<沖合の小島 15:02PM>
陽はまだ高い。
燦々と降り注ぐ太陽光、その暑さに耐えかねて相沢祐一は目を開いた。
「……あれ?」
一瞬ここが何処かわからず、首を傾げてしまう彼の横から笑い声が聞こえてきた。
「あははっ、祐さん、やっとお目覚めだねっ」
その声に彼が横を向くとそこには霧島佳乃がいる。何だかとても楽しそうに笑っている。
「……俺、もしかして寝てた?」
「うん。それはもうぐっすりと」
恐る恐る尋ねてみる祐一にはっきりと頷く佳乃。
「祐さんって意外と可愛い寝顔してるんだね。始めて見ちゃった。写真撮れなかったのが残念だよ」
佳乃にそう言われて思わず赤くなる祐一。しかし、すぐに我に返ったように真剣な表情に戻る。こんな事をしている場合ではない。佳乃を狙っているらしい蜂種怪人はまだ残っているのだ。
「佳乃ちゃん、今何時ぐらいかわかる?」
「えっと……」
祐一の質問に佳乃はビニールシートの上に置いてあった小さな鞄を手に取った。水に濡れても大丈夫なようにビニール製のその鞄の中から小さな腕時計を取り出す。
「3時過ぎぐらいかな」
「それじゃ俺、1時間ぐらい寝てたってことか……」
そう呟きながら祐一は考える。あの赤いフォームのカノンで戦って変身が解けると少しの間変身は出来なくなる。それは緑のフォームの時と同じ。どちらも極端にエネルギーを消耗してしまうからなのだろうが、今の状況ではそれはかなりよろしくないことだった。いつあの蜂種怪人が襲ってくるかわからないからだ。この1時間でどれだけ回復したかはわからない。変身出来なければ相当やばいだろう。
「とにかく、一度戻ろうか。そろそろ瑞佳さんや聖先生も心配するだろうし」
そう言って立ち上がる祐一。
「それもそうだね。今夜はバーベキューやろうってお姉ちゃん言ってたし」
「そりゃ楽しみだ」
笑顔でそう言う佳乃に手を貸しながら祐一も笑みを浮かべる。本当に楽しみそうな彼女を、無事に姉である聖の元に送り届けなければならない。それが今の俺の役目だ。笑顔を浮かべながら心の中で改めて決意を新たにする。
砂浜に広げていたビニールシートを畳もうと手を伸ばしたその時、祐一は頭上からの物凄い殺気を感じ取った。さっと振り返ると遙か頭上にこちらを見下ろしている影が見える。あれは確かここに来る前に自分を襲った奴。自分の左肩を何かで撃ち抜いた奴。奴は何らかの飛び道具を持っているに違いない。
「危ないっ!!」
そう言って祐一は側にいた佳乃を突き飛ばすように押し倒した。その直後、二人がいた場所に上空から何かが振ってくる。それが何かを確認している暇はなかった。立ち上がった祐一は佳乃の手を取って走り出す。
「佳乃ちゃん、何処か身を隠せるところは?」
「この島にそんな所なんて無いよぉっ!!」
何らかの異変を察したらしい佳乃が震える声でそう答えた。彼女の言う通り、この島は小さな島だ。一周するのに1時間も掛からないだろう。その程度の小島で何処に身を隠してやり過ごせと言うのか。とにかく今は真上からの攻撃をかわすのが先決だった。
「あっちだ!」
そう言って祐一が向かったのは島の中の方に見える林の中。あそこなら木々が邪魔となって上からの攻撃は出来ないだろう。だが、それこそが相手の狙いだとは祐一も気がついてはいなかった。
その林の中で待っている二体の蜂種怪人。その目がこちらへと向かってくる祐一と佳乃の姿を捕らえている。

仮面ライダーカノン
Episode.54「羽根」


<台東区内某警察署内 15:12PM>
忙しそうに警官達が歩きまわっているなか、壁際に置かれているベンチに川澄 舞は座ってぐったりとしていた。その隣には寄り添うように美坂香里が座っている。
「大丈夫ですか川澄先輩。ちゃんとした場所で休んだ方が……」
心配そうに香里がそう言うが、舞は首を左右に振った。今はこんな事をしている場合ではないのだ。一刻も早く消えた直刀を探し出さなければならない。ベンチから立ち上がろうとして、ふらつき壁に手をついてしまう。
「ダメですよ、まだ。もうちょっと休んでないと!」
香里がそう言って立ち上がりかけた舞をもう一度ベンチに座らせる。
そこに缶ジュースを持った住井 護がやってきた。彼は警視庁未確認生命体対策本部の刑事である。
「大丈夫ですか?」
そう言いながら彼は手に持っていた缶ジュースをベンチに座っている二人に手渡した。わざわざ買いに行ってくれていたらしい。
「ありがとうございます、住井さん。所で国崎……さんは?」
香里が缶ジュースを受け取りながらそう尋ねると住井はちょっと困ったような顔を見せた。
「それがさっきから全然姿を見ないんですよ。車は駐車場にあったからこの辺りにいるとは思うんだけど」
それを聞いた舞がまた立ち上がった。今度はふらつきはしないが、その顔色はまだ悪い。まだ体調は完全には回復していないのだ。それでも彼女は歩き出した。慌てて彼女を追いかける香里と住井。
「川澄さん、何処行くんですか!!」
住井が呼びかけるが舞は足を止めようとはしない。そのまま外に出て行ってしまう。仕方なしに二人も舞に続いて外に出た。
表に出た舞は左右をキョロキョロと見回していたが、やがて何かを感じたのかすたすたと歩き出した。訳がわからないと言った感じで舞を追いかけるしかない住井。その隣で香里は携帯電話を取りだしていた。
「もしもし、国崎?」
『何か用か?』
呼び出したのは今舞が探しているのであろう国崎往人である。彼もまた未確認生命体対策本部に所属する刑事である。もっとも年がら年中黒尽くめな上に目つきも悪く、一目見ただけでは刑事とはとても思えないのだが。
「あんた今どこにいるのよ? あんた探して川澄先輩が飛び出しちゃんだからね!」
『それは俺の所為じゃねーだろ。何にしろ俺は今消えた直刀探してるんだ、忙しいから後にしてくれ』
「あのねぇ、あんたを捜して……」
『わかってるよ。でもあいつが勝手に飛び出したんだろ? 俺がどうこう出来るもんじゃねぇし』
「前から思っていたけどホント、あんたって薄情ね」
『俺にどうしろって言うんだよ。消えた直刀を探さないとまた何か起こってからじゃ遅いだろ?』
「それはそうだけど」
『……わかった。後で合流だ。それでいいだろ?』
「そう伝えてみるわ」
『まったく……』
不機嫌そうな国崎の声を最後に通話は切れた。手に持った携帯電話を折り畳んでポケットに戻すと香里は隣を歩く住井に国崎からの伝言を伝える。それから先を歩く舞を追いかけるように足を速めて彼女と並んだ。
「先輩、国崎から伝言です。後で合流しようって。だから今は……」
そこまで香里が言いかけると、舞がいきなり立ち止まり手で彼女を制してきた。舞の視線を追うように香里も前を見るとそこには一人の少女が立っている。その手には、少女には不似合いな直刀を、抜き身の直刀を持って。あの直刀こそ、国崎が探している直刀なのだろうか。
「川澄先輩、あれが?」
香里の質問にこくりと頷く舞。その表情は今までになく険しい。そして、その険しい表情の中には戸惑いのようなものも浮かんでいる。
「……美凪?」
直刀を持つ少女に向かって舞が呼びかける。どうやら彼女はあの少女のことを知っているらしい。勿論香里も住井もあの少女に面識はない。この場に国崎がいたなら、あの少女に見覚えがあっただろう。何せあの謎の鎧武者と舞との戦いに決着をつけた日本刀を持ってきたのがあの少女だったのだから。
少女は何かに取り憑かれたように虚ろな目をしたまま、舞の方をじっと見つめている。
「美凪、それをこっちに」
そう言って舞が手を差し出した。
美凪と呼ばれた少女は何の反応もなく、ただ舞をじっと見つめているだけ。
「こっちにそれを渡して、美凪。それはあなたがもっていてはいけないもの」
優しく、諭すように舞が言うが、やはり美凪という少女は何の反応も示さない。一体どうしたのだろうか。こちらを見つめながらも心ここにあらずという感じだ。
美凪と言う少女から何の反応も返ってこないので、舞は意を決して一歩前に踏みだした。そして美凪が持っている直刀の柄に自分の手をかける。その瞬間、何かが彼女の中を貫いていった。それが何であったのか、彼女にはわからない。だが、その目から涙がこぼれ落ちるのを止められない。
「何……?」
目からぽろぽろと涙を零しながら舞が呟く。
「……呼んでいる……?」
そう呟くと、舞は美凪の手から直刀を奪い取り、そして走り出した。
「か、川澄さんっ!?」
「先輩ッ!!」
住井と香里が驚きの声をあげているが、舞には届かない。全速力でその場から離れていく。行かなければならない。果たさなければならない。舞を突き動かすのはその思い。直刀に込められた強烈な遺志。
香里も、住井も、呆然と走り去ってしまった舞を見送ることしか出来なかった。

<沖合の小島 15:28PM>
林の中を走る祐一と佳乃。
その後方を二体の蜂種怪人が追いかけていた。ラニマ・ヴァ・ゴカパとイザタ・ヴァ・ゴカパだ。
上空からの攻撃をかわす為にこの林の中に逃げ込んだ二人だが、この林の中に潜んでいた二体の蜂種怪人の襲撃を受け、更に林の奧へと追い込まれている。
「くそっ、あいつら、遊んでやがる!」
一定の距離をおいてこちらを追いかけてきている蜂種怪人達に向かって祐一が毒づく。林の中と言うことで足下が悪い上に佳乃はビーチサンダルしか履いてしない。二人の走る速度はかなり遅いものだ。追いつこうと思えば簡単に追いつけるはずなのに、それをやらない。そこに奴らの意地の悪さを感じ取れてしまう。
「佳乃ちゃん、大丈夫か?」
「ハァハァ、だ、大丈夫!」
荒い息をしながら答える佳乃。本人は大丈夫と言うが、どうやらかなり無理をしているらしい。この調子だと体力の限界は近そうだ。
(こうなりゃ変身して……だが、一匹防いでもその間にもう一匹が佳乃ちゃんを襲う可能性がある……どうすりゃいい?)
