<江戸川区小松川付近 04:03AM>
見えない衝撃波がPSK−03を、北川潤を吹っ飛ばした。
彼が手に持っていたPSK−03のマスクがその時の衝撃で手から転げ落ちる。
「くうっ……」
何処かにぶつけたのか額から血が流れ落ちてきた。
そこに聞こえてくる足音。
「ヌヴァラグの邪魔は誰にもさせない。北川君でも、祐一でも。それが……一族の宿命だから」
そう言って彼を見下ろしたのは水瀬名雪。彼女の表情は彼が知っている名雪のものとは思えない程冷たく、無表情であった。
「ど、どういう事だ……?」
必死に顔を上げて尋ねる潤。
「答える義務はないよ、悪いけど」
そう言って名雪は潤のすぐ側に立つ。
「死んでとは言わないよ、北川君。でも動けないようにはさせて貰うけど」
ぞっとする程冷たい声。
これがあの名雪かと言われれば疑いたくなるような、それほどにまで彼女の声は冷たく、そして非情であった。
顔を引きつらせる潤。自分に向けられた手の先に何か見えない力が凝縮していくのがわかる。それは自分を殺さないまでも、かなりのダメージを与えるだろうと言う事も。
「く……」
何も出来ない自分が悔しかった。 このままでは為す術もなくやられてしまうだけ。せめて名雪の気がそれてくれれば。
潤がそう思った時、二人の上空を何かが通り過ぎた。
潤は勿論、名雪ですら知らなかったがそれは復活した祐一……ブートライズカノンに変身した祐一を運ぶ聖鎧虫であった。
一瞬名雪がそっちの方に気を取られる。
(今だっ!!)
バッと地面に手をつき起きあがった潤は素早く腰のホルスターからブレイバーショットを手に取った。それを名雪の方に向けた時には彼女はもう上空を飛び去った物体を見ておらず、潤の方を見つめていた。
「北川君に撃てるの?」
名雪にそう言われて言葉に詰まる潤。
「無駄な事はしない方がいいと思うけどな」
そう言って笑みを浮かべる名雪。ほぼ同時に潤の身体に衝撃波が叩き込まれ、吹っ飛ばされてしまう。そのまま近くの民家の塀にぶつかり、彼は気を失ってしまった。
完全に意識を失った潤を見た名雪は、彼をそのままにしていそいそと歩き出した。
「やっぱり帰ってきたんだね、祐一」
嬉しそうにそう呟く。
 
<関東医大病院 04:06AM>
関東医大病院の駐車場ではアインと蜘蛛怪人との戦いが続いていた。
アインの猛攻を蜘蛛怪人は必死にかわし、時折、糸を吐いてはアインの動きを止めようとする。しかし、アインにとってそれはさほど脅威でもなく、身体に糸が巻き付いたとしても軽々と引き裂き、脱出を果たしていた。
その繰り返しを先程からずっと続けている。
(くそっ!!思うように身体が動かないか……)
変身前からずっと自分を苦しめ続けている激しい頭痛。それは今も続いている。そして、それが身体の動きを今ひとつ完全なものにしていないように思われた。
「流石にやりますね……レベル5を相手にそこまでやるとは予想以上ですよ」
蜘蛛怪人はそう言って後方へと大きくジャンプした。
「ここでこれ以上消耗するのは得策ではありませんのでね。これで引かせて貰いますよ」
言うが早いか、蜘蛛怪人は口から糸を吹き出し、その糸が関東医大病院の屋上に届くと同時にジャンプ、そのまま自分の吹き出した糸をつたって屋上へと姿を消していった。
アインはそれをただじっと見上げ、見送っているだけだった。
「……」
追わなかったのはこれ以上の戦いが彼にとって苦痛であった事と、どうせまた姿を現すに違いないと確信していたからであった。
さっと変身を解き、折原浩平の姿へと戻る。
と、同時に激しい頭痛が彼を襲った。思わずその場に倒れ込んでしまう浩平。
「くああっ!!」
苦痛による悲鳴を上げながら頭を抑える。
 
仮面ライダーカノン
Episode.41「決闘」
 
<千葉県市原市五井南海岸 05:49AM>
波打ち際に倒れている一人の男。
一体何があったのか全身に火傷を負い、更に傷だらけであった。着ているものもボロボロの上に黒こげである。
そこに一人の女性が駆け寄ってきた。
「正輝ッ!!」
その女性は倒れている男のすぐ側に跪くと男をそっと抱き上げた。
「正輝……どうして……」
抱き上げた傷だらけの男を見ながら女性が涙をこぼす。
その女性の名は皆瀬真奈美。
彼女が抱き上げている男の名は山田正輝。
深く傷付き、意識を失っている正輝を抱き上げ、真奈美はどうする事も出来ずに涙を流し続けている。
その彼女のすぐ後ろにすっと人影が現れた。
「真奈美……とりあえず手当てしてあげようよ」
人影が優しい声でそう言い、真奈美の肩に手を置く。
「葵ちゃん……」
涙をこぼしながら振り返る真奈美。
そこに立っていたのは皆瀬葵。真奈美と同じく、通常人には持ち得ない不思議な力を持つ水瀬一族の一人。
「このままにしておいたら助かるものも助からなくなるよ。だから急ご?」
葵がそう言って笑みを見せると真奈美は小さく頷いた。
そして正輝の身体をぎゅっと強く抱きしめる。
「じゃ、行くわよ」
葵はそう言うと一度目を閉じ、再び目を開いた。その目が金色の光りに覆われ、彼女たち3人の姿がその場から消え去る。
朝靄の煙る中、それを見ていた者は誰もいない。
 
