<喫茶ホワイト二階・祐一の部屋 04:29AM>
ベッドの上で相沢祐一は汗びっしょりになりながらうなされていた。
「う……うう……」
時折漏れる呻き声。何か悪い夢でも見ているようだ。その顔にも苦悶の色が濃く浮かんでいる。
「うっ……うわあぁぁっ!!」
悲鳴のような叫び声をあげてバッと身を起こす祐一。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
荒い息をしながらベッドの傍らに置いてある目覚まし時計を見るとまだ午前4時半。祐一は立ち上がると、無造作に置いてあったタオルで汗を拭った。それから汗に濡れたシャツを脱ぎ捨てベッドに腰掛ける。
「又……か」
そう呟いて額に手を当て、張り付いた前髪をかき上げる。
同じような夢を見るのはこれで何度目だろうか。始まりやその展開はどうあれ、結末は全て同じである。一体どうしてこんな同じような夢を何度となく見るのか。
この夢を見るようになったのは確か未確認生命体第28号を倒した頃だった。あれから毎夜のように夢を見る。
「一体……何なんだよ」
そう呟いて祐一は又ベッドに倒れ込んだ。目を閉じると、そのまま眠りの世界へと再び引き込まれていく。又同じ夢を見るのか、それは祐一にもわからない……。

仮面ライダーカノン
Episode.45「究明」

<千葉県船橋市・乗馬センター付近 05:12AM>
早朝の運動なのだろう、一人の男がジャージを着てランニングをしている。
空はもう明るくなり始めており、この調子では今日は暑くなりそうだ。男がそう思っているのかどうかは別として、男は無言で走り続けていた。
しばらく走っていた男だが、不意にその足を止めた。それだけではない。苦悶に表情を変え、更に首もとに手をやってまるで首に絡みついた何かを必死に引きはがそうとさえしている。一体何が起こったのか、それは本人にしかわからない。
徐々に彼の身体が地面から離れていく。だがそれはほんの少しだけ。何かに持ち上げられたかのように宙に浮く彼の身体。その顔がドス黒く変色し、やがて彼が事切れる。
ぐったりと脱力した彼の身体が地面に崩れ落ちると、その場にすぅっと音もなく姿を現す怪人物。その姿はカメレオンに酷似している。未確認生命体ヌヴァラグの一人、ガセデ・ババル。
「まず一人……」
そう呟き、ガセデ・ババルは左手首につけたリング状の装飾品に付いている勾玉を一個動かした。
どうやら又新たな戦いが始まったらしかった。

<城西大学考古学研究室 09:43AM>
自分のパソコンの前で美坂香里はうちわで扇ぎながらいつものようにモニターを見つめていた。
「暑いわね〜」
「冷房入れようか?」
香里に向かってそう言ったのは同じ考古学教室所属の留学生、エドワード=ビンセント=バリモア、通称エディである。
「ちょっと早いかも知れないけど少し設定温度を高めにしておけば」
「止めておきましょう、エディ。電気代の無駄よ。そうでなくても一日中パソコンつけているんだから……」
香里が苦笑を浮かべてそう言うと、仕方なさそうにエディも頷いた。
「まぁ、せめて除湿ぐらい入れておくべきだな」
不意にそう言う声が聞こえてきたので二人が声の聞こえてきた方、入り口のドアを見やるとそこに祐一が立っている。
「余り日当たり良くないからな、ここ。除湿ぐらい入れておかないとカビ生えてくるぜ?」
「生憎だけど風通しは良いのよ、ここ」
少しムッとしたように言い返す香里に祐一は苦笑を返しただけだった。そして、ドアの所から香里のいるとこまで歩いてきてモニターを覗き込む。
「何か面白い記述でもあったか?」
「全然よ。ここ最近は特にね。相沢君が死にかけた時から解読はほとんど進んでないに等しいわ」
そう言って香里は又うちわで扇ぎだした。
「それにエディがちょくちょく華音遺跡に行っては新しい碑文を発見してくるからそれの解読もたまっているし……レポートも書かないといけないし」
うんざりだと言わんばかりの顔で香里はため息をついた。
それを見た祐一が又苦笑を浮かべる。
「ああ、そう言えば香里って普通の大学生だったもんな、まだ」
「どう言う意味よ、それ?」
じっと祐一を睨み付ける香里。
「大学院生だと思ってた。いつもここにいるし」
「相沢君、私に対して少しは感謝する気、ある?」
「それはもう! 香里の解読のおかげで助かったことが何度あったか」
「それじゃ一つお願いがあるんだけど聞いてくれるわよね?」
「どうぞどうぞ」
祐一はすぐにこの時安請け合いするのではなかったと後悔する。しかし、香里に頼まれて嫌と言えないのも又事実であった。正直なところ香里には何度も助けられているのだから。
「だからと言ってな〜」
うちわを香里に向かって扇ぎながら祐一が呟く。
「これはねーんでねーかい」
「文句言わないの。それより何か用があったんじゃないの?」
氷のたっぷり入ったコーヒーを飲みながら香里が祐一の方を向いた。これは先程自分で入れてきたものだ。勿論自分の分だけだが。
「ああ、ちょっと調べて欲しいことがあってな……俺の身体のことだけど」
香里に向かって扇ぐのは止めず、祐一が言う。
「身体のことなら霧島先生の方が……」
「いや、どっちかと言うとカノンの力のことなんだよ。何時か話さなかったか、足の先がビリビリするとか言うの?」
「聞いた覚えがないわよ」
「あれ? 話したのって聖先生の方かな?」
首を傾げる祐一。
香里は呆れたような視線を彼に向けて、続きを促した。
「とにかくそう言うのが何かないかなって思ってさ。何かそのビリビリ感じるとキックの威力とかが今までと違うような気がするから」
「……パワーアップしているって事?」
「よく解らないけどな。それともう一つ。この間、28号と戦った時のことだけど、白の時に黒いラインっぽいものが走ったんだ。それと同時に目が金色になって何だからわからない力が身体中を駆けめぐって、それでもってその力は何かブラックホールみたいなものを生み出して28号をその中に吸い込んだ」
「何それ?」
「俺が知りたい。とにかくカノンにそう言う力があるのかどうか調べて欲しいんだ。時間はかかっても別に構わないから頼む」
「それは別に構わないけど……」
香里はそう言うと少し考え込むように腕を組んだ。何かを思い出すように人差し指でぽんぽんと自分の額を叩く。と、その指の動きが止まった。
「目が金色になったって言ったわね?」
「ああ、なったらしい」
実はこれは後で聞いた話だった。何せ目の色は自分では確認しようがない。一緒に戦っていたPSK−03のマスクについているカメラが偶然それを撮っていたのをPSKチームのリーダーである七瀬留美がわざわざ教えてくれたのだ。
「そうね……これはカノンの、って言うより水瀬の、って言うのが正解じゃない?」
少し考えてから香里が口を開いた。
「水瀬の?」
「名雪とかと同じ水瀬の力よ。相沢君、名雪とは従姉妹なんだし相沢君のお母さんは水瀬一族だったんでしょ? 相沢君もああ言う力持っていても不思議じゃないと思うけど?」
「あれは水瀬の女にしかない力じゃなかったのか?」
祐一がそう言うと、香里は首を左右に振って言い返す。
「その辺は秋子さんにでも聞いて頂戴。私は水瀬の一族じゃないからわからないし、それに目が金色に光るって言うのは水瀬一族が力を使う時に起こる現象でしょ?」
「そりゃまぁ、そうだが」
祐一は今まで何度か目撃した名雪や老婆を思い出しながら答えた。確かにあの衝撃波を放つ直前の名雪や老婆の目は金色の光を帯びていた。今まで特に気にしたことはなかったのだが、改めて言われると確かにそうだ。
しかし、自分にも同じような力が身に付いたかどうかと言われると自信はない。あの時、第28号を倒したあの力は名雪達の力とは違うもののように思われたのだ。
「しかしなぁ……何か違うって気がするんだよなぁ」
そう言って首を傾げる祐一。
「何か違うって何が?」
再びパソコンのモニターに向かっていた香里が祐一の方を向かずに言う。
「それがわかれば苦労はしないっての」
苦笑を浮かべて祐一はそう言うと、椅子から立ち上がった。
「仕方ない、秋子さんに話聞きに行くか」
手に持っていたうちわを香里に返し、祐一はエディに軽く片手を上げて挨拶してから考古学教室を出ていった。
丁度祐一がドアを閉じた時、香里のパソコンのモニターに解読終了の文字が表示された。
「何か解読出来たみたいだね」
解読終了の文字と同時に鳴った音にエディがすぐに反応して香里に声をかける。どうやら彼も解読の結果に興味があるらしい。
香里はエディの声を無視するようにモニターを覗き込んで硬直していた。
モニターに表示されている解読された古代文字の碑文……そこにはこう書かれてあった。
『戦士、究極の力を得た時、その身を焦がし滅びの道を歩まん』

