<関東医大病院 21:07PM>
手術室のドアが開き、中からストレッチャーに乗せられ、呼吸器や点滴をつけた相沢祐一が運び出されてきた。その顔色はまるで死人のように青白く、生気がない。
「祐一っ!!」
そう言ってストレッチャーに駆け寄ったのは沢渡真琴。
泣きそうな顔をして祐一を見る。
「邪魔をしないで下さい!」
看護婦の一人がそう言って真琴をストレッチャーから離れさせる。
よろけそうになった真琴を支えたのは側にいた美坂香里だった。
そんな二人の前を祐一の乗ったストレッチャーが通り過ぎていき、すぐ近くにあった集中治療室に入っていく。
そこに足音が聞こえてきたので、振り返ってみると酷く疲れた表情の霧島聖の姿がそこにあった。
「……聖先生……」
香里が声をかける。
「相沢君は……大丈夫……なんですよね?」
不安げな問いかけ。
その問いに真琴も、同じくその場にいた国崎往人と美坂栞も聖を見る。
「済まない……手は尽くした……」
そう言って俯く聖。
未確認生命体第27号の魔の手によって倒れた祐一。
6時間にも及ぶ手術にもかかわらず彼女の手には負えない。
その場に泣き崩れる真琴と栞。
香里は呆然としたまま、その場に立ちつくす。
国崎は何も言わずにドンと壁を強く叩くとその場から去っていった。
 
それより少し前。
同じ関東医大病院のある病室の前に一人の青年が立ちつくしていた。
何度かドアをノックしようと手を挙げるのだが、躊躇ったあげく降ろしてしまう。
「今更……どんな顔をして会えるって言うんだ……」
そう呟き、青年はドアの背を向けた。
絶えず襲い来る激しい頭痛に耐えながら歩き出す。
青年の名は折原浩平。
戦士・アインに変身することの出来る青年。
浩平はふらふらと病院内を彷徨う。その足が何故か手術室の方に向いていたことに彼自身気がつかない。
足下がふらつき、思わず壁に寄りかかってしまう。
その時、彼はいきなり胸ぐらを掴みあげられた。
「あんたと……あんたと戦いさえしなければ!!相沢君がこうなることはなかったかも知れないのに!!」
自分の胸ぐらを掴みあげた女性、香里が目に涙を浮かべながら言う。
「違う!その人は何も悪くない!真琴が……真琴があの時、声をかけたから……」
そう言って真琴が泣きながら香里の手に縋り付く。
浩平の胸ぐらを掴んでいる香里の手から力が抜けた。
「一体……何が……?」
訳がわからないと言った表情で浩平が呟く。
その彼の前で、香里、真琴、そして栞は涙を流すことしか出来ないでいた。
 
仮面ライダーカノン
Episode.40「希望」
 
<警視庁未確認生命体対策本部 21:39PM>
国崎がその会議室に戻ってくると行方を眩ませている未確認生命体第27号についての捜査会議の真っ最中であった。
「こら、居候!!何処ほっつきまわっとってん!!」
入ってきた国崎を見るなり怒鳴り声をあげたのは神尾晴子。
この未確認生命体対策本部のNo.2格である。
「ああ、済まない」
あまり元気のない声で答える国崎。
そのまま席に座り、ガクッと肩を落とす。
「何や? どないかしたんか、あいつ?」
国崎の落ち込んだような様子を見て、晴子が隣に座っている住井護に尋ねる。
「何でも知り合いが第27号の被害にあったとか」
住井がそう答え、晴子は国崎の方を見た。
「居候にも知り合いなんておったんやなぁ」
「そりゃいるでしょう。ほら、よく何処かの喫茶店の人と会っているって話だし」
「ああ、あの未確認とよく遭遇する奴のことやな。確か相沢とか言うた」
「で、君たちはいつまでこそこそ話を続けているのかね?」
未確認生命体対策本部本部長である鍵山が晴子と住井の方を見て注意する。
「あ、すいません」
晴子がそう言って苦笑した。
「では続きを頼む」
「あ、はい」
そう言って立ち上がったのは元N県警鑑識課の職員、現在は未確認生命体対策本部付の鑑識員で科警研に出向中の南であった。
「所轄の鑑識から預かったサンプルを分析した結果ですが、同じものが倉田重工の方からも送られてきています。その結果ですが」
南は言いながら資料を他のものに配っていく。
その資料を見た誰もがどよめいた。
「黴?」
晴子が驚いたような声を上げた。
「黴ってあの?」
「はい。あの、黴です」
南が頷く。
「それもかなり強い毒性を持った黴です。これを体内に注入されたら人間は勿論、象だってほんの1分もあれば絶命するでしょう」
それを聞いた国崎が顔を上げた。
「……そんな……」
今はかろうじて生きている祐一。
それはおそらく彼が戦士・カノンであるからであろう。だが、それも時間の問題かも知れない。
「それと先程関東医大病院に電話して聞いたことですが、第27号の被害者の解剖の結果、その体内は黴に浸食されており、中にはボロボロに腐食、そのまま崩れ落ちたと言うこともあったそうです」
南の報告にどよめきが会議室内に広がる。
「おっそろしい黴やなぁ・・・」
晴子が呟き、隣の住井も頷く。
「今度から気ぃつけよ」
「・・黴・・南さん、相手が黴ならその特性が出てきていませんか?」
住井がそう言うと、南は待ってましたとばかりに頷いた。
「元々黴というものはじめじめとした高温多湿なところに発生する傾向が強いです。この毒黴も同じでして、高温多湿なところ、温度で言うならだいたい34度から38度の間で一番よく繁殖するようです」
「34度から38度って言うたら人間の体温とだいたい同じやな。つーことは人間の身体はその毒黴にとって一番ええ繁殖の場所言うことになるな」
資料を見ながら晴子が言う。
「そう言うことになります。ですが、逆に言えば使える場所は限られてくる訳でして」
南がそう言って会議室内のあるホワイトボードの所まで行き、そこに広げられている地図を指さした。
「第27号が始めに出現したのは新宿区歌舞伎町。PSK−03との戦闘によりダメージを受けているようなのでまだそう遠くには行っていないと思います」
「では南君、君は新宿区を中心に警戒した方がいいと?」
今度は鍵山が口を挟んだ。
「はい。それも繁華街の路地などじめじめとした場所、そこを中心に。エアコンの室外機などで高温多湿を保たれているような場所があればそこに潜伏している可能性は高いと思われます」
頷いて言う南。
それを聞いて鍵山は立ち上がった。
「諸君、聞いての通りだ。新宿区内の繁華街を主に警戒。路地などそこに第27号が潜伏している可能性がある以上、迂闊な立ち入りは禁じる。それと全員ガスマスクを所持するように。その手配はもう終わっているな、神尾君?」
「はい、第27号が行方を眩ませた直後に手配済みです。後新宿区内の各所轄にも応援を頼み、そこにも行くよう手配しておきました」
晴子の返答を聞き、鍵山は満足げに頷いた。
「ではこれで解散する!諸君、全力で頼む!!」
「はいっ!!」
皆が一斉に立ち上がる。
その中、国崎は呆然と座ったままであった。
「どないしたんや」
まるで覇気のない国崎を心配したのか晴子が声をかけてきた。
「……いや、何でもない」
そう言って立ち上がる国崎。
「何でもないって顔や無いな。知り合いが第27号にやられたって聞いたけど、仇討ちたかったらもっとしゃきっとし!」
晴子はそう言うと国崎の背を思い切り叩いて、会議室から去っていく。
「ああ、わかっている。わかっているさ」
国崎はそう言うと、会議室から出ていった。
 
