<山頂の神社・森の中 10:21AM>
突如空から舞い降りてきた漆黒の翼を持つ少女。
その少女を見て驚きの表情を浮かべる国崎往人。
「…………観鈴?」
国崎の口から漏れる一人の少女の名。かつて彼がこの町で出会い、しばしの間世話になっていた家の娘。互いに憎からず思い合っていた少女のの名前。
呆然としている国崎の隣に立つカノンも彼と同じく呆然としたまま、空から降り立った少女を見つめている。
そんな二人と少女を挟んだ向こう側にいる蜂種怪人グリチ・ヴァ・ゴチナは、突如空から降り立った漆黒の翼持つ少女から感じる物凄い力に、半ば無意識的に手を伸ばしていた。
胸に埋め込んだあの羽根が激しく反応している。どうやらあの羽根の本当の持ち主はこの少女のようだ。たった一枚の羽根であれだけのパワーアップが出来たのだ。少女の背に生えている翼から羽根を奪うことが出来たなら更に力を増すことが出来るはず。もっともっと、今よりも更に強力で強大な力を。
その思いが無意識にグリチ・ヴァ・ゴチナに手を伸ばさせていた。その指先が少女の翼の端に触れようとした時、少女がグリチ・ヴァ・ゴチナの方を向いた。そして何か汚らわしいものでも見るかのように目を細める。
「触るな、下郎」
少女がグリチ・ヴァ・ゴチナの方にすっと手をかざす。次の瞬間、グリチ・ヴァ・ゴチナの身体が宙に舞い飛んだ。
「な、何ぃっ!?」
吹っ飛ばされたグリチ・ヴァ・ゴチナを見てカノンが驚きの声をあげた。手を触れることなく、あの少女は未確認生命体を吹っ飛ばした。そう言う力をあの少女が秘めている。しかも、あの力は水瀬一族の使う”不可視の力”とは異質なもの。下手をすれば水瀬一族の力よりも強力な力。そんな力をあの少女が秘めていることにカノンは戦慄を覚えた。
「国崎さん、ここは退こう!!」
「な、何!?」
「あの子の力、やばすぎる! 俺でもどうしようもない!!」
「しかし!」
「一旦体勢を整えないとダメだ!!」
カノンはそう言うと国崎を伴って森の中へと走りはじめた。
国崎としてはまだ未練がありそうだったが、カノンが自分でもどうしようもないと言うからには本当にどうしようもないのだろう。カノンでダメなら自分などもっとどうしようもない。悔しいがここは一旦退くべきだ。
二人が森の中を駆け抜け、神社の境内まで駆け戻っていく。
漆黒の翼持つ少女はそんな二人の後ろ姿をぼんやりと見つめているだけだった。

<山頂の神社 10:30AM>
神社の境内まで戻ってきた国崎は膝に手をついて大きく肩を上下させて荒い息をしていた。その隣では戦士・カノンから元の姿に戻った相沢祐一が同じく荒い息をしながら座り込んでいる。
「まったく……何なんだよ、あの子は!!」
天を仰いで祐一がそう言うと、国崎も彼の隣に腰を下ろした。
「……神尾観鈴。未確認対策班の神尾晴子の娘で昔俺を居候させてくれた」
俯いてそう言う国崎。
「俺の覚えている限りあいつは何時もニコニコしていて、元気一杯で、でもなんか人と仲良くなると癇癪を起こすって言う訳のわからない病気を持っていて」
そこで一旦国崎は言葉を切った。
彼の脳裏にはあの頃の観鈴の姿が思い浮かんでいる。無愛想な自分に対しても何時もニコニコしていた彼女、ちょっと意地悪すると泣きそうな目でこっちを見上げる彼女、砂浜の上をぱたぱたと元気よく走っていく彼女、波に足を取られて豪快に転び、びしょびしょになったまま照れ隠しのように笑う彼女。
「少なくても……俺の知っている観鈴はあんなんじゃない」
祐一は天を仰いだまま国崎の言葉を聞いていたが、やがて立ち上がると大きく伸びをした。そして、未だ座ったままの国崎を見下ろして笑みを浮かべる。
「それじゃ彼女を助けに行きますか。ね、国崎さん」
そう言ってウインクする祐一。

仮面ライダーカノン
Episode.56「回帰―Air―」

<霧島診療所 10:31AM>
祐一と蜂種怪人との戦いで叩き壊された窓と割れ散ったガラスを片付けていた霧島 聖は額の汗を手で拭い雲一つ無い青空を見上げた。
逃げていった蜂種怪人を追いかけていった彼だが、果たして何処まで追いかけていったのか。そう簡単にやられることはないだろうが、何時逃げていった蜂種怪人が戻ってこないとも限らない。逃げた蜂種怪人を全て倒したのなら良いが、倒し切れてないのならその不安は何処までもつきまとい続けるのだ。それだけは勘弁して貰いたい。
「先生、少し休憩しませんか?」
中から長森瑞佳の声が聞こえてきたので、聖はそちらの方に向かって「ああ」と答えた。
タオルで汗を拭きながらリビングに入っていくと、瑞佳が氷を入れたガラスコップに冷蔵庫で冷やしていた麦茶を注ぎ込んでいる。
「お疲れさまです、先生」
そう言って瑞佳が差し出したコップを受け取る聖。
「済まないな、家のことをやらせてしまって」
「気にしないでください。マスターは遊んでばかりだし、祐さんも飛び出していったきりだし。それにこうやって身体動かしているの、好きですから」
申し訳なさそうな聖に瑞佳は笑顔で答える。
「それにしても……佳乃ちゃん、まだ目を覚まさないんですか?」
「あれだけの騒ぎが側で起きていても全くだ。ここまで来ると我が妹ながら感心してしまう」
少し心配そうにリビングの向こうの壁を見つめる瑞佳。彼女の視線の先には佳乃の部屋がある。実際のところ、今、佳乃は聖の部屋に寝かされているのだが、二人の部屋は並んでいるので問題はないだろう。
聖も瑞佳の視線を追うように同じ方向を見る。瑞佳とは違って少し呆れたような、そんな表情。聖は佳乃が絶対に目を覚ますと思っているのだ。
冷たい麦茶を飲み終えた聖がまた作業に戻ろうとコップをテーブルに置いた時だった。ふと、後ろに人の気配を感じた聖が振り返ってみる。祐一かマスターが戻ってきたのだろうと思っていたが、振り返ってみた彼女は言葉を失っていた。そこにいたのは眠っていたはずの佳乃だったのだ。
「か、佳乃!?」
「佳乃ちゃん!?」
聖と瑞佳の二人がまったく同時に声をあげる。
「あ……あはは、おはよう、お姉ちゃん、瑞佳さん」
ちょっと照れたように笑いながら佳乃はそう言うのであった。

