<東京都奥多摩地区内某所 12:48PM>
オウガを前にカノンとアインが並び立つ。
「さぁ、行くぜ、相沢。まずはこいつらを撃退だっ!!」
「おうっ!!」
カノンが、アインが身構え、駆け出した。
流石のオウガも思わず一歩足を引いてしまう。
(何と……怯えているとでも言うのですか、この私が!?)
下げてしまった足を見て、オウガは苦渋の表情を浮かべた。そしてこちらに向かってくるカノンとアインを睨み付ける。
「冗談ではないっ!!」
オウガはそう言うとカノンとアインを迎え撃つ為に身構えた。
「私は……誰にも負けないっ!!」
「うるせぇっ!!」
そう言いながらアインがパンチを繰り出す。
そのパンチを身を反らせてかわすオウガだが、逆サイドからカノンが回し蹴りを放って来、それをかわすことが出来ずに吹っ飛ばされてしまった。
「人質とって戦うような奴が、誰にも負けないとかほざいてんじゃねぇぞ、おらぁっ!!」
倒れたオウガに向かってジャンプし、両手を振り下ろすアイン。起きあがろうとしていたオウガの背に振り下ろされた両手が直撃、再び地面に叩きつけられるオウガ。
「く……」
地面に手をつき、起きあがろうとしているオウガを見て、再びアインが飛び出そうとするが、カノンがそれを制する。
「何だよ、何で邪魔するんだよ、相沢?」
「あいつには聞きたいことがあるんだ。殺すわけにはいかない」
そう言ってカノンがオウガに歩み寄っていった。
「お前が強いと言っても俺たち二人が相手じゃ不利なのはわかるはずだ。教えろ。名雪は何処だ?」
「はい、そうですかと教えるとでも思いますか?」
ふらつきながらもゆっくりと立ち上がりオウガはカノンを見据えて言う。
「それに相手は私一人じゃないと言うことを忘れましたか?」
ちらりと空を見上げてオウガがそう言ったのと同時に空に舞い上がっていたリズヅ・シィバルが急降下してきた。それに気付いたカノンが慌ててその場から後ろへと飛び退いた。
「未確認ッ!?」
驚いたような声を上げたのはアインだった。
「逃げたんじゃなかったのかよ!?」
「どうやら上で様子をうかがっていたみたいだな!! 丁度良い、一気にケリをつけてやるっ!!」
カノンがそう言って地上に降り立ったリズヅ・シィバルに飛びかかっていくが、それに気付いたリズヅ・シィバルは翼を広げて飛びかかってきたカノンを弾き飛ばした。何とか踏みとどまるカノンだが、そこにオウガが飛びかかってくる。
「させねぇよっ!!」
そう言ってアインがカノンとオウガの間に割って入った。
「邪魔ですよ!!」
アインに向かって蹴りを放つオウガ。その蹴りをかわし、相手に肉迫してアインが肘を叩き込む。腹部に肘の一撃を受け、よろけるオウガ。
それを見たアインが追い打ちをかけるように拳を振り上げ、鋭いパンチをオウガに食らわせる。
リズヅ・シィバルは自分で弾き飛ばしたカノンの方を振り返り、翼を広げたまま、カノンに向かってジャンプした。低い軌道で滑空し、カノンに突っ込んでいく。
「フォームアップッ!!」
自分に向かってくるリズヅ・シィバルを見据えてカノンが叫んだ。ベルトの中央の霊石が紫の光を放つ。瞬時にカノンの身体が青のボディアーマーから紫の縁取りの為された鋼色の生体鎧に包まれる。
そこに突っ込んできたリズヅ・シィバルをガシッと真正面から受け止め、そのまま振り回してから投げ飛ばすカノン。
ほぼ同時にアインもオウガの腕を掴んで振り回しており、タイミングを合わせてその手を離す。
投げ飛ばされたオウガとリズヅ・シィバルがカノンとアインの間でぶつかり合う。それを見て、同時に駆け出すカノンとアイン。ぶつかり合った衝撃でふらふらしているオウガとリズヅ・シィバルに向かってジャンプキックを喰らわせる。今度はぶつかり合うことなく、吹っ飛ばされ地面に倒れてしまうオウガとリズヅ・シィバル。
「おっしゃぁっ!!」
そう言ってガッツポーズをとるアイン。
その横ではカノンがじっと倒れたオウガとリズヅ・シィバルを見つめていた。
「そろそろ話してもいいんじゃないか?」
「ふ……まだまだ……」
そう言って起きあがるオウガ。
同じくリズヅ・シィバルも起きあがり、すぐに背の翼を大きく広げるとそのまま空へと舞い上がっていった。どうやら自分の不利を悟ったらしい。そのまま降りてくることなく何処かへと消えていく。
「どうやら後はあんた一人のようだぜ、おい?」
アインがそう言ってオウガに近寄っていく。
「フフフ……元々ヌヴァラグの方などあてになどしておりませんよ……」
オウガはそう言うと近寄ってくるアインを見た。そして、ゆらりと彼の方に倒れ込む。いや、そうではない。倒れ込むように見せかけてアインに接近するとがら空きのボディにパンチを叩き込んだ。
「がはっ!?」
いきなりの攻撃に油断していたアインがその場に崩れ落ちる。
「折原っ!!」
カノンがそう言ってアインに駆け寄ろうとするが、その前にオウガが現れカノンの腕を掴んで投げ飛ばした。
「ぬおっ!?」
背中から地面に叩きつけられたカノンが呻き声を上げる。
「フフフ……私が本気になればあなた方二人同時に相手など容易いのですよ」
オウガがそう言って倒れたカノンの胸を踏みつける。
「なら見せて貰おうじゃねぇか!!」
オウガの背中側からアインが飛びかかった。だが、オウガは振り向きながら肘を出し、アインを迎撃する。
「甘いですよ」
そう言ってカノンの胸においた足をどけ、倒れたアインの方を振り返った。
「二人がかりであろうと何であろうと……この私、オウガを倒すことなど出来はしません」
「そいつはどうかな?」
「何っ!?」
声の聞こえた方、つまりは下をオウガが見下ろすと同時に紫から白に戻ったカノンが飛び上がるように蹴りを放った。下からの思わぬ攻撃を受け、オウガがのけぞる。カノンは蹴り上げた勢いで起きあがるとオウガに詰め寄り下からの肘打ちを叩き込んだ。
「くっ!」
肘での一撃を受けた胸を手で押さえ、後退するオウガ。
「何処行くんだよ?」
そう言ったのはオウガの後ろに回り込んでいたアインだった。オウガの首筋を押さえ、空いている手でその腕をも押さえ込む。
「さぁ、こいつの質問に答えてやんな」
「ま、まだ倒されたわけではありませんよ……」
「首根っこへし折るぜ? 俺はあいつと違って本気だからな」
アインはオウガの首に回している腕に更に力を込めた。このまま腕に力を込めていけばオウガの首は間違いなく折れる。
「今度は助けは入らないぞ。さぁ、言え。名雪は……」
「あなたが来るのを待っていましたよ、カノンッ!!」
オウガは近寄ってきたカノンを見ると地面を蹴って身体を持ち上げ、足を伸ばしてカノンの首に引っかける。そしてそのままカノンを地面に引き倒す。
「相沢っ!?」
「何っ!?」
「ほら、そこに油断があるんですよ!!」
引き倒されたカノンを見てアインは思わずオウガの首筋を締める腕の力を緩めてしまった。同時にオウガの腕を押さえている手の力も知らずに緩めてしまう。その隙を逃すオウガではない。抑えられてない方の腕で背後にいるアインの脇腹に肘打ちを喰らわせ、相手が怯んだところを思い切り投げ飛ばす。更に起きあがろうとしていたカノンを思い切り蹴り飛ばした。
「ぐはっ!?」
吹っ飛ばされるカノン。
「フフフ……ハハハ……ハーッハッハッハ!!」
倒れた二人を見て高らかな笑い声をあげるオウガ。
「どうしたどうした、二人がかりでこの私を倒すんじゃなかったんですか!?」
「ああ……」
地面に手をつきながらゆっくりと起きあがるアイン。
「こうなったら意地でもお前をぶっ倒してやる」
指を鳴らしながらアインはゆっくりと立ち上がった。
一方、カノンは無言で立ち上がっている。
(残り時間は後どれくらいある……? ここでこんな事をしている暇はないのに……)
心の中の焦りを押し殺し、カノンはオウガをじっと見た。
「行くぞ、相沢!! こいつをぶっとばすっ!!」
アインがそう言って走り出した。無言で頷き、カノンも走り出す。一人でやるよりも二人の方が早い。だが、今自分達が相手をしているのは二人がかりでも互角以上に戦う相手だ。確実に勝てるという保証は何処にもない。
