<江東区夢の島 13:39PM>
 ヌゴチ・ゴクツの太い腕が大きく唸りを上げて振り回される。そこに秘められたパワーは並大抵のものではない。直撃を喰らえば一溜まりもないだろう。
 オウガはその腕を紙一重のところでかわし、反撃とばかりにその腕の付け根辺りに鋭い蹴りを叩き込んだ。これはオウガの見た目に反して非常に重い蹴り。その一撃を受けて思わず腕が跳ね上がってしまうヌゴチ・ゴクツを見ながらオウガは更に一歩踏み込み、そのがら空きとなった胸に鋭い蹴りを何発も叩き込んでいく。
 しかし、その蹴りはヌゴチ・ゴクツの厚い胸の筋肉に阻まれほとんどダメージを与えることが出来ない。
「まぁ予想はしていましたが」
 小さく呟くとオウガは軽くバックステップしてヌゴチ・ゴクツの懐から後退した。
「想像以上に固い体ですね。それでいてその動き……やれやれ、あんたはどう言ったレベルの化け物ですか」
「貴様こそ一体何だ? 貴様のような戦士は我が知る過去には存在しない。貴様程の戦士を知らぬことは我にとって有り得ない」
 肩を竦めながら言うオウガにヌゴチ・ゴクツは油断ならない視線を送りながら問う。
 オウガと名乗ったこの戦士、非常に油断の出来ない相手だ。その華奢とも言える見た目に反して予想外な程重い攻撃、見た目の通りの素早い身のこなし、更に自分の攻撃を常に紙一重で見切るその目の良さ、どれを取っても一流の戦士と言って過言ではないだろう。単純な戦闘能力だけで言えばカノンを軽く凌駕している。
 口元を歪めてニヤリとヌゴチ・ゴクツは笑った。これほどの戦士と戦える。その事実にが嬉しくて楽しくてたまらないと言う感じに。
「言ったはずですよ。我が名はオウガ……」
 対するオウガは何処までも自分のペースを崩さない。あくまでも飄々とした、そんな態度を崩そうとはしない。
「さて、もうちょっと楽しみたいところですがそろそろ時間ですのでね。これで失礼させてもらいますよ」
 そう言うとオウガは停めてあった愛車、ダスティバイパーの側へと歩み寄った。ハンドルを手にし、チラリとヌゴチ・ゴクツの方を振り返る。
 そのヌゴチ・ゴクツはと言うと、突然のオウガの発言に気を殺がれたように唖然としていた。だが、すぐに我に返ったようにオウガの方に詰め寄ろうとする。
「貴様! 逃げるのか!!」
「初めに言ったはずですよ。少しの間だけ楽しませてもらうってね。それに今日は顔見せに過ぎません。あんたがカノンを狙う限りまた会うことはあるでしょう」
 言うが早いかオウガはダスティバイパーに跨り、その場から風のように走り去ってしまう。
 その様子をヌゴチ・ゴクツは呆気にとられたように見ていることしか出来なかった。

<江東区新木場 13:43PM>
 新木場駅から南に下ったところにある千石橋。そこから消えた未確認生命体第31号ニドラ・ゴバルを追いつめるべく警視庁未確認生命体対策本部を中心とする警官隊がその周辺地区を封鎖し警戒に当たっている。勿論その中には未確認生命体対策本部に所属する刑事、国崎往人の姿もあった。
「住井は打撲だけで済んだそうや。まぁ、今日一日は様子見る為に入院するらしいけどな」
 覆面車のドアにもたれかかりながら少しぼうっとしていた国崎にそう声をかけてきたのは彼と同じく未確認生命体対策本部に所属する刑事、神尾晴子だった。
「ああ、そうか。たいしたことなくて良かった」
「運が良かった言うべきやろうな。未確認の馬鹿力でどつかれたんや。下手したら骨の一本も折れとったで」
 そう言ってため息をつく晴子。
「まったくあれだけ大人しくしとけ言うたんにお前は……」
「……悪かった。だが俺たちが動かなきゃまた第31号の被害が出ていた」
「それはそうやけどな。まぁ、お陰で例の中和剤が奴に効くと言うこともわかったし今回は不問にしとこか」
「すまん」
「そう思うんなら今度から勝手な行動慎み」
「考慮しておく」
 国崎もため息をつきながらそう答え、晴子の顔を見た。普段の自信たっぷりな表情はそこになく、どことなく焦っているような表情を浮かべている。おそらくは第31号をこれ以上野放しに出来ないと言う使命感から来るものだろう。
 と、その時だった。国崎がもたれている覆面車の中にある無線機がピーピーと呼び出し音を鳴らしたのは。
 国崎が身を返して無線機を手に取る。
「国崎だ。どうした?」
『PSKチームより入電。第31号を若洲にて捕捉、戦闘に入ったそうです!』
「了解した。こっちもフォローに向かう!」
 それだけ言って無線をおいた国崎はすぐさま晴子の方を振り返った。
 晴子は小さく頷くと すぐさま警官隊の方を振り返る。それから大声を張り上げた。
「移動や! 若洲の方に第31号がでた! すぐにそっちに向かうで!!」
 晴子のその声を聞きながら国崎は覆面車に乗り込み、素早く走り出させていた。ほんのちょっと前に勝手な行動は慎めと晴子に言われたばかりだというのにである。だが、そんなことを気にしている暇はない。今の彼の頭の中にはいかにしてあの第31号を倒すか、それしかないのだ。

仮面ライダーカノン
Episode.62「天使」

<江東区若洲 13:49PM>
 大きく吹き飛ばされ地面の上を火花を散らしながら転がるPSK−03。
「くそっ!」
 すぐさま起き上がり少し前に転がっているガンセイバーを手に取る。それを近付いてくる未確認生命体第31号に向けようとするが、それよりも早く第31号がその手を蹴り飛ばした。大きく宙を舞い、地面の上を転がっていくガンセイバー。
 PSK−03が飛ばされたガンセイバーの方をチラリと見た瞬間、未確認生命体第31号、白蟻種怪人ニドラ・ゴバルが手を伸ばしてPSK−03の身体を持ち上げた。
 前回の戦闘でPSK−03はかなりのダメージを負っており、その修復作業はまだ完了していない。その為に現在PSK−03はその本来の性能の半分以下の性能しか出せない状況にある。普段以上の苦戦を強いられているのはその所為だ。
 持ち上げられながらPSK−03装着員である北川 潤はそう考える。だがそんなことはどうだっていいことだ。コンディションの善し悪しは言い訳にしかならない。どう言った状態でもしっかりと結果を出すこと――それが自分には求められているのだから。
 足を振り回してニドラ・ゴバルの腹を蹴りつけ、何とか脱出したPSK−03は左上腕部にあるナイフホルダーから一本のナイフを取り出し、それを逆手に構えた。今回持ってきている装備はガンセイバーとこのナイフしかない。他の装備は整備中だったのだ。そしてガンセイバーは先ほど離れた場所へと飛ばされてしまい、今はこのナイフだけ。武器としては心許ないが、このナイフはただのナイフではない。相手に突き刺すことさえ出来れば内蔵されている薬品――五十倍にまで濃縮された殺虫剤だ――を相手の体内に投入することが可能。これによりニドラ・ゴバルにかなりのダメージを与えることが出来るだろう。
『北川君! 警察が作った中和剤が効いているわ! 奴の吐く蟻酸は今は無効化されている! 安心していいわよ、それだけはね!』
「了解! 接近して奴を仕留めます!」
 無線で聞こえてきたPSKチームのリーダー格である七瀬留美の声にそう答え、潤は改めてニドラ・ゴバルの方を睨み付ける。
 未確認生命体第31号ニドラ・ゴバル。その見た目は直立している巨大な白蟻。口から吐く蟻酸は何でも溶かしてしまう程強力だが、今は警察は科警研が開発した中和剤を撃ち込まれていてその蟻酸は使えなくなっている。言うなれば最大の武器は封じられている状態だ。
 しかし、それでも尚未確認生命体は強敵である。人間などものともしない怪力が彼らにはあるのだ。コンクリートすら軽々と叩き壊す程の怪力で殴られればただでは済まないだろう。警視庁未確認生命体対策本部の刑事、住井が打撲だけで済んだのは本当に幸運だったに過ぎない。下手をすれば、下手をしなくても死んでしまう可能性があったのだ。本来の性能の半分以下の性能しか出せない今のPSK−03では互角に戦うことすら難しいと言えるだろう。
(それでも……)
 負けるわけには決していかない。改めて覚悟を決めてPSK−03はニドラ・ゴバルに向かって駆け出した。ナイフを持っているのとは逆の手で殴りかかるがニドラ・ゴバルはその手をあっさりと受け止めてしまう。そのまま捻り上げようとしてくるのをPSK−03は必死に抵抗しながら、そのがら空きになっている腹に膝を叩き込んでいく。
「グフッ!」
 苦悶の声をあげ、身体を九の字に折り曲げながら後退するニドラ・ゴバル。
 PSK−03は後退ったニドラ・ゴバルを追いかけその身体にナイフを突き立てようとするが、ニドラ・ゴバルは素早く手を振り上げてPSK−03の手を受け止めてしまった。そしてそのまま力任せにPSK−03を投げ飛ばしてしまう。
「くっ!」
 背中から叩きつけられ、身体中のあちこちから火花を飛ばすPSK−03。それを見下ろし、ニドラ・ゴバルはすかさず地面に縫いつけるかのように胸の装甲に足を踏み降ろした。
「ゴゴサ・ジェジャマ・ビサンモネヲニ」
 ニドラ・ゴバルがそう言って口から白い泡を垂らす。その泡が一滴、PSK−03の胸に落ち、白い煙を上げた。