<千葉県市川市国府台 10:32AM>
国立K病院の敷地内。
天気もいいので入院患者達が看護婦等に付き添われて、日光浴など行っている。小児科の入院患者もおり、元気が有り余っているのか走り回っては担当の看護婦が怒って追いかけ回しているという光景を見受けられる。そう言う平和な一時。
一人の若者が車イスに座ってひなたぼっこをしていた。骨折でもしたのか左足にはギプスをはめている。
「ふわぁぁ……退屈だなぁ」
車イスの若者がそう言って大きく伸びをする。
この若者は左足を骨折しているだけなのでその他の部分は至って健康、それだけにこの入院生活が退屈でたまらないのだ。
「全く……骨折なんてするもんじゃないよな〜」
誰に言うともなく呟く若者。
つまらなさそうな顔をして空を見上げる。憎たらしい程の青空。骨折している足が恨めしくさえ思えてしまう。
と、いきなり彼の顔色が一変した。苦悶の表情を浮かべ口をぱくぱくさせるが声が出ない。しかも誰も彼の変化に気付いていなかった。
助けを求めるかのように腕を伸ばすが、まるで何かに押さえつけられるかのようにその手が下ろされる。そして、若者の顔色が青から紫に変わり、若者が絶息する。ガクッと垂れ下がる腕。項垂れる首。
若者の異常に周囲が気付いたのはそれから10分後のことであった。
一気に大騒ぎになる。
その様子を病院の建物の屋上から楽しげに見下ろしている影が一つ。その影は左手首につけてあったリングに着いている勾玉を又一つ、動かした。

<関東医大病院 10:42AM>
いつものようにロードツイスターを駐車場に置き、軽快な足取りで祐一は階段を上っていく。何度となく訪れたことのある病室。そのドアの前まで来ると、ピシッと背を伸ばしてノックをする。
「どうぞ」
中から聞こえてきたのは優しい声。
祐一がドアを開けると、中では水瀬秋子がベッドのシーツを丁寧に折り畳んでいるところだった。
「お早う御座います、祐一さん」
にっこりと微笑んでそう言う秋子に祐一は軽く会釈を返す。
「お早う御座います。どうしたんですか?」
秋子が折り畳んでいるシーツを指さして祐一が尋ねると、秋子はちょっと苦笑を浮かべて答えた。
「そろそろ家に帰ろうと思って。いつまでもここにお世話にもなっていられませんし」
「身体の方はもう大丈夫なんですか?」
「身体の方も心の方ももう大丈夫。あの時は祐一さんにも心配かけたわね」
「あ。いや、俺の方なんか秋子さんに心配かけっぱなしで、その、あの……」
じっと秋子に優しく見つめられて思わずしどろもどろになる祐一。
「ところでどうかしたんですか?」
しどろもどろになった祐一を見て、微笑みながら尋ねる。
「あ、そうだ。秋子さんに聞きたいことがあったんです……」
ようやく落ち着きを取り戻した祐一は秋子の顔をじっと、真剣な目で見つめて言った。
秋子も祐一のその真剣な様子からかなり大事な話らしいと悟り、真剣な表情をして頷き返した。

<東京都足立区某所 10:55AM>
車で混み合う日光街道。
渋滞している道路に誰もがイライラを募らせている。その中にはたまたま外出中だった警視庁未確認生命体対策本部の刑事、国崎往人の姿があった。
「……ったく、たまに遠出しようと思うとこれだ」
イライラとハンドルを指で叩きながら呟く国崎。
普段滅多に取れない休暇だった。第28号が倒されたと言うことでとりあえず許可が出たのだが、どうせ新たな未確認生命体が現れればあっさりと返上となってしまうであろう事は本人も十分承知の上であり、その上で出かけているのだが、これでは先行き不安である。
「やれやれ……」
とりあえず動かないものは仕方ない。ドリンクホルダーに入れてあったペットボトルを手に取り、キャップを取り口に運ぶ。
と、その時だった。彼はすぐ前の車の異常に気がついた。急に運転手がもがき苦しみ始めたのである。
「……何だ?」
思わず身を乗り出す国崎。その間にも前方の車の運転手は助けを求めるかのように開いた窓の外へと手を伸ばしている。
国崎は車の外に出て前の車の側に歩いていく。
「おい、どうした?」
運転手に向かってそう呼びかけるが運転手は何も答えない。国崎が運転席を覗き込むと、運転手はすでに事切れていた。
「なっ……!!」
驚きに思わず一歩下がり言葉を無くす。
後方から鳴らされるクラクション。だが、国崎はその場から動くことが出来ず、周囲を見回した。この運転手を殺した犯人がすぐ側にいるはずなのだ。
「フフフ……見つけられませんよ、あなた方ではね」
その声は国崎のすぐ側から聞こえてきた。
はっとなって振り返る国崎だが、そこには誰の姿もない。
「無駄ですよ、無駄。では又。御機嫌よう」
その声はそれきりだった。
呆然とその場に立ち尽くす国崎。周囲に鳴り響くクラクションの音にも気付かず、彼はただ呆然とし続けているだけだった。