<山頂の神社 10:35AM>
祐一と国崎は社殿の日陰になっている場所に腰掛け、これからどうするかを話し合っていた。
「とりあえず未確認を先に何とかするべきだろうな」
そう言ったのは祐一だ。
「さっきいたのが2体。片方は深手を負ってる。問題の残りの方だけど……ここまで来たんだ、ちょっと無理しても倒しますよ」
祐一の言う「ちょっと無理」というのはおそらく彼の持つ”水瀬の力”、祐一自身は「黒の力」と呼んでいる力のことだろう。あの力を使うと物凄い体力を消費するらしく、一日に使用出来る限度は精々2回。だが、2回も使うとその後問答無用で倒れてしまうと言う問題点もある。しかし、残る未確認生命体は2体。これなら黒の力を使用限界ギリギリまで使っても何とか倒しきれる。
「後はあの子ですね。なんて言うか、下手に手を出したらこっちがって気もしますけど」
「観鈴の方は……俺に任せてくれ」
静かにそう言う国崎。
「俺が……何とかしてみせる」
「……わかった。そっちは任せるよ。後の問題は……」
そこまで言って祐一はさっと左手を向いた。彼につられるように国崎も同じ方向を見ると、そこにはむき出しの直刀をも持った川澄 舞がぼんやりとした表情のまま立っている。
祐一は舞の姿を確認すると地面に飛び降りた。険しい表情を浮かべて彼女の方に一歩歩み寄ろうとするが、それよりも先に舞の身体が動いた。ふらりと前に倒れ込むようにしながら、一気に祐一との距離を詰めてくる。
「舞ッ!!」
相手の名を呼ぶが舞は止まらない。手にした直刀の柄を両手でしっかりと持ち、祐一の喉目掛けて突き出してくる。
「くっ!!」
必死に身を仰け反らせて切っ先をかわす祐一だが、舞の突きはそれだけで終わらなかった。続けて彼の胸を狙って突き出されてくる。
慌てて地を蹴って後ろに飛ぶ祐一。そのままバランスを崩して尻餅をついてしまうが、それを見た舞が大きく直刀を振り上げ、彼に迫った。
「ま、待て、川澄!!」
慌てて国崎が直刀を振り上げた舞を羽交い締めにする。
祐一は立ち上がると羽交い締めにされている舞の手から直刀を奪い取った。すると羽交い締めにされている舞の身体が急にぐったりと力を失ってしまう。
「お、おい! 川澄!?」
ぐったりとなり、国崎に身体を預けるようになってしまった舞を見て慌てたような声をあげる国崎だが、祐一はそれよりも舞から奪い取った直刀の方が気に掛かるらしく、じっとその直刀を見つめていた。何かはわからないが物凄い思念、いやむしろ執念のようなものをこの直刀から感じ取れる。同時に感じ取れたのは物凄い憎しみの感情。どうやらこれこそが先程まで舞を突き動かしていたらしい。
(しかし……よりによってあの舞を操るとは……)
祐一が舞の方を見ると、いつの間にか彼女は意識を失ってしまったらしく国崎が必死になって彼女を社殿へと運んでいるところだった。
「おい、見てないで手伝え!」
国崎に言われて、祐一は手に持っていた直刀を地面に突き立て、彼を手伝いに行った。二人して舞を社殿の外側の廊下に寝かせると、二人は先程祐一が突き立てた直刀の元に戻った。
「なぁ。これ、一体何なんだ?」
「見ての通りだろ」
祐一の質問にそう答えながらも、国崎は何とも言えない複雑な表情を浮かべて直刀を見つめている。一番始めにこの直刀を見たのは深夜の都内でのこと。中身のない鎧武者がこれを持って大暴れした時だ。その鎧武者は舞の手によって何とか倒されたが、今度は独りでに台東区内にあるとある警察署から消えてしまう。それがどう言った経緯を経たのかわからないが、何時の間にやら舞の手に渡り、そしてこの地へとやって来た。何とも妙な因縁めいたものを感じてしまう。
訝しげな顔をした祐一が直刀の柄に手を伸ばそうとする。先程手にした時に感じたあの執念と憎しみの感情、その正体を探ってみたいという気になったのだ。彼の指が柄に触れようとした時、鋭い声が飛んで来た。
「おやめなさい!!」
その声に祐一と国崎が振り返ると、少し離れたところに両手で鏡を抱えた一人の女性が立っていた。厳しい表情で、まるで睨み付けるかのようにこちらを見つめている。
「何だ、あんたか」
女性を見た国崎が至って軽い感じで女性に声をかける。
「ようやくご登場な訳か?」
「あなたが黙っていなくなるから随分困ったんですよ。まったく……」
呆れたようにそう言いながら女性は国崎の側にいる祐一を見た。
「そちらの方は?」
「ああ、こいつは相沢祐一。まぁ、何と言うか、俺にとって役に立つ奴?」
「どう言う説明だよ」
「あまり気にするな」
文句を言う祐一にあっさりとそう言い、彼は女性の方を向いた。そして今度はそっちの番だぞと目で言う。
「私の名は裏葉と申します。以後、お見知り置きを」
ぺこりとお辞儀する彼女を見て、祐一は慌ててお辞儀を返す。
「相沢祐一です。よろしく」
「さて、顔見せはこれで良いとして。何しに来たんだ、あんた?」
国崎がそう尋ねると裏葉は無言で地面に突き立っている直刀を指さした。
「これ?」
「実はそれを探していたのです。長らく行方不明になっておりましたのでどうしていたのかと思えば……」
そう言いながら、何処か懐かしげな表情を浮かべる裏葉。そして、ゆっくりとした足取りで直刀に歩み寄る。
「お懐かしゅうございますわ、柳也様」
直刀に向かって懐かしそうに話しかける裏葉を祐一も国崎も黙っている見ていることしか出来なかった。どうやらこの裏葉という女性は、直刀のことを色々と知っているらしい。
「あなたがここにいると言うことは……あの御方もここにいると言うことなのでしょうね。ではようやく我々の悲願が達成出来ると」
裏葉はそう言うと国崎の方を振り返り、笑みを浮かべる。
「先に彼と出会えたのはあなたの方なのに気付けなかったのは……憎しみに捕らわれすぎです」
「憎しみ、か……確かにその感情は俺にもわかったな」
直刀の方を見ながら祐一が頷く。
それを聞いた裏葉が意外そうな顔をして祐一を見た。
「あなた……これに触ったのですか?」
「ええ、さっき」
「これに手を触れて正気を保っていられるとは、あなたは徒者ではありませんね」
「徒者じゃないのは確かだな、こいつは。それより、それってそんなにやばいものなのか?」
祐一に代わって何故か国崎が大きく頷き、そして直刀の方を指さして尋ねた。
聞くまでもなくかなりやばいものであるのは間違いない。中身の無い鎧武者を操り、独りでに倉庫から消え、舞をも操ってこの地にやってきたのだから。
「まぁ……何と申しましょうか。これの本来の持ち主が残した強烈な思念、その大半は私と同じ目的なのですけれども、どうやら激しい憎しみも残していたご様子。それがこれを手にした人を突き動かすのです、それはもう物凄い殺人衝動となって」
ああそうか、と国崎は一人頷いた。だから舞はいきなり祐一に襲いかかったのだろう。あの直刀からの殺人衝動に突き動かされ、知り合いである祐一を殺そうとしたのだ。本人の意思とは無関係に。
「しかし厄介だな、そう言う残留思念が取り付いているってのは。使えないんじゃないか、これ?」
「まぁ、確かに普通の人なら殺人衝動に負けてしまいますが、そこの彼とかあなたなら大丈夫ですわ」
「なんでそんな事が解るんだよ。相沢はともかく、俺も大丈夫だってのは……」
「あなたこそがこの私と彼との子孫だからですわ」
裏葉の言葉に国崎は凍りついてしまった。一瞬、何が何だか解らなくなった。裏葉の言ったことが理解出来ない。だが、すぐにその意味を理解してしまう。
「な、な、な、なにぃ〜〜〜〜〜っ!!!」
夏の青空の下、国崎の叫びが響き渡った。

