<?薄暗い森の中? ??:??>
「ハァハァハァ……」
荒い呼吸に肩を大きく上下させながら相沢祐一は前方にいる敵を見据える。
今までにない強敵。物凄い威圧感。逃げ出したいという気持ちを必死に押さえて彼は両手を腰の前で交差させた。その手をそのまま胸の前まで挙げ、左手だけを腰に引き、残った右手で宙に十字を描く。
「変身ッ!!」
そのかけ声と共に彼の腰にベルトが浮かび上がり、その中央にある霊石が眩い光を放った。光の中、祐一の姿が白き戦士、カノンへと変わっていく。
「行くぞっ!!」
そう言って拳を握りしめ、敵に向かっていくカノン。左右の連打からボディブロー、その場でくるりと回転しての回し蹴り。流れるようなその攻撃に敵は為す術もなく吹っ飛ばされてしまう。
「……よしっ!!」
今度は腰を落とし、両足を前後に開いた姿勢をとる。左手は腰に、前に出した右手は手の平を上にして右から左へと水平移動。必殺のキックの体勢だ。一気に勝負を決めようと言うのだろう。
だが、いざジャンプしようと足に力を込めた時だった。突如、自分の身体の中に何かわからない力が荒れ狂った。
「……うおっ!?」
身体の中を荒れ狂うその力を制御しきれず、たまらずカノンはその場に片膝をついてしまう。その目が赤から金色に変わり、全身に黒いラインが走る。
「うおっ………おおおっ!?」
自分ではどうすることも出来ない力に翻弄され、その場に両手をついてしまう。その間に敵はどうやら体勢を取り戻したようだ。ゆっくりと両手をついて四つん這いのカノンへと向かってくる。
必死に顔を上げ、自分に向かってくる敵を見上げるカノン。
「……無様な姿だな」
低い声で敵がカノンを見下ろして言う。
「こ、このっ!!」
何とか気力を振り絞って立ち上がろうとするが、膝に力が入らず、その場に崩れ落ちてしまう。
敵はそのカノンの頭の上に容赦無く足を踏み降ろした。
「フフフ………そのまま死ね、カノン」
そう言って足を上げる敵。
素早くカノンは横に転がり、再び振り下ろされた足をかわした。そして転がった勢いを利用して何とか立ち上がることに成功する。
「ウオオオオオッ!!」
雄叫びを上げてカノンは左手を前に突き出した。
全身を駆けめぐっている謎の力がその左手の先に集まってくる。それは徐々にカノンの突き出した左手の先の空間を歪めていく。だが、その時だった。カノンは信じられない光景を目にしていた。全身に走った黒いライン、それが身体中に広がり、徐々にその黒い部分が消え始めているのだ。
「な、何だ……?」
思わず両手を見つめてしまうカノン。その指先にも黒い部分が広がり、徐々に消えていく。
「やはりお前は存在してはならぬもののようだな」
不気味な声が響く。
その声にはっと顔を上げるとそこには見覚えのある老婆の姿。
「自らの力で滅ぶがいいわ」
そう言って老婆が笑う。
思わずその場にがっくりと膝をついてしまうカノン。その姿が祐一のものへと戻ってしまう。だが、彼の身体が消えていくのは止まらない。
「祐一………」
不意に聞こえてきたのは従姉妹の少女の声。
「な、名雪……?」
彼女は消えていく祐一を悲しそうな目で見つめている。
「祐一……」
その目にうっすらと涙をにじませ、何かを訴えかけるような眼差しを彼に向ける。そっと右手を彼に向けて伸ばす。
「祐一……助けて」
「な、名雪ッ!!」
祐一は消えかけている手を名雪に向かって伸ばした。だが、彼の身体はすでに半分以上消えかかっていた。
「名雪ッ!! 絶対に……絶対に俺がッ!!」
そう叫ぶ祐一だが、名雪に向かって伸ばしている腕が完全に消えてしまう。
「うわぁぁぁぁぁぁっ!!」
消えていく自分に対し、絶望的な悲鳴を上げる祐一。

仮面ライダーカノン
Episode.46「虚無」


<東京都八王子市内某所 15:24PM>
「うわぁぁぁぁぁぁっ!!」
悲鳴を上げて祐一は跳ね起きた。
「おお、気がついたかい」
側にいた老人がそう言って祐一の方を見る。
「………ここは……?」
「あんた、道路のど真ん中で倒れていたんだが、覚えてないのか?」
老人はタバコを吹かしながら言い、訝しげな顔をした。
祐一は罰が悪そうに頭をかいてみせるだけだった。確かに倒れていたのは覚えている。おそらくあの謎の力に因る極度の消耗の所為だろう。それをこの老人に話したところでどうなるとも思えなかったし、余計なことを話し、この老人の身に何かあったら大変だと思ったからだ。
「ま、話したくないのなら別に構わないが。それよりもう大丈夫そうだな」
「……ご迷惑をかけました」
祐一はそう言って老人に向かって頭を下げる。
「あのまま道に倒れている方が迷惑だよ、若いの」
「……すいません……」
「いや、別にかまわんのだがな」
老人はそう言うと、タバコを灰皿に押しつけた。
「とりあえず目が覚めて安心したよ。倒れてみるのを見つけた時は死んでいるのかと思ったからな」
「はぁ……」
祐一は老人がそう言って立ち上がるのを見ているだけだった。立ち上がった老人が水の入ったコップを持って祐一の側に戻ってくる。
「ほれ」
そう言ってコップを祐一に渡す。
「あ、ありがとうございます」
コップを受け取った祐一は中の水を一気に飲み干すとベッドから降りた。
「すいません、俺、行かなくちゃならないんです。この礼は必ず」
「別に気にしなくてもかまわんよ。そこまで言えるだけで充分だよ、最近の若いもんにしちゃ」
老人が笑みを浮かべる。
「まぁ、どうしても礼がしたいというのならこの手紙を孫に届けてくれんかね?」
そう言って老人は立ち上がり、戸棚から封筒を取り出してきた。宛名もきちんと書かれており、後は切手を貼るだけでいつでも出せる状態にあるようだ。その手紙を祐一に手渡す。
「ついつい忘れてしまうんでな。その辺のポストでいいから出しておいてくれないか?」
「いや、ちゃんと手渡しますよ」
祐一はそう言って右手の親指を立てて見せた。
封筒に書かれている名前は「神崎美優」……祐一は知らなかったが新たな未確認生命体・ガセデ・ババルに殺されそうになって辛うじて助かった女子大生であった……。

