<東名高速道路・海老名SA 14:39PM>
鼻歌を歌いながら用を足し終えたその青年は洗面台へとやって来た。
「ン〜、いい色に焼けてるねぇ〜。これで俺の美青年っぷりもまた上がるってもんだ」
鏡に映る自分の顔を見ながらそう言うと、青年はニヤリと笑ってみせる。
「俺を襲うんならもうちょっと殺気ってもんを殺した方がいいと思うぜ」
青年の言葉に、すぐ後ろまで迫っていた一人の男がビクッとして動きを止めた。だが、すぐに気を取り直したように青年に掴みかかっていく。
さっと身を翻してその手をかわした青年は再びニヤリと笑うと、外へと飛び出していった。慌てて追いかけてくる男を尻目に青年は真っ黒いオンロードバイクに飛び乗り、エンジンを始動させる。
「悪いがこんな所で足止め食っているわけにもいかないんでな! あばよ!!」
青年はそう言うと、その真っ黒いオンロードバイクを発進させた。まるで弓から矢が解き放たれるかのように一気にオンロードバイクが飛び出していく。青年を襲おうとしていた男はそれを見送ることしか出来なかった。その場に辿り着いた時にはもう黒いバイクは遙か彼方へと走り去ってしまっていたのだ。恐ろしいまでの加速である。バイク自体もさることながら、それを操る青年の腕もかなりのものだ。
一方その青年はと言うと高速道路上を軽快に走っていた。向かう先は勿論、東京である。
「それにしてもこんな所で襲ってくるとはなぁ」
バックミラーをちらりと見ながら呟く青年。
「やっぱりあそこをぶっ潰したのは結構でかかったみたいだな」
ここしばらく彼は東京にはおらず、別のところにいたのだ。そこである組織の実験施設を叩き潰し、今、東京へと戻る途中なのである。先程襲いかかってきた男はその組織が放った刺客であろう。前々から邪魔者だと認識されてはいたのだろうが、この間の件で一気に警戒度レベルが上昇したようだ。今まで直接的に自分に刺客を放たれたことなど一度もなかったのだから、それは確実だろう。
このまま東京に戻れば襲われる可能性は更に大きくなることはほぼ確実だが、それはとりもなおさずチャンスでもあった。今までなかなか尻尾を掴ませなかった敵組織が動き出したのだ。これは一気に敵組織を叩き潰すチャンスでもある。復讐を遂げる最大のチャンスが来たのだ。
「さぁて……面白くなってきたぜ」
ヘルメットの中でニヤリと笑う。
敵がどれだけ強大であろうと構うことはない。やることは一つ。奴らによって奪われた母と妹の仇を取ること。自分の運命を狂わせてくれた奴らに対する復讐。それだけだ。
青年の遙か前方に広がるビルの街の上には暗雲が広がっている。それはまるでこれからの波乱の運命を示しているかのようだ。
青年の名は折原浩平。謎の組織、教団によって母親と何よりも大事だった妹の命を奪われ、そして自らの運命までも狂わされた男。
彼の復讐の旅路は、今まさに山場に差し掛かろうとしている。

仮面ライダーカノン
Episode.57「蠢動」

<倉田重工第7研究所 18:29PM>
倉田重工第7研究所の地下にある演習施設。
その中央に立っているのは対未確認生命体用に開発された強化スーツ、PSK−03だった。だが、その姿は今までのものとは少し違っている。今までの戦いのデータを元に更なる改修が加えられたようだ。
『それじゃ始めるわよ。準備はいい?』
聞こえてきた女性の声にPSK−03はこくりと頷いた。
演習施設に隣接しているモニター室にいる女性が隣に座っている男性の方を見て頷く。
「始めて、斉藤君」
「わかりました」
男性が目の前にある様々なスイッチを次々にONにしていった。
演習施設の中の壁際にあるピッチングマシンが次々と起動し、微妙にタイミングをずらしながらPSK−03目掛けて鉄球を打ち出していく。その射出速度は時速にして150キロ。直撃すればただでは済まない速度だ。そんな速さで鉄球が次々と打ち出されていくが、PSK−03は巧みに鉄球をかわしていく。
並の反射神経ではこの様な芸当は無理だろう。一回に射出される鉄球の数は一個だけだが、それでも次から次へと微妙にタイミングをずらしつつ射出されてくるのだ。予測してかわすことなどほとんど不可能に近い。どれが射出してくるかは完全にランダムなのだ。
PSK−03が鉄球をかわすことを可能にしているのは装着者の反射神経の良さもあるが、それ以上にそのAIの性能の良さにある。新たに開発され、搭載された新型のAIがピッチングマシンから鉄球が射出されると同時にその弾道を計算して回避プログラムを即座に起動させるのだ。後はそれに従って回避行動を取ればいい。そこに反射神経の良さが問われるのだが、この装着員は充分それが出来ていることからかなりの反射神経の持ち主なのだろう。
『レベル2に移行。ガンセイバー用意』
演習施設内に響く女性の声にPSK−03は腰のホルスターからガンセイバーを取り出した。PSK−03専用の装備であるガンセイバー。必要に応じてガンモードとセイバーモードへと切り替えることが出来る。更にPSK−03の最強武器、マックスボルケーノの起動キーにもなっているのだ。
ガンモードにしたガンセイバーを片手にPSK−03が周囲を見回す。次の瞬間、壁際にあるピッチングマシンが同時に二つ起動し、鉄球を射出した。床を転がって鉄球をかわしたPSK−03はガンセイバーを起動しているピッチングマシンへと向けて引き金を引いた。ガンセイバーから発射された特殊弾丸がピッチングマシンに命中し、そのピッチングマシンが動きを止める。同じ事が数度繰り返され、全てのピッチングマシンが停止するまでに掛かった時間はほんの数秒ほどだった。
モニター室からじっとPSK−03の動きなどをチェックしていた女性が持っていたボードに何かを書き込んでいく。
「七瀬さん、レベル3に移行しますか?」
女性の隣にいた男が尋ねると、女性はこくりと頷いた。そこには何の感情も一切入っていない。あくまで事務的に、やらなければならないことをただ、黙々とこなすだけ。そう言った感じで演習施設内のPSK−03を見つめている。
「レベル3に移行します。ガンセイバーをセイバーモードに替えてください」
男も女性と同じように事務的な口調で演習施設内に繋がっているマイクに向かって言う。すると、強化ガラスの向こう側にいるPSK−03が持っていたガンセイバーの銃身の側面についている9つのキーにあるコードを打ち込んだ。するとガンセイバーの銃身が起きあがり、一本の棒状になる。引き金を引くと銃身の下に折り畳まれていたブレードが起きあがり、そのブレード部分が白く発光し始めた。
『準備はいいわね。レベル3,いくわよ』
演習施設内に聞こえてくる女性の声にPSK−03は黙って頷いた。
再びピッチングマシンが起動し、今度は3方向から同時に鉄球が次々と放たれていく。その射出速度は今まで以上の上に、その間隔も先程までよりも短くなっている。ここまで来ると鉄球の雨が降ってきているようなものだが、PSK−03はその鉄球をかわし、またはガンセイバーで両断していく。
その様子を見ていた女性は無言で男の前にあるコンソールに手を伸ばした。そこにあるものはレベル切り替え用のスイッチだ。男はPSK−03の動きに見とれていて女性の手の動きに気付いていない。だから彼が気付いた時には女性はもうレベル4のスイッチをONにしてしまっていた。
「な、七瀬さん!?」
驚きの声をあげる男だが、女性に無言で睨み付けられてすぐに黙り込んでしまう。
そんな二人の目の前ではPSK−03が更に速さを増し、同時に4つもの鉄球を相手にしなくてはならなくなっていた。だが、それにも関わらずPSK−03はまるで舞いでも舞っているかのように華麗に鉄球をかわし、そしてガンセイバーで鉄球を真っ二つにしていく。ここまで来るともはや神業と言っても良いだろう。
「……そろそろ終わりにしましょう、斉藤君」
しばらくPSK−03の華麗な舞いを見ていた女性がそう言い、持っていたボードをコンソールの上に置いた。
慌てて全てのスイッチをオフにする男。彼からすれば、何時PSK−03が鉄球の直撃を受けるか冷や冷やしていたのだ。女性の命令がなければ思わず逃げ出してしまっていたかも知れない。
「お疲れさま。もういいわよ」
マイクを自分の方に引き寄せて女性がそう呼びかけるとPSK−03はモニター室の方を向いた。持っていたガンセイバーをくるりと回してからホルスターに納めると、次にゆっくりとした動作でマスクを外していく。マスクの下から現れたのは汗だくになった若い女性の顔。ボブヘアーのその女性は少々きつい視線でモニター室にいる女性、七瀬留美を見やる。その視線はまるで留美を睨み付けるかのように。そして、その視線を受け止める留美も彼女を睨み付けるようにじっと見つめ返していた。

