<廃工場・奧 16:36PM>
祐一は自分の腕を掴んだ泥人形を払い除けると、老婆の方を見て、腰の前で両腕を交差させた。するとそこに中央に霊石を埋め込んだベルトが出現する。
「このベルトを外せばいいんだな?」
念を押すように祐一が尋ねると、老婆は小さく頷いた。
「早うせい……時間は余り無いぞ」
「わかったよ」
祐一はそう言うとベルトに手をかけた。そして外そうとするがベルトはぴったりとくっついていて外れない。
「あれ?」
力を入れてみるがやはり全然ベルトは外れなかった。
「何を手間取っておるか。手伝ってやれい」
老婆がそう言うと、泥人形が祐一の側に歩み寄り、ベルトに手をかけた。そして力一杯ベルトを引きはがそうとする。
「ぐああああっ!!」
突如全身に走った激痛に悲鳴を上げる祐一。
「祐の字っ!?」
悲鳴を上げた祐一に思わず国崎が声をかける。それと同時に彼はあることを思い出していた。
『外科手術で取り除けないのか?』
『……残念だが国崎君。今の状態ではこの異物を取り除くことは不可能だ。取り除くにはあまりにも全身にこの神経状の組織が行き渡りすぎている』
『腰のある一点から全身に神経のようなものが張り巡らされている。これは本来の神経と結びついて更に強化しているようだ。それに筋肉組織が異常な程強化されているようだな』
(……あのベルトは既に祐の字の一部なんじゃないのか? だったらあれをはずすってのは……)
不意にイヤな予感が頭をもたげた。
あのベルトを無理矢理外させてはいけない。無理矢理外すことは祐一の命に関わる。おそらくこれは罠。あの老婆が企む祐一抹殺の罠。
「やめろっ!!」
国崎がそう言ってコルトパイソンを祐一の両側にいる泥人形に向け、引き金を引いた。だが、先程と同じく着弾しても泥人形はびくともしない。
「そこの……何のマネじゃ?」
老婆が国崎を睨み付けて言う。
「お前は祐一のしていることを無にする気か? 祐一の名雪を助けたいという気持ちを無にするつもりか?」
香里も非難するように彼を見る。
「あんた、相沢君の決意をねぇ……」
「おい、婆さん。あんた、こいつを殺したいんだよな?」
国崎は香里を無視して祐一を指さし言った。
いきなり話しかけてきた国崎に胡散臭そうな目を向ける老婆。
「それなのにこいつに交換条件を出すなんておかしくないか? 俺がもしあんたの立場なら容赦無く殺すがね」
「そりゃあんただからじゃないの?」
香里がそう言い、その横にいたPSK−03がうんうんと頷いた。
「余計な茶々を入れないでくれ……さぁ、婆さん。教えてくれないか? どう言った心境の変化でそこのお嬢さんをこいつに返してやろうと思ったんだ?」
国崎の問いに老婆の顔が引きつった。どうやら彼の質問は老婆にとってあまり聞かれたくないことだったらしい。
「おい、そこの。俺の思った通りだったみたいだ。祐の字を助けろ。あの婆さんは約束を守る気なんて更々ねぇ、それどころか祐の字を殺そうとしてやがる!!」
そう言うが早いか、国崎は走り出していた。
慌てて続くPSK−03。
その間も泥人形達は激痛に悲鳴を上げる祐一の身体からベルトを引きはがそうとしていた。
「クッ……させん!!」
老婆がそう言うと、残っていた泥人形が走り出し国崎とPSK−03の前に躍り出る。
「邪魔をするなぁっ!!」
国崎がそう言い、コルトパイソンを泥人形に向けてぶっ放す。PSK−03も目の前に躍り出てきた泥人形に持っていたブレイバーバルカンを向け、容赦無く弾丸をばらまいた。しかし、やはり泥人形は弾丸を受けても崩れるどころか倒れることもない。よろけさえせず、国崎とPSK−03に向かって迫ってくる。
「うわっ!」
泥人形の強烈なパンチを受け吹っ飛ばされる国崎。
「刑事さんっ!!」
そう言って国崎の方を振り返ったPSK−03も泥人形の攻撃を受け、地面に叩き伏せられてしまう。更に動けないように泥人形が上からPSK−03を押さえつけた。
「く、くそっ!!」
「フフフ……ハハハ……ハーッハッハッハ!!」
泥人形に押さえつけられたPSK−03、泥人形のパンチを受けて吹っ飛ばされたままの国崎、そして為す術もなく、呆然とその様子を見ているしかない香里。その3人を見て老婆が高らかな笑い声を上げる。
「もはや何も出来まい!! そこで相沢祐一が死ぬところを見ているがいい!!」
祐一を取り押さえ、ベルトを引きはがそうとしている泥人形達が更に力を込めた。祐一は激痛の余り半ば気を失っている。もはや殺されるのは時間の問題だった。
老婆の笑い声だけが廃工場内に響き渡る。
(もう……ダメなの……?)
その場にぺたんと座り込む香里。
「お願い……誰か……助けて!!」
目を閉じ、両手を合わせて香里は何かに祈った。
「祈っても無駄じゃ! 誰も助けには来ぬわ! 折原浩平とてオウガの前には敵じゃないしのう!!」
老婆が香里を見て笑う。
だが。
そこにバイクのエンジン音が響き渡り、直後廃工場の壁を突き破って一台のバイクが中に飛び込んできた。そのバイクは飛び込んできた勢いそのままに祐一を取り押さえている泥人形を跳ね飛ばし、そして彼のすぐ側で急ブレーキをかけ停止した。
「な、何奴!?」
老婆は突如現れたバイクに乗っている男に向かって思わずそう尋ねていた。この場に祐一を助けに来る者がいるとは思っても見なかったからだ。
「久し振りだな、婆さん……まぁ、それほど久し振りって訳でもないが」
そう言って男がヘルメットを脱ぐ。そこにあったのは包帯を頭に巻いた一人の青年の顔。その青年の顔を見た老婆の顔が引きつった。
「ま、まさか……貴様……」
青年はそんな老婆を無視して後ろに倒れている祐一を振り返った。
「騙されるな! 全てはこの婆さんが仕組んだ罠だ!!」
まるで祐一を気付かせるかのように大声で言う。
「この婆さんに名雪さんを返す気など毛頭無い!! お前もそれはわかっているはずだろう!!」
老婆は祐一に向かってそう言っている青年を見て忌々しげに呟いた。
「……生きておったか、正輝!?」
「悪いな、俺には死ねない理由がある」
ちらりと老婆を見て青年、山田正輝が言う。だが、すぐに倒れている祐一に目を戻す。
「それはお前も同じはずだ、相沢祐一。俺もお前と同じく一人の女の為に生きている。この婆さんはそれを利用した」
「む……」
「婆さん、どうして俺が生きていたか教えてやろう……俺の身体の中にある霊石は不完全なものだ。だがな、あの時あんたも見ただろう。不完全でも充分機能してくれたんだよ、こいつは」
ゆっくりと老婆の方を振り返り、正輝は自分の腰の辺りを指で示した。
「俺はあの時絶対に死ねないと思った。こいつは俺の思いに答えてくれた。あの時、オウガの技を喰らったがな、俺の頭は瞬間的に硬質化して砕けるのから守ってくれたんだ」
「むむ……」
老婆の顔が歪む。
「まぁ、流石に衝撃までは消しきれなかったがな。その後面白い奴に会ってな。そいつの手を借りてあんたの最後の計画をぶっ潰してやろうと思ったわけだ」
そう言って老婆とは対照的にニヤリと笑う正輝。
「く……やれっ!!」
老婆がそう言い、杖を振る。
それを合図に泥人形達が一斉に正輝に飛びかかっていった。
「甘いな……俺をそんなもので倒せると思うな!!」
正輝はそう言うと、次々と泥人形達の身体の中心を正確に殴っていく。次々と吹っ飛ばされる泥人形。中には倒れてそのまま砕け散るものもいる。
「す、凄い………」
今までいきなり登場した正輝を呆然と見ていることしか出来なかった香里が、やはり呆然とした口調で呟いた。
