<教団施設敷地内庭園 11:36AM>
 先に走り出したのは荒々しき印象を持つ紫の戦士・アイン。大きく拳を振りかぶりながら正面に立つ凛々しき印象を持つ白き戦士・カノンに向かっていく。
「ウオオオオッ!」
 雄叫びをあげながらアインが拳をくり出す。
 アインの拳を迎え撃つかのようにカノンもまた拳を振りかぶっていた。丁度カウンターになるように拳を突き出していく。二人の戦士の拳が互いの顔面を捉えたのは全くの同時だった。
 二、三歩よろめきながら後ろへと後退するカノンとアイン。受けたダメージは互いにほとんど同じのようだ。
「やってくれんじゃねぇか、相沢!」
 ようやく踏み止まったアインがそう言ってカノンを見やる。
「本気か、折原!?」
 同じく踏み止まったカノンがアインを睨み付けながらそう尋ねた。アイン、折原浩平とは色々とあって敵対もしたが、協力して恐るべき強敵も倒してきている。だからこそ浩平の、アインの強さというものをカノンは嫌と言う程知っている。そのアインが本気で自分と敵対するのならば、それは想像を絶する恐るべき敵となりうると言うことも。
「悪く思うなって言っただろ?」
 少しも悪びれることなくアインはそう言い放つ。続けて彼のベルトに埋め込まれている青い秘石が光を放った。
「激変身っ!」
 青い光が治まった後、そこにいたのはその身を包むボディアーマーを紫から青へと変貌させたアインだった。更にその左腕には大きめのアームガードが装備され、肩のアーマーもより大きいものへと変化していた。
「いくぜ」
 そう言った直後、アインの姿が消える。いや、実際に消えた訳ではない。そう思ってしまえる程早く動いたのだ。
「くっ!」
 やばい、とカノンが思った直後、衝撃が真正面からカノンを襲った。どうやら青いアインが真っ直ぐに突っ込んできたらしい。おそらくはショルダータックルを喰らったと思われるのだが、青いアインはすぐさまカノンから離れてしまったようでその姿を捉えることは出来なかった。
(思った以上に素早いな、折原の奴……ならば!)
「フォームアップ!」
 青いアインに対抗するべくカノンがそう叫ぶ。同時にベルトの中央の霊石が青い光を放った。その光の中、カノンの姿が白から青へと変わる。青いアインの素早い動きに白いカノンも俊敏性の高い青いカノンで対応しようと言うのだ。
「甘ぇよ」
 その声は青いカノンのすぐ後ろから聞こえてきた。はっとなって振り返ろうとするカノンだが、それよりも早くその身体が宙に舞う。
「うおっ!?」
 何とか転倒することだけは防いだカノンだが、やはりアインの姿を見つけることは出来ない。どうやら青いカノンよりも青いアインの方が素早く、その姿を捉えることは出来ないようだ。
「選択肢を間違ったか? ならこれで……フォームアップ!」
 再びそう叫ぶカノン。今度は緑の光がベルトの中央から放たれ、そのボディカラーも緑へと変化する。
「住井さん、銃を!」
「ああ!」
 緑になったカノンが少し離れたところにいる住井に呼びかけた。それに応じて、すぐさま住井が持っていた拳銃をカノンに向かって放り投げる。左手でその銃を受け取ったカノンは周囲に神経を巡らせた。精神を集中させていくと、素早く動き回り、自分の位置を特定させないようにしているアインの足音が聞こえてくる。そして、徐々にその姿も見えてくる。
「……そこか!」
 緑のカノンがそう言うと同時にその手にある拳銃が緑色のボウガンへと変化する。その後部にあるレバーを引いて、内部に圧縮空気の矢を生み出すと、すかさず引き金を引く。ボウガンの先端部にエネルギーを込め、引いていた後部レバーを放すと、圧縮空気の矢が撃ち出された。
 次の瞬間、突如地面が爆ぜ、青いアインがそこに出来た穴に足を引っかけたのか思い切りつんのめりながら宙を舞った。
「うおわっ!?」
 奇妙な声をあげながら地面を転がるアイン。
 緑のカノンはボウガンの中で生み出した圧縮空気の矢を直接アインにぶつけるのではなく、わざと地面にぶつけてそこに穴を穿ち、アインの足をそこにひっかけることでその動きを止めたのだ。
「そうそうお前の好き放題にやらせるかよ」
 カノンはそう言うと緑から元の白の姿へと戻る。それから住井に拳銃に戻ったボウガンを投げ返した。
「へっ、言ってろ。まだ第一ラウンドが終わっただけだ。今からが本番の第二ラウンドだぜ!」
 青から紫に戻ったアインはそう言うと、素早く立ち上がった。そして再びカノンと睨み合う。

仮面ライダーカノン
Episode.68「悪意」

<教団施設内支部長室 11:45AM>
 庭園のあちこちに設置されている監視カメラでカノンとアインの戦いの様子はしっかりとモニターされていた。
「やはり戦闘経験ではカノンの方が上か……流石、幾多のヌヴァラグを倒してきただけの事はある」
 モニターに映るカノンとアインとを身ながらそう呟いたのは教団東京支部支部長の巳間良祐だ。彼こそがアイン、折原浩平をけしかけ、カノンと戦わせている張本人である。今は楽しそうに二人の戦士の激突を眺めているのであった。
「しかしながら戦闘能力はほぼ互角……このままでは千日手かな?」
 楽しげにそう呟き、良祐はチラリと後ろを見た。そこには狼頭の怪人が壁を背にしてじっと立っている。
「君はどう思う?」
「このままあの二人が相打ちになってくれれば、我らとしては手間が省けてよろしいかと」
 冷静な口調でそう言う狼頭の怪人に良祐はつまらなさそうな視線を向ける。
「それよりもご報告したいことがございます。昨夜、何者かに殺された警備員ですが、その死因はかなりの電流を一瞬で全身に流されたことによる感電死だと判明致しました。その量、推定ですが十万ボルト、いえ、百万ボルトはあるかと思われます」
「へぇ……それは怖いねぇ」
 狼頭の怪人が続けて発言した内容に良祐は特に興味を示さなかった。どうやら今、彼の興味と関心はカノンとアインの戦いに向けられ、それに釘付けになってしまっているらしい。
「現在全館に我が手の者を配置し、侵入者を追わせておりますが未だ発見に至りません。どうやら侵入者は巧妙にその姿を隠している模様です」
「ああ、そっちは君に任せるよ。それと鹿沼君と高槻にも気をつけるように言っておいてくれないか? 特に鹿沼君には彼女のこともあるからね、よく言っておいてくれ」
「……わかりました。支部長もお気をつけください」
 狼頭の怪人はそう言うと、音もなくすぅっと姿を消す。後に残されたのは良祐一人。彼は狼頭の怪人がいなくなったのを確認すると、手元にあるリモコンでモニターを切り替えた。
 今度モニターに映し出されたのは彼の研究室だった。それも通常の研究室の奥にある秘密の研究室の方だ。そこにある巨大なカプセルが大きく映し出されている。
「フフフ……もうすぐだ……お前が目覚めれば……」
 じっとモニターを見つめて、口元に笑みを浮かべて呟く良祐。その笑みは通常の笑みではない。何処か狂気を伴った笑みであったが、それに本人は気付いていない。

<教団施設内廃棄区画 11:46AM>
 教団施設の一番地下にある廃棄区画から地上へと続く階段を名倉由依は必死に駆け上っていた。それほど体力のある由依ではないのだが、立ち止まることなく、息を切らしながらも足を止めずに走っている。
『お願いです、お兄ちゃんを止めてください』
 侵入者を排除すると言ってこの廃棄区画から出ていった兄、折原浩平を心配してか、妹のみさおがそう由依に頼んできたのだ。みさおにはいくつもの借りがある由依はその頼みを承諾し、自らの危険も顧みずに廃棄区画を飛び出し、地上へと向かっている。
『お兄ちゃんは戦っちゃいけない人と戦ってます。早く止めないと……』
 階段を必死に駆け上りながら、由依の脳裏にひどく心配そうなみさおの顔が思い浮かぶ。彼女は本当に、心底兄の身を案じているのだろう。
 一度、彼女の身の上話を聞いたことがあったが、それによると彼女の世界のほとんどは病室と自分の部屋。そして出てくるのは兄である浩平のことばかり。母親は徐々におかしくなり、何時しかこの教団に入り、ろくに帰ってこなくなって兄妹二人で必死に生きてきたのだそうだ。だからか、みさおの浩平に対する信頼は絶大でその逆もまたしかり。兄妹と言う枠を越えて二人は互いのことを心配し、思いやっている。
 それがわかっているから由依は必死に走る。あれだけ兄を心配している妹の事を忘れて、敵に手を貸している馬鹿な男を止める為に。浩平にどう言った理由があろうと、みさおを悲しませてまでやるようなことではないはずだ。自分の行為が妹を悲しませていると言うことを教えてやらなければ。半ば使命感のようなものを持って由依は走っていた。
 その時、彼女自身は気付いていなかったが、それは彼女にも同じように当てはまることだったのだ。
 由依には姉がいる。二人は非常に仲が良く、その関係は浩平とみさおに引けをとらない程に。しかしながら、とある事件を切っ掛けに姉は行方不明となった。事件の発端となったのは由依自身、姉は妹を守れなかったが故に苦悩し、そして急に姿を消したのだ。色々と手を尽くして調べてみたところ、どうやら姉が『教団』と呼ばれる組織にいるらしいことがわかった。そこで自ら『教団』に潜入し、姉を連れ戻そうと思ったのだが、結局会えないまま今に至っている。姉に会いたい、会って話がしたい、そして一緒に帰って欲しい。側にいてくれるだけで充分なのだと伝えたい。その思いが今の浩平とみさおに重なったのだ。
「絶対に……ハァハァ……止めてみせるんだから……」
 息を切らせながらも、由依は足を止めることはない。ただひたすら地上を目指して階段を駆け上り続ける。そこで何が待っているかなど、考えもしないで。