<倉田重工第7研究所 19:02PM>
シャワールームで汗を流し終えた広瀬真希はすぐに着替えると、その足でこの研究所の最高責任者である倉田佐祐理のいるであろう所長室へと向かった。おそらくそこにはPSKチームのリーダーである七瀬留美もいるだろう。先程まで行っていたテストの報告のために。それはそれで構わない。どちらかと言えば留美の方にこそ用があるとも言えるのだから。
所長室の前に立った真希がドアをノックする。
「失礼します、広瀬です。お話があるのですがよろしいでしょうか?」
「どうぞ、入って頂いて構いませんよ」
中からそう言う声が聞こえてきたのを確認してから真希はドアを開けて所長室の中に入る。すぐさまドアを閉じ、そして中にいる佐祐理に向かってピシッと足を揃えてから敬礼する。
「あ〜……楽にして頂いて結構ですよ」
自分に向かって敬礼している真希を見た佐祐理が困ったような笑みを浮かべてそう言うので、真希はその場で安めの姿勢を取った。
「ここは軍隊じゃないのよ。そう言うの、止めて貰えるかしら?」
冷めた視線を真希に向けながらそう言ったのは留美だ。真希の予想通り、佐祐理に先程まで行っていたテストの報告をしているのだろう、その手にはモニター室で何やら色々と書き込んでいたボードがある。
「あら、ご免なさい。なかなかいつもの癖って抜けなくて」
少しも悪びれた様子もなく真希は言い返し、そのまま佐祐理の前までやって来た。
「あなたがいてくれたのは丁度よかったわ」
「…………」
留美の隣に並んだ真希がそう言って留美を冷ややかな目で見据える。対して、留美は無言で彼女を見つめ返すのみだ。おそらく真希が何を言いたいのか見当がついているに違いない。
「倉田所長に申し上げたいことがあります。よろしいでしょうか?」
真希が真剣な口調で言ったので佐祐理は黙って頷いた。
「先程のテストの最中、彼女、七瀬主任はこちらになんの通告もなくレベルを上げていました」
「あなたなら大丈夫だと思ったのよ。それに実戦じゃレベルの通知なんか誰もしてくれないしね」
「その信頼のおかげでこっちは一瞬死ぬかと思ったわよ」
「事実、生きてるじゃない」
「それは私だったからよ。あれが誰か別の人間なら確実に死んでいたわ」
「ならPSK−03に感謝する事ね。あれでなかったらあなたもきっと重傷を負っていただろうし」
そこで二人は互いに言葉を切って睨み合った。どちらも自分の言い分のみを通すつもりで相手の言い分を聞こうと言うつもりはまるでないらしい。
二人の間に険悪な空気が流れる中、佐祐理は小さくため息をついた。
「七瀬主任、それに広瀬さん。佐祐理はこれから急用があって出掛けなければなりません。後は報告書という形で上げておいてください」
これ以上は聞きたく無いと言う風に佐祐理は立ち上がる。デスクの上のインターホンで別室にいる秘書を呼び出すとすぐに車の用意をするように申しつけた。
そんな佐祐理の突然の態度の変わりように戸惑っている二人を残して彼女は所長室から出ていった。向かう先は勿論第7研究所の玄関先だ。歩いてそこに辿り着くまでには車が回されているはず。
しかし――歩きながら佐祐理は思う。どうしてあの二人はああも仲が悪いのか。留美にしても真希にしても互いに嫌悪感を露わにさせすぎだ。わざわざ真希をここに呼んだのにはそれだけの理由があるというのに、どうも留美は自分の感情を優先させてしまっている。真希も真希で留美に対しては自分の感情を押し殺そうとは一切していないようだ。ケンカするほど仲がいいとも言うが、あの二人にはどうもそれは当てはまりそうにもない。とにかくこのままでは良くないだろう。早く何とかしなければ。まだまだ山積みの問題に佐祐理はため息をつくのであった。

<都内某所 20:32PM>
愛車である漆黒のオンロードマシン、ブラックファントムを駐車場スペースに止めた浩平は久しぶりに戻ってきた安アパートを懐かしげに見上げていた。
「なぁんか随分と久し振りって感じだなぁ」
そう言いながら自分の部屋に向かう。
ドアの前まで来た彼は鍵を取り出し、そこで動きを止めた。ドアの向こう側、部屋の内側から何やら異様な気配を感じたのだ。鍵はちゃんと掛けて出たはずだ。一応中には誰も入れないはずだが、そんなもの自分を狙っているであろう連中には簡単にこじ開けられるだろう。中にいるのはかなりの高確率で自分を狙う刺客。
「……これからは気の休まる時が無いって訳か?」
そう呟き、ドアノブに手を掛ける浩平。何が起きてもすぐに対処できるよう身構えておくのは忘れない。ドアを開けた瞬間、中にいた刺客が飛びかかってくることだってあり得るのだ。
部屋の中の気配に気をつけながら、ドアを一気に開け放つ。ついですぐさま中に飛び込もうとする浩平だが、その足に何かワイヤーのようなものが引っかかり、そこで足を止めてしまっていた。そのワイヤーの先には手榴弾のようなものがあり、ワイヤーはその安全ピンにくくりつけられている。浩平の足がそのワイヤーに引っかかってしまったことで、安全ピンは既に外れてしまっていた。
「くっ!!」
とっさに後ろへと飛ぶ浩平。一瞬遅れて起こる爆発。
その爆風に大きく吹っ飛ばされ、浩平は地面の上を転がった。後一瞬遅ければ爆発にまともに巻き込まれて肉片と化していただろう。まさかここまでやるとは考えていなかった。狙うなら自分だけで、周りの人間にまで被害の出るようなやり方を相手がとってくるとは。
「本気ってことかよ……」
爆発し、炎上する安アパートを地面から顔を上げて見上げる浩平。
あの安アパートに住んでいる住人はいったいどうなったのだろうか。一度も顔を合わせたことがないが、もし怪我をしていたり死んでいたりしたらかなり申し訳ない。だからと言って自分に何かが出来るわけではないが。
「つぅ……」
ゆっくりと身を起こした浩平が立ち上がろうとすると、その耳に消防車のサイレンの音が聞こえてきた。近所の人が通報したのだろう。すぐに警察もやってくるはずだ。下手に事情聴取など受けるわけにはいかない。受けたところで何を話せと言うのだ。
とりあえずはこの場を離れるべきだ。そう思って歩き出そうとすると、身体中に痛みが走った。とっさに飛び退いたものの完全には爆発をかわしきれなかった上に、大きく吹っ飛ばされて地面にたたきつけられたのだ。動けないほどではないが身体中のあちこちにダメージがあるらしい。
痛みに顔をしかめながら必死に駐車場スペースまでたどり着いた浩平は、無事だったブラックファントムに跨るとすぐさまエンジンを掛けた。額の辺りから流れ落ちる血を手でぬぐい、ブラックファントムを発進させる。今はこの場から一刻も早く離れるべき。傷の手当ては後だ。そう思いながら浩平は必死にブラックファントムを走らせた。
未だ炎上を続ける安アパートから離れていく浩平を近くにあるビルの上から見ている男の姿がある。海老名SAで彼を襲ったあの男だ。あの時と違うのはその背中に大きな翼があるということだろうか。
「……あの程度では奴は殺せないか」
男はそう呟くと、その姿を変えた。人間の姿から梟の怪人の姿へと。改造変異体B−23、通称梟怪人。彼こそが浩平に差し向けられた刺客なのである。
梟怪人は背の翼を広げると、そのまま大空へと飛びだした。この場から離れていく浩平を追いかけるためだ。
どこに逃げようと、どこに隠れようと、地の果てまで追いつめて浩平を殺す。それこそがこの梟怪人に与えられた使命。この冷酷かつ残虐なハンターに狙われた獲物に心休まる時はない。それを浩平はこれからいやと言うほど思い知らされることになる。

