<新宿区新宿駅前 10:46AM>
突如出現した異形の怪人達。多くの人々で溢れている新宿駅前はそれだけで大パニックに陥っていた。
『聞くがいい、愚かなる旧人類よ!』
駅前アルタビルのモニターに映る白覆面が高らかに言うその声だけが奇妙なくらい響き渡る。だが、それを聞いている余裕のある者はその場には一人もいない。誰もが我先にその場から、怪人から逃げようとしているのだ。
その怪人達だが、地上に降り立ったまま何もしてはいない。まるで命令を待つ兵士のようにその場でじっとしている。
『この地に降り立ったのは神の使徒! 異形なる天使! 彼らの手により古き時代は幕を下ろし、新たな時代が開かれる!』

<二輪ショップMOTOSAKA 10:47AM>
テレビから聞こえてくる白覆面の声を背に折原浩平は自分の身体に貼り付けられているガーゼを乱暴にはがし、ゴミ箱に放り込んだ。それからぼろぼろの上着を脱ぎ捨て、代わりの上着を隅にある小さなタンスから取り出した。ここの店主、本坂の元でバイトしていた頃、彼はここに寝泊まりしていたのだ。だから着替えとかは何着か残してある。それがこうして役に立つとは思ってもみなかったが。
「ふざけたこと言いやがって。そう簡単にやらせてたまるかよ」
そう呟き、店舗の方に出てくると作業台の前で何かやっている本坂の姿が見えた。
「親父さん、悪いがコーヒーは後回しにするか自分で淹れてくれ。俺はやることが出来た」
「おお、気をつけて行って来い」
返事が返ってくるとは思ってなかった浩平は本坂の声に思わず足を止めてしまう。
「今度は手間かけさせるなよ」
「……ああ、わかってるよ」
おそらくは傷の手当てのことを言っているのだろう本坂にニヤッと笑って答える浩平。
ガラス戸を開けて外に出ると、まず周囲を見回す。自分を見張っている者が絶対にいるはずだ。それはとりもなおさず自分を殺そうとしている者と同意義。今まで手を出してこなかったのが不思議な程だ。
周囲を警戒しながら浩平はゆっくりと歩き出す。愛車である黒いオンロードマシン・ブラックファントムは昨夜近くにある城西大学の駐輪場で襲われた時、そこに置きっ放しにしてしまった。新宿に行くにはまず、そこでブラックファントムを拾ってくる必要がある。だが、それをそう簡単に許してはくれないだろう。
「……いるんだろ? 出てこいよ」
少し歩いた後、浩平は足を止めてそう言った。周囲からは何の気配も感じられなかったが、それでも確実に誰かが自分を見張っているはずだ。彼は自分が敵に回している集団をそれほど甘くはみていない。
するとどこからともなく黒い影が浩平の後ろに音もなく降り立った。そいつはまるで忍者のような装束を身に纏い、冷徹な目でじっと浩平を見つめている。
「……何で攻撃しなかった? 今なら俺を確実に殺せたはずだぜ?」
「お前を簡単に殺しては面白くないと命じられているのでな。だが、今からお前は思い知ることになる。我らの恐ろしさをな」
忍者のような男はそう言いながらその姿を変えていく。狼のような頭部を持つ怪人の姿へと。言うならば狼忍者とでも言うべきなのだろうか。
その狼忍者がパチンと指を鳴らす。するとやはり音もなくいくつかの気配が出現した。狼忍者と同じく忍者装束を身に纏った怪人軍団。
「オイオイ、時代劇じゃないんだぜ」
ぐるりと自分を取り囲んだ怪人忍者集団を見やって、浩平は肩を竦めた。だが、油断は一切していない。正確に言えば出来ない。これだけの数にもかかわらず今まで全く何の気配もさせずに自分を監視していたこの集団。この連中がその気になればとうの昔に自分は死んでいただろう。負傷していたとは言え、全く浩平はこいつらの存在に気付くことが出来なかったのだから。
「……折原浩平、ここでお前の命運は尽きたと知れ!」
狼忍者がそう言うと同時に一斉に怪人忍者軍団が動き出した。
「そう簡単にやられてたまるかよ!」
不敵な笑みを浮かべて変身ポーズを取る浩平。だが、その額から冷や汗が流れ落ちる。それは今までにない強敵に対する緊張の為か。
「変身っ!!」
その声とともに浩平の腰の辺りにベルトが浮かび上がり、その中央にある霊石と霊石の左右に配置された赤と青の秘石が光を放った。その光の中、浩平の姿が戦士・アインへと変わっていく。荒々しい中にシャープさを秘めた戦士・アインへと。

仮面ライダーカノン
Episode.58「聖戦」

<倉田重工第7研究所 10:50AM>
「遅いわよ。何してたの?」
ようやく駐車場に姿を見せた広瀬真希に対して七瀬留美がかけた第一声がこれだった。
「勘違いしないで欲しいわね。私はPSKチームの一員じゃないわ。あくまで私はPSK−03の改良の手助けをする為に倉田所長の要請を受けてここにいるだけなのよ。実戦をさせられるなんて聞いてないわ」
あからさまに嫌悪感を露わにして真希がそう言うと、留美はふっと不敵な笑みを漏らした。
「何、怖いの?」
「何ですって?」
「そうよねぇ。あんたは前に一度のされてるもんねぇ、ご自慢のDS−01とやらで。それじゃ無理もないか」
完全に相手を見下した留美の口調。これでは相手を怒らせるだけだと言うことに気付いていないのか。イヤ、むしろ真希を怒らせようとしているのか。どちらかと言うと後者だろう。怒らせたところで何のメリットも無さそうだが。
「わかったわ。無理言ってごめんなさい。これじゃ出動は無理ね。早く彼に帰ってきて貰わないと」
相手を馬鹿にしたような、そんな留美の口調に真希は思わず彼女に掴みかかっていた。彼女の後ろにあるトレーラーに背を思い切り押しつけ、腕で首を締め上げる。
「巫山戯たことを言わないで欲しいわね。誰が怖いって? だったら見せてやるわ、この私の実力をね」
真希は物凄い形相で留美を睨み付けながらそう言うと、彼女を放してトレーラーに乗り込んでいく。
その様子を留美は咳き込みながら見ていたが、すぐに背筋を正し自分もトレーラーの中に入っていった。中には先に乗り込んでいった真希の他にもう一人、PSKチームの正規メンバーである斉藤が不安そうな顔をしてオペレーター席に着いている。
「あ、あの……」
何か言いたげな顔をした斉藤が留美に声をかけようとするが、留美は彼を完全に無視してメインオペレーター用の椅子に腰を下ろしていた。そして愛用のインカムをつけ、運転席にいる運転手に声をかけた。
「PSKチーム、出動よ!」

