え、聖はランドクルーザーの方に戻っていく。
祐一はロードツイスターに跨ると改めてエンジンをかけ、先程聖が教えてくれた山へと向かわせた。

<とある港町・山へ向かう道 03:06AM>
街灯すらない道を進むロードツイスターとランドクルーザー。道幅もそんなに広くない上に舗装もロクにされていないので、どちらもそれほどスピードは出せていない。もっとも祐一の操るロードツイスターは全地形走破を目的に作られたマシンなので未舗装の道でも充分なスピードを出せるのだが、今は後方からついてきている聖のランドクルーザーを気にしてそれほどスピードを出せないでいるのだ。
前方を照らしているヘッドライトの光の中に橋を見つけた祐一はロードツイスターを急停止させ、じっと橋の向こう側を見やった。停止したロードツイスターを見て、後方をついてきていた聖のランドクルーザーも停車する。
「……どうした?」
窓から顔を覗かせて祐一に声をかける聖。
声をかけられた祐一はちらりと聖の方を見たが、すぐにまた橋の向こう側を振り返る。まるでそこに何かがいるかのように、その気配を探るようにじっと闇の中を見やってから彼はロードツイスターから降り、ランドクルーザーの方にやってくる。
「ここから先は俺一人で行きます。聖先生はここで待っていてください」
有無を言わせぬ口調でそう言う祐一。そして相手の返事を待たずにロードツイスターの方に戻ると、猛スピードで発進させた。
「あ、相沢君………?」
あっと言う間に闇の中に消えていくロードツイスターを呆然と見送るしかない聖。だが、先程の祐一の様子から何か物凄い危険がこの先に潜んでいるであろう事は察せられた。その危険に立ち向かう得るのは戦士・カノンである自分だけ、とてもではないが聖を守りながらでは戦えないと言うことなのだろう。更に言えば佳乃も助けなければならない。どう言った種類の危険が潜んでいるのかは解らないが、とにかく足手まといになる可能性の方が高い。
「……だが」
聖は意を決してランドクルーザーのドアを開け、ゆっくりと地面に降り立った。
「佳乃は私の大事な妹だ」
そう呟いて聖は闇の中を駆け出した。

