<中央区八重洲 19:52PM>
 勢いよく振り下ろされるハサミがアスファルトを砕き、穴を穿つ。
 飛び散ったアスファルトの破片を後方にジャンプしながらかわしたカノンは改めてこの敵――蠍種怪人ヌゴチ・ゴクツを見やった。
 その体躯はカノンを上回り、その全身をまるで装甲のような皮膚が覆っている。太い両腕の先には先ほどアスファルトを砕いたハサミがあり、更に後頭部からは蠍の尻尾のようなものが伸びている。勿論その先には鋭い針が見えていた。今まで対峙したどの未確認生命体よりも禍々しい姿。更にその全身から放たれている殺気も今までの未確認生命体以上のものだ。
「どうした現世のカノン。逃げてばかりではこのヌゴチ・ゴクツを抜くことなど出来はせんぞ」
 低い声でぼそぼそと言うヌゴチ・ゴクツ。
 カノンの本来の目的はこのヌゴチ・ゴクツと戦うことではない。この先にある東京駅の丸の内口にいる未確認生命体第31号を倒すことなのだ。しかし、そちらに向かう為にはヌゴチ・ゴクツを倒すなり何なりしなければならない。見逃してくれそうには到底ないからだ。
 しかし、まともにぶつかって勝てそうな相手ではないのも事実だった。何と言ってもあのパワー、アスファルトを簡単に砕くあの力が脅威となる。ロードツイスターで突っ込んでも真正面から受け止められた上に逆に投げ返されてしまった程だ。
 更にあの装甲のような皮膚。並の攻撃では通じそうにもない。
(青いカノンのスピードなら奴の懐に飛び込めるがパワーが足りない。かと言って紫のカノンだとスピードが足りなさすぎる。赤いカノンの力は賭けだ。ならば……緑しかないか?)
 自分の能力を思い浮かべつつ、果たしてどの力が一番有効なのかを考えるカノン。だが、どの力も一長一短がある。一番最後に考えついた緑のカノンの力だがその為には銃のようなものが必要であり、今現在そのようなものを入手することは不可能だ。そうなるとやはり一番バランスの取れた現在の色、白の力しかない。
(一か八か……やるしかない!)
 じっと相手を見据え、カノンは両足を広げて少し腰を落とした。白のカノン必殺のキックの体勢。近頃通じない敵が増えてきたが、やはりカノンの最大の必殺技である。
「ハァァァァァッ!」
 気を溜め、そこから地を蹴って大きくジャンプ。空中で一回転してから右足を前に突き出す。その足先に光が集まっていき、そのままじっとカノンの攻撃を待っているかのように立ちつくしているヌゴチ・ゴクツに向かっていく。
「ウオオリャアッ!!」
 カノンの雄叫びと共にヌゴチ・ゴクツの胸に光に包まれた右足が直撃した。
「ヌウウウッ!」
 両足で踏ん張ろうとするヌゴチ・ゴクツだが、キックの勢いを消すことは出来ず、そのままの姿勢で後方へと滑るようにして吹っ飛んでいく。だいたい十メートルぐらいは後方へと飛ばされただろうか、ようやくヌゴチ・ゴクツの身体が止まった。その胸、カノンのキックの直撃を受けた辺りには古代文字が焼き付けられている。
 一方着地していたカノンはじっとヌゴチ・ゴクツの方を見つめていた。必殺のキックをあの蠍種怪人はわざと受けてみせた。それがわかったからこそ、どうなるのかを見届ける為に。
 大抵の未確認生命体はカノンの必殺技を受けると、そこに古代文字――古代文字の解析をやっている城西大学考古学研究室の美坂香里によるとその古代文字は「封滅」を意味しているものらしい――を浮かび上がらせ、そこから全身に光のヒビを走らせた後に爆発四散する。通じない奴の場合だと浮かび上がった古代文字を何らかの方法で消してしまうのだ。古代文字の浮き上がった皮膚そのものを取り去る者、気合いで古代文字をはねのける者とそれは奴らによって様々だが確実に言えるのはそれの出来る奴は例外なく強敵だと言うことだ。
 もしも今対峙しているヌゴチ・ゴクツがカノンの必殺のキックを受け、それをはねのけたのなら奴は今まで以上に恐るべき強敵だということになる。何と言ってもカノンの必殺のキックをわざと受けてみせた奴など一体もいないのだから。
(どうだ……?)
 じっと何かを耐えるようにして動かないヌゴチ・ゴクツを見つめるカノン。
 ヌゴチ・ゴクツはそんなカノンの方を見るとニヤリと笑ってみせた。そして大きく胸を張ると、そこに浮かび上がっていた古代文字が消し飛んでしまう。
「この程度か、現世のカノンよ。我を失望させるな」
 ヌゴチ・ゴクツがそう言いながら胸をさする。その様子からしてダメージはほとんどないようだ。
「チィ……こいつは本当にやばいかもな。だがな」
 必殺のキックを受けて尚無傷。恐るべき強敵を前に、それでもカノンの闘志は揺るがない。ここから逃げるわけにはいかないのだ。
「俺は負けられないんだよ!!」

