<東京郊外・オフロードレーシング場 11:19AM>
 東京郊外にあるとあるオフロードレーシング場、一台の少し変わった形状のオフロードマシンが豪快に飛ばしている。この世界に一台しかない、全地形走破を目的としたスーパーマシン、ロードツイスター。乗っているのはこのマシンの所有者である相沢祐一。
 土を盛り上げたジャンプ台から大きくジャンプして着地、更に速度を上げてダートコースを突き進んでいくロードツイスター。その様子を少し離れたところから一人の男がストップウォッチを片手に見つめている。ロードツイスターの制作者である本坂だ。彼はマシンの制作のみならずレーサーの育成もやっているらしく、時折祐一を連れだしてはこうして特訓を施しているのだ。
 コースを何周かした後、ロードツイスターが本坂の前に戻ってきた。目の前でヘルメットを脱ぎ、大きく息を吐く祐一を見ながら本坂は渋面を作る。
「何やってるんだよ、祐の字。前よりもタイム、全然落ちてるじゃねぇか」
 そう言って手に持ったストップウォッチを突きつける本坂。
「一体どうしたんだ、お前? なんか今日は心ここにあらずって感じだぞ」
「あ〜、いや、別になんでもないです」
 少しばつが悪そうに祐一は答え、脱いだヘルメットを再びかぶった。
「もう一回行ってきます」
 本坂が何か答えるのを待たずに祐一はロードツイスターを発進させる。
 ロードツイスターを走らせながら祐一は考えていた。本当ならばこんな事をしている場合ではない。いつまた新宿の時のようなことが起きるか分からない以上、常に待機しているべきなのだ。だが、いつ起こるか分からない事件に対してずっと待機しているだけでは息が詰まってしまう。今日は息抜きのつもりで本坂につきあっているのだが、それでも気にかかることには違いない。それがタイムの悪さに出ているのだろう。この調子では帰る時に本坂に散々説教を食らうに違いない。それは出来るならば遠慮したいので少しはいいタイムが出るように集中することにしよう。
 そう思ってアクセルを回そうとした時だった。数台のオフロードマシンがコースを逆送してくるのが見えたのだ。
「何だ、あいつら?」
 訝しげに思うよりも早く、そのオフロードマシンの一団が祐一の方に向かって突っ込んでくる。こちらに正体を知られたくないのか、皆一様に黒いライダースーツに黒いフルフェイスのヘルメット。見るからに怪しい一団だ。
「チィッ!」
 こちらに向かってくる黒い一団。どうやら自分に危害を加えるつもりのようだ。そう判断した祐一は舌打ちすると、ロードツイスターを反転させた。幸いなことにこのレーシング場には自分と本坂しか来ていない。逆送しても他のバイクとぶつかることはないだろう。ロードツイスターのアクセルを回し、一気にスピードを上げる。
 ダートのコースを巧みに走り抜けていく祐一だが、追いかけてくる黒いライダー達もかなりの腕の持ち主らしく徐々に距離を詰めてきていた。どうやら腕前のみならずマシンの性能の方もかなり優秀のようだ。少なくても祐一と同レベル以上の腕前の持ち主が、それなりに優秀なマシンに乗っている。距離を詰められて当然と言うところだろう。
「何なんだ、こいつらは!?」
 バックミラーに映る黒いライダー達をチラリと見て呟く祐一。一体何者なのか。一体何処の誰に命令されて自分を襲いに来たのか。まるで分からない。何処かで誰かの恨みを買ったのかも知れないが少なくてもそう言う心当たりはない。
 そんなことを考えている間に黒いライダーの一人が祐一の真横に並んでいた。そのライダーがハンドルから片手を離し、祐一に殴りかかってくる。
「くっ!!」
 身体を前に倒して、ライダーの放ったパンチをかわした祐一はアクセルを回し、更にロードツイスターを加速させて、前に躍り出た。最高時速300キロを誇るロードツイスターだ。その気になれば速さで負けることはない。多少の改造車では敵わないはずだ。しかしながらこんなダートのコースではそうもいかない。それに今の状態で最高速度の300キロなど出そうものならこっちの身体の方が保たないだろう。戦士・カノンに変身した後なら問題は何もないのだが。
 更にアクセルを回して黒いライダー達との距離を広げる祐一。だが、一定の距離を黒いライダー達は常に保ちつつ、ロードツイスターを追ってくる。
「くそっ、こいつら……」
 一体何者だ、と思いつつ、祐一は焦りを隠せなくなってきていた。どうしても引き離すことが出来ない。それに正体不明。分かることと言えばこちらに害意を持っていると言うことぐらい。とにかく相手が何者か分からないと言うことが焦りと苛立ちを募らせる。
 と、走る祐一の前方に一人の男が現れた。サングラスをかけたその男はニヤリと口元を歪めるとその片腕をハサミ状へと変化させる。
「あいつ!?」
 片腕をハサミに変えた男には見覚えがある。確か新宿での事件のあった日にいきなり自分に襲いかかってきた未確認B種、蠍人間だ。あの時は何者かの邪魔が入り、撤退したのだがどうやらまだ諦めていたわけではないらしい。
「死ね、相沢祐一!!」
 そう言って男がハサミになった手を突き出してくる。
 右か左かによけようとするがそれを黒いライダー達が邪魔してくる。このままではかわすことが出来ない。そう判断した祐一は意を決してジャンプした。突き出されたハサミをかわして再びロードツイスターのシートに着地する。
「チィッ!!」
 自分の攻撃をかわした祐一を舌打ちしながら振り返るサングラスの男。その時にはもうその姿は完全に蠍人間のものと変わっていた。
 祐一はロードツイスターを停止させると、すぐさま飛び降りた。同じようにバイクを止め、降りてきた黒いライダー達が殴りかかってくるのをかわし、一人にボディブローを、別の一人に蹴りを喰らわせてから祐一は蠍人間の方を見る。
「貴様は我らにとって邪魔者。邪魔者には死を!」
 蠍人間がそう言い、祐一に向かってくる。
 それを見ながら祐一は腰の前で両腕を交差させた。そしてゆっくりとその腕を胸の前まで持ち上げ、左手だけを腰まで引く。残った右手で宙に十字を描いた。
「変身っ!!」
 祐一の叫び声と共に彼の腰にベルトが浮かび上がる。ベルトの中央に埋め込まれている霊石が眩い光を放ち、その光の中、祐一の姿が戦士・カノンへと変わった。
 突っ込んできた蠍人間にカウンターパンチを決め、吹っ飛ばしたカノンは他にいる黒いライダー達をさっと見回した。おそらくは彼らもこの蠍人間同様未確認B種と呼ばれる怪人であろう。どの程度の強さか分からないが、油断はしない方がいいだろう。
「我らが聖戦を邪魔する者」
「貴様に相応しきは死!」
 黒いライダー達が一斉にそのフルフェイスのヘルメットを脱ぎ捨てた。その下から現れたのは様々な異形の顔。一つとして人間のものはない。
「何だか知らないが……降りかかる火の粉ってのは払うしかないよな」
 そう言って身構えるカノン。