<関東医大病院 11:04AM>
祐一は秋子にこの間の戦い、第28号を倒した時の顛末を覚えている限り詳細に語っていた。
突如、自分の体に沸き上がった訳のわからない力。その力は空間に歪みを引き起こし、更にその中へと強敵だった第28号を吸い込んでしまった。だが、それはおそらく偶然の産物であろう。何しろ祐一はあの力をどうすることも出来なかったのだから。
祐一の話を聞いた秋子は少し考え込むような仕種を見せた。少しの間の沈黙の後、秋子が真剣な目をして祐一を見る。
「……祐一さん、大婆様が何故あなたを執拗なまでに殺そうとするか、その理由を知っていますか?」
秋子の質問の意図がわからないと言う風に訝しげな顔をしながらも祐一は首を左右に振った。
「……姉さんからも聞いてないんですか?」
「教えてもくれませんでした。秋子さんを助け出した後、すぐに帰ってったし」
「……姉さんらしいわね」
「こっちは迷惑な話ですけどね。知ってること、教えてくれないし……」
「私がいるからでしょう。姉さんは面倒くさがり屋ですから」
秋子はそう言って微笑み、祐一を見た。少し不服そうに頬を膨らませているのはきっと母親のことを思いだしているのであろう。秋子にすればあの母親にしてこの子あり、と言う感じでしかないのだが。
「それはともかく、一体どう言うことです? あのクソババァ……失礼、あの婆さんが俺を狙う理由って何かあるんですか?」
「祐一さんはどうして自分の命が狙われているんだと思います?」
「……俺がカノンだからじゃないんですか? 水瀬の一族にとってカノンは邪魔な存在ですよね。だからだと思っていましたけど」
「ええ、確かにそれもあります。ですが、今はそれ以上に祐一さん、あなたを生かしてはおけない理由が出来たんです」
「俺を生かしておけない理由?」
「……それは祐一さん、あなたが私の甥であると言うこと、名雪の従兄弟であると言うこと、そして姉さんの子供であると言うことです」
秋子の言葉を聞いて祐一は返す言葉を無くした。
秋子の言っていることはわかる。すなわち、自分が秋子達と同じく水瀬の血を引いていると言うことだ。だが、それがどうして生かしておけない理由となるのか。それがわからない。
「姉さんはあなたが生まれた時、喜んだと同時にかなり驚きました。同時期に妊娠していた私もはっきり言って驚きました。同時に怖くもなりました」
そう言って秋子は目を伏せた。
「怖くなった……?」
首を傾げる祐一。
「生まれてくる子が男の子じゃないかと言う不安にです。姉さんも私も生まれてくるのは女の子だと疑いもしませんでしたから」
「ど、どう言う意味ですか?」
祐一の頬を汗が伝う。
秋子は閉じていた瞳を開くと祐一の顔をじっと見た。その目は何処か哀しげな色を含んでいる。
「水瀬の一族に男の子が生まれることなど今まであり得なかったんですよ、少なくても私が知っている限りではね」
「ま、まさか……」
驚きつつも否定しようとする祐一。
「いくら何でも……そんな事が……」
「元々水瀬の家系は女性優勢の家系です。それに……ある理由から男の子が生まれないように様々なことが行われていたんです」
「様々なこと……?」
「祐一さん、あなたが生まれてから姉さんはあなたの存在を大婆様から隠す為に必死になっていました。なかなか一つ所にとどまらなかったのもそう。まぁ、大婆様は探す気すらなかったようですが」
「……秋子さん、一体どう言うことなんですか?」
堪えきれないように祐一が尋ねた。核心に迫っているようでなかなか核心に触れようとしない秋子に少々いらつき始めている。水瀬の家系が女性優位だと言うことはわかった。そこに男子が産まれないように何かされていることも。だが、それが一体どうして俺をこの世に生かしておけない理由となるのか。生まれてしまったものは仕方ないじゃないか。
そこまで考えて不意に祐一の脳裏に老婆の言葉が甦った。
『貴様は存在してはならぬもの』
『ここで奴を始末して置かねば後々災いとなる』
どう言うことだ?
あの時、あのいつも自信満々の老婆がその態度を急変させて自分を襲ってきた。それは何かに対する恐れのようなものだったのかも知れない。
それにあの時以降、老婆は直接的に姿を見せて俺を攻撃してきてはいない。俺を殺そうと狙ってきたのはフォールスカノン、アイン、そしてオウガと名乗るカノンと同じ戦士。そのうち、フォールスカノンはアインとの三つ巴の戦闘中に受けた落雷の時に吹っ飛ばされて以来姿を見ていないし、アインとはどうにか和解出来た。問題は新たに現れたオウガだ。正体不明の殺し屋と名乗ったこの謎の戦士とはいずれ決着はつけなければならないだろう。
「祐一さん……」
秋子の声に祐一は不意に現実に引き戻された。
「大婆様があなたを殺したがっている最大の理由、それは水瀬の一族に伝わるある伝承にあります」
「伝承……?」
祐一の言葉に秋子がしっかりと頷いて見せた。
「水瀬の一族に男子授かる時、一族の未来は闇に帰し、その歴史に終止符を打つ……」
秋子の言葉を聞いて祐一はごくりと唾を飲み込んだ。
「つまり水瀬一族に男子が授かる時、水瀬一族は滅ぶと言うことです。だからこそ、今まで男子は授からなかった……いえ、授かった男子は必ず殺されてきた……」
「で、でも……俺が居る……」
「そう……それこそが大婆様があなたを殺したがっている最大の理由に他なりません」
「まさか……そんな……伝承なんて本当かどうか……」
秋子の口から語られたことに戦慄を覚えながらも祐一がそう言うが、秋子は黙って首を左右に振って否定する。
「本当であろうと無かろうと関係ありません。水瀬一族にとってあなたは最大の災厄に他ならないんです。そう、大婆様には、特にね」
そう言って秋子は不安そうな顔をしている祐一の頬に手を伸ばして触れた。
頬に触れる秋子の指の感触に祐一が顔を上げる。
「まぁ、一族を捨てた私には関係のないことですが」
秋子はそう言って祐一を安心させるかのように微笑んだ。
「それに私には祐一さんがそんな存在であるなんて信じられませんし」
それを聞いた祐一は泣きそうな顔をして微笑み返すのだった。

