<山頂の神社 03:38AM>
何者かに羽交い締めにされて動けないカノンにラニマ・ヴァ・ゴカパの右手の鋭い爪が迫っていく。このままではあの爪が確実に自分を貫くだろう。何とか逃げようとするが、羽交い締めにしている相手の力は物凄く身動き一つ出来ない。
「クッ……くそっ!!」
カノンが焦りの声を漏らす。
(こんなところで……やられる訳にはっ!)
自由になる足で地面を蹴り、身体を無理矢理浮き上がらせたカノンは迫り来るラニマ・ヴァ・ゴカパの右腕を逆の足で蹴り上げ、爪の軌道を変えると羽交い締めにしている相手に自分の後頭部を叩きつけた。その一撃は相手の顎に直撃したらしく、カノンを羽交い締めにしていた腕を放すとよろよろと後ろへとよろけていく。
ようやく解放されたカノンは素早く振り返ると先程まで自分を羽交い締めにしていた相手に向かって蹴りを食らわせ、その背に飛びかかってきた更にもう一体の未確認生命体、シュシィタ・ヴァ・ゴカパが完全に自分に組み付く前に身体を少し沈めて肘を脇腹に叩き込む。次いで、シュシィタ・ヴァ・ゴカパが怯んだところを腕を掴んで一本背負いの要領で投げ飛ばした。
自らが投げ飛ばしたシュシィタ・ヴァ・ゴカパが乱立する木の幹に叩きつけられるのを見ていたカノンに今度はラニマ・ヴァ・ゴカパが襲いかかる。木の幹を蹴り、物凄い勢いでカノンに向かって急降下していくラニマ・ヴァ・ゴカパ。
「クッ!」
どうにか間一髪でラニマ・ヴァ・ゴカパの攻撃をかわしたカノンだが、その胸には一条の傷が走っていた。どうやらラニマ・ヴァ・ゴカパの鋭い爪がボディアーマーを切り裂いてしまったようだ。その傷から血が流れ落ちる。
「……こいつら……」
カノンは乱立する木の一本を背に、自分を狙う3体の未確認生命体を見やった。木を背にしたのは後ろからの攻撃を防ぐ為だが、それでも自分の劣勢は変わらない。
今まで1対1,または1対2の戦いは経験があるが流石に1対3と言うのは初めてだ。それは未確認生命体が同時に2体以上行動しないと言う謎の法則のおかげだが、どうやら今回の奴はそうではないらしい。
起きあがったシュシィタ・ヴァ・ゴカパ、着地したラニマ・ヴァ・ゴカパ、そして先程カノンが蹴り飛ばしたもう一体がじりじりと木を背にしているカノンへと歩み寄ってくる。どうやら1体ずつではなく一斉に攻撃しようと言う腹づもりのようだ。
「……くっ……」
じりじりと迫り来る3体の蜂型未確認生命体にカノンは舌打ちする。このままではやられてしまう可能性が大きい。何とかこの窮地を脱する方法はないのか。
「ニメ! カノン!!」
そう言ったのは一体どの未確認生命体だったか。3体の未確認生命体が一斉にカノンに向かって飛びかかってくる。
「フォームアップ!!」
カノンがそう叫んで上へとジャンプする。その姿が白から青へと変わり、青くなったカノンは枝を掴むとひらりとその上に着地した。ジャンプ力や俊敏性の上がる青いカノンならではの行為だ。尤もその分パワーは低下しており、一撃の威力には欠けているのが難点だが。
「ミザヌガ!」
そう言いながら背の羽根を広げて上へと舞い上がるラニマ・ヴァ・ゴカパ。上昇しながら右手の爪を青いカノンに向かって振り上げるが、青いカノンは軽く後方へとジャンプするとすかさず枝を掴み、鉄棒の大車輪の要領で一回転してから別の木へと飛び移った。そしてそのまままるでターザンのように木から木へと飛び移っていく。
「サシェ! カノン!」
ラニマ・ヴァ・ゴカパがそう言い、カノンを追って飛ぶ。器用に枝をかわしながら、カノンの背にあっと言う間に追いつくが、カノンは今度は木の幹を蹴ってラニマ・ヴァ・ゴカパの方へと飛んで来た。いわゆる三角飛びという奴だ。
まさかカノンが自分から向かってくるとは思ってもいなかったラニマ・ヴァ・ゴカパが一瞬空中で制止した瞬間、カノンの肘打ちがそのボディに命中する。次いでカノンはラニマ・ヴァ・ゴカパの体を両足で蹴って大きく弧を描きながら別の木の枝の上へと降り立った。
と、今度はそこに向かって巨大な影が背後から迫ってくる。その気配に気付いたカノンが振り返りながらジャンプすると大柄な蜂種怪人がカノンの真下を通り過ぎていった。どうやらカノンを羽交い締めにしていたのはこいつらしい。同じ蜂種怪人でもラニマ・ヴァ・ゴカパやシュシィタ・ヴァ・ゴカパとは少し違う。その動きは少し鈍重そうに見えた。
「グサヲ! カサン・ヌヅマ!」
ラニマ・ヴァ・ゴカパが苛立たしげにそう叫ぶとその大柄な蜂種怪人はラニマ・ヴァ・ゴカパを面倒くさそうに見やり、そしてあっさりと無視して別の木の枝に降り立ったカノンの方を見上げた。
「カノンモ・リモシィバ・ロデザ・リシャジャグ」
そう言って又カノンに向かっていく大柄の蜂種怪人、グサヲ・ヴァ・ゴカパ。その動きはラニマ・ヴァ・ゴカパに比べるとやはり鈍重そうに思える。
カノンは向かってくるグサヲ・ヴァ・ゴカパに向かって、まるで迎撃するかのようにジャンプした。さっと両足を突き出し、キックの体勢をとる。
グサヲ・ヴァ・ゴカパはそれを見ても全く怯むことなく突っ込んで来た。真正面からカノンのキックを受けるグサヲ・ヴァ・ゴカパだが、逆にカノンを弾き飛ばしてしまった。
「うわあぁぁっ!!」
地上へと落下し、地面に叩きつけられるカノン。
「くうっ……」
全身に走る痛みを堪えながら何とか起きあがろうとするカノンだが、突如地面から手が生えて来、カノンを地面へと縫いつけた。
「何っ!?」
驚きの声をあげるカノンの目の前に地面からぬっと顔を出すシュシィタ・ヴァ・ゴカパ。
「カノン……リモシィバ・ソダッシャ!」
そう言ってシュシィタ・ヴァ・ゴカパが口に生えた牙をカチカチ鳴らしながらカノンの首筋に食いつこうとする。

仮面ライダーカノン
Episode.52「佳乃」

<国立文化財研究所 03:14AM>
時は少し遡る。
突如現れた謎の鎧武者。拳銃が全く通じない恐るべきこの相手と対峙しているのは川澄 舞と言う一人の女性。鎧武者の持つ直刀に対し、舞が持っているのはただの木刀、そのあまりもの武器の差に周囲を取り囲むようにして見ていることしか出来ない警官達は一様に不安げである。
「く、国崎さん……止めなくていいんですか?」
警視庁未確認生命体対策本部に所属する刑事、住井 護が先輩であり同僚でもある国崎往人に不安を隠せない声音で尋ねた。
鎧武者の攻撃を巧みにかわし、時折反撃を織り交ぜていることから彼女がかなりの実力者だと言うことは伺い知れる。だが、相手は拳銃の弾丸を至近距離から受けても倒れない、それどころか鎧の中身は何もない、実体すら持たないのだ。そんな奴を相手にするにはいくら彼女でも役不足に思えたのだろう。
「止めてどうするんだよ。あの化け物にはコルトパイソンだって通じないんだぞ。まだあいつにやらせてる方が……」
「そうじゃなくて! 彼女は民間人でしょう!?」
「……でもなぁ……あいつは未確認に刀一本で立ち向かって行くような奴だからなぁ……」
「何言ってるんですか!」
住井は国崎があくまで舞を止めるつもりが無いと言うことを悟ると、自分達が乗ってきた覆面車に足早に戻り、トランクの中から対未確認生命体用の炸裂弾を装填してあるライフルを取り出した。対未確認生命体用に開発された炸裂弾は通常の弾丸よりも遙かに破壊力が高い。これならばあの鎧武者にダメージを与えることだって出来るだろう。