仮面ライダーカノン
Episode.60「意思」

<千代田区丸の内・丸の内ビル屋上 19:53PM>
 カノンが東京駅を挟んだ反対側でヌゴチ・ゴクツと戦っていたのとほぼ同じ頃、PSK−03も改造蠍人間の攻撃を受けてピンチに陥っていた。主要武器であるブレイバーバルカンを弾き飛ばされ、ガンセイバーで立ち向かうも蠍人間の回転する左手のハサミには通用しない。倒れたPSK−03の胸を足で押さえつけ、回転するハサミをその眼前に突きつけている。
「貴様に用はない。死ね」
 勝利を確信したのか、蠍人間はそう言ってゆっくりと左腕を振り上げた。この手を振り下ろせばPSK−03の頭を吹き飛ばすことは容易い。それほどの威力がこの回転するハサミにはある。今の自分ならばカノンやアインを相手にしたってひけはとらないはずだ。そんなことを考えながら左手を振り下ろそうとしたその時だった。
 突然横合いから何かが突っ込んできて、蠍人間は思いきり吹っ飛ばされてしまう。
「ぐあっ!!」
 大きく吹っ飛ばされた蠍人間が階段室の壁に叩きつけられる。
 それを見たPSK−03が素早く身を起こし、近くに落ちていたブレイバーバルカンを拾い上げた。
『北川君、大丈夫だった?』
「七瀬さん、何をやったんですか?」
 マスクの中に通信装置が移動指揮所であるKトレーラーの中にいるPSKチームのリーダー格、七瀬留美の声を伝えてくる。PSK−03の様子はPSK−03自体に取り付けられている各種センサーで逐一Kトレーラーに報告されている。先ほどのピンチも彼女は知っていたはずで、そのピンチを脱することが出来たのは彼女のお陰だとPSK−03装着員・北川 潤は確信していた。
『もしもの時の為にフライトユニットに無線操縦装置を取り付けておいたのよ。まさかテストも無しに使うとは思ってなかったけどね』
「ありがとうございます、助かりました」
 潤はそう答えながら蠍人間の方を見やった。
 フライトユニットの直撃を受けたとは言え、それで倒せたわけではないはずだ。むしろこれからが本番だろう。先ほどは油断したが今度はそうはいかない。パワーの面では向こうの方が上だが、それでも負けることは許されない。
 ブレイバーバルカンの銃口を蠍人間のいる方へと向けながら、少しずつそちらの方へと歩み寄っていく。とその時、いきなりアラートを知らせる警告音がマスクの中に響き渡った。
『北川君、左!!』
 留美の声にPSK−03が左を見ると何時の間にそこまで移動していたのか、蠍人間がそこに立っていた。回転する左手のハサミを突きだし、PSK−03を吹っ飛ばす。胸部装甲からバチバチと火花を散らしながら倒れ込むPSK−03。
「うわっ!!」
 驚きの声をあげて倒れるPSK−03。回転するハサミの直撃を受けた胸部装甲が大きく削り取られ、その下からバチバチと新たな火花が飛んでいる。
『胸部装甲に七十パーセントのダメージ! 戦闘継続は危険です!』
『なんて威力なの……PSK−03に使われてるのは最新の軽合金なのよ! あれをたった一撃で……』
 PSKチームの残る一人、斉藤の悲痛な声に続いて留美の呆然とした声が聞こえてくる。
『北川君! 無茶はしないで! ここは一時退却』
「まだやれます!」
 留美の声を遮るようにそう言い、PSK−03が立ち上がった。そして素早くブレイバーバルカンの引き金を引く。秒間五十発もの特殊弾丸が発射されるが、やはり蠍人間は回転するハサミでその弾丸を全て弾き飛ばしてしまう。
「そんなものでは俺を倒せないと言ったはずだ!」
 再び接近した蠍人間がPSK−03を殴りつけようとする。その一撃を身を屈めて何とか回避したPSK−03は蠍人間の身体にブレイバーバルカンの銃口を押し当てた。
「これならどうだ!!」
 ブレイバーバルカンの零距離射撃。躊躇することなくPSK−03はその引き金を引いた。
 その身体の半分を機械化し、強化改造されている蠍人間と言えども秒間五十発の特殊弾丸を零距離から叩き込まれては無事で済むはずがない。もっとも零距離なだけに自分も無事では済まないだろうが、そんなことは潤にとっては二の次だ。今やることはこの蠍人間を確実に倒すこと。その為なら自分の身体が傷つこうが構わない。
「オオオオオッ!!」
 雄叫びをあげながらブレイバーバルカンを叩き込むPSK−03。装填されている全ての弾丸を撃ち尽くすまで引き金を引き続け、弾丸を撃ち尽くすと素早くモードをガトリングモードからグレネードモードへと切り替える。
「吹っ飛びやがれっ!!」
 ブレイバーバルカンの先端部が開き、そこからグレネード弾が発射された。ガトリングモードの零距離射撃を受けよろめいていた蠍人間はグレネード弾の直撃を受け、その場でグレネード弾が爆発する。
 その爆炎を見ながらPSK−03は油断せずにセンサー類をフル稼働させていた。あの蠍人間がこうもあっさり倒されるとは思っていない。かなりのダメージを与えたはずだが、それでも生き残っている可能性の方が高いと潤自身は思っている。
「七瀬さん……」
『わかってる。でももうちょっと待って。今解析しているから』
『北川さん、今の状態だと戦闘を継続するのは難しいです! 一旦戻ってください!』
『斉藤君、言っても無駄よ。北川君はさっきの奴を倒し切るまでは戻ってくるつもりは……北川君!!』
 留美の声のトーンが変わった。それだけで何があったのか潤も見当がついてしまう。
 そして、そんな彼の目の前、爆発の黒煙の中からゆらりと蠍人間が姿を現した。潤の予想通りグレネード弾の直撃を受けてもやられてはいなかったのだ。しかし、機械化されている部分のあちこちから火花や電光が飛んでおり、かなりのダメージを受けていることがわかる。
「そう簡単にやられてはくれないだろうとは思っていたが……」
「フフフ……なかなかやるな。だがこれでお前の武器はもうほとんど残ってはいまい。勝負はあったな」
「そいつはどうかな。俺にはまだ武器がある」
 PSK−03はそう言うと全ての弾丸を討ち果たしたブレイバーバルカンを捨て、ガンセイバーをホルスターから取り出した。
「そんなものだけで勝てるとでも?」
 馬鹿にしたように言う蠍人間。その左手のハサミが回転を始める。たった一撃でPSK−03の胸部装甲を大きく削り取った回転ハサミ。今や攻撃力の面でも蠍人間の方が圧倒的に有利だ。
 しかし、PSK−03はガンセイバーを構えたまま微動だにしない。その場から退く気は微塵もないようだ。
「ほう……どうやら死にたいらしいな」
「死ぬつもりなんかない。少なくてもこんなところじゃな」
「勝てるとでも思っているのか、それで」
「やってみなきゃわからないだろうが!!」
 ガンセイバーの引き金を引くPSK−03。
 その銃口から火が噴くのと共に戦闘の第二ラウンドが今始まった。

<千代田区東京駅丸の内中央口 19:58PM>
 後方にある丸の内ビルの屋上で何かが爆発し、炎が上がる。実はPSK−03がグレネード弾を蠍人間に向けて放った時のものなのだが、そこでそんな戦いが行われているとは地上で東京駅の赤煉瓦の駅舎の屋根の上に陣取っている未確認生命体第31号を包囲している警視庁未確認生命体対策本部の刑事達は知る由もない。
「な、何だ?」
「爆発だと?」
 響き渡った爆発音に皆が一斉にビルの方を見上げる。
「一体何事だ!? 誰か様子を……」
 この現場を指揮している刑事が大声を張り上げるのを聞きながら未確認生命体対策本部に属する刑事、国崎往人は後輩であり同僚でもある住井 護を手招きした。
「PSKチームと連絡とってみろ。もしかしたら連中かも知れねぇし」
「それもそうですね……って、自分でやったらいいじゃないですか、それくらい」
 国崎の言葉に不服そうに口を尖らせる住井。
「細かいこと気にするな。俺は俺でちょっと気になることがあるんだよ」
 そう言って国崎が駅舎の屋根の上で未だキョロキョロと何かを探している様子の第31号の方を見やる。先ほどからずっと同じ様子だ。果たして一体何を探しているというのか、どうもそれが国崎には気になっていたのだ。
「どうする気なんです? まさか……」
 国崎と同じように第31号の方を見やり、彼が何を気にしているかを何となく悟った住井が驚きの表情を浮かべて国崎の方を見返した。
「そのまさかだよ。ここからじゃ声もとどかねぇしな」
 ニヤリと笑って国崎はライフルを片手に歩き出す。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! そんな、危険すぎますし、それに意味なんか……」
 慌てて止めようとする住井だが、国崎は足を止めようとはしない。ただチラリと彼の方を振り返るだけ。
「意味はあるさ。あいつらが何を考えているかわかれば色々と対策立てやすいだろ」
 それだけ言うと国崎は走り出した。
 他の連中に気付かれて下手に騒がれるとまずい。出来る限り誰にも気付かれないよう第31号に接近したい。危険はかなりあるが、それでも話し合うことが出来るのなら色々と面白そうではある。もっとも相手が話に乗ってくるかどうかは別問題だし、下手をすれば話すよりも先に攻撃される可能性だってある。どちらかと言えばその可能性の方が遙かに高いだろう。しかし、もしもの時にはきっとカノンが助けに来てくれると彼は楽観していた。もっとも彼はそのカノンが駅の反対側で更なる強敵と戦っているなどとは夢にも思っていなかったが。
 幸いなことに彼は誰にも気付かれることなく駅舎の側に辿り着くことが出来た。陽も落ち、周囲が暗くなっていることに加えて彼が普段から黒いスーツを愛用していることも有利に働いた。
「さてと……どうやって上に行くかだが」
 駅舎の中に入って上を見上げる国崎。どうやらどうやって屋根の上に上るかまでは考えていなかったらしい。
「とりあえず上に上らなきゃ話にならないっと……」
 周囲を見回し、どうにか上に上がれそうな探してみる。と、その時だ。いきなり上から何かが飛び降りてきたのだ。しかもよりにもよって国崎の目の前に。
 未確認生命体第31号、白蟻種怪人ニドラ・ゴバル。直立した巨大な蟻を思わせるその怪人の姿を目の当たりにした国崎は思わずその場から後ろに飛び下がっていた。そしてすかさず持っていたライフルを構える。
「お、お前が第31号か!?」
 少し震えた声でそう尋ねる国崎だが、ニドラ・ゴバルはわからないとでも言う風に首を傾げるだけだった。それから少しの間、ニドラ・ゴバルはまるで観察するかのように国崎をじろじろと見つめていたが、やがて彼が持っているライフルに向かって白い液体のようなものを口と思われる部分から噴きつけた。
「うおっ!?」
 白い液体が付着したライフルが白い煙を上げながら溶けていくのを見て、国崎は慌ててライフルをその場に投げ捨てる。それからすぐさまショルダーホルスターに納められている拳銃を取り出そうと右手を上着の内側に突っ込むが、その手を引く抜くよりも先にニドラ・ゴバルの手が彼の手を押さえ込んでいた。
「ギャセシェロゲ・ビサンモネヲニ」
 ニドラ・ゴバルはそう言うと国崎を突き飛ばした。その予想以上に強い力に国崎は大きく吹っ飛ばされ、床に倒れてしまう。
「ロサレダザ・マミンニシェソ・スジャジャ」
 倒れた国崎が顔を上げるのを待ってからそう言い、笑うニドラ・ゴバル。
「何言ってんのかわかんねぇだろうが!!」
 吠えるようにそう言って国崎は拳銃を取り出し、笑っているニドラ・ゴバルに向けて引き金を引く。全ての弾丸を使い果たすように連続で六回引き金を引き、それからようやく相手の様子を見る。
 銃口の向こうにいたニドラ・ゴバルは未だに楽しそうに笑っていた。そして国崎に見せつけるようにその右手を前に出し、手をゆっくりと下に向けて開いていく。そこからこぼれ落ちていく弾丸。
「リッシャバウジャ・マミンニシェソ・スジャジャショ」
 そう言うとニドラ・ゴバルは一歩、また一歩とゆっくり国崎の方に歩み寄ってきた。
 自分の方に近寄ってくる第31号を見ながら国崎は大急ぎで拳銃の弾丸の交換をする。通じないとわかっていても今の彼にとって武器となるものはこれだけだ。上手く使えれば牽制ぐらいにはなるはず。
(くそっ! あの野郎、何してやがんだよ!!)
 もうすぐそこまで近付いてきているニドラ・ゴバルを見上げながら心の中で毒づく国崎。いくらこの辺り一帯が封鎖されているからと言っても少し遅すぎるのではないか。そろそろ登場してもいい頃だろう。
(早く来い、祐の字!!)