<東京都足立区某所 11:43AM>
日光街道は未だ車で混み合っていた。先程までの自然渋滞ではなく、今度は警察による道路封鎖の為だが。
国崎の目の前で行われた謎の殺人事件。姿の見えない犯人が新たな未確認生命体であるという可能性がかなり濃厚の為、現場検証には警視庁未確認生命体対策本部の刑事達もやってきていた。
「相手の姿は見えんかったんやな?」
「ああ、全く見えなかった」
「見落としっちゅうことはないか?」
「この状態で見落とせるものならな」
「何処かに隠れてたとか。車の影になってたとか言うのはどうや?」
「被害者が死ぬ瞬間まで見ていたんだ、それはあり得ない」
少し離れた場所で国崎が同じ未確認生命体対策本部の神尾晴子に事情聴取を受けていた。
どうやら久々の休日もおじゃんになったな、等と思いつつ、国崎は晴子の質問に答えている。
「それで、声だけが聞こえてきたんやな?」
「俺たちじゃ見つけられないとか無駄だとか言っていたな」
国崎は出来る限りその時のことを思い出しながら晴子に答えた。
声の聞こえてきた方向はわからない。だが、その声がはっきりと聞こえてきた。そう遠い場所からではない。むしろ、近く。
「姿の見えへん奴かぁ……又厄介な奴が出てきたもんやなぁ」
持っていたペンで頭をかきながら晴子がそう言うと、国崎は首を左右に振った。
「始めてでもないだろ、姿の見えない奴は。前にも現れていたと思うぜ」
「11号と12号の間にあった例の事件か?」
「ああ。あれは未だに未解決だろ。正直なところ、今回の未確認が犯人じゃないかって俺は思っているんだがな」
国崎はそう言うと歩き出した。
未確認生命体第11号と第12号の間にあった事件。それは正体不明の犯人による連続殺人事件。未確認生命体の仕業だと考えられているがその姿などは確認されず、結局未解決なまま、事件は終焉を迎えたのだった。その事件と今回の事件は驚く程よく似ている。
「あの時の事件も含めて洗い直しやな。居候、あんたも手伝いや」
「……だからその”居候”って言うの止めてくれないか……」
歩き出した国崎に向かってそう言い、晴子は自分が乗ってきた覆面車に向かって歩き出した。
路上では未だ現場検証が続けられている。その様子を横目で見ながら、国崎はあの声が言っていたことを思いだしていた。
「では又。御機嫌よう」
確か最後にそう言っていたはずだ。
「……どうやらまだ終わらないって事かよ」
苦々しげに呟く。
相手は見えない未確認生命体。今回も又苦戦しそうな予感に国崎はどうしようもない焦燥感に狩られていた。

<東京都八王子市内某所 12:20PM>
国崎達が会議の為に警視庁に戻っていた頃、祐一は一人ロードツイスターを走らせていた。その彼の脳裏に先程の秋子との会話が思い起こされていた。
『おそらく祐一さんの中にも私達と同じ力が目覚めたのでしょう。それが良いことかどうかはわかりませんが』
そう言って秋子が悲しげに微笑む。
『話を聞いた限りでは祐一さんはまだその力を全く使いこなしていないどころかその力に逆に翻弄されています。そのままではいずれ力に飲み込まれてしまいます。その前に、その力を自らの手で制御しないと』
『制御って言っても……どうやってやれば……』
『……水瀬の血に宿る不可視の力は全ては精神の力と言っても良いでしょう。精神力でその力を押さえ込むほかありません』
『精神力……』
『大丈夫、祐一さんなら出来ます。絶対に』
『……もし制御出来なかったりしたら……?』
『……祐一さんの力は水瀬一族を滅ぼす力……それは祐一さん、あなたをも滅ぼす諸刃の剣。……出来なければ……死ぬだけですよ』
そう言った時の秋子の目は真剣そのものだった。
おそらく秋子の言うことは本当だろう。あの力を制御出来なければ、あの力によって自らが滅ぼされてしまう。それだけは避けなければならない。せめて、名雪を取り戻すまでは。
祐一は新たに決意し、ロードツイスターを更に走らせた。
行き先は特に決めてはいないのだが、余り人のいないところ。そして出来れば広い場所がいい。あの力がどう言ったものかまだ祐一自身把握し切れていないだけに、周囲に多少被害が出てもいい場所でないと怖くて制御訓練など出来ないと思ったからだ。
その祐一の遙か後方を一台のアメリカンバイクがまるで彼を追跡しているかのように走っていることを祐一はまだ知らなかった。
「逃がしませんよ、相沢祐一」
アメリカンバイクに乗る男、キリトはそう呟いてニヤリと笑った。
「今度は前の時のようには行きませんからね」
アクセルを回し、ロードツイスターに追いつくべくスピードを上げるアメリカンバイク。
その時になって祐一は後方から迫ってくるアメリカンバイクに気がついた。
「……あれは……あの時の!?」
何時かの晩、祐一をいきなり襲ってきたオウガと言う名の戦士。確か、変身する前はアメリカンバイクに乗っていたはずだ。
「さぁ、はじめましょうか……変身ッ!!」
アメリカンバイクに乗っているキリトがそう叫ぶと同時に彼の姿が、紫の鬼、オウガへと変身する。乗っていたアメリカンバイクはオウガのベルトの中央の霊石の光を受け、専用マシン・ダスティバイパーへと変形を遂げていた。一気にスピードを上げロードツイスターに迫るダスティバイパー。
「変身ッ!!」
祐一もすぐに変身、カノンになるとロードツイスターのスピードを更に上げた。最高時速300キロ。迫るダスティバイパーを振り切るように最高速度にまで一気に上げ、事実、ダスティバイパーを振り切っていく。
「へっ、なかなかやりますね……ですが……!!」
オウガは楽しそうにそう呟くと、ダスティバイパーのアクセルを更に回した。ダスティバイパーの速度が跳ね上がり、ロードツイスターに一気に追いすがっていく。最高時速300キロのロードツイスターに一気に追いつき、そして追い抜いていく。
「何っ!?」
ロードツイスターを追い抜いていったダスティバイパーを見て、カノンが驚きの声を上げた。
オウガはロードツイスターを追い抜くと、すぐにダスティバイパーを反転させ、正面からロードツイスターに向かって突っ込んでいく。
「ふははははっ!!」
高らかに笑いながら突っ込んで来るオウガに、カノンは戦慄を覚えた。
「こいつ……正気か!?」
ダスティバイパーを駆るオウガは真っ直ぐにカノンが操るロードツイスターに向かって突っ込んできていた。かわす気は毛頭無いらしい。
後少しでぶつかる、と言うところになって遂にカノンがハンドルを切った。ギリギリのところで交差するダスティバイパーとロードツイスター。互いにすぐ急ブレーキをかけ、車輪を滑らして停止する。
「今度はこの間のようには行きません。覚悟を決めて貰いましょうか」
ダスティバイパーから降り立ちながらオウガが悠然とそう言った。そしてカノンに向かって走り出す。
カノンもロードツイスターから降りると迫り来るオウガに向かって駆け出した。拳をぎゅっと握り込み、オウガに向かってパンチを繰り出す。
すっと身体を捻ってカノンのパンチをかわしたオウガは走りながらの膝蹴りをカノンの腹に叩き込んだ。思わず後ろへとよろけるカノンに追い打ちのキック。
「くっ!!」
吹っ飛ばされるカノンだが、すぐに立ち上がり、更に近寄ってきたオウガにパンチを繰り出した。そのパンチをあっさりと受け止めてしまうオウガ。更にそのままカノンの腕を捻り上げる。
「まだまだ……」
そう言ってオウガが首を左右に振る。捻り上げているカノンの腕を放し、更にその背をどんと突いてカノンを自由にすると、一歩後ろに下がった。振り返ったカノンの前に人差し指を突き付け、左右に振ってみせる。
「もう少し楽しませてくれよ……」
「貴様……」
カノンは再び拳をぎゅっと握り込むとオウガに掴みかかった。
だが、オウガはその手を軽く払い除けるとカノンに膝蹴りを叩き込み更に身体を九の字に折り曲げたカノンの肩を掴んで横へと投げ飛ばした。
地面を転がるカノン。
「この……」
素早く起きあがるカノンだが、立ち上がろうとして、不意に身体を硬直させた。
「く……来たか……」
身体中に何かわからない力が駆けめぐる。その力はカノンの、祐一の意思とは無関係に身体中を駆けめぐり暴れ回る。
「くう……」
「おやおや、どうしました?」
動けないカノンにオウガが近寄ってきた。そして容赦無く蹴りを叩き込む。
為す術もなく吹っ飛ばされるカノン。その身体に変化が起きた。全身に黒いラインが走り、目が赤から金に変わる。
「くうっ……!!」
カノンは全身を駆けめぐる力を制御出来ずに苦痛の声を上げるだけだった。
(ダメだ……これじゃ前と同じだ……この力を……押さえ込まないと……!!)
必死に体内を暴れ回る力を制御しようとするカノンだが、近寄ってきたオウガが邪魔するかのように倒れているカノンを蹴り飛ばす。
「随分苦しそうですが、一体どうしました? それにその目……フフッ」
カノンの目の色の変化に気付いたオウガが楽しそうな笑みを漏らした。
「どうやら面白くなってきましたね。さぁ、その力、見せて貰いましょうか!」
オウガはそう言うと倒れているカノンを無理矢理立たせた。そしてそのボディに鋭いパンチを叩き込んでいく。

