<都内某所 12:19PM>
サイレンを鳴らしながら一台の覆面パトカーが街中を疾走していく。
運転しているのは警視庁未確認生命体対策本部に所属する刑事、国崎往人だ。ハンドルを握る彼の表情には何処か焦りのようなものが浮かんでいる。
「くそっ! またかよ!」
前方に見えてきた渋滞の車に、思わずハンドルを叩いて悪態をつく。
これで一体何度目だろうか。渋滞に遭うたびに道を変えてきた為、余計に時間が掛かってしまっている。これでは目的地に何時になったら着けるのか。渋滞に巻き込まれてしまっては鳴らしているサイレンも意味はないのだ。
とにかく渋滞に巻き込まれないよう、脇にあった細い道に覆面パトカーを潜り込ませる。また少し遠回りになってしまうが仕方ない。今は一刻も早く目的地に辿り着かなければならないのだ。

国崎の覆面パトカーから遅れること数分、一台のパトカーが、これはすいすいと渋滞を避けながら走っていた。運転しているのは都内の道なら何でもお任せと言う自信大ありの交通課の警官。どの時間帯はどこら辺が渋滞しているのか熟知しているので、この様にすいすいと進むことが出来るのだ。
「すいません、大田原さん」
「なぁに、いいって事よ。本庁に配属されてから暇で仕方なかったんだ」
ハンドルを握っている大田原と呼ばれた男が助手席に座っている住井 護にニヤリとした笑みを見せた。住井は未確認生命体対策本部の一員である。その住井に頼まれたのだ、これは何か面白いことが待っているに違いないと思った大田原は一も二もなく運転を引き受けた。元々交通機動隊に所属していた大田原だったが、警視庁交通課に配属されてからは事務仕事ばかりやらされて少々腐っていた所だったのだ。住井の頼みはそんな彼にとって渡りに船だったに違いない。
「でもよ、あの嬢ちゃんは一体誰なんだ?」
そう言って大田原はルームミラーに映る女性をちらりと見やった。手には竹刀袋を持ち、じっと真正面を硬い表情で見つめている。
「いや、彼女は……何と言うか、えーと、協力者と言いますか」
ちらりと後ろを見てから、妙に歯切れの悪い言い方をする住井。どうやら彼自身、今一つあの女性に対する扱いを決めかねているらしい。それが歯切れの悪さに出てしまっている。
それを察した大田原はまたニヤリと笑ってみせた。
「余り詮索して欲しくは無さそうな顔だな。ああ、解った。詮索は無しだ。あのお嬢ちゃんは協力者、それでOK」
「助かります、大田原さん」
また住井が頭を下げる。
「この調子だと後10分もあれば着くな」
「国崎さん、きっとまだだと思います。先に着ければ……」
「大丈夫だって。その国崎って奴が出てからそれほど経ってないんだろ? 俺たちの方が絶対に早い」
自信たっぷりに大田原がそう言った後ろで川澄 舞は徐々に強くなってくる不安にギュッと竹刀袋を強く握りしめていた。

<浜辺 12:41PM>
ロードツイスターを大慌てで停め、相沢祐一はヘルメットを急いで脱ぐとミラーに引っかけ、浜辺の方へと走りだした。
プライベートビーチと言う訳でもないのだろうが、夏真っ盛りだと言うのに海水浴を楽しんでいる人の姿はそれほど無い。綺麗な砂浜が続いているのに、だ。おそらくこの町の人からすれば海など何時でも来れる場所だからだろう。それでも幾つかパラソルが見えるところからすると一応海水浴客はいるようだ。
「瑞佳さーん!! マスター!!」
走りながら大声を上げ、祐一は知り合いの姿を探す。この町で海水浴を楽しむと言えばこの浜辺に限ると、この町に連れてきてくれた張本人である霧島 聖とその妹の佳乃は言っていた。姉の聖の方はまだ診療所で寝ているだろうが、妹の佳乃はマスターと一緒に先にここに来ているはずだ。彼女が別の場所に行っているとは思えない。と言うか思いたくなかった。
「佳乃ちゃーん!! 瑞佳さーん!!」
また大声を上げると、とあるパラソルの下から見知った顔が出てきて彼に向かって大きく手を振った。
「祐さーん、こっちこっち!」
「瑞佳さん!」
長森瑞佳の姿を見つけた祐一がそのパラソルに駆け寄る。パラソルの下では砂浜にビニールシートを引き、その上でマスターがぐーすかイビキをかいているだけだった。もう一人、この場にいなければならない人物の姿がない。
「瑞佳さん、佳乃ちゃんは?」
周囲を見回しても霧島佳乃の姿は見当たらなかった。
「私が来た時にはもういなかったよ。ここでマスターがイビキをかいているだけで……」
「……くそっ! 手遅れだったか?」
瑞佳の返答を聞いた祐一が悔しそうにそう言う。
「何かあったの? それにその傷……」
心配そうな顔をして瑞佳がそう言った時、マスターが大きく伸びをしながら起きあがった。
「ふわああ……よく寝た」
そう呟き、マスターは瑞佳と祐一の顔を見回す。
「おう、瑞佳に祐一。来てたのか」
「来てたのかじゃないよ、マスター。いつから寝てたの?」
瑞佳が呆れたようにそう言うとマスターは苦笑を浮かべてみせた。どうやら結構長い間眠っていたらしい。肌も陽に焼けてすっかり黒くなっている。
「マスター、佳乃ちゃんは?」
「ン〜? 佳乃ならあの島まで泳いでくるって言ってたぞ。流石はここ育ち、俺はつきあえんからここで寝ていたって訳だ」
そう言ってマスターが指さしたのはこの浜からはそこそこ距離の有りそうなところにある小さな島だった。泳いで行くにはなかなか大変そうな距離である。もはや中年のマスターにはかなり厳しい距離だろう。まだ若い佳乃だから、それにこの町で生まれ育った彼女だから泳いでいけるのだろう。
「……あの島……」
マスターの指が指し示している島を見て祐一は厳しい表情を浮かべる。今から泳いでいっても到底追いつけるものではない。それにおそらくは佳乃を捜しているのであろうあの蜂型の未確認生命体は空を飛べるのだ。今頃は佳乃を捕捉しているかも知れない。
「くっ……」
祐一は波打ち際まで走ると悔しそうに唇を噛み締めた。
全地形走破を目指して作られたロードツイスターと言えど海上を走ることは不可能だ。聖鎧虫なら空を飛ぶことも出来るが、今から呼んでもおそらく間に合わないだろう。何とかこの海を一気に渡る方法はないのか。
「祐さん、あれ! あれじゃダメかな?」
いつの間にか祐一のすぐ後ろまでやって来ていた瑞佳が指さしたのは海上を軽快に走るジェットスキーだった。あれならバイクと似たような操作で大丈夫だろうし、何よりも速度も申し分ない。
「……ナイス、ナイスだよ、瑞佳さん!」
祐一はそう言うと一気に走り出した。

仮面ライダーカノン
Episode.53「異変」

<浜辺 12:53PM>
「悪いな、ちょっと借りるぜ!」
「お、おい!!」
浜辺に戻ってきたばかりのジェットスキーを半ば無理矢理奪い取り、祐一は向こうに見える小島へとジェットスキーを走らせはじめた。
佳乃がどれくらい前にあの島に向かって泳ぎ始め、どの程度の速さで泳いでいるかは見当もつかない。もう辿り着いているかも知れないし、まだ泳いでいる真っ最中かも知れない。可能性だけで言えばあの蜂型の未確認生命体に襲われていても不思議ではない。