<中央区八重洲 20:03PM>
 カノンの空中からのキックをそのハサミで弾き返し、空中でバランスを崩したところにもう片方のハサミで襲いかかるヌゴチ・ゴクツ。アスファルトを軽々と打ち砕き、穴を穿つ程の威力のある一撃、まともに喰らえばただでは済まない。
「フォームアップ!!」
 迫り来るハサミを前にそう叫ぶカノン。そのベルトの中央にある霊石が白から青に変わり、カノンのボディの色も青く変わる。
 すかさずカノンはヌゴチ・ゴクツの放ったハサミの上に手をつき、そこを支点にしてバランスを取り戻すとその上で身体を回転させてヌゴチ・ゴクツの頭部に蹴りを叩き込んだ。だが、ヌゴチ・ゴクツはびくともしない。それどころか先ほどカノンのキックを弾き返した方のハサミで突きを放ってきた。
 カノンは腕の力だけで軽くジャンプすると突き出されたハサミの上に乗り、そこから更に大きく後方へとジャンプして地上に降り立った。青いカノンの身軽さ、俊敏さのなせる業だ。他の色の時ではこうはいかないだろう。
 着地したカノンが身構えながらじっとヌゴチ・ゴクツを見る。恐ろしいまでの強敵だ。白いカノンの必殺のキックすらものともせず、こちら以上のパワーでありとあらゆる攻撃を弾き返し、反撃してくる。まともにぶつかればこちらが粉砕されてしまうだろう。
 唯一勝っているところといえば速さ。青いカノンになったことでそれは更に顕著となっているが、その分パワーが落ちている。今のままでは奴の攻撃をかわすことは出来ても倒すことは出来ないだろう。
(どうする……どうすればいい……)
 この恐るべき強敵をどうやって倒せばいいのか、カノンは必死に考える。
(どうすればこいつを倒せる……?)
 いくら考えても結論は見えてこない。それどころかカノンの思考を中断させるようにヌゴチ・ゴクツがこちらに向かって突っ込んできた。両方のハサミを振り上げ、それを一気に振り下ろしてくる。
 慌ててジャンプしてその一撃をかわしたカノンだが、ヌゴチ・ゴクツの後頭部から伸びてきた弁髪のような蠍の尻尾がその足に巻き付いた。
「何っ!?」
 カノンが驚きの声をあげると同時にヌゴチ・ゴクツがその首を大きく回し始めた。それにあわせてカノンの体も大きく振り回される。
「むぅんっ!!」
 一際大きく首を回し、同時にカノンの足に巻き付いた蠍の尻尾を離す。
 勢いよく、それこそまるでハンマー投げのハンマーのように大きく飛ばされ、近くのビルのガラス窓を突き破ってその中にカノンの身体は飛び込んだ。それを見届け、ヌゴチ・ゴクツはゆっくりとした動作でカノンが飛び込んだビルの真下まで移動する。
 すっと上を見上げ、カノンが何処のフロアに飛び込んだかをもう一度確認するとヌゴチ・ゴクツはハサミの片方をビルの壁に打ち込んだ。続けてもう片方をそれよりも上に打ち込み、ぐいっと身体を引き上げていく。どうやらそのままカノンのいるフロアへと登っていこうというつもりらしい。しかし、いかにも重たそうなその身体を腕だけで軽々と引き上げる。何とも恐ろしい腕力だろうか。
 ガラス窓の割れたフロアに辿り着いたヌゴチ・ゴクツがまた新たにガラスを割ってそのフロアの中に飛び込んでいく。中には誰もいず、非常灯以外の電気もついていないので薄暗い。ゆっくりと左右を見回してカノンがいないかを探してみる。
「何処見てるんだよ。俺はここだ」
 いきなり後方からそんな声が聞こえてきたのでヌゴチ・ゴクツが振り返ってみると、そこには青いロッドを手にしたカノンが机の上に腰を下ろしてた。
「……わざわざ声をかけずともいきなりかかってくればよかったではないか」
「そう言うのは好きじゃないんでな」
 そう言って机の上から降り、ロッドを構え直すカノン。青いカノンはこのロッドを手にして初めてその本領が発揮出来る。このフロアの中にあった箒を青いロッドに変化させたカノンだったが、これでもまだこの怪人に勝てる算段はついていなかった。
「その意気やよし。ならば我も全力で相手しよう。戦士の誇りに賭けて」
 ヌゴチ・ゴクツはそう言うとカノンに向かって走り出した。今度は今までとは違い、左右のハサミを少しタイミングをずらしながら突き出していく。片方をかわしてももう片方が相手を襲うという段取りだ。
 だがカノンは青いロッドでその攻撃を上手く受け流してしまう。ならばとばかりにヌゴチ・ゴクツの後頭部から蠍の尻尾が伸び、カノンの頭上から襲いかかっていくが、カノンはさっと後ろにステップしてその一撃もかわしてしまった。そして着地すると同時にロッドをヌゴチ・ゴクツの胸板に向かって突き出す。狙うは勿論人体の急所である鳩尾だ。
 しかし、ヌゴチ・ゴクツは身体を少し捻って青いロッドの先端が鳩尾に直撃することを避けた。どうやら流石のヌゴチ・ゴクツも鳩尾への直撃はダメージになるようだ。未確認生命体、古代戦闘種族ヌヴァラグと言えども急所は普通の人間と変わらないらしい。
 ロッドを引きつつ、更に後退したカノンはヌゴチ・ゴクツの全身を素早く見回した。体の表面のほとんどを装甲のような皮膚に覆われており、ちょっとやそっとのことではダメージを与えることは出来ないだろう。しかしその装甲のような皮膚にも薄い部分がある。関節部分や人体の正中線上にある急所部分。そこを狙えば何とかダメージを与えることが出来るはずだ。
(ま、そんなことは向こうも十分承知しているだろうけどな)
 そんなことを考えながらヌゴチ・ゴクツの出方を伺うカノン。先ほどの一撃から向こうもこちらの考えを読んだことだろう。ここからは迂闊な動きは出来ない。互いに睨み合いながら対峙する。
「……現世のカノン、貴様は我の知るカノンよりも弱い。だが頭はいいようだな」
 相変わらずの低い声で唸るように言うヌゴチ・ゴクツ。
「我の知るカノンは自分よりも相手が強かろうとがむしゃらに向かってきた。その結果我らは奴により封印された」
「それがどうした?」
 ヌゴチ・ゴクツが一体何を言いたいのか今一つカノンにはわからなかった。何故今この時にそんな話をし始めたのか。その意味がわからない。
「フッ、貴様のその頭の良さが命取りになる。忘れたか、我は貴様を足止めする為にここにいると言うことを。我が同胞が今頃何をしているか、それを思い出すがいい」
「……!!」
 そう言われてカノンはようやく自分が本来何をしなければならないのかを思い出した。よりにもよって敵の、自分を足止めする為にいる敵の言葉によってそれを思い出させられるとは。今頃線路を挟んだ向こう側で何が起きているか、一番怖い想像は第31号を包囲している警官隊が全滅していると言うことだ。
「くっ……!!」
 思わず動揺してしまうカノン。一刻も早くこの場を離れ、駅の向こう側に行かなければならない。だが、目の前にいる強敵はそう簡単に行かせてはくれないだろう。心ばかり焦るが、事態は変わらない。イヤ、動揺したことがありありと見て取れてしまった分形勢は不利になったと言えるかも知れない。そしてそれこそがヌゴチ・ゴクツの目的であったのだ。
「我を倒そうと思うあまり本来の目的を忘れた。貴様のその考えが命取りとなる。死ぬがいい、現世のカノン!」
 そう言ってヌゴチ・ゴクツがカノンに向かって飛びかかってきた。