<警視庁未確認生命体対策本部 17:19PM>
警視庁未確認生命体対策本部が置かれている会議室では今、新たに出現した姿を消すことの出来る未確認生命体第29号についての捜査会議が行われていた。
「これまでにわかっていることは第29号は姿を消すことが出来ると言うこと、その身体能力は高く、ジャンプ能力も我々の想像を絶すると言うことです」
報告しているのは住井護。この未確認生命体対策本部でも若手の刑事だ。
「身体能力の高さはこれまでの未確認生命体と変わりはないでしょう。問題は姿を消すことの出来る能力があると言うことです」
「姿を消すことが出来る……本当かね?」
対策本部の本部長、鍵山が尋ねる。
「実際に目撃している者が多数おります。これについては倉田重工PSKチーム側から分析用にと第29号とPSK−03との戦闘時の映像をテープにして提出して貰いました」
住井はそう言うと、傍らに置いてあったビデオテープを取り上げた。
「すでに科警研にこのテープのコピーを渡し、分析して貰っています。その結果についてはまだ出ていないようですが、おそらく第29号は保護色のようなものを使用しているのではないでしょうか?」
「それは君の意見かね、住井君?」
「いえ、科警研の椎名主任の言葉です」
「……本部長」
住井の報告が一段落したところで今度は同じ対策本部のメンバーで、No.2格の神尾晴子が挙手をして立ち上がった。
「何かね、神尾君?」
「はい、第29号に関してですが本日の未明から各所で行われていた殺人事件に関わっていた模様です」
晴子はそう言うとおかれてあるホワイトボードの所まで歩いていき、そこに張り出されている地図のあちこちを持っていた赤いペンで印を付けた。
「一件目は船橋の乗馬センター。次は国府台のK病院。その次は足立区内の路上。その後が港区のテニスコート。殺害方法は全て同じ、首の骨を物凄い力で粉砕」
晴子は言いながら右手で何かを掴む仕種をして見せた。その手を少し傾け、粉砕というイメージをアピールする。
「これは以前11号と12号の間にあった連続殺人事件と同じ手口です」
「……では君はあの時の事件もこの29号の仕業だと考える訳か?」
「はい」
「ふむ……もしそうだとすると今度は逃がすわけにはいかんな」
腕を組んで重々しく呟く鍵山。
「しかし、姿が見えないのでは手の出しようがありませんよ」
同じ会議室内にいる一人の刑事がそう言った。
「いつ、何処に現れるのか、今持ってそれすらわからないんですよ。その上姿が見えないのでは……」
「まぁ、そりゃまぁそうだよな」
その刑事に同調するように言ったのは黒尽くめの国崎往人。未確認生命体対策本部のメンバーの一人である。
「常に後手に回っている上に見えないんじゃどうしようもない……」
会議室内に嫌な沈黙が立ち込める。
「……それについて……」
言いにくそうに晴子が口を開いた。
「一つ、方法があります」
「方法?」
「第29号をおびき出す方法です。しかし、これは……」
そう言って晴子は俯いてしまった。
どうやらかなり危険をはらむ方法のようだ。
「言ってみたまえ、神尾君」
先を促す鍵山。
「……テニスコートの時、第29号に狙われていながら助かった女子大生が二人程います。第29号はその二人を……」
「……つまりはその二人を囮にすると言うことか」
言いにくそうにしていた晴子の考えを読みとった国崎が代弁するかのようにそう言った。
「むう……」
流石に鍵山も顔をしかめていた。
一般市民を危険にさらすことは警察としてはやってはならないことだ。しかし、これは相手を、未確認生命体第29号をおびき出す絶好のチャンスでもある。
「しかし、まだ問題があります。仮にその囮作戦を実行したとして、第29号が姿を見せなければ我々に攻撃する方法はありません」
そう言ったのは住井だった。
「そこはあれだ、例の連中が何とかしてくれるんじゃないのか?」
国崎がそう言って住井を見る。
「PSKチームですか?」
「そう、それ。連中なら何とかする方法を見つけていそうだがどうなんだ?」
「確かに居候の言う通り、奴はテニスコートん時に第29号とええ勝負をしてた。けど、29号の反撃を受けてやられとる」
晴子が口を挟む。
「修理に時間がかかるようなことを言うとった」
「ダメじゃねぇか」
国崎がそう言い、再び嫌な沈黙が訪れる。
「………とりあえず今は科警研の分析待ちだ。一時解散!」
鍵山が重苦しくそう言い、国崎達対策本部付の捜査員はそれぞれ立ち上がって会議室から出ていった。