仮面ライダーカノン
Episode.59「魔蠍」

<渋谷区道玄坂 11:32AM>
 一人のOL風の女性が急ぎ足で駅へと向かっている。その表情には少し怯えの色が見え隠れしているのはおそらく先日新宿で起きた事件の所為だろう。いつまたあのような事件が起こるか分からない。そしてそれに巻き込まれないと言う可能性は全く0ではないのだ。出来れば家から出たくないのだが、そう言うわけにもいかない。働かなければ生きていけないからだ。
「はぁ〜、やだやだ」
 そう呟いてまた足を少し速める。前回の事件が新宿駅前という人の多い場所で起きた所為か、何となく人の多い駅前がまた狙われるのではないか、次はどこそこの駅前が狙われるのではないか、そう言う噂が流れている。その噂の中には勿論女性が向かっている渋谷駅も含まれているのだ。
 早くここから離れたい、そう思って女性が急いでいると白いスーツに白い帽子をかぶった男が彼女の前に現れた。男はまず帽子を取り、彼女に向かって微笑みながら深々とお辞儀してみせる。
「あ、あの……」
 いきなり自分の行く手を塞いだこの男に女性は戸惑うだけだった。一体何が目的なのか。まさかナンパ? こんな時間から? そう思いつつ男の方を見ると、男は妙なくらい真剣な表情を浮かべて彼女をじっと見つめている。
「ロサレジェ・ブローミヲジャ」
 そう言って男が壮絶な笑みを浮かべる。それは人間のものとはとても思えない凶悪な笑み。
 その笑みに見竦められた女性は身動き一つとることが出来なくなっていた。それは、言うなれば蛇に睨まれた蛙の如く。そして、その女性の前で男の姿が変わっていく。凶悪な白蟻を模した未確認生命体へと。ニドラ・ゴバル。女性が決して知ることのないその名を持つ未確認生命体は口から何か白い液体を噴き出した。
「きゃああっ!!」
 白い液体を浴びせかけられた女性が悲鳴を上げる。いや、それが彼女の断末魔の声だった。白い液体の浴びせられた場所からしゅーしゅーと白い煙を上げ、女性の身体が溶かされていく。どうやらあの白い液体は強力な蟻酸だったらしい。
 女性がその場に崩れ落ちる。それを見下ろしながら、ニドラ・ゴバルは左手首につけているリング状の装飾品についている勾玉を一つ、動かした。それからニタリと笑うとまた人間の姿へと戻っていく。
 その様子を少し離れたところから白いスーツに白いスカーフを首に巻いた女性がじっと見つめていた。その女性の口元に笑みが浮かぶ。

<東京郊外・オフロードレーシング場 11:41AM>
 カノンの繰り出すパンチを黒いライダースーツを着た怪人がジャンプしてかわした。空中で一回転し、着地すると同時に更に地を蹴って後退する。
「チィッ、ちょこまかと!」
 一定の距離を取りつつカノンを取り囲んでいるライダースーツの怪人達と更にその後方にいる蠍人間。何ともやりにくい。どの怪人もちょっかいを出してくる程度で本気で攻撃してきているわけでもなさそうなのだ。一体どう言うつもりなのか。
「……俺を殺すんじゃなかったのかよ?」
 少し挑発するようにそう言って周囲の怪人達を見回すが、カノンのその挑発にはどの怪人も乗ってこなかった。
(一体何のつもりなんだ、こいつら?)
 目的が分からない。自分を殺すと言っておきながらこのやる気の感じられない攻撃具合。何か矛盾しているようなそうでないような、苛立ちを感じさせる。
(……こちらから動くか?)
 さっと止めてあるロードツイスターの方を見やり、そちらに向かって駆け出してみる。行く手を遮ろうとした怪人をジャンプしてかわし、ロードツイスターのシートに飛び乗ったカノンはすかさずエンジンを始動させ、ロードツイスターを発進させた。
「逃がすな!!」
 それを見た蠍人間がそう言うのと同時にライダースーツの怪人達がそれぞれのマシンに飛び乗り、ロードツイスターを追いかけ始めた。
 しかし、先ほどと違い今度はカノンに変身している。ロードツイスターもカノンの変身にあわせてカノン専用マシンへと変貌を遂げており、その性能の限界まで引き出せるようになっているのだ。怪人ライダー達のマシンも改造を施されているがロードツイスターには敵わない。
 あっと言う間に怪人ライダー達を引き離したカノンは一旦ロードツイスターを止めると怪人ライダー達の方を振り返った。そして、そちらの方に向かってロードツイスターを発進させる。真正面から怪人ライダー達に挑む形だ。
 怪人ライダー達との距離がどんどん詰まっていく。カノンはそれを見ながらアクセルとギヤを操作してロードツイスターをジャンプさせた。すれ違い様に一体の怪人ライダーの顔面に片足を叩き込み、それから着地する。
 地面に叩きつけられた一体を除いた怪人ライダー達がすぐさま反転してカノンに向かっていった。それを迎え撃つかのようにカノンもロードツイスターを反転させて怪人ライダー達の方へと突っ込んでいく。今度はただすれ違うだけで終わり、そのまま走り抜けていくカノンを追いかけるように怪人ライダー達はまたしても自分たちのマシンをUターンさせた。
 先行するロードツイスターを追いかける怪人ライダー達。と、いきなりロードツイスターがブレーキをかけて停止した。タイヤを滑らせるようにしてその車体を横にする。後ろからロードツイスターを追いかけていた怪人ライダーの一体がロードツイスターのタイヤに足をすくわれ、宙に舞った。地面に叩きつけられ、バイクごと爆発する怪人ライダー。
 それを見たカノンがロードツイスターを再発進させる。またしても追いかける怪人ライダー達。今度はそれほど離れていなかったからか、すぐに追いつくことが出来た。ロードツイスターの横に並んだ怪人がカノンに向かってチョップを繰り出すが、それを受け止め、更に反撃の裏拳をその怪人の顔面に叩き込むカノン。追い打ちのチョップもついでに叩き込み、その一撃を受けた怪人ライダーがバランスを崩してバイクごと転倒、爆発する。
 次々と仲間を失いながらも、それでも怪人ライダー達はカノンを追撃することを諦めていないようだ。別の怪人ライダーがロードツイスターの横に並び、マシンごと体当たりを喰らわせてくる。
「くっ!!」
 何度か体当たりを喰らい、バランスを崩しそうになるのを必死に耐えるカノン。タイミングを見計らって急ブレーキをかけて後退、相手を先行させてから今度はこちらの方から追いかけていく。勿論速さで言えばロードツイスターの方が上なのですぐに追いつき、カノンはハンドルを持ったまま身体を浮かせて怪人ライダーにキックを喰らわせた。たまらず吹っ飛ばされる怪人ライダー。そのまま地面に叩きつけられて爆発してしまう。
 これで残る怪人ライダーは2体。その2体の怪人ライダーはカノンのやや後方にいて、こちらの様子をうかがっているようだ。バックミラーでそれを確認したカノンはギヤを落とし、ブレーキをかけてロードツイスターに急制動をかけた。更に後輪をあげて後ろにいた怪人ライダーの一体を叩き落とす。
 残る一体の怪人ライダーは仲間が倒されたのを見ると慌ててブレーキをかけ、カノンの方を振り返った。そして、カノンの方に向かってバイクをUターンさせると猛スピードで突っ込んでくる。このまま体当たりするつもりのようだ。死なば諸共、と言うつもりなのか。
 カノンはロードツイスターから飛び降りると突っ込んでくるバイクに向かってジャンプした。空中で身体を丸めて一回転し、右足を突き出す。それは丁度突っ込んできた怪人ライダーの頭に直撃し、そのまま怪人ライダーをバイクから叩き落としていく。横倒しになるバイクを背に、吹っ飛ばされた怪人ライダーを前にして着地するカノン。前で怪人ライダーが、後ろでバイクが爆発する。
 爆発が収まり、ゆっくりと立ち上がるカノン。立ちこめる黒煙が風に流され、その向こう側に立つ蠍人間の姿を見つけたカノンは注意深く身構えた。
「なかなかやるな。だがそれもここまでだ!」
 蠍人間がそう言ってカノンに飛びかかっていく。ハサミ状の手を突き出してくるが、カノンはすかさずそのハサミ状の手を受け流してしまう。そして強烈なボディブローをがら空きの腹に叩き込む。身体を九の字に折り曲げよろける蠍人間に回し蹴りを叩き込んでいく。綺麗に頭部に回し蹴りがヒットし、吹っ飛ばされる蠍人間。
 地面を転がりながらもすぐさま起きあがった蠍人間はこちらをじっと見ているカノンに向かって口から針のようなものを飛ばした。その針に仕込まれているのは少量でゾウでも死に至らしめる程の猛毒。カノンであってもこの猛毒には敵わないだろう。
 だが、カノンは自分に向かって飛んできた猛毒の針をあっさりと手刀で叩き落としてしまう。継いでジャンプすると鋭い蹴りを蠍人間に叩き込み、着地すると同時に身体を反転させながらの回し蹴り、更に軸足で地面を蹴って宙に舞い上がりながら後ろ回し蹴りを蠍人間に喰らわせていく。
 口から血を吐き出しながら吹っ飛ばされる蠍人間。信じられないことだが、カノンの身体能力は彼の知っているデータよりも遙かに上だ。明らかにカノンは強くなっている。自分はカノンと互角以上の戦いが出来るように調整されているはずなのに、それが全く敵わないとは。予想外にも程がある。
「く……何と言うことだ……」
 よろけながらも何とか立ち上がる蠍人間。そこに歩み寄ってきたカノンが強烈なパンチを蠍人間に叩き込む。更にふらつく蠍人間の腕を取り、捻りあげながら投げ飛ばした。バキッと言う嫌な音と共に蠍人間の片腕が異様な方向に折れ曲がる。
「ぐぎゃああっ!!」
 片腕を折られた激痛に悲鳴を上げる蠍人間。改造変異体と言えども身体中に神経が通っているのは普通の人間と変わらない。その身体に与えられる痛みは普通の人間よりも耐えられる範囲が大きいだけで決して無くなりはしないのだ。
 蠍人間の上げる悲鳴を聞きながらカノンは無言のまま、その肩を片足で踏みつけた。ただ踏みつけただけではない。肩の骨を砕くかのように思い切り踏み抜いたのだ。更なる激痛に蠍人間の口から絶叫が漏れるのを見下ろしながらカノンは拳を振り上げた。
 この拳を蠍人間の頭に振り下ろす。そうすればこの耳障りなうるさい声も聞こえなくなる。そう思って拳を振り下ろそうとしたその時だった。カノンの脳裏に不意に聞こえてくる声があった。
『お前、楽しそうだったぜ……戦っている時はよ』
 はっとなったカノンが振り下ろそうとしていた拳を止めた。そして、その拳を見て、ゆっくりと開いていく。今、自分は何をしようとしていたのだ。この拳で、この手で何をしようとしていたのだ。フラフラと後ずさり、そのまま尻餅をついてしまう。
「お、俺は……」
 震える声でカノンが呟く。あの声が聞こえてくるまで、自分は一体どうしていたのか。考えていたことは敵をいかにして倒すかと言うことのみ。どのようにして敵を屠るかと言うことのみ。どのようにして敵を痛めつけるかと言うことのみ。それ以外のことは何も考えていなかった。その事実が、カノンを、祐一を打ちのめす。これでは、奴らと、未確認生命体と同じではないか。
 放心しているカノンを見た蠍人間はゆっくりと起きあがるとその場から逃げ出した。何故、あそこでカノンが拳を止めたのかは分からないがとにかく今がチャンスだった。今のままではカノンを殺すことはおろかダメージを与えることすら出来ない。一度撤退して態勢を整える必要がある。それにここで自分がやられてはカノンが以前のデータ以上に強くなっている事を上層部に伝えることが出来なくなってしまう。敵前逃亡という恥辱を受けても生きてその汚名をそそぐチャンスを待った方がマシだ。そう思い、蠍人間は放心しているカノンをその場に残してさっさと逃げていくのであった。

