<都内某所・ビル建設現場内部 14:14PM>
 オウガの身体が宙を舞い、まるでフィギュアスケートの選手のように華麗に回転しながら蠍種怪人ヌゴチ・ゴクツの顔面に蹴りを叩き込む。
 まともにその蹴りを喰らったはずのヌゴチ・ゴクツだが、よろめいたのは一歩だけ。ぐっと踏み止まると首を大きく振り後頭部から生えている蠍の尻尾を着地したばかりのオウガへと差し向けた。しかし、オウガはその一撃を一歩右に踏み出しただけでかわし、続けて滑るように前へと出てヌゴチ・ゴクツの懐へと侵入する。そして鋭い肘打ちをヌゴチ・ゴクツの鳩尾へと叩き込んだ。いや、オウガが前に出てきた時のその狙いがわかったのだろう、ヌゴチ・ゴクツは素早く身体を動かし、鳩尾への直撃を避け、厚い胸板でオウガの肘を受け止めている。
「……っ! 流石にやりますね!」
 舌打ちしつつオウガは素直にそう感想を述べた。このヌゴチ・ゴクツと言う未確認生命体は彼が知る未確認生命体や未確認B種と呼ばれる奴らとは明らかに違う。何と言っても圧倒的に強い。カノンですら有効打を与えることの出来ない程の強敵だ。そのような強者と戦うことの出来る喜びを今、オウガは感じていた。だからこそ、素直に相手を賞賛することが出来るのだ。
「我は戦士。この程度では揺るがぬ!」
 対してヌゴチ・ゴクツはそう言うと両腕で自分の懐にいるオウガを締め付けようとした。パワーでは自分がこのオウガを圧倒しているだろう。しかしスピードではこのオウガの方が自分を圧倒している。それでも捕まえることさえ出来れば勝負は一瞬で決まるだろう。そう思ってまるで抱きしめるように両腕で締め上げようとしたのだが、オウガもそれがわかったのか、さっとしゃがみ込むとそのままヌゴチ・ゴクツの股下をくぐってその背中側へと移動してしまう。
「そう簡単に捕まりはしませんよ、ミスター」
 オウガにもわかっているのだ。捕まってしまえば終わりだと言うことを。だからこそオウガは止まらない。ヌゴチ・ゴクツの背中側に出てすぐにジャンプ、オーバーヘッドキックをヌゴチ・ゴクツの頭部へと見舞う。更に叩きつけた蹴り足を軸に身体を起き上がらせ、再びジャンプし、今度は天井に足を着くとそこを地面にしてヌゴチ・ゴクツへと向かって跳び蹴りを放った。
「むっ!?」
 オウガのキックをとっさに左腕のハサミで受け止めるヌゴチ・ゴクツ。ほぼ同時に右のハサミでオウガに殴りかかるのだが、その時にはオウガは大きく後方へと飛び下がっていた。
 かなりの距離を開けて対峙するオウガとヌゴチ・ゴクツ。
 そんな両者の戦いの様子をカノンはじっと見ていることしか出来ないでいた。ヌゴチ・ゴクツは「隙あればかかってこい」と言っていたのだが、今の攻防を見ても自分の付け入る隙は何処にもなかった。下手に飛び込んでいけば自分がやられるだけだ。だから、カノンに出来ることは、出来たことはただ見ているだけ。何とも情けないことこの上ないと自分でもわかっているのだが、それ以外にどうしようもない。
(クソッ! 何をやってるんだ、俺は!)
 ヌゴチ・ゴクツと決着をつける為にここに来たはずなのに、その勝負に割り込まれ、自分はただ手を拱いて見ていることしか出来ない。募るのは焦燥感。しかし、今の自分ではヌゴチ・ゴクツに勝てる気がしないというのもまた事実であった。
(見てるだけじゃ何も変わらない……一か八か!)
 決意を込めて走り出すカノン。
「どけぇっ! キリトぉっ!! そいつは俺がッ!!」
 そう叫びながらカノンはオウガをジャンプして飛び越え、そのままヌゴチ・ゴクツに向かってキックを放っていくのであった。

仮面ライダーカノン
Episode.64「潜入」

<ビル建設現場内部 14:21PM>
 突然オウガの後ろから飛び出してきたカノンが自分に向かってキックを放ってきたのを見てもヌゴチ・ゴクツはまったく動じることなく、そのキックを左のハサミで受け止める。それだけではなくそのまま腕を振り、カノンの身体を弾き飛ばした。
「甘いぞ、カノン! その程度でこの我を倒せるとでも思ったか!」
 ヌゴチ・ゴクツはそう吼えると床に倒れたカノンに向かって走り出そうとして、その足をすぐに止めた。ゆらりとオウガがその前に踏み込んできたからだ。
「勘違いしないでくださいよ。私はカノンを守る気など毛頭ない。ですが今あなたの相手をしているのはこの私だと言うことをお忘れなく」
 そう言うと同時にオウガは身体を沈める。可能な限り身体を低くし、そのままの姿勢でヌゴチ・ゴクツに向かっていく。
 自分との距離を一気に詰めてくるオウガを見て、ヌゴチ・ゴクツはすかさず右手を振り下ろした。この一撃でオウガを叩き潰そうと言うつもりだったのだろう。しかし、オウガはその手をかわすように床面を蹴り、そのまま身体を回転させながら蹴りを放っていった。
「むっ!」
 オウガの蹴りを左手で受け止めるヌゴチ・ゴクツ。一瞬動きの止まったオウガのボディに向かって再び右手を突き込もうとする。
 それを見たオウガは床に手をつくと、腕の力だけで宙に舞い上がった。その直後、ヌゴチ・ゴクツの右手のハサミがオウガの眼前を通過していく。タイミング的にはまさしく間一髪。ちょっと遅ければヌゴチ・ゴクツの右手のハサミがオウガのボディを真っ二つにしていただろう。
 宙へと浮き上がったオウガだが、そこにヌゴチ・ゴクツの後頭部より生えている蠍の尻尾が襲い掛かる。今度はその尻尾の先端の鋭い針でオウガを貫こうというのか。しかし、オウガは自分に向かってきた蠍の尻尾を蹴り飛ばし、そして身体を丸めて一回転してから着地した。
「ウオオオオッ!」
 再び聞こえてくるカノンの雄叫び。続いてカノンがオウガの頭上を飛び越え、再びヌゴチ・ゴクツに向かってジャンプキックを食らわせようとする。
 だが、それを阻止するかのようにオウガがその足を振り上げ、カノンの蹴り足に自分の振り上げた足をぶつけてしまった。更に空中でバランスを崩したカノンの身体を掴むとそのまま後ろへと投げ飛ばしてしまう。
 投げ出されるかのように床に倒れるカノンをチラリとだけ見てからオウガはヌゴチ・ゴクツに向き直った。その様子からオウガはカノンをヌゴチ・ゴクツとの戦いの邪魔者だと判断しているようだ。
「キリト! てめぇっ!」
 カノンにもそれがわかったのだろう。起き上がるとすぐさまオウガに怒鳴りかかる。
「……はっきり言わなければわかりませんか、相沢祐一」
 振り返りもせずにオウガは少し呆れたような感じでそう言う。
「今のあなたは何をやってもミスターヌゴチには敵いません。下手に手を出されてはむしろ私の邪魔になります。そこで大人しく見ているのですね」
「くっ……!」
 カノンはオウガの発言に何も言い返せなかった。まさしくその通りだったからだ。
 ヌゴチ・ゴクツは今のカノンの能力の全てにおいて圧倒的に上回っている。それに比べてオウガはそんなヌゴチ・ゴクツと互角に戦っている。下手にその二人の戦いに介入していけば自分だけがやられてしまう。それどころか自分の攻撃がオウガの邪魔になってしまう可能性だってあるのだ。
 しかし、だからと言ってただ見ているだけなど到底出来ようはずもない。カノンに、相沢祐一にとってこの強敵ヌゴチ・ゴクツは絶対に乗り越えなければならない壁なのだから。
 カノンがそうして考えている間にオウガとヌゴチ・ゴクツの戦闘は再開されていた。今度先に動いたのはヌゴチ・ゴクツの方。素早く左右の手を突き出していく。連続突きでオウガを攻めたてる。
 その攻撃をオウガは慎重に、一つずつ受け流していた。ヌゴチ・ゴクツのパワーは壮絶なものがある。オウガはカノンに比べて防御の面で難がある為、ヌゴチ・ゴクツの突きをまともに喰らえばそれだけで致命傷にもなりかねない。だからこそ受け止めようとはせず、受け流しているのだ。
