<12月16日21:35PM 喫茶ホワイト・二階・祐一の部屋>
喫茶ホワイトは一応22時が閉店時間である。しかし、マスターの都合と、店が暇すぎるのとが重なれば閉店時間はあっさりと早くなる。
この日はマスターが近所に住んでいる常連さん達と飲みに行くと言う誠に勝手な理由でもって閉店時間が大幅に早くなった。21時には閉店作業の大半が終了しており、マスターは後片付けをしていたウエイトレスの長森瑞佳、バイトの霧島佳乃、住み込みの相沢祐一の3人をおいてさっさと出かけてしまったのである。その後、近くに住んでいる瑞佳と佳乃を見送り、完全に閉店作業を終えた祐一は二階にある自分の部屋に戻り、ベッドに倒れ込んでいた。
「……ハードな一日だった……」
枕に顔を埋めて呟く祐一。
この日は朝から色々と大変だったのだ。
この日、瑞佳と佳乃は昼からの出勤だったので午前中はマスターと二人、しかもこの日に限って午前中から忙しく、コーヒーを飲みにやってきた美坂香里に応援を頼んだぐらいである。お昼を過ぎると今度は警視庁未確認生命体対策本部の刑事である国崎往人から呼び出しを受け、新たに出現した未確認生命体を追い、それを倒す。その帰り道では最近暗躍している教団の怪人を見かけたのでその陰謀を叩き潰す為に怪人を追いかけ、何とかぶっ倒す。疲れ切って店に帰ると、今度は夕方時で妙に忙しく、暇になったなと思えば今度はマスターがいきなり閉店すると言いだし閉店作業に移行。ほとんど気が安まる時間がないまま、今に至るのだ。
「………もう、シャワーとか明日でいいや……寝よ」
そのまま、目を閉じようとすると、ベッドサイドに置いてある携帯電話が鳴った。普段からここに置きっ放しなので余り役に立っていない。その為にこの電話番号を知っている香里や国崎には何時も文句を言われているのだ。もっとも祐一自身は携帯電話としてではなく、普通の電話という感覚で使っているのだが。
とりあえず着信音がうるさいので祐一は顔を上げ、面倒くさそうに携帯電話に手を伸ばす。相手が国崎だったら速攻で切る。香里だったら用件による。それ以外だったら……その時に考える。そう決めて通話ボタンを押す。
「はい、相沢で……」
『……祐一?』
聞こえてきたのは少し震えた声。
その声の主に祐一はすぐに思い当たり、バッと身を起こす。
「お、おう! 俺だ! 祐一だ!」
今までの疲れも吹っ飛んでしまう。
『よかった……なかなか繋がらないからもう寝てたのかと思ったよ』
声の主が安心したかのように吐息を漏らした。
「あ……いや、ちょっと今日は忙しかったからな」
少し弁解するように祐一が言うので、電話の相手はくすっと笑ったようだ。
『でも香里から聞いてるよ。何時かけても出ないって』
「……まぁ、確かに持ち歩く習慣がないからな」
『それじゃ携帯の意味がないよ〜』
「よく言われるよ。マスターにも瑞佳さんにも」
そう言って祐一は苦笑する。
そう言う意味では迷惑をかけているのかも知れない。もっとも持っていても変身して戦っている最中に鳴られたら出ようがないが。それに激しい戦闘の最中に壊してしまう可能性もある。だから持ち歩かないようにしているのだが。
「ところで……何か用か?」
かけてきたからには何か用事があると言うのはわかっている。あえてそう言ったのは相手が本当ならもう寝ているような時間だったのと、自分自身が疲れ果てていたからである。
『うん……えっとね……』
相手はそんな祐一に特に気分を害した様子もなく、少し躊躇いがちに言葉を続ける。
『来週なんだけど……帰ってこれるかなって思って……』
「来週?」
そう言って祐一は部屋の壁に掛かっているカレンダーを見た。今日は12月16日。1週間後と言えば丁度23日。そこには祐一自身の手で赤丸がつけられていた。
「ああ、そうか……」
カレンダーの印を見て、祐一が呟く。
『……どうかな?』
少し不安そうな感じが声に含まれているのが祐一にもわかった。いや、事実不安なんだろう。ここしばらく全く会えなかったし、それに祐一がどう言う事をしているかを相手も知っている。その上であえて彼を止めずに送り出しているが、心中不安でたまらないのだろう。下手をすれば死んでしまうかも知れない、もう二度と会う事が出来ないかも知れないと言う不安をその胸に抱いているに違いない。
だから祐一はこう言うのだ。
「……何とかする。絶対に」
『……無理しなくてもいいんだよ。私なら別に……』
相手がそう言うが、その声に寂しそうな色を感じ取れた。
「い〜や。お前は昔っからそうやって自分の気持ちを押し隠すところがあるからな。お前こそ無理するな。俺はお前に会いたい。だから行く。以上だ」
祐一は相手に反論を許さない強い口調でそう言い、相手の出方を待つ。
『……わかったよ。じゃ、いつものところで待ってるから』
「ああ、待ってろ! 絶対に行くからな!」
そう言って祐一は相手に見えてないのにも関わらず、右手の親指を立てて見せた。
『……うん、約束だよ。それじゃ、お休み、祐一』
相手はそう言って電話を切ったようだ。最後に何か「チュッ♪」と言う音が聞こえたような気がしないでもないが。
とりあえず祐一も電源ボタンを押し、通話を終了させると携帯電話をベッドサイドの元あった場所に置き、枕に顔を埋めた。そのまま、彼はものの5分も経たない内に眠りに引きずり込まれていく。
彼はまだ知らない。これから恐るべき強敵が彼の前に現れると言う事を。

仮面ライダーカノン
Episode.EX「聖夜―2002―」

<12月17日10:32AM 喫茶ホワイト・店内>
「と言うわけでマスター、金貸してください」
「却下だ」
唐突に始まり、そして唐突に結論が出た会話に長森瑞佳はカウンターを挟んで対峙しているマスターと祐一の方を見やった。
「そんな事言わないでくださいよ〜。だいたい、俺ちゃんと給料貰ってないんすよ〜」
泣きそうな口調で言う祐一。
だが、マスターはそんな祐一を白けた視線でちらりと見やっただけだった。
「お前の給料はお前の生活費に充てている。それにお前、最近よくいなくなるからな。生活費の分を抜くとほとんど残らないから同じだ」
「ぐは……」
容赦のないマスターの言葉に言葉を無くす祐一。
「そ、それじゃ今月分だけでも前借り……」
「却下」
「俺にどうやって生活しろと!!」
「きっちり働け」
「ううう………」
泣く泣くカウンターから離れる祐一。仕方なさそうに床のモップ掛けを始める彼の姿を見て、瑞佳は少し可哀想に思えた。彼女は彼がどう言った事情で店を抜け出し、何をやっているかを知っているがマスターは全く知らないのだ。
「マスター、前借りぐらいいいじゃない」
「甘やかすとあいつの為にならん」
「それはまぁそうだけど、店を抜けるのだってちゃんと事情があって……」
「……例のあれか? 警察絡みの?」
「そ、そうだよ。だから……」
何時か瑞佳は祐一がいなくなる理由を警察に協力して何かをしているとマスターに説明したことがある。瑞佳自身はすっかり忘れていたが、マスターはそれを覚えていたようだ。慌てて取り繕うかのように言う瑞佳だが、やはりマスターは首を横に振った。
「いーや、ダメだ。それならちゃんと向こうから金を貰えばいい」
そう言うわけにもいかないんだけど、と心の中だけで反論する瑞佳。
どうやら今日のマスターは余り機嫌がよくないようだ。この話を続けると今度は自分にもとばっちりが来そうなので、話を変える事にした。
「そう言えばもうじきクリスマスだね。また今年も何かやるの?」
「ん〜?」
瑞佳の問いにコーヒーの準備をしていたマスターが顔を上げる。
「そうだな、去年は特別限定クリスマスコーヒーセットとかやったしな。今年も何かやるか…」
「あれは大変だったよ……」
何故か遠い目をして呟く瑞佳。
そこにカランカランとカウベルの音がして、香里が中に入ってきた。
「お早う、マスター、瑞佳さん、相沢君」
手を挙げて中にいた3人に挨拶をする香里。
彼女は大学の研究室に行く前に必ずこの店に寄っていく。朝食をここでとると言うのもあるのだが、それ以上にここの面子の顔を見に来るのが楽しみのようだ。
「おっす、香里ちゃん」
「お早う、香里さん」
「よ、香里」
3人が入ってきた香里に3者3様の挨拶を返す。
香里がいつものカウンター席に着くと、すかさず水の入ったコップを祐一が差し出した。
「ご注文は、香里様?」
ニコニコ笑みを浮かべて尋ねる祐一にあからさまに不審の目を向ける香里。そっと彼から目線を外し、側にいた瑞佳を手招きする。
「……何かな?」
「相沢君……頭でも打った?」
「なにげに酷い事を言っているな、香里」
苦笑を浮かべた祐一がそう言う。
特に香里は瑞佳に耳打ちしていたわけでもなく、むしろ聞こえるように言ったから当然の反応だろう。
「特に打ったって話は聞いてないよ」
妙に真面目に瑞佳が言う。
「いや、瑞佳さんもそんな真面目に返さなくても……」
脱力したように肩を落とす祐一。
「で、何のマネ?」
「いや、ちょっと香里に頼みがあって」
「………お金なら貸さないわよ」
「……流石は香里だな。話は終わった。それじゃ」
あっさりそう言い、がっくりと肩を落としてその場から去っていく祐一を香里は冷ややかな目で見守っていた。
「よく解ったね、香里さん」
驚いたような顔で瑞佳が言ったので、香里は彼女の方を振り返った。
「まぁ、ああ言う媚びた態度をとった時のお願いなんてあんなものよ。瑞佳さんは人がいいから気をつけた方がいいわよ」
そう言ってピシッと瑞佳に人差し指を突き付ける香里。
その迫力に気迫負けしたのか、瑞佳は冷や汗をかきながら頷くのみだった。