<都内某所・路上 05:53AM>
「ふわあああ……」
大きな欠伸をしながら警視庁未確認生命体対策本部の刑事・国崎往人はハンドルを握り直した。
「おいおい、大丈夫なのか?」
隣に座っている相沢祐一がそう尋ねると、国崎は眠そうな目を彼に向けた。
「あ? 何がだ?」
「運転だよ!そんなに眠そうにしていて大丈夫なのかって聞いたんだ!」
ついつい語気を荒げてしまう祐一だが、国崎は特に気にする風でもなく前を向いた。
「まぁ……」
じろっと自分を見つめている祐一の視線が気になったのか口を開く国崎。
「まぁ…何だよ?」
「事故ったら事故った時だ」
「い、意味あるか、そんなの!!」
そう言うと祐一は国崎から視線を外した。そのまま不機嫌そうに前を見つめる。
国崎もそれに気付いたのか、苦笑を浮かべてみせた。
「俺はともかくお前の方こそ何ともないのか?」
そう尋ねてみると、祐一は訝しげな顔をしてまた彼の方を向いた。
「俺は単純に寝不足なだけだ。だが、お前は一時的にとはいえ死んでいたようだからな。何か身体に変化とかはないのかって聞いているんだよ」
今度は国崎の方がやや不機嫌そうに言う。
国崎の言葉を聞いて祐一はああ、とばかりに頷いた。
「いや、何ともないぜ。死んでいたって言うけど、それって本当なのか?」
「少なくても聖はそう断定していたぞ。まぁ、俺はお前がそう簡単に死ぬとは思っていなかったがな」
「そうかぁ……聖先生がそう言っていたんなら多分本当に死んでいたんだろうな、俺。何かよく寝たって言う感じはしているけどな」
そう言って笑みを浮かべる祐一。
そんな祐一を見て国崎はため息をついた。
あれだけ心配してやったのが馬鹿らしく思えてくる。きっとこいつは周りにどれだけ心配をかけたかわかっていないのだろう。
「あ〜、何か急に腹減ってきた」
助手席のシートに身体をもたれさせながら祐一が言う。
「……ったく、お前見ていると心配した俺が馬鹿みたいに思えてきたよ!」
思わず口に出してしまう国崎。
それを聞いた祐一がにやっと笑う。
「死ぬとは思っていなくても心配はしてくれたんだ。案外優しいんだな、国崎さんは」
「……こ、こいつ!」
「冗談だよ、冗談。心配かけた事に関しては謝るけど」
「……俺だけじゃない、美坂や他にもお前を一晩中見ていてくれた連中がいるんだ。そいつらにも謝っておけよ」
「わかってるよ」
短くそう答え、祐一は黙り込んだ。
何故だかはわからないが今回は生き返る事が出来た。しかし次があるかどうかはわからない。
(もっと……集中するべきだな、戦っている時は……)
真剣な表情でそう考える。
そもそも未確認生命体第27号の毒の胞子を受けたのは戦っている最中に声をかけられ、そっちに注意を向けてしまったからである。だが、それは相手が弱いと勝手に解釈した事による慢心から来るものであろう。今後はそう言う事がないように注意しなければ、何時また同じようなことが起きるかわからない。
戦いに臨む自分の気をもっと引き締めなければ何時かやられてしまう。
祐一は改めて決意した。
何時終わるとも知れない戦い、だが、それを終わらせる為にもっと頑張る事を。
 
<都内某所・とあるマンションの一室 06:21AM>
真奈美はベッドの上に正輝を寝かせると彼の身体の傷の応急手当を始めていた。しかし、全身至る所に傷があり、更には火傷も酷い。今生きているのが不思議な程だ。とてもじゃないが彼女の手に負えるものではなかった。
「葵ちゃん、どうしよう……正輝が死んじゃうよぉ」
半泣きになりながら真奈美が葵を見る。
だが、医者でも何でもない葵にはどうする事も出来なかった。
「本当ならお医者さんに診せるべきなんだろうけど……正輝君の身体の中には”あれ”があるしねぇ……」
心底困ったように言う葵。
「”あれ”の存在を他の人に知られたらやばいだろうし……」
「じゃぁ、葵ちゃんは正輝が死んでもいいって言うの!?」
真奈美がそう言って葵に詰め寄った。
「そんな事言わないわよ」
そう言って真奈美を押しとどめる葵。
「でもね、正輝君の身体の中にある”あれ”は大婆様が持っていたものよ。そうそう人に見せてもいいものじゃないと思うけど……」
「でも、でも!」
「真奈美の気持ちはわかるよ。私だって何とか出来るならしてあげたいけど……」
目から涙をこぼしながら自分に縋り付いてくる真奈美をなだめながら葵は天井を見上げた。
今の自分達にはどうする事も出来ない。持っている力は何の役にも立たない。それが何とも悔しくて、そして悲しくて。
「……助けてあげられるよ、ボクなら」
不意にそんな声が聞こえてきた。
はっとなり、声のした方を見る葵と真奈美。
そこには赤いカチューシャをした背の低い女の子の姿。もうじき夏になろうかというのにもかかわらず黒のタートルネックを着ている少女。
「い、何時の間に……」
驚きの声を上げる葵。
つい先程までこの部屋の中には葵、真奈美、そして正輝しかいなかったはずだ。しかし、この少女はそこにいたのが当たり前のような感じでその場に存在している。
「ボクならあのお兄さんを助けてあげられるけど、どうかな?」
そう言って微笑みを浮かべる少女。
「ほ、本当に!?」
真奈美がそう言って葵から離れた。
「真奈美!」
葵が止めようとするが、真奈美はその手をすり抜け、少女の元に近寄っていく。
「本当に……正輝を助けてくれるの?」
真奈美の言葉に頷く少女。
そして少女は正輝の側まで歩いていき、その身体の上に手をかざした。その手が淡い光に包まれ、そのまま正輝の身体に押し当てる。するとどうだろう、正輝の身体にあった傷がどんどん回復して行くではないか。火傷もその跡すら残らない程に治っていく。まさに奇跡であった。
呆然としたまま、その様子を見ている葵と真奈美。
段々正輝の顔に血色が戻ってきた。
それを見て取った少女が手を正輝の身体から離し、二人を振り返った。
「これでもう大丈夫だよ」
そう言ってにっこりと微笑む。
「正輝ッ!!」
真奈美がベッドの上の正輝の側に跪く。
少女はそんな真奈美や正輝の側から離れると少し離れたところに立っている葵の方にやってきた。
「あのお兄さんを助けてあげたんだからボクのお願いも聞いて欲しいんだけどいいかな?」
そう言って少女が葵を見上げる。
「お願い?」
葵は警戒心も露わに少女を見下ろした。
少女との身長差がかなりある為どうしてもそうせざるをえない。
「お願いって言われても出来る事なんかあるのかしら?」
そう言って口元に笑みを浮かべてみる。
突如現れ、瀕死の正輝の身体を手をかざしただけで直した少女に不気味なものを、そして畏怖を感じている事を悟られない為に。
少女はそんな葵を見て笑みを浮かべた。
「簡単な事だよ。お姉さんでも出来るような事」
嫌味な言い方だったが葵はその事に気がつかなかった。
そんな余裕など何処にもない。少女から放たれる圧倒的な気。それはとても少女の姿からは想像もつかない程不気味であり、巨大であり、そして邪悪に感じられたのだ。
「お姉さん達は名雪さんの側にいてあげて欲しいんだよ。この先きっとあのお婆さんと名雪さんは決別する。だから、その時にはお姉さん達は名雪さんの味方になってあげて」
少女の言った事が葵には一瞬わからなかった。
だから思わず少女の顔を覗き込んでしまう。
「じゃ、お願いだよ」
少女はそう言うと葵に背を向けた。そのまま窓の方へと歩み寄り、カーテンを開けてその向こう側へと姿を消す。
「ま、待って!!」
葵が慌てて少女を追ってカーテンに手をかけるが、その向こう側には既に少女の姿はなかった。現れた時と同じように、少女は唐突にその姿を消してしまったのだ。
「な、何……何だったのよ、あの子は……」
少し声を震えさせながら葵が呟く。
後ろを振り返ると真奈美がベッドの上の正輝に縋り付いて泣いている。彼が助かったのが余程嬉しかったのだろう。本当なら死んでもおかしくない状況だっただけに、その喜びはひとしおなのかも知れない。
しかし……葵は考える。
あの少女のお願い……それは一体何を意味するのか、今ひとつわからない。
(お姫様と大婆様が決別する? そんな事が本当にあり得るんだろうか?)
少なくても彼女の知る限り、大婆様は名雪を常に側に置き、その名雪はまるで操り人形のように大婆様の命令に従っている。言うならば絶対服従。次代の水瀬一族の宗主として敬いつつも、実質的に大婆様は名雪を支配している。
葵にはそうとしか思えない。
だから、名雪と大婆様が決別するとはどうしても信じられなかった。
(あのお人形のお姫様に……何か起きるって事かしらね……)
それはもう始めっているのかも知れない。
ここ数日姿を見せない大婆様と、昨日から姿を消してしまっている名雪。
何がどうなっており、それがどういう風になろうとしているのか。
神ならぬ葵にわかるはずがなかった。
 