<倉田重工第7研究所 18:36PM>
一台の車が倉田重工第7研究所の正門をくぐって中に入ってくる。その車はそのまま地下にある駐車場に入っていき、Kトレーラーの隣に止まる。
「はぁ……これがあの……」
車の中から出てきたのは科警研の主任研究員・椎名華穂。Kトレーラーを見上げて呆然と呟いている。
「椎名さん、何やってるんですか。早く行きましょう」
そう言ったのは運転席にいた男。華穂と同じ科警研の研究員、南。実は人見知りの激しい華穂が比較的平易に話の出来るなかなか希有な存在。
この二人がわざわざ倉田重工第7研究所までやって来たのには理由があった。
「お待ちしておりました、椎名主任に南さん」
駐車場から研究所内に続くドアを開けて姿を見せたのはここの所長である倉田佐祐理。
「これはこれは。所長自らお出ましとは」
驚きの声を上げたのは南の方だった。華穂はと言うと黙ってぺこりと頭を下げている。それに気付いた南も慌てて華穂に習って頭を下げた。
「あ、あの、頭を上げてください。お呼びしたのはこちらなんですから」
そう言って佐祐理も頭を下げる。
互いに頭を下げてから数秒。お互いに苦笑して頭を上げる佐祐理と華穂。
「こちらです。佐祐理が案内致しますからついてきてください」
先に立って歩き出す佐祐理に黙ってついていく華穂と南。エレベーターで地上へと上がり、長く続く廊下を進んでいく。
しばらく歩いていき、到達したのは第3会議室と書かれたプレートのついたドアであった。
「ここです。どうぞお入り下さい」
佐祐理がそう言ってドアを開ける。
また華穂が佐祐理に一礼して中に入っていくと、中ではPSKチームを始めとする第7研究所の主要な面々がすでに集まっていた。
「あ……お、お、遅くなりま……」
一斉にドアの方を振り返った面々の視線に耐えかねたかのように華穂は真っ赤になり、俯いてしまう。
「あ……す、すいません、遅くなりまして」
華穂の様子に気付いた南が彼女に代わって頭を下げた。
「いえ、まだ集まったばかりですからお気になさらずに」
そう言って立ち上がったのはPSKチームのリーダー、七瀬留美だった。
「とりあえずお座り下さい。会議はこれから始めますので」
「あ、はい、わかりました」
南は留美に一礼すると硬直している華穂を連れて空いている席に腰を下ろした。
「それでは全員揃ったようなので対未確認生命体第29号の件についての会議を始めたいと思います」
会議室の一角にあるホワイトボードの横に立っている若い男がそう言って会議室内にいる全員に向かって一礼した。PSKチームの一員、斉藤である。
「まず初めにこのテープを見て頂きます」
そう言って彼は一本のビデオテープを取り出し、それをレコーダーに差し込んだ。同時にホワイトボードが中央から上下に割れ、収納されていく。その下から現れたのは大型のモニターだった。
そのモニターに映し出された映像はPSK−03と未確認生命体第29号との戦闘の様子をPSK−03の視点で見たものだった。警視庁や科警研に送られたもののマスターテープのようだ。このテープの内容を華穂や南は既に見ている。しかし、この会議室にいる者の中にはまだ見ていないものもいるのであろう。
テープの映像が終了するまで誰も口を開こうともせず、皆が皆、画面に見入っていた。
「ふ〜ん……相手は見えない未確認生命体って事なのね」
そう言ったのはPSKシリーズ装備開発部主任、深山雪見だった。
「PSK−03のセンサーなら充分捕らえることが出来たでしょ?」
「確かにそれは可能でした」
答えたのは留美である。
「いくら姿を消すことが出来ても体温とかは消すことは出来ないものね」
笑みを浮かべて言う雪見に留美は少し申し訳なさそうに付け加えた。
「ですが相手もそれに気付いたのかPSK−03のセンサーを破壊して逃亡しました」
「………ダメじゃない」
そう言ってがっくりと肩を落とす雪見。
「尚、PSK−03のセンサーの修理にはかなりの時間がかかると思われます。ですので、ここにいる皆さんにセンサー抜きで第29号を何とかする方策を考えて頂きたいのです」
「また無茶を言うなぁ……」
「センサー抜きでねぇ……」
会議室内にいる人達が苦笑を浮かべながら口々に言う。だが、皆何処か楽しそうだった。
「……なんか楽しそうですね、ここの人達」
南がそう言うと、隣に座っている華穂が小さく頷いた。
「こう言う苦境にも慣れているんでしょうね……」
「あんまり慣れたいものじゃないと思いますけど」
「これはPSK−03と第29号との戦闘の時に使用されたブレイバーショットの弾丸に付着していた第29号の体組織片です」
斉藤の声に二人は彼の方を向いた。彼は手に何かの入った袋を持っている。その袋の中には銃弾のようなものが入っていた。
「あれは……?」
南が身を乗り出すと、そこに白衣を着た女性がやって来て、彼の前に斉藤が持っている袋と同じものを置いていった。
「銃弾ですね」
置かれた袋の中身を見て華穂が呟く。
「これに第29号の体組織片が……あ、本当だ」
袋の中を見て南が言う。
「これの分析も引き続きお願いします。ではこれで一時解散、何かわかり次第招集をかけてください」
斉藤がそう言うと、研究員達はそれぞれ立ち上がり会議室から出ていった。
南と華穂がどうすればいいのか戸惑っていると他の研究員と同じように立ち上がった留美が二人の側までやって来た。二人に向かって一礼する。
「PSKチームリーダーの七瀬です。科警研の椎名主任と南さんですね?」
「あ、はい。そうですが……」
「お二人にも分析に加わって頂きたいのですが、よろしいでしょうか?」
留美がそう言うと華穂がしっかりと頷いた。
「こちらの方からお願いしたいくらいです。よろしくお願いします」
華穂が右手を差し出したのでその手をしっかりと握り返す留美。

<東京都八王子市内某所 19:04PM>
ロードツイスターを走らせながら祐一は意識を取り戻す前に見た夢のことを考えていた。
(……何故だ……何で名雪が……)
夢の中に出てきた名雪は助けを求めていた。もしかすると老婆のしかけた罠かも知れないが、あの何かを訴えかけるような瞳に嘘はない、と思う。
(何にせよ、余り時間はかけられない……あの力を自分のものに出来なければどっちにしろ俺も破滅する……)
夢の中では自分が消えてしまっていた。もし、現実でも同じ事が起きるとすれば、水瀬一族の呪縛から名雪を、未確認生命体の魔の手から罪のない人々を助け出すことなど出来はしない。一刻も早くあの力を制御出来るようにならなければ。
焦りを覚える祐一だが、どうすればいいのかまではまだ考えついていなかった。
ひたすらロードツイスターを走らせ、人気の少ない山奥へと向かっていく。この力はヘタをすれば周囲にも被害を出しかねない。それにどうもあの力は変身してからでないと使えないらしい。まだ未確認生命体第3号とでしか世間に認知されていない以上、余りあの姿で人の前に出ていくわけには行かないのだ。特訓するなら人のいない場所。祐一はそう考えているのだ。
ロードツイスターのライトを光らせ、祐一は奥多摩の山奥へと消えていく。
その様子を少し離れたところで一人の男が見つめていた。
「……フッ……どうやら人気のない場所を探しているようですね」
男はそう呟くと覗き込んでいた双眼鏡を降ろした。
「ですか、この傷では充分に戦えません……運のいい人です」
脇腹にそっと手をやる。来ている黒い革のジャンパーの下、丁度脇腹の辺りには包帯が巻かれており、そこにはべっとりと赤い血が滲んでいる。カノンと戦った時に受けた傷だ。今は辛うじて血は止まっているが、激しく動いたりすればすぐに出血するだろう。
「あの力をものにされれば厄介ですが……」
呟きながら停めてあったアメリカンバイクに跨る。
「まぁ、それでもまだ勝てないわけでもないでしょうしね」
ニヤリと口元を歪めながらエンジンをかけ、アメリカンバイクを走らせ始める男。
勿論、その事を祐一は知る由もなかった。

