<関東医大病院 18:47PM>
関東医大病院の駐車場にロードツイスターが入ってくる。
続けて一台の覆面パトカー、ブラックファントム、そしてごく普通のオフロードバイクが入ってきた。
それを待っていたかのように中から一人の女医が飛び出してきた。関東医大病院所属の医師にして警察の嘱託医でもある霧島聖である。
「早く患者を!」
彼女に付いてきた看護婦達にそう言い、車の中からぐったりとした女性を引っ張り出す。
その女性にオフロードバイクに乗っていた男が駆け寄ってきた。
「真奈美、しっかりしろ!!」
「早く運ぶんだ!」
ストレッチャーの上に女性を寝かせ、聖が叫ぶように指示する。そして女性の側にいる男を見た。
「君は?」
「俺は……こいつの……」
「……わかった。彼女は任せてくれ」
聖は男の目を見て、しっかりと頷いて見せた。そしてストレッチャーを病院の中へと運び込んでいく。
「大丈夫だよ、山田さん。あの先生、腕は超一流だ」
男の後ろからそう言って肩に手を置いたのはブラックファントムに乗っていた折原浩平だった。声をかけられた男、山田正輝はそんな浩平を振り返って頷いてみせる。
「ああ……」
そうは言うが、やはり心配そうなのは隠せない。
「名雪は何ともないのか?」
少し離れた場所で聖達の様子を見ていた相沢祐一はロードツイスターの後ろに乗せていた水瀬名雪を振り返って尋ねる。
「ん? わたしは大丈夫、何ともないよ」
そう言って名雪は微笑んで見せた。
「そうか……あの婆さん、名雪には何も出来なかったんだな」
「それは違うと思うよ。大婆様はわたしの身体を次の自分の身体にしようとしていたからね。だから何もしようとはしなかったんだよ」
納得顔で頷こうとした祐一にあっさりとそう言ってみせる名雪。
「精神支配以外はね」
「……とりあえずお前も診て貰った方がいいんじゃないか? 何かあってからじゃ遅いし……」
今度は心配そうな顔をして祐一が言う。
「それもそうだね……後でお願いしてみるよ」
そんな祐一に名雪は頷いて見せたのだった。
「……祐の字」
そこに近寄ってきたのは全身黒尽くめの男、警視庁未確認生命体対策本部の刑事、国崎往人だった。
「俺はあの廃工場に戻る。あれだけの爆発が起きたんだ、きっと今頃大騒ぎになっているだろうからな」
「……そうか。わかった。今日はありがとな、国崎さん」
祐一がそう言うと、国崎はポンと祐一の肩を叩いて笑みを見せた。
「彼女とよろしくな」
そう言ってニヤリと笑う国崎。
「お、おい!!」
顔を真っ赤にして祐一が何か言い返そうとするが、それよりも先に国崎はその場から離れていた。軽く手を振り、国崎は乗ってきた覆面パトカーに乗り込んでいく。
祐一はそんな国崎を憮然とした顔で見ていたが、近寄ってきた美坂香里に気付くと笑みを浮かべて見せた。
「よぉ、香里。今日はサンキュー」
「サンキューじゃないわよ、全く……」
香里はムッとしたような呆れたようなそんな顔をしながら祐一と名雪の二人の顔を見比べる。それから名雪の前に立つとそっとその肩を抱きしめた。
「良かった……本当に良かったわ……」
そう言った香里の目から涙がこぼれ落ちる。
「香里……」
「心配したんだから………本当に……」
祐一はそんな二人からそっと離れるとブラックファントムにもたれるように立っていた浩平の側に歩いていった。
「いいねぇ、女の友情って奴?」
浩平が香里と名雪の方を見ながらそう言い、近寄ってきた祐一をちらりと見やった。
「助かったよ、折原」
「ああ、構わないって。お前には借りがあったからな」
そう言ってひらひらと手を振ってみせる浩平。
「……ところでお前にあって欲しい人がいるんだが」
祐一がそう言いかけるのを手で制し、浩平はブラックファントムに跨った。
「悪いな。俺はこれでおさらばさせて貰う」
そう言い、すぐにヘルメットを被り、エンジンをかける。
「お、おい!」
「じゃ、あばよ!」
呼び止めようとする祐一の前で浩平はブラックファントムを走らせはじめた。あっと言う間にその後ろ姿が見えなくなってしまう。
「あの野郎……」
消えていく浩平の後ろ姿を見ながらぼそりと呟く祐一。と、不意にその身体から力が抜けていった。
「なっ!?」
驚きの声を上げ、祐一は自分の身体を支えきれずその場に崩れ落ちてしまう。
「祐一!!」
「相沢君っ!!」
名雪と香里が倒れた祐一に気付き、慌てて駆け寄ってくるのを祐一は薄れ行く意識の中、見ているしかなかった。