<江東区若洲Kトレーラー内 13:54PM>
「七瀬さん! PSK−03の胸部装甲に深刻なダメージが出ています! と言うか、溶けてます!!」
 PSKチームのオペレーター、斉藤が悲鳴にも似た声をあげて隣に座っている留美の方を見る。彼の顔は青ざめてさえいた。
「そんな……もう中和剤の効果が切れたって言うの?」
 留美の表情も斉藤と同じく青ざめていた。
 ただでさえ戦闘能力が落ちているPSK−03、今でも未確認生命体第31号相手に苦戦を強いられていると言うのに第31号がその最大の特殊能力である超強力な蟻酸を取り戻してしまえばその勝率は更に低くなる。いや、今のPSK−03の状況だけ見ればここからどうやれば勝てるか、生きて帰ることが出来るのかすら難しい。
「援護は!? 警察はまだ来ないの!?」
「無理ですよ! さっき連絡したところです! どれだけ頑張っても……」
 留美の言葉にそう答えて首を左右に振る斉藤。
「奇跡でも起こらない限り北川さんは……」
「馬鹿な事言わないで!」
 すっかり諦めたという感じの斉藤に留美の怒鳴り声が響く。
「私たちが諦めてどうするの? 北川君は私たちのバックアップを信じて戦っているのよ!」
「で、でも」
「でももストもないっ! 何か考えるのよ! この状況を打破出来る何かを!」
 留美はそれだけ言うと物凄い勢いでキーボードを叩き始めた。PSK−03の、北川 潤の窮地を救う何らかの手段がないか、それを探す為に。