<千代田区丸の内・丸の内ビル屋上 20:05PM>
 ガンセイバーに使用されている弾丸はブレイバーバルカンなどに使用されているものとは少し違っている。ブレイバーバルカンに使用されているものも通常のものとは違う特殊弾丸であるが、ガンセイバーに使用されているものはそれに更に改良の加えられたバージョンのものだ。貫通力破壊力ともに今まで以上のものとなっている。
 その改良型特殊弾丸でも蠍人間の回転ハサミに弾かれてしまっていた。
「フッフッフ……どうやら無駄だったようだな」
 ガンセイバーから放たれた改良型特殊弾丸を弾き飛ばした蠍人間が勝ち誇ったように言う。
 しかし、PSK−03はそれに構わずガンセイバーの引き金を引き続けた。武器はこれしかない。弾き返されようとこれしかないのだ。しかし、決して勝算がないわけではなかった。
 先ほどの至近距離からのグレネード弾の一撃を浴び蠍人間はかなりのダメージを受けている。そのダメージを受けた部位はPSK−03のマスクにあるカメラを通じてKトレーラーの方にも送られていた。そこにいる留美と斉藤が既にその映像から蠍人間のウィークポイントの解析を始めているのだ。少し時間を稼げばきっと二人がウィークポイントを見つけてくれる。後はそこを狙って攻撃すればいい。
『北川君、聞こえる?』
 留美の声が聞こえてきた。どうやら解析が終了したらしい。
『さっきよりもあの回転しているハサミのスピードが落ちているわ。多分回転させているモーターの部分にもダメージがあるはずよ。まずはあの厄介なハサミを潰しましょう!』
「了解!」
『狙うのは回転している部分じゃなくってその付け根。モードBで行くわよ!』
「はい! モードB、起動!!」
 留美の指示を受け、PSK−03に搭載されているAIのリミッター機能が解除される。これによりPSK−03は普段の数倍の能力を得ることが出来るのだ。しかし、これは同時に装着者にかなりの負担を強いるもので、それほど長時間使えるものではない。だからこそ、このモードBはPSK−03の切り札とも言えるのだ。
 マスク内部のモニターが赤く染まった。そのモニターの中に蠍人間の姿を捉えつつ、PSK−03がジャンプする。空中で牽制とばかりにガンセイバーの引き金を引き、着地すると同時にガンセイバーをセイバーモードへと切り替え、一気に距離を詰める。
 突然今までよりも遙かに動きのよくなったPSK−03に蠍人間は戸惑っていた。その戸惑いが隙を生み、PSK−03の接近を許してしまう。
 ガンセイバーのブレード部分が白熱し、そのまま蠍人間の回転するハサミの根元に叩きつけられた。バチバチッと火花が飛び、蠍人間の最大の武器である回転ハサミがゆっくりとその回転数を落とし、やがて停止した。
「なっ!?」
 回転を止めた左手のハサミを見て驚きの声をあげる蠍人間にPSK−03が渾身のパンチを食らわせる。よろけながら数歩後退し、そのまま転んでしまう蠍人間。
「七瀬さん、まだフライトユニットは使えますか?」
『ええ、まだ大丈夫よ!』
「……今から少し無茶をします。バックアップの方、お願いします!」
 潤はそう言うとガンセイバーを構えてフラフラと立ち上がろうとしている蠍人間に向かって駆け出した。
『ちょっと、北川君! 何をする気なの!?』
 聞こえてくる留美の慌てた声を無視してPSK−03は蠍人間に突っ込んでいく。今までにかなりのダメージを受けてしまっている蠍人間は自分に向かってくるPSK−03の姿を見ると慌てて逃げ出そうとしたが、まだPSK−03はモードBのままである。その機動性も普段のPSK−03以上のものがあり、あっと言う間に追い縋られてしまう。そしてその腹部、機械に覆われていない箇所にガンセイバーの刀身が突き込まれた。
「ぐうぅっ!?」
「オオオオオッ!」
 雄叫びをあげながらPSK−03は蠍人間の腹にガンセイバーを突き刺したまま、走るのをやめなかった。そのままビルの端へと向かっていく。
「お、お前……死ぬ気か!?」
 迫るビルの端、まさしく地獄への入り口を見て蠍人間が戦きの声をあげる。
 それを聞きながらも、やはりPSK−03は足を止めようとはしなかった。それどころか更に力を込め、PSK−03はビルの端から大きくジャンプする。勿論蠍人間諸共だ。
 ビルの屋上から地面へと物凄い速さで落下していくPSK−03と蠍人間。
「この高さから落ちればお前とてただでは済まないぞ!」
 落下しながら蠍人間がそう言い、笑う。
 だがPSK−03は冷静にガンセイバーの銃身の側面にある九つのキーにあるコードを打ち込んでいた。するとガンセイバーの銃身が回転し始めた。ガンセイバーシュートモード、ガンセイバーセイバーモード、ガンセイバーコネクトモードに続く第四のモード、ガンセイバードリルモードである。
「ぐぎゃあああっ!!」
 機械化されていない生身の部分をえぐられ、蠍人間が絶叫を上げる。
「これで終わりだ!」
 PSK−03はそう言うとガンセイバーを蠍人間の腹から引き抜き、もう片方の手を上に挙げた。そこに無線操縦のフライトユニットが飛んでくる。フライトユニットのドッキングコネクタを強引に掴んでそこにぶら下がりながらPSK−03はこちらの足を掴もうとしている蠍人間を見下ろした。
「生憎だがお前と運命を共にする気はないんだよ!」
 容赦なくそう言い、蠍人間に蹴りを喰らわせるPSK−03。より勢いを増して落下していく蠍人間を見届けることなく潤は東京駅の方を見やった。
「七瀬さん、このまま駅の方にお願いします!」
『何無茶言ってるのよ! 今の状態で満足に戦えるはずないでしょう!!』
「第31号を放置しておけません!」
『……わかった! もう勝手にしなさい!』
「ありがとうございます!」
 フライトユニットにぶら下がったままの状態でPSK−03が東京駅の方に向かっていく。その遙か後方では地面に叩きつけられた蠍人間が爆発四散し、爆炎と黒煙を上げていた。

<東京駅丸の内中央口改札前 20:08PM>
 ニドラ・ゴバルが口から噴きつける白い液体を何とか転がってかわす国崎。そこから何度か反撃を試みてみたが、ニドラ・ゴバルは彼の持つ拳銃から放たれる銃弾をあっさりと掴み、時には払いのけてしまう。
「クソッ、あの野郎まだなのかよ!!」
 必ずカノンが来るはずだと思ってこうして無茶をしているのにその思惑が外れて今大ピンチに陥ってしまっている。はっきり言って自分の所為なのだが、そんなことを考えている余裕はない。ニドラ・ゴバルの口から噴き出される白い液体――強力な蟻酸だ――をかわすので精一杯。外に逃げ出すことすらままならない。
「他の連中も何やってるんだよ!」
 チラリと外を伺ってみる。だが、よく考えると誰にも気付かれないようにここに入ってきたのだ。知っているのは住井一人。その住井が周りを説得して突入してきてくれるかどうか、そこまでは期待出来ないだろう。
 しかしながら先ほどまで屋根の上にいた第31号がいなくなっているのだ。何事か進展があったとして様子を見る為に誰か来るかも知れない。逃げるチャンスはその時だ。それはまでは何が何でも生き延びてみせる。
 またしてもニドラ・ゴバルの口から噴き出されてきた白い液体を改札機を飛び越えながらかわす国崎。液体を浴びた改札機がどろどろと溶け出すのを見て、慌てて改札機の側から離れ、奥と向かっていく。
「ミゼシェソ・スジャジャ・ビサンモネヲニ」
 後ろから聞こえてくる第31号の声。だが、それに構わず国崎は奥へと走っていく。
「シュジモ・レソモバ・ロサレミ・ギセシャ」
 そう言いながら走る国崎の背を指差すニドラ・ゴバル。それからニヤリと笑って歩き出す。これから始まるのは狩りだ。狩人は自分で獲物は逃げるあの人間。ただのゼースにより面白い要素が加わった。
「シャモニ・サネシェ・ソダヅオ」
 ニドラ・ゴバルが逃げる国崎を追って歩き出した。