仮面ライダーカノン
Episode.49「贖罪」

<倉田重工第7研究所 19:32PM>
「随分遅かったわね」
PSKチーム専用トレーラー・Kトレーラーが駐車場に入ってくるのを見掛けるなり、そう言ったのはPSKシリーズ装備開発チーム主任の深山雪見であった。
「だいたい第29号を倒しに行ったのって朝でしょ? 今まで何してたのよ?」
「まぁまぁ、別にいいじゃない」
イライラしている雪見にやんわりとそう言ったのは川名みさきであった。手には食べかけのハンバーガーが握られている。
「何か事件でもあったんだよ、きっと」
「それならそれで連絡ぐらいよこしてもいいと思うけど?」
「えーっと、ほら、何か急な事件で連絡する暇もなかったとか?」
「あり得ないわ」
「ぶ〜、ゆきちゃんの意地悪」
自分の意見をあっさりと否定され、頬を膨らませるみさき。
そこにこの第7研究所の所長である倉田佐祐理が入ってきた。
「お疲れさまです」
「あ、お疲れさまです」
入ってきた佐祐理に先に気付いたみさきがそう言って頭を下げる。
「お疲れさまです、所長。まだいらしてたんですね?」
雪見も軽く会釈してそう言うと、佐祐理は苦笑のような笑みを浮かべて見せた。
「PSKチームの皆さんが心配だったので……」
「何か知っているんですか?」
「いえ、随分帰ってくるのが遅いので……」
「ただいま戻りました……」
また佐祐理が困ったような笑みを浮かべたところにPSKチームのリーダー、七瀬留美が入ってきた。随分疲れた表情を浮かべ、空いているイスにどかっと腰を下ろす。
「お疲れさまです、七瀬さん」
佐祐理がそう声をかけるが、留美は疲れ切っているのか返事もしない。
「ちょっと、どうしたのよ? 何があったの?」
雪見がそう尋ねるがやはり留美は返事をしない。
「ちょっと! 七瀬さん!!」
返事のしない留美にムッとしたのか声を荒げる雪見。その肩をみさきがトントンと叩き自分の方に注意を引き寄せる。
「何よ、みさき!?」
「留美ちゃん、寝ちゃってるよ」
みさきにそう言われて留美の方を振り返る雪見。そして彼女の言う通り、留美が座ったまま眠り込んでいるのを見て思わず唖然となる。
「な、何?」
「まぁ……昨夜から準備に追われてほとんど寝ていなかったでしょうから」
座ったままの留美を見ながら佐祐理が微笑みを浮かべる。
「川名さん、毛布か何か持ってきて貰えますか?」
「は〜い、了解しましたっ!!」
少しおどけたようにみさきがそう言って佐祐理に向かって敬礼してから、その部屋を出ていった。
「深山さん、Kトレーラーの方を。きっと斉藤さんと北川さんが中にいると思いますから、起こさないようにPSK−03を回収してきてください」
「起こさないようにって……無茶言いますね、所長」
苦笑を浮かべてみせる雪見。だが、それ以上は何も言わずに部屋から出ていった。
一人残った佐祐理はそっと上着のポケットの中から自分の携帯電話を取りだし、先程届けられたメールをもう一度呼び出した。
それはPSK−03装着員・北川潤からのメールで短く「任務完了」とのみ書かれている。その文面を見て、佐祐理はもう一度微笑むのだった。

<都内某所・薄汚れた洋館 21:21PM>
薄暗い洋館の中のある一室、そこに数人の女性が集まっている。
それぞれ手に燭台を持ち、その上のロウソクについた灯だけがその部屋の中を照らし出す唯一の光であった。
その部屋のドアが開き、また一人の女性が中に入ってきた。他の女性と同じく手には燭台を持っている。
「ギャッショ・ギシャガ・ロノガッシャマ」
最後に入ってきた女性を見、ある女性が責めるように言う。
「リリヴァゲジェ・ソガヲザ・レシェギシャガ?」
そう言ったのはまた別の女性だ。少し馬鹿にしたような視線を新たに入ってきた女性に送っている。
「リリヴァゲマ・ジョビシュギュ・ルマリ」
最後に入ってきた女性はそう言って一同を見回した。
「ギャシュダザ・スモルマ・ジャゲジャ」
「イツヲモ・スモルナン・シャマミ・ラゼシェ・ギョグリル」
そう言ってまた別の女性が薄く笑みを浮かべる。
最後に入ってきた女性が薄い笑みを浮かべた女性を睨み付けた。
「フフ……ゴヴァリゴヴァリ」
薄い笑みを浮かべた女性がそう言って肩を竦める。自分を睨み付けている女性の視線など少しも怖くないと言わんばかりに戯けたように。
「…………ノドノド・バイセギョルガ」
薄暗がりの向こう側からそんな声が聞こえてきた。それは全てを威圧し、ひれ伏せさせるような低い声。だが、その場にいる女性達にはそれは全く通じてはいなかった。
「ギガネシェ・ソダロル・ターダ・マエゼースモ・ヌヌシズ・ラリザ・ゴゴサジェ・ログデシェ・リヅモガン?」
その声に応じるように一人の女性が一歩前に出た。それは一番最後のこの部屋に入ってきた女性。手に持った燭台のロウソクの炎にその女性の姿が浮かび上がった。
美しいドレス姿の女性はじっと薄暗がりの向こう側にいる何者かを見つめている。
「”カパ”ジャゲゼ・マグ”バル”ソ・スモルジャガ・ダザ」
「…………」
薄暗がりの向こう側にいる者は美しいドレス姿の女性の言うことを聞いても身動き一つせず、じっと美しいドレス姿の女性を見ているようだった。
「……ラモゴショバ・リヴァマグシェ・リリモガリ?」
「ラモゴショ?」
横から声をかけてきた女性の方を美しいドレス姿の女性は振り返る。
声をかけた女性はニヤリと笑みを浮かべ、口を開いた。
「カノンモゴショナ」
そう言った女性は一歩前に出て美しいドレス姿の女性の隣に並ぶと、薄暗がりの向こう側にいる者に向かって恭しく頭を下げる。
「リサミカノン・ジャゲジェマグ・アインサジェ・ブッガシュニ・シェリヅゴ・ションガグヌ・シュソヂガ・ターダ?」
ちらりと美しいドレス姿の女性をちらりと見ながらその女性が問いかけるように言う。
「ガグヌシュソヂ・マジョマリ・リルビシュギョル・ザマリショ・バヲジャヲニ・シャサジェジャ」
表情一つ変えずに言い返す美しいドレス姿の女性。
「リルビシュギョル・ザマリショ・バヲジャヲニ・シャジャショ?」
ムッとしたように表情を歪める女性。
「ターダ! ギナサミ・ノモギョルマ・ゲヲヂマジョ!!」
その女性が激昂したように言うのを美しいドレス姿の女性は冷ややかな目で見ていた。
「………ギョリ……」
薄暗がりの向こう側からそんな声が聞こえてきた。
その声に二人の女性はすかさず頭を下げる。
「ゴモゲヲミ・シュリシェバ・ブソヲショ・ヌヅ」
「ノヲマ!」
薄暗がりの向こう側にいる者の言葉に異を唱えようとする女性だが、薄暗がりの向こう側から発せられる圧倒的な負の気に押され、黙り込んでしまう。
「ターダ……ゴヲガリバ・ギュヅヌ・ジャザ……シュジバ・マリショ・ロソレ」
「……ヴァガッシェ・ロヂサヌ……」
美しいドレス姿の女性は自分に向けられた物凄い殺気にたじろぎながらも、それをおくびにも出さずそう言うと一礼して見せた。
「……ゼースソ・ゴデリコル・ログデル・ギョルマダ・ターダ・ギシミ・ネギミヲン・ショッシェ・ソダル・リリマ?」
「……ヴァ……ヴァガヂ・サニシャ……」
それは美しいドレス姿の女性に戦慄を与えていた。その表情に珍しく焦りのようなものが浮かんだことからそれがわかる。
その様子を他の女性達は冷ややかな笑みを浮かべて見つめていた。誰も美しいドレス姿の女性に同情などしていない。それよりも早く消えろと言わんばかりの視線を投げかけている。
その視線に晒されながら美しいドレス姿の女性は一体どうするべきかを考えていた。
「ギョルバ・ゴデサジェザ」
薄暗がりの向こう側にいる者がそう言うと、その部屋にいた女性達が一斉に手に持った燭台のロウソクの炎を吹き消した。一瞬にして闇に包まれる室内。
その闇に包まれた室内でただ一人、美しいドレス姿の女性だけがじっとその場から動かないでいた。