<喫茶ホワイト前 10:51AM>
関東医大病院から戻ってくる途中何者かに襲われた相沢祐一がようやく喫茶ホワイトの前まで帰ってきた時だった。彼の愛車、ロードツイスターに搭載されている特別製の無線から警視庁未確認生命体対策本部所属の刑事、国崎往人の声が聞こえてきたのは。
『祐の字、今どこにいる?』
「何処ってホワイトの前だけど」
少し戸惑いながら国崎の声に答える。彼からこの無線を使って呼び出される時は大抵未確認生命体が現れた時だ。いくら警視庁未確認生命体対策本部と言えども未確認生命体に勝てる程の装備は持っていない。例え軍隊と言えどもその携行装備では未確認生命体には歯が立たないだろう。戦車砲でもないと奴らは倒せない。だが、等身大の怪人を相手にするのに戦車まで持ち出していては、街に多大な被害が出るだろうし一般市民の不安を煽るだけだろう。
その為に祐一の力が必要となる。祐一が変身する戦士・カノン。その能力は未確認生命体とほぼ互角。未確認生命体を殲滅する為にはどうしても必要な戦力なのだ。そして、彼がカノンであることを知っているのは警察関係者では国崎のみ。通常カノンは未確認生命体第3号として他の未確認生命体と同列に並べられているのだ。同じ未確認生命体を倒すと言うことで辛うじて攻撃対象からは外されているのだが、その正体が知れればどう言う扱いをされるかわからない。だから国崎は誰にもそのことを言わず、二人の秘密としているのだ。
『すぐに出てこれるか?』
「何かあったのか?」
『お前、今まで何やっていたんだ? テレビ見てないのか?』
「ちょっと出かけていたんだよ。それより何があったんだよ?」
ちょっと苛立たしげに言う祐一。
『新宿駅前で大変なことが起きている。すぐに出てきてくれ』
国崎の声は冷静さを少し欠いているように思えた。無理をして平静さを装っている、そんな感じの声。これは何か余程のことが起きたに違いない。
「相手は未確認か? 31号!?」
『生憎だがB種が山盛りだ。急いでくれよ!』
「……わかった!」
少し躊躇ってから祐一はそう答えた。本音を言えば今はあまり戦いたい気分ではない。戦えば戦う程、変身すればする程自分が怪物に、戦うだけの生体兵器になっていくようなそんな不安がこのところ彼にずっとつきまとっているからだ。だが、弱音を吐いている暇はなかった。彼が戦わなければ罪のない人々の命が奪われてしまう。何の罪もない人々の明日が無造作なまでに奪われてしまう。それを許すことは出来ない。
「やるしか……ないんだよな、俺が」
そう呟き、祐一は拳をギュッと握りしめる。今はまだ不安に押し潰されてはいけない。やれることがあるのならそれをやりきらなければならない。守りたいと思ったものを守れる強さ、誰かの為に何かが出来る力を持っている限り。
「行くか……」
止めていたロードツイスターのエンジンをかけ直す。目的地は新宿駅前。ここからでは結構距離がある。急がなくてはならない。相手が未確認生命体であろうと未確認B種であろうと、何の罪もない人々の命を奪っていいはずがない。
「行くぞ、相沢祐一っ!!」
改めて、自分に言い聞かせるようにそう言って祐一はロードツイスターを発進させるのであった。

<新宿区新宿駅前 10:52AM>
降り立った怪人達は未だ動きを見せていなかった。だが、中には涎を垂らしながら獲物を物色するようにキョロキョロと逃げまどう人々を見ているものもいる。どの怪人も何かあればすぐに動き出せる態勢にあるようだ。
『裁かれよ、愚かなる旧人類よ! 時は来た! この地より粛正が始まるのだ!!』
それが合図だったのだろう、怪人達が一斉に逃げまどう人々に襲いかかっていった。ある者はその手に生えた鋭い爪を振りかざし、ある者は口から生えた長い牙を突き立て、またある者は奇怪な触手を伸ばし、更にある者はその身から出る不気味な液体を浴びせかけ、次々に地獄絵図をそこに書き上げていく。
そこに響き渡るのは悲鳴、怒声、そして絶望の声。
それを止めるべき者はその場には誰もいない。

<警視庁未確認生命体対策本部 10:54AM>
「現場周辺の封鎖はどうなっている!?」
「今所轄の警察署が手配しています!」
「急がせろ! 奴らをそこから一歩も出すな!」
「未確認対策班、機動隊共に出動しました! 倉田重工からもPSKチームが出動したとの報告あり!」
「彼らの通行を最優先にしろ! 都内各所の交通課全てに協力させるんだ!」
「近くの所轄から出せる人員は全て出させろ!」
「避難誘導だけでもいい! やらせるんだよ!」
飛び交う怒号。未確認生命体対策本部が使用している会議室内は戦場と化していた。
新宿駅前に出現した怪人達は今も殺戮を繰り広げている。地獄絵図を書き連ねている。
怪人軍団が出現してからすぐに未確認生命体対策本部に所属している全ての警官達が現場へと向かうことになった。その装備は今までない最高度のもの、およそ考えられる警察の装備の中でもっとも威力の高いものが与えられている。
今まで未確認生命体は一度に一体か二体までしか同時に現れることはなかった。それはB種と分類されている怪人達も同様だったが、今回はその法則から外れ大量に出現してしまっている。その大量の怪人から人々を救い出す為にはそれ位の装備でもまだ足りない程だ。
「何と言うことだ……一体あれだけの怪人をどこから」
モニターを見ながらそう呟いたのは警視庁の幹部職員だった。彼は責めるようにこの未確認生命体対策本部本部長である鍵山を見る。
「一体君たちは何をやっていたのかね。このような事態を防ぐ為に君たちが」
「相手は未確認生命体ではありません。あそこまで統率された動き、あれはB種と呼ばれる連中です」
「そのようなことはどうでもいい! 今は……」
鍵山の反論を制し、その幹部職員はモニターの方を振り返った。
「今は新宿に現れたあの連中を一刻も早く殲滅することの方が先だ!」
「その為に対策本部に所属する者全てが新宿に向かっております」
「当たり前だ! だが、今回のことでまた警察に対するだね、世間の声が」
「我々には未確認生命体がどう言った能力を有しているか、一体何処に潜伏しているのかまだほとんど何もわかっていないのです。それにB種と呼ばれる連中、奴らの情報などほとんどないに等しい」
「それを調査するのが君たちの役目だろう!」
「現場では多くの警官が未確認生命体の犠牲になっており、その補充人員もままならない状況でそれをやれと?」
「……」
黙り込んで鍵山を睨み付ける幹部職員。警視庁未確認生命体対策本部、そこはその名の通り未確認生命体を相手にする部署で今の警視庁内でもっとも危険な部署と言えるだろう。それだけに多くの犠牲者を出してきており、新たに補充しようにも志願者などほとんどいない。自然、対策本部所属の警官の数は減ってきており、人手は足りなくなってきているのだ。そんな状況下で未確認生命体の居場所の捜索や未確認B種の調査など同時進行でやるには余りにも人手が足りなさすぎる。幹部職員もそれがわかっているだけにそれ以上強くは言えないようだった。
「我々は常に全力を尽くしております」
「あ、当たり前だ!」
鍵山の言葉に幹部職員はそう怒鳴ることしか出来ず、そしてそんな幹部職員を鍵山は少し忌々しげに見つめ返していた。

<倉田病院 10:55AM>
倉田重工を主とする倉田グループに属する医療機関である倉田病院。その5階の廊下を一人の男が少しよろめきながら歩いている。
「ちょ、ちょっと! 北川さん、まだ無茶はダメですよ!」
よろめきながら歩いている北川 潤を見つけた看護婦が慌てて彼に駆け寄ってきた。そしてふらついている彼を支える。
「病室に戻りましょう。まだそんなに動けるような身体じゃないんですから」
「だ、ダメだ……俺は行かないと……」
苦しそうにそう言って潤は看護婦を見る。
「俺が行かないと……」
懇願するように言う潤だが、看護婦は首を左右に振って否定の意志を伝えた。
「あなたはまだ休んでいないといけないんです。今無茶をしたら一生動けなくなりますよ」
「それでも! ここにじっとなんかしていられない!」
そう言って潤は看護婦の手を振り解いた。そして壁にもたれるようにして彼女をじっと見つめる。
「あんなものを見てじっとなんかしていられるか!」
潤の必死な声に看護婦は小さくため息をついた。一体何が彼を突き動かしているか、すぐにわかる。だが、彼をここから出すと言うことは出来なかった。彼の立場は知っている。だからこそ余計に彼をここから出すわけには行かない。
「北川さん、今のあなたが行っても充分に戦うことは出来ないんですよ? 今はまず、その身体を完全に回復させるべきです」
「そうだとしても、例えろくに戦えなくても、それでも俺が行かなきゃPSK−03は……」
「……佐祐理お嬢様からあなたが完全に回復するまでここから出してはいけないと命じられているんです。ですから少し手荒になりますが勘弁してください」
呆れたようにそう言い、看護婦はポケットから無針注射器を取り出した。そして素早く潤のそばに近寄ると彼の腕にその無針注射器を押し当てる。
「なっ!?」
驚きの声を上げて看護婦を見る潤。彼女の動きに身体が全く対応出来なかったのだ。まさかこれほどまでに身体が衰えてしまっているとは、自分でも予想外だった。
「私の動きにも反応出来ないんですから……少し休んでくださいね」
看護婦の声を聞きながら潤の意識は徐々に闇に飲み込まれていく。どうやら麻酔を打たれたらしい。膝の力が抜け、壁に背を預けたままその場に座り込んでしまう。
そんな潤を見て、看護婦はまた小さくため息をついた。
「責任感重大ってのは立派なんですけどねぇ……気持ちがわかるだけにちょっと可哀想かも」
麻酔によって眠ってしまった潤を見下ろし、そう呟く看護婦。とりあえず眠ってしまった潤をこのままにしておく訳にもいかないので、座り込んでしまっている彼を抱き起こし、病室へと運んでいくのであった。