佳乃の様子と追ってくる蜂種怪人とを見比べながら考える祐一。いつまでも逃げるわけにはいかない。この島は狭いのだ、何時かは確実に追いつかれる。それならば一か八か変身して奴らを倒す方がいいかも知れない。
「ゆ、祐さん……」
荒い息をしながら佳乃が祐一を呼ぶ。
「あたしのことはいいから、祐さんだけでも逃げて」
「そんな事出来るわけないだろ! それに……」
奴らが狙っているのは佳乃ちゃんなんだ、と言う言葉を飲み込む。彼女は何も知らないのだ。自分が狙われていることなど。自分が何か異様な力を宿していることなど。だからそれを言うことは出来ないのだ。
「頑張るんだ、佳乃ちゃん!!」
「で、でも、このままじゃ……」
どうやら佳乃はもう限界のようだ。これ以上走ることは出来そうにもない。それを察した祐一は佳乃を自分の後ろにかばうと、追ってくる二体の蜂種怪人を睨み付けた。
「やる……しかない!」
意を決して祐一は身構えた。このまま変身せずに殴り合うのは無謀に他ならない。相手は人間を越えた未確認生命体なのだ。戦うならせめて同じ土俵に上がらないと。つまりは変身しないと。特に自分がカノンであることを隠しているつもりはないが、あまりおおっぴらにすることも出来ない。だから佳乃の目の前で変身することに躊躇いがないわけでもないのだが、今はそれどころではない。
さっと腰の前で両手を交差させ、そのまま胸の前まで腕を上げて左手だけを腰まで引く。残る右手で宙に十字を描き、いつものように叫ぼうとするが、身体の中の霊石がまったく反応していないことに気付いた。いつもならこの変身ポーズを取った時点で身体中にエネルギーが満ち溢れてくると言うのに。どうやらまだ変身出来るほど回復していないようだ。
(まだ……まだだというのか! こんな時にっ!!)
悔しさに歯を噛み締める祐一。
どうやら自分が変身出来ないと言うことを蜂種怪人達も感づいたらしい。ニヤニヤ笑いながらこちらに近付いていく。
「くっ……佳乃ちゃん、逃げろ!!」
そう言って蜂種怪人に向かって突っ込んでいく祐一。例え変身出来なくても佳乃が逃げるぐらいの時間は稼げるはずだ。
「祐さんっ!!」
佳乃の叫び声が聞こえてくるが、それに構っている暇はない。こちらに構わず早く逃げてくれればいいのだが、と思いつつ祐一は手前にいるイザタ・ヴァ・ゴカパに跳び蹴りを喰らわしていく。不意打ちのような感じでイザタ・ヴァ・ゴカパに蹴りを食らわせた祐一は着地すると同時に後ろ回し蹴りをラニマ・ヴァ・ゴカパに叩き込んだ。まさか変身もしないで挑み掛かってくるとは思っても見なかったらしい。
「ゆ、祐さぁん……」
後ろから聞こえてくる佳乃の声に祐一が振り返る。
「何やってるんだよ、佳乃ちゃん! 早く逃げるんだ!!」
祐一のきつい口調に佳乃がビクッと身体を震わせた。だが、そのきつい声に込められた思いに、佳乃は小さく頷く。祐一が自分を犠牲にして自分を逃がそうとしているその気持ちがわかったからだ。
佳乃が祐一に背を向けて走り出す。もう限界なのだと言うことは自分でも解る。だが、それでも走らなければならない。それが自らを犠牲にしてまで逃がしてくれた祐一に対して出来ることなのだから。
「ウオオッ!!」
後ろから祐一の叫び声が聞こえてくる。未確認生命体が二体に対して祐一は一人。もとより勝てるはずがない。おそらく祐一は死ぬだろう。そう思うと涙がこぼれてくる。だが、それでも足を止めることはない。
必死で走る佳乃。不意に林を抜け、開けた場所に出た。そして、佳乃はそこで足を止める。止めるしかなかった。そこは断崖絶壁となっていたからだ。いつの間にここまで昇ってきたかまったく覚えていない。逃げるのに必死になりすぎていたのか。振り返ってみるが、林の中ではまだ祐一があの二体の未確認生命体と戦っているのだろう。そちらに戻るわけには行かない。戻ったら祐一の行為が全て無駄になる。一体どうすればいいのだろうか。オロオロとするばかりの佳乃。その背後に何者かの影が迫る。
それは遙か空中から祐一達を狙っていたもう一体の蜂種怪人、ボメショ・ヴァ・ゴバルだった。林の方を向いてオロオロしている佳乃を見て、ボメショ・ヴァ・ゴバルはニヤリと笑う。自分達の作戦が上手く行った。林の中に追い込み、そこでラニマ・ヴァ・ゴカパとイザタ・ヴァ・ゴカパに襲わせてカノンと小娘を分断する。カノンの性格なら絶対に自らを囮にして小娘を逃がすはずだと踏んだのだ。ここまで上手く行くとは、どうやら幸運はこちらの味方をしているらしい。
そっと佳乃に向かって手を伸ばすボメショ・ヴァ・ゴバル。
その頃、祐一は鋭い爪を振り回すラニマ・ヴァ・ゴカパの攻撃をしゃがみ込むようにしてかわしていた。そして立ち上がる勢いを利用してそのままラニマ・ヴァ・ゴカパに向かって突っ込んでいく。大振りの攻撃の後に出来る隙を彼は逃さなかったのだ。
祐一の体当たりを腹に食らって吹っ飛ばされるラニマ・ヴァ・ゴカパ。
イザタ・ヴァ・ゴカパはその祐一の背を掴むと後ろへと投げ飛ばした。相手は一体だけではない。その事を忘れていたわけではなかったが、ラニマ・ヴァ・ゴカパに体当たりを食らわせたことで隙が出来てしまっていたようだ。後ろにあった木の幹に背中を思い切り叩きつけられてしまう。
「くっ……!!」
痛みに一瞬気が遠くなるが、すぐに祐一は立ち上がった。そして今しがた背を打ち付けた木の後ろに回り込む。一瞬遅れてラニマ・ヴァ・ゴカパの鋭い爪が先程まで祐一のいた場所を薙いでいく。カノンに変身した後でもあの爪は充分にダメージを与えることが出来たのだ。変身していない今、あの爪の一撃を食らえばとんでもないことになる。
このままだとジリ貧だ。何時かはやられてしまう。早く何とかしなければ。そう思うが、どうしようもない。変身したくても変身出来ないのだ。
(くそっ、こんな事なら赤の力使わなきゃよかったぜ)
後悔先に立たずとはこの事か。ラニマ・ヴァ・ゴカパとイザタ・ヴァ・ゴカパの攻撃をかわしながら林の奧へと向かう祐一。その時、彼の耳に佳乃のものと思われる悲鳴が聞こえてきた。
「イヤァァァァァッ!!」
「しまった、まだいたか!!」
気付くのが遅かった。自分達を狙ってきた蜂種怪人はまだいたのだ。そう、空から自分達を狙ってきた奴がいたことを、祐一はすっかり忘れていた。
声の聞こえてきた方へと向かおうとする祐一だが、その前に二体の蜂種怪人が立ちはだかる。
「邪魔をするなぁっ!!」
そう言って二体の蜂種怪人に向かって突っ込んでいく祐一。
その祐一を刺し貫こうとラニマ・ヴァ・ゴカパが鋭い爪を突き出すが、祐一は地を蹴ってその手をかわすとラニマ・ヴァ・ゴカパの背を踏み台にして更に勢いを増し、空中で少し後方にいたイザタ・ヴァ・ゴカパに向かって蹴りを放つ。前のめりに倒れるラニマ・ヴァ・ゴカパと後ろに蹴り飛ばされるイザタ・ヴァ・ゴカパ。その間に着地した祐一はすぐに走り出した。
目指す場所は佳乃の悲鳴の聞こえてきた場所。そこに辿り着いた祐一が見たものは、気を失った佳乃を抱えたボメショ・ヴァ・ゴバルの姿だった。
「……来たか、カノン」
ボメショ・ヴァ・ゴバルが祐一を見てそう言う。まったく感情の込められていない声で、祐一を見る目も何の感情も込められていない。まるで物を見るかのように、祐一を見つめている。