<教団施設敷地内庭園 11:49AM>
「激変身ッ!」
 再びアインがそう叫ぶと、ベルトに埋め込まれている赤い秘石が光を放った。その光の中、アインの姿がまた変化する。今度は先程と違い、ボディアーマーを彩るのは赤い色。更に右腕にまるでカッターのような大きなひれのついたアームガードが装着され、肩のアーマーもより大きく、より鋭角的に変化していた。
「さぁ……行くぜぇっ!」
 赤いアインがそう吼え、カノンに向かって飛びかかっていく。赤いアインはより一層の攻撃力をその身に秘めている力の戦士。特にその右手からくり出される一撃は恐るべき破壊力を持っている。速さこそ青いアインや紫のアインに劣るものの、攻撃力だけは他の色のアインを軽く凌駕しているのだ。
 カノンも昔、赤いアインと戦ったことがあり、その攻撃力の高さを良く知っている。真正面からぶつかるのは危険極まりないと言うことも。
「くっ!」
 真っ直ぐに突っ込んでくる赤いアインを見てカノンは後ろに下がった。まともにぶつかれば大きなダメージは免れない。この先何があるのかわからない以上、ここで下手なダメージを受ける訳には行かないのだ。
 後ろに下がったカノンの目の前をアインの右腕が上から下へと通過していく。そのまま一気に下にまで振り下ろされたアインの腕が地面にぶつかり、地面が爆ぜた。もしもカノンがあの場に留まり、アインの振り下ろした腕を受け止めようとしたならば、大ダメージを受けただろう事は間違いない。
「おいおい、かわすなよ」
 不敵な感じでカノンを見上げつつ、アインが言う。
「今なら一発で楽に逝かせてやるぜ?」
「冗談はその性格だけにしておいてくれ」
 カノンはそう言うとアインに向かってパンチを放った。
 そのパンチを左手で軽々と振り払うと、アインは右手を前に突き出してカノンの腹を掴むと、そのまま大きく後方へと投げ飛ばす。
「これならかわせねぇだろ!」
 自分で投げ飛ばしたカノンをおうようにアインもジャンプした。そして、右手を大きく振り上げる。
「チィッ!」
 カノンは舌打ちしつつも身体を丸めて一回転する。このままでは自分を追ってジャンプしてきたアインの右手によるチョップをまともに喰らってしまうだろう。しかし、それよりも先に。
「フォームアップ!」
 カノンのベルトの中央の霊石が紫の光を放った。その光の中、カノンの姿が紫のカノンへと変わる。
 俊敏性の青、超感覚の緑と違い、この紫のカノンはパワーと防御力に優れる。身体を覆うボディアーマーもより硬質化、大型化し、重量が増した分スピードなどは削られてしまうのだが、今はこのフォームだけが頼りだった。
 着地すると同時に紫のカノンは振り返り、両腕を交差させて頭上に掲げる。そこにアインの大きく振り上げた手刀が振り下ろされてきた。
 ガキーンと言う金属同士をぶつけ合わせたような音が周囲に響き渡った。
「……やるじゃねぇか」
 自分の手刀を受け止めたカノンを見たアインが感心したようにそう呟く。
「その姿は前に一度見せて貰っているからな。対抗策も少しは考えてあるさ」
 地面に片膝をつきながらもそう答えるカノン。何故片膝をついているのかというと、アインの振り下ろした手刀の勢いをそうでもしないと受け止めきれなかったからだ。
「だが……まだ甘いな!」
 アインはそう言うと紫のカノンの胸板を蹴り飛ばそうとした。だが、カノンの胸板はびくりともせず、逆にアインの方が後ろへと弾き飛ばされてしまう。
「うおおっ!?」
 思わずよろけてしまうアインだが、何とか足を踏ん張って転倒することだけは防ぐ。
「甘いかどうかはその身で思い知れ!」
 そう言いながら体勢を整え直したばかりのアインに突っ込んでくるカノン。肩からアインにぶつかっていき、大きく吹っ飛ばす。
 地面の上を転がるアインを見て、カノンは近くに落ちていたスコップを手に取った。するとそのスコップが紫の刀身を持つ剣へと姿を変える。古代文字の碑文に”怒れる大地の牙”と書かれている紫の刀身を持つ剣、この剣に紫のカノンのパワーが加われば想像を絶する威力を発揮する事が出来るのだ。
 その剣を大きく振り上げてカノンはアインに迫る。
 それを見たアインはすぐさま立ち上がると身体を低く身構えた。いつでも前に飛び出せるような体勢で迫り来るカノンを睨み付ける。
「ウオオオオッ!」
 雄叫びと共にカノンが最上段に振り上げた剣を一気に振り下ろそうとする。しかし、それよりも早くアインの右腕が横に一閃した。
「なっ!?」
 驚きの声をあげるカノンの手から何時しか剣が消えていた。一瞬遅れて、離れたところにその剣が突き立つ。
「そんな大振りの攻撃が当たるとでも思ってんのかよ」
 アインがそう言ったことからカノンは、どうやら先程アインが右腕を横に一閃させた時に上手く剣の柄を弾き飛ばしたのだと理解する。タイミング的にはまさに紙一重だったはずだ。腕を振るのが少しでも早く、もしくは遅ければ剣の柄を弾き飛ばそうとした腕は空振りし、カノンの剣が自分を両断していた可能性は低くはない。しかし、そのタイミングを完璧に見極め、見事にやってのけたと言う事実にカノンは戦慄にも似た気持ちを抱いていた。
「流石だよ、折原!」
 そう言いながら蹴りを放つカノンだが、アインは素早く後方へとバック転してかわしてしまう。元より当てるつもりもなければ当たるとも思っていない一撃。今の蹴りはただアインを下がらせて距離を取る為のもの。その間にカノンは紫から白に戻っていた。
「このままやっても埒があかない! 一気に勝負だ!」
 カノンはそう言うと両足を前後に広げて腰を落とした。左手を腰のベルトの前に、右手を掌を上にして前に突き出す。その右手をすぅっと左へと移動させていく。そして、その右手をさっと回転させ、手の甲を上に向けた。カノン必殺のキックの体勢だ。
「チッ、本気かよ……なら答えるしかねぇよな」
 アインもすっと両足を前後に開き、腰を落とす。今度もまた前傾姿勢になり、右腕を後ろに構えた。まるで矢をつがえた弓を引き絞るかのように、その体勢で全身のバネを引き絞っていく。
「行くぞ!」
「おうっ!」
 その声を合図に二人が同時にジャンプした。カノンは空中で身体を丸めて一回転し、そこから右足を突き出す。対してアインは右腕を後方に構えたまま、身体を回転させ、その勢いも借りて右腕を一気に振り下ろす。
「おおりゃああっ!」
「ウオオオッ!」
 二人の口から雄叫びが上がり、カノンの突き出した右足が光に包まれ、アインが振り下ろした右腕に光が宿る。直後、カノンの右足とアインの右腕が激突した。次の瞬間、物凄い衝撃波が周囲に撒き散らされる。
「うわあぁぁっ!?」
 物陰からカノンとアインの戦いの様子を窺っていた住井が二人の激突によって発生した衝撃波に吹っ飛ばされてしまった。更にその周囲では花壇に植えられていた草花が衝撃波によって無残に吹き飛ばされてしまっている。
 巻き上げられた草や花、土が降り注ぐ中、互いに弾き飛ばされたカノンとアインが地面に落ちてくる。ゴロゴロと地面に上を転がり、その拍子に二人とも変身が解けてしまう。
「くっ!」
 先に片膝をつきながらも身を起こしたのはアイン――折原浩平の方だった。まだ起き上がることも出来ていないカノン――相沢祐一の方をチラリと見てニヤリと笑うと、再び変身しようと右腕を前に突き出そうとする。だが、それは果たせなかった。右腕が痺れて動かなかったのだ。
「くっ……あの時のか……」
 先程のカノンとの激突時の衝撃は少なからずこの身体にダメージを与えていたようだ。祐一がまだ倒れたままなのもきっとその所為に違いない。そう考えた浩平は、少々ふらつきながらも立ち上がった。
 祐一を倒すなら今が最大のチャンスだ。再び立ち上がり、変身されてしまうと先程と同じ事の繰り返しになる。出来るならばそれは避けたかった。
「悪く……思うなよ!」
 そう言って浩平は走り出した。
 一方の祐一は吹っ飛ばされた時の衝撃で軽く意識を失っていて、浩平が自分の方に向かってきていることに当然気がついていない。
 浩平が祐一に後もう少しで辿り着こうとしたその瞬間だった。突如響き渡る銃声に浩平は思わず足を止め、祐一もその音でようやく目を覚ましたようで、顔を上げる。
「……何の真似だ?」
 足を止めさせられた浩平は、如何にも不機嫌そうな顔をして銃声の発生源の方を向く。そこにいたのは拳銃を上に向けた住井だった。
 住井は真剣でいて、しかし何処か怯えたような表情を浮かべながらも、ゆっくりと空に向けていた銃口を下ろし、その先を浩平へと向けた。
「動くな。これは警告だ」
 そう言う住井に浩平は無言で近寄り始める。
「う、動くなと言ったぞ!」
「……やれるもんならやってみな。ただし、ただでやられてやる訳にはいかねぇがな」
 不敵に笑いながら浩平はどんどん住井の方へと歩み寄っていく。本当に撃てる訳がない。この若い刑事に、未確認生命体ではない人間を撃つ度胸があるはずがない。そう思ってのことだ。それにもし撃たれたとしても一発程度なら耐えられるという自信があった。次の一発を撃たれる前に彼を無力化することが出来る。そこまで浩平は考えて、住井に近寄っていっているのだ。
「ほ、本当に!」
「だからやってみろって言ってるじゃねぇか」
 後少し、後数歩で住井の持っている拳銃の銃口に手が届く。そんな距離にまで浩平がやってきた時、その場に一人の少女が飛び出してきた。
「や、止めてください! 折原さんっ!」
 そう言いながら突然現れた少女は浩平の背中に飛びかかった。まるで彼に向かってタックルするように、文字通り飛びかかったのだ。その衝撃に思わず浩平は吹っ飛ばされてしまい、少女ともつれ合うように転倒してしまう。
「うわああっ!?」
「はううっ!」
 あまりにもいきなりの出来事に、逆に住井の方が戸惑ってしまっていた。変身した祐一と互角以上に戦っていたあの男が一人の少女にあっさりと押し倒されてしまったと言う事実が今一つ理解出来なかったのだ。手にした銃を一体どうすればいいのかもわからず、住井は思わず起き上がろうとしていた祐一の方を見た。
「……大丈夫ですか、住井さん?」
「……見ての通りだよ」
 祐一の方も何を言っていいのかわからなかったみたいで、とりあえずと言う感じでそう尋ねてきた。それに少しの間をおいて答えた住井は持っていた拳銃を上着の下、ショルダーホルスターに戻す。それから今だにもつれ合ったように重ねて倒れている浩平と少女の方を見やった。
「こら! 放せ! 名倉! 放しやがれ! つーか、どけっ!!」
「ダメです! 絶対に放しません! と言うか、どきません!」
 倒れたままの状態でそんなことを言い合っている二人を見て、住井は小さくため息をつくのだった。