<新宿区内曙橋付近 11:12AM>
警視庁の協力もあって第7研究所から異例の速さで新宿区内にある曙橋の近くまでやってきたPSKチーム専用車両Kトレーラーだが、ここまで来て、現場である新宿駅付近から逃げようとする車の波に捕まってしまっていた。
「全く何なのよ、これは!」
「見ての通り大渋滞よ。これじゃ身動きとれないわね」
苛立たしげな真希に何故かやたら冷静な留美。相変わらず対照的な二人である。留美が冷静なのはいつものことだろうと半ば諦めているのか、そして真希が苛立たしげなのはこれからPSK−03での実戦が待っているからか。
「でもこれじゃ被害者の数が増えるだけですよ。何とかしないと」
「この状況じゃKディフェンサーも出れないし……」
モニターに周囲の様子を映し出し、斉藤と共々ため息をつく留美。周りには乗用車やトラックが一杯で全く身動きがとれなくなっている。PSK−03の専用マシンであるKディフェンサーもこれでは発進することが出来ない。
「何とかしなさいよ! それがあんたの仕事でしょう!!」
真希が留美を見て怒鳴る。このままここでじっとしていることなど出来ない。一刻も早く現場に行き、何の罪もない人々を怪人の魔の手から救い出さねば。その思いが彼女を激しく苛立たせる。
「うるさいわね。少し黙りなさいよ」
ジロリと真希を一瞥して留美は車内を見回した。PSK−03を装着した状態でここから新宿駅前まで走らせてもいいのだが、それだと時間とバッテリーをかなり消費してしまうだろう。そうなると下手をしたら戦闘中にバッテリーが切れ動きがとれなくなる可能性がある。それは避けるべきだ。となると出来る限り迅速かつバッテリーを消耗しない移動手段を考慮しなければならない。
「七瀬さん、あれはどうですか?」
留美の思考を中断させるように斉藤がいい、指差したのは隅に置かれているPSK−03用のフライトユニットだった。稼働時間などに問題があった為、改良中だという話を装備開発担当の深山雪見から聞かされていたが、それが終わったという話は聞いていない。だが、ここにおいてあると言うことはおそらくある程度の改良が済んだのだろう。仮に改良前のものだとしてもこれを使えば現場まで、新宿駅前まであっという間に到達出来るはずだ。
「広瀬真希、あんた、グライダーとかの経験はある?」
留美の突然の質問に真希が訝しげな顔をしたが、何かあるのだろうと思い、すぐに首を左右に振った。
「パラシュート降下の経験はあるけどね」
「スカイダイビングとは訳が違うわ。斉藤君、こっちでフォロー出来る?」
「出来ると思います。ですがかなり厳しいかと」
留美の問いに斉藤は困ったような顔をして答える。このフライトユニットを装備したPSK−03の扱いはかなり困難なものだ。元々の装着者である北川 潤もかなりの時間をシミュレーションに割いたと聞いている。それを初めての人間に扱わせ、尚かつ上手く行くようにこちらでフォローする。はっきり言って上手く行く確率の方が低いように思われた。だが、現状を考えればやる他ない。
「広瀬真希、あんたに無茶をお願いするけどいいわね?」
否定することを許さない、そんな断定口調で留美は言う。
「今までだって無茶ばかり押しつけてきたくせに何を今更」
鼻で笑うようにしてそう返す真希。
それから2分後、PSK−03の全てのパーツを纏った真希はゆっくりとトレーラーの後部ドアを押し開いた。その背中には銀色の輝く翼がある。PSK−03モードFと呼ばれる形態だ。
「変なことは考えなくていいわ。今は現場に行くことだけを考えてちょうだい」
「現場まで持つんでしょうね、これ?」
「改良前のでも20分は飛べたわ。道に迷わない限り大丈夫よ」
「……ナビゲート、しっかり頼むわよ!」
手にブレイバーバルカンを持ち、PSK−03が外に飛び出した。その一瞬後、背中にあるフライトユニットのブースターが点火、物凄い勢いでPSK−03が空中へと舞い上がる。
「くうっ……何て……」
全身に掛かるGは想像以上のものだった。生身ではないとは言え、背中にジェットエンジンを背負っているのだ、全身に受ける衝撃は並大抵のものではない。だが、それでも耐えるしかない。
『広瀬さん、大丈夫ですか?』
聞こえてくる斉藤の心配そうな声。
「だ、大丈夫よ! それよりどっち? 何処に向かえばいいのよ!?」
真希がそう言う。まるで方向感覚が掴めない。今どっちを向いて飛んでいるのかもわからなくなっている。地面に向かって飛んでいないのはPSK−03モードF用の制御システムのお陰だろう。
『何やってるのよ。左に80度、そこから直進すれば新宿駅前』
嫌味っぽく聞こえてきた呆れ声。相手が誰か考えるまでもない。少々ムッとしながらも真希はマスク内のモニターに表示された矢印に従って身体の向きを変えた。
ジェットエンジンを更に噴射させ、真希は、PSK−03は新宿駅へと向かう。