<倉田重工第7研究所 19:27PM>
倉田重工第7研究所内にあるとある研究室。
倉田重工側の研究員に混じって科警研の華穂と南も未確認生命体第29号の体組織片の分析を行っていた。しかしながらその成果は未だ上がっていない。まだ分析を開始して1時間も経ってないので当たり前と言えば当たり前なのかも知れないが。
顕微鏡で体組織片を覗いていた華穂が顔を上げて、目をきつく閉じ、目元に手をやった。
「大丈夫ですか、椎名さん?」
心配そうに声をかけてくる南に華穂は小さく笑みを浮かべて答えて見せた。
「少し休憩なさってはいかがですか?」
後ろからそんな声がかけられたので二人が振り返ると、そこにはコーヒーカップを載せたお盆を持った佐祐理が立っていた。
「どうぞ」
そう言って佐祐理がデスクの上にコーヒーカップを置いた。いつもやっているのかその手つきは手慣れたもので、ちゃんとコーヒーカップは邪魔にならないような場所に置いてある。
「あ、ありがとうございます」
恐縮したように南が言うと、佐祐理はにっこりと微笑んだ。
「気にしないで下さい。佐祐理が出来るのはこのくらいしかありませんから」
「所長の仕事もあるんじゃないんですか?」
「それはそれですよ。ここで日夜様々なことを研究している皆さんの足元にも及びません」
「いや、そんな事は……」
佐祐理の笑みに内心ドキドキしながら南が言う。
「ところで……何かわかりましたか?」
急に表情を引き締めて佐祐理がそう尋ねたので、南は一瞬あっけにとられ言葉を失った。
「……細胞レベルで色素を変化出来るみたいです」
南に変わってそう言ったのは華穂であった。
「周囲に色を合わせるのは勿論ですが、その上に付着したもの、例えばペンキなどで色を付けてもそれをすぐに吸収して同化、結局同じにしてしまうようです」
華穂の説明を聞いて佐祐理は勿論、南も驚いていた。
会議が終わってまだそれほど経ったわけではない。にもかかわらず既にそこまで分析を完了させているとは。助手をしていた南も吃驚していた。
「さ、流石です、椎名さん!」
「これくらいなら他の皆さんも既にわかっていらっしゃると思いますよ。今はどうすれば細胞の変化を止められるかを考えているのだと思いますよ」
興奮したように言う南に対して華穂は至極あっさりと言う。
思わず周囲を見回してしまう南。
同じ研究室内にいる研究員達はそんな南に全く無関心に自分の研究を続けている。
「す、凄いですね、ここの人達って……」
「そうなんですか?」
未だ興奮冷めやらぬ様な南が佐祐理にそう言うが佐祐理は首を傾げただけだった。
「……いや、そうだと思いますよ……」
「あはは〜、佐祐理はその辺の所よく解りませんから〜」
そう言って笑みを見せる佐祐理を呆然と見返すだけの南。
この所長はここのスタッフがどれだけ凄いのかまるでわかっていないのか。それともとぼけているだけなのか。南には今一つ判断出来かねた。その横で華穂はそんな事などどうでもいいという感じで又顕微鏡を覗き込んでいた。
「それじゃ、そろそろ失礼しますね。研究の邪魔になったらいけませんので」
そう言って佐祐理がぺこりと頭を下げたので南も慌てて頭を下げた。
その拍子に南の身体がテーブルに当たり、その上に置いてあったコーヒーカップがバランスを崩して床へと落ちた。ガシャンと音をたてて割れるカップ。
「あ、すいません!!」
南が慌てたように屈み込み、割れたカップを拾おうとしたのと同時に華穂が驚きの表情を露わにして立ち上がっていた。
「………!!」
「ど、どうしました?」
佐祐理がいきなり立ち上がった華穂を見て尋ねる。
「………い、今、何をしました?」
華穂がそう言って佐祐理と南の方を見た。
「何をって……」
「コーヒーカップを落としたから拾おうと……」
首を傾げる佐祐理に困惑顔の南。
「コーヒーカップを落とした……それだわ……」
華穂はそう言うとまた顕微鏡を覗き込み、近くに置いてあったメモ帳に何やら書き込んでいく。
側にいる佐祐理と南はただただ呆然とその様子を見ているしかなかった。

<東京都奥多摩地区内某所 20:02PM>
すっかり暗闇に閉ざされてしまった森の中を祐一のロードツイスターがゆっくりと進んでいく。明かりらしい明かりはロードツイスターのライトだけ。しかし、祐一はそんな事など少しも気にせず進んでいく。
「……この辺でいいか」
そう呟いて、ロードツイスターを止めたのは少し木々の間隔が広くなった場所であった。
ロードツイスターのエンジンを止め、ヘルメットを脱ぐとミラーに引っかける。

<教団研究施設 20:04PM>
モニターに映った祐一の顔を見て鹿沼葉子は驚きの表情を押し殺すのに必死だった。
森の中に設置してあった監視カメラの一つが彼、相沢祐一の姿を捕らえたのはほんの数分前。それから彼女はずっとモニターを凝視している。
「まさか……ここを……そんなはずはないわ。彼はまだ我々のことをほとんど知らないはず……でも……」
モニターを見ながらそう呟き、葉子は近くにあるインターホンのボタンを押した。
「ここに近付いてくる人がいるわ。すぐに排除して」
視線をモニターから離さず、葉子は命令口調でそう言う。
「……そう簡単に排除出来るとは到底思えないけど……」
インターホンのボタンから指を離しながら呟く。
と、別のモニターに二つの異形の影が映し出された。一方はムササビのような姿をし、もう片方は類人猿のような怪人。その二体の怪人が闇に覆われた森の奧へと消えていく。不幸なる侵入者を抹殺せんが為に。

<倉田重工第7研究所 20:37PM>
二時間程前に会議が行われた会議室に再び研究員一同が集められていた。だが、集まってきたのは前の時よりも明らかに少ない人数であった。どうやらまだ研究室に残って分析を続けているものがいるらしい。再び進行役を仰せつかった斉藤が困ったような顔をするが、同席していた佐祐理が頷いて見せ、斉藤は仕方なく皆の方に一礼して始めることにした。
「先程科警研よりこちらに来て頂いている椎名華穂主任の方から第29号について重大な発見があったとの報告を受けました。第29号の特殊能力、透明化を防ぐ手段です」
斉藤の言葉に会議室に集まっていた他の研究員がどよめいた。
「椎名主任、説明願いますか?」
「あ、は、はいっ!!」
斉藤に呼ばれて慌てて立ち上がる華穂。ふと周りを見ると皆が自分の方を見つめている。只でさえ上がり症の華穂はその視線に更に真っ赤になって俯いてしまう。
「……椎名主任?」
斉藤が更に声をかけるが真っ赤になった華穂は答えるどころではなかった。そんな華穂の様子に気付いて南が素早く立ち上がる。
「す、すいません、椎名さん、物凄い上がり症なもので、こう言う報告とかは物凄く苦手なんです。だから僕が代わりに報告しますがよろしいでしょうか?」
「……わかりました。お願いします」
そう言ったのは佐祐理。華穂が物凄い上がり症だったと言うことが意外だったのか苦笑を浮かべていた。
南は華穂から彼女の研究データを書き込んでいるレポート用紙を受け取るとそれを読み上げ始めた。
「第29号は細胞レベルでの色素変化を可能としています。更に表面に付着したものでもすぐに吸収、同化することにより塗料等による着色は不可能となっています。この事はここにいる皆様も既にご承知だと思われますが」
そう言って南は会議室内にいる一同を見回した。
皆がそれぞれ頷くのを見て、南は再び研究データの書き込んでいるレポートに目をやった。
「しかしながらある一定の波長を与えることにより、その細胞の活動を止めることが出来ることがわかりました」
ざわめきが起こった。
「その一定の波長とは?」
一人の研究者が立ち上がってそう質問してきた。
「これです」
南はそう言うとテーブルの上に置いてあったコップを手に取り、それを床の上に落とした。カシャンと言う音と共にコップが割れる。
「このコップの割れる音、これが第29号の細胞の変化を止めることの出来る波長なのです」
再びざわめきが起こる。
「それが本当なら凄い発見だ……」
「これで第29号を何とか出来る……」
「しかし……まだ問題があります」
そう言ったのは華穂だった。ようやくこの場の雰囲気に慣れたのか自ら立ち上がって発言している。
「問題?」
「はい。この波長で細胞の変化を止めるのには限界が存在するんです」
「限界……ですか?」
「そう……時間にして……約5分だと思います」
「5分、か……」
呟くように言ったのは留美だった。
「たった5分でケリをつけるとなると……モードAの出番ね」
そう言うと留美は立ち上がり、佐祐理の方を向いた。
「PSK−03の調整にかかります。第29号殲滅作戦の方はお任せします」
「……わかりました」
佐祐理の許可を得た留美が会議室から出ていく。
それを見た斉藤が一瞬どうしようかと言う顔になるが、佐祐理が頷いて見せたのですぐに彼女を追って会議室から出ていった。