「どうした、オウガ。我の攻撃、ただ受け流しているだけでは勝てんぞ?」
「ええ、確かに。ならそろそろこちらも行かせて貰うことにしましょう」
 オウガはそう言うとヌゴチ・ゴクツが突き出してきた右のハサミを左に受け流しつつ、一歩前に出た。そしてそのまま肘をヌゴチ・ゴクツの脇腹に叩き込む。だが、オウガの肘に返ってきたのはまるで岩に肘をぶつけたような感触。鍛えに鍛え上げられた筋肉が鎧となり、ダメージを通さないどころかぶつけた肘の方にダメージが返ってくる程だ。
「ちぃっ!」
 素早くオウガは身体を回転させ、今度はヌゴチ・ゴクツの背中側に回り込んで逆の方の肘を叩き込んだ。しかし、そこでも返ってきたのは岩にぶつけたような感触だった。
(わかってはいましたが……これは厄介ですね)
 ヌゴチ・ゴクツの全身は鎧のような筋肉に覆われている。そこに蠍特有の硬い体表が覆っているのだ。生半可な攻撃ではダメージを与えることが出来ない。オウガは知らないことだが赤のカノンの必殺の一撃ですら耐えきったのだ。並大抵のことではダメージらしいダメージを与えられないだろう。
(ここは……少し大技を出さなければなりませんか)
 オウガはさっとヌゴチ・ゴクツから離れ、ある程度の距離を取ると両足を開き、腰を落とした。それはカノンの必殺のキックの体勢を左右逆にしたもの。カノンのように蹴り足が光に包まれると言うことはないが、威力はカノンのものと遜色がない。これならば多少はダメージを与えることが出来るだろうと思ってのことだ。しかし、このキックですらヌゴチ・ゴクツには通じなかったと言うことをオウガは知らない、知る由もない。
「はぁぁぁぁっ!」
 気を溜め、そこから床を蹴ってジャンプ。空中で一回転してから左足を突き出す。
「オオオッ!」
 オウガの雄叫びと共にその左足がヌゴチ・ゴクツに迫った。
 ヌゴチ・ゴクツはオウガがカノンの必殺のキックと同じ体勢を取ったのを見てから、ぐっと足を踏ん張っていた。カノンの必殺キックと同じ事が出来るならばそれはそれで脅威だ。何と言ってもカノンには封滅の力がある。自分にはそれをはねのけるだけの力があるのだが、それにも限界があるのだ。もしオウガのキックにも同じように封滅の力があるのならなかなかに危険なことになるだろう。足を踏ん張ったのは封滅の力をはねのける為の力を溜める為。後は吹っ飛ばされてしまわない為だ。
 しかし、実際のところオウガのキックはただのキックに過ぎなかった。カノンの、まさしく左右反転版とも言えるそのキックの蹴り足は光に包まれることなく自分に向かってくる。それを見たヌゴチ・ゴクツは左右にハサミを重ねてオウガのキックを受け止めた。
「フンッ!」
 気合い一閃、ヌゴチ・ゴクツは重ねていた左右の腕を振り払い、オウガを吹っ飛ばす。だがその腕には痺れがあった。オウガのキック、ヌゴチ・ゴクツの想像以上に威力があったらしい。
「だがこの程度では我は倒せん!」
 ヌゴチ・ゴクツはそう言うと空中でくるりと一回転して着地したオウガに猛然と襲い掛かっていった。
 一方のオウガは着地し、こちらへと向かってくるヌゴチ・ゴクツを見やる。応戦しようと一歩踏み出しかけ、不意に襲い来る物凄い頭痛に片膝をついてしまう。
「ま、まさか……こんな時に……!」
 苦しげにそう呟くオウガ。頭痛が酷く、立ち上がることすら出来ない。このままでは為す術もなくやられてしまうだろう。それは本意ではないのだが、今はどうしようもない。
「死ぬがいい、オウガ!」
 ヌゴチ・ゴクツがそう言いながら右手のハサミを突き出した。
 この一撃をまともに喰らえばオウガは一溜まりもないだろう。ヌゴチ・ゴクツにとってまさしく必殺の一撃だ。
 物凄い頭痛に苦しみながらオウガは自分の最後を告げる風切り音を聞いていた。もうすぐ恐ろしい程のパワーを込めた一撃が自分を襲い、自分は吹っ飛ばされてしまうだろう。防御力の面ではカノンよりも遙かに低い自分ではこの一撃で粉砕されてしまうかも知れない。例えこの一撃で死ななくても二度と立ち上がれない程のダメージを受けるはずだ。どっちにしろもう終わりに違いない。
 しかし、いつまで経ってもヌゴチ・ゴクツの右手はオウガには叩き込まれなかった。止まない頭痛に苦しみながらオウガが顔を上げると、自分とヌゴチ・ゴクツとの間にカノンが割り込み、ヌゴチ・ゴクツの突き出したハサミをがっしりと受け止めているではないか。
「な、何を……」
「わからねぇよ、俺だって! お前が踞ったのを見たら身体が勝手に動いていたんだ!」
 驚きの声をあげるオウガにカノンはそう言うとヌゴチ・ゴクツの顔面に向かって蹴りを放った。その一撃を受け、ヌゴチ・ゴクツが吹っ飛ばされる。
「ぬうっ!」
 カノンの一撃はヌゴチ・ゴクツにとって予想外の威力を持っていたらしい。少なくてもこのビル建設現場での戦闘が始まってから一番の威力だった。吹っ飛ばされつつも、何とか足を踏ん張って倒れるのを堪えたヌゴチ・ゴクツはカノンを睨み付けた。
「やるな、カノン! そうでなくては面白くない!」
 相手を射殺す程の視線でカノンを睨み付けていたのは一瞬、すぐさま楽しそうに顔を歪めて笑うヌゴチ・ゴクツ。
 そんなヌゴチ・ゴクツをカノンは油断無く見据えている。先程、絶体絶命のオウガをかばうようにヌゴチ・ゴクツの右のハサミを受け止めた時に痛めていた肋骨が再び激しい痛みを訴えだしていた。このままでも動けないことはないだろうが、完全な状態よりもその動きは鈍くなるだろう。それはすなわちヌゴチ・ゴクツの攻撃を喰らう可能性が飛躍的に増すと言うことだ。
 睨み合うカノンとヌゴチ・ゴクツ。カノンの後ろでは踞ったままのオウガが何とか顔を上げてカノンの背とそれ越しにヌゴチ・ゴクツを見据えている。今自分を襲っているこの激しい頭痛が治まればすぐにでも戦闘に割って入るつもりだ。頭痛が治まってくれれば、の話だが。

<倉田重工第7研究所 14:27PM>
 倉田重工第7研究所内にあるトレーニングルーム。普段そこには近寄ろうともしない人物がやって来たことで、そこで日頃研究ばかりで運動不足気味な身体を動かしていた皆が一斉に入り口の方を振り返った。
 その人物はトレーニングルーム内をぐるりと見回し、目的の人物を見つけると周囲の自分を見つめている人達に一切構うことなく一直線に目的の人物に向かって歩き出す。
「北川君!」
 上半身裸でトレーニングマシンを動かしていた男の側までやって来たその人物は大きい声で男の名を呼ぶとジロリと彼を睨み付けた。
 いきなり自分の名をすぐ側で、且つかなりの大声で呼ばれた男――北川 潤はキョトンとしたような顔で自分を呼んだ人物の顔を見やる。
「……七瀬さん?」
 一体どうしたんですか、と続けようとして潤は口を閉ざした。そこにいた人物、七瀬留美が非常に苛立ったような表情をしていたからだ。かなり不機嫌だと言うことが見ただけでわかってしまう。下手に声をかけようものなら何も悪いことをしていなくても手が飛んでくるかも知れない程に。
「ちょっと来てくれる?」
 有無を言わせない迫力で留美はそう言い、潤は黙って頷くしかなかった。

 着替える間もなく、首にタオルを引っかけたままの潤が留美に連れて行かれたのはPSK−03のメンテナンスルームだった。そこではPSK−03の修理が昼夜を問わず行われている。現状で行われているのは前回、未確認生命体第31号との戦闘での破損箇所の修理交換。それが終わった後には今までの戦闘などによって蓄積しているダメージのチェックと消耗が激しいパーツの交換などが待っている。もっとも予備のパーツなどほとんどないのでそれぞれ新規生産しなければならず、それにも時間がかかってしまうのだが。