「これで……!!」
ライフルを手に持った住井が再び国崎のいる場所へと戻ってくる。
「こいつなら!」
「……無駄だと思うがなぁ……」
何故か諦めモードの国崎を無視して住井はライフルを構えた。だが、射線上には舞の姿があり、引き金を引くことが出来ない。
「くそっ! あの子が邪魔で……っ!!」
苛立たしげにそう言ってライフルを降ろす住井。
だが、当の舞はそんな事は全くお構いなしに鎧武者に向かって突きを繰り出していた。相手は完全装備の鎧武者、木刀を叩きつけてもその鎧に弾き返されるだけだ。ならば突きによる一点への攻撃、この方が相手に与えるダメージは大きいはず。
初撃はかわされ、第二撃は鎧武者が持つ直刀で払われてしまう。どうやらこの鎧武者、武術、しかも剣術にかなりの造詣が深いようだ。
「……ならっ!」
軽く地面を蹴って鎧武者との距離を取った舞は再び木刀を腰だめに構えた。そのまま足を踏み出しながら木刀を突き出す。
それは丁度舞を追うように前に飛び出していた鎧武者にカウンター気味に直撃した。だが、舞はそれで満足せず、素早く木刀を引くともう一度突き出す。神速の二段突きを喰らい、吹っ飛ばされる鎧武者。
「や、やった!?」
住井が驚きの声をあげる。
「いや、まだだ……」
慎重な声でそう言ったのは国崎だ。何故だかわからないが、妙な感覚がする。奇妙な既視感。
(何だ、この感じは……)
額を手で押さえながら鎧武者を見る国崎。手で抑えた額には脂汗が浮いている。
舞も倒れた鎧武者の方を油断無く見ながら、木刀を構えていた。あの程度で倒れるような相手ではないはずだ。何せ奴はまだあの直刀を鞘から抜いていない。本気を出してはいない。
果たして、舞や国崎の予想通り、鎧武者がぬっと起きあがった。ゆっくりと立ち上がり、そして持っている直刀を鞘から抜き放つ。同時に鎧武者の全身から放たれる圧倒的な殺気。気の弱い人ならばそれだけで卒倒してしまいそうな、それほど圧倒的な殺気。
「……くっ……」
歯を噛み締め、鎧武者の放つ殺気を何とか耐え凌ぐ舞。
直刀を鞘から抜きはなった鎧武者が一歩一歩舞に歩み寄っていく。この相手は本気を出すに値する。そう判断したからこそ、直刀を鞘から抜き放ったのだ。もはや手加減は一切無用、全力で叩き伏せるのみ。そう考えているのかどうかは解らないが、とにかく圧倒的な殺意を持って舞に接近してくる鎧武者。
一方の舞はあまりもの殺気に気圧されており、動くことすら出来ないでいた。今までも人間ではない相手、未確認生命体などとも対峙したことがあるが、そのどれよりも鎧武者の放つ殺気は上回っていた。しかもただ、それだけではない。鎧武者の放つ殺気には何か別の感情が含まれているような気がしてならない。
鎧武者が舞の目前に迫り、直刀を振り上げる。
「あ、危ないっ!!」
そう言って住井がライフルの引き金を引いた。それはほとんどとっさのこと、無意識下での行動。そのおかげで鎧武者の殺気による硬直が解けたのだ。
ライフルから発射された炸裂弾が振り上げた直刀を持つ腕に命中、直刀が地面に落ちる。
「き、効いた!?」
驚きの声をあげる住井。
舞は鎧武者が直刀を取り落としたのを見ると、すぐに後ろへと飛んだ。とりあえず距離を取り、再び木刀を腰だめに構える。先程鎧武者を吹っ飛ばした二段突きの構えだ。
「はぁぁぁぁッ!」
気合いの声をあげ、一気に木刀を突き出す。
だが、鎧武者はその一撃を身体を捻るようにしてかわしてしまった。
「まだっ!」
次いで神速の二撃目が鎧武者を襲う。
しかし、鎧武者はその突きをもジャンプしてかわしてしまう。そして空中で先程住井の狙撃により取り落とした直刀に手を伸ばす。すると、まるで直刀が意志でも持っているかのようにすっと宙に舞い上がり、鎧武者の手に戻っていった。
「なっ!?」
「あれは……!?」
またしても驚きの声をあげる住井と国崎。もっとも国崎は別の何かに驚いているようだったが。
空中で直刀を掴んだ鎧武者が舞に向かってその直刀を振り下ろす。
とっさに木刀で受け止めようとする舞だが、直刀はその木刀をあっさりと切断してしまった。だが、その時には舞はもうその場にはおらず、後ろへと転がっていた。
着地した鎧武者が舞を追って直刀を突き出し、横に薙いだ。
起きあがったばかりの舞にその一撃をかわす余裕はなかった。舞の首元に直刀が唸りを上げて迫る。

<山頂の神社 03:54AM>
地面に貼り付けられたカノンの首筋に迫るシュシィタ・ヴァ・ゴカパの鋭い牙。青いフォームのカノンでは自分の身体を地面に貼り付けている腕を振り解くことが出来ない。パワーが足りないのだ。パワーを犠牲にして俊敏さを得るこのフォームになったのが今は裏目に出ている。
「くっ……!!」
何とか逃れようともがくカノン。今からフォームアップしても間に合わない。この青いままで何とかしなければ。
カノンの抵抗も空しくシュシィタ・ヴァ・ゴカパの牙がその首に突き刺さろうとしたその時、銀の光がシュシィタ・ヴァ・ゴカパの目に命中した。
「ギャアアアッ!!」
悲鳴を上げ、のけぞるシュシィタ・ヴァ・ゴカパ。
「だ、大丈夫か、相沢君……」
そう言いながら聖が木々の影から現れ、カノンの前に立った。まるで彼を護るかのように手にはそこいらで拾ったのであろう折れた木の枝を持ちながら。声が震えているのは初めてまともに未確認生命体と対峙することから来る恐怖と緊張の所為だろう。
「助かりました、聖先生」
カノンがそう言って立ち上がる。
「ここからは俺の仕事です。任せてください」
立ち上がったカノンは聖の手から木の枝を取り上げると、その木の枝を青いロッドへと変化させた。青いロッドを振り回しながら、カノンは踞っているシュシィタ・ヴァ・ゴカパを見る。
「ロ……ロモデ……」
ゆっくりと身を起こすシュシィタ・ヴァ・ゴカパ。その目に刺さっているのは銀色に光るメス。おそらく聖が普段から持ち歩いているものの一本であろう。それがシュシィタ・ヴァ・ゴカパの片目に突き刺さっている。残る片方の目でカノンと聖を睨み付けながらシュシィタ・ヴァ・ゴカパは片目に突き刺さったメスを引き抜いた。
「ゴドヌ! ロサレダバ・ゴモロデモ・シェジェゴドヌ!!」
怒り狂ったようにそう言い、シュシィタ・ヴァ・ゴカパがカノンに向かって走り出す。いや、完全に怒りに我を忘れているのだろう、その動きは極めて単純なものだった。
カノンは構えた青いロッドで突っ込んでくるシュシィタ・ヴァ・ゴカパの足を薙ぎ払うと、頭上でロッドを一回転させてからジャンプ。
「ウオオオオオッ!!」
倒れたシュシィタ・ヴァ・ゴカパに向かってロッドを振り下ろすカノン。
そのロッドがシュシィタ・ヴァ・ゴカパに命中する寸前、カノンのベルトの中央の霊石から電光が迸った。その電光はカノンの腕を伝って青いロッドへと至る。瞬間、青いロッドの先に何かが形成されかけるが、それも一瞬のこと、青いロッドの先端が倒れているシュシィタ・ヴァ・ゴカパの腹にめり込んだ。
「聖先生、離れて!!」
カノンはそう言いながら突き込んだロッドを引き抜き、シュシィタ・ヴァ・ゴカパから離れる。
「グ……グアァァ………」
倒れたまま、呻き声を上げるシュシィタ・ヴァ・ゴカパ。その腹には古代文字が浮かび上がっており、そこからシュシィタ・ヴァ・ゴカパの全身に光のひびが走っていく。そのひびがある一点に到達した時、シュシィタ・ヴァ・ゴカパの身体は大爆発を起こした。