<12月17日11:08AM 警視庁・未確認生命体対策本部>
テーブルに突っ伏し、財布を逆さまにして何も落ちてこない事を確認し、切なげにため息をつく黒尽くめの男が一人。
「ふうう〜〜〜」
「どうしたんですか、国崎さん、そんな切なげなため息ついて」
そのすぐ側を通りかかった同僚の刑事、住井護が黒尽くめの男に声をかけてきた。
「……なぁ、住井……頼みがあるんだが」
テーブルに突っ伏している男は顔を上げ、住井を見ると、そう言った。
「何です?」
「金貸してくれ」
「……この前、給料日じゃなかったですか?」
「………何でだろうなぁ……もう金がない」
「はぁ……」
いつもの元気とか無駄なエネルギーを全く感じられない黒尽くめの男に住井は戸惑うばかりだった。
「一体何に使ったんです?」
「それなんだが、全く覚えがないんだ。なのに減ってると言うかあっと言う間に消えてる」
「何ですか、それ?」
「だから心当たりもないんだよ」
「心当たりがないって……無意識に使ってるとか?」
「それはない……と思うんだが」
そう言って腕を組む黒尽くめの男・国崎往人。一緒になって住井も首を傾げている。と、そこに二人よりも年上の女性が入ってきた。
「こぉらぁ!! 居候!! 第48号の報告書はまだかいっ!!」
開口一番そう怒鳴り散らすと、ずかずかと国崎の方へとやってくる。そして問答無用とばかりに彼の頭を張り飛ばした。
「さっさと提出せんかい!!」
張り飛ばされた時の衝撃で頭を思い切りテーブルにぶつけた国崎が怒ったように顔を上げ、女性を睨み付けた。
「何するんだよ!! 報告書ならさっき提出しただろうが!!」
「……それはあれかい、第48号は第3号が倒しました、の一文で終わっている奴がそうやと言うんか、お前は!」
「……やっぱりダメだったか?」
「当たり前じゃっ!!!」
そう言って女性は再び国崎の頭を殴りつけた。
「そう何度もぽかぽか殴るなよなぁ……」
ぶつぶつ言いながら国崎が立ち上がる。
「ぶつぶつ言わんとさっさとやりぃっ!!」
女性の声を背中に受けながら国崎は報告書をもう一度制作する為の用紙をとりに会議室を出ていこうとした。そこに一人の若い婦警が息を切らせて駆け込んできた。
「よ、天野ちゃん」
すれ違い様に国崎が声をかけるが、彼女は相手にもせず会議室の中に入っていく。
「未確認生命体第49号がでました!!」
彼女の言葉に会議室内が騒然となる。
「また出たか……」
「今度は早かったな……」
会議室内にいた未確認生命体対策本部付の捜査員達が口々に呟く。
「何やっとねん!! で、場所は!?」
大きい声でそう言ったのは先程国崎の頭を何度か殴った女性だった。この未確認生命体対策本部では本部長の鍵山に続くNo.2格である神尾晴子。本部長に代わり現場で指揮を執る事も多い。
「はい、場所ですが……」
婦警・天野美汐は手に持っていたメモに目をやった。
「世田谷区下高井戸駅の近くです」
「またえらい町中やなぁ」
「商店街で男性を一人殺害し、そのまま逃走。現在所轄が追跡中です!」
「よっしゃ! 行くで!!」
晴子がそう言って会議室を飛び出していく。遅れじと住井達他の捜査員も飛び出していった。

<12月17日11:17AM 倉田重工第7研究所・食堂>
少し早めの昼食をとろうと思い、七瀬留美が同じPSKチームの斉藤と北川潤を伴い食堂にやってくると、カウンターの前で顔見知りが二人、睨み合っているところに出くわした。
「……関わらない方が身の為よ、北川君」
思わず声をかけようとした潤を先に制する留美。
「何でですか?」
そう言ったのは斉藤の方だ。潤も彼と同じ疑問を抱いているようだ。黙ってはいるが、顔がそう言っている。
「……声をかけてみればわかるわよ。斉藤君、かけてみなさい」
「何で俺なんですか……」
ぶつぶつ言いながら斉藤が二人の側に近寄って声をかけた。すると、声をかけた斉藤が二人がかりで文句を言われ、泣きそうになっている。
「ああなる事がわかっているから声をかけるなって言ったのよ」
留美がやたら冷静にそう言い、斉藤を交えた3人から離れた場所に歩いていく。潤も斉藤に悪いと思いながら留美についていった。
と、そこにサイレンが鳴り響いた。
『未確認生命体出現!! PSKチームは出動してください!!』
サイレンと共に所長である倉田佐祐理の声でのアナウンス。
それを聞いた留美は振り返ると、急に表情を引き締めた潤を見て、ため息をついた。
「またこのパターンなのね」
「急ぎましょう、七瀬さん」
そう言って潤が駆け出した。あっと言う間に食堂から出ていく。
留美はやれやれと言った感じで首を左右に振ると、未だに捕まっており、もう半泣きになりそうな斉藤を連れだし、彼の後を追って食堂から出ていった。

<12月17日12:04PM 都内某所・路上>
祐一は愛車であるロードツイスターを猛スピードで走らせていた。
目指す先は新たな未確認生命体が出現した場所である。
「よりによってこんな時に出るなんてな!」
そう呟きながら更にアクセルを回し、スピードを上げる。
『祐の字、聞こえるか?』
「ああ、聞こえてるよ」
ロードツイスターのコンパネについている無線から国崎の声が聞こえてきた。
「第49号だってな。この前48号を倒したばかりなのに、全く連中にも困ったモンだ」
『随分余裕じゃないか。第49号は世田谷区内を東に向かって逃走中だ。渋谷の繁華街に入られたら厄介だからそれまでに何とか追いついてくれ!』
「努力するよ……ああ、そうだ。あんたに頼みがあるんだけどな、国崎さん」
『……何だ?』
「金貸してくんない?」
『…………お前に貸す金なんかあるか! 金があるなら俺が借りたいわっ!!』
国崎はそう怒鳴ると、無線を一方的に切ってしまったようだ。苦笑を浮かべつつ、祐一は更にアクセルを回し、道路を疾走させる。
祐一の持つ超感覚が未確認生命体・ヌヴァラグの位置を知らせている。だから彼は迷わず目的地へと行く事が出来るのだ。