<渋谷区道玄坂 12:21PM>
 一時間程前に女性が新たな未確認生命体に襲われたその現場に今、所轄の警官や鑑識課員、それに未確認生命体対策本部の刑事達がいて現場検証を行っている。
 そこに一台の覆面車がやってきた。乗っているのは未確認生命体対策本部に所属する刑事、国崎往人と住井 護の二人である。二人とも疲れ切ったような表情を浮かべているのは、この間起こった新宿での事件の事後処理に未だ追われている所為である。この現場に遅れてやってきたのも新宿駅前から消えた未確認B種が何処へ消えたのかの捜査をやっていた為であった。
「新しい未確認だって?」
 国崎が先に現場にやってきていた同じ未確認対策班の刑事に声をかけるとその刑事が頷いた。
「久し振りに出たっぽいな。やれやれ、例の新宿の事件のことも片づいてないってのに」
 そう言って疲れたようなため息をつく刑事に国崎は同意するように頷いてみせる。彼らはここ最近ずっと休み無しで働いている。新宿で起きた事件、あれが起こした波紋は予想以上に大きい。人々の不安を和らげる為に幾度と無く記者会見に臨む者、完全に後手に回った警察の責任を好き勝手に書き立ているマスコミに対する者、新宿駅前から一瞬にして姿を消した怪人達の行方を捜す者、そして電波ジャックをした謎の白覆面の行方を捜している者、どれも休み無く働いているのだ。そんなところに久々の未確認生命体の出現である。この調子では働き過ぎで倒れる者が出ても不思議ではないだろう。
「国崎さん!」
 かつては女性であっただろう死体を見て、顔をしかめている国崎の元に住井がやってきた。
「どうやら今朝からにかけて同じような手口で殺されている人がいるようです。この人で4人目ですね」
「同じような手口……まるで酸か何かで溶かされたような殺され方が他にもいるってのか……」
 渋面を作った国崎は女性にかけられていた白いシーツを被せなおして、手を合わせて黙祷した。今の彼に出来ることと言えばこれぐらいしかない。後出来ることと言えば一刻も早く彼女を殺した未確認生命体を発見し、倒すことだろう。
「例によって被害者や現場に共通点はありません。ほとんど通り魔のようなやり方は今までの未確認と同じです」
 住井の報告を聞きながら国崎は立ち上がる。やらなければならないことは山程ある。被害者の身元の確認、検死解剖、周辺の聞き込み。時間はいくらあっても足りない程だ。

<渋谷区恵比寿 12:43PM>
 山手線恵比寿駅を出たところでぽつぽつと降り出した雨に彼女は顔をしかめて空を見上げていた。大丈夫だと思って傘を持ってこなかったのはやっぱり失敗だったか、と思い、ため息をついて俯く。しかしそうしたところでどうなるものでもない。濡れることを覚悟して走り出そうとする彼女。
 と、その彼女にすっと白い傘を差しだしてきた者がいた。誰だろうと思った彼女が傘の差し出されてきた方を見ると、そこには白い帽子に白いスーツ姿の男が立っている。ニコニコと優しげな笑みを浮かべながら。思わずその笑みに彼女は見惚れてしまう。それほど魅力的な笑みだった。
「えっと、あの……」
 何か言わなければ、と思いながらも言葉が上手く出てこない彼女の肩に白いスーツの男は腕を回してきた。顔を真っ赤にしている彼女に構わず、白スーツの男は彼女を連れて歩き出す。
 しばらく歩いて周囲に人の気配が無くなった頃、白スーツの男は彼女をいきなり突き飛ばした。そして傘を投げ捨て、かぶっていた帽子をゆっくりと脱いでいく。それと同時に白スーツの男の姿がその本当の姿へと変わっていった。白蟻種怪人ニドラ・ゴバルへと。
 一方突き飛ばされた方の彼女は何が何だから分からないまま、膝をついて倒れ込んでいたが、男が持っていた傘が自分の横に投げ捨てられたのを見てようやく後ろを振り返った。
「ねぇ、一体どうした……ひぃぃっ!!」
 そこに立っていたのが白スーツの優男ではなく白蟻の怪人だというのを見て、彼女が悲鳴を上げる。それが彼女自身の最後の言葉になるとも知らず。
 ニドラ・ゴバルは悲鳴を上げている彼女に向かって容赦なく口から白い液体のようなものを噴きつけた。それは強力な蟻酸。それを噴きつけられた彼女の身体がシューシューと白い煙を上げつつ溶かされていく。
 溶かされていく女性を見下ろしながらニドラ・ゴバルは左手首につけているリング状の装飾品の勾玉を一つ、動かした。
「マガマガ・クヲコル・ンギョルジャサ」
 不意に聞こえてきたその声にニドラ・ゴバルが振り返ると、そこには首に白いスカーフを巻き、真っ白いスーツを着た女性がニヤニヤと笑いながら立っている。一体何時の間に現れたのか、まるで気配を感じさせなかったこの女性を見て、ニドラ・ゴバルは少しだけ顔をしかめた。
「ヴァアヴァア・ガヲニミ・ギシャガ・ヌヴァヲ?」
「ヴァシャニバ・ターダショ・バミザル・ノデミ・ギナサバ・ヴァシャニミ・ショッシェ・リシィタヲセモ・ツデリギャージャ」
 そこまで言って白いスカーフの女性は言葉を切った。ジロリとニドラ・ゴバルを睨み付けてから口を開く。
「ニグイッシェ・ソダッシェバ・ゴサヅ」
「ロデン・リササジェモ・ギャシュダショ・リッコミ・ヌヅマ」
 ニドラ・ゴバルが人間体に戻りながら白いスカーフの女性を睨み返す。
「グシィジャゲ・ジェマリゴショ・ンシネシェシド・ニグイッシャダ・ギナサミ・サッシェリヅ・モバニジャ」
 白いスーツの男となったニドラ・ゴバルの鋭い視線を不敵な笑みを浮かべながら受け止めつつ、白いスカーフの女性はそう言うとその背に白い翼を広げて宙へと舞い上がった。そのまま雨の空へと消えていく。
 空に消えていった白いスカーフの女性の姿を忌々しげに白いスーツの男が見上げるのであった。