「さぁ……来なさい!!」
オウガは余裕たっぷりの様子で走ってくる二人を待ち受ける。
まずはアインが飛びかかるようにジャンプしてパンチを放つ。そのパンチを左手で軽く受け流し、逆サイドから回し蹴りを叩き込もうとしたカノンの足を右手で受け止める。次いで左手の裏拳をカノンに喰らわせ、水平チョップをアインに喰らわせた。掴みかかろうとしていたアインはオウガの水平チョップをまともに喰らい、のけぞり倒れてしまう。
「死になさい!」
そう言って倒れたアインに向かって片足を振り上げる。だが、そこにカノンが飛びかかり、そのままもつれ合うように地面を転がった。少し転がっただけで二人ともその勢いを利用してすぐに起きあがる。バッと地を蹴って互いに離れると身構えたまま、睨み合うカノンとオウガ。更にオウガの後方でアインが立ち上がっていた。
「かぁ〜、結構やってくれんじゃねぇの」
頭を振りながらアインはそう言い、身構えた。
「どうやら手の内隠して勝てるような相手じゃないって事か」
「手の内を隠す? 随分と余裕だったんですね」
「人質とるような奴相手だからな。もう少し楽かと思ったんだが……どうやら実力も本物って事か。認めるぜ、テメェのこと」
「認めて貰えて光栄です……さぁ、その手の内とやらを見せて貰いましょうか?」
オウガはカノンに背を向け、アインの方を向いてそう言った。
「それじゃご期待に応えてやるよ……激変身ッ!!」
アインがそう叫んだ瞬間、彼のベルトの左右に配置されている青い秘石が光を放った。その光を纏いながらアインの姿に変化が現れる。青を基調とした生体装甲に身を包み、左上腕部の鉤爪が太い一本へと統合される。足の鉤爪はより小さく太くなり、そして左肩のショルダーアーマーが大きくなっていた。
「ほう……」
オウガは更なる変身をして見せたアインに対し、驚いたように息を漏らした。
「カノンと同じ力を持つというわけですか……なかなか面白い……」
そう言って身構えるオウガ。
「見せて貰いましょうか、その力……うっ!?」
そこまで言いかけ、いきなりオウガは頭を手で押さえてよろめいた。激しい頭痛がオウガを襲う。それは普通に立つことすら不可能にするくらい激しいものであった。
「ううう……っ!? クッ、こんな時に……」
よろめきながら後退するオウガ。
それを見たアインが地を蹴って駆け出した。
「何かは知らねぇがチャンスだ! 行くぜ!!」
その動きはまさに神速。風よりも早い動きであっと言う間にオウガに迫り寄るアイン。すかさずオウガのボディに左腕での強烈な一撃を叩き込む。
「くうっ!?」
身体を九の字に折り曲げたところにアインの膝が容赦無く叩き込まれ、オウガは吹っ飛ばされてしまった。地面を転がり、その勢いを利用して何とか起きあがるオウガに今度はカノンが詰め寄っていく。だが、オウガは接近してきたカノンに向かって左腕を鞭のようにしならせ攻撃してきた。慌てて飛び退くカノン。その間にオウガは後方に止めてあった専用マシン・ダスティバイパーの側まで下がっていた。
「やむを得ませんね……勝負はお預けです!!」
そう言ってダスティバイパーに跨るオウガ。
「どうせ残り時間は少ない……決着は必ずつけますよ、カノン!! そしてアイン!!」
「逃げんのかっ!?」
「すぐに会えますよ……では!!」
ダスティバイパーを走らせ、あっと言う間に消えていくオウガ。
カノンとアインはそれを呆然と見送るしかなかった。
「……本当にいっちまったよ……」
アインが去っていくオウガを見ながら呟く。
少しの間カノンも同じように消えていくオウガを見つめていたが、すぐに背を向けると倒れたままのロードツイスターに駆け寄った。ロードツイスターを起こすと変身を解きながらすぐに跨る。
「おいおい、何処行くんだよ、お前も?」
言いながら変身を解くアイン。
相沢祐一はそう声をかけてきた折原浩平の方を振り返った。
「悪いが時間がない。助けてくれたことに感謝はするが……」
「まぁまぁ、そう言うなよ。お前に会わせたい奴がいるんだからさ」
浩平がそう言って祐一に手を伸ばそうとするが、祐一はそれに構わずヘルメットを被り、エンジンを始動させる。
「時間がないと言っただろう。俺は一刻も早く……」
「まぁ、そう慌てるなよ、お前が探しているお嬢さんの居場所ならだいたいの見当がついているからよ」
浩平がそう言ってニッと笑った。
思わず浩平の顔を凝視してしまう祐一。
「何で……お前がそれを……?」
「ま、色々あってな。どうだ、ついてくる気になったか?」
「………いや」
祐一は少し考えてから、やはり首を左右に振った。
「名雪の居場所がわかっているのなら先に確認しておきたいことがある。こいつ経由で連絡してくれ」
そう言って祐一は着ていた上着やらズボンのポケットをまさぐり、中から適当な紙を取り出すとその裏にある携帯の電話番号を書き込み、浩平に手渡した。
その紙を受け取った浩平が訝しげな顔を祐一に向ける。
「誰の番号だよ?」
「美坂香里。お前も一度会っているはずだ」
「………あのキッツイ姉ちゃんか。OK、じゃ、場所の確認が出来たら連絡しましょう」
肩を少し竦めて浩平はそう言い、紙をポケットにねじ込んだ。
「それより一人で大丈夫か? またあの野郎が出たら厄介だと思うぜ?」
少し表情を引き締め浩平が言う。2対1でも互角以上に戦ったオウガだ。1対1では勝てないかも知れない。
「それなら大丈夫だ。今回のことでおぼろげだがあいつにも弱点があるのがわかった」
「弱点?」
「ああ。何故だかは知らないが奴には活動時間の限界があるらしい。戦わずに逃げ切れれば……」
「戦わずに逃げるねぇ……俺の性には合わない作戦だな」
「別にお前にそうしろとは言わないさ。俺だったらそうするって言うだけでな」
そう言って祐一はロードツイスターのエンジンを吹かせた。
「連絡、待ってるぜ」
そう言うのと同時にロードツイスターを発進させる祐一。
浩平は片手を上げて祐一を送り出し、自分の乗ってきた黒いオンロードマシン・ブラックファントムに歩み寄った。
「さて、それじゃこちらも行きますかね」
呟くようにそう言い、浩平はヘルメットを被り、ブラックファントムを走らせはじめたのだった。
それを見届けてから、物陰からすっと黒い影が姿を現した。
オウガが現れてからずっと隠れていた未確認生命体第2号ガダヌ・シィカパである。周囲に誰もいないことを確認するとガダヌ・シィカパは翼を広げて空へと舞い上がった。そして、そのまま西の空へと消えていく。

<都内某所・とあるコンビニの駐車場 14:05PM>
コンビニエンスストアの中から出てきた国崎往人が車に戻ると美坂香里が地図を広げてため息をついていた。
「どうした?」
「……何でもないわ」
香里は声をかけてきた国崎に顔も向けずにそう言うと、また地図に目を落とした。既に地図に書かれた丸印の上には幾つか×がつけられている。残りの丸印は少なくなっていた。
「まだ残っているだろ。見つかるって」
香里の不安を見抜いたかのように国崎が言う。
「……ええ、そうね」
そう言って香里は国崎に笑みを見せた。
「でも時間が後どれくらいあるかわからないわ。急ぐにこしたことは……」
「了解、了解。それじゃ行くか」
国崎はコンビニの袋の中からパンをとりだし、封を切るとそのパンを口にくわえてから車を発進させた。
「一個貰うわよ」
香里はそう言うと国崎の膝の上からコンビニの袋を取り、中から適当にパンをとりだし、国崎と同じように封を切って口にくわえた。それから地図上のある丸印を指で示す。
「次はここね。とりあえずここが一番近いから」
「おう……ところで祐の字から連絡あったか?」
「全く。何処で何をしているのやら」
そう言ってから香里は窓の外を見た。余り天気は良くない。雨は降ってないが雲が太陽を遮っている。それはまるで今の自分の気持ちのようだった。
(本当に……間に合うの?)
一体残り時間が後どれくらいなのか。こうして一つ一つ虱潰しに当たっていていいのか。もっといい手があったのではないか?