<12月17日12:14PM 目黒区駒場公園付近>
沢山の警官達が走り回っているのを横目にその男は悠然と公園の中を横切っていく。
かなり体格のいい男で頭には革の鉢巻きをし、冬だと言うのにメッシュのTシャツを着、左手首には勾玉の付いたリング。その目は好戦的にぎらぎらと輝いている。
未確認生命体と呼ばれる存在の多くが人間体への変身能力を有している。人間に変身して、ごく普通に社会の中に隠れ潜んでいるのだ。だが、その身体能力の高さは普通の人間の比ではない。
「後………23人」
その男がそう呟いて公園から出る。
目指す先は人の多い繁華街。そこになら標的とするべき人間も必ずいる事だろう。時間はまだたっぷりとある。わざわざルドのやり方を真似ているのだ、それくらいは認めて貰っている。
とりあえず繁華街の方に向かって歩き出そうとしたその時だった。一台の見慣れないバイクがその男の前に停車したのは。
「ようやく見つけたぜ、第49号!」
バイクに乗っていた男はそう言うと、ヘルメットを脱いでその男と対峙した。
「………ギナサバ・マヲジャ?」
その男はそう言ってバイクの男・相沢祐一を睨み付ける。
「カサン・ヌヅマダ・ギナサソ・ゴドヌオ」
言いながら、男はその本当の姿に姿を変えていく。
頭部に立派に広がる巨大な角を持つ馴鹿種怪人・ショマガ・ボバルへと。
だが、それを見ても祐一は怯む事はなく、じっと相手を睨み付けているだけだった。やがて両手を交差させながら前に突き出し、左手だけを引き、残した右手で十字を空に描く。
「変身ッ!!」
そう叫びながら、右手を顔の辺りまで退き、一気に振り下ろした。腰の辺りにベルトが浮かび上がり、その中央にある霊石が光を放った。その光の中、祐一の姿が戦士・カノンへと変わっていく。
目の前でいきなりカノンになった祐一を見、ショマガ・ボバルは流石に驚きの声を上げていた。
「ギ、ギナサバ・カノン!!」
だが、それも一瞬の事、すぐさまショマガ・ボバルは猛然とカノンに向かって飛びかかっていく。頭の角をカノンに突き刺そうと突っ込んでくる。ひらりと軽やかにその一撃をかわしたカノンはショマガ・ボバルの背に手をかけ、自分の方に引き寄せるとその顔面に向かってパンチを叩き込んだ。
二、三歩よろけて後退するショマガ・ボバルを追いかけ、今度はボディに回し蹴りを叩き込むカノン。だが、ショマガ・ボバルはその蹴りを身動ぎ一つせずに受け、蹴り足を掴んでしまう。カノンは軸足で地を蹴りジャンプ、身体を回転させながらショマガ・ボバルの顔面に蹴りを叩き込みながら何とか脱出する。
「グッ!!」
呻き声を上げながらまたもよろけて後退するショマガ・ボバル。しかし、倒れる事はない。
それを見たカノンはまたもショマガ・ボバルとの距離を詰めようと前に出た。右手を振り上げ、パンチを食らわせようとするが、ショマガ・ボバルはまるでそれを待っていたかのように前に出、カノンのパンチを受け止める。そのままカノンの腕を掴むと、思い切り引っ張り、カノンを投げ飛ばす。
「うおっ!?」
宙を舞い、背中から地面に落ちるカノン。そこに向かって足を振り下ろそうとするショマガ・ボバルだが、カノンは素早く横に転がってその足をかわす。そのまま転がった勢いを利用して立ち上がるカノン。
「こいつ……」
ショマガ・ボバルは首を左右に振り、余裕たっぷりな様子でカノンを見ている。
今まで数多くの仲間を倒してきたという戦士・カノン。どれほど強いのかと思ったが、この程度ならば恐れるに足らない。そう言いたげにカノンを見つめているショマガ・ボバル。
カノンは身構えながら、この未確認生命体第49号を相手にどう戦うべきかを考えていた。
こちらの攻撃を受けきって見せたところからかなりのタフさを持っている事がわかる。更にあの頭部の角は激しく厄介な武器だろう。あれを何とかするのが先決か。
「ニメ! カノン!!」
そう叫び、いきなりカノンに向かってショマガ・ボバルが走り出した。頭の角を突き出すように突っ込んでくる。
「さっきと同じパターンで!!」
そう言いながら横にかわすカノンだが、ショマガ・ボバルはそれを予想していたようで、すぐに立ち止まり、身体ごと大きく横に角を振ってきた。
「何っ!!」
驚きの声と共に角で吹っ飛ばされるカノン。すぐに起きあがるが、そこにまたショマガ・ボバルが突っ込んでくる。また前に突き出している角を両手でガシッと受け止めるが、ショマガ・ボバルの猛突進のパワーは受け止めきれず、そのまま後ろへと吹っ飛ばされてしまう。
「くそっ!! 思った以上にやるじゃないかよ!!」
よろけながらカノンがそう言い、何とか足を踏ん張り転倒する事を防ぐが、ショマガ・ボバルが今度はジャンプしてきた。肩からの体当たりを食らい、またしても吹っ飛ばされるカノン。
倒れたカノンに向かって更に飛びかかっていくショマガ・ボバル。カノンの上に馬乗りになると、その腕でカノンの首を締め上げていく。その力は生半可なものではない。
「くう……」
自分の首を締め上げている腕を掴み、何とか引きはがそうとするカノンだがショマガ・ボバルの力は物凄くなかなか離れない。
「く…こ、この!!」
今度はパンチをショマガ・ボバルの頭部に食らわせるが、それでも腕を放そうとはしない。
そこにサイレンを響かせながら一台の大型スクーターにも似たバイク、Kディフェンサーに乗ったPSK−03が到着した。
PSK−03はカノンが苦戦しているのを見ると、Kディフェンサーから降り、後部装備ポッドからワイヤーアンカーを取り出し、それを右手に装着、そしてそのワイヤーアンカーの先をショマガ・ボバルの背に向け、発射する。ワイヤーアンカーの先端についている鉤がショマガ・ボバルの背に食い込み、展開して固定される。
それを確認したPSK−03はすぐにワイヤーの巻き取りスイッチを押した。ワイヤーがぴんと張り、ショマガ・ボバルを後ろへと物凄い力で引き始める。
「おおりゃぁっ!!」
更にPSK−03を装着している潤が大声で吼えながら右腕を引っ張った。
「ヌオッ!?」
自分を後方へと引っ張る物凄い力に流石のショマガ・ボバルも抵抗出来ず、カノンの首から腕を放し、後ろへと吹っ飛ばされた。
「よっし!!」
そう言って、PSK−03は右腕に装着したワイヤーアンカーを取り外し、今度はメインウエポンであるブレイバーバルカンを手にする。その銃口を倒れているショマガ・ボバルに向けながら、カノンの側に駆け寄り、彼が起きあがるのを片手で助けた。
「苦戦しているようだな、相沢」
「ちょっと油断しただけだ。とりあえず礼は言っておくぜ、北川」
互いに軽口を叩き合いながら、二人はゆっくりと起きあがるショマガ・ボバルから目を離さない。
「気をつけろよ、北川……こいつ、かなり手強いぞ」
「……いつもの事だろ」
「まぁ、そうだけどな」
油断無く身構えるカノン。PSK−03もブレイバーバルカンの銃口を向けたまま、少し腰を落としている。
ショマガ・ボバルは新たに現れたPSK−03とカノンを交互に見ていたが、いきなり両手を広げてジャンプしてきた。
「させるかっ!!」
素早くブレイバーバルカンの銃口を上に向け、引き金を引くPSK−03。装填されている特殊弾丸が秒間50発の勢いで発射されるが、その全てを角で弾き飛ばし、ショマガ・ボバルはそのままカノンとPSK−03に向かって突っ込んできた。角による一撃を受け、吹っ飛ばされてしまう。
倒れながらもPSK−03はブレイバーバルカンの横に付いているボタンを押し、ガトリングモードからグレネードモードへと切り替えていた。ブレイバーバルカンのガトリングシリンダーの中央部が開き、いつでもグレネード弾が発射出来るようになる。
素早く身を起こしブレイバーバルカンをショマガ・ボバルに向けるが、そのすぐ側までショマガ・ボバルは迫ってきており、ブレイバーバルカンを蹴り飛ばした。
「ああっ!!」
蹴り飛ばされたブレイバーバルカンを見、悔しげな声を上げるPSK−03。その胸板に足を踏み落としてくるショマガ・ボバル。
「ぐはっ!!」
「カサン・ヌヅマ・ロサレン・ラリシェバ・ラショジェ・ギュッグヂ・ニシェギャヅ」
そう言ってショマガ・ボバルがPSK−03と同じように倒れているカノンの方を見ると、カノンはすでに起きあがっており、ショマガ・ボバルに向かって拳を振り上げているところだった。
「うりゃあっ!!」
雄叫びと共にカノンの拳がショマガ・ボバルの顔面に叩き込まれ、ショマガ・ボバルを吹っ飛ばす。
「大丈夫か、北川!?」
「ああ……何とかな。しかし何て奴だ」
起きあがったPSK−03は倒れているショマガ・ボバルを見て言った。
「あの角が厄介だな……あれをまず何とかしないと」
その言葉を聞きながらカノンが周囲を見回した。そこに何かが飛来してきたのを見つけたカノンは、立ち上がろうとしているショマガ・ボバルを見、そしてPSK−03を見た。
「あの角を何とかする方法が見つかったぞ」
「本当か?」
「ああ、だから少し時間を稼いでくれ」
「……わかった」
PSK−03がそう言ってカノンの前に出た。腰のホルスターからブレイバーショットを取り出し、左手には電磁ナイフを持って身構える。その間にカノンは後ろに下がると、上空を旋回している聖鎧虫を見上げた。
「頼むぞ……力を貸してくれ」
カノンがそう言うと、聖鎧虫は角の一本を取り外し、カノンの手元へと落下させる。その角を受け取ったカノンはすぐにPSK−03とショマガ・ボバルの方を振り返った。
PSK−03がショマガ・ボバルの振り回す腕をかいくぐると同時に至近距離からブレイバーショットを叩き込む。ブレイバーバルカンと同じ特殊弾丸が発射されるがショマガ・ボバルに大したダメージは与える事は出来ない。反撃とばかりにショマガ・ボバルが蹴りを放つがとっさに後ろに飛び退き、かわすPSK−03。かわしながらもブレイバーショットの引き金を引く事を忘れない。
「くそっ! これじゃダメだ!!」
ショマガ・ボバルと距離を取るように後ろに後退するPSK−03。その前にカノンが出た。手には聖鎧虫の角を持って。
「……フォームアップ!!」
カノンがそう叫ぶのと同時にベルトの中央の霊石が紫色の光を放った。その光の中、カノンの姿が変わる。紫の縁取りの為された鋼色の生体鎧を纏った戦士へと。
その手にある角も紫色の刀身を持つ大剣へと姿を変える。
「行くぞ!!」
そう言ってカノンが大剣を構えて走り出した。
ショマガ・ボバルはカノンの手にある大剣を見て、少し顔を歪めた。だが、すぐにニヤリとした笑みを浮かべ、カノンに向かって走り出す。
「オオオッ!!」
大剣を両手で持ち、振り上げるカノン。一気に振り下ろす。
振り下ろされた大剣をショマガ・ボバルは角で受け止める。両者がぶつかり合い、火花を飛ばす。
「くうっ!!」
跳ね上がった大剣を離すまいと必死に柄を握るカノン。そこに頭から突っ込んでくるショマガ・ボバル。角が鋼色の生体鎧にぶつかり、火花を飛ばし、更にカノンを吹っ飛ばす。
「ぬおっ!!」
吹っ飛ばされながらも何とか足を踏ん張って倒れる事を防ぐカノン。
「グダレ!」
ショマガ・ボバルがまた頭から突っ込んでいこうとする。
「やらせるかよっ!!」
落ちていたブレイバーバルカンを拾い上げたPSK−03がカノンを援護するように引き金を引いた。秒間50発。特殊弾丸がショマガ・ボバルに叩き込まれていく。
横合いからの攻撃に流石のショマガ・ボバルも怯んでしまった。
そのチャンスを逃すカノンではない。手に持った大剣を振り上げ、一歩前に踏み込みながら振り上げた大剣を地面に叩き込むかのように振り下ろす。
次の瞬間、ガキィィィンと言う金属と金属のぶつかり合う甲高い音が周囲に響き渡った。
「……やったか?」
息を飲み、様子を見守るPSK−03。
剣を振り下ろした状態でぴくりともしないカノンとショマガ・ボバル。まるで時が止まったかのように制止している。やがて、そこだけ時が動き出したかのように、ゆっくりとショマガ・ボバルの角の片方が地面へと落ちていった。
「グオオオオオオッ!!!」
ショマガ・ボバルが悲鳴のような声を上げ、のけぞった。同時にカノンが身体を起こし、地面に突き刺さっている大剣を引き抜こうとするが、かなり深く刺さってしまっているらしく引き抜けない。
「このっ……喰らえぇっ!!」
カノンが攻撃出来ないのを見て取ったPSK−03がすかさずブレイバーバルカンを構え直し、グレネード弾を発射する。そのグレネード弾がショマガ・ボバルに命中し、爆発を起こした。
目の前で起こった爆発に吹っ飛ばされるカノン。
「うわっ!!」
地面を転がって受け身をとり、素早く身を起こすとPSK−03の方を向く。
「あぶねぇだろっ、北川ッ!!」
「お前なら大丈夫だと思ったんだよ」
PSK−03が妙に爽やかな声で答える。そして左手の親指を立てて見せた。
「そう言う問題かよ……」
恨めしそうに言うカノンだが、立ち上がると今度はショマガ・ボバルのいた場所へと目を向けた。しかし、そこにはすでにショマガ・ボバルの姿はなく、爆発の跡だけが残っている。
「……消し飛んだか?」
PSK−03がそう言うが、カノンは首を左右に振った。
「んな訳あるかよ……逃げたな。だがかなりのダメージのはずだ」
言いながら変身を解くカノン。元の祐一の姿になり、爆発の跡にまで歩いていき、そこでしゃがみ込む。
「少なくても角の片方は無くしたんだ。これでお前でも充分戦えるだろ?」
落ちていたショマガ・ボバルの角を拾い上げながら祐一がPSK−03を振り返った。
「49号にとってあの角は最大の武器だ。同時に防御の要にもなる。それが半分無いんだから何とかなるだろ」
「……何だよ、もう戦わないつもりか?」
不服そうにPSK−03,いや、潤が言う。
「23日以降に出てくるならいくらでも相手をしてやるさ。あのダメージからすれば一週間は出てこないだろうしな」
角を片手に立ち上がりながら言う祐一。そこにサイレンを鳴らしながら数台のパトカーがやってきた。それを見やりながら、祐一は手に持っていた角をPSK−03に渡し、停めてあったロードツイスターの方へと歩いていく。と、不意に立ち止まり、祐一はPSK−03の方を振り返った。
「………ああ、そうだ。北川、金貸してくれないか?」

