<都内某所 22:31PM>
 道路の脇に乗り捨てられたままの覆面車を始めに見つけたのはこの付近をミニパトで巡回していたこの付近を管轄している所轄署の交通課婦警、天野美汐だった。初めはただの違法駐車かと思っていた彼女だったが、側にやってきてこの車両が警視庁未確認生命体対策本部に所属する刑事、国崎往人が愛用しているものだと思い出し、すぐさま未確認生命体対策本部へと連絡をしたのだ。
 美汐からの連絡を受けて現地にやってきたのはよく国崎とコンビを組まされ、彼の尻ぬぐいをやらされている住井 護とかつて国崎が全国を放浪していた時、一時的に彼を居候として住まわせていた神尾晴子の二人。
「まったく、あのアホは一体何処に消えたっちゅーねん!」
 バンッと覆面車の天井を叩きながら晴子が吐き捨てるように言う。
「いっつもいっつも勝手なことばっかりしくさって!」
 日頃からスタンドプレイの多い彼のこと、今回もおそらくそうに違いないと判断し、晴子は怒り心頭に達しているらしい。
 その様子を少し離れたところで美汐と住井が眺めている。下手に声をかけて怒りのとばっちりを喰らうのが嫌で遠巻きにして見ているのだ。
「……そんなに国崎さんという人は?」
「まぁ、そうだねぇ。確かにスタンドプレイばかりでいつも怒られてるけど」
 美汐の質問に苦笑を浮かべながら答える住井。
「でも職務を放棄して何処かに消えちゃうようなことは今まで無かったんだけどなぁ」
 そう言いながら住井は首を傾げる。
 国崎は今日の夕方頃までは警視庁の中にある未確認生命体対策本部の中にいたはずだ。それが誰かからかの電話を受けて慌てた様子で飛び出していった。その電話をかけてきた人物が国崎の失踪に何か関わっているはずだとは思うのだが、車内には何も残されていない。手がかりは何もないのだ。
「一体何処に行ったんだろう、国崎さん」
 
<都内某所 23:43PM>
 目隠しをされ、更に後ろ手に縛られ、トラックの荷台に転がされてから一体どれだけの距離を走ったのか。とりあえずトラックを運転していた連中の目的地に辿り着いた頃には身体の節々が痛みを訴えていた。
「……ようやくご到着か」
 そう言って目隠しをされたまま、包帯だらけの男が身を起こす。
「いやはや、よく眠れたぜ」
「こんな状況でよく眠れるもんだな、お前」
 同じように荷台に転がされていた国崎が包帯だらけの男の声のした方を見ながら言った。彼の方は包帯だらけの男と違って身体を起こそうと藻掻いているが、今だ成功していない。
「その図太い神経には脱帽するよ」
「お褒めにあずかり光栄ってところかな。まぁ、休める時に休んでおかないと、後々大変だろうからな」
 そう言いながら包帯だらけの男は身体をもぞもぞと動かし、そして背中側で縛られていたはずの手を前へと持ってきた。どうやら関節を外すか何かして拘束を解いたらしい。手を縛っていたロープを脇に放り出すと、男は目隠しも解いた。
「さてと、あんたには悪いけど俺はここで失礼させて貰うぜ。おとなしくしてりゃ殺しまではしないはずだから、おとなしくしてなよ、おっさん」
 包帯だらけの男は未だ起き上がろうと藻掻いている国崎に向かってそう言うと、音もなくトラックの荷台から出ていった。その直後、国崎や先程出ていった包帯だらけの男をこのトラックの荷台に押し込んだ白装束の男達が姿を見せる。
「……!? もう一人は何処に行った?」
 本来この荷台には二人いなければならないはずなのに、今ここにいるのは国崎一人。彼らにとって本命であるはずの包帯だらけの男の姿が何時の間にやら消えていることで白装束の男達の間に動揺が走る。すぐさま、残されたままの国崎に彼らは詰め寄っていった。
「そんなの俺が知るか。あいつならついさっき”失礼する”とか言って出ていっちまったよ」
 国崎がそう言うと白装束の男達は慌てた様子でトラックの荷台から降り、姿を消した包帯だらけの男の姿を探し始める。
「探せ! まだ遠くへは行っていないはずだ!」
「奴は特Aクラスの危険人物だと言うことを忘れるな! 見つけ次第殺しても構わん!」
 白装束の男達があげる声を聞きながら国崎は身体を回転させる。
「……一体何なんだよ、こいつらは……?」
 取り残されてしまった国崎はそう呟き、また身を起こそうと藻掻き始めるのだった。
 
仮面ライダーカノン
Episode.65「捜索」
 
<喫茶ホワイト 11:23AM>
「最近見ないわね」
 そう呟くように言ったのはこの喫茶ホワイトの近くにある城西大学考古学研究室に籍を置く美坂香里だった。いつも研究室に行く前にこの店に立ち寄り、うんと濃いコーヒーを飲んでいくのが半ば日課と化している彼女だが、この日は何故かこの時間になっても研究室にも行かず、カウンター席の一番端といういつものポジションにじっと居座っている。
「見ないって誰のこと?」
 ちょっとぼんやりとしている感じの香里にそう尋ねたのはこの店の看板娘である長森瑞佳だ。香里とは歳も近く、彼女がすっかり常連となった今ではかなり仲がいい。
「ああ、どっかの黒尽くめの馬鹿のこと。まぁ、それはそれで別に構わないんだけど」
 瑞佳にそう答え、香里は自分の前に置かれているカップを手に取った。中に入っているコーヒーは一体何杯目なのか。とりあえず一時間以上はここで粘っている。
「相沢君は何か知らないの?」
 そう言って香里が目を向けたのはカウンターの奥で皿洗いをしている一人の青年だった。名前は相沢祐一。この喫茶ホワイトで住み込みのバイトをしている。香里とは高校時代の同級生で少々のブランクはあったが、今でも友人として付き合っているのだ。
「何で俺が国崎さんのこと知らなきゃいけないんだよ」
 不服そうにそう言い、祐一は洗い終わった皿を並べていく。
「何だかんだで仲いいじゃない。連絡取り合っているんでしょ?」
「未確認が出た時はな。特に用事がないなら連絡なんか」
 香里にはまったく目を向けず、不機嫌そうに祐一は言う。
 ここ最近の彼は何処かおかしい。何か非常に焦っているような、そんな感じがしてならない。だが、特に誰もそれを問い詰めようとはしない。問い詰めたところで彼が話すとは思えなかったからだ。だから香里も瑞佳も何も言わず、ただ彼を見守っているだけ。
 香里は小さくため息をつき、コーヒーカップに口を付けた。ホットで頼んだはずだが、もうすっかり冷めきってしまっている。目覚まし代わりの濃いコーヒーの苦みが舌を刺す。
「で、国崎さんがどうしたって言うんだ? 普段ならあの人のこと、自分から口にしないだろう?」
 全ての洗い物が終わったのか、手をタオルで拭きながら祐一は、今度こそ香里の方を見ながら尋ねる。自分で口にした通り、香里が国崎のことを積極的に話題にすることはない。だから気になったのか。
「……昨日、未確認対策班の住井って刑事さんが来たのよ。何か国崎の馬鹿が行方不明になっていて、居所を知らないかって」
「国崎さんが行方不明!?」
 驚いたように祐一が声をあげるのに香里は小さく頷いた。
「あのバカ、また勝手なこと……」
「行方不明って何かの事件に巻き込まれたって事!?」
 香里が言いかけるのを遮るようにそう言ったのは瑞佳だ。この三人の仲では一番国崎との縁が薄い彼女だが、元々心優しい彼女はそんな国崎でも心配してくれているのだろう。
「ああ、瑞佳さん、そんなに心配しなくてもいいよ。国崎さんはスタンドプレイが大好きな人だからね。またきっと何か一人でやっているに違いないんだ」
 心配そうな顔をする瑞佳に祐一が苦笑を浮かべながら言う。
 もし、この場に国崎本人がいれば祐一の言った「スタンドプレイが大好き」と言う部分だけは絶対に否定するだろう。別段、国崎はスタンドプレイが好きな訳ではない。ただ、気がつけばそう言う状態になっているだけだ。彼だって連携の取れた行動ぐらい出来るのだから。
 しかし、この場に国崎本人はおらず、祐一と同じくそれなりに国崎を知る香里も祐一の発言を特に否定はしなかった。だから瑞佳もそう言う人なのだと思ったようだ。ちょっとだけ安心したような表情になる。
「でも一人で何かしてるのって危なくないのかな?」
「ああ、その点なら大丈夫よ。あいつ、ゴキブリ並にしぶといから」
「ず、随分な言いようだね……」
 あっさりとそう言い切る香里に瑞佳は困ったような顔をするのだった。
 