<教団施設内支部長室 12:08PM>
 モニターに映る映像の中では浩平が後ろから名倉由依にしっかりとしがみつかれた格好で押し倒され、ジタバタと藻掻いているところが映し出されている。その側には住井が、少し離れたところでは右足を少し引きずるような感じで祐一がやってくるのが見えていた。
「……やれやれ、思いも寄らない邪魔が入った訳か」
 そう呟き、良祐はモニターのスイッチを消す。
「しかし思わぬ収穫だったな……」
 椅子の背もたれに背を預けながら良祐は先程モニターで見た光景を脳裏に思い浮かべる。
 カノンとアイン、互いの必殺技の激突。その時に発生した莫大なエネルギー。庭園部分に壊滅的な打撃を与えたあのエネルギー、あれを上手く利用出来れば秘密の研究室にあるカプセルの中、そこで眠っているものを目覚めさせることが出来るだろう。
「さて、問題はどうやってカノンとアインをあの部屋までおびき寄せると言うことだが……」
 実のところ、それが一番の問題だった。カプセルがあるのは秘密の研究室で、その存在を知る者は自分以外にはいない。自身が配下として使っている者達にも一切秘密にしているのだ。だから誰かに手伝わせることは出来ない。自分一人で何とかしなくてはならない。
「……まぁ……折原浩平はこちらの手の内にある……何とかなるかな?」
 何かいいアイデアでも浮かんだのか、良祐はニヤリと不気味な笑みを浮かべるのであった。

<教団施設内某所 12:14PM>
 教団の一員であることを示す白い制服を着た男が足早に廊下を歩いていた。別に何かに追われている訳ではない。単に昼食を取る為に急いでいるだけなのだ。
 この施設にある食堂はかなり広いのだが、それでもここの施設にいる全ての人間を一度に収容できるほどではない。早く行かなければ場所はなくなるし、食事も売れ残りがほとんどとなってしまう。
「……全く」
 今日はついていない。朝から黒こげになった死体の始末をやらされるわ、巳間支部長直属部隊の指揮で全施設の徹底捜索に駆り出されるわ、それが済んだと思えば自分が今まで丹誠込めて作り上げてきた庭園部分が壊滅的な打撃を受けたと聞かされるわ。あの庭園に今まで自分がどれほどの時間と情熱を注ぎ込んだと思うのか。一体何処の誰がやったのかは知らないが、絶対に修復を手伝わさせてやる。
 そんなことを考えながら男が廊下の角を曲がろうとした時だった。何処からともなく、ぴちゃん、と言う水がしたたり落ちるような音が聞こえてきた。
「……ん?」
 男が足を止めて後ろを振り返ってみる。しかし、そこには誰もいない。それに水が落ちるような水道なども当然ない。
「気のせいか?」
 顔をしかめ、首を傾げつつ男がまた前を向き、食堂へと歩みを再開しようとした時、突如彼の目の前に白っぽい不気味なものが姿を現した。あまりにも近かったのでその全形を見ることは出来ない。いや、例えその全形を見れたとしてもそれが何かを理解することは出来なかったであろう。
 その白っぽい不気味なものはすぐ目の前にいる男の首に何処からともなく伸びてきた、白っぽい半透明のひだひだのついた触手を巻き付ける。直後、その触手が青白く発光した。
「ぐぎゃっ!!」
 短く悲鳴を上げ、男がその場に崩れ落ちた。全身黒こげ、目や鼻、口からは白い煙のようなものを吐き出しながらバタリと倒れる男。その首から巻き付いていた触手が離れていく。続けてびしゃりびしゃりと濡れた足音を立てながら異形の足が倒れた男の横を通り過ぎていった。
 水母種怪人グダゼ・ガクツ。白いスカーフの女が教団へと送り込んだ最強最悪の刺客。その暗躍は静かに続く。

 五分後、黒こげとなった男の周りに狼頭の怪人とその部下である忍者装束の一団が集結していた。
「これで五人目だ。手口は皆同じ。しかもまだ新しい。まだそう遠くへは行っていないだろう。すぐさま探し出すのだ!」
 狼頭の怪人の命令に忍者装束の一団が、如何にも忍者らしくすっと姿を消していく。
 一人その場に残った狼頭の怪人は少しの間黒こげとなった死体を調べていたが、首に何かが巻き付いたような跡を発見すると、顔を顰めてみせた。初めからわかっていたことだが、やはり侵入者はかなり危険なようだ。自分の配下である忍者装束集団でも一人では相手にならないだろう。いや、複数いても互角に戦うことすら出来ないかも知れない。
「……厄介だな。今ここにいるのが我々だけとは……」
 今現在、この施設にいる改造変異体は巳間良祐支部長の配下のものだけ。おそらく侵入してきた何者かはその全てを相手に出来るだけの実力を持っているはずだ。
「支部長に連絡して応援を寄越して貰わなければ……」
 そう呟き、狼頭の怪人は立ち上がった。
 急がなければならない。謎の侵入者によってこの施設が全滅させられてしまう前に。