<江東区若洲 13:57PM>
 一滴、また一滴と白い泡がPSK−03の胸部装甲に落ち、白い煙がその都度上がる。その様子をニドラ・ゴバルは楽しそうに見下ろしていた。
(この野郎……俺を嬲り殺しにする気か?)
 前回東京駅でこの怪人と対峙した時はもっと大量の蟻酸泡を噴きつけてきたはずだ。こんなにちょっとずつではなくもっと一気に大量に出せるはずなのにそうしないのは中和剤の影響がまだ残っているか、そうでなければPSK−03を嬲り殺しにする為だろう。
 何とも悪趣味なことだ、と思いながら潤はどうにかこの状況を脱する方法を模索する。しかし、身に纏っている装甲が重く腕を持ち上げることすら出来ない。まだバッテリーの残量があるのにもかかわらず、まるでバッテリーが切れた時のように体が重く感じるのはパワーシステムの一部が損傷した為だろう。彼の身を守る為の装甲が今は彼の枷となってしまっている。こうなってしまうと反撃する手段はほとんどなくなってしまう。あるのは一か八かの賭けだけだ。
(だがもし倒せなかったら……いや、考えるのは後だ! こいつを倒す!)
 ここままでは嬲り殺されてしまうだけ。それならば一か八かの賭けに出た方がマシだと潤はベルトのバックル部分へと何とか腕を持っていく。そこにある緊急用の装備解除ボタンを押す為だ。枷となっている各ユニットを解除して、この身一つでニドラ・ゴバルに決死の戦いを挑む。まさしくそれは一か八かの賭けとなろう。もっともかなり分の悪い賭けであるが。
 ちょっと動かすだけでも一苦労なのに、バックルまで指を持っていかなければならない。もし生き残ることが出来れば明日は絶対に筋肉痛になっているな、と思いながら必死に腕を動かしていく。
 と、その時だった。特徴のあるエンジン音が周囲に響き渡り、物凄い勢いで突っ込んできた何かがPSK−03を踏みつけているニドラ・ゴバルを跳ね飛ばした。
 地面に叩きつけられて転がるニドラ・ゴバルを尻目に一台のバイクが着地し、地面の上にタイヤの跡を残しながら急停止する。
「待たせたな。真打ち登場だ」
 そう言いながら少々変わった形状のバイク――ロードツイスターから降りる戦士・カノン。じっと身を起こしている最中のニドラ・ゴバルを見つめ、おもむろにそちらへと駆け寄り、その顔面を思い切り蹴り飛ばした。
 のけぞりながら吹っ飛ばされるニドラ・ゴバル。それを追いかけ、更にカノンが鋭いパンチを叩き込んでいく。フラフラとよろけるニドラ・ゴバルに何度もパンチをお見舞いし、最後に回し蹴りを延髄の辺りに喰らわせて叩き伏せるカノン。
 あまりにも一方的な展開に潤は驚きを隠せなかった。
(何だ……何かおかしいぞ?)
 無言で倒れているニドラ・ゴバルを掴み起こし、その腹にパンチを叩き込むカノンに潤は妙な違和感を抱いてしまう。あまりにも容赦のない攻撃。確かに未確認生命体は人類の敵ではあるが、カノンが無抵抗の相手に今まであそこまで容赦のない攻撃を加えたという記憶は彼にはない。
(どうしたんだ、相沢の奴?)
 カノンの正体である相沢祐一を知っているだけに今のカノンに感じる違和感が益々大きくなってくる。彼はあんな戦い方をするような奴ではなかったはずだ。
『北川君! 今のうちに離脱して! ここは彼に任せるのよ!』
 突然、無線から留美の声が聞こえてきた。その声に潤はようやく我に返る。
 カノンの乱暴な戦い方に思わず見とれてしまっていたが、今はそれどころではない。もはや重枷以外の何ものでもないものに成り下がってしまったPSK−03の各ユニットをこの身体から取り外し、一刻も早くこの場から離脱しなければ。
 と、そこまで考えて潤は顔をしかめた。
 この場から離脱すると言うことは未確認生命体第31号をおいて逃げると言うことにはならないか? それは祐一のように、カノンのように戦えない人々を守ると言う自分の決意に反する行為だ。それだけは絶対にやってはならない。例え身一つでも、未確認生命体を前にして背を見せるような真似だけは絶対に出来ないのだ。
 そう決意すると潤は必死に手を動かしてベルトのバックル部分にある緊急用装備解除ボタンを押した。パシュッと空気の抜けるような音がして、PSK−03の胸部装甲の接合部が開いた。更に全身にある各種装甲も身体に密着していたのが緩まり、潤はすぐさま重しとなっている装甲各ユニットを脱ぎ捨て、身を起こした。続けて頭部ヘルメットも脱ぎ、その場におくとすぐさま周囲を見回し、先程投げ飛ばされた時に手から落としてしまったナイフとそれよりも先に落としたガンセイバーを探す。
「……あった!」
 ナイフはすぐ側に、ガンセイバーは少し離れたところに落ちている。潤は立ち上がるとまずナイフを拾い、次にガンセイバーの元へと走った。
 その間もカノンはニドラ・ゴバルが抵抗しないのをいいことに容赦の全くない攻撃を加え続けていた。想像以上に重いパンチをそのボディに叩き込み、その蟻に似た顔面が変形するまで殴りつける。更には頭部から伸びる触覚を掴んで引き倒し、上から何度も踏みつけていく。それは今までのカノンからはとても想像のつかない残虐な行為だった。
 踏みつけられているニドラ・ゴバルが口から白い泡を吐き出した。その泡が踏みつけているカノンの足に触れ、じゅっと言う何か焼けるような音と共に白い煙が上がる。
「うぐっ!」
 突然足に走った激痛にカノンがよろめき、数歩下がる。
 それを見たニドラ・ゴバルがゆっくりと身を起こし、片膝をつきながら立ち上がった。カノンをじっと見つめるその目には言い表せない程の怒りが炎となって燃えている。
「カノン! ニメ!!」
 そう言って口から先程カノンの足に触れたのと同じ白い泡を噴き出した。白蟻種怪人ニドラ・ゴバル最大の武器である蟻酸だ。何でも溶かしてしまうこの蟻酸の前ではカノンの身体を守る生体装甲も役には立たなかった。
 足の激痛に気を取られていたカノンはニドラ・ゴバルの吐き出した蟻酸をまともに浴びてしまう。蟻酸のかかった箇所から白い煙を上げながら、カノンはその第二の皮膚が溶かされる、焼け付くような激痛に身をよじる。
「ぐああっ!!」
 激痛に悲鳴を上げながら地面に倒れ込むカノン。
 その声に潤が振り返るとニドラ・ゴバルが倒れ、激痛にのたうち回っているカノンに向かってゆっくりと近寄っているのが見えた。おそらく苦しんでいるカノンに引導を渡すべく、更なる蟻酸を吹きかけるつもりなのだろう。
(そんなことさせるかよ!)
 潤は拾い上げたばかりのガンセイバーを構え、その銃口をニドラ・ゴバルへと向けた。幸いなことにニドラ・ゴバルは倒れ、のたうち回っているカノンしか見ておらず潤の行動にはまるで気付いていないようだ。
 本来ガンセイバーなどのPSKシリーズ用の装備はPSK−03などの全てを装着した状態での使用が前提となっている。生身で使用するにはあまりにもその反動が大きすぎるからだ。それを潤が知らないはずがない。だが、それでも彼は自らの行動を止めようとはしなかった。
 慎重に狙いを定め、引き金に指をかける。普段はPSK−03に搭載されているAIが照準をサポートしてくれているので外すことはないが、今はそのようなサポートはない。自分の腕だけが頼りだ。
 今のガンセイバーに装填されている弾丸はニドラ・ゴバルの蟻酸を中和する溶剤の込められた特殊弾丸。これを命中させることが出来ればニドラ・ゴバルの最大の武器を無効化出来る。カノンのピンチを救うことが出来る。決して外すことは出来ない。
「……喰らえ!」
 そう言って潤は引き金を引く。ガンセイバーの銃口から特殊弾丸が発射されると同時に物凄い反動が潤を襲い、彼の身体が後方に吹っ飛ばされる。しかし、放たれた弾丸は真っ直ぐに、まるで吸い込まれるかのようにニドラ・ゴバルの背に命中した。
 弾丸が命中した衝撃でぴくりと身体を揺らすニドラ・ゴバル。チラリと潤の方を振り返るが、反動で吹っ飛び倒れている彼よりもカノンを先に倒してしまうべきだと判断し、すぐさまカノンの方へと向き直った。そこに叩き込まれる拳。痛みを堪えて立ち上がったカノンがアッパーカット気味に繰り出したものがニドラ・ゴバルの顎を捉えたのだ。
 思わずよろけるニドラ・ゴバル。一度首を左右に振ってからカノンの方を見、そして驚きに更に一歩後ろへと下がってしまう。
 そこにいたカノンは先程まで相手にしていたカノンではなかったからだ。白い生体装甲がなくなっており、分厚い筋肉がその代わりに鎧のように身体を覆っている。赤い目も何処か濁りを帯び、口も牙がずらりと並んだ獰猛そうなものへと変わる。特徴的だった金色の左右に開いた大きな角も何処か小さくなり、その中央に第三の目が開く。
 カノンの不完全形態であるブートライズカノン。
 祐一の心の中に恐怖や戸惑い、不安などが高まった時、そして彼自身の体調が極限近くまで悪い時に現れる不完全な状態だ。そしてこの時のカノンは理性を無くし、ただ闘争本能のみによって動く、まさしく野獣のような状態へとなってしまうのだ。
「ウガアアアアアッ!!」
 野獣のような雄叫びをあげながらブートライズカノンがニドラ・ゴバルへと飛びかかる。身体ごとぶつかるようにしてニドラ・ゴバルを押し倒し、その上に馬乗りになって、ぐっと握りしめた拳を容赦なく振り下ろしていく。
 何度となく振り下ろされるブートライズカノンの拳。その合間を縫ってニドラ・ゴバルが口から白い蟻酸を噴きつけるが、ブートライズカノンの拳は止まらなかった。
 先程撃ち込まれたガンセイバーの弾丸。その中に込められていた中和剤が蟻酸を無効化したのだ。もっともそのことをニドラ・ゴバルはわかっていなかったのだが。
 それでも蟻酸が役に立たないのだと言うことはわかったのだろう、ニドラ・ゴバルはブートライズカノンの振り下ろした拳を何とか受け止め、その手を捻りあげながらブートライズカノンを投げ飛ばした。そして素早く起き上がるとここから逃げ出そうと走り出す。
 蟻酸が通じない以上、このままカノンと戦うのは危険だ。例え敵に背を見せることになってもここは生き延び、回復してからゼースを再開させなければならない。残り時間は決して多くはないのだから。
 そんなことを考えながら走っていたニドラ・ゴバルだが、その背に激痛が走り思わず足を止めてしまう。ゆっくりと振り返るとそこには潤がいて、ニドラ・ゴバルの背中にナイフを突き刺しているではないか。
 潤はニヤリと笑うと、ナイフの柄の後ろを親指で押し込んだ。するとナイフの刀身内部のあるパイプを通して柄の中に入っていた通常の五十倍にまで濃縮された殺虫剤がニドラ・ゴバルの体内に流し込まれる。
「グオオオオオオオッ!!」
 体内に直接流し込まれた殺虫剤に悲鳴を上げて、暴れるニドラ・ゴバル。
 その為に振り払われた潤は地面に倒れながらもブートライズカノンに向かって叫ぶ。
「今だ、相沢ッ!!」
 だが、ブートライズカノンはその叫びに対して何の反応も見せなかった。肩を大きく上下させながら荒い息をし、じっと苦しみ、暴れ回っているニドラ・ゴバルを見ているだけ。
「何を……って何だ、お前!?」
 そこにいたのがカノンではなくブートライズカノンだと言うことに今更ながら驚く潤。丁度カノンからブートライズカノンに変化した時、潤はガンセイバーの反動で倒れていた。だからカノンとブートライズカノンが同一人物であることを知らないのだ。
「あ、相沢の奴、何処に行ったんだよ、こんな時に!」
 慌てた様子で周囲を見回す潤だが、何処にもカノンの姿はない。
 と、その時だ。いきなりブートライズカノンがニドラ・ゴバルに向かって走り出した。そしてある程度走ったところでジャンプ、空中で右足を突き出し、キックをニドラ・ゴバルに叩き込む。
 ブートライズカノンのキックの直撃を受け、大きく吹っ飛ばされたニドラ・ゴバルだが、すぐにむくりと起き上がった。少しの間フラフラとしていたが、やがて両腕を天に向かって掲げると、そのままバタリと倒れ、次の瞬間爆発四散する。
 爆発が収まった後、潤が顔を上げるとそこには両手両膝をついた祐一の姿があった。額からぽたぽたと汗をしたたらせながら荒い息をしている。
「……相沢?」
 潤が祐一の側に駆け寄り、その背に手を触れようとすると、祐一は大きい声でそれを遮った。
「触るな!」
 その声に潤は伸ばしかけていた手をビクッと震わせつつ、止めてしまう。
「俺に……触るな」
 ゆっくりと立ち上がりながら、まるで絞り出すような声で祐一は言った。そして潤の方を振り返りもせずに停めてあったロードツイスターの方へと歩いていく。無言のままロードツイスターに乗った祐一は心配そうに自分を見ている潤に何も言わないままエンジンをかけ、そのまま走り去っていくのだった。
「……な、何なんだよ、一体!?」
 祐一の異常な様子に訳がわからないと言う感じで潤が呟く。そんなところにようやくパトカーのサイレンの音が聞こえてくるのであった。