<12月18日02:24AM 都内某所・路地裏>
薄暗い路地裏にその男は座り込んでいた。
頭に巻いている革の鉢巻きの下に血を滲ませ、メッシュのTシャツの下の身体のあちこちにも血を滲ませている。
カノンに角を折られ、更にPSK−03のグレネード弾の一撃を食らいつつも何とかあの場から逃げ出す事の出来た未確認生命体第49号、ショマガ・ボバルである。怪人体から人間体に戻り、素早くあの場から離れた場所へと移動し、警察による追跡を免れたのであった。カノンやPSK−03だけでなく、警察からも逃げたのは今の身体のダメージではヘタをすれば警察の装備で窮地に陥る可能性があったからで、決して彼ら、ヌヴァラグの言うところの「ゼース」を諦めたわけではない。まだ時間はたっぷりとある。ダメージの回復を待って、それから「ゼース」に復帰しても問題はない。
だが、一つ問題があるとすれば、それはやはり自慢の角を折られた事であろう。ショマガ・ボバルの最大の武器であり、防御の要にも為り得るあの角を半分失ったのはかなり手痛い事実であり、これからの「ゼース」にどう響いてくるか、彼自身も予想できないことだった。
「グウウウ……」
唸り声をあげながら、額に滲む血を手で押さえる。
決して耐えられない痛みではないのだが、その痛みは彼にとって屈辱の痛みである。次に会った時は確実にカノンとあのビサンの戦士を殺す。痛みがぶり返す毎にその思いを深く、強く心に刻み込んでいく。
「………今のビサン、いや、ヒトを舐めてかかるからそうなるんだよ」
不意にそんな声が路地の奧から聞こえてきた。
ビクッと驚いたように身体を浮かせるショマガ・ボバル。
この路地にはつい先程まで自分以外の気配は全く無かった。ヌヴァラグである彼には人間以上の知覚能力があり、その気配察知能力から逃れる事の出来るものは同じヌヴァラグの中でもそうはいない。
「ジャデジャ?」
路地の奧の闇に向かってそう言う。油断無く、いつでも飛びかかれるように身構えながら、人間体から怪人体へと変身するショマガ・ボバル。
「フフフ……」
路地の奧、闇の中にいる人物は目の前でショマガ・ボバルがその真の姿を現しているにも関わらず、余裕の笑みを漏らしていた。
「心配しなくてもいいよ。ボクは只の傍観者で、君に危害を加えるつもりはないんだから」
そう言って路地の奧の闇から出てきたのは、闇と同じ黒いダッフルコートに身を包み、頭には赤いカチューシャを付けた少女。
「マヲジャ・ロサレバ?」
「ボク? ……そうだね、ボクは観客かな。君とカノン達とのゲームの」
少女の答えにショマガ・ボバルが首を傾げる。
「わからなくてもいいよ、君たちには関係ない事だからね。さてと、ちょっと早いけど君にクリスマスプレゼントだよ」
そう言って少女がその手をショマガ・ボバルに向けた。その指先が光に包まれ、その光が失われたショマガ・ボバルの角の根本へと伸びていく。すると、そこに失われたはずの角が復活していた。
「……!!」
驚きに目を見張るショマガ・ボバル。
「フフフ……これでいいね。これならカノンにアイン、PSK−03とも互角以上に戦えるから。それじゃ頑張って、ボクを楽しませてよ?」
少女はそう言うと、現れた時と同じように路地の闇の中に消えていった。
ショマガ・ボバルはと言うと、闇の中に消えていった少女の事など目もくれず、新たに生えてきた角に狂喜乱舞していた。これならばあのカノンも、ビサンの戦士も簡単に倒せるだろう。「ゼース」の勝利も自分のものとなる。
「ふははははははっ!!」
思わず高らかな笑い声をあげるショマガ・ボバルであった。