だからこそ、祐一はジェットスキーをほぼ全速で走らせていた。バイクと同じような感覚で走らせることが出来るとは言え、路面は固い地面ではなく波打つ海上だ。操縦にはかなり神経を使う。太陽の暑さだけでなく、祐一は額に大粒の汗を浮かばせていた。
「間に合ってくれ……!!」
焦燥感に駆られて、そう呟く祐一。

<台東区内某警察署 同刻>
焦燥感に駆られているのは祐一だけではなかった。時を同じくして、東京では国崎も焦燥感を募らせていたのだ。
「くそっ!! 時間掛かりすぎだ、このっ!!」
ようやく辿り着いた目的地で国崎は毒づきながら乱暴に覆面パトカーのドアを閉める。それから急ぎ足で目の前にある所轄署に入っていった。
連絡を受けてからここに辿り着くまで一時間以上経っている。いくら渋滞回避の為に遠回りをしていたからと言っても時間が掛かりすぎだ。これでは事態はより一層悪くなっていても不思議ではない。苛々しながら国崎が目的の部屋に辿り着くと、そこには先回りしていた住井と舞が彼の来るのを待っていた。
「く、国崎さん」
入ってきた国崎を震える声で振り返る住井。
「遅い……」
ぼそりとそう言い、舞は国崎を睨み付ける。
「お前らっ、どうしてここに?」
この場に二人がいたことに驚きを隠せない国崎が少々うわずった声で尋ねるが、二人は国崎を無視して正面を向いた。つられたように国崎も真正面、つまり部屋の奥を見、そしてうっと呻いてしまう。この部屋の奥の壁が綺麗な円形に切り抜かれていたのだ。
「な、何だこりゃぁ?」
そう言って切り抜かれた壁に国崎は歩み寄る。
切断面は驚くほど綺麗で、それは昨夜国立文化財研究所であの謎の鎧武者が直刀で切り裂いたものの切断面とまったく同じだった。
「こ、こいつは……」
「解りましたか、国崎さん」
やはり震える声で住井が声をかけてくる。
「……あの化け物が復活しやがったってことか?」
国崎は切断面を見つめながら、振り返ることなくそう尋ねた。
「いや、それはない」
彼の質問に答えたのは住井ではなく、かといって舞でもなかった。国崎が振り返ると、丁度入り口の所に昨夜出会った初老の刑事が立っている。
初老の刑事は国崎達についてこいと言う感じの合図を送ると黙って先に歩き出した。
国崎は住井と顔を見合わせると、先に歩き出した舞を追いかけるように部屋を出、初老の刑事を追いかける。初老の刑事は3人がついてくるのを確認もせずに黙って歩き続け、遂には地下にある古びた倉庫の前までやって来た。
「ここだ」
短くそう言うと、倉庫のドアを開く。
初老の刑事が先に中に入り、電気のスイッチを入れると天井の蛍光灯がつき、薄暗い倉庫の中が明るくなった。
「……これは」
「あ、あの!?」
倉庫の中におかれてあったのは昨夜舞によって真っ二つにされたままの鎧や兜だった。昨夜と違い、そこにあるのは只の物。動くことはない。
険しい顔をして鎧や兜を見ていた舞だが、小さく首を横に振った。
「……違う。これじゃない」
小さい声でそう呟く舞。だが、その呟きは誰の耳にも届いてはいなかった。
「あ、あの、上のあの部屋には……」
「あそこにはあの剣しか置いていなかった。この鎧や兜はずっとここに置いてあったんだが。何となく離しておいた方がいいって誰かが言い出したんでな」
相変わらず声を震わせている住井に初老の刑事がそう答える。
「そ、それじゃあの剣が自分勝手に動いて?」
「何馬鹿なことを言ってるんだ、お前は。剣が独りでに動き出すわけないだろうが」
そう言って国崎が住井の頭を小突いた。
「いや、そうとしか考えられん。生憎とあの部屋に監視カメラなど無いからな。実際にどうだったかはわからんが、みんな気味悪がって近寄りもしなかった」
初老の刑事はそう言うと国崎達の顔を見回した。
「これはもう所轄の仕事じゃない。そう思ったから未確認対策班のお前さん達に連絡した訳だ」
「うちだってこんなの管轄外ですよぉっ!!」
情けない声をあげたのは住井だ。どうやら昨夜の一件でかなり精神的に参っているらしい。今までは確かに未確認ではあったが、一応同じ生命体相手で、拳銃なども通じる相手だった。だが、今度は拳銃は通用しない、実体はないと言う訳のわからない相手である。そんな相手に斬り殺されかけたのだ、多少の弱音は仕方ないだろう。
「……とりあえず消えた剣を捜すのが先決だな。川澄、手伝ってくれるか?」
弱音を吐いている住井を無視して国崎は舞を振り返った。すると、舞は小さいながらもしっかりと頷いて見せた。
「よし、それじゃ行くぞ」
そう言って国崎と舞が倉庫から出て歩き出す。
それを見た住井はどうしようかとオロオロしていたが、やがて諦めたかのように初老の刑事に向かって一礼すると国崎達を追って倉庫から出ていった。

<台東区台東区役所付近 13:04PM>
エドワード=ビンセント=バリモア通称エディと美坂香里は台東区役所の前まで来てようやく走っていたその足を止めた。
「ダメね、完全に見失ったわ」
周囲を見回し香里がそう言うと、エディは額の汗を手で拭ってから香里の顔を見た。彼の方が背が高いから丁度彼女を見下ろすような格好になる。
「それにしても急にどうしたんですか? 前田先生を追いかけようなんて……」
「う〜ん、何か解らないけど……変な感じがしたのよ。上手く説明出来ないんだけど」
少々口澱む香里。
自分でもはっきりとは解らない。だが、あの時、東京都立大学の美術館の前ですれ違った前田教授は以前に会った彼女とは何か、何処かが違っているように感じられたのだ。だからこそ、こうやって走り去っていった彼女を追ってきたのだ。だが。
「一体何処に行ったのかしら? あんまり運動神経とか良さそうには思えなかったんだけど」
「人は見掛けに寄らないって言うからね。もっとも僕も同じ意見だったけど」
そう言って肩を竦めるエディ。
「とにかくこの辺りで見失ったんだからきっとまだ近くにいるはずよ。手分けして探しましょ」
「了解。じゃ、僕はあっちに」
エディが右側を指さしたので、香里は小さく頷くとその反対側へと走り出した。
しかしながら前田を見つけて果たしてどうするのか。実際のところそこまでは考えていない。只、ここで彼女を捕まえないと何かが起きるような気がしてならないのだ。
しばらく辺りを走り回ってみたが、前田の姿は見つけられなかった。もとよりそれほど面識のある相手ではない。人混みの中からそんな彼女を見つけることはかなり難しいことだろう。
そんな香里やエディが自分を捜しているとはつゆ知らず、東京都立大学の教授・前田 純はとあるビルの屋上に立ち、じっと下を眺めていた。その胸には両手でしっかりと大きめの鏡を抱えて。
「……近い……ですわね」
静かに前田がそう呟く。そしてすっとその目を閉じた。まるで何かを感じ取ろうとしているかのように。と、彼女の脳裏に何かが浮かび上がった。それは一本の直刀、次いで一人の黒尽くめのスーツを着た男の姿。