「……時間、かかりそうですか?」
 現在進行形で修理が行われているPSK−03の各部パーツを見ながら潤が相変わらず不機嫌そうな留美に問いかける。
「かかるわよ、思いっ切りね!」
 返ってきたのはやはり不機嫌極まりない留美の声。ここまで彼女が不機嫌なのはここ最近では珍しい。おそらくだがPSK−03の修理がなかなか終わらないことで苛立っているのだろう。
「ただでさえ修理用の予備パーツが少ない上にこの間の白蟻みたいなのに浴びせられた蟻酸は思い切り装甲とか中の細かいところまで溶かしちゃうし、それに加えて今までのダメージとか消耗とかが一気に噴き出してくるし、かと言ってこのまま修理だけやって出撃したら何時何処で不具合が出るかわかったものじゃないし、でもって何か良い対策はないかって思ってPSK−04を使わせてくれって所長に頼んだらダメだって言われるし、それならと思ってPSK−01とかPSK−02とかを持ち出してきたって今の未確認とかB種には多分敵わないだろうし、もうどうしようもないから出動を控えようって思ってもそれはきっと許されないだろうし」
 一気にそう捲したてると留美はため息をついた。どうやら相当ストレスと疲労がたまっているらしい。少なくても潤にはそう見えた。
「えっと、あの……すいません。俺がもっと上手くやれていたら」
 自分の戦い方がダメな所為でPSK−03は今まで何度となく苦戦を強いられ、ダメージを受けてきた。それらずっと蓄積されてきたものが今、一気に噴き出し留美や他のスタッフを苦しめている。それを考えると潤は責任を感じずにはいられない。
「北川君はよくやっているわ。まぁ、もうちょっと無茶は控えて欲しいところだけど」
 そう言って留美は口元に笑みを浮かべる。
「問題なのは未確認がどんどん強くなっていくのにこっちの技術力が追いつかないって事」
 だが、浮かんだ笑みはすぐに消え、今度は憂鬱そうな表情が彼女の顔を彩った。
「PSK−03は現時点で考えられる最高峰の技術が使われているわ。それでも未確認に勝つことは難しい。未確認だけならいいわ。問題なのはB種と呼ばれている連中よ。あいつらは急激に強くなってきてる。それこそ未確認共と変わらないぐらいにね」
 それだけ言うと留美は潤を見た。その目が、奴らと戦っているあなたが一番よくわかっているでしょうと言っている。
「B種には明らかに人類の技術が応用されているわ。奴らは未確認とは違って誰かが改造して生み出している。私達よりも凄い技術でもってね」
「俺は……七瀬さん達の技術とか才能が、その、B種を作り出している奴らよりも劣っているとは思えません」
 悲しそうな、それでいて何処か悔しげな表情を浮かべた留美を見て潤は少し躊躇いがちにそう言った。
「B種の中でも強いのは一部だけです。おそらく元々の能力が高かった……それだけのことです! それにPSK−03でも未確認は倒せているじゃないですか!」
 そうだ。未確認生命体と呼ばれている怪人共の全てをカノンが倒している訳ではない。数は決して多くないもののPSK−03単体で未確認生命体を倒したことだってある。明らかに未確認生命体の方が強いのだから決してPSK−03が未確認B種に劣っていると言うことはないだろう。
「それもそうね。ちょっと弱気になってたみたい。修理もなかなか進まないからね」
 潤の力強い言葉を受け、留美は苦笑を浮かべていた。
「ところでここにつれてきた理由なんだけどね。ちょっとPSK−03についての意見を聞きたいの」
「はぁ……」
 意見を聞きたいと言われても技術的なことは何もわからない。何と言っても自分はPSK−03の装着員として最前線で身体を張る役目だからだ。技術的なことは留美達に完全に任せきりになっている。
「心配しないで。難しいことは聞かないから」
 潤が明らかに戸惑ったような顔をしたので留美は少し笑いながらそう言った。
「PSK−03は見てのとおり今も修理を続けているわ。いつ終わるかわからない。もし、今未確認が出て出動の要請が来たら……行く?」
「勿論です!」
「聞くまでもないことだったわね。でもね、北川君。PSK−03はまだ動かせる状態じゃないわ。仮にこの間壊された部分の修理が完了しても、今までに蓄積されたダメージとか消耗とかがあるからどんな不具合が出るかわかったもんじゃない。それでも行く?」
 初めの質問に潤が即答することはわかっていた。だから二度目の質問は少し言い聞かせるような感じで口にする。
「行きますよ。俺のこの手で守れる命があるのなら」
 答えた潤の目は決意に燃えている。彼の奥底にはかつて自らの命を省みず、更に周りからはまったく理解されずにいながらもそんな人々を守る為に戦った親友に並びたいという思いがある。それが強すぎるが為に様々な無茶をやってしまうのだが、その親友はそれ以上の無茶を今もやっているのだ。もっともそれを潤や留美が知る訳もないのだが。
 留美は何を言っても潤の決意は揺るがないだろうと言うことがわかっていたし、自分の言葉ぐらいで彼を止められるとは思っていない。だが、今の状態ではどう考えても出動は無理だ。一体どう言えば彼を止められるだろうか。少なくても修理が終わるまでは。
「PSK−03が使えないならPSK−01でもいいしPSK−02でもいい。勝てないにしても時間稼ぎぐらいは出来るはずです」
 その潤の言葉を聞いた途端、留美の脳裏に何かが閃いた。それからニヤリと笑うと、潤の手を取る。
「ありがとう、北川君。参考になったわ」
 そう言うと彼女はキョトンとしている潤をその場に残し、メンテナンスルームを飛び出していった。留美の後ろ姿を何が何だかわかっていなさそうな顔で見送った潤は一人首を傾げている。しかし、ここでぼうっといしていても仕方ないと言うことに気付いたのか、首を傾げつつもまたトレーニングルームへと向かって歩き出すのであった。

<ビル建設現場内部 14:34PM>
「うおおっ!」
 雄叫びをあげながらカノンがヌゴチ・ゴクツへと突進していく。一気に距離を詰めてヌゴチ・ゴクツの懐に飛び込むとその顔面に向かってパンチを叩き込んだ。一発、二発、三発。相手に反撃する機会を与えないよう何度の連続でパンチをカノンは叩き込んでいく。
 しかし、カノンのパンチを何発も連続で顔面に浴びながらもヌゴチ・ゴクツは微動だにしていなかった。強靱な首がカノンのパンチをまともに受けても、その衝撃を全て受け止めてしまっているのだ。
 自分のパンチが全く効いていないことに気付いたカノンはヌゴチ・ゴクツの胸板を蹴るようにして後ろへと飛び退き、距離を取った。あの場に留まっていれば捕まってしまう可能性が大きかったからだ。ヌゴチ・ゴクツのパワーを考えると捕まってしまえば最後、逃げ出すことも出来ずに潰されてしまうだろう。
「どうしたカノン。先程のような一撃を我に与えてみよ」
 ゴキゴキと首を鳴らしながらヌゴチ・ゴクツが言い放つ。まったく、と言うことはないのだろうがダメージらしいダメージはほとんどないらしい。呆れ返る程のタフネスさだ。
 そんなヌゴチ・ゴクツを見ながらカノンは考える。先程、突然踞ってしまったオウガをかばうようにその前に躍り出てヌゴチ・ゴクツの右のハサミによる突きを受け止め、更に顔面にキックを食らわせたのだが、その時のキックはヌゴチ・ゴクツを吹っ飛ばす程の威力があった。しかし、今さっきのパンチはまるでダメージを与えられていない。一体何が違うというのか。
(わからないな……何がさっきと違うって言うんだ?)