「あいつにばかりいいところを……」
そう言って起きあがるPSK−03。
「邪魔しない方がいいと思うがな」
そう言ったのは国崎だ。彼も正輝の体術の凄さに目を見張っているようだ。
「く………」
次々と倒されていく泥人形を見て、老婆が苦渋に顔を歪める。
「おのれ……真奈美! 奴を殺せ!! 殺すのじゃ!!」
老婆の声に反応するかのように一人の女性が姿を見せた。手にはナイフを持ち、虚ろな視線で正輝の方を見ている。
「……真奈美……」
正輝は新たに現れた女性を見て、少しだけ動揺したようだ。思わず足を引いてしまっている。
その女性、皆瀬真奈美はゆっくりと正輝に近寄り、手に持ったナイフを彼に向かって突き出した。正輝は一歩も動かず、そのナイフに身を晒している。真奈美に手を挙げるわけには行かない。彼女に殺されるならそれもいいだろう。そう正輝は思い、微笑みを浮かべる。
ナイフの先端が正輝の身体を貫こうとしたその瞬間、その手を横から誰かの手が押さえつけた。
「ダメだ、それをやっちゃ。いくら操られていても……それにあんたも。彼女のことを思うなら、彼女のことが大事なら、彼女の心に傷を残しちゃダメだ」
そう言ったのは真っ青な顔色の祐一だった。額に脂汗を浮かべながらも、真奈美の手を押さえ、正輝に向かって微笑んで見せた。
「……相沢……」
驚いたように祐一を見る正輝。
そんな正輝に祐一は頷いて見せた。
「……済まない。俺はこいつに一生かかっても消えない傷を作るところだった」
正輝はそう言うと真奈美が持っているナイフの刃を自分の手で握った。勿論ナイフの刃は研ぎ澄まされているので正輝の指は切れ、血が流れ落ちる。だが、彼はそんな事にはお構いなしにじっと真奈美の顔を見つめていた。
「真奈美……俺だ。わかるか?」
優しい口調で正輝が真奈美に呼びかける。
「あの婆さんに操られているんだよな。でも聞いて欲しいんだ。たとえ聞こえて無くてもいい。これが俺の本心だからな」
正輝はそう言うと空いている手で真奈美を抱き寄せた。
慌てて離れる祐一。
「聞いてくれ。世界とか人類とかそんなものよりも俺は……お前が好きだ」
耳元で囁くように正輝が言う。
その瞬間、真奈美の身体がビクッと震えた。虚ろだった彼女の瞳に光が戻る。
「ま、正輝……?」
真奈美が呟くようにそう言い、手に持っていたナイフをはなす。刃の部分を握っていた正輝も手を離し、カランという音をたててナイフが地面に転がる。
「真奈美……!!」
両腕で真奈美を抱きしめる正輝。だが、それを黙ってみている老婆ではなかった。
「おのれ、真奈美! やはりこうなったか!!」
老婆はそう言うと手に持っていた杖を震った。次の瞬間、正輝に抱きしめられている真奈美が奇声を上げ身体をのけぞらせた。
「ひぃぃぃぃぃぃっ!!」
「ま、真奈美!!」
急に身体をのけぞらせた真奈美に心配そうな声をかける正輝。
「あああああああ……」
真奈美は正輝の腕をふりほどくと頭を抑えてその場に踞ってしまった。その様子は明らかに異常であった。
「貴様、真奈美に何をした!?」
正輝は真奈美の側に駆け寄り、そして老婆を睨み付けて言った。
「何をしたじゃと? 裏切り者はゆるさん。制裁を加えただけじゃ」
「制裁だと……貴様ぁ……」
ゆっくりと立ち上がる正輝。その目が怒りの炎に燃えている。肩が怒りに震えている。拳を怒りに耐えるようにぎゅっと握りしめる。
「ふああああああっっ!!」
一際高い声を上げて真奈美がその場に崩れ落ちた。白目をむき、完全に気を失ってしまっている。
正輝はそんな真奈美を抱きかかえると、後ろにいる香里達を振り返った。そして彼女たちの側へと歩み寄り、真奈美をその前に降ろした。
「済まないが……真奈美を頼む」
「……わかったわ」
正輝の真摯な瞳に香里が短くそう答え、真奈美の身体を受け取る。
「この人は私達が絶対に守るわ」
「ああ、頼む……」
そう言って正輝は老婆の方を振り返った。
「婆さん、あんただけは許せねぇっ!!」
ビシッと老婆に指を突き付け、正輝がそう言い放った。
「フッ……死に損ないが……ここで始末してやる!!」
老婆はそう言うと双子の少女を見やり、そして廃工場を見回し大声で言った。
「キリト!! 何処じゃ、キリト!! ここに来て婆達を守らぬか!! 敵を倒さぬか!!」
「あ〜、生憎だがそいつはここにはもういないぜ」
そんな声と共に一人の男がゆっくりとその場に現れた。誰あろう、キリト=オウガと死闘を繰り広げていた折原浩平である。
「な、何じゃと!?」
老婆が驚きの声を上げる。
「何かしらねぇけどよ、あいつも自分を取り戻したみたいだったぜ」
浩平はそう言うと悠然と前へ進み、祐一達と並ぶ。
「さぁ、行きますかね?」
指をポキポキ鳴らしながら浩平が言い、ニヤリと笑う。
「もう手駒はあるまい……覚悟しろ」
拳を怒りに震わせながら正輝が言う。
「……名雪を……返して貰うぞ!」
キッと老婆を睨み付け、祐一が言い放った。
3人が同時に一歩前に踏み出す。
「くう……ここまで来て……お前らに邪魔はさせん!!」
老婆はそう言うと双子の少女を振り返った。
「泥人形で奴らの足止めをせい! その間に儀式を完成させる!!」
「わかりました」
「大婆様の命のままに」
双子の少女達が前に出、その目を金色に輝かせる。すると先程正輝が叩き壊したはずの泥人形達が次々に復元していくではないか。更にそれよりも前、国崎やPSK−03の攻撃で崩れ去ったものまで復活を遂げている。
「さぁて、それじゃ行きますか」
指をポキポキ鳴らしていた浩平がそう言って走り出した。
「相沢、儀式を完成させるな! あの婆さんのやろうとしていることは……」
「わかっている! 名雪を渡しはしないっ!!」
浩平に続いて正輝、祐一も走り出した。
「よ、よし……援護するぞ!!」
続いてPSK−03が3人の後を追いかける。走りながら泥人形に向けてブレイバーバルカンを弾切れになるまで撃ち続ける。
次々とブレイバーバルカンの直撃を受けて崩れ落ちる泥人形達。しかし、中には直撃を受けたにもかかわらず崩れ落ちないものもいる。先程正輝によって倒された霊石付の泥人形であろう。
「へっ、やっぱり残りやがったな!」
残った泥人形を見て浩平が言う。
「ここからは俺たちの出番だ、なぁ、相沢、山田さんよ!!」
「おう! 行くぞ、二人とも!!」
正輝はそう言うとさっと身構えた。走りながら両手を腰の前で交差させ、右手だけを上に挙げる。
その横では浩平が同じく走りながら左腰に両手を集めていた。
二人の間、中央を走る祐一も右手を前に突き出している。
3人が同時に次のアクションを起こした。正輝は左手と右手を胸のの前で交差一気に左右に振り払い大きくジャンプ。浩平は右手のみを前に突き出し、祐一は突き出した右手で十字を描く。そして3人が3人とも同時に叫んでいた。
「変身ッ!!」
3人の姿がそれぞれフォールスカノン、アイン、そしてカノンへと変わる。
フォールスカノンは着地せずにそのまま泥人形を一体蹴りで粉砕すると、またジャンプ。今度は後ろ回し蹴りで近寄ってきた泥人形を粉砕した。
「おらおら、邪魔するんじゃねぇ!!」
アインがそう言いながら迫りくる泥人形をパンチ一発で次々と粉砕していく。
カノンも泥人形を次々と粉砕しながら、祭壇の方へと近付いていく。その内心は物凄い焦りに囚われていた。
(くそっ……こんなところで足止めされている場合じゃないってのに!)