<都内某所・教団施設内 11:27AM>
「ふえっくしょい!!」
 鉄格子の嵌った小さな窓から入る太陽光だけが明かりとなっている小さな部屋の中、大きなくしゃみを国崎はしていた。その後、すぐに鼻の下を指でこする。
「何だぁ? 誰か噂でもしてるのか?」
 きっとろくな噂じゃないに違いない。そう考えて国崎は部屋の中に設えてある簡素なベッドの上に横になった。
「みんな、俺のこと探してくれてんのか?」
 コンクリート打ちの天井を見上げながら国崎は呟く。何となくだが、誰も自分を捜してくれていなさそうな気がしないでもない。何せ普段から命令無視のスタンドプレイばかりやっているのだ。今回もまた一人勝手に行動しているのだろうと高をくくられている可能性が高い。
「せめてあれからどれくらい時間が経ったのかぐらいわかればなぁ」
 この部屋に押し込まれた時点で腕時計や携帯電話などは全て没収されてしまっていた。拳銃や一応持っていた手錠なども一緒に、だ。これでは時間を知るどころか脱出のしようもない。とりあえず窓から入る光で朝が来たことぐらいはわかっている。もっとも今の時間がわかったところで、どうすることも出来ないのだが、その事実に国崎はまったく気がついていない。
「あ〜、腹減った」
 天井を見つめつつ、ぐーっと鳴った腹を手でさする。考えてみれば昨日の夕方頃から何も食べていない。祐一からとあるビルでの戦闘の後始末を押しつけられたのが夕方頃。その後始末とやらにどれだけの時間がかかるかわからなかったから、夕食は外で済ませようと考えていた矢先に謎の白装束集団を発見し、それを追跡した結果、こうして何処とも知れない場所へと拉致され監禁されてしまっている。
「せめて水ぐらい寄こせよなぁ」
 いい加減喉も渇いてきた。トイレの方はこの室内にあるので問題ないが、とにかく喉が渇き、そして腹が減った。腹が減っては戦は出来ぬ。今は無理だがいざここを脱出する時に腹ぺこの状態では満足に動けないだろう。
「うーん……」
 とりあえず今出来ることは何もない。寝転がったまま大きく伸びをして、国崎は目を閉じた。空腹を紛らわせる為に、そしていざと言う時の為に体力を温存しておこう。その為にもここは一眠りする。それが一番だ。そう決めて寝に入る。
 目を閉じてから少し経った頃、鋼鉄製と思われるドアの前に誰かが立ち止まった足音が聞こえてきた。続けてドアにかけられている鍵が外される音。
 国崎が片目を開けてドアの方を見ると、ドアがゆっくりと開き覆面に忍者装束の男が二人程、中に入ってくるのが見えた。
「起きろ。支部長がお前と話をしたいそうだ」
 そう言うと、忍者装束の男達は起きようとしない国崎の側までやって来て、彼の両腕をそれぞれが掴み無理矢理起き上がらせる。そして、そのまま彼を引きずるようにして部屋の外に出た。
 部屋の外には同じ忍者装束に覆面をつけた男が数人いて、部屋の外に引きずり出されてきた国崎に近付くとすぐさま彼の両手を拘束した。更に目隠しもすると、ようやく歩き出す。
「おい、何処に連れて行く気なんだよ?」
 自分で歩く気はさらさら無いらしく、ずるずると引きずられているだけの国崎がそう尋ねるが返答は一切無かった。
「おい、黙ってないで何とか言えよ。それと飯だ、飯。何か喰わせろ。でなきゃ何か飲ませろ」
 如何にも不機嫌そうに言うのだが、やはり返答はない。周囲にいる時代錯誤なこの忍者集団はまるで言葉を知らないかの如く、無言で国崎を何処かへと引きずっていく。
(何なんだよ、こいつらは……つーか、こうも軽々と俺を引きずるって事はもしかするともしかするんだろうな)
 決してやせ形ではない国崎をこうも軽々と引きずって歩いていくこの忍者集団。間違いなく未確認B種と呼ばれる連中なのだろう。と言うことはここはおそらく奴らの基地の一つか。さっき「支部長が話がある」と言ってたので向かう先はその支部長とやらがいる場所のはずだ。その支部長とやらも未確認B種なのだろうか。だとすればその支部長を盾に、この場から逃げるという選択肢は考え直した方が良さそうだ。
(とりあえずその支部長さんとやらに会ってみないと話にならないか)
 心の中でそう決めると国崎は口元を歪ませてニヤリと笑うのだった。
 
<警視庁地下駐車場 11:54AM>
 警視庁の地下にある駐車場、その一角に主人が不在の覆面車が止められている。現在絶賛行方不明中の国崎の愛用している車両だ。
 今、その車のドアを開けて一人の男が中でごそごそとしていた。
「何も見つからないか、やっぱり」
 そう言って顔を上げたのは住井だった。
 現在絶賛行方不明中の国崎が一体何処へ消えてしまったのか、その手がかりが何かこの車内に残されていないかと思ってずっと探しているのだが、やはりと言うか案の定と言うか何も見つからない。
「携帯にも出ないし……本当に何処に行っちゃったんだ、国崎さん?」
 小さくため息をつき、それでも住井は車内の捜索を再開する。きっとこの車の中に何かヒントがあるはずだと信じて。
 
<喫茶ホワイト 14:23PM>
 まるで戦場のような昼食時の一時が終わり、瑞佳も祐一も疲れ切ったようにカウンターの椅子に座り込んでいた。この日、この喫茶ホワイトのマスターは朝早くから釣りに出掛けており、もう一人いるバイトの霧島佳乃は今日はお休みである。香里がいたならば手伝って貰えるようお願いしたのだろうが、彼女もあの後さっさと大学へと行ってしまった為、二人で戦場のごときお昼時を乗り切ったのだ。
「さ、流石に疲れた……」
「やっぱりもう一人ぐらいバイトの人雇わないとダメだね……」
「マスターに頼んでおいてください」
「了解だよ〜」
 二人してぐったりとカウンターの上に突っ伏しながら口々にそう言い合う。
 と、そんなところにドアのところにかけられているカウベルの音が鳴り響いた。どうやら新たな客のご来店のようだ。カウンターテーブルの上に突っ伏していた二人はすぐさま身体を起こすと、その客の方へと振り返った。
「いらっしゃいませ〜」
 瑞佳がそう言ってドアのところに立ってキョロキョロと中を見回している少女の元へと歩いていく。
 一方の祐一はと言えば少女の顔を見て、眉を寄せていた。少女の顔に見覚えがあったからだ。だが、何処で会ったのか、そもそも誰であったのかさえ思い出せない。しかし、見覚えがあるのは確かで、思い出せないと何か気持ちが悪い。
「あ、相沢さん!」
 入ってきた少女は祐一を見つけると、少し嬉しそうな顔をして彼の元へと駆け寄ってくる。しかし、当の祐一はいきなり駆け寄ってきた少女に戸惑いを隠せない。困ったような顔をして瑞佳の方を見るだけだ。
 祐一の助けを求めるような視線を受けた瑞佳だが、全く事情も何もわからないのでただ肩を竦めるだけだった。
「お久し振りです! 城西大学の近くにある喫茶店にいるって事だけ聞いていたからちょっと探すのに手間取っちゃいましたけど、無事に会えてよかったです!」
 どうやら祐一のことをこの少女は随分と探していたらしい。城西大学の周りには喫茶ホワイトを始め、かなりの数の喫茶店がある。そんな中から彼を捜し出すのは相当時間のかかる話だろう。運がよければ初めの一軒で見つかるのだろうが、どうやらそうでもなかったらしいと言うのはこの少女がかなり汗をかいていることからわかる。
「あ〜、えーっと……ちょっといいかな?」
 ようやく探していたらしい祐一に出会うことが出来て、喜んでいる少女に対し、祐一は少し困ったように声をかけた。彼はこの少女のことを今だに思い出せないでいる。しかし、少女の方は祐一のことを知っているようだ。こうなれば少女から事情を聞いた方が早いだろう。
「はい?」
「あの……君と俺、何処で会ったんだっけ?」
 祐一のその一言で少女の表情が凍り付いた。ずっと探していた人物にようやく会えたと言うのに、その人物は自分のことをまるで覚えていない。これははっきり言ってショックだろう。何と言うか、今までの努力が全て無に返してしまったかのような。
 明らかにショックを受けている様子の少女に祐一は慌てた。そしてまたしても救いを求めるように瑞佳の方を見るが、瑞佳は無言で首を左右に振るだけだ。自分で何とかしろと言うことか。祐一は諦めたかのように小さくため息をつき、少女の肩に手を置いた。
「悪い。君とは確かに会ったことがあると思うんだが、どうにも思い出せないんだ。せめて名前だけでも教えてくれないか?」
「……そうですよね、私と会ったのってたったの一回きりですから覚えて無くて当然ですよね。私、神崎美優って言います」
 そう言って少女、神崎美優は祐一に向かって頭を下げる。
「神崎美優……ああ、思い出した! あの時の!」
 美優の名前を聞いてようやく祐一はこの少女のことを思い出したらしい。ポンと手を叩き、それから笑みを彼女に向ける。
「久し振りだなぁ……元気にしてた?」
「はい。相沢さんもお変わり無いようで」
 ようやく自分のことを思い出して貰えて美優はホッとしたようだ。安堵の笑みをその顔に浮かべている。
「えっと、一体どう言う関係なのかな?」
 互いに笑みを向け合う祐一と美優をちょっと離れたところで見ていた瑞佳がそう言って首を傾げていた。
 