<江戸川区清新町 07:05AM>
荒川と中川が合流する中央環状線の高架の下、何か不気味なものが浮かんでいた。
それは一見すると何かの手のようなもの。
だが、その後ろ側は何やら不気味にふくれあがっている。
それは徐々に体積を増しながら高架の柱の下から抜け、更に下流へと流されていった。
その事を知るものはまだ誰もいない……。
 
<関東医大病院 07:12AM>
霧島聖はドアを開けて入ってきた祐一を見るなり、側に駆け寄ってきた。
「大丈夫か? 何処も異常はないか? 気分が悪いとかは? 何処か動かない場所などはないか? 頭ははっきりしているか? ちゃんと自分が誰か覚えているか?」
いきなりそう捲し立てる聖を見て、祐一を唖然となり、後ろにいる国崎を振り返った。
肩をすくめてみせる国崎。
彼が助け船を出す気がないと言う事を瞬時に理解した祐一は苦笑を浮かべ、聖を見返した。
「俺なら大丈夫だよ、聖先生」
そう言って祐一はその場で軽く身体を動かしてみせた。
それを見た聖がようやく納得したように頷く。
「ならいいんだ……まぁ、とにかく入れ」
聖はそう言うと祐一と国崎を診察室の中に招き入れた。患者用の椅子を二人に勧め、自分は何時も愛用している椅子に腰掛ける。
「色々と考えてみたんだが……」
二人が腰を下ろすのを見てから聖が口を開く。
「彼が助かったのは身体の中にある霊石のおかげのようだ」
そう言って聖は祐一の身体、丁度腰の辺りに自分の拳を押しつけた。
「あの猛毒の胞子はある一定の条件下で爆発的に繁殖し、その猛毒性を発揮する。霊石はおそらく君を助ける為に一時的に全身の機能を停止させたんだろう」
聖の説明に国崎が首を傾げた。
「そんな事が出来るのか?」
「私に聞かれても困る。本人に聞いてくれ」
そう言って聖が祐一を見るが祐一は慌てて手を振っていた。
「俺だって知らないよ、そんな事は」
「だろうなぁ……と言う事は美坂に聞くしかないのか」
一人頷く国崎。
「で、聖先生。どうして霊石は俺を一時的にとは言え仮死状態にしたんだ?」
「それなんだが、あの猛毒の胞子は人間の体温、丁度35度前後で尤もその毒性を強く発揮し、尚かつ繁殖する。それに気付いた霊石が君を仮死状態にする事によって体温を下げ、猛毒の胞子の活動を止めて一気に駆逐させたんだろう」
聖の説明を聞いた祐一が驚いたように自分の身体を見る。
「へぇ……凄いものが俺の身体の中にあるんだな」
感心したように呟く祐一。
「ところで相沢君。君の事を一晩中心配していた人たちがいるぞ。彼女たちに無事な姿を見せてやって安心させてやった方がいい」
そう言って聖は微笑んだ。
祐一は、その心配していた人たちの中には聖もいるとすぐに理解し、彼女に向かって一礼してみせた。それから立ち上がるとすぐにその診察室から出ていく。
聖と国崎は慌ただしく出ていく祐一を黙って見送るだけだった。
聖の診察室を飛び出した祐一は真っ直ぐに秋子のいる病室に向かった。彼の知り合いでここにいる人間がいればおそらくそこにいるに違いない。まぁ、もう一人入院しているが、そっちに方には香里ぐらいしか行かないだろう。そう考え、秋子の病室まで真っ先にやってきたのだ。
ドアの前に立ち、呼吸を整える。それからゆっくりとノックすると中から「どうぞ」という声が聞こえてきた。
「失礼します、秋子さん」
そう言って中に入った祐一はそこで思わず立ち止まってしまった。
ベッドの上に上半身を起こして座っているのは彼の叔母である水瀬秋子。その側には彼女と共に東京に出てきた香里の妹の栞。更に彼女に寄り添うようにしてベッドにもたれかかっている一人の女性の姿を見て、祐一は思わず言葉を失っていた。
「真琴……?」
「ええ、そうよ」
秋子が祐一の呟きに反応したかのように言う。
そっと自分の側で眠っている沢渡真琴の頭を撫でてやりながら微笑みを浮かべる。
「真琴はね、祐一さんがああなった後もずっと側にいたわ。自分の責任だって言って。祐一さんは覚えてないの?」
「いえ……でもあれは真琴の所為じゃない。俺の油断だ。相手が弱そうに見えた、その油断が俺を殺しかけたんだ」
祐一はそう言って病室の中に入ってきた。
栞も、真琴もまだ眠っていて祐一が来た事に気付かない。
「散々泣いて、疲れて、眠っているんです。祐一さん、あまり心配かけちゃダメですよ」
眠っている二人を、まるで自分の子供を見るような、そんな優しい視線で見ながら秋子がそう言い、祐一は頷いた。
「秋子さんにも心配かけて、すいません」
「私は大丈夫だと思っていましたよ。祐一さんにはまだやらなければならない事がありますし、こんなところで死んでいたら姉さんが叩き起こしに来ると思っていますから」
秋子が笑みを浮かべるのを見て、祐一は苦笑した。
「お袋ならやりかねないな、本当に。俺が死んでいても『約束守れー!!』とか言って」
「やりますよ、何せあの姉さんですから」
「ですね」
そう言って互いに笑みを浮かべあう。
 