「佳乃ちゃんを……離せ」
ボメショ・ヴァ・ゴバルを睨み付けながら祐一が言う。
「断る、と言ったら?」
「なら力尽くででも返してもらう」
そう言って一歩踏み出す祐一。
その祐一にさっと左手を向けるボメショ・ヴァ・ゴバル。そこからシュッと言う音と共に何かが射出される。
横に飛び退き、射出された何かをかわした祐一はそのままボメショ・ヴァ・ゴバルに飛びかかっていった。だが、ボメショ・ヴァ・ゴバルは足を振り上げて飛びかかってきた祐一をあっさりと蹴り飛ばしてしまう。
「邪魔をするな、カノン」
やはり感情の込められていない声でボメショ・ヴァ・ゴバルが言った。
身を起こした祐一は口の端から流れている血を手の甲で拭いながらボメショ・ヴァ・ゴバルを睨み付けた。やはり変身しないと勝ち目はない。先程の二体は林の中だったからこそ上手くあしらえたが、ここではどうしようもない。
更に悪いことに、祐一の背後にラニマ・ヴァ・ゴカパとイザタ・ヴァ・ゴカパが姿を見せた。どうやら祐一を追いかけてきたらしい。
遂に3対1。しかも佳乃が相手に捕まっている。こっちは変身がまだ出来ない。状況は圧倒的に不利。
「こりゃあ……参ったね」
自分を取り囲むように立つ3体の未確認生命体。それらを見回しながら苦笑を浮かべる祐一。どうすればこの苦境を乗り切れるか見当もつかない。
「ゴゴサジェ・ジャマ・カノン」
そう言ってラニマ・ヴァ・ゴカパが祐一に近付いてくる。
「ボメショ・ラショバ・ヌギミニ・シェガサ・ヴァマリマ?」
「ヌゴニサシェ・ラニマ」
ボメショ・ヴァ・ゴバルがそう言ってラニマ・ヴァ・ゴカパを目で制した。だが、ラニマ・ヴァ・ゴカパは足を止めようとはしない。
それを見ながら祐一はゆっくりと立ち上がる。背後から近寄ってくるラニマ・ヴァ・ゴカパを警戒しながら、正面にいるボメショ・ヴァ・ゴバルから目を離さない。
「佳乃ちゃんをどうするつもりだ?」
「答える必要はない」
祐一の問いにそう答え、ボメショ・ヴァ・ゴバルはまた左手を彼に向けた。次の瞬間、祐一の右足に激痛が走った。ボメショ・ヴァ・ゴバルの左手から放たれた何かが祐一の右の太股を貫いたのだ。噴き出す血を手で押さえ、ボメショ・ヴァ・ゴバルを睨み付ける祐一。
「貴様を生かしておくと後々災いとなる。だからここで死ね」
「くっ!」
ボメショ・ヴァ・ゴバルがそう言うと、ラニマ・ヴァ・ゴカパとイザタ・ヴァ・ゴカパが同時に祐一の背後から飛びかかった。彼の腕を取り、逃げられないようにする。
「ロヴァヂジャマ・カノン」
ラニマ・ヴァ・ゴカパが祐一の耳元で囁く。
「ゴモロデモ・シェジェギナサン・ゴドネマリ・モザアヲメヲジャ」
「ラモギョベリゲ・カノン」
イザタ・ヴァ・ゴカパもそう言い、祐一を捕まえている手に力を込める。
左右から腕を掴まれ、祐一はほとんど身動きが取れなくなっていた。更には右の太股からは大量に出血している。何とかこの場から逃げ出せたとしても、この傷ではすぐに追いつかれてしまうだろう。正面に立っているボメショ・ヴァ・ゴバルがこちらに向けている左手から射出される何かが自分を貫くのは時間の問題だ。果たしてどうすればこの窮地を脱せられるのだ。
焦燥感に駆られる祐一。この場には彼を助けてくれる仲間は誰もいない。戦士アインこと折原浩平も、PSK−03を纏う北川 潤も、一番長く共に未確認生命体と一緒に戦ってきた国崎往人もここにはいないのだ。一人で切り抜けなければならないのだ、この絶体絶命の大ピンチを。
「このっ!!」
祐一は両腕に思い切り力を込め、腕を掴んでいる二体の蜂種怪人を自分の正面で鉢合わせにすると、正面に立っているボメショ・ヴァ・ゴバルに向かって駆け出した。こちらに向けられている左手から何かが射出されるが、首を傾けることでその何かをかわし、ボメショ・ヴァ・ゴバルが右脇に抱えている佳乃を取り戻そうと手を伸ばす。だが、その手は後ちょっとの所で届かなかった。ボメショ・ヴァ・ゴバルがやや後方に向かって地を蹴り、そのまま背の羽根を広げて宙に舞ったからだ。
「わわわっ!?」
たたらを踏む祐一。あまりにも勢いがよかった為、止めることが出来なかったのだ。だが、何とか断崖絶壁の手前で止まることには成功する。
「……ニメ・カノン」
その声は祐一の背後から聞こえてきた。慌てて振り返ろうとする彼の胸を何かが貫通していく。その痛み、焼け付くような痛みを胸に感じながら祐一の身体がふらりと断崖絶壁の方へと倒れ込んでいく。何が起こったのか、祐一は一瞬理解出来なかった。わかるのは胸を貫く痛みと、そこから噴き出す真っ赤な血の色、そして浮遊感。どんどん遠くなるボメショ・ヴァ・ゴバル達を見ながら、自分が落下しているのだとようやく認識する。
断崖絶壁の下は荒波が打ち付ける海。そこに落ちていき、波間に沈んでいく祐一を見届け、ボメショ・ヴァ・ゴバルは後の二体の蜂種怪人を見やった。
「……リグオ」
短くそう言って、再び宙に舞い上がるボメショ・ヴァ・ゴバル。
慌ててボメショ・ヴァ・ゴバルに続くラニマ・ヴァ・ゴカパとイザタ・ヴァ・ゴカパ。
3体の蜂種怪人が海を越えて姿を消した後、断崖絶壁の下、荒波が打ち付ける岸壁のすぐ側に何かが現れた。それはやはり蜂の姿をした怪人。その蜂種怪人は波間に向かってすっと手を伸ばした。
すると海中から手が伸びて来、蜂種怪人の手を掴む。その手をしっかりと握り返した蜂種怪人は力を入れてその手を引っ張った。続いて海中から鯨のような姿をした怪人が姿を見せる。更にその鯨種怪人はもう片方の手に海中に没したはずの祐一を掴んでいた。
先に上がった鯨種怪人は蜂種怪人の手を借りてぐったりとしている祐一を海中から引き上げる。
「リギシェ・リヅモジェヌガ?」
ぐったりとしている祐一を見ながら蜂種怪人が言う。胸と右の太股からの出血はまだ止まっていない。だが、弱々しいながらも呼吸はまだ止まっていない。
「ニマネマリ・ガデバギトルジャ・ジャガダ・ニマネシェバ・マダマリ」
そう言いながら鯨種怪人は祐一の側にしゃがみ込んだ。

<台東区内某警察署前 16:32PM>
台東区にある某警察署の前に国崎が走ってくる。
「ダメだ。そっちはどうだ?」
「こっちも全然です」
答えたのは先にその場にいた住井だった。
二人は抜き身の直刀を持ったまま姿を消した舞を捜し回っているのだ。何と言っても抜き身の直刀を持ったままなのだ。絶対に目につくだろうと思って付近に聞き込みをかけているのだが成果はさっぱり。何処をどう走っていったのか、まったく舞の行方は掴めなかった。
「もっと人がいればいいんですが……所轄に頼むわけにもいきませんし」
「ところで美坂はどうした?」
「美坂さんなら中にいます。あの美凪って子についてくれているはずですよ」
「やれやれ……あいつにまで手伝って貰わなきゃならないとはなぁ」
そう言いながら国崎は住井を伴い警察署の方へと歩き出した。