<12月21日20:23PM 喫茶ホワイト・店内>
「ありがとうございました〜」
カランカランと鳴るカウベルの音に瑞佳の声が重なる。これで店に残っているのはマスター他店員3人、常連である香里、アルバイトのウエイトレスである霧島佳乃の姉、聖ぐらいだけになる。
「今日はこれで終わりだねぇ〜」
佳乃がそう言ってマスターを振り返る。
「何を言っているんだ、佳乃。まだ私と香里君がいる」
カウンターに座っている聖がそう言うが、佳乃はニコニコ笑顔で姉を振り返った。
「お姉ちゃんと香里さんは別だよぉ。身内みたいなものだし」
「まぁ、確かにね」
佳乃の言う事に同意したのは香里だった。
「ダメだぞ、香里君。佳乃、いくらバイトだと言っても公私混同は……」
少しだけ眉を寄せて聖が言うので佳乃は少しだけだが頬を膨らませた。
「まぁまぁ、いいじゃないか。香里ちゃんにしろ、聖さんにしろ、常連さんなんだし」
仲裁したのはマスターだ。
「そうそう、この店の数少ない常連さんだしね」
瑞佳がそう言いながら微笑む。
「おいおい瑞佳、そりゃ酷いだろ」
マスターがそう言い、香里達が一斉に笑い声をあげる。
その輪から少し離れたテーブルでは祐一が座り込み、財布の中身をテーブルの上にぶちまけ、頭を抱えていた。
「………………」
テーブルの上に乗っているのは千円札が3枚と小銭が少々。これこそが彼が頭を抱えている最大の理由であった。
「……どうしたの、祐さん?」
一人だけあからさまなまでに落ち込んでいる祐一に声ををかけてきたのは佳乃だった。
祐一は声をかけてきた佳乃を見ると、泣きそうなくらい潤んだ目で彼女を見て、こう言った。
「佳乃ちゃん、頼む、金貸し……」
そこまで言いかけ、祐一は物凄く冷たい視線を感じて口を止めた。そっと視線の主を辿っていくとこちらを冷ややかに睨み付けている聖と目があった。
「あ、あはは〜、いや、何でもないよ、佳乃ちゃん」
白々しい程乾いた笑いを浮かべて祐一がそう言う。
「そう? だったらいいけど」
少し首を傾げながら佳乃が戻っていく。純真な彼女は祐一の言った事を真に受けてしまったらしい。
その様子を見ていた香里と瑞佳がそれぞれに複雑な表情を浮かべる。
「一体何でそこまでお金がいるのかな?」
瑞佳がそう言って香里を見る。彼女の方が祐一との付き合いが長い。何か理由があるなら彼女の方が心当たりがあるのではないかと思っての事だ。
「さぁね……って今日何日?」
「21日だけど?」
「………ああ、そう言う事か」
ようやく何か思い当たる事があったらしい香里が一人頷いている。
「そう言う事って?」
興味を引かれたらしい瑞佳がそう尋ねると、香里は彼女の方を向いた。
「瑞佳さん、名雪の事、覚えてる?」
「名雪……さんて言ったら確か祐さんの従姉妹で恋人の……」
瑞佳は記憶の中から一人の女性の面影を引き出していた。長い髪、何処かほわんとした雰囲気。そう何度も会った事はないし、話した事もない。見かけたのは病院の中だけで、祐一が物凄く愛おしそうな笑みを浮かべて彼女を見つめていた事だけを覚えている。
「そ。名雪の誕生日って23日なのよ、今月のね」
「ああ、そうなんだ……」
瑞佳は香里に言われて、祐一の方を見やった。
恋人の誕生日なので何か買ってあげようと言うつもりだったのだろう。何せ祐一は東京、名雪はN県にいて、普段なかなか会う事が出来ないし、祐一は未確認生命体と戦う戦士でもある。何時会えなくなるか二人とも互いに不安であるに違いない。
「只会うだけじゃダメなのかな?」
「さぁ? まぁ、そこはあれね、相沢君の男としての意地って所かしら」
そう言って香里が微笑んだ。
「待ってる名雪にしても会うだけで充分だとは思うけどね。せっかくの誕生日だし、何かプレゼントしたいって気持ちはわからないでもないわ」
「そう……だね」
少しだけ、瑞佳は切なげに目を伏せた。
待っているのは自分だって同じだ。何処にいるのかわからない幼馴染み、だが、時折すぐ近くにいるように感じられて、それでも会えなくて。でも、待っていれば必ず会えると信じている。
(会いたいよ、浩平……)
「ところでマスター、相沢君の給料ってどうなってるの?」
香里が椅子をくるっと回してマスターの方を向いた。
「この前瑞佳さんに聞いたらほとんど生活費に充ててるって聞いたけど……ちょっとおかしいと思うのよね〜」
そう言って笑みを浮かべる香里に、マスターはぎくっとした表情を浮かべた。
「な、何言うんだい、香里ちゃん。まさか俺が祐一の給料を減らしてその分でパチンコしたり競馬したり、そんな事しているわけないじゃないか」
「………」
マスターの発言に香里、瑞佳、そして同じくカウンターにいた聖までもがジトッと冷たい視線を彼に送った。
「………語るに落ちるとはこの事だな」
聖が嘆息しながら言う。
香里は額に手をやり、首を左右に振っている。
瑞佳に至っては怒ったように顔を真っ赤にさせてマスターを睨み付けていた。
「マスター!!!」
「じょ、冗談だよ、冗談!」
マスターは慌ててそう言うと、カウンターの奧にある戸棚から預金通帳を取り出してきた。
「ほれ、これが真相だよ」
預金通帳をカウンターの上に置く。その名義は何と「相沢祐一」となっていた。
「……相沢君の通帳?」
「何でマスターが?」
香里、瑞佳が口々に言い、マスターの顔を見る。
「少し前に祐一の叔母さんが来てた事あっただろ?」
「秋子さんの事ね?」
「そう、その秋子さんから預かっていたんだよ。あいつに渡してやってくれってな」
そう言ってマスターは未だ頭を抱えている祐一の方を見た。
「そう言うわけで預かっていたんだが、ついでだったからそこにあいつの今までの分の給料を振り込んでおいて、更にこれからの分の給料も自動振り込み出来るようにしておいた。でまぁ、それをすっかり忘れていたわけだな」
「……それじゃ今日まで祐さんが使っていたお金は……?」
「多分あれだろ。あいつが記憶無くしていた時の分じゃないのか? 余り金使っている風でもなかったしな」
マスターに言われて瑞佳も香里も今までの事を思いだしてみる。確かにマスターの言う通り余り祐一がお金を使っているところを見た記憶はない。使うとすればバイクのガソリン代ぐらいだと思うのだが、ロードツイスターはどうも普通のガソリンを使っているのではないらしい。何時も制作者である本坂の店にまで行っているのだ。
「まぁ、これでとりあえず俺が祐一の給料を勝手に使っているという疑いは晴れたわけだ。それじゃ、これを祐一に渡してきてくれ」
「わかったよ」
瑞佳はカウンターの上に置かれた祐一名義の預金通帳を手に取ると、落ち込み、何か黒いオーラまで纏いだした祐一の側へと歩いていく。預金通帳を見た祐一がぱぁっと笑顔になり、瑞佳の手を掴んで大きく上下に振る。今までの落ち込みようがまるで嘘だったのかのように明るい笑顔であった。
「………わかりやすいな、意外と」
聖がぼそりと呟いたその横で香里が同意するように頷いていた。