<倉田重工第7研究所 21:52PM>
ガラスの向こう側、そこにPSK−03が無人のまま、置かれていた。
自動修理装置の置かれているある研究室であるが、今そこにはPSKチームの3人、七瀬留美、北川潤、そして斉藤の他にも装備開発部主任深山雪見、そして所長である倉田佐祐理の姿もあった。
「PSK−03のマスクや各パーツに付着していた青紫の粉末状のものが第27号の身体から噴出したものです。恐ろしいまでの猛毒性を持ち、更には電波をある程度ジャミング、センサーすら無効化するというきわめて特異な性質を持っています」
留美が報告書を見ながらそう説明する。
「PSK−03には装着者の生命を維持する為に生命維持モードとして様々なものを搭載しています。エアフィルターを始めとするその大半があの青紫の粉末状のものによって使用不能に近い状態にされました」
「で、その修復は完了しているんですか?」
佐祐理が口を挟むと、留美は小さく頷いた。
「サンプルを取った後、すぐに洗浄、更に各パーツの交換を行い生命維持モードは完全に回復しています」
「で、その粉末状のものですが先に届けたサンプルを分析した結果、黴だと言うことが判明しました」
今度は斉藤が口を開いた。
「いわゆる胞子と言うものですが摂氏34度から38度中で最も強く繁殖、そしてその毒性を発揮するようです」
「つまり吸い込んだらお終いって事ね」
そう言ったのは雪見だった。
「人間の平均体温とそう変わらない温度で繁殖したりするんなら、体内に入ったら完全にお終い。多分、肌に触れてもやばいんじゃない?」
「おそらく。関東医大病院にて行われた解剖の結果ですがその黴は体内で繁殖、中には内臓をボロボロにされ、崩れ落ちたという報告もあるくらいです。肌に触れたらそこから繁殖、あっと言う間に全身を黴に覆われ、その毒素を受けて死に至るでしょうね」
「北川さんは大丈夫だったんですか?」
佐祐理がそう言って心配そうに潤の方を見る。
「俺は全身を特殊防護スーツで覆っていましたから」
「後、その黴ですが温度の変化に弱く先程言った温度から外れた場合、あっさり死滅すると言うことがわかっています」
斉藤が報告書を見ながらそう言った。
「これは北川さんの着ていた特殊防護スーツに付着していた黴から得たデータです。ある程度繁殖した後、一気に死滅。これはおそらく北川さんが第27号の胞子を浴びた後、移動したことで温度に変化があったのではないでしょうか」
「……北川君、その防護スーツ、Kトレーラーの中で脱いだはずよね?」
雪見がそう言って潤を見た。
「はい、そうですが?」
「聞きたいんだけど、第27号とは何処で交戦したの?」
「新宿です」
「そうじゃなくって、どう言った場所だったか聞きたいの。七瀬さん、覚えてる?」
「確か狭い路地だったと思います。建っているビルとビルの間が狭くブレイバーバルカンを持ったまま振り返ることが出来ないくらいに」
留美がそう言い、はっと何かを思いだしたような顔をした。
「そう言えば湿度が物凄く高かった!それにビルのエアコンとかの室外機の所為でかなり温度も……」
「つまり北川君がその路地から出てKトレーラーに戻ってくる間にその黴は死滅したと言うことになるわね」
雪見と留美が頷きあう。
「あの………どういう事かわからないんですけど?」
潤がそう言うと、留美と雪見が彼の方を見た。
「北川君、君はきわめてあの黴が繁殖しやすい場所で戦闘をしていたの。でも相手は逃げてしまったし、PSK−03もダメージを受けた。その時点でもう例の黴はあなたの身体に付着していた。そこからその路地を出るまでの間、やはり繁殖しやすい温度だったから黴は繁殖。でも路地を抜けると黴が繁殖しやすい環境から一気に成長しにくい環境に変わってしまった」
「さっき斉藤君が言った通り、あの黴は34度から38度の間で最も成長する。でもそれ以外の温度だとあっと言う間に死滅してしまう。多分路地の中は34度から38度の間で、そこから出たらそれ以下の気温だった」
「それで黴は全滅、と言うわけ」
「は、はぁ……」
留美と雪見の説明に曖昧な返事を返す潤。
「防護スーツは基本的に体温を外に逃がさないようになっていますからね。それに今日はじめじめしていましたがそれほど暑くなかったし。あの黴もそうそう繁殖出来ないでしょう」
斉藤がそう言ったので潤が驚いたように彼を見た。
佐祐理はとりあえず苦笑を浮かべながら、留美と雪見の方を振り返る。
「第27号に対して有効な手段はありますか?」
「いくつか考えられますね。まずは相手を焼いてしまうと言うこと」
そう言ったのは留美だった。
「これにはブレイバーノヴァが使用出来ると思います。レーザーの焦点を変えれば火炎放射器みたいな使い方が出来ると思いますが?」
「まぁ、確かに出来るけどね。まだ改良が終わってないわ」
雪見があっさりとそう言い、留美の意見を却下した。
「所長、私に考えがあるんです。時間を頂きたいんですが」
真剣な表情をして佐祐理に向き直る雪見。
「……どう言ったお考えかお聞かせ願います?」
にっこりと笑みを浮かべて佐祐理がそう言う。
「はい、冷凍ガス弾を使用したいと思います。ブレイバーバルカンのグレネードモードで使用出来るよう調整したいので時間が欲しいんです」
「なるほど。確かに冷凍ガスなら通用する……」
留美が雪見の考えを聞いて頷いていた。
「わかりました。何時また出撃することになるかわかりません。大至急お願いします」
「はい、では早速!」
雪見は佐祐理の返事を聞くと同時にその研究室から出ていった。
閉じられるドアを見てから佐祐理は潤の方を振り向く。
「北川さんは身体を休めておいてください」
「いや、俺は……」
「北川さん、あなたの身体が一番酷使されているはずです。いつでも万全のコンディションで戦闘に望めるよう、気をつけてください」
厳しい佐祐理の声に潤は頷くしかなかった。
 