<首都高池袋線西神田付近 14:45PM>
 降り出した雨はいつの間にか本降りになってきていた。
 雨が降り出した時点でこれ以上はいくらやっても無理だと判断した本坂が傘を差しつつコースに出て祐一を捜してみると、彼はコースの真ん中にぽつんと座っており、ただぼんやりとしているだけ。とりあえず祐一を見つけた本坂は彼を怒鳴りつけておいてから、引き上げる準備をするように言い、自らも軽トラックの方へと戻っていった。それから戻ってきた祐一と共にロードツイスターを軽トラックの荷台に固定し、本坂の店に戻り始めたのがだいたい1時間程前のことだった。
 つい先日の新宿での事件の所為か車の流れは順調で、この調子だと後少しで首都高から降りることが出来る。
「……あれだな、やっぱりこないだのは結構応えてるみたいだな」
 ぽつりと漏らす本坂を祐一が無言で見る。
「下手に出歩いてあの怪人どもに襲われちゃ敵わないってんでみんな家に引き籠もってんだろ。だから首都高も空いてるって訳だ」
 そう言ってから本坂は胸ポケットの中からタバコを一本取りだした。それを口にくわえてからライターを取り出し、火をつける。
「そんな事したって無駄だろうにな。家にいようが外にいようがそんなことは関係ない。家にいたって死ぬ時は死ぬし、外に出ていたって同じだ。結局は運だ」
「……そうですか?」
「そう言うもんだろう。未確認が家の中まで来ないって保証が何処にある?」
「そりゃまぁ、そうですが」
「何処のどいつがやったのかはしらねぇが、ああやって世情の不安を煽るってのはあれだろ、テロリストの手口だろ。日本は平和な国だったんでああいうのに慣れてねぇからな」 一体本坂が何を言いたいのか分からない祐一は黙って彼の横顔を見る。
「普段通りにしてりゃいいんだよ。こうやって引きこもってたりしたら奴らの思うつぼだろうが」
「……でも、あいつらが一体何を目的にしていたか何て……」
「て言うかなぁ、俺が言いたいことはだ」
 ようやく本題に入るらしい。
「お前まで凹んでいてどうするんだって事だよ! 瑞ちゃんから聞いたぞ! 何かこないだのこと、えらく気にしてるみたいだってよ!」
 いきなり怒鳴りつけられ、思わず目を丸くしてしまう祐一。
「だいたい今日も何だ! 少しは気分転換になるかと思ってわざわざ連れ出してやったのにあの様は!!」
「あ、いや、ちょっと、色々ありまして」
 本坂の剣幕に祐一は思わずタジタジになってしまう。しかし、祐一の言い訳を本坂は聞こうともせず、一方的に怒鳴りつけてくる。こうなるともう止まらない。首都高を降り、本坂の店に着くまでの間祐一は本坂の説教を聞き続ける羽目になるのであった。

<倉田病院 15:21PM>
 5階にある病室から覗く窓の外は降りしきる雨。何とも沈鬱なその光景にこの病室の主だった男はため息をついた。
 そんなところに一人の看護婦がやってくる。
「北川さん、お待たせしました〜」
 その看護婦は外の沈鬱さを吹き飛ばすかのように明るい声と笑顔でそう言い、男を廊下に連れだした。するとそこには数人の看護婦がずらりと並んでおり、その内の先頭にいた二人がクラッカーを鳴らす。
「北川さん、退院おめでとうございます!」
「現場に復帰したら頑張ってくださいね!」
「すぐに帰って来ちゃダメですよ!」
 看護婦達が口々にそう言って男――北川 潤の方に詰め寄ってくる。未確認生命体の魔手から人々を守る倉田重工の秘密兵器、PSK−03の装着員の彼、意外と人気者だったようだ。だが、潤の方はこの予想外の出来事に戸惑うばかりである。
「あ、いや、ありがとう」
 そう言うのが精一杯だった。
「はい、これ。一応みんなからです」
 看護婦の一人がそう言って花束を彼に手渡した。
「頑張ってくださいね」
「……ありがとう。俺に出来ることをやれるだけやってみせる」
 看護婦に向かって力強く頷いてみせる潤。こうやって自分を応援してくれている人がいる。それだけで再び戦う気力が沸いてくる。そう思う彼であった。
 エレベータから降り、病院の玄関を出るとそこには一台のリムジンが止まっていた。その横には倉田重工第7研究所所長にしてPSK計画の総責任者である倉田佐祐理とPSKシリーズ装備開発部主任研究者である深山雪見が並んで立っている。
「所長、それに深山さんも」
「退院おめでとうございます、北川さん」
「元気そうで何よりだわ」
 二人が口々に言うのに頷いて応える潤。
「わざわざ迎えに来てもらえるなんて思ってもみませんでしたよ」
「わざわざ迎えに来る理由があったからよ。心配しないで」
 予想外のことに少し嬉しそうに言う潤に向かって笑みを浮かべながら雪見が言う。その言葉に潤の顔が引きつった。何か分からないがイヤな予感がする。
「とりあえず乗ってもらえる? 説明は中でするから」
 そう言って雪見がリムジンのドアを開けた。と言うか、この車あんたのじゃないだろうと思いつつもそれを口には出さず、潤はニコニコと微笑んでいる佐祐理をチラリと見てから、雪見に促されるままリムジンに乗り込んでいく。続いて佐祐理、最後に雪見がリムジンに乗り、彼女がドアを閉めるとリムジンがゆっくりと動き出した。
「まずはこれを見てもらえるかしら?」
 動き出した車内ですっと雪見がファイルを差し出してくる。無言でそのファイルを受け取り、開いてみるとそこには数ページに渡ってPSK−03の様々な改良点が図やら写真やら付で書かれていた。
「かいつまんでの説明しか書いてないけど、それで充分でしょ?」
「はい」
 本当は説明したくてうずうずしているはずだ。声の端々に少し残念そうな雰囲気が滲み出ているのがわかる。だが、あえてそこはスルーすることにした。説明魔、深山雪見。第7研究所内でこう密かにあだ名されているのは伊達ではないことを彼も知っている。
「この間の新宿での一件で装着員を代理してくれていた広瀬さんが入院してしまっているからまだ全部チェックが終わってないの。悪いけど第7研に戻ったらすぐに始めたいんだけどいい?」
「勿論です。臨むところですよ」
 潤はそう言ってファイルを閉じ、ニヤリと笑って見せた。身体の方は完全に回復している。気力の方も充実している。それにPSK−03の改良が終わっているのだ。今ならどんな相手が現れようと負ける気がしない。早く改良の終わったPSK−03を見てみたい。そう言う気がしていた。