「……シュシィタザ……ギャダデシャ……」
「クッ……サムゲギャドルザ……ビグオ」
シュシィタ・ヴァ・ゴカパの起こした爆発を少し離れた場所で見たグサヲ・ヴァ・ゴカパとラニマ・ヴァ・ゴカパが森の闇の中へと消えていく。どうやらカノンを倒すことは諦めたらしい。とりあえずは、のようだが。
爆発がおさまるのを待って、カノンは祐一の姿に戻った。同時に持っていた青いロッドもただの木の枝に戻ってしまう。
「……どうやら助かったみたいだな……」
周囲を見回しながらそう言う祐一に聖が首を傾げる。
「どう言うことだ? 未確認は今倒したんじゃ……」
「俺が見た未確認はさっき倒したのを入れて3体いたんですよ。今襲われたらとてもじゃないが先生を護るのが精一杯で倒す事なんて……」
そう言ってまた周囲を油断無く見回す祐一。
うっと押し黙る聖だが、すぐにあることを思い出す。
「そう言えば佳乃は?」
聖のその質問に彼女の方を向いた祐一が顔をしかめてみせた。
「この森に入ってくるのを見たんですが……そこでさっきの奴らに襲われて……」
「そうか……しかし、今までのケースでは佳乃がこの森に入っていたことは無かったはずなんだが」
「……もしかしたらですが……身を隠す為だったのかも?」
思案げな顔をしながら祐一が言う。
その言葉に聖が彼の方を見た。
「どう言うことだ?」
「おそらくですが奴らも佳乃ちゃんを……」
「しかし佳乃は水瀬一族ではないし、奴らを引き寄せるような変な力も持っていないが?」
「いや、持っていますよ。佳乃ちゃんを包んでいたあの光、聖先生言うところの”呪い”ですか……それが奴らの狙いなのかも」
「しかしあれは……」
「とにかく佳乃ちゃんを捜しましょう。そう遠くには行ってないはずです。この森の中は俺が、先生は町の方をお願いします。奴らもまさか町中まではでてこないでしょうし」
聖が何か言いかけるのを制してそう言い、祐一は森の奥へと進んでいこうとする。だが、それを聖が呼び止めた。
「待ちたまえ、相沢君。一旦引き上げよう」
「は?」
聖の言葉に足を止め、振り返る祐一。その顔には聖の言った言葉の意味がわからないと言うような表情が浮かんでいる。
「どうしてです? 一刻も早く佳乃ちゃんを……」
「いや、私が考える通りなら佳乃はきっと大丈夫だ。それにもう戻っている可能性もある。更にいえば君の身体も消耗しているだろう?」
「……確かに疲れてますけど、まだ大丈夫ですよ、俺」
「いいから戻るんだ。まだ暗い。この森の奧に行くには危険すぎる」
そう言った聖の表情は真剣そのものである。更に有無を言わせぬ強い口調でもあったので祐一もこれ以上は逆らうことは出来なかった。

<国立文化財研究所前 03:42AM>
起きあがったばかりの舞の首筋に唸りを上げて迫る鎧武者の直刀。流石の彼女も体勢が整わないままではかわせようもない。
「……!」
直刀の切っ先が舞の首筋まで後少しと迫る。
覚悟を決めたのか舞がすっと目を閉じたその時、いきなり鎧武者が横に吹っ飛んだ。まるで見えない何かに体当たりでも喰らったかのように。
(フフフ……)
不意に舞の耳に少女の笑い声が聞こえてくる。
(助けてあげるよ、舞)
その声に舞が目を開くと、彼女の目前にウサギの耳のようなものをつけた一人の少女が淡い光に包まれたまま、ふわふわと浮かんでいた。顔には少し意地の悪そうな笑みを浮かべているが、その造形は舞そっくりであった。丁度舞を幼くすればこの少女のようになるのだろう。
初めのうちは驚いていた舞だが、やがて小さく頷くとすっと少女の方へと手を伸ばした。少女も伸ばされた手に自分の手を伸ばし、その指先同士が触れ合った瞬間、少女の身体が更なる光に包まれ、そして舞の身体へと吸収されていく。
それは時間にしてはほんの一瞬の出来事。おまけに少女の姿は舞以外には見えていない。
舞の身体に光となった少女が完全に吸収されてしまうと同時に、先程吹っ飛ばされた鎧武者がゆっくりと起きあがってきた。手に持った直刀をゆっくりと振り上げ、再び舞に向かって歩き出す。
舞は立ち上がると鎧武者を睨み付けた。勿論、それで怯むような鎧武者でないことは解っている。それでも睨まずにはいられなかったのだ。
と、その時。
「舞さんっ!!」
その声は突然聞こえてきた。
国崎と住井が声のした方を見ると一振りの日本刀らしきものを抱えた少女が舞と鎧武者の対峙しているところへと走っていくではないか。
「あの子、一体何処から!?」
「そんな事より、お前はあの化け物を何とかしろ!」
突然現れた少女の姿に驚きを隠せない住井に国崎はそう言うと少女に向かって走り出した。何をする気かは解らないが、今あの場に突っ込んでいくのは自殺行為に等しい。
国崎は日本刀を抱えた少女の前に飛び出すと、彼をかわして舞と鎧武者のいる場所へと向かおうとした少女の腕を掴んで引き留めた。
「何する気だ、お前は!!」
「離してください! 舞さんにこれを渡さないと!」
少女はそう言うと、国崎の腕を振り払おうとするが、力の差は歴然としている。
「何だって?」
「これを舞さんに届けないと……舞さんがやられてしまいます!」
思わず聞き返す国崎に少女がそう言い、彼を見つめた。
確かに彼女の言う通り、あのままでは舞は鎧武者にやられてしまうだろう。鎧武者は直刀を持っているのに対し、舞は持っていた木刀を失っている。攻撃する術を失った舞は何時か追いつめられてしまうはずだ。
「……解った。こいつは俺が届ける。お前はこの場から離れろ」
国崎はそう言って少女の手から日本刀を取り上げると、少女の腕を放した。そして鎧武者と舞の方を見やる。
鎧武者の振り下ろす直刀をさっと舞がかわす。しかもかなりギリギリまで引き付けた上でだ。まるで鎧武者の太刀筋を見切った達人の如く、ギリギリ、紙一重のところで直刀をかわした舞はそのまま鎧武者の懐に入るとその手の平を鎧武者の胴に押し当てた。
「……っ!」
無言の気合いを彼女が発すると同時にその手に見えない力が生まれる。そしてその力は鎧武者を大きく吹っ飛ばしてしまった。
思い切り吹っ飛ばされ、地面を転がる鎧武者を見た舞は、今自分が発した力に自分で驚いていた。思わず先程鎧武者に押し当てた手の平を見つめてしまう。だが、そこに何の変化もない。何時もと変わらない自分の手の平だ。
(フフフ……驚いた?)
また少女の声が舞にだけ聞こえてきた。
(助けてあげるって言ったでしょ?)
何処か面白がっているようなそんな声で少女が舞に語りかけてくる。
舞は少しの間自分の手の平を見つめていたが、鎧武者がゆっくりと起きあがったのに気付くとギュッと拳を握りしめた。今の自分ならあの鎧武者と互角に戦えるはずだ。それだけの力をあの少女、”まい”は与えてくれた。いや、そもそもこの力は舞自身のもの、”まい”はそれを返しに来ただけだ。
起きあがった鎧武者は吹っ飛ばされた時に落としてしまったらしい直刀を拾い上げると舞に向かって突進してきた。直刀を振り上げ、舞をその射程距離に捕らえると同時に振り下ろす。その勢いは今までの比ではなく、まさに空気を切り裂いて舞に迫る。
先程と同じくギリギリまで引き付けてからかわそうとした舞に少女が警告の声を発した。
(舞、ダメッ!!)
