<関東医大病院・屋上 10:38AM>
アインのパンチがカノンを捕らえ、吹っ飛ばす。
屋上からの転落を防ぐ為のフェンスに背中から叩きつけられるカノン。
「どうした!? 何故手を出さない!?」
アインがそう言ってカノンを指さした。
確かにアインの言う通り、カノンはアインの攻撃を捌いたりかわしたりするだけで自分から攻撃しようとはしていなかった。
「さっきも言っただろう! 俺には戦う理由がないって!」
カノンはそう言ってフェンスから離れた。そして、アインを回り込むようにフェンスから離れていく。屋上のフェンスを突き破って落下する事を防ぐ為だ。
「フン……防戦一方で俺に勝てると思うのか?」
自分の周囲を回るように歩くカノンを見ながらアインがそう言う。その姿には余裕と自信が漲っていた。
「勝つつもりはない。だが、負けるつもりもない」
カノンが身構える。
「甘ったれた事をっ!!」
ダッとジャンプするアイン。大きく右足を振り上げ、カノンの真上から踵を落としていく。アイン必殺の踵落とし。
カノンは後ろにジャンプしながら振り下ろされる足に向かってキックを放った。
「何っ!?」
驚きの声を上げるアイン。
振り下ろそうとする足にキックを受け、バランスを崩し、着地に失敗、屋上に倒れてしまう。
一方カノンはしっかりと着地し、倒れたアインが起きあがるのを待っていた。
「……何でだ? お前が探しているカノンは俺じゃないとわかったはずだ。もう俺とお前が戦う理由はないはずだぞ」
「お前になくても……俺にはある!」
そう言って拳を握りしめるアイン。
ゆっくりと立ち上がり、身構え、走り出す。
「ウオオオオオッ!!」
雄叫びをあげながらアインが突っ込んでくる。
「くっ!!」
カノンは突っ込んでくるアインを避けようとし、ふと自分の後ろに人の気配を感じ、足を止めた。さっと振り返るとそこにはこの戦いを始めからずっと見守っていた美坂香里の姿がある。
(しまった……ここで俺がかわせば香里が……こうなったらやるしかないのか……)
苦悩に拳をぎゅっと固く握りしめ、カノンは軽くその場でジャンプした。そして向かってくるアインに向かって右足を突き出す。その時だ。カノンの足首のアンクレットに埋め込まれている宝玉が電光を放ち、カノンの足を包み込んだ。
「オオオッ!!」
その放電現象に構わず、一気に足を突き出すカノン。
そこにアインは無防備にも突っ込んで来た。
「何っ!?」
驚くカノン。だがもうどうしようもない。
アインは胸にカノンのキックを受け、思い切り吹っ飛ばされてしまった。屋上のコンクリートの上に叩きつけられる。
「ど、どう言うつもりだ……折原?」
カノンは倒れたアインに思わず駆け寄っていた。
「こ、これで……いい……俺には…こうするしか……お前に対して詫びる方法を見出せなかった」
アインはそう言って無理矢理身体を起こす。
よろよろと立ち上がるアインを見て慌ててカノンが手を貸そうとするが、アインはその手をゆっくりと払い除けた。
「……俺が追うべき……本当のカノン……」
「カノンが俺以外にいるとは思えないが……いると言うのなら俺も協力する」
カノンがそう言う。
そこに香里もやってきた。
「私も協力するわ。あなたの家族を殺した奴を、カノンの偽者を必ず見つけるわよ!」
力強く香里が言う。
「……」
アインはカノンと香里の方を向いた。その姿が折原浩平のものへと戻っていき、顔に驚きの表情が浮かんでいると言う事に始めて気付く。
「いいのか……誤解でお前を殺そうとした俺に……」
「ああ、構わないさ」
カノンは、自分も相沢祐一の姿に戻り、しっかりと頷いた。そしてすっと手を差し出す。
浩平はその手を見て、それから祐一を見る。
祐一がニッと笑みを見せたので、自分も必死に笑みを浮かべ、その手を握り返した。更に二人の手の上に香里が自分の手を載せてきた。
「戦士が二人いれば怖いモノなんか無いわね」
香里がそう言って微笑む。
それに浩平は頷こうとして、不意に彼の頭に激しい痛みが襲ってきた。
「……くっ!!」
空いている手で額を抑え、浩平は思わずその場に踞ってしまう。
「折原!?」
「何!? どうしたの!?」
いきなり踞ってしまった浩平を見て心配そうな声をかけてくる祐一と香里。だが、浩平にその声は届いていなかった。
彼の頭の中には不気味な声が響き渡っていたのだ。
その不気味な声は彼に命令する。
『殺せ。殺せ。その男を殺せ。カノンを殺せ。相沢祐一を殺せ』
そのフレーズが何度も繰り返され、彼を苦しめる。
「うああっ!!」
浩平が苦悶の声を上げながらゆっくりと立ち上がる。
「香里、聖先生を!」
祐一は浩平の様子が尋常でない事を見て取り、一番信頼の置ける医者である霧島聖を呼んでくるよう香里に言った。
「わかったわ!」
すぐに駆け出していく香里。
その間も浩平はふらふらと頼りない足取りで苦痛から逃れようとしているかの如く歩き回っている。
「折原、しっかりしろ!」
そう言って祐一が浩平の肩に手をかけた時、浩平がいきなり彼を振り返り、物凄い勢いで殴りかかってきた。
その一撃をかわす事が出来ず、吹っ飛ばされる祐一。
「折原!?」
素早く身を起こし、浩平の方を向いた祐一は彼の目に宿る狂気を見て取っていた。そして、彼の後ろに広がる黒いオーラのようなものも。更に、その黒いオーラのようなものには彼が知っている気配が感じられる。
「……そうか……あのクソババァの仕業か……」
祐一は殴り飛ばされた時に切ったのであろう、唇の端から流れる血を手の甲で拭うとゆっくりと立ち上がった。
「ウオオオオッ!!変身ッ!!」
獣のような声を上げて浩平は再びアインに変身する。
それを見た祐一もゆっくりと、ことさらゆっくりと変身ポーズをとった。それは自分と言うよりも相手を落ち着かせるかのように。
「変身ッ!!」
祐一の姿がカノンへと変わる。
和解したはずの両者は、心ならずも再び対峙する事となった。そして今度こそ命懸けの死闘が始まる。
 
