キーンコーンカーンコーン。
何処かでチャイムの音が聞こえてくる。それを聞きながらわたしは心地よい気持ちになっていた。
「いつまで寝てるのよ、名雪。授業終わったわよ」
そんな声がすぐ側から聞こえてくる。でも、この心地よさからは抜け出せない。抜け出したくない。
「その程度で名雪が起きてたまるか」
別の声が聞こえてくる。
「それぐらいで起きてくれるなら毎朝苦労しないっての」
何か酷いこと言われてるような気がするよ……。でも、まだ心地よいのから抜け出せない。抜け出したくない。
「まぁ、相沢と水瀬の早朝マラソンはこの学校の朝の風物詩だからなぁ」
また別の声。少し相手をからかうような、そんな声だった。
「別にやりたくてやっている訳じゃないぞ」
反論する声は聞きなれた声。
「じゃ相沢君が起こしてよ。いつものお手際、見せてちょうだい」
「嫌味だな、香里……」
「あ、俺も興味あるな。あの水瀬を相沢はいつもどうやって起こしているか」
「北川……お前まで……」
そう言った声は何処かがっかりしたようで、そしてわたしの肩に誰かの手が触れる。
「ほれ、起きろ名雪。授業終わったぞ」
そう声をかけられるがわたしはやっぱり心地よい世界から抜け出せないでいる。
「それじゃわたしと変わらないじゃない。いつもはどうやってるの?」
「い、イヤ……」
戸惑ったようなそんな声が聞こえてくる。
「ほら、相沢、いつものように水瀬を起こしてやれよぉ」
またからかうような声。
う〜ん、何となくだけどわたしを起こすの起こさないので何かやっているみたいだね……。でもまだこの心地よさから抜け出したくないよ……。
「いつものようにったって……その……別に特別なことはしてないぞ! いつも時間かけて起こしているだけで……」
「ホントにぃ?」
明らかにその声は疑っている。
う〜ん、別に特別なことは本当にないんだけどなぁ。
「ホントだって! 全く……信じろよな……」
そう言った声は少し怒っているようにも感じられる。う〜、怒っちゃやだよ……。
「ほら、早く起きろ、名雪! 今日は一緒に百花屋に寄るって約束してただろ!」
ちょっと不機嫌そうな声と共に思い切り背中を揺らされた。
流石にそれ以上わたしはこの心地よい世界に居続けることが出来ずゆっくりと目を覚ましていく。
「う、う〜ん……おはよ、祐一……」
そう言って周囲を見回すがそこには誰もいなかった。
ついさっきまで声が聞こえていたはずなのに、誰の姿もそこにはない。あるのは濃密な闇だけ。
「……祐一?」
そう言って自分の右側を見る。本当ならそこに祐一が座っているはずだ。でも、そこには誰の姿もない。
「か、香里!?」
自分のすぐ後ろを見るがやっぱりそこにも誰もいなかった。
「北川君……?」
今度は斜め後ろ。同じ。誰もいない。あるのは……何処までも深い闇だけ。
「な、何で………?」
そう呟くけど答えは返ってこない。返ってくるはずがない。誰もいないのだから。
「……お前の罪じゃ……」
突然不気味な声が聞こえてきた。
わたしはビクッと身体を震わせると、その声の聞こえてきた方向を見る。
そこには不気味な笑みを浮かべるお婆さんの顔だけが闇の中に浮かんでいた。
「全てはお前が自らの手で引き起こしたのじゃ、名雪」
お婆さんがそう言ってわたしを指さす。
それでわたしは全てを思いだしていた。
目の前にいるお婆さんは大婆様。そして、わたしは……。
「お前は決して許されることのない罪を犯した罪人……この婆が裁きを下してやろう……死を持って償うがいい!!」

<都内某所・蔦に覆われた洋館 15:03PM>
倒れている水瀬名雪の長い髪を掴み、薔薇のような姿の怪人ターダ・コチナは無理矢理彼女を引き起こした。
「う、うう……」
呻き声を上げる名雪。
ターダ・コチナはそんな名雪をつまらなさそうに振り捨て、倒れた彼女の腹を思い切り蹴り上げた。
「ぐふっ!」
床の上を転がる名雪を追うかのように手にした茨の鞭をうち鳴らし、振り上げるターダ・コチナ。もはや立ち上がることすら出来ない程にダメージをおった名雪の上に容赦無く茨の鞭を振り下ろしていく。
ビシッ!ビシッ!と言う音と共に振り下ろされる茨の鞭。
「あうっ! はううっ!!」
鞭が振り下ろされるたびに悲鳴のような声をあげる名雪。
「我らを裏切った者には死を……」
ターダ・コチナはそう言うと気を失ってしまった名雪を見下ろし、ニヤリと笑みを浮かべた。

仮面ライダーカノン
Episode.50「断罪」

<都内某所・蔦に覆われた洋館 15:08PM>
蔦に覆われ、いかにも不気味な雰囲気を漂わせている洋館の前に一台の黒いオンロードマシンが停止していた。乗っている黒いライダースーツの青年は蔦に覆われた洋館を見上げ、フルフェイスのヘルメットの下で顔をしかめる。
「全く……いかにも過ぎてイヤになるな」
そう呟き、黒いライダースーツの青年はフルフェイスのヘルメットを脱いだ。ヘルメットをミラーに引っかけ、黒いオンロードバイク・ブラックファントムから降り立つ。
「さてと、それじゃ行きますか」
青年、折原浩平は左右を見、人の気配がないことを確認すると洋館の裏に回った。そして壁を乗り越えて中に侵入する。
すたっと裏庭に降り立つと素早く周囲を見回した。
「……気配は無しっと……」
そう呟いて立ち上がる浩平。
「まぁ……未確認なんだから気配の一つや二つ消せてもおかしくないんだが」
呟きながら洋館に向かって歩き出した浩平の背後で何かが動く気配がした。その気配を敏感に察知した彼が振り返るが、そこには誰の姿もなく、あるのは真っ赤な花を咲かせた薔薇だけ。
「気の所為か……?」
浩平は頭をかきながら呟くと、また洋館に向かって歩き出した。と、また背後で何かが動く気配がし、浩平は足を止める。
(何だ……やっぱり何かいやがる……)
後ろに神経を配りつつ、浩平は洋館へと向けて足を踏み出す。背後で何かが蠢くような気配は消えない。
段々背後からする気配に苛々してきた浩平が素早く振り返った。だが、やはりそこには薔薇の花畑があるだけで誰の姿もない。
「……?」
不意に違和感に囚われる浩平。何かがおかしい。何かが先程とは違っている。それが何であるか彼にはわからなかった。
その彼の足下に音もなく薔薇の蔓が忍び寄って来ているのだが、彼はそれに気付かない。
再び薔薇の花に背を向け、歩き出そうと彼が足を踏み出した時、いきなり彼の足下まで忍び寄っていた薔薇に蔓が彼の足に巻き付いた。
「な、何だ!?」
浩平は自分の足に巻き付いてきた薔薇の蔓を見て、驚きの声をあげる。そして、その時、彼は初めて自分の周囲を無数の薔薇の花が取り巻いているのに気付いた。
「い、いつの間に……?」
いつしか浩平の周囲は薔薇の花園と化していた。
この洋館の裏庭に降り立った時にはこうではなかった。薔薇の花など一つもなかったはずだ。それがいつの間にか薔薇の花園となっている。
「こいつは……」
自分の足に絡みついた薔薇の蔓を見、そして周囲の薔薇の花園を見渡した浩平の前に一人の女性が姿を現した。美しいドレス姿の女性、ターダ・コチナである。
「何者かと思えば……まさか貴様とはな……」
ターダ・コチナはそう言うとニヤリと笑った。
浩平もターダ・コチナを見て、ニヤリと笑う。
「へへっ、まさかこんな大物に会えるとは思わなかったぜ」
ターダ・コチナはそんな浩平に近寄っていく。彼女の歩く先だけ薔薇の花がまるで道を造るかのように左右に分かれ、浩平へと一直線の道を築きあげた。
「おっと、それ以上近寄るなよ。足の一本を封じたからって変身出来なくなった訳じゃないんだからな」
浩平はそう言って近寄ってくるターダ・コチナに向かって手を突き出した。だが、ターダ・コチナの足は止まらない。
「チッ……こうなったら……変……」
すかさず変身ポーズを取ろうとした浩平だが、その瞬間足下の薔薇の花園から蔓が一斉に伸び、彼の腕を絡め取った。
「なっ!?」
驚きの声をあげる浩平。その間も蔓はどんどん浩平の身体に巻き付き、彼の身体の自由を奪っていく。
そんな浩平のすぐ側までやって来たターダ・コチナは浩平の顔を覗き込み、それからふっと何かを彼に吹き付けた。
「クッ……何だ!?」
思わず顔を背ける浩平だがもう遅かった。ターダ・コチナが吹き付けたものは彼の顔中にべっとりと付いていたのだ。ぬぐおうにも腕を茨の蔓で覆われ動かすことが出来ない。
「う……ううっ……」
不意に浩平は目眩を感じその場でよろめいた。勿論身体の自由を封じられている浩平はよろめくまま、その場に倒れてしまうしかない。
「くうっ……こ、こいつ……」
歪む視界、霞む目でターダ・コチナを見上げる浩平だが、その意識は徐々に薄れていく。完全に意識が途絶える寸前、浩平は自分を見下ろすターダ・コチナが笑っているように見えた。