<??? ??:??>
暗がりの中、祐一は必死に走り続けていた。
ここが一体何処なのか、何故走っているのか、全くわからない。だが走らなければならない気がしていた。
しばらく走り続けていると、前方に人の姿が見えてきた。
「あれは……!」
見えてきた人影は他でもない名雪であった。
ついこの間、助け出したばかりの名雪。見間違えるはずがない。
「名雪ッ!!」
大きい声で呼んでみると、彼女が振り返った。彼女とは信じられない程に悲しげな表情を浮かべ、目には大粒の涙を溜めている。そして彼女は自分の名を呼んだのが祐一だと言うことに気付くと、手で口元を覆い、その目元に溜めていた涙を一筋零した。
「……名雪!?」
「……ゴメン……なさいッ!!」
いきなり名雪はそう言うと祐一から逃げるように走り出した。
「な、名雪っ!! 待てよっ!!」
祐一が手を伸ばし名雪を捕まえようとするが、その手をすり抜けるように名雪の身体が離れていく。そしてそのまま彼女は闇の中を滑るように彼から離れていってしまった。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
泣きながら、それでも彼をじっと見つめながら彼女はどんどん離れていく。
「何でだよ! 何で謝るんだよ、名雪!?」
そう叫んで名雪を追いかける祐一。だが、全く追いつかないどころか彼女はどんどん遠ざかっていく。
「名雪っ!!」
必死に名雪の名を呼び、彼女に向かって手を伸ばすがその手は届くことはない。
「ごめんなさい……わたしは……」
物凄く悲しげな目を祐一に向け、名雪が口を開く。
「折角好きだって言ってくれたけど……ゴメン……祐一……」
そう言った名雪が目を伏せる。
「な……何を……」
驚いたような顔をして祐一は名雪を見た。
と、その時だった。
名雪の背後の闇が急に鋭い爪を持った手の形を成し、名雪に襲いかかったのは。
「名雪っ!!」
祐一が叫ぶがもうどうしようもなかった。
闇色の手は名雪の身体を掴むとそのまま闇の中へと消えていく。
「名雪〜〜っ!!!」
絶叫する祐一。
「祐一………ごめんなさい……」
最後に聞こえてきたのは名雪のそんな声であった。

<関東医大病院 10:32AM>
「うわぁぁぁぁぁぁっ!!」
大きい声を上げて飛び起きる祐一。
「ハァハァハァ……」
荒い息をしながら、祐一は額の汗を手で拭っていた。
「ど、どうしたの、祐一?」
「大丈夫、相沢君?」
ベッドのサイド両側から名雪と香里が心配そうな顔をして彼の顔を覗き込んでいる。
祐一は顔を上げ、そこに名雪がいるのを確認するとすかさず彼女を抱き寄せた。
「え!?」
いきなり抱き寄せられた名雪が驚いたような声を上げるが祐一はそれに構わずギュッと更に力を込めて彼女を抱きしめている。まるで離さない、何処にも行かせないと言うかのように。
「ちょ……痛いよ、祐一〜」
名雪が少し苦しそうにそう言ったので、はっとなった祐一はそこでようやく腕の力を緩めた。それからゆっくりと彼女の身体を解放していく。
「わ、悪い……」
祐一は顔を背けながら小さい声でそう言った。
「……全く朝っぱらからお熱い事ね」
半眼になって香里が呟くようでいて、はっきり二人に聞こえるように言う。
それを聞いて真っ赤になる祐一と名雪。
「い、いや、そう言う訳じゃ……」
「はいはい、御邪魔虫は退散しますからどうぞごゆっくり」
何か言いかけた祐一に対し、香里は素っ気なくそう言ってそのままその病室から出ていこうとする。
「わ〜、待って、香里!」
「ま、待て、香里!!」
二人が同時に声を上げ、出ていこうとする香里を呼び止めた。その声に立ち止まった香里が振り返り、またしても半眼になって二人を見た。
「……やっぱり仲いいじゃない。わたしは御邪魔虫みたいだから……」
「誰もそんな事言ってないだろ!」
慌てたように祐一が言い、その横で名雪が大きく頷いていた。
「……冗談よ」
「冗談に見えなかったよ、香里……」
改めてイスに座り直した香里に向かってそう言い、頬を膨らませる名雪。
「まぁまぁ、別にいいじゃない。ところで相沢君、何をうなされていたの?」
名雪から祐一へと視線を移し、香里が尋ねると、祐一は香里ではなくちらりと名雪の方を見て、そして視線を下に向けた。
「どうしたの、祐一?」
一瞬自分に向けられた視線に気付いた名雪が尋ねるが祐一は何も答えようとはしない。
「……言いたくないって事?」
「ああ」
少しムッとしたように香里が言うと、祐一は彼女の方を向いて小さく頷いた。
「……あのね、相沢君。あなたは知らないでしょうけど、私も名雪もずっと相沢君のことが心配で付きっきりでいたのよ?」
「祐一、急に倒れちゃったから心配したんだよ。それに二日間もずっと寝たままだったし……もう起きないのかと……」
そう言った名雪は本気で心配していたのだろう、その目が潤んでいる。
二人が本気で心配してくれていたことを知り、祐一は俯いてしまっていた。この二人も決して疲れていないはずがない。一日中名雪を捜し回ってくれた香里、そして水瀬一族の長老格の老婆に殺されかかっていた名雪。その二人が、いきなり倒れた自分を心配して、しかも二日もずっと付きっきりでいてくれたのだ。
「……済まない……」
「謝って貰う必要はないわ」
ぴしゃりと言いきる香里。
「あの時相沢君が使ったあの力……あれを使うと物凄く体力を消耗するんでしょ?」
「何でそれを?」
驚いたように香里を見る祐一。
「聖先生が言ってたのよ。倒れた相沢君を診て貰ったから。それに……」
そう言って香里は視線を名雪に送る。
「水瀬に伝わる力は結構体力を消耗するんだよ、祐一。わたしがよく寝るのもその所為……」
「……名雪がよく寝るのは元々だと思うけど?」
「あ〜、酷いよ、香里〜」
二人のそんなやりとりを見て、祐一は笑みを浮かべた。
「相変わらずなんだな、お前らって」
祐一がそう呟いたので、二人が彼の方を見た。
「実際起きている名雪と喋るのって5年ぶりぐらいだろ? それなのに昔と全く変わらない……」
「そうかなぁ?」
祐一の言葉に首を傾げる名雪。
「あなた達には負けるわよ。その息の合わし様、マネしようったって無理だわ」
そう言って香里は笑みを浮かべた。
「で、そろそろうなされていた訳、教えてくれる気になった?」
「………何でもない、ただの夢だ。だが……」
そこまで言って祐一は名雪の方を見る。真剣な眼差しを向けられ、少し戸惑ったような表情を浮かべる名雪。
「な、何かな、祐一?」
「……名雪……」
祐一は一旦言葉を切り、改めて名雪の顔をじっと見た。
見つめられている名雪は視線を外さないものの、顔は真っ赤になっている。その場に親友である香里がいるからより一層恥ずかしいのかも知れない。
「あの時俺が言ったことは本気だ。それを……忘れないでくれ」
「あ、あの時って……」
「………あの”世界で一番好きだ”って奴?」
そう言ったのはやっぱり半眼になった香里だった。
横からそう言われて名雪も祐一も真っ赤になる。
「何かと思えば………あ〜あ、やっぱり私、御邪魔虫じゃない」
そう言って呆れたように肩を竦める香里。
「……い、いや、そうじゃないっ!」
香里の方を振り返り、祐一が慌てたように言う。
「そうじゃないってどう違うのよ?」
「だから、そう言う意味じゃなくってだな……お前何か勘違いしてるぞ!」
「勘違いって何よ?」
「だからだな……」
香里に半眼で睨み付けられ、祐一は言葉を失いかけている。
そんな二人を見ながら名雪は少し寂しげな表情を浮かべていた。
ハッとそれに気付く香里。
「ちょっと名雪、勘違いしないでよ。相沢君が好きなのは名雪、あなたなの。私は別にどう言う感情も彼に持ってないからね」
「え……?」
名雪は香里の言葉に意外そうな顔を見せて答えた。どうやら香里の予想に反して別のことを考えていたようだ。
「あ……ううん、祐一のことはよく解ってるよ。祐一、あの時の言葉、信じていいんだよね?」
「……当たり前だ!」
名雪が祐一の顔を覗き込んでそう言ったので、祐一は自信たっぷりに答え、右手の親指を立ててみせた。
「……ありがとう、祐一……嬉しいよ」
そう言って微笑む名雪。
だが、その微笑みに何処か哀しげなものが漂っていることを香里も祐一も気付いていた。