数々の不安が胸をよぎる。
(お願い……名雪……)
祈るような気持ちで香里は空を見上げる。

<喫茶ホワイト 14:10PM>
祐一はロードツイスターを止めるとすぐに店の中に飛び込んでいった。
「秋子さんっ!!」
「いらっしゃ……祐さん!?」
飛び込んできた祐一を見て、ウエイトレスの長森瑞佳が驚いたような声を上げた。
「何処行ってたの、今まで!?」
駆け寄ってくる瑞佳の向こうに祐一は探している人物の姿を見つける。
「ちょっとゴメン」
そう言って瑞佳を押しのけ、祐一はその人物の側へと歩いていく。
その人物は一番奥のテーブルに静かにコーヒーを飲んでいた。
「秋子さん、話があるんですが」
祐一はその人物、水瀬秋子のすぐ側に立ち、静かな口調でそう言った。
秋子は手に持っていたコーヒーカップをテーブルの上に置き、ゆっくりとした動作で祐一を見上げ、微笑んだ。
「お帰りなさい、祐一さん。その様子だと力の制御には成功したようですね」
「ええ、おかげさまで……幾つか聞きたいことがあるんですがいいですか?」
言いながら祐一は秋子の真正面に座る。
その表情が酷く真剣なことに気付いた秋子は自らの顔から笑みを消した。そして、黙って祐一の瞳を見つめ返す。
「まず一つ目……水瀬一族の記憶、あれは本当に力を得るのと同時に甦るんですか?」
「え?」
秋子は祐一のその質問に思わず言葉を失っていた。
「二つ目……その記憶、本当にその記憶にその人の記憶が上書きされるんですか?」
秋子の返答を待たずに祐一が次の質問を口にする。
「三つ目……水瀬一族は本当に未確認と同盟関係にあるのか?」
祐一は秋子の返答を待つ気はないらしい。
「四つ目……ビサンは本当に水瀬一族を疎んでいたのか?」
秋子にもそれがわかったのか黙って祐一の言葉を聞いている。
「五つ目……秋子さん、あなたは本当に一族から逃れることが出来たんですか?」
じっと秋子の目を覗き込みながら祐一は言葉を重ねていく。
「六つ目……そもそもあの婆さん、秋子さん達が大婆様と呼ぶあの婆さんは一体何者なんですか?」
それだけ言うと祐一は口をつぐんだ。
少し離れたところにいた瑞佳が何か声をかけようとするが、それをマスターが黙って制する。この二人が話していることは何かわからないがとにかく重要なことに違いない。邪魔はしない方がいいだろう。そう判断してのことだ。
重苦しい沈黙。だが、それは長続きはしなかった。あえてその沈黙を破ったのは祐一の方であった。
「全てに答えが欲しい訳じゃありません。答えられるものだけでいいんです。答えてください」
祐一はややきついとも思える口調でそう言った。
再び重苦しい沈黙が舞い降りる。
「…………祐一さん」
秋子が口を開く。
「三つ目と四つ目の質問には私は答えようがありません。一つ目と二つ目に関しては……そう教えられました」
「教えられた……? 自分の記憶の中にあったんじゃないんですか?」
祐一は思わず身を乗り出していた。
「いえ……余りはっきりしないんですが……子供の頃からずっとそう教え聞かされていたと思います……」
少し頼りなさげな秋子の声。
これはある意味仕方ないのかも知れない、そう思った祐一は乗り出していた身体を戻し、イスに座り直した。
「五つ目の質問ですが、それははっきり言ってノーです。私の居場所は大婆様に知られていました。姉さんは……祐一さんのこともありましたし、上手く隠していましたが」
「……でも俺、ガキの頃、よく遊びに行っていましたよね?」
そう言いながら祐一は首を傾げていた。
子供の頃、毎冬名雪の家に遊びに行っていた時は絶対に母親と一緒だったはずだ。秋子の居場所が知られているのならその家に遊びに行っていた自分と母も気付かれていても不思議はない。
「姉さんは他人に自分を自分と気付かせないようにすることが出来るんです。その力は物凄く大婆様でも見破ることは出来なかったと思いますよ」
「……ああ、そう言えば……」
祐一は秋子の言葉から、自分の母が秋子を名雪達の手から助け出した時のことを思い出していた。あの老婆や名雪を前にして首尾良く、自分は無傷で秋子を助け出したのだ。
「う〜ん、お袋って凄いんだな……」
思わず腕を組んで頷いてしまう祐一。
「六つ目の質問ですが大婆様は昔からずっと大婆様としか言いようがありません」
「……ちょっと待ってください。昔から大婆様って事は秋子さんが子供の頃からそう呼ばれていたんですか?」
祐一がそう問うと秋子ははっとなったように口元を抑えた。
「そう言えばそうですね……私が子供の頃からずっとあの大婆様で……そうそう、私にあの話を語って聞かせていたのも大婆様だったと思います」
「年とらねぇのか、あの婆さん……ますます化け物だな」
そう言って祐一は苦笑した。
「何でも水瀬一族の中でも最長老らしくって……姉さんは不審がっていましたけど……昔話とか良く憶えている人ですよ。代々口伝されているんだと思いますが」
「………そうですか。あ、忘れていました。名雪を取り戻すラストチャンスってどう言うことなんですか?」
立ち上がりかけた祐一がそう言うと、秋子は顔を上げて驚いたように祐一を見た。
「香里ちゃんから聞いてなかったんですか?」
「あ〜……色々とありまして」
「今朝早くから名雪の存在をどうしても感知することが出来なくなったんです」
「感知……そんな事が出来るんですか?」
「祐一さんでも出来るはずですよ?」
「………」
後でやってみようと密かに決意する祐一。よくよく考えてみれば秋子の居場所を何となくだが知ることが出来たのもこの力のおかげなのだろう。
「それでですね」
話の腰を折られた秋子だが気分を害した風でもなく話を続ける。
「おそらく名雪の存在を隠して宗主交代の儀式を始めたんじゃないかと思いまして」
「……わざわざ儀式をする必要があるものなんですか、それ?」
「宗主は一族の記憶、その昔年の恨み辛み、全てを一身に背負いますから。それなりに準備が必要なんです。儀式は開始してからだいたい24時間で終了するはず。その24時間以内に名雪を助け出すことが出来れば元の名雪に戻せると思います」
「その儀式が終わると一族の記憶が完全に名雪の記憶を上書きするって言うことですね?」
「はい」
秋子がしっかりと頷いたのを見て、祐一はさっと時計を振り返った。もう14時半を過ぎている。いつ儀式が始まったのかはわからないが急いだ方がいいに違いない。
「……秋子さん、実はずっと疑問に思っていたことがあったんです」
「疑問?」
「はい……何時か秋子さんが話してくれたことと名雪が言っていたこと、それが微妙に違っていたんです。秋子さんはビサンが水瀬一族を疎んだからビサンを裏切り未確認についたと言ってしましたよね。でも名雪は未確認、ヌヴァラグは神の使いであり水瀬一族はその力故に選ばれ、ヌヴァラグを助けていると言っていたんです。勿論、俺にはどっちが本当なのかはわからない」
祐一の言葉に秋子は何も言わず、ただ祐一を見つめている。
「それにもう一つ。秋子さんの話なら力が覚醒すると一族の記憶が甦るはずですよね。でも俺にはそれがなかった。俺が男だから? イヤ、そうじゃない。何かがおかしいんです」
「おかしい……?」
「ええ。それが何かはわかりません。でも何か、騙されているような、そんなイヤな感じがするんですよ」
そう言って祐一は再びイスに腰を下ろした。
「俺が水瀬一族を滅ぼす存在だと言うことも。多分あの婆さんに会えば何かわかるんだと思いますが、絶対に話しちゃくれないでしょうし」
「祐一さん……」
「とりあえず行きます。行って名雪を助け出します。だから……待ってて下さい」
親指を立ててそう言う祐一に秋子は大きく頷いて見せた。

<都内某所・廃工場内 14:21PM>
一台のアメリカンバイクが廃工場の中へと入ってきた。
アメリカンバイクに乗っていた男は止めるのももどかしそうに、バイクから降りると奧へと向かって歩き出す。その足取りはふらふらとしてかなり頼りなかった。
「婆さん!! 婆さん!! 何処にいる!?」
廃工場の中をふらふらと歩きながら大声を上げる男。
その彼の前に音もなく二人の少女が姿を見せた。
「まだ儀式の最中です」
「お静かに願えますか?」
二人の少女が口々に言う。
「お前ら人形に用はない。婆さんは何処だ?」
男は腕を振ってそう言い、二人の少女の向こう側を睨み付けた。
「大婆様はまだ儀式の最中です」
「誰ともお会いにはなられません」
「お前らに用はないと言っている!!」
明らかに苛ついた声でそう言い、男が一歩前に踏み出すと彼の周囲に泥人形が次々と降り立ち、彼を取り囲んだ。
男は自分を取り囲んだ泥人形を見回し、更に不快そうに顔を歪めた。
「何のマネだ?」
「いくらキリト様でも」
「これ以上の無礼は許しません」
少女達の顔に珍しく怒りの表情が浮かぶ。
キリトと呼ばれた男はそんな少女達を見て、ニヤリと笑った。それはまるで猛獣が獲物を見つけた時の喜びを表すかのような壮絶な笑み。
「この私を力ずくでも排除するというのか……?」
頷く二人の少女達。
「面白い……やって貰おうじゃないか!!」
キリトはそう言うと、さっと一歩後退し、大きく両手を円を描くように回し、腰の前に拳を合わせた。そこに浮かび上がるのは中央に宝玉を持つベルト。
「私に挑む以上容赦はしませんよ!!」
そう言って両手を前に突き出す。
「変身ッ!!」
素早く顔の前で腕を交差させ、一気に振り払う。すると、ベルトの中央の宝玉が光を放ち、その光の中、キリトの姿が変貌していった。戦士・オウガへと。
だが、変身した直後、オウガは物凄い頭痛に思わず片膝をついてしまっていた。
「ぐおおっ!?」
片手を地面につき、もう片方の手で激しい頭痛が起こっている頭を抑える。