<都内某所・路上 15:21PM>
名雪のいるであろう場所へと向けてロードツイスターを必死に走らせている相沢祐一。
赤信号を無視して物凄いスピードで街中を走り抜けていく。
と、その後ろから彼のスピード違反を見つけたらしいミニパトがサイレンを鳴らしながら追いかけてきた。
(くそっ……こんな時に!)
後ろから自分を追ってきているミニパトをちらりと見やり、更にアクセルを回して振り切ろうとするが、そのミニパトに乗っている婦警に見覚えがあった為、ブレーキをかけた。
ロードツイスターを道路の脇に寄せ、祐一はミニパトが追いついてくるのを待つ。
ミニパトはロードツイスターが停止したのを見て、サイレンを止め、そのままロードツイスターのすぐ後ろに停止した。
「やっぱり! 相沢さん!!」
そう言ってミニパトの中から出てきたのは天野美汐だった。やや呆れたような顔をして祐一の側にやってくる。
「一体どうしたって言うんですか? 一発免停な速度超過ですよ」
「悪いが事情を説明している暇はない。見逃してくれ」
祐一はそう言うと、再びロードツイスターを発進させようとした。
だが、その腕を美汐の手が掴んで彼を止める。
「待ってください。事情も話さず、はいそうですかと見逃す訳にはいきません」
そう言った美汐の目は少し怒っているようにも見えた。
仕方なさそうに肩を落とし、祐一は美汐の顔を見る。
「あまり時間がないから手短に済まさせて貰うぞ」
そう前置きして祐一はこれまでの事情を話し始めた。
黙って聞いていた美汐は祐一の話に表情をあれこれ変えていたが最後の段になって急に不安そうに顔を曇らせる。
「相沢さん……早く水瀬先輩を捜さないと」
「だから……」
ガックリと脱力した顔で祐一は美汐を見た。
「場所の特定は出来ているんですか?」
突然彼女がそう聞いてきたので驚いたような顔をする祐一。
「……あ、ああ、大体のところは」
祐一の返事を聞き、美汐はミニパトの中から地図を取りだしてボンネットの上に広げた。
「で、どの辺りですか?」
「この辺かな?」
そう言って地図上のあるところを指さす祐一。
祐一が指さした場所と現在位置とを見て、美汐は小さく頷いた。
「私が先導します。相沢さんは後ろからついてきてください」
美汐はそう言うと祐一の返事も聞かずにミニパトに戻っていった。呆然とその様子を見ている祐一の前で美汐がミニパトを発進させる。
目の前を走りすぎるミニパトに慌てて祐一はロードツイスターに跨り、エンジンをかけた。そして走り去っていくミニパトを慌てて追いかける。
ミニパトは限界ギリギリまでアクセルを踏み込んでいるらしく物凄い速さで道路をかっ飛ばしていく。その後をロードツイスターが余裕を持ってついていく。
(しかし……スピード出し過ぎだろ、あいつ)
前方を走るミニパトを見つつ苦笑を浮かべる祐一。
と、その時だった。突如、空から何かが急降下してきてミニパトのボンネットの上に一度着地、それから軽くジャンプしてミニパトを飛び越えてロードツイスターの前へと降り立った。
「なっ!?」
突然空から現れたそれに祐一は慌ててブレーキをかけ、ロードツイスターを停止させた。
「お前は……あの時の!!」
目の前に降り立ったのは一度戦い、いつの間にか逃げ出していたリズヅ・シィバルだった。背の翼を折り畳み、祐一を見てニヤニヤ笑っている。
祐一はリズヅ・シィバルの向こう側にあるミニパトを見やった。前方部のボンネットから煙を上げ、急停止している。空から急降下してきたリズヅ・シィバルの一撃は物凄い衝撃だったはずだ。中に乗っている美汐は果たして無事なのか?
「クッ……邪魔をする気か!!」
拳をギュッと握りしめ、祐一はロードツイスターから降りた。そして素早く変身ポーズを取る。
「変身ッ!!」
祐一の腰にベルトが現れ、その中央に埋め込まれている霊石が眩い光を放つ。その光の中、祐一の姿が戦士・カノンへと変わっていく。
祐一がカノンに変身するとリズヅ・シィバルはいきなり飛びかかってきた。指先に生えた鋭い爪でカノンを引き裂こうとするが、カノンは鋭い肘打ちを喰らわせ迎撃する。よろめきながら後退するリズヅ・シィバルに更に追い打ちをかけるようにパンチを叩き込むカノン。二、三発パンチを食らわせてから身体を回転させながらキックを叩き込み、カノンはリズヅ・シィバルを吹っ飛ばした。
吹っ飛び地面を転がるリズヅ・シィバルをよそにカノンはミニパトに駆け寄った。中を覗き込むと美汐が頭から血を流してシートにぐったりともたれかかっているのが見えた。
「天野!!」
カノンはそう言ってドアを開けようとするが、なかなか開かない。どうやらリズヅ・シィバルの一撃を食らった時に壊れてしまったようだ。
「くそっ!!」
ふとボンネットの方を見るとそこから上がっている黒煙の中にちろちろと炎が見え隠れしていることに気付いた。このままでは爆発するかも知れない。そう思ったカノンはドアに手をかけると無理矢理引きはがそうとした。
「クッ……」
全身の力を込め、ドアを引きはがそうとしているカノンの背後にリズヅ・シィバルが現れ、その背に鋭い爪で斬りつけた。
「ぐあっ!!」
苦痛の声をあげるカノンだが、背の痛みに構わずドアを引きはがそうと更に力を込める。
更にリズヅ・シィバルがカノンの背に爪を突き立てようとするが、それを察知したカノンが後ろに向かって足を突き出し、リズヅ・シィバルを吹っ飛ばした。その間に思い切り力を込めてミニパトのドアを引きはがす。引きはがしたドアを横に投げ捨て、カノンは中で気を失っている美汐を外へと引き出した。
「天野、しっかりしろ!!」
そう呼びかけるが美汐は気を失ったままで返事をしない。
「くそっ……時間がないってのに!」
カノンはそう言うと気を失った美汐を抱き上げ、ミニパトから離れた。充分にミニパトから離れ、そこの地面に美汐を寝かせると、ほぼその直後、ミニパトが爆発した。その爆風から美汐をかばい、それが収まってからゆっくりと立ち上がるカノン。
爆発したミニパトの方を見ると、燃え上がるミニパトを背にリズヅ・シィバルがこちらを睨み付けている。
「ギナサバ・ゴドヌ!」
そう言ってリズヅ・シィバルが背の翼を広げた。そしてその翼をはためかせて宙へと舞い上がる。
「お前の相手をゆっくりとしている暇はないんだよっ!!」
カノンはそう言うと、倒れている美汐の制服から拳銃を取り出した。それから上空のリズヅ・シィバルを見上げる。
「これでケリをつける! フォームアップ!!」
そう叫んだカノンの姿が白から緑へと変わり、同時に手に持った拳銃が緑色のボウガンへと姿を変えた。ボウガン後部のレバーを引いて内部に圧縮空気の矢を生み出す。
その様子を見下ろしながらリズヅ・シィバルはカノンに向かって急降下を開始した。車すら破壊できるほどの衝撃を与えるその一撃。いくらカノンと言えども一溜まりもないはずだ。
自分めがけて急降下してくるリズヅ・シィバルをカノンはしっかりと捉えていた。すっとボウガンを急降下してくるリズヅ・シィバルに向け、その先端にエネルギーをこめる。そして後部レバーを放し、同時に引き金を引く!
圧縮空気の矢がボウガンから放たれ、リズヅ・シィバルめがけて撃ち出された。
「ムウッ!!」
自分に向かって撃ち出された圧縮空気の矢に気付いたリズヅ・シィバルは翼をはためかせ、無理矢理降下する軌道を変えようとした。だが、それよりも早く圧縮空気の矢がリズヅ・シィバルの翼を貫いていく。
「グアアッ!!」
翼に走る激痛に悲鳴を上げるリズヅ・シィバル。見ると圧縮空気の矢で貫かれた翼に古代文字が浮かび上がっている。その古代文字から光のひびが走り広がっていく。
「グウウウ……ガッ!!」
リズヅ・シィバルは翼に手をかけると無理矢理その翼を引きちぎった。そしてそのまま地面へと落下していく。
カノンは自らダメージを受けた翼を引きちぎったリズヅ・シィバルを見るとすぐに緑から白に戻り、戦闘態勢を取った。あの速度で地面に叩きつけられたら普通ならばかなりのダメージを受けるはずだが、相手は何せ未確認生命体である。たいしたダメージは受けないかも知れない。
そんな事を考えているカノンの前で地面に激突するリズヅ・シィバル。だが、すぐにゆらりと立ち上がる。
「ロモデ……カノン!!」
そう言い、ふらふらとカノンに歩み寄ろうとするリズヅ・シィバル。
それを見たカノンはベルトの前で腕を交差させた。そしてさっと腕を左右に開くと、ベルトの中央の霊石が光を放った。次の瞬間、カノンの目が赤から金へと変わり、その全身に黒いラインが走る。
「ゴドヌ! カノン!」
「時間がないと言った!!」
カノンはそう言いながら腰を落とし、前に突き出した左手で十字を描く。そしてその十字の中心を右の拳で打ち抜いた。その直後、十字に歪んだ空間がリズヅ・シィバルの背後に出現した。それは何もないはずの空間に描かれた十字架。そこだけにスパークが走り、微妙に空間が捻れている。
「ウオオリャアアァァァッ!!」
雄叫びをあげながらカノンが大きくジャンプし、空中で膝を抱えて一回転、両足を揃えて突き出した!
そのキックがリズヅ・シィバルを捉え、背後の十字架めがけて吹っ飛ばす。
吹っ飛ばされたリズヅ・シィバルが十字架に貼り付けられ、バキバキとイヤな音をたてながら十字架の中へと折り畳まれていく。
「ギャ……ギャアアッ!!」
リズヅ・シィバルが断末魔の悲鳴を上げるのを聞きながらカノンは十字架に背を向けた。そして静かに呟く。
「虚無に……消え去れっ!!」
その声を受け、十字架が光となって消えた。
それを見たカノンは祐一の姿へと戻り、未だ気を失ったままの美汐の側まで歩いていく。
「くそっ……」
ふらつく足、飛びそうになる意識と必死に戦いながら祐一は地面に横になっている美汐のすぐ側に腰を下ろした。
「こんな事……している場合じゃないってのに……」
そう言って祐一はその場に倒れ込んだ。