中に入った二人は地下階にある食堂へと向かう。香里と美凪はそこにいるはずだからだ。本当を言えば美凪には監視をつけて取調室か何処かに入れておきたかったのだが、流石にここの署員でもない二人にそこまでの権限はないし、香里が大反対したのだ。直刀を舞に奪われた美凪は少しの間放心していたが、その後はずっと大人しくしている。自分がちゃんとついているからそこまでする必要はないだろう、と。そう言うわけで二人には食堂にいるように言って、二人は消えた舞と直刀を探しに出ていたのだが、結果はこの通りである。
「あ、いたいた」
食堂に入った住井が端の方に座っている香里と美凪を見つけ、二人に向かって手を振った。そのおかげか、二人も入ってきた住井と国崎に気がついたようだ。香里は恥ずかしそうに顔を背けたが、美凪の方は小さく手を振って住井に答えている。
「すいません、お待たせしました」
香里達の側まで来た住井がそう言って頭を下げる。
「待たせたな」
そんな彼の隣で国崎はいつものように尊大な口調で言う。
「あんたねぇ、少しは住井さんを見習いなさいよ。私は一応協力者よ、民間の」
「一般市民が警察に協力するのは当然……」
呆れたように言う香里にそう反論しようとした国崎だが、彼女に思い切り睨み付けられて黙り込んだ。
「で、川澄先輩は見つかったの?」
「いえ、それがまったく。足取りさえ不明という有様です」
「所詮二人だからな。漏れはあるだろうが……それでも抜き身の刀持って歩いていたら目立つはずなんだがな」
住井、そして国崎がそう言うのを聞いて香里は嘆息した。確かに国崎の言う通りだろう。たった二人で舞を捜すのは至難の業だ。何処に消えたのかもわからないのだから。だが、抜き身の刀を持って歩いていればそれは目立つに違いない。にもかかわらず、舞は見事に姿を消してみせた。一体何処に消えたのだろうか。
「あれからそんなに時間は経っていないわ。まだ近くにいるはずだと思うんだけど」
「それはそうなんですが……」
「……舞さんならあれだけの時間があれば充分遠くへ行けます」
不意に美凪が口を開いた。
「抜き身の刀のことはわかりませんが、舞さんの足なら1時間もあれば充分遠くへ行けます」
「……本当なの?」
尋ねたのは香里だ。他の二人は食い入るようにして美凪の顔を覗き込んでいる。同じ事を聞きたいのはありありとわかった。
「……多分」
ボソリと美凪がそう言うのを聞いて香里はガクリと肩を落とした。
「あ、あなたねぇ。そう言う冗談を言っている場合じゃないってわかってる?」
「勿論わかってます。でも、舞さんなら有り得そうに思えて」
「ああ、それは俺も同感だな」
そう言って国崎が美凪に同意する。
「あいつは未確認相手に刀一本で立ち向かえるような奴だ。その体力は並のものじゃないだろう」
それを聞いた香里が国崎の方を驚いたように見たが、すぐにまた呆れたような視線を彼に向けて、嘆息した。
「お前、信じて無いだろっ!! 本当なんだぞ!!」
香里が考えていることがわかったのか、国崎が語気荒くそう言う。
「あー、はいはい。わかったわ、本当なのね」
「やっぱり信じてないだろ、お前!」
ぱたぱたと手を振って国崎をあしらった香里は改めて美凪の方を向いた。
「川澄先輩の体力云々の問題はとりあえず保留にしておきましょう。それよりあなた、川澄先輩が何処に行ったかわからない?」
香里の問いに美凪は首を傾げてみせた。どうして自分が舞の行方を知っていると思うのだろうか、そっちの方が疑問だと言う感じである。
「まぁ、あくまで私の推理に過ぎないんだけど……川澄先輩があんな行動を起こしたのはあの刀に触ってからなのよね。あの刀を触ったから川澄先輩はおかしくなったと仮定したら、その前に刀を持っていたあなたもあの刀に何らかの影響を受けていても不思議じゃないと思うんだけど」
「……覚えてません」
短く、美凪は申し訳なさそうにそう言った。
「あの刀を見つけて、何と無しに手を触れてから皆さんに介抱されるまでの記憶、すっかり抜け落ちてます。お役に立てなくて申し訳ありません」
「そう、それじゃ仕方ないわね」
そう言って香里は住井の方を見る。
「とりあえず川澄先輩を捜さないと。あの刀がどう言うものかは知らないけど、何か事件が起こってからじゃ手遅れになると思うし」
「そ、そうですね」
「俺としては何でお前が仕切ってんのか知りたいんだがな」
国崎が恨めしそうに香里を見ながらそう言うが、香里はそれを完全に無視して携帯電話を取りだした。そして何処かへと電話を始める。
「ところで君、川澄さんとはどう言う関係なのかな?」
住井が相手を警戒させないよう、笑顔を浮かべて美凪に尋ねた。
「……旅の仲間、と言うところでしょうか?」
少し考えてから首を傾げながらぽつりと美凪が言う。
「何で疑問形なんだ?」
国崎がそう言うが、誰も相手にしない。
「とりあえず君の名前と何処に住んでいるか聞いておこうか」
メモ帳を取り出しながら住井がそう言うと、美凪の肩がビクッと震えた。どうやらあまりその辺のことは話したくはないらしい。
「……」
「いや、だから名前と住所」
「……」
だんまりを決め込む美凪。これ以上詮索してくれるな、と言う雰囲気を全身から醸し出している。何よりこれ以上詮索されたら自分が家出少女だと言うことが解ってしまう。まだあの家には帰りたくない。帰れない。今は、まだ。
電話を終えた香里がふと振り返ると、だんまりを決め込んだ美凪と食い下がっている住井、そして誰にも相手されず一人いじけている国崎の姿がそこにあった。一体電話をしている間に何があったのか、首を傾げる彼女である。

<都内某所・神尾家 16:43PM>
神奈備命と名乗った娘を隣の部屋からそっと伺っている神尾晴子。実の娘ではないにしろ、これまで何年もずっと一緒に暮らしてきたのだ、ある程度彼女のことはわかっているつもりだったが、こんな事は始めてである。
(まさか二重人格っちゅう奴かいな〜? こんな事今まで一度もあらへんかったんに)
今の娘をどう扱っていいやら解らず、晴子は困り果てていた。
あの人懐っこい笑顔が特徴の、家事も上手な晴子自慢の娘、観鈴が今は誰も近寄らせない、そんな雰囲気を纏っている。その顔には一切笑顔はなく、何処か怒ったように口元を引き締め、黙って外を見つめているだけ。そして最大の問題はその背に生えている漆黒の翼だ。始めは白かったようにも思えたのだが、今は夜の闇よりも尚暗い、本当に真っ黒。美しいまでの黒色の翼。
(あの羽根っちゅうか翼はなんなんや……観鈴って普通の女の子やろ? 何であんなもんが……)
晴子が一番の疑問点である観鈴の背にある黒い翼は今は綺麗に折り畳まれている。広げれば部屋一杯の大きさになるあの翼に晴子は何やら嫌なものを感じていた。何と言うか、人を不快にさせる嫌なものを。
「あ、あの〜、観鈴ちん?」
恐る恐ると言う感じで晴子が観鈴に向かって声をかけるが、観鈴はそんな晴子を一瞥するだけだった。すぐにまた窓の外へと視線を向けてしまう。晴子のことは完全に無視だ。
「はぁぁ〜」
物凄く冷たい観鈴の態度に晴子はため息をつくしかない。
「まったくどないしたらいいんや……」
誰かに相談したいのだが、一体どう言って相談すればいいと言うのか。だいたい、娘の背中に黒い翼が生えましたと言って誰が信じると言うのだ。ただひたすら、困り果てる晴子であった。

<山頂の神社 16:52PM>