仮面ライダーカノン
Episode.42「変異」
 
<関東医大病院・屋上 10:53AM>
猛然と振るわれるアインの腕を何とかかわすカノン。
先程までとは違い、今度のアインの攻撃は力任せに腕を振り回すばかりなのでかわすのにそう苦労はしない。だが、一撃でも食らえば物凄いダメージを受けるだろう。そのくらいの力が振り回されている腕には込められているのだ。
「くそっ……どうすればいいんだ?」
相手は只操られているだけ。ヘタに攻撃をして相手にダメージを与えるわけにもいかない。しかし、かわすだけではどうにもならない。
「目を覚ませ、折原!」
仕方なくカノンは呼びかける事にした。これで反応してくれれば問題ないのだが、そう簡単に事は運ばない。
「ウガアァァァッ!!」
野獣のような叫び声をあげ、腕を振り下ろすアイン。
ジャンプしてその一撃をかわしたカノンは、アインの後ろに着地し、羽交い締めにする。
「折原!!目を覚ませ!!」
「グオオオオッ!!」
暴れるアインに呼びかけるカノンだが、反応は変わらない。それどころか羽交い締めにした所為で、更に興奮しているようだ。
「グオオオッ!!」
アインが一際高く吼え、カノンを吹っ飛ばした。
倒れたカノンだが、すぐに起きあがり、アインの方を見る。
アインは大きく肩を上下させ、いつでもカノンに飛びかかれるような姿勢をとっている。この様子だとカノンの声は届いていないものと思って良いだろう。
(あのクソババァ、どうあっても俺を殺したいらしいな!)
心の中でそう呟き、拳を固く握りしめるカノン。
戦うほかに道はないのか。他に何とかする手はないのか。必死に考えるが戦う以外にこの場を切り抜けるいい方法が思いつかない。
「やるしか……無いのか!?」
吐き捨てるように言い、カノンは立ち上がる。
そこにアインが飛びかかってきた。両腕を広げ掴みかかってくる。少し横に身体をかわしながら、アインを受け止めるカノン。そのまま投げ飛ばそうとするが、アインががっしりと腕を掴んで離れない。
「くっ!」
予想以上に強い力で自分の腕を捕らえているアインにカノンは少しだけ戸惑いを感じたが、それも一瞬の事。すぐに同じくらいの力でアインの腕を掴み返し、そのまま走り出す。
フェンスの側で互いの腕を放し、同時に互いの胸に向けてパンチを繰り出す。
「くおっ!?」
「ガァッ!!」
同時に吹っ飛ぶカノンとアイン。
先に立ち上がったのはアインだった。まだ上半身を起こしたばかりのカノンに向かって再び飛びかかっていく。
「ウガアアアアッ!!」
野獣のような雄叫びと共に突っ込んでくるアイン。
「ウオオオオオッ」
カノンは突っ込んで来たアインを受け止め、今度はそのまま勢いを借りて後ろへと投げ飛ばした。背中から屋上のコンクリートに叩きつけられるアインを見、カノンは素早く駆け寄った。だが、アインはすぐに起きあがり、駆け寄ってきたカノンにパンチを放った。そのパンチを右手で受け止め、カノンはアインのボディに左手でのパンチを叩き込んだ。しかし、アインもそのパンチを空いている手で受け止めてしまう。
「くうっ!」
「グウゥ」
両者とも互いの手を離そうとせず、妙な硬直状態が続いた。
「ぬう……ウオオオオオッ!!」
カノンが気合いの声を上げる。同時にカノンのベルトの中央から電光がほとばしった。その電光はカノンの全身を伝い、そしてアインへと伝わっていく。
「グオオオオッ!!」
電光を受けたアインがびくっと身体を震わせ、悲鳴を上げ、カノンの手を掴んでいる手を離した。
「今だ!」
カノンは自分が掴んでいるアインの手を離し、その右手でアインに裏拳を喰らわせた。身体を回転させながら吹っ飛ばされるアイン。
またも屋上のコンクリートの上に倒れ、アインは今度こそ動かなくなった。その姿が浩平のものへと戻っていく。
それを見たカノンは自分も変身を解こうとして、ふと背後を振り返った。そこに人の気配を感じたのだ。香里や彼女が呼びに行った聖のものではない、邪悪な気配。
「アインを倒すとは……見事と言っておきましょうか」
その男はそう言って軽く会釈した。
「まずは挨拶をしておきましょう。私はあなた方が未確認亜種と呼んでいる存在、正式には改造変異体、B−27と申します」
カノンは油断無く相手の男を見つめている。何かはわからないがとにかく危険である事は確かだろう。特に、自分から「未確認亜種」と名乗っている以上は。
「それでは貴方の命を頂きましょうか?」
男がそう言うと、彼の脇腹から鋭く尖った爪を持った手が4本程飛び出し、全身が蜘蛛のような不気味な姿に変わっていく。
「そうそう、先に言っておきますよ。私はそこに倒れているアインでさえ倒しきれなかった相手です。果たしてあなたに私が倒せる……」
蜘蛛怪人が言い終わらないうちにカノンは一気に詰め寄り、蜘蛛怪人にパンチを叩き込んでいた。突然の事に何も出来ず吹っ飛ばされる蜘蛛怪人。
「ごちゃごちゃうるさいんだよ、お前」
カノンはそう言うと、倒れた蜘蛛怪人の側に歩み寄った。
蜘蛛怪人は必死に起きあがるとこちらに向かって歩いてくるカノンに向かって糸を吹き付けた。たちまちカノンの全身を糸が包んでいく。その糸はやがてカノンの身体を覆い尽くし、繭のようにしてしまった。
「は……ははは、何だ、貴様もアインと同じではないか。この私には手も足も出ない!」
蜘蛛怪人は目の前に転がっている繭を見てそう言った。
「レベル5には誰も勝てない! さぁ、次はPSK−03だ!」
繭を蹴り飛ばし、蜘蛛怪人がそう言った時だ。
屋上に繋がる階段室から香里と、彼女に連れられた聖が姿を見せた。
二人は倒れている浩平、同じように倒れている巨大な繭、そして蜘蛛怪人を見、思わず足を止めてしまう。
「な、何!?」
目の前の光景に言葉を失う香里。
「丁度いい。ここでお前達も始末してやろう」
蜘蛛怪人が香里達を見てそう言った。そして一歩一歩香里達の方へと歩み寄っていく。
聖は近付いてくる蜘蛛怪人を睨み付け、すっと白衣の内側からメスを取り出した。
「ほう……そんなもので私に立ち向かうというのか。健気なものだな。アインやカノンでさえ私にかなわなかったというのに」
聖の手にあるメスを見て蜘蛛怪人があざ笑う。
だが、それもほんの一瞬の事だった。すぐに蜘蛛怪人の笑みは硬直し、香里達に安堵の表情が浮かぶ。
「な、何だと……?」
蜘蛛怪人が驚愕の表情で振り返る。
そこには青いカノンが立っていた。手に持っている青いロッドの先端を蜘蛛怪人の背に突き込んだまま。
「貴様、どうやって……あの糸から……?」
「あんなものを破るのは簡単だ。俺にとっちゃあんなもの何の役にも立たない。お前が俺から目を離した隙に脱出、そしてお前が香里達に気をとられている隙にフォームアップさせて貰ったんだ」
青いカノンはそう言うとロッドごと蜘蛛怪人を持ち上げた。そしてそのまま蜘蛛怪人を投げ飛ばす。
「ぐわぁぁぁぁぁっ!!」
断末魔の悲鳴を上げながら空中で爆発する蜘蛛怪人。
それを見てからカノンは祐一の姿に戻った。彼の手には先程青いロッドに変化していたらしい物干し竿が握られている。
「……大丈夫だったか?」
祐一は香里達の方を振り返るとそう言った。
その香里達だが、二人とも背中を合わせてその場にへたり込んでいた。どうやら緊張が一気に解け、力が入らなくなってしまったらしい。
その姿を見て、祐一は思わず吹き出してしまっていた。
 