<都内某所・路上 11:14AM>
バッと屋根の上を蹴って大きくジャンプするアイン。
それを追うかのように複数の影が続いてジャンプする。そして、その手から次々と鎖分銅を投げつける。
鎖がアインの腕や足にからみつきアインの動きを封じるが、アインはその鎖を掴むと力任せに引っ張った。鎖を投げたその怪人はアインの方に引き寄せられ、思い切り蹴り飛ばされてしまった。更にからみついた鎖を無理矢理引きちぎり、投げ捨てながら地面に着地する。
「何だ何だ、この程度で俺を倒せるとでも思ったか?」
ぐるりと自分を取り囲んでいる怪人達を見回しながらアインが言う。かなり素早いがその分非力な奴が多い。この程度なら一人で充分相手出来る。そう言う余裕が言葉に端から感じ取れた。
「甘く見るな、折原浩平」
至って冷静な声で狼忍者が言い返してくる。
「まだ手の内を全て見せたわけではない」
「そう言う奴に限って手の内全部見せる前にやられるんだよな」
少し馬鹿にするように言うアインだが、その挑発に狼忍者他怪人忍者軍団は乗ってこなかった。どうやらまだ相手にも余裕がありそうだ。手の内を見せていないと言うのは本当だろう。だが、それはこちらも同様だ。こちらにもまだ見せていないものがある。
「掛かれ!」
狼忍者がそう言うと、忍者怪人が一体アインに向かって飛びかかってきた。手に持っているのはその忍者装束に合わせたのか忍者刀だ。その忍者刀を逆手に持ってアインに斬りかかってくるが、それをかわしたアインは右手の鉤爪を伸ばし忍者怪人の腹に突き込んだ。
「がはっ!」
口から血を吐き出しぐったりとなる忍者怪人を横に払い捨て、一歩前に出るアイン。どうやらこの忍者怪人、それほど改造変異体としてのレベルは高くないようだ。こいつらのリーダー格であるあの狼忍者がおそらくレベル6、他にいる連中は精々レベル3か4、もしかしたら2ぐらいかも知れない。
そんなことを考えている間に今度は二体同時に飛びかかってきた。片方は忍者刀、もう片方は鎖鎌。どうやら扱える武器は結構ありそうだ。
まず鎖鎌使いの方が鎖を飛ばしてくる。その鎖を左腕にからみつかせ、鎌で斬りかかってこようとするところを回し蹴りを叩き込む。よろめく鎖鎌使いをかわして今度は忍者刀を持った怪人が突っ込んで来た。忍者刀の切っ先を一歩引いてかわすと左腕に巻き付いたままの鎖をその怪人の首に巻き付け、その場に引き倒した。
「この程度の奴で俺を……」
すっと狼忍者の方を見たアインだが、今度は数体の怪人が手裏剣を投げてきた。慌てて先ほど引き倒した怪人を持ち上げ、盾にする。次々と盾にした怪人の身体に手裏剣が突き刺さった。アインは盾にしている怪人が既に絶命しているのを見て取ると、その怪人を盾にしたまま手裏剣を次々と投げつけてきている怪人達の方へと走り出した。
アインが既に絶命した怪人を盾にこちらに突っ込んでくるのを見た狼忍者はすっと片手を上げた。その手を下ろすと同時に手裏剣を投げていたのとは別の怪人達がこちらに向かってくるアインに向かって手榴弾を投げつけた。
飛んでくる手榴弾に気付いたアインは盾にしていた怪人の死体を前に投げ捨て、自身は後方に飛ぼうとする。しかし、それを許す狼忍者ではなかった。アインの行動を読んでいたかのように周囲にいた怪人達が鎖分銅を投げつけていったのだ。
「激変身っ!!」
自分に向かって飛んでくる鎖分銅を見ながら叫ぶアイン。ベルトの霊石の左右に配置されている青い秘石が光を放った。同時にアインの身体が青く変わり、更に地を蹴り後方へと飛び下がった。その速さは今までの比ではない。その場に残像が残る程だ。
素早く後方に飛び下がったアインの目の前で爆発が次々と起こる。その爆発を飛び越えて数体の忍者怪人がアインに飛びかかってきた。それぞれの手には忍者刀が握られている。
その白刃を次々とかわし、アインは地面に落ちていた忍者刀を拾い上げた。先ほど盾にした怪人が持っていたものだ。その忍者刀が青い光を帯び、左右両方に刃のある薙刀のようなものに変わった。
「何て言うかよ……」
忍者刀を構える忍者怪人達を睨み付けながらアインが呟く。
「厄介だな、お前ら」
厄介と言うよりもむしろ鬱陶しい。一気に来るのかと思えば波状攻撃を仕掛けて来、時にこちらの動きを封じるのかと思えば一気に吹っ飛ばそうとしてくる。更に味方の犠牲も全く気にしない。アインにとってやりにくい相手であった。
忍者怪人達が一斉に動き出した。今度は波状攻撃を仕掛けてくるつもりのようだ。
「へっ、そんなもんでやられる俺じゃないぜ」
右に左に移動しながら迫ってくる怪人忍者軍団。それをじっと見据えながら薙刀を構えるアイン。今の、青いアインならば速さで負けることはない。むしろこっちの方が速い。事実、突っ込んでくる忍者怪人をかわしながら手にした薙刀で確実に一撃を加えていく。ばたばたと倒れていく忍者怪人達を尻目にアインはこの中ではもっとも強そうな狼忍者の方を見た。
「高みの見物はやめておいた方がいいんじゃないか? 大事な部下を減らすのもどうかと思うぜ」
「ご忠告痛み入る。だが我が部下、そうそうやられるものではない」
狼忍者がそう言った瞬間、倒れていた怪人忍者が次々と起きあがった。
「ご下命いかにても果たすべし! 折原浩平、貴様にはここで死んで貰う!!」
起きあがった怪人忍者達が一斉に懐に手を突っ込んだ。そして中からとりだしたのは束になったダイナマイト。
「こいつら、まさか!?」
フラフラの怪人忍者達が手にしたダイナマイトを見たアインが思わずうめき声を上げる。こいつらの狙いがわかった。自らを犠牲にしても、自爆してでもアインを倒すつもりのようだ。想像しうるに一番恐ろしい攻撃方法だ。
「正気か、テメェら!!」
ぐるりと自分を取り囲む怪人忍者軍団を見回してアインが怒鳴った。
「フフフ……我が部下は既に聖戦の為に命を捨てている。今更死を恐れる者などいない!」
狼忍者の宣言にアインは歯噛みするしかなかった。この連中、おそらく改造変異体にされた時にその自我は全て奪われているに違いない。だからこそ狼忍者の命令に絶対服従し、尚かつこのような命令にも誰一人反抗することがないのだろう。こんな、理不尽な命令にも。
「巫山戯るな! こんな事して何が聖戦だ!!」
吼えるアイン。
「人の自由意思を奪って、何の関係もない人を殺して、それで築こうって言うテメェらの新たな時代ってのは何なんだよ!!」
「選ばれし者が愚かなる者を導く理想郷だ」
さらっと答える狼忍者。
「そして貴様は理想郷に対する反逆者。お前に我らが理想郷を理解して貰おうとは思わぬ」
その声と同時にアインの周囲から何本もの鎖が飛んできた。その鎖はまるで生き物のようにアインの腕や足、胴体にも巻き付きその身体の自由を奪っていく。それはアインを逃がさない為。必殺の罠からアインを解放しない為。
「反逆者折原浩平。ここで散れ!」
狼忍者の合図と共にダイナマイトを持った怪人忍者達が一斉に身動きのとれないアインに飛びかかった。そして、次の瞬間、大爆発が起こる。
周囲の家をも吹き飛ばした大爆発が収まり、黒い煙がもうもうと立ち込める。爆心地となった場所はまるでクレーターのように陥没しており、そこには何も残されてはいなかった。アインの死体も、アインに飛びかかっていったダイナマイトを持った怪人忍者の死体も全て爆発により吹き飛ばされ、燃やされ切ってしまったのだろう。
「……死体の一つも残らなかったか……」
クレーターを見下ろし、狼忍者が呟く。
「我が主の命に背いてしまったが……やむを得まい」
主の命令はアインを殺さない程度に痛めつけろと言うことだったが、アインを相手に殺さないようにすることなどそもそも不可能だったのだ。殺すか殺されるか、それしかない。だが、そんな中で何とか主の命を遂行しようとして思わぬ被害を出してしまった。この被害の分を考えればこうしてしまったことも許されるはずだ。
狼忍者は残る怪人忍者軍団を撤収させると自らもその場から姿を消すのであった。