<喫茶ホワイト 21:13PM>
閉店の準備をしながら長森瑞佳はテレビで流れているニュース速報をぼんやりと見つめていた。
「お〜い、瑞佳。手が止まってるぞ」
カウンターの中で皿やらコップやらを洗っていたマスターが瑞佳に声を掛けると、彼女はマスターの方を振り返って小さく頷いた。
「ごめん、マスター。なんか近くだったから気になっちゃった」
瑞佳はそう言うと、床のモップかけを再開する。
そこにこの店の看板を持って相沢祐一が入ってきた。表の掃き掃除と看板の片付けをやっていたのだ。
「なんか近くで火事でもあったのかな? さっきからサイレンが物凄いんだけど」
「なんか近くで爆発事故があったらしい」
祐一の質問に答えたのはマスターだった。どうやら彼も見るともなしにニュース速報を見ていたようだ。
「爆発事故!?」
「たぶん、あれだろ。風呂の空焚きとかガス漏れとか」
まるで何でもないかのようにマスターが言うが、瑞佳は顔をしかめてそのマスターの方を見る。
「マスターも気をつけてね。ガスの元栓の閉め忘れとか絶対にしちゃダメだよ」
「そうですよ、マスター。俺、まだ死にたくありませんからね」
瑞佳に同意するように祐一が彼女の横で頷いている。
そんな二人に苦笑を返すしかないマスター。ちなみにこの店のガスの元栓などの管理は実は瑞佳が帰る前にやっていたりするのだ。瑞佳がいない時は祐一が代わりにチェックしている。マスターは店の閉店作業を終えるとすぐに奥に戻って酒を飲み始めることが多いので、あまりそう言うことはしない。なかなか困った人物である。
「まー、俺がやらなくても瑞佳とか祐一とかがやってくれてるしな。大丈夫大丈夫」
あっさりとそう言うマスターに瑞佳も祐一も呆れたような表情を浮かべるしかなかった。
その後、店内の片付けを終えた瑞佳がいつも仕事時につけているエプロンを綺麗に折り畳んでいると、祐一が声を掛けてきた。
「瑞佳さん、送っていこうか?」
祐一はこの喫茶ホワイトの2階にマスターと一緒に住み込んでいるが瑞佳はこの近くにあるアパートに部屋を借りている。歩いても5分とかからない場所だが、それでも瑞佳は女性だし、外はもう暗い。何かあったら大変だということで時折祐一は瑞佳を送っていったりしているのだ。
「ん、今日はいいよ。祐さんも疲れているんじゃない? 今日は忙しかったし」
そう言って瑞佳は祐一に笑顔を向ける。
確かに彼女の言うとおり、今日は久し振りに忙しかった。近所にある城西大学が夏休みを終えて後期の授業を開始した所為だろう。お昼時や夕飯時には客で一杯になっていたほどだ。
「疲れてるって言うなら瑞佳さんも一緒でしょ。俺なら大丈夫。こう見えてもヤワじゃないんだぜ」
祐一も笑顔を返しながらガッツポーズをとってみせる。
「ふふ、ありがと。でも今日は本当にいいよ」
「……わかった。それじゃ気をつけてね、瑞佳さん」
この様子だと送ると言ってもどうしても送らせてはくれないらしい。瑞佳にだって一人になりたい時はあるのだろう。そう思った祐一はあっさりと引き下がることにした。
先ほどの火事のこともあるのであちこちに警官が出張ってきているだろうから何か起こるとは思えない。それにここしばらく東京中を震撼させていた未確認生命体に関する事件もなりを潜めている。それに歩いて5分程度の距離だ、何かあったらすぐに駆けつけることが出来る。そこまで考えて祐一は引き下がったのだ。
「それじゃ、お休み、祐さん。明日はちゃんと起きていてよ」
「努力します」
瑞佳が出ていくのを見送り、祐一はドアの鍵を掛ける。それから空いている椅子に腰を下ろした。既に照明を落とし、薄暗くなった店の中で小さくため息をつく。
謎の未確認生命体が動きを見せなくなってから既に1ヶ月以上がたつ。以前にも未確認生命体の活動が不意に止んだことがあったが、その次に動き出した時にはそれまで以上の強敵ばかりが現れ猛威を振るった。今回もそうなるのだろうか。
戦士・カノンとして未確認生命体と決死の戦いを繰り広げてきた祐一だが、今の力では互角に戦うのが精一杯だ。もし、今まで以上の強さの敵が現れたら勝てるかどうか。
「……勝てるかどうかじゃない……勝たなきゃいけないんだ」
ぼそりと呟く祐一。
だが、彼にとって問題となることは他にもあった。繰り返される決死の戦い、いつ終わるともしれない戦いの中、彼の身体は着実に蝕まれている。身体の中にある霊石、そこから全身に張り巡らされた戦うための姿へと変貌させる特殊な神経。それが脳に達した時、彼は未確認生命体と同じ存在になってしまうかもしれないのだ。戦うためだけの生体兵器へと、いつ自分がなってしまうかわからない。その恐怖がまた彼の心に暗い影を落としている。
「やらなきゃ……いけないんだ、俺が」
ぎゅっと拳を握りしめ、祐一は決意を新たにする。一日でも早く未確認生命体を倒す。自分が生体兵器になってしまう前に、奴らをすべて倒しきる。それしか道はない。そのためにも、今以上の力が必要だ。もっと、もっと強くならなければならないのだ。たとえ、それが自分にとっての諸刃の剣になり得ようとも。