<倉田重工第7研究所 11:34AM>
倉田重工第7研究所内にあるメディカルルーム。
そこのベッドの上で北川潤は意識不明のまま眠っていた。
そのベッドの側には心配げな顔をした所長である倉田佐祐理、PSKチームのリーダー・七瀬留美の姿がある。
「一体何があったんですか?」
しばしの沈黙の後、佐祐理が尋ねる。
留美は黙って首を左右に振った。
「何が起こったのかは私にも。彼はマスクを外していたのでマスクに内蔵されているカメラは相手を捕らえていませんし、会話も録音されていません」
「つまりは……彼しか知らないと言うことですか?」
佐祐理のその質問に留美は頷くしか出来なかった。
それを見て、佐祐理は困ったような表情を浮かべた。
「戦闘区域に向かう途中で彼がマスクを外した理由……わかりますか?」
「……彼がマスクを外す直前の事ですが……誰かと出会ったようなんです。どうもその人物とはこんな場所で本当なら会うはずがない、そう言った感じでした」
「……その人の名前とかは言っていなかったんですか?」
「確か……『水瀬』と……」
留美は記憶の抽斗を開けるかのようにゆっくりと言った。
その口から出た名前に、佐祐理は驚きのあまり、言葉を無くしてしまう。
(水瀬……水瀬と言えば確か祐一さんが居候していた人の……でも……あそこの娘さんは確か意識不明のまま今も……)
確かめてみる必要がある。北川潤と水瀬名雪は知り合いだ。彼が水瀬と呼ぶのなら確実に名雪であろう。では潤はその名雪によってやられたというのか? ごく普通の女性であるはずの名雪にどうやれば強化装甲服を身につけた潤を倒す事が出来るのか? 
わからない事だらけだ。
佐祐理はすっと立ち上がった。
「所長?」
留美が立ち上がった佐祐理を見上げる。
「北川さんをお願いします。佐祐理はちょっと調べたい事が出来ましたから失礼しますね」
いきなりだったので留美はやや呆然としながらも頷いた。
「それではお願いします」
佐祐理は留美に向かって一礼するとメディカルルームから出ていき、ハンドバックの中から携帯電話を取りだした。登録してある、とある電話番号を呼び出す。
「……あ、もしもし……ちょっと確認して貰いたい事があるんですが……」
そう前置きしてから佐祐理は小声で話し始めた。
「はい、N県です。佐祐理が住んでいた街です、知っていますよね? そこにある水瀬というおうちを。……いえ、今家族の方がいるのかどうかをまず。……お願いします」
それだけ言うと佐祐理は携帯電話の通話ボタンを切った。
それから彼女は壁にもたれて、ため息をつく。
最近ため息の回数が格段に増えてきた。ため息を一つつくと幸せを一つ逃がすと言うが、それならもうどれくらいの幸せを逃してきた事だろう。女性としての幸せを捨て、PSK計画に全てを打ち込んできたこの5年。
「……舞……祐一さん……」
側にいない大事な二人の事を思いだし、又ため息をつく。
気を取り直し、佐祐理が又歩き始めると、少し前方にある研究室から数人の研究員が飛び出してきた。その表情は誰も同じで、一様に驚愕とか恐れとかに彩られている。
「どうかしましたか?」
自分のほうに逃げてきた研究員にそう声をかけると、その研究員は青ざめた顔で
「ダメです、所長! そっちに行っちゃいけない!!」
そう言ってそのまま逃げていってしまう。
佐祐理は首を傾げながら開きっぱなしのドアの中を覗き込んだ。そこは分析室で、先日の未確認生命体第27号の身体から放出された胞子の分析が行われているはずであった。だが、今その中には人の姿が無く、あるのは不気味にふくれあがった奇妙な物体だけ。それは少しずつ体積を増しながら机の上から落ち、ドアの方へと進んでくる。
その物体を見た佐祐理もその余りもの不気味さに思わず悲鳴を上げていた。思わず、その場に尻餅をついてしまう。
そんな佐祐理に気付いたのかその奇妙な物体が佐祐理の方へと進路を変えた。ぬちゃぬちゃと嫌悪感たっぷりの音を立てながら佐祐理に迫る物体。
「ひ、ひぃぃぃっ!!」
引きつった声しか出ない。誰も助けてくれない。その恐怖に佐祐理が身体を硬直させる。
(舞!!祐一さん!!お願い、助けて!!)
ぎゅっと目を閉じ、身体を抱きしめる。
その時、そこに駆けつけてきた誰かがその物体を豪快に蹴り飛ばした。その一撃で壁に叩きつけられ、ブチュッとさらにイヤな音を立てる奇妙な物体。
「大丈夫ですか、所長?」
そう声をかけられ、佐祐理が閉じていた目を開けると、そこには先程までメディカルルームで意識不明だったはずの北川潤が立って自分の方を心配げに見つめている。
佐祐理は頷くことしかできなかった。
それを見た潤はくるりと振り返り、壁から床に垂れてきている奇妙な物体を見下ろした。
「何なんだ、こいつは?」
そう言ってその物体の側にしゃがみ込もうとする。
「近寄らない方がいいわよ、北川君」
その声は分析室の向こう側から聞こえてきた。顔を上げると白衣を着たPSKシリーズ装備開発部主任・深山雪見がそこに立っているのが視界に入ってきた。彼女は手に消火器のようなものを持っている。
「それは第27号の胞子から生まれたの。分析用に培養したらこんなになったって、今さっき報告があったわ」
それを聞いた潤は青ざめた顔をして奇妙な物体から離れた。
「思い切り蹴ったぞ、俺……」
「まだそれほど毒性が強いわけでもないし、例の猛毒の胞子を生み出しているわけでもないから大丈夫だと思うけど一応後で消毒しておきなさい」
雪見にそう言われ、潤はコクコクと頷いた。
「さてと、ちょっともったいないけど仕方ないわね」
雪見はそう言って白衣のポケットからサングラスを取り出した。普通のサングラスではなく、作業用の妙にごついサングラス。それをかけると手に持っていた消火器のようなもののホースの先を奇妙な物体に向ける。
「はい、ちょっと離れてね」
言うのと同時に消火器のようなもののレバーを押す。ホースの先から噴射されたのは消火液ではなく火炎だった。どうやら消火器に見せかけた火炎放射器だったようだ。
その炎の直撃を浴び、奇妙な物体はあえなく燃え上がった。
奇妙な物体が燃え尽きるのを見てから雪見は佐祐理の方を見る。
「とりあえずこれで一安心です、所長。出来ればこの事を科警研にも報告しておきたいのですが構わないでしょうか?」
「ええ、そうですね。科警研でもここと同じように分析をしているでしょうから同じ事が起きている可能性があります。出来る限り迅速に連絡の方を」
いつの間にかすっかり自分を取り戻した佐祐理がそう言うのを聞いて雪見は頷いた。
「でも……ほんのちょっと培養しただけでこれ……予想以上の生命力……これが本当の武器だったのね、こいつの」
雪見は燃えかすとなった奇妙な物体、イヤ第27号の胞子を見てそう呟いた。その呟きが、密かに進行中の恐るべき事態をさしている事に気付かないまま。
 