<教団施設敷地内庭園 12:18PM>
「いい加減に放せって言ってんだろ」
「いいえ、放しません! 放したら、またこの人達に襲い掛かるつもりでしょう? だから絶対に放しません!」
 いい加減呆れ口調でそう言う浩平に対し、由依は未だ彼の腰にひっついたまま厳しい口調で言い返す。流石にもう地面に倒れてはいないが、状態はその時からほとんど変わっていない。
 そんな二人の様子を祐一と住井は少し離れたところで、呆れたような表情を浮かべて見つめていた。
「一体何なんですかね、あれ?」
 端から見ればじゃれあってみるようにも見える浩平と由依を指差しながら祐一がそう言うと、住井は無言で首を左右に振る。祐一にわからないものが自分にわかるはずがないとでも言いたげだ。
 そんな住井の反応を見つつ、祐一はチラリと浩平達を見やった。彼の力ならしがみついている由依がどれだけ必死になろうとも振り解くことは容易いはずだ。それをしないと言うことは、それだけこの少女と浩平の仲が親密だと言うことか。
「おい、相沢!」
 浩平と由依の関係が一体どう言ったものかと訝しんでいる祐一に向かって浩平が声をかけて来る。その顔は困り果てたという感じで、どうやら助けを求めているらしい。しかしながら、今の浩平から由依を引き剥がすと次は自分を襲ってきかねない。だからと言う訳でもないが、祐一は浩平を助けようとはせずにただ見守るだけにした。
「あー、何て言うか、頑張れ」
「テメェ、この、覚えてやがれ!」
 あっさりとそう言った祐一に向かって浩平が本気で怒鳴った。
「いや、今のお前を助けるとまた俺に襲い掛かってくるだろ。こっちとしてはそれは遠慮したいし」
 肩を竦めつつそう答える祐一を思いきり睨み付ける浩平。だが、同時に彼の言うこともわかる気がしていた。
 今のカノンとアインの戦闘能力はほぼ互角。幾多の恐るべき強敵である未確認生命体と戦い、勝ち抜いてきたカノンには圧倒的な戦闘経験がある。それに対してアインはカノンよりも戦闘能力は高いものの戦闘経験の面では劣ってしまう。何せアインが今まで相手にしてきたのは、その大半が未確認B種、改造変異体と呼ばれるものである。その戦闘能力はオリジナルである未確認生命体には及ばない。数ではアインの方が多いかも知れないが、いずれもその実力はアイン以下、自分と同等以上の怪人達を相手にしてきたカノンとはどうしても経験値の差が出てしまう。本来ならばアインがその戦闘能力の高さでカノンを圧倒しても良いはずなのだが、その経験値の差が二人を互角にしてしまっているのだ。
 だから、今二人が戦えばいつ終わるとも知れない、そして最後には互いに相打ちとなって終わるであろう戦いになってしまうだろう。祐一としてはそれは避けなければならないことであり、又浩平にしてもそれは同じ事だった。
「で、折原。一体ここは何なんだ? それに何でお前が俺を襲うんだ?」
「答える理由はねぇな」
「ここは教団の東京支部です。折原さんはここの支部長に騙されてあなた達を襲ったんですよ」
 祐一の質問に全く答える気のなかった浩平だったが、その彼の腰にしがみついている由依があっさりと祐一の質問に答えてしまう。
「馬鹿、お前何あっさりと言ってやがんだ!?」
 浩平的には渋く、ハードボイルド的に決めたつもりだったのだろうが、それをあっさりと由依が突き崩してしまったので浩平はそう言いつつ、思わず天を仰いでいた。ついでに手で顔面を押さえながら。
 少しの間天を仰いでいた浩平だったが、やがて何かを決意したかのように一つ頷くと祐一と住井の方を見る。
「……良し、とりあえず今は見逃してやる! お前ら、さっさとここから出ていけ!」
 そう言って庭園の向こう、この教団施設との仕切りとなっているフェンスの奥に広がる森を指差す浩平。だが、彼らから返ってきたのは思いも寄らない、だが何処かで予想し得ていた返事だった。
「悪いが俺たちにはまだここでやらなきゃならない用がある」
 そう言う祐一に浩平は苦虫を噛み潰したような表情を向ける。
「相沢、お前ここがどう言った場所かわかってるのか? ここはこいつが言った通り教団の支部だ。つまりはここには未確認B種がうじゃうじゃいる訳だぞ。お前一人でどうこう出来るような」
「だがお前は一人で何とかするつもりだったんだろ?」
「ぐ……」
 何とか祐一達をここから追い出そうとする浩平だが、祐一は引き下がるつもりは全くないようだ。逆にやりこめられ、言葉を無くしてしまう始末。
「あー、もう、わかった。なら勝手にしやがれ! 俺はお前らを助けてなんかやらねぇからな! 絶対に!」
 拗ねたようにそう言い、浩平は腕を組んでそっぽを向いてしまう。これでは本当に拗ねているようにしか見えない。
 そんな浩平を見た祐一は苦笑を浮かべつつ、住井の方を振り返った。
「行きましょう、住井さん。まずはここに逃げ込んだあのハイエナ野郎を……」
 住井を促し、歩き出そうとした祐一に突如何者かが飛びかかって来た。慌ててかわそうとする祐一だが、少し遅く、その胸元を鋭い何かで軽く切り裂かれてしまう。
「くっ!」
 切り裂かれた胸元を手で押さえながらよろめくように数歩後退する祐一。血は出ているが傷は深くない。だが、思わずよろめいてしまったのは、先程アインとの必殺技同士での激突時に受けたダメージが足に残っていた所為か。それでもなんとか踏み止まると、すぐさま右手を前に突き出した。
「変し……」
 祐一がそこまで言いかけると、先程彼に飛びかかってきた何かが再び彼に飛びかかってきた。
「うわっ!」
 何とかかわす祐一だったが、今度は踏み止まられず、転倒してしまう。
「相沢君っ!」
 転倒した祐一を見て、慌てて住井が拳銃を取り出すが、祐一に襲い掛かった何かが住井の元に駆け寄り、その手から拳銃を弾き飛ばしてしまった。更に太く毛むくじゃらの腕が彼の首に手を伸ばし、大きく投げ飛ばしてしまう。
「うわぁぁっ!」
 どさっと背中から地面に叩きつけられる住井。そんな彼の方を、彼を投げ飛ばした何者かがゆっくりと振り返る。
「あいつ……っ!」
 そこに立っていたのは、祐一と住井がこの場へとやってくる原因となったハイエナ怪人だった。ハイエナ怪人は血走った目を倒れている住井に向けると、一歩一歩ゆっくりと彼の方へと歩み寄っていく。このままとどめを刺そうと言うつもりなのか。
「住井さん! クソッ!」
 祐一が呼びかけるが住井は気を失ってしまっているのか、ピクリともしない。このままでは住井の命が危ない。何とかしなければと思うのだが、右足が痺れて立ち上がることが出来ない。悔しげに舌打ちしつつ周囲を見回すと、近くに住井の拳銃が落ちているのが見えた。先程ハイエナ怪人に弾き飛ばされた時に、ここに転がってきたのだろう。
「よし!」
 そう言って祐一は地面を転がり、拳銃を手に取った。そして片膝をついたまま起きあがり、右手を前に突き出して宙に十字を描く。
「変身っ!」
 次の瞬間、彼の腰にベルトが浮かび上がり、その中央の霊石が緑の光を放つ。その光の中、祐一の姿が緑のカノンへと変じ、更に左手に持っている拳銃もカノン専用のボウガンへと変形する。
「やらせるかっ!」
 緑色のボウガンを構え、すかさず後部のレバーを引くカノン。ボウガンの内部に圧縮空気の矢が生み出され、続けてレバーから手を放し、引き金を引く。瞬間、ベルトの中央から電光が走り、ボウガンの先端部に黄金の銃身が形成された。それに驚くことなく、カノンは圧縮空気の矢を撃ち出した。一発ではなく、三連発で。
 今まさに住井にとどめを刺そうとしていたハイエナ怪人だったが、背後から聞こえてきたカノンの声に思わず振り返ってしまった。その直後、ハイエナ怪人の胸を三発の圧縮空気の矢が貫いていく。
「な、何……?」
 驚きの表情を浮かべるハイエナ怪人。フラフラとよろめきながらに、三歩後退する。
 それを見たカノンは緑から白に姿を変えると、地面に手をついて、腕の力だけでジャンプした。そしてハイエナ怪人のすぐ側に着地すると、その身体を抱え上げ、思い切り空へと向かって投げ飛ばす。
「伏せろっ!」
 カノンのその声に浩平は由依をかばうようにして地面に伏せた。同時にカノンも気を失っている住井に覆い被さるようにして地面に伏せる。その一瞬後、大空で大爆発が起こった。
 先程カノンとアインが互いの必殺技同士でぶつかり合った時の比ではない、更に激しい衝撃が地上に襲い掛かる。
「うおおおっ!?」
「きゃあああっ!」
 悲鳴を上げながら吹っ飛ばされる浩平と由依。カノンと住井も又大きく吹っ飛ばされてしまっていた。