<新東京国際空港 09:43AM>
一人の男が税関を抜けてロビーに姿を現した。
サングラスをかけた細身の男。全身、洒落たスーツを着こなし、だがそれでいて軽薄さは感じさせず、隙のない身のこなし。
「やれやれ。お出迎えですか? それとも急に姿を消した事に対する違約金でも払えと?」
その男はそう言って振り返った。
いつの間にか彼のすぐ後ろに一人の女性が立っている。
葵だった。
何とか一命を取り留めた正輝と彼を看病している真奈美をおいて、彼女はこの男に会う為にわざわざここまでやって来たのだ。
「違約金なんかいらないわ。それで、何処に行っていたの?」
「あれの装備の買い付けですよ。国内で手に入るものは限られていますしね。より強力なものとなるとどうしても海外の方がいい。まぁ……あの時、少し遊びすぎた所為ではありますが」
苦笑を浮かべつつ男は言う。
「キリト君……」
「本当ですよ、葵さん。あなたに嘘をついても仕方ないじゃないですか」
そう言ってキリトと呼ばれた男は葵を振り返った。
その顔には何処か薄笑いを貼り付けて。
葵は何も言わず、只じっとキリトを睨み付けた。
肩をすくめてみせるキリト。
「やれやれ、信用されて……」
「あなたがいない間色々とあったわ。おかげで酷い目にもあったし」
キリトが言いかけるのを遮るようにそう言い、葵は歩き出した。
「そ、それについては謝りますよ。こっちが契約外の事をしたんですからね」
慌てて歩き出した葵を追いかけるキリト。
「違約金でも何でも……」
「あなたって本当にお金だけなのね?」
少し軽蔑したかのように言う葵。
それを聞いたキリトはまた口元に薄い笑いを浮かべた。
「この世の中で尤も信頼出来る物はお金ですよ。何も言わず、裏切る事もない。何の煩わしさもなく、ひたすらに便利だ」
キリトの言葉に足を止める葵。
「そう……」
少し悲しげな声にキリトも足を止めた。
「……まだあなた方との契約は切れていない。今日からまたお仕事させて貰いますよ。とりあえず手始めに葵さん、送りますよ」
そう言って笑みを浮かべるキリト。
今までの薄い笑みとは違う、屈託のない笑顔。
葵は何も言わず、只頷くのみであった。
 
<関東医大病院 09:54AM>
病院内にある食堂、そこに今、祐一の姿があった。
一人ではない、すぐ側には真琴と栞がいる。
「お前らなぁ……いくら俺の奢りだからって食べ過ぎじゃないか?」
呆れたようにそう言う祐一の前、栞はひたすらカップのバニラアイスを食べ続けているし、真琴に至ってはとっかえひっかえ何かを注文しては食べている。今はミートソースのスパゲッティの3皿目だ。この調子だと、支払額は物凄い事になりそうだ。住み込みアルバイトの身分としてはあまり歓迎したいものではない。
「昨日あれだけ心配させたんだから当然よぉ!!」
「そうです。私達がどれだけ心配したか……」
真琴と栞が口々に言う。
それを聞いた祐一は苦笑することしか出来なかった。
「ところで真琴、お前今どうしているんだ?」
3皿目のスパゲッティを食べ終わったのを見て、祐一が真琴に声をかける。
「どうしてるって?」
口元をミートソースでべとべとにしながら真琴が逆に疑問を返してきた。
「生活だよ。水瀬家を飛び出して東京に来たんだろ? どうやって生活しているんだよ? 生活感ゼロのお前が」
「あ〜、ひど〜いっ!!真琴だってちゃんとやろうと思えば出来るんですよーっだ!!」
祐一の発言にむっとしたらしい真琴が口を尖らせる。
「ありえん」
一蹴する祐一。
「あう〜、本当だって!」
瞬時に否定され、少し凹む真琴だがすぐに言い返した。
「それに別に秋子さんの所を飛び出した訳じゃないもん。ちゃんと言って、出てきたんだから」
「お前が一人で生活しているという構図がまるで思い浮かばないんだが……」
「一人じゃないもん」
「……と言うことは……天野か。そう言えば少し前に会ったな。すっかり忘れていたが」
祐一はようやく納得がいったという風に頷いた。
天野美汐。
少々性格は暗いし地味だしおばさんくさいがあれで面倒見は結構いい。多分、俺がいなくなった後、落ち込んでいる真琴をずっと慰めていてくれたのだろう。その一環として、環境の違う東京まで出てきたのかも知れない。
「と言うことはお前、今度は天野の所に居候しているのか?」
「違うっ!ちゃんと働いているもん!!」
真琴のその一言を聞いて、祐一は思わず後ずさってしまった。
栞はバニラアイスを食べながら、いきなり後ずさった祐一と真琴を交互に見比べていた。
「ま、ま、真琴がちゃんと働いているなんて……この世はもうお終いかも知れない……」
祐一はそう言うと俯いた。
「な、何て事言うのよ!!」
怒ったようにそう言って真琴が立ち上がる。
「美汐にばっかり苦労させたら悪いからちゃんとバイトしているんだから!!」
「あ、バイトか。俺はまた、お前が就職でもしたのかと思って焦ってしまったぞ」
そう言って顔を上げる祐一。
「どういう意味よ、それ……」
不服そうな真琴。
「で、何のバイトしているんですか?」
横から栞が口を挟んできた。
「えっと、保育園で保母さんのバイト」
それを聞いた祐一がガタッと椅子を揺らしてまた後ずさった。
「な、何よ、その態度……」
じっと祐一を睨み付ける真琴。
「ま、真琴……保母さんじゃなくてお前も一緒に保育されているんじゃないのか?」
恐る恐る言う祐一。
真琴は顔を真っ赤にして怒鳴りつける。
「そんなわけないでしょ!!真琴はちゃんと子供達の面倒見てあげているんだから!!」
「だから、お前も一緒に面倒見られているんじゃ……」
「祐一さん、それは言いすぎだと思いますよ」
苦笑を浮かべて栞がそう言う。
「私はこの真琴さんとはそれほど面識があるわけでもありませんけど……でも昨夜もずっと祐一さんの側から離れませんでしたし、結構責任感とか強いと思いますよ」
「栞、それはお前が真琴を知らないからだ」
ぴしっと指を立ててそう言う祐一。
「こいつが如何に迷惑でやかましくて無責任な奴だったか……ああ、思い出すのもイヤになる」
「祐一〜!!」
真琴が怒りに顔を真っ赤にして祐一に飛びかかろうとする。
それを止めたのは少し髪にウエーブのかかった美人だった。
「よしなさいよ。からかわれているってわからない?」
そう言うと、空いている椅子に腰を下ろす。
「お姉ちゃん……」
「よ、香里」
祐一は自分の隣に座った美人、美坂香里に向かって軽く手を挙げてみせた。
「完全復活って所ね。心配して損したわ、やっぱり」
そう言って苦笑する香里。
「俺は不死身だ、とか言うつもりはないがな。そう簡単に死ぬわけにはいかないって事さ」
祐一はそう言ってにやりと笑った。
「でも心配してくれてサンキューと言っておく」
「じゃ、私の分も何か奢ってね」
「おいおい」
香里がそう言ったのに、祐一は苦笑するしかなかった。
それから祐一は真琴と栞の方を見る。
「栞、それに真琴。お前らにも礼を言っておく。心配してくれてありがとう」
「そ、そんな!別にお礼を言われるような……」
「そ、そうよ!お礼なんて………そんな……」
慌ててそう言う二人。
そして真っ赤になって俯いてしまう。
それを見た香里はくすっと笑みを漏らすのであった。
 