<都内某所・とあるマンションの一室 16:34PM>
 ピンポーンとチャイムの音が鳴ったのでこの部屋の主であるエドワード=ビンセント=バリモア、通称エディはソファから立ち上がって玄関へと向かった。ドアについている覗き窓から外を見てみると、ドアの外に立っていたのは彼がよく知っている女性――同じ城西大学考古学研究室に籍を置く才媛、美坂香里であることがわかった。
「香里さん、今日は遅かったね」
 そう言いながらドアを開けるエディ。
「ちょっとテレビ見ていたから。ほら、ようやく未確認の31号が倒されたって」
 香里がそう言って中に入ってくる。手にはビニール袋。中には色々と食材が入っているようだ。それをエディに手渡しながら靴を脱ぐ。
「いつも悪いね〜」
 袋の中身を確認しながらエディはそう言い、リビングルームの方へと歩き出した。
「まぁ、無理言ったのは私の方だし、これ位しないとね。で、あいつの様子はどう?」
 エディを追いかけるように香里もリビングの方へと向かう。
 それほど広いリビングルームでもないがエディの性格なのか、きっちり整理整頓されている。台所の方にビニール袋を持っていっているエディを尻目に香里は空いているソファの一つに腰を下ろした。
「相変わらずだよ。ずっと眠ったまま。でも身体の回復は凄いね。もうほとんど傷は塞がってるし、いつ目を覚ましてもおかしくないんじゃないかな」
 ビニール袋の中から様々な食材を取り出し、冷蔵庫に入れながら香里の質問に答えるエディ。代わりによく冷えている麦茶の入ったペットボトルを取り出し、中身をコップに注ぐ。
「麦茶でいいよね?」
「ありがとう。流石、気が利くわね」
 麦茶の入ったコップをソファの前にあるテーブルの上に置き、エディもソファに腰を下ろした。そして二人揃って、まるで示し合わせたかのように隣の部屋に繋がるドアを見る。
「でも本当にありがとうね。いきなりだった上に無理言っちゃって」
「いや、別に構わないよ。香里さんのところじゃ色々と問題あったでしょ?」
「まぁね。でも、本当に早く目を覚ましてくれないかしらね」
 そう言って苦笑を浮かべる香里。すっと立ち上がると隣室に繋がるドアに近寄り、音を立てないよう注意しながらそのドアを開けて中を覗き込む。
 そこには大きなベッドがあり、その上で一人の男が眠っていた。勿論この部屋の主であるエディではない。そこで眠っているのは、何と死んだと思われていた折原浩平であった。
 香里は気持ちよさそうに寝息を立てている浩平の顔を見て、苦笑を浮かべる。
「まったくいい気なものね。人にあれだけ心配と迷惑かけておいて」
 それだけ言うと香里は浩平をここに運び込んだ日のことを思い起こした。

 あれは新宿で未確認B種が大量に現れ、暴れまくったのと同じ日のことだ。
 例によって城西大学考古学研究室で古代文字の解読に勤しんでいた彼女が気分転換の為に近所にある喫茶ホワイトへと向かおうとスクーターを走らせていると、彼女の行く手を遮るように人集りが出来ていた。仕方なくスクーターを止め、何事かとその人集りの中へ首を突っ込んでみて、思わぬ光景を彼女は目にする。
 まるで隕石でも落ちたかのようにそこにはクレーターが出来ていたのだ。驚きのあまり言葉を失い、呆然とそのクレーターを見ているとそこにようやく警察がやってきた。
 都内二十四区内にある警察署のほとんどが新宿での事件の対応に追われていた為に来るのが今頃になってしまったのだろう。横で話している人の会話からそう推測する。
 このクレーターのようなものが発見される直前に物凄い爆発音のようなものが聞こえてたらしい。それがだいたい午前十一時過ぎ。今はもう午後三時を回り、もうじき四時になろうかという時間だ。まぁ、その爆発音が響いた時間帯というのは新宿での事件が一番佳境を迎えていた時間帯だったから警察としてもすぐには動けなかったのだろう。
 だとしても来るのが今頃になったと言うのは一体どう言うことだ。もし何らかの二次災害にでもなっていたら職務怠慢だと言われても文句は言えないだろう。
 などと考えている香里の前で警官達がクレーターを囲むようにロープを張り始める。これからこのクレーターについての調査が始まるのであろう。まぁ、今からだと確実に夜中までかかるだろうから、本格的な調査は明日になるのかも知れない。どっちにしろ自分には関係のないことだ、と思って道端に停めておいたスクーターの方に歩き出す。
 スクーターの側まで来て、いざ鍵を差し込もうとする段になって香里は地面に点々と続く血の跡に気がついた。首を巡らしてその跡を辿っていくとクレーターのある方から城西大学へと向かっている。
 何気なく香里は血の跡を追って歩き出す。スクーターでここまで来る途中にこんな血をぽたぽたと垂らしながら歩いているような人物と出会ったこともなければ見かけてもいない。おそらくは自分が出てきたのとは別の入り口を目指してい歩いているのだろう。とにかくかなりの怪我をしているに違いないその人物を早く見つけて、すぐにでも病院へ連れて行くなり何なりしなければ。
 しばらく血の跡を追って歩いていた香里は前方の壁により掛かるようにして座っている一人の男の姿に気がついた。
「ちょ、ちょっと! 大丈夫!?」
 そう言いながら男の側に駆け寄る香里。
 男の姿はまさしくボロボロだ。土にまみれ、更には流れた血が顔と言わず身体と言わずこびりつき、男の姿を汚している。
「待ってて。すぐに救急車を呼ぶから!」
 香里はそう言うとポケットの中から携帯電話を取り出した。すぐにボタンを押そうとするが、それを男の手が止める。
「大丈夫だ、救急車なんか必要ない。それよりも……」
 苦しそうに呼吸をしながら男が言う。
「少し休ませてくれ……手当はしなくて構わないから」
「そんなわけには行かないわよ! 今にも死にそうじゃない!」
 男の手を振り払って再びボタンを押そうとするのだが、今度も男が邪魔をした。香里の手から携帯電話をひったくるようにして奪い取ると、じっと彼女を見る。
「……頼む……」
 男の必死な目つきに香里は息を呑んだ。何故だかはわからないが、物凄く真剣な彼のその目に彼の言うことを聞かなければならないような気がした。
「……わかった。だから携帯、返してくれる?」
 一回頷いてからそう言うと、男は黙って手にした携帯電話を彼女に差し出してきた。それを受け取り、今度はメモリーの中から知り合いの電話番号を選択する。
 少しのコールの後、相手が出る。
『もしもし?』
「エディ? 悪いんだけど今からすぐに来てくれない? 場所は……」
 香里が呼び出したのは勿論エディだった。彼ならば充分信頼出来るし、口も堅い。それに何より彼女の親しい友人の中で車を持っているのは彼だけだった。
 十分ほどしてからやって来たエディと共に男を彼の車に運び込む香里。身体中に負った傷の為か、男は酷く荒い呼吸を繰り返している。誰だかわからない程汚れた顔にも汗が浮かび、彼の様態は決して軽いものではないと言うことがわかった。
 香里は自分のハンカチが汚れるのも構わず、男の顔の汗を拭いてやった。そして少し汚れの取れた彼の顔を見て、思わずあっと声をあげてしまう。
「……あなた……折原浩平?」
 昨夜、大学の校内でばったりと出会い、そしてその後に現れた梟のような姿の怪人と戦う為に香里を逃がした戦士アインこと折原浩平。あの時も負傷していたが今はあの時よりも更に酷い怪我をしている。あの梟の怪人にやられたものとは思えない怪我の具合だ。一体あれから何があったのか。
「……そうだ、あなたに聞きたいことがあるんだけど」
 そう香里は言ったが、浩平の反応はなかった。どうやら意識を失ってしまったらしい。こっちは気付いていなかったが彼は香里に気付いていたはずだ。それで安心したのかも知れない。
 とりあえず病院には行くなと浩平が言っていたので香里はエディと相談した上で、彼のマンションへと行くことにした。浩平は常に教団の刺客に狙われている為、足取りがすぐにわかり、尚かつ足止めをされそうな上にいざというときに人質に取られそうな人間の多い病院を避けたかっただけなのだが、二人はそんなこと知る由もない。何か病院に行けない事情でもあるのだろうと勝手にそう判断してエディのマンションへと向かったのだ。
 エディのマンションにつくとすぐにボロボロで汚れきった浩平の衣服をはぎ取り、身体中にある火傷のような傷に注意しながら汚れを取り去っていく。更に二人でわかる範囲での治療を施し、意識を取り戻さないままの彼をエディのベッドに寝かせたのだ。