<警視庁未確認生命体対策本部 11:21AM
「ふわ〜ああ……」
大きく口を開けて欠伸をしたのは警視庁未確認生命体対策本部所属の刑事・国崎往人であった。
その彼の後頭部を誰かが手に持った資料の束で思い切り叩く。
「うおっ!」
叩かれた後頭部を押さえて国崎が振り返るとそこにはいかにも怒ってます、と言う顔をした神尾晴子が立っていた。
「よ、よぉ、晴子さん……」
「居候! 気ィぬきすぎや!!」
晴子は思いきり彼を怒鳴りつけると、もう一度資料の束で彼の頭を殴りつける。
「痛いなぁ……何度もそうぽんぽん叩かないでくれ」
抗議めいた視線を晴子に送る国崎だが、晴子はあえてそれを無視して、自分の席に座った。
「だいたい何やっとったんや? 第29号殲滅の後から急におらんようなって……」
「それなら住井から聞いただろ。人捜しの手伝いだよ」
「……あげくどっかの廃工場で爆発騒ぎは起こすし……」
「あれは……だなぁ……その……何て言うか……別の未確認というか、そう言った奴がだな」
「言い訳無用!! さっさと報告書上げぇっ!!」
ビシッと晴子がそう言い、国崎は仕方なく机の上の書きかけの書類に目をやった。

<関東医大病院 13:19PM>
イスに座ったまま香里はうつらうつらしていた。
流石に疲れがでたのであろう、半分以上眠りかけている香里を見て、微笑む名雪。彼女が風邪など引かないように大きめのタオルをかけてやり、それからベッドの上の祐一を振り返る。
彼もまた眠りに落ちていた。虚無の力は彼の体力を壮絶な程奪ってしまう。それをあの日は朝から2度も使用しているのだ。祐一は2日程眠り続けていたが、それでもまだ足りないらしく、今も眠っている。
「祐一……ゴメンね」
名雪はそう呟くとそっと眠っている祐一の頬に自分の唇を押し当てた。唇を離すと彼女は泣きそうな目で祐一を見、それから音をたてないように部屋から出ていく。そう、誰にも気付かれないように。
祐一の病室から出た名雪はその足で階段を上がり、屋上へと出た。屋上の何もない場所に来ると彼女は両手を広げて目を閉じた。そして全ての感覚を外へと向けて解放する。
「………いた」
しばらくの間そうしていた名雪は何かを感じ取り、目を開いた。その表情には何か固く決意しているものがある。
「……行ってくるよ、祐一……」
そう呟き、名雪はさっと上着に手をかけた。着ている上着を脱ぎ捨てると、そこには水瀬一族の正装である巫女服のような衣装に身を包んだ名雪の姿が現れる。
「……許しては貰えないと思うけど……これが私の贖罪だよ」
名雪はそう呟くと、遙か彼方を見据えて一度目を閉じた。次にその目を開くと、彼女の目が金色の光を帯びており、そして瞬時に彼女の姿がその場からかき消える。
後に残されたのは、彼女が脱ぎ捨てた上着だけ。
その真上の空では……何やら不気味な黒い雲が漂っていた……。