<新宿区某所 22:38PM>
薄暗い路地をガスマスクをつけた警官達が進んでいる。
その先頭に立っているのはライフルを持った住井護。
この路地の奧に不審な人影があるとの報告を受けて、細心の注意を払いながらその路地に突入しているのだ。
しばらく路地の中を進むとその先に誰かが踞っているような姿が見えた。
ごくりと唾を飲み込み、ライフルを構える住井。そっと踞っている人影を他の警官達と共に取り囲む。
警官達と頷きあい、住井は踞っている人影に手をかけた。
「ひぃぃっ!!」
肩を住井に掴まれた人影が悲鳴を上げた。
思わずびくっと身体を震わせる住井、周囲の警官達は慌ててライフルの銃口を人影に向ける。
「ま、待てっ!!」
制止の声を上げたのは住井だった。
側にいた警官の持っている懐中電灯を借り、人影を照らしてみるとその人影は何と言うことはない、ただの浮浪者であったのだ。
「な、な、何だよ? 俺が一体何したってんだよ?」
浮浪者がやけに物々しい警官達を見て悲鳴に近い声を上げる。
それを聞いた警官達がほっと安堵の息を漏らし、住井も気が抜けたかのように肩を落としてガスマスクを取った。
「お騒がせして申し訳ありません。この付近は危険です、すぐに退去してください」
住井はそう言うと立ち上がり、警官達に戻るよう指示を出す。それから携帯電話を取りだした。
「住井です。外れですね、ここにいたのはただの浮浪者でした。引き続き、付近の警戒を続けます」
それは警視庁内にある対策本部への連絡であった。
 
<港区新橋駅付近 22:43PM>
駅から降りる階段に数名の男女がたむろしていた。
ストリートライブやストリートダンスなどに興じている若者達。近くのコンビニで買ってきたらしいジュースの缶やらペットボトルやらお菓子の袋が散乱しているのはいただけないが。
その階段の一番上にすっと立つ人影。
青白い顔をした細身の男。だが前とは違い、何処か明るい顔をしている。彼はたむろしている男女を見下ろすと、にやりと笑った。
一段一段階段を下りていく。
たむろしている男女の横を通り過ぎ。
また一段、また一段、下へと降りていく。
階段を下へと降りていく青年の後ろ、そこには霧状の何かが漂っていた。それは風に乗って空気中に広がっていき、たむろしている男女を包み込んでしまう。
彼が階段を降りきり、振り返ると、階段の途中には苦しみ悶えながら倒れている男女の姿。
それを見た青年の顔が歓喜に歪む。
「フッフッフ……はっはっは……はーっはっは!!」
高らかに笑いながらその青年は真の姿へと変わっていく。
未確認生命体第27号リガチ・コバル。
青黴にも似たその姿の怪人の放つ猛毒の黴。それは科警研や倉田重工第7研究所が分析した時よりもより脅威を増していた。
一定温度でしか活動出来ないはずの猛毒の黴は今や常温での活動を可能とし、より猛毒性を増している。しかし、その反動か、その活動時間は短くなっていた。
リガチ・コバルは左手首につけたブレスレットの勾玉を倒れている人数分だけ動かすとその場から立ち去っていった。
それから1時間後、この場に未確認生命体対策本部の刑事達を中心とする一団が現場検証の為にやって来ていた。
そこに国崎がやってくる。
「済まない、遅くなった」
そう言って現場を取り囲んでいる警官に軽く挨拶すると、現場の中に入っていく。
現場検証を行っている鑑識職員などの中には南の姿や晴子の姿もある。
「一体どうなっているんだよ?」
南に向かってそう声をかける国崎。
「……わかりません。あの黴が急に強力になったとしか……」
「強力?」
「はい。この通り常温でも活動出来るようになったみたいで……」
信じられないと言った感じで言う南。
「まぁ、黴っちゅうもんは元々順応性とか適応性とかそう言うもんが高いからな。そう言う風に進化しても不思議はないと思うけど」
そこにやってきた晴子がそう言う。
「確かにそうですが……ここまで成長の早い黴なんて生物学上……」
「相手は未確認生命体だ。そう言うことがあっても不思議じゃない」
国崎はそう言うと南の肩を叩いた。
「お前が気にする事じゃない」
落ち込み気味だった南は国崎の言葉に頷くと、他の鑑識の元へと向かっていった。
「せやけど、そうなると厄介やな」
「ああ、新宿だけじゃない。何処に現れるかわからない上に、何処でも使用出来るあの黴……厄介事だらけだ」
晴子と国崎の表情が曇る。
長い夜はまだ始まったばかりだった。
 
<関東医大病院 23:17PM>
集中治療室の前、長椅子に栞と香里が並んで座っている。
中が見渡せる窓の側には真琴がへばりついていて、じっと中で眠っている祐一を見つめていた。
香里は少し心配そうに真琴の背中を見つめている。隣に座っている栞は泣き疲れたのか先程から寝息が聞こえてきていた。
「ねぇ、座ったら?」
真琴の背中に向かって声をかけるが、彼女は首を左右に振った。
「いい。祐一のこと見てる」
「でもずっと立ったままじゃ疲れるでしょ?」
「別にいいの」
真琴からの返事は素っ気ないものだった。
それに苦笑を浮かべつつ、香里は腕時計を見た。
午後11時を回り、もうじき11時半になろうかという時間だ。
香里はため息をつき、肩を落とした。
このまま、何もしないでこの場にじっとしていることが酷く無駄に思えてくる。集中治療室にいる祐一は絶対に死なない。何故かそう言う確信が彼女にはあった。理由はわからない。もしかしたら、過去、確実に死んでいたはずの祐一が目の前に生き返ったのを見たからだろうか。あのような奇跡がまた起こるとは思えないが、それが彼女にとっての希望でもあった。
ふと、足音が聞こえてきたので顔を上げると聖が側にまでやって来ていた。
「聖先生」
隣で眠っている妹を起こさないよう注意して立ち上がる香里。
聖は別にいいと手で彼女を制するがそれでも香里は立ち上がる。
「お疲れさまです」
「ああ、いや仕事だからな。ところで彼の様子はどうだ?」
ついさっきまで聖は運び込まれてきていた第27号による被害者の検死解剖を行っていたのだ。6時間にも及ぶ祐一の手術の後だけにその顔に浮かぶ疲労の色は濃い。
「今のところ何とも。もっとも私にはわかりませんけど」
「時々酷く苦しそうだった。ねぇ、本当に祐一、大丈夫なの?」
真琴が聖を振り返って尋ねる。
その顔は涙でもうぐしゃぐしゃだ。
「……大丈夫、だと信じたい。少なくても現代医学で出来ることは全てやったんだ」
悔しそうな顔をする聖。
その顔を見て、香里は決意した。
「聖先生、私、研究室に帰ります」
「……え?」
香里の発言に驚いたような顔をして彼女を見る聖。
「聖先生は全力を尽くしてくれました。相沢君も今必死に戦っている。私もこのまま何もしないでここにいるわけにはいかないんです」
「しかし……」
「碑文の中に何かあるかも知れません。今からでも探してみたいと思うんです。それが私に出来ることだから……」
そう言った香里の目には決意の色が伺えた。
だから聖は黙って頷くだけだった。
「誰か手の空いているものに送らせよう。少し待っていてくれ」
聖がそう言って廊下の奥に消えていく。
香里はその背を見送ってから真琴の方を見た。
「大丈夫、相沢君は死なないわ。だから、ここはお願いね」
微笑みを浮かべながら真琴にそう言うと、真琴は小さく、だがしっかりと頷いた。
それからすぐ香里はこの病院を後にし、城西大学へと戻っていった。
丁度同じ頃、関東医大病院の裏庭に一つの異形の影。合計8本の手足を持つ異形の影はするすると病院の壁を登っていく。
「フフフ……カノンが瀕死とは面白い。この私がとどめを刺してさしてあげましょう……」
蜘蛛怪人はそう呟きながら壁を登っていく。
 