 あれから数日。時々身体の包帯などを変えつつ、様子をうかがっているのだが彼は未だ目を覚まさない。おそらく失われた体力を回復させているのだろう。
 浩平と同じ戦士である祐一も凄まじいと言える程の回復力を持っているのだが、あまりにも酷くやられた時などは意識不明のまま何日も眠ってしまっていた。その間に体内の霊石が身体を回復させていたのだが、今、浩平も同じような状態にあるに違いない。事実身体の傷はもうほとんどなくなっているのだから。
 いつ目を覚ましてもおかしくない。だが今は眠らせておいてやろう。そう思って香里はドアをそっと閉じた。
 エディの方を振り返ると彼はじっとテレビを見つめている。
「どうしたの? 何か面白いの、やってるとか?」
 食い入るようにしてテレビを見つめているエディにそう声をかけ、香里もテレビの方を目をやった。そして言葉を失ってしまう。
 テレビの画面の中では背中に翼を持った女性が、その大きな翼を広げて空を舞っている光景が映し出されていた。それが何らかの特撮でないことを示すように画面の端にLIVEと言う文字が浮かんでいる。
「な、何、これ?」
 思わずそう口にする香里だが、エディは黙って首を左右に振るだけ。彼にもこれが何なのかわからないのだろう。
 と、その時だ。香里の持っている携帯電話が着信音を鳴らした。少し慌てた様子で携帯電話を取り出し、液晶画面を見てみるとかけてきたのが国崎だと言うことがわかる。一体何事だろうと思って通話ボタンを押してから携帯電話を耳に当てる。
「もしもし?」
『美坂か? ちょっと悪いんだが来てくれないか?』
「別に構わないけど、何処に?」
『新木場駅だ。そこで待ってる』
「わかったわ。ちょっと時間かかるけどいいわよね?」
『ああ、構わない』
「それじゃ今からすぐに出るから」
 それだけ言って通話終了ボタンを押す。
 珍しく国崎の声には真剣なものがあった。彼が自分を呼ぶ時は大抵カノン――祐一絡みの時だ。だから今回もおそらくそうなのだろう。
「エディ、悪いけど急用が出来たわ。彼のこと、よろしくね」
「了解。気をつけてね」
 そう言ったエディは未だテレビ画面に釘付けになっている。そんな彼をおいて香里はエディの部屋を退出し、国崎との待ち合わせ場所、新木場駅へと向かうのだった。

<中央区晴海上空 16:48PM>
 その少女は吹き渡る風にその髪をなびかせながら、大きく翼を広げて空を舞っていた。その速度は速くない。むしろゆっくりと、まるでゆったりとその行為を楽しんでいるかのように。
 そんな彼女のやや右側に一機のヘリが併走するように飛んでいる。中にはカメラが搭載されており、先程からずっとこの空飛ぶ少女を撮影している。テレビにライブ映像として流しているのはこのヘリなのだろう。
 少女は併走しているヘリをまったく気にした様子もなく、気持ちよさそうに空を飛んでいる。
 果たしてこの少女、一体何処へと向かっているのだろうか。

<江東区有明 16:51PM>
 ロードツイスターを停め、祐一は一人、座り込んでいた。ぼんやりとした様子で、夕焼け空の海を見つめている。しかし、ぼんやりとしているように見えるのは表面だけで、頭の中では様々なことを考えていた。
 主に考えていることは先程の戦いのこと。未確認生命体第31号、白蟻種怪人ニドラ・ゴバルとの戦闘中、また彼は自意識を失っていた。何かに突き動かされるように、思うままに暴力を振るっていたのだ。
 自意識を取り戻したのはニドラ・ゴバルの反撃を受けた時。ニドラ・ゴバルの吐いた蟻酸を浴び、その焼け付くような激痛が彼の自意識を呼び起こしたのだ。身体中に走る激痛、そしてまた自意識を失っていたことが彼の心に恐怖を呼び覚まし、彼の身体はブートライズカノンと変化してしまう。その後、潤の協力もあって何とかニドラ・ゴバルを倒すことには成功しているが、祐一の心の中にはしこりが残っていた。
 段々自分の意思で戦える時間が短くなってきている。ニドラ・ゴバルとの戦いでは対峙した直後くらいから祐一としての意識はなくなっていた。このままだと変身したらすぐに自意識を失い、戦闘マシンと化してしまう日はそう遠くないだろう。そうなった時が自分の、相沢祐一としての最後の日だ。暴れ回る未確認生命体、ヌヴァラグと同じ存在となってしまう。そう、人類の敵として倒される存在になってしまうのだ。
 しかし、まだそうなってしまうわけにはいかない。未確認生命体はまだ数多く残っている。奴らを倒し、何の罪もない人々が安心して暮らせるようになるまでは。
 ギュッと拳を硬く握る。
(まだだ……まだ、終わるわけにはいかない)
 だが、決して残り時間は多くはないだろう。それに次から次へと出てくる強敵。いつまで自分が自分として戦えるかわからないが、それでもやらなければならない。
 決意を新たに祐一は立ち上がる。
 そんな彼を遠くからじっと見つめている人影があった。黒い僧服に身を包み、何やら険しい表情で祐一を見つめている。
 勿論、今の祐一はそんな男の姿に気付く由もなかった。