<教団施設内某所 13:21PM>
「おーい、今日の昼飯はまだかー?」
 ドアの前に立ち、外に向かってそう呼びかけたのは警視庁未確認生命体対策本部所属の刑事、国崎往人だった。ここの支部長と名乗る男との会談の時に食事の確保だけはきっちり承諾させておいたのだが、この日は朝食も来なければ昼食も来ない。いい加減腹も減ったのでこうして呼びかけてみたのだが、反応は全くない。
「何やってんだよ。腹減ってんだぞ、こっちは。飢え死にさせる気か〜?」
 又ドアの向こうに声をかけてみるが、やはり反応はない。どうやらドアの向こう側、付近には誰もいないらしい。普段なら見張り役が一人ぐらいはいるはずなのだが。
「……これは何かあったと考えるべきか?」
 誰の反応も返ってこないことから国崎はそう考えた。しかしながら自分を助ける為に祐一や住井が来たとは思わない。何せ自分がここに監禁されているなどとは知るはずもないからだ。
「だとすると……いいチャンスかも知れないな」
 国崎はそう呟くとドアノブに手をかけた。何時までもここにじっとしているつもりはない。支部長とやらとの会談の前までは拳銃やら警察手帳やら無くしたら確実に大目玉を食らうものを向こうに抑えられていた為に身動き出来なかったのだが、今は違う。時計や携帯電話などは今だに没収されたままだが、ああ言ったものにそれほど執着がある訳ではない。又買い直せばいいだけのことだ。
 何度かドアノブを動かしてみるが、ドアは開こうとはしなかった。しっかりと鍵がかけられているらしい。
「まぁ、当たり前って言えば当たり前か」
 さほど落胆した様子を見せることなく、国崎は懐から返して貰った拳銃を取り出した。
 支部長達が彼に拳銃を返したのは、こんなものがあっても逃げ出せないと向こうが高をくくっているからだろう。事実、彼の持っている拳銃――コルトパイソン357マグナム――では未確認生命体はおろか未確認B種にすらダメージをほとんど与えることが出来ないのだから。この施設にいる未確認B種の数がそれほど多くはないと言っても(もっともその事実を国崎自身は知る由もないのだが)、到底逃げ出せるようなものではないのだ。
「騒ぎに乗じさせて貰えば外に出るくらい……」
 そう呟く国崎は拳銃を鍵穴に押し当てる。
「頼むぞ……」
 そう言って引き金を引くと、派手な音を立てて銃弾が鍵穴にめり込んだ。
「……あれ?」
 自分が考えていたのとは全く違う結果に思わず間抜けな声をあげる国崎。
 一旦ドアの前から離れ、じっとドアを見つめてみるが、変化は感じられない。おそらくは失敗したのだろう。そう考えながらドアに近付き、そっとドアに手をかけるとすうっとドアが開いた。
「おおっ!?」
 開いたドアを見て国崎は嬉しそうな声をあげた。そして外に顔だけ出して周囲の様子を確認してから、彼は今まで監禁されていた部屋を抜け出していくのだった。

<教団施設敷地内庭園 13:36PM>
 丁度国崎が監禁されていた部屋からの脱出を果たしていた頃、ハイエナ怪人の爆発によって吹っ飛ばされていた浩平と由依は庭園の中を流れる小さな川の淵で目を覚ましていた。
「アイタタタ……おい、大丈夫か、名倉?」
 そう言ってすぐ側に倒れている由依の肩を揺する浩平。その震動で由依が「ううっ」と声を漏らしたのを聞いて、浩平は由依から手を放し、身体を反転させて空を見上げた。
「しっかし、さっきのは何だったんだよ……」
 緑のカノンが倒したハイエナ怪人。その爆発の規模は有り得ない程だった。もしもあの時、カノンがハイエナ怪人を持ち上げ、空へと放り投げていなければ自分たちも無事では済まなかっただろう。
(相沢の奴……何時の間にあんなパワーアップしてやがったんだ?)
 カノン――祐一とは何度か共闘したことがある。だが、その時は怪人を倒してもあそこまで規模の大きい爆発は起こさなかったはずだ。
「全く……」
 そう呟き、ため息をつく浩平。もしもあの力を自分に向けられていたら、と思うと背筋が寒くなる。そう言う意味では祐一は手加減していたか、それともまだあの力を充分に使いこなせていないのか。出来れば後者であって欲しいと思いつつ、その時になってようやく彼は祐一と住井の姿が見えなくなっていることに気がついた。
「あいつら、何処行った?」