 じっと相手の動きを見ながらカノンは身構えなおした。今は考えている場合ではない。何としてでもこの目の前に立つ強敵を倒さなければならないのだ。その為にはがむしゃらにでも向かっていくしかない。
「おりゃあっ!」
 再びヌゴチ・ゴクツに向かって駆け出すカノン。今度は少し手前でジャンプして空中からの回し蹴りを叩き込もうとする。だが、その蹴りはあっさりとヌゴチ・ゴクツの左手のハサミによって受け止められてしまう。
「軽い! この程度の攻撃が通じると思ったか!」
 そう言うと同時にヌゴチ・ゴクツは左腕を振り払い、カノンを床に叩きつけた。次に首を大きく振り、後頭部に生えている蠍の尻尾の先端にある鋭い針で今、床に叩きつけたカノンを貫こうとする。
 襲い来る鋭い針を見たカノンは素早く身体を翻し、横に転がってその針をかわした。針はそのままコンクリートの床に穴を穿ち、そして再びカノンを狙って動く。まるで蠍の尻尾自体が意思を持っているかのように。カノンは横に転がり、何度も襲い来る針をかわし続ける。
「どうしたカノン! 逃げてばかりではこの我を倒すことなど出来はせんぞ!」
 口元を歪ませて笑いながらそう言いつつ、ヌゴチ・ゴクツは攻め立てるのを忘れない。
 と、そこにオウガが飛びかかって来た。鋭い蹴りをヌゴチ・ゴクツの顔面に叩き込むと、さっと後方に飛び下がりカノンの前に片膝をつきながら降り立つ。
「何を……しているんですか、あなたは」
 少し苦しそうに息をしながら、それでも何処か呆れたような口調でオウガが言った。未だ彼を襲う激しい頭痛は治まってはいない。しかし、カノンのあまりにも不甲斐ない戦いぶりを見ていられなかったのだ。
「さっきは少しだけ見直したと思ったんですがね……」
「うるせぇ。だが……助かった」
 オウガの乱入によりようやくカノンは身を起こすことが出来た。オウガが飛び込んできてくれなければ何時か壁際にでも追い込まれて針の一撃をまともに喰らっていたことだろう。少々癪だが、ここは礼を言っておくべきところだろう。
「フッ……先程の借りを返したまでですよ。これで貸し借りは無し、と言うことで」
 そう言ってオウガがゆらりと立ち上がる。頭痛は治まらない。だが動けない程ではなくなっていた。百パーセントの力は出せないだろうが、それでもじっと見ているよりはマシだ。
「さてミスターヌゴチ。続けましょうか?」
 言葉には普段の余裕を見せるが、実際にはほとんど余裕などない。それでもオウガはそう言って身構え、挑発するようにヌゴチ・ゴクツを手招きする。
 そんなオウガを見ながらカノンも立ち上がっていた。オウガとヌゴチ・ゴクツとが戦いを始めればその間に割って入るのは今の自分の力を考えると難しい。それは先程までのオウガとヌゴチ・ゴクツとの攻防を見れば一目瞭然だ。だが、今は違う。おそらくだがオウガは自分の力の全てを出すことは不可能な状態にあるはずだ。そうでなければ先程カノンに助けられたりはしないだろう。だからカノンも身構える。今のオウガと自分。連携など出来はしないだろうが、二人合わせてヌゴチ・ゴクツと互角になるかどうかだ。
 ヌゴチ・ゴクツは二人の戦士が身構えたのを見て、ニヤリと笑う。どうやらお楽しみはまだまだ続くようだ。
「フフフ……いいだろう。二人同時でも我は一向にかまわん!」
 そう言うと同時に駆け出すヌゴチ・ゴクツ。
「手出しは無用ですよ、相沢祐一!」
「うるせぇ! お前こそ黙って見てろ!」
 互いにそんなことを言い合いながらオウガとカノンも前に出る。迫ってくるヌゴチ・ゴクツの腕をかわして二人同時にキック。
 流石に二人同時のキックは耐えきれなかったと見えてヌゴチ・ゴクツが少しよろめいた。それを見たオウガがジャンプし、カノンはその場で回し蹴り。その蹴りがヌゴチ・ゴクツの顔面を捕らえると同時にオウガは両足でヌゴチ・ゴクツの頭頂部を踏みつける。同時に頭部にカノンとオウガの攻撃を喰らい、ヌゴチ・ゴクツがふらついた。
 着地したオウガはこの好機を逃さない。素早く身体を回転させて後ろ回し蹴りを叩き込んでいく。それにあわせるようにカノンもヌゴチ・ゴクツに飛びかかるようにジャンプキックを放っていた。
 今度は堪えきれず、後方へと吹っ飛ばされるヌゴチ・ゴクツ。だが、倒れることはなく、片膝をつきながらも何とか持ち堪える。そこで顔を上げてカノンとオウガを見やると、口元を歪ませてまたニヤリと笑った。楽しくて楽しくてたまらない、と言う感じに。
「フフフ……いいぞ」
 笑いながら呟くようにそう言うとヌゴチ・ゴクツは立ち上がった。その様子から先程の攻撃で受けたダメージは微々たるものでしかないと言うことが感じ取れる。
「この化け物め……」
 カノンがそう呟き、その隣に立つオウガは肩を竦める。一体どれだけの攻撃を叩き込め箱の怪物を倒すことが出来るというのか。このままでは先にこっちの体力の方が尽きてしまう。何とか有効打を与えないことには。
(だが……どうすればいい?)
 結局はそこに舞い戻ってしまう。何をどうすればこの怪物にダメージを与えられるのか。それはこの戦いが始まってからずっとカノンが考えていたことだ。未だ答えは見つからず、その間に与えられた有効打はたった一度だけ。その一撃も他の攻撃と何がどう違うのかカノンにはわからない。
(何だ……何が違う?)
「何をしているのですか! 相沢祐一!」
 突然聞こえてきたオウガの声にカノンははっと我に返った。顔を上げるとヌゴチ・ゴクツが物凄い勢いで突進してきているのが見える。もはやかわしているような余裕はない。両腕で自分の身体をガードし、襲い来る衝撃に備えることしか出来ない。
「ぬんっ!」
「くうっ!!」
 物凄い勢いで繰り出されたヌゴチ・ゴクツの左手の突きを何とかカノンは受け止める。だが、その衝撃はかなりのものだ。思わず身体が少し浮いてしまう。そこに続いて繰り出される右手による突き。身体が宙に浮いていたことで踏ん張ることが出来ず、カノンは為す術もなく吹っ飛ばされてしまった。大きく宙を舞い、壁に叩きつけられるカノン。
 一瞬、吹っ飛ばされたカノンに気をとられてしまうオウガだが、そこに向かってヌゴチ・ゴクツの腕が飛んできた。薙ぎ払うように振り回されたヌゴチ・ゴクツの腕にオウガは軽々と吹っ飛ばされてしまう。丁度、カノンとは反対側の壁まで吹っ飛ばされ、そこに叩きつけられて床面に倒れ伏してしまう。
 それぞれフロアの両端で倒れているカノンとオウガ。綺麗に分断された形だ。それぞれを見やった後、ヌゴチ・ゴクツはカノンの方に向かって走り出した。
 ヌゴチ・ゴクツにとってこの戦いはある意味制裁だ。自らが護衛し、且つそのゼースを邪魔させないと誓ったニドラ・ゴバルを倒されてしまったのだから、その責任を果たす為にカノンの命を奪わなければならない。そう白いスカーフの女性に誓ったのだ。二度目の失態はもはや許されない。だからこそ、先にカノンを始末しようと思ったのだ。
 よろよろと起き上がるカノンにヌゴチ・ゴクツが猛然と突っ込んでいく。カノンがはっと気付いた時にはもう遅い。ヌゴチ・ゴクツは肩からカノンにぶつかっていき、そのまますぐ後ろにある壁に叩きつける。
「ぐあっ!」
 カノンの背中側にある壁にひびが入る。ヌゴチ・ゴクツの桁外れのパワーに壁を作っているコンクリートがもう持ち堪えられないらしい。
「ウオオオオッ!」
 突然後ろから聞こえてきたそんな雄叫び。叫んでいるのは勿論オウガで、叫びながらヌゴチ・ゴクツに向かって駆けてきている。そしてジャンプしてヌゴチ・ゴクツの背に向かってキックを放った。
 カノンにばかり気が向いていたヌゴチ・ゴクツはオウガの存在にまったく気付くことなく、その背にまともにオウガのキックを受けてしまう。その一撃はヌゴチ・ゴクツの後を押すような形でカノンを更に壁へと押しつけ、そして遂に耐えきれなくなった壁が崩れてしまう。
 ヌゴチ・ゴクツに挟み込まれるようになっていた壁が崩れ、後ろ側に倒れていくカノン。しかし、そこには何もない。丁度外壁に面していた部分だったのだ。そのまま空中に投げ出されるカノンと、勢い余ってヌゴチ・ゴクツも飛び出してくる。オウガだけは壁に空いた穴の前で片膝をついた姿勢で着地していた。
「ぬううっ!」
 落下しながらヌゴチ・ゴクツが片腕を振り上げ、壁に向かって突き出した。ハサミの先端が壁に突き刺さるがそれでもその身が落ちていくのは止められない。
 その様子を見ながらカノンは手を上に掲げていた。
「来いっ!」
 カノンがそう叫ぶと同時に巨大な三本角の甲虫が飛来し、その足でカノンの身体を掴みあげた。そして、そのままゆっくりと地上へと降りていく。カノンを地面に降ろすと三本角の甲虫は開いていた背の羽根を閉じ、その場に待機するように鎮座する。この三本角の甲虫こそカノンにとって頼りになる仲間である聖鎧虫だ。
 聖鎧虫のお陰で無事に地面に降り立ったカノンに対し、ヌゴチ・ゴクツは派手に土埃を巻き上げながら地面に落下している。自らの身体で少し地面を陥没させながらもゆっくりと起き上がってきた。地面に激突した時のダメージはそこそこあるらしく、片膝をついている。それでもその目に浮かぶ戦意は衰えていない。
「フフフ……さぁ、来い! カノン!」
 まだ自分は充分に戦えると言うことをアピールするかのように両腕を振り上げるヌゴチ・ゴクツ。
 それを見たカノンは一端両足を開いて腰を少し落とすと、必殺のキックの体勢を取った。ヌゴチ・ゴクツにはこの必殺のキックは通じないと言うことはわかっている。それでもやるしかない。通じなければ通じるまでやるだけだ。
「行くぞ!」
 そう言って走り出すカノン。ヌゴチ・ゴクツとの距離がある程度まで詰まったところでジャンプ、空中で身体を丸めて一回転してから右足を突き出す。その蹴り足が光に包まれ、ヌゴチ・ゴクツに向かっていく。
「ぬううっ!」
 ヌゴチ・ゴクツはカノンのキックを迎撃するかのように左のハサミを突き出した。
 カノンの右足とヌゴチ・ゴクツの左のハサミが激突し、カノンは後方に吹っ飛ばされ、ヌゴチ・ゴクツの方は背にしているビルの壁に激突する。
 地面に倒れたカノンだが、すぐさま起き上がると後方に控えてる聖鎧虫に駆け寄った。そして三本の角のうちの一本を手にするとそれを引き抜いてヌゴチ・ゴクツの方へと振り返る。
「フォームアップ!」
 叫びながらそう叫んだカノンの姿が紫に変わる。手にした聖鎧虫の角も紫の刀身を持つ剣に姿を変えた。その剣を両手で構え、ヌゴチ・ゴクツに肉迫して振り下ろす。
 豪快に大上段から振り下ろされた紫の剣をヌゴチ・ゴクツは左手で受け止めた。カノンの手に返ってくるのはやはり岩を叩いたような衝撃。だが今度は弾き返されることはなかった。ほんの少し、本当にほんの少しだが紫の剣の刀身がハサミの外皮に食い込んでいるではないか。
 それに気付いたカノンが思わず紫の剣とヌゴチ・ゴクツの左のハサミを凝視してしまう。しかし、それは決定的な隙となり、ヌゴチ・ゴクツは動きの止まったカノンを右手のハサミで吹っ飛ばした。
 宙を舞い、大きく吹っ飛ばされて地面に倒れるカノン。何とか剣を放すことはなかったが、それでもかなりのダメージを受けている。それに加えて少し前に折られた肋骨が再び痛みを訴えだした。
「くうっ……」
 痛む脇腹を手で押さえながら身体を起こすカノン。だが、立ち上がるところまでは行かない。激痛がそれを許してくれない。
 そんなところへヌゴチ・ゴクツが突っ込んできた。今度こそカノンを叩き潰そうと言うつもりなのだろう。
 だがそれは叶わなかった。先程カノンがヌゴチ・ゴクツと共に落下した穴からオウガが飛び降りてきたのだ。落下しながら身体を何度も回転させて勢いをつけ、地上のヌゴチ・ゴクツに向かってキックを食らわせようとする。
「ぬうっ!?」
 落下しながらキックを放ってきたオウガに気付いたヌゴチ・ゴクツはそちらへと振り返りながら左腕でオウガを弾き返そうとする。だが、遙か上方より勢いをつけて落下してきたオウガの勢いはヌゴチ・ゴクツの予想以上だったようで左腕を振り抜くことは出来なかった。むしろ逆に押し返されてしまう。おまけにオウガのキックを受けたハサミの外皮にひびが入った。
「オオオッ!」
 オウガは自分の蹴り足が当たったハサミを土台に大きくジャンプすると、伸身のまま空中で一回転し、ビルの壁を蹴って反転、左足を振り上げ何度も回転しながらヌゴチ・ゴクツに突っ込み、その頭部に踵落としを決めた。
 その一撃に思わず片膝をついてしまうヌゴチ・ゴクツ。だが、着地したオウガもふらつき、その場に片膝をついてしまっていた。少しは治まっていた頭痛がまた激しくなってきたのだ。
(何と情けない……こんな事で……!)