迫り来る泥人形を蹴り飛ばし、カノンは祭壇の方を見た。祭壇の上に寝かされている名雪、その側では老婆が一心不乱に何か祈っているようだ。あの様子では残り時間はそう多くは無さそうだ。
「折原、手を貸してくれ! 俺は祭壇に行く!!」
カノンはそう言うと祭壇に向かって走り出した。
「おっしゃ!!」
走り出したカノンを見てアインが大きくジャンプした。カノンを追いかけようとしていた泥人形達の前に降り立つと水平チョップでその首から上をすっ飛ばす。
「ここから先は俺が相手をしてやるぜ」
自信たっぷりにアインが言う。
そんなアインに向かって次々と泥人形達が迫ってくる。
「おらおらぁ!!」
雄叫びを上げて泥人形達の中へと飛び込んでいくアイン。
カノンは祭壇へと走りながら、その視界の中に二人の少女の姿を納めていた。
(あの二人も……あの婆さんの被害者だ……操られているに過ぎない……)
数多くいて他の仲間を足止めしている泥人形、あれを生みだし、操っているのはあの双子の少女。あの二人を何とかすれば泥人形も同時に何とか出来るはず。
(やれるか……イヤ、やる!!)
カノンは祭壇へ行く足の行き先を変え、双子の少女達のほうへと向かう。
少女達は自分達の方へとやってくるカノンを見て、怯えの表情を浮かべた。慌てて新たな泥人形を生みだそうとするが、それよりも先にカノンが双子の少女の前へと到達する。
「止めろ。俺はお前達に危害を加えるつもりはない」
カノンはそう言って敵意がないことを示すように両手を広げて見せた。それを見ても双子の少女は怯えたように互いの身体を寄せ合っている。
「君たちはあの婆さんに利用されているだけだ。これ以上は何もしないでくれ」
「わ、私達は……」
「そ、そう言うわけには……」
「頼む。俺は君たちにどうこうしようと言うつもりはないんだ。俺はただ……名雪を助け出したいだけなんだ」
カノンはそう言って双子の少女達を見つめた。
「あの婆さんは自分の目的を達成したら確実に君たちを葬るつもりでいるはずだ。さっきも見ただろう……あの人のようになりたくはないだろう、君たちは?」
双子の少女はカノンの言葉に首を縦に振ってみせる。
「よし、それじゃ泥人形を土に返してくれ」
「……それは出来ません」
「大婆様の命に逆らうことは出来ません」
双子の少女は口々にそう言うとカノンからさっと離れた。
「我々の目的は」
「あなた方を足止めすること」
「……殺されてもか!?」
「………」
「………」
カノンの問いに少女達は答えなかった。ただ不安そうな表情を浮かべるだけである。その様子からこの少女達はそれほど強い精神支配を受けてはないらしいことがわかった。ただ命令には絶対的に服従するようになっているだけだ。
(なら……仕方ない!)
さっと双子の少女の側まで寄ったカノンは素早く二人の首筋に首刀を叩き込んだ。うっと呻いて二人の少女がその場に崩れ落ちる。
「悪く思わないでくれ」
カノンは倒れた少女達を見やってそう言うと祭壇へと目を向けた。
祭壇の前では老婆が未だ一心不乱に何事かを祈り続けているようだ。今居る位置からだと何か呪文のようなものを唱えていることもわかる。
「今度こそ……行くぞ!」
そう言って走り出すカノン。
双子の少女が気を失ったことにより泥人形達はその力を失ったように次々と崩れ落ちていく。もうその行く手を塞ぐものはない。一気に祭壇の下まで辿り着くカノン。
「婆さん! 名雪を返して貰うぞ!!」
カノンが祭壇の上にいる老婆に向かってそう言うと、老婆は唱えていた呪文を止め、カノンを振り返った。忌々しげにカノンを見下ろし、口を開く。
「おのれ、相沢祐一……後少しと言うところで……」
手に持った杖をカノンに突き付け、老婆はその目を細めた。その目が金の光を帯び、杖の先端に見えない力が集まっていく。
「そうはいくか!」
地を蹴ってジャンプしたカノンはそのまま老婆の手にある杖を蹴り飛ばし、祭壇の上に着地した。そしてすかさず寝かされている名雪を抱き起こす。
「名雪、大丈夫か!?」
そう声をかけるが名雪は返事をしない。
「おい、名雪! 目を覚ませ!!」
身体を揺さぶってみるがそれでも彼女は何の反応も示さない。それどころか彼女の身体が冷たくなっていることにカノンはその時になってようやく気付いた。
「な……何をした!?」
老婆を振り返るカノン。
老婆はニヤリと笑みを浮かべ、すっと手を前に出し、落ちていた杖を自分の元へと引き寄せた。おそらく不可視の力を使ったのであろう、杖はまるでそこに始めからあったように老婆の手の中へと戻っていく。
「どうやら我が術の方が先に完成しておったようじゃの。もはや名雪が目を覚ますことはあるまいて」
「何っ!?」
「後はこのわしの魂をそちらの身体に移し替えるのみ……全てはそれで終わる……死ぬがいい、カノン!!」
老婆が杖を振ると同時に見えない力がカノンのみを吹っ飛ばした。
祭壇の上から床面まで大きく放物線を描いて吹っ飛ばされるカノン。床面に叩きつけられたカノンだが、すぐにその身を起こし祭壇の上の老婆を睨み付けた。
「名雪に何をした!?」
「フフフ……もう名雪の魂は存在せぬ。名雪の魂はこのわしがあの世に送ってやったわ」
「何だと……!!」
ギュッと拳を握りしめるカノン。
「教えてやろう……水瀬一族の次期宗主とはな、このわしのこと。このわしの次の身体のことをそう言うのじゃ」
老婆が勝ち誇ったようにそう言ってカノンを見下ろしている。
「わしはそうやって何年も生き続けてきた。あの恨みをはらさんが為に……何時の日か、我が恨みを晴らす時の為に」
「そして、次期宗主となった後はその時代の関係者を皆殺しにしていた訳か?」
そう言ったのはフォールスカノンだった。
「自分一人の恨みを晴らす為に周りを利用するだけしておいて」
糾弾するような口調。
「その時代で最も強い力の持ち主の身体を乗っ取り、遙か過去からずっと生き続ける……まさに化け物だな」
アインがカノンのすぐ横まで来てそう言う。
「そう言う化け物はここできっちり退治しておくべきだ」
そう言って指をポキポキと鳴らす。
「フッ……このわしに勝てるとでも言うのか?」
「こっちは3人……イヤあいつも入れて4人だな。婆さん、あんたの方こそ勝ち目はないぜ?」
アインはちらりとPSK−03を見て、それから老婆に目を戻して言い放った。
だが、それでも老婆は自信たっぷりの態度を崩さない。それどころか余裕たっぷりの顔でカノン達を見下ろし続けている。
(何だ……婆さんのあの自信は?)