<山頂の神社・森の中 11:12AM>
背に漆黒の翼を持つ少女は折れた木の幹に腰掛けながら、何かを待っているかのようにじっとしていた。
少し離れたところからその様子を伺っているグリチ・ヴァ・ゴチナとイザタ・ヴァ・ゴカパ。
グリチ・ヴァ・ゴチナとしては彼女の持つ力を何とかして手に入れたいのだが、下手に近付こうとすると容赦無く吹っ飛ばされてしまう。何とか隙を見つけて取り押さえてしまえば、後はあの翼から羽根をむしり取れば良いだけなのだが、その隙が見つからない。背中の翼がまるで別の生き物のように周囲を警戒しているのだ。
しばらく様子を見ていると、少女が不意に顔を上げ、立ち上がった。同時に背中の翼がバッと広がる。
一体何事かと思うグリチ・ヴァ・ゴチナの耳に誰かがこっちに来る足音が聞こえてきた。
「本当にこっちで良いのか、佳乃?」
「うん、あんまり自信ないけどこっちだと思う」
声は二つ、だが足音は三つ聞こえてくる。
「あ、いた〜〜〜〜っ!!」
大きい声をあげながらこちらに走ってきたのは佳乃だった。その後ろからは聖と瑞佳が同じく走ってきている。
「お姉ちゃん! この人だよっ!!」
そう言って佳乃は少女に向かって指を指した。
「こら。人に向かって指を指すものじゃないぞ、佳乃」
妹にそう言いながら聖は背中に漆黒の翼を持つ少女をじっと見つめている。何処か見覚えのある少女。だが、今、その少女に気圧されている自分がいる。何故かはわからないが、この少女の放つオーラのようなものに気圧されているのがわかる。
「き、君は……」
「…………」
少女は佳乃達を一瞥すると、広げていた翼を折り畳み、また腰を下ろす。まるで興味を失った、と言わんばかりの態度だ。
それを見た佳乃は何も言わずにその少女に近寄っていった。そして、彼女の隣に腰を下ろす。
「久し振りだね。私のこと、覚えてるかなぁ?」
佳乃が話しかけるが少女は無言だ。佳乃の顔を見ようともしない。
「う〜ん、あんまり話したりしたこと無かったよね。でも私は覚えてるよ。学校の前の堤防の上で何時も海――あれは空かな、見てたでしょ?」
相手から反応が返ってこなくてもまったく気にせずに佳乃は喋り続ける。
「何時か飛んで行っちゃうのかなぁ、とか思って見てたんだよ。私もね、あの頃は魔法が何時か使えるようになって、そうなったら空を思いっ切り飛んでみたいなぁって思っていたんだ」
そう言って佳乃は空を見上げた。木々の隙間から見える空は何処までも青く、そして遠く、高い。
聖と瑞佳は背中に翼を持つ少女に一方的に話しかけている佳乃を少しハラハラしながら見ていることしか出来なかった。
「佳乃ちゃん、あの子と知り合いなんですか?」
「少なくても背中に翼を持つ子と知り合いだという話は聞いたこと無いが……」
瑞佳の質問に答えながら、聖は記憶の中を探る。確かにあの少女に見覚えがある。だが、何故か思い出せない。何か違和感のようなものを感じてしまうのだ。思い出そうとすると、その違和感が自分を襲う。
「その背中の羽根、かっこいいよね〜。ちょっと触っても良いかな?」
そう言った佳乃は相手の承諾を待たずに少女の背の漆黒の翼に手を伸ばした。だが、それに気付いた少女はのびてきた佳乃の手を自分の手で振り払う。
手を振り払われた佳乃は一瞬悲しげな表情を浮かべたが、すぐにいつもの笑顔を浮かべ直す。
「あははっ、そうだよね、いきなりじゃダメだよね〜」
笑顔でそう言う佳乃の方を少女はようやく向いた。何か不思議なものでも見るかのように佳乃の顔をじっと凝視する。
「な、何かな?」
「……お主は不思議じゃな。余が怖くはないのか?」
不思議そうに少女が言うので佳乃はニコッと笑って頷いた。
「怖いわけないよ。だって同じでしょ?」
「同じ?」
「うん。同じ女の子同士だもん、怖いことなんか無いよ」
「で、でも、余の背にはこの通り……」
「私はかっこいいと思うけどなぁ」
佳乃の口から紡ぎ出される言葉に少女はひどく狼狽していた。今まで自分に対してまったく警戒もせず、恐れもしないで、ごく普通に振る舞ってくれる同年代の人間など一人もいなかった。だから戸惑ってしまう。
「か、かっこいいなどと……」
「でもその背中丸出しってのはちょっとやばいよね。その格好だと気をつけないと前もべろーんとなっちゃうよ」
「べ、べろーん?」
「そう、べろーん」
驚いたような顔をする少女に佳乃は真剣な顔をして頷いた。
確かに佳乃の言う通りだろう。少女の着ているワンピースの背中はその翼を外に出すために大きく破れてしまっている。上は襟で辛うじて繋がっているくらいなので、気をつけないとあっさりとはだけてしまうだろう。
自分の意外と大きめの胸がはだけて丸出しになってしまうところを想像したのか、少女が真っ赤になる。
「とりあえずその服、着替えた方がいいかも」
「う、うう……」
恥ずかしさに真っ赤になる少女。
離れた場所からじっと少女の様子を伺っていたグリチ・ヴァ・ゴチナはある異変に気付いた。少女が先程まで纏っていた、あの何者をも寄せ付けない雰囲気がいつの間にか無くなっている。これはチャンスだ。今ならあの少女から力を奪い取ることが出来る。
グリチ・ヴァ・ゴチナがイザタ・ヴァ・ゴカパを伴い、物陰から飛び出した。片腕を失ったイザタ・ヴァ・ゴカパは既に何の役にも立たない。囮ぐらいにしかならないだろう。だが、それで充分だ。せめて自分のために死ぬのなら、それはそれでイザタ・ヴァ・ゴカパとしても本望だろう。
「佳乃!!」
「佳乃ちゃん、危ないっ!!」
いきなり飛び出してきた2体の蜂種怪人に気付いた聖と瑞佳が声をあげる。
その声に、少女と佳乃がはっとなり、蜂種怪人達の方を見た。少女の顔が瞬時に険しいものとなり、背中の翼が大きく広がる。それはまるで佳乃をかばうかのようだ。だが、少女にしてもそれが精一杯だった。
グリチ・ヴァ・ゴチナの手が少女に向かって伸びる。少しでも掴まれればそれで終わりだ。いくら少女が不可思議な力を持っていたとしても、その身体は普通の少女のものと変わらない。未確認生命体の力には及ぶわけはないのだ。
もはやどうしようもない、と少女が諦めかけた時、森の中に似つかわしくないエンジン音が響き渡った。木々の合間を縫って飛びだしてくる一台のオフロードマシン。そのままグリチ・ヴァ・ゴチナに突っ込んでいき、容赦無く吹っ飛ばす。
「祐さん!!」
少女達の前でキッとブレーキをかけて止まったオフロードマシン、ロードツイスターに乗っている祐一を見た佳乃が歓声を上げる。
「よっ、佳乃ちゃん」
軽く片手を上げてそう言う祐一。
「祐さん、大丈夫だったの?」
「まぁね。こう見えても結構頑丈なんだよ、俺って」
ロードツイスターから降りながら祐一はそう言うと、聖達の方を見やった。
「先生、佳乃ちゃん達をお願いします」
「ああ、わかった。佳乃、それに君もこっちに来るんだ」
聖が佳乃と少女を手招きする。
二人が離れていく気配を背中で感じながら祐一は先程吹っ飛ばしたグリチ・ヴァ・ゴチナの方をじっと見つめていた。こいつを倒すのは至難の業だろう。何かわからないが異様な力を感じてしまう。
「まぁ、やるしかないんだけどな」
そう呟くと祐一は両腕を腰の前で重ねた。そしてその手をそのまま胸の前まで挙げ、左手だけを腰まで引く。残った右手で宙に十字を描き、そして祐一は叫んだ。
「変身ッ!!」
彼の叫び声にあわせてその腰にベルトが浮かび上がり、中央にある霊石が眩い光を放つ。
その光の中、祐一の姿が戦士・カノンへと変身していく。
「カノン!! カサン・ヌヅマダ・ギナサソ・ゴドヌ!!」
カノンの姿を見たグリチ・ヴァ・ゴチナがそう怒鳴り、カノンに向かって掴みかかろうとする。その手をかわしてグリチ・ヴァ・ゴチナの懐に入り込んだカノンはその腹に向かって力一杯パンチを叩き込んだ。だが、グリチ・ヴァ・ゴチナの腹筋がまるで鋼鉄の如く凝縮され、カノンのパンチを弾き返す。
「くうっ!?」
弾き返された自分の拳を見、次いでグリチ・ヴァ・ゴチナを見るカノン。どうやら生半可なことではダメージを与えることすら出来ないらしい。
「ウオオッ!!」
パンチでダメなら今度はキックとばかりにカノンがキックを放つが、やはり弾き返されてしまう。
「ジョルニシャ・カノン・ノモシェリジョガ?」
キックを弾き返されて、思わず倒れてしまったカノンを見下ろして嘲笑うグリチ・ヴァ・ゴチナ。まったく負ける気がしない。今まで何体もの仲間を倒してきたというカノン。その力がこんなものだったとは。この程度の力の者に敗れた仲間は一体何をしていたというのだ。
倒れたカノンに手を伸ばして掴み上げる。そして無造作に放り投げた。
大きく宙を舞うカノンだが、空中で身体を一回転させると木の幹に着地し、その反動を利用して更に高く飛んだ。再び空中で身体を丸めて一回転するとグリチ・ヴァ・ゴチナに向かって右足を突き出した。
「ウオオオオオオッ!!」
雄叫びと共にその右足が光に包まれていく。今まで幾多の敵を倒してきたカノン必殺のキックだ。
それを見たグリチ・ヴァ・ゴチナはまるで迎え撃つかのように仁王立ちになった。恐れることなど一つもない。この程度のキックなど弾き返してくれる。
「オオオオオッ!!」
カノンの雄叫びと共に必殺のキックがグリチ・ヴァ・ゴチナの胸元に直撃する。次の瞬間、カノンもグリチ・ヴァ・ゴチナも互いに大きく吹っ飛ばされてしまっていた。カノンは遙か後方にあった木の幹に背を打ち付け、グリチ・ヴァ・ゴチナは地面に叩きつけられる。
グリチ・ヴァ・ゴチナの胸元には古代文字が焼き付けられていたが、それは徐々に薄くなり、ついには消えてしまった。どうやらカノン必殺のキックも通じなかったらしい。
「くうっ……」
背中の痛みに耐えながら身を起こすカノン。そこに左腕を失ったイザタ・ヴァ・ゴカパが襲いかかってきた。
「何っ!?」
カノンを押し倒し、身動き出来ないように片腕でカノンの首を締め上げるイザタ・ヴァ・ゴカパ。
「ババカ・リサモルシィミ!!」
「ギョグギャッシャ・イザタ!!」
イザタ・ヴァ・ゴカパの叫びにそう答えたグリチ・ヴァ・ゴチナは身を起こすと近くにいる聖達を見やった。目的はその中の一人、背中に漆黒の翼を持つ少女。後はただの邪魔者。
ゆっくりとした動きでこちらの方に近寄ってくるグリチ・ヴァ・ゴチナを見て、聖が上着の内ポケットからメスを取り出して構える。これで相手を倒せるとは思っていないが、牽制ぐらいは出来るはずだ。だが、これでもほんの少しだけ時間を稼ぐのが精一杯だろう。カノンが一刻も早くこっちに来てくれなければどうしようもない。
聖が決死の覚悟を決めてメスを握る手に力を込めた時、すっと背に漆黒の翼を持つ少女が前に出た。そして、まるで聖達をかばうかのように背の翼を大きく広げる。
「お前が欲しいのは余の力であろう?」
少女がそう言って笑みを浮かべる。それは壮絶なまでに酷薄な笑み。力を求めるグリチ・ヴァ・ゴチナを嘲笑っている。
「奪えるものなら奪ってみるがいい」
「ノモシィガダ・ソダッシャ!!」
ダッと地を蹴るグリチ・ヴァ・ゴチナ。
「危ないっ!!」