 必死に頭痛に耐えながら何とか立ち上がろうとするオウガ。しかし、それよりも早くヌゴチ・ゴクツが立ち上がっていた。そしてすぐ側で片膝をついたままのオウガに向かって両腕を振り上げる。
「ぬおおおっ!」
 振り上げた両腕が勢いよく振り下ろされればオウガなど一溜まりもないだろう。だが、その腕が振り下ろされることはなかった。
「飛べ! キリト!」
 後ろから聞こえてきたその声にオウガは頭痛を堪えてジャンプする。その直後、光の弾丸がオウガのいた場所を通過し、そのまま物凄い勢いでヌゴチ・ゴクツを跳ね飛ばしていく。
 光の弾丸に見えたもの、それは聖鎧虫が合体したロードツイスターだった。聖鎧虫がその身体を分解してロードツイスターと合体、その後カウル部分にある三本の角がスパークし、物凄いスピードで走る車体をそこから迸る光で包み込んでの体当たりをヌゴチ・ゴクツに喰らわせたのだ。
 タイヤを滑らせながら急停止した聖鎧虫の合体したロードツイスターから降り、カノンは吹っ飛ばされ、地面に叩きつけられたヌゴチ・ゴクツを見た。
 おそらくカノンが考え得る一番の攻撃力を持つのが今の一撃だ。これでダメージを与えられないならばもうどうしようもない。まだ最後の切り札がない訳でもないが、あれは出来ることならば使いたくはないし、使った後の負担が大きすぎる。もしもそれが通じなかった場合、待っているのは確実な敗北であり、それが意味するのは自らの死だ。だからこそ確実に勝てると言う判断が下せるまでは絶対に使えない。
 じっと倒れているヌゴチ・ゴクツを見つめるカノン。地面に倒れ伏し、時折身体をピクピクと痙攣させているところからダメージがないと言うことはないだろう。だが倒せたという訳ではないようだ。倒せたのなら爆発するはずなのだから。
(あれでも……まだ倒せないと言うのか?)
 ヌゴチ・ゴクツが異常な程にタフなのか、それとも自分の身に何かが起きていてその力が落ちているのか。一体どちらが正解なのかは自分ではわからない。前者ならばまだマシだが、もし後者の理由だった場合はこの先非常に厄介なことになるだろう。おそらくこの先、もっと強い敵が現れるのだろうから。何故だかわからないがそう言う確信がカノンにはあった。
 カノンが、そしてオウガが見つめる中、倒れていたヌゴチ・ゴクツが動いた。ゆっくりと身を起こし、そして立ち上がる。そのボディには大きく古代文字――『封滅』を意味するものだ――が浮かび上がっていた。だが、それは普段の時と比べて非常に薄い。
「くっ! やっぱり!」
 自分の敵を倒す為の力が落ちている。それはヌゴチ・ゴクツの身体に刻み込まれた古代文字の薄さが物語っている。このままだと古代文字は消えてしまうだろう。
「何をやっているのですか! 行きますよ!」
 そう言いながらオウガがカノンの脇を駆け抜けた。聖鎧虫の合体したロードツイスターの突撃攻撃を受けてかなりのダメージを受けた今、更なる攻撃を加えればこの化け物を倒すことが出来るかも知れない。今こそが最大の好機、とそう踏んだのだ。
「とぉりゃあっ!」
 オウガが宙を舞い、ふらついているヌゴチ・ゴクツにキックを放つ。
 そのキックを防ごうとヌゴチ・ゴクツは左手を挙げた。そこにオウガのキックが直撃し、その外皮に入っていたひびが広がる。
「おおりゃあっ!」
 続けてカノンがそこに突っ込んでくる。ジャンプしながらその姿が紫のカノンから赤のカノンへと変わった。全ての力を攻撃力一点に絞った一撃必殺のフォーム。空中で通常の倍ぐらいに太くなった右腕を大きく振りかぶると、ベルトの霊石から電光が迸った。その電光が分厚い筋肉に覆われたカノンの右腕を伝い、拳の先端に金色のナックルガードを形作る。
「ウオオオオッ!」
 着地すると同時に赤いカノンはヌゴチ・ゴクツに右の拳を叩き込んだ。その拳がヒットする瞬間、拳が炎に包まれる。
「ぬううっ!」
 何とかその炎の拳を防ごうとヌゴチ・ゴクツは左手を間に差し入れる。だが、今までの攻防でひびの入っていたそのハサミはカノンの炎の拳を受け止められず、砕け散ってしまう。そしてそのままカノンの燃える右拳がヌゴチ・ゴクツの腹部を捉えた。
 まともに赤いカノンの一撃を食らったにもかかわらずヌゴチ・ゴクツは吹っ飛ばされることなく、その場に踏み止まった。カノンも一撃を加えたままの体勢でその動きを止めてしまう。どちらもピクリとも動かない。
 オウガがじっと見守る中、先に動いたのはカノンの方だった。その姿が戦士・カノンのものから相沢祐一へと戻っていく。
 赤の力は全ての力を攻撃力へと変じ、一撃必殺の力を生み出すもの。しかし、全ての力を使う為に使用後は強制的に変身を解除されてしまう。更に強制的に変身が解除されてしまうと次に変身するまである程度の時間が必要となってしまう諸刃の剣でもあるのだ。それがわかっていて尚この力を使ったと言うことは確実に倒せると判断したからか、それとも単なる賭けだったのか。
 祐一が一歩、後ろに下がる。すると、その目の前に立っていたヌゴチ・ゴクツががくりと片膝をついた。
「……見事だ、現世のカノン」
 そう言ったヌゴチ・ゴクツの胸にはくっきりと古代文字が浮かび上がっていた。そこから光のヒビがゆっくりとだが全身に広がっている。奇しくも、そこは初めてカノンと対戦した時に同じ赤の力で炎の一撃を食らった場所。あの時は両腕を折られ、そして今回は片方のハサミを砕かれ、そして刻み込まれた『封滅』を意味する古代文字。あの時は無理矢理その部位を引き裂いて事なきを得たが、今回はそうもいかないらしい。
「何で……右手を使わなかった?」
 じっとヌゴチ・ゴクツを見ながら祐一が問う。
 最後、赤いカノンの一撃を受け止めたのは左手のハサミだけ。左手のハサミは今までの戦いでダメージを受け、ひびが入っていた。だからこそ赤いカノンの一撃に耐えきれずに砕けてしまったのだが、もし右手も一緒にして受け止めていたならば今のような状況にはならなかっただろう。
「フッ……あの一撃が効き過ぎたようだ。これでは使いたくても使えぬ」
 そう言ってヌゴチ・ゴクツは自分の右腕を見た。その視線を追いかけるように祐一もヌゴチ・ゴクツの右腕を見、そして驚きのあまり言葉を無くす。ヌゴチ・ゴクツの右腕は上腕部の中程から引き裂かれており、今にもちぎれ落ちそうになっていたのだ。おそらくは聖鎧虫が合体したロードツイスターによる突撃攻撃の時にそうなってしまったのだろう。確かにこれでは使いたくても使えない。
 更に後頭部に生えていた蠍の尻尾も中程からちぎれてなくなっていた。カノンの、祐一の予想以上に聖鎧虫が合体したロードツイスターによる一撃はヌゴチ・ゴクツの身に深いダメージを与えていたようだ。
「よくぞ我を倒した、現世のカノン」
 黙り込んでいた祐一に向かってヌゴチ・ゴクツはそう言うとゆっくりと立ち上がる。胸から広がる光のヒビはほとんど全身にまで及んでいた。もう間もなくヌゴチ・ゴクツの身体は爆発四散するだろう。
「オウガとやら、貴様も見事であった。この我をここまで楽しませてくれた戦士、貴様の名は忘れん」
「それはどうも」
 オウガから元の姿へと戻っていたキリトはそう言って頭を下げた。相手を馬鹿にするつもりはない。今まで彼が戦った相手の中でもトップクラスに入る強敵。その強敵から賞賛されたのだから、ここは素直に受け取っておくべきだと思ったのか。
「フフフ……今のその状態で我に勝つとは大したものだ、現世のカノン。だが忘れるな。我よりも強い輩はまだ多数いる。心に刻め。貴様は何の為に戦うのかを」
 何故か諭すようにそう言い、ヌゴチ・ゴクツは祐一から距離を取るように歩き出した。このままでは自身が爆発した時に祐一を巻き込んでしまうからだろう。それとも誇り高き戦士である自分が死ぬところを見せたくない故の行為なのか。
 離れていくヌゴチ・ゴクツを祐一は複雑そうな目で見送っていた。この恐るべき強敵は最後に一体何を言いたかったのか。この場に来る前に出会った謎の僧服の男と同じ様なことを言っていた。一体どう言うことなのだ?