「ぬううっ!!」
何とか顔を上げ、自分を取り囲んでいる泥人形を見やるオウガ。その包囲網は少しではあるが縮まっていた。
「この程度……丁度良いハンデ!!」
そう言うと同時にオウガは激しい頭痛を堪えて立ち上がり、一番近くにいた泥人形を殴りつけた。その一撃で泥人形は砕け散った。
「泥人形などでこの私を止められるわけが……」
更に近寄ってきた泥人形をしならせた右手での一撃を粉砕するとオウガは泥人形を操っている二人の少女へと駆け出した。その前に立ちふさがる泥人形を次々と粉砕し、オウガはあっと言う間に少女達の前に到達する。
「さぁ……婆さんに会わせて貰おうか?」
オウガが詰め寄ってそう言うが、二人の少女は全く恐れた様子すら見せない。
「先程も言った通り」
「大婆様はまだ儀式の最中です」
「誰ともお会いになることは」
「ありません」
嫌味な程に冷静に言う二人の少女。
その冷静さにオウガはますます苛立ちを募らせた。
「ぶち殺すぞ、このクソガキ!! さっさと……」
少女達の首に手をかけ、オウガがそこまで言った時、この少女達が現れた時と同じように一人の女性が音もなく姿を現した。
「止めなさい、キリト君」
その声にオウガが振り返るとそこには一人の女性が立っていた。
「……あんたか」
オウガからキリトの姿に戻り、彼は少女達の首から手を離した。
「大婆様が会うそうよ」
「……そいつは良かった」
そう言って少女達を見、ニヤリと笑うキリト。
「何も若い命を散らせる必要はないものな」
先程自分の手で少女達を殺そうとしておきながら、キリトはそう言った。そして新たに現れた女性、皆瀬真奈美について奥へと進んでいく。
廃工場の一番奥つまったところにある祭壇の前にキリトが求める老婆の姿があった。
「儀式は終わったのかい?」
「第一段階は終了じゃ。それより何を騒いでおった?」
老婆は祭壇の上からキリトを見下ろして言う。
「早いところこの頭痛を何とかして貰いたくてな。これじゃあいつらを殺せない」
そう言って頭を指さすキリト。
「フン、まだ手こずっておるのか。お前はカノン、アインよりも強いというのに……」
老婆はそう言いながら祭壇を降り、キリトの側へと歩み寄った。
「なぁに、今度会ったら確実にやれるさ。さぁ、早いとこ頼むぜ」
老婆を前にニヤリと笑う。
老婆もキリトに気付かれないように薄い笑みを浮かべていたのだが、それにキリトは気付くことは勿論無かった。

<都内某所 15:16PM>
小さな工場跡から車に戻ってきた国崎と香里は揃ってため息をついていた。
「また×か……」
「そう簡単にはいかないと思っていたけど……」
どうやらここも水瀬一族の隠れ家ではなかったらしい。二人は明らかに落胆していた。
「次はどうする?」
国崎がドアを開けながら尋ねると、香里は持っていた地図を広げた。
「もうそれほど残っている訳じゃないわ。もしかしたら何処かで見落としたのかも……」
そう香里が言ったので国崎はドアを開けたまま、香里の側まで行き地図を覗き込む。地図上の丸印の上に書かれた×印の数は残る丸よりも多くなっている。
「見落としか……余り考えたくはないな」
「それは私もだけど……でも……」
何せ相手は不可視の力と言う謎の力を持っているのだ。生半可な相手ではない。自分達の居場所を隠すことなど造作もないのだろう。
「残り時間も後どれくらいかわからない……まさに絶体絶命って感じだな」
国崎はそう言って拳をパンと叩いた。
「それでもやるしかないんだがな」
「ええ……」
香里がそう言って国崎を見る。と、不意に彼女の携帯電話の着信音が鳴り響いた。携帯電話を取りだし、通話ボタンを押すと聞き慣れない声が飛び込んできた。
『美坂香里さんだな?』
「ええ、そうだけど……」
『相沢からあんたに連絡してくれって言われていたんでな。例の探しているお嬢さん、何処にいるかわかったぜ』
「例のお嬢さんって……名雪のこと!?」
『名前までは知らないけどな。多分そうだろ?』
「何であんたがそんな事を……って言うか、あんた、誰よ?」
『やれやれ。憶えてないってか? 俺は折原浩平。何時か関東医大病院で会っているはずだぜ』
「関東医大病院……あ〜〜〜っ!! あんた、相沢君を殺そうとしたあいつなのね!?」
いきなり大きい声を上げた香里に思わず国崎はビクッと身体を震わせた。
『思い出してくれたかい?』
「あんた、今度は一体何を……」
『おいおい、待ってくれよ。俺は誰かに操られていたんだって。信じる信じないはそっちの勝手だけどよ』
「……で、そのあんたが何で名雪のことを?」
『まぁ、ちょっとあってな。とりあえず場所を言うぜ。いいか?』
浩平は香里の返事を待たずに名雪がいると言う住所を口にする。慌ててその場所をメモする香里。そしてすぐに地図上でその住所を探し出す。
「ここは……」
『見つかったかい?』
「ここは……もう調べたわ! 何もなかった……」
『嘘だと思うのはそっちの勝手だがな。とにかく俺は伝えたぜ。相沢にもよろしく伝えてくれ。そこで会おうってな』
それだけ言うと浩平は一方的に通話を切った。
香里は通話の切れた携帯電話をポケットに戻すと広げていた地図を折り畳んだ。そして国崎の方を見る。
「行きましょう」
「行くって何処に?」
国崎の質問に答えず、香里は助手席側のドアを開ける。
「決まっているわ……一番始めに捜索した、あの廃工場よ」
香里は国崎に向かってそうはっきりと断言した。

<都内某所・路上 15:31PM>
未確認生命体第29号を殲滅した警察病院の駐車場に止めてあったKトレーラーの中でPSK−03の緊急メンテナンスを行っていたPSKチームの面々だが、ようやくそれが終了し倉田重工第7研究所に戻ろうとしていた時のことであった。
PSK−03装着員である北川潤の携帯電話が呼び出し音を鳴らした。
「すいません……」
そう言ってKディフェンサーをおいてある後部へと歩いていく潤。
通話ボタンを押す。
『北川さん……佐祐理です』
「所長? どうしたんですか?」
向こうが小声だったのでつい小声で返してしまう。
『水瀬さんのこと、憶えていますよね?』
「……何時か会いましたね。あれは……」
『第27号の時です。あれからちょっと思うことあって調べてみたんですが……』
「何かありましたか?」
『今現在水瀬さん……あなたの同級生だった名雪さんですが、行方不明になっています』
「行方不明? でも俺は……」
『ええ、北川さんが東京で会っているという話は聞いています。その名雪さんのお母様である秋子さんはちゃんと東京に来ているという報告が来ています』
「……」
『……この間会った祐一さん、祐一さんも誰かを捜しているようでした』
「相沢が……だとすればあいつが探しているのは水瀬に違いない」
『何があったのかはわかりませんが……北川さん、あなたも佐祐理も何度と無く祐一さんには助けられています。ここは……』
「……わかりました。何とか相沢の奴を捜し出して借りを熨斗つけて返してきますよ」
潤はそう言って通話ボタンをオフにした。
「さて、相沢をどうやって捜すかだが……」
呟きながら潤がKディフェンサーのすぐ横を通り抜けようとした時だった。いきなりトレーラーが急ブレーキを踏んだのだ。
「うわわっ!」
「きゃあっ!?」
思わずつんのめる潤に悲鳴を上げる七瀬留美。
「……七瀬さん……?」
留美の隣に座っていた斉藤が意外と可愛い悲鳴を上げた留美の顔を見た。真っ赤になって留美は斉藤の顔を睨み付ける。すかさず顔を背ける斉藤。
「な、何があったんですか?」
潤がそう言って運転席に続くドアに手を伸ばそうとする。
「おい、北川っ!! 話がある!! 出てこいっ!!」
トレーラーの後部ドアをどんどんと乱暴に叩きながら聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「あの声……聞いたことありますね」
斉藤が後部ドアを振り返って言う。
「どうやら急ブレーキの原因は彼のようね。北川君、あなたに用があるって言っているから話を聞いてあげたら?」
留美がそう言ったので潤は頷いて後部ドアに向かった。
後部ドアを開けると、そこには予想通り祐一が立っていた。
「何だよ、相沢?」
「北川、お前に頼みがある……」
祐一は真剣な目で潤を見上げる。
その眼差しの余りもの真剣さに潤は少し怯んでしまった。それは何時か彼が自分達をかばって怪人の前に立ちはだかった時と同じ目。
「……言ってみろよ。俺に出来ることなら協力するぜ」
少し緊張しながら潤は答える。
「名雪を取り戻す最後のチャンスがある。お前にも手伝って欲しい」
そう言った祐一の目に嘘など無い。イヤ、それ以上に潤のことを信頼している。潤のことを自分と同じ位置にいる仲間だとそう思っている。そんな目であった。
「……わかった。俺に出来ることがあれば何でも言ってくれ」
「サンキュー、北川。それじゃとりあえずだな……」
祐一がそこまで言いかけた時、停めてあったロードツイスターの無線が呼び出し音を鳴らした。
「ようやく来たか。ちょっと待っててくれ」
そう言ってロードツイスターに駆け寄る祐一。無線のスイッチを入れ、何事かを無線の向こう側の相手と話している。その話が終わると祐一は潤の方を向いた。
「場所がわかった。悪いが先に向かってくれないか?」
そう言って祐一が伝えられてきた場所を告げる。
「それは別に構わないが……お前は何処行くんだよ?」
祐一の方に歩み寄りながら潤が問う。
「どうしても確認しておきたいことがあるんだよ。すぐに行くから香里達と合流して待っていてくれ」
ヘルメットを手にしながら祐一が言う。
「香里……? 美坂がいるのか?」