その頃、とある病室の中。
一人の男がベッドの上で目を覚ましていた。
「気がついたようだな」
ベッドの側にいた聖がそう声をかけると男はゆっくりと身を起こした。
「ここは……?」
「病室だ。勝手に空いているところを使っている」
「何で……?」
「君は駐車場で倒れているのを見つけたからだ。酷く苦しそうにしていたので沈痛剤だけ打っておいた。そして今までずっと眠り続けていたんだ」
「そうか……」
男はそう言うと、ベッドから降りた。
「迷惑をかけた。礼は言っておくが頼んだ訳じゃない」
「私は医者だ。医者として当然のことをしただけで礼を言われるような筋はない」
聖の返答を聞いて男はにやりと笑った。
「だが礼を言ってくれるならこっちの質問に幾つか答えて貰いたい」
男はそれを聞いて笑みを引っ込め、聖を見た。
その表情には警戒の色がありありと見て取れた。
「まず君は一体何者だ?」
「何者……とは?」
男は警戒心を前面に押し出しつつ問い返す。
「そうだな、まず名前ぐらい教えてくれないか? 後出来ればこの病院に入院している長森瑞佳との関係、そしてどうして変身出来るかなども」
聖はすぐにそう言った。
予め何を問うか考えていたのだろう。
「……俺の名は折原浩平。長森とは幼なじみだ。変身に関してはあんたに答える義務はない」
折原浩平はそう言って聖を睨み付けた。
だが、聖は動じる様子すらみせない。
「いいだろう、君も何かの偶然でベルト……いや霊石を身につけたのだと勝手に思っておく。では次の質問だ。君の敵は何だ?」
「俺の敵?」
「ああ。今巷を騒がせている未確認生命体……あれは君の敵だろう? 違うのか?」
「……違うな。俺の敵は俺の邪魔をする奴全てだ」
「何故戦う?」
「あんたに言う必要があるのか?」
「是非とも聞かせて貰いたいな。君がその力で世界征服でも狙うというのなら何としても阻止しなければならないのでな」
それを聞いた浩平は笑い出した。
「はははっ、そりゃ上手いジョークだ。いくら俺が変身出来るからって一人で世界征服なんか出来るもんじゃねぇ」
それを聞いて聖もにやっと笑ってみせる。
「ああ、確かにそうだ。だが、今、君と同じように変身出来る力を持った、未確認とは違う存在も確認されている。警察関係では”未確認亜種”と呼ばれている存在が」
笑っていた浩平だったが”未確認亜種”との言葉を聞いた瞬間、その表情がきりっと締まったものに変わった。
「その未確認亜種は要人暗殺などをあちこちで行っているらしい。未確認と違い、奴らは人間の姿を巧妙に使い、何処かに紛れ込んでいる」
「そいつらの根っこは同じさ。未確認は知らないがその亜種とか呼ばれている連中はな。俺はそいつらを……」
そこまで言って浩平は物凄い違和感に捕らわれた。
何かがおかしい。
何か間違っている。
俺の敵は奴らだ……奴らのはずだ……では……何故俺はカノンを殺さなければならない?
カノンは俺のお袋や妹を奪った……俺の全てを奪った……いや、では何故俺の敵は奴らなのだ?
思わず頭を抱え込んでしまう浩平。
「どうした、折原君?」
「悪いが質問タイムはこれまでだ。世話になったな」
浩平はそう言って病室から出ていこうとする。
「では最後の一つだけ聞かせてくれ。君は何故第3号を……カノンを殺そうとする?」
第27号にやられる前、祐一が3日も目を覚まさなかった時。
祐一自身、あれは自分によく似た奴と戦った所為だと言っていた。
聖はそれに加え、昨夜香里から聞いた話からこの浩平こそ祐一と、カノンと戦い、カノンを殺そうとした張本人であることを察したのだ。
「……あいつは……あいつは俺のお袋や妹を殺したんだ!」
「……ちょっと待ってくれ。それは何時のことだ?」
やや興奮気味の浩平に対し、聖はいたって冷静だった。
「3年………そう、3年程前のことだ!」
「3年か……となるとおかしいな。彼が霊石を身につけたのはここ数ヶ月程前の話だ。3年前なら彼はまだカノンではない」
聖がそう言って浩平を見る。
すると浩平は真っ青な顔をし、その場に立ちつくしていた。
「な……な……何だと……?」
「君の母上や妹を殺したカノンは何色だ?」
「白に決まっている!」
「ふむ……では益々違うな。灰色のカノンは確認されているが白いカノンは第3号しかないな。それに灰色のカノンは5年前に死んでいる……君の仇のカノンは……」
聖が少し考えてからそう言い、顔を上げると、もうその場に浩平はいなかった。
「……果たして……また別のカノンが存在するというのだろうか……?」
彼女の疑問に答えるものはいない。
 