<関東医大病院 23:44PM>
事態が急変にしたのに始めに気がついたのはずっと中をうかがっていた真琴であった。
ベッドの上の祐一が急に苦しげに身体をよじったのだ。
真琴は慌てて看護婦を呼びに走る。
その途中で又様子を見に来たらしい聖とぶつかった。
「おっと、どうしたんだ。そんなに慌てて?」
何となくイヤな予感を覚えながら聖が真琴に問うと、真琴は泣きながら聖に縋り付いた。
「あう〜、祐一がっ!!祐一がっ!!」
それだけ言うと本格的に泣き出す真琴。
だがそれだけで充分だった。聖は真琴から離れるとすぐに集中治療室に駆け込み、苦しげに悶えている祐一の前に立った。次いでナースコールを行いすぐに看護婦を集める。
一気に集中治療室内が慌ただしくなった。
その喧噪に栞も目を覚ます。
中では聖は看護婦達に様々な指示を出しているのがわかる。その表情から物凄く大変であり、緊急を要し、尚かつ危険であるということも伺えた。
「祐一さん……」
栞の胸に不安が広がる。
絶対に大丈夫だと思っていても、絶対に死なないと信じていても、この目の前の光景の迫力の前には何と小さな事か。
圧倒的な現実の前に、栞の抱いている祐一は死なないという希望の小さいことか。
「祐一さんっ……」
その場に膝をつく栞。
集中治療室内では今も聖達が必死の処置を施している。
しかし、ベッドの側に置かれてある心電図が非情にも最悪の結果を示し始めていた。
「心拍数低下!!ダメです、心臓停止しました!!」
看護婦の一人が悲痛な声を上げる。
時折波を打つはずの心電図が完全に停止していた。
それを見た聖は一瞬悔しそうな顔をするがすぐに看護婦達を振り返った。
「心臓マッサージだ!!いざとなったら電気も使う!用意しておけっ!!」
そう言って祐一の胸をはだけ、その心臓の上に手を重ねておき、心臓マッサージを開始した。全身の力を込め、祐一の心臓に衝撃を送り込み、再び鼓動を始めるよう促す。続けて人工呼吸。だが心電図は反応せず、心臓の鼓動も復活しない。
「くそっ!!死なせないぞ、君はまだ死んではいけないんだっ!!」
聖はそう言うと心臓マッサージを繰り返す。
そこに電気ショック用の機器を職員が運んできた。
「霧島先生!」
その声に振り返る聖。
電極を受け取ると一旦その電極同士をあわせ、電気が走っていることを確認する。
「離れてっ!!」
周囲にいる看護婦達にそう言い、祐一の側から離れさせると聖は電極を祐一の胸に押し当てた。
ビクンッと祐一の身体が電気ショックによって跳ね上がる。
しかし、それでも心臓の動き出す様子はない。
「くっ!!」
聖は電極を看護婦に預けると心臓マッサージを再開した。更に二度、三度と電気ショックを行うが心電図のモニターに反応はない。
汗だくになりながら必死に蘇生作業を行う聖。
既に祐一の心臓が停止してから1時間以上過ぎていた。
「死なせないっ!君はまだ死んじゃいけないっ!!だから絶対にっ!!死なせないっ!!」
必死に心臓マッサージを行う聖。
その手を止め、また電気ショックを行おうと電極を持っている看護婦を振り返る。
「先生……」
看護婦はそう言って首を左右に振って見せた。周囲にいる看護婦や職員も皆同じような表情を浮かべている。誰だって聖の気持ちはわかる。自分の受け持った患者を死なせたくない気持ちは同じだ。だが、もう。
聖は愕然としながらも、電極を受け取ろうとしていた手を下ろした。それからすぐに祐一の目を調べ、その瞳孔が開いていることを確認する。
「……みんな、ありがとう。よく付き合ってくれた」
聖はやるせない気持ちを押し隠しながらそう言った。
「24時52分、心臓停止を確認……」
そう言って俯く聖。
看護婦達は一礼して集中治療室から出ていった。
その場に残された聖は、その拳をぎゅっと握り込んだ。
「くっ……」
俯いた彼女の頬を涙が一筋つたう。
 
<都内某所 01:45PM>
未確認生命体第27号の新たな被害者が出たと言うことで国崎は覆面車に乗って移動している真っ最中だった。
そんなところに鳴り出す彼の携帯電話。
「はい、国崎ですが……聖か?」
『ああ……』
「どうした、随分元気の無さそうな声………お、おい、まさか!?」
『そのまさかだ。相沢祐一の死亡を確認した。時刻は午前0時52分……』
聖の声を国崎は半分以上聞いていなかった。
車を止め、思わず彼はハンドルを叩いていた。
「くそっ!!」
悔しそうに表情を歪め、ハンドルに額を押しあてる国崎。
『全ての手は尽くしたが及ばなかった。済まない……美坂君には私から伝えておこう』
「ああ…………ちょっと待て、美坂はそこにいないのか?」
国崎は顔を起こしてそう尋ねた。
『碑文を調べるといって城西大学に戻っているが……』
それを聞いた国崎は表情を変えた。
「あいつは……信じているんだな。祐の字が死なないって……」
『しかし、私はこの目で……』
「聖、祐の字にな、待っているとだけ伝えておいてくれ」
国崎はそう言うと聖の返事も聞かず携帯電話の通話ボタンを切った。
「ああ、帰ってくる。絶対に……」
祐一と共に幾度も死線をかいくぐってきた彼にはその確信があった。
 