<江東区新木場駅前 17:15PM>
 国崎が指定した待ち合わせ場所である新木場駅までスクーターで乗り付けた香里は大きなトレーラーにもたれかかって彼女の来るのを待っているらしい彼の姿を発見し、その前でスクーターを停めた。
「意外と早かったな」
「飛ばしてきたもの。で、何の用?」
 スクーターを止め、ヘルメットを脱ぎながら声をかけてきた国崎に尋ねる香里。
「ちょっとお前に見て貰いたいものがあってな。ついて来いよ」
 国崎はそう言うと香里の返事を待たずに歩き出した。すぐにスクーターを降りて国崎の後を香里が追うと彼はもたれていたトレーラーの後部へと周り、扉を左右に開いて中に入っていく。ちょっと躊躇いながら香里もトレーラーの中に入ろうとする。
「ほら」
 そう言って差し出された手を掴んで香里が中に入ると、そこはただのトレーラーの内部ではなかった。上がったところには大型のスクーターが止められており、更にその横側には鎧のようなパーツが壁際に設置されている。奥の方を見るとまるで何処かのコンピュータールームのような様相を呈していた。
「な、何、これ?」
 思わず驚きの声をあげる香里。
「ようこそKトレーラーへ。倉田重工PSKチームリーダーの七瀬です」
 そう言いながら近付いてきたのは留美だった。すっと手を差し出してきたので、香里は慌ててその手を握り返す。
「あ、美坂香里です。えっと……?」
 倉田重工のPSKチームの名前は香里も聞き及んでいる。民間企業でありながら警察に協力して未確認生命体と戦っている特殊チーム。更にそのチームのメンバーに高校時代の友人である北川 潤がいると言うことも。
 しかし、どうして自分がそのPSKチームの移動基地とも言えるKトレーラーへと呼び出されたのかがわからない。しかも呼び出したのはPSKチームとは関係ない国崎だ。カノンに関する古代文字の解読をほぼ専門的にやっている香里だが、PSKチームには何の関わりもないはずなのだが。
「美坂、こっちにきてくれ」
 香里が少し考え込んでいると国崎が声をかけてきた。顔を上げると国崎はいつの間にかトレーラーの一番奥にいて、彼女に向かってこっちへ来いとばかりに手を振っている。
 とりあえず留美と共にそっちへと行ってみると国崎はそこの椅子に座っていた青年にやってくれと声をかける。青年はチラリと国崎ではなく留美の方を振り返り、彼女が頷いたのを見てからキーボードを叩き、前にあるモニターに何らかの映像を映しだした。
 それはPSK−03のマスク部分に取り付けられているカメラが写し取った未確認生命体第31号との戦闘の映像だった。潤がバックル部分にある強制解除ボタンを押し、PSK−03の各ユニットを脱ぎ捨てた後もカメラは作動を続け、何があったか一部始終を撮影していたのだ。
 始めにそれに気付いたのは偶然カメラが作動していたことを知り、何気なくその映像を確認した青年――斉藤だ。彼が映像の中でのある異変に気付き、それを上司である留美に報告、留美はPSK−03装着員である潤にその映像を見せて相談し、潤はそこで国崎と言う名の刑事のことを思い出して彼に連絡を取り、そしてこの映像を見た国崎が更に香里に連絡を取ってここに呼び寄せたと言うのが今までの顛末なのだが、そんなこと香里が知るわけもない。ただ何も言わずにモニターの映像を見ているだけだった。
 初めはニドラ・ゴバルに苦戦しているPSK−03視点の映像しかないのだが、そこにカノンがロードツイスターで駆けつける。倒れて動けないらしいPSK−03に代わってカノンがニドラ・ゴバルと戦っているのだが、その戦い方が今まで香里が知っていたカノンの戦い方ではないことにはすぐに気がついた。
「私に見せたかったってのはこれ?」
 ちょっとムッとしたように言う香里。カノンの戦い方が変わったことに関しては自分には何の関わりもないことだ。むしろそのような話ならば直接本人に問い質せばいいだろう。少なくても国崎はカノンの正体が誰であるか知っているのだから。
「いや、この先だ」
 しかし、国崎はちょっと不機嫌そうな香里の言葉をあっさりと流して続きを見るように促した。
 しばらく一方的なカノンの攻撃が続いていたが、そこで一瞬視点が大きく動く。潤がPSK−03の各ユニットを脱ぎ捨てた時がまさにその時だったのだが、勿論香里はそんなことを知る由もない。その後、先程より視点が下がったがそれでもまだ映像はカノンとニドラ・ゴバルを映し出し続けていた。と、そこでニドラ・ゴバルの吐きだした蟻酸にカノンが後退する。更に起き上がったニドラ・ゴバルが追い打ちをかけるようにカノンに向かって蟻酸を噴きつけ、それを浴びたカノンが地面に倒れた。とどめを刺そうと倒れたカノンに近寄っていくニドラ・ゴバルだが、不意にその足が止まる。それからチラリと後方を見やるニドラ・ゴバルだが、その足下で倒れていたはずのカノンに変化が訪れた。白いカノンからブートライズカノンへとその姿が徐々に変化していく。
「ちょ……これ」
 驚きのあまり思わず言葉を無くす香里。今まで何度か祐一が変身するところを目撃したことのある彼女だが、こんなシーンを見るのは勿論初めてだ。
「これでお前を呼んだ理由がわかっただろ」
 国崎が何処か不機嫌そうにそう言ったので香里は彼の方を振り返った。トレーラーの前で会った時からどことなく感じていたが、今の彼は不機嫌、と言うか何処か拗ねているように見える。おそらくは自分が何も出来ないこの状況に苛立っているのだろう。
「俺もその状態のカノンを何度か見たことがあるが……そうやって普通の白い状態からその状態になっていくのを見るのは初めてだ」
「そんなの、私だって初めてよ」
「で、こいつらにそれを説明してやってくれ。お前の方が詳しいだろ」
 そう言って国崎が視線を留美達の方に向ける。彼の言う”こいつら”というのは留美達のことなのだろう。その様子から彼女たちPSKチームもカノンの正体が誰であるかを知っているようだ。まぁ、PSK−03の装着員である潤がカノンと共に戦っているからその可能性は充分に考えられたことなのだが。
「説明しろって言われても……私だって詳しいことわかっている訳じゃないわ。むしろ聖先生の方が詳しいんじゃない?」
「あいつはダメだ。あいつは……」
 何故か遠い目をして香里の言葉に応える国崎。何か嫌なことでも思い出しているのか。
「まぁ、とにかく説明するならお前の方が適任だろう。だいたいあいつはこの状態のカノンを知らないだろうし」
 すぐに気を取り直したらしい国崎がわざとらしく咳払いしてからそう言った。
 それを見て香里は小さく嘆息し、それから留美と斉藤にブートライズカノン――古代文字の碑文で言うところの”まやかしの力”を宿したカノンのことを話し始めた。
「『戦士の心に迷いある時、まやかしの力、その身に宿る』ね……それじゃ今の彼には何か迷うような事柄があるってわけ?」
 香里から話を聞いた留美がそう尋ねるが、香里としてもここ最近祐一とは顔を合わせていない為何とも返事のしようがなかった。
「と言うか、あれじゃないですか? 31号の反撃を受けて動揺したとか」
 留美の質問に対する返答に困っている香里をよそに斉藤がそう言う。本人的にはこれが正解だろうとちょっと自信ありげだったのだが、そんな彼を留美がジロリと睨み付けた。
「何馬鹿な事言っているのよ。彼は今まで何度も死にそうな目に遭ってきたのよ? あれくらいでそこまで動揺するわけないでしょうが」
 思い切り馬鹿にしたように言う留美に斉藤がガックリと項垂れてしまう。
 そんな二人を見ながら香里は腕を組み、考え込み始めた。今度は一体何を祐一は思い悩んでいるのか。おそらく本人に聞いてもはぐらかされるだけだろう。ならば何処か別のところから攻めるしかない。
 彼女たちから少し離れたところに立ち、面白そうに三人の様子を見ていた国崎は急にポケットの中で震えだした携帯電話を取り出して、すぐさま通話ボタンを押す。
「もしもし……ああ、俺だ……わかった、すぐ戻る」
 かけてきた相手との通話を終えると国崎は三人の方に向かって声をかけた。
「悪いが急用が出来た。俺はこれで失礼させてもらうぞ」
 それだけ言うと国崎は相手の返事も聞かずにトレーラーから出ていく。そしてトレーラーの近くに停めてあった覆面車へと向かうのであった。