<教団施設内某所 13:48PM>
 地下へと続く階段を祐一と住井は一人の女性に先導されて下っていた。
「大丈夫なのか、相沢君? 彼女は――」
「多分大丈夫でしょう。もし俺たちの命を奪う気があるならもっと早くに出来ていたと思いますし」
 女性の後ろをついていきながら小声で話す住井と祐一。小声とは言え、周りが静かすぎる所為で二人の会話はおそらく彼女に筒抜けになっているだろう。しかし、それでも会話を止めようとしないのは、二人共この女性――巳間晴香を信用出来ないと思っているからに他ならない。
 祐一にとっては一度は自分の命を奪おうと襲ってきた相手だ。先程のハイエナ怪人の大爆発により吹っ飛ばされたところを助けられ、且つ施設への潜入も手伝ってくれたとは言え、そう易々と信用出来るものではない。しかしながら神崎美優の祖父を殺した犯人として彼女を見ている住井よりはまだ、祐一の方が彼女のことを落ち着いた様子で見つめている。はっきりとした理由はないのだが、何故か彼女がもう敵ではないと思えてしまうのだ。
(多分……昨日の夜と印象が違いすぎるからだろうな)
 無言で階段を下り続ける晴香の背を見ながら祐一はそう考える。
 昨夜、祐一達を襲ってきた時の彼女は全くの無表情だった。あらゆる感情を消し去り、まるで人形のようであったのだが、先程吹っ飛ばされた自分と住井を助けた時の彼女は物凄く必死そうな表情を浮かべており、更に施設への入り方を教えてくれた時には何処か申し訳なさそうな顔をしていたのだ。無表情で人形のようだった昨夜の晴香と今の晴香。姿や容姿を見れば同一人物であることは疑いないが、抱く印象は全く違っている。
「で、我々を何処に連れて行く気なんだ?」
 そう尋ねたのは一番後ろを歩く住井だった。階段を下り始めてからそれなりの時間が経つが、一体何処へ向かっているのか先頭を行く晴香は何も言わないし、祐一も特に不安そうにしている様子はない。祐一は晴香のことを大丈夫だと言ったが、もしこのまま彼女に連れられていった先に敵の罠が待っていて大量の未確認B種がいたりすると目も当てられないことになる。そう言う心配もありそう尋ねたのだが、晴香は立ち止まりもしなければ振り返ろうともしないで、どんどんと階段を下っていく。
「あ、相沢君……本当に大丈夫なのか?」
「多分、ですけど……まぁ、この先に罠が待っていたとしても何とかしますよ。その為に俺がいるんですから」
 少々情けない声をあげる住井に祐一は軽く笑ってそう答える。
 と、不意に二人の先を歩いていた晴香が足を止めた。それからゆっくりと二人の方を振り返る。
「あなたにやって貰いたいことがあるの」
 そう言って晴香はじっと祐一を見る。まるで彼の表情を、そこから彼の心の内を探るかのように。
「俺にやって貰いたいこと?」
 オウム返しに尋ねる祐一に晴香は黙って頷いた。それからまだまだ続く階段の先を指で指し示す。
「この先の踊り場に施設の中に続く扉があるわ。そこから中に入って左に進んで三つ目のドア。その中にあるものをぶっ潰して欲しいの」
「その中には何があるんだ?」
「……悪魔を生み出すものよ」
 じっと祐一を見返し、そう答える晴香。
「悪魔?」
「そう……いわゆる未確認B種とか警察が呼んでいるもの。教団では改造変異体って呼んでいるけどね。まぁ、私もその内の一人だけど」
 訝しげな顔をする祐一にそう答えながら晴香は何処か自嘲的な笑みを浮かべた。おそらくは自分もその仲間の一人だと言うことを思い出したのだろう。姿は変わらないが、自分には人間にはない力が備わってしまっている。それは即ち充分な怪物であるのだと、彼女には思えたのだ。
「成る程、悪魔か……」
 そう呟いたのは晴香でも祐一でも無く、住井だった。彼は何やら思案げな顔をしていたが、やがてあることに気付いたように顔を上げて晴香の方を見る。
「ちょ、ちょっと待ってくれないか! そ、それじゃまさか未確認B種というのは……」
 恐る恐るという感じで、確認するようにそう住井が問いかけてくるのに晴香は無言で頷いた。それを見た住井は慌てたように祐一の方を見る。
「あ、相沢君っ! 君はこの事を……」
「予想してなかったと言ったら嘘になりますね。ただの未確認とB種は色んな意味で違っていた。簡単な例を挙げれば喋っている言葉とか。未確認の連中は独自の言語を持っているみたいですが、B種の連中は普通に日本語を喋っている。まぁ、最近の未確認は普通に日本語を喋ったりもしてますが、それはともかくB種は当たり前のように日本語を喋っている。その事からも奴らとは違うと推測出来ます」
 驚き、慌てふためいている住井に対し、祐一は冷静に答える。
「それじゃ、君は同じ人間と」
「あれを埋め込まれたものはもう人間じゃないわ。私も、彼も含めてね」
 住井が青ざめた顔をして言いかけるのを遮るように晴香がそう言い、それから祐一の方を見た。その顔に少し、何やらからかうようないやらしい笑みが浮かんでいることに気付いた祐一は何も言わずに、ただじっと晴香を見返すだけ。
「もっとも彼に埋め込まれているものと私達が埋め込まれているものは別のものらしいけど。だからこそ彼は自らの意思を保てているんだろうし、その力を悪用したりしない。むしろ、彼はその力を使ってB種となった人達を倒すことで彼らを助けてあげているのよ」
 自分を何も言わずに見つめ返してくる祐一に、降参という風に肩を竦めてみせてから晴香はそう言った。
「もうこれ以上の犠牲者は増やしたくないし、増やすべきじゃないわ。だからお願い」
「……わかった」
 祐一はそう言うと晴香を押しのけるようにして前に出た。数段、階段を下りてからふと何かを思い出したかのように足を止め、晴香の方を振り返る。
「いくつか疑問があるんだが答えて貰えないか?」
「私で答えられることならね」
「ああ、大丈夫、あんたについてのことだから。まず……昨日は俺たちを襲ったのに今日は俺たちを助けた。一体どう言う心変わりなんだ?」
「心変わりなんかじゃないわ。そうね、あえて言うなら……自分を取り戻したってところかしら。改造処置を受けた時に一緒に洗脳でもされていたんでしょうね。それが昨日、あなたを襲った時に力を使って、その反動で酷い頭痛に苛まれて、それで洗脳が解けた。多分そうなんじゃない」
 これで満足かしら、と言う風に祐一を見る晴香の顔にはシニカルな笑みが浮かんでいる。そんな彼女を見上げながら祐一は再び口を開いた。
「……昨日のことは覚えているのか?」
「ええ、全部しっかりとね」
「神崎さんのお爺さんを殺したこともか?」
「全部って言ったわよ」
 そう言って顔を背ける晴香。彼女にしてもあまり思い出したくはないのだろう。洗脳されて、そして命令されるままに人を殺してしまった。それを覚えているだけでも、彼女の心に暗い影が深く落とされているに違いない。
「じゃ、これで最後だ。一体あんたは何者なんだ?」
 その質問をした祐一の顔には険しい表情が浮かんでいた。晴香がこの教団の関係者であることは間違いないだろう。なのに、何故自分たちを助けた上に未確認B種を生み出す施設の破壊を頼むのか。一体何が彼女の目的なのかわからない。
「……私はこの教団に対する反逆者よ。教団をぶっ潰す為にこの教団に来た……まぁ、一度は捕まって改造されちゃったけど」
 晴香はそう言うと祐一を見下ろし、ニヤリと笑う。
「そして、私はこの教団東京支部長、巳間良祐の妹、巳間晴香よ。覚えておきなさい」

<教団施設敷地内庭園 14:18PM>
 いつの間にかいなくなっていた祐一と住井を捜して庭園中を歩き回っていた浩平だったが、全く二人の姿が見つからないので飽きてしまったのか、今は庭園を流れる小川のほとりに座り込んでいた。そのすぐ側には由依の姿もある。もっとも彼女は浩平を手伝おうとはせず、ずっとここに座っていたのだが。
「全く……何処に消えたんだ、あいつら?」
 ぼんやりと空を見上げながら浩平が呟く。勿論、彼は祐一達が晴香に連れられて既に施設の中へと侵入を果たしたことなど知る由もない。
 あの二人を、特に祐一を排除しろとの命令を受けている以上、ここでぼんやりとなどしている暇はないはずなのだが、何となく探す気にならない。仮に探し出して見つけても、結果は先程の戦いの時と変わらないだろう。
(まともにやり合っても精々相打ち……まぁ、あの野郎の狙いはその辺にあるんだろうが……まだ死ぬ訳にはいかねぇんだ)
 そんなことを考えながらごろりと横になり、目を閉じる浩平。
「お前は戻らないのか?」
 何気なく隣に座っている由依に声をかけると、彼女は少し驚いたように彼の方を見た。
「お前、見つかったらやばいだろ。早く戻った方がいいんじゃねぇか?」
「も、戻るならあなたも一緒です! みさおちゃんにそう約束しましたから!」
 浩平が自分のことを心配してくれたと言うことにちょっと動揺してしまったのか、由依の声が自然と大きくなってしまう。それに驚いたように浩平が閉じていた目を見開いた。
「早く戻りましょう。みさおちゃん、心配してましたよ」
 妹の名前を出されて浩平は顔を顰めた。
 彼が今、何よりも大事にしているのはその妹だ。妹を助ける為に仇とも言える、いや仇そのものだろう相手に従っている。全ては大事な、最愛の妹の為に。
 由依はそれを知っているからこそ、浩平が妹のみさおの為に必死になっていることを知っていて尚、彼女の名前を出してきた。こうすれば彼の頑なな心を揺るがすことが出来ると確信しているかのように。
「……ダメだ、まだ戻れない。みさおを助ける為にはもっと時間を……」
 そこまで言って浩平はいきなり身を起こした。そして素早く、由依をかばうように身体を動かす。
「折原浩平、手を貸せ」
 そう言いながら現れたのは狼頭の忍者だった。ほとんど気配もなく、そして音もなく現れた狼頭の忍者は腕を組みながらじっと浩平を見下ろしている。
「何言ってやがる。さっきから充分手を貸してやってるだろうが」
 じっと狼頭の忍者を睨み返しながら浩平が言い返す。その間も、自分の後ろにいる由依が見つからないように気を配りながら。
「……今度の相手はカノンではない。別の相手だ。早くしないとお前の大切な者もそいつの手にかかるぞ」
「何っ!? どう言うことだ!?」
「昨夜からここに何者かが侵入しており、次々と被害が出ている。悪いことに今は聖戦の最中、ここに用意されている人員だけでは手が足らぬ故、お前の手を借りたい」
 狼頭の忍者はじっと浩平を見据えたままピクリとも動かない。彼が色好い返事をするまでてこでも動かないつもりだろう。それほどにまで事態が切迫しているのか、それとも何らかの罠なのか。浩平にはその判断はつかなかった。
「……妹の命が係ってるんなら仕方ない。で、カノンとは違う侵入者ってのは何処にいる?」
 この狼頭の忍者も相当の実力者だ。改造変異体としてのレベルは浩平の知っている最大の五を越えているのかも知れない。そいつが言うのだからその侵入者とやらは余程厄介な相手なのだろう。そんな奴がもしみさおの前に現れでもしたら、彼女の命など一溜まりもないに違いない。だから、ここは妥協することにしたのだ。
「わからん。だが既に内部に侵入されているのは間違いない」
「けっ、何とも情けないこった」
「我々も侵入者の姿を探している。見つけたら連絡するからこれを持っておけ」
 そう言って狼頭の忍者がイヤホン型の通信機を放り投げてきた。
 浩平が通信機を受け取るのを見た狼頭の忍者が、現れた時と同じく音も気配もさせることなくその場から姿を消す。その様子に浩平も、彼の後ろに匿われていた由依も言葉を無くしていた。
「な、何ですか、今のは……?」
「何回見ても信じられねぇな、あの野郎は」
 しばし呆然としていた二人だが、先に浩平が気を取り直したようですっと立ち上がった。
「とりあえずお前はみさおのところに戻ってろ。それからあの辺りに誰も入ってこられないよう何とかしておけ」
「な、何とかって……」
「もっとも相手は相当に厄介な奴っぽいからな。もしどうしようもないと思ったらさっさと逃げろ。出来ればみさおを連れて逃げてくれると嬉しい」
「ちょっと! 無茶苦茶ですよ、そんなの!」
 不安そうな表情を浮かべる由依にそう言い、浩平は歩き出す。一刻も早く謎の侵入者を見つけて倒さなければならない。その侵入者の目的が何かはわからないが、みさおに危害を加えさせる訳には行かないのだ。自然と歩みが早くなるのを彼は感じつつ、施設内部へと続くドアを開けるのだった。