<関東医大病院 同刻>
いきなり切られた電話に聖は少なからずむっとしながら今度は香里の携帯電話の番号をプッシュした。
少し呼び出し音を聞き、すぐに香里が出る。
『はい、美坂です……』
「こんな時間に済まない。霧島だが」
『ああ、聖先生。今電話しようと思っていたところだったんですよ……ってそっちから電話してきたって事は……まさか相沢君……』
香里の声に怯えのようなものが感じ取れた。恐れていたことが本当に起こってしまった、不安が遂に的中してしまった。
的中して欲しくない不安程良く的中する。
「現代医学では手の施しようがなかった……とは言い訳にしかならないが……」
聖がそう言うが香里からの返答はない。
「………」
無言のまま聖も俯いてしまっていた。
『……でも……私、信じていますから。相沢君は死なない、まだ死んじゃいないって信じていますから』
少しの沈黙の後、香里がはっきりとそう言ったのを聞き、はっと顔を上げる聖。
『それと私にはよく解らないんですが、何かのヒントになるかも知れない記述が見つかったんです。『戦士の瞳閉じられし時、大いなる瞳現れても汝涙する事なかれ』って言うんですが……』
香里の言葉を聞き、聖は顔をしかめた。
通常死亡を確認するのは瞳孔の散大によるものである。しかし、その碑文によると「大いなる瞳」と言うのが瞳孔の散大に当たると思われ、そうであるならば、「瞳孔が散大し、死んだように見えても涙するな」と言う意味にも取れる。
「……まさか?」
聖はそう呟くとベッドの上、顔に白い布を被せられた祐一の方を見やった。
心臓は停止しており、瞳孔は散大している。体温も低下し、所謂死後硬直も始まっているだろう。死斑も身体に出てきているはずだ。
『また何かわかったら電話します』
香里がそう言って電話を切ったのにも構わず、聖は祐一の側に立ち、彼を見下ろしていた。
「死んでないと……言うのか、彼は……」
 
<関東医大病院・集中治療室前 02:19AM>
何時の間に潜り込んだのか、真琴は集中治療室の中に入り、祐一の手を取ってベッドの側に跪いていた。
「神様でも仏様でも何でも良いから……祐一を助けて……」
目を閉じてそう呟く。
5年前、白虎との戦いの後、自分の前から姿を消した祐一。その後、黒麒麟との戦いで彼は炎の中に消え、死んだと思われていた。それが不意にこの東京で再会し、そして、自分の所為で今、祐一は瀕死の、いや死んでしまっている。
まだ少しも話していないと言うのに。
話したいことは山程あると言うのに。
「お願い……」
「大丈夫よ」
不意にそんな声が聞こえてきた。
真琴が驚いたように振り返るとそこには祐一の叔母である水瀬秋子が何時もと同じような微笑みをたたえながら立っていた。
「心配しなくても大丈夫。祐一さんはまだ死ぬわけにはいかないんですよ。だから絶対に大丈夫」
何故だかはわからない。
真琴は秋子の言葉に物凄く安心出来るような気がしていた。
「秋子……さん」
真琴が何かを言いかけるが秋子は首を左右に振り、何も言わせない。そして、そっと真琴の側まで行くと彼女を抱きしめた。
「大きくなったわね。少し見なかっただけなのに真琴がこんなに大きく感じるなんて……」
秋子がそう言った時だ。
真琴がずっと掴んでいた祐一の手がぴくっと動いた。だが真琴はそれに気付かない。気付くどころではなかった。
今まで耐えていたのに限界が来たのか、わっと泣き出していたから。
祐一の手を掴んで離さないまま、秋子の胸に顔を埋めて泣き続ける真琴。
そんな真琴を秋子は何も言わず、ただ抱きしめているだけだった。
 
<倉田重工第7研究所 02:31AM>
雪見がトランクケースを持ってKトレーラーに入ってきた。
「出来たわ。冷凍ガス弾、3発分」
その声に振り返ったのは留美だけだった。一緒にいた斉藤は椅子にぐったりと背を預けて居眠っている。
「随分と時間がかかりましたね」
「ブレイバーバルカンの改良もしたからね。グレネードの装弾数をあげたかったし。これからはブレイバーバルカンUとでも呼びましょうか」
そう言って笑みを浮かべる雪見。
「ところで今までに出動要請はかかってないの?」
「第27号は新宿区から港区に移動したという情報があったぐらいですね。警察の方でもその所在を確認しきれていないみたいです」
さっとモニターに情報を呼び出し、留美は答える。
「更に問題があります。第27号はその能力をより強化しているようです。もう温度がどうのと言うことはないそうで……」
「何、それでも大丈夫よ。冷凍ガス弾を喰らえば問答無用で凍り付くわ」
やたら自信たっぷりに言う雪見。
「相手が凍りつきさえすれば後はバルカンで倒せるはずだし。北川君にちゃんと伝えておいてね」
持っていたトランクケースを足下に置き、Kトレーラーから出ていこうとする雪見。
「わかりました。お疲れさまです」
留美がそう言って頭を下げた時、Kトレーラー内にある無線が呼び出し音を鳴らした。
その音に雪見が足を止め、留美が無線のスイッチをONにする。
「はい、PSKチーム」
『第27号の最新情報です!第27号は江戸川区小松川付近で所轄警官隊に包囲されている模様!』
「わかりました、急行します!」
そう無線に答えると留美は隣で居眠りしている斉藤をたたき起こす。
「あ……お早うございま……」
「それはいいから北川君を呼んできて!出動よ!!」
半分寝ぼけていそうな斉藤をKトレーラーから叩き出し、現場の地図をモニターに表示させた。
「こんな場所に現れるなんて……」
「自分がより強化されていることを示すつもりかしら? それとも一気に大勢の人を殺す為に?」
横からモニターを覗き込んでいる雪見が疑問を口にする。だがそれを知るのは当の未確認生命体第27号だけだ。黙り込む二人。
それから少しして斉藤が潤を連れて戻ってきた。
「行くわよ、北川君!!」
「はいっ!!」
留美の声に潤が返事し、Kトレーラーが第7研究所から発進していく。
まだ夜は終わらない……。
 
<関東医大病院 02:45AM>
集中治療室へと続く廊下を急ぎ足で歩いている聖。
つい先程香里から二度目の電話があり、新たな碑文の解読結果を聞かされた為だ。
「戦士の瞳閉じられ、大いなる瞳現れし時、何人たりともその眠り妨げる事なかれ」
それを聞いた彼女はいてもたってもいられないように自分の診察室から飛び出したのだ。
(『戦士の瞳閉じられ、大いなる瞳現れし時』、これはさっきと同じ、死んだように見える状況、つまりは今だ……)
早足で歩きながら彼女は考える。
(問題はその次。『何人たりともその眠り妨げる事なかれ』……と言うことは……カノンは一度死んでも復活するから手を出すなと言うことか?)
集中治療室が見えてきた。
(では私がやった様々な処置は無用、いや、むしろ邪魔だったのか?)
聖の手が集中治療室のドアノブにかかる。
 