<関東医大病院・屋上 10:11AM>
浩平は聖の前から逃げ出すように走り出し、何時しか屋上にやってきていた。
フェンスに手をつき、額もフェンスに押しつける。
「どう言う……どういう事なんだ……」
そう呟き、再び襲ってきた頭痛に顔をしかめる。
「お袋と……みさおを殺したのは……」
徐々に激しくなってくる頭痛。
浩平はガシッガシッとフェンスに額を叩きつけた。そうすることで自分を襲う頭痛や悩みを振り払えるかの如く、何度も何度もフェンスに額を叩きつける。
彼の額に血が滲み出し始めた時、誰かが屋上へと繋がるドアを開けた。
「全く……そりゃお前らには悪いと思っているが」
ぶつぶつ言いながらでてきたのは祐一、その後には香里が続く。
「何もあれだけ奢らせる必要はないと思うぞ」
「だからゴメンって言ってるじゃない。最初のコーヒーだけで後の分は払うから」
「出来れば栞の食べたアイスの分も何とかしてくれ。あいつ、アイスになると底なしだ」
うんざりとした口調で言う祐一。
「まぁ……体が良くなってから前にも増して食べているみたいだから……」
同じくうんざりとした表情を浮かべる香里。
「なぁ、香里。栞に忠告しておいてやれよ。糖尿病になるぞって」
「もう無駄よ……」
二人してため息をついてみる。
そこで二人はフェンスに頭を打ち付けている浩平の存在に気がついた。
「……あれは……」
浩平の姿を見た祐一が彼に近寄ろうとする。
「ちょっと……」
歩き出した祐一の肩を香里が掴んで止めた。
「相沢君、あそこにいるのがあなたに想像以上のダメージを与えた第3号亜種とか呼ばれている奴よ」
「ああ、知っている」
「それじゃ話が早いわ。あいつには近寄らない方がいいと思うけど?」
そう言った香里の目は真剣そのものだった。
だから祐一も真剣な顔をして彼女を見返して言う。
「あいつとは一度きちんと話してみたいと思っていたんだ。それに……特に初めて顔をあわせるわけでもないし……」
香里の手を外し、祐一はフェンスの側にいる浩平に近寄った。
浩平はまだ額をフェンスに打ち付けていて、祐一が近寄ってくるのに気がつかなかった。
「よせよ、折原」
そう言って浩平の肩に手をかける。
すると、浩平はさっと振り返り、素早く祐一の手を取ると彼と身体を入れ替え、彼をフェンスに押しつけた。
「なっ!?」
驚いたような声を上げる祐一に、浩平ははっと我に返ったようだ。慌てて掴んでいた祐一の手を離す。
「あ、ああ……悪い……」
浩平はそう言って祐一から離れると、血が流れ出している自分の額を手で押さえた。
「……お前は……確か……」
「相沢祐一だ。本坂さんの所であったことあるよな、あんたとは」
そう言ってニッと笑ってみせる祐一。
「ああ……そうだったな……」
浩平はそう言って口元に笑みを浮かべた。
確かに記憶にある。親父さんの最高傑作のオリジナルマシン、ロードツイスターの所有者。バイク乗りとしての腕も決して悪くはない。
「こんなところで会うとは奇遇だな。何処か身体でも壊したのか?」
「まぁ、似たようなもんだ。で、あんたは?」
「俺か? 俺は……」
そう言いかけて浩平は黙り込んだ。
何故自分がここにいるのだろう?
始めは長森瑞佳に会いたかったはずだ。だが今の自分に彼女に会う資格など無く、一度は帰ろうとした。だが、それをここの医者に引き留められ、そしてカノンが死にかけていることを知った。それで教団が現れるはずだと思って……。
そう説明して祐一にわかるとは思えなかった。
「まぁ、いいじゃないか」
「ああ、そうだな。それよりも話があるんだよ、あんたに」
祐一はそう言うと浮かべていた笑みを引っ込め、真剣な表情で浩平を見た。
「俺に話?」
「ああ」
怪訝な顔をする浩平に向かって祐一はにやっと笑ってみせた。
「あんたが探している奴の話だ」
「何っ!?」
浩平は驚いたような顔をして祐一に掴みかかった。
「何でお前が知っている!?」
「その前に聞かせてくれ。何であんたはそいつを狙うんだ? 何でそいつを殺さなくちゃならないんだ?」
自分の胸ぐらを掴んでいる浩平の手を上から掴みながら祐一が言う。
「お前には関係のないことだ!」
「そいつは自分が何で殺されなければならないのかわからないって話だぜ?」
「何っ!? 俺のお袋と妹を殺しておいて、よくもそんなことを!!」
浩平は既に怒りに我を忘れたようだ。祐一を掴んでいる手に異常なまでに力が入っている。まるで彼を絞め殺そうと言わんばかりに。
「ちょっと!よしなさいよ!!」
そう言って横から浩平の手を掴んだのは香里。黙って見ていられなくなったのだろう。たまらずに飛び出してきたに違いない。
「相沢君は関係ないじゃない!」
香里はそう言うと浩平の手を祐一から離した。
「あ…ああ、済まない……」
浩平は我に返ったような顔をし、そう言って俯いてしまった。
「だいたいねぇ、何であなたの家族をカノンが殺さなくっちゃならないのよ!カノンは私達の味方なのよ!!」
香里が激しい口調でそう言うと、浩平は顔を上げた。
「カノンが味方……?」
「そうよ!何時だって、誰にもわかって貰えなくったって、自分だけが傷付いて、それでも戦っている……それがカノンという存在なのよ!!それなのに……どうして……」
言いながら香里の目には何時しか涙が浮かんでいた。
浩平は香里の目に浮かんだ涙を見て流石に怯む。
「だ、だが……確かに奴は俺の家族を……」
「それは何時の話なんだ?」
そう言ったのは祐一だった。
「あ、ああ、3年程前の話だ……」
浩平が何とかと言った感じで答える。
「……それじゃあ、ますます違うな。カノンは事実上5年前と今しか存在していない。仮に折原、あんたの家族を殺したのがカノンだとしてもそれは今お前が追っているカノンじゃない」
「どう言う……意味だ?」
浩平はそう言って祐一を睨み付けた。
「あんたが殺そうと躍起になっているカノンは俺だよ」
あっさりと祐一が言い放つ。
「な、何だ………と?」
浩平は驚きのあまり、一瞬何も言うことが出来なかった。
「俺があんたに何度も殺されかけたカノンだって言ったんだ」
一方の祐一は平然としている。
「俺とあんたはあの時、本坂さんの店で始めて出会った。それに俺がカノンになったのは5年前と今だけだ。今って言ってもほんの3,4ヶ月前でしかない。俺があんたの家族を殺すことは不可能なんだよ」
冷静にそう言う祐一だが、浩平はほとんど聞いていなかった。
彼は今、自分の目の前にいる祐一がカノンであるという事実に未だ驚愕していたのだから。
「……そうか……なら相沢、俺と戦え」
しばしの驚愕と沈黙の後、浩平はそう言って祐一から少し離れた。
「お前が死ぬか俺が死ぬか、そのどっちかだ」
そう言って身構える浩平。
「何でだよ!!俺にはお前と戦う理由はないって!」
両手を広げ、戦う意志がないことを見せながら祐一が言う。
「お前になくても俺にはある。お前がお袋やみさおを殺した奴であろうと無かろうと関係ない!!行くぞ!!変身っ!!」
そう言って変身ポーズをとる浩平。
「問答無用って訳か!!なら!!変身っ!!」
同じく変身ポーズをとる祐一。
浩平の姿がアインとなり、祐一の姿がカノンへと変わる。
少し腰を落とし、身構える両者を見て香里は叫んでいた。
「何で……何でなのよ……ダメェェェェェェェッ!!」
その叫び声を合図に駆け出すアインとカノン。
 