 ヌゴチ・ゴクツはビルの入口まで来るとくるりと振り返り、そしてニヤリと笑った。
「我が名はヌゴチ・ゴクツ! ヌヴァラグの誇り高き戦士! 楽しかったぞ、カノン!」
 最後に大きく声を張り上げ、そう言うとヌゴチ・ゴクツはビルの中に駆け込んでいく。ヌゴチ・ゴクツの姿が完全に見えなくなって数瞬後、大爆発が起こった。その規模は普段の時よりも遙かに大きい。あまりもの爆発の衝撃に建設途中のビルの一部が吹き飛ばされてしまった程だ。
 ビルのあちこちから上がる炎を祐一はじっと見上げていた。その後ろからバイクのエンジンを噴かす音が聞こえて来、振り返ってみるとキリトが車高の低いアメリカンバイクに跨っているのが見えた。
「……今日のところはこれでお別れです。ですが次に会った時は、あなたの命、頂きますよ」
 キリトはニヤニヤ笑いながらそう言うと、バイクを走らせ始める。
「キリト! 今日は助かった。礼を言う」
 去っていこうとするキリトの背に向かって祐一がそう声をかけると、キリトはバイクを止めて振り返った。少し意外そうな顔をしていたが、すぐにまた口元にいやらしい笑みを浮かべる。
「言ったでしょう。私はあなたを助けた訳じゃない。あなたが私以外の誰かに殺されては困るのでね。だからですよ。感謝されるような事じゃない」
「だが」
「おっと、それ以上はゴメンです。次に会った時はまた命を奪い合う敵同士。馴れ合う気はありませんからそのおつもりで」
 これ以上は何も言わせないとばかりにキリトは話を打ち切ると今度こそバイクで去っていく。
 祐一は何も言わずに去っていくキリトの背を見送っていたが、やがて遠くから聞こえてきたサイレンの音に気付くと停めてあったロードツイスターの側に歩み寄った。このままここにいては色々と厄介なことになりそうだ。自分がカノンであることを一応秘密にしている以上、消防隊員や警察官にこのビル建設現場の爆発について質問されても、どう説明したらいいか。それよりも早くこの場を去った方がいい。後で知り合いである警視庁未確認生命体対策本部の刑事にでも連絡しておいて上手く対処して貰おう。彼に任せると余計に話がややこしくなりそうな気もしないでもないのだが、とりあえずはそれが一番だ。
 そんなことを考えながら祐一はロードツイスターのハンドルに手をかけ、すぐ側にいる聖鎧虫を見やった。彼からの命令を待っているのか聖鎧虫はじっとその場に鎮座している。
「お前もサンキューな。お前が来てくれなかったらやられてたのは俺だったかも知れないし」
 そう言ってポンと聖鎧虫の頭に手を乗せる。すると聖鎧虫は背中を開いて羽根を出すと、そこから飛び去ってしまった。
「……そういやあいつにも名前つけてやらねぇとなぁ」
 飛び去っていく聖鎧虫を見送りながら祐一はそう呟き、後頭部をかくのであった。

<警視庁未確認生命体対策本部 15:47PM>
 警視庁未確認生命体対策本部がおかれている会議室。そこから一人の男が飛び出してきた。頭の上から足の先まで見事なまでに黒一色で統一されたまさしく黒尽くめ、更に無造作に伸びた髪から見え隠れしている眼光はやたら鋭い。と言うか、かなり目つきが悪いと言っていいだろう。
 国崎往人、と言うのが彼の名前である。この未確認生命体対策本部に所属している刑事なのだが、どうにもスタンドプレイが目立つ為か厄介者扱いされていたりする。本人はそんなことは関係ないと言うかわかっていないと言うか、決してそのスタンドプレイを止めようとはしないのだが。
「まったく、あの野郎は!」
 苛立たしげにそう呟きながら国崎は廊下を歩いていく。向かう先は地下にある駐車場だ。
 つい先程、彼の携帯電話にかかってきた一本の電話が今の彼の苛立ちの理由である。かけてきたのは勿論祐一だ。都内にあるとあるビルの建設現場で謎の爆発が起こったのだが、それは自分が未確認生命体と戦った為に起こったもので出来れば上手く後始末をしておいてくれ、と言うもの。電話自体は公衆電話からかけてきたようで、国崎が何を言うよりも早く切ってしまわれ、文句の言い所をなくした彼はそれでも仕方なくその爆発したビルのある所轄へと向かおうとしているのだ。
 とりあえず次に会った時には一発ぶん殴る、などと考えながら国崎はずんずんと大股で進んでいく。途中何人かの警官とすれ違ったのだが、その誰もが国崎の醸し出している不機嫌オーラと普段以上に悪い目つきに恐れを為したのか、皆壁際に寄って彼をやり過ごしているのだが、当の本人はそんなことにまるで気付かない。
 そうこうしている内に彼は地下駐車場へと続くエレベータの前まで来た。少し苛立ったような手つきで下りのボタンを押す。と、丁度そのタイミングで目の前のエレベータのドアが開いた。中に人がいることなどまったく気にしない様子でエレベータの中に入ろうとすると、いきなり押しとどめられた。
「何しやがるんだよ?」
 ムッとしたように自分を押しとどめた相手にそう言う国崎。勿論、相手を睨み付けるのを忘れない。
「国崎さんに話があって来たんです! 少し時間をください!」
 只でさえ目つきの悪い国崎に思い切り睨み付けられ、少々どころでなく怯えながらもそう言い返したのは科学警察研究所、通称科警研の研究員である南であった。片手には大事そうにノートパソコンを抱え、空いている方の手で国崎の肩を押している。
「何だよ。俺はこれから行かなきゃならいところがあるんだ、話なら後で聞くから待っていてくれ」
「ダメですよ! これ、重要なことなんですから!」
 南の剣幕にさしもの国崎も少々圧され気味になってしまう。どうやら余程重要なことらしい。
「昨日の夜に送られてきた例の映像におかしいところがあったんですよ!」
 そう言う南の言葉に国崎は表情を変えた。
 昨日の夜に科警研に送られた例の映像とは昨日、突如現れた謎の天使様が東京タワーの下で未確認B種と思われる怪人を一瞬にして消し去った時に偶然撮影されたものだ。天使様が手をかざした瞬間、そこから放たれた閃光が芋虫のような怪人を跡形もなく消し去った。一体どの様な力なのかはわからないが、もしもあの天使様が人類の敵になるようなことがあればあの力は恐るべき脅威となる。その為に少しでもあの力の正体を解明するべく科警研にあの映像が録画されたDVDが送られたのだ。
 そして、それを見たのであろう南がわざわざやってきた。しかも映像におかしいところがあると言う。きっと何かを発見したに違いない。国崎自身もこの映像を見た時に何らかの違和感を覚えていたのだから南の発言を無視することが出来なかった。
「こっちだ」
 ついてこいとばかりに国崎が歩き出す。その後ろを南が着いていき、二人が向かったのは廊下にある休憩用のスペースだった。ジュースや珈琲などの自動販売機がいくつか並んでおり、更にベンチもある。後、喫煙スペースにもなっているらしく灰皿もいくつかおかれていた。
 他に人の姿はなく、国崎は先にベンチに腰を下ろすと南に座るよう促した。その国崎の隣に座った南はすぐに抱えていたノートパソコンを膝の上で開き、電源を入れる。
「先に言っておきますが例の天使様の放った光に関しては何もわかっていません。情報が足りなさ過ぎで、今やれることは推測する程度です」
 パソコンが起動するまでの間、南がそんなことを言ってきた。
「まさかその推測を話す為に来たんじゃないだろうな?」
 訝しげな顔をしながら国崎が問うと南ははっきりと首を横に振って見せ、否定の意思を示す。
「違いますよ。僕たちだってそれほど暇じゃないんですから」
「それじゃ何だよ? わざわざここまで来たって事は相当なことなんだろうな?」
 いささかムッとしたように国崎は南を睨み付けた。これでくだらないことだったら一体どうしてくれようか。
「これを見てください」
 そう言って南は自分の膝の上に置いたノートパソコンのモニターを国崎の方に向けた。そこに映し出されたのは昨日国崎自身が目の前で見た光景。偶々その場に居合わせたテレビ局のクルーが撮影したものを借り受け、それをコピーしたものを科警研に送ったものだ。