<12月22日17:54PM 都内某商店街>
2日後に迫ったクリスマスイブに、その商店街もにぎわいを見せていた。いや、クリスマスだけではなく、もう年末だ。普段以上ににぎわいを増している。
「いらっしゃいませ〜! まだクリスマスケーキのご予約、間に合いますよ〜!!」
サンタクローズの衣装に身を包み、わざわざ白いヒゲまでつけた青年が大きい声で通りかかる人々に声をかけている。きっとアルバイトだろう。その割にはやる気満々ぽいが。
「いかがですか〜! まだ間に合いますよ〜!!」
声を張り上げる青年だが、道行く人々は誰も相手をしようとはしない。もうすでに予約を済ませてしまっているのか、それとも必要がないのか。
流石に青年も張り合いを無くし、声を上げるのをやめてしまう。
そこに青年のすぐ後ろにあったケーキ屋の店長が顔を見せた。
「折原君、ちょっと中に入って休憩する?」
「あ、いいんですか? さっきからもう寒くて寒くて」
店長にそう言い、笑みを返す青年・折原浩平。
顔につけていた白いヒゲをとり、店の中に入る。店の中はケーキなどの甘い匂いが充満しており、苦手な人ならそれだけで吐きそうなくらいである。
「いや〜、相変わらず凄い匂いッスね」
浩平がそう言うと、店長は苦笑を浮かべて彼にコップに入れた紅茶を持ってくる。
「厨房と繋がってるからね〜。空調をちゃんとしたらもうちょっと匂いとかマシになるんだろうけど」
「それくらいやりましょうよ」
コップを受け取りながら浩平が言う。
「まぁまぁ。それにここはケーキ屋なんだし、甘い匂いがしていても問題なし!!」
店長がそう断言するのを紅茶を飲みながら聞いている浩平。それから少し店長と話してから、再び客引きの為に表に出る。
「う〜、寒寒」
寒風に身体を震わせながら浩平が再び声を張り上げようとすると、こっちをじっと見つめている男がいるのに気がついた。
頭には革の鉢巻きをし、冬だというのにメッシュのTシャツだけの体格のいい男。その左手首には勾玉の付いたリングがはめられている。
「………」
じっと自分を見つめている男を浩平は胡散臭そうに見返した。
「次は……お前だ」
男がそう呟き、浩平に向かって走り出す。走りながら、その姿を人間のものから怪人体へと移行する。
「未確認生命体か……面白い。退屈していたんだ、相手になってやるよ」
浩平はそう言うと、つけていた白いヒゲをとり、両手を交差させて前に突き出した。それをそのまま左の腰に引き寄せ、右手だけを一度前に突き出しすぐに右の腰へと引き寄せる。首刀を立てて改めてゆっくりと息を吐きながら前に突き出す。
「変身ッ!!」
浩平のその声と共に彼の腰にベルトが浮かび上がり、その中央の霊石が左右に埋め込まれた赤青の宝玉と共に光を放った。その光の中、浩平の姿が戦士・アインへと変わっていく。
深い緑色の生体装甲に身を包んだ荒々しき戦士。だが、すぐにその身体を覆う生体装甲が剥がれ落ちていく。その下から現れたのは同じ深緑色の、より洗練された生体装甲。アイン完全体である。
突っ込んでくるショマガ・ボバルをジャンプしてかわしたアインは着地すると同時に後ろ回し蹴りを叩き込み、ショマガ・ボバルを吹っ飛ばした。
突如始まった未確認生命体同士の戦闘に商店街を歩いていた人達が悲鳴を上げて逃げ出した。更にその騒ぎを聞きつけ、ケーキ屋の中から店長が顔を出した。
「ン……何の騒ぎ………う、うわぁっ!!」
店の前に倒れているショマガ・ボバルに、驚きの声を上げ、店の中に逃げ戻る店長。
「ウガァァァァッ!!」
雄叫びをあげながらショマガ・ボバルに飛びかかるアイン。肩に手をかけ、起きあがらせるとその顔面に肘を叩き込む。
肘による強烈な一撃を受けたショマガ・ボバルは、よろけて足をもつれさせ、その場に尻餅をついてしまう。そこに更に容赦のない蹴りを叩き込んでいくアイン。
のけぞりながら吹っ飛び、ケーキのショーウィンドウをぶち割ってショマガ・ボバルが中に倒れ込む。
割れたガラスを飛び越え、アインがショマガ・ボバルを追って中に飛び込むと、中ではカウンターの陰に隠れた店長がガタガタ震えながらガラスをぶち割って飛び込んできたショマガ・ボバルと、それを追って入ってきたアインを見ていた。どうやら腰を抜かしてしまっているらしく動けないので仕方なくそうしているらしい。
店長の存在に気付いたアインはショマガ・ボバルの身体を掴みあげると、外に向かって放り投げた。そして自分も表に飛び出していく。
(チッ、まずい事したかもな……)
そう思いながら外に出ると、いきなりショマガ・ボバルがその角でアインに襲いかかってきた。
「くうっ!!」
必死に横に飛び退いてその角による一撃をかわしたアインだが、そこにショマガ・ボバルの蹴りが叩き込まれ、吹っ飛ばされてしまう。道の脇に立っていた電柱に背を打ち付け、その場に倒れるアイン。それを狙ってショマガ・ボバルがまた走り出した。勿論頭の角を前に向けて、である。
「ぬおっ!!」
素早く立ち上がったアインはショマガ・ボバルの角が届くギリギリのところでジャンプし、その角と角の上にさっと降り立った。そしてその頭部を思い切り蹴飛ばしてから着地する。着地したアインの後ろでのけぞりながら倒れるショマガ・ボバル。
「ウオオオオオッ!!」
振り返り、天を仰いでアインが吼える。マウスガードが開き、中に生える牙が覗く。その咆吼と共に踵に生えた鉤爪が光を帯びていく。
「ヌオオオオッ!!」
雄叫びをあげながらアインがショマガ・ボバルに向かって走り出した。ある程度距離を詰めた時点でジャンプ、身体を伸ばしたまま空中で回転し、両方の踵をショマガ・ボバルめがけて振り下ろす。
起きあがりかけていたショマガ・ボバルは空中を舞うアインを見るとすぐにその角を前に突き出した。その角でアインの両方の踵を受け止めてしまう。
「何っ!?」
驚きの声を上げるアイン。
ショマガ・ボバルはそれに構わず、頭を振り回し、アインを投げ飛ばした。
吹っ飛ばされ、地面に激突するアイン。ショマガ・ボバルの追撃を考え、すぐに起きあがるが、その場にショマガ・ボバルの姿はもう無かった。
「……逃げた……のか?」
そう呟き、アインの姿から浩平の姿に戻る。
突如始まった商店街の戦闘に、誰かが通報したのであろう、パトカーのサイレンの音が聞こえてきた。それを耳にした浩平は小さく頷く。
「なるほどね……」
しかし、実際にはそうではない事を彼は知らない。警察官が何人来てもショマガ・ボバルにとって敵ではないのだから。では何故ショマガ・ボバルが逃走したか。アイン必殺の踵落としを完全に防ぎきれなかったからである。踵の直撃は確かに免れたがその踵の生えている鉤爪が頭部を薄く切り裂いていたのだ。
怪人体から人間体に戻りながら、頭から流れる血を舌で嘗め取るショマガ・ボバル。
「………まだだ………」