カノンが叫ぶ。
だが、少女は自分に向かって突っ込んでくるグリチ・ヴァ・ゴチナを見て、まだ笑みを浮かべていた。少しも恐れていない。恐れる必要など無いと言わんばかりに。すっと手を挙げる。まるで突っ込んでくるグリチ・ヴァ・ゴチナを制するかのように。そして、次の瞬間、信じられないことが起こった。
少女のかざした手の先、グリチ・ヴァ・ゴチナの胸の奥から眩い光が漏れ出す。
「マ、マミ!?」
何が起こったのかグリチ・ヴァ・ゴチナにはわからなかった。だが、胸の奥に埋め込んだあの羽根が物凄く熱くなっているのを感じる。
「返してもらうぞ。これは元々余のものだからな」
ニヤリと笑う少女。
その少女の前、グリチ・ヴァ・ゴチナは胸の奥に埋め込んだ羽根から自分の身体が分解されていくのを感じていた。自分の身体を構成している細胞の一つ一つがその結合を解かれていく。細胞レベル、分子レベル、そして原子レベルで自分の身体が分解されていく。そして、その事を気持ちいいと感じている自分がここにいる。恍惚の表情を浮かべて、グリチ・ヴァ・ゴチナの姿が完全に分解された。まるで初めからそこにはなかったかのように。
後に残されたのは真っ白い羽根が一つだけ。淡い光を放つ真っ白い羽根。
それを見た佳乃が顔色を変えた。
「あれ……」
「どうした、佳乃?」
「お姉ちゃん、あれ、覚えてない?」
佳乃が指さした淡い光を放っている羽根を見て、聖も顔色を変える。
「あれは……あの神社のご神体……どうしてあれが……」
呆然としている聖と佳乃の前で、少女はその羽根を手に取った。愛おしそうな表情を浮かべてその羽根を見つめる。
「オオオオオッ!!」
その声はいきなり響き渡った。悲しみ、絶望の叫び。目の前で又仲間を、母を失ったイザタ・ヴァ・ゴカパの絶望と悲しみの叫び。
イザタ・ヴァ・ゴカパはカノンを離すと猛然と少女の方へと向かってきた。勝てるかどうかなど問題ではない。せめて一撃、母の仇を撃ちたかった。その思いがイザタ・ヴァ・ゴカパの身体を突き動かす。
「くそっ!!」
起きあがったカノンがイザタ・ヴァ・ゴカパを追って走り出した。
少女は自分に向けられた強烈な殺意にまったく気付いていない様子で手にした羽根を見つめている。このままではイザタ・ヴァ・ゴカパにやられてしまうだろう。
「祐の字、これを使えっ!!」
その声と共に現れた国崎が手に持っていた直刀をカノンに放り投げた。
ジャンプして直刀を受け取ったカノンはそのまま大きく直刀を振り上げる。
「フォームアップ!!」
空中でそう叫ぶとカノンのベルトの中央にある霊石が紫の光を放った。その光の中、カノンの姿が白から紫へと変わる。同時に手に持っていた直刀も”怒れる大地の牙”、紫の刀身を持つ剣へと姿を変えてしまった。
「オオリャァァァァッ!!」
着地すると同時に紫のカノンは手に持った剣を投げつけた。
剣は宙を舞い、少女の方へ走っていたイザタ・ヴァ・ゴカパの背中から腹へと貫いていく。
「グハッ!」
口と思われる部分から血を吐き出し、よろけるイザタ・ヴァ・ゴカパ。
そこにカノンが駆け寄り、イザタ・ヴァ・ゴカパの背から突き出ている紫の剣の柄を握りしめた。その瞬間、カノンのベルトの中央の霊石から電光が迸る。その電光はカノンの腕を伝って紫の剣に至り、瞬間、その紫の刀身に何かが形成されかけた。だが、それはほんの一瞬だけですぐに消えてしまう。しかし、そんな事はお構いなしに紫の剣が貫いている場所に古代文字が浮かび上がってきた。その古代文字からイザタ・ヴァ・ゴカパの全身に光のひびが走り、そのひびがある一点に到達した時、イザタ・ヴァ・ゴカパの身体は大爆発を起こすのだった。
爆発がおさまった後、その場に立っていたのは勿論紫のカノンである。その姿を見た少女の脳裏にある光景がフラッシュバックした。
それは自分達の命を脅かそうとした武士達。自分はおろか供の二人まで殺そうとした僧兵達。憎むべきその姿が、何故か今の紫の剣を持つカノンと被っていく。
「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
突如、悲鳴にも似た叫び声を上げ、少女は漆黒の翼をはためかせて宙に舞い上がった。
少女の叫び声に気付いたカノンがそっちを向こうとするのと同時に、少女の手から力が解き放たれる。
「何っ!?」
驚きの声をあげながら吹っ飛ばされてしまうカノン。大きく吹っ飛ばされただけではなく後ろにあった木を薙ぎ倒していく。今まで受けたことのない桁外れの力。地面の上に倒れ込んだカノンはあまりものダメージに立ち上がることすら出来ないでいる。
「な、何だ……今のは……?」
触れられたわけでもなく、少女との間にかなりの距離があったはずだ。にもかかわらずカノンが受けたのは壮絶なまでの力だった。
「こ、こんな力……」
何度もまともに受けたら身体が持たない。だが、立ち上がることが出来ない。
倒れたままのカノンの前に少女がゆっくりと降り立った。その顔には、少女には似つかわしくない、憎しみに彩られた剣呑な表情が浮かんでいる。
「ハァハァハァ……」
荒い息をしながら少女はカノンを見下ろしている。その手をゆっくりとカノンの頭上へと持ってくる。
「くっ……」
倒れたまま動けないカノンにはどうすることも出来なかった。離れたところからの攻撃でこれだけのダメージを受けたのだ。至近距離で喰らえばただでは済まないだろう。それが頭部なら尚更だ。下手をすればスイカが割れるように自分の頭が砕けてしまうだろう。
少女がカノンを見下ろし、ニヤリと笑う。
「止めろ、観鈴!!」
突如後ろから聞こえてきた声に少女が振り返った。
そこには拳銃を構えた国崎が立っている。銃口の向けられている先は漆黒の翼を持つ少女。浮かべている表情は苦渋に満ちたものだ。
「止めるんだ、観鈴」
先程よりもやや語気を弱めて国崎は言う。
「そいつは敵じゃない。お前を傷つける存在じゃない。だから止めろ」
「う、うるさいっ!!」
少女はそう言うと、背中の翼を大きくはためかせた。直後、周囲に巻き起こる物凄い突風に国崎は思わず吹っ飛ばされてしまう。近くの木に思い切り叩きつけられ、その反動で地面に倒れ込んでしまう。
「ハァハァハァ……」
荒い息をしながら少女は国崎からカノンへと視線を向け直す。
「や……めろ……」
再び国崎の声が聞こえてきた。
恐る恐る少女が振り返ると、フラフラとしながら国崎が立ち上がろうとしている。
「そいつは……」
「うるさいと言った!!」
再び少女の背中で漆黒の翼がはためいた。またしても巻き起こる突風に国崎の身体が宙に舞う。
地面にまたも叩きつけられる国崎。だが、すぐに起きあがろうとする。
「止めろと……」
「うるさぁいっ!!」
耳を手で押さえて少女が叫ぶ。何故だかわからないが、この男の声は自分の心の中に突き刺さってくる。
「余は何も悪くない! 余を殺そうとしたのはこいつらだ! だから余は自分の身を守ろうとしただけ!! だから悪くない!!!」
必死にそう叫び、少女はカノンの頭に向かってその手をかざした。早くこいつを始末しなければならない。自分を殺そうとするこいつを排除しなければならない。ガタガタ震えながら、目には涙を浮かべながら少女はカノンに向かってその手をかざす。
国崎はそれを見ながらも、膝に力が入らず、その場に崩れ落ちてしまっていた。
「くそ……」
早くしないとカノンが少女の手によって殺されてしまう。せめて彼女の注意をカノンから別のものへと移さないと。そう思って周囲を見回すと、先程まで持っていた拳銃が側に転がっていた。どうやら最初に吹っ飛ばされた時に落としてしまっていたらしい。
国崎はその拳銃に向かって手を伸ばした。だが、後ちょっとのところで届かない。必死に手を伸ばしてもほんの少しだけ届かない。
(こうなりゃ……間に合えよ……)
そう思って国崎は手を伸ばしたまま目を閉じた。その先にある拳銃に向かって意識を集中させる。すると拳銃が少しだけだが震え始めた。ちょっとずつ、ちょっとずつだが拳銃が国崎の伸ばした手に近付いていく。
一方、少女は自分の意識を集中させられないでいた。心の中に沸き上がる罪悪感、それに激しい動揺が心をかき乱す。何故だかわからないが、見られたくない。この姿を見られたくなかったのだ。こんな自分を、あの真っ白い翼を誉めてくれたあの人に、こんな黒く汚れた翼を持ってしまった自分を見られたくない。その思いが彼女を激しく動揺させている。
その時、パァンと言う破裂音が森の中に響き渡った。
はっとなった少女が国崎の方を見ると、彼は倒れたまま拳銃を空へと向けていた。少女がこちらを向いたのを見ると、ニヤリと笑う。
と、そこに息を切らせた佳乃が現れた。その手には大事そうに白い羽根がある。
「……それは……」
「忘れ物だよ。大事なんでしょ、これ」
佳乃は笑顔を浮かべて手に持った白い羽根を少女に差し出した。
その白い羽根を見た少女の顔が崩れた。目に溜めていた大粒の涙を零しながら、少女はその場に膝をついてしまう。
「ど、どうしたの!?」
いきなり泣き出した少女を見て佳乃は慌てた。何か自分が悪いことをしたのだろうか。自分は彼女の忘れ物であるこの白い羽根を届けに来ただけなのに。それが悪かったのだろうか。もしそうなら彼女に謝らないと。
「あ、あの、迷惑だったかな、勝手なことしちゃって。だったらゴメンね」
そう言う佳乃に少女が首を左右に振って答えた。
違う、彼女は何も悪くない。彼女は好意でしてくれたのだ。だから彼女が謝ることなんか一つもない。悪いのは自分だ。優しい心を、憎しみのあまり、苦しみから逃れたくて捨ててしまった自分が悪いのだ。だが、それを言葉にすることは出来なかった。
「え、えっと、どうすればいいんだろ……」
おろおろし始める佳乃。
そんなところにまた一人、ゆったりとした足取りで姿を現した。
「あらあら……」
手には大きな鏡を持った女性、裏葉だ。彼女は倒れているカノン、国崎、そして膝をついて泣きじゃくっている少女とその側でどうすればいいのかわからずおろおろしている佳乃とを順番に見てため息をついた。
「一体何事ですか、これは」
「まぁ、色々とあってな……」
そう言いながら国崎は痛む身体を無理矢理地面から引き剥がした。
「おーい、祐の字、生きてるか?」
「……辛うじて……」
未だ倒れたままのカノンがひどく辛そうな声をあげる。その姿がカノンから祐一に戻っていく。
フラフラの国崎が祐一の側に寄り、彼に手を貸して立ち上がらせた。
「こんなダメージ受けたの初めてだ。紫のカノンじゃなかったら死んでたぞ、きっと」
国崎に肩を借りながら何とか立ち上がった祐一がそう言って今だ泣きじゃくっている少女の方を見やる。
「あの子、どうしたんだ?」
「俺にもわからねぇが……佳乃が来たらいきなりああなった。あいつが命の恩人だぜ」
「……佳乃ちゃんには当分頭が上がらないな」
そう言って苦笑を浮かべる祐一。
「さて、それではあなたのお力を貸して頂きますわ。これからが本番ですから」
すっと音も気配もなく祐一と国崎の後ろに回り込んでいた裏葉がそう言って微笑んだ。