<江戸川区臨海町 11:45AM>
ポタッポタッと体液を滴らせながら”それ”は一歩一歩ゆっくりと進んでいく。
視界に人影が入るたびに胸の中に浮かび上がる凶悪な破壊的衝動、それに従って手当たり次第に殴り倒してきた。今、地面に落ちている体液には自分のものだけでなく、殴り倒した人の血も混ざっている。
何処へ向かうという意志はない。只、足の赴くまま、本能の赴くままに歩を進めている。そう、本能のままに。尤も単純な、本能に従い。”それ”は凶行を繰り返す……。
 
<警視庁未確認生命体対策本部 11:59AM>
会議室内は未確認生命体第27号が今朝方早くに殲滅されたと言う事もあって閑散としていた。報告書を作っている住井護、連絡担当の婦警、それに仮眠をとっている国崎往人がいる程度であり、他の面々は自宅に帰っていたり、食堂で昼食をとっていたり、である。
住井も昨夜から今朝にかけてずっと第27号を追って都内をかけずり回っていたのでそうそうに休憩なり仮眠なりをとりたいのが本音だが国崎に報告書作成を押しつけられ、嫌々ながらも、寝不足で働かない頭を必死に絞って報告書を書いているのだ。
「はい、住井さん」
婦警がそう言ってお茶の入ったコップを彼の横に置いた。
「あ、ありがとう……」
目の下に隈を作った住井がそう言うと、婦警は笑みを浮かべてぺこりと頭を下げて自分の席に戻っていった。
住井は早速そのお茶を飲み、又報告書に取りかかる。
「全く……どうして僕ばっかり……」
グチグチ言いながら何とか報告書を埋めていく住井。
と、そこに電話が鳴り響き、婦警が受話器を手に取った。その音で目が覚めたのか、国崎が眠たそうな顔をして身を起こす。
婦警は電話に応対しながら近くにあったメモに何か書き込んでいる。
住井は報告書を書く手を止め、何事かと婦警の方を見守っていた。
身を起こした国崎はしばらくキョロキョロと左右を見回していたが、やがて住井と同じく婦警の方を見た。
少しの間必死な顔でメモをとっていた婦警だが、その表情が段々と青ざめてくるのが二人にも手に取るようにわかった。やがて、婦警が受話器を置き、真っ青な顔をして住井と国崎の方に顔を向けた。
「……どうした?」
国崎が声をかけると、婦警は震える声でこう答えた。
「だ、第27号が……又現れたそうです……」
 
<警視庁未確認生命体対策本部 12:32PM>
第3号によって倒されたはずの第27号が再び現れたという通報は未確認生命体対策本部の面々に衝撃を与えた。
「住井君、君の報告書では第27号は第3号によって倒されたとあるが、これは間違いだったのかね?」
未確認生命体対策本部本部長、鍵山がそう言って住井を見る。
「いえ、確かに第27号は第3号によって倒されました。それは我々も見ています」
「確かに俺も見たぜ。いつものように爆発したのをな」
国崎がそう言って住井をフォローをする。
「では何故、又第27号が現れたのかね?」
厳しい表情の鍵山。
既に未確認生命体第27号殲滅は公式に発表されている。今更第27号は生きていましたなどと発表出来るはずがない。
しかし、鍵山の問いに答える事の出来る者は誰もいなかった。
「一体どう言う事なんだ!!」
どんとテーブルを叩く鍵山。
「私は君たちを信頼している。君たちが嘘をつくとは思っていない。だが! 今回の事はどうしても納得がいかん!!」
押し黙る一同。
「その事についてですが……」
不意に女性の声が聞こえてきた。
会議室内にいた全員が声のした方を向くと、丁度入り口の所に一人の女性が立っている。
少し気の弱そうな女性。おずおずと中にいる一同を見回し、俯いてしまう。
「君は……?」
「あ、ここにいたんですか! はぐれちゃったから心配しましたよ!」
そう言いながらそこにやってきたのは南だった。
どうやらこの女性と知り合いらしい。
「南君、君はこの女性を知っているのかね?」
鍵山が問うと、南は大きく頷いた。
「この人は科警研の椎名華穂主任です。第27号の事でお話があるそうなんでここまでお連れしたんです」
南にそう紹介され、椎名華穂は顔を上げて、一同に向かって一礼して見せた。
「し、椎名華穂です。あの、すいません。出過ぎたマネかも知れませんがどうしてもお耳に入れておきたい情報だったもので……」
それだけ言うと真っ赤になって俯いてしまう。どうやら余程緊張しているか、かなりの恥ずかしがり屋のようだ。
「どうぞお入り下さい」
鍵山がそう言ったので華穂は更に恐縮して中に入ってきた。
華穂と南が空いている椅子に座ったのを見てから鍵山が二人に何事かの説明を求めた。
「はい。まずこれは科警研ではなく、倉田重工から得た情報である事、そしてその情報を元に科警研で実証したデータを……」
「南君、前置きはいい。一体どう言う情報なんだ?」
「は、はい。椎名主任、お願いします」
「あ、わ、わかりました」
そう言って立ち上がる華穂。緊張しているのかガチガチである。
「倉田重工の方で第27号の胞子を研究用に培養してみたところ、急激に成長、動き出すまでになったとの報告がありました。これは第27号が黴に似た性質を有しており、その異常なまでの生命力が発揮されたものではないかと推測されます」
緊張していても報告には少しの澱みもない。
「科警研でもその報告を受ける前から研究用に胞子の培養をしていたところ、同様の事が起こりました。幸いにして倉田重工側からの情報があったので対応対処に何ら問題は起こりませんでしたが」
「……つまり、それは……?」
「はい。今現れている第27号は第3号に倒され、爆発した時の破片から再生したものではないかと推測されます」
「再生……じゃ、何度倒してもダメって事ですか?」
住井が質問すると華穂は首を左右に振って見せた。
「そんな事はありません。倉田重工でも科警研でも焼き払い、事なきを得ています。おそらく火に対する適応性がまだ低いのでしょう」
華穂の言葉を聞いて一同は黙り込んだ。
倉田重工や科警研で発生した第27号の胞子が成長したものはそれほど大きなものではない。しかし、今出現している再生第27号は既に倒された時の第27号と同じ姿を持っている。この状態で果たして焼き払えるのか。
「再生した第27号が完全に再生しきるまでまだ時間があると思います。今のうちなら充分火炎放射器で焼き尽くせるはずです」
「しかし、火炎放射器なんて……」
「それについては倉田重工のPSK−03にでもやって貰えばいいじゃないか」
そう言ったのは国崎だ。
「向こうさんももう第27号がまた出たって事知っているんだろ? だったらそれなりに準備していると思うぜ?」
「……国崎君の言う事も尤もだ。しかし、我々も出来る限りの事はしよう。再生した第27号を出来る限り人気のないところに追いつめそこで一気に焼き払う! いいな!」
鍵山がそう言って一同を見回した。
「再生した第27号は江戸川区葛西下水処理場付近に潜伏中です」
先程電話を受けた婦警がそう言うと、鍵山は大きく頷いた。
「諸君、一刻も早く第27号を倒してくれ!」
鍵山にそう言われ、皆が大きく頷いた。
 