「……そう、彼がそうなんですね」
そう呟いて前田が閉じていた目を開いた。
「時はもう動き始めましたわ。少し急ぐことに致しましょうか」
すっと前に足を差し出すと、彼女の身体が重力に従って地上へと落下していく。
丁度同じ頃、近くの警察署を出た国崎と舞、そして二人の後を追いかけてきた住井の3人は台東区役所の近くまでやって来ていた。
「別について来なくってもいいんだぞ、住井」
相変わらず青い顔をしたままの住井に向かって国崎がややうんざりとしたような表情を浮かべて言う。
「な、な、何言っているんですか、国崎さん! い、い、一刻も早くあの……」
「解った解った。だからそんなに大声出すな」
いかにも虚勢と解るような大きい声を出してしまう住井をなだめるようにそう言うと、国崎は少し前を歩いている舞を振り返った。
「どうだ、何か感じないか?」
国崎の声に首をふるふると左右に振って答える舞。
「そうか……あんなもんが動いていたら結構騒ぎになると思ったんだが……」
「動いていないのかも知れない」
ぼそりと舞が言う。
「外に出るのが精一杯だった……だからあの近くにまだ……」
「……一度戻ってみるか」
「も、も、戻るんですか!?」
戻ると言う言葉に素っ頓狂な声をあげた住井を国崎と舞の二人がじっと睨み付けた。
「嫌ならついてこなくてもいいんだぞ」
「い、嫌とかそう言うんじゃなくってですね。お、俺たちは未確認生命体対策班ですよ。き、昨日のあれは未確認とかそう言うレベルの物じゃ……」
必死になってそう言う住井を国崎と舞はやたら冷めた目で見つめていたが、やがてそれにも飽きたのか、無言で彼に背を向けるとそのまま歩き出す。
「ま、待ってくださいよ! まだ話は終わって……」
歩き出した二人を見て、慌てて住井が走り出した。

<海上 13:12PM>
ジェットスキーを巧みに操りながら祐一は前方に佳乃が向かったと言う小島を捉えていた。おそらくだが、佳乃が泳いでいったコースとほぼ違ってはいないはず。それで未だに彼女の姿を見つけていないと言うことは、彼女は既に島に到着しているのだろう。後はあの蜂種怪人共に見つかっていないことを祈るのみだ。
「間に合ってくれればいいんだけど……」
ちょっと自信なさげに呟く祐一。
と、その時だ。彼の耳がこちらに向かって飛んでくる何かの羽音を捉えた。同時に物凄い殺気を背中に感じ取った彼はジェットスキーを左に移動させる。そのほんの数秒後、先程まで祐一がいた場所を何かが通り過ぎていった。
通り過ぎていった何かは大きく弧を描いてから再び祐一に向かっていく。
「くっ!」
ジェットスキーの速度を上げて間一髪のところでその何者かをかわした祐一はそのままジグザグに動きながら島へと急いだ。だが、その上空から祐一がかわしたはずの何者かが襲いかかってきた。
「何っ!?」
ジェットスキーを運転している祐一の背後に降り立った何者かはその首に手をかけてきた。そのまま力を込め、祐一を絞め殺そうとする。
「ぐはっ……」
首を絞められ、苦しげな息を漏らす祐一だが、とっさにアクセルを握る右手を離し、次いで右肘を背後にいる何者かに叩き込んだ。相手が怯んだところでアクセルを握り直し、一気に回し急発進させて背後にいた何者かを振り落とす。背後で何者かが海に落ちる音を聞いた祐一はすかさずジェットスキーを反転させた。ぶくぶくと泡立っている海面を睨み付ける。一体何者が自分に襲いかかってきたのか、それが気になったのだ。
と、海面に浮かび上がっていた泡が突然消えた。それを見た祐一が再びジェットスキーを発進させると同時に彼の背後に海面から何かが飛び出してきた。それは先程から何度も祐一に襲いかかっている蜂種怪人、ジガバチ種怪人イザタ・ヴァ・ゴカパだった。
「くそっ、またかよ!!」
新たな蜂種怪人を見て祐一が毒づく。
「一体何匹いやがるんだよ、お前らはっ!!」
海中から宙に舞い上がったイザタ・ヴァ・ゴカパに向き直るようにジェットスキーをターンさせた祐一は悠然と宙を舞うイザタ・ヴァ・ゴカパを睨み付けた。このまま黙ってあの小島に行かせては貰えそうにもない。ならばここで戦い、あいつを退けるしかない。祐一は意を決するとさっと両手をジェットスキーのハンドルから離し、素早く右手で宙に十字を描いた。
「変身ッ!!」
鋭くそう叫ぶと同時に祐一の腰にベルトが現れ、そのベルトの中央に埋め込まれている霊石が光を放った。その光の中、祐一の姿が戦士・カノンへと変化する。
イザタ・ヴァ・ゴカパは悠然とカノンを見下ろし、そしてゆっくりとカノンを指さし、口を開いた。.
「カノン! ヴァザジョル・ボルモ・ガシャギ! ゴゴジェニ・ヲジェソダル!」
興奮したようにそう言ったイザタ・ヴァ・ゴカパはそこから一気にカノンに向かって突っ込んできた。
「何だか知らないが、俺の邪魔をするなぁっ!!」
ジェットスキーのアクセルを回し、急発進させるカノン。発進時の勢いとタイミングよく現れた波によってジェットスキーがジャンプする。
降下してくるイザタ・ヴァ・ゴカパとジェットスキーに乗ったカノンが交差した。その一瞬、イザタ・ヴァ・ゴカパの手刀がカノンに襲いかかるがそれを片手で払い除け、反撃とばかりに膝蹴りをイザタ・ヴァ・ゴカパに叩き込むカノン。
「グハァッ!!」
苦悶の声を漏らすイザタ・ヴァ・ゴカパを背後に、海面に着水するジェットスキー。その時、カノンの左肩に痛みが走った。どうやら半分ふさぎかかっていた傷口が開いてしまったらしい。
「うっ……」
左肩を押さえて思わずカノンは呻き声を上げてしまう。
だが、それはカノンの膝蹴りを受けたイザタ・ヴァ・ゴカパも同様だった。腹を押さえて必死に呻き声を上げるのを耐えている。どうやらすれ違い様のあの一撃はかなりのダメージを与えていたらしい。
チャンスは今だ。そう思ったカノンは左肩の痛みを堪えてジェットスキーを発進させた。一気にトップスピードにまで持っていき、そのまま海面すれすれで今だ悶絶しているイザタ・ヴァ・ゴカパにジェットスキーごと体当たりしていく。
「ウオオオッ!!」
雄叫びをあげながらイザタ・ヴァ・ゴカパにぶつかっていくカノン操るジェットスキー。
「グオアッ!!」
ジェットスキーの舳先の直撃を受けたイザタ・ヴァ・ゴカパは大きく吹っ飛ばされ、そのまま海中へと沈んでいった。爆発が起こらないところを見るとあれで倒せた訳ではないのだろう。やはりとどめの一撃を加えておくべきか。
「……いや、今は……」
カノンはさっと小島の方を振り返った。新たな蜂種怪人が自分を襲ってきたと言うことはあの小島には何かがあるのだろう。その何かが佳乃であることはほぼ間違いない。佳乃をまだ捜しているのか、それとももう捕まえてしまったのか。今の佳乃ならばやつらとてそう簡単に手を出すことは出来ないだろうが、あの謎の力が今回も上手く発動してくれるかどうかは疑問だ。どちらにしろ急がなければならない。
「佳乃ちゃん……無事でいてくれ!」
