<都内某所・蔦に覆われた洋館 17:37PM>
洋館の前に止まった救急車に運び込まれていく水瀬名雪。その横には心配そうな顔をした相沢祐一が付き添っていた。
「祐一、大丈夫だよ……」
「いや、絶対について行くからな」
照れたように頬を赤くする名雪に対して祐一は大真面目に言う。どうやら名雪のことが余程心配のようだ。確かに彼女はターダ・コチナによってかなり手ひどい傷を負わされている。危うく命まで失いかけた程だ。今は多少回復しているようだが、それでも早く病院に運んだ方がいいことに変わりはないだろう。
「目を離してまた逃げられたら今度こそ秋子さんに会わせる顔がない」
「もう逃げないよ……逃げる理由もないし……」
ムッと頬を膨らませて名雪が言い返す。
それを聞いた祐一が微笑みを浮かべ、そしてそのままその場に倒れてしまった。
「ゆ、祐一!?」
いきなり倒れた祐一を見て驚いた名雪がストレッチャーの上で身を起こした。慌てて救急隊員が倒れた祐一の側に片膝をつく。
「おい、担架、もう一個持ってこい!!」
その救急隊員が別の救急隊員に向かって大声でそう言い、ストレッチャーではなく担架を声を掛けられた救急隊員が持ってきた。二人で倒れた祐一を担架に乗せる。
「その二人は関東医大病院に運んでやってくれ。そこの霧島 聖って奴が担当だ」
救急車の側を通りかかった全身黒尽くめの男が祐一を乗せた担架を持ち上げている二人にそう声を掛ける。彼の名は国崎往人。警視庁未確認生命体対策本部所属の刑事だ。もっとも傍目にはとても刑事には見えないが。
「向こうには連絡してあるから気にしないで行ってくれ」
「わ、わかりました」
救急隊員がそう言って祐一を名雪と同じ救急車に乗せた。後部ドアが閉まり、その救急車が走り出すのを見送ってから国崎は後頭部をかく。
「……ったく、最近あいつの尻ぬぐいばっかりしてねぇか、俺?」
そう言って国崎は蔦に覆われた洋館の玄関へと向かって歩き出した。
未確認生命体のリーダー的存在であったターダ・コチナが隠れ家としていたこの洋館。勿論それを国崎が知る由もないが未確認生命体がここに隠れ住んでいたというのは紛れもない事実である。ここを調べれば何か未確認生命体についてわかるかも知れない。それでなくても現場検証は行われるだろう。先に中にいても別段文句を言われることはないはずだ。
「さて、少しでも何か手がかりになる物があれば良いんだがな……」

<Kトレーラー内部 17:54PM>
倉田重工の誇る対未確認生命体対策チーム、PSKチームは重い雰囲気の中、彼らの本部である倉田重工第7研究所へと向かっていた。
トレーラーの中に設えられたオペレータールームの中にはチームリーダーの七瀬留美、オペレーターの斉藤、装備開発部主任の深山雪見の3人しかいない。本来ならばPSK−03を装着する北川 潤もいるはずなのだが、彼はそこにいなかった。彼の代わりと言っては何だがボロボロになったPSK−03の各パーツが並べられている。
「……また……私の所為ね」
重い沈黙を破って雪見が言う。
「いつだってそうだわ。私が何か新しいものを開発すると……」
「そ、そんな事は……」
斉藤がそう言うが、その隣に座っていた留美は小さく首を左右に振った。
「深山さんの所為だけじゃありません。深山さんの開発した物はいつだって私の想像を超えていた……私の開発したPSK−03が深山さんの開発した物に追いつけなかった……」
留美はそう言うと顔を上げ、悲しげに微笑む。
「私達は北川君を傷つけてばっかりですね」
「……彼には……いくら感謝しても感謝しきれないわね」
雪見も留美と同じような笑みを浮かべた。
一体二人は今、何を思っているのだろうか。あまりにも悲しげな微笑み。斉藤は何ともいたたまれない気持ちに囚われていた。
この場にいない北川 潤は瀕死の重傷を負い、救急車で病院に運ばれている。PSK−03の新兵器、マックスヴォルケーノの発射時の反動にPSK−03が耐えきれず吹っ飛ばされてしまったのだ。その時の衝撃はPSK−03の強化装甲に大ダメージを与え、装着員である潤自身にも深刻なダメージを与えていた。顔面蒼白になり、意識不明の潤。見るからに彼が危険な状態であることは疑いがない。彼は大至急病院へと移送されたのだ。今頃は緊急手術が行われているだろう。
「……北川さん、死ななきゃいいけど……」
斉藤がぽつりと漏らしたその一言に留美と雪見が顔を上げて彼を睨み付けた。
「何言ってるの、斉藤君っ!!」
「北川君が死ぬわけないでしょ!!」
「そんな不謹慎なこと言わないで!!」
「今度そんな事言ったら只じゃおかないわよっ!!」
「は、はいっ!! 申し訳ありませんっ!!」
二人の女性の物凄い剣幕に斉藤は泣きそうになりながらそう答えるのであった。