<山頂の神社 03:11AM>
街灯一つ無い山道だが、ロードツイスターのヘッドライトと月明かり、そしてカノンの力によって強化された視覚でもって祐一は難なく山道を進むことが出来ていた。だが、彼の表情は山頂が近付くに連れて険しくなっていく。
(何だ、このイヤな感じは……?)
肌がざらつくような何とも嫌な感覚。闇の中から感じられるのは自分を拒絶するような、そんなイヤな感じであった。その正体は全くわからない。これが未確認生命体ならば濃密なまでの殺意として理解出来るのだが、これは違う。何とも言えない哀しみと拒絶、そして神々しいまでの力。だが、それも何処か歪められており、祐一にはイヤな感じとしか取れなかった。
と、不意に前方が開け、大きな鳥居が見えてきた。どうやらここが目的地である山頂の神社らしい。
鳥居をくぐり、社殿へと続く石畳の上にロードツイスターを止めた祐一は周囲を見回し、佳乃の姿を捜した。聖が言うには佳乃があの症状に陥った時、よくこの場所で見つかったと言うことなのだが、今は誰の姿もない。佳乃を見失ってからの時間を考えればここについていなければおかしい。どうやら外れだったか、と諦めかけた時、祐一は社殿の横に広がる森の中に淡い光を見つけた。
「……佳乃ちゃん!?」
慌てて森の中に飛び込み淡い光を追う祐一。だが、その淡い光はまるで彼から逃げるかのようにふわふわと遠ざかっていってしまう。
「佳乃ちゃん、待ってくれ!」
そう叫んで淡い光を追いかける祐一だが、不意に彼は自分に向けられる壮絶なまでの殺気を感じ、足を止めてしまった。緊張に表情を硬くし、周囲を見回すと何者かがこちらをじっと見つめている気配を感じる。その気配から感じ取れるのは明らかなまでの殺意。そしてその殺意は彼がよく知るタイプの殺意。憎しみとか恨みとかそう言うものではない、純粋なまでの殺意。殺す為に殺す、そこに何の感情もない殺意。未確認生命体、古代文字に言うヌヴァラグの持つ殺意。
「……こんなところで会うとはな」
そう呟いた祐一の真上から何かが飛び降りてきた。その何かは右手を鋭い爪のように変化させて祐一を引き裂こうと襲いかかってくる。
「くっ!?」
とっさに後ろに飛び退き、その一撃をかわす祐一だが、襲いかかってきた相手は着地すると同時にその長い足を振り回して祐一の胸板を蹴り飛ばした。吹っ飛ばされ、木に背中を打ち付ける祐一を見てまた右手を振り上げて襲いかかってくる何者か。
「うおっ!?」
今度は倒れ込むように横にかわした祐一は自分に向かって襲いかかってきたのがテンガロンハットを被ったカウボーイ風の男であることを知る。だが、それは人間ではない。右手を鋭い爪に変化させられる人間が何処にいる。こいつは未確認生命体に違いない。
祐一は起きあがるとすぐにそのカウボーイ風の男から距離を取った。そして油断無く相手を睨み付けながら身構える。一方、カウボーイ風の男は木に突き刺さった爪を引き抜くとよっくりと祐一を振り返り、ニヤリと笑った。
「ビサンミ・ニシェバ・マガマガ・ギャヅ」
至極楽しそうにカウボーイ風の男がそう言い、その姿を変化させた。おそらくはそれが本当の姿なのであろう、アシナガバチの怪人へと。
「ギナサンシィ・ゴモラニマ・ザライヴァッ・シャギャヅ」
そう言いながら祐一に飛びかかってくるラニマ・ヴァ・ゴカパ。その動きは先程よりも早い。だが、正面からの直線的な攻撃だったので祐一は冷静にその一撃をかわすと再びラニマ・ヴァ・ゴカパから距離を取り、さっと腰の前で両手を交差させた。そのまま胸の前まで腕を上げて左手だけを腰に引き、残る右手で十字を描く。
「変身ッ!!」
そう祐一が叫ぶと同時に彼の腰にベルトが浮かび上がり、その中央にある霊石が光を放った。その光の中、祐一の姿が変わっていく。
腰のベルトから全身に向かって白い第二の皮膚が覆い、その上を筋肉を模したような生体装甲がまるでボディアーマーの様に包み込む。左右の手には手甲とナックルガード、手首に当たる部分には赤い宝玉がはめ込まれたブレスレットが。足首には手首と同じ赤い宝玉をはめ込んだアンクレット。膝には同じく赤い宝玉がはめ込まれたサポーター。頭には赤い大きな目、牙のような意匠の口、金色に輝く左右に開いた大きな角を持つ仮面。
今や祐一の姿は戦士・カノンと変身していた。
「行くぞっ!!」
ギュッと拳を握り込み、自らの闘志を高めたカノンがラニマ・ヴァ・ゴカパに向かって猛然と走り出す。
「ググッ……カ、カノンッ!?」