少女の声にはっとなった舞がとっさに横に飛ぶ。それはまさにギリギリにタイミングだった。鎧武者の振り下ろした直刀の切っ先が舞の髪の先を切り落としている。いや、より正確に言うならば、直刀は触れていない。直刀を振り下ろす時に発生したかまいたちのようなものが舞の髪を切断したのだ。もしも先程と同じように引き付けてかわそうとしたら、そのかまいたちは舞の身体を切断していただろう。鎧武者の常識を越えた恐るべき力に思わず息を呑んでしまう。
「こいつ……強い……」
今更ながら相手の強さに舞は気を引き締めた。この鎧武者は正体不明だが、未確認生命体と同レベルかそれ以上の力を持っている。今のままでは勝ち目はない。”まい”の力を加えてもまだ足りない。
鎧武者がゆっくりと舞の方を向く。そしてまた直刀を振り上げ、舞に向かって、今度は歩き出した。
「こ、このっ!!」
そう言って住井がライフルを構え直し、引き金を引いた。先程は無意識に撃ったのだが、今度はちゃんと狙って。だが、ライフルから放たれた炸裂弾は鎧武者の持つ直刀により、あっさりと真っ二つにされてしまう。
「何て奴だ……!」
驚きと恐れを隠しきれない住井だが、それでも引き金を引くことをやめようとはしなかった。今までも、未確認生命体相手にこう言うことは何度もあった。それでも一度も退いたことはない。自分達が逃げる訳にはいかないからだ。
「よし……いいぞ住井。その調子で頑張ってくれよ」
住井がライフルで鎧武者を攻撃しているのを見ながら国崎が呟く。
彼は鎧武者の視界に入らないよう注意しながら舞の方へと忍び寄っていた。手には先程乱入してきた少女の持っていた日本刀を携え、その日本刀を舞に届ける為に。
「おい!」
小さい声で舞に声をかける。
声をかけられた方の舞がちらりと国崎を見た。だが、すぐに視線を鎧武者の方に向け直す。この恐るべき相手は一時の油断もならない。下手に隙を見せたらあっと言う間にこっちが真っ二つにされてしまうだろう。
「こいつを預かってきた。こいつがあれば何とかなるか?」
国崎が持っていた日本刀を舞に向かって差し出した。
舞は鎧武者の方を向いたまま、小さく頷く。そして国崎の方へと手を伸ばした。
「よっしゃ、任せた……ぜ!?」
国崎が日本刀を舞に手渡そうとしたその瞬間、鎧武者が地面を蹴って一気に距離を詰めてきた。それは中身のない鎧武者にしてはあり得ない速さ、完全に常識とか色々なものを無視した動き。
おそらくは鎧武者も舞の手にあの日本刀が渡れば危険であることを察知したのだろう。それを防ぐ為に二人の方へと突っ込んで来たに違いない。
「うおおっ!?」
突っ込んでくる鎧武者に思わず後ろへ下がってしまう国崎。舞も彼とは逆方向へと飛び退いている。丁度二人の間に降り立った鎧武者が尻餅をついている国崎の方を向き、直刀を振り上げた。
「う、うわぁぁぁっ!!」
思わず悲鳴を上げてしまう国崎。
だが、次に来るであろう斬撃の衝撃はいつまで経っても来なかった。恐る恐る目を開いてみると、鎧武者は直刀を振り上げたまま何故か硬直している。
「あ……ああ?」
何故、鎧武者が硬直しているのか解らなかったが、とにかく国崎は手に持っていた日本刀を鎧武者の向こう側にいる舞に向かって放り投げた。
舞は鎧武者が硬直しているのを見ると、国崎のいる方へと向かって走り出していた。そして宙を舞っている日本刀をジャンプして受け取ると一気に鞘から抜き放つ。鞘を投げ捨て、両手でしっかりと柄を持ち、大上段に振り上げた日本刀を一気に振り下ろす。その一撃は鎧武者の兜から鎧までをも真っ二つにしてしまった。と、同時に鎧武者の各パーツが、まるで中身を急に失ってしまったかのようにその場に崩れ落ちる。
着地した舞は崩れ落ちた鎧武者の各パーツから何か白いもやのようなものが天に向かって伸びていくのを見た。それはまるで無理矢理その場に閉じこめられていた風船が一気に解放されて天に向かって行くみたいに。思わず舞は呆然としてそれを見上げてしまう。
それは国崎も同じだった。彼も確かに見ていた、天に向かって行く白いもやのようなものを。
「何だ……あれは……?」
呆然と呟く国崎。
「く、国崎さん、大丈夫ですか!?」
ライフルを持った住井がまだ尻餅をついている国崎の元へと駆け寄ってきた。まだライフルを持っているのは鎧武者が再び起きあがることを警戒してのことだろう。
「す、住井、お前あれ見たか!?」
「あれ? 何のことですか?」
国崎の慌てたような声に住井が首を傾げる。
「今のだよ! あいつがあの化け物真っ二つにした後、何か空に昇っていっただろ!?」
そう言って空を指さす国崎だが、住井は戸惑うばかりだ。とりあえず国崎の指さす空を見、それからバラバラになった鎧武者の各パーツを見、やはり首を傾げる。
「俺には何も見えませんでしたけど?」
「はぁ? 何言ってんだよ、お前は? 今、何か白い物がこいつから離れて……」
「国崎さん、恐怖の余り幻覚でも見たんじゃないですか?」
「お前……おい、そこのお前! お前も見ただろ、さっきの!」
住井では埒が明かないと思った国崎は先程投げ捨てた鞘に日本刀を収めている舞に声をかけた。だが、舞は興味なさそうに国崎を一瞥すると鎧の各パーツと同じように落ちている直刀に歩み寄った。
「お、おい! お前!!」
まだ国崎が何か言っているが、舞は一切相手にしない。それよりもこの直刀の方が気にかかる。鎧から離れていった白いもやのようなもの、あれはおそらく鎧武者を操っていた何らかの力であろう。舞の一撃により、その力を維持出来なくなって離れていっただけ。だが、この直刀にはまだ何らかの力の存在を感じられる。むしろ、この直刀の方があの鎧よりも強い力を感じさせていた。
「……これは……」
そっと直刀に手を伸ばそうとする舞だが、その手をいつの間にか側までやって来ていた住井が掴んで引き留めた。
「勝手に触らないでください。これは証拠物件になりますから。それと……助けて貰ったことにお礼を言わせて貰いますが、一応銃刀法違反です」
住井がそう言って舞に手錠をかける。
確かに舞の持っている日本刀は明らかに銃刀法違反だろう。舞もそれが解っているからか特に抵抗しようとはしなかった。
「住井、こいつは俺たちで預かろう。所轄に渡すと色々と厄介なことになりそうだし」
「それって明らかに越権だと思いますが……それもそうですね。とりあえず君は未確認生命体対策本部で事情を聞かせて貰うからそのつもりで」
最後は舞に向かって言い、住井は舞を引き連れて自分達の乗ってきた覆面車へと戻っていった。
国崎は連行されていく舞と連行している住井を見送ると白い手袋をはめてそっと直刀に手を伸ばした。指先が直刀の柄に触れた瞬間、彼の脳裏に何かが浮かび上がる。
それは一人の少女の姿。長い髪に鈴をつけた紐で結わえている、少し生意気そうな少女の姿。着ている服は和装、しかもかなりの上物っぽい。そして、その少女の背には真白い翼。
「…………!?」
ビクッと直刀に伸ばした手を引っ込める国崎。
「な、何だ……今のは……?」
彼が驚いている間に所轄の警官達がやってきて、直刀や鎧をそれぞれ証拠物件として運んでいく。その場に何もなくなっても、国崎はまだ動けなかった。
驚きのあまり動けない。信じられないことだった。
脳裏に浮かび上がったのは、彼がまだ全国を放浪していた頃、ずっと探し求めていた少女に他ならなかったからである。

<霧島診療所 05:02AM>
空が明るくなってきた頃になってようやく祐一と聖は霧島診療所まで戻ってきていた。
シュシィタ・ヴァ・ゴカパを倒した後、とりあえず山を下りてきたのだが、途中で聖がランドクルーザーの鍵を無くしたと言いだし、それを捜すのに手間取っていたのである。
駐車場にロードツイスターを止め、ヘルメットを脱いだ祐一が大きく口を開けて欠伸をした。
「ふわああぁぁ……」
「済まないな、相沢君」
そう言いながら聖が彼の前にやってくる。やはり彼女も眠そうだ。ほぼ一晩中あちこちを駆け回っていたのだから仕方ないことだろう。
「お互い様ですよ、先生」
祐一は慌てて欠伸を噛み殺すと、笑みを浮かべてみせた。だが、その笑みはすぐに消えてしまう。
結局、佳乃は見つからなかったのだ。笑顔など浮かべていられるはずもない。それは祐一のみならず聖も同様だった。
「……一体佳乃ちゃん、何処行ったんでしょうね?」
「案外近くにいるのかも知れないぞ」
聖がさらりとそう言い、診療所の入り口のガラス戸を開ける。そして彼女はそこでまるで硬直してしまったかのように立ち止まった。
「どうしたんです?」