<都内某所・路上 18:03PM>
黒いオンロードバイクを道の脇に止め、折原浩平は近くにあった自動販売機に歩み寄った。ポケットから小銭を取り出すと自動販売機に入れ、ボタンを押す。ガシャンと言う音と共に落ちてきた缶を取り出し、プルタブを開けて一気に飲み干す。
「ふ〜……」
大きく息を吐き、浩平は飲み干した缶を手の中で転がした。
「さて……これからどうしものか」
そう呟きながら自動販売機横のゴミ箱に空き缶を投げ入れる。
相沢祐一への借りは充分返せたはずだ。あれで足りないと言うような奴でもないだろう。それにあの老婆に対する借りも返してやった。これからは自分の本来の目的、つまりは自分の母や妹の命を奪った「教団」という組織をぶっ潰すのが最優先課題になるだろう。
だが、教団は一体どれほどの規模の組織なのか、どこにその本拠地があると言うのか、浩平は全く知らない。それに奴らが行おうとしている、いや、実際にはもう始まっているのかも知れない”聖戦”と言う名の計画。その正体すら彼にはわからない。
「情報が少なすぎるんだよな……」
闇雲に歩いて出会えるような相手ではない。何しろ相手は世界征服を企むようなそんな組織だ。その尖兵としてカノンやアイン、果ては未確認生命体が体内に持つ霊石、魔石を何処かからか回収して来、新たに改造変異体と呼ばれるいわば改造人間を生みだしているぐらいなのだから。
浩平は教団の手によってある霊石を体内に埋め込まれ、戦士・アインへと変身する能力を手に入れた。だが、彼は母の、そして大切な妹の仇を取る為に教団から脱走、復讐する為に各地を彷徨っているのだ。教団の手がかりを求めて。
彼が霊石を埋め込まれた施設は既に放棄されている。全く、何の痕跡も残さずに、だ。教団を脱走し、しばらく旅をしながら教団と戦えるように特訓した後にそこを訪れた彼は教団に繋がる物を何一つ見つけることが出来ず、仕方なしに東京に出てきて様々な事件に巻き込まれている。
「やっぱり頼みはあのお嬢さん達か……」
かつて浩平に接近してきた”名倉由依”そして”巳間晴香”。二人とも教団に所属していると言っていた。更に彼に直接コンタクトを取ろうとしてきた人物もいる。そいつの身分は不明だが、浩平を自分の仲間に引き入れ、何かをしようという腹づもりだったのだろう。勿論、教団に少なからず恨みを持つ浩平が首を縦に振る訳はなかったが。
この3人、いや、先の二人に会うことが出来れば何か情報を聞き出せるかも知れない。
「まぁ、そんなにこっちの思うようにはいかないだろうがよ」
そう呟き、浩平は今思いついた考えをあっさりと捨てた。誰かに借りを作るのは好きじゃない。利用されるのはもっとゴメンだ。名倉由依、巳間晴香にしたって何かをさせたいが為に俺に近寄ってきたに違いない。
「結局……いつも通りか」
そう言って浩平が愛車の側に歩み寄ると一台の黒塗りのベンツが停車した。後部座席の窓が開き、中に乗っている男が顔を見せる。
「久し振りだねぇ、折原君」
ニヤニヤ笑いながら男がそう言う。
「どうかな、調子は?」
「御陰様でな。すこぶる絶好調だよ」
嫌味っぽく浩平はそう言ったが相手には通じなかったらしい。相変わらず男はニヤニヤ笑い続けている。
「それはよかった。そんな君に一つ面白い情報をあげよう」
「それはそれはご丁寧に」
「瀬戸内海のある無人島に教団の実験施設がある。私が直接関与している施設ではないのでね、それほど詳しいことはわからないが……とりあえずこう言った情報、君は捜していたのだろう?」
男がそう言ってニヤニヤ笑いを顔に貼り付けたまま浩平を見上げる。どうだ、と言わんばかりの勝ち誇った表情。
「……おもしれぇ……その話、乗ってやろうじゃねぇか」
相手の表情は気に入らなかったが浩平はあえて頷いてみせた。この男の言う通りだったからだ。
教団の情報はどんな小さな物であっても欲しい。だが、教団はその存在を巧妙に隠し、外に情報を漏らすようなへまはしない。時折、財界や政界の要人を暗殺する為に改造変異体を送り込んできたりもするがその大半はカノンやアインが始末している。勿論、倒された改造変異体から情報を得ることなど出来ない。浩平は常に後手に回されてきたのだ。
「フフフ……君なら上手くやってくれると信じているよ」
男はそう言うと窓を閉め、車を発進させた。
走り去っていく黒いベンツを見送りながら浩平はチッと舌打ちする。結局上手く利用されてしまっている。瀬戸内海にある施設が一体どう言うものかはわからないがあの男にとって邪魔な物なのだろう。それで自分にその施設を破壊させようとしているのがありありとわかる。あの男が何を考えているかはわからないが、教団側が一枚岩でないのはこちらとしても助かることだ。
「……やってやるしかないか……後はなるようになれ、だ」
そう呟き、浩平は愛車ブラックファントムに跨った。エンジンを掛けると一気に発進させる。
行く先は一つ。あの男が言った瀬戸内海にあると言う教団の実験施設。そこで一体どう言った実験が教団の手によって行われているのか、それにも興味がある。もしかすれば教団の本拠地に繋がる情報もそこにあるかも知れない。何にせよ、そこに行ってみなければどうにもなりそうにない。このまま東京にいても何の手がかりもえられないなら。
浩平の駆るブラックファントムは物凄いスピードで東京から出、瀬戸内海へと向かっていった。

<都内某所・廃工場 20:32PM>
そこはかつて彼が潜伏場所として使っていた場所だった。
一台のトレーラーがそこには放置されており、その中には一人の女性が寝かされていた。息をしていないその女性は美しく化粧され、真っ白いドレスに身を包んでまるで眠っているかのようだ。
「綺麗……ですよ、葵さん」
トレーラーの後部ハッチの所に立っていた男がそう言って女性を見やる。サングラスを掛けたその男は、とても悲しそうな雰囲気を全身に纏わせながらしばらくの間女性を見ていたが、やがて思いを振り払うように首を左右に振ると女性に背を向け、ハッチから飛び降りた。そしてトレーラーの周囲に用意して置いたガソリンを撒くと、トレーラーから離れていく。
廃工場の入り口付近に停めてあったアメリカンバイクの所まで来ると彼はトレーラーの方を振り返った。そして首からかけてあったロケットを右手で握りしめる。
「……葵さん、あなたのことは一生忘れませんよ。私の生ある限りあなたは私の中で生き続けるんです。陳腐な台詞ですが……偽らざる私の本心ですよ」
男はそう言うとポケットからマッチを取り出した。
「私もね、あなたのことが好きでしたよ……サヨナラ、葵さん……」
そう言ってマッチに火をつける。その火のついたマッチをガソリンを撒いたトレーラーの方へと放り投げ、そして結果を見ずに停めてあったアメリカンバイクに跨る。すぐにエンジンを掛けると彼はそのまま廃工場から出ていった。
背後ではマッチの火がガソリンに引火し、一気に燃え上がっている。その炎はすぐにトレーラーへと燃え移り、全てを炎へと包み込んでいった。
アメリカンバイクに乗ったその男は燃え上がる廃工場を振り返ることなく夜の街へと消えていく。その男の名はキリト。運命に弄ばれ、自ら望んだ訳でもなく戦士・オウガへと変身する力を持つことになってしまった男。果たして彼は一体何処へ行くのか。