思わず祐一に詰め寄ってしまう潤。そのいきなりの行動に祐一の顔が引きつった。ぐぐっと額が触れる程にまで詰め寄り、潤が口を開く。
「美坂がいるんだな、相沢?」
「あ、ああ……何かと世話になりっぱなしだ……」
「そうか……美坂がいるのか……良し! 俺に任せておけ!!」
そう言って力こぶを作ってみせる潤に祐一は思わず苦笑を浮かべていた。
「あいっ変わらずわかりやすいなぁ、お前」
「誉め言葉として受け取っておく」
「確実に違うんだが……まぁ、とにかく頼んだ」
祐一はヘルメットを被るとすぐにロードツイスターを発進させていった。
その後ろ姿を見送りながら潤はぎゅっと拳を握りしめる。
「よしっ!!」
「気合い入ってるわねぇ〜」
トレーラーの後部ドアにもたれて潤の背中を見ていた留美がそう呟いた。
「まぁ、あの彼に頼りにされたんだからそうでしょうね」
同じく後部ドアの側に立っている斉藤が言う。
「それだけかしら? 北川君が張り切ると切ってのは大抵あれなのよねぇ」
「あれ?」
「……さて、行くわよ、北川君!」
留美が未だ立ち尽くしている潤の背中に声をかける。
「了解です!!」
振り返った潤は何やら妙なくらい晴れ晴れとした表情を浮かべていた。

<都内某所・廃工場前 15:54PM>
廃工場の前に車を止め、国崎と香里が外に出てきた。
「ここね……」
「ここだな……」
二人は不気味な気配を漂わせている廃工場を前に緊張を隠せないでいた。ここに名雪がいるのなら、それはすなわち強大な力を持つ水瀬一族の長老格の老婆もいると言うこと。祐一ですら苦戦する……イヤ、敵わない程の力を持つあの老婆。この二人では勝てるはずがない。
「どうする? 行くか?」
国崎はそう言いながら懐から拳銃を取り出していた。装填されている弾丸を確認する。対未確認生命体用に与えられたコルトパイソン。勿論対人用ではない。
(けど相手は未確認もビックリの連中だからな……)
拳銃を懐に戻し、国崎は隣に立ち、廃工場を見つめている香里を見た。
「祐の字が来るのを待ってもいいぞ」
「……残り時間……」
「え?」
香里が呟いた言葉に国崎が彼女の顔を覗き込んだ。
「残り時間が後どれくらいかわからないわ。相沢君が来るのを待っている間にタイムリミットが過ぎたらお終いよ。一か八か……中に飛び込むわ」
真剣な顔をして香里がそう言い、国崎も真剣な表情を浮かべて頷いた。
二人が歩き出す。国崎が香里をかばうように少し前に出ながら、二人はゆっくりとだが廃工場の入り口に近付いていく。
「お待ち下さい」
「それ以上はいけません」
そう言って二人の少女が廃工場の入り口に姿を見せた。
思わず懐の拳銃に手を伸ばす国崎。だが、それを制したのは香里だった。
「相手は子供じゃない。そんなもの出さなくても……」
「だが、相手は水瀬の一族なんだろ? 警戒してしすぎることはないと思うぜ」
国崎はそう言うと拳銃を取り出した。
「この中に水瀬名雪って言うお嬢さんがいるだろ? 会わせて貰えないか?」
「……それは出来ません」
「どうぞお引き取り下さい」
拳銃を持った国崎に微塵も恐れを見せず淡々と言う二人の少女。
「生憎だけどお引き取りするわけにも行かないのよ」
香里がそう言って一歩前に踏み出した。
「名雪に会わせて貰うわ」
「それは出来ません」
「どうしてもと言うなら」
「力尽くで排除します」
「覚悟はよろしいですか?」
二人の少女が口々にそう言ったので香里は足を止めた。
「力尽くで排除?」
思わず問い返す香里にしっかりと頷く少女達。その少女達の周囲の地面が盛り上がり、人の形を成していく。
「な、何だ?」
国崎は目の前で起こった事態に思わず手に持った拳銃を構えていた。その間にも次々と泥人形が完成していく。
「これが……あなた達の力ね?」
香里は自分達の周囲を取り囲んでいる泥人形を見回しながら言った。水瀬一族の持つ不可視の力に関してはある程度のことは秋子から聞かされていたのだが、彼女の話の中にこの様な力を持つ二人の少女の話はなかった。だから、国崎と同じく驚いていることは驚いているのだがそれを辛うじて押し殺せてもいる。事前に秋子から話を聞かされてなかったらきっと取り乱していたかも知れない。
(それはないか……もうこんな事には慣れっこになっちゃってるし)
それはそれでイヤなんだが、と続けながら香里は泥人形を生み出している二人の少女を見た。
二人の少女は虚ろな視線を彷徨わせながら次々と泥人形を生み出し続けている。
「ど、どうする?」
「あんたが慌ててどうするのよ。しっかり私を守りなさい」
狼狽えたような声を上げた国崎に香里はぴしゃりとそう言いきり、再び泥人形を見回した。
これはまずいかも知れない。このまま取り囲まれ、身動きを封じられたら手も足も出ないではないか。
「……強行突破するか?」
「あんたと私の二人じゃどうしようもないわよ。様子を見るしか……」
国崎の発言に対し香里がそこまで言った時だった。
サイレンを鳴らしながら一台の大型スクーターがその場にやってきた。乗っているのは勿論PSK−03。今回は朝とは違い通常装備である。
「な、何だ、あれ?」
PSK−03は廃工場の入り口に大量にいる泥人形を見て驚きの声を上げた。大型スクーター・Kディフェンサーを止め、装備ポッドからブレイバーバルカンを取り出しながらも泥人形達をじっと観察する。
「あれは……?」
『あれに生命反応はないわ。何らかの力で生み出された泥人形よ! 遠慮無く蹴散らしなさい!!』
無線を通じて聞こえてくる留美の声に頷き、PSK−03は泥人形の側へと歩いていく。泥人形達は近寄ってくるPSK−03に全く反応しない。
「何なんだ、こいつらは……?」
そう呟きながらPSK−03は一番近くにいた泥人形を蹴り飛ばした。それだけであっさりと崩れ落ちる泥人形。その余りもの脆さに思わず首を傾げてしまう。
「脆い……数だけか、こいつら?」
ブレイバーバルカンを泥人形立ちに向けるが未だ泥人形達はPSK−03に反応しない。
『気をつけて、北川君。そいつらの内側には人がいるわよ』
「人が? どうやらこいつらはその人を……」
PSK−03はそう呟くと泥人形を薙ぎ倒しながら泥人形が取り囲んでいる香里と国崎の元へと辿り着いた。
「大丈夫か?」
いきなり泥人形の包囲を崩した現れたPSK−03の姿に国崎と香里は言葉を無くしていた。
「な、何でお前がここに?」
国崎がそう尋ねるとPSK−03は二人をかばうように前に立ち、ブレイバーバルカンを泥人形の方に向けながら答えた。
「相沢に頼まれた。どうやら水瀬を助け出すには障害があるようなんでな」
「…何であなたが相沢君のことを知ってるの? それに名雪のことも知っているようだけど……?」
そう口を挟んだのは香里だった。
PSK−03の装着員が北川潤だと言うことを知らない彼女には倉田重工が開発した対未確認生命体用強化装甲服であるPSK−03が今この場にいる理由がわからないのだ。
「何でって……そりゃ俺が相沢の親友であり、水瀬の友人であるからに決まっている」
PSK−03はそう言って親指を自分の方に向けた。
「その声……北川君!?」
ようやくPSK−03の正体に思い当たり、香里が驚きの声を上げる。
「そう言うこと。さて、ここはこの俺に任せて貰おうか?」
PSK−03はそう言うとブレイバーバルカンの引き金を引いた。秒間50発を誇る特殊弾丸が次々と泥人形を打ち砕いていく。
「さぁ、道を開けて貰うぜ!!」
そう言ってPSK−03が前に出る。
その後ろを香里と国崎がやや呆然とした面持ちでついていく。
「何だ……結構あっさりじゃないか」
特殊弾丸を喰らい、あっさりと砕け散る泥人形を見て国崎が呟いた。
泥人形を生み出した二人の少女の顔にはじめて焦りのような表情が浮かんだ。思いもよらないPSK−03の参戦、その攻撃力の前に彼女たちの泥人形は為す術がない。
「はっ、思った通りですね」
そんな声が突然上の方から聞こえてきた。
国崎、香里、そしてPSK−03が上を見上げると廃工場の二階に一人の男が立っており、こちらを見下ろしていた。
「何だ、お前は!?」
国崎がやはり拳銃を構えたままそう言う。
「泥人形風情で足止めが出来るとは思っていませんでしたよ。まぁ、カノンもアインもいないのでは面白味に欠けますが、暇つぶしにはなるでしょう……」
その男、キリトはそう言うとさっと宙に身を躍らせた。
「何っ!?」
驚きの声を上げる国崎とPSK−03。香里は思わず目を背けていた。だが、3人の予想とは裏腹にキリトは華麗に着地し、ニヤリと笑った。
「倉田重工のPSK−03ですか……楽しませてくださいよ……」
キリトはそう言うと両手を広げてPSK−03に向かって走り出した。
「こいつ……!!」
ブレイバーバルカンをキリトに向けるPSK−03だが引き金を引くことは躊躇われた。何せこっちに向かってきているのは生身の人間なのだ。未確認生命体ではない。このブレイバーバルカンは対未確認生命体用に開発されたもので、その破壊力は軍用アサルトライフルを軽く越える。とてもじゃないが人間相手に使える代物ではない。
「躊躇いは死に繋がる……良く覚えておきなさい!!」
キリトがそう言ってジャンプ、PSK−03に物凄い威力の蹴りを食らわせた。
「うおっ!?」
その威力に二、三歩後退してしまうPSK−03。
「テメェ、動くなっ!!」
そう言って国崎がコルトパイソンを着地したキリトに向けるが、次の瞬間にはキリトは国崎の目の前まで迫りコルトパイソンを持つ手を押さえてしまう。
「あんたに用はないんだ。邪魔をしないで貰えますかね?」
キリトはそう言うと国崎の手を押さえたまま、彼を投げ飛ばした。そして呆然と立ち尽くしている香里の方を見る。