そう言って祐一は聖の肩越しに中を覗き込んだ。
そこは診療所がちゃんと営業していた頃は待合室として使われていた場所だが、今はそこに置かれてあるシートなどには白いシーツが埃よけに被せられている。そんな中に佳乃が横たわっていた。
「か、佳乃ちゃん!?」
祐一が驚きの声をあげると共に聖が我に返ったように中に飛び込んだ。
床に横たわっている佳乃は全ての力を使い果たしたかのようにぴくりとも動かない。傍目には死んでいるのではないかと思わせるほどに。だからか、聖の慌て様は只事ではなかった。
「佳乃ッ!」
妹の名を呼びながらさっと彼女を抱き上げる聖。
と、その彼女の口から静かな寝息が聞こえてきた。どうやら眠っているらしい。
それを知った聖は安心の余り、ヘナヘナとその場に座り込んでしまう。佳乃を抱き上げた腕からも力が抜け、彼女が床へと落ちてしまうがそれでも彼女は目を覚まさなかった。
「先生、大丈夫ですか?」
「あ、ああ……何とかな」
心配そうな声を祐一がかけてくるのにやっとの思いでそう答える聖。
「とりあえず佳乃ちゃん、部屋まで運びましょう」
祐一はそう言うと床に横たわっている佳乃をそっと抱き上げた。
聖に先導され、佳乃を彼女の部屋のベッドに横たえると祐一は聖をその場に残し、先に部屋から出ていった。そして自分に用意された部屋に向かうといつの間にか敷かれてあった布団に倒れ込む。
流石にこれ以上眠気に耐えるのは無理だった。佳乃が見つかっていない状況なら何とか気力で持たせられたが、佳乃が見つかりそれで安心してしまったのだろう、緊張していたものが一気に緩んでしまったようだ。
そのまま祐一の意識はあっと言う間に眠りの中に沈んでいくのであった。

<警視庁未確認生命体対策本部 06:29AM>
現場である国立文化財研究所から警視庁まで戻って来、とりあえず眠気覚ましにシャワーを浴びてからどろどろになった背広から制服に着替えた住井と国崎が未確認生命体対策本部にあてがわれている会議室に入ってくると、とりあえずあの場で銃刀法違反で逮捕した舞が暇そうな顔をして座っていた。
「おい、何でここにいるんだよ?」
「留置場にいたんじゃなかったんですか?」
二人が同時に声をあげるが、舞は興味なさそうに彼らをちらりと見るだけでまた視線を外してしまう。何処を見ているのか解らないが、とりあえず暇そうに、ぼうっと視線をあちこちへと向けている。
「質問に答えろ。何でここにいるんだよ?」
舞のすぐ側まで歩いていった国崎が少しきつめの声でそう言うが、舞は全く相手にしなかった。
「お前なぁ……国家権力なめんなよ、ああ?」
「国崎さん、それじゃ悪役ですよ……」
そう言って凄む国崎を見て、住井がため息をつく。
そこに手にビニール袋を持った神尾晴子が入ってきた。彼女も同じ未確認生命体対策本部の一員で、ここではNo.2格の人物である。
「何やっとんのや、あんたら?」
舞に詰め寄っている二人に向かってそう言うと、晴子は二人を押しのけ、舞の前まで来ると持っていたビニール袋をおいた。中にはコンビニで売っているおにぎりやサンドイッチなどが入っている。
「何が好みかわからんかったからテキトーやけど別にかまへんやろ?」
そう言って晴子がニコリと笑みを浮かべた。
すると舞はこくりと頷き、ビニール袋の中からおにぎりを一つ取り出すとあっと言う間に包装紙を取り、パクリと食いついた。先程までの何にも興味なさそうな表情とはうってかわって、おにぎりに食いついている彼女の表情は幸せそうである。
「……何なんだ、こいつは……?」
「あんたもたいしてかわらへんやろ、居候」
呆れたような国崎に容赦無く言う晴子。
「それよりも、や」
晴子はそう言うと国崎と住井の二人を連れ、舞から離れていく。どうやら彼女に聞かせたくない話らしい。
「あの子、どないしたんや? 何聞いても答えへんし、一体何でここに連れて来たんか誰も知らんようやし」
「ああ、あの子は俺と国崎さんとで連れてきたんです。一応銃刀法違反と言うことで」
そう言った住井をギロリと晴子が睨み付ける。
「何や、その一応ってのは? それにうちらは未確認対策班やで? 銃刀法違反なんてものは……」
「いや、あいつはこっちで預かった方がいい。何せあいつはN県で未確認に一人で立ち向かっていったような奴だしな」
「本当ですか?」
「ほんまか、その話!?」
国崎の言葉に住井と晴子が驚きの表情を浮かべた。彼ら未確認対策本部の刑事達ですら集団でしか未確認生命体に立ち向かえない。現代科学の粋を尽くして開発されたPSK−03でも未確認生命体に対しては分が悪いと言うのに、あのおにぎりをおいしそうに頬張っている女性がたった一人で未確認生命体に立ち向かったと言うのか。そして、無事でいたのか。あの、人間以上の力を持ち、常識では考えつかない特殊能力を持っている未確認生命体に一人で立ち向かって。
「か、彼女、何者なんですか?」
「さぁな、俺もそこまでは知らないし。だがな、住井も見ただろ、あいつがあの化け物相手に互角以上に戦っていたの。第20号の時もそうだったんだよ」
そう言って国崎はN県で未確認生命体第20号と遭遇した時のことを思い出す。
あの時、N県警の警官達と共に取り囲んだ未確認生命体第20号に手も足も出なかった自分。そこに現れたのが舞だった。手には一本の日本刀を携え、恐るべき力の第20号を相手に一歩も退かなかった彼女。それどころか第20号に手傷まで負わせ、追い払ったのだ。彼の知る限り、そんな事が出来た人間は彼女一人だけ。
「す、凄い人ですね……」
住井は驚いたようにそう言い、まだおにぎりを頬張っている舞の方をちらりと見た。とてもじゃないが、刀一本で未確認生命体に立ち向かっていくようには見えない。それなりに鍛えてはいるのだろうが、どう見てもそこら辺にいそうな女性だ。
「見た感じはごく普通なのに……」
「何を基準にごく普通なのか聞いたみたい気がするが」
舞の方をちらりと見てそう呟いた住井を呆れたように見ながら国崎が呟いた。
「とりあえずあいつを引っ張ってきたのは外れじゃないだろ?」
そう言って晴子を見る国崎。
「せやけど……あの子引っ張ってきてどないする気や? まさかうちらの仲間にする訳にもいかんし」
「そもそもPSKチームだって微妙なところですしねぇ」
晴子、住井の言葉にうっと詰まってしまう国崎。
確かにその通りだった。とりあえず所轄の手には余るだろうと思って自分達で連れてきたのだが、実際問題彼女をどう扱えばいいのだろうか。と言うか、国崎自身そこまで考えていなかった。
「と、とりあえず……あいつに話を聞いてみないか?」
それはかなり苦し紛れの提案だったが、とりあえず二人からは文句が出なかったので国崎はほっと胸を撫で下ろすのであった。

<霧島診療所 10:53AM>
ようやく目を覚ました祐一がリビングに顔を覗かせると、そこでは聖と祐一と同じ喫茶ホワイトで働く長森瑞佳が一緒にコーヒーを飲んでいた。瑞佳の方にコーヒーポットがあるところからして、彼女が淹れたのだろう。
「うむ、流石は本職だな」
コーヒーカップ片手に聖がそう言って口元に笑みを浮かべる。
「本職って程でもありませんよ〜」
聖の誉め言葉に照れたようにはにかむ瑞佳。と、そこで顔を覗かせた祐一に気付く。
「お早う、祐さん。ぐっすりだったみたいだね」
「まぁね。もう二度とマスターと瑞佳さんとは一緒に飲まないことにするよ」
「酷いこと言ってるよ……」
拗ねたようにそう言う瑞佳を見て笑みを浮かべた祐一は聖の方を見て小さく会釈した。
「お早う御座います、先生」
「ああ、お早う。少しは寝れたかね?」
「先生こそ」
「私なら徹夜に慣れているから大丈夫だ。まぁ、後で少し休ませて貰うつもりだが」
その言葉から祐一は聖があの後もずっと起きていたらしいことを知った。よく見ればテーブルの上には何かの資料らしきもののファイルが数冊重ねて積んである。おそらくそれを引っ張り出してきて今までずっと調べていたのだろう。
「そう言えばマスターと佳乃ちゃんは?」
祐一はこの場にいない二人のことを思いだしたかのように尋ねると瑞佳がクスリと笑った。それから祐一の方を見る。
「二人ともとっくの昔に起き出して海に行ったよ。佳乃ちゃんはともかくマスターも元気なものだよ」
「流石はマスター。あれだけ飲んでいても遊ぶとなると元気だな……」
呆れたような感心したような祐一の感想を聞き、また瑞佳がクスリと笑った。
「瑞佳さんは大丈夫? マスターと一緒に随分飲んでいたと思うけど?」
祐一がそう尋ねると今度はバツが悪そうな困ったような笑みを浮かべる瑞佳。