 神崎美優。未確認生命体第29号ガセデ・ババルの標的にされながらも辛うじて助かった女子大生。その後、その未確認生命体第29号は警視庁未確認生命体対策本部と倉田重工PSKチームによる共同の囮作戦によって撃破され、彼女は事なきを得る。
 祐一が彼女と会ったのはその事件のちょっと後の話だ。
 その頃の祐一は水瀬一族に絡む件で奥多摩にいた。そこで出会った彼女の祖父から彼女宛の手紙を預かり、それを直接届けにやってきたのだ。
 二人が会ったのはこの一回きりだったのだが、祐一は美優が未確認生命体に狙われていたのだが何とか生き延びたと聞いて、美優は美優でポストにでも投函すればいいだけの手紙をわざわざ手渡しにやってきたと言うのと彼女のアパートに来た時にそれとなくその後も彼女を護衛していた警官と祐一が一悶着起こしていた事からかなり印象深く心の中に刻まれていたのだろう。
 二人からそれを聞いた瑞佳は何か納得したように頷いていた。
 
「それで今日は一体どうしたの?」
 美優の前に氷の入ったアイスコーヒーのコップを置きながら瑞佳が尋ねる。
 話を聞いた限りではこの二人はそれほど親しい訳ではない。実際に会ったのは一回きりだと言うのに、わざわざ彼女が祐一を訪ねてくるのには何かしらの理由があるはずだ。
「あ、はい。相沢さんにこれを」
 そう言って美優がショルダーバックから取り出したのは一通の封筒。宛名は「相沢祐一」とされている。
 その封筒を祐一の方に差し出し、美優はアイスコーヒーのストローに口を付けた。
「これは……あの爺さんからか?」
 封筒を受け取り、一旦裏返してそこに書かれている名前を見てから祐一が改めて美優に尋ねる。
「はい、お爺ちゃんがこれを相沢さんに渡すようにって」
 美優がそう言うのを聞いて祐一は封を切り、中の手紙を取り出した。無言で手紙に書かれている文章を読み始める。
 美優と瑞佳は黙ってそんな彼を見ているのだった。
 
<都内某所・教団施設内 14:32PM>
 ふんぞり返るように椅子の背もたれにもたれかかり、更に前にあるテーブルに足を投げ出している国崎。その足下にはいくつもの皿が転がっている。
「あー、喰った喰った」
 満足げにそう言い、国崎は大きくなった腹を撫でる。どうやらここで食事をしていたらしい。味、量共に彼の胃袋を満足させるに充分すぎるものだったようで、彼はかなり満足げにしている。
「どうやら満足していただけたようで何よりです」
 そんな声が聞こえてきたので振り返ってみると、白衣を着た一人の男がこの部屋に入ってくるのが見えた。国崎をこの部屋に連行してきた連中とは違い、ただの人間のように見える。しかし、この白衣の男が未確認B種でない保証は何処にもない。だから、と言う訳でもないが国崎は警戒するように少し目を細めた。
「いや、お待たせしてしまって申し訳ない。こっちが呼び出したのにも関わらずあなたを待たせてしまったのは……少々厄介なことが起きたのでね、その後始末をしていたんですよ」
 まるで自分には敵意がないですよ、と言うことをアピールするかのように白衣の男はにこやかに笑みを浮かべながら尋ねてもないことを話しながら国崎の正面へと歩いてきた。そして、そこに用意されている椅子に腰掛ける。
「……さて、話を始める前にまずは」
 椅子に座った白衣の男が指をパチンと鳴らす。すると部屋の外にでも待機していたのか、メイド服を着た女性が中に入ってきて、国崎が足を投げ出しているテーブルの上に散らばっている皿を片付け始めた。
 その様子を見ながら国崎はそっと上着の袖のところに隠したフォークを指で触った。このメイドを人質にしてここから脱出することが出来ないだろうか。流石にこのメイドまでが未確認B種ではないだろうと思うのだが、可能性は捨てきれない。本来の未確認生命体よりも若干劣るとは言え、未確認B種はただの人間にとっては充分すぎるぐらいの脅威なのだから。特に武器がフォーク一本だという状況ならば尚更。
 そんなことを考えていると、そのメイドがすっと彼の方に手を差し出してきた。一瞬何事かと思い、そのメイドの顔を見上げる国崎。
「悪いことは言いません。おとなしくその袖に隠しているものを出していただけませんか?」
 そう言ったのはメイドではなく国崎の真正面に座っている白衣の男だ。ニヤニヤ笑いながら両肘を付き、顎を手の上に載せて国崎をじっと見つめている。どうやら国崎が袖のところにフォークを隠し持っていることを知っているようだ。
 小さく舌打ちし、国崎はムッとしたような表情を浮かべると頭の後ろで組んでいた腕を放し、そっと袖からフォークを取り出した。チラリとそのフォークを見、それから正面の白衣の男を見やると無言で白衣の男が頷いてみせる。何となく憮然としたまま、国崎はじっと差し出されたままのメイドの手にそのフォークを乗せた。
 フォークを受け取ったメイドが恭しく彼に向かって頭を下げる。そして、全ての食器などを片付けた後、そのメイドは白衣の男に一礼してから部屋を出ていった。
「思い止まって頂けてよかった。彼女はああ見えてもかなり手強いですからね。何せ……あなた方の言うところの未確認B種なのですから」
 メイドが出ていったのを見計らってから白衣の男がそう言った。
 それを聞いて国崎は心の中だけで安堵のため息を漏らした。もし白衣の男の忠告に従わずあのメイドを人質に取ろうとしていれば、今頃この場に自分の血まみれの死体が転がっていたかも知れない。まだ死ぬつもりは毛頭ないのだから、ある意味これはよかったと言うことなのだろう。事態は少しも好転していないが。
「……で、お前さんがここの支部長とか言う奴か?」
 片付けられたテーブルの上から足を下ろし、改めて片肘をついて相手を睨み付けるようにしながら国崎が尋ねる。目つきのかなり悪い国崎だ、彼が本気になって睨み付ければかなり怖い。子供なら泣き出してしまう程だし、その筋の人だって思わず目線をそらせてしまう程だ。
 しかしながら白衣の男は相当度胸が据わっているのか、国崎に睨み付けられても少しも動じた様子がない。平然と、そしてニヤニヤとした笑みを相変わらず顔に浮かべている。
「その質問にはイエスとお答えしておきます。まぁ、支部長と言ってもそれほどの権限を持っている訳でもありませんが。元々私は研究員でしてね。その研究の成果が他の研究員よりも先に認められたからその地位を頂いただけのことでして」
 やはり白衣の男はニヤニヤ笑っている。ニヤニヤ笑いながら国崎の先程の質問に答えてみせた。
 そんな白衣の男の態度に国崎は苛立ちを覚える。
「で、そのそれほど偉くもない支部長さんが俺なんかに一体何の用なんだ?」
 はっきりとこっちは不機嫌なんだと言うことを表すように国崎は嫌味ったらしくそう尋ねた。
 自分と話をしたいと言ってこの部屋に連れてきたのはそっちだ。世間話などをするつもりは毛頭ない。早く用件を言え。
 言外にそう言うことを含ませながら、再び国崎は白衣の男を睨む。
「まぁまぁ、それほど慌てなくてもいいでしょう、国崎往人刑事」
 彼の鋭い視線を受け流すように白衣の男はそう言うと手をパンパンと叩いた。すると先程テーブルの上を片付けたメイドがまた部屋の中に入ってきた。今度はポットと白いカップが乗せられているトレイを手に持ちながら。
「生憎と紅茶しか用意してないのですがよろしいですかな?」
 そう言って国崎を窺う白衣の男だが、国崎はうんともすんとも言わなかった。頷きすらしないで白衣の男の顔を睨み付けている。それを肯定と取ったのか白衣の男はメイドに頷いてみせた。
「それほど高級品という訳でもありませんが、どうぞ」
 目の前でカップにポットから注がれる紅茶を見ながら国崎は考える。一体こいつらは何がしたいのか、と。それに先程はあまり気にしなかったが、この白衣の男はどうやら自分の素性を知っているようだ。そうでなければこっちが名乗りもしないのに自分の名前を口にしたりはしないだろう。
「毒など入っておりませんからどうぞ安心してください。ああ、砂糖などは申し訳ありませんがご自分でお願いします」
 白衣の男の言葉に合わせるかのようにメイドが砂糖の入っているらしい入れ物をテーブルの上に置いた。他にはレモンのスライスの載せられたお皿とミルクの入った小さなポット。レモンティーでもミルクティーでも好きな方にすればいいと言うことなのだろう。別段、そう言うこだわりのない国崎は無言で砂糖の入った入れ物を自分の方に引き寄せ、入っていた小さなスプーンで砂糖を一回だけすくい取り、湯気の立ち上っているカップの中に放り込んだ。
 白衣の男は何も言わず、ただニヤニヤしながらその様子を見ているだけだ。
「話があると言ったのはそっちだろう。さっさとしろよ?」
「まぁまぁ、そう焦らずに。時間はたっぷりとは言いませんが充分にあるんですから」
 カップには手を出さず国崎はまたも白衣の男を睨み付けてそう言うが、男は少しも意に介した様子もなく、まるで彼の苛立ちをより誘うかのようにニッコリと微笑むのであった。
 