社殿に続く石畳の上にボメショ・ヴァ・ゴバルによって連れ去られた佳乃が横たえられていた。その周りには誰もいない。ここに彼女を運んできたボメショ・ヴァ・ゴバルも、あの場に一緒にいたラニマ・ヴァ・ゴカパ、イザタ・ヴァ・ゴカパもいない。だが、その代わりのように彼女を中心にした魔法陣のようなものが描かれている。
横たわっている佳乃はまだ気を失っているようでぴくりとも動かない。
と、社殿の入り口の扉が開いた。中から出てきたのは妖艶なドレス姿の女性。何処か人間離れした美貌のその女性は石畳の上に降りるとゆったりとした足取りで横たわっている佳乃に近付いていく。
「ゴモゴスヌセ・ザノルマモガ?」
佳乃を見下ろしながら妖艶なドレス姿の女性がそう言うと、何処からともなく現れた詰め襟の服を着た男が小さく頷いた。彼に続いてその後ろからはカウボーイ風の男とダイバーグラスを首にかけた男。
「グサヲン・ゴモボノル・ジェジェゴドノル・ショニシャ・サシィザリマリ」
「ロデソシシャ・ボヲショルジャ」
詰め襟の男に続いてカウボーイ風の男がそう言う。だが、すぐに詰め襟の男がカウボーイ風の男を睨み付けて黙らせた。余計な口を利くな、と言うことなのだろうか。チッと舌打ちしてカウボーイ風の男が被っていたテンガロンハットのつばを押し下げる。
妖艶なドレス姿の女性は一つ頷くとさっと両腕を広げた。
「ジニギン・バイセヅ」
その一言に後ろにいた3人の男達に緊張が走る。これから行われることがどれほど危険なことなのか、この3人は知っている。だが、これは必要なことなのだ。”選ばれなかった”彼女にとって、どうしても新たな力を得る為に。

<霧島診療所 16:59PM>
霧島診療所と繋がっている母屋の台所で長森瑞佳がお茶を淹れている。どうにも落ち着かないらしい。先程から何度もお茶を淹れてはこっちへ持って来、またお茶を淹れにいくという行為を繰り返している。
「瑞佳君、少しは落ち着きたまえ」
見かねた霧島 聖がそう言うと、瑞佳が彼女を振り返った。
「そう言う先生こそ、本当は飛び出したくてうずうずしているんじゃないですか?」
「なっ!?」
瑞佳にそう言われた聖が思わずイスから腰を浮かせてしまう。だが、それは本当のことだった。テーブルについていた彼女も落ち着き無さそうに指でテーブルの上を叩いたり、足先で床を叩いていたのだから。
沖合の小島に向かったまま帰ってこない佳乃と祐一を二人はずっと心配しているのだ。佳乃が一人で小島に行き、それを追って祐一が小島へ向かってからかなりの時間が経っている。何かあった、と考えるべきだろう。祐一一人なら何とでもなったのかも知れないが佳乃と一緒なのだ、彼女が足を引っ張ってしまっている可能性は大きい。何しろ相手はあの未確認生命体なのだから。
「大丈夫ですよ、佳乃ちゃんも、祐さんも」
「ああ、そう信じてはいるんだが」
入れ直したお茶をテーブルの上に置きながら言う瑞佳に聖は頷いてみせる。だが、口ではそう言いながらも、彼女は胸の内で湧き起こる不安を隠せないでいた。
そんな聖を見ながら瑞佳は彼女の正面に座り、湯飲みに口を付ける。妹を溺愛している聖の不安はよく解る。だが、今は祐一を信じるしかない。何の力も持たない自分達ではどうしようもないからだ。
しばらくの間、二人が沈黙していると診療所の方のドアが開く音が聞こえてきた。すぐさま立ち上がる二人。今は使われていない診療所の待合室に入ると、そこには意識を失ったままの祐一がベンチに寝かされているだけだった。他には誰もいない。祐一をここまで運んできたであろう人物の姿もなかった。
「祐さんっ!!」
意識を失っている祐一を見た瑞佳が慌てたような様子で彼に駆け寄る。
聖は一旦外に出て周囲を見回していたが、人の気配など何処にもなく、仕方なさそうに戻ってきた。それから祐一の方を見る。よく見ると彼のシャツの下には包帯が巻かれてあった。少し血が滲んではいるが、包帯の巻き方は丁寧で、ちゃんとした心得があるものが巻いたのだと言うことが一目でわかる。更にはいているジーパンにも血の跡と穴があり、そこから包帯が見えていた。
(この血の跡からしてかなりの出血だったはずだが……手当ては完璧だ。一体誰が……)
ついつい職業意識が首をもたげるが、それよりも気に掛かることがある。祐一だけがこれほどの傷を負い意識を失ったままここに戻ってきたと言うことだ。一緒にいたはずの佳乃はどうしたのか。それをすぐにでも問いただしたい。だが、今の祐一は完全に気を失ってしまっている。それに手当ては施されているがかなりの重傷だったことは伺えた。
「……ううっ……」
祐一が呻き声を漏らした。どうやら意識を取り戻したらしい。ゆっくりと目を開いていく。
「こ、ここは……?」
「霧島先生のうちだよ、祐さん」
瑞佳がそう言う。
「……先生は?」
苦しそうに息をしながら祐一がそう言うと聖が身を乗り出してきた。
「私ならここだ。相沢君、君に……」
「すいません、先生……佳乃ちゃんを……守れませんでした……」
そう言って身を起こす祐一。
やはりそうなのか、と言う感じで聖は天井を向く。祐一の傷の具合を見ればその事は予想出来た。佳乃を守りながらでは充分に戦うことが出来なかったのだろう。そのあげく重傷を負い、更に佳乃まで敵に連れ去られてしまった。
「すいません……俺がいながら……」
「いや、構わない。君はよくやってくれたんだろう……」
「ですが!!」
「君はかなりのダメージを受けている、今は休んだ方がいい」
「俺の……俺の所為なんです! 佳乃ちゃんを守れなかったのは……俺の!!」
「違うっ!!」
聖はそう言い、祐一から背を向けた。
「……君の所為ではない……解っているんだ、そんな事は!!」
「先生……」
「佳乃が……あの子がこんな事になってしまったのは私の責任だ。君は充分よくやってくれた。今は休んでくれ」
それだけ言って聖は待合室から去っていく。
その後ろ姿を祐一も瑞佳も見送ることしか出来なかった。
「くそっ! 俺が……俺がもっと……」
悔しそうに祐一がそう言う。そしてすぐに立ち上がろうとするが、まだ回復していないらしくよろめいてしまう。
そんな祐一を慌てて支える瑞佳。
「ダメだよ、祐さん。今は先生の言った通り休まないと」
「だけど、佳乃ちゃんが!」
「今の祐さんは怪我してる。体力も回復してない。今佳乃ちゃんを探しに行っても助けられないよ」
諭すように瑞佳が言う。確かに彼女の言う通りだった。重傷の上に体力もかなり消耗している。仮に佳乃を見つけることが出来ても、今の状態では助けることは出来ないだろう。
「瑞佳さんは佳乃ちゃんが」
「心配だよ! 心配に決まってるじゃない! でも、でも今は……」
そう言って祐一を見た彼女の目には涙が浮かんでいる。佳乃のことも心配だが、祐一のことも心配なのだ。何より祐一は無茶をしすぎるきらいがある。下手をすれば今度こそ死んでしまうかも知れない。ここで祐一が死んでしまえば、彼の恋人がどれだけ悲しむか。残された者がどれだけ悲しいか、それを瑞佳は知っているのだ。
「……解ったよ、瑞佳さん」
そう言って祐一はベンチに腰を下ろした。
「少しだけ休むよ。1時間ぐらいしたら起こして欲しい。多分それぐらいでかなり回復してると思う」
「……解ったよ。でも、無理はしちゃダメだよ」