<関東医大病院 13:02PM>
「身体がびりびりする?」
聖が振り返りながらそう言ったので祐一はこくりと頷いた。
聖の診察室である。今は祐一と彼女しかいないが、つい先程まで聖は気を失い倒れたままの浩平の様子を見に病室まで行っていたところだった。戻ってきたばかりの彼女を捕まえ、祐一は浩平を何とか倒す事が出来た時に起きた現象を話したのだ。
「第27号を倒した時も感じたんだ。足首から先がビリビリって。今度のはもっと凄かったけど」
「……ふむ」
腕を組む聖。
「君が帰ってきてから行った検査に特に異常は見られなかったが……もしかするとあれだ、君が仮死状態に陥った時に行った電気ショック、あれの影響かも知れんな」
「電気ショック……」
祐一は苦笑を浮かべた。
どうやら自分が仮死状態に陥った時、周りは物凄く大変だったらしい。その事を改めて思い知らされたような気がしたからだ。
「案外その時の電気エネルギーが君の体内に残っていてそれが放出されただけなのかも知れない。まあ今のままでは何も言えないから又起こったら教えてくれ」
聖がそう言ったので祐一は頷くしかなかった。
と、そこに電話の呼び出し音が鳴り響く。慌てて白衣のポケットに手を突っ込む聖。どうやら彼女の携帯電話のようだ。
「はい、霧島です……ああ、君か……ここにいるぞ……わかった、伝えておこう」
聖はそう言って携帯電話の通話ボタンをオフにし、祐一を見た。
「また未確認がでたらしい。場所は江戸川区臨海町。知っているか?」
「臨海町、ですか?」
首を傾げる祐一。
今一つどの辺であるかわからないのだろう。
「荒川の河口付近だ」
聖がそう言うと、祐一は大きく頷いた。
「それじゃ、俺、行ってきます!」
そう言って祐一が駆け出した。ドアを開け、廊下を走り、駐車場に飛び出していく。停めてあったロードツイスターに跨ると素早くエンジンをかけ、駐車場から飛び出していく。
窓からそれを見下ろしていた聖は苦笑を浮かべ、カーテンを閉じた。
 
