<城西大学考古学研究室 15:21PM>
美坂香里は降りだした雨に憂鬱そうな表情を隠せなかった。
それに先程から胸騒ぎがしてならない。
何かイヤな事が起きるような、そんな予感。
「・・・まさか、ね」
憂鬱な気分を振り払うように首を左右に振ると、香里は立ち上がった。
気分転換にコーヒーでもいれようかと彼女が思った時、彼女の携帯電話が鳴り出した。
液晶画面を見るが相手は公衆電話からだと言う事で誰かまではわからない。
「もしもし、美坂ですが?」
『・・・香里?』
電話の向こうから聞こえてきた声に香里は驚きを隠せなかった。
「な、な、名雪っ!?」
かつての親友、今は人類の敵である未確認生命体の同盟者である水瀬一族の次期宗主候補の水瀬名雪。
間違っても彼女からかかってくる事はないと思われた。
「ほ、本当に名雪なの?」
『・・・・・・祐一が倒れているの。私じゃ何も出来ないから・・・病院に連絡してあげて。場所は・・・』
「ちょ、ちょっと待って!!」
香里は自分の質問に答えない名雪に少し戸惑いを覚えつつも、慌てて紙とペンを手にする。
「いいわ」
『場所は・・・・』
名雪の言う場所をメモに書き取り、香里が又何か言おうとするが、その前に名雪は電話を切っていた。
「ちょっと!名雪っ!!名雪ってば!!」
香里が必死に呼びかけるがもはや電話は通じない。
 
<千葉県船橋市 同刻>
水瀬名雪は受話器を置くとそっと電話ボックスから出た。
電話ボックスにもたれかかるようにして相沢祐一が気を失っている。
名雪は傘を祐一の上にかけてやると微笑んで見せた。
「今の私に出来る事はこれぐらいなんだよ。これで・・・許して、祐一」
そう言ってから名雪は静かに立ち上がる。
その顔に決意を浮かべ、しかし、瞳には涙を溢れさせながらその場から静かに歩み去っていく。
祐一は未だ気を失ったまま、名雪の存在に気付く事はなかった。
 
仮面ライダーカノン
Episode.39「絶望」
 
<関東医大病院 13:04PM>
あの日から3日が経った。
香里からの通報を受けてこの関東医大病院の医師であり、祐一のかかりつけでもある霧島聖が慌てて救急車を手配、千葉県船橋市で倒れている祐一を発見し、すぐに関東医大病院へと運び込んだ。
主だった外傷は胸の傷と全身の数カ所にある火傷。だが、それはすぐに彼の身体が持つ超回復能力であっと言う間に治ってしまう。
「目が覚めないのはきっと戦闘が激しかった所為でその疲労が溜まっているからだろう」
聖が心配になって様子を見に来た国崎往人にそう説明した。
「疲労?」
「ああ、そうだ。日頃サボっている君にはわかりはしないだろうがな」
嫌味を交えて聖が言う。
「彼は変身する度にかなりの体力を消耗しているんだ。まぁ、変身を解けば超回復能力が働いてすぐに回復するんだが・・・」
「何て言うか便利なもんだな」
国崎がそう言うと聖はあからさまに馬鹿にしたような表情を浮かべた。
「だったら君がなれば良かったんだ」
「いや、それは・・・」
「まぁ、済んだ事は仕方ないからもう何も言わないが・・・とりあえず香里君がその辺の事に関する碑文の解読に成功しているそうだ。もうじき来るらしいから君もどうせサボっているなら一緒に聞きたまえ」
「別にサボっている訳じゃないぞ。一応パトロール中だという名目で出かけているんだから」
国崎がそう言うが聖は更に馬鹿にしたような目で彼を見る。
「パトロール中、ね。それでここにいれば充分サボりだと思うのだがどうかな?」
「喉が渇いたな、ちょっとコーヒーでも買ってくる」
明らかに誤魔化し、国崎が聖の診察室から出ていった。
丁度同じ頃、香里は同じくこの病院に入院している長森瑞佳の病室にいた。
「あら、もう起きて大丈夫なの?」
ドアを開けるとベッドの上で瑞佳が身体を起こしていた。
「香里さん・・・うん、背中の傷はあまりにも鋭利すぎてくっついてたのとほとんど同じような状態だったって。だからもう大丈夫。退院ももうじきだって言っていたし」
瑞佳が香里の方を見て笑顔を浮かべる。