<教団施設内魔石貯蔵庫 14:21PM>
 浩平が狼頭の忍者と話し合っていた頃、祐一と住井の二人は晴香に言われた通りに進み、問題の部屋へと辿り着いていた。
「三つ目のドア……ここですね」
 ドアとドアとの間隔が予想以上に長く、辿り着くまでに思った以上に時間がかかってしまった。早く目的を達成しないと、何時見つかってしまうかわからない。
 ドアノブに手をかけると鍵はかかっていなかったらしく、ドアは容易に開いた。
「住井さん、先に」
「ああ」
 周囲の様子を窺いながら住井が先に室内に入り、その後に祐一が続く。
 室内は薄暗く、そして冷房が強い所為か、非常に寒かった。ぶるっと身体を震わせながら、住井が壁に手をやり照明のスイッチを押す。
 天井に取り付けられた電灯が二、三度明滅し、それから周囲が明るくなる。
「これは……」
 室内には無数の棚。そこにはいくつものガラス製と思われる容器が所狭しと並べられており、その中には大小様々な水晶のような輝きを持つ石が収められていた。
「これが……」
 容器の一つを手に取り、住井は中に入っている石を覗き込む。
 この石を体内に取り込む事により、ただの人間が未確認生命体のような怪物になると言うのか。一見したところ、普通のものよりもちょっと綺麗な水晶にしか見えないのだが、その中に秘められているのはおそらく今の科学では解明不可能な力なのだろう。
「中のには触らない方がいいと思いますよ。俺はその状態で見た事はないからどうなるかわかりませんが、きっとろくな事にならないと思いますから」
 祐一にそう言われて、慌てて住井は手にしていた容器を棚に戻した。
「ろくなことって……まさか触ると僕も未確認になってしまうとか?」
「可能性はあると思いますよ。ここの連中がどう言った手を使って未確認B種を生み出しているかは知りませんけどね」
 引きつったような笑みを浮かべながら住井が尋ねてくるのにそう返しながら祐一は周囲を見回していた。晴香の依頼はここにあるもの――一見すると水晶にしか見えない石、要するに魔石だ――を全て破壊する事。それはこれ以上の教団の犠牲を増やさないのと同時に彼女の目的である教団に対する復讐にも合致する。だが、どうやってこれを破壊すればいいのか、その方法が思いつかなかった。
「何か爆弾みたいなものがあればいいんですけど」
 そう言ってみるが、そんなものを祐一は勿論、住井も持ち合わせていない。
「ちょっと手間だけど一つずつ粉々に砕いちゃえばいいんじゃないか?」
「……それしかありませんね」
 住井の提案に祐一はそう言い、すぐさま変身ポーズをとった。
「変身っ!」
 空中に突き出した右手で十字を描き、そう叫ぶと祐一の腰にベルトが浮かび上がり、その中央にある霊石が光を放つ。その光の中で祐一の姿が戦士・カノンへと変わる。
 カノンは近くにあった容器を手に取ると、その中から魔石を取り出し、ギュッと握りしめた。手の中でバチッと静電気の衝撃のようなものを感じてから、ゆっくりと手を開くとそこにあったはずの魔石が粉々に砕け散っている。
「これで良し、と」
 パンパンと手を叩き合わせて、手に残った魔石の小さな破片を払い落とすカノン。それからまた棚から容器を取り出した。
「……一個一個やっていたら日が暮れそうだな」
「ですね。何かいい方法が」
 住井がまだまだ大量にある容器を見やりながら、やや呆れ気味にそう言うのにカノンが苦笑しながら(もっとも表情は仮面に隠されてわからないのだが)答え、また容器の中から魔石を取り出そうとした、まさにその時だった。何処からともなく、べちゃりと濡れたものが床に当たるような音が聞こえてきたのは。
 その音と同時に自分たちに向けられてきた鋭い殺気に気付いたカノンが手にした魔石を投げ捨て、それから大急ぎで住井の身体を掴んで床に伏せさせる。直後、二人の頭上を何かが通り過ぎていき、それが棚に触れた瞬間、派手な火花が散った。
「な、何だ!?」
 あまりにも突然の事に住井が驚きの声をあげ、顔を上げようとするのをカノンが押さえつけた。
「ここでじっとしていてください!」
 そう言うとカノンは立ち上がり、部屋の奥へと走り出す。棚と棚の間はそれほど広い訳ではない。隙間を縫うかのようにカノンは奥へと進み、先程自分たちを襲ってきたものと対峙した。
「未確認!?」
 そこにいたのは水母種怪人グダゼ・ガクツだった。白いスカーフの女によってこの教団施設に送り込まれた最強最悪の刺客。一体どうしてこんな場所にいるのかは不明だが、先程カノンと住井を襲ったのは間違いなくこいつだ。その不気味な姿を見て、カノンはすぐさま身構える。
(何で未確認がこんなところにいるんだ?)
 カノンには何故グダゼ・ガクツが教団施設の中にいるのか、全くわからない。だが、相手が未確認生命体――古代種族ヌヴァラグである以上、カノンである自分とは敵同士だ。事実、つい先程も襲われたではないか。
「カノン……丁度いいや〜ここで〜死ねぇ〜」
 何処かのんびりとした、しかしそれでいてあからさまなまでに敵意と殺意を含んだ声でグダゼ・ガクツは言い、すっと右手をカノンの方に突き出した。するとその手が白い半透明のひだがついた触手へと変わり、カノンに向かって伸びて来るではないか。
 その触手を素早く手刀で叩き落とそうとするカノンだが、手が触れた瞬間、バチィッと言う音と共に物凄い衝撃を受けて手の方が弾き返されてしまう。それはさながら電気ショックのようなもの、いや電気ショックそのものだった。
「くうっ……何だ、今のは?」
 未だに痺れのとれない手をもう片方の手で押さえながらカノンはグダゼ・ガクツを睨み付ける。どうやら今回の相手も一筋縄でいく相手ではないらしい。
 一方、グダゼ・ガクツはゆらゆらと揺れるように身体を左右に揺らしながらカノンの出方を伺っていた。相手は遙か古代において自分たちを倒し、封印した戦士。近頃では同じヌヴァラグの仲間を次々と倒している。何と言っても実力だけではかなりのものを持っていた蠍種怪人ヌゴチ・ゴクツすら倒しているのだ。決して油断の出来るような相手ではない。例え、格下だとしても。