<都内某所・廃工場の中 13:05PM>
穴の空いた天井から差し込んでくる太陽光。
埃の舞う、空気の悪いその廃工場の中に一人の女性が駆け込んできた。
「ハァハァハァ……キリト君っ!!」
中に向かって呼びかけるが、彼女の声だけが廃工場の中に反響するだけで返事はない。
女性は廃工場の中に足を踏み入れ、床面に広がっている血に気がつき、青ざめた。
「キ、キリト君っ!!」
悲鳴のような声を上げる女性。
慌てて廃工場の中を歩き回る。彼女が求めている姿はすぐに見つかった。
無造作に止めてあるトレーラーのすぐ横、積み重ねられている箱を押しつぶし、何かが倒れている。
「キリトく……」
女性は驚きのあまり言葉を失っていた。
一体どれほどの攻撃が加えられればこの様になるのだろうか、ダークブルーの強化装甲服は既にボロボロで、役に立ってはいない。穴の空いた装甲板の下からは真っ赤な血が溢れ出し、既に固まり始めていた。右手と左足も曲がってはいけない方向に曲がり、頭部を守るマスクの下からも血が流れ落ちている。
「キリト君っ!!」
そう言って女性が倒れている強化装甲服、PSK−02の側に駆け寄った。そっとマスクに手をかけ、外してやると傷だらけの青年の顔が現れる。
「……キリト君……」
女性は涙を流しながら青年、キリトを見つめた。
瀕死の重傷、何時死んでもおかしくないような傷を受けているが、まだ彼は生きていた。しかし、このままでは今にも死んでしまうだろう。
「待ってて。すぐに救急車を……」
そう言って女性が立ち上がろうとした時、その背後から声がした。
「無駄じゃ、そやつはもう助かりはせん」
不気味に嗄れた声。
女性が振り返ると、そこには杖をついた老婆の姿があった。
「何やら予感がしたのでな、お前さんの後をつけさせて貰ったぞ、葵」
老婆はそう言ってにやりと笑った。
「大婆様……」
葵と呼ばれた女性は顔面蒼白のまま、呟くように言う。
「い、今なんて……?」
「キリトはもう助からんと言う事じゃ。その傷では保って後30分がいい所じゃろう」
至極あっさりと老婆が言い放つ。
それを聞いた皆瀬葵は青い顔を更に青くさせ、思わずその場に膝をついてしまう。
「そ、そんな……」
そんな葵を見ながら老婆は歩き出し、倒れているキリトの側まで行く。
「ふむ……まぁ、何とか出来ん事もないが……」
小声で、しかし、葵には聞こえるような程度の大きさの声で老婆が呟く。
その白々しさに、今の葵は気がつく事はなかった。普段なら気付いていたかも知れないが、今の彼女は混乱していて全く気がつかない。
「大婆様! 何とか出来るんですか!?」
そう言って葵が老婆の方を振り返る。
老婆はわざとらしく少し考えるような仕種をして見せた。
「むう……しかし、これにはのう……」
躊躇いがちに言う老婆。
葵に背を向けているので彼女は知らないが、この時老婆の顔には邪悪な笑みが浮かんでいた。それは自分の思うように事が進んでいるので楽しくて楽しくて仕方がないと言った、そう言う邪悪な笑み。
「私に出来る事なら何でもします! だから!」
葵がそう言って老婆の側に駆け寄る。
「お願い! キリト君を助けて!!」
その声を聞いたキリトは朦朧とする意識の中、葵に向かって手を伸ばそうとする。だが、彼の手は全く動かない。
(ダメだ……葵さん……その婆さんの言う事を聞いちゃ……)
必死にそう言おうとするが、彼の身体はもはや彼の意志に従う事はなかった。
「……葵、その言葉に嘘はないな? お前に出来る事なら何でもする……本当だな?」
老婆が低い声でそう言うので、葵は大きく頷いた。
「キリト君が助かるなら……」
「そうか、その覚悟、しかと受け取ったぞ!」
そう言って老婆は振り返り、葵の腹部に向かって自分の手を突き出した。何らかの力が込められていたのか、老婆の拳が彼女の腹に突き刺さり、血が噴き出す。
「……え?」
一瞬、何が起きたのか判断出来ず、葵は呆然と老婆を見た。次いで全身に広がる激痛。それは彼女に、自分の身に何が起きたのか理解させるのに十分だった。
「な、何を……」
「葵、お前が自分から言い出したのだ。お前が出来る事ならなんでもするとな」
「ど、どう言う……」
その場に崩れ落ちてしまいそうな身体を老婆が意外な程強い力で支える。老婆はにやりと笑い、葵の体内で手を開き、握っていたものを離した。それからゆっくりと手を引き抜く。葵の血で濡れた手を。
「キリトは必ず生かしてやろう。カノンやアインにすら負けぬ、最強の戦士としてキリトは甦る事になる。但し、この婆の忠実な僕としてな」
老婆はその場に倒れた葵を見下ろし、そう言った。
「正輝は不完全だったがキリトは違う。お前はキリトを最強の戦士として甦らせる為に死ぬのだ」
「……は、はかったわね……」
葵がそう言って老婆を霞む目で睨み付ける。
「カノンやアインの体内にある霊石に負けぬ、そして越えるものを生み出すには大量の血が必要でな。キリトのものでは足りないのじゃ。お前の血でキリトは蘇り、最強の戦士となる…」
老婆は自分を睨み付ける葵を見下ろしながら笑みを浮かべる。
「お前も本望じゃろう? 惚れた男の為に死ねるのじゃ……」
そう言って低い声で笑い出す。
その老婆を笑みを見ながら葵は悔しさに涙を流した。
「役に立つかと思うて力を覚醒させてやったのにもかかわらずお前も真奈美も役にたたん。正輝も期待はずれ。こうなれば死んでこの婆の役に立て」
(こ、この人にとって私達は……只の手駒だったと……)
徐々に薄れ行く意識の中、葵は愕然としていた。
同じ一族の最年長者として、不気味ではあるがそれなりに敬意を払ってきたというのに。向こうからすれば自分達は只の手駒。必要が無くなれば簡単に捨てられる手駒でしかなかったというのか。
(真奈美と正輝君が……危ない……)
葵は埃だらけの床に手をつき、必死に這いずりだした。
一刻も早く真奈美と正輝に知らせなければならない。あの二人だけでもこの老婆の邪悪な魔の手に落とさせてはいけない。せめて自分の分まで幸せになって欲しい。その為には、早く老婆の本性を二人に伝えなければ。
「フフフ、無駄な事を。お前のその身体ではもう力を使う事も出来ん。真奈美達に知らせる事も出来ん。己の無力さを噛み締めながら死ぬのだ」
老婆がそう言って葵の前へと回り込み、伸ばした彼女の手を杖でついた。
「せめてあの世から見ているがいい……この婆の……」
葵の意識はそこまでだった。
完全に彼女の意識は闇に落ちていく……。
 