<関東医大病院駐車場 3日後 11:23AM>
決して少なくない荷物を彼は止めてあるサイドカーに後ろにくくりつけていた。途中で落ちたりしないよう、しっかりとロープを使って。
「行くんですか?」
「ええ、これ以上世話になる訳には行かない」
自分の後ろから声を掛けてきた女性に、彼は振り返りもせずに答えた。手元では先程と同じ作業を続けている。
「もう少し待って貰えれば姉さんが……」
「いや……真奈美は俺がこの手で治してやりたいんだ」
そう言って彼は手を止め、後ろを振り返った。そして、口元に笑みを浮かべる。
「勿論、それは叶わないかも知れない。でも側にいてやりたいんだ」
「いえ……あなたならきっと出来ますよ」
彼にそう言い、自らも笑みを浮かべてみせる女性・水瀬秋子。
そこに車いすを押しながら看護婦と女医がやってきた。車イスには一人の女性が座っている。その女性は虚ろな眼差しで一体何処を見ているのか。車イスにも座っていると言うよりも座らされているような感じだった。まるで人形のように。
「すいません、お手間を掛けます」
彼はそう言って看護婦から車イスを受け取るとサイドカーの側へと運んでいく。そしてそっと女性を抱き上げるとサイドカーの助手席部分にそっと座らせてやる。シートベルトを締め、彼女の身体を固定すると彼は立ち上がった。
「今までお世話になりました。どうもありがとうございます」
「いや、我々はほとんど何も出来なかったんだ。礼を言われることは……」
「いや、言わせてください。あなた方は全力を尽くしてくれた。それで充分です」
言いながら頭を下げる彼に女医・霧島 聖は少し困ったような顔をした。ちらりと横にいる秋子の方を見ると秋子は先程と同じく笑みを浮かべたまま小さく頷いている。
「……何かあったらいつでも訪ねてきてくれ」
聖はそう言うと自分の名刺を取り出し、それを彼に手渡した。
「そこに電話してきてくれればいい。電話は24時間受け付けているからな」
「……ありがとうございます、先生」
再び彼が頭を下げる。
「……これからどこに行くんですか?」
そう言ったのは秋子だった。
「あてのない旅は……」
言いかける秋子を手で制し、彼は彼女を見て微笑む。
「大丈夫、心当たりはあります。とりあえず……何処か静かな場所で、こいつに綺麗な景色を見せてやりたい。ずっと前から約束していたんですよ、真奈美と二人で何処かの田舎で暮らそうって」
「そう……ならいいわ。頑張ってね、山田さん」
「……相沢やお嬢さんによろしく伝えてください。それじゃ」
彼はそう言うとサイドカーに跨った。そしてエンジンを掛け、ゆっくりと発進させる。駐車場を出るとサイドカーは一気にスピードを上げ、彼方へと消えていった。
「……行ってしまったが……本当にこれでよかったのか?」
走り去っていくサイドカーを見送りながら聖が言う。サイドカーの助手席部分に乗っている女性は完全に心を壊されてしまっている。どうすれば回復するのか聖には全く見当もつかなかった。そもそもどう言った方法で心を壊されてしまったかすらわからないのだ。もはやどうしようもなく、彼女は匙を投げるしかなかったのだ。
「……真奈美さんは何時か必ず直りますよ。彼女は決して死んでないのですから」
聖の横に立っている秋子がそう言って微笑んだ。彼女は知っているのだ。サイドカーの助手席部分の座っている女性がどうやって心を壊されたかを。誰がそれをしたかを。だが、それを話したところでどうしようもない。現代医学ではどうしようもない。だが、希望はあった。秋子の姉なら、多大なる精神干渉能力を持つ姉ならきっと彼女を治すことが出来ただろう。しかし、彼女の恋人である彼はそれを断った。どうしても、自分の手で彼女の心を元に戻したいと言ったのだ。それを止めることは秋子には出来ない。それに……聖にも言ったが彼女は心を壊されただけで別に脳死とかそう言うものではない。回復する見込みは充分にある。そして、それを成し遂げられるとしたら、恋人である彼しかいないだろう。
「……頑張ってね、山田さん、真奈美ちゃん」

サイドカーが都会の街中を軽快に走っていく。
「まずはどこに行く、真奈美? お前がずっと行きたがっていたあそこにするか?」
彼、山田正輝が隣にいる彼女、皆瀬真奈美に呼びかける。勿論返事はない。だが、それでも構わなかった。こうして声をかけ続ければ、何時かはきっと答えてくれる。そう言う確信が彼にはあったからだ。
「とりあえずはまずあそこだな。何時か絶対に行こうって言ってた」
そう言ってちらりと真奈美の方を向くと、彼女が微笑んだ。いや、実際には表情はほとんど変わっていない。だが、正輝には彼女が微笑んだように見えたのだ。
思わず正輝に目に涙が浮かぶ。その涙を振り払うかのように正輝は前を向き、アクセルを回した。サイドカーが更にスピードを上げる。
「さぁ、行くぞ! どこにだって連れて行ってやるからな! なぁ、真奈美っ!!」
正輝は一際大きい声でそう言い、サイドカーを走らせていった。
その彼の横で、真奈美は静かに、そして確かに微笑んでいた。