カノンはそう言いながら変身を解き、小島へとジェットスキーを再び走らせはじめた。

<台東区内某警察署付近 13:23PM>
エディと別れた香里はこの辺りを散々歩き回ってからとある警察署の近くまでやって来ていた。別段警察署に用があった訳ではない。たまたま歩いていたら通りかかったと言うだけのことだ。
警察署の建物を見て、ふと彼女は黒尽くめの男の事を思い出した。
前に親友である水瀬名雪がいなくなった時に探すのを手伝って貰ったがまったく役に立たなかった。運転手ぐらいにしか。まぁ、あの後の決戦じゃそこそこ役に立ったみたいだけど。などと言うことを考えながら歩いていると、正面から歩いてきた男と思い切り正面からぶつかってしまい、香里はその場に転んでしまった。
「いたっ!」
「あ、す、すいません!」
「だから前見て歩けって言っただろ、住井」
転んで尻餅をついてしまった香里に慌てて謝る青年とその青年に文句を言う黒尽くめの男。香里が顔を上げると、その黒尽くめの男がギョッとした顔になった。
「げ、美坂じゃねーか」
「……何よ、その言い方は。私に会うとまずいみたいな言い方じゃない」
黒尽くめの男、国崎を睨み付けながら香里はぶつかった青年こと住井の手を借りて立ち上がる。
「あ、あの、すいません。俺がよそ見していたから」
「そうだ、お前が悪い。と言うことで美坂、俺は今回何の関係もないからな」
香里に向かって頭を下げる住井とその横で何故か偉そうに言う国崎。そんな二人を見た香里はニッコリと笑みを浮かべた。
「気にしないでください。私の方こそ考え事しながら歩いていましたから」
住井に向かってそう言い、そして次に国崎に向かってまったく同じようでいて何故か底冷えのする笑みを向ける。
「久し振りですね、国崎さん。ちょっとお話があるんですけどよろしいかしら?」
「……お前、普段そんな口調じゃないだろ……」
やたらと丁寧な言葉遣いをする香里に思わず顔を引きつらせる国崎。と、その時、国崎の後ろにいた舞がひょこっと顔を覗かせた。瞬間、舞と香里の視線が交錯する。
「……あれ、川澄先輩?」
「……確か祐一の……」
二人が同時に声をあげた。
「何だ、知り合いか、お前ら?」
きょとんとした国崎がそう尋ねるが、香里と舞は互いの顔を見合わせたまま固まってしまっていた。
この二人に直接の接点はないに等しい。同じ高校に通っていた先輩と後輩と言うだけの間柄だが、間に相沢祐一を介することによって辛うじて繋がりが生まれるのだ。それも短い期間だけで、卒業すると同時に舞は武者修行の旅に出てしまい、そして香里自身も城西大学へと進学したので今まで会うこともなければ思い出すようなことすらなかったのだ。それがこの東京の街中で、しかもよりによって国崎と一緒に行動しているとは。一体どう言う関係なのか不思議に思う香里に対し、舞は単純に自分の知り合いとこんなところでばったりと出くわすとは思ってもみなかったのである。
「一体何で……」
そこまで香里が口に仕掛けた時、不意に舞が表情を険しくして周囲を見回した。それに気付いた国崎も同じように周囲を見回すと、いつの間にか4人の周りから人の姿が消えていることに気がついた。平日の正午過ぎだと言うのに、である。
「……何だ?」
国崎が小さく呟いた。そっと上着の内側に手を突っ込み、ショルダーホルスターに固定している拳銃の柄に手をかける。
同時に舞も肩から提げていた竹刀袋から愛用の日本刀を取り出していた。
「な、何ですか、二人ともいきなり?」
周囲の異様な気配に気付いた住井が青ざめた表情をして二人を見る。
「……何か最近こんなのばっかりね」
何故か諦め口調の香里はそう言いながらさっと国崎の後ろへと移動した。
「な、何が始まるって言うんですか、国崎さん?」
「さぁな」
国崎と同じように拳銃を取り出しながら住井が尋ねるが、国崎の返答は素っ気ない物だった。実際のところ、国崎自身にも何が起こるのかまったく解っていない。只、異様な気配が自分達を取り囲んでいる、それだけを感じ取ることが出来ている。
「とにかく油断するな。何が出て……」
来ても、と続けようとして国崎は思わず口をつぐんでしまった。彼の視線の先に何処からともなく一人の女性が姿を現したからだ。
胸に丸い鏡を抱え、微笑みを顔に浮かべてその女性は佇んでいる。その女性が纏っている雰囲気に何故か懐かしいものを感じてしまう国崎。
(何だ……この感じは……?)
不意に胸の奥に沸き上がる感情に国崎は戸惑ってしまう。
「貴男に会えて光栄ですわ」
そんな国崎に笑みを向けながら女性がそう言って一歩前に出る。
「くっ!!」
思わず国崎は持っていた拳銃を女性に向けていた。その手が何故か震えている。おそらくあの女性が放つ異様な気配に全身が警戒しているからだろう。いや、恐怖を覚えてさえいるのかも知れない。今まで何度も未確認生命体と対峙してきたはずなのに、あんな人間など一撃で屠れるような連中と幾度と無く戦ってきた自分が、微笑みをたたえながらこちらに一歩一歩近寄ってきている女性に恐怖を覚えている。あんなか弱そうな女性に、一体どうして恐怖しているのか。国崎自身まったく解らなかった。
「フフ……怯えているのですか?」
女性がそう言って鏡を抱えていた手を片方だけ外し、すっと国崎の方に差し出した。
「く、来るな! 撃つぞ!」
そう言う国崎だが引き金にかけた指は動かない。まるで石にでもなったかのように硬直してぴくりとも動かない。
それを知っているのか、女性は相変わらず柔和な微笑みを絶やさず、国崎に向かって手を差し出したまま歩み寄ってくる。
「怯えることなど一つもありませんわ。私は貴男の敵では御座いません故……」
女性がそう言いながら国崎のすぐ側にまで辿り着いた。そして差しだした手で彼の頬に触れる。頬に触れた手から感じられる温かさにまた国崎は戸惑いを覚えてしまう。何故かは解らない、だが、とても懐かしいようなそんな感じがその温かさにはある。
「教えて下さい、貴男の名を」
優しい口調で女性が問いかける。
頬に触れる手の温かさ、そして自分をじっと見つめる瞳の優しさに国崎の意識に靄が掛かり始めていた。一緒にいたはずの住井、舞、香里の存在を感じられない。その事をおかしいとは思えない。この場には女性と自分の他に誰もいないような、そんな感じがしてしまう。
「貴男のお名前は?」
女性が改めて問うた。
国崎は構えていた拳銃を降ろし、虚ろな視線を彼女に向ける。
「俺は……」
ゆっくりと口を開く。
「貴男は?」
「俺の名前は……」
「貴男のお名前は?」
「国さ……」
「ダメッ!!!」
国崎が自分の名を口にしようとした瞬間、そんな声が響き渡った。同時にぼんやりとしていた彼の意識が急速に回復する。そして目の前に例の女性が居ることに気付くと慌てて後ろに下がった。
「うおっ!?」
後ろに下がった国崎と位置を入れ替えるかのように抜きはなった日本刀を構えた舞が前に出る。まるで国崎をかばうかのように。だが、その顔色は悪く、大量の汗をかいていた。