少しだけ安心したように瑞佳がそう言う。
祐一は笑みを浮かべて頷くと、ベンチに横になった。そしてすぐに目を閉じる。今の自分なら傷の回復もかなり早いはずだ。どれだけ回復するかは解らないが、それでも今は休み、次に備えるべきだ。佳乃を助け出す、その時に。

<山頂の神社 17:05PM>
妖艶なドレス姿の女性の声が静かな神社の境内に響き渡る。その口から紡ぎ出される言葉は人間には意味のまったくわからない言語だ。いや、おそらくその場にいる詰め襟の男もカウボーイ風の男もダイバーグラスの男も解っていないだろう。ただ、黙って儀式の様子を見つめているだけだ。
魔法陣の中では佳乃がぼんやりと座っている。この儀式が始まるのとほぼ同時に彼女は意識を取り戻したのか、身を起こし、そこに座っていた。だが、その瞳は何処か虚ろで何処を見ているのかも定かではない。
そこにいる男達も佳乃が意識を取り戻していることには気がついているのだろう、少し緊張気味に彼女を見つめている。彼女が秘めている力を考えれば当然のことだろう。彼らの仲間である一体の蜂種怪人をその細腕で絞め殺そうとしたぐらいなのだ。もし、彼女がこちらに向かって動き出したならすぐにでも止めれるように彼らは控えている。
と、いきなり佳乃がふらりと立ち上がった。相変わらず目は虚ろだが、しっかりと妖艶なドレス姿の女性を見つめ、そちらに向かって手を伸ばす。
それを見た詰め襟の男達が動こうとしたが、妖艶なドレス姿の女性はそれを手で制した。事実、佳乃が伸ばした手は地面に描かれた魔法陣の端まで来るとそこで何かの障壁に当たったかのように弾かれてしまう。石畳の上に書かれた魔法陣はどうやら佳乃をそこから出られなくする為のもののようだ。
「スジャジャ・ロサレバ・ノゴガダ・ルゾゲマリ」
妖艶なドレス姿の女性がそう言ってニヤリと笑った。
「ロショマニグ・ノモシィガダン・ヴァシャネ」
そう言って佳乃に向かって手を伸ばす妖艶なドレス姿の女性。だが、佳乃は首を傾げるだけだった。どうやら言葉が通じていないらしいと解った妖艶なドレス姿の女性は一瞬だけ表情を歪ませたが、すぐに笑みを浮かべ直した。
「お前にはその力不要だろう。私ならばその力を有効に活用してやる。だからその力を渡せ」
はっきりと、その妖艶なドレス姿の女性は、日本語でそう言った。
それで言葉は通じたのであろう、佳乃は首をゆっくりと左右に振る。拒絶の意思表示だ。佳乃の中にある力をこの女に渡すことは出来ない。この女にあの力は危険すぎる。それが解ってしまったのだ。
「渡せないと言うのか。ならば力尽くで奪うまで」
すっと妖艶なドレス姿の女性が手を伸ばす。佳乃とは違い、彼女の手が魔法陣に遮られることはない。伸ばした手が佳乃に触れようとした瞬間、その手が何かに遮られるかのように弾かれた。
「むっ!?」
眉を顰める妖艶なドレス姿の女性。これは予想もしていなかったことだ。まさか、あの力自体が自分を拒否するとは。力自体に意思があると言うのか。
一歩後ろに下がり、後ろに控えている3人の男達を振り返る妖艶なドレス姿の女性。説明をしろと言うように3人を睨み付けるが、詰め襟の男は首を左右に振り、カウボーイ風の男は肩を竦め、ダイバーグラスの男は項垂れるだけ。誰もこの事は知らなかったらしい。
「ギャグミ・シャシャヲ・ギャシュダジャ」
そう吐き捨てるように言うと、妖艶なドレス姿の女性は佳乃の方に向き直った。果たしてどうやってこの小娘からあの力を奪い取るか。あの力自体が自分を拒否しているのだ、下手をすれば自分にダメージが来る。何か上手い手はないものか。そう思って周囲を見回してみると社殿の方から光が漏れてきているのに気がついた。そちらへと向かって歩き出す妖艶なドレス姿の女性。
何事かと3人の男達が妖艶なドレス姿の女性の行動を見守る。
妖艶なドレス姿の女性は社殿へと上がるとその扉をゆっくりと開いた。奥に入っていくとこの神社のご神体が祀られている場所へと辿り着く。先程見た光はここから漏れてきているようだ。厳重に封印されているその扉に手をかけて無理矢理開くと、そこには三宝に乗せられた一枚の羽根が光を放っていた。
「これが……」
光る羽根の手を伸ばそうとした妖艶なドレス姿の女性だが、一瞬、先程佳乃に触れようとして手を弾かれたことを思い出し、躊躇してしまう。だが、意を決して羽根を掴み取った。直後、物凄い激痛が妖艶なドレス姿の女性の手を襲った。壮絶なまでの拒絶反応。この光る羽根には神々しい力と、それに相反する負の力が宿っている。ブスブスと白い煙を手の平から上げ、焼け付くような痛みを感じながら、それでも妖艶なドレス姿の女性はその羽根を持ち、社殿の外へと戻ってくる。
「……ババカ!?」
社殿から出てきた妖艶なドレス姿の女性を見た詰め襟の男が驚きの声をあげる。それほどまでに妖艶なドレス姿の女性は鬼気迫る表情を浮かべていたのだ。
妖艶なドレス姿の女性は詰め襟の男をちらりと見ると、ゆっくりと佳乃の方に歩み寄っていった。そして手に持っている光る羽根を突き付ける。
「お前の力、返してもらうぞ」
そう言ってニヤリと笑う妖艶なドレス姿の女性。同時に女性の持つ光る羽根の輝きが増した。それに呼応するかのように佳乃の身体も光に包まれていく。
あまりにも眩い光に詰め襟の男やカウボーイ風の男、ダイバーグラスの男は思わず目を手で覆ってしまう。まともに目を開けていてはあの光によってやられてしまう。それほどまでの閃光。だから彼らは気付くことはない。その光の中、何が起きているかなど。
眩い閃光の中、妖艶なドレス姿の女性の持つ光る羽根に佳乃の全身を包み込む光が吸い込まれていく。それは何処か異様な光景だった。佳乃の全身を包む光を吸収するたびに羽根の輝きが増していくのだ。羽根の輝きが増した分、佳乃の身体を包み込む光が弱まっていく。やがて佳乃の身体を包み込んでいた光が全て羽根に吸収されてしまった。その途端、佳乃は全身から力を失ってしまったかのようにその場に崩れ落ちてしまう。それと同時に周囲を照らしていた眩い光が治まっていく。後に残るのは先程よりも光を強めた羽根。それを持った妖艶なドレス姿の女性。
「フフフ……」
妖艶なドレス姿の女性は笑みを漏らすと手に持った光る羽根を天高く突き上げ、次いで自分の胸に押し当てた。するとその光の羽根が妖艶なドレス姿の女性の胸に沈み込んでいく。
光の羽根が完全に妖艶なドレス姿の女性の胸に沈み込んだ次の瞬間、妖艶なドレス姿の女性はその本当の姿である蜂種怪人、グリチ・ヴァ・ゴチナへと戻り、そして更にその姿を変化させていった。単なる蜂のような姿から、より禍々しさを持つ蜂のような怪物へと。
「ゴ、ゴデバ……ガダジャクルミ・シィガダザ・シマジッシェリグ!」
身体中を駆け抜けていく新たな力にグリチ・ヴァ・ゴチナは歓喜の声をあげる。これだけの力があればあの小娘など敵ではない。その気になれば”彼”とて倒せるかも知れない。それほどの力が、今グリチ・ヴァ・ゴチナの中にあるのだ。
「ババカ・ゴモゴスヌセ・ジョルヌヅ?」
カウボーイ風の男がそう言って、地面に倒れている佳乃を見やる。
グリチ・ヴァ・ゴチナはつまらなさそうに佳乃を見下ろし、そして控えている3人の男に視線を向けた。