<新宿区新宿駅前 11:17AM>
新宿駅前はまさしく地獄絵図と化していた。
異形の怪人達によって何の罪もないはずの人々が次々と手にかけられていく。その手に生えた鋭い爪で、その口から伸びる鋭い牙で、その身体から生える不気味な触手で、その身体から出る奇怪な毒液で、人間を上回る圧倒的な力で、死体の山を築き上げていく。
何の力もない人々はただ逃げまどうのみ。元より彼らに怪人と戦うだけの力などない。ただ逃げるしかないのだが、一度の大量の人が同時に逃げようとしたのだ、その場は完全にパニック状態に陥ってしまっている。そこに異形の怪人達が襲いかかったのだ。混乱の度合いは更に増している。
「はぁはぁ……」
今、一人の女性がようやく新宿の駅ビルの前へと辿り着いていた。これでここから逃げられる、そう思ってこちらに必死で逃げてきたのだが実際のところ既に電車は止まっており逃げる術はもう残されていない。勿論彼女はそんなこと知らなかったが。
「早く……早く逃げなきゃ……」
ここに辿り着くまでに既に大分もみくちゃにされていて、かなり体力を消費している。もうこれ以上走れない。まだ余裕の残っているうちに早くこの場から離れないと。そう思うが、彼女の予想以上に体力は消費されていて、足ががくがく震えるだけで動いてくれなかった。
「早く……早く……」
気ばかり焦るが足は動かない。
そんな彼女を見つけたらしい一体の怪人が彼女の方へと歩み寄ってきた。左腕を鋭い針にした蜂怪人だ。今までにどれだけの人間をその針で犠牲にしてきたのか、針は赤く血で塗れている。次の獲物として彼女を選んだのだろう。
「もう何処にも逃げ場はない」
蜂怪人が女性に向かって話しかける。それは女性にとって絶望へと突き落とされる行為。まさにもう何処にも逃げ場はない、その宣告だった。
「い、イヤ……まだ死にたくない……」
自分に近寄ってくる蜂怪人を見た女性は涙を流しながら首を左右に振る。命乞いをしたところで無駄だと言うことはこれまでを見てきてわかっている。だが、それでも。こんなところで訳もわからず殺されたくはない。
「フフフ……せめて一思いに突き殺してやる」
それが温情だと言わんばかりの口調で蜂怪人が言う。だが、そこに哀れみの感情などない。あるのは殺戮を繰り広げることに対する歓喜のみ。目の前の獲物を仕留めることに対する喜びと快楽のみ。
蜂怪人が左腕を振り上げた。血に塗れた針。幾人もの命を奪ったであろう凶器。今度は目の前の女性を狙っている殺戮の為の武器。
女性はがたがたと震えながらその針を見ていることしか出来ない。自分の命を奪うであろうその針がいつ自分に振り下ろされるのかと恐怖に怯えることしか出来ない。
「死ね」
蜂怪人が左腕を振り下ろそうとしたその時、物凄い勢いで突っ込んできた何かが蜂怪人を突き飛ばした。フライトユニットを装着したPSK−03だ。女性を襲おうとしていた蜂怪人を見つけ、そのまま突っ込んできたらしい。
着地したPSK−03はその手に持っていたブレイバーバルカンを先ほど自分が吹っ飛ばした蜂怪人に向け、引き金を引いた。秒間50発もの特殊弾丸が発射され、蜂怪人に襲いかかる。
「ぎゃああっ!!」
蜂怪人が倒れ、爆発を起こす。
その爆発は他の怪人達の注意を引くに充分だったようだ。周辺にいた怪人達が一斉にPSK−03の方を見る。
PSK−03も怪人の方を向いた。持っていたブレイバーバルカンをゆっくりとそちらの方に向ける。
「何てひどいことを……」
辺りに広がる惨状に真希はそれだけ呟き、歯を噛み締めた。こいつらをこのまま放置することは絶対に出来ない。自分たちが何をしたかを思い知らさなければ。その罪を償わせてやる。その命で持って。
「ゆるさんぞ、貴様らぁっ!!」
怒りに吼えながらPSK−03が怪人達の方へと突っ込んでいく。ブレイバーバルカンが火を噴き、次々と怪人達が吹き飛ばされていく。その怪物を完全に倒しきったかの確認はしない。そんなことをしている暇はない。相手は無数にいるのに対し、こちらはたった一人なのだから。
『広瀬、余り無茶しないで!』
耳に留美の声が聞こえてくるがそんなものは無視する。彼女はモニター越しにしかこの惨状を見ていない。自分はその惨状の現場にいる。それは大きな違いだ。
空になったブレイバーバルカンの弾倉を新しいものに替え、地面を蹴って大きくジャンプする。背中のジェットエンジンが再点火し、PSK−03の身体を空へと舞い上がらせた。今度は空中から地上にいる怪人達に特殊弾丸の雨を降らせていく。
『広瀬さん、後ろ!!』
かなり焦りを含んだ斉藤の声にはっとなった真希が振り返ると、そこには翼を広げた怪鳥のような怪人がおり、PSK−03の背に蹴りを放ってきた。その衝撃で少しバランスを崩してしまうPSK−03だが、すぐに体勢を立て直すとくるりと身体を反転させ、至近距離からブレイバーバルカンの特殊弾丸を怪鳥怪人に叩き込んだ。
「吹き飛べ!」
そう言うのと同時にブレイバーバルカンからグレネード弾を発射する。
グレネード弾を食らった怪鳥怪人は吹き飛ばされたあげく、空中で爆発四散した。
『広瀬、まだいるわよ!』
「言われなくてもわかってる!」
マスクの中にあるモニターをレーダーモードに切り替えると自分の周囲には空を飛ぶことの出来る怪人がまだまだおり、いつの間にか取り囲まれている。
「我らが神に反逆する愚か者!」
「我ら神の使徒に刃向かう愚か者!」
「死を持ってその罪を償うがいい!」
「未来永劫地獄で苦しみ足掻くがいい!」
口々に言う怪人達。
そんな怪人達を真希はジロリと睨み付けるだけで何も答えようとはしなかった。口で言い合うだけ無駄な奴ら。元より話し合う気など毛頭ない。殺すか殺されるか、こいつらとはそう言う関係でしかないのだ。だから、何か答える代わりにブレイバーバルカンの銃口をこいつらに向ける。無言のまま引き金を引く。
ブレイバーバルカンから放たれる特殊弾丸が近くにいた怪人の翼を引き裂いた。あえなく墜落していくその怪人を見届ける間もなく別の怪人達がPSK−03を新たな獲物と定めて襲いかかってくる。

<新宿区内某所 11:21AM>
警視庁を出発した未確認生命体対策本部の刑事達を乗せた車両もPSKチームと同じく新宿から逃げようとする車両による渋滞に巻き込まれ立ち往生を余儀なくされていた。
「あかん! こうなったら走るで!!」
現場を指揮する立場にある神尾晴子が大声で怒鳴り、先頭を切って走り出した。
それを見た他の刑事達が一瞬呆れたような顔をするが、すぐに彼女を追って走り出す。更にその後に重装備の機動隊が続く。
確かにあのまま渋滞の列が途切れるまで待っていたら、被害者は増える一方だ。ならば乗ってきた車両に最低限の人員を残し、走ってでも現場に駆けつけた方がいい。晴子の判断は正しいと言えるだろう。まぁ、そうでなくても晴子は少々体育会系のノリで動く部分があるのだが。
幸いなことに現場である新宿駅前までそう距離があるわけでもない。走れば10分ぐらいで着くだろう。その間は先に現場に到着しているPSK−03の奮闘に期待するしかない。

<新宿区JR新宿駅構内 11:22AM>
「よっと」
線路からホームへと飛び上がってきたのは一人別行動をとっていた国崎往人だった。警視庁未確認生命体対策本部に属しながらスタンドプレイを好む彼は今日もパトロールと称して一人別行動をとっていたのだが、そこで新宿駅前の出来事を知り駆けつけてきたのだ。
もっとも新宿駅付近が大渋滞になっていることを考えて、一つ手前の代々木駅から電車が止まっているのをいいことに線路を走ってきたのだ。
「さてと、ここからは気を引き締めないとな」
持ってきたのは自分の覆面車に積んでいたライフルと普段から持っている拳銃だけ。これで未確認生命体に立ち向かうには少々心許ない。相手が未確認B種と言っても、だ。それでも牽制程度にはなるだろう。こちらには今祐一も向かっている。PSK−03も戦っている。取り残されている人々を救うことぐらいは出来るはずだ。
「よし!」
ライフルがちゃんと装弾されていることを確認してから国崎は走り出した。