<都内某所・人気のない埠頭 14:44PM>
 昼下がりの埠頭、その突端に一人の女性が立っている。全身を白いスーツで包み込み、白のスカーフを首に巻いた美しい女性。その美貌に相応しい鋭い視線を海の向こう、水平線へと向けている。
「……ブギュガ・リマ・ギャシュダ・ザリヅ」
 じっと水平線を睨み付けるように見つめながら白いスカーフの女性が口を開く。そこから紡ぎ出されたのは忌々しさと苛立ちにまみれた、それこそ憎しみすら混じった声。
「ヴァデダ・ショソション・ロザイグニ・シェリマザダ・ビサンミ・ゼリゾルニシャ・ギャシュダ」
 その場には彼女の他に誰の姿もない。だが、それにもかかわらず彼女はそこに誰かいるかのように話し続ける。
「ギャシュダバ・ヴァデダ・ヌヴァラグモ・ボゴヂン・ゲザニシャ」
 そう言って白いスカーフの女性はギュッと拳を握りこんだ。彼女が感じている苛立ちが今まさに最高潮に達しようとしているのだろう。
 しかし、それを表に現そうとはしない。自分は感情をあからさまに表に出してはならない立場にいるのだ。それは自分以外の奴らに付け入る隙を見せることになる。折角手に入れたのこ地位をそう易々と他の奴らに譲る気は彼女には毛頭なかった。
「ギャシュダン・ゴドネ・ガガヴァッシャ・ソモソシマ・ゴドネ・ヌテシャン・ラショガシャソ・マグ・ゴドニシュグネ・シマゴドニジャ」
 吐き捨てるかのようにそれだけ言うと白いスカーフの女性は踵を返して歩き出した。
 女性が埠頭の突端から歩き去って行ってから少しして、海中からずぶ濡れの男が女性のいた場所へと上がってくる。何処がぼんやりとした虚ろな表情を浮かべた男は遠くに見える白いスカーフの女性の後ろ姿を見て、嬉しそうにニンマリと笑みを浮かべてみせた。
「み〜な〜ご〜ろ〜し〜」
 歌うようにそう言い、ずぶ濡れの男はゆらゆらと身体を左右に揺らしながら歩き始めた。
「ど〜いつもこ〜いつもみ〜な〜ご〜ろ〜し〜」
 嬉しそうに歌いながらずぶ濡れの男が進んでいく。
 
<東京都八王子市内某所 15:29PM>
 何時かその身に宿る水瀬一族の力を制御する為に訪れた奥多摩の山の中、そこに祐一は今、神崎美優を伴って向かっていた。
 あの時、虚無の力の制御に苦しんでいた祐一を助け、それと知らずに助言を与えてくれたあの老人こそが美優の祖父であり、その彼から祐一に直接手紙が来た。そこに書かれていたのは「新宿で起きた未確認B種による事件に関わること」だった。
 未確認B種と呼ばれる怪人達を作っているのは「教団」という組織で、彼らは自分たちの手でこの世界の在り方を変え、彼らにとって都合にいい世界にしてしまおうと研究、活動しているらしい。その研究成果の一つが未確認B種――教団内では改造変異体と呼ばれている――と呼ばれる怪人であり、その研究開発をしている施設が奥多摩にあるという。
 一体どうして美優の祖父がそんなことを知っているのか。それを問う為に祐一は今、美優の祖父の元へと向かっているのだ。
 美優が一緒なのは美優の祖父の家までの道案内の為。祐一としては彼女が一緒に来ることには反対だったのだが、どうしても、と言う彼女とそれを応援するような瑞佳に押し切られてしまった。
 何故祐一が美優の同行を反対したのかと言えば、美優の祖父が教団に関わる人物ではないかという危惧があったからだ。少なくても教団側は戦士・カノンである自分を味方とか仲間だとは思っていないだろう。それでなくても今まで散々未確認B種を倒してきたのだ、確実に敵視しているはず。となれば美優の祖父からの手紙も自分を誘い出す為の罠だという可能性もある。
 もしもあの手紙が祐一を誘い出し、抹殺する為の罠ならば危険は祐一のみならず美優の身にも及ぶことになる。以前の祐一ならばいざ知らず、ここ最近の彼では美優を守って戦い抜けるかどうかに不安が残るから美優が同行することに反対したのだ。
 しかしながら結果は上記の通り、意外と頑固な美優と彼女を応援する瑞佳によって彼の反対は却下され、今現在に至る。祐一はいつもの通りロードツイスターを駆り、それを追いかける美優は小さな軽自動車だ。本気を出せば時速300キロぐらいは出るロードツイスターで美優を置いてけぼりにする訳にも行かず、かなりセーブした状態でバックミラーに美優の運転する軽自動車の姿を捉えながら、祐一はこれからどうするかを考えていた。
(参ったな……もしあの手紙が罠だったらどうすりゃいいんだか)
 とにかく考える点は一つ、美優をどうするかだ。ここで捲いてしまう訳にも行かず(捲いたところで彼女は祖父の家を知っているのだからいずれやってくるだろう)、かと言ってこのまま連れて行き、もしも罠だった場合は彼女を守って戦わなければならない。相手が一体であればまだいいのだが二体、三体となると益々状況は厄介になってくる。
(向こうが俺を殺す気でいるのなら相手が一人ってことはないはずだ……何とかしないとな)
 チラリとミラーに映る美優を見、祐一は小さくため息をつくのであった。
 