フォールスカノンは老婆の態度に何か不気味なものを覚えていた。とてつもなく危険な予感。一刻も早くあの婆さんを何とかしないと大変なことになる、そう言う不安が彼を襲う。
「勝ち目は充分にある。忘れたか? 正輝やキリトに力を与えたのが誰なのか?」
老婆はそう言うと懐に手を突っ込んだ。
「いかん!!」
そう言ってフォールスカノンがジャンプする。
「邪魔をするな、正輝!!」
飛びかかろうとしたフォールスカノンを杖の一振りで弾き飛ばすと、老婆は懐に突っ込んだ手を引き抜いた。その手には大きさや形がバラバラの秘石が握られている。
「あ、あれは!!」
驚きの声を上げたのはやや離れたところから様子を見ていた香里だった。実物を見たことがあるわけではない。だが、直感的に彼女はあれが何であるかを理解出来ていた。
「もはやこの身体に用などない! 貴様らを始末した後でゆっくりと魂の移し替えをすればいいのだからな!!」
老婆はそう言うと手に持った秘石を宙に放り上げた。
「北川君、あれをあのお婆さんに渡したらダメ!!」
香里の必死の叫びにPSK−03はすかさずブレイバーバルカンを秘石の方に向け、引き金を引いた。
「当たれぇぇっ!!」
PSK−03がそう叫ぶがそれよりも先に老婆は自らジャンプしてその全身に秘石を吸収してしまっていた。次の瞬間、老婆の身体に変化が起こる。全身の肉が盛り上がり、着ている服を引き裂きながら巨大化していく。顔も大きく変化し、まるで爬虫類のような様相を呈し出す。まるで西洋の竜の様な姿。イヤ、その姿は荘厳なものではない。数多くの秘石の中にはその作用を半ば失いかけているものや不良品もあったのだろう、徐々に竜の姿は見にくいものへと変貌していく。
「な、何だ、ありゃぁ?」
思わずそう言ったのはアインだった。
今彼らの目の前にいるのは小さな老婆ではない。腐臭のようなイヤな匂いを漂わせ、不気味に折れ曲がった腕を持つ腐りかかった竜。その大きさはゆうに人間の3倍はあろう。
「遂に人であることも捨てたか……」
少したじろぎながらフォールスカノンが言う。
相手は見上げる程の大きさだ。この4人で果たして勝てるかどうか。
「ま、マジかよ……」
巨大な竜を見上げ潤が呟く。
おそらくこの様子をマスクに取り付けられたカメラ越しに見ている留美達も同じ思いであろう。声も返ってこない。
「だが……これで戦える」
そう言ってカノンが立ち上がった。
相手が人間でないのなら手加減などする必要はない。全力で挑むのみだ。それに何より名雪の敵討ちでもある。
「フフフ……さぁ、かかってくるがいい」
老婆が、イヤ竜が不気味な声音でそう言った。
「オオオオオッ!!」
カノンが地を蹴って大きくジャンプする。そして空中で一回転し、右足を突き出した。いきなりの必殺のキック。これを叩き込めば流石の竜もダメージを受けるだろう。
だが、その時、カノンの耳に不意に飛び込んできた声があった。
(祐一……)
「な!?」
一瞬、カノンがその声に気を取られた瞬間、竜は手を伸ばしてカノンをはたき落とした。
地面に叩きつけられるカノン。
「この野郎!!」
今度はアインがジャンプする。右手の鉤爪を前に出し、そのまま竜の腹に突っ込んでいこうとするが竜は口を開くとそこから火の玉を吐きだしアインを牽制する。
「うおっ、本物かよ!?」
「ならば!!」
「これでも喰らえ!!」
フォールスカノンが走り出し、同時にPSK−03がブレイバーバルカンの引き金を引く。
それを横目で見ながらカノンは何とか身を起こしていた。
「……さ、さっきの声は……?」
(祐一……ゴメンね……)
再び聞こえてくる声。それは彼が一番求めてやまない人の声。
「名雪……死んだんじゃなかったのか?」
周囲を見回すカノンだが、何処にも名雪の姿はない。祭壇の上の名雪もぐったりとしたままだ。
(いつもわたしの所為で……祐一が傷付いて……)
名雪の声は直接カノンの心の中に響いてくるようだった。その証拠に香里達には名雪の声は聞こえていないようだ。
(ゴメンね……いつも……あの時も……)
カノンはゆっくりと立ち上がり、祭壇の上を見た。
「まさか……イヤ、そうなのか……?」
そう呟き、カノンは祭壇の方へと歩き出す。
まだ名雪は死んでいないのかも知れない。今はただ仮死状態にあるだけなのかも知れない。もしそうだとすればまだ助けることは出来る。名雪を取り戻すことが出来る。だがその為にはあの怪物を倒す必要がある。
「オオオオオッ!!」
雄叫びを上げながら走り出すカノン。
その声に竜がカノンの方を向いた。口を大きく開け、火の玉を吐こうとする。
「そうはいかん!!」
そう言って竜の下顎に向けてキックを放つフォールスカノン。その直撃を受けて竜がのけぞるが、すぐに顔を降ろしフォールスカノンをその手で払い落とす。
「ぐあっ!!」
地面に叩きつけられ、大きくバウンドしてから倒れ伏すフォールスカノン。
「オオリャアッ!!」
その間に大きくジャンプしたカノンが竜の頭部めがけてキックを放った。
「ウラァァァッ!!」
同じくジャンプしたアインが竜の鼻先めがけてパンチを繰り出す。
だが、竜は素早く口を開き、火の玉を吐きだしてカノンとアインを撃墜してしまった。
「このっ!! これでも喰らえっ!!」
PSK−03が竜の足下まで近付き至近距離からブレイバーバルカンを叩き込むが、その皮膚は思った以上に頑丈で特殊弾丸を弾き返してしまう。更に横から唸りを上げて龍の尻尾が襲いかかりPSK−03を大きく吹っ飛ばしてしまった。
「うおおっ!!」
壁にまで吹っ飛ばされ、激突して地面に倒れ込むPSK−03。
地面に倒れ伏した4人を見て竜が天を仰いで咆吼を上げる。それはまるで勝利の咆吼のようであった。
「く……まだまだ」
そう言ってよろめきながらもフォールスカノンが起きあがった。
「まだ始まったばかりだぜ、おい」
ゆっくりとアインが立ち上がる。
「こんなところで………倒れていられるか」
PSK−03も立ち上がった。
そして無言でカノンが立ち上がる。
(名雪はまだ死んでない……だがどうすればいい? どうすれば助けられる?)
じっと竜の向こう側、祭壇の上に寝かされている名雪を見つめ、カノンは考える。どうすればいいのか全く思いつかない。あの老婆の変貌した竜を倒せば全て解決するような気もするが一筋縄ではいかないだろう。
(ゴメンね……ゴメンね……祐一……)
名雪の声はまだ聞こえてくる。何故か謝ってばかりだ。
(何だ……何で謝るんだよ、名雪?)
ふと疑問に思ったことを心の中だけで言ってみる。
(ゴメンね……わたしが……わたしが祐一のこと少しも理解していなかったんだよね……)
(何のことだ!?)
(わかっていたんだよ……あの時祐一が酷く悲しんでいたこと……なのに……)
(悲しんでいた……あの時……まさか12年前の……?)