<都内某所・教団施設 16:04PM>
 教団東京支部長、巳間良祐はカノンとの戦いに敗れ、逃げ帰ってきた蠍人間の回復処置を行わせながら新たな仕事に取りかかっていた。やらなければならないことは山程ある。新宿での一件の最終的な報告書を教団の上層部にあげなければならないし、その時に倒された改造変異体の補充も行わなければならない。多大なるダメージを受けた改造変異体の強化改造もしなければならないし、警察に対する隠蔽工作やマスコミに対する宣伝工作などの指示、”聖戦”の第二段階の下準備など。彼が直接指示を出さなければならないこと、承認しなければならないこと、そして自分の研究などそれこそ一日が48時間あっても足りないくらいだ。
 トントンとドアがノックされる。デスクに向かって何か書いていた良祐が少しムッとしたように顔を上げた。ただでさえ忙しいのに、その仕事を邪魔されるのが気にくわない。だが、対応しないわけにもいない。
「誰だ?」
 不機嫌さを隠そうともせずにそうドアに向かって声をかけると、ニヤニヤ笑いながらサングラスの男が中に入ってきた。
「これはこれは、随分とご機嫌斜めそうで」
 入ってきた男は不機嫌そうな良祐を見てもニヤニヤ笑いを崩さず、すっとデスクの上に腰を下ろす。
「奴……折原浩平の行方の捜索はやっているんですかねぇ?」
 サングラスの男がデスクの上に置いてある置物を手に取りながら再び書類の作成に戻っている良祐に尋ねた。彼にとって興味のあることはそれだけ、教団が何をしていようと関係ない。
「折原浩平なら死んだ。そう言ったはずだ」
「……確か捨て身の自爆攻撃でしたっけねぇ?」
「ただでさえ残り少ない手駒がこれで更に減った。だが、そうまでしてでも奴を仕留めたという功績は大きい」
 顔を上げることすらなく良祐は淡々と言い放つ。そこにはどう言った感情も感じられない。ただ、感じ取れるとしたら面倒くさいと言うことぐらい。サングラスの男の相手をしているのが、なのか、書類の作成が、なのかは分からないが。
「本当にそうですかね?」
 サングラスの男の言葉に良祐は手を止めた。
「何が言いたい?」
「その程度のことで奴が死んだと本気で思っているのですか?」
 挑発的なサングラスの男の発言。だが、良祐は再び書類作成の為に手を動かし始めた。この男が一体何を求めているのかは分からないが、とにかく今は先にこの書類を仕上げてしまわなければならないのだ。この男の言葉に耳を傾けている暇はない。
「折原浩平、あいつは知っての通り並みの奴じゃない。奴を殺せるとしたらこの私だけ、そう言ったはずですがね」
「だが、事実奴は死んだ」
「死体も確認されてないのにそう決めつけるのは早計だと言っているんですよ」
 サングラスの男はそう言うと手にしていた置物をデスクの上に戻し、自らもデスクから降りた。
「……奴は死体すら残らないぐらいに吹っ飛ばされた。それにあの状況では生きているはずがない」
 チラリとサングラスの男の方を見て良祐が言う。だが、サングラスの男はつまらなさそうに首を左右に振って見せた。
「奴が死んだと油断していると後で手痛いしっぺ返しを喰らうことになる」
「忠告として受け取っておく」
「人の忠告は素直に受け取っておくものですよ、支部長殿。それと少しは私にも何かやらせてはもらえませんかねぇ。いくら英気を養えと言われてもこう毎日毎日では身体が鈍ってしまう」
 ニヤニヤと笑いながらサングラスの男はそう言い、ドアの方に向かって歩き出した。答えが返ってくるとは元より思っていないらしい。言うだけ無駄だろうが、それでも構わない。どうせこの連中にいいように使われる気はない。時が来れば勝手に行動するまでのことだ。
「もう少し待って貰いたいな。君に見て貰いたいものがもうすぐ完成する。それまで辛抱して欲しい」
 出ていこうとした背にかけられた言葉にサングラスの男は足を止めた。まさか返事がもらえるとは思っていなかった。しかもそれは自分が想像していたものとは全く違った答え。何やら面白いことになりそうだ。
「分かりました。ではもう少しぐらいはじっとしていましょう」
 ニヤリと笑い、サングラスの男が部屋から出ていく。
 それと入れ違うようにして今度は白衣を着た神経質そうな男が部屋の中に入ってきた。その男は何も言わずにずけずけと良祐のデスクの前までやってくると、ドンと乱暴に手をついた。
「……何の用だ、高槻?」
「今度はこの私の番だ。構わないだろう、巳間?」
 目をギラギラとさせながら白衣を着た神経質そうな男――高槻が言う。
「何の話だ?」
「はぐらかすな。”聖戦”は始まっている。この私に何もやらせないとでも言うのか、お前は?」
「既に計画の第一段階は終わった。これからは第二段階へと移行する」
 息も荒く詰め寄ってくる高槻に良祐は冷静な声を返す。
「お前の出る幕はまだ先だ」
「待てん。俺は俺の研究成果を早く試したいんだ」
「勝手なマネは謹んでもらわなければ困る。お前一人の所為で我らが計画――”聖戦”が破綻しては困るからな」
「……結局手柄はお前の独り占めという訳か」
「そうじゃない。だいたい第一段階を始めようとした時点でお前にも連絡したはずだ。その時に何の反応も返さなかったのはそっちだろうに」
「もう一度だ。今度はもっと人の集まる場所がいい。東京駅前とかな。私にやらせろ」
「ダメだ。許可出来ん。それに一般人に充分な恐怖は既に与えてある。これ以上は余計なこと、下手をすれば逆効果になる」
 にべもなく言い放つ良祐を見て高槻はようやくデスクから手を離した。いくら言っても良祐は首を縦に振ることはないだろう。それにあまりしつこく言って、仮に許可が出たとしてもそれは教団全体の意志に反してしまう可能性もある。自分の研究成果の確認の為だけに教団の上層部を敵に回す気は彼にはない。
「チッ……」
 舌打ちして良祐に背を向けてドアの方に向かう高槻。出遅れてしまったのは研究に夢中になっていた所為だ。言うなれば自業自得。次のチャンスを待つしかない。遠からずそのチャンスは来るはずだ。”聖戦”が続く限りは。そう思いながらドアノブに手をかけようとした時だ。後ろから声をかけられたのは。
「待て、高槻。お前に一つやってもらいたいことがあるんだが」
 どうやら思ったよりチャンスは早くやってきたようだ。口元を歪めてニヤリと笑い、だが、すぐにそれを隠して高槻はゆっくりと振り返る。
「この私に何をして貰いたいのかな、支部長殿?」
 出来る限り平静に、いつものように少々相手を小馬鹿にしたような口調で良祐を見る高槻。決して嬉しそうな素振りは見せない。相手に付け入られるような隙は見せない。
「お前は自分の研究成果を試したいんだろう? サンプルを一つやる。そいつにお前の研究成果を施してカノンにぶつけさせろ」
 良祐が書類から顔を上げずにそう言った。そんな彼に態度に少々ムッとするものを感じないでもないが口には出さない。
「カノンにねぇ。分かった。すぐに私の研究室にそのサンプルを届けさせろ。すぐに強化を初めてやる」
「もしカノンを倒すことが出来れば上にちゃんとお前がやったと報告してやる」
「フフフ、その言葉、忘れるなよ」
 不敵に笑って高槻は良祐のいる部屋を後にした。カノン――教団にとってアインと並ぶ忌々しき敵。勿論ブラックリストの上位にその名はある。抹殺の為に何体かの改造変異体が向かったと聞いていたが、どうやら失敗に終わったようだ。ここでもし自分の手のものがカノン抹殺を成し遂げれば教団内部での地位は確実に向上するだろう。良祐に変わり東京支部長になることも夢ではないはずだ。
「フフフ……ははは……ハーッハッハッハッ!!」
 高槻は自分の野望が確実に前進していることを確信したのか大声で笑いながら廊下の向こうへと消えていくのであった。