<東京都奥多摩地区内某所 20:52PM>
すっかり闇に包まれた森の中、祐一は必死に走っていた。
彼の後方からは夜の闇も気にせずに二体の怪人が彼を追ってきている。葉子の命を受けたムササビ怪人と猿怪人だ。夜の闇に紛れ、だが木々の間を俊敏に飛び回り逃げる祐一を追い立てる。
「へっへっへ、何処まで逃げるつもりかな?」
ムササビ怪人が逃げる祐一の背を見ながら言う。
「何処に逃げようとこの俺たちからは逃げられないぜ」
同意するように猿怪人が言った。
二体の怪人は木の枝から枝へと飛び移りながら徐々に祐一との距離を詰めていく。
一方追われている祐一。
闇の中、伝わってくる殺気から相手がこっちを追いつめつつあるのはわかっていた。だがそれでも彼は変身することに躊躇っていた。
(変身したらまたあの力に振り回される……だが、このままじゃ……)
焦りを覚えながらも、まだ変身することを決意出来ない。
「くそっ!! 一体どうすりゃいいんだよっ!!」
足を止めて祐一が叫ぶ。
と、その前にすっと降り立つ二つの影。
「どうした? もう逃げるのは止めか?」
猿怪人が不気味な笑みを浮かべて言う。
「まぁ、この俺たちに追われてこの森から逃げ出すことは不可能だがな」
ムササビ怪人がそう言い、猿怪人と同じように笑った。
その笑みを見て、祐一は一歩下がった。そして、ニヤリと口元に笑みを浮かべる。
「そうかい……それじゃ……」
すっと両手を腰の前で交差させた。そしてそのままゆっくりと上へと上げていく。右手をそこに残し、左手だけを腰に引く。残った右手で宙に十字を描き……。
「変身ッ!!」
祐一の腰に浮かび上がったベルトの中央にある霊石が眩い光を放ち、その光の中、祐一の姿がカノンへと変わっていく。
猿怪人とムササビ怪人はいきなりカノンへと変身した祐一を見て驚きに言葉を失っていた。
(余り時間はない……あの力が発動する前に……カタをつけるっ!!)
驚いている猿怪人とムササビ怪人に向かってカノンが飛びかかっていく。右のパンチを猿怪人に食らわせ、そのまま右腕を振り回すように裏拳でムササビ怪人を殴り飛ばす。更に身体を沈ませながら左足で猿怪人の胸を蹴り飛ばす。
「このっ!!」
吹っ飛ばされた猿怪人を見ていたカノンの背にムササビ怪人が飛びかかってきた。その頭部に左の肘を叩き込むと、怯んだムササビ怪人の腕を掴んで一本背負いで投げ飛ばし、地面に叩きつける。すかさず顔を上げたカノンは起きあがろうとしている猿怪人に向かってジャンプ、空中でキックを放つ。
またも吹っ飛ばされ、近くにあった木に背を打ち付ける猿怪人。
着地したカノンがムササビ怪人の方を振り返るが、既にムササビ怪人は立ち上がっており、大きくジャンプしていた。ガサガサと葉を揺らしてその向こう側に消える。
「逃がすかっ!! フォームアップ!!」
そう言ってジャンプするカノン。ベルトの中央の霊石が青い光を放ち、同時にカノンの姿が白から青いカノンへと変わる。頭上の枝を掴むと軽々と身体を引き上げ、その枝の上に立つ。しかし、その位置からでは青々と茂った葉が邪魔でムササビ怪人の姿を捕らえることは出来なかった。
「………何処だ……?」
その場を動かず周囲を見回すカノン。と、その背後にいきなり猿怪人が姿を現し、カノンの首を締め上げてきた。
「何っ!?」
「キキキッ、この森の中で俺たちにそう簡単に勝てると思うな!」
「そう言うことだ!!」
ガサッと大きく葉を揺らしてムササビ怪人が姿を見せ、カノンのボディにキックを喰らわせる。同時に首を締め上げていた猿怪人が腕を放したのでカノンはそのまま落下してしまった。
地面に背中から叩きつけられるカノン。その真上から猿怪人が飛び降りてきた。プロレス技で言うところのニードロップをカノンに喰らわせようと言うのだ。だが、カノンは地面を転がって猿怪人の膝をかわすとすぐに起きあがり猿怪人の頭に向かって鋭い回し蹴りを叩き込んだ。更に回転して後ろ回し蹴り。そしてもう一発。たまらず吹っ飛ばされる猿怪人。そこに木の上からムササビ怪人が滑空してきた。カノンの身体を掴むとそのまま後方にあった木の幹に叩きつける。
「ぐあっ!」
今度は正面から地面に倒れるカノン。その前に降り立つムササビ怪人と起きあがった猿怪人。
「フフフ……なかなかやるようだがな……」
「この森の中では俺たちが最強だ」
そう言って倒れたままのカノンに一歩一歩迫っていく。
それを見たカノンが起きあがろうと地面に手をついた時だった。ビクンとその身体が震えた。
(き、来たか……!?)
カノンの、イヤ祐一の不安の通り、全身に突如として沸き上がる不気味な力。それと同時にカノンの姿が青いカノンから白いカノンへと戻り、更に全身に黒いラインが走る。目も赤から金色へと変わり、完全にその力に振る舞わされるいつもと同じ状態に入ってしまった。
「クッ……くううっ!!」
無理矢理力を押さえ込もうとするカノンだが、全身を駆けめぐるその力は容易には押さえ込めない。
そこに猿怪人が容赦のない蹴りを食らわせてきた。
思わず吹っ飛ばされてしまうカノン。
「キキキ……どうした、もうお終いか?」
吹っ飛ばされ、地面に倒れ伏したカノンに向かって今度はムササビ怪人が襲いかかる。その背を容赦無く何度も踏みつける。
「はっはっは! どうした! 貴様の力はその程度か!?」
「クッ……」
背を踏みつけられる痛みに耐えながら何とかカノンは地面に手をついて起きあがろうとした。しかし、全身を容赦無く暴れるように駆けめぐる力に手をつくことすらままならない。
ムササビ怪人はカノンの抵抗がないのをいいことにカノンの頭を掴んで無理矢理カノンを起きあがらせた。
「そろそろ楽にしてやろう……」
ムササビ怪人がそう言い、猿怪人がそれに頷いた時だった。
闇の中からゆらりと不気味な姿が現れたのは。
「悪いが……そいつを殺すのはこっちの仕事でしてね」
「な、何だお前は!?」
突如現れた存在に猿怪人が問いかける。
「フフフ……粗末なお前達に名乗る名など無い……」
そう言うのと同時に鋭い蹴りが猿怪人を吹っ飛ばした。
「なっ!?」
吹っ飛ばされた猿怪人を見て驚いているムササビ怪人に”そいつ”はあっと言う間に肉迫し、その頭をガシッと掴む。
「ぐっ!」
「その程度の力で……」
ギリギリとムササビ怪人の頭を掴んだ手に力を加えていく。
「カノンを殺せるのはこの俺だけだ……」
そう言って姿を露わにしたのはオウガだった。
「オ、オウガ……」
カノンは突如現れたオウガを見て驚きの声を上げた。
「お前、俺の仕事の邪魔をするな」
オウガはそう言うとムササビ怪人の頭を掴んだままゆっくりと持ち上げた。そして空いている方の手でそのボディにパンチを叩き込む。
その一撃だけでムササビ怪人は掴んでいたカノンを放し、そして大きく吹っ飛ばされてしまう。
ムササビ怪人から解放されたカノンがその場に倒れ込んだのを見て、オウガはその場にしゃがみ込んだ。
「ザマァねぇな、カノン。ここで死ぬか?」
「ふ、ふざける……な……」
顔を上げてそう言うカノンだが、起きあがることすら出来なかった。
「俺は……まだ……死ねない……」
「無駄だ。お前は死ぬんだよ、ここで。俺の手によってな」
オウガはそう言うとカノンの頭を掴んで無理矢理立ち上がらせた。と、その背に猿怪人がいきなり飛びかかってきた。両腕でオウガの首を締め上げる。
「な、何のマネだ?」
忌々しげにオウガが言うと、猿怪人は更に首を絞める腕に力を込めた。
「我らはこの森に侵入したものを排除するのが役目! 貴様とてそれは同じ!!」
「侵入者は排除する!!」
カノンを突き飛ばすようにムササビ怪人が横合いから飛びかかってくる。
「むうっ!!」
思わず掴んでいたカノンを放してしまうオウガ。そのまま猿怪人とムササビ怪人によって森の奧へと連れ去られていく。
その場に残されたカノンは祐一の姿に戻るとふらふらと立ち上がり、そのままオウガ達の消えた逆方向へと歩き出した。