<倉田重工第7研究所 13:45PM>
倉田重工第7研究所内にある屋内実験場。
その中央にPSK−03の姿があった。
『北川君、準備はいい?』
無線を通じて別室にいる留美の声が届けられる。
「いつでも構いません」
PSK−03装着員・北川潤が答えると、実験場の中に数台のピッチングマシンが姿を現した。そのピッチングマシンに装填されているのは野球のボールなどではない。直撃を受ければ重傷を負うこと間違い無しの鋼鉄球である。
『いい、いくらPSK−03の各ユニットを装着していても直撃を受けたらその衝撃は殺せないわ。その点、注意してよ』
「了解です」
『それじゃ始めるわ』
留美の声がそう言い、一斉にピッチングマシンが動き始めた。次々と鋼鉄球が射出される。しかもそのタイミングはどれも微妙にずれている。完全にコンピュータにより制御され、計算され尽くしているのだ。
PSK−03は自分に向かって飛んでくる鋼鉄球を右に左に、時には床を転がってかわすと腰のホルスターからブレイバーショットに変わる新装備・ガンセイバーを取り出す。そして素早く銃身の横側についている9つのキーにあるコードを打ち込んだ。
『ガンセイバー、シュートモード起動!』
PSKチームオペレーターの斉藤の声が無線を通じて聞こえてくる。
それに構わず潤はマスク内のモニターに映るターゲットクロスに鋼鉄球を発射するピッチングマシンを捉え、すかさず引き金を引いた。ガンセイバーから発射された強化型特殊弾がピッチングマシンに命中、そのピッチングマシンが沈黙する。そこに後ろからまた鋼鉄球が飛んでくるが、それを床を転がってかわすと再びガンセイバーをピッチングマシンに向けて引き金を引く。それを次々と繰り返し、ピッチングマシンの大半が沈黙した。
『凄い……今までの最短タイムですよ』
『レベル2に移行するわよ』
感心したような斉藤の声に冷静な留美の声が被せられる。
「お願いします」
ガンセイバーを構えたまま、PSK−03がそう言うと再びピッチングマシンが稼働し始めた。また鋼鉄球がPSK−03めがけて発射される。今度は先程よりもその間隔は短く、速度も速い。
飛んでくる鋼鉄球をかわしながらPSK−03はガンセイバーにまた別のコードを打ち込む。するとガンセイバーの銃身が起きあがり、一本の棒状になった。引き金を引くと銃身の下に折り畳まれていたブレードが起きあがり、そのブレード部分が白く発光する。
『ガンセイバー、セイバーモード起動』
斉藤がそう言うのを聞きながら、自分に向かって飛んでくる鋼鉄球をガンセイバーで真っ二つにする。次から次へと飛んでくる鋼鉄球をガンセイバーで両断しながらPSK−03はピッチングマシンへと接近していく。そしてピッチングマシンに向かってガンセイバーで一撃を加える。同じ事を数度繰り返し、全てのピッチングマシンが沈黙すると実験場内のライトが全てつけられた。
『お疲れさま、北川君。今日はこのくらいにしておきましょう』
留美がそう言ったので潤はPSK−03のマスクに手をかけ、脱ぎ去った。マスクの下から出てきた潤の素顔は汗びっしょりである。
「ふ〜〜っ………」
大きく息を吐いて首を左右に振る。
その様子を別室で留美は頼もしげに見つめていた。
「七瀬さん、凄いですよ! 反応速度が前よりも0,25%上がっています! 他の数値も今までよりも確実に上がってます!!」
今の実験場で行った訓練のデータが表示されているモニターを見ていた斉藤が興奮気味にそう言う。
だが、そんな斉藤に反して留美は少々不服そうな顔をしていた。
「………おかしいわね」
「どうしたんですか?」
余り喜んでいない留美を見た斉藤が訪ねる。
「私の計算だと0,3%は反応速度が向上するはずなのよ」
「でも……それくらいは誤差の範囲内じゃ?」
「……かも知れない。でも、その誤差が何時か彼を死に至らしめるかも知れないのよ?」
留美はそう言って斉藤を見た。その目は真剣そのものだった。その迫力に気圧され、言葉を無くす斉藤。
「北川君は死なせないわ。だからこそ、バックアップの私達がしっかりしないといけないのよ」
「………わかりました」
「すぐにPSK−03を回収、各部の総チェックを開始するわ」
「了解しました!!」
そう言ってすぐに斉藤が部屋から出ていく。
その後ろ姿を見送った後、留美は先程彼が見ていたモニターに目をやった。確かに彼の言った通り反応速度やその他の数値も確実に向上している。だが、それは留美の想像していたものよりもどれも低い数値であった。今までの未確認生命体との死闘の末に得たデータを元にAIだけでなく各パーツにも改良を加えてみたと言うのに。
「これが……PSK−03の限界だとでも言うの……?」
悔しげにそう呟く留美。
その彼女の視線の先では斉藤がPSK−03の各パーツを潤から回収している最中であった。その周囲に薄く何やら不気味な黒いもやのようなものがかかっていたのだが、彼女はそれに気付くことはなかった。