「私の結界を撃ち破るとはなかなかの技量のようですわね。ですが……消耗しすぎたご様子」
顔色一つ変えず女性が言い放つ。
確かに舞は肩を大きく上下させながら荒い息をしていた。汗だくで顔色もかなり悪く、立っているのがやっとのように見える。あの女性が作ったと思われる結界、それを撃ち破るのに自分の持っている力の大半を使ってしまったのだ。それだけ女性の作った結界が強力なものだったと言えるだろう。
「……一体……何者?」
舞が荒い息をしながら誰何の声をあげた。
そんな舞を見た女性はふっと侮蔑の笑みを漏らすと、先程まで国崎の頬に触れていた手を舞の方に向ける。
「それに答える義務は私にはありませんわ」
女性がそう言うと同時に舞に向けられた手から見えない力が放たれ、舞を吹っ飛ばした。
「なっ!? こ、この力は……お前、水瀬の関係者か!?」
吹っ飛ばされた舞を見た国崎が再び拳銃を女性の方に向けながら尋ねる。
「水瀬……? ああ、あの”皆背の一族”のことですか。残念ですが違います。あのような忌むべき血の一族と私の力を同列に思って頂きたくはありませんね」
心底嫌悪するように目を細めて女性が言い放つ。どうやら”水瀬一族の力”のことを知っているようだ。
「私の力はあのような忌むべき力とは違います。そこはきっちりと理解していただけますか?」
女性のその有無を言わせぬ口調に思わず頷いてしまう国崎。
「フフ、なかなか聞き覚えがよろしいのですね。あの人とはそこが違いますけれど……さて、お喋りはこのくらいにして」
再び笑みを浮かべて女性が国崎の方に手を差しだした。
「あまり時間は残っておりません故……少々手荒な手段も」
「させないっ!!」
突然倒れていたはずの舞の身体が跳ね上がり、宙で手にした刀を大きく振り上げながら女性に向かっていく。それはあの鎧武者をも真っ二つに叩き斬った時と同じ大上段からの斬撃。まともにこれを喰らえば女性の身体など一溜まりもないだろう。だが、女性はそんな舞をちらりと見上げるとため息をつくのだった。
「まったく、無駄なことをなさいます」
そう呟くと国崎に向けていた手をすっと舞の方へと向け変える。そして、そこから放たれる見えない力。
「やああぁぁぁっ!!」
気合い一閃、舞が豪快に刀を振り下ろす。まだ距離がある為、女性には届かないが、その振り下ろされた切っ先は見えない何かを真っ二つに切り裂いていた。
それを見た女性の表情に初めて驚きが表れる。次いで、その喉元に舞の持つ日本刀の切っ先が突き付けられた。
「……フフフ、なかなかやりますわね」
驚きの表情から一転、また笑みを浮かべて女性が言う。
そんな女性を舞は荒い息をしながら睨み付けた。
「何度も同じものを喰らう訳には行かない……」
そう言った舞だが、その表情には自分が刀を突き付けている女性のような余裕は微塵もない。おそらく先程吹っ飛ばされたあの攻撃をもう一度喰らえば立ち上がることは出来ないだろう。それほどまでに舞は消耗しきっている。
「あれを一度で見切るとは、やはりかなりの遣い手のようで御座いますわね、貴女は。ではこちらも少し本気に為らせて頂きますわ」
女性はそう言うと手に持っていた鏡を喉元に刀の切っ先を突きつけている舞へと向けた。
警戒するように舞がその鏡をちらりと見やったその時、舞の姿がその鏡に映されたその時、突然舞の全身から力が抜けた。持っていた日本刀がカランと音をたてて地面に落ちる。次いで、足からも力が抜け、舞はその場にふらりと倒れてしまう。
「か、川澄ッ!! こ、このっ!!」
倒れた舞を見た国崎が拳銃の引き金を引いた。銃口から放たれた銃弾が女性に襲いかかるが、彼女の目前でまるで何かにぶつかったように停止してしまう。そう、まるでそこに見えない壁でも存在しているかのように、銃弾は空中で制止しているのだ。
「なかなか強力なもののようですが……私には通用致しませんわ」
女性がにこやかな笑みを作り、国崎を見る。
「さて、先程は邪魔が入りましたが今度は入りません。貴男のお名前、教えていただけますか?」
「……何で俺なんだ?」
国崎の質問に女性が訝しげな表情を浮かべた。
「俺に一体何の用がある? どうして俺でないといけない?」
「……貴男が彼の血を引く者だからです。貴男でなければ……あの御方は……」
女性が少し口澱む。そしてその身体が急激に震え始めた。
「ううっ……少々力を使いすぎたようです。次、次に会った時こそ……」
それだけ言うと女性は踵を返して走り出した。
呆然とした面持ちで走り去っていく女性を見送る国崎。
「……ちょっと、何があったのよ?」
不意に聞こえてきた香里の声に国崎は我に返った。すぐに周囲を見回すと倒れている舞には住井が駆け寄り、彼女が落とした日本刀を回収している。更に人通りもかなり多くなっていた。慌てて手に持っていた拳銃をホルスターに戻す。
「何だ、今さっきのは……夢でも見てたのか?」
呆然と呟く国崎を香里は訝しげな表情で見ているのであった。

<沖合の小島 13:35PM>
燦々と照りつける太陽の光を全身に浴びながら佳乃は砂浜に身を横たえていた。ちゃんと身体の下にビニールシートを敷いている辺り、ここに来る準備は万端だったようだ。側には空っぽになったサンオイルの瓶が転がっている。
「う〜ん、いい気持ちだよぉ〜。マスターも来ればよかったのに」
ウットリとしたように呟く佳乃。
そんな彼女を遙か上空から見下ろしている影が二つ。ラニマ・ヴァ・ゴカパとグサヲ・ヴァ・ゴカパである。両者はかなり前から佳乃を監視していたらしい。少々苛立ちが見えていた。
「リシュサジェ・サシェダリリ? ナダッシェ・ギリチモ・サレミシュ・デシェリゲダ・リリカマリガ」
苛立たしげにラニマ・ヴァ・ゴカパが言うが、隣にいるグサヲ・ヴァ・ゴカパは何の返答もしなかった。相手にする気もないらしく、じっと佳乃の方を見下ろしている。そんなグサヲ・ヴァ・ゴカパに更に苛立ちを募らせるラニマ・ヴァ・ゴカパ。
「ジャリジャリ・ロデバ・ツショルバジャ・ゴヲマ・ミヲムバラダ・カマリ」
「ボメショモ・セリデリニバ・ナガダレマリ」
ぼそりとグサヲ・ヴァ・ゴカパが言う。
「シュサダマリ・ギャシュジャマ・ジャガダ・ギナサバ・リリギョルミ・シュガヴァデ・ヅヲジャ」
「ルヅナリ・ラニマ」
馬鹿にしたようなラニマ・ヴァ・ゴカパの発言に流石にムッとしたように言い返すグサヲ・ヴァ・ゴカパ。だが、それでも視線は佳乃に向けたままだ。愚直なまでにグサヲ・ヴァ・ゴカパはその与えられた任務を果たそうとしているらしい。
それがラニマ・ヴァ・ゴカパにはどうにも面白くなく思えたようだ。更に何か言おうと口を開きかけた時、その視界に海上を物凄い勢いで走ってくるジェットスキーが入ってきた。そして、そのジェットスキーを操縦している者が祐一であることを見て取ると口元を歪ませて不敵な笑みを形作る。
「イザタバ・ニグイッシャガ・シュイバ・ロデザ」
そう言うが早いか、ラニマ・ヴァ・ゴカパはジェットスキーに向かって降下し始めた。