それよりほんの少し前。
泣き疲れた真琴を連れて秋子が集中治療室から出ていった直後、すうっと室内に一人の女性が姿を表していた。秋子を少し幼くしたような印象を受けさせる女性、水瀬名雪である。
彼女はベッドの上の祐一を見て、悲しげな顔を浮かべた。
「祐一、死んじゃったって嘘だよね?」
そう呼びかけるが勿論祐一は反応しない。
「嘘だよ。祐一はこんなところで死ぬはずがないもん」
まるで自分に言い聞かせるかのように言う名雪。
その目から涙が一筋こぼれ落ちる。
そっと、先程まで真琴が握っていた手を今度は名雪が取った。その手には、本来無いはずの暖かみがあった。それに小さくはあるが血の流れ、脈も感じられる。
はっと顔を上げる名雪。
「そう……だよね。祐一はここで立ち止まっていちゃいけないもんね。じゃ、待ってるよ」
名雪はそう言ってにっこりと微笑み、祐一の手をを離した。
そこに聞こえてくる足音。勿論聖のものだ。
ドアが開かれるよりも先に名雪の姿がかき消えていく。
瞬間移動。
彼女の力は更に覚醒を続けているようだ。前は使えなかったはずの瞬間移動の力まで彼女はいつの間にか手に入れている。
ドアが開き、中に聖が入ってきた。急ぎ、祐一の側まで来るとその手を取り、脈拍を確認する。その顔が驚きの色に彩られた。
弱い。うっかりすると気付かない程。だがしかし。確実に脈拍はあり、彼の心臓は鼓動を取り戻しはじめている。
聖の顔に力の抜けた笑みが浮かぶ。
「そうか……そうだな、君はこんな事で死ぬわけがない……頑張れ、相沢君」
そう言うと、聖は祐一の側から離れ、集中治療室から出ていった。
 
<江戸川区小松川付近 03:12AM>
ガスマスクをつけた警官達が走り回っている。
未確認生命体第27号リガチ・コバルは夜の住宅街に出現、その目的は新たな被害者を作ることにあると推測され、その被害を抑えるべく、そして第27号殲滅のために所轄、そして警視庁未確認生命体対策本部が奔走しているのだ。
国崎は対未確認生命体用に開発された「細胞破壊弾」を装填されたライフルを片手に機動隊の一団を引き連れて走り回っていた。
「どうだ、いたか?」
途中ばったりと出会った別の一団にそう尋ねるが、誰もが首を左右に振る。
「くそっ、何処に消えた!?」
国崎がそう言った時、彼が引き連れていた機動隊員が持っていた無線機が彼を呼びだした。
「どうした?」
『第27号、見つかったか?』
晴子の声が聞こえてきた。
彼女は仮本部となっている車輌の中でこの付近の地図を広げ、各部隊に指示を出しているのだ。その捜索範囲は徐々に狭くなってきている。
『そっちがダメやとすると……荒川の方しかないな。川を越えて逃げられる前に何とかせな』
「わかってる。今合流した連中共々荒川の方に移動する」
国崎はそう言うと無線機を機動隊員に返し、先程会った別の一団に合流するよう伝え、そのまま荒川の方へと向かう。
その頃、現場にはKトレーラーも到着していた。
勿論、その中では潤がPSK−03を装着し、いつでも出動出来る状態になっている。
「第27号は?」
潤が尋ねると留美が彼の方を見た。
「まだ発見されていないようね。斉藤君、警察とは連絡が付いた?」
「はい、現場の指揮を執っているのは神尾警部、今現在捜索の範囲を荒川方面に固定したという話です」
それを聞いた留美は潤の方を振り返った。
頷き、潤は唯一装着していなかったマスクを装着する。それからKディフェンサーに跨り、すぐに出動していく。
夜の街を疾走するKディフェンサー。
と、その前にすっと人影が現れた。
慌ててブレーキをかけ、Kディフェンサーが停止する。
「あ、危ないじゃないか!」
PSK−03がそう言うが人影はそれを無視してすっと右手を前に伸ばした。その状態のまま、街灯の明かりの届く範囲にまで歩いてくる。
「ヌヴァラグの邪魔はさせないよ……あなたが何者かは知らないけど」
その声は女性のもの、そして街灯の明かりの照らし出されたその女性を見たPSK−03は、潤は驚きのあまり声を失った。
「な……まさか……そんな……!!」
Kディフェンサーから降り、PSK−03はその女性に駆け寄ろうとする。しかし、それより早く、その女性、水瀬名雪の目が金色に光り、前に伸ばされた手から見えない衝撃波が走った。
「うおっ!?」
衝撃波の直撃を受け、吹っ飛ばされるPSK−03。
「な、何で!?」
何とか起きあがり、PSK−03は自分を攻撃してきた名雪を見る。
「何で水瀬、お前がっ!!」
その叫びを聞いた名雪の動きが止まった。
「……私を知ってるの?」
首を傾げる名雪。
「おいおい、わからないのかよ。俺だよ!北川潤!!」
PSK−03が自分を指さしてそう言うが名雪はやはり首を傾げている。仕方なく、潤はPSK−03のマスクを外し、その顔を見せた。
潤の顔を見て、名雪がぽんと手を叩く。
「あ、北川君だ。そんな仮面つけてるからわからなかったよ」
そう言った名雪は潤が知っている昔の名雪と変わらないように思えた。
「一体何なんだよ、今のは?」
潤がそう言って名雪の方に一歩踏み出した。
そう、彼は知らないのだ。名雪のことを、水瀬一族のことを、その不可視の力のことを、その宿命を、彼は全く知らないのだ。だから、気軽に彼女に近寄ろうとした。
「来ないで!!」
不意に名雪が鋭い声で彼を制止する。
「北川君、北川君は今何をしているの?」
思わず足を止めた潤にそう尋ねてくる名雪。
「俺は……相沢みたいになろうと思って……今は未確認とかを倒す為に……」
何が何だかわからないまま、潤が答える。
「そう……北川君もそうなんだ……じゃ、北川君も敵なんだね、私の」
何処か哀しげに言う名雪。
「な、敵だぁ!?」
またも驚きの声を上げる潤。
だが名雪はそれに構わず再び右手を彼に向かって突き出した。そこに発生する衝撃波が潤を襲う。
「ぬおっ!!」
またも吹っ飛ばされる潤。その手からマスクが飛ぶ。
「ヌヴァラグの邪魔は誰にもさせない。北川君でも、祐一でも。それが……一族の宿命だから」
名雪の言葉を聞き、潤が顔を上げた。何処かにぶつけたのか、額からは血が流れ落ちている。
「ど、どう言う事だ……?」
「答える義務はないよ、悪いけど」
冷たく名雪はそう言い放ち、倒れている潤を見下ろす。
「死んでとは言わないよ、北川君。でも動けないようにはさせて貰うけど」
そっと倒れている潤に向けて手をかざす名雪。
 