<警視庁未確認生命体対策本部 18:32PM>
 未確認生命体対策本部が使用している会議室内は重苦しい沈黙に支配されていた。久々に現れた未確認生命体。転々と場所を変えながら次々と被害者を生み出しているこの未確認生命体第31号の行方、殺害方法、その姿等彼らは何一つ掴めていなかった。
 それでなくてもこの間の新宿での一件のこともあり、警察に対する世間の風当たりは相当厳しい。今もマスコミや事件のあった周辺住民からの問い合わせの電話が相次いでいる。未確認生命体第31号が次に何処に現れるかわからない以上、何処にいても不安は拭いきれない。ここが安全だという保証は何処にもないし誰もしてくれないのだ。
「今のところ、第31号は人の多く集まりそうな場所、主に駅前を転々と移動しながら犯行を繰り返している模様です」
 立ち上がって報告書を読み上げているのは住井。聞いているのはこの未確認生命体対策本部本部長の鍵山、それに警視総監、更には警察庁からも幹部が来ており、苦虫を噛み潰したような顔で報告を聞いている。
「一番初めに犯行が行われたと思われるのは東横線の中目黒駅、これは被害者が発券された時間からそう考察されたわけですが。次が世田谷線の三軒茶屋、三番目は小田急線下北沢」
 そう言いながら後ろに置いてあるホワイトボードに貼り付けられてある地図上に赤ペンで丸をつけていく。
「四番目の渋谷駅ですが、これは現場に一番近いのが京王井の頭線でしたのでそことしておきます。その次、五番目は山手線の恵比寿駅」
 続けて住井は丸を増やしていく。
「六番目は東京メトロ日比谷線の六本木。七番目の被害者が発見されたのが都営地下鉄大江戸線麻布十番。八番目は山手線品川駅。それで一番新しい被害者が発見されたのが同じく山手線新橋駅」
「これを見ると第31号はあれか、電車にでも乗って移動しているとでも言うのかね?」
 そう尋ねてきたのは警察庁から来た幹部職員である。少し馬鹿にしたような口調だ。未確認生命体というものが一体どう言うものかわかっていないらしい。今の未確認生命体は人間社会に巧妙に紛れ込んで、その姿を隠している。怪物のような姿でうろつき回るようなことはもうしていない。そんなことをしていたのは極々初めに出てきた奴らだけだ。現時点において活動していると思われる未確認生命体はどいつも人並み以上の知能を持っていると考えられていると言うのに。
 未確認生命体対策本部に所属している捜査員達が白けた視線をその幹部職員に向けるが、当の本人はそれに気付いていないようだ。早く答えてみろと言わんばかりの顔で住井を見つめている。
「その可能性は非常に高いと思われます」
 住井ははっきりとそう答えた。
「それは第31号が犯行の場所として駅前、それも複数の路線が集まっている駅を選んでいることから」
「そ、そんな馬鹿なことがあるか! だいたい未確認がどうやって電車に乗っていると……」
 住井の発言を遮って幹部職員が大きい声でそう言うが、その時になってようやく彼は会議室内に漂う白けた空気に気付いたようだ。どうやら自分の発言はかなり的外れだったようだと、そこでようやく幹部職員は気付き、ムッとした顔をして押し黙ってしまう。
「ご説明致しますが?」
「結構だ!!」
 おそらく厚意ではないだろう住井の発言に不機嫌そうに答える幹部職員。会議室のあちこちから失笑が漏れる。
 再び住井は報告書に目を落とし、説明を続けようとすると会議室のドアを乱暴に開け放って一人の男が飛び込んできた。その男は荒い息をしながら会議室内をぐるりと見回す。
「な、何だね君は! 今会議中だぞ!!」
 いきなり入ってきた男を見た幹部職員が怒鳴り声をあげる。だが、それを隣に座っていた鍵山が制した。入ってきた男に見覚えがあったからだ。
「君は、確か南君だったね?」
「は、はい! 科警研の南です! 検死報告書と分析結果を持って参りました!」
 そう言って南と呼ばれた男が敬礼する。そして手に持っていたファイルを鍵山に差しだそうとするが、鍵山はそれをやんわりと押しとどめた。
「丁度いい。君の方から報告してもらえるかね?」
「あ、は、はい! わかりました!」
 緊張でもしているのか、やたら大きい声で答える南。手に持ったファイルを開き、一度咳払いをして会議室内を見回す。
「第31号による九人の被害者はいずれも強力な酸性の、おそらくは液体状の物質を浴びせかけられ、それによる炎症で死に至っております。被害者の服やその死体から採取したサンプルからこの酸性の物質が蟻酸であることが判明しております」
「蟻酸と言うと、蟻の体内にあると言う?」
 鍵山の質問に南はこくりと大きく頷いた。
「と言うことは今度の奴は蟻か……」
 そう呟いたのは会議室の隅の方にいた国崎だった。
「この蟻酸ですが人間の身体を溶かす程強力なものでして、かなり危険だと思われます。現在科警研でその中和剤の開発を行っておりますが、完成がいつになるかわかりません。もし相手にするのなら出来る限り離れてしないとこっちがやられてしまう可能性が大きいです」
「このことを各所轄にすぐに連絡してくれたまえ。第31号には接近するなとな」
「わかりました」
 鍵山の指示を受けて捜査員の一人が席を立った。おそらくは無線室にでも行くのだろう。そこから先ほどの鍵山の指示を所轄の警察に伝えるのだ。
 と、今出ていった捜査員と入れ替わりに一人の婦警が会議室に飛び込んできた。彼女が浮かべている表情から、その場にいた者全てがまた何か起きたと言うことをすぐに悟る。具体的には第31号による新たな被害者が発見されたと言うことだろうか。
「大変です! 第31号が……」
 しかし、その婦警が口にした言葉はその場にいた未確認生命体対策本部の面々の想像を上回っていた。
「第31号が東京駅に現れて……警察に出てこいと、そう申し立てているそうです!」

<倉田重工第7研究所 19:03PM>
 その報告が倉田重工第7研究所にもたらされたのは北川 潤がようやくPSK−03の改良点を書き記したファイルを全て読み終え、休憩のついでに夕食をとろうと食堂に足を運んだ時だった。
 結局研究所に戻ってきてからPSK−03を装着してのチェックは行われていない。前回出動時のダメージがまだ完全に直っていないのと、更にAIの調整をPSKチームのリーダーである七瀬留美が行っていたからだ。その為に予定変更となった彼は今まで空いた時間を利用してPSK−03の改良点を書き記したファイルを読んでいたのである。どうやらこのファイルの作成者は雪見のようで、本人は「かいつまんでの説明だけ」と言っていたが、それでもやたら量があった。特に自分が関係したところ――主に装備品の改良点などだが――の説明は半端ではない。全てを読み終わるのにこれだけの時間がかかってしまった。さすがは説明魔、その面目躍如と言うところか。
「北川君、帰ってきていたんだね」
 食券を渡そうとするといきなり声をかけられた。そっちの方を向いてみるとこの第7研究所の食堂のアイドル・川名みさきがいて、ニコニコと笑顔で潤の方を見つめている。彼女の顔を見るのも随分と久し振りだったが、その笑顔は変わらない。ただ、彼女のかけている視力補助のメガネの形状は前と少し変わっていたが。おそらく最新式のものに替えたのだろう。
「お久し振りです、みさきさん」
「うん、お帰りなさい、北川君。ちょっと痩せた?」
「入院中は安静にしていましたからね。少し運動不足かも知れません」
「そう言うことなら今日は大盛りだね」
「みさきさんレベルのは勘弁してくださいね」
「ダメだよ、しっかり食べないと」
 そう言いながら食券を受け取ったみさきが厨房の奥へと消えていく。注文したものが来るのを待っていると館内放送での呼び出しがかかった。
『PSKチームのみなさん、大至急所長室へ来てください! 繰り返します! PSKチームのみなさんは大至急所長室へ来てください!』
 所長の佐祐理自らの呼び出しだ。これは何かあったのだと思った潤がすぐさま食堂から飛び出していく。
「ああ、ちょっと、北川くんっ!!」
 後ろからみさきの少し焦ったような声が聞こえてくるが今はそれよりも先にやらなければならないことがある。後ろ髪を引かれるような気がしたが、それでもあえて彼は所長室へと向かって走るのであった。
 潤が所長室にたどり着いた時にはもう他のメンバー、留美と斉藤はもうやってきていた。どうやら食堂にいた彼が一番最後になってしまったようだ。食堂は所長室からかなり遠い位置にあるから仕方ないと言えば仕方ないのだが。
「すいません、お待たせしました」
 中に入るなりそう言って頭を下げる潤。
「こちらの方こそお呼び立てして申し訳ありません。つい先程警察の方から入った情報ですが、新たな未確認生命体、第31号が出現したそうです」
 所長用の大きなデスクの上で手を組みながら佐祐理が言う。
「場所は東京駅の丸の内側の出口。警察は既に出動しているそうです」
「その31号ですが一体どう言った?」
 そう尋ねたのは留美だ。彼女はPSKシリーズの開発チームのメインメンバーの一人でありながら、実戦部隊であるPSKチームのリーダーも兼ねている。意外なことに戦術論などの方にも明るいのだ。実際に戦うのはPSK−03装着員である潤なのだが、その戦いをサポートしたり戦術を考えたりするのは主に留美の仕事だったりする。その為にも敵の情報は少しでもあった方がいいのだ。
「話によると蟻の怪物だとか。強力な蟻酸を武器にしているようなので接近戦はしない方が得策だそうです」
「了解しました。北川君、斉藤君、PSKチーム、出動よ!」
「了解!」
 そう言ってビシッと敬礼する潤と斉藤。
「北川さん、退院したばかりなのに申し訳ありません。本当ならばもっとゆっくりして貰いたいんですが」
 出ていこうとしていた潤に向かって心底申し訳なさそうな顔をする佐祐理。退院したばかりの潤だ。以前よりも体力は落ちているに違いない。それに戦闘の勘だって鈍っているだろう。そんな彼にいきなり実戦をやらせようなど無茶にも程がある。だが、それでも彼に行って貰うしかない。PSK−03の装着員は彼の他にいないのだから。
「大丈夫ですよ。実戦の勘を取り戻すのに丁度いいくらいだ」
 そう言って笑みを浮かべる潤。強がりではなく、本当に彼はそう思っている。そうでなくてもこのPSKチーム、何かと見切り発進が多いのだから。PSK−01の頃からそうだ。ブレイバーバルカン、PSK−03本体、モードF用フライトユニット、モードA用追加装甲&追加武装、パイルバンカー、ブレイバーノヴァと数え上げればきりがない。きちんとテストされてから実戦投入されたものの方が少ないくらいだ。裏を返せば、それだけ事態が切迫していると言うことなのだが。
「気をつけてくださいね、北川さん」
「任せてください」
 それでも心配そうな佐祐理にそう言い、潤は先に所長室から出ていった留美達を追ってKトレーラーのある駐車場へと急ぐ。
 広い地下駐車場に止められているKトレーラーの前に留美が腕を組んで立っている。どうやら潤が来るのを待っていたらしく、彼が姿を見せるとそれまで浮かべていた気難しそうな表情を和らげた。
「待っていたわよ、北川君」
「すいません。それじゃ行きますか」
 そう言ってKトレーラーに乗り込もうとする北川に向かって留美は首を左右に振って見せた。いつもは見せないような笑顔を浮かべて、彼の方をじっと見つめる。
「さっきまで忙しくって言えなかったから、今言っておくわ。お帰りなさい、北川君」
「……ありがとうございます、七瀬さん」
 一瞬キョトンとした表情を浮かべる潤だが、すぐに留美と同じように笑顔を浮かべてそう答えるのだった。
 それを見て、満足げに頷く留美。それから潤の肩を思い切り叩いてからKトレーラーに乗り込んでいく。
「行くわよ、北川君っ!!」
「はいっ!」