<千代田区東京駅丸の内中央口 20:11PM>
「本当にこんなもので奴を倒せるのか?」
 この現場を指揮している刑事が訝しげな顔をして住井とその隣にいる南の方を見る。
「倒せる保証なんかありませんよ。でもやってみる価値は十分あると思います」
 南がそう言い返すのでその刑事は住井の方を見やった。何なんだ、こいつは、とでも言いたげな顔をしている。
「南さんは科警研の人ですよ。その人がやってみる価値があるって言うんだからやってみましょう。それに早くしないと国崎さんが危ない」
「全く何考えてるんだよ、あいつは……」
 住井の返事を聞いてからその刑事は一人で駅の中に飛び込んでいった国崎のことを思いだし、頭を抱えた。普段からスタンドプレイばかりでチームの和を乱す男。よりにも寄って今回は一人先行して第31号と戦っているという。もし、ここで彼が死んだら誰が責任をとることになるのだ。
「そう簡単に死にませんよ、あの人は。それこそゴキブリ並のしぶとさですから」
「見た目もそれっぽいし」
 住井と南が口々に言うが何の慰めにもなっていなかった。
「とにかく突入する部隊の指揮は俺が執ります。構いませんね?」
「ああ、任せる……」
 ガックリと肩を落としている刑事をそこに残し、住井は南と共にその場を離れた。近くに待機していた数名の機動隊員の元まで戻ってくると住井は彼らの顔をさっと見回す。どれも不敵な面構えだ。今まで何度となく未確認生命体対策班と共に行動し、未確認生命体と対峙し、そして生き残ってきた精鋭、それが彼らなのだ。
「悪いな、また君たちの力を借りる」
 住井がそう言って機動隊員達に頭を下げた。それに対し、彼らはビシッと整列し、微動だにしない。
「えっと、これは今回の第31号に対して科警研で大急ぎで作ったものです。第31号が白蟻に酷似していることから、それ用の殺虫剤を三十倍にまで濃縮してあります」
 南が持っていたトランクケースから取り出したのはペットボトル程の大きさのカプセルだった。
「勿論人体にも悪影響がありますから使用する時は注意してください。それと……はっきり言いますが通用するかどうかはわかりません」
「いやいや、白蟻退治なら十分通用するでしょうよ」
 誰かがそう言って笑いが漏れる。
「使用するかどうかはみなさんにお任せします」
 南は真剣な顔をしたままそう言って彼らに向かって頭を下げた。本当ならばもっとマシな装備を提供してやりたかったのだが、現状ではこれが精一杯だった。第31号の吐き出す蟻酸の中和剤の方もまだ完成していない。せめてもう少し時間があれば。
「よし、防毒マスクを用意しろ! 各自装備のチェックは怠るな! 突入は五分後だ!」
 大きい声でそう言ったのはこの部隊の中で一番年長の男だった。彼は住井と南の方を振り返ってニヤリと笑う。
「使わせて貰いますよ、こいつ。今までの傾向からすりゃ、奴らはその姿のものに近い特性を持ってる。通用しますって」
 ポンと南の肩を叩いて男はそう言い、彼の手からカプセルを受け取った。

<中央区八重洲 20:13PM>
 自分に向かってくるヌゴチ・ゴクツを見ながらカノンは自分の意識が段々とクリアになっていくのを感じていた。同時に周囲の時間が遅くなっていくようにも感じられる。こちらに向かってきているヌゴチ・ゴクツの動きが遅くなって見えるのだ。
 更にクリアになっていく頭の中でこのヌゴチ・ゴクツをどうすれば倒せるかというイメージが次々と湧き上がってきてもいる。先ほどまではどうすればいいのかまるでわからなかった相手を一体どうすれば倒せるか、それが次々と頭に浮かんでくる。
(まずは……こうか!)
 飛びかかってくるヌゴチ・ゴクツの方に向かって一歩踏みだし、手にしたロッドを床に突き立て、そこを支点にしてジャンプする。天井に足を着くと同時にロッドを引き上げ、天井を蹴って着地したばかりのヌゴチ・ゴクツの後ろへと降り立ち、振り返りながら手にしたロッドをヌゴチ・ゴクツの脇腹に叩き込む。
「ぐうっ!」
 思わずよろめいてしまったヌゴチ・ゴクツがカノンの方を振り返りながら腕を振り回してくるのを身体を屈めてかわし、前に踏み出して懐に入り込むと、その顎に向かってロッドを突き出した。相手がのけぞったところで今度は鳩尾へとロッドを突き出す。
「ぐあはっ!!」
 立て続けの攻撃を受け、ヌゴチ・ゴクツがよろけながら後退する。
 それを見たカノンが床にロッドを突き立て、そこを支点にしてジャンプ、蹴りを放った。その蹴り足がヌゴチ・ゴクツの顔面を捉えている間にカノンはロッドを振り上げ、その肩に叩き込んでいく。
 その一撃を受け片膝をついたヌゴチ・ゴクツから少し離れるカノン。さっとロッドを構え直し、再び立ち上がろうとしているヌゴチ・ゴクツの胸目掛けてロッドを突き出した。
「舐めるな、現世のカノン!」
 ヌゴチ・ゴクツがそう言って突き出されてきたロッドを右手のハサミで受け止めてしまう。だが、カノンはそれを読んでいたかのようにロッドから手を離し、ヌゴチ・ゴクツに向かってジャンプしていた。空中で青いから白にフォームチェンジしながら身体を丸めて一回転し、右足を突き出す。その足先に光が集まっていき、そのまま反応し切れていないヌゴチ・ゴクツの胸に直撃した。
「ぐおっ!!」
 大きく吹っ飛ばされ、ガラス窓にぶつかってようやく止まるヌゴチ・ゴクツ。その背中がぶつかった辺りのガラスには大きくひびが入り、軽く手で触れただけでも崩れ落ちそうになっていた。カノンのキックを受けた胸には再び古代文字が浮き上がっている。
「ぐうう……フンッ!!」
 少しの間呻き声を漏らしていたヌゴチ・ゴクツだが、気合いを入れて胸に浮かんだ古代文字を消し去ってしまう。
「通じぬと言うことがまだわからんか、現世のカノン……っ!?」
 そう言ってニヤリと笑おうとしたヌゴチ・ゴクツの顔が引きつった。カノンが再びこちらに向かってジャンプしてきていたからだ。今度は先ほどとは違い、空中で身体を捻りながら右足を突き出してくる。その足先に再び光が宿り、ヌゴチ・ゴクツの胸にその足が直撃した。
「ぬおおっ!!」
 まるでカノンのキックを跳ね返そうとばかりに足を踏ん張るヌゴチ・ゴクツだが、その威力を殺しきれず、そのまま後ろにしているガラス窓を突き破って外へと吹っ飛ばされてしまう。勿論カノンも一緒に、だ。
 砕けたガラスと共に地面に向かって落下していくヌゴチ・ゴクツとカノン。勿論カノンが上でヌゴチ・ゴクツが下になっている。
 ヌゴチ・ゴクツを真下に見ながらカノンの姿が変わった。白から赤へと。バランスの白から一撃必殺の赤へと。
「オオオオオッ!」
 通常の倍くらい太く、厚い筋肉に覆われた右腕が振り上げられ、自分の真下にいるヌゴチ・ゴクツに向かって一気に振り下ろされる。
「ぬううっ!!」
 両方のハサミを重ね合わせて赤いカノンの必殺の一撃を受け止めようとするヌゴチ・ゴクツ。そのまま両者が地面の上に落下した。
 その時の衝撃があまりにも凄かったせいか、下になっていたヌゴチ・ゴクツを中心にアスファルトの道路が陥没する。更にその時の反動でカノンは大きく吹っ飛ばされてしまっていた。
 路上を転がり、倒れ伏したカノンの姿が相沢祐一の姿へと戻っていく。赤の力を使った代償だ。赤の力は全ての力を使う一撃必殺の力。その為にこの力を使うと強制的に変身は解除されてしまうのだ。まさしく諸刃の剣と言っても差し支えのない力である。
「……くぅ……」
 地面に手をつき、ゆっくりと身体を起こす祐一。そして前方を見ると、もうもうと立ち込めている土煙の中ゆらりと起き上がる異形の姿が見えた。
「な、何ぃっ!?」
 思わず驚きの声をあげてしまう祐一。白の力の連続キックを食らい、更にその上から赤の渾身のパンチを叩き込み、それで尚倒せないのか。そうなるともはや自分では、自分一人ではどうしようもないではないか。
 それに今の状態では戦うことが出来ない。変身することが出来ない。もはや嬲り殺されるだけ。
「じょ、冗談じゃ……」
 恐怖のあまり声が震える。
 だが、土煙の中から姿を見せたヌゴチ・ゴクツはただじっと祐一の方を見ているだけだった。よく見ると両腕が異様な方向に折れ曲がっており、その胸にも大きな傷が出来、そこから血が流れ落ちている。
「現世のカノンよ、これ以上我は戦えぬ。それはお主とて同じ。今日のところはこれで退く。次に会った時、この戦いの決着をつけよう」
 それだけ言うとヌゴチ・ゴクツは怪人の姿から人間の姿になり、祐一に背を向けて歩き出した。
 去っていく強敵を見送りながら祐一は大きく息を吐き、その場に倒れて大の字になった。
「……は、はは……助かったって言うべきかな……」
 力無く笑いながらそう呟き、祐一は目を閉じる。