<関東医大病院 14:04PM>
病院の階段を祐一が駆け上っていく。
反対側、上の方からは香里が駆け下りて来、二人は踊り場でぶつかりそうになる。
「ど、どうだった?」
息を切らせながら香里が尋ねるが祐一は困ったような不安そうな顔をして首を左右に振るだけだった。
「上にはいなかったわ……後は……」
「……屋上は見たか?」
「まだよ……行ってみる?」
「当然!」
再び走り出す二人。
途中、近くを通りかかった聖が二人を見とがめ、顔をしかめて声をかけてきた。
「病院内は走るものじゃないぞ、二人とも」
「あ、聖先生!」
足を止めたのは香里だけで祐一はそのまま階段を駆け上っていく。
「一体どうしたんだ?」
階段を駆け上がっていった祐一の後ろ姿を見ながら聖がそう言うと、彼女の側まで来た香里が何があったかを話し始めた。
「名雪が……名雪がいなくなったんです! 私と相沢君が眠っている間に……」
「いなくなった……? 院内は捜したのか?」
「屋上以外は。今、相沢君が屋上に……」
「……わかった。屋上に行ってみよう」
聖はそう言うと香里と共に屋上へと向かう。自分で走るなと言っておきながらも聖の足はほとんど走るのと変わらない速さで、香里は追いかけるのに必死だ。
二人が屋上に辿り着くと、そこでは祐一がぽつんと膝をついていた。
「……相沢君?」
香里が祐一の背に声をかけると、祐一が泣きそうな顔をして振り返る。その彼の手には名雪が着ていた上着が握られていた。
「これは……?」
聖が尋ねると香里が小さく頷いた。
「名雪のものです……あの子、ここに来てたんだわ……」
そう言って周囲を見回すが屋上には彼女たち以外に誰の姿も見当たらなかった。
「……もういない……あいつ、また消えちまった……!!」
吐き捨てるように祐一が言う。
やっと取り戻した彼女を再び失った、それは彼にしてみると手ですくった水が指の間からこぼれ落ちていってしまったようなもの。その悔しさはいかばかりなものか。
香里も聖も何も言えずに彼を見ているしかない。
「……しかし、一体どうして彼女が……?」
しばらくしてから聖がそう呟いた。それはその場にいる誰もが考えていることであり、同時に答えが出せないことでもあった。
名雪がいなくなった理由、それは名雪にしかわからないことである。3人はそう考えていた。
「……あの子なりに考えてのことでしょう」
不意に聞こえてきた声に振り返る3人。そこには風に髪をなびかせた一人の女性が立っている。水瀬秋子。名雪の実母である。
「……秋子さん……?」
突然現れた秋子に祐一は驚きの表情を隠そうともしなかった。そしてすがるような目で彼女を見上げる。
「秋子さん……名雪が……」
「知ってます……こうなると思っていました」
秋子のその一言に再び皆が驚きの表情を浮かべた。
「あの子は……名雪はあれでいて責任感の強い子です。今までの……大婆様に操られていた頃にしたことに対して自分なりに決着をつけに行ったのでしょう」
「決着……?」
冷静に告げる秋子に疑問をぶつけたのは香里であった。首を傾げながら尋ねるが秋子はその問いに対しては首を左右に振るだけだった。
「それがどう言うものかはわかりません。ですが……きっと相当のことをしてくるつもりでしょう」
「そんな……何で……何で名雪がそんな事を!?」
そう言ったのは祐一である。酷く狼狽した様子で秋子に詰め寄らんばかりの勢いである。
そんな祐一を見やった秋子は、何も言わずいきなり祐一の頬を張り飛ばした。
秋子の行為に驚いたのは頬を張り飛ばされた祐一だけでなく、見ているだけだった香里や聖も同様だった。特に香里は普段の秋子を知っているだけにその驚きは一層のものである。あの穏やかな秋子が息子のように扱っている祐一を張り飛ばすとは。
「落ち着きなさい、祐一さん」
ぴしゃりと言う秋子に祐一ははっとしたように彼女の顔を見た。
「名雪がああ言うことを考えたのは祐一さん、あなたの所為でもあるんですよ」
「俺の……所為?」
戸惑う祐一に秋子はしっかりと頷いてみせる。
「祐一さんが名雪に告白したと言うことは聞きました。それであの子はこう思ったのでしょう。今の自分は人々を未確認生命体の手から守る祐一さんには釣り合わない、それどころかそんなあなたに敵対してしまった。だからこそ、その罪を償わなければならない……」
「贖罪……か」
そう言ったのは聖だ。
「君に何も言わずに姿を消したのは……止められると思ったからだろうな」
「当たり前だ!! 何をする気かはわからないが……名雪は何も悪くないんだ! 罪を償うなんて……」
「そう、それだ。君はおそらく彼女を無条件に許すだろう。それでは彼女の気が治まらない。一生、彼女は君に対して悪い、と言う思いを抱き続けることになる」
極めて冷静に聖が言う。
「……相沢君がよくても名雪的にはよくないって事ね。たとえ相沢君がずっと名雪と一緒にいたいと思っても名雪があなたに対して罪悪感を持っている以上、何時かは破局が訪れるわ。だから……」
香里がそう言って祐一を見る。
「名雪の好きにさせてあげて、相沢君」
香里の顔を見返して祐一はしっかりと頷いた。
「ああ……だけど……」
そう言いながら祐一は秋子の顔を見やる。
祐一が何を言いたいのか悟った秋子が大きく頷いた。そして彼に向かって頭を下げる。
「名雪を……お願いします、祐一さん」
「わかりました……でも……」
急に祐一の顔が曇った。
「名雪が何処にいるかなんて……俺には見当も……」
その言葉に香里も聖もはっとなる。
名雪がいなくなった理由、それがわかったとしても名雪が何処に行き、何をしようとしているのかはまだ何もわかっていないのだ。この東京の何処に名雪が消えたのか、それを探すのは砂浜の中で米粒を捜すに等しい。
「……大丈夫ですよ、祐一さんなら」
そんな祐一達の不安を吹き飛ばすように秋子はそう言って微笑んだ。
「祐一さん、あなたも私達と同じ水瀬の一族なんですから」
そう言った秋子の身体を黒いもやのようなものが取り巻いているのだが、祐一達はそれに気付くことはなかった。

<都内某所 14:15PM>
公道の上を黒いオンロードマシンが軽快に走っていた。
乗っているのは黒いライダースーツに身を包んだ若い男。勿論、折原浩平である。乗っているバイクも勿論ブラックファントム。
「何て言うかいい天気だねぇ……」
頭上に広がる青空をちらりと見上げ、浩平が呟いた。
彼本来の敵である”教団”という組織の情報を求めて宛てもなくブラックファントムを走らせているのだが、相手は”聖戦”と呼ばれる謎の計画を企てている謎の組織である。そうそう尻尾を掴ませない。
「あのお嬢さん達が来てくれたら面白いんだがなぁ」
走りながらまた呟く。
彼の言うお嬢さん達というのはかつて彼につきまとい、不意に姿を消した”名倉由依”、倉田重工第7研究所に対する教団の襲撃計画を教えた”巳間晴香”の二人のことである。この二人は共に教団に所属していると言っていたのだ。一体何の目的で二人が浩平に近付いたのかは未だに彼自身知りはしないのだが。
「ま、そう都合よくいくはずがないか」
そう呟き、更にアクセルを回そうとした時だった。
遙か頭上を舞う黒い影が視界に入ってきたのは。
「あれは……」
目を細めて黒い影を見やる浩平。その姿には何となく見覚えがあった。つい最近、カノンこと祐一と共に戦った相手。未確認生命体、リズヅ・シィバルだ。
リズヅ・シィバルは何処へと向かっているのか、かなりのスピードで飛んでいる。
「……ちょっとは面白いことになりそうだな」
ニヤリと笑い、浩平はアクセルを回した。
このまま何処にいるかわからない教団の連中を捜すよりも未確認生命体の居所を見つけて叩き潰す方が面白いに違いない。それにまだあいつには借りが残っている。そう思った浩平は飛んでいくリズヅ・シィバルを追ってブラックファントムを走らせるのであった。
その彼を何やら不気味な黒いもやのようなものが取り巻いていたのだが、彼自身それに気付いてはいなかった。