<12月22日19:31PM 喫茶ホワイト・店内>
今日は早々と客がいなくなったのでこの時間でも祐一達は暇をもてあましていた。
「流石は12月。もうお客さんがいませんね」
「果たしてそれがいい事なのか悪い事なのかは微妙だと思うけど……」
祐一の言葉にそう返し、瑞佳は苦笑した。
「それにしても祐さん、いよいよ明日だね!」
そう言って祐一の肩を叩いたのは佳乃である。かなりゴキゲンのようでぽんぽん何度も祐一の肩を叩いている。
「ン? 何が?」
祐一が佳乃の方を振り返りながら尋ねる。
「またまた、とぼけちゃってぇ!」
佳乃がそう言って祐一の背中をどんと突いた。思わずよろけてしまう祐一だが、何の事かすぐに思い出し、苦笑を浮かべる。
「そう言えば明日、行くんだよね。名雪さんの所に」
瑞佳がそう言ったので祐一は大きく頷いた。
「ねぇねぇ、何買ったの? プレゼント買ったんでしょ?」
好奇心丸出しで尋ねてくる佳乃。
「ねぇねぇ、祐さん、何買ったか教えてよぉ」
「そ、そんなたいしたもんじゃないよ」
祐一は照れているのか赤くなりながら佳乃の追求を逃れようとする。だが、そう簡単に追求をやめるような佳乃ではない。何故か目をキラキラさせながら追及の手を休めない。
「ご謙遜だよぉ、祐さん。なかなか会えない恋人の為に人にお金借りようとしてまで買ったものなんだからきっといいものなんでしょ? ねぇ、教えてってば〜」
「いや、だからそんなたいしたものじゃ……」
「ねぇねぇ、祐さん〜」
「瑞佳さん、見てないで助けてくださいよ〜」
余りにもしつこい佳乃の追求に祐一は側にいた瑞佳に助けを求めた。だが、彼女はつけっぱなしになっていたテレビを見ていて返答しなかった。テレビではバラエティ番組が放送されていたが、瑞佳の目が釘付けになっているのはその画面上部に流れているテロップだった。祐一もそれに気づき、急に表情を硬くする。
『未確認生命体第49号が再び出現。現在警察が追跡中。杉並、世田谷両区の住民は厳重に注意』
二人の様子から佳乃もテロップに気がついたようだ。先程までとうってかわって不安げな表情になる。
「……祐さん」
瑞佳がそう言って祐一を見る。
祐一は無言で、テレビの画面を見つめていた。もうテロップは消えてしまっているが、それでもじっと画面を見つめている。
「……クリスマスはもうちょっとなのに……」
寂しげに佳乃が呟く。彼女の姉、聖は関東医大病院の医師であり、同時に警視庁の属託医も兼ねている。特に未確認生命体関連の事件の被害者の解剖などは彼女が一手に引き受けていた。この調子ではクリスマスは一緒に過ごせそうにもない。
「……大丈夫だよ、佳乃ちゃん。あんな奴、さっさと倒されるさ」
祐一がそう言って振り返った。
「警察はいるし、PSK−03だっている。だから大丈夫だよ」
「……そうだね、第3号だっているもんね!」
祐一が右手の親指を立てて、笑みを見せたので、佳乃も同じ仕草を返した。佳乃自身は気付かなかったが、瑞佳は佳乃が「第3号」と言った時、祐一がごく僅かに表情を引きつらせた事に気付いていた。
警視庁未確認生命体対策本部のつけた未確認生命体第3号、それはすなわちカノンの事である。警察は何も公表していないが、第3号は人類の味方であるという考え方がすでに広まっていた。だが、その未確認生命体第3号、カノンの正体が誰であると言うことまではごく一部を除いて知られていない。当然佳乃も知らないのだ。第3号が目の前にいる祐一である事など。

<12月22日20:54PM 倉田重工第7研究所・第3実験室>
PSK−03がその広い部屋の中央に置かれた角と向かい合う。その手に持っているのはブレイバーバルカンではなく、更に大型の銃。通称ブレイバーノヴァと呼ばれるレーザー銃だ。初期に開発されたものと比べて大幅に改良が為されており、しかしそれでも最大の弱点である稼働時間の短さは解消されていない。連続照射が可能なのは30秒。それ以上は銃身が保たない。更にそれで使用出来るのは3回が限度。これは使用しているエネルギーパックの問題であった。エネルギーパックがなかなかに大きい為にブレイバーノヴァ自体もかなり大型になってしまっている感がある。
『北川君、準備はいい?』
PSK−03のマスクに内蔵されている無線から留美の声が聞こえてきた。彼女はこの第3実験室の隣にある監視ルームの中にいる。そこには彼女と斉藤のPSKチーム以外にも装備開発部主任の深山雪見、第7研究所所長である倉田佐祐理の姿もあった。他にも未確認生命体分析チームの者、そして警視庁未確認生命体対策本部から晴子と住井、国崎の3人、科警研から主任研究員の椎名華穂と南がやってきている。
「いつでもOKです」
マスクに内蔵されているマイクに向かってそう言い、潤はブレイバーノヴァを構えた。
照準を角に合わせ、引き金を引く。ブレイバーノヴァの銃口から一直線にレーザー光線が伸び、角に直撃する。その瞬間、物凄い光が第3実験室内を満たした。
第3実験室と壁とガラス一枚で仕切られている監視ルームにもその光は届いており、余りもの眩しさに誰もが目を背けた。だが、瞬時にガラスが遮光ガラスとなり、その眩い光を遮る。
そんな中、留美と斉藤だけは監視ルーム内の設置されているモニターを見、更に斉藤は手にストップウォッチまで持っていた。
「そろそろです」
「了解。北川君、照射やめ」
『了解』
スピーカー越しに潤の声が聞こえ、光がおさまった。同時に遮光ガラスになっていたガラスが元の透明なガラスに戻る。
「何だったんだよ、今のは?」
国崎がそう言って留美達を見る。
「説明するから向こうを見てくれる?」
留美がそう言って立ち上がった。
「あそこに置いてるのは紫の第3号がPSK−03と協力して第49号から叩き切った角です。その硬度はおそらく地上にあるどの様な鉱物よりも硬いと思われます」
「あ、あの……そ、それは……ダイヤモンド以上、と言う事でしょうか?」
おずおずと質問したのは科警研所属の椎名華穂だった。
一般的に地球上でもっとも硬い鉱物と言えばダイヤモンドだろう。それ以上に硬い鉱物など未だ発見されていない。
「ダイヤモンドカッターで試した結果、ダイヤモンドカッターの方がダメになりました」
そう言ったのは倉田重工未確認生命体分析チームの者であった。
「そんな硬度のものがあったなんて……」
驚きの声を上げる住井。
「今お見せしたのはレーザー光線による切断出来るかどうかの実験です。残念ながら失敗に終わりましたが」
留美の言う通り、実験室内の角には傷一つついていない。
「で、あんなもん見せてうちらにどないせいっちゅうねん。あれは破壊出来へんから手を出すなっちゅうんか?」
不機嫌そうに晴子が言う。
「そうじゃありません。あの角はおそらく我々には破壊不可能です。だから、そこ以外の箇所を狙うようにお願いしたかっただけです」
「ご自慢のPSK−03でも手がでぇへんちゅうことか?」
「あの角には手も足も出ないと言うのが本当のところです。だからこそ、今度は今まで以上に連携を密にし、対処したいんです」
そう言ったのは佐祐理だった。
「どうかご協力、お願いします」
深々と頭を下げる佐祐理に、晴子は逆に戸惑ってしまったようだ。慌てた様子で佐祐理の側により、自分も頭を下げる。
「……とりあえず俺たちが出来る事は足止めぐらいだ。49号を倒すのはあんたらの役目だぜ」
国崎がそう言って留美達を見た。
留美は黙って国崎を見返し、大きく自信たっぷりに頷いた。
「よし……住井、49号の追跡はどうなってるんだ?」
「今確認します」
住井はそう言って携帯電話を取りだした。おそらくは警視庁内にある対策本部にかけているのだろう。未確認生命体の情報は逐一、ここに集められるからだ。
「……わかりました。現在の時点での49号の居場所は特定されていません。ですが、最後に目撃された地点、八王子市から西に向かっていると思われます」
携帯電話を上着のポケットに直しながら住井が言う。
「わかった。俺たちは49号を追う。あんた達はどうするんだ?」
「PSK−03の調整が終わり次第追いかけるわ。出来ればそれまでに49号を捕捉しておいて欲しいけど、どう?」
留美の挑戦的な言い方に国崎がニヤリと笑って答えた。
「日本の警察は優秀なんだ。甘く見るなよ」
そう言って国崎が住井を伴い監視ルームから出ていく。未だお辞儀の交換をしていた晴子は、それに気付くと慌てて彼らの後を追った。

<12月22日22:14PM 倉田重工第7研究所・Kトレーラー内部>
PSK−03の調整はKトレーラーの中で行われていた。
留美と斉藤は忙しそうにモニターに向かい合い、キーボードを叩いている。その間、潤は暇をもてあましたかのようにKディフェンサーのボディを手で触っている。
と、不意に彼の携帯電話が鳴り始めた。慌ててKトレーラーの外にでて、通話ボタンを押す。
「もしもし、北川です……」
『よぉ、北川君』
「……相沢か。何の用だ?」
かけてきた相手が誰かわかると、少し不機嫌そうな声で言う。PSK−03の調整が終わればすぐに出動しなければならないのだ。余り余計な話をしている暇はない。
『ああ、実は49号の事なんだけどな』
「また出たという話なら知ってる。警察と協力して今度こそ倒すつもりだ」
『頼もしい限りだねぇ〜。じゃ、俺の出る幕はないな』
「……何?」
『お前に任せた。俺は明日用事があるから絶対に呼ぶな。以上だ』
「お、おい!!」
電話の相手は潤にそれ以上言わせず、さっさと通話を切ってしまう。
「………何て奴だ……」
切れてしまった携帯電話を見つめながら呟く潤。
「……用事だぁ? 未確認生命体を倒す以上にどれだけ大事な用事があるってんだ……」
ぶつぶつ言いながらKトレーラーの中に戻ると、留美達がPSK−03につなげたコードなどを回収していた。どうやら調整作業は終了したらしい。
「行くわよ、北川君! 絶対にクリスマスイブまでに倒してイブはパーティよ!!」
留美がそう言ってビシッと指を突き付けた。
「りょ、了解です……」
そんな彼女の迫力に負け、潤の返事は少し戸惑いが伺えた。
Kトレーラーが倉田重工第7研究所地下の駐車場から発進していく。