<千代田区東京駅丸の内中央口 19:21PM>
 赤煉瓦で出来た駅舎の屋根の上で未確認生命体第31号、白蟻種怪人ニドラ・ゴバルはサーチライトの光を浴びながらキョロキョロと落ち着かなさげに周囲を見回している。まるで誰か来るのを待っているかのようだ。
 既に未確認生命体対策本部の刑事達と例によって機動隊によって現場周辺は封鎖されており、周囲の交通規制などを所轄の警察と警視庁の交通課が協力して行っている。しかもかなり広範囲に渡って現場は封鎖されているのであちこちで渋滞が発生していた。そのあおりを喰らってPSKチームを乗せたKトレーラーは未だにこの現場に到着していない。
「ちょっと離れすぎじゃないか?」
 この現場を指揮している刑事に声をかける国崎。
 普段ならば未確認生命体対策本部のbQ格の神尾晴子警部が現場に指揮を執るのだが、彼女は新宿の件でのマスコミ対応に追われ、その心労の為に倒れてしまっているらしい。元々現場主義な彼女なだけにそう言う方面での対応は慣れていなかったようで、それが余計に彼女の心労を溜め込ませてしまったようだ。現在自宅療養中とのこと。
「あまり近付いて奴の酸の餌食になってもダメだろう。ライフルの射程距離には十分すぎるし監視もちゃんとやらせてるから大丈夫だ」
 その刑事がそう答えたので国崎はとりあえず何も言わずに駅舎の屋根の上にいる第31号の方を見やった。まだ何かを探しているかのようにキョロキョロと周囲を見回している。一体何を探しているのだろうか。
「俺たちを呼んだ割には何もしてこないな。一体どう言うつもりなんだ、あいつ?」
 双眼鏡で第31号の姿を改めて確認しながらその刑事が呟く。
 国崎はそっとその場を離れ、自分用の覆面車に近寄っていった。そして、この車にだけ搭載されている無線を取り出す。
「祐の字、聞こえてるか?」
『聞こえてる。けど何だよ、この渋滞は? 全然進まないぞ』
 無線を通して祐一の不機嫌そうな声が返ってきた。
 警視庁を出る前に国崎は祐一がいるであろう喫茶ホワイトに電話で連絡しておいたのだ。新たな未確認生命体の出現、その行動開始に少なからず祐一は動揺していたようだが、それでも現場である東京駅前に来ると約束した。どうやら来る途中の道が渋滞しており、そこに捕まってなかなか抜け出せなくなってしまっているらしい。
『そっちの様子はどうなんだ?』
「どうもこうもねぇな。何かを探してるのか待ってるのか知らないがじっとしてやがる」
『そうしてくれていると助かるな。こっちはもう少し時間がかかりそうだ。何とか抜け道探してみる』
「そうしてくれ。いつ動き出すかわからないからな」
 それだけ言って国崎は無線を車内に戻した。それから双眼鏡を手にし、駅舎の屋根の上の第31号を見てみる。どうやら目的のものが見つからないのでかなり苛立っているようだ。これだといつ動き出しても不思議はないだろう。双眼鏡を降ろし、その代わりにライフルを手に取る。
「いい加減これじゃ心許ないって気がするんだけどな」
 そうは言ってもこれ以上の武器が警察に支給されることはないだろう。バズーカなり無反動砲なりが支給されれば火力と言う面では申し分ないのだが、その扱いに熟知するまで時間がかかるだろう。そんな暇は何処にもない。
 とは言え、このライフルに装填されている炸裂弾では未確認生命体相手にはもはや通用しなくなってきている。このままではこちらの被害が増えるだけだ。
「どうしたもんだろうな」
 呟くが答えは返ってこない。

<千代田区丸の内・丸の内ビル屋上 19:34PM>
 渋滞に巻き込まれたKトレーラーから一足先にモードF用フライトユニットを装着したPSK−03が東京駅を見下ろせるビルの屋上に降り立った。
「到着しました。映像、届いてますか?」
 マスクの中に内蔵されているマイクに向かって呼びかける潤。離れたところにいるKトレーラーの中、PSK−03用のオペレーター席では留美と斉藤がPSK−03の、やはりマスクに装備されているカメラに写る映像を食い入るように見つめていた。
『感度良好ですよ、北川さん』
 斉藤の声が返ってくる。
『こっちでも第31号の姿を確認したわ。サーチライトでライトアップなんて粋じゃない』
「どうしますか? 少し様子を見て……」
『そうね。その方がいいわ。北川君の体調のこともあるし、突っ込むのはタイミングを見計らってにしましょう。それに例の彼も来るでしょうしね』
「あいつも渋滞に巻き込まれてるだろうからなかなか来れないと思いますよ」
 留美の声にそう軽口を返す潤。だが、何かの気配をPSK−03のAIが察知、アラーム音が鳴る。すぐさま振り返ると、物陰から何者かがすっと立ち上がったのが見えた。
「倉田重工のPSK−03か……まぁ、予定とは少し違ったが構わないだろうな。お前も我々にとって邪魔者であることには変わりないのだし」
「何者だ、貴様!?」
「死にゆく者に名乗る名など無い!」
 そう言いながら飛びかかってきたのは身体の半分を機械化した蠍人間であった。
 カノンに敗れた後、教団の施設に戻った蠍人間は本来の上司である良祐から高槻に引き渡され、更なる改造手術を受けたのだ。高槻は改造変異体のレベルアップに機械との融合を目論見、その研究を行ってきていた。その成果が今の蠍人間なのだ。身体に内蔵された機械によって蠍人間のパワーや反応速度は飛躍的に向上している。
 蠍人間はPSK−03に体当たりを喰らわせると機械化された左腕を突き出した。そこには鋭利な刃物状になったハサミがあり、それが回転を始める。
「カノンを殺す前にまずはお前からだ。砕け散れ」
「そうはいくか!」
 何とか踏みとどまったPSK−03はブレイバーバルカンを蠍人間の方に向け、引き金を引いた。秒間50発もの特殊弾丸が発射されるが、蠍人間は左手の回転するハサミで全て弾き飛ばしてしまう。
「そんなものでこの俺を倒せるものか!!」
 回転するハサミでブレイバーバルカンを弾き飛ばす蠍人間。継いで、右手でPSK−03の首を掴むと物凄い力で強引に投げ飛ばしてしまう。どうやら機械化されている部分だけでなく生身の部分もパワーアップしているらしい。そうでなければとてもじゃないがPSK−03を片手でなど投げ飛ばすことなど出来ないはずだ。
「くっ、何て奴だっ!?」
 片手で自分を投げ飛ばしたという離れ業をしてのけた蠍人間を振り返りながら、PSK−03は身を起こした。そしてすぐさま、背中に背負っているフライトユニットを外す。フライトユニットを背負ったままではこの強敵、蠍人間と戦うには不利だと考えたからだ。腰のホルスターからガンセイバーを取り出し、セイバーモードにして構える。
『北川君、気をつけて!』
 留美の声が聞こえてくるが返事をしている余裕はない。蠍人間が左手の回転ハサミを突きだして突っ込んできたからだ。何とかガンセイバーを使って受け流すPSK−03だが、それでも回転ハサミの威力は物凄く、そのまま横に弾き飛ばされてしまう。
「こ、こいつはっ」
 すぐさま起きあがるPSK−03だが、それよりも早く蠍人間がその胸板に蹴りを喰らわせてきた。そして、そのまま押し倒されてしまう。
「貴様では肩慣らしにもならないな。PSK−03、期待外れだ」
 蠍人間が心底がっかりした、と言う風に言う。
「何っ!?」
「黙れ!」
 聞き捨てならないと言う風にPSK−03が身を起こしかけるが、その眼前に回転ハサミを突きつけて動きを封じてしまう蠍人間。
「貴様には用はない。死ね」
 そう言って蠍人間がゆっくりと回転ハサミを振り上げた。