<山頂の神社 12:06PM>
まだぐずっている少女を伴い、祐一と国崎、裏葉、そして佳乃が境内に辿り着いたのは太陽がほぼ真上になった頃合いだった。
「祐さん、大丈夫だった!?」
そう声をかけながら駆け寄ってきたのは瑞佳だ。彼女は少女によって思い切り吹っ飛ばされた祐一――カノンの姿を目の当たりにしている。だから心配だったのだろう。
「ああ、まぁ、何とかね」
苦笑しながら答える祐一。ようやく自分の力だけで立って歩けるようになっていたのだが、それはあえて黙っておく。余計な心配を彼女にかけさせたくないからだ。
「佳乃ちゃんも無事なようだし、本当によかったよ」
少女に付き添っている佳乃の方をちらりと見やってそう言い、瑞佳はようやく顔に笑みを浮かべた。
あの時、いきなりカノンを吹っ飛ばして、そしてそれを追っていった少女を見た佳乃は少女がその場に残していった白い羽根を掴むと少女の後を追って急に駆け出していったのだ。あまりにも突然の行動だったので聖も瑞佳も止める暇がなかった。そして少しして聞こえてきた銃声。何が起こっているのかわからなかった二人だったが、カノンや国崎がいるのだ、佳乃は無事のはずと思い、ここまで先に戻ってきていたらしい。もっとも彼らが再び姿を現すまで、瑞佳も、そして顔には出していないが聖も不安でたまらなかっただろう。
「……でもまだ終わりじゃないんだ」
「終わりじゃない?」
「むしろ問題はこれから、って感じかな?」
祐一はそう言うと相変わらず鏡を手にした裏葉の方を見やった。どうやらここから先の鍵を握っているのは彼女のようだ。正確に言えば、彼女と国崎が鍵を握っている。自分はこの一件に関しては部外者に過ぎないらしい。
その裏葉はと言うと今だ泣きやまない少女を石畳の上へと移動させていた。
「さて、後は……」
振り返り、そこにいる聖の方へと歩み寄ってくる。
「申し訳ありませんが、少しお借りしたいものがあるんです」
「あ、ああ……」
「何か反射するもの……鏡などあればお借りしたいのですが」
「鏡か……生憎だが持ち合わせてないな」
「そうですか。それは残念……」
明らかに落胆したと言うような表情を浮かべる裏葉。
「鏡か……瑞佳君、鏡なんか持ってないか?」
ちょっと悪いと思ったのか聖が瑞佳に声をかける。
瑞佳は聖に声をかけられるとすぐにポケットの中から折り畳み式の手鏡を取りだした。
「こんなものしかありませんけど」
「あら……あらあらあら」
瑞佳が取り出した折り畳み式の手鏡を見た裏葉が嬉しそうな顔をして彼女に近寄ってくる。
「これはこれは。これで充分ですわ。貸して頂けますね?」
口調はあくまで質問調だが、嫌だと言っても持って行きかねない雰囲気を彼女は醸し出していた。それがわかったのか、瑞佳は苦笑しながら頷いた。
「ありがとうございます。出来ればもう一枚ぐらいあると助かるんですが」
「私はこれしか持ってないけど……佳乃ちゃんはどう?」
「持ってないよ」
瑞佳の質問にあっさりと答える佳乃。元々彼女はあまり化粧とかしないので持ち歩いていることはないのだろう。
「ロードツイスターのバックミラーならどうだ?」
そう言ったのは国崎だった。裏葉達のやりとりを聞いていたのだろう。
「あれも一応鏡だろ」
「ちょっと取ってくる」
祐一が再び森の中へと駆けていった。森の中に置きっ放しになっているロードツイスターを取りに戻ったのだろう。それから5分もしないうちに祐一はロードツイスターに乗って戻ってきた。全地形走破を目指しているだけに森の中でもその速度はまったく衰えない。更に言えば森の中でも当たり前のように普通に運転してくる祐一の腕前もたいしたものだが。
「どうかな?」
「充分ですわ。では、それはこの辺りに止めて頂けますか?」
ロードツイスターのバックミラーでも充分だと判断したらしい裏葉が自分の足下を指さして言う。
エンジンを切ったロードツイスターを祐一がそこまで押していくと、裏葉はそのバックミラーをある方向へと動かした。2,3回動かしてようやく気にいる位置にバックミラーを固定すると続いて先程瑞佳から借り受けた手鏡を持って移動する。
「……あの、あなた」
ロードツイスターから斜めに石畳を横切ったところまでやって来た裏葉が瑞佳を手招きした。いきなり自分を手招きされた瑞佳が少し驚きながら裏葉の元に歩いていくと、彼女は持っていた手鏡を返してきた。
「申し訳ありませんがこれを持っていてください。ええ、こっちに向けて」
瑞佳に色々と細かい指示を与えていく裏葉。
一体彼女が何をしようとしているのかまるでわからない祐一達はただ見ていることしか出来なかった。
「一体何が始まるってんだ?」
国崎が祐一に尋ねてくる。
「それは俺が知りたい」
肩を竦めて答える祐一。
瑞佳に指示を与え終わったらしい裏葉が小走りに別の場所へと向かう。それは丁度瑞佳、ロードツイスターをそれぞれ頂点とする三角形を描く位置であった。そしてその三角形の中心には例の少女が踞っている。まるで何かの儀式を始めるかのような態勢だ。
「それでは始めます……」
裏葉はそう言うとすっと目を閉じた。そして極めて小さい声で何か唱え始める。それは何らかの呪文のような感じだった。
少しして、彼女が持っている鏡が眩い光を放った。その光は真っ直ぐに瑞佳の持つ手鏡へと向かい、次いでロードツイスターのバックミラーへと向かう。ロードツイスターのバックミラーに反射した光が再び彼女の持つ鏡へと向かい、綺麗な三角形を描いた。
「な、何!?」
瑞佳が驚いたような声をあげる。だが、驚いているのは彼女だけではない。その場にいた誰もが――もっともこの術を仕掛けた裏葉と三角形の中心で踞っている少女を除いてだが――驚きの表情を浮かべている。
「こいつは……」
「凄いな」
誰かがそう呟く。
光の三角形の中、少女がすっと立ち上がった。いや、何か見えない力によって身体を持ち上げられたと言うべきかも知れない。とにかく少女は翼を広げてその場に起きあがったのだ。その周囲に何か黒い靄のようなものを纏わせながら。
「あれは……」
黒い靄のようなものを見た国崎が声をあげる。
「何だろう……酷く嫌な感じがする」
黒い靄を見た佳乃がそれから感じる嫌悪感に顔をしかめた。
「……人の負の思念だ」
そう言ったのは祐一だった。以前、彼は似たようなものを目撃している。自分やその他の人間にまとわりつき、全てを壊そうとした強烈なまでの負の思念。彼の時はその負の思念は依り代となるものを見つけて、それに取り付き彼らを攻撃してきた。この少女にまとわりついている負の思念はあの時のものとは勿論別物だが、感じ取れる感情は同じであった。憎しみや恐怖、そう言った負の感情。この少女に対するものなのだろうか。それにしては強烈すぎる気もした。
「胸くそ悪ぃ……」
顔をしかめる祐一。
「何ともお痛ましいお姿……」
国崎はその声を聞いて、裏葉の方を振り返った。そこに立っている鏡を持った女性、前田 純ではなく、裏葉を。
裏葉は黒い靄にまとわりつかれた少女を見て涙を流していた。その姿は本当の彼女なのであろう、平安時代の女官姿で立っている。もっともその知識は国崎にはなかったが。
「あなたの出番です」
そう言って裏葉は涙を手の甲で拭ってから国崎の方を見る。
頷いて一歩前に出る国崎。
「国崎さん、忘れ物だぜ」
横からそう祐一が言い、例の直刀を国崎の方に差し出した。
黙って直刀を受け取る国崎。その顔にはちょっと緊張の色が伺える。これから彼がやらなければならないことを考えれば緊張して当然だろう。彼の責任は思いの外重大なのだ。
「大丈夫、国崎さんなら出来るよ」
国崎の緊張をやわらげるように祐一が笑顔を浮かべ、右手の親指を立ててみせた。
黙って頷き、国崎は更に一歩前に出る。ギュッと直刀の柄を握る手に力を込め、更に前へと踏み出していく。三角形を形作る光の辺を踏み越えて、少女の側まで近寄っていくとじっと少女を見据えた。
(俺に……本当に出来るのか?)
少女を見つめながら不意に沸き上がる不安。裏葉は自分でなければならないと言った。彼女の血筋を受け継ぎ、その使命を受け継いだ自分にしか出来ないと。その為の力が自分には備わっていると。
「あなたがやらなければ他の誰にも出来ません」
裏葉の声が後ろから聞こえてきた。
「強く思ってください。彼女を、神奈様を助けたいと」
「……わかった」
また一歩前に踏みだし、国崎は直刀を振り上げた。あの少女を斬るのではない。あの少女にまとわりついているあの黒い靄のようなもの、祐一が言うところの負の思念を斬る。そうすれば彼女は解放されるはずだ。少なくても裏葉はそう言った。後は信じるしかない。
「やるぞ」
短く、まるで自分に言い聞かせるようにそう呟き、振り上げた直刀を一気に振り下ろす国崎。次の瞬間、直刀は何か固いものにでもぶつかったかのように弾き飛ばされていた。
驚いている国崎の後ろの地面に突き刺さる直刀。
「流石……千年にも及ぶ呪い、そう簡単には切れませんね」
ため息をつきながら裏葉が言う。何となく国崎を責めるような口調ではあったが、それを表には出そうとしない。結構嫌な性格だった。
「知ってただろ、あんた」
振り返り、裏葉を睨み付ける国崎。
「あなたの思いがまだ弱かったのではないでしょうか。もっと強く思ってください」
国崎の質問はさらりと無視して裏葉が笑顔を浮かべてそう言う。
何となく釈然としない思いを抱きながら国崎が吹っ飛ばされた直刀を拾いに戻ろうとすると、すっとその直刀が差し出された。一体誰が、と思って顔を見てみると、そこにいたのは舞だった。やたら真剣な表情で国崎の顔を見ている。
「これは……あなたにしか出来ないことだから」
そう言って舞が国崎に直刀を手渡した。
「彼女を助けてあげて欲しい。これは、これの持ち主の悲願だから」
この地にこの直刀を運んできたのは舞だ。その時にこの直刀に強烈に残されている思念を感じ取ったのだろう。その後、操られていたのはいただけないが。だが、今彼女の言ったことはおそらく真実だろう。
「努力はするさ」
「そう言う答えが欲しいんじゃない」
「……わかったよ。気合い入れてやるさ」
舞に対してそう答えると国崎は直刀の柄を握りしめて少女の方を振り返った。
「待って!」
今度聞こえてきたのは佳乃の声だった。
振り返ると佳乃がこっちに駆け寄ってきてる。
「これ、あの子のなの。渡してあげて欲しい」
そう言って佳乃が差し出したのは白い羽根であった。
元々はこの神社のご神体として崇められてきた羽根。その力をどう言った偶然か、佳乃が宿し、そしてついこの間元に戻ったばかり。だが、羽根の力を宿している間、佳乃はその羽根の中に込められている様々な思いを感じていた。自分の子を思う母親の愛情、母を思う子の愛情、子の成長を見届けることが出来なかった無念の気持ちなど。更にその奧にある感情にも佳乃は触れていた。羽根に込められていた一番奥にある感情。それは愛する人への思い。最も愛しき人への愛情。
「これが欠けてたらきっとダメだと思うから」
「わかった」
そう言って羽根を受け取った国崎はちらりと裏葉の方を見た。
こくりと頷く裏葉。
それを見て安心したのか国崎は少女の方へと向き直った。そして再び直刀を振り上げる。佳乃から受け取った羽根を渡すよりも先にあの黒い靄を切り払う。そうでなければこの白い羽根も黒く染まってしまうかも知れない。
ふと少女の方を見ると、彼女はじっと国崎の方を見つめていた。涙の残る目で、じっと彼を見つめている。その目にあるのは恐れと期待。斬られるのではないかと言う恐怖と助けてくれるのではないかと言う期待が入り交じった目で国崎をじっと見つめているのだ。
「ああ、心配するな。助けてやるさ」
少女に向かってそう言い、国崎は振り上げた直刀に思いを込めていく。
彼女を助けてやりたいと思っているのは彼一人ではない。彼女を助けるためだけに自らの魂を鏡に封じ込めて長き時を待ち続けていた裏葉。様々な思いを一本の直刀に残した柳也。その二人の血を引く国崎。一時的にとは言え、彼女の力の断片をその身に宿していた佳乃。他にも巻き込まれた形の祐一や聖、瑞佳だって同じ思いだろう。
(お願い、往人さん。彼女を助けてあげて)
不意に国崎の耳に聞こえてきた声、それはこの少女の本来の身体の持ち主である神尾観鈴の声だった。
(彼女、苦しんでるから。早く助けてあげて)
「わかってる。心配するな」
そう呟き、国崎は直刀を振り下ろした。
様々な人の思いが込められた直刀が少女にまとわりついている黒い靄をゆっくりと切り裂いていく。それはバターに熱したナイフを差し込んでいくように。そして、黒い靄は斬られた場所からどんどん拡散するように空中へと消えていった。
黒い靄を完全に切り終えた直刀は、まるでその役目を終えたかのように刀身にひびが入り、そして砕け散ってしまった。それを見た国崎は身体中の力が抜けていくのを感じ、その場に座り込んでしまう。
「国崎君!?」
聖が声をかけると、国崎は大丈夫だと言う風に片手を上げた。
そんな彼の目の前で、少女の背中の漆黒の翼がさっと真っ白く変わっていく。それはまるで何らかの枷を解かれたかのように。
それと同時に周囲の音が消えていく。
「お疲れさまでした」
裏葉がそう言いながら座り込んでいる国崎に声をかけてきた。
「これで良いんだろ」
「ええ、あなたは我々の予想以上によくやってくれました。感謝しておりますわ」
「ああ、俺からも礼を言わせて貰うぞ。我が子孫よ」
裏葉とは別の声が聞こえたので国崎が顔を上げてみると、まるで裏葉に付き添うかのように一人の男が立っている。その顔は国崎の顔をもう少し精悍にしたような感じだ。彼の腰には今さっき砕け散った例の直刀がある。おそらくこの男が柳也という男なのだろう。
二人は深々と国崎に頭を下げると、少女の方に歩いていった。
「随分待たせたな、神奈」
「待たせすぎじゃ、裏葉。そして柳也殿も」
ちょっと拗ねたように言う少女に裏葉が笑顔を向ける。
「お一人で寂しかったのですか? そんな弱い御方だとは思っても見ませんでしたわ」
「そ、そんな事はっ……寂しいなどと思ったことなど一度も……!!」
「嘘をつけ。寂しかったと顔に書いてある」
裏葉のからかいにそう答える少女だが、柳也にそう言われてその目から遂に涙を零してしまう。
「う……うわぁぁぁ……」
声をあげて泣き出す少女をそっと抱きしめる裏葉。その彼女の目にも涙が光っている。
「もう、これからはずっと一緒ですわ」
「本当だな? 本当にもう余を一人にはしないのだな?」
「ええ、もう二度と離れませんわ……」
「俺ももう二度とお前をおいていったりしない。約束するぞ」
「柳也殿……」
柳也が後ろから少女の肩に手を置き、微笑んだ。
その笑みを見て、少女が柳也に抱きつく。
3人の様子を国崎はぼんやりとしたまま見つめていた。
「……さて、それではそろそろ」
「ああ、そうだな」
裏葉と柳也が頷きあう。
「もう一度礼を言わせて貰います。ありがとう、国崎さん」
「君のおかげだ。感謝するぞ、我が子孫よ」
再び国崎の方に向かって深々と頭を下げる二人。
「……元気でなってのも変だが、まぁ、元気でな」
そう言って国崎も笑みを浮かべた。
「えっと……あの……」
少女が少し困ったような顔をして国崎を見ている。それに気付いた国崎だが、あえて何も言わずに彼女が口を開くのを待った。
「色々と迷惑をかけたようで、済まなかった。この身体の持ち主……観鈴と言ったか。彼女とその母親にも謝っていたと言っておいて欲しいのだが、よいか?」
殊勝どころかちょっと尊大な言い方に国崎は苦笑を浮かべつつ、頷いた。
「ああ、任せておけ」
「うむ、それでは頼んだぞ」
少女が満足そうに笑顔で頷く。
「それでは参りましょう」
裏葉がそう言い、少女がそっちを振り返って嬉しそうな顔をした。これからはもう二度と離れることはない。それを知っているからこその満面の笑み。
少女達3人の身体が徐々に薄くなっていく。まるで初めからそこに存在しなかったかのように。その姿が消える直前、少女が佳乃の方を振り返った。
「ありがとう……さようなら」
果たしてその声は佳乃に届いたのかどうか。それを知るのは佳乃自身のみだろう。
少女達3人の姿が完全に消えてしまうのと同時に、周囲に音が戻ってきた。風にそよぐ葉の音、泣き叫んでいるセミの声。
「あ〜あ、いっちまいやがった」
高い空を見上げて呟く国崎。
「幸せになれよ〜。俺をここまで使ったんだからな」
消えていった少女達の笑顔を思い浮かべながら国崎は呟く。
そんな彼をよそに、聖は国崎の前で倒れ込んでいる観鈴に、そして祐一は同じく倒れ込んでいる前田の方に駆け寄っていくのであった。