<都内某所・教団施設内 15:45PM>
 再び独房のような部屋に戻された国崎は室内にある簡素なベッドの上に寝転がり、支部長と呼ばれる白衣の男の話を思い出していた。
『世界の在り方を変えるだぁ? 本気で言ってんのか、お前?』
『本気ですよ、勿論。その為に我々はずっと研究を重ねてきたのですから』
『その研究の成果ってのがあの未確認B種共って訳か』
『我々は”改造変異体”と呼んでいますがね。本来の未確認生命体とは違う、我々の手によって改造された変異体と言う意味で』
『そんなことはどうだっていい。本気でそんなことを出来ると思ってんのか?』
『既に事は始まっているのですよ、国崎刑事。もはや全て動き始め、止めることは何人も不可能』
『はっ、今までそんなこと言ってた悪人は須く止められてきたんだぜ? 知らねぇのか?』
『何処のヒーローものの話をしているのか知りませんが……我々は違いますよ。既に我々の協力者はありとあらゆる世界に潜んでいます。そう、あなたのいる警察にもね』
『なっ……!?』
『さほど驚くことでもないでしょう? 私があなたのことを知っていることを考えればね。ああ、これはお返ししておきますよ』
『俺の警察手帳……道理でないと』
『N県警捜査一課所属、現在は警視庁未確認生命体対策本部に籍を置く。その理由は未確認生命体第1号及び第2号の初めての出現に遭遇し、自らの身をもって未確認生命体に挑んだその実績を買われて。しかしながら未確認生命体対策本部に在籍してからは単独行動が目立ち、信頼はあまりされていないがその単独行動が数多くの未確認生命体を撃破にも繋がっていることから対策本部からの放逐を免れている』
『……』
『警察に入るまでは日本中のあちこちを放浪、その際に今現在未確認生命体対策本部で唯一の味方と言ってもいい神尾晴子警部と遭遇、しばらく彼女の家に居候として厄介になっていた過去を持つ』
『随分と詳しいじゃねぇか。それもそのスパイさんのお仕事の成果か?』
『まぁ、そんなところで。さて、実を言いますと私は個人的にあなたに興味があるんですよ、国崎刑事』
『俺に興味だと? よしてくれ、俺にそんな趣味はないぞ』
『私にもそっちの趣味はありませんよ。興味があるのはあなたの身体のその頑強さ。新宿での騒ぎの時、かなりの数の改造変異体――未確認B種と言った方がいいですかね、それに取り囲まれ暴行を受けたにもかかわらずあなたはほんのかすり傷で済んだ。それほど頑強な肉体の持ち主はそうそういるものではない』
『で、何が言いたいんだ、あんた?』
『どうでしょうかね、国崎刑事。あなたのその頑強な身体を我々に預けてはみませんか? あなたならば未確認生命体第3号、カノンよりも更に強い存在になれる。その可能性を秘めているんですよ、あなたの肉体は』
『イエス、とでも言うと思ったか?』
『言って頂ければいいと思ったのですがね。まぁ、そう言うだろうとは予想しておりました。では申し訳ありませんがもうしばらくあの部屋で過ごして頂きましょう』
『飯と水をちゃんと貰えて、後は本部に連絡させて貰えるなら何時までもいてやるぜ』
『申し訳ありませんが外部との連絡は無理ですね。ですが食事などの方は必ず。それとあなたがここにいるのはそう長くではないでしょう。我々の計画――”聖戦”と我々は呼んでいますが、その中で我々の生み出した改造変異体が如何に凄いかと言うことを見ればあなたの考えも変わるかも知れません。そう、例えば……カノンが改造変異体の手によって死んでしまったりすればね』
 じっと天井を眺めていた目を閉じる。
 如何なる強敵にも未確認生命体第3号、カノンは勝ってきた。カノンの誰かの明日を守るという思いが恐るべき敵達を打ち砕いてきた。だが、果たしてそれはいつまで続くのだろうか。もしかすればこの先カノンの力を上回る強敵が何体も現れ、その前にカノンは敗れるかも知れない。そうなれば一体誰が人類を守って戦うのか。
 おそらくはカノンと同等の力を持つ未確認生命体第3号亜種――アインという名前らしい――もいることにはいるが、彼はカノン以上に連絡が付かず、仲間として考えていいのかどうか難しいところだ。
 倉田重工が開発したPSK−03。人類の叡知を注ぎ込んだ最新科学の塊のパワードスーツですら未確認生命体には苦戦を強いられる。今まで以上の強敵が出てきた場合、やられてしまう可能性は低くないだろう。
(だからと言って俺があの野郎の口車に乗ってどうする?)
 自分にカノン――祐一と同じく変身する力があれば、と考えたことは一度や二度ではない。だが、その危険性も国崎には充分わかっているつもりだ。今でこそカノンもアインも未確認生命体と戦っているが、何時その未確認生命体と同じく戦うだけの怪物になってしまうかわからない。そうなった場合、彼らもまた人類にとって倒すべき敵となってしまう。自分もそうなってしまうかもしれないと思うと、はっきり言って怖かった。カノンもアインもその恐怖と戦いながら未確認生命体と戦っているのだろうか。
(状況がどうにも見えねぇな……とりあえず今は様子を見るしかない、か)
 やはり、今はどうすることも出来ない。とにかく状況が動くまでは、ここで軟禁生活を送るしか無さそうだ。国崎はそう考えを無理矢理まとめるとぐるりと寝返りを打つのだった。
 
<東京都八王子市内某所 16:04PM>
 美優の祖父の住んでいるのは小さなアパートの一階の一番端の部屋。数年前に妻を亡くしてから彼はそこで一人で住んでいるという。
 アパートの前にロードツイスターを止め、祐一は周囲をぐるりと見回してみた。閑静な住宅街の一角にある小さなアパート。身を隠せそうな場所はいくらでもあるが、全く見られないかと言えばそれは難しいかの知れない。
「お爺ちゃん、美優ですよ〜」
 明るい声でそう言いながら祖父の住んでいるという部屋のドアをノックする美優。しかし、反応は全くなかった。何回かノックをし、中に向かって呼びかける美優だが何度やっても返事とか反応がないのを見ると首を傾げながら祐一の側へと戻ってきた。
「お爺ちゃん留守みたいです」
「みたいだな。何処に行ったか心当たりは?」
 祐一のその問いに小首を傾げて考え込む美優。少しの間、祖父のいそうなところを思い起こそうとしていたのだが、やがて何かを思い出したらしく、手をポンと叩いた。
「きっと山小屋だと思います。お爺ちゃん、渓流釣りが好きで山の中にそれ用の小屋まで作っちゃった程ですから」
「山小屋、ね」
 そう言えば一度助けて貰った後、今度は山の中で会ったな、と思い出す祐一。あの時はその渓流釣りに助けて貰った。あそこであの助言がなければきっと水瀬の力を制御することは出来なかった。再びあの場所へ向かうと言うことは、何か感慨深いものがあるように思える。
「場所を教えてくれ。ここから先は俺一人で行ってくる」
「な、何言ってるんですか! ここまで来たら私も一緒に行くに」
「今から山の中に行ったら家に帰る頃には真夜中になる。流石に君をそんな時間まで連れ回す訳にも行かないだろう?」
 真剣な表情をして言う祐一だが、美優も引こうと言うつもりはないみたいだ。こうなると折れるのは祐一しかいない。美優の想像以上な頑固さは既に体験済みだ。ここで言い争っても時間の無駄だし、美優の祖父が無事であの手紙が罠でも何でもないなら、早く彼に会って美優を預けてしまうに限る。
「わかった。それじゃ早く行くとしよう。案内頼むぞ」
 肩を竦めて祐一がそう言うと、美優は嬉しそうな顔をして頷くのだった。
 