<城西大学考古学研究室 21:53PM>
「香里さん、まだ帰らないの?」
やや呆れたような声が向こうの方から聞こえてきたので美坂香里はようやく向かい合っていたパソコンのモニターから目を離した。声の主は見なくてもわかっている。この考古学研究室には彼女ともう一人しかいないのだから。彼女が見たのは壁に掛けられている時計だった。そろそろ10時になろうとしている。
「もうこんな時間なの……そうね、そろそろ帰りましょうか」
口でそう言いながら手は今まで行っていた作業を終わらせるべく素早く動いている。パソコンの電源が落ちると同時にモニターの電源も切った香里は右手で左肩を揉みながら首をくるりと回した。コキコキと言う音が聞こえてくる。かなり肩がこっているようだ。一度マッサージにでも行った方がいいかもしれない。
「エディは今日も車?」
「そうだけど。送っていく?」
この研究室にいるもう一人、エドワード=ビンセント=バリモア通称エディに声を掛けてみる。特に意味はなかったし、別段送っていってほしかったわけでもない。香里が住んでいるのはこの城西大学から原付バイクで15分ほどのところにあるマンションだ。歩いても30分くらい。それに香里はここまで愛用のスクーターでやってきている。
「バイクあるから別にいいわ。ちょっと聞いてみただけだし」
パソコンのおいてあるデスクの横に放り出しっぱなしだった様々な資料を集めながら答える香里。
「う〜ん……せっかくおいしいラーメン屋見つけたんだけどなぁ」
「また今度にしておくわ」
エディが残念そうな顔をしたので苦笑して香里はそう言うと、立ち上がった。
「こんな時間にラーメンじゃ太るじゃない」
「香里さんはもうちょっとくらい太った方がいいと思うけど。最近また痩せたんじゃない?」
エディにそう言われて香里は自分の身体を見下ろした。確かに彼の言うとおり少し痩せたかもしれない。ここ最近ろくに食事もとらずにこの研究室に籠もって古代文字の解読作業を行っているのだ。睡眠時間もその為にかなり削っている。最後にまともに食事をとったのは一体何時だったのか。それが思い出せないと言うことに少々ショックを覚えながら、香里は自分の鞄を手に取った。
「まぁ、太っているよりかは痩せている方がいいかもね」
そう言ってエディに向かってウインクする香里。
考古学研究室から出た二人は駐車場へと続く道のところで分かれた。香里のスクーターは自転車置き場に停めてあったからだ。軽く手を振ってエディを見送ってから自転車置き場に急ぐ香里。流石に暗く、人気のない夜の大学構内は妙な寂寥感を駆り立てる。更にこの城西大学の構内では何度か未確認生命体が出現していると言うこともあって、よけいに恐怖感を駆り立てるようなものがあった。
「最近出てこないって言うけど……」
周囲をちょっとだけ気にしながら自転車置き場へと急ぐ香里。一応警備員がいるにはいるが、そんなにしょっちゅう見回りをしているわけではないのだ。
だが、彼女の不安は的中することなく自転車置き場へと何事もなく彼女は辿り着いていた。当然と言えば当然なのだが。
「さてと、とりあえずホワイトももう閉まっているだろうし、今日もコンビニかなぁ」
マンションに帰ってもやることと言えばシャワーを浴びて寝るぐらい。その前に何か食べるとしても、かなり軽めのものになってしまうだろう。サンドイッチか、惣菜パンか菓子パンか。あまり甘いものを寝る前に食べるのは良くないような気もするのでたぶん余っているサンドイッチぐらいがせいぜいだろう。そんなことを考えながら自分のスクーターに歩み寄ると、近くに見慣れない黒いバイクが止められてあることに気がついた。
「あれ……これって」
見慣れないと言うのはこの大学では、と言う意味でだ。その黒いバイク自体にはどこか見覚えがある。あれは一体何時だっただろうか。
この黒いバイクを見たのが何時だったのかを思い出そうとしていると、側でガサリと言う物音が聞こえてきた。その音に思わずビクッと体を震わせてしまう香里。恐る恐る音の聞こえてきた方を振り返ると、すぐ近くの植え込みの側に一人の男が座り込んでいるのが見えた。
「悪い。驚かせたか?」
軽い口調で男がそう言い、口元に笑みを浮かべる。彼としては香里に警戒心を抱かせないようにしているつもりだったのだが、完全に逆効果のようだった。香里は持っていた鞄を思い切り振り上げてこっちを睨み付けている。
「こ、この変質者〜〜!!」
「ま、待て!! 誤解だっ!!」
香里が振り下ろした鞄を何とかかわして男がそう言うが、香里はまた鞄を振り上げ男に襲いかかろうとしている。どうやら彼女は完全に彼のことを変質者か痴漢だと誤解してしまっているらしい。おそらくは先ほど浮かべた笑みが原因だったのだろう。薄暗かったからそれがひどくいやらしいものに見えたに違いない。
「なんて冷静に原因を分析している場合じゃないだろ、俺!」
四つん這いになりながら必死に香里から逃げる男。
香里は半ば逆上しており、よほどのことが無ければ攻撃をやめてくれないだろう。こっちが何者であるかを伝えれば少しは落ち着いてくれるだろうか。
「待てって! 俺だよ! 折原! 折原浩平!!」
男、浩平がそう言うと、香里はまた振り上げようとしていた鞄をようやく止めた。じっと浩平の顔を見つめる。
「……お、覚えてないってのは無しだぜ」
ちょっと引きつったような笑みを浮かべて浩平も香里を見返した。
「何やってんのよ、こんなところで」
「いやぁ、色々とあってな」
目を細めて訪ねてくる香里にそう答えた浩平は、未だに痛みの引かない身体を恨みながらゆっくりと立ち上がった。
「とりあえず何処かゆっくり出来るところねーかな。怪我の手当だけでもしたいんだけど……」
「……そうね、今からじゃ相沢君のところに押し掛けるのも悪いし、うちにでもくる?」
ちょっと考えてから香里が言う。
とりあえず相手は悪い人間でないことは確かだ。かつて祐一とともに彼の従姉妹で恋人でもある水瀬名雪をとんでもない窮地から救ってくれたのだから。だが、正体不明と言うことには変わりない。そんな浩平に香里はちょっと興味がないわけでもないので、とりあえずそう言ってみたのだ。
「あー、そりゃ遠慮しておく。いくら何でも女の一人暮らしに押し掛けるような、そんなマネはしないことにしているんでな」
「意外と硬派なのね」
「意外とは余計だよ。とにかく……」
少し感心したような香里にちょっとむっとしながら返す浩平だが、不意に殺気を感じ背後を振り返った。すると、そこには一人の男が立っており、じっと浩平と香里の方を見つめているではないか。一体何時そこにこの男が現れたのか、全く気づくことが出来なかった。そのことに思わず戦慄を覚える浩平。
「テメェは……」
香里をかばうように自分の後ろにし、身構える浩平。身体にダメージはかなり残っているがそう簡単にやられはしない。更に言えば、狙われているのは自分で、香里を巻き込むわけにはいかないのだ。ここは何としても切り抜ける。後ろにいる香里には手を出させない。
「我々を舐めてもらっては困るな、折原浩平」
男がそう言って一歩前に踏み出した。
「我々の手にかかればあなたがどこに逃げようと、どこに隠れようとすぐに発見できるのだよ」
にやりと笑う男。
だが、浩平は相手を睨むだけで何も返そうとはしない。この男から感じる殺気は並大抵のものではない。どうやら海老名SAで襲ってきた時はこちらのことを完全に見くびっていたようだ。だが、今は違う。本気でこっちを殺そうとしていることがわかる。全く油断の出来ない、恐るべき刺客だ。
「テメェも改造変異体か?」
「答えるまでもない。ただ、今までのものとは違うが」
浩平の問いに答えながら、男はその姿を変えていく。人間の姿から梟の怪人の姿へと。
「死んでもらうぞ、折原浩平!」
梟怪人がそう言って浩平に襲いかかった。両手には鋼鉄すら切り裂いてしまいそうなほど鋭い爪。それで浩平の身体を引き裂こうと言うつもりなのか。
「そうはいくかよ!」
浩平が香里を後ろに突き飛ばしながら自分も後ろに飛ぶ。同時に両手を交差させて胸の前に突き出した。交差させた腕をゆっくり左右に開き、左手だけを腰の前まで引く。次いで左手を腰の左側へ、右手も腰の左側へと引き寄せてからまた右手を前に突き出した。
「変身っ!!」
その声とともに浩平の腰の辺りにベルトが浮かび上がり、その中央にある霊石と霊石の左右に配置された赤と青の秘石が光を放った。その光の中、浩平の姿が戦士・アインへと変わっていく。荒々しい中にシャープさを秘めた戦士・アインへと。
アインは再び飛びかかってきた梟怪人を受け止めると、香里の方を振り返った。先ほど突き飛ばされた時にバランスを崩してしまったのか、彼女はその場で尻餅をついている。
「早く逃げろ!!」
「ちょ、大丈夫なの?」
「俺なら大丈夫だ! 早く逃げろ!!」
おそらく香里が心配したのは自分の怪我のことだろう。怪我をしている身では十分に戦えないのではないかという心配だが、それははっきり言って余計なことだ。この場に彼女が残っている方がアインにとって厄介なことで、怪我などものの数ではない。誰かを守りながら戦うなどアインの戦闘スタイルではないのだ。
香里が立ち上がり、走り去っていくのを見たアインはようやく梟怪人の方に向き直った。
「随分と余裕だな、折原浩平。戦いの最中に女の心配か?」
「あいつは何の関係もないからな。さぁ、これからが本番だ!!」
そう言ってアインが梟怪人を突き飛ばす。そしてすかさず前蹴りを繰り出すが、梟怪人はひらりとその蹴りをかわし、宙に舞い上がった。
「折原浩平! この私をただの改造変異体だと思うな! 我々はお前の思いも知らない進化を遂げたのだ!!」
「何っ!?」
上からアインを見下ろしながら言う梟怪人。その口調には自信が満ちあふれている。
「喰らえ!!」
梟怪人はそう言うとその口から何かを吹き出した。
何か危険なものを感じたアインが横に飛んで梟怪人が吹き出したものをかわす。すると、つい先ほどまでアインがいた場所のすぐ後ろにあった木が爆発炎上した。
「なっ!?」
炎上する木を見たアインが思わず驚きの声を漏らしていると、梟怪人はそこに向かってまた何かを口から吹き出した。更に横に転がってその何かをかわすアインだが、梟怪人が吹き出した何かは地面に当たるとまた爆発を起こしてみせた。どうやら梟怪人は口から爆発する性質を持つ何かを吹き出しているようなのだが、その正体がわからない。
もしアインに、いや浩平にもう少し野生動物、特に鳥類、猛禽類に関する知識があれば梟怪人が吹き出しているものの正体に気がつけたであろう。だが、そう言うことには全く興味のない彼にそれを求めるのはいささか酷と言うものだ。
とにかく梟怪人が吹き出している何かは爆発する何か。それだけわかっていれば十分だ。後は当たらないように気をつければいい。だが、それだけではどうしようもない。かわし続けることには限界がある。
「一か八かやるしかねぇって訳かよ!」
次々と上から爆発する何かを吹き出してくる梟怪人を見上げたアインは素早く自転車置き場の屋根の上にジャンプすると、そこから梟怪人めがけて大きくジャンプした。
「何っ!?」
「オオオオオッ!!」
雄叫びをあげながらアインが右足を振り上げる。その足の踵にある鉤爪が光を帯びた。アイン必殺の踵落とし。この技で今まで何体もの改造変異体や未確認生命体を屠ってきたのだ。この梟怪人とてそれは同じはず。
「くっ! 小癪な!!」
この踵落としを食らえば自分が危ないと言うことは梟怪人もわかっているようだ。何とか後ろに引こうとするが、それよりも早くアインの踵が左肩に叩き込まれてしまう。だが、梟怪人にとって幸いなことに空中だったためにアインの踵の入りが甘かった。これが地上なら確実に致命的な一撃になり得たであろうこの踵落としも空中だったためにその威力は半減してしまっていたのだ。
それはアインも瞬時に理解していた。必殺の踵落としがその威力を十分に発揮しなかったと言うことを。それは同時にアインのピンチを意味している。右足を相手の肩に乗せたまま、全く無防備な身体を晒してしまっているのだ。
「死ね、折原浩平!!」
至近距離、目の前にいるアインに向かって梟怪人が口から爆発する何かを吹き付けた。次の瞬間、爆発が両者の間で起こる。その爆発に自らも傷つき、吹っ飛ばされる梟怪人。一方、アインも吹っ飛ばされ、地面に叩きつけられていた。
「くそ……こいつは効いたぜ……」
爆発の痕跡の煙をまとわりつかせながら何とか起きあがろうとするアインだが、その身に受けたダメージは彼自身の想像以上のものだった。指一本動かすだけで全身に激痛が走る。これでは起きあがるどころの話ではない。
だが、それは爆発を至近距離で受けた梟怪人も同様のようだった。アインから少し離れたところに倒れたまま動かなくなっている。
「ど、どうやら……予想外だったな、これは」
そう呟くと、ゆっくりと身を起こす梟怪人。
「ここまでのダメージを受けるとは自分でも考えていなかった。折原浩平、運が良かったな」
バサリと背の翼をはためかせて梟怪人は宙に舞い上がった。どうやら背中にある翼にはダメージがないらしい。
「次に会った時、その時こそお前の命を貰う! 覚えておけ!」
それだけ言い残すと梟怪人は夜の闇の中へと消えていく。
後に残されたのは余りものダメージのために動けなくなっているアイン一人。だが、このままここで倒れていると先ほどの爆発を聞きつけた警備員がやってくることは必定である。それがわかっているから、アインは無理矢理自分の身体を地面から引きはがした。何とか立ち上がると変身を解く。
フラフラしながらも何とか停めてあったブラックファントムの側まで歩いていき、その車体にもたれかかる。何とかシートの上に座り込むとエンジンを掛けた。
「下手打てないな、こいつは」
今にも途切れそうな意識を必死で繋ぎ止めながら浩平はブラックファントムを発進させた。梟怪人の言うとおり、どこに逃げても奴らはきっと自分の居場所を突き止めてくるだろう。ならば見つかるまでの時間を少しでも稼ぐべきだ。幸いなことに追っ手である梟怪人はダメージを追って何処かへと行ってしまった。何処かに身を隠すなら今のうちだろう。
だが、一体どこへ行けばいいのだろうか。奴らは自分を殺すのにもはや何のためらいも見せないだろう。更に周りに被害が出ても構わないとまで思っている。これはとても危険なことだ。下手をすれば何の関係もない人まで巻き添えにしかねない。先ほど口から出た呟きはそう言うことだった。
「さぁ……どこに行く?」
覚悟していたとは言え、まさかここまでやってくるとは。もはや奴らを倒すまで安息の時はないものと考えた方がいい。だが、せめてこの傷が回復するまでは。とにかく少しでも体力を回復させないと、一方的にやられてしまうだろう。
しかし、奴らの監視の目はどこにあるかわからない。
もはやこの東京において、彼、折原浩平の逃げ場はない。