<都内某所・蔦に覆われた洋館 15:35PM>
サイレンを鳴らしながら一大の大型スクーターがその洋館の前までやって来た。
『そこよ、北川君』
PSKチームのリーダー、七瀬留美の声が聞こえてきたのでPSK−03、北川潤は大型スクーター・Kディフェンサーを洋館の前で停止させた。そして、洋館を見上げる。何とも言えず、不気味な雰囲気を漂わせている洋館。思わず潤はごくりと唾を飲み込んでいた。
『新しい未確認生命体の目撃情報を総合するとその洋館を中心に半径50メートル内に絞れるの。その中で人の住んでない場所はその洋館だけ』
「つまり、ここが未確認生命体のアジトって言う訳ですか?」
『それはわからないけど……十分注意して』
「了解しました」
PSK−03はそう言うとKディフェンサーから降りた。装備ポッドの中からブレイバーバルカンを取り出すと洋館の方を向く。
「さて……行くか」
ゆっくりと洋館の中へと足を踏み入れるPSK−03。玄関へと続く道を抜けて大きなドアを押し開いて中に入る。
『センサーをフル稼働。索敵モードに入ります』
PSKチームのオペレータである斉藤の声が聞こえてきた。次いで、PSK−03のマスク内のモニターに様々な情報が表示される。
その情報を確認しながらPSK−03は洋館の中を進んでいく。
(何ともイヤな感じだな……どこからか見張られているような……)
周囲を警戒しながら進むPSK−03。
彼は気付いていなかったがこの洋館の中の部屋には必ず薔薇の花があった。その薔薇の花はPSK−03が移動するとまるで彼を見張っているかのようにそちらの方へと向きを変えている事にも。
幾つか部屋を回った後、PSK−03は中庭へと出てきた。そこは一面の薔薇の花で覆われていた。
小さい薔薇の花園。潤は中庭を見てそう言う感想を抱いた。
「何て言うか……凄いな」
そう呟き、薔薇の花園に足を踏み入れようとする。
『北川君、ストップ!』
突然聞こえてきた留美の鋭い声にPSK−03が足を止めた。
「ど、どうしたんですか七瀬さん?」
『美しい薔薇には刺がある……その花から何か物凄い催眠作用のある花粉が出ているわ』
「催眠作用……?」
『迂闊に吸い込んだらバタンキューって感じね』
それを聞いた潤は驚いたような表情をして薔薇の花園を見やった。
『そ、そんな薔薇、聞いたことありませんよ』
おそらく斉藤であろう、狼狽えたような声が無線を通じて聞こえてくる。
『ここは未確認のアジトなのよ? 何があってもおかしくないと思うけど?』
『そ、そう言う問題ですか!?』
『黴の未確認がいたんだから薔薇の未確認だっていてもおかしくないわ。それだけの事よ』
狼狽え気味の斉藤とは対照的にやたら冷静な留美。二人の会話を聞きながら潤は中庭から部屋の中に戻った。そして再び歩き出す。
今度は奧へと続く長い廊下だった。その廊下を慎重に進みながら廊下の一番奥にあるドアを目指す。
『気をつけて、北川君。1階じゃその部屋が最後のはずよ』
『中に反応があります! 北川さん、気をつけて!』
二人の声を受け、ドアにもたれかかるPSK−03。ブレイバーバルカンのセイフティロックを解除し、背中でドアを押し開け、中に飛び込んでいく。
飛び込むと同時に周囲を素早く見回すと同時にセンサーを全開にし、部屋の中を確認する。
『北川君、人がいるわっ!!』
留美の声にPSK−03がハッとある方向を見た。それは部屋の隅。そこには薔薇の花が大量に積み上げられている。
「……何だ……?」
警戒しながら部屋の隅に向かって歩き出すPSK−03。そして、その薔薇の花の中に見覚えのある姿を見つけた時、PSK−03は、潤は驚きのあまり硬直してしまった。
「み、水瀬……!?」
薔薇の花の中にはぐったりと血の気を失った名雪の姿があったのだ。両腕を頭の上で薔薇の蔓で縛られ、血まみれの全身に薔薇の蔓を巻き付かせた痛々しい姿で。
「何で水瀬がこんな所に……」
そう言って名雪の側に駆け寄るPSK−03。
名雪は気を失っているのか、全く反応しない。
「一体誰がこんな事を……」
PSK−03はそう言うと名雪の身体に巻き付いている薔薇の蔓をほどこうと手を伸ばした。
『北川君、後ろ!!』
その留美の声にハッと振り返るPSK−03。
そこには美しいドレス姿の女性が立っていた。冷たい表情を浮かべ、冷徹にPSK−03と名雪を見下ろしている。
「お前は……何者だ?」
警戒するようにブレイバーバルカンを向けながらPSK−03が尋ねると、美しいドレス姿の女性はニヤリと口元を歪めて笑ってみせた。
「ビサンモ・ネヲニ・ラリシェン・ニシェギャドル」
美しいドレス姿の女性はそう言うとその真の姿、薔薇の姿の怪人ターダ・コチナへと変わる。そしてその手に茨の鞭を持つとPSK−03に打ちかかっていく。
とっさに横に飛び退き、鞭の一撃をかわしたPSK−03はブレイバーバルカンの狙いをターダ・コチナに合わせた。すぐに引き金を引こうとするがそれよりも早くターダ・コチナはPSK−03の懐に飛び込んでいた。膝でブレイバーバルカンを蹴り上げると鞭を持っていない方の手で掌底を喰らわせる。たまらず吹っ飛ばされるPSK−03。
「うおっ!!」
壁まで吹っ飛ばされ、壁に思い切り背を打ち付けてしまう。だが、そこで何とか踏みとどまり、倒れることを防ぐと吹っ飛ばされた時に手放してしまったブレイバーバルカンに代わって腰のホルスターからガンセイバーを取り出した。素早く銃身の横についている9つのキーにあるコードを打ち込み、その銃口をターダ・コチナに向ける。
『ガンセイバー、シュートモード起動!』
斉藤の声を聞き流しながら引き金を引く。その銃口から発射されたのは強化型特殊弾。ブレイバーバルカンに使用されている特殊弾丸よりも遙かに強力な強化型特殊弾がこのガンセイバーには使用されているのだ。
だが、ターダ・コチナは鞭を振るってその強化型特殊弾を叩き落としてしまった。
「何っ!?」
驚きの声をあげるPSK−03。更に引き金を引くが発射された弾丸の全てが鞭により叩き落とされてしまった。いくら強力な弾丸でも当たらなければ意味がない。
「クッ……なら!!」
再びガンセイバーにあるコードを打ち込む。するとガンセイバーの銃身が起きあがり、一本の棒状になった。引き金を引くと銃身の下に折り畳まれていたブレードが起きあがり、そのブレード部分が白く発光する。
『ガンセイバー、セイバーモード起動!』
ガンセイバーを構えてターダ・コチナへと走り出すPSK−03。
ターダ・コチナは自分に向かってくるPSK−03に向かって薔薇の花を投げつけた。その薔薇の花をガンセイバーで両断し、一気にターダ・コチナに肉迫するPSK−03。手に持ったガンセイバーを横に一閃させるが、それよりも早くターダ・コチナは彼にステップを踏むかのように後退していた。
「このっ!」
更に一歩踏み込むPSK−03だが、そこにターダ・コチナの鞭が襲いかかった。ガンセイバーで鞭を払い除けるが、鞭はまるで生きているかのようにうねってPSK−03の左腕に巻き付いた。
「くうっ!」
鞭が巻き付いた左腕が何故かギリギリと締め付けられる。ミシミシという音をたて、左腕の装甲にひびが入り始めた。

<蔦に覆われた洋館前・Kトレーラー内 15:52PM>
PSK−03コンディションモニターを見ていた斉藤が泣きそうな顔をして留美を振り返った。
「そ、そんな!! 特殊合金製の装甲が……!!」
「北川君、早くその鞭を何とかしなさい! でないと左腕ごと叩き折られるわ!!」
留美が必死に叫ぶがモニターの向こう側の潤はそれどころじゃないらしい。左腕を鞭に囚われながらも、じっと相手を睨み付けている。
「北川君っ!!」
「七瀬さん、何とか出来ないんですか!?」
「ここにいて何が出来るって言うのよ!!」
留美は悲痛な顔をして話しかけてきた斉藤に思わずそう怒鳴っていた。
「助けに行けるなら行きたいわよ! でも私達が行っても邪魔になるだけで何も出来ないじゃない!!」
「あ……す、すいません……」
思わず謝ってしまう斉藤を見て、留美は我に返ったようだ。
「……ゴメン、あなたは悪くないわ」
申し訳なさそうに留美がそう言ったので斉藤は慌てて手を振って見せた。
「い、イヤ、七瀬さん……」
「ちょっと気が立っているみたいね……ここ最近自分の思うようにいかないから……」
ガックリと肩を落とし、弱気な笑みを浮かべる留美。
今までそんな留美など見たことがない斉藤が驚いたように、声をかける。
「そんな……しっかりしてくださいよ! 七瀬さんがそうだとPSKチームは……」
『そうよ、しっかりしなさい、七瀬留美』
不意に無線から聞こえてきた声に二人が驚いたように無線のスピーカーを見た。そこに誰かいる訳でもないと言うのに。
『PSKチームのリーダーは貴女よ。しっかり貴女が引っ張りなさい』
「……深山さん」
聞こえてきた声はPSKシリーズ装備開発部主任、深山雪見の声だった。
『完成したばかりの新兵器を持ってそっちに向かってるわ。何とか北川君を保たせなさい』
「……了解です! お願いします、深山さん!」
留美はそう言うと、斉藤を振り返り、大きく頷いて見せた。
「斉藤君、あの薔薇の怪人をスキャンして! 弱点を捜すのよ!」
「了解です!」
「北川君、早くその鞭を何とかしなさい! 左腕を折られてもいいの!!」
『で、でも……こいつ、見た目よりも力が……』
苦しそうな潤の声。
どうやら相手をしている薔薇の怪人は見た目の華奢さとは裏腹に物凄い力を秘めているようだ。
「せめて……せめて深山さんが来るまで……」
祈るような気持ちで呟く留美。

<都内某所・路上 16:08PM>
倒れている祐一の頬を誰かがぺしぺしと叩いた。
「ほれ、いつまで寝てやがるんだよ。起きろ」
叩いているのは誰あろう国崎であった。リズヅ・シィバルとカノンとの戦闘を目撃した人が警察に通報したらしく、その連絡を受けた国崎が確認しに来て倒れている祐一を見つけたらしい。彼以外に警官の姿は今のところ無い。
「う、ううっ……」
呻き声を上げて祐一が目を開く。
「ようやく起きたか。全く手間取らせやがって」
呆れたように国崎はそう言うと立ち上がった。
「あれ……国崎さんじゃないか。何でここに?」
上半身を起こした祐一がそう尋ね、それからすぐに周囲を見回した。すぐ側に美汐が倒れていたはずなのだが、何処にもその姿はない。
「天野は!?」
「一緒におねんねしていたお嬢ちゃんなら病院に運んで貰っているよ。で、何があったんだ?」
不機嫌そうに国崎が尋ねる。
「ああ……」
その場に座り込み、祐一は何があったかを話し始めた。病院から消えた名雪。その名雪を捜してロードツイスターを走らせていて美汐とばったり出会ったこと、美汐の先導で再び走り出すと空から未確認生命体が現れ、襲いかかってきたことなどを話す。
「で、その未確認は倒したのか?」
「当たり前だ」
「………前にも似たようなことあったよな。お前とそのお嬢ちゃんしか知らない未確認っての。ま、今回は他にも見てた人がいるからちゃんと第30号と認定されるだろうが」
国崎はそう言って一人で頷いている。
祐一はそんな国崎を無視して立ち上がると、ミニパトの爆発によって横倒しになったままのロードツイスターに歩み寄った。
「おい、何処に行くんだよ?」
「名雪を探しに行くんだよ。俺がどれくらい気を失っていたかわからないけど時間が惜しいんだ」
倒れたロードツイスターを起こしながら答える祐一。
「……また後始末を俺に押しつけるつもりか?」
不愉快そうに国崎が言うと、祐一は彼の方を見てにやっと笑った。
「それがあんたの仕事だろ、国崎さん」
「ケッ……あーあ、来るんじゃなかったよ、こんな事なら」
そう言って国崎は自分が乗ってきた覆面車に歩いていく。と、そこに所轄のパトカーがわらわらとやって来た。
「お、いいタイミングだ」
「国崎さん、悪いけど先に行かせてもらうぜ」
「ああ、行ってこい。俺もすぐに行く」
国崎はそう言いながらあっちへ行けと言う風に手を振った。
それを見た祐一は頷いてからロードツイスターを発進させる。一気にトップスピードにあげ、その場から走り去っていくロードツイスター。その後ろ姿を見送りながら国崎はどうやってこの場から逃げ出すかを考えていた。