(わたしは自分の気持ちだけを押しつけた……だから嫌いになっちゃったんだよね……雪も……あの街も……わたしも……)
はっとカノンは顔を上げた。
「あいつ……」
思わず口から漏れた言葉にすぐ側にいたアインが訝しげに彼を見た。
「どうした?」
「……名雪はまだ死んでない……仮死状態にあるらしいんだ」
「……なるほど……それじゃあの婆さんの術は完成しきってねぇわけだ」
「何とか助けたいんだが……様子がどうにもおかしいんだ」
「何でそんな事わかるんだよ?」
「声が聞こえた。何か昔のことでしきりに俺に謝っている」
「……お前何やったんだ?」
「……今はそれどころじゃないだろ」
「ま、確かに。さて、とりあえずあの化け物を倒さねぇ事には話は進まねぇだろ」
アインはそう言って竜を見上げた。
同じく竜を見上げるカノン。
「行くぞ」
短くそう言い、フォールスカノンが走り出した。それに続くカノンとアイン。
「グフフフ……無駄だと言うことを教えてやろう」
竜はそう言うと走ってくる3人に向かって火の玉を吐きだした。ジグザグに走り、火の玉をかわす3人だが、竜はそれに構わず次々と火の玉を吐き3人の動きを牽制する。
その間にPSK−03はブレイバーバルカンのモードをガトリングモードからグレネードモードに切り替え、竜に横側から接近していく。ガトリングモードで使用する特殊弾丸は予想以上に強固な皮膚によって弾かれてしまう。だが、グレネードモードで使用するグレネード弾ならダメージを与えられる可能性は大きいはずだ。今回持ってきている装備はこのブレイバーバルカンの他には通常装備のブレイバーショットと電磁ナイフ、そして一発こっきりのパイルバンカーしかない。この中で最大の攻撃力を誇っているのはブレイバーバルカングレネードモード。これでダメージを与えられないなら自分はこの場では役立たずだ。
「行くぞ!!」
竜の至近距離まで迫ったPSK−03がブレイバーバルカンの引き金を引く。ブレイバーバルカンの中央部が開き、その中からグレネード弾が発射される。
だが、そのグレネード弾に気付いた竜は素早く手で払い除けてしまう。
払い除けられたグレネード弾はそのまま地面に落ちて爆発、近くにいたアインを吹っ飛ばしてしまった。
「うわっ!!」
爆風に吹っ飛ばされたアインが地面に叩きつけられる。
「折原!!」
地面に倒れたアインの方を見たカノンが、今度は竜の振るった尻尾の一撃を食らい尻尾の回転する軌道上にいたPSK−03諸共吹っ飛ばされてしまった。
「ぐおっ!!」
「うわぁっ!!」
壁まで吹っ飛ばされるカノン、火花を飛ばしながら地面に倒れるPSK−03。
「何っ!?」
思わず足を止めてしまうフォールスカノン。
そこに竜の手が伸び、フォールスカノンを掴み上げてしまう。
「し、しまった!!」
何とか竜の手の中から脱出しようともがくフォールスカノンだが、竜の力は物凄く抜け出す隙すらなかった。
「甘いわ、正輝……貴様も裏切り者、このわしが制裁を加えてやろう」
竜はそう言うと手に持ったフォールスカノンを地面に叩きつけた。
「ぐほっ!!」
背中から受け身すら取れずに地面に叩きつけられたフォールスカノンが口から息を吐き出した。その上から竜がその巨大な足を踏み降ろしていく。
「クッ………ぐあああっ!!」
腕を上げ何とか踏み降ろされようとしていた足を支えるフォールスカノンだが力及ばず、遂に踏みつぶされてしまう。
「や、山田さん!!」
竜が首を巡らせ、声のした方を見ると先程爆発によって吹き飛ばされたはずのアインが立ち上がっていた。更にカノンやPSK−03もよろよろとではあるが立ち上がろうとしている。
「しぶといのう……ならこれでどうじゃ?」
竜の目が金色に光った。
次の瞬間、竜を中心に物凄い衝撃波が巻き起こりカノン達を吹っ飛ばしてしまう。だが、すぐにカノン達は起きあがってきた。
「何!?」
竜の顔に驚きの色が広がる。
今起こした衝撃波の手応えは充分すぎる程だった。にもかかわらずカノン達は立ち上がってくる。一体それはどう言うことなのか?
「へへっ……ちょっと力が衰えてきてるんじゃないか?」
よろよろとしながらもアインが言った。
「儀式を急いだのはもうその身体が限界だったからだろう? 違うのか?」
今度はカノンだ。アインと同じくかなりふらついている。
「お、おのれ……死に損ない共が!!」
竜はそう言うと祭壇を振り返った。そしてその上に寝かされている名雪を掴み上げる。
「何を!?」
カノンが駆け出そうとするその前で竜は掴みあげた名雪の身体を自分の腹へと押しつけた。すると名雪の身体は竜の腹に見る見るうちに沈み込んでしまうではないか。
「なっ!?」
驚きのあまり言葉を失う一同。
名雪を取り込んだ竜は再び天を向いて咆吼を上げた。それはまるで新たな力を得た喜びの咆吼。
「……この野郎……!!」
ぐっと両拳を握りしめ、カノンが竜に向かって走り出す。
「よせ、相沢ッ!!」
アインが叫ぶが今のカノンには聞こえない。今のカノンは完全に怒りに我を忘れているのだ。アインの声など届きはしない。
「ウオオオオオッ」
拳を振り上げ、竜に向かってジャンプするカノン。
「甘いわ、死ねっ!!」
竜がその目をカノンに向ける。ほぼ同時にその目が金の光を帯び、カノンは見えない壁にでもぶち当たったかのように弾き返されてしまった。今度は更に見えない衝撃波が弾き返されたばかりのカノンを直撃し、思い切り吹っ飛ばしてしまう。
「うわぁぁぁぁぁぁっ!!」
宙を舞い、吹っ飛ばされたカノンは廃材をおいてある角に叩き込まれてしまい、そのまま気を失ってしまう。それと同時にその姿も祐一のものへと戻ってしまっていた。
「このぉっ!!」
カノンが吹っ飛ばされたのを見て今度はPSK−03が突っ込んでいく。次いでアインも同じように突っ込んでいこうとするが、竜が腕を一振りしただけで起こした衝撃波により二人とも為す術無く吹っ飛ばされてしまった。
「フフフ……もう手向かい出来ん様にしてやる」
竜がそう言うと、その背中から不気味な触手が伸び、倒れたアインとPSK−03の身体に巻き付いていく。そして二人を宙へと吊り上げてしまった。
「もう終わりのようじゃな……」
そう言って竜が廃工場内を見回した。
カノンは倒れ、変身も解けてしまっている。フォールスカノンは自分の足の下でつぶれてしまっているであろうし、アインと邪魔な装甲服は動きを完全に封じた。残るは人間二人。あれは特に邪魔にもならない。後でゆっくりと始末すればいいだけのこと。
「フフフ……ハハハ……ハーッハッハッハ!!!」
竜が高らかな笑い声を上げる。それは勝利を確信した笑い。もはや自分に敵などいないと確信した笑みであった。

廃材の中に倒れている祐一は聞こえてくる笑い声に徐々に意識を回復させつつあった。
(何だ……?)
ぼんやりする頭で今何が起きているのかを考えてみるが、上手くまとまらなかった。
(どうしたんだっけ、俺……?)
一体何がどうしたんだろう。身体中が酷く痛む。それに指一本さえ動かない。
『なぁにやってんだよ、この馬鹿息子!!』
いきなり耳に聞き覚えのある声が飛び込んできた。
はっと身を起こす祐一。
『名雪ちゃんが危ないんだろうが! さっさと起きて助けに行ってこい!!』
(お、お袋!?)
『お袋じゃない!! 早く起きろ、この馬鹿息子っ!!』
再び怒鳴られ、祐一は思わず身体を竦めてしまっていた。
こうやって母親に怒鳴られるのは何年ぶりだろう。何かとてつもなく懐かしい気がする。
『そんな場合か、この馬鹿っ!』
(馬鹿馬鹿言うな! 自分の息子だろっ!!)
『自分の息子だからこそ言うんだよ、馬鹿息子! 今どう言う状況かわかってんのか?』
(え……? どう言う状況……だっけ?)
『名雪ちゃんが危ないってんだろ!! だから馬鹿息子ってんだ!!』
(名雪が……危ない……?)