<都内某所・教団施設 23:02PM>
傷ついた梟怪人をカプセル状の装置に入れて、そのダメージを回復させている間、その男は忌々しげな表情でパソコンのモニターを見つめていた。そこに映し出されているのは少し前に折原浩平によって叩き潰されたとある実験施設の主立った被害報告である。ほぼ完膚無きまでに叩き潰されており、その実験施設は使用不可能、更にそこに集められていた実験用の人間たちもすべて解放されている。
「もっと早くに始末しておくべきだったな、彼は」
被害額の大きさに顔をしかめながら男は呟いた。
今までに何度も折原浩平を始末することは出来たはずだ。それをやらなかったのは彼一人で何が出来るかという、いわば彼を侮っていたため。しかし、実際の所浩平は教団が邪魔と思われる者に対して送り込まれた刺客を次々と撃退してきていたし、それほど大きいものではないがいくつかの教団施設を壊滅もさせている。教団上層部がブラックリストのかなり上位に彼の名前を載せていたのにも関わらず、今までまともに彼に対しての刺客は送り込まなかったのはこの男の怠慢と取られても仕方ない。
しかしながら男にも言い分があった。浩平の身体にアインに変身するための霊石を埋め込んだのはこの男自身だ。あの当時は失敗作だとしか思えなかった彼が、今は立派に自分たちの敵となり得ている。それが楽しかったのだ。自分が生み出した失敗作と思えたあの存在が今や自分たちの敵として様々な計画の邪魔をしている。それが何とも楽しくて、面白くてたまらなかったのだ。
だが、今や折原浩平は教団にとって上から数えた方が早いほどブラックリストの上位にその名が乗っている。もはや見ているのが楽しいとか面白いとか言っていられるレベルではなくなってしまっているのだ。上層部からは何故もっと早くに始末しなかったのかと糾弾される毎日だ。
「追っ手の数を増やすべきか……確実に始末するなら」
傷つき戻ってきた改造変異体B−23、新型の梟怪人のことを考えるとそうするべきだろう。折原浩平、手負いであっても侮りがたい奴。いや、手負いであるからこそ余計に厄介なのかもしれない。手負いの獣ほど厄介なものはないからだ。自分が生きるために死力を尽くしてかかってくるだろう。
「厄介だな、全く」
ため息を漏らす。
持ち駒はそれほど多いわけではない。以前に持ち駒のほとんどをつぎ込んで今後邪魔者となりうるであろう倉田重工第7研究所を襲撃させたのが痛い。あの時は予想外の邪魔者――アインとPSK−02の事だ――が入り、結局投入した戦力すべてを失ってしまった。あの場にいたのが例のPSK−03だけならば、今頃あそこは廃墟と化していたものを。それはともかく、あの時以来、改造変異体の開発にはろくに打ち込んでこなかったのが今となって裏目に出ている。別の研究に打ち込みすぎたのだ。おかげでその研究は完成しつつある。更にその研究をフィードバックさせて改造変異体のさらなる改良にも成功しているのだが。
「高槻や鹿沼君に借りを作るのもやめておいた方が賢明だな……ここは……」
男がそう言ってドアの方を見ると、そこには一人のサングラスを掛けた男が立っていた。
「そろそろ出番と言うわけですか?」
にやりと口元に笑みを浮かべてサングラスの男がもう一人の男の側へと歩み寄ってくる。
「いや、ずっと退屈していたんですよねぇ。あなたに拾われてからこっち、何もすることなく日々怠惰に過ごしていただけなんでね」
「残念ですがあなたの出番はまだですよ。あなたはいわば私にとっての切り札のようなものですのでね」
ぴしゃりとそう言い、男はまたパソコンのモニターに目を移した。
そこに映し出されているのは先ほどまでと違って、折原浩平の現時点での映像であった。
今、彼はとあるシャッターの降りた店の前に座り込んでいるところだった。ぐったりとシャッターに背を預け、荒い息を繰り返している。どうやら彼が梟怪人との戦いで負ったダメージはかなりのもののようだ。通常の人間よりも遙かに高い回復力を持っている彼でもまだ回復しきれない、それほど深いダメージを負っている。
「チャンスと言えばチャンスなんだがね、今は。だが、それよりも先にやらなくてはいけないことがある。問題はまだ山積みだよ」
そう言って男が立ち上がる。
「上層部が計画の前倒しをしなければもっとちゃんとした形で出来たんだがね。まぁ、いずれ君の出番も回ってくる。その時まで英気を養ってくれたまえ」
「やれやれ。それじゃお言葉に甘えて休ませて貰いますかね」
サングラスの男は肩すかしを食らったという風にそう言うと、ドアの方へと戻っていった。そして、ドアを開けようとしたところで振り返る。
「そうそう、忘れて貰っちゃ困るから一応言っておきますが。折原浩平と相沢祐一、この二人の首を取るのはこの私の仕事ですよ」
「あいにくだが、折原浩平に関してはそうも言っていられないんでな」
「いやいや、折原浩平はそう簡単に殺せませんて。あいつはこの私でないとね」
妙に自信たっぷりに言いながらサングラスの男はその部屋から出ていった。
その後ろ姿を見送りつつ、男は指をパチンと鳴らす。すると、どこからともなくこの部屋の中に新たな影が出現した。
「お呼びでしょうか?」
「折原浩平の監視は続けているな?」
「はい」
「時を見て奴を襲え。奴を休ませるな。回復させるな。殺さない程度にダメージを与えろ」
「殺しては……いけないので?」
「ああ、簡単に殺しては面白くないだろう。彼には教団に逆らった恐ろしさを嫌と言うほど思い知らさないとな」
「わかりました。では」
影が現れた時と同じように音もなく消える。
男に残された数少ない手駒の一人だ。同型の改造変異体とチームを組んで諜報部隊を作り、この男の手足となって暗躍している。その戦闘能力も決して侮れないが、何よりも恐ろしいのはその隠行能力だろう。相手に気づかれることなく接近し手殺すことだって簡単にやってのけるのだ。その能力を最大限に生かし男の命令通り、浩平を痛めつけてくれるだろう。
「後は……カノンか……」

<二輪ショップMOTOSAKA 06:34AM>
二輪ショップMOTOSAKAの店主である本坂が欠伸を噛み殺しながら店の前までいつものように軽トラックでやってくると、店の前で誰かが踞っているのが見えた。
訝しげな顔をして軽トラックから降り、踞っている人影の方に歩み寄っていく。
「……浩平じゃねぇか。こんなところで何やってんだ、お前!?」
踞っているのが浩平だとわかった本坂が驚いたような声を上げる。
その声に俯いていた浩平が顔を上げた。
「やあ、親父さん……少し休ませて……くれ……」
浩平はそれだけ言うと、そのまま横に倒れてしまう。
「お、おい! 浩平!!」
倒れてしまった浩平を見た本坂が更に慌てたような声を上げる。だが、本坂の心配をよそに浩平はただ眠り込んでいるだけだった。それに気付いた本坂はちょっとムッとしたような顔をしたが、浩平が身体中に様々な傷を負っているのを見てまた表情を変えた。
「この野郎……一体何やってやがる?」
一体何をすればこうも傷だらけでここに座り込む羽目になると言うのだろうか。何かわからないがやばいことに首をつっこんでいるに違いない。おそらくは祐一とは別の意味での。
とりあえず閉めていたシャッターを上げて、ガラス戸の鍵をはずしてから本坂は店先で眠り込んでいる浩平を中に運び込んだ。店の外で寝かしておいても構わないのだが、とりあえず邪魔になるし、何よりその負傷具合が見た目としても悪すぎる。そこに放置していたら近所の人に何と言われることか。
店の奥にある休憩用のスペースに浩平を運び込んだ本坂は、そこに彼を寝かせるととりあえず上着をはだけさせた。そこには治りかけてはいるがひどい火傷の跡がある。本坂は勿論知らないが、これは梟怪人による攻撃の跡だ。本当はもっとひどい状態だったのだが、本坂の店の前で座り込んでいる間にかなり回復してくれたようだ。もっとも本坂から見ればそれはまだまだひどい状態であったことに代わりはない。
「救急箱救急箱っと」
それほど広くない休憩スペースにおいてある救急箱を引っ張り出した本坂は、その中から軟膏とガーゼを取り出した。軟膏を直接身体に塗るとその痛みで浩平が目を覚ましてしまうかもしれない。出来ればそれは避けてやりたいのでガーゼの方に軟膏を塗りつけ、彼の胸の上、火傷の部分へと貼り付けていく。
一通りガーゼを貼り終わると、本坂は浩平を起こさないように店の方へと戻っていった。作業用とは別の製図用の机の上に何かの設計図を広げる。そこに描かれているのはロードツイスターによく似たオフロードタイプのマシンだった。何度も何度も書いては消しと言う行為を繰り返している為、既に紙はかなりぼろぼろになっている。
「……そう言やぁ、浩平の奴が現れたのもこうやって設計図書いてた時だったな……」
広げた設計図を見ながら本坂は浩平が自分の前に現れた時の事を思い出していた。