<霧島診療所 15:39PM>
倒れていた観鈴や前田を瑞佳や舞達に手伝って貰って診療所に運び込んだ聖はすぐさま二人の介抱を始めた。幸いなことに二人ともただ単に気を失っているだけだったので、開いているベッドに寝かせておくだけで済んだのだが。
その間に国崎は地元の警察に電話して山頂の神社の宮司が死んでいることを伝え、更に警視庁にある未確認生命体対策本部にも連絡を入れておいた。出たのが観鈴の母親である晴子だったのはよかったの悪かったのか、とりあえず一頻り怒鳴られてから観鈴が無事であることを伝え、これから戻ると言っておく。
「まぁ、これで良いか」
本当なら後一カ所電話しておくべきところがあるのだが、あそこに電話するのが物凄く怖い。晴子にも怒鳴られたが、これは定時連絡を入れてなかったことを怒られただけ。むしろ観鈴の無事を知らせて貰って感謝してくれたほどである。もう一つの方は……何せ置いてけぼりにしたのだから、その怒りたるや桁違いだろう。何となく次に会う時が怖い。出来ればしばらく連絡したくないなと思いながら国崎がリビングに入っていくと、そこには祐一と舞しかいなかった。
「他の連中はどうした?」
「聖先生ならあの二人に付き添ってる。瑞佳さんと佳乃ちゃんはマスターの様子見に行った」
答えたのは勿論祐一の方だ。舞はと言うと相変わらずぶすっとしたまま押し黙っている。これがいつもの彼女だとわかっているのか祐一は何も言わないし、国崎も何も言おうとはしないで空いているイスに腰を下ろす。
「とりあえずあの二人が目を覚ましたら東京戻るけど、どうするんだ?」
国崎が舞に向かって尋ねると舞は黙って頷いた。どうやら一緒に帰るつもりのようだ。おそらく一緒に連れて戻れと言うつもりなのだろう。
「それにしてもどうやってここまで来たんだ?」
それを聞いたのは祐一だった。
「走ってきた」
「ハァ!?」
舞の一言に驚きの声をあげる祐一と国崎。車やバイクでもここまで来るのにかなりの時間が掛かっている。それくらい東京からこの町まで離れているのにそれを走ってきたとは。あの直刀に操られていたとは言え、物凄い体力だ。思わず感心してしまう二人。
「お前、せめて電車とか……」
呆れたように言う国崎だが、よく考えてみれば舞はむき出しの直刀を持っていたのだ。これで電車とかバスに乗ろうものなら即座に通報されてしまうだろう。そう言う意味でも彼女の取るべき選択肢は「走る」以外にはなかったのかも知れない。
「祐の字、何か言ってやれ」
「いや、まぁ……凄いな舞」
「これも修行の成果」
ちょっと自慢げに言う舞を見て、苦笑を浮かべるしかない祐一と国崎。
そこに聖がやってきた。
「ここにいたのか」
「よう、誰か目を覚ましたのか?」
リビングに入ってきた聖に軽く片手を上げながら声をかける国崎。
そんな彼の態度にちょっとムッとしたような顔を向けつつ、彼女も空いているイスに腰を下ろす。
「二人とももう目を覚ましている。しかし、色んな意味で驚きだな。まさか観鈴君が……」
「観鈴は昔からちょっと変わったところがあったからな。俺から言わせれば不思議でも何でもない」
よく言うよ、と思った祐一だがあえて何も言わなかった。何故ならそこに当事者である観鈴と前田が入ってきたからだ。
「元気そうだね」
所在なげな観鈴に声をかけたのは祐一だった。
「佳乃ちゃんが心配してたんだ。君が倒れて目を覚まさなかったから」
そう言って立ち上がる祐一。
「佳乃ちゃんを呼んできます」
「ああ、頼む」
聖の返事を聞くまでもなく、頷いた祐一がリビングから出ていった。
それを見送ってから前田が恐る恐る声をかけてくる。
「あの……ちょっとお電話お借り出来る?」
「ああ、案内しよう」
聖が立ち上がり、前田を伴ってリビングから出ていくのを国崎と舞は黙って見つめていた。その視線がじっと立ち尽くしている観鈴へと移っていく。
「座れよ」
短く国崎がそう言うと、観鈴はビクッと身体を震わせた。
「えっと、あの、その……」
「いいからまず座れ」
先程よりもやや強めの口調で言う国崎。そして空いているイスを指さした。
今度は何も言わずに従う観鈴。さっきまで祐一が座っていたイスに腰を下ろす。
「……あの、往人さん」
「晴子さんが物凄く心配してた。帰ったら思いっ切り怒るんだって言ってたぞ」
「……が、がお」
観鈴の口から漏れたその言葉に国崎はすっと身を乗り出し、彼女の頭を拳骨で殴りつけた。もっとも本気で殴ったわけではない。
「……どうして殴るかなぁ……」
「晴子さんに頼まれたからな」
「……がお」
また一発、今度はさっきよりもやや強めに観鈴の頭を殴る。
「まだ治らないのか、その口癖?」
「努力はしてるんだけどね」
「見事なくらい空回ってるな、その努力」
「相変わらずだね、往人さん」
「お前もな、観鈴」
そこまで言ってようやく国崎は笑みを浮かべた。それにつられたかのように観鈴も笑みを浮かべる。
そんな二人を舞は無言で見守っていた。