<警視庁未確認生命体対策本部 21:32PM>
倉田重工からやって来たPSKチームの3人に加え、科警研の華穂、南を加え、再び未確認生命体第29号対策会議が行われている警視庁の中にある会議室。
「では君たちは囮作戦をしろと言うのかね?」
苦々しげにそう言ったのは鍵山である。じろりと睨み付けるようにPSKチームを見つめた。
「勝算はあります。第29号の最大の武器である透明化を防ぐ方法も見つかっています。これ以上の被害者は出させません」
鍵山を見つめ返して留美が言う。
「だけどよ……囮となる人物の命を確実に守れるのか?」
そう言ったのは国崎だった。
「失敗しました、じゃ済まされないんだぜ。人の命を囮にするんだからな」
「……わかっているわ」
留美は真剣な目をして国崎を見た。
「この作戦には我々の進退を賭けても構いません。いえ、失敗したなら倉田重工が責任をとります」
留美の発言を聞いて隣に座っていた斉藤、そして北川潤が彼女の顔を見上げた。
「な、七瀬さん……いいんですか、勝手にそんなこと言って」
斉藤は青くなっている。
潤は留美の発言に緊張してしまったのか硬直していた。
留美は何も言わず、国崎から鍵山に視線を移している。
沈黙が会議室内を包み込んだ。
鍵山は腕を組み、目を閉じてじっと何かを考えている。
その鍵山の返答を黙って待つ留美。
「………良かろう。その作戦、やってみよう」
鍵山のその言葉に留美は大きく頭を下げた。
「ありがとうございます、本部長。つきましてはその囮作戦の為に必要なものをリストアップしています。これを用意して頂きたいのですが」
「わかった。用意させよう。それで、作戦の開始時間は?」
「明朝午前8時。場所は……」