<二輪ショップMOTOSAKA 3年前 21:18PM>
外では雨がずっと降り続けている。
朝から一日中これだと気分の一つも滅入ってくるものだ。それに客の一人も来ないと来ている。雨だから当然という気もするが。それにそれならそれで別に構わない。こっちの作業がはかどると言うものだ。
そのようなことを思いながら本坂は図面に線を書いていく。今書いているものはオンロード用のスーパーマシンの設計図だ。最高時速は350キロ。オンロードに特化した最速のマシン。
1年ほど前まで勤めていた会社ではこういうものは許されなかった。前にいた会社で求められていたのは速さと安定さ。誰が乗ってもそこそこの速さを出し、尚かつ安定したもの。
だが、今設計図を書いているものはそれとは違う。とことん速さを求め、その為に運転する者にもより高い技術を求めるもの。誰にでも乗りこなせるような、そんな生易しいものではない。まさしく選ばれし者が乗る為のスーパーマシン。遙か昔、テレビで見た「仮面ライダー」が乗るようなそんなとんでもないマシンを作ることが夢だった。あの会社を辞めたのはこれが理由の一つでもある。
しばらく無言で設計図を書き続けていた本坂だが、何か物音が聞こえてきたのでふと顔を上げた。まだシャッターを下ろしていないのでガラス戸のままだが、その向こう側に一人の青年が立っているのが見える。雨が降っているのにもかかわらず、彼は傘も差さずにここまで来たのか、びしょ濡れになっていた。
「……オイオイ」
作業台の前から立ち上がった本坂はタオルを手に取ると店の入り口に向かった。そして表で立ちつくしている青年に声をかける。
「おい、何やってんだ、お前」
本坂の声に青年がまるで幽鬼のような顔を彼に向けた。びしょ濡れの髪が額に張り付き、青ざめきって既に白くなった顔には何の表情も浮かんでいない。よく見れば着ている上着もどことなくぼろぼろだった。
「そんなところにいたら風邪引くぞ。中に入れ」
ぶっきらぼうにそう言い、本坂は青年を中に招き入れた。そしてすぐに持っていたタオルを青年に向かって投げつける。
「とりあえず服脱ぎな。濡れたもの着ていると風邪引くぞ」
本坂はそう言いながら休憩用のスペースにおいてあった自分用の着替えを引っ張り出した。だが、青年とはどう考えてもサイズが合いそうにもない。ここではなく、家に帰れば息子の服もあるのだろうが、そこまでしてやるべきだろうか。そんなことを考えている間に青年は濡れている服を脱ぎ、下着だけの姿になっていた。
「あー……とりあえずこれでも身体に巻き付けておけ」
そう言って取り出したのは仮眠の時に使う毛布だった。それを青年に手渡すと本坂は作業台の近くにおいてあった水筒に手を伸ばす。あまり残ってないが、その中には家から持ってきたコーヒーが入っている。コップにそのコーヒーを注ぎ込み、すっと青年の方に差し出す。
「飲みな。少しは暖まる」
無言でコップを受け取った青年がそのコップに口を付けるのを見た本坂は近くにおいてあった椅子を引き寄せ、そこに腰を下ろした。そして、コーヒーをすすっている青年をじっと見つめる。
「お前さん、一体……」
「なぁ、俺を雇ってくれないか?」
本坂が口を開きかけたのを遮るように青年が言う。あくまでその声は陰気なものだ。だが、それでも意志ははっきりとしているらしく、その口調は力強い。
「さっき店の前の張り紙を見た。バイト募集中なんだろ。俺を雇ってくれ」
「どこの誰とも知れんお前を雇えだと?」
「……何なら履歴書書こうか?」
そう言って青年がニヤリと笑う。
「まぁ、それは一応な。お前がどこのどう言った奴かわからんと言うのはこっちとしてもな」
「……俺は折原浩平……現在家出中みたいなものだ」
これが本坂と浩平の出会いだった。
それから浩平は本坂の店で雑用をこなしつつ、彼の手によってオートレーサーとしての腕を開花させていくことになる。だが、それもたった1年のことで、浩平は何も本坂に告げることなく彼の元から失踪するのだった。

<喫茶ホワイト 09:21AM>
カランカランと言うカウベルの音と共にドアが開いて顔を覗かせたのは香里だった。
「おはよう……今日はもう大丈夫?」
中に向かってそう尋ねたのには一応理由がある。この喫茶ホワイト、一応開店時間は午前9時となっているのだが、その時間にちゃんと開店していることがほとんど無いからだ。それもこれもマスターが時間にルーズと言うか、前日遅くまで酒を飲んでいたりして起きてこない所為だったりするのだが。だからこの喫茶ホワイトにはお昼のランチやおすすめメニューはあるが、モーニングだけはない。
「おはよう、香里さん。もう大丈夫だよ」
笑顔で答えたのは瑞佳だった。
彼女は住み込んでいるマスターや祐一よりも早くここに来ていることが多い。まだ寝ている二人を叩き起こし、開店準備をさせるのが彼女の役割になっているのだ。もっとも、その為に彼女が休みの日などは下手をすると昼ぐらいまで開店しないこともあるのだが。
「ああ、良かった。それじゃいつものお願いね」
安心した、と言う風に笑顔を浮かべて香里がカウンターの一番奥の席に着く。そこが彼女の指定席なのだ。ちなみに彼女の言う「いつもの」とは「コーヒーをブラックで、しかも思い切り濃いもの」の事である。眠気覚まし、と言う意味も兼ねているらしい。
カウンターの中に入って香里の注文したコーヒーを淹れている瑞佳。その様子はいつもと何か違う。
「何だか嬉しそうね、瑞佳さん」
いつもと何か様子の違う瑞佳に気付いた香里が声をかけると、瑞佳は彼女ににっこりと笑顔を向けた。
「そ、そんなこと無いよ」
「嘘ばっかり。さっきからずっとニコニコしているじゃない」
何故か否定する瑞佳にニヤニヤしながらも追及の手をゆるめない香里。
「そ、そうかな〜?」
苦笑しながらコーヒーカップを香里の前に置く瑞佳。
「そうよ」
香里は短くそう言ってからコーヒーカップに口を付けた。
「何かいいことでもあった?」
「……そう言う訳じゃないよ。ただ……」
そう言ってすっと目を閉じる瑞佳を香里は黙って見つめる。
「何か……近くに感じるんだよ、浩平のこと」
「……浩平って確か瑞佳さんの幼馴染みだったわよね」
そう言いながら香里の脳裏には同じ「浩平」と言う名を持つある男の姿が思い浮かんでいた。まさかとは思うが瑞佳の消えた幼馴染みの「浩平」と自分の知っているあの「浩平」が同一人物なのではないだろうか。事実、香里の知っている方の浩平は昨夜自分の前に姿を現している。もっとも何者かに追われているような感じだったが。出来ればそんな厄介事を持ち込んできた浩平と瑞佳の幼馴染みの浩平が同一人物でないことを祈りたい。だが、決して否定も出来ない。今の段階では情報が少なすぎる。
「そうだよ。3年くらい前に急にいなくなっちゃって……」
瑞佳の表情に影が差す。何時思い出しても辛い出来事なのだろう。
詳しい話を聞いたことはないが、3年ほど前に彼女の家に手紙を放り込んで以来彼女の幼馴染みの浩平は全く行方不明になってしまっている。そして、その手紙には彼の母親と妹が死んだと言う事実と彼の家の墓がどこにあるのかが書かれてあり、そこに妹の死んだ日に自分に代わってお参りしてやってくれと言うメッセージが添えられていた。それ以来瑞佳は毎年、その日には彼の家の墓にお参りに行っている。もしかしたら彼がいるかも知れないと言う淡い期待を抱きつつ。
「写真とか無いの?」
「家に帰ればあると思うけど……どうして?」
「うん……まぁ、ちょっとね。知り合いに浩平って名前の奴がいたから」
言葉を濁すようにそう言って香里はまたコーヒーカップに手を伸ばした。
と、そこにマスターが奥からやってきた。
「お〜、香里ちゃん。おはようさん」
「おはよう、マスター。ところで相沢君はどうしたの? 全然姿見ないけど」
「祐の字なら病院行ってるぞ。何か見て貰いたいことがあるって言ってたが」
「病院……」
不意に香里はあることを思い出した。
いつか古代文字の解析をしている時に現れた不吉な一文。
『戦士、究極の力を得た時、その身を焦がし滅びの道を歩まん』
未だその一文の謎は解けていないが、何かとても不吉か感じだけはひしひしとしている。それにここ最近の祐一の様子はどことなくおかしかった。何か非常に焦っているような、そんな感じがする。
「……気のせいだといいけどね……」
ぼそりとそう呟いて香里はまたコーヒーカップに口を付けるのであった。