<12月23日02:43AM Y県内某所>
Y県警は東京方面に繋がる道路に検問所を造り、未確認生命体第49号の発見に力を注いでいた。
「こんなもんで見つかるとは思えないけどな〜」
検問所に詰めている若い警官がそう呟く。
「だって、あれでしょ? 相手は未確認生命体って奴じゃないッスか。こうやって道路検問したって意味無いと思いますけどね」
「んな事言っても仕方ないだろ? 上がやれって言ってんだから」
「ですけどね、意味無い事やっても仕方ないって……」
若い警官がなおも先輩の警官に何か言おうとした時だった。突然検問所の前で停止している一台の車が浮き上がり、そのままひっくり返ったのだ。
「な、何だ?」
二人だけでなく、他の警官達も驚いたようにその場に硬直してしまう。誰もが一体何が起きたのか把握出来ていない。
「せ、先輩、あ、あれ……」
先程文句を言っていた若い警官が吹っ飛んだ車が元あった場所を指さした。そこには頭部に巨大な角を持った怪人の姿があった。未確認生命体第49号ショマガ・ボバルである。
ショマガ・ボバルは左手首にしていたリングに着いている勾玉を一つ、移動させると、検問所の方を見やった。
「………ジョゲ」
そう言って右手を振る。
「カサン・ヌヅマダ・ギナサダソ・ゴドヌ」
ショマガ・ボバルはそう言いながら一歩一歩前に進んでくる。
警官達は一斉に拳銃を抜いて、その銃口をショマガ・ボバルに向けた。だが、その銃口が震えている者も少なくない。何と言っても未確認生命体と対峙するのは初めてだからだ。東京と違い、ここY県では未確認生命体がほとんど現れたという報告は為されていない。その為だろう。
「う、撃て!!」
誰かがそう叫んだ。そして皆が一斉に引き金を引くが、それよりも早くショマガ・ボバルは宙に舞っていた。空中で一回転し、警官達の前に降り立つと、その豪腕で近くにいた警官を薙ぎ倒す。
「う、うわぁぁぁっ!!」
若い警官が悲鳴を上げながら引き金を引くが、その銃弾は頭の角によって弾かれてしまう。
「うわぁぁ……あああ……うわああああっ!!」
情けない悲鳴を上げながら何度も引き金を引く若い警官だが、その全てをショマガ・ボバルは角で弾き飛ばしその若い警官に一気に迫り寄った。
「カサソモ・ニメ」
ショマガ・ボバルがその手を若い警官に向かって伸ばした時、ショマガ・ボバルの背中で小さな爆発が起こった。若い警官に向けていた手を止め、振り返るショマガ・ボバル。
「大丈夫か!?」
そう言ったのはパトカーから身を乗り出し、ライフルを構えた国崎だった。第49号にようやく追いついたらしい。
若い警官はコクコクと頷いてみせると、その場から逃げ出した。
「第49号はこっちに任せろ! あんたらは退いてくれ!!」
国崎がそう叫ぶと、Y県警の警官達が第49号を遠巻きにしながらゆっくりと後退していく。検問所の前につまっていた沢山の車に乗っていた人達もいつの間にか逃げ出している。
「さてと、後は時間稼ぎをするだけだな」
そう言って国崎がパトカーから降りると、そこにサイレンを鳴らしながらKディフェンサーがやってきた。
「待たせたな」
Kディフェンサーに乗っていたPSK−03がおりながら国崎にそう言う。
「いや全然待ってねーし」
思わず突っ込む国崎を無視して、PSK−03は装備ポッドの中から高周波ブレードをとりだし、右手に装着した。そして、ショマガ・ボバルと対峙する。
「今度こそとどめを刺してやる………って、角生えてるじゃないか!!」
PSK−03はショマガ・ボバルの頭部に二本の角がきっちり生えそろっているのを見て、驚きの声を上げた。
「あれはカノンが叩き切ったはずなのに……」
「どうやら凄い再生能力みたいだな」
PSK−03の後ろで国崎が呟く。
「とりあえず効くかどうかはわからないが援護するぜ。お前さんは突っ込みな」
そう言って国崎がライフルを構え直す。同時に走り出すPSK−03。
国崎のライフルに装填されているのは強化型炸裂弾。未確認生命体に対してダメージはそれほど期待出来ないが、それでも牽制する事は出来る。
「ウオオオオッ!!」
潤の雄叫びに被せるように国崎が引き金を引いた。
ショマガ・ボバルは国崎の撃ったライフル弾を全て角で弾き飛ばし、突っ込んできたPSK−03をそのまま迎撃した。角とPSK−03の胸部装甲がぶつかり合い、闇の中に火花が飛ぶ。
「うおっ!!」
後ろに吹っ飛ばされるPSK−03にすぐに追いすがってくるショマガ・ボバル。
「やらせるかよっ!!」
そう言いながらPSK−03が右手を突き出した。高周波ブレードが唸りを上げ、ショマガ・ボバルを襲うが、それも角で器用に受け止められてしまう。高周波ブレードとぶつかり合い、火花がまた飛び散った。
「くうっ!!」
PSK−03が高周波ブレードをぐいぐいと押すが、ショマガ・ボバルはそれ以上の力で角を押し返してくる。
「何て……パワーだよ、こいつ!!」
そこに国崎が再びライフルを撃ってきた。ショマガ・ボバルの脇腹当たりで小さな爆発が次々に起こるが、ショマガ・ボバルは意にも介さない。PSK−03の右腕を掴むとそのまま持ち上げ、投げ飛ばしてしまう。
近くにあった車の屋根の上に叩きつけられるPSK−03。
起きあがろうとするが、そこにショマガ・ボバルがジャンプして来、PSK−03の胸板を踏みつける。
「カノンバ・ジョゴジャ?」
ぐいっと顔をPSK−03に近づけて言うショマガ・ボバル。
「な、何だよ……?」
「カノンバ・ジョゴジャ・ショギリシェ・リヅ」
「何言ってんのかわかんねーよ!!」
潤はそう言うと、装備していた高周波ブレードを強制的に排除し代わりに腰のホルスターからブレイバーショットを引き抜いた。そしてその銃口をショマガ・ボバルの胸に向け、引き金を引く。セミオートにして一気に全弾使い切るぐらいの覚悟で撃ち続ける。
流石のショマガ・ボバルもそれにはたまらず吹っ飛ばされてしまった。地面に倒れたショマガ・ボバルを見たPSK−03はすぐに起きあがると、弾丸を使い切ったブレイバーショットを捨て、左の二の腕に装備されている電磁ナイフを手にして立ち上がり、ショマガ・ボバルに飛びかかっていく。
「おおおっ!!」
逆手に持った電磁ナイフをショマガ・ボバルの左肩につき立てる。
「グッ!!」
低い呻き声を上げるショマガ・ボバル。その左肩に突き刺さった電磁ナイフを横目で見、そして物凄いパワーで上にいるPSK−03を吹っ飛ばした。今度は別の車のドアに背中から叩きつけられる。
ショマガ・ボバルが立ち上がると、左肩に刺さった電磁ナイフを引き抜き、その場に投げ捨てた。傷口から流れる血をそのままに、ショマガ・ボバルはPSK−03に背を向けると、夜の闇の中に走り去っていった。
呆然と見ていることしかできなかった国崎は、第49号が逃げていった事に気付くと、慌ててPSK−03に駆け寄った。
「お、おい、大丈夫か!?」
「………何とか………」
PSK−03がそう言い、首を左右に振って意識をはっきりとさせる。
「第49号は?」
「何か逃げてった。とりあえず負傷はしていたようだがな」
「く………」
悔しそうな声を漏らすPSK−03。
「とりあえず朝になるまでは追跡出来ないな。あんたらにもまだ協力して貰わなきゃいけないんでな、今のうちに休んでおいてくれ」
国崎はそう言って立ち上がり、乗ってきたパトカーに向かった。無線で第49号が現れた事、PSK−03と戦闘した上で手傷を負い逃亡した事を対策本部に報告する。
「……相沢がいてくれたら……」
報告をしている国崎の姿を見ながら、潤が小さい声で呟いていた。

NEXT

本・漫画・DVD・アニメ・家電・ゲーム | さまざまな報酬パターン | 共有エディタOverleaf
業界NO1のライブチャット | ライブチャット「BBchatTV」  無料お試し期間中で今だけお得に!
35000人以上の女性とライブチャット[BBchatTV] | 最新ニュース | Web検索 | ドメイン | 無料HPスペース