<東京都港区高輪 12:34PM>
品川駅前のインドアテニスコートでは、数名の若い女性がインドアテニスに興じていた。
いかにも暇をもてあましている大学生と言う感じの女性達が黄色い声を上げてはね回るボールを追いかけ、汗を散らせている。その内の数名は本格的にテニスをやったことがあるのだろう、ラケットを持つ姿もボールを打つ仕種も様になっている。しかし、何人か初心者がいるようで、そちらはお粗末と言わざるを得ない。
ぽーんとボールが明後日の方向に飛んでいく。それを見て、そのコートにいた女性がため息をついた。
「もう、美優〜。勘弁してよ〜」
「ご、ゴメンッ!! すぐ取ってくるから!」
美優と呼ばれた女性が慌てて明後日の方向に飛んでいったボールを追いかけていく。どうやら彼女ははじめてテニスをやるようだ。相手の女性がコーチをしていたのだろう。しかしながら、どうにも相性が悪いのか先程から何度も彼女のラケットはボールを変な方向へと返してばかりいる。
「全く……運動神経いい癖にどうしてダメかなぁ?」
持っていたラケットで肩をぽんぽんと叩きながら、女性が呆れたように呟く。と、次の瞬間、彼女の顔色が変わった。何か見えない力が彼女の首にまとわりつき、呼吸出来ないように締め上げていく。声すら上げられない。助けを求めるように腕を伸ばそうとするが、又見えない何かがその腕を押さえ込んでしまった。逃げることも助けを呼ぶことも何も出来ない。絶望感が彼女を押し包む。
「お待たせ〜」
呑気な声が聞こえてきた。先程飛んでいったボールを取りに行った美優が戻ってきたらしい。
「それじゃ行くよ、真智子」
美優は真智子と彼女自身が呼んだ女性の状態に一切気付いてないようにそう言い、ボールを軽く上に投げ、次いでラケットを振る。彼女にしては珍しく綺麗に決まったサーブ。ラケットに叩かれたボールが一直線に身動きの取れない真智子へと向かい、その直前で何かにぶつかり、変な方向へ、あり得ない方向へと転がっていく。
「……あれ?」
目をぱちくりさせる美優。
その彼女の視線の先、真智子のすぐ側にゆっくりと何かが浮かび上がってきた。それは光沢のあるつやつやとした緑色の肌を持つ不気味な怪人。その怪人が真智子の首に片手を伸ばし、がっしりと掴んでいる。もう片方の手は真智子の腕に添えられていた。どうやら先程美優の打ったサーブはこの怪人に命中したらしい。
怪人は真智子の首を掴んでいる手を離すと、ゆっくりと振り返った。
「……よくも邪魔を……」
怒りを含んだ低い声でそう言い、美優を睨み付ける怪人、いや、未確認生命体と呼ぶべきだろう。
「きゃ〜〜〜っ!!」
誰かがいきなり現れた未確認生命体を見て悲鳴を上げた。優雅なインドアテニスコート内が一瞬にして狂乱の場へと変貌した瞬間だった。
未確認生命体に睨み付けられている美優は恐怖の余り声も出せないようであった。その場にヘナヘナと崩れ落ち、逃げることも忘れている。
「邪魔をしたあなたも殺してあげましょう」
そう言って一歩、又一歩と美優に迫っていく未確認生命体。
と、そこに警備員や男性インストラクターが飛び込んできた。警備員は警棒、男性インストラクター達はモップやら消火器やら色々と手に持って。
「な、何だ、お前はっ!?」
震える声でそう言ったのは年輩の警備員だ。
「こ、これでも喰らえっ!!」
そう言って消火器を持ったインストラクターがノズルを未確認生命体に向け、レバーを押した。たちまち白い消火剤が周囲に立ち込める。
「き、君、早く!!」
別のインストラクターが腰を抜かしていた美優の手を取ってインドアテニスコートから逃げ出していった。更に別のインストラクターが倒れている真智子を抱えて同じように脱出。残った数名の警備員とインストラクターが徐々に後退しはじめる。と、消火剤の白い煙の中から天井に向かって何かが伸び、そのすぐ後を真っ白になった未確認生命体が天井に向かっていく。
「よくもやってくれたな!! この俺のプライドを傷つけた罪は重い!! 貴様ら皆殺しだ!!」
天井の梁にぶら下がった未確認生命体は明らかに怒気を含んだ声でそう言うと、現れた時と同じように姿を消していく。
「き、消えた!?」
「ま、まさか……」
姿を消した未確認生命体に驚きを隠せない警備員達。
彼らは知らないのだ。この未確認生命体がカメレオンと同じ能力を持つガセデ・ババルだと言うことを。神ならぬ彼らには当然と言えば当然なのだが。
キョロキョロと周囲を見回している彼らの一番後ろにいた若いインストラクターの身体がいきなり横に吹っ飛ばされた。
「ぐはぁっ!!」
コートに叩きつけられたそのインストラクターの首が変な方向に折れ曲がっている。一目見ただけで彼が死んでいると言うのが見て取れた。
「まず一人……」
不気味な声が響き渡る。
そして、インドアテニスコート内は地獄と化した……。