「ラニマ! ボメショモ・セリデリン・ヴァヌデシャガ!?」
グサヲ・ヴァ・ゴカパが降下し始めたラニマ・ヴァ・ゴカパを見て慌てたような声をあげるが、ラニマ・ヴァ・ゴカパは既に聞いていない。
物凄い勢いで降下していくラニマ・ヴァ・ゴカパの前に何処からともなく別の蜂種怪人が飛来した。そしていきなりラニマ・ヴァ・ゴカパに体当たりを食らわせると、そのまま宙に静止した。
「マミンヌヅ……!?」
体当たりを食らったラニマ・ヴァ・ゴカパが文句を言おうと顔を上げ、そして思わず言葉を失ってしまう。先程ラニマ・ヴァ・ゴカパに体当たりを食らわせたのが、少し前にカノンによりダメージを受けていた自分を助けてくれた蜂種怪人、ボメショ・ヴァ・ゴバルであったからだ。自分を助けてくれただけでなく、更に自分よりも上位の階級”バル”であるボメショ・ヴァ・ゴバルには、好戦的で自ら武闘派と名乗るラニマ・ヴァ・ゴカパも流石に逆らうことが出来ない。
「ラニマ……ロサデモ・ニゾショバ・マヲジャ?」
ぎらりと鋭い視線をラニマ・ヴァ・ゴカパに向けてボメショ・ヴァ・ゴバルが問う。
思わず黙り込んでしまうラニマ・ヴァ・ゴカパ。
「ロデモ・セリデリバ・ギゲムショ・リルモガ?」
そう言いながらボメショ・ヴァ・ゴバルはすっと左手をラニマ・ヴァ・ゴカパに向けた。
それを見たラニマ・ヴァ・ゴカパの顔に明確なまでの恐怖が浮かび上がる。ボメショ・ヴァ・ゴバルの左手に狙われた相手は必ず命を落としている。ボメショ・ヴァ・ゴバルにその左手を向けられると言うことは死の宣告を受けるに等しいのだ。
「ヌ、ヌサマリ! ギュヅニ・シェグデ・ボメショ!!」
慌ててそう言うラニマ・ヴァ・ゴカパ。
「……フン、ギナサミ・ゴモセリデリ・バゴグジャッシャガ」
つまらなさそうにそう呟くとボメショ・ヴァ・ゴバルは左手を降ろした。
降ろされた左手を見て、ほっと安心したように胸を撫で下ろすラニマ・ヴァ・ゴカパだが、そこにすっと音もなくボメショ・ヴァ・ゴバルが近付き、その顔面を思い切り殴り飛ばす。それからボメショ・ヴァ・ゴバルは上空にいるグサヲ・ヴァ・ゴカパを見上げた。
「ラモゴムヌセ・モギョルヌバ・ジョルジャ?」
「イッショ・ニシェリヅ」
短くそう答えるグサヲ・ヴァ・ゴカパ。
その答えに満足したようにボメショ・ヴァ・ゴバルは頷くと、殴られた顔を手で押さえているラニマ・ヴァ・ゴカパを振り返った。
「ゴムヌセビショヂ・シザヅゴショソ・ジェギマリ・ギナサミ・ラダシャマ・セリデリジャ」
冷たい口調でそう言い放つボメショ・ヴァ・ゴバル。
その口調に秘められた、今度命令を無視したら殺すと言う意思表示に気付いたラニマ・ヴァ・ゴカパは頷くしかなかった。
丁度3体の蜂種怪人が話し合っていたのと同じ頃、祐一はこの小島のとある入り江に辿り着いていた。浅瀬から無理矢理砂浜にジェットスキーを乗り上げると、すぐさま佳乃の姿を探す。
「佳乃ちゃーん!! 何処だー!?」
周囲を見回しながら大声を上げるが、返事は帰ってこない。
「……まさかもう……」
不意に嫌な予感、最悪の予感が頭に浮かぶが、首を左右に振ってそれを無理矢理振り払う。
「いや、まだ大丈夫に決まってる……」
無理矢理そう思い込み、祐一は歩き出した。この入り江にいないだけなのかも知れない。見たところ、まだ砂浜は続いている。その何処かにいるはずだ。そう思いながらこの入り江と他の浜を仕切っている岩場を乗り越える。と、そこで祐一は砂浜の上にビニールシートを敷いて気持ちよさそうに眠っている佳乃の姿を発見した。
「佳乃ちゃん……よかった」
まだ無事な佳乃の姿を見て、祐一はほっと胸を撫で下ろす。だが、それもほんの一瞬のことだった。彼の耳に何処か耳障りのする羽音が聞こえてくる。さっと顔を上げると上空からこちらに向かって猛スピードで降下してきている蜂種怪人の姿が見て取れた。
「またあいつらか! いい加減しつこいぞ!!」
ぼやくようにそう呟くなり、祐一は岩場から砂浜へと飛び降り、一気に走り出す。
「佳乃ちゃん、起きろ!」
必死にそう叫ぶ祐一だが、佳乃は完全に寝入ってしまっているのか、ぴくりともしない。その事に苛立ちと焦りを覚えながらも、祐一は必死に走った。砂に足を取られ、転びそうになりながらも何とか佳乃の側にまで辿り着く。
祐一が佳乃の側に辿り着くのと同時に空から2体の蜂種怪人が地上に降り立っていた。ラニマ・ヴァ・ゴカパとグサヲ・ヴァ・ゴカパである。
「まったく……何なんだよ、お前らは。いつもの未確認と全然違うじゃねぇか」
油断無く2体の蜂種怪人を睨み付けながら祐一が言った。更に周囲にも気を配る。左肩を貫いた奴と海上で襲ってきた奴、少なくてももう2体はいるはずなのだ。流石に4対1の上に佳乃を守りながらとなるとかなり厳しい戦いになる。勝ち目はほとんど無いと言っても過言ではないだろう。
「カノン・ギナサミ・ギョルバマリ」
「ノゴン・ジョゲ」
蜂種怪人達が口々に言うが、祐一には何を言っているか解らなかった。だが、何となく首を左右に振って拒絶の意志を伝えてみる。
「何だか知らないが、佳乃ちゃんに手出しはさせない!」
そう言うが早いか、素早く祐一は両手を腰の前で交差させた。そのまま胸の前まで腕を上げて左手だけを腰まで引き、残る右手で宙に十字を描く。
「変身ッ!!」
そう叫ぶと同時に祐一の腰のあたりにベルトが出現、その中央にある霊石が光を放った。その光の中、祐一の姿が戦士・カノンへと変わっていく。
「オオオッ!!」
雄叫びをあげてカノンが目の前に立つラニマ・ヴァ・ゴカパに殴りかかった。だが、その拳は虚しく空を切る。ラニマ・ヴァ・ゴカパが冷静にカノンの拳の軌道を見切り、半歩退いただけでかわしてみせたのだ。
「何をっ!」
カノンが空を切った拳で今度は裏拳を放つが、ラニマ・ヴァ・ゴカパはその拳をあっさりと受け止めてしまう。
「ラサリオ・カノン」
カノンの拳を掴んだままニヤリと笑うラニマ・ヴァ・ゴカパ。パッとカノンの拳を離したかと思うとそのボディに強烈な膝蹴りを叩き込んでくる。思わず身体を九の字に曲げ、苦悶するカノンの背に今度は両手を叩きつけてきた。その衝撃でカノンは砂浜に叩きつけられてしまう。
「グサヲ! リサモルシィミ・ノモゴスヌセン!」
「ヴァガッシャ」
倒れたカノンの背を踏みつけながらラニマ・ヴァ・ゴカパがグサヲ・ヴァ・ゴカパに向かって何かを告げる。
それを聞いたグサヲ・ヴァ・ゴカパはまだ眠っているらしい佳乃の方に歩み寄っていった。どうやらあのまま佳乃を連れ去ろうと言うつもりらしい。
「このっ……やらせはしないっ!!」
佳乃に近付いていくグサヲ・ヴァ・ゴカパを見たカノンはそう言うと同時に一気に起きあがり、カノンが起きあがったことで慌てて離れたラニマ・ヴァ・ゴカパに向かって鋭いパンチを叩き込むと、そのままグサヲ・ヴァ・ゴカパの背に飛びかかっていった。その太い首に食らいつくカノンだが、グサヲ・ヴァ・ゴカパの歩みは止まらない。