「何だよ。何もおかしいところなんか」
「待ってください。ここです」
 南がキーボードを操作すると画面が止まった。丁度天使様が手から光を発して芋虫のような怪人を消し去った瞬間だ。
 じっとモニターを覗き込む国崎だったが、特に変わったところはないように思えた。自分の目で見た時と同じようにしか見えない。だが、昨夜も感じた違和感が再び頭をもたげてくるのもまた事実であった。その正体はわからないのだが。
「今からスロー再生します。よく見ておいてください」
 再び南がキーボードを操作し、止まっていた画像がスローで再生され始めた。しかし国崎の目には先程と何も変わりがないように見える。
「ここです」
 そう言って南が指差したのはモニターの端の方。そこにははっきりとはしないのだが、何か黒い影のようなものが映っている。天使様の放つ光から逃れて何処かに飛び出そうとしているように見える。
「これは?」
「わかりません。これ以上ははっきりと出来ませんでしたし……ですが考えられることがあります」
「何だよ?」
「もしかしたらこの黒い影は光の中に消えた芋虫みたいな奴なのかも知れません」
 南の言葉を聞いて国崎はモニターを改めて覗き込んだ。光の中から何処かへと飛び去ろうとしている黒い影。言われてみればあの時に現れた芋虫の怪人のようにも見えないでもない。だが、はっきりとその姿が捉えられていない以上、これは推測に他ならない。
「もしそうだとすると……あの天使様は」
 国崎は食い入るようにモニターを見つめながら、呟くように口を開く。
「天使様でも何でもなく……きっと未確認のB種だと」
 そう言う南の表情は何処か強張っていた。もしも彼の言う通り、あの天使様が未確認B種だとすると恐ろしい推測が成り立ってしまう。
 未確認B種と呼ばれる存在は新宿での一件以来何者かが裏で操っている、と言うことが関係者の間では常識となっている。少なくても従来の未確認生命体とはまったく別、その行動も無差別に人を襲う未確認生命体と違って政財界の要人などを狙って動くことが多い。その事もB種が何者かの指令を受けて行動していると言う推測に拍車をかけているのだ。
 そして、もしあの天使様がそのB種ならば、裏で何者かが何かを企み、天使様を多くの人々の前に出したと言うことが想像出来る。その真の目的はまだわからないのだが、きっとよからぬ事に違いない。
「僕が思うに……あの光は単なるカモフラージュで、みんなが光に目を覆っている間に芋虫の怪物は何処かへと逃げ去った。光が治まった後には勿論何もないから芋虫の怪物は消し飛ばされたように見えた」
「だとしたら目的は何だ? そんな猿芝居を大勢の人に見せた意味は?」
「それはまだ。でも新宿の一件で人々に恐怖を植え付けた奴らです。もしかしたら……」
「もしかしたら?」
「飴と鞭って言う奴ですよ。一端人々に恐怖を見せつけておいてから、今度はそう言う人々を救済するような存在を見せて人心を掌握する」
「仮にそうだとして、それでもやっぱり意味がわからないな。奴らは人間を滅ぼしたいんじゃなかったのか?」
「新宿の時のあの放送じゃそんなこと言ってませんよ。増えすぎた人類を減らすとは言ってましたけど。だから……減った人類を自分たちが思うように」
 そこまで言って南は言葉を切った。この先を口にすることが躊躇われたからだ。あまりにも荒唐無稽すぎる。こんな事を考えるような奴は昔よく見ていたアニメやヒーローものの中だけのことで、実際にやろうとするような奴らなど現実にはいないと思っていた。だが。
「つまりだ、奴らはそう言うことをやって、結局は……」
 国崎はそこまで言いかけて、南と同じく口を閉ざす。どうやら彼も南が辿り着いた答えに思い至ったようだ。しかしあまりにも常識外れすぎて、言葉に出したら笑われてしまいそうな気がする。
 少し気まずい沈黙が二人の間に流れ、やがて先に口を開いたのは国崎の方だった。この沈黙に耐え切れなかったと言うのもあるし、これから行かなければならない場所もあったからだ。
「と、とにかくこの話はここだけにしておけ。他の奴らには絶対に言うんじゃねぇぞ」
「わ、わかってますよ。こんな事……まだ推測だらけで話せたもんじゃありません」
「だがこの画像の解析は続けてくれ。とにかく確証が見つかったら住井なり晴子さんなりに報告してくれるか?」
「わかりました」
 南の返事を聞いてから国崎は再びエレベータの方に向かう。
(まさか、な……本気で世界征服とか考えている奴がいるなんて訳が)
 エレベータで地下に向かいながら国崎はそんなことを考え、苦笑を浮かべた。しかし、果たして本当に有り得ない話なのだろうか。未確認B種を裏で操っている奴らは本当に世界征服を考えて行動しているのかも知れない。政財界の要人を次々と暗殺したりしているのだから、その可能性は決して小さくはないだろう。
(もし本気だとしたら厄介なことこの上ないな。只でさえ未確認とかで手が一杯だってのに)
 一体どうしたものかと考えながら国崎は駐車場の一角にある自分の愛車に向かうのであった。

<都内某所・ビル建設現場 17:29PM>
 祐一がヌゴチ・ゴクツと戦った末に爆破させてしまったビルの建設現場までやって来て、初めてその惨状を見た国崎は思わず言葉を無くしていた。建設途中だったビルは崩れていないのが不思議な程の被害を受けていたのだ。これならばさっさと崩して新たに建て直しした方が絶対に早い。そう思える程に。おそらくこのビルの施工主はこの報告を聞いて卒倒していることであろう。
(これは……祐の字とか未確認が関わっているって事を黙っていた方がいいな)
 何処かの馬鹿がテロでも起こそうとしたとか、このビルの建設に反対する過激派な奴が爆弾を仕掛けた、と言うことにでもしておいた方が遙かに納得がいく。
 とりあえず誰かに見つかって声をかけられる前に国崎はこの現場から立ち去ることにした。未確認生命体対策本部の一員である自分がここにいるとわかればこのビルの爆破事件に未確認生命体が関わっているのではないかと思われ、色々と面倒なことになる。一番面倒なのは、この一件に関わった未確認生命体の存在を国崎自身が証明出来ないと言うことだろう。それにこの場にいるのが国崎だけであり、また独断専行だと文句を言われるのが目に見えている。
(さっさと退散するべきだな)
 覆面車に乗り込んだ国崎はすぐさまこの現場を離れるのだった。
 桜田門にある警視庁にそのまま戻る気にもならず、とりあえず祐一に文句の一つでも言おうと喫茶ホワイトに車を向けていると、ある光景が目に飛び込んできた。
 それは歩道を歩く、白い服を纏った集団。全部が全部同じものではないが、とにかく白い服と言うことだけが共通している何とも異様な雰囲気を醸し出している集団がぞろぞろと歩いていくのが見えたのだ。その中には白い服がなかったのか、単なる白いシーツのようなものを身体に巻き付けている人もいて、他には背中に手作りとわかる羽根のようなものをつけているものもいた。
「何だ、ありゃ?」
 思わず目を丸くする国崎。
 そんな彼の当惑をよそに白い服の集団は何かに導かれているかのように何処かへと向かって歩いている。はっきり言って怪しいを通り越して異様、彼らに気付いた人々もその異様な雰囲気に飲まれてしまったのか、一瞬だけ目を向けるもののすぐに顔を背けてしまう。誰もが関わり合いになりたくない、と言う感じで。
 しかし、国崎は何か気になることでもあったのか覆面車を道路の脇に止めると、すぐさま車を降り、白い服の集団を追いかけ始めた。もっとも全身真っ白の連中の後ろをついていく全身真っ黒の目つきの悪い男。何ともシュールな光景である。
 周囲から奇異の視線を向けられながらも国崎が白い服を着た集団の後をつけていくと、集団がとあるビルの中へと入っていくのが見えた。流石に黒尽くめのこの格好でビルの中まで追いかけていっては明らかに目立つし、違和感全開だ。果たしてどうしたものかとビルの前で考えていると、いきなり頭から何かを被せられた。