アインとカノンが戦い始めるのを遠くのビルの上で一人の老婆がじっと見ていた。
「フフフ………ようやく始めおったな。どちらが生き残りどちらが死のうと構わん。まぁ、アインには何とかカノンを倒して貰いたいものじゃが……」
そう言って笑みを浮かべる老婆。
「まぁせいぜい頑張って殺し合うがいいわ。水瀬の異端児、相沢祐一。破壊の戦士、折原浩平。どちらが生き残ろうとそこに待っているのは地獄じゃからな」
それだけ言うと老婆はその場から姿を消した。
 
<都内某所・廃工場の中 10:17AM>
一台のアメリカンバイクが中に入ってくる。
「やれやれ、随分と遅くなりましたね」
バイクに乗っていた青年、キリトはそう呟くと同時にエンジンを切る。
空港での言葉通り葵を彼女のマンションまで送ってからこの隠れ家にしてある廃工場まで戻ってきたのだが予想以上に時間がかかってしまっていた。
同じように廃工場の中に放置してある一台のトレーラー、その中に隠してあるPSK−02の調整を今から始めたらかなり遅い時間までかかるだろう。
「まぁ、とりあえずしばらくぶりですから始めますか……」
何処か諦めたかのように呟き、トレーラーに入ろうとして、キリトは足を止めた。
かけていたサングラスを外し、じっと廃工場の中を見回す。
「……出てきたらどうです?」
廃工場のある一点を見据えて、キリトが言う。身体はいつでもトレーラーの中に飛び込めるようにしておきながら。
まだ午前中だと言うのに薄暗い廃工場の一角からすっと姿を現したのは黒い姿の怪人。全身の所々に金属的な輝きが見え隠れしているのがその不気味さを増している。黒い帽子の下から覗く不気味な光を立てている目がキリトを捕らえた。
「キリト……ダナ?」
黒い怪人がそう言って一歩前に出てくる。
キリトは素早くトレーラーの中に飛び込んだ。
「逃ガスカッ!!」
黒い怪人がトレーラーの中に飛び込んだ彼を追ってトレーラーの中に入ってくる。
トレーラーの中は更に暗く、前方がはっきりと見えない程であった。
黒い怪人は奧を見透かすようにじっと中を覗き込んでいる。
「ドコダ……」
「ここにいますよ」
中からキリトの声が聞こえ、同時にマズルフラッシュ。
黒い怪人は身体に銃弾の直撃を受け、吹っ飛ばされた。
「ナッ!?」
吹っ飛ばされた黒い怪人が、身を起こしてトレーラーの方を見るとトレーラーの中からダークブルーの強化装甲服・PSK−02が姿を現した。
「どう言うつもりかは知りませんが……そう簡単に殺されたりするわけにはいかないのでね」
PSK−02は手に持っていたサブマシンガンを降ろし、倒れている黒い怪人を見下ろした。
黒い怪人はPSK−02の姿を見るとにやりと笑った。
「面白イ……」
そう言うと、黒い怪人は立ち上がった。そしてかぶっていた帽子を脱ぎ捨て、その姿を露わにした。
全身の至る所に金属部品を埋め込み、パワーアップした未確認生命体第2号、ガダヌ・シィカパ。
「オ前ニハ死ンデ貰ウ……」
ガダヌ・シィカパはそう言ってPSK−02に向かって飛びかかった。その動きは想像以上に早く、PSK−02は再びサブマシンガンを構えようとしたが間に合わず、あっさりとサブマシンガンを弾き飛ばされてしまう。
「何っ!?」
だが、驚いている間もなく、PSK−02はガダヌ・シィカパの金属の左手による一撃を受けて吹っ飛ばされていた。
廃工場の床に叩きつけられ、埃を舞い上げるPSK−02。
「くそっ……」
そう言って身体を起こす。
トレーラーの方を見るが、もうそこにガダヌ・シィカパの姿はない。
「何!? 何処に……」
キリトの声にセンサーが反応し、姿を消したガダヌ・シィカパを探し始めるが、それよりも早く、ガダヌ・シィカパはPSK−02の真上から襲いかかってきた。
空中から立ち上がりかけていたPSK−02に向かって蹴りを放ち、再び吹っ飛ばす。
今度は壁際においてあった廃材などを派手に吹っ飛ばし、そのまま倒れてしまうPSK−02。
ガダヌ・シィカパはすっと床に降り立つと、動かないPSK−02を見やった。
PSK−02を装着しているキリトは気でも失っているのかぴくりとも動かない。それを見て安心したのか一歩一歩近寄ってくるガダヌ・シィカパ。
ガダヌ・シィカパがPSK−02の足下にまで来た時、いきなりPSK−02が起きあがり、ガダヌ・シィカパに向かってパンチを叩き込んだ。
今度はガダヌ・シィカパが吹っ飛ばされる。
「なかなかやってくれますね……さて、このPSK−02は重装甲重武装がウリなんですが決して格闘戦も不得手というわけではないと言うことを教えてあげましょう」
キリトは吹っ飛んだガダヌ・シィカパに向かってそう言うと、ゆっくりと歩き出した。
倒れたガダヌ・シィカパは首を左右に振ってから起きあがった。
「オ前ヲ……殺ス……」
そう言ってガダヌ・シィカパは地を蹴ってPSK−02に向かってダッシュした。
金属化された左手を振り上げ、PSK−02に襲いかかるが、その一撃を左手で受け止めるPSK−02。腕の部分の装甲と金属化した手がぶつかり、火花を散らす。
「甘いですよ!」
そう言ってガダヌ・シィカパのボディにパンチを叩き込むキリト。
身体を九の字に曲げるガダヌ・シィカパ。
そこに左の肘を首筋に落とし、ガダヌ・シィカパを地面に叩き伏せさせる。更に倒れたガダヌ・シィカパの顔面に蹴りを叩き込み、吹っ飛ばしてしまう。
「その程度の力で私を殺すとは……また大きく出たものですね」