「さっき薬貰ったところ。ちょっと飲み過ぎちゃったみたいだね」
ちょっと頬を赤くしながらそう言って舌を出す瑞佳。その仕種は彼女の歳から考えればかなり子供っぽい仕種であったが、何故か彼女には妙に似合っていた。こう言う表情を見せられたらどんな男だってイチコロだろう。祐一だって恋人である水瀬名雪がいなければ瑞佳にころっと行ってしまっていたかも知れない。もっとも瑞佳が受け入れてはくれないことは十分承知の上だが。
「とりあえず朝ご飯の準備するね」
そう言って立ち上がる瑞佳と彼女と入れ違うようにイスに座る祐一。
「瑞佳君はいいお嫁さんになるだろうな」
いきなり聖がそんな事を言ったので祐一が面食らったように彼女を見た。
「な、何を驚いているんだ?」
「いや、聖先生がそんな事を言うなんて……正直驚きました」
「君は私を一体どういう風に思っているんだ……全く君は国崎君とよく似ている」
嘆息しながら聖が立ち上がる。
「そこにあるのはこのあの神社、いや、この町の古い伝承や言い伝えなどの資料だ。昔、興味があって集めたのを引っ張り出してきた。少しは参考になるかも知れない」
そう言ってテーブルの上に積み上げているファイルなどを指さす聖。
「……佳乃ちゃんの……ですか?」
「ああ。佳乃にあの症状が現れだしたのは昔神社に行ってからだ。そこで何があったのか……そこまでは私も詳しくは知らない。宮司にでも聞けばわかるかも知れないが」
「解りました。後で行ってきます」
「気をつけてな。未確認がいるとなるとどんな危険があるかわからん」
少し心配げな目をして聖がそう言うのに対し、祐一はニヤリと不敵な笑みを浮かべてみせた。
「大丈夫ですよ。だって俺、カノンだし」
そう言って右手の親指を立ててみせる。
その祐一の返事を聞いた聖がニヤッと笑みを浮かべてリビングから出ていった。
聖が出て行ってから少しの間ぼうっとしていた祐一だが、何気なく山積みになっているファイルの束に目を向け、手を伸ばして一冊だけ取り出してみる。先程聖が言っていた興味で集めた割にはそのファイルの中身はとても興味本位で集めたとは思えないほどの充実ぶりだった。おそらくは聖の字であろう綺麗な字で細かく彼女なりの考察が空いているスペースに事細かに書き込まれている。
興味を覚えた祐一が他のファイルも取り出して次々と読んでいくと、その中に気にかかる箇所を見つけた。
(あの神社のご神体についての考察、か……)
昨夜佳乃が向かったのもあの神社、そもそも佳乃があの症状を起こすきっかけになったのもあの神社。全てはあの神社にあるのかも知れない。
「行ってみるしかない、か……」
そう呟いて立ち上がる祐一。
と、そこにこんがりと焼けたトーストと小皿に盛りつけたサラダを持った瑞佳が戻ってきた。
「お待たせ……って、何処か行くの?」
「あ、うん、ちょっと……」
「せめて朝ご飯ぐらい食べていった方がいいよ。朝ご飯はちゃんと食べないと一日持たないよ」
やたらと真剣な眼をしてそう言われたので祐一は従うしかなかった。記憶喪失の頃からそうなのだが、何故か瑞佳には頭が上がらない。どことなく名雪と似ている口調が無意識にそうさせているのかも知れない。それ以上に瑞佳が世話焼きだと言うこともあるのだろうが。
「解った。そうするよ」
そう言って改めてイスに座る祐一。
それを見た瑞佳がニッコリと笑みを浮かべてトーストとサラダを彼の前に並べるのであった。

<警視庁未確認生命体対策本部 11:24AM>
「はぁぁ〜」
顔を突き合わせてため息をついたのは国崎と住井の二人だ。二人とも未だに制服姿で、その正面には相変わらず無愛想な表情の舞が座っている。
舞から何か話を聞こうとし始めてから既に4時間以上経っていたが、舞は何故か一向に口を開こうとはしなかった。たまに口を開いても「喉が渇いた」とか「お手洗い何処?」とかその程度のことしか言わない。これでは何の為に彼女をここに連れてきたのか解らない。もっとも初めから何の為に連れてきたのか、連れてきた当の本人である国崎と住井の二人も解ってはいなかったが。
「どうします、国崎さん。もう解放しますか?」
すっかり困り果てたような顔でそう言う住井。
「何言ってるんだよ、お前は。だいたい銃刀法違反でこいつ逮捕したのお前だろ?」
「そりゃそうですけど、こうもだんまりを決め込まれちゃどうしようもありませんよ」
「それもそうだがなぁ」
舞に聞こえないよう互いに耳打ちするように国崎と住井が話しているのを少し離れた場所で呆れたように晴子が眺めている。と、テーブルの上に置いてあった彼女の携帯電話が鳴り始めた。表面に付いている液晶の小窓を見ると自宅からとなっている。
(何や……あの子が電話してくるなんて珍しいこともあるもんやな……)
そんな事を考えながら携帯電話を取り、通話スイッチをONにした。
「もしもし、どないしたんや観鈴?」
『お、おかあ……っさん……た……すけ……て……』
聞こえてきたのは弱々しい義理の娘の声。ただ弱々しいだけではない。何か切羽詰まったような、そんな必死さすら感じられる。
「観鈴!? どないしたんや!?」
『解らない……でも……何か変なの……』
携帯電話を通じて聞こえてくる声の他にはやけに荒い呼吸。何らかの異変が娘の身に起こっている。それだけは確かのようだ。
「解った。すぐに帰るからもうちょっとガマンするんやで」
晴子はそう言うと通話終了のボタンを押して、さっと立ち上がった。
「どうかしたのか?」
「観鈴に何かあったらしい。悪いけど帰らせて貰うで」
声をかけてきた国崎にそう答えながら自分の荷物を手早く片付ける晴子。そしてすぐに会議室から出て行ってしまった。
「……観鈴に……!?」
晴子の義理の娘、観鈴。国崎も彼女とは少なからず面識がある。だが、未確認生命体対策本部に編入されてから、いや、警察に入った頃からずっと会っていない。一体彼女の身に何が起こったというのか。彼が知っている観鈴は元気そのものだったが。
何か急に不安に襲われる国崎。晴子の後を追おうと思い、住井に声をかけようとしたその時だった。この会議室に設置されている電話が急に鳴り響いたのは。
とりあえずその電話に一番近くにいたのが国崎だったので、彼が仕方なさそうに受話器を取る。
「はい、未確認対策本部……ああ……何ぃ!?」
かかってきた電話の内容に思わず国崎が大声を上げてしまった。
「ど、どうしたんですか、国崎さん!?」
国崎の上げた大声に驚きの表情を浮かべた住井が尋ねるが、彼は何も答えなかった。黙ったまま受話器を置き、無言で会議室から出ていこうとする。
「国崎さんっ!!」
住井が大声を上げるが、それでも国崎は立ち止まろうとはしない。そのまま無言で会議室から出て行ってしまう。
いきなり居なくなってしまった国崎に、住井はどうすればいいのか解らなくなり、困ったような笑みを浮かべるしかなかった。
「……行くしかない……」
不意に舞がそう言って立ち上がった。その表情は今までの何処かボケッとしたものではなく、今朝早く、あの鎧武者と対峙していた時と同じく真剣そのものである。
「え? ええ?」
訳がわからないと言った顔をしている住井をその場に残し、舞はさっさと歩き出していた。彼女には何処に行くべきかはっきりと解っているらしい。
「ちょ、ちょっと待って!!」
また住井が大声を上げる。今度もこの会議室を出ていこうとする人物を呼び止める為だ。先程は失敗に終わったが、今度の相手は足を止めてくれた。何だと言いたげな顔をして自分を見つめてくる舞に、一瞬言葉を詰まらせる住井だがすぐに気を取り直す。
「き、君は一応……その……何だ、逮捕されているんだぞ。勝手な行動を許す訳には……」
「……さっき出ていった男を死なせたくないなら邪魔をしないで欲しい」
歯切れの悪い住井の言葉に対して舞の言葉は断定的ですらあった。更にその内容に気圧されてしまう住井。
「……死ぬって……」
絞り出すような感じでそれだけを舞に問いかけることしか住井には出来なかった。
「……言葉通り……だから邪魔は」
「お、俺も行く!」
舞の返答に住井は必死になってそう言う。このまま彼女を一人にする訳にはいかないし、それに彼女の言うことも気にかかる。一体国崎は何に驚き、そして出て行ってしまったのか。その国崎に命の危険が迫っていると言う舞の言葉。気にかかることは幾つもある。じっとしていてもどうしようもないなら行動するしかない。
「…………」
舞は何も言わずに、ただ小さく頷いただけだった。
丁度その頃、国崎はいつもの黒尽くめの姿に着替え、自分がいつも愛用している覆面車に乗り込もうとしているところだった。その表情は緊張の所為か、強張っている。