<東京駅 14:42PM>
人で賑わう東京駅のホームに祐一は秋子、名雪と一緒にいた。N県に帰るという二人を見送りに来たのだ。
「わざわざありがとうございます、祐一さん」
「そうだよ。わざわざ見送りに来なくっても良かったのに……お店の方はいいの?」
秋子、名雪が口々にそう言い、祐一は苦笑を浮かべた。
「ホワイトの方は大丈夫。今日は佳乃ちゃんも瑞佳さんもいるし、マスターにはちゃんと許可貰ってきてあるから」
そう言って祐一は手に持っていた旅行鞄を名雪に手渡した。これは秋子が東京に来る時に持ってきていたものだ。まさかここまで長く滞在することになるとは彼女自身思っていなかっただろう。結構重たい鞄を受け取り、名雪がちょっとムッとしたような顔を見せる。
「重いよ、祐一。何詰めたの?」
「馬鹿、俺は触ってない。それはお前と秋子さんの分だけ」
「う〜、重いよ、お母さん」
今度は秋子に不満そうな目を向ける名雪。
「若いんだから頑張れ」
そう言って秋子は微笑んだ。
「う〜……」
まだ不満そうな顔の名雪を見て、祐一も自然と笑みを浮かべていた。こんなやりとりがまた出来るようになって正直嬉しかった。あの時、始めて変身した時から名雪はずっと眠りっぱなしで、祐一も全く余裕はなかった。あれから5年以上が経ち、今、こうしてみんなで笑いあえる事がとても嬉しかった。
「祐一、何がおかしいの?」
まだムッとしている名雪が笑みを浮かべている祐一に気付き、責めるように言う。
「いや……またこうして名雪や秋子さんと前みたいに話せるようになって嬉しいだけだよ」
「……そう……だね。ゴメンね、祐一」
祐一の言葉に名雪がすぐに謝る。
そんな娘と甥を見ながら秋子はまた微笑みを浮かべる。この二人は色々とありすぎた。互いの思いを届けあうにはちょっと色々とありすぎた。でも、今はこうして、二人は困難を乗り越え、無事に、そして互いの思いを伝えあうことが出来ているのだ。
「別にお前が謝る事じゃないさ。それに謝るなら俺よりも秋子さんに、だろ。5年も寝っ放しでどれだけ秋子さんに迷惑を掛けたか」
「そ、それを言うなら祐一もでしょ。5年も行方不明の生死不明だったんだから」
「う……確かにそれを言えばそうなんだが」
名雪の思わぬ反撃にたじろぐ祐一。だが、すぐに二人は互いに見つめ合って、笑い出した。
「フフッ、おあいこだね」
「ああ、そう言うことにしておくか」
そう言いあい、笑いあう二人を微笑ましく見つめていた秋子だが、ふと時計に目をやって慌てたように名雪に声を掛けた。
「そろそろ時間よ。鞄、貸しなさい」
「あ、うん」
秋子の意図が読めずに名雪は手に持った旅行鞄を秋子に手渡す。旅行鞄を受け取った秋子は二人に向かってウインクすると先に電車の中へと入っていった。どうやら二人っきりにしてくれたらしい。さっきまでずっと馬鹿みたいな会話をしていた二人に気を利かせてくれたようだ。それがわかった二人は思わず真っ赤になっていた。
「……気、気を遣って貰ったみたいだな」
思わず名雪から顔を背けて祐一が言う。
「そ、そうだね。お母さんってば、別にいいのに……」
名雪も俯きながら言う。
それきり二人は言葉を無くしていた。何を話せばいいのかわからない。病院の中でも充分以上に話していたし、それ以上の行為もあったのだがいざとなると言葉を無くしてしまう。
名雪はこの電車でN県へと帰る。だが、祐一は名雪達と一緒に戻ることは出来ない。折角思いが通じ合い、恋人になれたというのに、二人はまた別れ別れにならなければならない。全ては未確認生命体による事件が終わるその日まで。祐一が戦士・カノンである以上は決して逃れられない運命なのだ。
「……あ、あのさ」
「……あ、あの」
二人が同時に顔を上げ、同時に口を開く。思わず顔を見合わせ、また口をつぐんでしまう二人。全く初々しい恋人達だと物陰からそっと様子をうかがっていた秋子は思った。
「……祐一から」
「いや、名雪の方から」
「祐一からでいいよ」
「いや、俺は後でいいから」
「祐一……」
じっと上目遣いに名雪が祐一を見上げ、祐一はそんな名雪を見て思わずごくりと唾を飲み込んでしまっていた。
「わ、わかった。俺から先に言う」
観念したように祐一はそう言うとわざとらしく一回咳払いした。それから口を開く。
「……俺は未確認を全部ぶっ倒すまでは帰れない。あいつらははっきり言って半端じゃなく強い。この先もずっと勝てるかどうかは自信がない」
そこまで言って祐一は名雪の顔が不安で一杯になっているのに気付く。が、あえてそれを無視して続ける。
「はっきり言うと、俺は奴らにやられるかも知れない訳だが……」
「ダメだよ、祐一」
いきなり名雪が口を挟んだ。目に一杯の涙を浮かべて。
「そんな事言っちゃダメだよ、祐一……絶対に嫌だよ……」
「……聞いてくれ。俺は勝てなくても絶対に死なないから。俺が勝てなくても、北川がいる、折原がいる、国崎さん達だっている。それに……俺がお前を残して死ぬわけないだろ」
名雪の肩を掴んで祐一は優しくそう言った。まるで名雪の不安を和らげるように。まるで彼女を安心させるかのように。
「それに……俺は……いや、カノンは誰かを守りたいと思うと無限に強くなれる、そう言う気がするんだ。だから俺は絶対に死なない。絶対に負けない。だから俺を信じてくれ」
「祐一……」
力強い祐一の言葉に名雪は涙の浮かぶ瞳をあげた。そこに映るのは優しさの中に精悍さをたたえた青年の顔。自分が恋した男の顔。
「うん、信じるよ、祐一のこと」
そう言って名雪は微笑みを浮かべて頷いた。
その名雪の表情を見て、祐一はやっと安心したという風に息を吐いた。
「それじゃ今度はわたしの方だね」
「ああ、何でも言ってくれ」
名雪は祐一から一歩離れるとちゃんと背筋を正して彼を見つけてこう言った。
「わたし、水瀬名雪は一生あなたについていくことに決めました。だからずっと待っています。だから絶対に帰ってきてください」
その名雪の宣言に思わず硬直する祐一。これは……もしかするとプロポーズの言葉ではないだろうか。いや、それは思い過ぎか。単純に心配しているだけなのかも知れないし、あの日、彼が彼女に課した贖罪の方法を改めて口にしただけなのかも知れないし。
混乱する祐一を見て、名雪が不思議そうな顔をする。
「どうしたの、祐一?」
「い、いや……お前、今何言った?」
「もう一回言おうか?」
「いや、いい……ああ、わかった。絶対に帰るよ。約束だ」
祐一はそう言うと右手の小指を名雪の前に差し出した。その小指に名雪も自分の小指を絡める。
「指切り、だね」
「あんまりやらないんだけどな」
「ゆーびきーりげんまーん、うそついたらはーりせんぼんのーます」
何処か楽しそうに名雪が歌う。
「針千本は勘弁して欲しいけど」
そう言いながら祐一も名雪に合わせて歌った。
そして指を離そうとして、二人はその手を止める。ここでこの指を離してしまえば、次に何時会えるかわからない。死なないと言った祐一だが、それは確実なことではなく。それがわかるだけに二人ともその指を離せない。
「……名雪」
そう言って祐一は名雪を抱き寄せた。
「俺は絶対に負けない。絶対に死なない。絶対に帰るから……」
「うん……わかってる……信じてる……待ってる……」
祐一の胸に顔を埋め、涙声で名雪が言う。
そこに電車の発車のベルが鳴った。
ハッと顔をあげる名雪。
「それじゃ、またね、祐一」
「ああ、またな」
自分から離れていく名雪を見て、祐一はそう言い。
そして次の瞬間再び彼女を抱き寄せて、その唇に自分の唇を押しつけていた。ありったけの思いを込めて。彼女からは絶対に負けないと言う勇気を貰い。その唇を離す。ほんの一瞬だけのキス。充分とは言えないが、それでも。
名雪がドアの向こうに駆け込み、自動ドアが閉まった。
ぎこちない笑みを浮かべて手を振る名雪に祐一は頷き、手を振りかえす。
二度と会えない訳ではない。会いに行こうと思えばいつだって会いに行ける。自慢の愛車ロードツイスターなら東京からN県だって遠くない。だが、余程のことがない限り東京から離れることはないだろう。全てを終わらせるまでは。
決意を新たに祐一は走り去っていく電車に背を向けた。
戦いはまだ終わっていない。この先、まだまだ続くだろう。
だが負けることは許されない。
負けられない。
愛する者の為にも。
名雪の為にも。
絶対に。