まだ傷が痛むのか少し顔をしかめたりもするが、本人の言う通りもう大丈夫そうだ。
香里も安心したような笑みを浮かべる。
「相沢君から聞いた時は本当に驚いたわ。瑞佳さんが未確認生命体にやられたって・・・一瞬死んじゃったのかと思ったわ」
「・・・でも・・・私をここに運んでくれたのは誰だったんだろう? 祐さんじゃないって先生は言っていたし・・・・」
少し不安げな表情を浮かべる瑞佳に香里は黙り込んだ。彼女も誰が瑞佳をこの関東医大病院まで運んできたかを知らないからだ。
「瑞佳さんも・・・覚えてないんだ?」
「うん・・・でも・・・何か・・・知っているような気がするんだよ・・・」
小さい声で呟くように言う瑞佳。
香里はそんな瑞佳を見ながらため息をついた。
彼女の事も気にかかるが他にも色々と気になる事がたくさんある。気を失って発見された祐一の事、その祐一の居場所を教えてくれた名雪の事、新たに解読出来た碑文の事等々。
「とりあえず聖先生とかに話があるから又後で来るわ。じゃ、お大事にね」
「うん、又ね、香里さん」
出ていく香里にそう言い、瑞佳は笑みを浮かべた。だがドアが閉められると途端にその表情が曇る。
「・・・あれは・・・あの背中は・・・」
そう呟いて窓の外を見やる。
 
<浩平のアパート 13:09PM>
あれからどうやってこの部屋に戻ってきたのか全く記憶がない。
今も続く激しい頭痛。
それは彼の身体から着実に体力を奪い続けている。
「うああああっ!!」
時折口から漏れる苦悶の声。
耐えるしかない。それしか出来ない。
「た、助けて・・・助けてくれ・・・」
弱気な言葉が口から漏れる。
折原浩平はベッドの上からテーブルの上の写真立てに向かって手を伸ばす。
そこには自分と、母親と、最愛の妹の姿。いや、そこに更にもう一つ、人影があった。
少し離れたところから覗き込むようにして映っている一人の少女の姿。
もはやこの世にはいない母親と妹、彼女だけがこの世界に生きている。
だから、と言うわけでもないのだろうが。
「助けてくれ・・瑞佳・・・」
浩平の口からその女性の名が紡がれる。
伸ばした手が、力無く床に向かって落ちる。
遂に彼は自身を襲う激しい頭痛から解放されることなく、意識を失ってしまった。
 
<関東医大病院 13:15PM> 
「失礼します」
香里はドアを開けながらそう言った。
「失礼なら帰れ」
「貴様は黙っていろ」
衝立の向こうから人を殴るような音が聞こえてきたので香里は苦笑を浮かべた。
室内には聖と国崎がおり、二人してコーヒーを飲んでいたようだ。
どうやら国崎はともかく聖は香里が来るのを待っていたようだ。うんざり気味だった表情が香里の姿を見て明るくなる。余程国崎の相手がつまらなかったらしい。
「良く来てくれた、香里君。こいつの事はその辺に落ちている塵かゴミと思ってくれて結構だ。さぁ、座ってくれ」
「何というか物凄い言われ様だな・・・」
嬉しそうに言う聖に何とも言えない表情を浮かべる国崎。
それを見ながら香里は空いている椅子に腰掛けた。鞄の中からファイルされたレポート用紙を取り出すと、その中からコピーしたものを聖の前に差し出した。
「これがそうか?」
聖の横から覗き込む国崎。
中にはびっしりと文字で埋められている。
上に古代文字の碑文、その下には訳した文章。それがレポート数枚にわたって書かれていた。
「とりあえず今までにわかった分は全部書きだしてきました。まだ未解読の部分もかなりありますがそれもおいおいわかると思います」
聖は香里の言葉に頷いた。
それから自分の横合いからレポート用紙のコピーを覗き込んでいる国崎を横目で見る。
「・・・何をしているんだ、君は?」
「あ? いや、このレポートを・・・」
「それはいいから香里君にコーヒーでもいれてあげればどうかな?」
物凄く冷たい口調で言い放つ聖。
それを聞いた国崎は身の危険を感じたのか、慌てて椅子から立ち上がるとこの部屋に備え付けてあるコーヒーメーカーに駆け寄った。
「奴はほっておいて、とりあえず話を始めよう。何か相談があるそうだが?」