<都内某所・教団施設内 17:18PM>
「ふわぁ〜」
 薄暗い倉庫のようなところで一人の男が大きく欠伸をしながら両腕を伸ばしていた。顔と言わず身体と言わずあちこちを白い包帯で包み込んでおり、その姿はさながらミイラのようだ。
「あー、よく寝た。何も考えずにこれだけ寝たのって久し振りじゃねぇか?」
 首を大きく回しながら包帯男は誰かに尋ねるかのように呟く。勿論、この場には彼一人しかないので返事などは返ってくるはずもない。
「さて、これだけ寝て睡眠欲が満たされたとなると次はあれだよな……」
 そう言って腹をさする包帯男。ほぼ同時に彼の腹が鳴る。
「最後にまともに飯食ったの何時だ?」
 思い出そうとするが思い出せなかった。どうやら思い出せないくらい前のことらしい。その事に思わず包帯男の口元に自嘲的な笑みが浮かぶ。
「やれやれ……まぁ、狙われている身とすれば仕方ないことだが」
 キョロキョロと左右を見回し、包帯男は立ち上がる。
「まずは飯だな、飯。腹が減っては戦は出来ぬって言うし」
 包帯男はニヤリと笑うと壁際に向かって歩き始めた。彼の目的は壁に作られている通風口。この倉庫のような場所にもその通風口を伝ってやって来たのだ。出ていくのもやはりこの通風口からに決まっている。
 天井に程近いところにある通風口の入り口に向かって包帯男はジャンプ、軽々と入り口に取り付くとそれほど広くもない通風口の中にその包帯だらけの身体を潜り込ませていく。
「気分はダイハードってところだな」
 匍匐前進をするように通風口の中を進んでいく包帯男。複雑に入り組んでいる上に明かりもないので真っ暗のはずなのだが、包帯男は何処をどう進めば何処にでるのかを把握しているかのように迷いなく進んでいく。
 しばらく進んだ後、包帯男の鼻がいい匂いを嗅ぎつけた。どうやら食堂か厨房が近くにあるらしい。先程から空腹に苛まれていた彼は迷わずそのいい匂いに方へと突き進んでいく。
 やがて匂いの元に辿り着いた彼は金網で覆われている通風口の入り口から中を伺ってみて誰もいないことを確認すると、はめ込まれている金網を力尽くで取り外すとそこから中へと侵入する。床に降りたってからもう一度周囲を見回してみる。そうすることでここが厨房だと言うことがわかった。
 もうすぐこの施設にいる人間の夕食の時間の為、その準備が行われていたのだろう。しかしながら、今この場には誰もいない。それは一体どう言うことであろうか。もっともそんなことは空腹のこの包帯男には何の関係もないどころかむしろ好都合ですらあったのだが。
「やれやれ、誰もいないとは不用心だこと」
 そう言いながら包帯男はコンロの上にある大鍋へと近付いていく。蓋を取ってみると中からはビーフシチューのいい匂いがした。
 とりあえず包帯男は一旦蓋を鍋の上に戻すと、くるりと振り返ってシチューを入れる為の皿を探し始めた。皿を見つけると再び鍋の蓋を開けて、中身を皿へと移していく。続けて皿を見つけた時に一緒に用意しておいたスプーンでシチューを一掬いして口に運ぶ。
「……なかなかだな。昔と比べると格段に進歩してるじゃねぇか」
 包帯男はそう呟くと更に自分で盛ったシチューをあっと言う間に胃に流し込む。余程腹が減っていたのだろう、包帯男は二杯三杯とシチューを平らげていく。
 だいたいお代わりが七杯目ぐらいに達しようとした時、不意に彼はその身を後ろへとそらせた。直後、彼のいた場所を何かが通過していく。その何かはそのまま壁へと突き刺さった。
「いや、つまみ食いは確かに悪いことだとは思うんだが、何も包丁を投げることはないと思うが」
 壁に突き刺さった包丁を見ながら包帯男が言う。それからその包丁を投げたであろう人物の方へと視線を向けた。
 彼の視線の先にいたのは如何にもコックですと言う格好をした一人の男だ。じっと包帯男の方を無言で睨み付けている。と、その姿がいきなり変わった。ただのコック姿の男から豚の顔をした怪人へと。
「おいおい、コックまで改造変異体なのかよ」
 豚顔の怪人は包帯男のその呟きを無視して彼に掴みかかっていく。
 その手をひらりとかわして包帯男は流しに皿とスプーンを突っ込んだ。
「悪いが洗っておいてくれるか? 俺はこれからやらなきゃいけないことがあるんでな」
 ニヤリと笑ってそう言い、包帯男は素早く豚顔の怪人の後ろに回り込むとその尻を蹴り飛ばす。頭から流しに突っ込み、派手な水飛沫を上げる豚顔の怪人をその場に残し、包帯男は廊下へと飛び出した。
 今はまだ捕まる訳には行かない。本当ならば見つかる訳にもいかないのだが、先程の豚顔の怪人がすぐに自分のことを報告するだろう。この施設全体に警戒網が敷かれる前に何処かに身を隠す必要がある。
 誰もいない、やたら白い廊下を駆け抜け、彼は何時しか自分が何処にいるのかわからなくなってしまっていた。左右を見回してみるが、右にも左にも同じ様な白い壁の通路が続いているのみ。目印になるようなものすらない。
「チッ、迷っちまったか?」
 舌打ちしながらそう呟き、包帯男は白い壁にもたれかかった。
「あの時とは違う場所って事か? だとするとここも奴らの本部じゃない……」
 小さくため息をつき、包帯男は壁から離れる。追っ手の姿は見えないが、こんな場所でじっとしている訳には行かないだろう。とにかく身を隠せるところを早く見つけなければ。そう思って男がまた歩き出した時だった。
「……?」
 何か聞こえたような気がして包帯男が動かし始めたばかりの足を止める。少しの間ピクリとも動かず耳を澄ませてみるが、何も聞こえてこない。気のせいだったかと首を傾げながら、また歩き出そうとする男。
 ふと顔を上げ、包帯男は又しても足を止めてしまう。少し離れたところにいつの間にか一人の少年が立っていたからだ。
「……ようやく帰ってきたんだね、アイン」
 包帯男の方をじっと見つめながら少年は笑みを浮かべる。一方の包帯男は少年の方を警戒するように険しい表情で見つめ返していた。
「君が帰ってくるのを待っていたよ。君にはやって貰いたいことがあるんだ」
「やってもらいたいこと、だと?」
 益々険しい表情を浮かべて尋ね返す包帯男。その言葉にも明らかな警戒が滲み出ている。この少年が一体何者なのか、敵なのかか味方なのか、それをはかりかねているらしい。
「それよりも今は逃げることの方が先決なのじゃないかな? 僕の力も随分弱まってしまっているからもう限界みたいなんだ」
「……? どう言う」
 包帯男が少年の言葉の意味を問い質すよりも先に複数の足音が聞こえてきた。どうやら糧を探している追っ手のものらしい。
「早く逃げた方がいいんじゃないかな?」
「チッ!」
 少年の言葉に舌打ちだけを返し、包帯男は走り始める。丁度、その少年の真横を通り抜けかけた時、少年の呟いた言葉が彼の耳に入った。
「ここを少し行った先に特別病棟がある。そこなら監視の目は弱い」
 それを聞いた包帯男は迷わず少年の言う特別病棟の方へと向かった。少年のことを信じた訳ではない。だが、あの少年は自分に何かをやらせようとしている。今この時点では、少なくても自分が不利になるような真似はしないだろう。
「……さて」
 包帯男が特別病棟の方に向かって走り去っていくのをチラリと見て、それから少年は聞こえてくる足音の方を見やった。
「今の僕の力でどれだけのことが出来るか……」
 先程まで浮かべていた笑みは消え去り、少年の顔には先程自分と対峙していた包帯男が浮かべていたのと同じ様な険しい表情が浮かんでいる。
「まぁ、やれるだけはやってみる。今は彼が無事に逃げ延びてくれたらいいさ」
 そう言った少年の前方に複数の怪人の姿が現れていた。
 