目の前の獲物が突如変身し、それがよりによって自分達をかつて封印した存在であるカノンだと知りラニマ・ヴァ・ゴカパはひどく焦った。思わず足が下がってしまう。そこに叩き込まれるカノンの右パンチ。その一撃に吹っ飛ばされるラニマ・ヴァ・ゴカパ。
「あんまり時間をかけていられないんでな! 一気にやらせてもらうっ!!」
カノンはそう言ってさっと腰を落とした。必殺のキックの体勢。さっと右手の平を上にして前に突き出すと右から左へと水平移動させる。その間に精神を集中し、必殺の威力を生み出す力を身体の奧から湧き出させるのだ。
「オオオッ!!」
気合いの雄叫びと同時にカノンがジャンプ、空中で身体を丸めて一回転すると右足を前へと突き出した。突き出した足が光に包まれていく。この光こそ未確認生命体を滅ぼす必殺の力。
「グ……グウッ!!」
自らに迫るカノンの必殺の威力を込めた足を見ながら、何とか起きあがろうとするラニマ・ヴァ・ゴカパ。だが、相手がカノンだと言うことで身体が萎縮してしまっているのか、上手く起きあがれない。このままやられるのかとラニマ・ヴァ・ゴカパが顔を背けた時、突如土の中から何かが飛び出し、カノンを下から突き上げた。
「うわっ!?」
いきなり下から突き上げられ、バランスを崩したカノンが背中から地面に落下する。
それを見ながら、カノンを下から突き上げたその何かは首を振りながら後ろを振り返った。そして起きあがろうとしているラニマ・ヴァ・ゴカパに手を貸して起きあがらせると共にカノンを見やった。
「ツアサジャマ・ラニマ・ロデン・ガヲカニド」
「クッ……ギナサモ・シェンガヂマグ・シェソゴモロデア」
「ギャダデ・ノルミ・マッシェロリシェ・ギョグリル」
「マヲジャショ!!」
自分とよく似た存在に激しい口調で文句らしきものを言うラニマ・ヴァ・ゴカパ。だが、その相手をしているもう一体の怪人、シュシィタ・ヴァ・ゴカパは何処吹く風とばかりに受け流している。それがまたラニマ・ヴァ・ゴカパは気に入らない。
カノンは二体の怪人が口論している間に頭を振りながら起きあがっていた。そして自分の前に同じ蜂のような怪人が二体もいることに一瞬戸惑ってしまう。
(何だ……分裂……するわけないか。それじゃ……また別の奴……!?)
カノンが戸惑っていると、その背後に更に新たな影がぬっと現れた。やはり同じ蜂の怪人、だがその身体は他の二体よりも遙かに大きい。それが何の気配もさせず、カノンの背後に現れたのだ。
「フフフ……ヌガサレシャ」
そう言いながらカノンを羽交い締めにする謎の影。
その声にようやく二体の怪人がカノンとカノンを羽交い締めにしている存在に気がついたようだ。こちらに視線を向けてくる。
「グサヲ! カノンバロデモ・レソモジャ! ビッゴヲジェド!」
激しい口調でそう言うラニマ・ヴァ・ゴカパ。
だが、カノンを羽交い締めにしている存在は首を左右に振って拒絶の意志を伝える。
「カノンヌガサレシャ・モバゴモロデ・ロサデミバ・ヴァシャナマリ」
そう言われたラニマ・ヴァ・ゴカパが怒りに肩を振るわせた。そして猛然とカノンとその後ろにいる何者かに向かって突っ込んでくる。
「マダタ・カノンゾショ・ロサレソニメ!!」
右手の鋭い爪を振りかざし、そう叫びながら突っ込んでくるラニマ・ヴァ・ゴカパ。
何者かに羽交い締めにされているカノンにそれをかわす術はない。必死に振り解こうとするが、相手は想像以上の馬鹿力で羽交い締めにしているので全く動くことすらなかった。このままではあの鋭い爪が自分を貫くことは目に見えている。
「クッ……くそっ!!」
カノンが焦りの声を漏らす。
まさしく絶体絶命の危機、であった。

Episode.51「帰郷」Closed.
To be continued next Episode. by MaskedRiderKanon


次回予告
襲い来る危機を何とか切り抜けるカノンだが佳乃を見失ってしまう。
果たして彼女の身に何が起こっているというのか?
祐一「おそらくですが奴らも佳乃ちゃんを……」
瑞佳「でも……普通に見えたけど?」
東京では謎の鎧武者と舞の死闘が続く。
鎧武者の正体とは、そして新たな事件が国崎達を待ち受ける。
国崎「まさか……そんな事が有り得るのか?」
舞「……行くしかない……」
事件に関わる新たな人物とは?
そして佳乃の運命は!?
次回、仮面ライダーカノン「佳乃」
それは、1000年の恩讐……。


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