吹っ飛ばされ、地面に叩きつけられたガダヌ・シィカパを見ながら呆れたように言うキリト。
ガダヌ・シィカパは倒れたまま動けない。何とか起きあがろうとしているのだが、ダメージが大きすぎるのか、全く動けない様子だった。
「さて、このまま素手で相手をしてあげてもいいんですがね、あまり手を汚すのは好きじゃないものでして……」
PSK−02はそう言うと、トレーラーの方に向かって歩き出した。
トレーラーの中にはこのPSK−02用に調整しておいた重火器がまだ幾つか残っていた。それでとどめを刺そうと言うつもりらしい。
「ク……クウ……」
何とか起きあがろうとするガダヌ・シィカパだが、やはり身体に力が入らない。
キリトはガダヌ・シィカパが動けないのを確信しているのか平気で背中を向け、トレーラーの中に入っていった。
「さて、あまり派手なものは使えませんが……」
そう言ってトレーラーの中を見回した時だった。
PSK−02のセンサーがトレーラー内にいる何かをキャッチしたのだ。思わぬ所に現れたその何かに思わずキリトは身構えていた。
「フフフ……キリト……」
不気味な低い声が聞こえてくる。
だが、その声を聞いてキリトは安心したかのように身体の力を抜いた。
「やれやれ、誰かと思ったら……」
肩をすくめながらそう言いかけた時、いきなり彼の身体を物凄い衝撃波が襲った。まるで木の葉が風に舞うかのように吹き飛ばされるPSK−02。
「うおおっ!?」
トレーラーの中から吹っ飛ばされ、地面に叩きつけられるPSK−02。全身の装甲のあちこちから火花が飛んだ。
「な、何が……」
自分でも何が起こったのかわからない。
いきなり衝撃波を喰らわされたことだけは理解出来るのだが、何故自分が衝撃波を浴びせられたか見当もつかなかった。
「な、何故です……俺はあなた方の……」
そう言いかけた時、センサーが新たな警告音を鳴らした。
いつの間にか復活したガダヌ・シィカパが猛然とPSK−02の上へと飛び降りてきたのだ。
バシッと倒れているPSK−02の胸の上に足を踏み降ろし、PSK−02を見下ろす。
「死ネ……」
ガダヌ・シィカパはそう言うと左手を振り上げた。
「くうっ……」
何とか身体を動かそうとするキリトだが、何故か身体は彼の言うことを聞かなかった。
金縛りにあったように少しも身体が動かない。
首だけは動くので何とか必死に動かし、トレーラーの方を見ると、そこには一人の不気味な老婆の姿がじっとこちらを見つめている。
「お……おお……お前はっ!?」
声を絞り出すキリト。
「お前は何を企んでいると!!」
ガダヌ・シィカパの左手が振り下ろされた。金属製の鋭い爪がPSK−02の装甲をいとも容易く切り裂いてしまう。そこに生まれた隙間から血が噴き出した。
それを見ながら老婆は口元を歪めて笑みを作る。
「フフフ、死ぬがいい。そして生まれ変わるのだ、キリトよ。お前はこの婆が最高の戦士として生まれ変わらしてやる」
PSK−02は全く動けないまま、一方的にガダヌ・シィカパの攻撃を受け続けている。その装甲はもはやズタズタであちこちから火花を飛ばし、更に血も吹き出していた。
ガダヌ・シィカパはPSK−02をボロボロにすると、両手で持ち上げた。そして足の裏にあるブースターを作動させ、上昇していく。
廃工場の天井を突き破り、そのまま更に上昇。廃工場が小さな点に見える程まで上昇したガダヌ・シィカパはにやりと笑った。ここから落とされてはPSK−02が如何に重装甲であろうと関係ない。
「サラバダ……」
そう言うと、ガダヌ・シィカパはPSK−02を下に向かって投げ落とした。
「うわあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
キリトの絶叫が轟く。
 
<都内某所・とあるマンションの一室 10:32AM>
窓の側に立ち、外を見ている葵。
その耳にキリトの絶叫が聞こえたような気がし、はっと顔を上げる。
「キリト君!?」
葵は慌てた様子で上着を掴むとその部屋から飛び出していった。
 
<江戸川区臨海町 10:38AM>
3時間程前は手だけだった”それ”は今ではかなり大きくなっていた。
手だけではなく、全体的に人の姿を形作っている。
丁度”それ”が下水処理場の側を流れていこうとした時だった。
”それ”の手がぴくっと動き、川岸を掴んだのだ。
そしてそのまま身体を引き寄せ、川から上がっていく。
その姿は……今朝方早くにカノンによって倒されたはずの未確認生命体第27号リガチ・コバルそっくりであった。
 
Episode.41「決闘」Closed.
To be continued next Episode. by MaskedRiderKanon
 
次回予告
死闘を繰り広げるカノンとアイン。
その結末は予想もしないものであった。
浩平「俺は……俺は……」
雪見「予想以上の生命力……これが本当の武器だったのね」
復活を果たしたリガチ・コバルが猛威を振るう。
雪辱戦に燃えるPSK−03に迫る危機。
潤「ま、まさか……そんなことが……」
葵「お願い!キリト君を助けて!!」
老婆の罠、知らず知らずのうちにはまりこむキリトと葵。
そして、カノンの身に起こる謎の現象!
祐一「変身っ!!」
次回、仮面ライダーカノン「変異」
目覚めろ、新たな力!

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