<東京駅構内 20:19PM>
 国崎は最後の弾丸交換を終えるとチラリと階段の下を見やった。だがそこに未確認生命体第31号の姿はない。
「あの野郎……少し遅すぎないか?」
 いい加減到着してもいいはずだ、と腕時計を見てみる。祐一から最後に連絡があったのはかれこれ一時間程前だっただろうか。いくら何でももう着いていなければおかしい。
「……まさかあいつに何かあったか?」
 そうとしか考えられなかった。第31号以外の未確認生命体が現れたか、それとも未確認生命体B種と呼ばれる奴が現れたのか。どっちにしろ、もしそうならこの場に祐一が来るという期待は捨てた方がいいだろう。
「クソッ、こんな事なら」
 一人で飛び込むようなことをするんじゃなかった、と続けたかったのを無理矢理飲み込む。階段の下から何者かの気配が感じられたからだ。いつでも拳銃を撃てるようにしておき、足下に転がして置いた消火器を見やる。勿論こんなもので第31号を倒せるとは思ってない。あくまでこれは目眩ましだ。
 階段を一歩一歩上ってくる足音が聞こえてきた。国崎は素早く立ち上がると階段の下に向かって転がして置いた消火器を蹴り飛ばした。更に続けてその消火器に向かって拳銃を向け、引き金を引く。その一発で消火器が撃ち抜かれ、周囲に消火剤がまき散らされた。階段の踊り場の周辺がまるで白い霧に包まれたかのようになる。
「よし!」
 階段に背を向けて走り出す国崎。今持っている拳銃では第31号は倒せない。だからここは逃げの一手を決め込むしかない。だが、走り出した国崎の前方のプラットフォームが溶け、そこから未確認生命体第31号ニドラ・ゴバルが姿を現した。
「な、何ぃっ!? それじゃ今さっきのは?」
 ニドラ・ゴバルの姿を見た後すかさず後方、階段の方を振り返ってみるとそこから咳き込みながら、尚かつ真っ白になった住井が出てくるのが見えた。
「す、住井!?」
「ひどいですよ、国崎さん。折角助けに来たのに……」
 ゲホゲホと咳き込みながら涙目になって国崎を睨む住井。だが、その視線が国崎の向こうに立つニドラ・ゴバルを捉えると、見る見る内に彼の表情が変わった。
「く、国崎さん!」
「……忘れてた! 逃げるぞ、住井!!」
 そう言って慌てた様子で走り出す国崎と彼を追いかけるように住井も走り出した。
「お前一人で来たのか?」
「いえ、機動隊の人が他にも何人か。でも彼らは別のところに」
「何で一緒に行動してないんだよ!」
「そんなこと国崎さんに言われたくありませんよ!」
 二人が罵り合いながら必死に走る。その後ろをニドラ・ゴバルが追いかけてきているのだが、二人が必死で走っている所為か、それともニドラ・ゴバルの足が遅い所為かなかなか追いつけないでいた。
 そのことに業を煮やしたのか、ニドラ・ゴバルが前を走る二人に向かって口から蟻酸を噴きつけた。しかし、白い液体が二人の背に届くよりも先に何かが走る二人と追いかけているニドラ・ゴバルとの間に割り込んでくる。しかも空からだ。
 それは蠍人間を苦戦の末何とか倒すことに成功したPSK−03だった。近くのビルの上からフライトユニットにぶら下がりながら東京駅の上空まで来た彼が未確認生命体第31号に追いかけられている国崎と住井の二人を見つけてその間へと急降下してきたのだ。
 着地したPSK−03が左手に持っているフライトユニットや身に纏っているアーマーのあちこちにニドラ・ゴバルが噴き出した白い蟻酸が降りかかり、そこから白い煙が上がる。
「何だ、これ?」
 装甲のあちこちやフライトユニットから上がる白い煙を見てPSK−03が疑問の声をあげた。
『き、北川さん! 大変です! その白い煙の上がっている部分の装甲が溶けています!』
 まるで悲鳴のような斉藤の声が無線を通じて聞こえてくる。
『北川君、そいつと距離を取って! そいつの吐く蟻酸は強力よ!』
 続けて聞こえてくる留美の声に潤はようやく対峙している第31号の特性を思い出していた。この現場に出てくる前に彼らPSKチームの所属している倉田重工第7研究所の所長である倉田佐祐理に言われていたではないか。「相手は強力な蟻酸を使う」と。今更ながらそのことを思い出し、潤は自分の迂闊さに歯を噛み締めた。
『PSK−03戦闘能力四十五パーセントまで低下! バッテリーの限界まで後五分しかありません!』
「それでも……やる!」
 警察の装備では未確認生命体を倒せないことは既に証明されている。この場に祐一が、カノンがいない以上未確認生命体と戦い、倒すのは自分の役目だ。どれだけピンチでも逃げ出すわけにはいかない。
 左手に持っていたフライトユニットを投げ捨て、ガンセイバーを構えるPSK−03。
 一方の未確認生命体第31号ことニドラ・ゴバルは新たに現れたPSK−03を見て、ニヤリと笑みを浮かべていた。先ほどの人間よりもこちらの方が遙かに戦い甲斐がありそうだ。本当ならばゼースの最大の邪魔者、カノンを誘き出し、殺すつもりであったのだがいくら待っても出てこない。暇つぶし程度にのこのことやってきた人間を追い回していたのだが、それにも飽きてきていたのだ。ここに現れたPSK−03はニドラ・ゴバルにとって丁度いい暇つぶしの相手。
「ラリシェン・ニシェギャヅ」
 そう言ってニドラ・ゴバルが口から蟻酸を噴き出した。
 慌てて横に飛び、蟻酸をかわすPSK−03。蟻酸がかかったホームのコンクリートが白い煙を上げながら溶けていく。
『北川君、今度あれを浴びたら終わりだと思いなさい! 接近戦はダメ! ここは……』
「近寄らなかったら勝てません!」
『今の状態じゃ勝つことは無理よ!』
「それでもやります!」
 シュートモードのガンセイバーの引き金を引きながら潤が言う。残された時間は少ない。祐一がその間に駆けつけてくるかどうかはわからない。それにそんな期待をするよりも自分の手でやれるだけやりたかった。
 特殊弾丸でニドラ・ゴバルを牽制しながらどうすればこいつを倒せるかを考える。下手に接近すればあの蟻酸の餌食になる。だからといって遠距離からの攻撃ではどうしても決定力に欠ける。
(一か八か、やるっきゃねぇか……何か俺、こんなのばっかりだな)
 バッテリーの残り時間は後三分。おそらく当たられるのは一撃のみ。その一撃で第31号を倒せなければ死ぬのは自分だ。
 マスクの下でニヤリと笑みを浮かべ、捨て身の一撃を第31号に加えようと潤が決意したその時だった。横合いからペットボトル程の大きさのカプセルが投げ込まれ、そのカプセルから白い煙が噴出されだした。
「な、何だ!?」
「そこの! 下がれ!!」
 いきなり目の前を覆い尽くした白い煙に潤が驚いていると横から声がかけられた。そっちの方を見ると、隣のホームに機動隊の隊員達がいて新たなカプセルを第31号に向かって投げつけているではないか。更にその側には国崎と住井の姿もある。どうやらPSK−03がニドラ・ゴバルを引きつけている間に合流したらしい。先ほどPSK−03に声をかけてきたのは国崎だ。
 言われた通りに後退するPSK−03。それを見た機動隊の隊員達が一斉に持っていたライフルで攻撃を開始する。
 カプセルが噴出した白い煙に包まれニドラ・ゴバルは悶え苦しんでいた。どうやらこの白い煙に含まれている何某らの成分が自分にダメージを与えているらしい。早くこの場から逃げ出さなければ危険だ。そう思って足下に向かって蟻酸を噴き出す。
 そんなところに機動隊からのライフル攻撃が始まったのだが、ニドラ・ゴバルはそれを全く意にも介さず、足下に空いた穴の中に飛び込んでいった。そのまま何処かへと消えていく。
『……第31号の反応が消えた!?』
 突然聞こえてきた留美の声を聞いてPSK−03が白い煙の中に飛び込んでいく。そして足下に空いた大きな穴を見つけ、慌てて中を覗き込んだ。
「しまった!」
 どうやら未確認生命体第31号ニドラ・ゴバルはこの場から逃げ出したらしい。それがわかって、潤は悔しそうに舌打ちした。追いかけようにももうバッテリーは残っていない。それに受けたダメージが余りにも大きすぎた。
 穴の側に片膝をつき、ガックリと肩を落とすPSK−03。
「クソッ……!!」