<都内某所・蔦に覆われた洋館 16:15PM>
ターダ・コチナは手に持った鞭を大きく上下させた。その反動で鞭に左腕を囚われているPSK−03の身体が跳ね上がる。更に鞭を引っ張り、PSK−03の身体を軽々と振り回す。
宙を舞い、PSK−03は天井や壁に叩きつけられ、床の上へと落下する。
「クッ……なんて……パワーだ」
床に手をついて何とか身を起こすPSK−03。叩きつけられた衝撃は物凄くかなりのダメージを受けてしまっている。
『パワーが30%ダウン! 残りバッテリーもかなり減ってます!!』
斉藤の声が聞こえてくる。だが、それに構っている余裕はない。目の前にいる相手、それは今まで以上に強く、そして恐るべき相手なのだ。
『北川君、ガンセイバーのセイバーモードの使用を止めて。セイバーモードはバッテリーを大量に消費するわ』
「し、しかし……!!」
『バッテリーが切れたら嬲り殺されるだけなのよ!』
「……わかりました……ですが最後に!」
PSK−03はそう言うと手に持ったガンセイバーで左腕に巻き付いている茨に鞭を断ち切った。そしてふらふらしながらも立ち上がる。
一方のターダ・コチナは断ち切られた鞭を冷静に見、そしてPSK−03を見やってからニヤリと笑みを浮かべていた。彼女の手の中で茨の鞭が再生していく。それは先程よりも強じんそうに見えた。
(どう……戦う?)
ガンセイバーのシュートモードで発射された弾丸を鞭で叩き落とすことが出来るぐらい反射神経と動体視力に優れた相手。普通に格闘戦を挑もうにも相手のパワーはかなり強力でこちらがパワー負けしてしまうだろう。今まで戦った未確認生命体の中でも最強の部類に入るこの相手。まともにやり合えば負けるのは必至。
「……来ないか……来ないならこちらから行くぞ」
ターダ・コチナがそう言って鞭を構えた。
「……我らヌヴァラグに刃向かうモノには等しく断罪の鎌を」
手の中にある鞭が形を変える。鋭い刃を持った巨大な鎌へと。
「罪人よ……懺悔の祈りを捧げるがいい……」
そう言ってニヤリと笑うターダ・コチナ。
その姿はさながら薔薇の死に神。
「クッ……」
相手の圧倒的な殺気に圧倒されるPSK−03。だが、それでも引く訳には行かない。後ろに倒れている名雪だけじゃない。この化け物を外に出した場合、どれだけの人が殺されてしまうのか見当もつかない。
「俺だって……俺だって戦士なんだ!!」
そう言って自らを奮い立たせる潤。
ガンセイバーをホルスターに戻し、電磁ナイフを引き抜く。電磁ナイフを構えながら相手を伺う。
ターダ・コチナはまるでPSK−03が祈りを捧げるのを待つかのようにじっとしていたが、やがて一歩前に踏み出した。無言で鎌を振り上げる。
「死ね……」
短くそう言い、鎌を振り下ろすターダ・コチナ。
電磁ナイフで辛うじてその鎌を受け止めるPSK−03だが、鎌の振り下ろされた勢いは殺しきれず吹っ飛ばされてしまう。桁違いのパワー。壁まで吹っ飛ばされたPSK−03は思い切り背を打ち付けてしまう。飛びかける意識。だが、頭を振ってそれを繋ぎ止めると自分に向かって突っ込んできているターダ・コチナを見やった。
手に持った鎌を振り上げ、一気に距離を詰めてくるターダ・コチナ。
今度もまた電磁ナイフで鎌を受け止めることが出来るかどうかはわからない。むしろ受け止めることが出来る可能性は低いだろう。
「クッ!!」
壁に手をついて前へと飛び出すPSK−03。
ターダ・コチナが振り下ろす鎌をかいくぐりその後ろ側へと回り込むが、ターダ・コチナは身体を回転させながら振り下ろしたはずの鎌を振り上げ、PSK−03を近寄らせない。
「なかなかやるな、ビサンの戦士」
ターダ・コチナはそう言うと鎌を降ろした。
「そのしぶとさには敬意すら覚えるぞ」
少し馬鹿にしたようにターダ・コチナが言う。
PSK−03はじっとターダ・コチナを見つめている。使用出来る武器は少なく、残りバッテリーも心許ない。更に今対峙している相手は過去最強の敵だ。
「七瀬さん、後どれくらい保ちますか?」
『バッテリーならまだ20分は保つはずよ』
「……このままじゃジリ貧だ……」
何とか挽回策を見いださねば確実に負ける、やられる。
PSK−03は知らず知らずにうちに足が後退していることに気がついていなかった。

<都内某所・蔦に覆われた洋館 16:23PM>
祐一はロードツイスターを猛スピードで走らせ、目前には蔦に覆われた洋館を捉えていた。
あの洋館の中に名雪がいる、そう彼は確信している。だからアクセルは一切緩めず、更にエンジンを噴かせて大きくジャンプし、塀を飛び越え裏庭に着地した。
裏庭には敷き詰めるかのように薔薇の花園が広がっていたが、祐一はそれに一切構わず薔薇の花を蹴散らして洋館に近付いていく。
裏庭に面している大きな窓をロードツイスターの前輪で叩き割って中に侵入した祐一は、ヘルメットを脱ぐのももどかしそうに隣の部屋へと飛び込んでいった。
「名雪ッ!!」
そう叫んで中に飛び込むがそこには誰もいない。
「クッ……」
踵を返して部屋を出、また別の部屋に走る祐一。幾つか部屋を周り、どこに名雪がいないことを知ると、祐一は中庭に続く部屋へとやって来た。
「後は……こことあそこぐらいだが……」
そう呟いた祐一の顔には不安の色が濃い。自分の感覚で捉えた名雪の気配は確かにこの洋館からだった。だが、今まで回ったどこの部屋にも名雪の姿はない。もしかしたら間違いだったのかも知れない。この洋館じゃないのかも知れない。そう言う不安が急激に沸き上がってきたのだ。仮にこの洋館だったとして、名雪が別の場所へと移動した可能性もあるのだ。
今いる中庭へと続く部屋の中には誰の姿もない。残っているのは奥にある廊下から続くドアの先の部屋だけ。もし、そこに名雪がいなければ……そう言う不安を振り払って祐一は廊下を進み出した。
と、その耳に何かの音が聞こえてきた。それは何かが壁に激突するような音。
その音を耳にした祐一は弾かれるようのドアに駆け寄った。
「おい! 誰かいるのか!?」
ドアノブを回しながら声をかけるがドアは開かないし、反応も返ってこない。
「くそっ! 開かないのかよっ!!」
何度もドアノブを回すがドアは全く開こうとしない。鍵がかかっている訳でもない。内側から何かわからない力で封じられているような感じだ。
「このっ!!」
肩からドアにぶつかっていく祐一。だがドアはびくともしない。何度も何度もドアに体当たりする。
「開けよ、このっ!!」
徐々にドアがガタガタしだした。後少し、そう考える祐一の耳に聞き覚えのある声が飛び込んでくる。
「うわぁぁぁぁぁぁっ!!」
「……北川!?」
何であいつがここに、などと考えている間もなく祐一は再びドアに向かって体当たりした。
がたつくドアが軋みをあげる。
「おおりゃああっ!!」
雄叫びをあげてドアに突っ込む祐一。その一撃で遂にドアが開いた。イヤ、正確に言うなら、ドアが外れ、内側に倒れたのだ。そのまま祐一も倒れ込みながら部屋の中に飛び込んでいく。
「北川ッ!!」
床を転がって体勢を整えた祐一が見たのは鎌を持った薔薇の怪人とその前に倒れ伏すPSK−03の姿だった。
正直、名雪でなくて祐一は落胆していたがそれでもPSK−03,北川潤は大切な親友である。慌てて倒れているPSK−03の方に駆け寄ろうとして、薔薇の怪人が持つ巨大な鎌に阻まれてしまう。
「よく来たな、カノン」
薔薇の怪人が祐一を見てそう言った。
「貴様だけは……絶対にこの手で殺してやる……」
憎しみをこめて薔薇の怪人ターダ・コチナが言う。
「何言ってやがる……俺はお前と会うのは初めてなんだぜ」
祐一は挑戦的に相手を見返してそう言った。
「そんな事は関係ない……貴様は殺す、それだけだ」
ターダ・コチナはそう言うと手に持った鎌を振り上げた。一歩前に踏み出て振り上げた鎌を振り下ろす。
その鎌を後ろに飛び退いてかわした祐一が腰の前で両手を交差させた。そして右腕だけを上に挙げ、左腕を腰に添える。あげた右腕で十字を描き、そして叫ぼうとしたところに再び襲いかかってくるターダ・コチナの鎌。
その鎌を横に転がってかわし、膝立ちになってターダ・コチナを睨み付ける。と、その視界に何かが飛び込んできた。それは大量に積み上げられた薔薇の花。その薔薇の花の中に見覚えのある、イヤ、彼が探し求めていた姿を発見し、思わず言葉を失ってしまう。
「な……名雪……」
祐一は呻くようにそう言うと薔薇の花の中に埋もれている名雪の側に駆け寄った。
「名雪ッ!! 大丈夫か!?」
そう声をかけながら名雪の身体を覆っている薔薇の花を手で弾き飛ばしていく。薔薇の花の下から現れた名雪の姿はかなり痛々しいものだった。薔薇の蔓で両腕を縛られ、着ている巫女服もボロボロになった上にあちこち血が滲んでいる。更に胸の中央には一際大きな薔薇の花。白い花びらが半分程赤く染まっている。
「名雪、しっかりしろっ!!」
祐一がそう呼びかけるが名雪はぴくりとも反応しなかった。その顔からは血の気が失せている。
「……テメェ!! 名雪に何をした!?」
名雪の腕に巻き付いている薔薇の蔓を手で引きちぎりながら祐一が怒気を孕んだ声で言った。
「その娘は我らとの約を破った。故に我が罰を与えた」
平然と言うターダ・コチナ。
「罰……だと?」
必死に怒りを堪えながら祐一が尋ねる。
「そうだ。我らを裏切った罪は重い。その罪、死を持って償って貰うが当然」
ターダ・コチナはそう言うと祐一越しに冷たい視線をぐったりとしてる名雪に送った。
「その娘の胸に咲いている薔薇は死の薔薇。その花びらが赤く染まった時がその娘の最後だ」
「………………のかよ」
「ん?」
祐一が何か言ったのだが、それが聞こえなかったのかターダ・コチナが首を傾げる。
「テメェらに………あるのかよ……」
「何を言った?」
「テメェらに人を裁く資格があるって言うのかよ!!」
そう言って祐一が振り返る。その顔は真っ赤になり、目には怒りの炎が燃え上がっている。余りもの怒りにこめかみに血管が浮かび上がり、血が出そうになる程拳を固く握りしめ、相手を睨み付けた。
「テメェらみたいに……何の理由もなく人を殺しているような連中に……人を裁く権利なんかねぇっ!! 俺が絶対に認めねぇっ!!」
ターダ・コチナに向かってビシッと指を突き付け、そう叫ぶ祐一。そして再び腰の前で両手を交差させる。そのまま胸の前まで腕を上げて左手だけを腰に引き、残る右手で十字を描く。
「変身ッ!!」
祐一の怒りを孕んだその声にターダ・コチナは身動き一つ出来ないでいた。いつにない祐一の迫力に気圧されてしまっていたのだ。
腰の浮かび上がったベルト、その中央にある霊石が光を放ち、彼の姿が戦士・カノンへと変わる。
「ウオオオオオッ」
雄叫びをあげてターダ・コチナに向かって突進するカノン。相手の懐に飛び込むと容赦のないパンチを何発も叩き込んでいく。ターダ・コチナがよろけたところに身体を反転させながらのキックを喰らわせ、吹っ飛ばす。
「グ……ロモジェ!!」
よろけながら後退したターダ・コチナだが、更に距離を詰めようと飛び出してきたカノンに向かって鎌を突きだして牽制する。そして片手で鎌を大きく頭上で回転させてから振り下ろした。
大きく後ろに後退して鎌をかわすカノン。
大きく距離を取ったターダ・コチナはカノンを睨み付けながら息を整えている。
「カノン……ゴモシェジェ・ゴドニシェ・ギャヅ!」
そう言って鎌を構え直すターダ・コチナ。
「名雪を助けてみせる……!!」
そう言ってカノンは身構えた。