「お嬢さんもだ。死にたくなければ動くな」
「美坂に手を出すなっ!!」
そう言ってPSK−03がキリトと香里の間に割って入った。
そんなPSK−03を見て、またニヤリと笑うキリト。
「フフフ……では必死にそのお嬢さんを守ることです」
そう言ってPSK−03の胸部装甲に掌底を叩き込む。
バチバチバチと火花を飛ばしながらPSK−03が吹っ飛ばされた。
『な、なんて威力だ……』
呆然とした斉藤の声が飛び込んでくる。
『何て奴……あれでも人間なの?』
留美の声にも驚愕の色が濃く現れている。
「く……」
何とか身を起こすPSK−03の前でキリトは香里の首に手を伸ばしていた。
「早くしないとこのお嬢さんの命がありませんよ?」
ニヤニヤ笑いながら、起きあがろうとするPSK−03に向かって言い放つ。
「こ、こいつ……」
PSK−03は持っていたブレイバーバルカンをおいてブレイバーショットを手にした。ブレイバーバルカンだと香里を巻き込む可能性がある。だが単発式のブレイバーショットなら巻き込む可能性は少ない。
「これでも……」
引き金を引こうとして、潤は指を止めた。止めざるを得なかった。キリトが香里の身体を盾にしたからだ。首に手をかけたまま、香里の身体をPSK−03の射線上へと持っていく。
「さぁ、撃ちなさい……撃たないのなら……」
キリトはそう言うと、さっとジャンプした。上半身のみを起こしたPSK−03の前に降り立つと手に持っていたブレイバーショットを蹴り飛ばす。
「躊躇いは死だとさっきも言ったはずですよ?」
PSK−03を覗き込んでそう言うキリト。
「人質取っておいてよくそう言うことが言えるよな、あんた」
不意に聞こえてきた声。
廃工場の入り口辺りに2台のマシンが止まっており、こちらを見ていた。
一台は黒いオンロードタイプのマシン、もう一台は白いオフロードタイプのマシン。ブラックファントムとロードツイスターである。
「フッ、勝負というものは非情なんですよ。弱点を晒す方が間違いなのです」
キリトが2台のマシンの方を振り返って言う。
「正々堂々って言葉、知らないのか?」
「そう言う甘っちょろいことを言っているようでは私の相手にはなりませんよ、折原浩平」
「そいつはやってみないとわからないぜ」
ブラックファントムに跨る浩平がそう言ってニヤリと笑う。
「折原……あいつの相手を任していいか?」
ロードツイスターに跨っている祐一が静かな声でそう言ったので、浩平は彼の方を見た。祐一はじっとキリトを、イヤその奧を見つめている。その奧に彼が探し求めている彼女がいるのだろう。そうと気付いた浩平はしっかりと頷いた。
「OK……任された」
「頼む……香里! 国崎さん! 走れ!!」
祐一がそう叫ぶのと同時にロードツイスターが猛スピードで駆け抜けていく。
キリトが腕を伸ばすが間一髪届かなかった。更にその間に香里と国崎がロードツイスターを追いかけるように奧へと駆けていく。
「クッ……行かせません……!!」
そう言って香里達を追いかけようとしたキリトの前に素早くブラックファントムが回り込んできた。
「おいおい、何処見てんだよ。あんたの相手はこの俺」
浩平はそう言って自分を指さした。
「おい、そこの。お前も邪魔だから相沢達追っかけていきな」
自分のすぐ側に倒れているPSK−03に向かってそう言い、浩平はキリトを睨み付けた。
「相沢は暴走しかねないから。冷静そうに見えて一番心穏やかじゃねぇ。頼むぜ」
「わ、わかった」
PSK−03は立ち上がるとブレイバーバルカンを拾い上げ、奧へと向かって走っていく。
その場に残されたのは浩平とキリトの二人のみ。いつの間にかキリトは自分愛用のアメリカンバイクに跨っている。
「出来れば邪魔して欲しくなかったんですがね」
「生憎だがまだあいつらには借りが残っているんでな」
互いに愛用のバイクに乗ったままで睨み合う。
「フッ……」
キリトが笑みを漏らす。どうやらそれは余裕の現れらしい。浩平一人など相手では無いというように。
「あんたで……勝てますか?」
浩平はそう言われて、逆にニヤリと不敵に笑い返した。
「勝つ必要はない。時間さえ稼げればな」
「何?」
「お前を倒す必要はないって事さ。この戦い、相沢の奴が名雪って子を助け出すことが出来ればこっちの勝ちなんだからな」
そう浩平に言われてキリトの表情が歪んだ。
「……何、すぐに勝負をつけてあげますよ」
「へっ、口だけは達者なようだな?」
その言葉が合図だった。
2台のマシンが唸りを上げて走り出す。
誰もいない廃工場の中で2台のマシンが交錯し、互いに離れたところでUターンする。その時には二人とも変身を完了していた。
ブラックファントムに乗るアイン、ダスティバイパーに乗るオウガ。エンジンを吹かせ、いつでも飛び出せる体勢。
「容赦はしねぇ……」
「覚悟はいいですか?」
再び両者が飛び出していく。

<廃工場内・奧 16:12PM>
ロードツイスターがタイヤを滑らしながら急停止する。
ヘルメットをもどかしそうに脱ぎ、祐一はロードツイスターから降り立った。
そこに息を切らせて走ってきた香里と国崎が追いついてくる。
「……相沢君……」
香里が祐一の背に声をかけるが祐一は答えず、じっと前を見つめていた。彼の視線の先には何らかの祭壇があり、その一番上に見覚えのある女性が寝かされているのが見える。
「……名雪……」
呟くようにそう言い、祐一が一歩前に出る。
「遂にここまで来たか、相沢祐一……」
何処からともなく不気味な声が響き渡った。
その声に足を止める祐一。さっと周囲を見回すが何処にも声の主の姿は見当たらない。
国崎も拳銃を構えたまま、周囲を見回している。
「何処だ……?」
何処に姿を眩ませているのか全く相手の姿は見えなかった。少なくても国崎と香里には。祐一はある一点を凝視している。そこに何かいるかのように。
「一度ならず何度も我らの邪魔をしおって……やはりお前は……」
「……名雪を返してもらいに来た」
相手の声を遮るように祐一が自分の用件を述べる。
「……それは出来ん相談じゃな」
「相談する気はない。名雪は返して貰う、それだけだ」
祐一はそう言うと、祭壇に向かって歩き出した。
その前方の地面が突如盛り上がり、数体の泥人形が形作られる。その泥人形はまるで祐一の行く手を遮るように彼に迫り寄っていった。
「この先には」
「行かせません」
いつこちらにまで戻ってきていたのか、二人の少女が口々に言う。
「……俺の邪魔をするな」
そう言って二人の少女を睨み付ける祐一。その様子は普段の彼らしくない。基本的に温厚なはずの彼が我を忘れたかのように苛ついている。それが後ろから見ている香里にも手に取るように理解出来た。
しかし、二人の少女は虚ろな視線を祐一に返すだけだった。
「ここから先へは」
「通すわけには行きません」
まるでそうあるように作られた人形のように少女達は順番に口を開く。
祐一はギリギリと歯を噛み締め、そしてバッと右手を振った。
「もう一度言うぞ……俺の邪魔をするな」
それはまるで必死に怒りを堪えているような、そんな口調。よく見ればその肩が細かく震えているのがわかる。
「あ、相沢君……」
香里が声をかけようとするが、祐一の全身から発せられる怒りのオーラに言葉を失ってしまっていた。
二人の少女も祐一のオーラに気付いたのか、はじめて表情を見せた。怯えのような、戸惑いのような、そんな表情を浮かべた少女達が祐一に気圧されたようにたじろぎ、足を引いてしまう。
「ほう……伊月と小夜を気だけでたじろがせるとは」
また、何処からともなく不気味な声が響き渡った。
「そろそろ姿を見せればどうだ?」
祐一がそう言うと、二人の少女の丁度間にすぅっと、まるで始めからそこにいたかのように老婆が現れる。
国崎と香里はいきなり現れた老婆に思わずギョッとなるが、祐一はそこにいたのを知っていたかのように老婆を睨み付けていた。
「よく来たな、相沢祐一……水瀬にとって存在してはならぬ者よ」
「……名雪は返して貰う」
老婆の呼びかけを無視して一歩踏み出した祐一の行く手を泥人形が塞いだ。その泥人形を一瞥し、それから泥人形を生み出した二人の少女に目を向ける祐一。
「邪魔をするなと言ったはずだ……何度も言わせるな」
その壮絶な視線に、少女達の身体がビクッと震える。
「威勢の良いことじゃな……じゃが……名雪を取り戻したくばあの祭壇まで行って自らの手で取り戻すがよかろう?」
老婆がニヤニヤ笑いながら言う。
「……そうさせて貰う……」
祐一がそう言うのと同時に国崎の手にある拳銃が火を噴いた。
「援護するぞ、祐の字」
更にそこにPSK−03が辿り着く。
「行け、相沢っ!!」
言いながらブレイバーバルカンの引き金を引くPSK−03。秒間50発を誇る特殊弾丸が泥人形に次々と叩き込まれていく。
コルトパイソンとブレイバーバルカンの直撃を受け、次々と砕け散る泥人形。その中を走り出す祐一。
だが、その行く手に新たな泥人形が立ちふさがった。何か違う雰囲気のする泥人形を前にして、祐一の足が止まる。
「相沢、どうした?」
足を止めた祐一の側に駆け寄ってくるPSK−03。少し遅れて国崎と香里が側にやってくる。
「どうしたの?」
「また泥人形か……ならこいつで……」
そう言って国崎がコルトパイソンを泥人形に向け、引き金を引いた。だが、今度の泥人形は銃弾の直撃を受けても崩れることはなく、少しよろめいただけであった。
「何だ……今までとは違う!?」
驚きの声を上げる国崎。
「フフフ……さぁ、突破してみるがいい」
挑発するかのように老婆が言う。
「この……っ!!」
そう言ってPSK−03が飛び出した。