<関東医大病院 09:43AM>
関東医大病院の駐車場に停められている一台の見慣れないオフロードタイプのオートバイ。全地形走破を目指して作られたこのバイクの名はロードツイスター。そこに秘められたポテンシャルは非常に高い。もっとも、それだけに乗り手を選ぶマシンであることは間違いないのだが。
「すいません、先生、無理言っちゃって」
申し訳なさそうにそう言いながら駐車場にやってきたのは祐一だった。一緒に並んで歩いているのはこの関東医大病院に在籍する医師であり、同時に未確認生命体がらみの事件にのみ、監察医として活躍している女医、霧島 聖である。彼女はこの世界の中でたった一人の祐一のかかりつけ医師を自任している。それはつまり祐一こそが戦士・カノンであると言うことを知っていることに他ならない。
「いや、別に構わないよ。何と言っても君の身体のことだからな」
ぶっきらぼうに言う聖だが、少し落ちつかなげに視線を彷徨わせている。それというのも祐一の方からこっちにやってきて自分の身体を見て欲しいと言うことなど今まで一度もなかったからだ。時々祐一の身体のチェックをしていたが、それはいつも強制的に彼をここまで連れてきて半ば無理矢理行っていた。それなのに今回に限っては自分から進んでやってきたのだ。何かあったのだろうと言う見当はつくが、それを尋ねていいものかどうか、それを迷ってしまう。
「今日の検査の結果は明日か明後日には出るだろう。その時にまた来てくれればありがたい」
「了解です」
そう言ってミラーに引っかけていたヘルメットを取る祐一。
「じゃ、何もなければ明々後日ぐらいに来ます。それじゃ」
ヘルメットをかぶり、ロードツイスターのエンジンを始動させる。それから聖に見送られて、祐一は関東医大病院を後にした。
とりあえず喫茶ホワイトに戻るつもりだった。未確認生命体がらみの事件はここしばらく起きていない。最後に倒した未確認生命体第30号以降、例の港町で現れた蜂種怪人たちを除いてはもう1ヶ月以上姿を見せていないのだ。もしかしたらこれは何かの前触れかも知れないと警戒しないわけでもないのだが、何事もないならそれはそれで構わない。それならあの暇なのか忙しいのかよくわからない喫茶店を手伝っているのも悪くない。そう思っているのだ。
関東医大病院から喫茶ホワイトまでの最短ルートをロードツイスターで走っていく。しばらく走っていると、不意に正面に一台の車が突っ込んできた。慌ててブレーキをかけてタイヤを滑らせるようにして何とか衝突を回避する。
「あ、危ねぇな!」
急に前に飛び出してきた車に向かってそう言う祐一だが、車を運転していた男は何も言わずに車から降りてくるだけだった。サングラスをかけたその男は黙って祐一の方を見やると、不意に口元を歪ませた。おそらくは笑ったのだろう。
「相沢……祐一だな?」
サングラスの男は祐一に向かってそう言うと、祐一の反応を待った。
祐一の方はと言えば、自分の名を呼んだこの見覚えの全くない男にあからさまなまでに警戒心を露わにしていた。一体この男は何者なのか。少なくとも味方ではないだろう。一歩間違えれば衝突しかねない、そんなマネをしてくるような奴が味方だとは思えない。ならば敵か。
自分を敵視するものと言えば一番に思い浮かぶのは未確認生命体だが、奴らはそれ以上に優先してやっていることがある。それを邪魔するから祐一のことを敵視しているのであって、邪魔をしなければ戦うことすらないだろう。もっとも人の命が係っているので邪魔をしないわけにはいかないのだが。
その次に自分を敵視している存在と言えば……既に壊滅した水瀬一族か、それとも謎多き未確認亜種の軍団か。警視庁の未確認生命体対策本部では未確認生命体と混同することを避ける為に未確認生命体B種と呼称することになったらしい、その連中は通常の未確認生命体と違って普通に日本語を喋り、自分たちを選ばれし者と言っている。その種類は未確認生命体と同じく様々だが、どれも従来の未確認生命体に比べると弱く(それでも普通の人間にはとうてい勝ち目のない相手であることに違いはないが)辛うじて未確認生命体対策本部の持っている装備で倒せるぐらいの強さだ。今まで奴らの陰謀を何度と無く邪魔してきたが、それはほとんど偶然のことで奴らが直接自分を狙ってきたことは一度もない。
「……一体何者だ、お前?」
油断無くヘルメットを脱ぎながら尋ねる祐一。
「答える義務はない」
サングラスの男はそう言うとその腕を鋭いハサミ状に変化させた。
「答える必要もない。これから死ぬお前にはな!」
ハサミ状に変化した腕を突き出してくるサングラスの男。
祐一は手に持ったヘルメットをその男に向かって投げつけると、ロードツイスターから飛び降りた。そして、腕をハサミに変えた男と距離を取って対峙する。
「未確認亜種……いや、未確認B種って奴か」
相手をじっと見据えて言う祐一。
「まさか俺を直接狙ってくるとはな……」
「貴様の存在は我々にとって邪魔なのだ。邪魔者には死を!」
サングラスの男はそう言うと、その姿を人間のものから変えていく。人間のものから蠍人間のものへと。
それを見た祐一は腰の前で両腕を交差させた。そしてゆっくりとその腕を胸の前まで持ち上げ、左手だけを腰まで引く。残った右手で宙に十字を描いた。
「変身っ!!」
祐一の叫び声と共に彼の腰にベルトが浮かび上がる。ベルトの中央に埋め込まれている霊石が眩い光を放ち、その光の中、祐一の姿が戦士・カノンへと変わった。
対峙するカノンと蠍人間。
と、その時、一台の大型バイクがカノンと蠍人間との間に割って入ってきた。更に大型バイクの後ろに乗っていた男がさっとジャンプして蠍人間に向かってジャンプキックを食らわせる。もう一人、この大型バイクを運転していたまるでアメリカンフットボールの選手のようなプロテクターをを身につけた男は大型バイクから降りると、カノンに向かってショルダーアタックを敢行してきた。その余りもの速さにカノンはかわすことも出来ずに吹っ飛ばされてしまう。
「ぐはぁっ!!」
地面に叩きつけられ、転がるカノン。何とか起きあがろうとするが、それよりも早く、先ほど蠍人間を蹴り飛ばした男がカノンの側に現れ、カノンを思い切り蹴り飛ばした。
再び宙を舞うカノンを見て、カノンを蹴り飛ばした男が笑い声を上げる。
「ハッハッハ、ルヴァナ・ボジョジェソ・マリマ・カノン!」
その言葉は未確認生命体、ヌヴァラグの使う言葉。
地面に叩きつけられながらも、カノンははっきりとそれを聴いていた。
「ゲブモ・ショゴドバ・ガロシネジャ・シュジバ・リモシィン・ソダル」
プロテクター男がそう言い、大型バイクに跨った。その後ろにもう一人の男が飛び乗り、走り去っていく。
地面に倒れたカノンはそれを見送ることしか出来なかった。
「……こいつらは……違う!?」
今までの未確認生命体とは違う、何か異質の強さをあの二人は持っている。カノンの力を持ってしても互角に戦えるかどうかわからない、恐ろしいまでの強敵。そんな奴らがついに現れたのか、とカノンは戦慄するほかない。
「くう……ここは一度引くしかないか」
そう言って蠍人間は立ち上がり、車の中へと引き返していった。
「相沢祐一、貴様の命、いずれ必ず!!」
そう言い残して蠍人間はその場から去っていく。
後に残されたカノンはゆっくりと身を起こすと祐一の姿へと戻っていった。そして口の端しから流れている血を手で拭う。
「何が……起きているんだ……?」
いきなり自分を狙ってきた未確認B種、そして続けて現れた未確認生命体と思われる2人。全くの偶然とはどうも思えない。特にあの未確認生命体の二人は、これから再びその活動を再開させると言うことを予告しに来たのではないだろうか。もしそうならば、これからまた忙しくなりそうだ。
「……だけど……勝てるのか、あいつらに……」
変身することなく、カノンを吹っ飛ばしたあの未確認生命体。それだけでも今まで以上の強敵だと言うことがわかる。それに比べてこっちは後どれだけ時間が残っているのかわからない。自分が奴らと同じ存在に成り下がってしまう前に、奴らをすべて倒す。本当に出来るのかどうかだんだん不安になってくる祐一であった。