<都内某所・薄暗い部屋の中 17:21PM>
 上半身裸の禿頭の大男が床に手をつき、腕立て伏せをやっている。その背中からは汗が水蒸気のように立ち上り、身体の下では流れ落ちた汗が水溜まりを作っている。
 しばらく腕立て伏せを続けた後、身を起こすと粗末な作りの椅子の背もたれにかけてあったタオルを手に取り、汗を拭う。それからゆっくりとした動作でこの部屋の入り口となっているドアの方へと振り返った。
 そこには明らかに不機嫌そうな顔をした白いスカーフを首に巻いた女性がじっと禿頭の大男を睨み付けていた。
「……何をしていた、貴様?」
「その様子だとニドラがやられたようだな」
 怒りを必死に押し殺したように言う白いスカーフの女性に対し、禿頭の大男は特に何でもないように言い返す。それが白いスカーフの女性の怒りをより一層呼び起こすとわかっていながら。
「貴様……この間の言葉はどうした! 戦士の誇りに懸けてカノンにゼースの邪魔をさせないと言っただろうが!!」
「生憎と邪魔が入ったのでな」
 今度は怒りを露わにして言う白いスカーフの女性。だが、それでも禿頭の大男は何処か平然とした様子でそう答える。それから身体の汗を拭いていたタオルを再び椅子の背もたれにかけ、部屋の奥へと向かって歩き出した。
 部屋の奥にはダンベルのセットが無造作におかれており、禿頭の大男はその中でも一番重いものを手に取り、ベンチプレスを開始した。白いスカーフの女性のことなど完全に無視して、である。
 白いスカーフの女性は怒りに顔を歪めると、その姿を人間のものから本来のものへと変化させた。白く大きな翼を持つ白鳥のような姿の怪人、白鳥種怪人ヌヴァヲ・シィチナへと。
 ヌヴァヲ・シィチナは怒りに燃える目でベンチプレスを行っている禿頭の大男を睨み付けながら、その側に近寄っていく。まるで彼に対して制裁でも加えようとするかのように。いや、事実そのつもりなのだ。
 この男はニドラ・ゴバルのゼースをカノンに邪魔させないと誓った。にもかかわらずニドラ・ゴバルはカノンともう一人、ビサンの戦士の手によって倒されたのだ。この男がちゃんと自らの仕事を果たしていれば今頃ニドラ・ゴバルはゼースを成功させていたかも知れないのに。だからこそ、この自分が男に制裁を加えるのだ。ゼースの監視役として、その権限はある。
「……現世には我らとカノン以外にも戦士が存在している」
 ベンチプレスをしながら禿頭の大男がそう言ったのでヌヴァヲ・シィチナは足を止める。
「アインのことか?」
「違う。奴は――オウガと名乗った。カノンと比べても遜色のない相手だ。それに我ら以外にも我らと素を同じくする輩がいる。まぁ、我らには及ぶべくもないが」
 禿頭の大男の言葉にヌヴァヲ・シィチナは押し黙り、そしてその姿を白いスカーフの女性へと戻した。不機嫌そうな表情は変わらないが、何やら考え込むような仕草をする。
 そんな女性をまったく気にせずに禿頭の大男は黙々とベンチプレスを続けている。そもそも彼は白いスカーフの女性などまるで眼中にない。あるのは自分の身体を完璧に仕上げ、いつでも万全の体調で戦えるようにしておくこと。ただそれだけだ。
「我ら以外に我らと素を同じくするものがいる。そ奴らが何をしようとしているのか、それは我には関係ない。ただ、そ奴らがゼースの邪魔をしてくる可能性は高い。我がやることはゼースの邪魔をカノンにさせないこと。そちらはヌヴァヲ、お前が処理しろ」
 相変わらずベンチプレスを続けながら禿頭の大男が言った。
「……わかった」
 少し考えてから白いスカーフの女性が答える。だが、その顔に浮かんでいるのは相変わらずの不機嫌そうな表情だ。鋭い視線で射抜くように禿頭の大男を睨み付けている。
「だが貴様は約定を違えた。貴様はニドラのゼースを守れなかった。その代償は如何にして払うつもりだ?」
 白いスカーフの女性のその言葉に禿頭の大男はベンチプレスをしていた手を止めた。ダンベルを降ろし、そして彼女の方を見る。
 その目にはある決意が込められていた。それを敏感に察知した白いスカーフの女性はニヤリと笑って大きく頷いてみせる。
「……いいだろう。見事カノンの命、奪ってみせるがいい」
 それだけ言うと白いスカーフの女性は踵を返してこの部屋から出ていく。その背を見送ってから禿頭の大男は再びダンベルを手に取り、ベンチプレスを再開するのであった。

<港区芝公園 17:33PM>
 覆面車を運転しながら国崎は先程自分の携帯電話にかけてきた相手、神尾晴子に電話をかけ直していた。勿論運転しながらなのでハンズフリーモードにしてからなのだが。
「もしもし、晴子さんか?」
『何や。今こっちは忙しいんや。くだらん用やったら後で思い切りどつくで』
「さっきの話、もう一回ちゃんと聞かせてくれ」
『まったく……ええか、よう聞きや。今東京の上空を天使様が悠々と飛んでらっしゃるんや。見た目は人間の背中に羽が生えたような感じやけど多分未確認か未確認のB種やろうな』
「一応念のために聞くが……観鈴はどうしてる?」
『んー……家に電話したらおらなんだけど、今日はまだ学校とちゃうか? あの子、携帯持ってへんからな〜』
「一応居場所確認しておけよ。ないとは思うけど一応な」
『わかっとる。まぁ、あの事は夢やと思いたいんやけどな……未だに信じられへんし』
「それは俺だってそうだよ。まぁ、とにかくその天使様とやらは観鈴じゃないことは確実なんだな?」
『はっきりと映ってはおらんけどちゃうな。とりあえず今その天使様は東京タワーの方にむかっとるからお前はそっちに向かい。こっちからも応援出すから』
「了解。それじゃ一旦切るぜ」
 国崎は通話を終えるとイヤホンを耳から取り外す。それから今度はこの車にだけ取り付けられている無線を手に取った。警察で使用しているものとは少し違う。この無線で話が出来る相手はたった一人だけだ。
「相沢、聞こえるか?」
 無線でそう呼びかけるが相手からの返事はなかなか返ってこない。しばらく待ってみてもやはり返事は返ってこない。いい加減痺れを切らし、再び呼びかけようと無線のスイッチに指をかけた時だった。
『……何の用だ、国崎さん?』
 如何にも不機嫌そうな祐一の声が返ってきたので国崎は苛立たしげに舌打ちした。
「出るんなら早く出ろよ。いないのかと思ったぞ」
『未確認がまた出たのか? そうじゃないなら……』
 国崎の返事を聞いても祐一の不機嫌そうな声は変わらない。むしろ先程よりも一層不機嫌になった感じだ。それだけでなく何か非常に苛立っているようにも感じられる。
「未確認じゃないんだがちょっと出て来れないか? 何か妙なのがいてな」
『……例の天使のことか?』
「知っていたなら話は早い。あれの正体を確かめたいんだ。すぐに……」
『悪いけど、はっきり未確認かどうかわかってから連絡してくれないか?』
 予想外の祐一の反応に国崎は思わず言葉を無くす。
「ど、どうしたんだよ、お前?」
 何とか出せた声は絞り出すようなものであった。
『別にどうもしないさ。ただ……今はあまりそう言う気分じゃないんだ。未確認が出たらちゃんと行く。だから』
「……わかった。なら強要はしねぇよ」
 仕方なさそうに国崎は言う。気分が乗らないと言っている奴に嫌々来て貰ってもろくなことにはならないだろう。それにまだ相手が未確認生命体だと決まったわけではない。はっきりと確認が取れてから来て貰っても遅くはないだろう。
 無線のマイクをホルダーに戻し、国崎は再び舌打ちをした。
「ったくあの野郎……」
 この間からどうも祐一の様子がおかしい。少し前、第31号が東京駅に現れた時に彼は第31号とは違う謎の未確認生命体と遭遇し、見事に足止めを喰らわされた。あの後から何となくだが祐一の様子がおかしくなったように思える。一体彼の身に何があったというのか。神ならぬ身の国崎にわかろうはずもない。
「しかしまぁ……今度は本物の天使かよ」
 こっちへ来るつもりのない祐一のことを考えていても仕方ないと思ったのか国崎は新たな事件の始まりを予想させる謎の存在のことを考えた。本当に天使などが存在するとは思っていない。かなりの確率でその空を飛ぶ少女は未確認生命体か未確認B種と呼ばれる存在だろう。何が目的なのかわからないが、とにかく厄介なことになりそうな予感がひしひしとする彼なのであった。