<東京都奥多摩地区内某所 05:45AM>
小さなせせらぎの側に祐一は倒れ込んでいた。
「う……うう……」
呻き声を上げ、ゆっくりと目を開けると視界に流れるせせらぎが飛び込んできた。身体を起こした祐一は這いずるようにせせらぎまで行き、流れる水を口に含んだ。
「ハァ……ハァ……」
荒い息をしながら祐一はその場で仰向けになった。
既に空は明るくなっている。雲一つ無い青空だ。だが、祐一の心は暗雲立ち込めていた。
「くそっ……どうすりゃいいんだよ……」
空を見上げて、祐一は悔しそうに呟いた。その目から涙がこぼれる。悔し涙。自分の中に突如目覚めた水瀬の力を全く制御出来ない自分に対する悔しさが彼に涙を零させる。
どうすればあの力を制御出来るのか全くわからない。無理矢理押さえ込もうとすればする程反発が強くなり、指一本動かせなくなってしまう。おまけにそうなると異常なまでに体力を消耗してしまうのだ。
「くそっ……」
天を仰いで目を閉じる。
どれだけそうしていたのだろうか、不意に彼の耳が近付いてくる足音を捕らえた。
「おや……またお前さんかい」
そんな声がしたので祐一が目を開けてみると、そこには昨日の昼頃道端で倒れていたのを助けてくれた老人が立っていた。
「今度はどうしなさった?」
祐一は身を起こすと苦笑を浮かべて老人を見た。
「イヤ、どうしたって事はないんですけど……ちょっと悩み事があって……」
「ほっほっほ。若いうちは悩むことだ。色々と悩んで苦労して、そして人生ってもんは豊かになるもんじゃて」
老人がそう言って笑ったのでつられて祐一も苦笑いを見せた。
「で、おじいさんはこんな早くから何しているんですか?」
立ち上がった祐一が尋ねると、老人は手に持っていた釣り竿を祐一に見せる。
「年寄りは時間だけはあるんでな。お前さんもつきあわんか? この先になかなかいいポイントがあるんでな」
老人にそう言われた祐一だが、首を左右に振った。
「すいませんが……俺、やらなくっちゃならないことが……」
「……そんなに思い詰めていてはいかんと思うぞ。まぁ、ちょっとぐらい付き合いなさい」
そう言って老人は強引に祐一を連れて歩き出す。せせらぎに沿って歩いていくとやがて小さな川に出た。その流れは大きさに反してかなり早そうだ。足を取られたら立ち上がれないだろう。少なくても一緒にいる老人では。
「おじいさん、危なくないですか、ここ?」
流れの速さを見ながら祐一が言うと、老人は軽快な足取りで手頃な岩に駆け上りその上に腰を下ろしているところだった。
「なぁに、落ちなければ大丈夫だ」
老人はそう言いながら糸の先の針にエサをつけている。老眼鏡をかけてはいるがその手つきはなかなかに手早い。エサをつけ終わると釣り竿を手にヒュッと先をしならせてエサのついた針を川の流れの中へと落としていく。
その一連の動きを祐一は感心したように見つめていた。彼の目から見てもこの老人がかなりの熟練の達人だと言うことがわかる。
「後はかかるのを待つだけ……」
老人がそう呟いて目を閉じた。
祐一は老人が駆け上った岩に寄りかかり、川の流れの中に垂れる糸を見つめていた。川の速い流れに負けないように張っている糸を何とも無しに見ていると、何とも頼りなく思えてきた。
(……こんな事している場合じゃないんだけどな……)
ふとそう思い、祐一はまた苦笑した。その目の前で不意に糸が揺れ、ぴんと張った。どうやら魚がかかったらしい。
「おじいさんっ!!」
祐一が岩の上にいる老人に呼びかけると、老人は閉じていた目を開き、釣り竿を祐一の方に投げて渡した。
「若いの、お前さんに任せる」
「おいっ!!」
慌てて釣り竿を受け、力任せに引っ張る祐一。針にかかった魚は彼の予想以上の力で逃げようと暴れている。糸がぴんと張り、今にも切れそうな感じさえしている中、祐一は無理矢理竿を引き寄せた。すると、ぷつっと糸が切れてしまい、祐一は今まで引っ張っていた力と拮抗する力が無くなったことにより後ろに思わず尻餅をついてしまっていた。
「あたた……」
しかめっ面をして立ち上がる祐一を見て、老人が声を上げて笑った。
「はっはっは、若いの、釣りなんかやったこと無さそうだな」
「……その通りだよ」
ふくれっ面をして祐一が老人を見上げる。
老人はそんな祐一から釣り竿を受け取ると、慣れた手つきで手早く切れてしまった糸を付け替える。そしてまた針の先にエサをつけて川の中程に投げ込んだ。
「フフフ……力に対して力で対抗しようとするから糸が切れる……」
老人が川面に垂れる糸を見ながら言う。その糸がまたぴんと張った。どうやらまた魚が食いついたらしい。老人はそれに気がつくと、一回だけ軽く竿を引き、手応えを確かめると後はそのまま放置した。
「爺さんっ、引いてるぞ!」
「まぁまぁ、慌てなさんな」
老人はそう言うと胸ポケットからタバコを取り出し、一本口にくわえると火をつけた。ゆっくりと煙を吐き出し、左右に激しく動き回る糸を見つめる。
「どうせ逃げることは出来ん……」
激しく動き回る糸のその動きが徐々に弱くなってきた。
「まずは流れに任せればいい……相手が疲れたところを狙って……」
老人がシュッと竿を引き寄せ、一気に魚を釣り上げた。
感心したように祐一がその様子を見ている。そして、彼ははっとなった。
(そうか……俺は今まであの力に対して自分の力で無理矢理押さえつけようとしていた……だから……ダメだったのか)
「ほっほっほ、今日の昼飯ゲットじゃ」
老人がそう言って笑い声を上げ、祐一を見下ろした。
祐一は老人を見上げると、ぺこりと頭を下げてから老人に背を向けて走り出した。
そんな祐一の背を見送りながら、老人は訳がわからないと言った風に首を傾げていた。