『お前、自分で言ったよね。名雪ちゃんもみんなも取り戻す、自分の手で守ってみせるって』
(……ああ、言った)
『それに約束、覚えているよな?』
(ああ、もちろんだ……守りたいものを守れる力を持つこと、誰かの為に何かが出来るようになること……)
『今のお前はその力を持っているんだ……前にも言ったけどね、約束は絶対に守れ』
(……約束……ああ、そうだったな)
祐一はそう言って複雑な笑みを見せた。
思い出したことがある。12年前のあの時のことを。悲しみに暮れていたあの日、俺は名雪を酷く傷つけた。自分だけが悲しみにどん底に落ちていて、世界の誰よりも悲しい奴だと思い込んでいて、そのあげく名雪を、自分を慕ってくれていた名雪を酷く傷つけた。その上俺はその時のことをお袋に頼んで記憶から消去して貰った。そんな俺と再会して、あの時のことを忘れてしまっていた俺を見て、名雪はどう思ったのだろう。あの心優しい少女は、自分が悪いと思い込んでいる。俺のことなどお構いなしに自分の気持ちを押しつけた為に俺があの街や彼女の好きだという雪や自分のことを嫌いになってしまったと思い込んでいる。そんな事など無いというのに。悪いのは俺だというのに。
『助けるんだよ、あんたのその手で。いいね、祐一?』
(ああ、もちろんだ)
母親の言葉にしっかり頷く祐一。
その時には祐一はこの母親の声が幻だと言うことを理解していた。気を失った自分の心が見せた幻だと。自分自身を叱咤激励する為に、自分の中にいる何かが見せてくれた幻だと言うことに。

廃材の中から祐一がゆっくりと立ち上がった。
「あ、相沢君ッ!!」
立ち上がった祐一を見て、香里が驚きの声を上げた。恐ろしいまでの絶望的な状況の中、再び立ち上がった祐一。それは彼女にあの悪夢の日を思い起こさせる。あの黒麒麟と戦ったあの日のことを。あの時も祐一は絶望的、最悪な状況から復活を遂げている。その所為か、物凄く不安な気持ちになってしまう。
そんな香里の不安そうな表情に気付いたのか、祐一は香里の方を見て右手の親指を立てて見せた。そして、勝ち誇ったように高らかな笑い声を上げている竜の方を見やる。
「……国崎さん、援護、頼めるかな?」
竜を見たまま、祐一が言う。
「……俺でいいのか?」
国崎は手に持っていた拳銃の弾丸を確認しながら答えた。
「あんたしかいないじゃないか。頼むぜ」
祐一はそう言うと静かに走り出した。その後ろを国崎が追いかける。
竜が走り出した祐一達に気付き、そっちの方を見た。そしてニヤリと笑うと口を大きく開く。火の玉を吐き出そうとしているのだ。変身していない祐一では火の玉の直撃を受けると無事では済まない。国崎は持っていた銃を竜の口に向け、引き金を引いた。勿論、使用されているのはコルトパイソン用のマグナム弾だが、竜には通じない。
竜が火の玉を吐きだした。
右に左に走り、火の玉をかわす祐一。
「ぬう……ならばこれでどうじゃ!!」
今度はアインとPSK−03の動きを封じている触手がまた背中から伸びてきて祐一に襲いかかった。
「くっ!!」
襲い来る触手をかいくぐり祐一は竜に接近しようとするが、竜は口から吐き出す火の玉と触手とで祐一を近づけさせない。
「くそっ……どうすりゃいい?」
国崎はさっと周囲を見回し、何か祐一の助けになりそうなものを捜した。彼に目に止まったのは触手により動きを封じられているアインとPSK−03の姿。さっとコルトパイソンを向け、触手にめがけて引き金を引く。数発の弾丸を受け、まずアインの動きを封じている触手が断ち切られた。
「おっしゃ!! よくやった、そこの黒いの!!」
アインは着地するとすぐにジャンプしてPSK−03の動きを封じている触手を手刀で断ち切った。さっと着地するアインとどさっと言う音と共に落ちてくるPSK−03。
「つ〜〜っ!!」
情けない声を上げる潤。
「何やってんだよ! 相沢の奴をフォローするぞ!!」
アインがそう言って走り出した。
慌てて立ち上がり、落ちていたブレイバーバルカンを拾って走り出すPSK−03。走りながら祐一を捕まえようとしている触手に向けてブレイバーバルカンを発射する。触手は竜の体表程頑丈ではないらしくブレイバーバルカンの特殊弾丸を喰らうとあっさりと粉砕されてしまう。
「北川っ!?」
祐一は自分を捕まえようとしていた触手が次々と粉砕されていくのを見て、思わず振り返っていた。自分の方に向かって走りながらブレイバーバルカンを乱射しているPSK−03が自分に向かって頷くのを見て、祐一は頷き返すと再び竜に向かって走り出した。
「名雪! 聞けっ!!」
走りながら祐一が叫ぶ。
「12年前のこと、お前は何も悪くは無いっ! 悪いのはみんな俺だ!!」
そこまで言った時、竜の口から火の玉が吐き出された。慌てて横に飛び、火の玉をかわす祐一。
「あの時、世界で一番不幸な奴だと勝手に思い込んでいた俺が……お前を傷つけていたのに全部忘れ去ろうとした俺が……悪いんだ! お前は何も悪くない!!」
そう言って祐一はまた走り出す。
「聞こえているんだろ、名雪ッ!!」
竜がまた口を開こうとした時、アインがその真上から急襲をかけた。ニードロップを竜の顔面に叩き込む。
思わずよろけてしまう竜。
その間に祐一は竜のすぐ近くにまで迫った。名雪を飲み込んだ腹に手をつく。
「目を覚ますんだ!!」
竜は祐一が自分の身体に取り付いたのを見るとその手を伸ばして払い除けようとした。
「そうは……させない!!」
竜の足下からそんな声がし、足を持ち上げてフォールスカノンが起きあがってきた。
「ウオオオオオッ!!」
雄叫びを上げて竜を持ち上げるフォールスカノン。
足を持ち上げられ、バランスを崩して竜が倒れる。物凄い埃を舞い上げながら倒れた竜に駆け寄り祐一はまた竜の腹に手をついた。
「そこから出て来いっ!!」
必死に叫ぶ。
「早く目を覚ませ!!」
だが、名雪は何の反応も示さない。
(くそっ……どうすれば……?)