走り出した電車の中、名雪はまだドアの所に立っていた。顔を下に向け、低く嗚咽している。
待っていると言ったけど、信じていると言ったけど、本当を言えば一緒に来て欲しかった。もう二度と戦わないで欲しかった。側にいて欲しかった。
でもそれは自分の我が侭だ。今の彼は自分だけじゃなく、もっと多くの人から頼りにされている、求められている。それはわかっている。それに自分は彼に一方ならぬ迷惑を掛けている。だからわがままは言えない、言っちゃダメだ。
そうわかっているけど。それでも。
「……いいのよ、泣いても」
優しい声が掛けられる。
顔を上げるとそこには優しい笑みを浮かべた母の顔があった。
「お母……さん……」
思わず名雪は秋子に抱きついていた。その胸に顔を埋めて泣き続ける。
秋子はそんな娘の背を優しく撫でてやりながら、窓の向こうに流れる東京の景色を見つめていた。
彼が、自分の甥が守ろうとしているのは人々の明日。人類の未来。その為ならばきっと彼は自分を犠牲にだってするだろう。彼は、心優しい人だから。周りの不幸を見過ごせない人だから。
「大丈夫、祐一さんは強いから……絶対に帰ってくるわ」
優しい声で名雪に話しかけるが名雪は泣いたままで何も答えなかった。
(……神様……どうか祐一さんを……この子の大事な人をお守り下さい)
そっと空を見上げ、秋子はそう祈らずにはおられないのだった。