<関東医大病院・集中治療室 03:28AM>
ドアが音もなく開いた。
すっと中に入ってきたのは異形の影。合計8本の手足を持つ異形の影、蜘蛛怪人。
「フフフ……死んでいるとは思いますがきっちりと確認しておかないといけませんからね」
そう言うと、祐一が寝かされているベッドの側に歩み寄る。
一番上の腕はごく普通の人間のものと変わらない腕だがその下にある腕はそれよりも細く先が尖っている。攻撃用でもあるし、垂直な壁などを登る時のサポートも果たす便利な腕。そして今はそれが暗殺の為の道具となる。
「そう、より確実に死んで貰いますよ、カノン、あなたにはね」
蜘蛛怪人はそう言うと、先の尖ったサブアームを振り上げた。
そのサブアームが振り下ろされようとした時、突如シーツが跳ね上がった。そのシーツの向こう側から飛んでくる蹴りに吹っ飛ばされる蜘蛛怪人。
壁に叩きつけられた蜘蛛怪人は一瞬何が起こったかわからなかった。だが、すぐに自分に覆い被さっていたシーツを振り払うと、今しがた自分を蹴り飛ばした相手を見た。
「来ると思っていた」
その男は静かにそう言った。
「お前らの情報網に引っかからないはずがない。そして来るのは一番近くにいた奴、つまりはお前だ」
そう言ってベッドから降りる男。
鋭く相手を睨み付けたその男は、誰あろう折原浩平であった。
祐一の手術が終わった直後、香里にいきなり胸ぐらを掴まれ、責められた彼は彼女から解放された後、おおよその事情を知る事が出来た。
一番始めに泣きやんだ香里の口から彼がもう一人の戦士・アインである事が知らされ(尤も聞いていたのは聖ぐらいであったが)、そして彼はカノンである人物が死に瀕している事を知る。それは彼にとって何とも言えないような状況だった。
カノンを殺さねばならないとそう信じきっている彼、だが、そのカノンは自分との戦いの為に消耗しており、その所為でか未確認生命体にやられてしまったと言う。このままカノンが死ねば自分はどうすればいいのか。目標を見失ってしまう。それが偽りの目標である事に気付かない彼は、その顔色の余りもの悪さを心配した聖によって空いているベッドで休んでいくように命じられたのだ。
そのベッドで休んでいる間にふとある事に気がついた。
教団。
自分の敵である教団がカノンが瀕死になっていると言う情報を知らないはずがない。絶対にカノンの様子を見に来るはずだとそう確信した彼は密かにこの集中治療室に忍び込んでいたのだ。
しかし、浩平は自分が抱えている矛盾にまるで気がついていない。水瀬の老婆によってすり替えられた記憶、復讐する相手はカノンであるとそう信じきっているからか。
「お、折原浩平……貴様、邪魔をするつもりか?」
蜘蛛怪人がそう言うと浩平はにやりと笑った。
「カノンを殺すのは俺の役目だ。お前らに邪魔はさせない」
浩平が蜘蛛怪人に飛びかかる。
「変身っ!!」
飛びかかりながら彼はアインへと変身を遂げ、蜘蛛怪人に掴みかかった。蜘蛛怪人のボディにパンチを叩き込み、更に投げ飛ばす。
ベッドに叩きつけられる蜘蛛怪人。
そこにアインが飛びかかり、ベッドから引き離すとその顔面にパンチを食らわせた。更に蹴りを叩き込むと、さっと両腕を伸ばして交差させる。
「激変身っ!」
アインの腰のベルトの中央が光を放ち、その姿がより洗練されたシャープなものへと変わる。アイン完全体。真のアインの姿である。
アインはよろよろと立ち上がった蜘蛛怪人の腕を取ると、そのまま窓に向かってダッシュ、窓ガラスを突き破って外へと飛び出していった。
「何事だ!?」
かなり慌てた様子で聖が集中治療室に飛び込んできた。
そこでは……床に散乱したシーツ、壊れたベッド、ひびの入った壁、割れた窓。その惨状に言葉を失う聖。
「な、何だ、これは!?」
そう言って室内を見回し、ある事に気付く。
ここにいなければならないものがない。先程、そう、10分程前に様子を見に来た時にはいたはずなのに。それが今はいない。
ふっと笑みを浮かべる聖。
「そうか、行ったか」
誰もいないベッドに背を向け、集中治療室から出ていく。
 
<江戸川区小松川付近 04:31AM>
荒川の河川敷に遂に未確認生命体第27号は追いつめられていた。
ガスマスクをつけた警官隊、機動隊、それに国崎達未確認生命体対策本部の面々。数台のパトカーや覆面車でバリケードを作り、その向こう側、少し離れたところに悠然と、追いつめられているような感じを全くさせずに、立っているのが未確認生命体第27号・リガチ・コバル。
「よーし、遂に追いつめたで!」
晴子がそう言ってライフルを構えた。
「射撃用意!」
「しかしあのPSK−03は何やっているんだ……来てないとダメなはずなのに……」
そう呟いたのは住井。
「あいつに構っていられるか。どうせまた修理とかでまだ着いていないんだろ?」
住井にそう言い、国崎はライフルの照準を悠然と自分達を見ているリガチ・コバルに合わせた。
「射撃、開始っ!!」
晴子が怒鳴り、同時に警官達が一斉に引き金を引く。
ごく普通の制服警官達は拳銃を、機動隊員は対未確認生命体用に開発された炸裂弾使用のライフル、未確認生命体対策本部の刑事達は細胞破壊男子用のライフルを一斉に発射する。
雨のように降り注ぐ銃弾の中、リガチ・コバルはやはり悠然と立ちつくしていた。一歩も動くことなく、次から次へと発射される銃弾の中、じっと警官達を見つめている。
「しゃ、射撃やめ!!」
相手が倒れるどころか悠然と立っているのを見て、晴子が叫ぶ。
「何や? 一個も効いてへんのか?」
「……みたい……だな」
同じようにライフルを降ろした国崎が晴子に同意する。
リガチ・コバルは腕を組み、少しの間じっと警官達を眺めていた。それはまるで相手を物色しているかのよう。これから殺す相手を選んでいるかの如く。
と、いきなりリガチ・コバルがジャンプした。警官達の前に降り立つと先頭の一人の胸ぐらを掴みあげ、口から猛毒の胞子を吐き出す。
その警官は顔中に猛毒の胞子を吹き付けられ、苦しみもがきながらその場に倒れてしまう。
「が、ガスマスクや!!ガスマスク装備!!」
倒れた警官をみて慌てて晴子が指示を出す。
誰もが慌てて持っていたガスマスクを装着するが、そこにリガチ・コバルが容赦無く襲いかかってきた。
未確認生命体らしくその腕力は人間のものを遙かに越えている。ただ殴り飛ばされるだけでもヘタをすれば命まで失ってしまいかねない。それほどの力で次々と警官達を殴り飛ばしていく。
「こ、このっ!!」
丁度リガチ・コバルの背後にいた警官が拳銃の引き金を引く。だがそれはリガチ・コバルの注意を自分に引き寄せただけだった。
くるりと振り返ると、リガチ・コバルは口から猛毒の胞子をその警官に向かって吹き付けた。ガスマスクの上から胞子がその警官の顔を覆っていく。次の瞬間、その警官はガスマスクをつけているにもかかわらず、もがき苦しみはじめ、その場に崩れ落ちた。
それを見て言葉を無くしてしまう警官達。
もはやリガチ・コバルの猛毒の胞子を防ぐ手段はなくなった。温度の壁を越え、ガスマスクをしていてもその効果を発揮する猛毒の胞子。更にこちらの武器は何一つ通用しない。
「さ、最悪だ……」
住井が呟いた。
その彼に向かってジャンプするリガチ・コバル。
「う、うわああああっ!!」
悲鳴を上げる住井。
「住井っ!!」
慌てて晴子と国崎がライフルを向けるが住井の身体が邪魔で発砲出来ない。
「くそっ!!」
国崎が悔しそうに舌打ちする。
その彼らの前でリガチ・コバルは住井の首に手をかけた。そのまま力を入れれば彼の首の骨は簡単に折れるだろう。口から猛毒の胞子を吹き出しても結果は変わらない。まさしく絶体絶命。
晴子が目を伏せ、顔を背けた。
国崎はたまらず飛び出していく。
その時。
一つの影がその二人の横を猛スピードで通り過ぎていった。
その影は住井の首を掴んでいるリガチ・コバルに身体ごとぶつかっていき、リガチ・コバルを吹っ飛ばして着地した。
「あ、あれは……」
国崎は自分の目を疑った。
「な、何や……第3号か、あれ……?」
驚きの声を上げる晴子。
二人から少し離れたところに片膝をついて着地した影、それはブートライズカノンであった。身体には聖鎧虫から分離した鎧が装着されている。
「ハァハァハァ……」
肩を大きく上下させ、荒い息をしているブートライズカノン。
その前でゆっくりと身を起こすリガチ・コバル。
「ギ・・ギナサバ・カノン!?」
ブートライズカノンの姿を見て驚きの声を上げたのはリガチ・コバルも一緒だった。
「リギシェ・リシャモガ!? ニヲジャモ・ジェバ・マガッシャモガ!?」
驚愕のあまり立つ事すら出来ないリガチ・コバル。
「ウオオオオオッ」
ブートライズカノンは立ち上がると猛然と雄叫びをあげながらリガチ・コバルに向かって突っ込んでいった。肩から体当たりしていき、更に吹っ飛んだリガチ・コバルを追って走り出す。
しばし呆然とそれを見ていた警官達だが、慌てて手に持っていた銃を構えた。
「ま、待て!!あれはカノン……第3号だ!!」
いきなりそう叫んだのは国崎。
彼は他の警官達を制止するかのように前に飛び出す。
「あれは敵じゃない!だから撃つな!!」
そう言うと彼はブートライズカノンとリガチ・コバルを追って走り出した。
 