<霧島診療所前 17:19PM>
国崎が乗ってきた覆面車が霧島診療所の前に止まっている。
「どうもお世話になりました。このお礼は必ず」
「いやいや、医者として当たり前のことをしたまでだ。気にしないで欲しい」
自分に向かって頭を下げている前田に向かってそう言う聖。
「いえ、それではこちらの気が修まりません。東京に戻ったら必ず連絡致しますので」
「いや、だから……」
「おーい、もういいだろ。そろそろ出発したんだがな、俺は」
覆面車のすぐ側に立っていた国崎がいつまで経っても終わりそうにない会話を終わらせるべく声をかける。
「それにあんた、早く戻らないとやばいんだろ、色々と」
「ああ、そうだった。それでは霧島先生、また東京で」
前田はそう言って最後にもう一度深々と頭を下げてから覆面車に乗り込んでいく。
彼女が乗り込んだのとは反対側では先に車に乗り込んでいた舞に祐一が話しかけていた。
「一旦東京に戻るんだろ?」
祐一の質問に舞はこくりと頷く。
「なら佐祐理さんに連絡取ってやれよ。心配してたぜ、佐祐理さん」
「……それは出来ない」
ボソリと答える舞。
「まだ佐祐理に会うわけにはいかない。今はまだ……」
「……そうか。一応、これ渡しておくよ。佐祐理さんの連絡先。気が向いたら連絡してやれよ。本当に心配していたからな」
真剣な表情で言う舞に祐一は苦笑を浮かべながら一枚の紙を手渡した。そこに書かれているのは倉田重工第7研究所の所長室に繋がる直通電話の番号だ。これなら余計な手間をかけずに直接彼女に繋がるはず。
舞は無言でその紙を受け取ると、祐一の方を見上げて小さく頷いた。親友である彼女が心配してくれているであろう事は想像に難くない。だが、まだ納得がいくほどの修行が出来てない今は会うわけにはいかないのだ。少なくても自分はそう思っている。そう決めたからこそ、会うわけにはいかない。だが、自分は元気にしていると言うことぐらいは伝えておいてもいいだろう。それで彼女の心労が少しでも軽減出来るなら。
「じゃあな。元気でやれよ、舞」
「祐一も」
そして、診療所の入り口の前では観鈴が佳乃に捕まっていた。
「どうしてどうしてどうして〜? 折角友達になったのに〜」
「で、でも、お母さんとか心配してるし……色々と謝らなくっちゃいけないから」
折角友達になったのだからもっと一緒に遊びたいと思っている佳乃と一旦家に帰って母親に自分が無事な姿を見せたい観鈴。どうにも両者の間で齟齬があるようだ。
「そんなの帰ってからでもいいじゃない」
「そうしたいんだけど、お母さん怒ると怖いから」
「大丈夫だよぉ! それなら私も一緒に謝ってあげるから」
「で、でも……」
どっちかと言うと佳乃の押しの強さに観鈴はやや負け気味だ。
「佳乃ちゃん、あまり無理言っちゃダメだよ」
負け気味の観鈴に助け船を出したのは瑞佳だった。
「観鈴ちゃんにも事情があるから、ね?」
「う〜〜〜」
まだ不服そうに唸る佳乃だが瑞佳には普段から色々と世話になっているだけに文句を言えないようだ。精々唸るぐらいが関の山と言うところだろう。
「あ、あの、佳乃ちゃん」
「何?」
頬を膨らませている佳乃に恐る恐る声をかける観鈴。
「東京に帰ったら一緒にあそぼ。何時でも会えるから。ね?」
必死に笑みを浮かべてそう言う観鈴に、佳乃も同じような笑みを浮かべて頷いた。
「うん、約束だよ、観鈴ちゃん!」
そう言って佳乃が観鈴の手を取った。
「お〜い、行くぞ〜」
国崎に呼ばれた観鈴がそっちを振り返り、頷いた。
「それじゃ、また東京でね」
「うん、気をつけてね」
手を振って別れる観鈴と佳乃。
瑞佳はそんな二人を微笑ましげに見つめていた。