<新宿区新宿駅前 11:25AM>
ブレイバーバルカンの全ての弾を撃ち尽くしたPSK−03は既にその存在意義をなくしたブレイバーバルカンを投げ捨てると腰のホルスターからガンセイバーを取り出した。すかさず接近してきた怪人に特殊弾丸を叩き込む。
先ほどからほとんど時間は経っていないが、それでもブレイバーバルカンを残っていた予備弾倉ごと全て撃ち尽くしきってしまっている。その分怪人達も多数倒してきているが、それでもまだまだその数は多い。
「ケケケー、後ろががら空きだぜぇっ!!」
奇怪な笑い声と共にPSK−03の背後にいた怪人が触手を伸ばし、PSK−03の腕を絡みとってきた。
「くっ!」
振り返ろうとするPSK−03だが、それよりも先に別の怪人が真正面から突っ込んできた。逃げようとするも、腕にからみつく触手に邪魔されてしまい、怪人の体当たりをまともに食らってしまう。
胸の辺りに受けた強烈な衝撃に思わずガンセイバーを取り落としてしまうPSK−03。
「しまった!」
ガンセイバーを失ってしまえばもう他に武器はない。今回はモードF、フライトユニットを使用する為に他の装備を外してきているのだ。必死に今できること、この状況から脱出出来る方法を考える真希。
「……七瀬、ブースターのリミッターはかけてあるわね?」
『当たり前よ……何考えてるの?』
「この状況から脱出する方法よ。リミッター、切って」
『無茶ですよ! そんなことしたら……』
『あんたの身体の方が危ないわよ。それでもやる気?』
「……無茶はあんた達の専売特許じゃなかったの?」
『OK、わかったわ。でもPSK−03だけは壊さないでよ』
「私が死んだらどっちにしろ同じでしょう」
『それもそうね』
無線の向こう側で留美がニヤリと笑うのが真希には見えたような気がした。それとほぼ同時に背中のブースターの噴射音が少し変わる。抑えられていたものが解放されたようだ。
真希はマスクの下でニヤリと笑い、フライトユニットのブースターの出力を上げた。
「なっ!?」
触手でPSK−03の動きを封じていた怪人が驚きの声を上げると同時にPSK−03の身体が物凄い速さで上空へと舞い上がった。今までの速さなど比ではない。その分空気抵抗も物凄い。
「くうっ!!」
全身に掛かる衝撃はこの新宿駅前に辿り着く時以上だ。だが、これだけの速さならば絡み付いている触手を引きはがすことが可能なはずだ。
事実、触手を絡み付かせている怪人はPSK−03のスピードに着いていけず、ただ引っ張られているだけ。PSK−03の腕に絡み付いている触手もほどけそうになっている。
「もう……少し……」
PSK−03の腕から触手が外れた。それを見たPSK−03が大きく弧を描きながら反転し、触手を絡み付かせていた怪人に突っ込んでいった。尋常ではない速度での体当たり。その衝撃は物凄いものがあり、怪人は為す術もなく吹っ飛ばされ、地面に叩きつけられてしまう。
それを見たPSK−03は減速し、地上に降り立った。だが、すぐに片膝をついてしまう。どうやら今のは想像以上に身体に負担をかけてしまったらしい。
「く……流石に効いたな」
立ち上がろうにも身体が動かない。この状態は決してよろしくない。頭でそう思っても身体が動いてくれなかった。
そんなPSK−03を怪人達がゆっくりと取り囲み始めた。どうやらPSK−03が動けなくなっていることを知ったようだ。
「このままでは……」
周囲を見回す。いるのは怪人ばかりで味方は一人もいない。警察がこちらに向かっているはずなのだが、まだ到着していないようだ。何とか援軍が来るまでこの場を切り抜けなければならない。状況はかなり不利。
動こうとしない身体を叱咤して何とか立ち上がろうとするPSK−03。と、その時、銃声が轟き、PSK−03の後ろに迫っていた怪人が吹っ飛んだ。
「何やってんだよ!」
聞こえてきた声にPSK−03が振り返ると、そこにはライフルを持った国崎が立っているのが見えた。ライフルの銃口から煙が上がっているところを見るとどうやら先ほどの銃撃は彼のようだ。
「早く立ちやがれ、この野郎! 相手はまだまだいるんだぞ!」
再び怒鳴り、またライフルを構える国崎。
新たな敵の出現に怪人達の一部が彼に向かっていくが、国崎は次々と引き金を引き、撃ち倒していく。どうやらこの場にいる怪人はそれほどレベルの高い怪人ではないらしい。国崎の持つライフルでも充分ダメージを与えられているようだ。
だが、元々装弾数の多くないライフルだ。あっと言う間に弾倉は空になってしまう。
「この野郎!」
近寄ってきた怪人をライフルで殴り飛ばし、捕まらないように走り出す国崎。捕まってしまえばお終いだ。嬲り殺しにあうことは分かり切っている。走りながら予備の弾丸をライフルに装填していく。
「晴子さん達は何やってるんだよ!!」
止まっていたタクシーの上に飛び乗り、振り返りざまに引き金を引く。近くにいた怪人が直撃を受けて吹っ飛ばされ、後ろにいた怪人を巻き込みながら倒れていった。
しかし、それでも怪人の数は圧倒的だ。国崎一人が来たところで焼け石に水。更にPSK−03は未だに動けないようだ。このままでは確実に嬲り殺しにあう。
「ちくしょー! この!」
迫ってくる怪人を思いきり蹴り飛ばし、ライフルの引き金を引く国崎。
「何やってんだ、テメェ! しっかりしやがれ!!」
必死に怒鳴った先は勿論さっきから全く動かないPSK−03だ。本来ならばそっちの方がメインで戦うべきで、自分はその援護をするはずだった。だが、今は自分が怪人どもを引きつけて必死に戦っている。生身の自分にそれをさせるのは酷だろう。
「まさか諦めたとか言うんじゃねぇだろうな! 諦めたらそれで終わりだろうがっ!! さっさと立ちやがれ!」
そう怒鳴る国崎の足を怪人の手が払った。タクシーの屋根の上に倒れる彼に次々と手を伸ばしてくる怪人達。
国崎が倒されたのを見た真希は動かない身体を必死に動かそうとした。このままでは彼が死んでしまう、そう思ったのだ。自分の危険を顧みず、ここまで一人で来た彼を見捨てることなど出来ない。しかし、それでも彼女の身体は言うことを聞かない。実際のところ、彼女の身体は既にぼろぼろになっていたのだ。フライトユニットのリミッターを解除して無理な超高速飛行を行った時に、彼女の身体は本人が想像していた以上のダメージを受けていたのだ。更にマスクに内蔵されている無線もその時に壊れてしまったらしく留美達との連絡も取れなくなってしまっている。
(動け! 動け! どうして動かない!?)
心の中で自分を叱咤するが、既に限界を迎えてしまっている身体はどうしても彼女の言うことを聞こうとはしなかった。余りもの悔しさ、ふがいなさに思わず目に涙が溢れ出す。威勢よく出てきてこの様か。何と情けないことか。
そんな動けないPSK−03を怪人達は既に無視していた。国崎を追っていった以外の怪人達はまた新たな獲物を探しては殺戮を繰り広げている。一体どれだけの人がこの場でこいつらに殺されたのか。
「うおおおっ!!」
全身に気合いを入れて、必死に立ち上がるPSK−03。何処かで何かが切れるようなイヤな音がしたが、それに構っている暇はない。必死に一歩踏み出すが、すぐにバランスを崩して倒れてしまう。
「ダメか……ダメなのか……やはり私じゃ無理だというのか?」
そう呟きながら、それでも前に行こうと這いずる。と、その背中を何者かが踏みつけた。
「死に損ないが……おとなしくしていればいいものを」
PSK−03を踏みつけている怪人はそう言うとその手に生えている鋭い爪をPSK−03の首筋へと突きつけた。
「死ね、愚か者」
そう言って怪人が爪を振り上げたその時、一台のバイクが物凄い勢いで突っ込んできた。ジャンプしながら突っ込んできたそのバイクはそのままPSK−03を踏みつけている怪人を跳ね飛ばすと華麗に着地する。
「おい! 大丈夫か!?」
バイクに乗っていた男がヘルメットを脱ぎながら声をかけてくる。真希には見覚えのない男だったが、向こうはこっちを、PSK−03を知っているらしい。すぐに駆け寄ってくる。
「何やってるんだよ、北川。お前らしくないぞ」
そう声をかけてくる男をPSK−03は首だけを動かして見上げた。
「違う……私は北川ではない」
「……女? まぁ、いいや。動けないなら無理するな。ここは俺に任せろ」
返ってきた声に男は少し訝しげな顔をしたが、すぐに笑みを浮かべてそう言うと立ち上がった。
新たに現れたこの男――相沢祐一の方を怪人達が振り返る。幾多の怪人達の視線に晒されながらも祐一は怯むどころか不敵に笑ってみせた。
「好き勝手やりやがって……それもここまでだ!」
そう言って両手を腰の前で交差させる祐一。そしてゆっくりとその腕を胸の前まで持ち上げ、左手だけを腰まで引く。残った右手で宙に十字を描いた。
「変身っ!!」
祐一の叫び声と共に彼の腰にベルトが浮かび上がる。ベルトの中央に埋め込まれている霊石が眩い光を放ち、その光の中、祐一の姿が戦士・カノンへと変わった。
「なっ!?」
目の前で未確認生命体第3号と呼ばれる存在に変身した祐一の姿を見た真希が驚きの声を上げる。未確認生命体は全て敵だと思っていただけに、その第3号に助けられるとは思わなかった。それ以上に未確認生命体がごく普通の人間だったとは。
カノンの出現を知った怪人達はすぐさまその標的をもっとも困難な相手、すなわちカノンへと変えた。PSK−03よりも国崎よりもまずカノンを倒さなければならない。これだけの数で掛かればカノンと言えども倒せるはずだ。
「我らが神に反逆する愚か者!」
「我ら神の使徒に刃向かう愚か者!」
「死を持ってその罪を償うがいい!」
「未来永劫地獄で苦しみ足掻くがいい!」
そう言いながらカノンに向かっていく怪人達。
「舐めた事言ってるんじゃねぇぞ、この野郎ども!」
迫ってきた怪人に回し蹴りを叩き込むカノン。更に身体を回転させて別の怪人に後ろ回し蹴り。着地すると同時に強烈なパンチを真正面にいた怪人に叩き込む。
ほぼ一瞬にして3体の怪人がその場に崩れ落ちるのを見て、他の怪人達が怯んだようだ。カノンから少し距離を置いて取り囲む。どうやら何も考えずに突っ込んでくるのは得策ではないとわかったらしい。
これは厄介だな、とカノンが思った時、丁度こちらに向かってきていた未確認生命体対策本部の刑事達と機動隊が到着した。
「ええか、人命救助が最優先や!」
先頭に立つ晴子が叫ぶ。
「あいつらを倒そう思うな! 近寄らさへんかったらええ!!」
機動隊がまずジュラルミン製の盾を構えて防壁を作り、その後ろにライフルを持った刑事達が並ぶ。そして一斉射撃。彼らの持っているライフルに装填されているのはただの弾丸ではない。対未確認生命体用に開発された特殊弾丸、通称炸裂弾だ。勿論先ほど国崎が使っていたライフルにもこの炸裂弾は装填されており、充分この未確認B種と呼ばれる怪人達に通用することは証明されている。
炸裂弾の一斉射撃を受け、次々と怪人達が倒れていく。だが、それでとどめを刺せたわけではない。ダメージを与えられただけだ。これが本物の未確認生命体ならばダメージすら与えられないのだが。
「よっしゃ! 前進!!」
機動隊による防壁が晴子の声にあわせて前進、その後ろにライフルを持った刑事達が続く。どうやらこうやって相手を追いつめる作戦のようだ。
「国崎さん、大丈夫ですか!?」
タクシーの側に転がっている国崎に気付いたらしい一人の若い刑事がそう声をかけながら彼に近寄ってきた。
「……遅いぞ、住井」
ジロリとその若い刑事――住井 護を睨み付けるぼろぼろの国崎。着ている服がボロボロ、髪の毛は乱れ、顔には青あざが出来ているがどうやら命に別状はないらしい。
「すいません、渋滞に捕まっちゃって」
「全く、あの世を垣間見たぞ」
「大丈夫ですよ、国崎さんなら」
「どう言う意味だ?」
「地獄の鬼も迷惑でしょうから」
「お前なぁ……」
「とにかくここでじっとしていてください。あいつらはこっちで何とかしますから」
住井はそう言うとその場に国崎を残し、他の刑事達の元へと向かうのであった。