<江戸川区臨海町 13:42PM>
Kトレーラーが葛西下水処理場の前に停車する。
その後部ドアが開き、中からKディフェンサーに乗ったPSK−03が姿を見せた。
「絶対に人のいる場所じゃ使ったらダメよ! わかってる、北川君?」
Kトレーラーの中から七瀬留美が下に降りたPSK−03に向かって声をかける。
「後、危険物のあるところでも使用厳禁!」
「それくらい言わなくてもわかっていると思いますよ、七瀬さん」
留美の隣に座っている斉藤がそう言って苦笑する。それを聞いた留美はギロッと斉藤の方を振り返り、彼を睨み付けた。
「絶対に? 100%そうだと言い切れる!? 私は念を押しているのよ!」
「は、はい〜。申し訳ありません〜」
思わず涙目になる斉藤。
「今回も使用装備はそれだけ危険なの! いいわね、北川君!!」
『了解です!PSK−03”ベルセルガ”、これより未確認生命体第27号’を殲滅してきます!』
PSK−03からそう言う声が無線を通じて聞こえてきた。そして、同時にKディフェンサーが走り出す。
既に地元の警察が展開しており、再生第27号を人のいない場所へと誘導しているという。
今回現れた再生第27号は現時点では火炎放射器などで焼き払う事が可能と言われている。周囲に危険物のない、そして人的被害を0にする為に再生第27号を人気のない場所へと必死に誘導しているのだ。
「急がないと……」
誘導している間にも被害者が増えている。それは主に警官であろう。そんな事は関係ない。一人でも多くの人を助ける為に、全力を尽くすのが俺の仕事だ。
PSK−03,北川潤はそう決意を新たにするとアクセルを思い切り回し、Kディフェンサーのスピードを更に上げた。
その頃、再生第27号を誘導している警官隊は逆に追いつめられていた。
猛毒の胞子を放っているわけではない。しかし、意外と素早い動きに、再生する前にはなかった豪腕からくり出される一撃は人一人をあっさりと吹き飛ばしてしまうのだ。おまけと言っては何だが、拳銃などは例によって通用しない。その為に一人、また一人と警官隊は傷付き、倒れていく。
今や逆に警官隊の方が追い込まれているのだ。
再生第27号がまた一人の警官の胸ぐらを掴みあげ、そのまま大きく投げ飛ばす。投げ飛ばされた警官は地面に叩きつけられ、ぐったりとなって動かなくなる。
それを見た他の警官達が青ざめながらも必死に再生第27号に向けて銃を構え、引き金を引く。通用しないとわかっているが、それでも彼らの武器はそれしかないのだ。
と、そこに数台の覆面パトカーがやってきた。警視庁未確認生命体対策本部の面々がようやく到着したらしい。
「あれか!」
覆面車から降りながら再生第27号を見る国崎と住井。
「しかし……本当に第27号だな」
住井がライフルを手にしながら呟く。
「取り合えず今度こそ仕留めるぞ!」
国崎がそう言ってライフル片手に周りの刑事達に呼びかける。それを合図に刑事達はさっと展開、再生第27号を取り囲む。
「撃てっ!!」
住井の声と共に一斉に射撃を開始する刑事達。
だが、やはり再生第27号には通用しない。
「せめて細胞破壊弾が量産化されていたら……」
ライフルを降ろし、再生第27号が平然と立っているのを見て住井が呟く。
「無い物ねだりしたって仕方ないだろう……とにかく足を止めるんだよ!」
国崎がそう言い、またライフルを構えた。
再生第27号は新たに現れた国崎達をしばらく見ていたが、突然ジャンプし、一台の覆面車の上に飛び乗った。近くにいた警官を蹴り飛ばすと、覆面車の上から降り、すぐ側にいた住井に掴みかかった。
「う、うわっ!!」
必死に手に持っていたライフルを振り回すが、再生第27号はあっさりとライフルを彼の手から弾き飛ばし、胸ぐらを掴む。
「住井!!」
国崎が慌ててライフルを向けるが、住井の身体が邪魔になって引き金を引く事が出来ない。
「くそっ!!」
仕方なくライフルを降ろす国崎。
そこにサイレンを鳴らしながらKディフェンサーがやってきた。止めてある覆面車のすぐ側にKディフェンサーを止め、PSK−03は後部装備ポッドからブレイバーバルカンを取り出した。
『北川君、人命第一よ! 先にあいつからあの人を救出しなさい!!』
無線から留美の声が聞こえてくる。
『ワイヤーアンカーを使えばいいと思います。第27号’を引き離せるはずです!』
今度は斉藤の声だ。
「了解! ワイヤーアンカーだな!」
潤はそう言うと、別の装備ポッドからワイヤーアンカーと呼ばれる装備を取り出した。
先端に鉤のついているワイヤーを射出し、相手の動きを封じたり、自分を持ち上げたりなどと多様出来る要素を持つ装備である。
ワイヤーアンカーを右手に装備すると、PSK−03は再生第27号の方を向いた。
「あいつを何とか背中向けさせられないか?」
国崎の横を通りながらPSK−03が言う。
「背中さえ向いてくれればこいつで奴をあんたの同僚から引きはがす」
「……わかった。やってみる」
国崎はそう答えると、警官隊に合図を送った。
一斉に警官達が国崎について動き始める。そう、再生第27号の背中の側へと、少しずつ。
再生第27号はそれに気付いたのか、住井を捕らえたまま、彼を盾にするかのように動いた。それは同時にPSK−03の方に背を向けると言う事でもあったが、そこまで頭が回らないようだ。
「よし……」
再生第27号が自分に完全に背を向けたのを見ると、PSK−03は右手のワイヤーアンカーを再生第27号に向けた。
「喰らえッ!!」
潤がそう言うのと同時にワイヤーアンカーの先端の鉤が発射され、再生第27号の背中に突き刺さった。鉤が展開し、しっかりと再生第27号の背に食い込んだのを確認したPSK−03はアンカーに繋がっているワイヤーの巻き取りスイッチを押した。ワイヤーがぴんと張り、再生第27号を物凄い力で引っ張り始める。
あまりに突然に後ろへと引っ張られる力を受けた再生第27号は、住井から思わず手を離してしまい、後ろに倒れ込んでしまう。
「よし、今だ!!」
国崎がそう言って倒れた住井の側に駆け寄った。更に他の警官達が二人を囲むようにし、手に持っている銃をそれぞれ構える。
「後は俺に任せろ!!」
PSK−03がそう言い、右手にはめたワイヤーアンカーを取り外す。そして今度はブレイバーバルカンを手に取ると、その銃口を倒れているはずの再生第27号に向けた。
「何っ!?」
潤が驚いた声を上げたのはもうそこに再生第27号の姿がなかったからだ。
さっとセンサーを切り替えると、自分のすぐ背後に再生第27号の反応。PSK−03が振り返ろうとするよりも早く、再生第27号がPSK−03を突き飛ばした。
吹っ飛ばされ、手に持っていたブレイバーバルカンを落としてしまうPSK−03。
すぐに起きあがろうとするが、そこに再生第27号が飛びかかって来、PSK−03を踏みつけた。
「くっ……」
苦しげな声を上げる潤。
その時、バイクのエンジン音が聞こえてきた。
はっとしたPSK−03が音の聞こえてきた方を見ると、一台のバイクがこちらに向かって突っ込んで来るではないか。
「な、何をする気だ!?」
潤の驚きをよそにそのバイクは更にスピードを上げ、前輪を浮かせて再生第27号に向かって突っ込んでくる。直前で軽くジャンプし、そのまま再生第27号を吹っ飛ばし、着地すると後輪を滑らせるようにして停止。
「カ、カノン!?」
潤がまたも驚きの声を上げる。
そう、そこにいるのはロードツイスターに跨った未確認生命体第3号事、カノンであった。
カノンはロードツイスターから降りると自分が吹っ飛ばした再生第27号を見、身構えた。
ゆっくりと身を起こす再生第27号。
カノンは素早く駆け寄ると猛然とパンチを浴びせていく。反撃とばかりに再生第27号が腕を振り回すが、それをかいくぐり、後ろ回し蹴りを腹部に叩き込み、吹っ飛ばす。
PSK−03はカノンと再生第27号が戦っている間に起きあがると、落としたブレイバーバルカンを拾い上げた。
『北川君、今研究所の方から新しい連絡があったわ! あの第27号’にはもう再生する力は残ってないって! だから安心して戦いなさい!!』
「了解!」
潤は留美からの報告にそう言って頷き、ブレイバーバルカンを構えて走り出した。
カノンの蹴りに吹っ飛ばされた再生第27号が起きあがろうとしているところにブレイバーバルカンの特殊弾丸を叩き込む。
「ウオオオオオッ」
更に吹っ飛ばされる再生第27号。
それを見たカノンが走り出した。
同時にPSK−03はブレイバーバルカンをガトリングモードからグレネードモードへと切り替える。ブレイバーバルカンの先端が開き、新たな銃口となる。そこに内蔵されているのはいつものグレネード弾ではなく、マイクロナパーム弾だ。再生第27号を焼き尽くす為だけに開発されたたった一発だけの新兵器。
カノンがジャンプ、空中で身体を丸めて一回転してから再生第27号に向けて足を突き出した。その時、足首の宝珠から電光が走り、突き出した足を包み込んだ。
「ウオオリャアアァァァッ!!」
裂帛の気合いを込め、カノンの足が再生第27号を捕らえる。
大きく吹っ飛ばされる再生第27号、それに向けてPSK−03がブレイバーバルカングレネードモードの引き金を引いた。
「吹っ飛びやがれぇっ!!」
潤の叫び声と共に発射されるマイクロナパーム弾。
空中でマイクロナパーム弾は再生第27号を捕らえ、同時に爆発。空中に炎の華が咲く。
その炎の華を見上げながら、PSK−03はブレイバーバルカンを降ろし、安堵の息をついた。
『北川君、まだ第3号がいるわよ!』
不意に聞こえてきた留美の声に、彼ははっとなり、自分と同じく立って空にある炎の華を見上げているカノンを見た。
PSK−03はゆっくりと降ろしていたブレイバーバルカンを構え、カノンの方へと歩いていく。
その足音に気付いたのか、カノンがPSK−03の方を見た。
「お前は……誰だ?」
潤がそう言うと、カノンは首を左右に振った。
油断無くブレイバーバルカンをカノンに向けながらPSK−03は近寄っていく。
「教えてくれ。お前は……誰なんだ?」
後1メートルと言うところまで近寄ってPSK−03は足を止めた。ここからならブレイバーバルカンを外す事はない。
「敵か味方か……それだけでもいい。お前が誰なんて詮索はしない……」
ごくりと唾を飲み込み、潤が更に問う。
『ちょっと、北川君! 何やっているのよ!! 勝手な事しないで!!』
『北川さん、そいつは未確認生命体なんですよ!!』
留美と斉藤の声が聞こえてくるが潤はあえて無視した。
どうしても知りたいのだ。目の前にいるカノンが、自分の知っているカノン、イヤ、自分の知っているあの男であるかどうかを。
「教えてくれ……お前は……」
既に声は懇願調になっていたが構いはしない。
更に潤は自分に敵意がない事を示すかのようにブレイバーバルカンを降ろした。
「お前は……誰なんだ!?」
潤のその必死な声を聞いて、カノンは肩をすくめて見せた。
「ああ、やっと思い出したよ」
カノンがそう言ってPSK−03に一歩近寄った。そしてその肩に手を置く。
「あまりにも久し振りだからな、声だけじゃなかなか思い出せなかった」
言いながら変身を解くカノン。
そこに立っている男の顔を見て、潤は言葉を失った。
「ま、まさか……そんな事が……」
「おいおい、わかってて声をかけたんじゃないのかよ?」
苦笑を浮かべる祐一。
潤はブレイバーバルカンを地面に落とし、慌ててマスクを脱いだ。そして祐一に抱きつく。
「生きてやがったのかよ、この野郎!!」
嬉しそうにそう言う潤に祐一はやはり苦笑を浮かべたままだ。
「男に抱きつかれても嬉しくないんだがな、北川……」
そう言う祐一に構わず、潤は嬉し涙を流しながら、しっかりと祐一の肩を抱いて離さなかった。
 