その時、誰も気がついていなかったが、その部屋の中を不気味な黒いもやのようなモノが取り巻いていた。
「フフフ……我が思惑通りじゃ……いくらカノンが強くともあの女には勝てん……あの力ももう使えんじゃろうしな」
不気味に呟く声が何処からともなく聞こえてくる。
「さぁ、殺し合え。我が望みを潰した罪、このわしが裁いてやろう」

<都内某所・蔦に覆われた洋館 16:39PM>
洋館のすぐ側にKトレーラーはやって来ていた。そのKトレーラーに隣接するように一台のバンが止まっている。
「これがその新兵器ですか?」
斉藤がそう言って雪見が持ってきたトランクケースを見やった。
「そうよ。未だに改良の終わらないブレイバーノヴァとか携帯に不便な上に実績のあまり上がらないジャスティスブレードとかよりも遙かにマシな武器よ」
雪見はそう言って自慢げに胸を張った。
留美はトランクケースを開け、中から雪見の言うところの新兵器を取りだしている。それはやや小振りのバズーカ砲のようにも見えた。
「………無反動砲ですか?」
そう留美が尋ねると雪見は指をパチンと鳴らした。
「惜しい! この状態だと確かにただの無反動砲に毛が生えた程度のモノよ。でもこいつにはもっと凄い秘密があるの」
ニッコリと笑い雪見がそう言う。
「とりあえず時間がそれほどありません。その秘密とかは後にして……」
真剣な顔をして留美がそう言い、それに雪見は頷いた。
「これをどうやって届けるんですか?」
そう尋ねたのは斉藤だった。
それは愚問だったのかも知れない。そして、それを尋ねた斉藤はすぐに後悔することになる。何せ留美と雪見が同時に彼を見て微笑んだのだから。