聖がそう言って香里を見ると、彼女は頷いた。
「あ、その前に・・・相沢君はまだ?」
「うむ、これまでの経験から言えばもうそろそろ目を覚ましてもいい頃だと思うんだが。どうやら今回の相手は余程のものだったらしい」
「未確認生命体第26号ですか・・・」
「あ、それは違うぞ」
コーヒーカップを持って戻ってきた国崎が言う。
手に持っていたコーヒーカップを香里の前に置くと、自分も椅子に座る。
「第26号を倒したのは倉田重工隊未確認生命体対策チーム、いわゆるPSKチームのPSK−03だ。カノンはあの現場には現れていない」
「ほお・・・遂にやったのか」
国崎の言葉を聞いて聖が感心したかのように言う。
「倉田重工・・・」
香里はそう呟いただけ。何やら思うところがありそうなのだが、何も語ろうとはしない。
「ではカノンが戦ったのは一体何者だ? 別の未確認生命体が現れたという話は聞いていないが?」
聖が一番事情を知っていそうな国崎に尋ねる。
「実際見た訳じゃないがな。多分、カノンにそっくりの奴が相手だったんじゃないか?」
「何よ、それ?」
香里がそう言うと、国崎は彼女の顔を見た。
「言葉通りだよ。俺たちは未確認生命体第3号亜種と呼んでいる奴、カノンに似ているがもっと荒っぽい奴。そいつがカノンを殺そうとしていたんだ。多分そいつが相手だったんだろう」
「第19号や未確認亜種と呼ばれる奴らを倒している謎の未確認生命体か。それが本格的に君たちの前に姿を見せた、と?」
聖の言葉に頷く国崎。
「祐の字はそいつを倒すのは難しいって言っていた。それに単純な戦闘能力じゃ敵わないともな」
「・・・まさか、そんな・・・」
呆然と呟く香里。
「それじゃ、そいつももしかしたら相沢君と同じで・・・」
「その可能性はあるな。カノンと似たような、いや、もしかすれば同じ力を持つならばそれは充分にあり得る事だ」
「N県警に連絡してあの手の遺跡が近くにないか調べさせた方がいいかもな。まだあったら厄介だ」
そして三人とも黙り込む。
「で、あいつの事は碑文の中になかったのか?」
突然新たな声が聞こえてきた。
三人が振り返ると、衝立の所に祐一が立っている。少し顔色が悪そうだが足下はしっかりしていて、そのまま室内に入ってくると空いている椅子に勝手に腰を下ろした。
「どうやら目が覚めたようだな?」
聖がそう言うと、祐一は頷いた。
「何でここにいるのかわからないがな。自分でここに来たって覚えはないし。国崎さんか?」
そう言って国崎を見るが彼は首を横に振った。
「俺は第26号関係でそれどころじゃなかったし、お前が何処にいたのか知らなかったからな。美坂じゃないのか、こいつがここにいるって連絡したの?」
「・・・・・」
祐一が香里を見るが香里はその視線に耐えかねるかのように顔を反らせてしまった。
そんな香里を不審に思いながら祐一は又、聖の方を見る。
「で、俺の身体はもう大丈夫なんだろ、聖先生?」
そう言ってにやりと笑う。
「多分な。しかし、今回相当なダメージを受けていたようだし、あまり無茶はしない方がいい」
聖は真剣な表情のままそう答えた。
苦笑を浮かべる祐一。
「さて、相沢君も来た事だし話を本格的に始めようか。香里君、頼む」
「は、はい」
香里が少し慌てた様子で前を向く。
「今回新たにわかった碑文がこれです。3枚目の一番上」
レポート用紙をめくってその一番上の行を指さす香里。
「ふむ・・・”ラクストン”・・・これは?」
「相沢君の身体の中にある異物・・・それの名前っぽいんです。他にも霊石とか奇跡の石とかあったんですが、その”ラクストン”という言葉だけどうしても訳せなくて」
「”ラクストン”ねぇ・・・」
自分の身体を見ながら祐一が呟く。
「その霊石に関する事はビサンの中でもきっとトップシークレットに近いものだったようでしてこの碑文も偶然に発見出来たんです」
「そりゃそうだろう。あんな変身が出来るようになるもんだし、最重要機密であっても不思議じゃない」
香里の言葉に国崎が続ける。