<東京都立大学 16:25PM>
ガラスケースの中にいかにも大切そうに陳列されている様々なものの間を歩きながら美坂香里はすぐ後ろにいるエドワード=ビンセント=バリモア、通称エディを振り返った。
「なかなかたいしたものね」
「そりゃあね。前田先生はそっち方面じゃかなり有名だし」
香里の感想にエディが流暢な日本語で答える。
この二人、今日は珍しく城西大学とは違って東京都立大学の構内にいた。しかもその中にあるとある研究室の中に、である。
「でもそっち関係の学会じゃ異端児扱いでしょ?」
悪戯っぽい笑みを浮かべて香里がそう言うとエディは苦笑を返した。
「そうだね。まぁ、我らが中津川先生と同じって事で……」
「あの人はただの疫病神よ……」
そう言った香里が先を急ぐように歩き出した。ガラスケースの中の陳列物には興味をそそられるが、今はそう言う場合じゃない。他に用事があってここにいるのだから。
「ところで香里さん」
「何、エディ?」
「そっちじゃなくてこっちだよ」
エディがそう言って指さした方向は丁度香里が歩き出したのとは全く逆の方向だった。思わず真っ赤になった香里が向きを変え、エディの前を通り抜けていく。そんな香里をエディは苦笑しつつ見送り、そして慌てたように自分も歩き出した。
二人が向かっているのはこの研究室の主のもとである。だが、研究室自体が資料の陳列室も兼ねているらしくやたら広い上にガラスケースの配置に規則性など全く無く迷路のようになっている所為でなかなか辿り着けないでいるのだった。
「それにしても一体何の用なのかしらね〜」
歩きながら香里がそう言う。
「私の専門は古代文字の解読よ。平安時代は専門外って言うか」
「問題外だね」
「……やなツッコミね、それ」
「気を悪くした?」
「まぁ……その辺は今日の晩ご飯で手を打ってあげるわ」
香里の言葉に苦笑して肩を竦めるエディ。
そんな事を話しながら二人が歩いていくとようやく前方が開けた。そしてそこに無造作においてある応接セットの片方のソファに一人の女性が座っている。やや不機嫌そうなその女性はようやくこの場に辿り着いた二人を見るとすっとソファから立ち上がった。
「遅かったわね、エドワード=ビンセント=バリモア略してエディ」
女性はエディを見てそう言い、その隣に立っている香里をじろじろと見つめた。少しずれた眼鏡を持ち上げ、眼を細めるようにして観察した後、彼女はすっと背筋を正した。
「あなたが美坂香里さんね。はじめまして。東京都立大学史学教授、前田 純よ。よろしくね」
前田 純と名乗った女性は笑みを浮かべてそう言うとすっと右手を差し出した。その手を握り返して香里も笑みを浮かべる。
「はじめまして。城南大学考古学研究室研究生、美坂香里です。よろしくお願いします」
そう言ってから頭を下げる香里。
前田はそれに頷くと二人にソファに座るよう勧め、自らもその対面側に腰を下ろした。そしてテーブルの上に置いてある何冊ものノートを開いて見せた。
「わざわざ君たちに来て貰ったのは他でもないわ。この古代文字について意見を聞かせて欲しいのよ」
そう言って前田が指で指し示したのはノートに挟み込まれていた写真だった。クリップで留められているその写真はどうやら何か刀剣のようなものを写したものらしく、その刀身には確かに何か文字のようなものが彫り込まれていた。
「失礼します」
香里はそう言うと写真を止めてあるノートを手に取った。じっと写真を見つめてみるが、あまりはっきりと文字を確認出来ない。だが、今自分が解読している超古代文字、ビサン文字とよく似ているような気がしないでもない。
「……どうかしら?」
いつの間に入れたのか湯気の出ているお茶を飲みながら前田がそう尋ねてきた。何かを期待しているような眼で香里を見つめている。
「……これじゃはっきりとしたことは何も言えません。今、私が解読に躍起になっている文字に似ているような気はしますけど、気がするだけで何とも」
自分の思ったことをはっきりと香里は口にした。相手が明らかに落胆したのが解ったが変に期待させるよりははっきりと言った方がいい。それが相手の為だ。
「……そう」
ガックリと肩を落とす前田を見て少々気の毒になる香里。隣に座っているエディを見ると彼は素知らぬ顔で出されたお茶を飲んでいるだけだった。そんな彼を見て少なからずムッとなった香里がテーブルの下で思い切り彼の足を自分の足で踏みつけた。
香里に足を踏みつけられたエディが顔を引きつらせるが、それを無視し、香里は身を乗り出す。
「もしよろしかったらこれの実物を見せて貰えませんか?」
「……え?」
「この写真に写っているものを見たいんです。直接見れば何か思い当たることがあるかも知れませんし」
「あ、ああ、そうね。ちょっと待ってて……」
前田はそう言うと立ち上がった。奧にある机の上の電話へと向かい、受話器を取り上げ何処かへと電話をかける。少しの間前田は何事かを話していたが、やがて話が終わったのか受話器を戻し、香里達の方へと戻ってきた。
「ご免なさい……まだ調査中で見せてあげることは出来ないわ」
またもガックリと肩を落としながら前田はそう言い、申し訳なさそうに二人を見やる。
香里は仕方なさそうに、エディは結構どうでも良さそうに頷き、前田に座るように促した。このまま申し訳なさそうに立っていられても困るだけだからだ。
「本当にご免なさいね。わざわざ来て貰ったのに……」
「いえ、それは構わないんですが……」
香里はそう言ってテーブルの上に置かれたノートに目をやった。先程の写真のページ以外にも色々と書かれてあり、それは充分に彼女の興味を誘っていたのだ。
「これ、見せて貰っても構いませんか?」
ノートを指さし、そう尋ねると前田は今までの落胆した顔から一転、明るい顔になり大きく頷いた。
「ええ、構わないわよ!」
「ありがとうございます」
香里は一言礼を言うとノートに手を伸ばし、一冊だけ選んで手に取ってみた。写真は先程の物以外にも何枚も挟み込まれており、中には糊付けされているものもある。その横には写真の解説のようなものと前田自身によるものであろう考察が書かれてあった。ページをぱらぱらめくっていき、また別のノートに手を伸ばす。何度かそう言うことを繰り返し、あるノートに手を伸ばそうとしてその手を止める。
「翼……人……伝……?」
そのノートの表紙にはそう書かれてあった。いや、正確には「翼人伝考察」と書かれてある。他のノートとは違い、このノートには写真などは一切挟まれておらず、普通の厚さになっているがヤケにボロボロである。ノート自体が古いと言うこともあるのだろうが、何度も何度も手に取られたりしてきたのだろう、そう言う年代の重みというものが感じられた。
香里がそのノートを手にしようとするとそれに気付いた前田がさっと手を伸ばしてそのノートを奪い取った。そして誤魔化すように笑みを浮かべる。
「こ、これは人に見せるようなものじゃないから……あ、あはははっ」
あからさまな誤魔化し笑いだったが、あえてそれに気付かない振りをして香里は頷いた。
「すいません……あ、もうこんな時間ね。エディ、そろそろ……」
香里は少しわざとらしく腕時計を見て時間を確認し、それからエディの方を振り返った。彼は香里がノートを読んでいる間、また迷路のようになっている資料の陳列棚を見回っていたのだが、それにも飽きたらしく(それ以前に彼はここに何度か来たことがあるらしい)今は香里の隣で改めていれて貰ったお茶を飲んでいた。
「そうだね、そろそろ戻らないと。自分の所の研究もやらないといけないし」
そう言ってエディが立ち上がったので香里も立ち上がった。
「ああ、たいしたおもてなしも出来なくてゴメンね」
前田も同じように立ち上がり、二人に向かって頭を下げる。
「こ、こちらの方こそ何も出来なくて……あ、もし何かお手伝い出来ることがあれば連絡してください。私かエディならいつも研究室にいますから」
香里も慌てて頭を下げた。
二人がその研究室を退出していった後、前田は陳列物ケースの間を歩き出した。彼女が向かった先は一番奥詰まった場所にあるガラスケース。そこには中央の段にまるで神社に奉納されているかのようにきっちりと一枚の古そうな鏡が置かれてあった。それ以外は何もおかれていない、何処か不自然さを感じさせるそのガラスケースの前に立った前田はそっとその古そうな鏡を覗き込んだ。
その鏡に映し出されているのは眼鏡をかけた前田 純ではなく、明らかな別人の顔。長い髪の何処かおっとりとした美人。
前田は意思を失った瞳をその鏡に向けながら何事かを口にする。それは呟くような声で、聞き取ることは出来ない。そしてそれに対して鏡の中の美女が何事かを答える。
「……時は来ました……今こそ…………様を……」
それは前田の声ではない、別の声。
「1000年の…………必ずや……」