「ロサレシャシィ・モヌギミニド」
やはり興味なさそうにそう言い放ち、グリチ・ヴァ・ゴチナは社殿の方へと向かう。新たな力を得たと言ってもまだその力には慣れていない。少し休んでからこの力を試してみよう。手始めにこの町で。その次はもっと大きな街で。そう思うと笑みが思わずこぼれてしまう。
と、その時だった。地面に倒れている佳乃を殺そうとしていたはずのカウボーイ風の男が宙を舞い、社殿へと向かっているグリチ・ヴァ・ゴチナの前へと落ちてきたのは。何事かと振り返ると今度はダイバーグラスの男が自分の足下へと投げ飛ばされてくる。
「グアアアッ!!」
次いで聞こえてくるのは詰め襟の服の男の悲鳴。その声に顔を上げると倒れている佳乃のすぐ側で詰め襟の男が何者かによって腕を極められていた。
「ジャ、ジャデジャ!?」
グリチ・ヴァ・ゴチナがそう言うと、その何者かは詰め襟の男を離し、ゆっくりと立ち上がる。
「ビナニツ・ヂジャマ・グリチ」
牧師姿のその男は険しい表情を浮かべながらグリチ・ヴァ・ゴチナを見つめた。
「マヲジャ・ノモシミグリ・ヌザシャバ」
「シィガダジャ・ゴモヴァシャニバ・ラダシャマ・シィガダン・レシャモジャ」
誇らしげにそう言うグリチ・ヴァ・ゴチナを、より一層険しい表情で見る牧師姿の男。彼にはグリチ・ヴァ・ゴチナの姿が禍々しいものと映っているらしい。だが、そんな事はグリチ・ヴァ・ゴチナにとってどうでもいいことだった。大事なことは自分が新たな、より強大な力を得たと言うことだけ。
「ゴモシィガダ・ザラデタ・ジャデミソ・サゲマリ・ロサレミソ・ヌヴァヲミソ・ノニシェ・ラモロガシャミソ」
自信たっぷりにそう言うグリチ・ヴァ・ゴチナを今度は憐れんだような目で見る牧師風の男。首を左右に振り、嘆くように天を見上げる。
「ロドガマ・ロロギマシィガダバ・ギャザシェ・イツヲン・ボドトヌ・マヲジェノデザ・ヴァガダヲ」
「ジャサデ・ギナサミ・リヴァデヅ・ヌイラリバマリ・ゴモルダジ・ヂソモザ!」
牧師風の男の言葉にムッとなったグリチ・ヴァ・ゴチナが彼に襲いかかる。片腕を鋭い爪状に変え、牧師風の男を貫こうと突き出すが、牧師風の男はその突き出してきた腕をポンと軽く横から押し、その軌道をあっさりと変えてしまう。同時に突っ込んで来ていたグリチ・ヴァ・ゴチナの足も払い、その場に転倒させてしまっていた。
「グヌウッ!!」
「ロモデ・ギョグソ・ババカン!!」
そう言って詰め襟の男がその姿をボメショ・ヴァ・ゴバルに変えながら牧師風の男へと飛びかかった。だが、牧師風の男は少しも慌てることなく飛びかかってきたボメショ・ヴァ・ゴバルの腕を掴むとそのまま投げ飛ばしてしまう。
更に先程投げ飛ばされたカウボーイ風の男とダイバーグラスの男も起きあがり、その姿を本来の姿――ラニマ・ヴァ・ゴカパとイザタ・ヴァ・ゴカパに変えながら牧師風の男に飛びかかっていくが、やはりあっさりと投げ飛ばされてしまう。
地面に叩きつけられた2体の蜂種怪人を見たグリチ・ヴァ・ゴチナが怒りに燃えた目で牧師風の男を見ながら立ち上がった。そして有無を言わせずに突っ込んでいく。今度は先程と違い、鋭い突きを何度も繰り出しながら。しかし、牧師風の男はその突きを全て捌き、受け流してしまう。まるでこちらの攻撃が通じないことに焦りを覚えるグリチ・ヴァ・ゴチナ。
「ギャシュバ・マミソモジャ?」
ようやく起きあがったラニマ・ヴァ・ゴカパがそう言うと、同じく起きあがったばかりのボメショ・ヴァ・ゴバルが苦々しげに答えた。
「ギャシュバ・ルダジヂソモモ・グイダジャ」
そう言いながら左手をグリチ・ヴァ・ゴチナの攻撃を捌き続けている牧師風の男に向ける。
「ルダジヂソモ?」
そう聞き返すラニマ・ヴァ・ゴカパを無視してボメショ・ヴァ・ゴバルは左手から何かを射出した。グリチ・ヴァ・ゴチナの攻撃を捌いている今ならいくら牧師風の男でもかわすことは出来ないだろう。そう思っての攻撃だった。
牧師風の男はグリチ・ヴァ・ゴチナの猛攻を両手を使って捌きながら、こちらに左手を向けたボメショ・ヴァ・ゴバルに気付いていた。あの左手から放たれるものを喰らえば自分とて無事には済まない。だから、かわす。その為にはグリチ・ヴァ・ゴチナの猛攻を先に何とかしなければならない。
次から次へと繰り出される鋭い突き。だが、そこに付け入る隙がないわけではない。すっと身を反らせながら一歩前に出る牧師風の男。自分に向けられる殺意ある攻撃の手を受け流しながら、相手の懐に潜り込むと自分の肩を相手にぶつける。同時に足で地面を蹴る、否、踏みしめる。中国拳法で言う震脚。その衝撃がグリチ・ヴァ・ゴチナを吹っ飛ばした。
その直後、牧師風の男が身体を沈み込ませた。ボメショ・ヴァ・ゴバルの放った何かがすぐ頭上を通り過ぎていく。
「メダリバ・リリザ・サジャサジャ・ラサヂマ・ボメショ」
牧師風の男はそう言うとしゃがみ込んだ姿勢から大きくジャンプしてのけた。そして倒れている佳乃のすぐ側に降り立つと、すっと彼女を抱え上げる。
「ゴモコルコバ・ヴァシャニザ・ソダッシェリグ」
佳乃を抱え上げたまま牧師風の男はそう言い、また大きくジャンプした。その一回のジャンプだけで彼はそこにいる蜂種怪人の手の届かない場所まで下がってしまう。そしてそのまま彼は何処かへと去っていった。
「ロモデ・グイダセ・リリギミ・マヂロッシェ」
忌々しげにグリチ・ヴァ・ゴチナが牧師風の男が去っていった方向を見ながら呟く。その目には新たな力を得ながらもあっさりとあしらわれてしまった自分に対する怒りが炎となって燃えている。
「サジャジャ・サジャシィガダザ・シャヂヲ・ソッショ・ソッショ・シィガダン!!」
天に向かって叫ぶグリチ・ヴァ・ゴチナ。
他の3体の蜂種怪人達は黙ってそれを見ていることしか出来なかった。何しろ自分達は何の役にも立てなかったのだから。

<都内某所 18:12PM>
国崎は自らハンドルを握りながら、後部座席に座っている二人をバックミラーでちらりと覗いてみた。そこに座っているのは香里と美凪と言う少女の二人。住井とは台東区のとある警察署の前で別れ、今は別行動中である。だが、国崎にしろ住井にしろ今最優先でやらなければならないことは同じである。消えた舞と彼女が持ち去った直刀を一刻も早く発見すること。にもかかわらず彼は今、別の場所へと向かっている。
「何でお前らも一緒に来るわけ?」
バックミラーに映る二人を見ながら国崎が尋ねる。これから行くところは極めて彼の個人的な関係の場所だ。まぁ、半分くらい公の面もあるのだが、どっちかというと今はプライベートに属するだろう。
「まぁ、何と言うか予感ね」
答えたのは香里だ。
「あんたについていったらまた何か起こるんじゃないか、そうしたら今回の件に関して何かわかるんじゃないか、そう言う予感がしたのよ」
「随分とまぁ、曖昧な話だな。だいたいお前、そう言うの信じてなかったんじゃないのか?」
「あれだけ未確認だの水瀬一族だのって言う事件に関わっているもの、少しは宗旨替えだってするわよ」