<千代田区東京駅丸の内中央口 21:08PM>
 この現場を指揮していた刑事に散々怒鳴られ、後で始末書を書かされることになった国崎が自分愛用の覆面車の側で項垂れていると、一台のバイクに乗った青年が近付いてきた。
「その様子だとまた何かやらかしたみたいだな、国崎さん」
 その声に国崎が顔を上げると、そこには祐一がニヤニヤと笑いながら立っている。その格好は少しボロボロで、ここに来るまでに何かあったのだと一目でわかった。
「お前がなかなか来てくれなかったからな。もうちょっとで死ぬところだったぜ」
 ジロリと祐一の方を睨み付けながら言う国崎。
「いつもの独断専行をやらなけりゃいいんだよ。そうすればそんなに命の危機にあうことはないと思うぜ」
 そんな彼に肩を竦めて答える祐一。
「それで、第31号は?」
 先ほどまでの軽い口調とは異なり、真剣な顔をして祐一が尋ねる。
「逃げた。あの野郎、見た目通りで殺虫剤の濃いのを喰らわせたらイチコロだったぜ」
「見た目通り?」
 さらっと何故か自慢げにそう言った国崎の言葉に首を傾げる祐一。
「言ってなかったか? 第31号は白蟻みたいな奴だって」
「初耳だよ、それは。そう言う情報があるならもっと早く教えてくれよな」
 今度は祐一が国崎の方をジロリと睨み付ける番だった。相手の特性が前もってわかっていれば戦い方も考えられるというものだ。幸いにも国崎はそれをいち早く知ることの出来る立場にいる。それを有効活用しないでどうするというのだ。
「……ところでお前、何やっていたんだ?」
 あからさまに話題を変える国崎。その様子から第31号が白蟻の怪人だと言うことを教え忘れたのをそれほど悪いとは思っていないようだ。まぁ、そんなことはいつものことなのだが。
「何かわからねぇけど、凄い強い奴に足止めされてたんだよ。あの薔薇の奴とか蜂の奴とかと同じレベルの奴だった」
「倒せたのか?」
「いや。何とかダメージを与えられただけ。俺も力を使いすぎてダウンしてた」
 そう言ってまた肩を竦める祐一。
 だが、思い出すだけで身震いしてしまう程の強さだった。次に戦って勝てる保証は何処にもない。今回だって一体どうやって勝ったのか自分自身余りよく覚えていないぐらいなのだから。
(……覚えていない……?)
 不意にそのことに祐一は違和感を覚えた。確かに戦闘中は無我夢中ではあったが、記憶が途切れるようなことはなかった。しかし、今あのヌゴチ・ゴクツとの戦いを思い出そうとしても途中までしかはっきりと思い出せず、最後どうやってダメージを与えたのかが思い出せない。
(何だ……)
 急に鼓動が早く、強くなってくるような気がした。額に脂汗が浮かび上がる。
「おい、どうした? 真っ青だぞ、顔?」
 そう言う国崎の声がひどく遠くから聞こえてくるような気がする。
「わ、悪い。俺、もう帰るわ」
 祐一はそう言うとすぐ側に止めてあったロードツイスターに飛び乗った。そしてまるで逃げるようにして走り去っていく。
 国崎はそんな祐一の後ろ姿を首を傾げながら見送っていた。
「一体どうしたんだ、あいつ?」

<倉田重工第7研究所 22:45PM>
 未確認生命体B種の蠍人間、未確認生命体第31号白蟻種怪人ニドラ・ゴバルとの連戦においてPSK−03はかなりの大ダメージを受けていた。幸いにも装着員である潤にはほとんどダメージがなかったのだが、胸部装甲は大きくえぐられ、ニドラ・ゴバルの蟻酸を浴びた部分は内部メカまで完全に溶かされてしまっており修復不可能になっている。更にフライトユニットも蟻酸を浴び、もはや使い物にならなくなってしまっていた。
 フライトユニットなどの装備開発担当の深山雪見はそれを聞いて思わず卒倒してしまった程だ。
「……修理には時間がかかりそうですか?」
 研究室で少しぼんやりとしていた留美にそう声をかけてきたのはこの第7研究所の所長である佐祐理であった。彼女はここの所長であると同時にこのPSK計画の総責任者でもある。
「思った以上にやられてますから」
 短くそう答え、留美はデスクの上に置いてあったカップに手を伸ばした。中に入っているコーヒーはすっかり冷めきってしまっている。それに構わず喉の奥に流し込む。
「二十四時間フル稼働で修理して早くて五日、長くて十日。正直言ってここまでやられるとは思っていませんでした」
「敵がより強くなってきている、と言うことでしょうか?」
 そう言った佐祐理の顔は何処か不安げだ。敵が今まで以上に強くなり、その敵にPSK−03がかなわなくなってくる。それはすなわち装着員である潤の命に関わることなのだ。彼の上司である佐祐理には彼の命に関する責任がある。
 佐祐理の質問に留美は無言で答えた。認めたくはないが、確かに佐祐理の言う通りだろう。敵はどんどん強くなってきている。それに対しPSK−03は何度か改良はしているが、その限界が見えている。今はまだ勝てているが、それもいつまでのことか。いつか、敵の力にPSK−03ではかなわなくなる日が来る。それがいつになるのか、あまり考えたくはない。
「PSK−03,これ以上の強化は無理なんでしょうか?」
「え?」
「このままだといつかPSK−03はやられてしまいます。その前にPSK−03を今まで以上にパワーアップさせることが出来れば」
「そんな! これ以上のパワーアップなんて無茶です! 今でも普通の人間じゃ耐えられないスペックなのに、これ以上なんて……」
 留美の剣幕に驚いたのは佐祐理の方だった。目を丸くして留美の顔を見つめている。
「す、すいません。勝手な事言っちゃって」
「あ、いえ、こちらの方こそ申し訳ありません」
 互いに頭を下げあう佐祐理と留美。
「PSK−03のパワーアップの件ですが……深山さん達ともう少し話し合って検討してみます」
 顔を上げた留美が少し考えながら言った。
「よろしくお願いします。少しでも北川さんが無事に帰ってこれる確率を上げる為にも」
「わかっています。あ、それと……例の計画も進めておいてください。PSK−03のパワーアップが無理だとそっちをメインに進める必要がありますから」
「わかりました」
 しっかりと頷く佐祐理に留美はようやく笑みを浮かべてみせた。
 同じ頃、第7研究所の中にあるトレーニングルームで潤がウエイトトレーニングを行っていた。その側には不安げな顔をした斉藤が立っている。
「北川さん、そろそろ休んでくださいよ〜。体調管理も大事な仕事ですよ〜」
「わかってる。自分のことはちゃんとな」
「それなら……」
「PSK−03の性能を俺はまだ全部引き出し切れてない。PSK−03の全性能を使いこなすにはもっと俺が頑張らないとダメなんだ」
 トレーニングの手を休めずに潤が言う。
 しかし、実際のところ彼はPSK−03の性能をかなりのところまで引き出している。それでも使いこなせていないと思うのは敵に対する苦戦具合の所為だろう。敵が強いのではなく、自分がまだ劣っているから苦戦するのだと考えているのだ。
「それはわかりますけど……ちゃんと休まないと身体の方が保ちませんよ?」
「わかっているって言っただろ、斉藤」
 ジロリと斉藤を睨み付ける潤。
「一ヶ月程休んでいたんだ。その分もある。俺のことはいいからお前は先に休んでいろよ」
 これ以上横でグチグチ言われていてはかなわない、と思いながら潤はそう言い、タオルを手にとって汗を拭った。
「……わかりました。それじゃ先に休ませて貰いますけど……北川さんも無茶しちゃダメですよ」
「わかってるよ」
 斉藤がトレーニングルームから出ていくのを見送ってから潤は小さくため息をついた。彼は実際に戦うことはない。あくまでKトレーラーの中でPSK−03のコンディションチェックを行っているだけだ。だから潤の気持ちがわからないのだろう。
 しかし、彼の言うことも一理ある。休むのも潤にとって仕事の内だ。いざというときの為に体調は常に完璧に保っておかなければならない。だが、そうとわかっていても、例えそれが自身の命を縮めることになったとしても。それでもトレーニングをやめることは出来なかった。
「やるしかないんだ……」
 PSK−03で戦い抜く為にも。この先敵は今まで以上に強くなってくるだろう。それらの敵に負けない為にも。
「だったら……死ぬまでやるだけだ」
 静かにそう呟き、潤は再びトレーニングを開始した。