<警視庁未確認生命体対策本部 03:21AM>
警視庁の建物内に設置された未確認生命体対策本部。
時間と場所を問わず現れ、罪のない人々を殺戮して回る凶悪な未確認生命体に対処する為に対策本部のある会議室には常に数名の刑事が待機している。未確認生命体の仕業と思われる事件が起こると待機している者が他の係員に連絡、非常招集をかけ、その事件に対処することになっているのだ。
しかしながら数日前の第30号の事件を境に未確認生命体の事件はなりを潜めていた。以前にも2週間ばかり未確認生命体がその活動を潜めていたことがあったが、活動を再開した辺りから未確認生命体の強さ、凶暴凶悪さが一層増したのだ。今回もまた前回と同じように、未確認生命体のレベルアップの為の準備期間だとしたら。
警察としては次なる未確認生命体の犯行に備え、パトロールの強化、連携力の強化、そして未確認生命体に直接対峙する対策本部や機動隊の装備の充実などを急いでいるが、それもまだまだであった。
その日の夜、会議室の中にあるイスを幾つも並べてその上で毛布にくるまって一人の男が眠っていた。ちゃんとした仮眠室があるにもかかわらず、この男はこの会議室内で眠っている。今、ここには彼一人しかいない。
彼の名は国崎往人。本来はN県警の刑事なのだが未確認生命体の事件が東京で頻発するにおいて警視庁未確認生命体対策本部に出向することになったのだ。そして数ヶ月。N県警にいた頃からスタンドプレイの多かった彼だが、ここでもそれを発揮、今のところ大きな問題になっていないが、仲間内から不評を買っていることは否めない。それでも彼は未だにスタンドプレイに走ることが多い。その理由の一つは彼が仲間達に隠しているある事柄があげられる。
未確認生命体第3号と呼ばれる存在。別名、カノンと呼ばれる謎の戦士。その正体を対策本部関係者では彼だけが知っている。カノンが只の人間であることも、決して他の未確認生命体と同じで無いと言うことも、彼だけが知っているのだ。
ここしばらく未確認生命体が現れないことから対策本部内に待機しているのはほんの2,3人であった。一人は仮眠室、また一人はパトロールにでもでているのかここにはいない。先程も言った通りここには彼、国崎一人しかいないのだ。
並べたイスの上で眠る国崎の表情が歪む。額には大粒の汗が浮かんでいる。更に時折口から漏れる呻き声。どうやら悪夢でも見ているらしい。
「うう………うわぁぁぁっ!!」
叫び声をあげて跳ね起きる国崎。
「ハァハァハァ……何だ、今のは……」
そう呟きながら額の汗をぬぐう国崎。
実際のところ自分がどう言う夢を見ていたのか記憶にはない。夢と言うのは得てしてそう言うものだと聞いたことがある。だが、妙に気にかかる夢であった。
国崎は立ち上がるとテーブルの上に置いてあったタオルを手に会議室から出ていった。少し離れたところにある洗面所で顔を洗い、汗をふき取る。
「ふぅ〜〜」
大きく息を吐いてから顔を上げ、鏡を見た国崎は思わずビクッと身体を震わせ一歩後退してしまっていた。何故なら、その鏡には彼の顔ではなく別人の顔が映し出されていたからだ。いや、よく見ればその顔は国崎によく似ていた。だが、何かが違う。言うならば纏っている雰囲気だろうか。鬼気迫る表情、鋭い目つき、噛み締められた歯、どれをとっても飄々としている感のある国崎とは違っている。
「な、何だ……お前は……?」
震える声で尋ねる国崎。
『……時は……来た……今……の……』
鏡の中の人物が口を開く。
『我が……よ……お前に……す……頼む………を……』
それだけ言うと鏡の中の人物は消え失せ、普通通り国崎の顔がそこに映し出された。少し青ざめた国崎の顔が。
「……な、何なんだよ、今のは……?」
そう言うと国崎は水道の蛇口を捻った。流れ出る水を手ですくい、もう一度顔を洗う。今のはまだ夢だ、まだ自分ははっきり目覚めていないのだ。そう思うかのように。
だが、彼はまだ知らなかった。
彼が密かに追い求めているものが、もうすぐ側まで来ていると言うことに。もうすぐ手の届く場所へと来ていると言うことに。
だが。
彼がそれを知るのには今しばしの時が必要であった。

<都内某所・神尾家 05:03AM>
夜が明けようと東の空が白みだした頃、神尾観鈴は苦しげに眼をきつく閉じ、魘されていた。
「ハァハァ……」
荒い息をしながら天井に向かって手を伸ばす観鈴。まるで何かを掴むように天井に向かって伸ばした手を動かす。
「誰……誰なの……私を呼ぶの……」
荒い息をしながら必死にそう呟くように漏らす観鈴。
『助けて……もう嫌じゃ……一人はもう……』
聞こえてくる声は何処か弱々しい。そして限りなく悲しげであり、哀しげであった。
『早く……早く助けて……ここから余を連れ出して……』
切実さを声は強く帯びている。そして、それは胸を苦しくさせるのに充分すぎる程の寂しさをも伴っていた。
その声の悲しさに影響されたのか観鈴の目から涙が一筋こぼれ落ちる。
「……何で……何で……あなたは……そこに……いるの?」
観鈴は涙を零しながらそう尋ねるが。
声はより一層切実さを増してこう答えるのみ。
『お願い……余を……早くここから連れ出して!!』
その声に衝撃を受けたかのように身を起こす観鈴。
「はぁ……はぁ……」
ドキドキと激しく動悸している胸を押さえながら観鈴は零れる涙を空いている手で拭う。
「あの人は……」
カーテンに閉ざされた窓の方を見、そのカーテン越しに白み始めた空に思いを馳せた。自分に助けを求めていたあの声の主はあの空にいる。そう言う気がしたからだ。
ベッドから起きあがり、観鈴は窓の側へと歩み寄った。さっとカーテンを開けると明るくなった空を見上げる。改めて空を見、そこに声の主がいると言う確信を強めた彼女は小さく頷いた。
「……絶対に助ける……うん、約束するよ」
そう呟き、観鈴は窓に背を向けた。
その時、光の加減だったのだろうか。うっすらと彼女の背に翼にようなものが見えたのだが。
悲しいかな、それを見たものは誰一人としていなかった。