それから数日の間は何事も起こらなかった。
極めて平和な時間が過ぎていく。
せっかくの夏休みと言うことで祐一も佳乃や瑞佳達と共に普通に遊び回っていた。海に泳ぎに行ったりマスターと共に一日中釣りをしていたり。この町に来てからすぐに巻き込まれた様々な事件がまるで嘘のように、平和な時間を過ごしていた。この休みが終わり、東京に戻ればまた未確認生命体との戦いの日々が待っている。それがわかっているから、今の、この平和な時間を大事にしたかった。

<海沿いの道路 数日後 17:03PM>
東京へと向かう海沿いの道を聖の運転するランドクルーザーと、少し遅れて祐一のロードツイスターが軽快に走っていく。ここまで渋滞することもなくかなりすいすい来れたのだが、この先、東京に近付けば近付くほど渋滞の可能性は高まるだろう。
ランドクルーザーの車内では運転している聖以外、皆すやすやと眠っていた。遊んでばかりいたマスターや佳乃はともかく瑞佳まで居眠りしているのは、佳乃に付き合って遊んでいた所為だろうか。同じように遊んでいた祐一は流石にロードツイスターを運転しているだけに居眠りするわけにもいかず、必死に聖の後をついていっているようだ。
しばらく走っていると前方の道の脇にカウボーイ風の男が立っているのが見えた。まるで誰かが来るのを待っているかの如く、悠然と立っている。
カウボーイ風の男を見つけた聖がゆっくりとブレーキをかけて車を止めると、すぐにその横に祐一のロードツイスターが並んできた。
「相沢君……」
「わかってます。多分奴の狙いは俺でしょう。先生はこのまま走り抜けてください」
心配そうに声をかけてきた聖にそう言うと、祐一はヘルメットを脱いでロードツイスターから降りる。そしてゆっくりとした足取りでカウボーイ風の男の方に歩み寄っていった。
「ようやく来たか、カノン」
カウボーイ風の男ははっきりと日本語でそう言って近寄ってきた祐一を見やった。
「ロサレショ・シャシャガル・リシバソル・ボショヲジョマリ・ジャザヴァザ・クルジャリショ・ババカン・ガシャギン・ショダネシェ・ソダル!!」
今度は普段使うヌヴァラグの言葉でそう言い、カウボーイ風の男はその姿を変えた。蜂種怪人、ラニマ・ヴァ・ゴカパへと。
流石に何度も対峙してきただけあって祐一は驚いた顔一つせず、ただ腰の前で両手を交差させるのみ。そして、そのまま腕を胸の辺りまで上げ、左腕を引き、そして残る右手で十字を描く。
「変身ッ!!」
祐一の叫び声と共に彼の腰にベルトが浮かび上がる。ベルトの中央に埋め込まれている霊石が眩い光を放ち、その光の中、祐一の姿が戦士・カノンへと変わった。
「先生、行ってください!」
「気をつけろ、相沢君!!」
カノンがラニマ・ヴァ・ゴカパに向かって駆け出すのと同時に聖はランドクルーザーを発進させる。
だが、そんな事をしなくてもラニマ・ヴァ・ゴカパは車の方をどうこうしようと言う気はなかった。ラニマ・ヴァ・ゴカパの目的はただ一つ、カノンのみ。だから車が発進しようと止めるつもりなど一つもなかった。
「ナラ! シャモニリ・イガヲモ・バイサヂジャ!!」

<都内某所 17:23PM>
夕焼けの町を舞がとぼとぼ歩いている。
結局祐一から貰った電話番号に掛けることは出来なかった。たった一言だけ、自分は元気にやっているから心配しなくていいと、それだけ言えばよかったのにどうしても電話を掛けることが出来なかった。
そんな舞の後ろを同じようにとぼとぼと歩いている少女がいる。遠野美凪だ。
東京に戻った舞はすぐさま彼女に連絡を取り、これからどうするかを問うた。このまま残るもよし、また一緒に旅をするもよし。その判断を彼女に委ねたのだ。そして彼女が出した結論は再び舞と行動を共にすること。だから彼女はまた舞と一緒にいるのだ。
前を歩いていた舞が不意に足を止めた。そして空を見上げる。
「……舞さん?」
足を止めて空を見上げている舞に声を掛ける美凪。
「……いや、何でもない」
舞はそう言って苦笑した。
あの翼を持った少女達は幸せになったのだろうか。ふとそう言うことを考えてしまった自分を、らしくないなと思って苦笑してしまう。
「行こう」
舞がまた歩き出す。
黙って美凪がその後をついてくる。
二人の旅にまだ終わりはない。そして何処へ向かうのだろうかと言うことも、二人にすらわからなかった。

<海沿いの道路 17:42PM>
胸にはっきりと古代文字を焼き付けられたラニマ・ヴァ・ゴカパが倒れている。それだけではなくラニマ・ヴァ・ゴカパの身体は傷だらけだ。
そして、そんなラニマ・ヴァ・ゴカパを見下ろしている祐一も傷だらけだった。血まみれの右腕を手で押さえながら、じっとラニマ・ヴァ・ゴカパを見つめている。
「さ、流石だな、カノン」
苦しげにラニマ・ヴァ・ゴカパが言う。もう虫の息だ。残された時間はさほど長くはないだろう。
祐一は黙ってラニマ・ヴァ・ゴカパを見下ろしているだけだった。
「やっぱりお前は我々と同じだ……」
「何!?」
ラニマ・ヴァ・ゴカパの口から出た言葉に思わず反応してしまう祐一。
「フフフ……何を驚いてる……お前も我らヌヴァラグと同じだと言ったんだ」
「ち、違う! 俺は!!」
「何が違うんだ……お前、楽しそうだったぜ……戦っている時はよ……」
そう言ってニヤリと笑うラニマ・ヴァ・ゴカパ。
だが、祐一はラニマ・ヴァ・ゴカパから掛けられた言葉に戦慄を覚えていた。自分自身ではそう言うつもりは微塵もない。戦いを楽しんでなどいないはずだ。だが、戦った相手は楽しそうだったと言っている。それはすなわち、無意識下で戦いを楽しんでいると言うことなのか。
「お前も……同じだ……我々と……同じ……」
「ち、違うっ! 俺は! 俺は!!」
必死に言う祐一だがラニマ・ヴァ・ゴカパはもう聞いていなかった。この、最後の戦いに満足したかのように目を閉じる。
「先に……あの世で待ってるぜ……カノン」
それだけ言い残し、ラニマ・ヴァ・ゴカパの身体が爆発する。
爆風に吹っ飛ばされながらも何とか起きあがった祐一は未だ呆然とし続けていた。ラニマ・ヴァ・ゴカパの言ったことがそれだけ胸に深く突き刺さっているのだ。
初めて聖と出会った時に言われた「戦うだけの生物兵器」に、もしかしたらなりつつあるのかも知れない。それは彼のみならず、彼を知っている全ての人に対する最大の恐怖だ。
戦うだけの生物兵器とはあの未確認生命体とほぼ同じ。そうなってしまうかも知れない。いや、既になりつつあるのかも知れないのだ。自分で自分を抑えられなくなる日が来るのかも知れないと言うことが、祐一にはどうしても受け入れられなかった。
「俺は……俺は……人間だ……」
震える声で呟く祐一。
「俺は……お前らみたいな奴らとは違う……俺は……」
震えているのは声だけではなかった。いつの間にか身体中がガタガタ震えている。自分が未確認生命体と同じものになってしまうかも知れないと言う恐怖のために。その恐怖をどうしても殺せない。
だから、それを振り払うかのように彼は叫んだ。
「俺は……人間だ!!!!」

仮面ライダーカノン第4部「AIR編」完

Episode.56「回帰―Air―」Closed.
To be continued next Episode. by MaskedRiderKanon


次回予告
東京に舞い戻った浩平を待ち受ける異変。
空から舞い降りる新たな怪人は彼への刺客なのか?
瑞佳「何か……近くに感じるんだよ、浩平のこと」
国崎「とんでもねぇことになってきたな……」
突如行われる電波ジャック。
そこに映し出されるのは悪魔の影か、はたまた地獄の使者か。
祐一「……こいつらは……違う!?」
郁未「遂に動き出すのね……」
かつて倉田重工第7研究所を襲った悪夢が再び繰り返される。
しかも、今度は東京の街中で!!
次回、仮面ライダーカノン「蠢動」

仮面ライダーカノン第5部「教団編」開幕

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