<都内某所・教団施設 11:46AM>
警視庁未確認生命体対策本部の刑事と機動隊の参戦によって状況は変わりつつあった。彼らが使うライフルの弾丸が予想以上にダメージを怪人達に与えているからだ。
それにカノン。まさに怪人達にとって天敵とも言えるその存在。カノンが現れてから何体もの怪人が倒されてしまっている。
「そろそろ頃合いかな」
我々の恐ろしさは充分に人々に伝わったはずだ。これ以上はただの時間の無駄、それに怪人達がやられるところを人々に見せるのもよろしくない。本音を言えばこれ以上手駒を減らすわけにもいかなかった。
「撤収だ。刃向かう連中はいくら殺しても構わない」
新宿駅前が映し出されているモニターに向かってその男は言った。まるでそこに誰かいるかのように。実際にはモニターの側にあるマイクに向かって呼びかけているのだが。
『了解しました。それと報告が遅れましたが、折原浩平の処分、完了致しました』
返ってきたのは浩平、アインを襲った狼忍者の声だった。その声に折原浩平という教団にとってかなりの厄介者、強敵を倒したという喜びはない。感情を廃した、あくまで報告をするだけの冷静な声。
男は狼忍者のその報告に鷹揚に頷いただけだった。
折原浩平。サンプルとして惜しい存在ではあった。だが、それ以上に今の教団には彼の存在は邪魔だったのだ。このまま彼を生かしておけばきっと厄介なことになる。既に教団の施設をいくつも潰してきていることからそれは明白だった。障害は一刻も早く取り除くべし。それが上層部の決定であり、男にその決定に逆らうことなど出来ようはずもなかった。
椅子の背もたれに身体を預け、男はじっとモニターを見る。
狼忍者率いる怪人忍者軍団は忠実に命令を実行しているようだ。煙幕弾を使用して未確認対策班の視界を奪い、その間に怪人達を脱出させる。前もって決められていた脱出ルート、そう簡単にはわからないはずだ。問題があるとすればその場にいるカノンだけだが、それも上手く翻弄している。この調子だと完全にやられた怪人以外は全て戻ってくることが出来るだろう。
「まずは第一段階終了、か」
そう呟き、男は椅子から立ち上がった。
計画は始まった。全ては動き始めた。もはや止めることは誰にも出来ないだろう。やらなければならないことはいくらでもある。自分もその中にいる以上立ち止まることも振り返ることも許されないのだ。
教団東京支部長、巳間良祐は少し疲れたような表情を浮かべながら自分の執務室から出ていくのであった。

<新宿区新宿駅前 14:28PM>
突如周囲に立ち込めてきた煙と共にこの場で猛威を振るった怪人達が姿を消して既に2時間以上が過ぎている。付近の混乱はようやく収まりつつあった。
「死者は今のところですが30名以上、重軽傷者に至っては100名を越えると思われます」
止めてあるパトカーの無線でそう言っているのは住井だった。とりあえず今の時点でわかっている範囲での被害報告を行っているのだ。
今までにない大多数の被害者を出してしまった。その所為か、彼の声は沈んでいる。
「現在現場周辺のチェックを……はい、あの未確認B種が何処に消えたかも捜索中です」
そんな住井を見つけて、一人の男が歩み寄ってきた。
「はい、わかりました」
そう言って無線を戻した住井が自分の側にやってきた男の顔を見て目を丸くする。
「国崎さん、いいんですか?」
「ああ、たいしたことないしな。それで、状況は?」
国崎は額に包帯を巻き、頬には湿布を貼り、更に左腕を吊っていると言う見るも痛ましい姿であった。いつもの黒尽くめのスーツもあちこち破れている。だが、よくこれだけで済んだものだ。
「今のところうちの刑事と機動隊とで手分けして消えた未確認B種を捜索しているところです。怪我人とかは所轄と消防、救急隊が協力して近くの病院などに搬送中だそうです」
「そうか……しかし、これだけのことがまた起こったらと考えると……」
「そうですよね。あの白覆面、いつの間にかいなくなっていましたが、あの様子だとまたやるかも知れませんし」
二人して顔を見合わせ、ため息をつく。
今回と同じようなことを別の場所でやられたら、しかも場所とタイミングによっては物凄い被害がでるだろう。今回の比ではない程の大被害が。

<喫茶ホワイト 14:31PM>
同じ頃、喫茶ホワイトに戻ってきていた祐一も沈痛な表情を浮かべて店の外にあるガレージで座り込んでしまっていた。
(ダメだ……今日のようなことがまた起きたら……)
自分一人ではあの大多数の怪人どもを倒しきることは出来ない。例え倒しきることが出来たとしてもその間に一体どれだけの人々が犠牲になってしまうのか。自分一人で全てを救うことなど出来はしないと頭でわかっていても、目の前で凶刃に倒れる人を見たくはなかった。
そんな祐一の前に誰かが立つ気配がした。見上げてみると、そこには長森瑞佳が静かな笑みをたたえて立っている。
「瑞佳さん……?」
「はい、コーヒー」
瑞佳は持っていたコップを祐一の方に差し出した。
そのコップを受け取り、祐一は少し自嘲的な笑みを浮かべる。
「ダメだよ、祐さん。思い詰めちゃ」
コップに口を付けようとしていた祐一は瑞佳のその一言に顔を上げた。彼女は相変わらず優しげな、静かな笑みを浮かべたまま祐一を見つめている。
「ずっとテレビ見てた。あの数じゃどうしようもないよ」
「いや、そうじゃ」
「それに」
何か言いかけた祐一を遮るように、少し強い口調で瑞佳が言う。
「それに、祐さん一人じゃ出来ないことだってあるんだから。だから思い詰めちゃダメだよ」
まるで言い聞かせるように、でも優しい笑みを浮かべながら瑞佳が言うのを祐一は黙って聞いていた。