何か諦めの入ったような感じで香里がそう言いため息をつく。現実主義者である彼女だったが、ここ最近巻き込まれた事件は彼女の想像を超えるようなものばかりだった。謎の未確認生命体やら、不可視の力を使う一族やら。およそ現実的ではないこの様な事件に遭遇していれば現実主義者だって少しは変わってしまうだろう。
「そう言うものかねぇ?」
「そう言うものよ」
「で、あんたはどうなんだ? まさか美坂と同じ事言うんじゃないだろうな?」
今度は香里の隣に座っている少女に話を向ける。何とも浮世離れした雰囲気の持ち主だ。独特の雰囲気を持っているこの少女、何となくそのペースについていけないでいる。
「えっと……ついていけば舞さんと会えるかも、と言う気がしています」
「何で住井じゃなくて俺なんだ?」
「……あなたは……あまり詮索し無さそうだったから」
美凪がそう言って微笑む。
確かに彼女の言う通り、国崎はまったく彼女に興味を示さなかった。おそらくは家出少女なのだろうと言う見当はついていたが、それを深く詮索したところで今回の事件には何の係わりもないだろう。だったらそんな余計なことをするだけ無駄だ、とさえ思っている。
「何とも正直なことで」
そう言って国崎は苦笑するしかない。
そうこうしているうちに目的地が見えてきた。目的の家の前には赤いドカティが無造作に止めてある。
「まったく、何の用なんだか……」
ぶつぶつ言いながら覆面車を止めた国崎がドアを開けて外に出ると、香里と美凪も同じように外に出てきた。
「おいおい、お前らまで一緒に行くつもりか?」
自分がここに来ると言うことは個人的なことだと言うことを二人には伝えてあったはずだ。車の中で待っているだろうと思っていたのに、こうして出てきたと言うことは一緒について来るつもりなのだろうか?
「何言ってるのよ。何で私達があんたのプライベートに付き合わなきゃいけないの?」
かなりムッとしたように香里が言う。
「さっきコンビニの前通りかかったでしょ。ちょっと飲み物でも買ってくるわ」
「それでは」
さっさと歩き出す香里にぺこりと頭を下げてから香里を追いかける美凪。何とも不思議なことにあの二人、結構意気投合しているらしい。
二人が歩き去っていくのを呆然と見送った後、国崎はようやく本来の目的地、神尾家の玄関に向き直った。その次の瞬間、ガシャンとガラスの割れるような音が聞こえてきた。はっとなった彼が後ろに下がって音の聞こえてきた方向――つまりは上だ――を見上げる。
そこには、そろそろ赤くなり始めた空に、漆黒の翼を広げた少女の姿。
「み、観鈴……?」
少女の名を呟くように口にする国崎。だが、信じられない。彼の知っている少女――神尾観鈴には勿論翼など生えていない。それに纏っている雰囲気が違う。何処かほわほわした雰囲気の観鈴に対し、そこにいる少女は何か冷たい、凛とした雰囲気を纏っている。
「観鈴……なのか?」
漆黒の翼を持つ少女に向かって呼びかける国崎。
少女はそんな国崎を冷たい視線で見下ろすと、顔をしかめた。
「……殿……? 違う……お主は違う、か」
呟くようにそう言うと、彼女は国崎にはもう興味がないとばかりに空を見上げる。そこに広がる空を見て、彼女の目に涙が浮かぶ。そこにある空は彼女の知る空ではない。美しく空気の澄んだあの空ではない。それが悲しかったのか、悔しかったのか。
目尻に浮かんだ涙を素早く拭うと、少女は漆黒の翼をまた大きく広げた。その翼をはためかせ、少女のは赤く染まりだした空へと飛び出していく。
「観鈴っ!!」
地上にいる国崎が叫ぶが、空へと舞い上がった少女の耳にその声は届かない。
空の彼方へと消えていった少女を見送ることしか出来なかった国崎は何が何だか解らないまま、その場に立ち尽くしてしまう。
「……どうやら少し遅かったようですね」
呆然と立ち尽くしている国崎の耳にそんな声が聞こえてきた。振り返るとそこには手に古そうな鏡を持った女性が立っている。
「お前は……」
その女性には見覚えがあった。今日の昼過ぎに何やら怪しげな術で彼を籠絡しようとした女性だ。昼間のあの時とは違い、その顔には少し険しい表情が浮かんでいる。
「これは……厄介なことになってきました」
空を見上げながら女性が言う。そして、国崎の方を見るとため息をついた。
「まったく……相変わらず代を経ても益体なしな御方……」
「またあんたか。今度はさっきのようには……」
上着の内側に手を突っ込み、油断無く女性を見据えながら言う国崎。昼間は何だかよく解らないままあの女性の術中にはめられたが、今度はそうはいかない。あの時助けてくれた舞はこの場にはいないのだ。
「……あなたに危害を加える気はありませんわ」
そう言って女性はまたため息をつき、肩を竦めた。
「昼間に会った時もそうでしたのに、どうしてわかっていただけないのでしょうか。まったく、この時代の人は嫌ですわ」
首を左右に振りながら女性はそう言い、国崎に歩み寄る。彼が上着の内側に突っ込んだ手の上に自分の手を重ね、ニッコリと笑みを浮かべてみせた。
「危害を加える気は毛頭ございません。あなたに手伝って頂きたいことがあるだけで」
顔には微笑みを浮かべながら、それでも彼女の眼は真剣そのものだった。おそらく彼女の言うことに嘘はない。その真剣な眼がそう語っている。
「俺に……手伝って欲しいこと?」
国崎がそう言うと、女性はこくりと頷いた。
「あの御方を助ける手助けをして欲しいのです」

<都内某所・上空 18:25PM>
高層ビルの建ち並ぶ都心部の遙か上空をその少女はまるで風に舞うかのように漂っていた。少女の背には美しいまでの漆黒の翼。その翼を大きくはためかせて少女は夕焼けの染まり始めている大空を舞う。
眼下に広がるのは緑のないコンクリートジャングル。少なくても彼女の知っている世界はこの様なものではなかったはずだ。この様な無機質な世界ではなかったはずだ。
くるりと首を回して見渡してみる。沈み始めている太陽に染まる雑多な町並み。工業地帯から上がる黒い煙。見下ろす海は黒く澱んでいる。縦横無尽に広がる道路では車が渋滞しており、排気ガスが立ち込める。五月蠅い金切り音を上げながら離着陸を繰り返す飛行機。その全てが彼女を苛立たせる。
「この時代、余は好かぬ……」
険しい表情を浮かべて苛立たしげに呟く彼女。
漆黒の翼が大きくはためき、彼女はスピードを上げた。この場から一刻も早く離れようと言わんばかりに。

Episode.54「羽根」Closed.
To be continued next Episode. by MaskedRiderKanon


次回予告
謎の男によって助け出された佳乃。
だが、怒り狂う蜂種怪人達が彼女達に迫る。
聖「これ以上、お前らの好きにはさせんぞ!!」
香里「ちょ、ちょっと! 何処行くのよ!?」
前田に導かれて国崎が向かう先はあの港町。
そこに漆黒の翼を持つ観鈴が舞い降りる。
観鈴「触るな、下郎」
国崎「祐の字、これを使えっ!!」
姿を消した舞も導かれるようにその街へとやってくる。
全ての謎があの港町に集約し、祐一は必死の戦いに身を投じていく。
祐一「俺の……甘えなんだ、それは」
次回、仮面ライダーカノン「神奈」
それは、1000年の恩讐……。

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