<港区東京タワー付近 17:36PM>
 今、東京タワーの下には大勢に人が集まり、皆が揃ってタワーの上を見てざわついている。その誰もが興味津々という顔をしており、中には望遠レンズをつけたカメラを持っている者すらいた。
 一体、何が彼らを惹きつけているのか。
 タワーの一番上に一人の少女が立っているのだ。背中には綺麗な白い翼を折り畳み、じっとそこから東京の街を見渡している。少し前に突然東京の空に現れ、悠々と白い翼を広げて飛んでいるところを偶然付近を飛んでいたテレビ局のヘリコプターが見つけてその映像をリアルタイムで撮影し、スクープとして紹介された謎の少女。何処から広まったのかは不明だが、彼女は極短時間の間にその美しい容姿と背中の綺麗な白い翼からいつしか”天使”と呼ばれるようになっていた。その少女がまるで羽を休めるかのように降り立ったのが東京タワーの一番上だったのだ。
 勿論地上からは少女の姿をはっきりと見ることは出来ない。今もテレビでライブ映像が流れている所為か、その天使のような少女を一目見ようと東京中から野次馬が集まっているらしい。
 そう言うところに国崎の運転する覆面車が到着した。そこに集まった野次馬の数に少々驚きながらも、彼らを掻き分けてタワーの方へと近付いていく。
 野次馬達がタワーの展望台に上がって更なる無茶などをしないよう所轄の警官達がタワーの下にある東京タワービルの前で入り口を封鎖している。国崎は自分の警察手帳を見せると、見張り役の警官の敬礼を受けながら東京タワービルの中に入っていく。大展望台へと上がる為のエレベーターに乗り、大展望台へと上がっていくとそこにはどうしたらいいのかわからないと言う感じの顔をした所轄署の警官達と国崎よりも先にこの場に到着したのであろう未確認生命体対策本部の刑事が何事かを話し合っていた。
「遅くなった。で、現状は?」
 そう声をかけながら彼らに近寄っていく国崎。
「現状も何も……あんなところまで行って話を聞くことなんか出来ないだろう?」
「この上の特別展望台から上には?」
「お前、やりたいか? 命綱つけたって流石にあそこまで行くのは無理だろう? それに仮にあそこまで行ったとして、あの天使様とやらが未確認なりB種なりだったらどうするんだ? ロクに逃げ場も無いんだぞ?」
 すっかり諦め顔の同僚に国崎も、それもそうかと頷くしかなかった。つまりは現時点ではあの少女の正体を見極めることはおろか話をすることすら出来ない、まさしく八方塞がりな状態だということだ。
「……ヘリで近づけないか?」
 ふと展望台の外を見て、続々と増えてきているテレビ局や新聞社のヘリコプターを見つけた国崎がそう言うが、同僚の刑事がまたも首を左右に振る。
「下手な真似は出来ないって言うかするなって上からのお達しだ。それにタワーに傷を付けるわけにも行かないし、ちょっと間違えば大事故だぞ。下には野次馬がわらわらいるしな」
「だが、あの連中は」
 そう言って展望台の外、テレビ局や新聞社のヘリを指差す国崎。
「上から各報道に”天使様を下手に刺激するな”って言う連絡が行っているはずだ。しかしまぁ、あの天使様事態があんまり気にしている様子はないみたいだけどな」
「何にせよ、今はどうにも出来ないってことか……」
「そう言うこと。まぁ、スタンドプレイが得意なお前でも今回ばかりはどうしようもないだろうから大人しくしておけ」
 そう言って笑みを見せる同僚に国崎はちょっとムッとしたような顔を向ける。からかわれていると言うことが彼にもわかったからだ。
「ここにいてもどうしようもないんなら俺は一旦下に降りるぞ。何処から集まってきたのかは知らないが、あれだけの野次馬だ。もし新宿の時みたいなことになったら大変だろ」
「それもそうだな。しかし、新宿の一件以来みんな外出を控えているんだとばかり思っていたが……やっぱり喉元過ぎれば熱さ忘れるって奴か」
 チラリと窓から下に集まる野次馬達を見下ろして呟く同僚の刑事に国崎も頷いていた。
 新宿で起きた大量の未確認生命体B種出現事件。あれ以降人々は仕事や学校など必要に迫られない限り自分の家から出ようとはしなくなったと言う。外にいればいつどこから現れるかわからない未確認生命体や未確認生命体B種に襲われるかも知れない。それならば家に引きこもっている方がマシだ。そう言う考えが世間に蔓延したのだが、それもやはり一過性のものだったようだ。先程国崎の同僚の刑事も口にしたのだが、まさしく「喉元過ぎれば熱さ忘れる」という奴なのだろう。
 しかしながら新宿事件以降未確認B種の出現は途絶え、未確認生命体も第31号が現れたのみ。人々の心の中から新宿事件の恐怖が薄れていてもおかしくはない。
 そんなことを考えながら国崎は下りのエレベーターに乗る。

<都内某所・教団施設内 17:42PM>
 教団施設内にある自分の執務室の中で巳間良祐はニヤニヤと笑いながらテレビを眺めていた。映っているのは東京タワーの頂上に立つ白き翼を背に持つ少女。
「フフフ……」
 口から思わず漏れてしまう笑みを彼は隠そうともしない。
 そんな彼の後ろには数体の怪人が直立不動で控えていた。だが、どの怪人もその顔に不敵な笑みが浮かべられている。まるでこれから何か楽しいことが待っている、そんな感じだ。
 一方別の部屋、良祐の執務室とは違い、ここは何かの研究室のようにごちゃごちゃしている。その中で一人のメガネをかけた神経質そうな男が不機嫌そうにパソコンのモニターを睨み付けていた。
「何が聖戦の新たな段階だ」
 苛立たしげに呟く男。
 彼の前にあるモニターに映っている映像は良祐が見ているものと同じもの。だが浮かべている表情はまるで違う。良祐が何やら非常に楽しげ且つ嬉しそうなのに対し、この男は非常に不機嫌そうだ。
「とんだ茶番だ……一体何を考えている、巳間の奴め……」
 更に別の部屋、ここも先程の男の部屋と同じように何らかの研究室となっている。しかし、先程の男の部屋とは違い、様々な機材がちゃんと整理された状態で整頓されていた。
 その中で一人の女性がじっとパソコンのモニターを見つめていた。特にその顔に表情は浮かんでいない。笑顔でもなければ不機嫌そうなしかめっ面でもない。何を考えているのかわからない、まるで能面のような表情でじっとモニターを見つめているだけだ。勿論そのモニターに映し出されているのは例の”天使”の映像。
 この部屋には彼女以外の人物がいた。何も言わず、ただじっと腕を組んだ彼女の後ろからモニターを覗いている少年。少しの間そうしていたのだが、やがて興味を無くしたように組んでいた腕を外してモニターに手を伸ばした。すると何も触れていないのに画面が切り替わる。
 今度映し出されたのはベッドと窓とドアしかない白い部屋。そのベッドの上には一人の女性がいて、膝を抱えて座っている。その目は何処か澱んでおり、何を映しているのかわからない。
「ちょっと後遺症が出ているみたいだね。でもまぁ、許容範囲内かな」
 少年がそう言って側にいる女性を振り返る。だがその女性も何の反応も示さず、ただモニターを見つめているのみ。だが少年はそんな彼女に気分を害した様子もなく微笑むのであった。
 そして再び良祐の執務室。映し出されている白い翼を持つ少女の映像をニヤニヤとした笑みを浮かべながら見つめ続けている。
「さぁ……これが聖戦の第二段階の始まりだ」

Episode.62「天使」Closed.
To be continued next Episode. by MaskedRiderKanon


次回予告
東京タワーに現れた謎の天使。
その脅威の力が集まった人々を魅了する。
国崎「まさか……?」
佐祐理「ダメです、それは許可出来ません」
必殺の決意を持って祐一の前に現れるヌゴチ・ゴクツ。
苦悩を抱えつつその挑戦に答える祐一。
禿頭の大男「来るがいい……お前の全力を持って!」
キリト「あなたに死んでもらっては困るんですよ」
激突する力と力。
様々な不安を抱えたままカノンは恐るべき強敵に勝てるのか?
次回、仮面ライダーカノン「猛襲」
動き出す、闇の中の赤い月……



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