「まさか……そんな事が有り得るのか?」
それは誰に対して、と言う訳でもない疑問。ただ自分の中に沸き上がる疑問を口に出してみただけだ。勿論、答えが返ってくることなど期待していない。
「行ってみるしかない、か」
そう呟いて、彼は覆面車のドアを閉じるのだった。

<霧島診療所 11:38AM>
朝食を終えた祐一が診療所の表に停めてあるロードツイスターの側までやってくると、まるで彼を追いかけるかのように瑞佳が中から出てきた。
「祐さん、海行くの?」
「いや、ちょっと行くところがあるんで」
瑞佳の質問に申し訳なさそうに答える祐一。
「残念、折角荷物持って貰おうと思ったのに」
本当に残念そうに瑞佳がそう言ってちょっと困ったような笑みを浮かべる。確かに彼女の手には海まで運ぶにはちょっと重たそうな荷物があった。おそらくは昼食用のお弁当だろう。ついさっきまで台所で準備していたのはこれだったのだ。
「これくらいなら先に持って行っておきますよ。マスターか佳乃ちゃんに渡せばOKでしょ?」
「それはそうだけど二人とも遊ぶのに夢中で気付いてくれないと思うよ?」
「う……それはあり得る」
瑞佳の手から荷物を奪い取った祐一だが、彼女の発言に思わず顔を引きつらせた。その可能性は充分にある、その事に思い至ったからだ。
「だから一緒に私も行くよ。聖さんは寝ちゃっているからそっとしておいてあげたいし」そう言って瑞佳は診療所の鍵を祐一に見せた。どうやら聖から預かっていたらしい。自分が寝ている間に外出してくれても構わないが、鍵だけはかけておいてくれ、と言うことなのだろう。祐一やマスターではなく瑞佳に預けている点で彼女がこの二人よりもしっかりしている、と言うことを判明せしめている。
「それじゃ行きますか」
「そうだね」
祐一に促されて瑞佳は診療所のドアに鍵をかけると、ロードツイスターを押し始めた彼と並んで歩き出す。
「いい天気だね〜」
雲一つ無い晴天の空を見上げた瑞佳がそう言ってちらりと祐一を見ると、彼も手で汗を拭いながら同意するように頷いた。
「これならいい感じで焼けそうだね」
「帰る頃には真っ黒だよ、きっと」
そんな他愛のない話をしながら海へと向かっていく二人。
と、祐一は今まで気にかかっていたことを不意に思い出し、瑞佳に問うてみた。
「そう言えば瑞佳さん、ちょっと聞きたいことがあるんだけど?」
「ん? 何かな?」
「佳乃ちゃんのことなんだけど……何処か変じゃなかった?」
「変って?」
「あ〜、何て言えばいいのかな、いつもと様子が違ったとか」
「そんな事はなかったと思うけど……何かあったの?」
ちょっと首を傾げた瑞佳が祐一の顔を覗き込む。
祐一は少し考えた後、瑞佳なら話しても構わないだろうと判断し、昨夜何があったかを話し出した。
彼の話を聞いた瑞佳の顔色が変わる。この町に現れた未確認生命体のこともそうだが、それ以上に佳乃の身に起こった謎の現象。果たして佳乃は大丈夫なのか。急に心配になってくる。
「でも……普通に見えたけど?」
「……そうか。じゃ、あれは佳乃ちゃんの意識があるうちは起きないのかも」
「佳乃ちゃんが意識を失ったりするとそう言うことが起こるの?」
「それは俺にも解らない。でも聖先生が言うにはここ数年ああ言うことは起こっていなかったって言う話だから……」
祐一はそこで言葉を切り、さっと周囲に視線を巡らせた。何らかの気配を感じたらしい。それは隣にいた瑞佳も解ったようで急に不安げな顔になった。
「祐さん……?」
「……瑞佳さん、走って!」
そう言って祐一が瑞佳の背中を押す。
慌てて走り出す瑞佳。
その背を見送った後、祐一がゆっくりと振り返る。
「こんな昼間っからご苦労なこった」
後方に立っていたカウボーイ風の格好の男に向かってそう言うと、祐一はさっと身構えた。
昨夜、一番始めに襲いかかってきたのはこの男だ。それはつまり、この男が好戦的であると言うことを示している。昼間であろうと町中であろうとお構いなしに襲ってくるだろうと言うことだ。
「フッ……」
カウボーイ風の男がニヤリと笑う。
「ラモゴスヌ・センナザニミ・ギシェロサレショ・ラルショバ・ロデモルヲザリリ」
そう言いながら、姿を人間のものから真の姿へと変えていく。アシナガバチ種怪人ラニマ・ヴァ・ゴカパへと。
「ニメ! カノン!!」
叫びながらラニマ・ヴァ・ゴカパが祐一に向かって飛びかかって来た。
とっさに横に飛んでラニマ・ヴァ・ゴカパの一撃をかわした祐一だが、今度は鋭い爪となった腕を横に薙ぎ払ってくるラニマ・ヴァ・ゴカパ。
「くっ!」
のけぞるようにして爪を何とかかわす祐一。
すると、まるでそうなることを解っていたかのようにラニマ・ヴァ・ゴカパが彼の足を払った。
「うわっ!?」
いきなり身体が宙に浮き、一瞬後には背中から地面に叩きつけられてしまう。何が起きたのか一瞬理解出来なかった。辛うじて足を払われた事だけが解る。背を打ち付けた痛みの余り閉じていた目を開くと、ラニマ・ヴァ・ゴカパがまた右腕を振り下ろそうとしていた。
「おおうっ!?」
慌てて横に転がってその一撃をかわした祐一は元の方に転がる勢いを利用して膝をラニマ・ヴァ・ゴカパの脇腹に叩き込んだ。
「グアッ!」
祐一の反撃に思わずよろけてしまうラニマ・ヴァ・ゴカパ。
その隙に起きあがった祐一は、よろけているラニマ・ヴァ・ゴカパに向かって肩から身体をぶつけていく。
「うおおおっ!!」
祐一の渾身の体当たりを喰らったラニマ・ヴァ・ゴカパが吹っ飛ばされた。
それを見ると祐一はすかさず両手を腰の前で交差させた。そのまま胸の前まで腕を上げて左手だけを腰まで引き、残る右手で宙に十字を描く。
「変身ッ!!」
そう叫ぶと同時に祐一の腰のあたりにベルトが出現、その中央にある霊石が光を放った。その光の中、祐一の姿が戦士・カノンへと変わっていく。
「カノンッ!!」
目の前に立つカノンを見てラニマ・ヴァ・ゴカパが吼えた。そして猛然と飛びかかっていく。右手の鋭い爪でカノンを引き裂こうとするが、その腕を受け止めたカノンが右手でボディにアッパーカット気味のパンチを叩き込んだ。そしてそのままの状態でラニマ・ヴァ・ゴカパを投げ飛ばす。
背中から地面に叩きつけられたラニマ・ヴァ・ゴカパに更に追撃の一撃を叩き込もうとカノンが歩み寄った時、いきなりラニマ・ヴァ・ゴカパが起きあがった。次いで背の羽根を羽ばたかせて宙に舞い上がる。前回の戦いでカノンが空を飛べないことは解っている。空中からの攻撃ならカノンとて一溜まりもないだろう。
「逃がすかっ!!」
カノンがラニマ・ヴァ・ゴカパを追ってジャンプする。上手く体勢を整えて上に向かってのキックを放ち、そのキックがラニマ・ヴァ・ゴカパを捕らえた。
「グハァッ!!」
カノンのキックは必殺の威力を持ったキックではなかったが、それでもその衝撃は相当のダメージをラニマ・ヴァ・ゴカパに与えていた。口から大量の血を吐き出し、ラニマ・ヴァ・ゴカパが地面へと落下していく。
地面に叩きつけられたラニマ・ヴァ・ゴカパを見ながら着地するカノン。
と、その時、カノンは背後から物凄い殺気を感じ、さっと振り返った。いや、それよりも速く何かがカノンの左肩を貫いていく。その衝撃に吹っ飛ばされてしまうカノン。
「ぐああっ!?」
吹っ飛ばされた衝撃、そして左肩に走る激痛に思わず声をあげてしまうカノン。何とかその激痛に耐え身を起こすと、そこにはラニマ・ヴァ・ゴカパと同じような姿の怪人がカノンに左手を向けて立っていた。
「マミンニ・シェリヅ・ラニマ」
新たに現れた蜂種怪人が倒れているラニマ・ヴァ・ゴカパに向かって言う。
「ロサレモ・ニゾショバ・ラモゴスヌセン・ナザヌゴショ・ジャマガッシャモガ?」
少し苛立ったように蜂種怪人が言うと、倒れていたラニマ・ヴァ・ゴカパは慌てて身を起こした。明らかにラニマ・ヴァ・ゴカパはこの新たに現れた蜂種怪人に怯えている。上下関係がはっきり別れているようだ、この両者の間には。
「カ、カノンバ・ヴァデダモ・シェギジャ・シャロネヅショ・ギミシャロ・ナマリショ」
「ノデン・ギセヅモバ・ロサレジェバ・マリ」
ラニマ・ヴァ・ゴカパが何か言い訳をしたようだが、蜂種怪人はそれに対しても苛立ちを隠そうとはしなかった。
「クッ……こいつらは……」
血が流れ落ちる左肩を手で押さえながら何とか立ち上がるカノン。
「……カノン、今は貴様の相手をしている場合ではない……」
蜂種怪人が立ち上がったカノンを見てそうはっきりと日本語で言う。
「なっ、何ぃっ!?」