同じ頃、裏庭では浩平はようやく意識を取り戻していた。
「ううっ……」
呻き声を上げながら浩平はゆっくりと身を起こす。
「……頭いて……」
頭を振って意識をはっきりさせると浩平は立ち上がった。それから周囲を見回すと薔薇の花園の中にタイヤの後が通っている。そのタイヤの後を目で追いかけると洋館にぶち当たり、大きな窓を突き破って部屋の中に見覚えのあるオフロードバイクが止めてあるのが見えた。
「……相沢か……あいつも来たのか」
面白そうに笑みを浮かべ、浩平は洋館に向かって歩き出す。今度は薔薇の邪魔も入らない。その薔薇を踏み分け洋館まで辿り着いた浩平は割れた窓から中に入る。その部屋の中には砕かれたガラス片が飛び散り、その向こう側にロードツイスターと祐一の脱ぎ捨てたヘルメットが転がっているだけだった。
「……何処行った、あいつ?」
周囲を見回してみて、小さく何か音が聞こえてくるのを感じ取った浩平はその音の聞こえてくる方向へと歩き出した。幾つかの部屋を抜け、中庭に続く部屋まで来た彼はそこで何やらトランクケースを抱え震えている男と出会った。
「……何やってんの、あんた?」
「あ、あ、あ、あの……お、俺………」
男は浩平を見ると彼に駆け寄ってきた。何か言おうとするのだが、舌が上手く回らないらしく要領を得ない。
「こ、こ、これを……あ、あの……な、な、中に………」
そう言って男が手に持っていたトランクケースを見せる。
浩平はその男越しに廊下の先にある部屋を覗いてみた。そこではカノンが薔薇の怪人と激しい戦いを繰り広げていた。よく見ると床にはPSK−03が倒れている。
「……あんた、もしかしてPSK−03の関係者か?」
浩平がそう尋ねると男はコクコクと頷いた。
その男からトランクケースを男の手からひったくると浩平はニヤリと笑う。
「こいつをPSK−03に届ければいいんだな?」
再び男がコクコクと頷いた。
「任せろ。あんたはすぐに戻れ。いいな?」
男は先程から頷いてばかりだ。泣きそうな目で浩平に向かって頭を下げるとすぐに部屋から出ていこうとして、踵を返して浩平の側に戻ってくる。
「こ、これも……」
そう言って彼が差し出したのはPSK−03用のバッテリーだった。
「……わかったよ。あんたはさっさと戻った戻った」
浩平は更にバッテリーも受け取ってから、男を追い出すようにそう言い、苦笑した。男が部屋から完全に出ていってから浩平は廊下を進み出す。始めはゆっくり、だが徐々にその足を速めていき倒れたドアを飛び越える頃には彼は走り出していた。
倒れたドアを飛び越えた浩平はカノンと薔薇の怪人との戦闘に巻き込まれないように注意しながら倒れているPSK−03の側に駆け寄る。
「おい、死んでないか?」
「……勝手に人を殺すな。それにこう言う場合普通は『生きているか?』とか『大丈夫か?』だろ?」
倒れたままのPSK−03がそう答えた。動けないのはバッテリーが切れているからのようだ。
「新しいバッテリーと何かわからないが預かってきた。どうすればいい?」
「済まない……背中のバッテリーを外して付け替えてくれ」
PSK−03の指示に従って背中のバッテリーを取り外し、預かってきた新しいバッテリーを取り付ける。
その間もカノンは薔薇の怪人ターダ・コチナの振り回す鎌をかわし続けていた。
ターダ・コチナの鎌を振り回す速度は思いの外速くカノンは近寄ることすら出来ないでいる。更に時折鎌を突きだしてくるので接近をより困難にしていた。
「くそっ……」
ちらりと倒れている名雪の方を見やる。彼女の胸に咲いている薔薇の花の花びらがかなり赤くなっていた。このままでは名雪の命はやばい。一刻も早くこいつを倒さなければ。気持ちばかり焦るが近寄ることが出来ない。
「相沢ッ! 手を貸すぞ!」
不意に後ろからそんな声が聞こえてきた。
振り返ると浩平とPSK−03がそこに立っている。
「折原! 北川!」
「行くぜ! 変身ッ!!」
カノンの呼びかけに答えるように変身ポーズを取る浩平。その腰にベルトが現れ、紫の光を放つ。その光の中、浩平はアインへと変身した。
アインの隣に立っているPSK−03はトランクケースを片手に持っていた。そのトランクケースを開けると中から小振りのバズーカ砲のようなモノを取り出す。
「こいつが……新兵器……?」
『ヴォルカニックキャノン……ブレイバーバルカングレネードモード以上の破壊力があるわ。取り扱いには注意して!』
そう言ったのは留美ではなく雪見だった。
「了解しました!」
潤はそう答えるとヴォルカニックキャノンを構えた。
「あまり時間がない……一気に決めたいんだ。頼むぞ」
カノンはアイン、PSK−03の所まで下がり、そう言った。
事情を知るPSK−03が大きく頷き、アインは答える替わりに拳をならした。
ターダ・コチナは並んで立っている3人を見ても少しも怯まず、鎌を構えて立っている。その目は憎しみに燃えていて、3人を、特にカノンを睨み付けていた。
「……ゴリ・ネヲニジョソ」
そう言うと鎌を持つ手に力を込めた。
「行くぜ!!」
そう言って走り出すアイン。それに続いてカノンも走り出した。PSK−03だけはその場から動かず、二人を援護するかのようにヴォルカニックキャノンの狙いをターダ・コチナにつけてチャンスを待っている。
「ウオラアアッ!!」
右手の鉤爪を伸ばしターダ・コチナに殴りかかろうとするアインだが、ターダ・コチナはそのアインに向かって猛然と鎌を振り下ろした。
慌てて横に飛び鎌をかわすアイン。
そこにジャンプしたカノンがキックを放とうとするが、ターダ・コチナは振り下ろした鎌を振り上げ、その柄でカノンのキックを弾き飛ばしてしまう。
アインがそれを見て再びターダ・コチナに殴りかかろうとするがそれよりも先にターダ・コチナの蹴りがアインを捉えて吹っ飛ばした。
「このっ!!」
PSK−03が援護とばかりにヴォルカニックキャノンの引き金を引く。発射された砲弾がターダ・コチナに向かっていくが、ターダ・コチナはそれを手に持った鎌であっさりと切断してしまう。起こる爆発。かなり近い場所で起こったにもかかわらずターダ・コチナは平然とその場に立っている。
「クッ……何て奴だ……」
呻くように言うPSK−03。
「こいつ、今までの未確認じゃないな……」
片膝をついたカノンがそう言ってターダ・コチナを睨み付ける。
「当たり前だ……こいつは今までお前が戦ってきた未確認共を統率している奴だぞ!」
アインが起きあがりながらそう怒鳴った。
「……なるほど……そりゃ俺を殺したいって訳だ」
そう呟いてゆっくりと立ち上がるカノン。
「こうなりゃ……全力でやるっきゃねぇな!」
「ここで死にたくないならそう言うこった!」
カノンとアインが同時に走り出す。
それを見たPSK−03は自分の手の中にある新兵器を見下ろしていた。
「ダメだ……威力は大きいが、当たらないのなら……」
悔しそうに呟く。
『何言ってるの、北川君。新兵器はそんなモノじゃないわ』
雪見の声が聞こえてくる。ちょっと怒っているような感じがしたのは先程の彼の呟きが聞こえた所為だろうか。
『完成したばかりでまだテストもしてないけど、いい? よく聞いて。ヴォルカニックキャノンが入っていたトランクの中にあるマックスユニットをヴォルカニックキャノンの後部に装着して』
雪見の指示に従い、ヴォルカニックキャノンが入ってきたトランクケースを覗き込む。そこには何やら小さなファンのついたユニットが入っている。
「これが……マックスユニット?」
そう呟くとヴォルカニックキャノンの後部にマックスユニットをはめ込んだ。
「はめ込みました。次は?」
『ガンセイバーにコード999を打ち込んで』
ヴォルカニックキャノンを左手に持ちガンセイバーをホルスターから引き抜いたPSK−03は片手で上手く言われた通りのコード『999』を打ち込んだ。するとガンセイバーはシュートモードのまま折り畳まれていたブレードが起きあがる。
『それをヴォルカニックキャノンに合体させるの。コネクトポイントがあるでしょ?』
PSK−03がヴォルカニックキャノンを見ると確かにガンセイバーが入るようになっている場所があった。そこにガンセイバーをはめ込むとガチッと言う音がしてロックされる。
その瞬間、PSK−03のマスク内のモニターに何かが表示された。それはマックスユニットとガンセイバーの合体したヴォルカニックキャノンの姿。
【MAXVOLCANO SET UP OK】
モニター上にそんな文字が表示される。
「マックス……ヴォルケーノ……マックスヴォルケーノか!」
潤はそう言うとヴォルカニックキャノン改めマックスヴォルケーノをカノン、アインと戦っているターダ・コチナに向けた。マックスヴォルケーノの砲身の上下に倒れていたガイドレールが起きあがり砲身の先にセットされる。更に砲身もガイドレールに接続する上下の部分を残して左右に展開した。
『マックスヴォルケーノ、エネルギー充填開始します!』
斉藤の声が聞こえてきた。
『北川君、エネルギーが充填し終わるまで後15秒よ!』
今度は留美の声。
一方、カノンとアインはターダ・コチナに翻弄されていた。
ターダ・コチナは大鎌を右手に持ち、左手は鞭状に変形させカノン、アインを決して自分の側に近寄らせようとはしない。カノンとアインは何度も接近戦を挑もうとするのだがその度にターダ・コチナの右手の鎌や左手の鞭によって阻まれてしまうのだ。
「くそ、近づけねぇ!!」
アインがそう言って舌打ちする。
「あの鎌と鞭、何とかしないと無理だ……」
そう言ってカノンはちらりと名雪の方を見る。彼女の胸に咲いている薔薇の花びらはもうその大半が赤く染まっていた。もう残り時間はほとんど無いと言っても過言ではない。
(こうなったら……一か八か……あれを使うか……?)
この局面を打破することが出来るとしたら、あの”虚無の力”において他はないように思われた。だが、今日は既に一度使ってしまっている。一日に二度も三度も使えるようなモノじゃないことは彼自身が一番よくわかっていた。
「ウオオオオオッ!!」
雄叫びをあげて大きくジャンプしたのはアインだった。空中で右足を振り上げ、踵落としを狙っていく。
だが、ターダ・コチナは右手の鎌を振り上げてアインの振り下ろした踵を受け止めてしまった。更に持っていた鎌を振り回してアインを吹っ飛ばしてしまう。
「このぉっ!!」
突っ込んでいくカノン。そこにターダ・コチナの左手の鞭が襲いかかる。カノンの首に巻き付いた鞭は、その首を締め上げ、更にターダ・コチナは左腕を大きく振り上げてカノンをも投げ飛ばしてしまった。
同時に床に叩きつけられるカノンとアイン。
「ダメだ……速さが足りねぇっ!!」
アインはそう言って起きあがると両手を胸の前で交差させた。
「激変身ッ!!」
次の瞬間、アインのベルトに納められている青い宝玉が光を放った。その光を受けてアインの身体が青く変化する。
「行くぞっ!!」
床を蹴ってダッシュするアイン。そのスピードは今までのアインとは比べモノにならない程早い。
ターダ・コチナが反応するよりも早くアインはその懐に飛び込み、その勢いを利用して肘を相手の腹に叩き込んだ。
「グウッ!!」
身体を九の字に曲げ、よろけるターダ・コチナだが、更にアインが迫ってこようとするのに気付くとすっと口から何かを吹き出した。それは金色に光る花粉。その花粉はアインの身体に付着すると小さな爆発を起こし、アインを吹っ飛ばした。
「うわっ!!」
「折原! こうなったら……」
吹っ飛ばされたアインを見てカノンは”虚無の力”を使うことを決意した。このままでは名雪が死んでしまう。一刻も早く決着をつけなければならないのだ。その為なら、名雪を救う為ならこの命を捨てても惜しくはない。
「ハッ!!」
両手を顔の前で交差させるカノン。
「相沢、奴の動きを止めてくれ!!」
いきなり潤の声が後ろから聞こえてきた。
その声にカノンが振り返ると見たこともない武器を持ったPSK−03が自分に向かって頷いている。
「わかった!」
カノンはそう言うとターダ・コチナの方を向き、走り出した。
「ゴカグマ!」
ターダ・コチナがそう言ってカノンめがけて鎌を振り下ろすが、カノンはそれよりも早く一声叫んでいた。
「フォームアップ!!」
カノンの声と共にベルトが青い光を放った。同時にカノンの姿が青くなり、その動きも速さを増した。振り下ろされた鎌をかいくぐりカノンはターダ・コチナの直前で横に回る。
「マミッ!?」
そのままカノンが突っ込んでくるものだと思ったターダ・コチナは驚いたように横に回ったカノンの方を見る。
その時、ターダ・コチナの動きが止まっていた。そう、それはPSK−03がカノンに求めた一瞬であった。
「今だ!! マックスヴォルケーノ、フルインパクトッ!!」
PSK−03がマックスヴォルケーノの引き金を引いた。その瞬間マックスユニットについていたファンが高速回転し更に内部のモーターも高速回転し始める。そこに生み出されたのは強力な電力。その電力がマックスヴォルケーノの砲身を伝い、その一番奧にある砲弾を超スピードで撃ちだした。発射された砲弾は真っ直ぐにターダ・コチナに向かっていく。それも信じられない程のスピードで。マックスヴォルケーノ。それはいわゆるレールガンだったのだ。
だが、同時に物凄い反動がPSK−03を襲い、そのまま後ろへと吹っ飛ばしてしまった。
「……!!」
自分に向かってくる超高速の砲弾にターダ・コチナは驚きの表情を浮かべようとして、しかし、それよりも早く超高速の砲弾が直撃、ターダ・コチナを吹っ飛ばす。それだけではない。ターダ・コチナに命中した砲弾はそのままターダ・コチナごと部屋の壁を貫通、幾つかの部屋の壁を貫いて裏庭にまで飛び出していったのだ。更にターダ・コチナの側にいたカノン、アイン共に超高速の砲弾が生み出した衝撃波に吹っ飛ばされてしまっていた。
「うおおっ!?」
「ぐはぁっ!?」
吹っ飛ばされ床の上を転がる二人だが、すぐに起きあがりターダ・コチナが吹っ飛ばされて出来た壁の大穴を見た。いくつもの部屋を貫通し、裏庭がそこから見えた。
「……すげぇ……」
アインがそう呟くのを、カノンは呆然と頷くことしか出来なかった。それから思い出したように名雪の方を振り返る。
ぐったりと倒れている名雪の胸に咲いていた薔薇はカノンが見ているその前で徐々に枯れ始めた。見る見るうちに花びらが萎れ、枯れきった花はまるで灰になったかのように名雪の胸の上で崩れ去る。
「……良かった……」
完全に崩れ去った薔薇の花を見届けたカノンがほっと胸を撫で下ろした。
「あんまりよかねーと思うがな、相沢よ」
アインがそう言い、壁に開いた大穴の方を向いて身構える。
「折原……?」
訝しげにアインを見るカノン。その背中越しに大穴を見ると、遙か向こう側に人影が見えた。外からの光が丁度逆光になるのではっきりと誰とは判別出来ない。だが、そこから漂ってくる異様な気配にカノンもアインも戦慄を覚えていた。
「……なんかやな感じだぜ、相沢」
「……まだ終わってないって事か……」
大穴の向こう側にいる人影は身動ぎ一つしない。
カノンはちらりと名雪の方を振り返り、その顔にやや血色が戻りつつあることを確認すると再び大穴の方を見た。血色が戻りつつあると言っても危険な状態であることには変わりない。一刻も早く病院に運ばないと。
「折原、あまり時間がない」
「あのお嬢さんか?」
「ああ、早く病院に連れて行かないと……」
「……それじゃこっちから行くか」
「……北川、援護、頼むぞ」
そう言ってカノンが一歩前に踏み出すがPSK−03からの返答はなかった。その事をおかしく思ったカノンが振り返ると、そこには驚くべき光景が広がっていた。
PSK−03は先程ターダ・コチナを裏庭まで吹っ飛ばした必殺のレールガン、マックスヴォルケーノを撃った反動で大穴の開いた逆サイドの壁にまで吹っ飛ばされ、その壁に身体がめり込んでしまっているのだ。あちこちから火花とスパークを飛ばし、ぐったりとしている。この様子では中にいる北川潤は意識を失っているだろう。
「……こいつの援護は期待出来ないって訳だ」
アインがちらりとPSK−03の方を見てそう言い、また前を向く。
大穴の先にいる人影はまだ動かない。と、いきなり周囲の空気が大穴の方へと流れ始めた。
「な、何だ!?」
驚きの声をあげるアイン。
大穴に向かって吹いている風の中に紛れてカノンやアイン、PSK−03,名雪の周囲から黒いもやのようなものが現れて大穴の向こう側にいる人影に向かって飛ばされていく。イヤ、そうではない。まるで黒いもや自体が意思を持っているかのようにその人影に向かって集結していく。
「……フフフ……」
何処からともなく不気味な笑い声が聞こえてきた。
「この声は……」
さっと周囲を見回すアイン。
カノンは身動ぎもせずに大穴の向こうにいる人影を見つめている。
「死んだんじゃなかったのかよ?」
「……しつこそうだったからな、あの婆さん」