<中央区八重洲 19:36PM>
 渋滞回避の為に大きく迂回してきた祐一は丸の内口ではなく八重洲口の方から東京駅へ向かっていた。丸の内口側はかなり広範囲に渡って道路が封鎖されており、警官でもないただの一般人である祐一がそこを突破する事など出来ないだろう。しかし、反対側である八重洲口の方はそれぞれ呉服橋と鍛冶橋の交差点辺りで封鎖されているのみ。これならある程度近付いてから変身すれば、後は駅の建物を越えて向こう側に回ればいいだけだ。そう考えてロードツイスターを走らせている。
 昭和通から一方通行の道を使って前方に東京駅八重洲口のビルが見えてくる。そろそろロードツイスターを止めた方がいいなと思ったその時だった。突如真上から人間が降ってくるではないか。慌ててブレーキをかける祐一の目の前で降ってきた人間はアスファルトの地面をへこましながら着地した。
「な、何だ、こいつはっ!?」
 道路の凹み具合からするとかなり上から降ってきたと思われる。おそらくはビルの屋上からであろう。にもかかわらず平然としているのは、おそらくこの人間が人間でないと言うことの証明。
「……お前が現世のカノンか……」
 まるで類人猿のように少し前傾姿勢で肩を怒らせながらそいつが口を開く。ぼそぼそと聞き難い上に低い声。だが、その目だけは異様な光を帯びている。まるで野獣のような目だ。それも獲物を見つけた歓喜に震える、腹を減らした野獣。
 祐一はこいつに今までにない危険なものを感じ取った。今まで戦ったどの未確認生命体とも違う、異妖な雰囲気。明らかに何かが違う。
「お前に邪魔をさせるわけにはいかん……」
「生憎だが俺はその邪魔ってのをする為にいるんだ。通して貰うぜ」
 そう言ってロードツイスターのアクセルを回し、エンジンを噴かす。ここでこいつの相手をしている暇はない。第31号を先に片付けないことには国崎達に被害が及ぶだろう。いくら覚悟を決めている彼らとて見殺しにしていいわけがない。
 握っていたクラッチを放し、ロードツイスターを一気に飛び出させる。相手はおそらく未確認生命体の一体。跳ね飛ばしてもそれほどダメージを受けると言うことはないだろう。だが、この場を突破するだけならそれで充分。そう思って思い切りアクセルを回してロードツイスターを突っ込ませる祐一だが、そいつはガシッとロードツイスターを正面から受け止めてしまった。それどころかそのまま持ち上げてしまう。
「おいおい、嘘だろう!?」
 信じられない力業に祐一が驚いていると、そいつは持ち上げたロードツイスターを祐一ごと投げ飛ばしてしまった。
「うおおおっ!?」
 勢いよく十メートルぐらい吹っ飛ばされ、地面に叩きつけられる祐一。その少し手前にロードツイスターが落下した。とっさにハンドルを放したお陰で下敷きになるのは避けられたようだが、それでも受け身をとることは出来ずにしたたかに背中を打ち付けてしまう。
「くうっ、何て馬鹿力だよ」
 痛みに顔をしかめながら呟く祐一。
 そこに例の人間が突っ込んできた。異様に太い腕を振り上げて祐一を叩き潰さんとばかりに振り下ろしてくる。慌ててそれをかわす祐一だが、振り下ろされたその腕はそのまま地面を直撃し、またしても地面を陥没させてしまった。
「何なんだ、こいつはっ!」
 そう言った祐一の目の前で巻き起こる土煙。その中から鋭い何かが飛び出してくる。とっさに横に転がってそれをかわした祐一は見た。土煙の中、変化していく人間の姿を。太い両腕はそれぞれ先端に大きなハサミを持つ腕に、後頭部からはまるで尻尾のように何か節のあるものが伸びていく。先ほど彼に襲いかかってきたものはそれだ。
「……どうやらちょっと遅れそうだな」
 頬を一筋の汗が伝う。目の前にいる異様な姿。それが放つ今までにない禍々しい殺気。こいつをどうにかしない限り東京駅丸の内口にはいけそうにない。となれば覚悟を決める他はなかった。
 身を起こし、両腕を腰の前で交差させる祐一。ゆっくりとその腕を胸の前まで持ち上げ、左手だけを腰まで引く。そして残った右手で宙に十字を描いた。
「変身っ!!」
 祐一の叫び声と共に彼の腰にベルトが浮かび上がる。ベルトの中央に埋め込まれている霊石が眩い光を放ち、その光の中、祐一の姿が戦士・カノンへと変わった。
「現世のカノンよ。ゼースの邪魔はさせん。それがこのヌゴチ・ゴクツの使命」
 異妖な、余りにも異妖な蠍の姿を持つ怪人。今まで現れた未確認生命体とも何処か違う、異形の怪人。その全身から放たれる殺気も今までとは桁違いのものだ。
「こいつは……きついな」
 圧倒的なまでの殺気。このクラスの殺気の持ち主には過去二度程出会っているが、そのどちらもとんでもない程の強敵だった。ターダ・コチナ、そしてグリチ・ヴァ・ゴチナ。どちらもカノンだけでは倒せなかった程の強敵だ。そんな奴らと同じくらいのレベルの殺気を持つこの蠍の怪人。どうやら一筋縄ではいきそうにもない。そんな蠍の怪人――ヌゴチ・ゴクツと対峙するカノンの背に冷たい汗が流れ落ちる。
「行くぞ。その力の程、見せて貰う」
 ヌゴチ・ゴクツは両手のハサミをカチカチと言わせながらそう宣言し、カノンに飛びかかっていった。

Episode.59「魔蠍」Closed.
To be continued next Episode. by MaskedRiderKanon


次回予告
機械化された蠍人間の猛攻に苦戦を強いられるPSK−03。
その強化改造されたパワーがPSK−03を追いつめる。
留美「これ以上のパワーアップなんて無茶です!」
潤「だったら……死ぬまでやるだけだ」
恐るべき強敵ヌゴチ・ゴクツにカノンも追いつめられていく。
あらゆる技を跳ね返す強靱なボディにカノンも打つ手無しか?
高槻「見せてやれ、お前の強さを!!」
瑞佳「大丈夫、勝てるよ、祐さんなら」
未確認生命体第31号の目的は何か?
そしてカノンに刻一刻と迫り来るタイムリミット……! 
祐一「それでも俺は……戦うんだっ!!」
次回、仮面ライダーカノン「意思」
動き出す、闇の中の赤き月……


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