<都内某所・廃工場内 15:49PM>
埃の積もった床に倒れている人影が一つ。
その腹部からは夥しい量の血が流れ、辺りに水たまりを作っている。
余りもの出血で彼女は死に瀕していた。
しかし、それでもかろうじてまだ彼女は生きている。
「あ……あう……」
何とか身体を動かそうとするが手の指先一つ動かなかった。
朦朧とする意識の中、彼女は自分が死に瀕している事だけを理解していた。
(まだ……死ねないのに……知らせないと……真奈美と……正輝君に……)
やらなければならない事はまだあるのだが、身体は彼女の言う事を聞こうとはしない。
(あの子……あの子にも……)
動かない自分が、何も出来ない自分が悔しくて涙がこぼれる。
その時、トンと誰かの足音が聞こえてきた。
霞む視界の中、彼女は自分を見下ろしている黒いタートルネックのセーターを着た赤いカチューシャの少女の姿を見たような気がしていた。
 
<関東医大病院 16:09PM>
一人の看護婦が聖の診察室に飛び込んできた。
「せ、先生! 大変です! 501号室の患者が……」
看護婦の慌てようから聖は何があったかだいたいの見当がついた。
501号室と言えば意識不明で倒れていた浩平を寝かせていた部屋である。
「どうした? 501号室の患者が逃げ出しでもしたか?」
あえて尋ねてみる聖。
看護婦が驚いたように頷いた。
どうやら予感は確信になったようだ。
「そうか……わかった、ご苦労さん。彼の事は私が処理しておくから君は501号室の整理をしておいてくれ」
「い、いいんですか?」
「別にいいさ。元々彼は緊急で運び込んだだけだからな」
そう言って聖は笑みを浮かべて見せた。
看護婦が出ていってから聖はそっと窓の方を見た。
「……しかし……何処に行くつもりだ、彼は……?」
 
その頃、浩平はよろよろと人気のない道を歩いていた。
生気のない顔ではあったが、何か憑き物が落ちたかのように頭の中はすっきりとしている。
倒すべき相手を思いだした。
敵はカノンではなく、教団だ。
何故カノンを倒さなければならないと思いこんでいたのか、今では自分でも不思議である。
しかし、何度もカノンを襲った以上、もう彼の前に姿を見せる事は出来ないだろう。そして、カノンと戦う中で見つけた幼なじみとも。
「俺は……俺は……」
浩平は呟きながら歩き続ける。
「俺は……一人でも戦い続ける……」
 
Episode.42「変異」Closed.
To be continued next Episode. by MaskedRiderKanon
 
次回予告
重傷の正輝を看病する真奈美に迫る魔手。
それは行方を消した未確認生命体第2号ガダヌ・シィカパであった。
真奈美「な、何で……ここが……」
正輝「真奈美には……指一本触れさせん」
重傷をおして戦う正輝の前に現れる新たな強敵。
同じ頃、新たな未確認生命体が行動を開始する。
潤「俺の戦いっぷりを見ておけ!!」
祐一「馬鹿、俺に任せておけ!!」
協調出来ないカノンとPSK−03に迫る危機。
水瀬の老婆がほくそ笑み、新たな陰謀が動き出す。
???「我が名は……オウガ」
次回、仮面ライダーカノン「魔手」
目覚めろ!新たな力!!

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