<都内某所・蔦に覆われた洋館 14:56PM>
バサバサバサと翼をはためかせつつ、空からリズヅ・シィバルが降下してくる。
蔦に覆われた洋館の中庭で一人の美しいドレス姿の女性がその様子を見つめていた。その瞳に感情はない。無感情に降下してきたリズヅ・シィバルを見ているだけだった。
「ギャシュバ・ゴドニシェ・ギシャガ?」
中庭に降り立ち、翼を畳んでから立ち上がったリズヅ・シィバルに向かって声をかける美しいドレス姿の女性。
「カサガ・バリッシャ」
リズヅ・シィバルは少し罰が悪そうに言った。
「カサガ?」
疑いの視線をリズヅ・シィバルに向ける美しいドレス姿の女性。
「カノンショ・アインジャ」
「カノンショ・アインジャショ? サシャ・ギャシュダガ!?」
忌々しげに、吐き捨てるように美しいドレスの女性が言う。そしてくるりとリズヅ・シィバルに背を向けるとそのまま洋館の中へ入っていった。
リズヅ・シィバルはその本来の姿から人間の姿へと変身してから美しいドレス姿の女性の後を追って洋館の中へと入っていく。
「ターダ・ガダヌモ・ゴショバ・ヌシェシェロゲ・ノデギョヂ・ゼースン・ヌヌセヅ・ブルザ・ネヲゲシュジャ」
リズヅ・シィバルが先を歩く美しいドレス姿の女性に向かって言うが、女性は足を止めようとはしなかった。
「ターダ・ギリシェ・リヅモガ?」
少しきつめにリズヅ・シィバルが言うと、美しいドレス姿の女性は足を止めて振り返った。鋭い目つきでリズヅ・シィバルを睨み付ける。
「ギナサバ・ガダヌモ・ニサシュン・ギュルネヲニド! ノデザ・ロヴァヅサジェ・ゼースミナ・ヲガナネヲ!」
「ヴァ……ヴァガッシャ……」
美しいドレス姿の女性に睨み付けられ、鋭い口調で言われたリズヅ・シィバルはおどおどしながらそう答えると再び中庭に戻り、また元の姿に戻った。それから慌ただしく翼を広げて空へと舞い上がっていく。
その様子を忌々しそうに見ていた女性だが、すぐに中庭に背を向け、また歩き出した。
廊下の奥のドアを開け、中に入ろうとしてその女性は身体を硬直させる。この洋館の中には自分以外に誰もいないはずだった。にもかかわらず、その部屋の中に人の気配を感じたのだ。
この場所はリズヅ・シィバル以外には誰にも教えていない。この場所は一人になる為に用意した孤独の城なのだ。リズヅ・シィバルは子飼いの部下であり伝令役でもあるので教えてあるだけで、他には一切この場所を伝えていない。一体誰がいるというのか?
ゆっくりとドアを開けると、そこには一人の女性の姿があった。巫女のような服を着てじっとドアが開くのを待っている。
「……誰だ?」
ドアを開ききり、美しいドレス姿の女性が尋ねた。
「……わたしだよ。一度会っているはずだよ、あなたとは」
中にいる女性、名雪がそう答え、美しいドレス姿の女性を睨み付ける。
「……水瀬の……者か?」
美しいドレス姿の女性の問いに名雪は頷くことで肯定した。そしてすっと手を美しいドレス姿の女性に向けて伸ばす。それと同時に彼女の目が金の光を帯びていく。
「……何故私と戦う? お前達に手は出さぬと約したはずだ」
「これが……わたしの贖罪だよ」
そう言った名雪の表情には何か切羽詰まったような迫力があった。そこにいつもののほほんとした名雪はいない。伸ばした手の先に見えない力が集まり、衝撃波を生み出した。その衝撃波が一直線に美しいドレス姿の女性に向かっていく。
美しいドレス姿の女性は自分に向かってくる衝撃波に悠然と身を晒している。まるでかわす必要など無いと言わんばかりに。
「……フ」
口元だけを歪め、美しいドレス姿の女性が笑う。そしてゆっくりと手を挙げ、名雪が放った衝撃波をあっさりと受け止めてしまった。女性の手の中で拡散し消えていく衝撃波。
「……!!」
一瞬驚きの表情を浮かべる名雪だが、すぐにその表情を消し、第2,第3の衝撃波を生み出しては美しいドレス姿の女性に向けて放っていく。
「無駄だ」
短くそう言い、美しいドレス姿の女性は名雪が新たに生み出した衝撃波を挙げたままの手で受け止めて見せた。次から次へと放たれる衝撃波を全て片手だけで受け止めて見せ、美しいドレス姿の女性は悠然と名雪に向かって歩き出した。
「我らに敵対すると言うのならば良かろう、我が手で殺してやる」
美しいドレス姿の女性がそう言う。声だけは大人しいが、その表情は怒りに彩られていた。そしてその全身からは物凄い殺気が立ち上っている。
その殺気に射すくめられたのかのように名雪は動けなくなっていた。彼女の頬を冷や汗が伝い、落ちる。
「死ぬがいい、水瀬の者よ」
そう言った美しいドレス姿の女性が、その本当の姿を現した。薔薇のような姿をした未確認生命体・ターダ・コチナ。
ターダ・コチナに右手に薔薇の蔓が伸び、それが鞭のような形になる。その鞭をうち鳴らし、名雪に迫っていく。
名雪は身動き一つ取れないまま、自分に向かってくるターダ・コチナを見ていることしか出来なかった。