<東京都八王子市内某所 12:43PM>
アスファルトの上を転がるカノン。その全身に走った黒いラインは徐々に、まるでカノンの身体を蝕むかのように広がっていた。
「くう……くっ」
全身を駆けめぐる謎の力、それは確実にカノンを蝕んでいた。普段のような戦いが出来ない。戦うどころかまともに立つことすら出来るかどうか。
(一体……何なんだよ、この力はっ!!)
地面に手をついて何とか身を起こしながら心の中で毒づくカノン。
このままではやられる。目の前の敵、オウガの強さは半端じゃない。この身体が普段のように動いたとしても勝てるかどうかわからない程の敵。アインやフォールスカノンとは異質の強さを持つ敵。どうすればいい?
「そろそろ終わりにしましょうか?」
オウガがそう言ってカノンに歩み寄ってきた。その姿にはまだまだ余裕が見て取れる。全力など少しも出していないと言わんばかりに。
「くっ……まだまだっ!!」
カノンが立ち上がる。だが、その足はふらふらだ。
オウガは一気に距離を詰めるとカノンのボディに掌底を喰らわせ、吹っ飛ばした。
「どうしました? その程度の力で今までよくヌヴァラグ相手に戦って来れましたね」
「こ、このっ!!」
ふらつきながらパンチを繰り出すカノン。
あっさりとそのパンチを受け止めるオウガ。
「この程度の力で水瀬の一族をどうとも出来ないと思いますがね、これも頼まれたので悪く思わないでください」
そう言ってカノンを突き飛ばすオウガ。更に追いかけるように蹴りを放つ。両手でガードするカノンだが、そのまま吹っ飛ばされてしまった。
倒れたカノンを悠然と見下ろすオウガ。
「あなたが死んだ後は私が彼女の王子様をしてあげますよ、安心なさい」
「な、何ぃっ!?」
「それでは、さようなら、カノン、いや、相沢祐一」
そう言ってオウガが右手を振り上げた。そのまま一気に拳を振り下ろせばカノンの頭など簡単に砕くことが出来る。その余裕か、殊更ゆっくりと拳を上げていく。
「ざけんじゃねぇっ!!」
突然、カノンが吼えた。身体を丸めて一気にオウガの胸元めがけて蹴り上げる。
「なっ!?」
突然のカノンの反撃に為す術なく吹っ飛ばされるオウガ。
それを見たカノンが一気に起きあがった。その足はしっかりと地面を捕らえ、ふらつくことはない。そして心なしか全身に走る黒いラインも小さくなっていた。
「テメェ、あのクソババァの回し者か!! だったら容赦しねぇっ!!」
カノンはそう言うと左右の腕を顔の前で交差させた。
「俺は名雪を助け出すまで死にはしないっ!! 名雪をこの手に取り戻すまでやられないっ!! 誰にも……負けられないっ!!」
交差させた腕を左右に振り払い、そして左手を前に構える。
「ハァァァァァァ……」
前に出した左手の先の空間が歪みはじめた。そのまま左手で十字を描くと空間の歪みが十字の形になる。
立ち上がったオウガはカノンの動きに完全に気圧され、動けなくなっていた。
「何だ……まだこんな力があったと言うのか……?」
カノンの前に出来た十字の空間の歪み。その中心に向かってカノンがパンチを繰り出す。
その瞬間、猛烈に悪い予感を感じたオウガが真横にジャンプした。それは虫の知らせと言うものに近いものがあったのか。とにかくあのままいてはいけない、そう言う直感を信じ、横に飛び退いたのだ。
オウガが真横にジャンプした次の瞬間、歪んだ十字の空間がその場を通り過ぎていった。だが、それはオウガのボディをかすめていたらしく、オウガの脇腹の辺りから血が飛び散る。十字の空間の端に少し触れただけだと言うのに、オウガの脇腹には何かでえぐり取られたような傷が出来ていた。
「くっ……な、何だ、今のは……」
血が流れる傷を手で押さえ、よろけるオウガ。
これはどうにもよろしくない。先に傷の手当てをした方が良さそうだ。カノンを倒すのは又今度でも大丈夫。今のは油断しただけだ。次は必ず。
そう考えたオウガは止めてあったダスティバイパーに駆け寄るとすぐにエンジンをかけた。
「次こそあんたの命頂く! 覚えておきな!!」
傷付いた脇腹を手で押さえたまま、オウガはダスティバイパーで走り去っていった。
その場に残されたカノンの姿が祐一へと戻り、その場にガクッと膝をついてしまう。どうやらかなり消耗してしまっているらしい。膝をついた姿勢からそのまま、前のめりに地面に倒れ込んでしまった。
「ハァハァハァ……」
荒い息をしながら、祐一はそのまま深い闇に吸い込まれていくかのように意識を失った。