ごろごろと地面の上を転がるリガチ・コバル。
それを追ってブートライズカノンが着地した。やはり肩を大きく上下させているのはまだ完全に回復したわけではないからだろうか。
「ウオオオッ!!」
再び雄叫びをあげ、ブートライズカノンが走り出す。
走りながらパンチを起きあがったばかりのリガチ・コバルに叩き込む。そのまま自分も勢いをつけすぎたのか倒れてしまう。
「ハァハァハァ」
起きあがれないブートライズカノン。
その横ではリガチ・コバルがよろよろと起きあがろうとしていた。
それを見たブートライズカノンも地面に手をついて何とか身体を起こす。先に立ち上がったリガチ・コバルに向かって立ち上がりながら肘打ちを叩き込む。
その一撃でまたまた吹っ飛ぶリガチ・コバル。
よろけながらも何とか踏ん張るブートライズカノン。
「ウオオオオオオッ!!」
天に向かって大きい声で吼えながらブートライズカノンがその姿を白いカノンへと変えていく。そして起きあがろうとしているリガチ・コバルに向かって走り出す。
「オオオッ!!」
ジャンプして右足を突き出す。だが普段と違って足の先が光に包まれない。ただのキック。
それでもリガチ・コバルを大きく吹っ飛ばした。
「グオオ……」
倒れたリガチ・コバルが起きあがる。
その胸には古代文字が焼き付けられていたが、それはあまりにも薄く、すぐに消えてしまう。
「くうっ……おおりゃあぁぁっ!!」
再び走り出し、ジャンプするカノン。今度は空中で身体を丸めて一回転してから右足を突き出した。弱いながらも光に包まれる足先。
再び直撃するキックに、吹っ飛ぶリガチ・コバル。
「グガァ……」
今度は苦しみ悶えながら身を起こすリガチ・コバル。その胸には古代文字が先程よりはっきりと刻み込まれている。しかし、それでもまだ倒すには至らないのか。
カノンはそれを見ると、ぐっと腰を沈めた。さっと右手の平を上にしてを突き出し身構える。突き出した手をそのまま水平に左へと移動させ、ある一点でそれを返しジャンプする。
「ウオオリャアァァァァァッ!!」
空中で身体を捻りながらのキック。その時、足首のアンクレットの宝玉から足に向かって放電現象が起こる。だがそれに構うことなくカノンはそのキックをリガチ・コバルに叩き込んだ。
大きく吹っ飛ばされ、荒川の中に没するリガチ・コバル。
「ハァハァハァ……」
着地したカノンは未だに大きく肩を上下させている。
川の中程でザバッと水面を割ってリガチ・コバルが姿を見せた。それほど深い場所に落ちたわけではないらしい。その胸にはくっきりと古代文字が刻み込まれていた。
「ロ・・ロ・・ロモデ・カノン・・」
そう言ってカノンに向かって手を伸ばすリガチ・コバル。胸に刻み込まれた古代文字から伸びた光のひびが全身に走り、それが腰のある部分に到達、リガチ・コバルは爆発四散し、大きく水飛沫を上げた。
そこに駆けつけてくる国崎。
爆発による水飛沫を見、そして川の畔に佇む青年に目をやる。
登り始めた朝陽の中、青年が振り返り、にっこりと笑みを浮かべて右手の親指を立てて見せた。
国崎はそれを見ると苦笑を浮かべた。
「遅いぞ、祐の字!!」
そう言って彼に背を向け歩き出す。
そう言われた青年、祐一はえ?と驚いたような顔をするが歩いていく国崎が片手を上に挙げ、親指を立てて見せたのを見て、頷き、走り始めた。
その様子を対岸で見ている影。
名雪である。
走り出した祐一が足下の草に足を取られて転びそうになるのを見て、くすっと微笑み、それから彼に背を向ける。
「よかったよ、祐一……」
 
同じ頃。
路上に倒れている一つの姿。
『北川君!!北川君!!返事をして!!北川君!!』
留美の悲痛な声が転がっているPSK−03のマスクから聞こえてくる。
そこから少し離れたところに北川潤は倒れていた。
額から流れ落ちていた血は今は止まっている。しかし、完全に彼は気を失っていた。
『北川くんっ!!』
 
Episode.40「希望」Closed.
To be continued next Episode. by MaskedRiderKanon
 
次回予告
復活したカノン、相沢祐一の前に現れる折原浩平。
決闘を挑んでくる浩平に祐一は応じるしかなかった。
浩平「お前が死ぬか俺が死ぬか、そのどっちかだ」
祐一「お前と戦う理由はないって!」
カノンとアインの戦いを影で見ている蜘蛛怪人。
傷つけ合う両者を見てほくそ笑む老婆。
老婆「フフフ、死ぬがいい」
キリト「お前はっ!?」
再び暗躍するガダヌ・シィカパ。
そして蠢くリガチ・コバルの影。
香里「ダメェェェェェェェッ!!」
次回、仮面ライダーカノン「決闘」
目覚めろ、新たな力!

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