<喫茶ホワイト 08:58AM>
 トントントンと軽快な足取りで階段を駆け上ってきた長森瑞佳がとある部屋のドアの前で立ち止まる。すぅっと息を吸い込んでから出せるだけの大声でドアの向こうに声をかけた。
「マスター!! いつまで寝てるんだよっ!!」
 そう叫んでからドアを少々乱暴に叩いた。これ位やらなければこの部屋の主は起き出してこないのだ。
「もう開店時間だよっ!!」
 再び叫ぶ瑞佳。勿論ドアを叩きながら、だ。
 ややあってからゆっくりとドアが開き、中からいかにも怠そうな顔が出てきた。喫茶ホワイトのマスターだ。
「お〜、瑞佳か……今日は随分と早いな」
 欠伸をしながらそう言うマスターを見て、瑞佳がガックリと肩を落とす。
「何言ってるんだよ……もう開店時間だよ」
「ん? そうか、そんな時間か。それじゃ今日の開店は十時ぐらいだな」
 肩を落としている瑞佳を見ながら暢気にマスターが言い放つ。
「そんな事しているとその内店に誰も来なくなるよ?」
「大丈夫大丈夫。それよりも祐一の奴もまだ起きてないみたいだし、起こしてやってくれ。俺の時みたいに思い切りな」
 呆れたように言った瑞佳だが、マスターは全く意にも介さなかったようでニンマリと笑ってそう言うのであった。
 仕方なしに瑞佳が祐一の部屋の前まで来てドアをノックする。
「祐さん? 入るよ〜?」
 返事がなかったのでそっとドアを開けて中を覗いてみると、部屋の中には誰もいない。中に入ってみると窓が開け放たれていることに気がついた。その窓から顔を出し、横を見てみると屋根の傾斜に背を預けて空を見上げている祐一の姿があった。
「祐さん、何してるの?」
 瑞佳が声をかけると祐一は彼女の方をチラリと見て、上半身を起こした。
「……空を見てた」
 短くそう答えた祐一の表情はどことなく暗い。いや、暗いと言うよりも重く沈んだ表情――何か深く悩んでいるような表情だった。
「嘘」
「え?」
 あまりにも短い瑞佳の返事に祐一が少し驚いたように彼女の顔を見た。
「祐さん、嘘つくの下手だね。空なんか見てなかった。確かに視線は空に向けられていたけど、見ていたのは空なんかじゃない。違う?」
 瑞佳のその問いかけに祐一はあえて沈黙を貫く。ただほんの少し苦笑のようなものを浮かべただけ。だがそれだけで瑞佳は何かに気付いたようだ。心配そうな顔をして彼の顔をじっと見つめる。
「今度の未確認ってそんなに強いの?」
「え?」
 瑞佳の質問の意味が一瞬わからず、思わず問い返してしまう祐一。
「昨日ニュースでやってた。第31号……になるんだったかな? そんなに悩まなきゃならないぐらい強い相手なんでしょ?」
「あ、ああ……そう、そうなんだ。一体どうやったら勝てるかなって思ってずっと考えてた」
 そう言って苦笑する祐一。実際に考えていたことは瑞佳の言った通りのことではないのだが、悩んでいたこと自体は事実だ。それに何を悩んでいたかなど瑞佳に話せるはずもなく、話したところで彼女に新たな心配の種を与えるだけで何のメリットもない。
「大丈夫、勝てるよ、祐さんなら」
 瑞佳がそう言って微笑んでみせた。何処か相手を癒す、そんな笑顔だ。何となくだが彼女にそう言われると本当にそう思えてくる。
「私は何にも出来ないけど、祐さんなら絶対に大丈夫だって信じてる。それに……名雪さんが待ってるんだから絶対に負けられないでしょ?」
「……そう、ですね」
 笑顔のままそう言う瑞佳に祐一は頷いてみせる。彼女に余計な心配をかけさせたくはない。ただでさえ彼女の心の中には暗い影が常にあるのだから。
「さてと、それじゃ店開ける準備するから早く降りてきてね」
「わかりました」
 部屋の中に引っ込んだ瑞佳を見送り、祐一はもう一度空を見上げた。
 実際のところ彼が考えていたのは未確認生命体第31号のことではない。第31号がどう言った相手なのかすら祐一は知らないのだ。考えるも何もない。
 彼が考えていたのは自分の身体のことだった。体内に埋め込まれている霊石から全身に伸びている神経状のもの。それが脳にまで届いた時、祐一は未確認生命体と同じ存在になってしまうかも知れないと言われている。あくまでそれは彼の身体のことを担当している医師、霧島 聖の推測だが有り得ないことではない。
 祐一は自分がいつか未確認生命体――古代文字に言うヌヴァラグという種族と同様戦うこと、殺戮することだけに喜びを見出すような存在になってしまうのではないかとひどく恐れている。自分のこの手で、自分が守ろうと決意した人達を殺してしまうかも知れないとひどく不安に思っている。
 そして、その時は刻一刻と、そして着実に近付いてきている。今や祐一が戦う相手は未確認生命体だけではない。自分が自分でなくなり、殺戮マシーンと化してしまうその時までにどれだけの未確認生命体を倒せるか。時間すら、今の祐一にとっては敵なのだ。
「それでも……俺は戦うんだっ!!」
 不安に震える拳をギュッと握りしめ、決意を新たにする祐一。

<都内某所・教団施設 11:19AM>
「PSK−03侮り難し、か」
 ようやく自分の元に回ってきた報告書に目を通し、つまらなそうに呟いたのは教団の主任研究員の一人である高槻であった。
「やはり時間が足りなかったな。まぁ、高々三時間程度の改造であそこまでやれたのは僥倖と言うべきか」
 そう言ってその報告書を投げ捨てる。
 その報告書には彼が強化改造を施した蠍人間が死闘の末、PSK−03に敗れ去った旨が書き記されていた。しかし、そんなことは彼にとってどうでもいいことだった。そもそも蠍人間は彼の配下ではなく、教団東京支部長である巳間良祐の配下だ。多忙な良祐に一度カノンに敗れ傷つき戻ってきた蠍人間の強化改造を頼まれたので、自分の研究成果である機械化改造を施し再びカノンと戦わせるべく送り出したのだが、カノンと戦う前にPSK−03と戦い、そしてやられてしまったらしい。やはり短時間の機械化改造では思った程の性能の向上は見込めなかったようだ。もっとも、自分の配下ではないのでどうなろうと知ったことではないのだが。
「さて……」
 すっと座っていた椅子から立ち上がる高槻。ゆっくりと後ろを振り返るとそこには身体の大半を機械化した怪人が複数立っていた。
 その内の一体を指で指し示し、高槻はニヤリと笑う。
「よし、お前にしよう。行け! そして見せてやれ、お前の強さを!!」
 高槻の言葉に合わせるようにその怪人はその背にある極彩色の羽を広げるのだった。

Episode.60「意思」Closed.
To be continued next Episode. by MaskedRiderKanon


次回予告
再び行動を開始するニドラ・ゴバル。
その凶行を止めるべく不完全なまま出撃するPSK−03。
潤「危険は承知の上です!」
国崎「信じるしかねーよな」
突如空から祐一に襲い掛かる毒蛾人間。
更にその場に現れるヌゴチ・ゴクツ。
祐一「俺の邪魔をするな!」
郁未「私は……一体……?」
遂に始まる聖戦の第二段階。
未曾有の強敵に翻弄されるカノン、PSK−03の運命は!?
???「さて、真打ち登場ってな」
次回、仮面ライダーカノン「強敵」
動き出す、闇の中の赤き月……



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