<倉田病院 15:05PM>
ガシャァンと何かを床に叩きつけるような音が静かな廊下に響き渡った。
丁度エレベータから出てきた倉田佐祐理はその音に思わずビクッと体を震わせる。
都内にある倉田重工第7研究所に程近い場所にある倉田病院。勿論、倉田重工と同じく倉田グループに属する医療機関だ。第7研究所に近いと言うことだけあって、そこでの怪我人などが運ばれてくることが多い。そして、そこにはPSKチームの一人、北川 潤も現在入院しているのだ。
第7研究所の所長である佐祐理がここにやってきたのは彼の見舞いの為である。
「北川さん、落ち着いてください!」
向こうの方の病室から聞こえてくる看護婦の声。
「これが落ち着いていられるか! 放せ! 放してくれ!!」
続いて聞こえてきたのは聞き覚えのある声だった。その声の感じから彼がかなり落ち着きを失い、興奮しているのがわかる。
佐祐理は思わず走り出していた。目的の病室のドアを開けて中に飛び込むと、そこでは一人の男が暴れているのを数人の看護婦が必死に止めているところだった。
「北川さん、何をやっているんですか!?」
暴れていたのが北川 潤だとわかり、思わず声を荒げてしまう佐祐理。
佐祐理の声を聞いた潤は彼女の方を見、そしてようやく落ち着いたように振り上げていた手を下ろし、ベッドに腰を下ろした。
「一体どうしたんですか?」
佐祐理のその質問に看護婦達は顔を見合わせる。何があったかを話していいものかどうか躊躇っている、そんな感じだ。
「何があったんですか?」
再び尋ねる佐祐理。今度は先ほどよりも少し剣呑な口調になっている。何を隠しているのかわからないが、その態度が彼女を苛立たせる。同時に、心の中の冷静な部分がこの程度のことで苛立つ自分はかなり疲れているのではないかという疑問を投げかけていた。
「あの、お嬢様……」
一人の看護婦が佐祐理の顔色を伺うように一歩前に出た。
「ああ、俺が話すよ。あんたら悪いけど出ていってくれないか?」
何処か意気消沈した感じの潤がそう言ったので、看護婦達は互いの顔を見合わせ、それから佐祐理に一礼してからぞろぞろと病室から出ていく。看護婦達が出ていってしまい病室の中が重苦しい沈黙に包まれた。
「何があったんですか、北川さん?」
重苦しい沈黙を撃ち破るかのように佐祐理は静かにそう言って北川を見た。先ほどよりも幾分口調は和らげだ。
「……テレビ、見ました」
俯いたまま小さい声で潤が言う。佐祐理の質問には答えていない。そもそも彼女の言葉を聞いていたのかどうかも怪しい。
「新宿で起きたこと、知ってます。だからこそ俺は知りたい」
そこまで言って潤はようやく俯いていた顔を上げて佐祐理を見た。
その表情から佐祐理は潤が何を問いたいのかだいたいわかった。彼からすれば当然の質問だろう。何でもっと早くに彼に伝えておかなかったのか、そのことを佐祐理は今になって後悔する。
「新宿で戦っていたのは誰ですか? あのPSK−03は一体誰なんですか? 何で……俺じゃないんですか!! 俺はもう必要ないって言うんですか!!」
言いながら段々感情が抑えきれなくなってきたのか、潤の口調が激しくなる。
「俺は今まで精一杯やってきた! なのに、もう俺は必要ないって言うんですか!!」
「北川さん」
激しい潤に対して佐祐理はあくまで落ち着いた声で呼びかける。が、彼はその声に気付かない。
「うぬぼれてるつもりじゃない! でも、でも……PSK−03の装着員は俺だ!」
「北川さんっ!! 落ち着いてください!!」
ついつい佐祐理は大きい声を出してしまっていた。普段の彼女からは考えられないことだったが、これはこれで潤を落ち着かせるのには効果があったようだ。彼はぽかんとした顔で佐祐理を見つめている。
「え〜っと、こほん」
大声を出してしまったことが恥ずかしくなったのか、佐祐理はわざとらしい咳払いをして、気分を落ち着かせる。
「北川さん、聞いてください。PSK−03の装着員からあなたを外した覚えは毛頭ありません」
「しかし!」
「聞いてくださいと言いました。今、あなたに変わってPSK−03を装着しているのは広瀬真希さん。知っていますね?」
佐祐理の問いに黙って頷く潤。
「彼女はPSK−03の改良の為に仮装着員として招聘しました。今回の出動は完全にイレギュラーです」
「イレギュラー?」
「はい。今回のような事件がなければ広瀬さんが出動することはありませんでした」
「……それじゃ……」
「そうです。PSK−03の改良部分のチェックなどを広瀬さんにお願いしていただけです。北川さんが復帰すれば彼女はまた元の仕事に戻る予定ですから」
「……すいません、早とちりしました」
潤はようやく自分が誤解していたことを悟り、佐祐理に向かって頭を下げた。
「わかっていただけたらいいんです。それと、早く身体を治してください。いつまた今日のようなことが起こるかわかりませんから」
佐祐理は笑顔を浮かべてそう言い、潤の手を取った。
「佐祐理達にとってあなたは大事な人なんですから、早く復帰してくださいね」
少し潤んだような瞳の佐祐理にそう言われた潤は黙って頷くことしか出来なかった。

<都内某所・教団施設 15:08PM>
ストレッチャーの上に眠らされたままの天沢郁未が寝かされている。周囲には白衣を着た男とも女ともつかない連中がいて、そのストレッチャーを何処かに向かって搬送していた。
その少し後ろを歩くのは手術着姿をした鹿沼葉子。教団東京支部No.3の実力者。他の二人と違って彼女は遺伝子工学の方からより強力な改造変異体を作り出す事にこだわっている。
「遂に彼女の番なのかな?」
不意に聞こえてきた声に葉子は足を止める。
「彼女は君の友達じゃなかったのかい?」
葉子はその質問に答えようとはせず、黙って声の主が何処にいるのかを探すように周囲を見回した。だが、何処にも人影一つない。先を進むストレッチャーとそれを運ぶ連中がいるだけだ。もしかしたらあの連中の中に紛れ込んでいるのかも知れない。
「生憎だけど僕はそこにはいないよ」
こちらの考えを読んでいるかのように声は答える。その声はかなり近いところから聞こえてきた。そう、ほとんど真後ろから。
ビクッと体を震わせて振り返る葉子。
「やぁ、葉子さん」
そこにはにっこりと笑った少年が立っていた。
「……何の用ですか? こちらには話などありませんが」
冷たい声で葉子は言う。この少年の見た目に騙されてはいけない。このにこやかな顔の下に一体どう言う本性を隠しているのか知れたものではない。決して油断してはならない。付け入る隙を与えてはならない。
「相変わらず冷たいなぁ、葉子さんは。ちょっとお願いがあるんだけど、その様子だと聞いてくれないかな?」
少年はニコニコと笑顔のままそう言い、首を傾げた。
「あなたがこの私にお願いですか? 珍しいこともあったものですね」
葉子は少年から後ずさるように一歩下がりながらそう答える。
「何、とても簡単なことさ。僕に手伝わせて欲しいんだよ、彼女の手術をね」
「手伝う?」
「そう、手伝いたいんだ、君の手術を」
そう言って少年は葉子の承諾を待たずに歩き始めた。彼女が断るとは全く思っていないらしい。そして、事実葉子は何も言わずに少年の後を追うだけだった。
二人がストレッチャーの運び込まれた手術室に入り、その扉が閉じられる。

<城西大学付近 15:45PM>
美坂香里が愛用のスクーターで走っている。向かおうとしているのは城西大学の近くにある喫茶ホワイト。いつものように古代文字の解読を大学構内にある考古学研究室で行っていたのだが、何となく行き詰まってしまい、気分転換と休憩を兼ねてこうして出てきたのだ。
少しの間走っていると向こうの方で人集りが出来ているのが見えてきた。丁度道をふさぐような形で人集りが出来ているので香里はスクーターを止めると、一体何があったのかとその人集りの中に首を突っ込んでみた。
「何なのよ、これ……」
そこに広がる光景を見て呆然と呟くことしか出来ない香里。
彼女の眼前にはまるで隕石が落ちた様な跡、小さなクレーターが広がっていたのだ。

Episode.58「聖戦」Closed.
To be continued next Episode. by MaskedRiderKanon


次回予告
新宿での事件の爪痕は深い。
人々の不安を更に煽るかのように出現する未確認生命体第31号。
晴子「こう言う時は動いとった方がましや」
高槻「今度はこの私の番だ」
教団の新たな動き。
それは”聖戦”の第2段階への布石なのか?
???「その程度で奴が死んだと本気で思っているのですか?」
留美「お帰りなさい、北川君」
爆発の中に消えたアイン、折原浩平の運命は?
恐るべき強敵に対するカノンに勝ち目はあるのだろうか?
次回、仮面ライダーカノン「魔蠍」
動き出す、闇の中の赤き月……



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