「うおっ!? な、何だ?」
 いきなり頭から被せられ、視界を一気に覆った白いものを慌てて手で引き剥がすと、それは白いシーツだった。それを手にしながら国崎は後ろを振り返る。一体何処の誰がこんな事をしたのか。とりあえず文句の一つでも言ってやらないと気が済まない。
「おい!」
「怒鳴るなよ、おっさん。そいつ着てりゃ中に入っても怪しまれることはないぜ?」
 ニヤニヤ笑いながらそう言ったのは頭から白いシーツを被り、そして顔中を包帯で巻いている男だった。声の感じからすると若そうに思えるのだが、顔中に巻いている包帯の所為ではっきりとはわからない。包帯の隙間から見えているのは目と口だけ。まるでミイラ男だ。
「何だ、お前は?」
 訝しげな顔をして尋ねる国崎。このミイラ男がどうして自分を手助けしようとしているのかがまったくわからないからだ。少なくてもあの白い服の集団の仲間ではないようだが、それでも正体不明だ。
「おっさんは覚えてないかも知れないが俺はおっさんのことを知っているんでね。とりあえずおっさん、あんたの敵じゃないって事だけわかってくれたらいいさ」
 正体不明のそのミイラ男は包帯の間から見えている口元を歪ませて再びニヤリと笑うと、国崎をその場に残してビルの中に入っていった。それを見て、国崎は慌ててシーツを身に纏い、自分の黒いスーツを隠すようにしてからミイラ男を追いかけるようにビルの中に入っていく。
 国崎が入り口から中に入ると先に入ったミイラ男が彼が来るのを待っていたかのように壁に背を預けて立っているのが見えた。
「やっぱり来たな、おっさん」
 入ってきた国崎を見てニヤリと笑うミイラ男。そして、彼を先導するように歩き出した。もっともミイラ男の進む先には先程まで国崎がずっと追いかけていた白い服の連中の背が見え隠れしているので、国崎一人でも進む先がわからなくなると言うことはなかっただろうが。
 白い服の連中に紛れて二人が辿り着いた先はやたらと広いフロアだった。天井も高く、おそらくは二階か三階分はぶち抜いてこの広い空間を確保しているのであろう。その広いフロアを全て白い服を着た男女が埋め尽くしている。国崎がぐるりと見回してみただけでもその年齢層は様々、まさに老若男女と言う言葉がぴったり当てはまる感じだ。
 更にこの場にいる人々は一番奥にある壇上に向かって皆ひれ伏すように平伏していた。壇上には大きな天使様の写真が飾られている。おそらくは昨夜流れたニュースの映像からピックアップしてそれを引き延ばしでもしたものだろう。あまり写りのよくないその写真に向かって誰もが同じように平伏している光景はある種、異様なものに見えた。
「何なんだよ、こいつら?」
「まぁ、言ってみればあの天使様を崇め奉る新興宗教みたいなもんじゃねぇのかな?」
 呆然と呟く国崎に答えたのはやはり例のミイラ男だ。二人は目立たないようにフロアの端の方に移動しながら周囲を観察する。
 フロアの大部分は天使様の写真に平伏している白い服を着た人々で埋め尽くされている。だが、フロアの所々には同じ様な白い服を着ながらも、まるで平伏している人々を見張っているかのように歩き回り、周囲を見回している者が何人か存在していた。
「おっさん」
「ああ、わかってる」
 ミイラ男と国崎はその監視者達に気付かれないよう、平伏している人々に紛れてしゃがみ込んだ。だが少し遅かったようだ。二人の方に数人の監視者が向かってくる。
「おい、どうする? 気付かれたみたいだぞ?」
「何、突っ立っていたのが急にしゃがんだから様子を見に来ただけさ。大人しく他の連中と同じようにしてりゃ大丈夫」
 不安げな国崎に対しミイラ男は余裕たっぷりの様子で答える。だが、その目には警戒の色が浮かんでいた。自らの発言程、状況を楽観視していないようだ。むしろ先程の発言は国崎だけではなく自らをも安心させる為に口に出したのだろう。
 だがしかし、ミイラ男の発言とは裏腹に彼らの方にやってくる監視者らしき者達は次第に数を増やし、二人の元へとやって来た時にはすっかり彼ら二人を取り囲める程になっていた。
 国崎はそっと上着の内側に手を突っ込んでいた。いつでもショルダーホルスターに収められている拳銃を取り出せるように、だ。使わないで済むならそれに越したことはない。だが、自分たちを取り囲もうとしている連中から感じる気配は徒者ではない。
(こいつらは……?)
 徐々にその包囲を狭めてくる監視者らしき者達から感じられるのは圧倒的な威圧感。それはかの未確認生命体達に通じるものがあった。
(まさか、こいつらはB種!?)
 未確認生命体はその目的の為に結構知恵を絞ることからかなり頭がいいと思われている。しかし、その目的の為にわざわざ人間を一カ所に集めようとはしない。そこにまで頭が回らないのか、そうすることに意味を見出さないのか。何にせよ理由は不明だが、とにかくそう言うことはしない。
 だが、これがB種ならば話は別だろう。B種は未確認生命体のように大量殺人が目的ではないようだが、その行動の裏には何者かの意図が見え隠れしている。こうして大勢の人間を一カ所に集めたのも何か目的があってのことに違いない。
 そして、そんな中にB種とは敵対関係にある警察関係者の自分がいる。自分のことがばれたらただで済むとは到底思えなかった。
「動くな」
 いきなりそう言われて国崎はとり出しかけていた拳銃から手を放した。この拳銃をショルダーホルスターから引き抜くよりも先にこの連中は自分を取り押さえてしまうだろう。その気になれば殺すことだって不可能ではないはずだ。ここは大人しく従っておくべきだろう。こんなところで死ぬつもりはまだない。
「貴様もだ、折原浩平」
 続けて聞こえてきた声に国崎の隣にいたミイラ男の肩がビクッと震える。
「下手な真似をすれば周りにいる人々がどうなるかわかるな?」
「……人質って訳かよ。結構せこい手を使うんだな?」
 そう言いながらミイラ男が顔を上げた。じっと自分たちを取り囲んでいる奴らを睨み付ける。
「我々は貴様の戦闘能力を過小評価していない。貴様は我らにとってもっとも厄介な敵の一人だ。これくらいは当然のこと」
「それはそれは、まったく大した評価を頂いてありがたいこって」
「しかし、この場に貴様らは邪魔だ。大人しく来て貰うぞ」
 正面に立つ白い服の男がそう言うと、周囲にいた同じ様な白い服を着た男達が国崎とミイラ男の腕を掴んで立ち上がらせた。想像以上に強い力で腕を掴まれ、二人は抵抗することも出来ずに立ち上がらされて問答無用で何処かへと連れ去られていく。
「お、おい!」
「なぁに、なるようになるさ」
 慌てたような国崎に何処か超然としたように答えるミイラ男。その口元にはニヤニヤとした笑みが浮かんでいる。
(まぁ、こうなることもわかっていた訳だしな。さて、これであいつらの本拠地に連れて行かれればいいんだが)
 口元ではニヤニヤと笑いながらも彼の頭は冷静だった。いや、どちらかと言うと冷めている、と言った方がいいだろう。
(見ていやがれ……お前らの好きには絶対にさせねぇからな)
 ミイラ男、いや折原浩平は口元に笑みを浮かべつつ、その目をギラギラと輝かせているのだった。

Episode.64「潜入」Closed.
To be continued next Episode. by MaskedRiderKanon


次回予告
突然姿を消した国崎の行方を捜す住井達。
そんな中、祐一の前に現れた一人の少女が意外な事実を彼に伝える。
住井「君は……誰なんだ?」
香里「あのバカ、また勝手なこと……」
少女と共に祐一が向かった先で待ち受ける新たな敵。
果たしてその正体とは?
美優「お爺ちゃん……!」
晴香「あなたには……死んで貰うわ」
行方不明の国崎は一体何処に?
闇に浮かぶ赤い月の元、新たな戦いの幕が上がる。
郁未「ねぇ……あなたは誰なの?」
次回、仮面ライダーカノン「捜索」
動き出す、闇の中の赤い月……



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