<東京都奥多摩地区某所 17:56PM>
 美優の祖父の山小屋に祐一と美優の二人が辿り着いたのは空がすっかり赤く染まった頃だった。この調子だと美優の祖父に話を聞き、喫茶ホワイトに戻る頃には真っ暗になってしまっていることだろう。
「やれやれ、やっとだな」
 ロードツイスターから降り、ヘルメットを脱ぎながら呟く祐一。
 山の中なのでそろそろ薄暗くなりかけている中、祐一は目の前にある山小屋へと目を向けた。それほど大きい建物ではない。小さめのプレハブ小屋に毛が生えた程度のものだが、渓流釣りの基地にするのにはこれでも充分なのかも知れない。釣りなどの趣味のない祐一にはその辺りのところはわからないのだが。
「お爺ちゃんいるかどうか見てきます。ちょっと待っててくださいね」
 そう言って美優が山小屋の入り口に向かって走っていく。
 何とはなしに駆けていく美優の背中を見ていた祐一だが、彼女が山小屋の入り口となっているドアノブに手をかけた瞬間、頭の中に何かが走るのを感じた。それは未確認生命体が出現した時に感じる、何か直感めいたもの。
(まさか、未確認!?)
 考えるよりも早く、祐一は走り出していた。美優がドアを開くのとほぼ同時に彼女の背に飛びつき、そのまま横に飛ぶ。直後、ドアの内側から鋭い爪のようなものが飛び出し、直前まで美優が立っていた場所の空気を切り裂いていく。
「ギリギリセーフってところだな」
「えっと……?」
 美優を地面に押し倒した形のままで祐一はチラリと後方を振り返り呟く。だが、押し倒された格好になった美優はキョトンとしたままだ。祐一の身体が邪魔になってドアの内側から飛び出してきた鋭い刃物のような爪らしきものに気付いていないらしい。
 そんなことは露知らず、祐一はゆっくりと立ち上がると自分の背に美優をかばった。そして山小屋の入り口を睨み付ける。
「……出てこい」
 低い声でそう言うと半開きになったドアをぶち破るようにして一体の異形が外へと飛び出してきた。
 奇怪な姿の怪人だ。だらりと伸びた長い腕、その先には先程美優を刺し貫こうとした鋭い爪が生えている。言ってみればナマケモノに近い姿か。
「未確認……いや、B種の方か?」
 今まで何度も未確認生命体、ヌヴァラグと直接対峙してきた祐一にはわかる。今、目の前にしている怪人がヌヴァラグとは違うと言うことが。ヌヴァラグの怪人が持っている異様な殺気、それに伴う威圧感のようなものをこの怪人からは感じられない。しかし、だからと言って油断ならぬ敵であることには変わらないだろう。未確認B種と呼ばれている怪人達も日を増すごとに強くなってきてる。ここ最近出現しているヌヴァラグ怪人程ではないが、それでも祐一がカノンとなって再び戦い始めた頃のヌヴァラグ怪人と同様の強さを持ち始めてきているのだ。
「まさかこんなところで貴様と会えるとはな。死んで貰うぞ、相沢祐一!」
 ナマケモノ怪人はそう言うと長い腕を振り上げ祐一に向かって飛びかかっていった。その姿のモチーフとなっているらしいナマケモノと違って俊敏な動きだ。
 祐一は自分の後ろでまだ事態を飲み込めていなさそうな美優を突き飛ばすと、自らも横へ飛んだ。美優が尻餅をつくが、それに構っている暇はない。振り返ると、先程まで自分たちが立っていた場所がナマケモノ怪人の爪によって大きく抉られている。もし、あの場に立ったままであの爪を受け止めようとしていれば、自分の身体があの抉られた地面のようになってしまっていたことだろう。
(やっぱり罠だったか? だが……)
 罠の割にはあのナマケモノ怪人の言葉が気にかかる。自分をこの場におびき寄せ抹殺する為の罠ならば「まさかこんなところで」という言葉は出てこないだろう。では、この怪人は何か別件でこの場に居合わせ、そこに偶然自分たちがやってきたのか。おそらく後者が正解なのだろうが、では一体どう言った用件でこの山小屋にいたのだろうか。疑問は尽きないが、今はそれどころではない。
「神崎さん! 逃げるんだ!」
 尻餅をついたままの姿勢で呆然とナマケモノ怪人を見上げている美優に祐一が怒鳴った。別段自分が変身するところを見られても何の問題もないのだが、一応変身後の姿は未確認生命体第3号として世間には認識されている。かつて未確認生命体に襲われ、辛うじて生き延びた彼女が未確認生命体第3号の姿を見て恐慌を来さないか、それが心配なのだ。
 更に言えば今の祐一は自分に自信が持てないでいる。何時自分が未確認生命他と同じ存在になってしまうかわからないからだ。もしここでそうなってしまうと自らの手で美優を傷つける、下手をすればその命を奪ってしまう可能性だってある。それだけはどうしても避けたい。
「早く! 立って、逃げるんだ!」
 じっとしたまま動かない美優に祐一はもう一度怒鳴った。しかし、それでも美優は動かない。突然目の前に現れた未確認生命体によく似た怪人の姿を見て、腰でも抜けてしまったのか。そうでなければ先程祐一が突き飛ばした時に足でも挫いてしまったのか。どちらにしろ彼女が動けないことに変わりはない。
「くそっ!」
 祐一は自分と美優との間にいるナマケモノ怪人に飛びかかっていく。生身でこの怪人に挑むのははっきり言って正気の沙汰ではないのだが、それでも美優を逃がす為の時間を稼ぐにはこれしかない。
 しかし、変身していない祐一の身体能力ではナマケモノ怪人を止めることは出来ず、あっさりと振り解かれ、投げ飛ばされてしまった。
「神崎さん! 早く逃げるんだ!」
 地面を転がりながらも祐一が再び叫ぶ。とにかくこの場から美優がいなくなってくれないとどうすることも出来ない。彼女が乗ってきた軽自動車か、それとも山小屋の中にでも避難してくれさえすればいい。そう願って祐一は声を張り上げる。
「早く行くんだ!」
 そう言った祐一をナマケモノ怪人が胡散臭そうに見た。何故彼が変身しないのか、それを疑問に思ったらしい。だが、この状況は自分にとって圧倒的なチャンスだ。相沢祐一がカノンに変身しないのならば彼はただの人間に過ぎない。ただの人間ならば自分たち改造変異体にとって敵ではない。祐一を、カノンを殺したとなれば教団内部ので自分の地位は確実に上がる。そこまで考えたナマケモノ怪人はニヤリと笑うと祐一が必死に逃がそうとしている美優に背を向け、起き上がろうとしている祐一に向かってジャンプした。空中で長い腕を振り上げ、その腕を鞭のように撓らせながら振り下ろしていく。
 ナマケモノ怪人が大きくジャンプし、その長い両腕を振り上げたのを見て祐一は慌てて横に転がった。直後、先程まで彼のいた場所にナマケモノ怪人の両腕が振り下ろされる。長い腕を大きく振り上げ、撓らせながら振り下ろすという遠心力を利用した一撃、そこにジャンプしての重力加速度も加えたのだからその一撃は尋常なものではない。まるで地面が爆ぜたかのように陥没し、土埃が舞い上がる。
「あ、相沢さん!!」
 もうもうと立ち込める土煙の中に祐一の姿を見失った美優がようやく声をあげた。今まで茫然自失していたらしいのだが、ナマケモノ怪人の一撃が地面を襲った時の衝撃で我に返ったようだ。
「俺なら大丈夫だ! 早く逃げろ!」
 土煙の向こうから聞こえてきた祐一の声に美優は安心したように頷く。そしてすぐさま立ち上がると山小屋に向かって走り出した。
 あの山小屋の中には祖父がいるはず。仮に祖父がいなくてもあそこには確か電話があったはずだ。それですぐに助けを呼ばなければ。そうしないと祐一も自分も殺されてしまう。
「お爺ちゃん……!」
 必死に山小屋にたどり着いた美優がそう言いながら山小屋のドアを開けた時だった。中にいたのだろう、一人の女性が彼女の方へと振り返る。思わず立ち止まってしまった美優を見る彼女の目に感情はない。まるで人形のような、虚ろな瞳がじっと中に飛び込んでこようとしていた美優を見据える。
「あ、あなたは……?」
 恐る恐る美優が女性に向かって声をかける。何かわからないが、この女性に美優は恐怖のようなものを感じていた。触れてはならない、関わってはならないと心の何処かが警鐘を鳴らしている。だが、ここは祖父の山小屋だ。何故ここにこの女性がいるのか、その理由を聞かねばならない。
 美優に声をかけられた女性はゆっくりとした動作で彼女に全身を向けた。相変わらず表情はない。何とも薄気味悪い女性だ。
「……ひっ!」
 自分の方を向いた女性を見て美優が思わず驚きの声を漏らしてしまう。その女性の着ている服の前面に夥しい量の血が付着していたからだ。よく見ればその手も血に塗れており、顔にもいくつか飛び散ったのであろう血が付着している。しかしながら女性は何処も怪我をしている様子はない。おそらくは彼女の全身を染めているのは返り血。そしてその血の持ち主は。
 自分に向かって女性が一歩踏み出したのを見て、美優は思わず後退ってしまった。その時、偶然女性の後ろ、床に倒れ伏している一人の老人の姿が目に入ってしまう。そしてその老人を中心に今も広がっている血の海も。
「お、お爺ちゃ……」
 がたがたと全身を震えさせながら美優が倒れている老人に向かって手を伸ばそうとする。が、そんな彼女の前に女性がやってきて、震えている彼女の頬を血に塗れた手で挟み込んだ。
「震えている……怖い?」
 相変わらずの無表情で女性が美優に尋ねてくるが、美優は答えるどころではなかった。彼女の視線は倒れている老人に釘付けになっている。目の前にいる女性の姿など視界に入っていない。
「……大丈夫」
 答えない美優を見ながら女性は微笑んだ。目は相変わらず虚ろなままで、口元だけ歪めるようにして。
「あなたには……死んで貰うわ」
 そう言って女性――巳間晴香の血に塗れた手が美優に首にかけられる。
 晴香の手に力が込められようとした時、特徴のあるバイクのエンジン音が鳴り響いた。続けて山小屋の窓を突き破って一台のバイクが中に飛び込んでくる。
 ロードツイスターだ。乗っているのは白き姿の戦士・カノン。
 美優が山小屋の中に入るのと同時にすかさず祐一はカノンに変身したのだ。そしてナマケモノ怪人との戦闘を始めると同時に山小屋の中から美優に何かに驚いたような声を聞きつけ、こうして彼女を助ける為にロードツイスターで飛び込んできたのだ。
「カノン……!? C−23は何を!?」
 飛び込んできたカノンを見て晴香が驚きの声をあげる。
 一方のカノンは晴香が美優の首に手をかけているのを見て彼女を先程のナマケモノ怪人の仲間と判断し、すかさずロードツイスターで彼女に向かって突っ込んでいった。
「くっ!」
 慌てて美優を放し、後ろへと下がる晴香。
 ふらりと崩れ落ちそうになった美優を片腕で抱き留め、カノンは晴香を睨み付ける。
「お前もさっきの奴の仲間か?」
「その質問に答える意味はない」
「だな」
 同じようにカノンを睨み返しながら晴香はカノンの問いにそう答え、臨戦態勢に入った。だが、カノンはそんな彼女を一瞥するとロードツイスターを入ってきた時と同じように山小屋の外へと飛び出させた。
「逃げる気か、カノン!?」
 走り去っていくロードツイスターの上のカノンの背を忌々しげに見つめ、そう言う晴香だが、その声はもう届かない。あっと言う間に走り去っていったロードツイスターを見送った後、晴香は山小屋の前で倒れているナマケモノ怪人を見つけ、その側へと歩み寄った。
「いつまで寝ている、C−23」
 冷たい口調でそう言うと彼女はナマケモノ怪人を蹴り飛ばした。
「あの娘、神崎の孫娘……あいつも殺すぞ」
 山小屋の中で美優と対峙していた時とうって変わって、今の晴香は感情を露わにそう言った。もっとも今の彼女に浮かんでいる感情は憎しみしかなかったが。
 一方、美優を後ろに乗せたカノンはロードツイスターを町中の方へと向かって走らせていた。途中で変身を解き、走りながら無線のスイッチを入れる。
「国崎さん、聞こえるか?」
 現在国崎が行方不明になっていることなどすっかり忘れ、祐一はいつもの調子で呼びかける。すぐに返事が返ってこなくても、それを今は不審とも何とも思わなかった。それ以前に祐一の方から国崎に呼びかけることは滅多にないことなのだが。
「今奥多摩にいるんだ。そこで未確認B種に襲われた。人も殺されているし、今も狙われている子がいる。その子を保護して欲しい」
 それだけ言って返事を待つ。
 いつもだったら面倒臭そうに「わかった」とか「又面倒を持ち込みやがって」などとお互い様のことを言ってくるのだが、今回に限ってなかなか返事が返ってこなかった。もしかしたら愛用の覆面車に乗っていないのかも知れない。そうなると彼の援護は期待出来なくなる。
(どうやらいないみたいだな……)
 少し待って国崎から何の返事もないのを確認すると祐一は小さくため息をついた。どうやら一刻も早く美優を何処か安全な場所へと送り届け無ければいけなくなったみたいだ。出なければ彼女を守りながら戦わなければならなくなる。数の上でも不利だというのに彼女を守りながらだと苦戦は避けられないだろう。
(どうやってあいつらと……)
 ナマケモノ怪人と謎の女。女の方がどの様な姿に変身するのかわからないが、どちらも一筋縄でいく相手ではないだろう。
 果たしてそれらの怪人をどう倒すか、祐一が考え始めた時だ。無線がノイズ混じりの声を伝えてきた。
『君は……誰だ?』
 ノイズに混じって聞こえてきたのは明らかに国崎ではない声だった。恐る恐る、と言う感じで無線からの声は続く。
『悪いがこっちは国崎さんじゃない。国崎さんを知っている……君は……誰なんだ?』
 それを聞いて祐一はようやく国崎が今行方不明になっていると言うことを思い出した。同時に自分が如何に迂闊なことをしてしまったのかと言うことも理解してしまう。
 祐一が頼ろうとした国崎は警視庁未確認生命体対策本部という対未確認生命体の最前線に立つ特別捜査班の一員だ。彼が所属する未確認生命体対策本部はその名の通り未確認生命体から一般市民を守る為に存在しており、未確認生命体に対しては容赦のない攻撃を加えることを旨としている。それは未確認生命体を倒し続けているカノン、未確認生命体第3号にも適用されるだろう。だから祐一は自分のことを警察関係者には国崎にしか知らせていない。下手に自分のことを知られれば、その身柄を拘束され、未確認生命体の調査と称して何をされるかわかったものではないからだ。
(しまった……迂闊だったな)
 返事をするべきかどうか、少し迷ったあげく祐一が無線を切ろうとスイッチに手を伸ばす。だが、まるでそれを察したかのように又声が聞こえてきた。
『……済まない。今は君のことはおいておこう。僕は国崎さんの同僚で住井という。詳しい場所を教えてくれ。僕が国崎さんに変わってそっちに行く』
 それは祐一にとって予想外の言葉だった。だから思わず言葉に詰まってしまい、相手の発言の裏を考えてしまう。
『僕を信じてくれ。国崎さんと同じように。絶対に悪いようにはしない』
「……わかった。場所は……」
 今はとにかくこの住井という男を信じるしかない。そう決断して祐一は現在位置を彼に伝えるのだった。
 