<警視庁未確認生命体対策本部 15:04PM>
「未確認生命体の目撃情報が入りました!!」
未確認生命体対策本部が使用している会議室にそう言って一人の制服警官が飛び込んできた。
「何っ!?」
「場所は!?」
一気に会議室内が騒然となる。
制服警官の報告を受けて会議室内にいた全ての刑事達が一斉に動き出した。勿論、その中には国崎の姿もある。
「やっと報告書書き終わったと思ったらまたかよ……」
「ぼやくな、居候。これが仕事っちゅーもんや」
彼の隣を歩いていた晴子がそう言う。
「仕事ね、仕事……N県にいた頃とは大違いだ」
そう言ってエレベーターに乗り込み、駐車場へと向かう。
「あんたなぁ……」
呆れたような声をあげる晴子。
「そ、そう言えばあの連中に連絡はしたのか?」
それ以上晴子に喋らせないように慌てた様子で国崎が言う。
「あの連中? ……ああ、PSKチームか?」
少し考えてから晴子がそう言ったので国崎は大きく頷いてみせた。
「あの連中なら心配いらへんで。ちゃんと連絡いっとるはずや。そう言う風に手はずなっとるさかいな」
「そ、そうなのか?」
「少しは話きいとき」
「う〜む………」
国崎がそう言う唸り声を挙げた時、エレベーターが駐車場のある地下階に辿り着いた。同じエレベーターに乗っていた刑事達が覆面車にそれぞれ向かっていく。国崎も自分が愛用している覆面車に向かっていった。
「居候! また途中でおらんようなったら承知せぇへんで!!」
別の覆面車に乗り込もうとしている晴子がドアを開けたまま、国崎に向かってそう怒鳴った。
「わかってるよ!!」
そう怒鳴り返してから覆面車に乗り込む国崎。
車内に入った国崎はエンジンをかけながら無線のスイッチを入れた。
「祐の字、聞こえるか?」
少しの間返事を待ってみるが返事は帰ってこない。どうやら相手は無線の側にはいないようだ。
「あいつ……何処で油売ってやがる?」
そう呟きながら国崎は覆面車を発進させた。

<関東医大病院 15:09PM>
関東医大病院の屋上で祐一は両腕を広げて目を閉じてじっと立っている。それは名雪がこの関東医大病院から姿を消す直前に取っていた行動と全く同じものであったが、彼にそれを知る術はない。
「……本当にわかるのか、これで?」
思わずそう言ってしまったのは聖であった。医師である彼女は基本的に現実主義者である。超能力だの霊能力だのは基本的に信じていないのだ。
「さぁ……でも秋子さんとか相沢君はわかると思っているみたいですよ」
答えたのは聖の隣でしゃがみ込んで、祐一の様子を見ている香里だった。彼女もそれなりに現実主義者である。尤も彼女は現実を越える物凄いものを何度も見てきているのだが。
「まぁ、見ていればわかると思います」
香里はそう言って立ち上がった。
と、不意に祐一が閉じていた目を開いた。
「……わかった!」
そう言うと同時に彼は駆け出している。
「相沢君!!」
香里が声をかけると祐一は足を止めて振り返った。
「名雪が何処にいるかだいたいわかった! 今から行ってくる!!」
「待ちたまえ」
そう言ってまた走り出そうとするのを今度は聖が止めた。
「これはあくまで忠告だ。君の新たな力、あれは君の身体を非常に酷使する。そう何度も……イヤ、そう長い時間使うことは控えた方がいい」
「……緑のカノンと同じって事か?」
「緑とは違うな。あの力は確実に君を蝕む。現に一日に二度使った君は2日も眠り続けた」
首を振って答えた聖は更に真剣な目をして祐一を見る。
「同一日に長時間使用し続ける、もしくは何度も使用すると君の身体は徐々に蝕まれていき、やがてはその命まで削り取られてしまう……君の新しい力とはそう言うものだと私は推測しているのだが、違うか?」
「ああ、そうだ。聖先生の推測通りだよ」
そう答えた祐一が口元を歪めて薄い笑みを浮かべた。それは何かを決意したようにも見える。
「でも名雪を助ける為になら何度だって使うぜ。俺の身体がどうなってもな」
「相沢君……!!」
祐一の言葉に驚いたような顔をする香里。だが、聖の方はやはりと言う顔をして頷いていた。
「君ならそう言うだろうと思ったよ」
そう言って祐一の肩に手を置く。
「身体のことは私と香里君で何とか出来ないか考えてみる。君は早く名雪君の所へ行くがいい。そうしたくてうずうずしているんだろ?」
「サンキュ、聖先生! じゃ、行ってくる!」
祐一はそう言うとすぐに駆け出していった。今度はもう立ち止まりも振り返りもしない。一直線に階段を駆け下り、駐車場に止めてあるロードツイスターに跨り、一気に飛び出していく。
屋上から道路へと飛び出していくロードツイスターの祐一を見下ろしていた聖は彼の周囲に何か黒いもやのようなものを見、顔をしかめた。一度目を閉じ、もう一度開いてから去っていく祐一を見るとその黒いもやのようなものはもう見えない。
「……気の所為か?」
そう呟いた聖を香里が見るが、彼女は何でもないと言った風に首を横に振るだけだった。

街中を疾走する祐一のロードツイスター。
全く同じ頃、浩平はある洋館の前へと辿り着いている。
そしてそこに向かって倉田重工第7研究所を出発したPSKチーム。
更に警視庁未確認生命体対策本部も刑事達もその周辺に展開し始めている。
その様子を遙か高みから見下ろし、”彼女”はほくそ笑んでいた。
全てが自分の意のままに進んでいる。自分が張り巡らせた悪意に向かって誰もが加速している。復讐の時は近い。
「皆殺しに……してやる……」
悪意と憎悪をこめて”彼女”が呟く。
そして”彼女”が洋館の方を見やると、そこでは巫女服を血に染めた名雪が薔薇の怪人、ターダ・コチナの前に倒れ伏していた……。

Episode.49「贖罪」Closed.
To be continued next Episode. by MaskedRiderKanon


次回予告
贖罪を求めし娘は悪意に誘われるまま血の海に帰し
全てを許そうとした青年は悪意に翻弄され
力を求めた青年はその力に惑わされ
追いつめられた女性は怒りに身を焦がし
仇を捜す青年は真っ赤な薔薇の花園に倒れる
汝ら、すべからく罪人なり
哀れな子羊よ
その罪を贖う為にその魂の火を燃やせ
次回、仮面ライダーカノン「断罪」
罪を裁くのは誰だ?

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