それを見た泥人形がすっと動き出し、あっと言う間にPSK−03を取り囲んだ。PSK−03が驚いている暇もなく、四方八方からパンチやキックを喰らわせ、PSK−03を吹っ飛ばしてしまう。
「うわっ……!!」
自分達の方まで吹っ飛ばされてきたPSK−03に思わず駆け寄る香里。
「北川君……!!」
「クッ……何だって言うんだ……さっきまでの奴とは全然違う……」
香里に手を借りながら半身を起こしたPSK−03が呟く。
「油断禁物って事か……」
国崎がコルトパイソンに新たな銃弾を補充しながら言った。
「……七瀬さん、この泥人形、前のと違う点はありますか?」
『センサーがまだ半分くらいしか稼働してないから何とも言えないけど……体内に何か持っているみたいよ。そこを狙ってみなさい』
「了解しました」
PSK−03が立ち上がり、再びブレイバーバルカンを構える。
「北川君、大丈夫なの?」
香里が心配そうな声をかけてくるが、PSK−03は振り返らずにただ頷いただけであった。
「相沢、こいつらは俺たちで何とかする。お前は水瀬の所まで走れ」
「……わかった」
PSK−03の言葉に頷き、祐一はいつでも走り出せる体勢になる。
「行け、相沢っ!!」
潤が吼え、ブレイバーバルカンの引き金を引いた。同時に国崎もコルトパイソンの引き金を引く。少し遅れて祐一が走り出した。
動き出した祐一に反応するかのように泥人形も動き出す。それは祐一の行く手を塞ぎ、彼を完全に包囲するような動きだった。ブレイバーバルカンとコルトパイソンの弾丸を喰らいながらも、その動きには少しの澱みもなかった。
「チッ……やっぱりダメかよ!?」
マグナム弾を喰らってもよろけもしない泥人形をみて国崎が悔しそうに言う。
「奴の身体の中心を狙ってください、刑事さん!!」
PSK−03がそう言うが、祐一を取り囲もうとしている泥人形の身体の中心を狙うのはなかなかに至難の業だった。
祐一はどうにか泥人形に取り押さえられるのをかわしているが、その包囲を突破することは出来ないでいた。
「それまでじゃ!!」
祐一の顔に焦りの色が浮かびだした時、突如老婆がそう言った。その声を受け、泥人形達が動きを止める。
「フフフ……たかが泥人形と言えど霊石を埋め込めばこうも強くなる……どうかな?」
ニヤリと笑う老婆に祐一達は返す言葉を無くしていた。
「このまま泥人形達と戦うか? 泥人形はお前達と違って疲れを知らぬ。お前達に勝ち目はないと思え」
「何だとっ!?」
PSK−03がそう言って前に一歩出ようとするが、それを祐一が制した。
「止めろ、北川。あの婆さんの言う通りだ。俺たちに限界はあるが泥人形にはない」
「相沢……」
そう言った祐一の悔しそうな顔を見て、PSK−03、潤は黙り込んだ。おそらくこの中で一番悔しい思いをしているのは彼自身のはずだ。
老婆はそんな祐一達を見て、楽しそうな笑みを浮かべている。
「さて、相沢祐一。お前に残された選択肢は二つ。我らに殺されるか、それともカノンであることを止めるか」
「……どう言う意味だ?」
「お前がカノンであることを止めるなら名雪は返してやろう……」
老婆のその言葉に祐一は思わず押し黙ってしまった。
その顔に葛藤の色が表れる。
「……俺がカノンを止めたら……名雪を返してくれるんだな?」
呟くように言う祐一。
「ちょ、ちょっと、相沢君!?」
「祐の字……お前、まさか……」
香里、国崎が祐一の言葉に驚いたように声を上げる。
二人の声がまるで聞こえていないかのように祐一は一歩前に出た。
「よせ、相沢っ!!」
「相沢君っ!!」
「本気か、祐の字ッ!?」
思わず手を伸ばすPSK−03、信じられないと言った顔を見せる香里と国崎。
今まで必死になって未確認生命体と戦ってきたのは何だったのか。人々の明日を守ると言ったあの言葉は嘘だったのか。確かに祐一自身がそう言ったはずなのに、今彼は自分で自分の言葉を裏切ろうとしている。
「俺は……人類の明日とか平和とかそう言うのよりも……今は名雪を助けたい……ただそれだけだ……」
言い訳するようにそう言い、祐一は更に前に出る。
「どうすればいい? 俺がカノンを止めるには?」
老婆に向かってそう言うと、すっと二体の泥人形が彼の横に立った。
「そのベルト、それをお前の体内から取り出せば済む……さぁ、はじめるぞ」
そう言い、泥人形に指示を与える老婆。
ガシッと祐一の両腕を掴み、彼が動けないように押さえ込む泥人形。
香里達はそれを見ていることしか出来なかった。

<廃工場入り口付近 16:25PM>
エンジン音を高らかに唸らせて二台のマシンが疾走する。
ブラックファントムとダスティバイパー。アインとオウガの乗るスーパーマシンが激しいバトルを繰り広げているのだ。
「へっ、なかなかやるじゃねぇか!!」
ブラックファントムの後輪を滑らせながらターンさせたアインがオウガに向かってそう言う。今自分が相手をしているのはレーサーとしてもかなりの凄腕だ。自分と互角以上にマシンを操れている。
「フッ、この程度は当然です……それよりもいつまでこんなお遊びを続けるんですか?」
余裕たっぷりにオウガが言い、ダスティバイパーを停止させた。
「向こうがいつ終わるともわからないのに……それにカノンが勝つとは限らないでしょう?」
「それもそうだな。それにこう言う逃げの戦法って余り俺の性には合わないんだ……そろそろやらせて貰うぜ」
アインはそう言うとブラックファントムのアクセルを回しエンジンを噴かせる。ギヤをローに落とし、思い切り噴かせた後で一気に発進する。前輪を振り上げ、唸りを上げてオウガとダスティバイパーに向かって突っ込んでいくアインのブラックファントム。
「そう来なくては面白くないっ!!」
アインに応じるかのように楽しげにオウガは言い、同じくダスティバイパーの前輪を振り上げ、ブラックファントムに向かっていくダスティバイパー。
二つのマシンがぶつかり合い、火花を散らす。弾かれるかのようにそれぞれ方向を変えて前輪を着地させそのまま走り出す。だが、すぐにUターンして正面から睨み合う両者。
「埒が明かないってのはこの事ですね」
オウガが静かにそう呟いた。
「マシンの性能、それを操縦する私達の腕前、共に互角。これではいつまで経っても勝負はつきません」
「やっぱりそうだよなぁ……」
同意するようにアインが呟く。
「それじゃ……素直にやりますか」
少し嬉しそうにそう言ったアインがブラックファントムから降り、指をポキポキと鳴らした。
それを見たオウガも嬉しそうにダスティバイパーから降り立ち、首を回しながらアインの方へと歩き出す。
「フフフ……後悔しますよ」
「それはこっちの台詞だよ」
そう言うのと同時にアインとオウガが一斉にパンチを繰り出した。それは全く同時に互いの頬を捉え、同時に両者を吹っ飛ばす。だが、どちらも足を踏ん張り倒れることは防いでいた。顔を上げて睨み合う両者。また一歩一歩と距離を詰めていく。
今度は先にアインが殴りかかった。
そのパンチを素早く右手で払い除け、逆にアインのボディにパンチを叩き込むオウガ。ふらついたアインに向かって更に蹴りを食らわせ、吹っ飛ばす。
地面に倒れたアインに向かってオウガがジャンプ。上から踏みつけようとするがアインは横に転がってそれを回避すると、素早く起きあがった。だが、そこに着地した反動を利用してまたジャンプしてきたオウガが襲いかかってくる。伸身のまま、後方へとジャンプしたオウガはアインの後ろに着地するとその首に腕を回した。
しかし、すぐにアインは身体を沈め、更に肘を後ろにいるオウガの脇腹に叩き込みオウガの手から脱すると首を締め上げようとしていた腕を掴んで投げ飛ばす。柔道で言う一本背負いだ。だが、その威力、スピードは半端ではない。受け身も取れずに地面に叩きつけられるオウガ。
「くうっ!?」
「おらぁっ!!」
倒れたオウガに向かって肘を落とそうとするアインだが、オウガは地面を転がってそれをかわし、それと同時に起きあがった。アインもかわされたと知るとすぐにその場から離れて立ち上がっている。
「なかなかやるじゃねぇか」
アインが前方にいるオウガを見据えてそう言うと、オウガはまた首をぐるりと回した。
「無駄口聞いている暇はありませんよ……」
オウガはそう言うとアインに向かって駆け出した。あっと言う間にアインに肉迫し、そのボディに鋭いパンチを叩き込もうとする。
「激変身ッ!!」
パンチの直撃を受ける直前にアインがそう叫んだ。同時に彼のベルトの青い秘石が光を放つ。自分の身体が変わるのを確認するまもなく、アインは地を蹴って横に飛んでいた。その速さは残像が残る程だ。勿論オウガのパンチは空を切っている。
「何っ!?」
直撃するはずのパンチをかわされ、思わず驚きの声を上げるオウガ。
「何処見てるんだよ。こっちこっち」
その声はオウガのすぐ真後ろから聞こえてきた。はっとなって振り返ろうとするがそれよりも先にアインのパンチが叩き込まれていた。たまらず吹っ飛ばされるオウガ。しかし、何とか踏みとどまり、転倒することは防ぐ。
「やってくれる!!」
オウガはそう言うとアインに向かって軽くジャンプした。そして空中から得意の蹴りを放つ。
アインはオウガの蹴りを右腕で捌きつつ、左手でのパンチを繰り出した。空中にいるオウガにかわす術はない。ボディにまともにそのパンチを食らい、吹っ飛ばされてしまう。地面に倒れ、埃が舞い上った。
「……やってくれるじゃないか」
埃が舞い上がる中、ゆっくりとオウガが立ち上がる。
「もう……ゆるさねぇ……」
「許して貰う必要なんかねぇよ」
そう言って身構えるアイン。
「お前はここで俺にぶっ倒されるんだからな」
「やれるもんならやって貰おうじゃねぇか」
普段の丁寧な口調をかなぐり捨て、オウガはアインを睨み付けた。