<東京都港区高輪 13:11PM>
品川駅前のインドアテニスコートでは新たな未確認生命体ガセデ・ババルによる殺戮が繰り広げられていた。尤もインドアテニスコートに続くドアは内側から閉鎖されており、誰も中に入ることは出来ないのだが。
すでに通報を受けた警察が続々と辿り着いていたのだが、未確認生命体に恐れをなしているのか誰も中に突入しようとはせず、ただインドアテニスコートに続くドアを封鎖しているだけだった。
そこに更なる連絡を受けたらしい覆面パトカーが数台やって来た。乗っているのは晴子達未確認生命体対策本部の刑事達である。
「ここで逃がしたら次いつチャンスあるかわかれへんで!! しっかり気張りや!!」
ライフル片手に晴子が他の刑事達に檄を飛ばす。
他の刑事達はそれに頷き、それぞれに手にライフルを持ってインドアテニスコートへと向かっていった。中に続くドアの前にいる警官に敬礼し、緊張した面持ちでインドアテニスコートの中に入っていく。
「……なっ!?」
中に入った晴子は思わず言葉を失ってしまう。
広々としたインドアテニスコート内のあちこちにインストラクターや警備員の死体が転がっており、その中に一人の男が立っている。苛立たしげに爪を噛みながら、新たに入ってきた晴子達をちらりと見たその男はつまらなさそうに彼女たちの方を向いた。
「次はあなた達?」
そう言って晴子達の方へと歩き出す。
晴子達はこの男が一体何者なのか警戒しつつも、ライフルを向けていいものかどうか迷っていた。未確認生命体の魔の手から生き残ったインストラクターなのか、それとも人間に変身することの出来る未確認生命体なのか。その判断がつけられなかったのだ。
「あ、あんたは……」
晴子が声をかけようとした時だった。
爪を噛んでいた男が突如床を蹴って晴子達に飛びかかってきたのだ。しかも空中で男の姿から未確認生命体ガセデ・ババルへと姿を変えながら。
「み、未確認ッ!!」
晴子が驚きの声を上げると同時に晴子のすぐ隣に立っていた刑事がガセデ・ババルに押し倒される。それを見た他の刑事達が手に持っていたライフルを向けようとするがガセデ・ババルはすぐにジャンプして大きく飛び退いていた。
「う、撃てっ!!」
誰かがそう言ってライフルの引き金を引く。だが、ガセデ・ババルはすぅっと姿を消してしまう。
「フフフ……あなた方ビサンではこの私を見つけることなど出来はしませんよ」
何処からともなく不気味な声が響いてきた。
「な、何や……これが居候の言うとった声か……?」
晴子は背筋に何やら冷たいものが走る感覚を覚えながらも素早く周囲を見回した。だが、何処にも未確認生命体の姿は見えない。彼女の周囲にいる刑事達にも緊張は走っていた。見えない相手、それも人間よりも遙かに強い未確認生命体。このままではやられるだけだ。
「うわっ!!」
晴子から少し離れたところにいた刑事が悲鳴を上げて吹っ飛ばされた。
「なっ!?」
驚いた晴子が振り返るが、そこには吹っ飛ばされた刑事がいるだけで未確認生命体の姿はない。
「か、神尾さんっ!!」
誰かが情けない声を上げる。それを睨み付けて黙らせ、しかし晴子も内心この場から逃げ出したい気持ちで一杯だった。姿の見えない未確認生命体に、もはや手も足も出しようがないのだ。このままではこのインドアテニスコート内で死んでいるインストラクターや警備員と同じ運命を辿ることになる。
(あかん……まだ死ぬわけには……観鈴の為にも……ここでは死ねんっ!!)
晴子は意を決してライフルを構えた。
目に見える範囲に果たして未確認生命体がいるのか。それはわからない。だが、このまま手をこまねいてやられるわけには行かないのだ。
「フフフ……その勇気だけは称賛に値しますが」
又何処からともなく声が聞こえてくる。
「さっきも言ったはずです……あなた方では何も出来ないと。大人しく狩られなさい」
すぅっと姿を現すガセデ・ババル。その手に晴子の構えるライフルの銃身を掴みながら。驚く晴子を見て、長い舌を伸ばして自分の唇を舐める。
「次はあなたです……」
そう言ってガセデ・ババルは、晴子の手からライフルを奪い取ると彼女の首に手を伸ばした。
首を掴まれる寸前に晴子はショルダーホルスターに入れてあったコルトパイソンを引き抜き、ガセデ・ババルの腹に押しつけ、素早く引き金を引く。くぐもった銃声が3回。だが、ガセデ・ババルは少し顔をしかめただけで、晴子の首を掴んだ手に力を込めていく。
「く……こ、この……」
コルトパイソンを今度はガセデ・ババルの顔に向けようとするが腕がもう持ち上がらなかった。息が出来ない。全身から力が抜けていく。晴子の視界が歪む。
(あかん……ここまでか……)
彼女がそう思った時だ、サイレンを鳴らしながら別のドアをぶち破ってKディフェンサーが中に飛び込んできた。乗っているのは勿論PSK−03。
Kディフェンサーに急ブレーキをかけて停止させるとPSK−03はすぐに晴子の首を掴んでいるガセデ・ババルに飛びかかっていった。勢いよく肩から体当たりしていくPSK−03に吹っ飛ばされるガセデ・ババル。
「大丈夫か!?」
ガセデ・ババルの手から解放され、その場にしゃがみ込んで咳き込んでいる晴子に向かってそう声をかけながらPSK−03は腰のホルスターからブレイバーショットを引き抜き、吹っ飛ばされ倒れているガセデ・ババルにその銃口を向ける。
「今度は俺が相手だ!」
PSK−03がそう言って引き金を引く。
素早く後転してブレイバーショットの特殊弾丸をかわしたガセデ・ババルは立ち上がると、又その姿を消していく。
「き、消えた!?」
驚きの声を上げるPSK−03。
『北川君、センサーモードに切り替えて! いくら姿を消せても体温とかは消しようがないはずよ!!』
PSK−03のマスクに内蔵された無線から聞こえてきたのはPSKチームのリーダー、七瀬留美の声。彼女の指示に従ってPSK−03装着員、北川潤はマスクに内蔵されているモニターをセンサーモードに切り替える。このセンサーはPSK−03のみならず、バックアップをしているKトレーラーにも共用され、より高度な解析、分析が可能となるのだ。
『北川君、左手に反応!』
留美の声にPSK−03が左を向き、ブレイバーショットの引き金を引く。
「ぐあっ!!」
声を上げてガセデ・ババルがのけぞり、一瞬姿を現した。どうやら特殊弾丸の直撃を受けたらしい。苦痛に顔を歪めながら又姿を消していく。
「姿を消してもっ!!」
PSK−03がそう言って今度は後ろを振り返り、ブレイバーショットを撃った。又姿を現すガセデ・ババル。今度も特殊弾丸の直撃を受けたらしい胸を手で押さえている。
「お、おのれ……ビサンの戦士、なかなかやるな!!」
ガセデ・ババルはそう言うと、又しても姿を消した。
「何度やっても無駄だっ!!」
姿を消したガセデ・ババルをPSK−03のセンサーが即座に捕らえる。
「正面っ!?」
すかさずブレイバーショットを向けようとするPSK−03だが、それよりもガセデ・ババルが肉迫する方が早い。PSK−03の目の前で姿を現し、手に持っているブレイバーショットを弾き飛ばすとマスクに掴みかかる。
「何っ!!」
マスクを掴む手に力を込めていくガセデ・ババル。
バチッバチッと火花が飛び始める。ガセデ・ババルの物凄い力にマスクが耐えきれなくなってきているのだ。このままでは頭を握りつぶされてしまいかねない。
『北川君、離れて!! これ以上は危険よ!!』
「わかってますが……このっ!!」
PSK−03はマスクを掴んでいるガセデ・ババルの腕を両手で掴み何とか引きはがそうとしているのだが、相手の力は物凄くなかなか剥がれない。
「このままじゃダメだ……」
マスクを掴んでいる手を引きはがすことを諦め、PSK−03は左の二の腕に装備されている電磁ナイフを引き抜いた。そしてそのまま目の前にいるガセデ・ババルの腹へと電磁ナイフを突き刺した。
「ぐうっ!!」
電磁ナイフに腹を貫かれたガセデ・ババルが呻き声を上げてPSK−03から離れた。
「よくもっ!!」
ガセデ・ババルはそう言うと、腹に刺さった電磁ナイフを引き抜きPSK−03に体当たりする。
吹っ飛ばされるPSK−03を見て、ガセデ・ババルは電磁ナイフを投げ捨て、姿を消した。
「姿を消しても無駄だって……」
身を起こすPSK−03だが、そこである異常に気がついた。マスク内のモニターが何の反応も示さないのだ。
「何だ……センサーをやられた!?」
焦りの声を上げる潤。
これでは相手の姿を探すことなど出来ない。目を失ったも同然だ。
「くそっ!!」
立ち上がるPSK−03。何処から襲われてもいいよう身構えながら周囲を見回す。だが、いつまで経ってもガセデ・ババルは襲ってこなかった。
「……何だ………逃げたとでも言うのか……?」
PSK−03がそう呟くと、何処からともなくガセデ・ババルの声が響いてきた。
「今日の所はここまで。なかなか楽しませて貰った。では又。御機嫌よう」
その声が終わると同時に何処かでガラスの割れる音が聞こえてきた。どうやら何処かから脱出してしまったらしい。PSK−03とも戦いのダメージが予想以上に大きかったと言うことか。
「緊急配備や!! あいつは今怪我しとる!! 叩くなら今や!!」
晴子がそう叫び声を上げるのをPSK−03は聞くとも無しに聞いていた。マスクを脱ぐと、両手で持ってそのマスクをじっと見た。
センサー系が全てやられたとなると修理には時間がかかるだろう。それまでにあの姿を消すことの出来る未確認生命体を何とかする方法を探し出さなければ。
今回もどうやら苦戦しそうだ。