焦りの表情を浮かべて祐一が周囲を見る。
どうすれば名雪を竜の体内から救い出せるのか。どうすれば名雪を救い出せるのか。どうすれば名雪は目を覚ますのか。もう何もわからない。
思わず俯いてしまう祐一。
「諦めるな! 彼女を思うなら呼び続けろ!!」
そう言ったのがフォールスカノンだった。
「君の思いが本物なら彼女は絶対に答えるはずだ!!」
「……わかった!!」
祐一はそう言うと再び竜の腹の方を向いた。
「名雪、聞いてくれ。俺はお前がどう思っていようとお前のことが好きだ」
静かに祐一が言う。
「お前は俺が自分のことを嫌いになったと思い込んでいるようだけどな、そんな事はないぞ。俺はお前のことが、名雪のことが大好きだ」
そう言ってから照れたように顔を背ける。
「こ、こんな事言うのはこれっきりだぞ! いいか、よく聞け。俺は、水瀬名雪のことが……世界の誰よりも……その……何だ……」
完熟トマトのように真っ赤になる祐一。
そんな事をしている間に竜が起きあがろうとしている。
「急げ! 時間がないぞ!!」
フォールスカノンがそう言う。
「……俺は世界で誰よりも一番水瀬名雪のことが好きだっ!!」
意を決したように祐一が叫ぶ。
その祐一の目の前で竜がその身を起こした。両腕を振り上げ、祐一を叩き潰そうとして、その腕が止まる。
「……な、何じゃ?」
戸惑ったような老婆の声。今、何かがその体内で起こっている。それが信じられないと言ったような表情を浮かべる。
「な、何故だ……我が術は完成しておったのではないのか?」
そう言った竜の腹の部分に人の形が浮かび上がった。
「さぁ、来い!! 俺が受け止めてやる!!」
そう言って祐一が両腕を広げた。
「祐一……祐一っ!!」
竜の腹を突き破るように、名雪が飛び出してきた。その目には大粒の涙が浮かんでいる。
そんな名雪を受け止め、祐一はギュッと固く抱きしめた。
「祐一……本気にしていいんだよね?」
抱きしめられながら名雪が問う。
「あ、当たり前だ……」
照れたようにそう言う祐一。
その言葉を聞いた名雪は祐一の首に自分の腕を回し、彼に負けないようにギュッと抱きしめ返す。
「お……おのれ……こうなれば皆殺しだ!!」
竜がそう言って腕を振り上げた。
「相沢、逃げろっ!!」
竜の振り下ろした腕をフォールスカノンが受け止め、祐一達に向かって叫ぶ。
「少しの間頼む!」
祐一はそう言うと抱きしめていた名雪を離し、その手を取って走り出した。行く先は香里達がいる少し離れた場所。
「香里、任せたぞ!」
「了解、相沢君!」
「あれ、香里。久し振りだね〜」
名雪を香里に預けて走り出そうとした祐一の耳に飛び込んでくる名雪の場違いなまでの呑気な声に思わず祐一はつんのめっていた。
「名雪、今はそんなこと言っている場合じゃないでしょ!」
苦笑を浮かべて言う香里。
「あ、そうだった。祐一、絶対に負けちゃダメだよ」
「あ、当たり前だ!!」
「ふぁいと、だよ」
「ああ……」
名雪の笑顔に見送られて祐一はまた走り出した。その笑顔はもう祐一が勝つと信じきり、信頼しきった笑顔。その信頼を背に、祐一は竜との戦場に向かっていく。
その頃、竜と対峙している3人は大苦戦していた。
竜が口から吐く火の玉、背中から伸びる触手、それに振り回されている腕。近寄ることも出来ず、徐々に消耗してきているのだ。
「畜生、何か弱点はないのか!?」
触手により吹っ飛ばされたアインが素早く起きあがりながら呟いた。
「力の源となっている秘石を破壊出来れば何とかなるんだが……」
片膝をついて竜を見上げているフォールスカノンが呟く。
PSK−03は肩を大きく上下させながらブレイバーバルカンの弾倉を交換していた。
「こいつで最後だ……バッテリーも残り少ない……どうすればいい?」
そんなところに祐一がやってきた。
「行くぞ……変身ッ!!」
腰の前で交差させた両腕の内、左手を腰に構え、残る右腕を上に挙げて十字を描く。次の瞬間、眩い光が祐一の腰に現れたベルトの中央の霊石から溢れ出し、その光の中、祐一の姿がカノンへと変わった。更にその光を浴びた竜の姿にも変化が起きる。その全身が不気味に盛り上がり、体内に埋め込まれた秘石がむき出しとなったのだ。
「あ、あれは……!!」
驚きの声を上げたのは誰でもない、カノンだった。
「ヤリィ……これで奴を倒す手だてが見つかったぜ」
アインがそう言ってまた指を鳴らした。
「フッ……」
フォールスカノンがゆっくりと立ち上がる。
「あれを狙えばいいと言うことか」
PSK−03がそう言ってブレイバーバルカンをセットする。
「グウ………ウオオオオッ!!」
竜は全身に起きた変化に戸惑い、そして苦しみの咆吼を上げていた。その姿は名雪を失ったこととカノンの変身時の光を浴びたことにより更に醜いものへと変貌していた。そもそもの老婆の肉体そのものが崩壊をはじめつつあるのだろう、竜の体表もボロボロになり崩れはじめている。
「な、何じゃ!? 何が起きていると……!?」
老婆の声には焦りが見て取れる。
「行くぜぇぇっ!!」
そう言ってアインが走り出した。
その声を聞いた竜がアインの方を見、口から火の玉を吐きだしたがアインはそれを拳で粉砕する。次に触手が彼を絡め取ろうと襲いかかってくるが、それはPSK−03がブレイバーバルカンで粉砕する。
更にカノンとフォールスカノンが左右から竜に向かってダッシュしはじめた。
竜が次々と火の玉を吐き出すがそれぞれ左右に動いて火の玉をかわしていく。火の玉の着弾による爆発が起こるが、それに構わずカノンもフォールスカノンも竜に接近していく。
一番始めに竜に接近したのはアインであった。
「それじゃまず一個目!!」
そう言ってアインは竜の太股に見えている秘石にパンチを叩き込んだ。その拳の下、秘石が音をたてて砕け散る。
「グギャアアアッ!!」
悲鳴にも似た声を上げる竜。
「トウッ!!」
気合いの声と共にジャンプしたフォールスカノンが左腕に見えている秘石にチョップを喰らわせる。その逆側では同じくジャンプしたカノンが右肘にある秘石に膝を叩き込み砕いていた。
更に二つもの秘石を砕かれ、その激痛に思わずのけぞってしまう竜。
「これでも喰らえっ!!」
さっと竜の正面に出たPSK−03がブレイバーバルカンを発射する。特殊弾丸が竜の体表を撃ち破り、不気味な色の体液が噴出した。
「お、おのれぇっ!!」
竜が吼え、PSK−03に向かって火の玉を吐きだした。
「うおりゃあっ!!」
さっとPSK−03の前に出たカノンが後ろ回し蹴りで火の玉を粉砕する。
「相沢っ!?」
「北川、まだだ!! もっとやれ!!」
着地したカノンにそう言われ、PSK−03は大きく頷いた。
カノンの横に来ると更にブレイバーバルカンを発射し、竜にダメージを与えていく。その内の数発が竜の腹に見えている秘石を粉砕していった。
「グギャアアアアッ!!」
再び悲鳴のような絶叫を上げる竜。触手と腕をデタラメに振り回し、更には口から火の玉を吐きだしてカノン達を遠ざけていく。
「くそっ、これじゃ近づけねぇ!!」
アインがそう言って振り回されている触手をバックステップしてかわす。
「触手、火の玉……なんて厄介な……」
フォールスカノンがそう言って竜を睨み付けた。
「……北川……俺がチャンスを作る。あの口にグレネードを叩き込め」
「相沢……出来るのか?」
「やるさ。今の俺は何だって出来る」
カノンはそう言って頷くと、ダッと地を蹴って走り出した。
PSK−03は片膝をついてブレイバーバルカンのモードを切り替え、その狙いを竜の頭につける。
「七瀬さん、AIを起動させてください」
『大丈夫なの、北川君? PSK−03の起動限界は後少しよ?』
「お願いします」
『……わかったわ。モードB起動!!』
留美の声と共にPSK−03のマスク内のモニターが赤く染まった。
「頼むぞ、相沢……」
そう呟き、潤はじっと竜の頭部を見る。
カノンはジグザグに走って触手をかわし、竜に近寄っていく。今度は物凄い速度で腕を振り回してきた。軽くジャンプしてその腕をかわし、カノンはその腕の上に着地すると更にそこからジャンプ、一気に竜の頭上へと飛び出す。
「うりゃあっ!!」