ちなみにその隣の部屋では観鈴の母親の晴子がぐーすかイビキをかきながら気持ちよさそうに眠っていたのだった。

<小さな港町 06:19AM>
何の変哲もない極々普通の港町。
それほど大きい訳でもなく、地元の漁師が舟を出して魚を捕ってくるぐらいの小さな港町。
朝焼けに輝く穏やかな海。
波が打ち寄せる砂浜。
未確認生命体の事件など何処か遠い国の出来事であるかのように、この港町は極々平和であり平穏であり、そして平凡であった。
それがうち崩される日が来ると誰が思うだろうか。

<山の上の神社 06:31AM>
港町を見下ろす山の上にある神社。
その社殿の中に納められているご神体……それは小さな一枚の羽根であった。それがどう言った曰くがあるものなのか、それを覚えているものはもう残り少ないだろう。ここの神主ならば知っているかも知れないが、今、その神主の姿はそこにない。
社殿の裏、そこに一人の男が倒れている。倒れている男の下ではドス黒い色の血が徐々に広がっていた。
倒れている男のすぐ側にテンガロンハットを被ったカウボーイ風の男が立ち、倒れている男を見下ろしている。その男の右手だけが人間のものではなく、鋭い爪を持った獣のような姿を見せていた。そして、その爪先からはぽたりぽたりと血がしたたり落ちている。
カウボーイ風の男はその手をゆっくりと持ち上げると爪に付いた血を舌で嘗め取った。
「ソルノド・ノドガマ?」
そう呟くとカウボーイ風の男が空を見上げた。
夏の青空をバックに何かが男の立っている方へと飛来してきた。その数は一つではない。全部で六体。それら全てが皆、同じような姿をしている。
さっと音もなくその六体が地面に降り立ち、その姿を人間のものへと変えた。
「サシャネシャナ」
「ノデボジョ・ジェソマリ・ビサシュツ・ニザラッシャ・ガダマ」
カウボーイ風の男にそう言ったのは素肌の上に毛皮で出来たベストを纏った大柄な男。その男にカウボーイ風の男はニヤリと笑って答え、足下に倒れる男を指さした。
「ロヂヅショゴ・ドンシダデシャヲジェ・ニサシュニシャ」
「グシィブルイショ・リルヴァゲガ」
今度口を開いたのは背の大きく開いたドレスを着た妖艶な女性。魅惑的とも言える瞳をカウボーイ風の男に向けてそう言うと、カウボーイ風の男は照れたようにテンガロンハットを下げた。
「フフフ……ナシェ・バイセサ・カルガ」
そう言って妖艶なドレスの女性が両腕を広げる。それはまるで儀式の始まりを告げるかのような仕種。その仕種にあわせるかのように他の男達が女性を中心に円を描く。
「ヌヴァヲモ・ヌギミバ・ナネサリ……ゴモグリチザ・リヅガギヂ」
それは新たな戦いの始まりを告げる宣言。
誰が聞いている訳でもない。
しかし、それでも……新たな戦いの始まり……それはもうそこまで来ている。

<とある町中 07:32AM>
降り注ぐ陽差しを手で遮りながら二人は黙々と歩いていた。
二人には目的地など無い。只、当て所も無く彷徨っているだけだ。いや、目的地はないが目的ならあった。少なくとも片方には。
前を歩くのは長い髪を首の後ろでリボンでとめただけの女性。肩口で袖を破ったようなジーンズの上着を着、その下はノースリーブのシャツ。はいているのはぴっちりとしているが動きやすそうなジーパン。肩から袋に入った荷物と細長い包みを抱えている。
彼女のやや後方を歩いているのは大きな麦わら帽子を被ったまだ少女と言っても過言ではない女性。前を歩く女性と同じように長い髪、色素が薄いのか陽差しに透かすと少し茶色っぽく見えなくもない。涼しげな半袖のワンピースを着ているが何故か上には半袖の上着を着ている。手には大きな旅行鞄。案外力持ちなのか軽々と持っている。
「……暑い……ですね」
後ろを歩く女性が呟くように言った。
前を歩く女性が小さく頷く。顔には出していないが、やはり暑いことは暑いらしい。しっかり汗が額に浮かんでいる。
また無言で歩き続ける二人。しばらく歩くと前方に標識が見えてきた。
その標識を見て、先を歩く女性が足を止めた。
「……どうする?」
そう言って振り返る。
「…………」
後ろを歩いていた女性が同じように標識を見上げ、そして小首を傾げる。一体何故自分に質問してきたのか、と言う風に。
「……私は……舞さんについていくだけです」
そう言い、次いで少し悲しげな笑みを浮かべる。
「どうせ……行く宛のない家出少女ですから」
それを聞いてもう一人の女性は小さく頷き、また前を向いた。自分も行く宛のない旅をしているのだから。だからどこへ行こうと同じ。そう思い、後ろにいた女性に見えないように笑みを浮かべる。何処か自嘲めいた笑みを。
二人がまた歩き出す。真っ直ぐ前へと向かって。行く宛はない。だが目的はある。そんな二人の旅はまだ続く。
二人が通り過ぎた標識には「東京へ15キロ」と書かれてあった。
前を歩く女性の名は川澄 舞。
後ろを歩く女性の名は遠野美凪。
二人が向かう先、東京で思いもよらぬ事件と再会が待っていようとは勿論神ならぬ二人は知る由もなかった。


何かが始まろうとしている。
新たな事件、そして新たな戦い。
だが、そこに誰の想像も出来ない恐るべき因縁が絡んでこようとは誰一人として予想出来るものではない。
1000年の恩讐。
相沢祐一を、仮面ライダーカノンを待ち受ける新たな敵。
果たしてそれは何か。


仮面ライダーカノン
Episode.50,5「幕間」

Episode.50,5「幕間」Closed.
To be continued next Episode. by MaskedRiderKanon






























仮面ライダーカノン 第4部Air編
2004.SPRING.

































Coming Soon!!



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