<東京都港区高輪 13:43PM>
未確認生命体ガセデ・ババルの現れたインドアテニスコートの近くにあるとあるホテルの敷地内。そこに巫女装束のような服を纏った一人の女性の姿があった。
何かの気配を探るかのようにじっと目を閉じ、身動き一つしない。
「……どうやら今回は間に合わなかったようだね」
そう呟いてその女性、水瀬名雪を閉じていた瞳を開いた。
「……それで、何か用なのかな?」
名雪がそう言うと、何の気配もなく彼女の後ろに二人の少女が姿を現した。
「流石は名雪様」
「次期宗主に相応しい実力の持ち主です」
二人の少女が口々に言う。
「そんなお世辞を言いに来たの?」
名雪が振り返る。その目は不可視の力を使う時と同じく金色の光を宿していた。いつでも攻撃出来ると言うことなのだろうか。
「私にお世辞なんかいらないよ……」
「では用件を」
「大婆様からの言伝です」
まるで二人でワンセットのように少女達が口々に言う。それに何処か違和感のようなものを感じる名雪。首を傾げるが、その違和感の正体がわからない。
「時は迫りつつある。宗主継承の儀式をすぐにでも始めたいとのことです」
「場所は私達が案内します。さぁ」
二人がそう言ってそれぞれ左右の足を半歩だけ下げる。まるで名雪を中心に向かい入れるかのように。
その時になって名雪は先程感じた違和感の正体に気付いた。この二人、表情が全く無いのだ。まるで何かに操られているかのように。いや、事実操られているのかも知れない。操っているのは勿論……。
「……大婆様、か……」
俯き、小さい声で呟く名雪。
「一緒に行く前に聞きたいことがあるんだけど?」
顔を上げて名雪がそう言うと、二人の顔にはじめて感情が表れた。名雪の質問を否定しようとするような不快そうな顔。
「葵さんとか真奈美さんとかはどうしているのかな? 二人とも私が寝ている間にいなくなっちゃったんだけど?」
相手の表情をあえて無視して名雪は尋ねた。自分が水瀬の血に覚醒してからずっと側にいて世話をしてくれていた二人。余りよく知らないが、そんなに悪い人達ではない。大婆様の命令でも受けていなくなったのか、とも思ったが、二人が姿を消したのは大婆様が姿を消してからだ。一体何処に行ってしまったのか。何気なく不安に思ってしまう。
「……私達は大婆様に名雪様を連れてくるよう命じられただけ」
「その質問にはお答え致しかねます」
返ってきた答えはだいたい予想出来ていたものだった。皆瀬真奈美、皆瀬葵の失踪の理由を知っていて答えないのか、それとも本当に何も知らないのか。再び表情を消してしまった二人からは窺い知ることは出来ない。
「……教えてくれないんじゃ一緒に行けないよ」
名雪はやんわりと、それでもはっきりとそう言った。
何故だかわからない。この二人と一緒に行ってはいけない。この二人と一緒に行ってしまうと、もう二度と祐一には会えないような気がする。
「………」
「………」
名雪の返答はこの二人にとって意外でもなかったようだ。どうやら予測していた節すらある。互いに無言で頷きあうと名雪の方をじっと見た。
「申し訳ありませんが」
「名雪様が承諾されない場合」
「力尽くでも連れてくるよう」
「命じられております」
二人の少女がそう言って身構えた。
「……どうしても、なの?」
悲しげな笑みを浮かべて名雪も身構える。
二人は何も答えない。その目がいつの間にか金色の光を帯びていた。
それに気付いた名雪はすぐに振り返り、右手を横に振った。そこに生まれた衝撃波が彼女のすぐ後ろに迫っていた泥人形を吹き飛ばす。
「泥人形ぐらいで私を倒せるとでも……?」
そう言って名雪が振り返るがそこにすでに二人の少女の姿はない。代わりにそこには皆瀬真奈美が立っていた。先程の少女達と同様に全くの無表情で。しかし、その目は金色の光を帯びている。
はっと名雪が気付いた時はもう遅かった。
真奈美の力は精神に作用するもの。名雪が水瀬一族の次期宗主であり、その力が一族随一のものでも真奈美の力を防ぐことは出来なかった。
全身の力が抜け、すぅっと意識も闇の中へと引き込まれていく。
(ダメ……助けて……祐一……!!)
その場に崩れ落ちる名雪。
そこにあの二人の少女を従えた老婆が姿を見せた。
「……なかなか手間をかけさせる小娘じゃ……」
老婆は倒れた名雪を見て、苦々しげにそう言うのだった。

<東京都八王子市内某所 13:48PM>
未だ路上に倒れたままの祐一。
その耳に何かが聞こえた。
(ダメ……助けて……祐一……!!)
ぴくりと祐一の指が動く。
しかし、彼はまだ意識を失ったままである……。

Episode.45「究明」Closed.
To be continued next Episode. by MaskedRiderKanon


次回予告
姿を消すことの出来る未確認生命体、ガセデ・ババル。
警察とPSKチームが懸命にその魔手をくり止めようとする。
華穂「時間にして……約5分だと思います」
留美「あなたならやれるわ。そう信じてる」
執拗に襲い来るオウガ。
だが、遂にカノンは自らの新たな力を制御することに成功する。
秋子「もう……時間がありません」
老婆「儀式を始める……」
名雪を手中にした老婆の真の目的とは?
刻一刻と迫るタイムリミット!!
祐一「虚無に……消え去れ!!」
次回、仮面ライダーカノン「虚無」
乗り越えろ、その運命!!

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