「今は貴様を倒すよりも優先させることがある……」
「ルヲザ・ギョガッシャ・ショロソレ・カノン!」
ラニマ・ヴァ・ゴカパ、そして新たな蜂種怪人が背の羽根を羽ばたかせて宙に舞い上がった。
「ま、待てっ!!」
そう言ってジャンプしようとするカノンだが、左肩に走った激痛に思わずその場に踞ってしまう。その間に蜂種怪人とラニマ・ヴァ・ゴカパは空の彼方へと消え去っていった。
「クッ……あいつら何処へ?」
やはり左肩を手で押さえながら、変身を解くカノン。
左肩からの出血は何とか治まっているが、べっとりと血がシャツを赤く染めてしまっている。それを見た祐一は瑞佳達に何と説明するか、困ったように苦笑を浮かべた。
いや、今はそれどころではない。空の彼方へと消えていったあの蜂種怪人、その片方が言っていた”自分よりも優先させること”が気にかかる。もしもそれが佳乃に関することならば。
「瑞佳さん達が危ない!」
祐一はそう呟くと停めてあったロードツイスターに駆け寄った。左肩が痛むが、顔をしかめるだけでガマンし、エンジンをかける。相手は空を飛んでいったのだ。今は一刻を争う時。左肩の痛みに音を上げている場合ではない。
「くそっ、間に合ってくれ!!」
焦りの声を漏らしながら、祐一はロードツイスターを瑞佳達のいる浜辺へと急行させるのであった。

<都内某所(神尾家) 12:38PM>
愛用の赤いドカティを家の前に停め、晴子はヘルメットを脱ぐのももどかしそうに玄関を開けた。
家の電話は玄関先にある。観鈴が晴子の携帯に電話をかけてきた時表示されていたのはこの電話番号だ。あれから無事に自分の部屋に戻ったのだろうか、少し心配ではある。
ドアを開けると、晴子の心配していた通りだった。
電話をおいてある台の前に観鈴が倒れている。顔色はひどく悪く、真っ青を通り越してまるで蝋人形のように白くなっていた。それに全身汗びっしょりで、体温も濡れた服に奪われている。
「観鈴!」
慌てて彼女に駆け寄った晴子は、すぐに義理の娘を抱え上げると二階にある彼女の部屋へと連れて行った。
気を失っている観鈴をベッドの上に寝かせてから、すぐに下の階へと降り、水を入れた洗面器とタオルを持って観鈴の部屋に戻ってくる。汗に濡れた服を脱がし、汗を拭いてやってから別の服に着替えさせ、そこでようやく晴子は安心したかのように息を吐いた。
特に熱は出ていないようだが、念のため濡らしたタオルを絞り、まだ苦しそうに荒い息をしている観鈴の額に乗せてやる。
「まったく……どないしたんやろな」
そう言いながら晴子は掛け布団の上から義理の娘の身体をぽんぽんと優しく叩いてみる。と、それで気がついた訳でもないのだろうが、観鈴が薄く閉じていた瞳を開いた。
「お……母さん?」
「ああ、ここにおるから安心しーや」
自分の方を見た観鈴に安心させるようにニッコリと笑みを浮かべてみせる晴子。
だが、そんな晴子を見た観鈴はいきなりがばっと跳ね起きるとベッドの側にいた晴子に抱きついた。
「お母さん! 怖い!!」
目に大粒の涙を浮かべながら観鈴が言う。
「な、何や……いきなりどないしたんや観鈴ちんは?」
抱きついてきた観鈴の背をそっと撫でてやりながら優しい声で晴子がそう言うが、観鈴は「怖い」と繰り返すばかりでまったく要領を得なかった。何かに怯えているというのは解る。だが、何に怯えているのかまったく解らない。これでは手の打ちようがない。
「大丈夫、大丈夫や。観鈴ちんにはうちがついとるからな。な〜にも心配なんかいらへん」
観鈴を落ち着かせるように優しい声で晴子が呼びかけるが、観鈴が落ち着く事はなかった。観鈴に見えないように困ったような表情を浮かべる晴子。
その時、晴子は一瞬だが、ガタガタと震える観鈴の背に白い翼のようなものを見たような気がした。だがそれはほんの一瞬のこと、晴子は何かの見間違いだと思い首を左右に振った。

<東京都立大学美術館 12:45PM>
東京都立大学の構内にある美術館。
ここでは夏休み中だと言うのに平安時代展と題された催しが行われていた。この都立大学のみならず、都内にある大学の平安時代の研究者達が揃って協力しているとあって、その筋の人達で今日も美術館は賑わっていた。
美術館の中にある特別展示場、そこで関西の大学からやって来たとある教授の相手をしていた都立大学史学教授の前田 純は不意に何かを感じたように身体を硬直させた。
「ん? どうかしましたか、前田先生?」
関西の大学から来た教授がいきなり立ち止まった前田にそう尋ねる。
「……すいません、ちょっと失礼致しますわ」
前田がそう言って教授に向かってぺこりと頭を下げるのを、その教授はぽかんとした顔で見ているしか出来なかった。普段の前田は男のようなぶっきらぼうな喋り方を好んで使っている。おそらくは他の男性の研究員に負けないようにしている彼女なりの気合いの現れなのだろうが、それを知っていただけに今、彼女が使った物腰のやわらげな口調に戸惑ってしまったのだ。
前田は教授の側から離れると、すぐに資料室へと入っていった。その一番奥に隠すようにおいてあるいかにも古そうな鏡を手に取る。先程の教授が見れば喜びの声をあげそうなほど保存状態のいい鏡だ。勿論、彼女が持っていると言うことは、これも平安時代の物なのだろう。
「……遂に……来たのですね、その時が」
鏡に向かってそう言う前田。
その様子は普通ではない。明らかに何処か変だった。
「行きましょう……助ける為に……随分とお待たせ致しましたから急がないと」
そう言うと前田はその鏡を手に取り、歩き出した。
丁度同じ頃、城西大学考古学教室に在籍する美坂香里とエドワード=ビンセント=バリモア通称エディの二人が都立大学までやって来ていた。この平安時代展をやるにあたって準備を手伝わされたエディが前田に香里を連れて一度くらいは見に来いと言われていたからだ。
「まぁ、確かに研究室に籠もってばかりじゃいけないと思うけどね」
都立大学の駐車場に車を停め、美術館に向かって歩きながら香里が言う。余り機嫌はよく無さそうだ。それも当然、この日、マンションでたまっていた洗濯物やらを片付けようと思っていたところにエディからの呼び出しを受けたのだから。
「でもね、今日は前もって言ったあったじゃない。家の用事を済ませるから休むって」
「いや、でもね、香里さん」
「まぁ、いいわよ。折角誘ってくれたんだし」
エディはひたすら恐縮するのみである。
今まで不用意に香里を怒らせ、ひどい目にあわされた者は数知れない。もっともエディ自身はその被害にあったことはほとんど無い。そう言うことをやるのは大抵、二人が所属している考古学教室の教授、中津川だ。今はアメリカで発見されたとある遺跡の発掘チームに協力しているらしいその教授は何度と無く香里を怒らせてはその鉄拳の前に沈められているのだ。
「とりあえず今日のお昼ご飯はエディの奢りって事で」
「……了解。それで許して貰えるならいくらでも」
「あら? それじゃ私が怒っているみたいじゃない。怒ってないわよ、エディ」
そう言って香里はエディに笑みを向ける。だが、エディはその笑みに何か薄ら寒い物を感じてしまっていたが。
そんな事を話しながら二人が美術館の前まで来ると、美術館の入り口から前田が出てくるのが見えた。手には大事そうに鏡を抱え、かなり急いでいるように見える。
「前田先生、こんにちわ」
エディがそう声をかけ、片手をあげるが前田はまるで気がついていないように通り過ぎていってしまった。完全に無視された形になったエディが思わず硬直している横で香里は急ぎ足で去っていく前田の後ろ姿を振り返る。
「……?」
首を傾げる香里。何故だか解らないが、前田に違和感を感じたのだ。前に一度会った時とは何かが違う、それが何かは解らなかったが。

Episode.52「佳乃」Closed.
To be continued next Episode. by MaskedRiderKanon


次回予告
左肩の負傷を押して佳乃を助けるべく祐一が海上を疾走する。
空中から襲いかかる蜂種怪人の魔手から佳乃を護ることが出来るのか?
佳乃「祐さん、逃げてっ!!」
祐一「やらせはしないっ!!」
所轄署から消えた直刀を追う国崎達。
その前に立ちはだかったのは何と……。
前田「時はもう動き始めましたわ」
晴子「観鈴……?」
観鈴の身に起こる異変。
果たして彼女に何が起ころうというのか?
次回、仮面ライダーカノン「異変」
それは、1000年の恩讐……。

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