まだ周囲を見回しているアインにカノンが言う。
「身体が滅んで魂だけで生きていても不思議には思わないぜ、俺は」
「……それもそうだよな。何せ魂の移し替えなんてやれるんだからな」
アインはそう言うとカノンと同じく大穴の向こう側にいる影を見た。彼らの周囲から飛び去っていった黒いもやは人影の周囲をまるで渦を描くように取り巻いている。
「フフフ……この様な形で再び相見えることが出来るとはな」
また聞こえてくる不気味な声。だが、もうカノンもアインも驚くことはなかった。じっと大穴の先に立つ人影を見つめている。
「今度こそ死んで貰うぞ、カノン、アイン」
不気味な声がそう宣言し、黒いもやが人影に吸い込まれていく。黒いもやが完全に人影に吸い込まれると、人影がすっと浮き上がった。そして物凄い速さで大穴の中へと突入し、一気にその部屋にまで戻ってくる。部屋の中央にまで来るとそのまますっと床に降り立った。
「……こ、こいつは……」
部屋の中央に立つその姿を見て、アインが驚きのあまり一歩足を引いてしまった。首が90度折れ曲がり、右腕があり得ない方向に曲がり、左足が3カ所程折れ曲がりそこからは骨が飛び出している。腹部にはマックスヴォルケーノの直撃を受けたのであろう、穴が開きかけており、そこからは内臓と血がしたたり落ちている。見るも無惨な姿だが、それはターダ・コチナに違いなかった。
「地獄への道連れは多い方がいいじゃろう? お前達の後はそこで気を失っている二人じゃ」
ターダ・コチナの折れ曲がった首の先にある口が開き、不気味が声が漏れだしてくる。
「悪いが地獄へ行くのはお前一人だ」
そう言ってカノンが身構えた。
「この世に未練が多すぎたか、婆さんよ。きっちり引導、渡してやるぜ」
指をパキパキ鳴らしてアインがそう言う。そしてすっとジャンプ。身体を捻りながら回し蹴りを放っていく。
ターダ・コチナの身体に入り込んだ黒いもやは既に魂を失った身体を支配下におき、折れた右腕でアインの蹴りを受け止めた。そうしておいてからアインの方へと身体を倒していく。押し倒されそうになったアインはもう片方の足でターダ・コチナの胸を蹴って後ろへと飛び距離を取ろうとしたが、その足にターダ・コチナの左腕の鞭が巻き付いた。
「何っ!?」
驚きの声をあげるアインをターダ・コチナは大きく振り回し、そのままの勢いで床に叩きつけた。ベキッと言う音がして木製の床板が割れアインの身体が床下に落ち込む。
「うおおっ!!」
青から白に戻ったカノンが拳を振り上げ、ターダ・コチナに向かっていくがすっと足を引いてそのパンチをかわしてしまうターダ・コチナ。イヤ、かわそうと引いた足は折れている左足だったので踏ん張ることが出来ずにそのまま倒れてしまう。だが、倒れ込みながらも左腕の鞭を振るい、カノンの足を払っている。
「うわっ!?」
足を払われたカノンが背中から倒れるが、すぐに床を転がって身を起こす。ほぼ同時に何か見えない力で引っ張り起こされるかのようにターダ・コチナも起きあがっていた。警戒するようにターダ・コチナを見て、カノンは身構えた。そしてすっと足を前後に開き腰を落とす。右手の平を上にして突き出し、そのまま水平に左へと移動させていく。右手があるところまで来るとさっと返し、そしてジャンプ。空中で膝を抱えて一回転してから右足を突き出した。
「ウオオリャアアアッ!!」
雄叫びと共にカノンの右足が光に包まれ、そのままターダ・コチナに直撃して吹っ飛ばす。
吹っ飛ばされたターダ・コチナが壁に激突して倒れるが、また何か見えない力で引っ張り起こされるかのようにあっさりと起きあがってきた。その胸、丁度カノンのキックが直撃した辺りには古代文字が刻み込まれていたがターダ・コチナは苦しむような素振りは見せず、平然と立っている。
「何だ……効いてないのか?」
着地し、ターダ・コチナの方を見たカノンが驚きの声をあげた。
通常ならばカノンのキックを喰らい古代文字を刻み込まれた未確認生命体は悶え苦しむようにしてから全身に古代文字からのひびを走らせ爆発する。今まで例外はなかった。そう、たった今までは。
「フフフ……いくら貴様の力が強くとも小奴には敵うまい」
また聞こえてくる不気味な声。それはやや自信があるようにも聞こえてくる。
「貴様は格上の相手に無謀にも戦いを挑んだのじゃ、カノン……勝てなくて当たり前」
ターダ・コチナが、自分のものとは違う声で喋りながらふらふらとカノンに歩み寄っていく。
「さぁ、ゆっくりとあの世に送ってやろう……」
折れた右手をカノンに向けて伸ばすターダ・コチナ。
その手を払い除け、カノンは近寄ってきたターダ・コチナを蹴り飛ばした。
「ふざけるな、死に損ないっ!! そう簡単にやられてたまるか!!」
カノンがそう怒鳴り、両手を顔の前で交差させた。
「あの力を使っていいのか?」
倒れたターダ・コチナがそう言って身を起こす。折れ曲がった首の先にある顔がニヤニヤと笑みを浮かべる。
「そう何度も使える力ではあるまい……今日は一度使ったのだろう? また使うか?」
「クッ……」
動きを止めるカノン。
「フフフ……死ねっ!!」
カノンがその動きを止めたのを見てターダ・コチナは左手の鞭を振るった。鞭が唸りを上げて飛びカノンの首に巻き付く。そしてそのまま大きく振り回し始めた。遠心力が加わりカノンの首がどんどん締め上げられていく。
「グッ……グウウ……」
手を首に食い込んでいる鞭に引っかけ、何とか引きはがそうとするが上手く力が入らない。更に遠心力のおかげで身体が外へ外へと引っ張られてしまい、腕も上がらなくなってきていた。
「よく聞け、カノン……貴様は我が大望を潰したという大罪を背負っている……今ここでその罪、贖わせてやろう! 貴様の命でな!!」
ターダ・コチナが鞭に絡め取ったカノンを床に叩きつけた。アインの時と同じように床板が割れ、そこにカノンの身体が挟まってしまう。
「クウウウ………」
何とか抜け出そうと手を伸ばすカノンだが全身の予想以上のダメージと思ったよりも深く身体が入り込んでしまっているのとで抜け出すことが出来なかった。
そこにふらふらと歩み寄っていくターダ・コチナ。
「まだ生きているようだな……なかなかしぶとい……」
「お前に言われたくはないな」
そう言ってターダ・コチナを見上げるカノン。
「……貴様に一つ聞かせて貰いたいことがある。貴様、何の為に戦う?」
割れた床板に挟まっているカノンを見下ろし、ターダ・コチナが尋ねてきた。
「……何の為に、だと……?」
訝しげに問い返すカノン。
「そうだ……ヌヴァラグと戦ったところで貴様には何の得にもならん……なのに傷付き疲弊してまで何故戦う?」
「……みんなを守る為だ!!」
真剣な声で問いかけてくるターダ・コチナに対して、カノンは即座に答えた。
「未確認の勝手な殺戮からみんなを、罪のない人々を守る為だ!!」
「……それは誰かに頼まれたことか?」
「何っ!?」
「それは貴様の勝手な思いこみではないか、カノンよ?」
「ど、どう言う意味だ……?」
ターダ・コチナの言葉にカノンは思わず問い返していた。
「この地球に生きる何億という人類……その全てがお前の戦いに関心を持っている訳ではあるまい。自分さえ大丈夫ならいいと言う輩、他人などどうでもいいと言う輩……圧倒的多数のそんな輩の為に貴様は戦っていると言うのか?」
その言葉にカノンは押し黙る。
「かつてもそうであった……ビサンの戦士達は人類を守ると言って次々と死んでいった。だが、誰がそれをありがたがった? 数多くの者がカノンとなり、命をかけて戦いヌヴァラグを封印し、しかし結果的には自らも封印されてしまった……それが貴様らの求めた結果なのか?」
ターダ・コチナはそこで言葉を切った。じっと黙り込んでしまったカノンを見下ろし、また口を開く。
「誰も喜ばん……誰も感謝せん……それが当たり前のように……」
何処か哀しげな声だと、カノンは感じた。
今、彼の前にいるのは未確認生命体ターダ・コチナではない。水瀬一族を率いてきた老婆でもない。それは遙か古代よりずっと生きてきた者の思念そのものだった。
「それでも貴様はこの星の人類を守ると言うのか!?」
急に激しい口調になるターダ・コチナ。
「考えて見ろ。この星に生きる人類は……宗教、人種、その他色々なことですぐに対立し、殺し合う……そんな悪意に満ちた連中を、お前は何故命をかけて守ろうとするのだ!? かつてのビサンは自らカノンを、アインを生み出しておきながらヌヴァラグを封印した後は奴らの為に戦ったカノンを、アインを排斥し、封印の楔として同じように封印した! 今とて同じ事! 貴様は小奴らヌヴァラグと同じ未確認生命体と呼ばれ恐れられているではないか!! そんな貴様らの戦いを……誰が感謝する!! 誰がありがたがる!! 誰が喜ぶと言うのだ!!」
何故かはわからない。そこに例えようのない哀しみがあることをカノンは、祐一は感じ取っていた。
「いずれ貴様らも排斥される! この地球に……悪意に満ちた人類に貴様らの行動などわかって貰えようはずがない!! 貴様らを英雄として迎えようと言う者などいるはずがない!! それでも……それでも貴様は戦うと言うのか!? この星の人類を守る為に!?」
何も言い返すことが出来ず、答えに窮するカノン。
上からカノンを睨み付けるターダ・コチナ。
沈黙がその場を支配する。だが、それは長くは続かなかった。
ダァーンッ!!と言う銃声がし、ターダ・コチナの身体がよろめいた。
「何やってる、祐の字ッ!!」
聞こえてきたのは国崎の声。ライフルを構えた彼が部屋の中に飛び込んできたのだ。部屋の中に入ってきた国崎は倒れている名雪をかばうようにその前に立ち、膝をついた。
「このお嬢さんが危ないんだろうが!! さっさとそいつを倒せ!!」
国崎に怒鳴られ、カノンははっとなった。
今、何の為に戦っているか。今は誰の為に戦っているか。
今は名雪を助ける為に、今は許しを求めた名雪の為だけに。
「俺は……俺は……!!」
ぐっと拳を握りしめ、全身に力を込めるカノン。
「大切なものを、大切な人を守る為に戦っているんだ!! 誰かに感謝とか誰かにありがたがって貰う為じゃない!!」
メキメキメキッと言う音がしてカノンを挟み込んでいた床板が割れ、その中からカノンが飛び出してきた。
いきなり飛び出してきたカノンに怯んだかのように足を引くターダ・コチナ。
「結果なんかどうでもいい……後で恐れられて排斥されたっていい……俺は……今の俺は……名雪を守る為だけに戦う!!」
そう宣言し、カノンは両手を顔の前で交差させた。本日二度目の使用と言うこともあってか一瞬躊躇いを見せる。
(……名雪の為……名雪を守る為なら……俺はどうなってもいい!!)
だがすぐに決意し、一気に両腕を振り払った。同時にベルトの中央の霊石が光を放った。その光の中、カノンの全身に黒いラインが走り、目が金色に変わる。
(この力を使える時間は短い、一気に勝負をつける!!)
すっと足を前後に開き、腰を落とす。そして左手を前に突き出してそこに十字を描き、すぐにその中心を右手で打ち抜いた。
あの力をカノンが使ったことに驚いているターダ・コチナの背後に現れる虚無の十字架。
「ウオオオオオッ」
雄叫びをあげて走り出すカノン。
「お、おのれっ!!」
ターダ・コチナの身体がすっと宙に浮き、そのままカノンに向かって突進していく。
だが、その前に、床板を下からぶち破ったアインが飛び出してきた。
「オラアアアアッ!!」
「な、何だと!?」
驚きの声をあげるターダ・コチナに向かってアインは大きく振り上げた右足の踵を叩き込んだ。そしてそのまま叩き込んだ右足を軸にしてジャンプする。その後ろには身体を捻りながら両足を揃えたキックの体勢のカノンの姿が!
「な、何……」
何か言いかけるターダ・コチナに直撃するカノンのキック。
吹っ飛ばされたターダ・コチナの身体が虚無の十字架に貼り付けられる。
「な、何故だ!! 何故貴様らは戦うのだ!!」
「言っただろう……名雪を助ける為だ……」
メキメキッと言う音をさせながら十字架の中に折り畳まれていくターダ・コチナ。
「……例えそうだとしても……貴様は……」
「わかって貰う為じゃない。わかって貰えなくても構わない。俺がただ、名雪を守りたい、それだけだ」
そう言って十字架上のターダ・コチナを見上げるカノン。
「それが罪だと言うのならそれでも構わない。その罪を背負って俺は名雪を、大切なものを守り続ける」
「き、貴様ァッ!!」
「……今度こそ……虚無に消え去れっ!!」
カノンが十字架に背を向けてそう言うのと同時にターダ・コチナの身体が完全に十字架の内側に引き込まれ、そしてその十字架が消えていく。
「……やったな、今度こそ」
そう言ったのはアインだった。言いながら変身を解き、浩平の姿に戻る。よく見れば頭から血が流れ落ちていた。どうやら床に叩きつけられた時に打ちつけ、切ってしまったようだ。
「……大丈夫か?」
カノンも祐一の姿に戻り、そう声をかけるが浩平は呆れたように首を左右に振って肩を竦めた。
「おいおい、声をかける相手が違うだろ? お前はあの子を連れてさっさと病院へ直行しろよ」
そう言って倒れている名雪に向かって親指を向ける。
「ああ、済まない」
祐一がそう言い、浩平の横を通り抜けようとすると、浩平はその背をポンと叩いた。
「絶対に……守ってやれよ、お前は」
「折原……?」
「じゃあな! 生きてたらまた会おうぜ!」
祐一にそう言うと浩平は大穴から表へと逃げるように去っていった。
その背を見送った祐一はすぐに倒れている名雪に駆け寄った。
「……名雪……」
心配そうな顔をして名雪の顔を覗き込む祐一。
「救急車は手配してある。それに……この分だと大丈夫じゃないか?」
祐一の横から名雪の顔を覗き込んだ国崎がそう言った。確かに彼の言う通り血色はかなり戻り、呼吸も安定している。この調子なら後は関東医大病院の医師・霧島聖に任せれば安心だろう。
「良かった……良かった……」
そう言って祐一は肩の力を抜き、目から涙を零し始めた。
その涙の一滴が、名雪の頬に落ち、ゆっくりと名雪が目を開く。
「……祐一……?」
「名雪ッ!?」
目を覚ました名雪に、祐一は驚き、そして思わず抱き上げていた。
「名雪……良かった……」
「……泣いてるの、祐一?」
名雪の言葉に祐一は答えず、替わりに彼女を抱きしめる腕に力を込める。
「ちょ……痛いよ、祐一……」
そう名雪が言うが祐一は腕の力を緩めようとはしない。
泣きながらひたすら「良かった」を繰り返すだけである。
「……祐一……ゴメンね……」
不意に名雪がそう呟いた。
はっとなったように祐一が顔を上げ、掴んでいる腕の力を緩めて名雪を離すと彼女の顔を見た。
「……名雪……」
「また……迷惑かけちゃったね……ゴメンね、祐一……」
申し訳なさそうに言う名雪。
祐一は何か言おうとして、ハッと思いとどまった。不意に思い出されたことがあったのだ。
『名雪がああ言うことを考えたのは祐一さん、あなたの所為でもあるんですよ』
『祐一さんが名雪に告白したと言うことは聞きました。それであの子はこう思ったのでしょう。今の自分は人々を未確認生命体の手から守る祐一さんには釣り合わない、それどころかそんなあなたに敵対してしまった。だからこそ、その罪を償わなければならない……』
『贖罪……か』
『そう、それだ。君はおそらく彼女を無条件に許すだろう。それでは彼女の気が治まらない。一生、彼女は君に対して悪い、と言う思いを抱き続けることになる』
『……相沢君がよくても名雪的にはよくないって事ね。たとえ相沢君がずっと名雪と一緒にいたいと思っても名雪があなたに対して罪悪感を持っている以上、何時かは破局が訪れるわ。だから……』
名雪の母、水瀬秋子。関東医大病院の医師、霧島聖。そして名雪の親友、美坂香里。その3人に言われたことを思い出したのだ。
「……悪いと……俺に対して悪いと思っているなら……」
祐一は俯き、名雪の顔を見ないようにして絞り出すかのように言う。
その声を聞いた名雪が不安げな表情を浮かべる。不安そうだが、仕方ないと言った諦めの表情を。
「……お前の一生をかけて償ってくれ」
そう言って祐一は名雪の顔を見た。
「祐一、今なんて……?」
「お前が悪いと思っているなら一生をかけて俺に償ってくれればいい……俺はそれで充分だ」
真剣な顔をして祐一はそう言う。
「……祐一……それで……それだけでいいの? わたし、一度は祐一のこと、殺そうとしたんだよ? お母さんにも酷いことしたんだよ? みんなに物凄く迷惑かけたんだよ?」
「だからこそ……お前の一生をかけて償えって言ったんだよ。いいか、よく聞けよ。俺はなかなかしぶといぞ。なかなかお前を許さないかも知れないからな。覚悟しておけよ」
祐一はそれだけ言うと微笑んで見せた。
「……祐一……祐一ぃっ!!」
思わず涙ぐんだ名雪が祐一に飛びつく。
「やれやれ……お熱いこった……」
国崎はそう呟くと、そのまま部屋から出ていった。