「本当なら書いておく必要もなかったんじゃないか?」
「だけど書いておく必要もない訳じゃなかった。だからこうやって暗号のようにして残して置いた」
更に祐一が言い、香里が頷く。
「”邪悪なるもの蘇りし時、心清き、勇気あるもの、奇跡の霊石を身につけ、大いなる力を手に入れん”・・・これは霊石関係では比較的わかりやすかったものです。これと似たような文章はカノンのベルトにも書かれていたんですが・・・知ってた?」
そこまで言って香里は祐一の方を見た。
いきなり自分に方に話を振られた祐一が慌てて首を左右に振って見せた。
「まぁ、自分の身体にあるものだから知らなくても不思議はないけど。特に相沢君だし」
「どういう意味だよ、それ?」
「言葉通りよ。それに今までわかっている霊石関係の事では・・・」
何か不服そうな顔をしている祐一を無視して香里が又レポート用紙をめくる。
「”戦士の心に迷いある時、まやかしの力、その身に宿る”」
「これってあの未確認みたいなカノンの事だよな?」
国崎が言うと、又香里が頷いた。
「この”迷い”って言葉が色々と厄介なんだと思うけどね。ほら、あれから又相沢君、例のまやかしのカノンになったって言うでしょ?」
「・・・そう言えばそうだな。そういやあの時、何かそのまやかしのカノンそっくりの奴もいたっけ」
「ああ、秋子さんを助けに行った時の事か」
国崎と祐一が頷きあうが、聖はともかく香里には何のことだかわからない。だからだろうか、聖が説明してやれと言わんばかりに国崎を睨み付けていた。
「さっき言った奴とは又別の奴だと思うんだけどな。そのまやかしのカノンにそっくりの奴がいきなり襲ってきたんだよ。その時は祐の字もまやかしのカノンでどっちがどっちかわからないほどだったけど・・・まぁ、何とか撃退出来たって所か」
「・・・あいつは・・・多分水瀬の関係者だろうな。あのクソババァや名雪と一緒にいたし」
説明をする国崎に続いて祐一がそう言うと、香里がびくっと肩を震わせた。
「どうした?」
祐一が香里に尋ねると、香里はやや青ざめたような顔で首を左右に振った。
「いえ、何でもないわ・・・続けて」
明らかに何かありそうだと、誰もが思ったが誰も何も言わない。
「よくは解らないが、きっとあのババァ・・・いや、水瀬の一族には古代の、ビサンの時代の記録というか記憶というかそんなものがあるらしい。だから俺のや例の奴の物以外の霊石のある場所を知っていても不思議じゃない」
「カノンは一人ではないと以前香里君は言っていたな。つまりは霊石はまだ数があると言うことか」
今まで黙って話を聞いていた聖が口を開いた。
一斉に他の3人が聖に注目する。
「今までに確認されている霊石はまず相沢君の身体の中にある物、カノンを襲った第3号亜種と呼ばれている奴の体内にある物、そしてまやかしのカノンそっくりの奴の体内のある物」
「それに相沢君が昔身につけた不完全な物」
聖の言葉に香里が付け加える。
「・・・そう言えば・・・何となくなんだがまやかしのカノンそっくりの奴なんだけど、そいつの持っている霊石も不完全な物じゃないか。完全な霊石は実は俺のと3号亜種の物だけで他のものはみんな不完全な物っぽいような気がするんだが」
祐一がそう言うと、香里が彼の方を見た。
「どうしてそう思うの?」
「いや、俺と3号亜種はフォームチェンジが出来るからな。実はそれだけなんだが」
そう言って苦笑を浮かべる祐一。
「何とも希薄な根拠だな」
聖がやはり苦笑を浮かべてそう言うと、国崎も同じようにして頷いた。
「しかし、あながちそれが間違いとも思えないのが困りものだな。とりあえず霊石が、それが不完全であろうと無かろうととりあえずまだあるようなら早急に回収した方がいいだろう」
「ああ、とりあえずN県警に連絡しておく。それとN県立大学にもな」
国崎がそう言って立ち上がる。
カノンの持つ霊石が発掘された遺跡、いわゆる華音遺跡が発見されたのはN県の山奥。他の霊石もその近くに眠っている可能性は高い。事実、昔、祐一が身につけ、四聖獣や黒麒麟と戦った時の霊石もN県内で発見されている。