竜の頭上からキックを喰らわせるカノン。
そのキックを浴び、竜が下を向いた。
「今だっ!!」
PSK−03がそう叫び、引き金を引いた。ブレイバーバルカンから発射されたグレネード弾が竜の口の中に飛び込み、爆発した。
「グギャアアアアアアッ!!」
先程のものとは比べものにならない程の絶叫を上げ、竜が悶え、のけぞる。
「よっしゃ! チャンスッ!!」
そう言ってアインが走り出す。その両足の踵に生えている鉤爪が光を帯びていく。
「オオラァァァァッ!!」
竜の目前で大きくジャンプ、伸身のまま一回転し、踵を竜の左肩、むき出しになっている大きめの秘石に叩き込んだ。光を帯びた鉤爪の一撃を受け、秘石は砕け散り、そこに古代文字が浮かび上がる。
「オオオオオッ!!」
腰を落とし身構えるフォールスカノン。その背に戦士の紋章が浮かび上がる。それがオーラを纏い、うっすらと浮かび上がる。そして、そこからジャンプ。
「トオッ!!」
大きくジャンプしたフォールスカノンの狙いは右の上腕部に見えている一際大きい秘石。背に戦士の紋章のオーラを纏ったフォールスカノンのキックがその秘石に叩き込まれる。同時に背に纏っていたオーラがフォールスカノンの身体を通ってキックを決めた足先に集中、そのまま竜の体内へと流れ込む。
アインとフォールスカノンが着地するのと入れ替わるように今度はPSK−03が竜に向かって突進していく。真っ赤に染まったモニター内でターゲッティングしているのは左膝に見えている秘石。だが、それには細かいひびがいくつも入っている。
「ウオオオオッ!!」
危険も顧みず竜の足下に接近したPSK−03は左肩に装備しているパイルバンカーを展開させ、その先端を膝にむき出しになっている秘石へと押しつけた。
「いっけぇぇぇぇっ!!」
バシュッという音がしてパイルバンカーが射出される。その先端が秘石を打ち砕き、そのまま膝の奥深くへと突き刺さる。
「ギャアアアアアアッ!!」
3つの秘石を砕かれ、全身に走った激痛に絶叫を上げる竜。
「これで決める!!」
カノンはそう言うとベルトの前で腕を交差させた。そしてさっと腕を左右に開く。するとベルトの中央の霊石が光を放った。次の瞬間、カノンの目が赤から金へと変わり、その全身に黒いラインが走った。それからカノンはすっと腰を落とし、左手を前に突き出しそこで十字を描く。
「な、何じゃと!?」
竜はカノンが宙に描いた十字の軌跡が空間を十字に歪めていることに気付き、驚きの声を上げていた。
「そ、その力は……」
「水瀬一族を滅ぼす力……虚無の力だ!」
そう言ってカノンは十字の中心を右の拳で打ち抜く。その直後、十字に歪んだ空間が竜の背後に出現した。まるで竜のサイズに合わせたかのように巨大化して。それは何もないはずの空間に描かれた十字架。そこだけにスパークが走り、微妙に空間が捻れている。
「何ぃっ!?」
驚き、振り返った竜の正面でカノンは大きくジャンプしていた。そして空中で膝を抱えて一回転し、両足を揃えて竜に向けて突き出す!
「ウオオリャアアァァァァァッ!!」
カノンの雄叫びと共に両足でのキックが竜を捉え、吹っ飛ばす。
吹っ飛ばされた竜が背後にある十字架に貼り付けられ、バキバキとイヤな音をたてながら十字架の中へと吸い込まれていく。
着地したカノンはその光景に背を向けながら静かに呟いた。
「虚無に……消え去れっ!!」
「グギャアアアアアアッ!!」
竜が絶叫を上げる。
次いで起こる大爆発。
その爆風に吹っ飛ばされるカノン達。
爆発は廃工場の天井を吹っ飛ばし、そこから夕焼けの赤い光が差し込んできた。
その光を浴びながら倒れていたカノンが祐一に戻っていく。
「祐一っ!!」
「相沢君ッ!!」
倒れている祐一に駆け寄ってくる名雪と香里。
その声が聞こえたのか祐一がゆっくりと起きあがった。そして駆け寄ってきた二人を見て、右手の親指を立ててみせる。
「祐一ぃっ!!」
そう言って名雪は涙を零しながら祐一の首筋に飛びついた。

<都内某所・森の中 21:54PM>
ガサガサが諭した草を踏み越え、よろよろ歩く人影。
その全身は既にボロボロで更には左腕が見当たらない。そこからポタポタと血が垂れているが、その量は余り多くない。どうやら血止めは為されているらしかった。
「お、おのれ……」
その人影が呟く。怒りと憎しみのこもった声。
「この恨み、決して忘れんぞ……相沢祐一……折原浩平……山田正輝……」
ふらふらと歩きながら、その人影はぶつぶつ呟いている。
「この傷が癒えたらまずは名雪じゃ……秋子も冬美も……皆殺しにしてやる……!!」
そう言ってその人影は足を止めた。
呟きながら歩いていたので息が切れ、それにそろそろ体力も限界らしい。
「イヤ、秋子ぐらいが丁度手頃じゃ……秋子の身体を奪い、次に………」
息を切らしながらもそう言う。
と、その時、がさりと言う音が聞こえ、その人影が顔を上げた。
「久し振りだね……」
そこに現れたのは赤いカチューシャにタートルネックの黒いノースリーブを着た一人の少女だった。
「あの場から逃げ出すのに随分苦労したみたいだね」
「……あの十字架に吸い込まれる前に身体の半分を吹っ飛ばしたわ。おかげでこの様じゃ」
そう言って人影は薄い笑みを浮かべた。
「ここに現れたと言うことは……助けに来てくれたのか?」
人影の問いにその少女は首を左右に振った。
「わしの復讐を手伝いに来てくれたのではないのか?」
更に首を左右に振り、否定の意志を伝える少女。
「で、では何でここに……?」
人影はその少女が纏う何やら不気味な気配におののきながら問うた。知らず知らずのうちに足が引けてしまう、圧倒的な程の負の気。
「……君は少しやりすぎた……」
ぼそりと呟くように言う少女。すっと目を細めて人影を睨み付ける。
その目に人影は射すくめられたように動けなくなってしまった。
「や、やりすぎただと……?」
「僕の楽しみを……君は自分の都合だけで引っかき回した……それはまだいい……許せないのは……カノンを殺そうとしたこと、アインを利用したこと、勝手に戦士を増やしたこと……」
少女はそう言うと人影に向かって手を伸ばした。
「な……ま、待って……あれは……違う! 違う!!」
少女の突き出した手を見て、その人影は慌ててそう言い首を左右に振る。
「あ、あれは………!!」
「言い訳無用……」
そう言って少女がニコリと微笑んだ。
次の瞬間、人影の身体が炎に包まれた。
「ギャアアアッ!!」
悲鳴を上げてのけぞる人影。その炎に照らし出された顔は祐一達を苦しめていた水瀬の老婆であった。
「灰は灰に……塵は塵に……」
嬉しそうに呟く少女。
その目の前で老婆は炎に包まれ、その場に崩れ落ちる。
「フフフ……」
「な、何故……何故じゃ……」
老婆がそう言って少女に向かって手を伸ばす。
「何故……何故わしを……同族のわしをぉっ!!」
少女はそう言った老婆を少し不快そうな顔をして見、すっと手を向けた。
「何故じゃぁっ!!水瀬き……」
「うるさい……」
老婆がそこまで言いかけた時、少女の目が金色に光った。次の瞬間、老婆の頭が不可視の力を受けて砕け散った。
そのまま老婆の身体が炎に包まれ、燃えていく。
少女はその炎を見つめ、薄く笑みを浮かべると、その場から立ち去っていった。

仮面ライダーカノン
Episode.48「名雪」


Episode.48「名雪」Closed.
To be continued next Episode. by MaskedRiderKanon


次回予告
わたしは罪人です
わたしは決して許されない罪を犯しました
罪のない人々を殺す人類の敵に
わたしは協力していたんです
だからわたしは彼の愛を受け入れる権利などありません
折角……今までずっと思い続けてきたのに……
それでも……それだからこそ彼の側にはいられない
だからわたしは捜すしかない
わたしを許してくれる方法を
わたしが許される方法を
神様、どうか教えて下さい

次回、仮面ライダーカノン

わたしに「贖罪」の方法を

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