<東京都奥多摩地区内某所 06:48AM>
再び森の中に戻ってきた祐一は停めてあったロードツイスターに駆け寄るとすぐ側に停めてあったアメリカンバイクを見て、足を止めた。
「こいつは……オウガの……」
祐一はそう呟くとすぐに周囲を見回した。だが、周囲の森の中からはオウガの気配は全くしない。まぁ、相手は殺し屋と名乗っているぐらいだから気配を消すことなど造作もないことなのかも知れないが。
「あいつ……一体何者なんだ?」
祐一は持ち主のいないアメリカンバイクを見ながらそう呟いた。
その時、森の中からムササビ怪人が現れ、祐一の背に向かって飛びかかってきた。
「ケケケッ! 死ねっ!!」
そう言ってムササビ怪人は祐一に掴みかかろうとするが、振り返った祐一は素早く地面を転がってムササビ怪人をかわす。
「この……生きていたのか!?」
「この森は我らのフィールド! そう簡単にやられはせん!!」
着地したムササビ怪人は言いながら振り返ると、猛然と祐一に飛びかかっていく。
横に飛んでムササビ怪人をかわした祐一は素早く両手を腰の前で交差させ、そのまま胸の前まで持ち上げた。そして左手を腰へ引き、残る右手で宙に十字を描く。
「変身ッ!!」
その声と同時に彼の腰に浮かび上がったベルトの中央の霊石が光を放つ。その光の中、祐一はカノンへと変身を完了した。
「行くぞっ!!」
そう言ってカノンはムササビ怪人に飛びかかっていく。ムササビ怪人とガシッと組み合い、そのまま地面に倒れ込む。ごろごろと地面を転がり、やがて両者がバッと離れた。一定の距離を置いて睨み合う。
「ケケケ……今度は少しマシなようだな?」
「昨日の俺と同じに思うなよ」
カノンが再び走り出す。鋭く繰り出される右フックをムササビ怪人はジャンプしてかわし、空中で両腕両足を広げた。両腕両足の間にある膜が広がり、空気を上手く捉えてカノンめがけて滑空していくムササビ怪人。空中からの体当たり。それを食らってカノンは吹っ飛ばされてしまう。
「くっ!」
倒れたカノンだがすぐに起きあがり、再び滑空してきたムササビ怪人をジャンプしてかわした。そして空中で一回転するとムササビ怪人めがけて蹴りを放った。
背にカノンの蹴りを食らったムササビ怪人が地面に叩きつけられる。着地したカノンは倒れているムササビ怪人に素早く飛びかかろうとした。だが、そこに猿怪人が突っ込んで来、カノンは猿怪人の体当たりを食らって吹っ飛ばされてしまう。
「ウキキッ!! そう簡単にやらせはせんっ!」
そう言って猿怪人が倒れたカノンの上に馬乗りになろうとする。しかし、カノンは素早く足を振り上げ、猿怪人を蹴り飛ばすとその場で後転して立ち上がった。体勢を整えるとすぐに猿怪人に向かってパンチを叩き込む。よろける猿怪人に代わり、今度はムササビ怪人がカノンに向かってくるが、その攻撃をかわし、逆にムササビ怪人の腕を取って投げ飛ばす。
「おのれっ!!」
猿怪人が正面からカノンに飛びかかってきた。ムササビ怪人を投げ飛ばしたばかりのカノンはそのままムササビ怪人の上を転がり、飛びかかってきた猿怪人の腕をかいくぐると浴びせ蹴りを叩き込む。たまらず吹っ飛ばされてしまう猿怪人。
カノンは立ち上がるとすっと両足を広げて腰を落とした。一気に必殺技でとどめを刺してしまうつもりなのだ。だが、その瞬間、例の力が何の前触れもなく発動する。
ベルトの中央の霊石が光を放ち、カノンの全身に黒いラインを浮かび上がらせ、その目を赤から金へと変える。
「クッ……来たか……」
思わずよろけてしまうカノン。
そんなカノンの様子を見て、ムササビ怪人と猿怪人はゆっくりと立ち上がった。
「ケケケ、何かは知らんが」
「ウキキ、これはチャンスだな」
一歩一歩カノンに向かって近寄っていくムササビ怪人と猿怪人。
カノンはよろける身体を何とか踏ん張らせるとすっと両手を左右に広げた。心を落ち着かせるように仮面の下で目を閉じる。
(力に逆らうな……)
身体の中を荒れ狂う力。
(逃げることは出来ない……まずは流れに身を任せればいい……)
荒れ狂う力が、その勢いを弱めた。力に対して力で対抗しようとするから反発してより荒れ狂った。しかし、今カノンが、祐一がその力を全身に自由に流れ渡らせた為、その勢いは緩やかになり、彼にも制御出来るようになっていた。
(これなら……やれる……!!)
仮面の下で閉じていた目を開き、カノンはすっと腰を落として左手を前に突き出した。その手で宙に十字を描く。
いきなり動き出したカノンにムササビ怪人と猿怪人はビクッと身体を震わせ、動きを止めていた。その目の前でカノンが左手で宙に十字を描き、その軌跡が十字に空間を歪めている事に気付くのにそれほど時間はかからない。
「な、何だ……?」
猿怪人がそう言った時、カノンは右手で十字に歪む空間の丁度中央、交差した部分を撃ち抜いていた。次の瞬間、その十字は猿怪人とムササビ怪人の背後に移動しており、その大きさを増している。何もないはずの空間に描かれた十字架。そこだけにスパークが走り、微妙に空間が捻れている。
あっけにとられている猿怪人とムササビ怪人の前でカノンは大きくジャンプしていた。そして空中で膝を抱えて一回転し、両足を広げて突き出す。
「ウオオリャアァァァッ!!」
雄叫びを上げてカノンのキックが猿怪人、ムササビ怪人両方にヒットした。吹っ飛ばされ、背後の十字架に重ねて貼り付けられる両怪人。
カノンは着地するとその十字架に背を向ける。
「虚無に……消え去れ!!」
その声と同時に十字架に貼り付けられていた猿怪人とムササビ怪人がその十字架にベキベキとイヤな音をたてながら無理矢理身体を折り畳まれ、吸い込まれていく。完全に両怪人が十字架の中に消えてしまうと十字架はすぅっと消えてしまい、カノンも祐一の姿に戻り、その場にガクッと膝をついてしまった。
「ハァハァハァ……な、何とか……出来たみたいだな……」
荒い息をしながらそう呟く祐一。しかし、今の彼は立ち上がることすら出来ない程疲弊していた。
「どうやら……あれは……」
両手を地面につく。そしてごろんと地面の上に仰向けになった。目を閉じると今にも眠りに落ちてしまいそうだ。何とか意識を繋ぎ止めようとするが、体力の消耗が大きすぎ、彼は眠りに欲求に負けてしまう。
そんな祐一を少し離れたところから見ている人物がいた。
キリトである。
「……どうやらあの力を身につけてしまったようですが……そうそう使えるものでも無さそうですね」
そう言うと、ニヤリと笑う。
「ここで殺してもいいんですが……それじゃ面白くありません。次、次に会った時こそその命、頂きましょう」
キリトは眠ってしまった祐一を起こさないよう注意しながら自分のアメリカンバイクへと向かっていった。

<関東医大病院 07:14AM>
関東医大病院の屋上。
そのフェンスの前に水瀬秋子は立ち、目を閉じていた。まるで何かを感じているかのように。だが、その表情は険しい。
「……やっぱりダメね」
目を開け、そう呟いてため息をつく。
「名雪を感じられない……遂に始まるのね」
悲しげに目を伏せる秋子。
今、彼女は自分の力を使って実の娘の居場所を感じ取ろうとしていたのだ。
昨日から不意に途絶えた娘の気配。それが何を意味するのかは水瀬一族である彼女は良く知っている。
「もう……時間がありません……祐一さん、早く………」
フェンスを掴み、空を見上げる秋子。

<都内某所・廃工場内 07:15AM>
その廃工場はいつから使われていないのか酷く痛んでいる。
だがその一角には異様な程に綺麗にされた場所があり、そこにはまるで祭壇のようなものが備え付けられていた。
その祭壇の上に一人の女性が寝かされている。少し変わった形状の巫女服を着た女性、水瀬名雪。意識を失っているか全く反応しない。
その祭壇の側には同じような巫女服を着た二人の少女。双子なのかその容貌は驚きほど似通っている。何処か虚ろな瞳さえも。少女達の名は水瀬伊月、小夜。
祭壇から少し離れたところにはやはり巫女服を着た一人の女性が立っていた。皆瀬真奈美。双子の少女達と同じく、虚ろな瞳で祭壇の方を見つめている。
そこに、その場にいる4人と同じ巫女服を纏った老婆が姿を現した。杖をつきながら、一歩一歩祭壇へと向かっていく。
「フッフッフ……よく眠っておるわ」
祭壇の上で眠っている名雪を見て老婆がイヤらしい笑みを浮かべた。そしてゆっくりと伊月、小夜、真奈美の方を振り返る。
「儀式を始める……これより………新たな水瀬の当主の誕生だ」

Episode.46「虚無」Closed.
To be continued next Episode. by MaskedRiderKanon


次回予告
許された作戦時間は5分、PSK−03の決死の作戦が幕を開ける。
それと同時に水瀬一族の最終計画が始まろうとしていた。
キリト「邪魔をする気ですか?」
潤「逃がすわけにはいかないんだっ!!」
必死に名雪を捜す祐一達。
その前に立ちはだかる新たな未確認生命体。
香里「それでも探すしかないのよっ!!」
祐一「俺の邪魔をするなぁっ!!」
迫るタイムリミット、募る苛立ち。
そこに現れる頼もしき助っ人!
???「まだ借りを返しきっちゃいないんでな」
次回、仮面ライダーカノン「期限」
唸れ、虚無の力!! 乗り越えろ、その運命!!

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