<教団施設内某所 14:36PM>
 由依と別れた浩平は狼頭の忍者に言われた通りに謎の侵入者を捜して当て所もなく歩き回っていた。しかし、相手がどの様な姿なのかもわからず、ただ闇雲に歩き回っていても見つかるはずがない。
「全く……何やってんだ、俺は」
 いい加減飽きてきたのか、浩平は立ち止まるとそう呟き、壁にもたれかかる。
「ええ、全くです。あなたは一体何をやっているんですか」
 突然聞こえてきた慇懃無礼でありながらもやや呆れ気味の声。
 その声に振り返ると、一体何時そこに現れたのか、浩平のすぐ側にサングラスをかけた男が立っていた。
「テメェ……キリト!!」
 男の姿を認めた浩平が彼に掴みかかろうとするが、男――キリトはあっさりとその手をかわしてしまう。
「まぁ、落ち着きなさい。今はあなたといざこざを起こす気はありませんから」
 そう言ってキリトは浩平から一歩離れた。
「じゃあ、俺に何の用だ?」
 ジロリと浩平はキリトを睨み付ける。未だ彼からはキリトを警戒する気配が消えていない。それも当然だろう。キリトは浩平を殺すのは自分だと言って憚らないのだから。そう言う男を前にして警戒せずにいられるだけの度量を浩平は持ち合わせてはいなかった。
「あなたにちょっと協力して貰いたい事がありまして」
「俺がお前に協力だぁ? 正気で言ってんのか?」
「ええ、勿論正気ですよ。もっともあなたもきっと協力して良かったと思うはずです。何せあなたの最大の敵、巳間良祐の研究をぶっ潰す事ですからね」
 あくまで疑いの目を向けてくる浩平にキリトはニヤリと笑いながらそう言った。
 それでも浩平の顔からは疑念の色が消えない。
「お前、あいつに雇われているんじゃなかったのか? 何でそんなマネをする?」
「生憎と今回は色んなところから依頼を受けていましてね。その内の一つが巳間支部長の個人的な研究内容を調べ、それをぶっ潰すというものでして」
 浩平の疑惑の視線に肩を竦めつつキリトは答える。言った言葉に嘘はない。信じる信じないは浩平の勝手だ。
「……わざわざその為に巳間支部長に近付きましてね。いや、苦労しましたよ」
「それを信じろって言うのか?」
「それはあなたの自由ですよ。しかし、あなたにとっても悪い話ではないでしょう? あなたは少なからず巳間良祐に恨みを抱いている。彼の研究をぶっ潰せば少しは溜飲が下がるのではないですか?」
 そう言われて浩平は考え込み始めた。確かにキリトの言う通り、浩平は巳間良祐に対してはかなりの恨みを抱いている。彼の個人的研究というものがどう言った類のものかはわからないが、それをぶっ潰す事が出来れば少しは溜飲が下がるだろう。
 だが、今の状況でそれをしてしまうのは少し拙い気がする。何と言っても今の浩平は妹を人質に取られているようなものだ。下手な事をすれば妹を助け出す事も出来なくなってしまう。何と言っても今浩平が協力しているのは巳間良祐が妹の身体を元に戻すという条件を呑んだからに他ならない。なのに浩平が巳間良祐の研究をぶっ潰してしまえば、彼はあっさりと浩平からの条件を反故にしてしまうだろう。
「何やら迷っているみたいですね。ならいい事を教えましょう。あなたや相沢祐一、それに私、更には多くの改造変異体……共通しているのは霊石や秘石、魔石をその体内に持っていると言う事ですが、それを体内に埋め込む研究は行われてきましたが、逆に取り出すという研究は一切行われていません。今までも、そしてこれからもね」
 キリトにそう言われて、浩平ははっと顔を上げた。
「……どう言う意味だ?」
「言った通りですよ。巳間良祐は改造変異体を作り出しても、その体内から魔石などを取り出す研究などしていないしするつもりもない。つまりは、あなたとの約束を守る気は初めからないと言う事です」
 これはキリトの推測に過ぎないが、半ば確信があった。何と言っても巳間良祐を初めとする教団の研究員は改造変異体を作り出し、それらを尖兵にこの世界を征服するつもりなのだ。何で作り出した改造変異体からその力の源である魔石を取り出さなければならないのか。そのような研究には意味がない。だからやるはずがない。そう言う結論なのだが、あながち間違っているとは思えなかった。
「……要は俺は単に利用されてるだけだって事か」
 吐き捨てるようにそう言う浩平を見て、キリトがニヤリと笑う。この調子ならきっと浩平は自分に手を貸すだろう。巳間良祐の秘密の研究室で見たあの研究成果の破壊に手を貸すはずだ。その結果、彼が、そして彼の妹たちがどうなるかは知った事ではない。自分は受けた依頼を果たすだけだ。
「……わかった。手伝ってやる。ただし、今回だけだ」
「そう言って頂けると思っていましたよ」
 ニヤニヤ笑いながらキリトが手を差し出すが、浩平はあえてそれを無視した。それを見たキリトは肩を竦めると歩き出す。
「それでは行きましょうか。こっちですよ」
 浩平を促し、キリトは巳間良祐の研究室へと向かうのだった。

<教団施設内某所 14:42PM>
 閉じこめられていた牢のような部屋から脱出した国崎は自分が何処にいるのかもわからないまま、施設の中を彷徨っていた。一時間ぐらい施設の中を歩いているのだが、誰とも会わなかったのは彼にとって幸いなのか不幸なのかはわからない。だが、おそらくそれは幸いなのだろう。今この施設の中には彼の味方はいない。見つかれば捕まるか、下手をすれば殺される可能性だってあるからだ。
「つーか、何処だよ、ここ?」
 今更のように呟く国崎。何処かに館内案内図のようなものがあれば現在位置を確認し、外に出ていけるのだろうが、生憎そう言ったものは何処にもなかった。おまけに通路は白一色で変化に乏しい。まるで人を惑わすかのようだ。
「参ったな……これじゃ外に出るのも無理、連絡を取るのも無理……」
 果たしてこれからどうするべきか、と考えながら国崎は自分の頭をかく。今の状況は決してよくはない。はっきり言ってしまえば二進も三進もいかない状況だと言えよう。それに何より腹が減った。現状を打破する為にも、まずは何か食べなければ。
「とりあえずは何か食い物を」
 そう呟いて国崎は再び歩き出す。とりあえず最優先に探すべきものは食べ物。この空腹を何かで満たさなければ頭も働かないし、身体も動かない。目指すべきは食堂、もしくは厨房だ。
 行動を開始した国崎の動きは速い。白い通路をさっさと歩き、そして階段へと続くドアを開ける。何故彼がこれを知っているのかと言うと、先に調べてあったからだ。
 ドアを開け、階段へと足を進めた時、彼は上から誰かが階段を駆け下りてくる音を聞き、顔を上げた。そして上から降りてきた少女と目が合う。
「……何?」
「何だ、お前?」
 二人が口を開いたのはまさに同時だった。

<教団施設内魔石貯蔵庫 14:45PM>
 グダゼ・ガクツの右手が変化した触手がカノンの頭上を越え、棚にぶつかり火花を散らす。
「うおっ!」
 飛び散る火花をかわしてカノンは別の棚の後ろに回り込んだ。だが、そこにもグダゼ・ガクツの触手が襲い掛かり、棚に置かれている魔石の入った容器を薙ぎ倒していく。しかも触手の触れた容器は、その触れた部分が溶かされてしまっていた。
(こいつ……近づけない!?)
 近付こうにもあの触手がそれをさせないでいる上に、この部屋の中に並んでいる棚が更に接近を邪魔している。おまけにあの触手に流れている物凄い電流、ちょっと触れただけでも激しく弾き飛ばされてしまう程のもの。まともに喰らえば大ダメージは免れないだろう。
(クソッ! これじゃどうにも……!!)
 焦りばかりが増していく中、カノンは自分たちに近寄ってくる新たな気配を感じ取った。住井のものではない。彼ならばもっとはっきりと気配をさせながら近付いてくるだろう。では一体誰がこの場に現れたのか。
 近付いてくる気配の正体にカノンが気付けたのはその直後、左手側の棚が自分に向かって倒れてくるのに気付いた時だった。慌てて逃げようとするカノンの行く手を忍者装束に身を包んだ鶏の頭部を持つ怪人に塞がれてしまう。
「しまった!」
 どうやらここでの騒ぎを聞きつけて、様子を見に来られてしまったらしい。鶏頭怪人に出口を塞がれ、カノンは為す術もなく倒れてくる棚の下敷きになってしまう。

<教団施設内某所 14:48PM>
 カノンが大ピンチに見舞われているのと同じ頃、浩平はキリトと共に廊下を突き進んでいた。向かう先はこの教団東京支部の支部長、巳間良祐の研究室。
 そこで何が待ち受けているのか、まだ浩平は知らない。知る由もない。
 ただ、先導するキリトの口元には非常にいやらしい笑みが浮かべられていた。

<教団施設内支部長室 14:49PM>
 廊下を自分の研究室に向かって歩く浩平とキリトの姿をモニターで見ながら良祐はこみ上げてくる笑いを堪えきれないでいた。
「フフフ……少し予定は変わったが……まぁいい。彼らでも充分だろう」
 そう呟くと彼は別のモニターへと目を移す。そこに映し出されているのは巨大なカプセルの中、膝を抱えて眠っている一人の少年の姿だ。カプセルの中には何らかの液体が満ちているらしく、その中で少年は胎児のように身体を丸めながらぷかぷかと浮かんでいる。
「もうすぐだ……お前が目覚めれば……」
 ニヤニヤと笑いながら良祐は愛おしそうにモニターに手を伸ばす。
「フフフ……さぁ、目覚めるがいい、我が最高傑作よ!」
 そう言った彼の顔には狂気の笑みが貼り付けられていた。

Episode.68「悪意」Closed.
To be continued next Episode. by MaskedRiderKanon


次回予告
棚の下敷きになり、身動きのとれないカノンに迫る危機。
そこに迫るグダゼ・ガクツの魔手。
国崎「そろそろ反撃開始と行こうぜ」
みさお「この人は私が必ず助けます」
一方、浩平とキリトは良祐の研究室に忍び込むのだが……。
そこで待っていたのは恐るべき罠だった。
キリト「裏切ったのは果たしてどちらでしょうかね?」
郁未「……行かなきゃ……」
追い込まれていく祐一、浩平達。
果たして彼らの運命は?
次回、仮面ライダーカノン「魔性」
動き出す、闇の中の赤い月……



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