「こ、こいつっ!」
焦るカノンが肘を叩き込むも、それでもグサヲ・ヴァ・ゴカパは足を止めなかった。
「カノン! ギナサモ・ラリシェバ・ゴモロデジャ!」
起きあがったラニマ・ヴァ・ゴカパがそう言いながら鋭い爪でカノンの背中に斬りかかってきた。まったく無防備の背を切り裂かれ、カノンの背から鮮血が迸る。
「ぐわっ!」
背に走った激痛に思わず声をあげるカノンだが、グサヲ・ヴァ・ゴカパの首に回して腕を放そうとはしなかった。
「佳乃ちゃん、目を覚ますんだ!!」
佳乃に着実に近寄りつつあるグサヲ・ヴァ・ゴカパの背からカノンが横になっている佳乃に呼びかける。それでもまだ佳乃は目を覚まさない。余程深い眠りについてしまっているのか。
「佳乃ちゃんっ!!」
「ジャサデ、カノン!」
ラニマ・ヴァ・ゴカパが今度はジャンプしてカノンの上に降り立った。カノンの首に足を回し、そのまま身体を後ろに反らせてカノンをグサヲ・ヴァ・ゴカパから引きはがそうとする。
「ギナサバ・ロデザ・ゴドヌ!」
「クッ!!」
ラニマ・ヴァ・ゴカパは何度も身体をしならせ、カノンの首に自分の体重をかけていく。
だが、それでもカノンは必死にグサヲ・ヴァ・ゴカパの首に回した手を離さない。ここで手を離してしまっては佳乃を守ることは出来ない。この蜂種怪人が何を考えて佳乃を狙っているのかは解らないが、とにかく佳乃をこいつらの手から守る。それが最優先事項だ。
そう思って必死にグサヲ・ヴァ・ゴカパにしがみつくカノンだが、いきなりグサヲ・ヴァ・ゴカパの手がぬっと伸び、カノンの頭をぐっと掴み取った。
「なっ!?」
思わず驚きの声をあげるカノンだが、グサヲ・ヴァ・ゴカパは容赦無くカノンをその首に足をかけているラニマ・ヴァ・ゴカパごと引きはがすと一気に地面に叩きつけた。ザザッと舞い上がる砂。頭から砂浜に叩きつけられたカノンは半ばその身体を砂に埋められてしまう。
一方、カノンの首に足をかけていたラニマ・ヴァ・ゴカパはとっさに飛び退き、砂浜に叩きつけられるのを防いでいた。砂に半分埋まった状態のカノンを見下ろし、ニヤリと笑う。
「カノン、ギナサン・ゴロネタ・ロデモ・”バル”ミ・マデヅ」
そう言ってラニマ・ヴァ・ゴカパが鋭い爪を持つ左手を振り上げた。
カノンは気を失ってしまっているのか、ぴくりとも動かない。
その間にもグサヲ・ヴァ・ゴカパは横になっている佳乃に手を伸ばそうとしていた。その手が佳乃の背に触れようとしたまさにその瞬間、突如佳乃の身体が淡い光に包まれる。その光はグサヲ・ヴァ・ゴカパの手に触れると、バチィッと電撃にも似た物凄い衝撃をその手に与えた。その衝撃に驚き、グサヲ・ヴァ・ゴカパは思わず伸ばした手を引っ込めてしまう。
「マ、マヲジャ!?」
衝撃を受けた手を見ると、そこから白い煙が上がっていた。一体何が起こったのか解らないグサヲ・ヴァ・ゴカパが再び佳乃の方を見ると、いつの間にか横になっていたはずの佳乃が立ち上がっていた。何処か虚ろな視線でグサヲ・ヴァ・ゴカパを見つめている。その視線にグサヲ・ヴァ・ゴカパは何故か言いしれぬ恐怖のようなものを覚えた。
「……あなたも……」
ぼそりと佳乃が呟く。そしてそっと手をグサヲ・ヴァ・ゴカパに向かって伸ばしていく。佳乃の細い指がグサヲ・ヴァ・ゴカパの首にゆっくりとかけられた。
「……ならばいっそ……この手で……」
グサヲ・ヴァ・ゴカパの首にかけられた佳乃の細い指に物凄い力が込められる。その力は線の細い佳乃からは信じられないほどの力で、未確認生命体であるはずのグサヲ・ヴァ・ゴカパですらその力の前には何も出来なかった。
「グアア……」
苦悶の声を漏らすグサヲ・ヴァ・ゴカパ。
その声を聞いたラニマ・ヴァ・ゴカパが振り下ろそうとしていた手を止めて、グサヲ・ヴァ・ゴカパの方を振り返る。と、その時、砂に半分埋まっていたカノンがいきなり起きあがり、よそ見をしていたラニマ・ヴァ・ゴカパに強烈なキックを叩き込んだ。その一撃で大きく吹っ飛ばされるラニマ・ヴァ・ゴカパ。
「佳乃ちゃん、よせ! やめるんだ!!」
自分よりも遙かに大きいグサヲ・ヴァ・ゴカパの首を両手で締め上げている佳乃に向かってカノンが叫ぶ。だが、今の佳乃にその声は届かない。
「くそっ!!」
何を言ったところで今の佳乃には届かない。それを悟ったカノンは佳乃の側に駆け寄り、その肩を掴もうとするが、佳乃の身体を取り巻く淡い光にその手は弾き飛ばされてしまった。
「佳乃ちゃん!!」
佳乃に近寄ることが出来ず、すぐ側で彼女を見守るようにしてカノンが叫ぶ。
「やめるんだ! 君はそう言うことをしちゃいけない!!」
必死に叫ぶが、やはり今の佳乃にはその声は届いていない。聞こえていないはずはない。だが、聞こえていない。カノンの声を今の佳乃は受け付けていないのだ。
「グオオ……」
グサヲ・ヴァ・ゴカパの口から泡が漏れ始める。その首を締め付けている力は想像を絶するようだ。カノンですら未確認生命体である奴らを絞め殺すことなど出来ないのだから。一体あの華奢な身体の何処にそう言う力が秘められていたと言うのだろうか。
「佳乃ちゃんっ!! お姉さんが、聖さんが待っているんだぞ!! やめるんだっ!!」
その一言に佳乃の肩がぴくっと震えた。
佳乃にとって唯一の肉親である姉の聖、その存在は佳乃の中でも格別に大きい。それはこの淡い光に包まれ、トランス状態にある今でも変わらないようだ。
ようやく見出せた一筋の光明にカノンは小さく頷くと、再び声をあげた。
「聖さんが待ってる! 帰るんだ、佳乃ちゃん!!」
カノンのその声が届いたのか、佳乃の全身を取り巻いていた光がすっと消え失せる。同時にグサヲ・ヴァ・ゴカパの首にかけられていた指からも力が抜け、ふらりと佳乃は後ろ向きに倒れ込んできた。
「っと……」
倒れ込んできた佳乃を受け止め、カノンはほっと息を吐く。どうにか佳乃を元に戻せたようだ。いくら相手が未確認生命体とは言え、彼女の手を汚していいわけがない。何よりも佳乃が未確認生命体を殺したなどと聖に言おうものなら、こちらの身が危険に晒される。冗談半分でそんな事を考えながらカノンは再び気を失ったらしい佳乃を敷いてあったビニールシートの上に横たえた。そして、さっと振り返る。
先程まで佳乃に首を絞められ半分意識を失いかけていたグサヲ・ヴァ・ゴカパが咳き込みながらも怒りに燃えた目でこちらを睨み付けている。更にその向こう側にはカノンが蹴り飛ばしたラニマ・ヴァ・ゴカパが起きあがっており、やはり怒りに燃えた目でカノンを睨み付けていた。
「……さて、片をつけるか?」
そう言ってカノンはギュッと拳を握りしめた。相手は2体。こちらは佳乃を守らなければならない。条件は不利だが、ここは絶対に負けられない。
「ゴドニシェギャヅ」
グサヲ・ヴァ・ゴカパがそう言って一歩踏み出した。
「カノン! ゴヲジョゴノ・ニメ!!」
後方にいるラニマ・ヴァ・ゴカパが駆け出す。
(……迷っている暇はない! 一気にやる!!)