<二輪ショップMOTOSAKA 10:23AM>
「ふわぁぁぁ……」
大きくのびをしながら身を起こした浩平は自分が今、どこにいるのか一瞬理解出来なかった。しばしキョロキョロと周囲を見回し、ようやくここがどこだかと言うことを思い出す。
「ああ、そうか。親父さんのところか、ここ」
そう言えば昨夜店の前で力尽きたなぁと言うことを浩平はようやく思い出していた。身体の方を見ると怪我の手当が為されている。おそらくは本坂がやってくれたのであろう。一見素っ気無さそうに見えて人情深いのだ、本坂という男は。
「親父さん……」
休憩用のスペースから身を乗り出し、作業台に向かっている本坂に声をかける。
「おう、目が覚めたか」
作業台から目を離さずに本坂が答えた。
「ちょうどいい。コーヒーでも淹れてくれ。場所はわかってるだろ」
「了解」
浩平は再び休憩スペースに戻ると、インスタントコーヒーの準備を始めた。ついでにテレビもつけてみる。店の方に時計はあるが、この休憩スペースには何故か無いので、時間を知るという意味もあった。が、そこで彼はとんでもないものを見ることになる。
時間的には朝の情報番組がやっているはずだ。確かにテレビをつけた直後はそう言う情報番組が流れていた。だが、ほんの5分もしないうちに、画面にノイズが入り、そして全く別の映像が映し出された。白いマントをまとい、同じく真っ白いマスクをかぶった怪人の姿。その後ろには真っ赤に染まった月がある。
『聞け、愚かな人類よ』
白マント白マスクの怪人が両腕を広げながら言った。
『この限りある地上に貴様たちは増えすぎた。繁栄を極めすぎた。今、この地球は貴様ら愚かな人類によって悲鳴を上げている。我らは地球を救う為に立ち上がった正義の使者である!』

<警視庁未確認生命体対策本部 10:28AM>
『愚かな人類たちよ。我らの前に平伏せ。そしてその罪を悔いよ。だが、決してそれだけでは許されぬ』
テレビから流れている謎の白マント白覆面の言葉に誰もが無言で聞き入っていた。
『増えすぎたものは間引かねばならぬ。我らは神に変わりてそれを代行する』
「……どういう意味や?」
「さぁ?」
会議室に持ち込んでテレビでその映像を見ながら首を傾げているのはこの未確認生命体対策本部の実質No.2の神尾晴子警部だ。更にその隣にいる住井 護巡査部長も同じように首を傾げている。
二人の他にもこの会議室内には多くの警官がいたが、誰一人としてこの白覆面が何を言いたいのかわかるものはいなかった。

<都内某所 10:31AM>
そのラーメン屋で遅めの朝食とも早めの昼食ともつかない食事を取っていた警視庁未確認生命体対策本部所属の刑事、国崎往人も他の客や店主と同じように呆然とテレビを見つめていた。
『このまま人類が増え続ければいつかこの地球は崩壊する。それを防ぐ為、我らは選ばれた。我らこそ選ばれし者』
「何言ってるんだ、こいつ?」
客の一人が馬鹿にしたようにそう言う。
『これからの地球は我ら選ばれし者が統率してこそ繁栄する。新たな繁栄の為、罪多き旧人類は間引かれねばならぬ!』
「人類を間引くって事は何だ、人類を減らすって事なのかな?」
そう言ったのは一体誰だったのか。
黙って聞いていた国崎は、おそらくそれが正解だろうと思っていた。何度か遭遇した未確認B種が同じようなことを言っていたのを思い出したのだ。もっとも奴らは自分たちにとっての邪魔者を殺すと言っていたのだが。
『これは聖戦である! 犠牲は数多く出るであろう! だが、我らは選ばれし者! その犠牲の上に成り立つ新たな繁栄の為、我らはあえてこの手を血にまみれさせよう!』
「なんか……とんでもねぇことになってきたな……」
未だ続く白覆面の宣言に国崎は目の前のラーメンをすすることすら忘れて呆然と呟いていた。

<倉田重工第7研究所 10:35AM>
所長室では佐祐理が無言でテレビに見入っていた。流れているのは勿論白マント白覆面の人物による謎の宣言である。
いつもの彼女と違い、その表情に笑みはなく、かなり険しげな表情が浮かんでいる。
同じ頃、食堂でも同じ映像がテレビで流れていた。どうやら全てのチャンネルで同じ映像が流されているらしい。
「単なる電波ジャックにしては手が込みすぎているわね」
そう言って立ち上がる留美。
「斉藤君、行くわよ」
「行くって、どこ行くんですか?」
斉藤がそう言ってる身を見上げるが留美は何も答えずに歩き出してしまう。
「ま、待ってくださいよ!!」
慌てて椅子から立ち上がり、留美を追いかけていく斉藤。

<都内某所 10:37AM>
とあるアパートの一室で、彼女は白覆面の男が映っているテレビをじっと眺めていた。
『これより我らは第一の行動を起こす! 愚かなりし旧人類よ。恐れおののくがいい。我ら選ばれし者が神に変わりて鉄槌を下すのだ!』
「遂に動き出すのね……」
そう呟いて、彼女はテレビの電源を切った。これ以上は見る必要もない。何がこれから行われるのか、彼女は知っているからだ。
それを止めに行くべきかどうか。今の自分に一体どれだけのことが出来るかわからない。おそらくは手も足も出ないだろう。だが、それでも警告ぐらいは発することが出来るはずだ。一人でも多くの人を助けることが出来れば、それはそれでこっちの勝利に違いない。
そう思った彼女が意を決して部屋から出ようとドアに手をかけたその時だった。いきなり窓ガラスを叩き破って部屋の中に飛び込んできた影が二つ。
飛び込んできた影は驚いている彼女に左右から掴みかかり、すぐさま床に押さえつけた。それはまさにあっという間のこと。彼女は何が起こったのかほとんど理解するまもなく床に押さえつけられてしまっている。
「な、何!? あんたたちは……」
自分を押さえつけている影の正体を見ようと首を左右に振る彼女だが、それは叶わなかった。より強い力で肩と頭を押さえつけられ、首を振ることも出来なくなってしまう。
「おいたはこれまでよ、郁未さん」
聞き覚えのある声が頭上からする。何とかしてその声の主の顔を見ようとするが、頭を押さえつけている力は並大抵のものではない。少なくても彼女ではその手をふりほどくことが出来ないほどに。
「今まで見逃してきてあげたけどこれ以上はもうダメよ。全ては……計画は動き始めたわ」
「よ、葉子さん……」
「あなたにもそろそろ手伝って貰わないといけないの。そう、他の二人も一緒にね」
その言葉に彼女ははっとなる。自分の仲間の二人、ここしばらく連絡が取れていないと思っていたがもしかすると彼女たちもこうやって捕まってしまったのかも知れない。
彼女に話しかけていた女性がすっとしゃがみ込んだ。上着の内ポケットから注射器を取り出すとその針を彼女の腕に突き出していく。
「葉子さんっ!?」
「心配しないで。ただの麻酔よ」
女性の声は至って冷静そのものだった。いや、冷静すぎると言っても過言ではない。まるで、実験動物を前にしているかのように、冷静そのもの。
「葉子……さん……」
薄れていく意識の中、彼女は目の前にしゃがみこんでいる女性が薄く笑ったような気がした。

<新宿区新宿駅前 10:45AM>
電波ジャックによる謎の白覆面の宣言はアルタビルにある巨大モニターでも流されていた。誰もが足を止め、白覆面の言葉に聞き入っている。だが、その内容をどれだけの人が理解し得ていただろうか。
『裁きの鉄槌が下される第一の場所、それは!!』
画面の中の白覆面がビシィッと指をこちらに向けて突き出す。と、画面が急に切り替わり、そこに新たに映し出されたのは新宿アルタビル前の映像。
誰もが、その場にいる誰もがまさかと思った。
次の瞬間、アルタビルの屋上の看板が爆発する。そしてその中から次々に飛び出してくる異形の怪人たち。
一体何時からそこに潜んでいたのか。いや、もはやそんなことはどうでもいいことだった。
突如現れた怪人たちに、その場にいた人々が悲鳴を上げて逃げまどう。
『愚かな旧人類よ! 裁きの鉄槌を受けるがいい!! これは我らが聖戦なのだぁっ!!』
白覆面の声が、阿鼻叫喚の地獄と化した新宿駅前に響き渡る。
それはまさしく新たな戦いの幕開けであった。

Episode.57「蠢動」Closed.
To be continued next Episode. by MaskedRiderKanon


次回予告
遂に本格始動した教団の”聖戦”。
新宿へ向かおうとする浩平の前に現れる新たな刺客達。
怪人「折原浩平、貴様にはここで死んで貰う!!」
香里「何なのよ、これ……」
多数の怪人達に国崎達も苦戦を強いられる。
連れ去られた郁未に迫る魔手。
潤「何で……俺じゃないんですか!!」
国崎「諦めたらそれで終わりだろうがっ!!」
不協和音を奏でるPSKチーム。
新宿に現れた怪人達から人々を守ることは出来るのか?
次回、仮面ライダーカノン「聖戦」
動き出す、闇の中の赤き月……

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