「祐一、本当に……本当にそれでいいの?」
「馬鹿……何度も言わせるな……」
「一生……一生側にいるよ、祐一の……祐一が許してくれるまで……許してくれなくても……」
「ああ……それでいい……」

<都内某所・あるマンションの屋上 17:29PM>
遠くから救急車のサイレンの音が聞こえてくる。
国崎が手配したものだろう。
それを聞きながら一人の女性が蔦に覆われた洋館を見下ろせるマンションの屋上に空から降り立った。そう、空から、である。
首には白いスカーフを巻き、白いスーツを身に纏った女性。
その女性は蔦に覆われた洋館を見下ろすと、すっと目を細め、口元に笑みを浮かべた。
「……ターダバ・ニヲジャ……」
そう呟くと女性はすっと首に巻いたスカーフを翻し、蔦に覆われた洋館に背を向ける。
「シュジバ・ゴモヴァシャニ・モタヲジャ」
言いながら、こぼれる笑みを抑えられないと言った感じで女性は笑い出す。それはもう楽しくて楽しくてたまらないと言った感じで。
夕焼けの空の元、その女性の笑い声が遠く響いていく。

それはまた新たな戦いの始まりの合図。
祐一も国崎も、この先に待っている運命をまだ知りはしない、知り得ようはずもない。
この先、彼らを待つ新たな敵、新たな運命……果たしてそこに何があると言うのか。
今は誰もそれを知る由もない。

仮面ライダーカノン第3部「水瀬一族編」完

Episode.50「断罪」Closed.
To be continued next Episode. by MaskedRiderKanon


次回予告
照りつける太陽、眩しい海。
喫茶ホワイトの一同と共に佳乃の故郷にやって来た祐一。
そこで起こる謎の怪事件。
祐一「な、何だ……?」
聖「そんな……まただと言うのか!?」
消えた佳乃を追う祐一の前に現れる謎の敵。
そして同じ頃、東京に現れる亡霊剣士の正体とは?
舞「こいつの相手は……私がする……」
国崎「事件の核は……あそこにありって事か?」
運命に翻弄される一人の少女、彼女を中心に、新たな物語が紡がれる。
それは1000年の恩讐……。
次回、仮面ライダーカノン「帰郷」

仮面ライダーカノン第4部「AIR編」開幕

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