「その前にこっちがテメェをぶち殺しているがよ!!」
そう言ってオウガが走り出した時。
「止めなさい、キリト君ッ!!」
そんな声が響き渡り、思わずオウガは足を止めていた。そして、声のした方向、廃工場の入り口を見ると、そこには一人の女性の姿があった。
アインもオウガと同じように突然現れた女性の方を見ていた。
「……誰だ、あんた?」
「君には関係ないわ。悪いけど……口を出さないでくれる?」
女性にそう言われてアインは肩を竦めて見せた。
「さてと、久し振りね、キリト君……それほど日が経った訳じゃないけど」
オウガの方を向いて女性が言う。その様子にはオウガを恐れるような感じは全く無い。むしろ懐かしんでさえいるような……そんな感じを受けさせる。
「あ、あなたは………」
オウガは女性の姿を見て明らかな程動揺を見せていた。足を震わせ、知らず知らずのうちに彼女から遠ざかるように後退している。
そんなオウガに女性は悠然と近寄っていく。
「まさか私のこと忘れた訳じゃないわよね?」
「あ、あなたは……ううっ!!」
不意にオウガは頭を抑えて踞った。
それを見た女性が慌ててオウガに駆け寄ろうとするが、それを制したのはオウガ自身であった。
「近寄らないでください!!」
「え……?」
「あなたが誰だかはわかりませんが……どうやら私のことを知っているようですね。話は後でゆっくりと聞かせて貰うとして……先に彼を始末することにしましょう」
そう言ってオウガは立ち上がると、アインに向かって歩き出す。
「待ちなさい、キリト君!」
女性が敢然とそう言い放った。
「あなたは利用されているだけなのよ! 彼と戦う必要なんて何処にもないわっ!!」
「うるさい! 黙れ!!」
頭を抑えながらふらふらとアインに向かっていくオウガ。
女性はそんなオウガに駆け寄り、彼を止めるようにその前に立ちふさがる。
「どいて貰えますか?」
「いいえ、どかないわ。あのお婆さんにあなたが利用されているのを見るのは忍びないもの」
そう言い、女性は手を広げた。それはまるで後ろにいるアインを守るかのように。
「おいおい、マジかよ……」
思わず苦笑するアイン。
「どいて貰わないと……あんたも殺しますよ?」
「殺せるかしら、この私を?」
オウガが女性を睨み付けるが女性は一歩も引かない。挑発的にオウガを見つめ返す。
「この……っ!」
さっと右腕を振り上げるオウガ。だが、その手を振り下ろすことは出来ない。頭で腕を振り下ろすことを命令するが、身体はそれを拒否している。
「な、何故だ……?」
自問自答するオウガ。答えは出ている。だが、それは霞がかかったように今の彼にはわからない。それが何故かすら今の彼にはわからない。
「思い出すのよ、キリト君……本当の敵は誰なのか」
真剣な目をして女性が言う。
「本当の……敵……?」
そう呟いたオウガの脳裏に浮かび上がるある光景。
自分に襲いかかってくる鴉の怪人。薄暗いトレーラーの奧にいる謎の老婆。その老婆の目が金色に光って……。
「う、うわぁぁぁっ!!」
突如頭を抑えて悲鳴のような声を上げるオウガ。
「き、キリト君ッ!?」
女性が驚いたような声を上げる。
「……どうやら精神支配と記憶操作をされているようだな、こいつ」
女性の後ろからアインがそう言った。
「あの婆さん、結構陰湿なようだな。俺も喰らったが、記憶が戻りそうになったり、精神支配から脱出出来そうになると物凄い頭痛が襲うんだ」
アインの言葉に女性が振り返る。そして助けを求めるように彼を見つめた。
「……俺がそれから逃れることが出来たのは相沢の奴がいてくれたからなんだが……やれるかどうかわからないがやるだけやってみるよ」
そう言ってアインが女性の前に出た時だった。激しい頭痛に頭を抑えていたオウガがいきなり咆吼を上げてアインに猛然と襲いかかってきたのは。
「ウオオオオオッ!!!」
「危ねぇっ!!」
オウガの振り上げた両腕を見て、アインが女性を突き飛ばす。そして自らも横に飛んで、オウガの両腕をかわすと足下に落ちていた鉄パイプを拾い上げた。
「おい、そこの姉さんよ! 悪いがちょっと手荒になるぜ!!」
そう言うのと同時にアインの手の中にある鉄パイプが青い光を帯び、左右両方に刃のある薙刀のようなものへと変わった。
「ウオオオオオッ!!」
再び雄叫びを上げてアインに襲いかかっていくオウガ。
アインは手に持った薙刀でそれを上手く受け流し、オウガの腹を蹴り飛ばした。
吹っ飛ばされるオウガに薙刀を振り上げるアイン。
「動き、止めさせて貰うぜ!!」
「ウガァッ!!」
振り下ろされた長刀の柄を蹴り上げ、起きあがったオウガはアインに向かってパンチを繰り出した。二度、三度とパンチを叩き込みアインを吹っ飛ばしたオウガはまるで野獣のように天に向かって吼えた。
「ウガァァァァァッ!!」
それを見た女性の顔にはじめて怯えの色が浮かぶ。
「き、キリト君……まさか……そんな……」
「くそっ、あのババァ、ここまでやるか!!」
天に向かって吼えているオウガを見やってアインが呟く。
今のオウガは理性というものを完全に消し去られていた。相手を倒す、目の前の敵を排除すると言うまるで野獣のような本能のみに従い動いている。キリトの記憶が戻りそうになるとそうなるように仕向けられているらしい。
「どうやって止める……?」
アインは未だ天に向かって吼えているオウガを見て呟いた。今のオウガを止めるには本気でかからないと無理だろう。本気で戦うと成れば相手を殺しかねない。
「ウガァァァァァッ!!」
オウガが吼えながら考えあぐねていたアインに飛びかかってきた。
「クッ、考えている暇もないってか!」
薙刀を前にしてオウガを受け止めるアイン。だがそのパワーは物凄くアインはあっさりと弾き飛ばされてしまう。
「うおっ!? 何てパワーだよ、こいつ!!」
「止めなさい、キリト君っ!!」
再び女性が叫んだ。
だが、オウガは止まらない。自ら弾き飛ばしたアインに向かって手刀を振り上げ飛びかかろうとしている。もはや女性の声は耳に届いてはいない。
「ウオオオオオッ!!」
「ヌオオオッ!!」
オウガが手刀を振り下ろす。それを薙刀の柄で受け止めるアインだが、オウガはそのままアインに体当たりし、アインを吹っ飛ばした。
「くっ!」
吹っ飛ばされた時にアインは薙刀を手から落としていた。
それを見たオウガは右手を貫手の形に構え、アインに向かって突っ込んでいく。
「死ぃぃねぇぇぇぇぇっ!!」
叫びながらアインに向かって突っ込んでいくオウガ。
「ダメェェェェッ!!」
女性がそう叫び、アインとオウガの間に飛び込んできた。
「止めろぉぉっ!!」
倒れているアインがそう叫ぶが、もう誰も止まらなかった。イヤ、止められなかった。
アインの目の前で、飛び込んできた女性の腹を、オウガの手刀が貫いていく。
「なっ!?」
「ああっ!」
貫いた本人であるオウガも、アインも、驚きの声を上げていた。
慌ててオウガが女性の腹を貫いた手を引き抜き、倒れそうになった女性をその腕で支える。
「……どうして……葵さん……」
震える声でオウガが言う。先程までの野獣のようなオウガではない。理性的な、イヤそうでもない。今のオウガは母親とはぐれた子犬のような、そんな頼りなさを感じさせた。
「よかった……記憶、戻ったのね」
オウガが葵と呼んだ女性は血の気の失せた顔で微笑んで見せた。
「なんで……葵さんが……」
「あなたを助けてあげたかったの……あのお婆さんに利用されて、そして何時か捨てられる……それがわかったから」
女性、皆瀬葵は弱々しい声でそう言うとオウガの頬に手を沿わせた。
「私達のように……あなたも必要が無くなれば始末される……」
「葵さん……」
オウガの姿がキリトの姿へと戻る。かけているサングラスの下からは涙がこぼれ落ちていた。
「泣いて……くれるんだね……私の為?」
「葵さん……私は……私は……っ!!」
「いいよ……君の所為じゃない……君は操られていただけなんだから……ゴホッ」
そこまで言って葵は口から血を吐き出した。どうやら傷の深さからして彼女は致命傷を負っているようだ。もうそれほど時間は残ってないだろう。
「葵さんっ!!」
咳き込み、血を吐いた葵を見て、キリトが大きい声を上げる。
「私なら気にしなくていいよ……キリト君、君は……もう……自由だから……」
葵はそう言うと、また微笑んだ。血の気を失い、真っ青な彼女だったが、その微笑みは何よりも美しかった。
「葵さん……葵さん……」
ぎゅっと葵を抱きしめ、キリトが嗚咽を漏らす。
アインは浩平の姿に戻りながらその様子を見ているだけだった。
「好きだったよ……キリトく……」
自分を抱きしめているキリトの頭を撫でながら葵は言いかけ、遂に力つきたのか、その手がぶらりと垂れ下がった。
「葵さんっ!!」
キリトが驚いたような声を上げる。
それを見た浩平は思わず顔を背けていた。いつ見ても人の死の瞬間と言うものには慣れない。
「……折原浩平ッ!!」
しばらくの間、嗚咽を漏らしていたキリトがいきなり大声でそう言ったので、浩平は彼の方を見た。
キリトは息絶えた葵をその腕に抱え、浩平の方を睨み付けている。
「あなたと相沢祐一、この決着は必ずつけます!」
「……もう戦う理由がないだろう?」
浩平がそう言うがキリトは首を左右に振って見せた。
「戦う理由ならありますよ……私にはね。だから戦うんです。ですが」
そう言ってキリトは浩平に背を向ける。
「今は葵さんを弔う方が先です……いずれまた会いましょう……では」
キリトは振り返りもせずにそう言い、そのまま廃工場を出て行ってしまった。
その後ろ姿を浩平は黙って見送っていた。

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