覚悟を決めたカノンはさっと身構え、そして叫んだ。
「フォームアップ!!」
ベルトの中央の霊石が赤い光を放ち、カノンの身体が白から赤に変わる。そしてその右肩から腕が通常の倍くらい太く、厚い筋肉に覆われて盛り上がった。全ての力を右腕一本に集約し、通常より遙かに大きい破壊力を得る赤いフォーム。力を全て集約するだけにこのフォームを使うと変身は強制的に解除されてしまう。しかもその制限時間は余り無い。まさしく一撃必殺の為だけのフォームなのだ。
「ウオオオオオッ!!」
雄叫びをあげ、カノンも走り出した。右腕を振りかぶり、こちらに向かってくるグサヲ・ヴァ・ゴカパとラニマ・ヴァ・ゴカパをしっかりと狙い定める。その時、ベルトの霊石から電光が迸った。その電光はカノンの右腕を伝い、拳の先端に何かを形作りかけるが、上手くいかなかったのかすぐに消えてしまう。だが、カノンはそんな事はお構いなしにぐっと踏みとどまると、その踏みとどまった足を軸に身体を一回転させ、そのまま目の前まで迫ってきていたグサヲ・ヴァ・ゴカパのボディにその右の拳を叩き込んでいた。拳がヒットした瞬間、カノンの拳に炎が宿る。
カノンの炎の拳の一撃をまともに食らったグサヲ・ヴァ・ゴカパが後ろにいたラニマ・ヴァ・ゴカパを巻き込みながら吹っ飛ばされた。砂を巻き上げながら倒れる2体の怪人。グサヲ・ヴァ・ゴカパが上になり、ラニマ・ヴァ・ゴカパはその下敷きになっているようだ。
倒れたグサヲ・ヴァ・ゴカパの腹にくっきりと浮かび上がる古代文字。そこから光のひびが全身に走り、ある一点に到達したところでグサヲ・ヴァ・ゴカパの身体が爆発四散した。
その爆発によって飛び散った砂から顔を手で守りながら、カノンは祐一の姿へと戻っていく。どうやらタイムアウトらしい。これで少しの間、カノンに変身出来なくなってしまったが、とりあえず当面の敵は倒せたようだから問題はないだろう。いや、まだ敵は残っているから油断は出来ないのだが。
祐一はとりあえずビニールシートの上で気を失ったままの佳乃の方に歩み寄り、その隣に腰を下ろすのであった。
その様子を遙か上空からボメショ・ヴァ・ゴバルがじっと見つめていることにも気付かずに。
「……カノン……ギャッガリ・マギャシュ」
忌々しげにそう呟くボメショ・ヴァ・ゴバルの側にフラフラとラニマ・ヴァ・ゴカパがやってきた。どうやらグサヲ・ヴァ・ゴカパの爆発に巻き込まれた瞬間に吹き飛ばされ、何とか死を免れたらしい。だが、かなりのダメージを受けたらしく、左腕を押さえている。
「ツアサジャマ・ラニマ」
あざけるようにラニマ・ヴァ・ゴカパを見ながらボメショ・ヴァ・ゴバルが言う。
「ジャガ・ロサレミ・シィヲヌン・ギャドル」
思わず視線を逸らせたラニマ・ヴァ・ゴカパに向かってそう言うと、ボメショ・ヴァ・ゴバルはパチンと指を鳴らした。少しして、そこにまた別の蜂種怪人が飛んでくる。海上で祐一を襲ったイザタ・ヴァ・ゴカパだ。
「ラモゴスヌセン・シュデシェゴリ」
左腕を押さえているラニマ・ヴァ・ゴカパとイザタ・ヴァ・ゴカパを見やり、ボメショ・ヴァ・ゴバルはそう命じるのであった。

<都内某所・神尾家 13:54PM>
ようやく落ち着いた義理の娘を再びベッドに寝かしつけた神尾晴子はその義理の娘の部屋の床に座ってその寝顔を少しの間眺めていた。
「……一体どないしたんやろうなぁ……」
そう呟く。
今までこんな事は一度もなかった。警察勤めで家に帰れない日もあるにはあったが、余程のことがない限り義理の娘である観鈴は晴子に迷惑をかけまいと連絡をしてこない。その観鈴が自分に助けを求めてきた。何か余程のことなのだろうと言うことは解るのだが、その原因が一向に解らないのだ。どうやら観鈴本人にも明確には解っていないらしく、ひたすら「怖い」という言葉を繰り返しているだけ。何とか無理矢理なだめて寝かしつけたのだが、これではどうすればいいのかまったく解らない。
「……姉ちゃん……どないすればええん?」
観鈴の実の母親である姉は既に他界して久しい。今まで観鈴に対して弱音一つ吐いたことのない晴子だが、今回ばかりはお手上げだった。もはやこの世にいない姉にも頼りたくなる。
「ハァァ……」
ため息をつく晴子。
それからしばらく、いつの間にか晴子もウトウトし始めていた。どうやら日頃の疲れが今になって出てきたらしい。それに先程までの観鈴をなだめるのにも随分体力を使ってしまっていた。観鈴も落ち着いてぐっすり眠っている。だからか、晴子は襲ってくる眠気に逆らえなかった。
ウトウトし始めてどれほどの時間が経ったのか、何らかの気配を感じてふと晴子は目を覚ました。顔を上げると、観鈴が目を覚ましていたらしく自分の方をじっと見つめている。
「な、何や、目、覚めてたんか。起こしてくれたらよかったんに……」
そこまで言って、目の前にいる観鈴に違和感を感じた。いつもの観鈴とは何かが違う。それが何かはよく解らないが、あえて言うならば纏っている雰囲気が違うとでも言うのだろうか。普段の無邪気な雰囲気がなりを潜め、何処か神秘めいた雰囲気を今の観鈴は纏っている。
「観鈴……?」
恐る恐る声をかける晴子。
その時、観鈴がいきなり身体を九の字に折り曲げた。そして苦しそうな声を漏らす。
「う、うあああああああっ!!」
「み、観鈴!!」
慌てて立ち上がり、苦しげな声をあげる観鈴に近寄ろうとしたその時だった。
観鈴が着ているパジャマを突き破りながら白い翼がその背中に生えてくる。同時に彼女が付けているリボンが弾け飛んだ。さぁっと広がる長い髪。
「な、何や!?」
信じられないように晴子は観鈴の変化を見守っている。それしか出来ない。
「あああああっ!!」
一際大きい声をあげ、観鈴の背に生えた翼が広がった。その真っ白い翼は、一回だけはためくと、一気に黒く染まっていく。その黒さは何かとても不安な、嫌な感じをさせるドス黒い色。
「……観鈴……?」
ようやく変化を終えたらしい観鈴に恐る恐る晴子は声をかけてみた。何故かは解らない。今の観鈴には恐怖にも似た感情を彼女は覚えている。今すぐにでもここから逃げ出したいほどの。だが、それでも逃げ出さないのは、自分が観鈴の母親だと言う自覚の為か。
「ど、どないしたんや、あんた……そんな、背中に羽なんか生やして」
辛うじて笑顔を浮かべて晴子は言う。その笑顔が引きつっていなければいいのだが、と思いつつ。
だが、観鈴はそんな晴子を一瞥しただけだった。その視線には何の感情もない。まるで石ころで見たかのような、そんな冷たい視線。
「み、観鈴ちん、まさか天使やった〜とか、そんな事……」
「……うるさい」
必死に言葉を紡ごうとする晴子に観鈴は吐き捨てるようにそう言った。
「う、うるさいって……あんた!」
観鈴の口調にムッとなる晴子。先程まで感じていた恐怖心も何処へやら、観鈴に掴みかからんばかりの勢いで口を開こうとする。
「……だいたい余の名は観鈴などではない」
そんな晴子の機先を制するように観鈴は彼女を睨み付けて言う。
「余の名は神奈備命……観鈴という名ではない」

Episode.53「異変」Closed.
To be continued next Episode. by MaskedRiderKanon


次回予告
襲い来る蜂種怪人達の猛攻に遂に倒れる祐一。
さらわれた佳乃に迫る女王蜂怪人の目的とは何か?
佳乃「イヤァァァァァッ!!」
聖「……君の所為ではない……解っているんだ、そんな事は!!」
ようやく発見した直刀と共に姿を消してしまう舞。
それを追う国崎の元に届けられた観鈴の異変。
舞「……呼んでいる……?」
観鈴「この時代、余は好かぬ」
黒き翼を持った観鈴が向かう先は?
国崎を狙う前田の本当の目的とは?
次回、仮面ライダーカノン「羽根」
それは、1000年の恩讐……。


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