<都内某所・教団施設内特別病棟 18:06PM>
 特別病棟と呼ばれる区画に辿り着いた包帯男は薄暗い廊下を足音を立てないよう静かに進んでいた。
「全く、ここなら監視の目が緩いとか言っていたけどよ」
 ブツブツぼやきながら包帯男は近くにあったドアのドアノブに手をかける。だがピクリとも動かなかった。鍵がかけられているらしい。先程からいくつものドアで試しているのだが、何処も鍵がかかっていてドアが開くことはなかった。
「これじゃ意味ねーだろーよ」
 どのドアにも鍵がかかっており、中に入ることが出来ない。これでは例え監視の目が緩かろうと何時誰が通りかかるかわからないから安心出来ないではないか。力任せに無理矢理鍵を壊すことも出来ない訳ではないが、それだと意味がない。すぐに見つかってしまう。いっそ全部の鍵を壊して回ろうかとも思ったのだが、そんな時間的余裕がないのと体力の無駄だとすぐに思い至り、結局開いているドアを探している今に至っている。
「全く、やれやれだ」
 又一つのドアノブを回し、鍵がかかっていると言うことを確認した包帯男は小さくため息をついた。
 果たしてこのままこの特別病棟という場所にいていいのだろうか。ここに行けと言ったあの少年のことを何処まで信用していいものか。もしかしたら自分をこの場に追い込む為の罠だったのかも知れない。何せここには自分の味方など一人もいない、完全アウェイの敵地なのだ。下手に他人を信用して、後で痛い目を見るのは自分なのだ。どれだけ警戒しようとし過ぎると言うことはないだろう。
「さて、一体これからどうするかな」
 このままこの特別病棟とやらに留まり、開いているドアを探すか。それともここを離れて何処か別の場所へと向かうか。それを考えながら包帯男は壁にもたれかかった。
 と、その時だ。彼の耳に何かが聞こえてきた。
「……!? 何だ?」
 思わず背を預けていた壁から離れ、周囲を見回してしまうが、誰の姿も見えない。
「気のせいか?」
 そう呟いて歩き出そうとすると、又彼の耳に何かが聞こえてきた。誰かの声のようであり、何かの音のようにも聞こえるが、はっきりはしない。
「……?」
 再び足を止める包帯男。周囲をもう一度見回してみるが、やはり誰も姿もない。何処までも白い壁の廊下が続いているだけだ。
「……気のせい、だよな?」
 誰に問いかける訳でもないが、彼の口から出た言葉は疑問系だった。勿論誰からの答えも返ってこない。
「……!?」
 首を傾げていると、三度何かが彼の耳に聞こえてくる。
「……わかったよ」
 そう呟くと包帯男は歩き出した。
 何かに導かれるように包帯男は白い廊下を進み、やがて一番奥にあるドアの前に辿り着く。そっとドアノブに手をかけると、どうやら鍵がかかっていなかったようでドアはあっさりと開いた。
(……罠じゃねーだろうな……まぁ、ここまで来たら後は野となれ山となれって気もするが)
 中に入るのに一瞬躊躇したものの、このまま廊下にいても仕方ないと思い、包帯男は意を決して中に歩を進めた。この中で待っているのが自分を捕らえる、または殺す為の罠であるならばぶち破るまでだ。自分にはやらなければならないことがある。それを果たすまでは捕まる訳にも死ぬ訳にも行かないのだから。
 室内に入ってまず目に入ったのは白いナイロンの膜で作られた衝立。その奥のスペースには、ここが特別病棟と言うからにはベッドがあり、病人か何かがいるのだろう。そっと包帯男がその衝立の向こうを除きこもうとすると、先に奥から声がかけられた。
「……誰?」
 聞き覚えのない女性の声。特に警戒しているような感じはなく、単純に誰がは言ってきたのかを気にしているような感じだ。
「済まないな、ちょっと邪魔させて貰うぜ」
 そう言いながら包帯男が衝立から奥へと進むと、そこには彼の予想通りベッドがあり、その上に一人の女性が上半身を起こして入ってきた包帯男の方をじっと見つめていた。
 全く見覚えのない女性だったが包帯男はその女性を見て言葉を失ってしまう。
(こいつは……)
 ベッドの上に身を起こした女性の顔には一切の感情が浮かんでいない。まるで能面のように無表情。それはそれで不気味だったのだが、彼が言葉を無くしたのはそれだけではない。
 彼は知っているのだ、彼女がどうしてこの様に無表情なのかを。だから、何とも言えない表情を浮かべてベッドの上の彼女を見る。
(どうやら埋め込まれた後って訳か)
 奥歯を噛み締め、苦渋の表情を浮かべる包帯男。
「ねぇ……あなたは誰なの?」
 再び声をかけてくる女性に包帯男――折原浩平は何も答えることは出来なかった。そして彼はこの女性、天沢郁未が一体どう言った事情を持ち、これから自分にどう関わってくるかを当然の如く知る由もなかった。
 
Episode.65「捜索」Closed.
To be continued next Episode. by MaskedRiderKanon
 
次回予告
消えた国崎を追う住井と教団の刺客から逃れた祐一と美優が合流を果たす。
そこに襲い来る教団の刺客。
祐一「これから見たことは誰にも言わないでくださいよ」
住井「まさか、君が……」
特別病棟で出会った浩平と郁未。
そこに現れた新たな少女の口から信じられない事実を浩平は知る。
由依「あなたが彼女のお兄さんですね?」
浩平「嘘だろ……」
教団施設の中で暗躍する新たな敵。
彼らの運命は何処に向かうのか?
???「……また……会えたね……」
次回、仮面ライダーカノン「動揺」
動き出す、闇の中の赤い月……


NEXT
BACK

本・漫画・DVD・アニメ・家電・ゲーム | さまざまな報酬パターン | 共有エディタOverleaf
業界NO1のライブチャット | ライブチャット「BBchatTV」  無料お試し期間中で今だけお得に!
35000人以上の女性とライブチャット[BBchatTV] | 最新ニュース | Web検索 | ドメイン | 無料HPスペース