N県立大学は華音遺跡の発掘調査を今現在も続行している大学で、城西大学考古学研究室と比較しても劣らないほどの情報を持っているはずなのだ。
「N県立大学には私から連絡しておくわ」
香里がそう言って立ち上がった国崎を見上げる。
「ああ、それじゃそっちは任せた」
そう言って国崎が携帯電話を取り出そうとした時だ。その彼の携帯が急に鳴り始めた。
「はい、国崎・・・ああ、わかった。すぐに行く!」
いきなり国崎の表情がきりりとしたものに変わる。
それだけで何となく電話の内容がその場にいた他の3人にも伺い知れた。おそらく、新たな未確認生命体が現れたのだ。
平和な日々はたった3日しか続かなかった。未確認生命体が全滅するまで、決して平和な日は来ない事を知りつつも、香里も、聖も、ため息をつく。
「場所は?」
祐一がすっと立ち上がる。
未確認生命体第3号ことカノンである彼は罪のない人々の命を、その未来を無造作に奪い取る未確認生命体ヌヴァラグに対して決死の覚悟で、そして人々の未来を守る為に戦う事を決意しているのだ。
国崎はそれを知っているから、すぐに電話で伝えられた場所を彼に告げる。
「新宿歌舞伎町だ。とりあえず付近を所轄が封鎖するはずだから急いでくれ。俺もすぐに行く」
祐一は国崎に頷いてみせるとすぐに部屋から出ていった。
続けて国崎も部屋から出ていく。
香里と聖はその様子をじっと見ているだけだった。
 
<新宿区歌舞伎町 13:28PM>
ガード下で一人の男が信号待ちをしていた。
急いでいるのかしきりに時計を確認している。
ここ数日降り続いた雨の為にか、そのガード下は結構湿気が多くじめじめとしていてかなり不快であった。それがこのサラリーマンを更に急がせているのかも知れない。
と、そこにすっと一人の細身の青年が姿を現した。
何処か身体でも悪いのか青白い顔をしているその青年はサラリーマンの側まで来ると、彼に向かってニコッと笑いかけ、お辞儀した。
思わずそのサラリーマンもお辞儀を返してしまう。それは日頃の習性だったのかも知れない。そしてそれがこの時、彼にとって致命的なことであったことを彼は知るよしもない。
青年がぎゅっとサラリーマンの肩を掴み、その首筋に自分の口を押し当てる。
それは一瞬の事だった。
青年の姿が突如未確認生命体へと変わり、そのサラリーマンの首筋に口から何かを流し込む。
さっとサラリーマンから離れた時にはその未確認生命体は元の青年の姿に戻っていた。
何が起きたのかわからず、きょとんとしているサラリーマン。だが、すぐに苦しげな表情を浮かべると、顔を青紫色にしてその場に崩れ落ちた。
「ぐっ・・・ぐはっ・・・」
口から吐き出される血。
青年はそれを見ると満足げな笑みを浮かべて左手首につけたブレスレットの勾玉を一つ、動かした。
「これで8人・・・」
呟くようにそう言う青年。
この青年こそ、新たに殺戮を始めた未確認生命体第27号。
猛毒を持つ青黴に似た姿の怪人。
青黴種怪人リガチ・コバル。
それがその名である。
 
<新宿区大久保 14:09PM>
「あう〜〜〜〜」
叫び声を上げながら一人の女性が走っている。
女性、と言うにはまだ少し幼い表情を持っているが、それはまだ若い為であろう。長い栗色の髪を左右でリボンでとめ、それが走る彼女にあわせてぱたぱたと揺れている。
「沢渡先生、こっち!こっち!!」
走る彼女の遙か前方にはバスが止まっており、そこにはエプロンをつけた一人の女性の姿。更にバスの窓から数人の子供が顔を覗かせている。
「さわたりせんせー、はやくはやく〜」
一番後ろの窓から顔を覗かせている女の子がそう叫ぶ。
「あう〜〜〜」
弱々しい声を上げてどうにバスの入り口にまで辿り着いた女性は息を整える暇すらなくバスに乗り込む。すると、ドアが閉まり、バスがゆっくりと発進した。
「もう、何処に行ってたの?」
エプロンをつけた女性がそう言って栗色の髪の女性を見る。
「ハァハァハァ、待ち、合わせの、場所、間違え・・・」
息も切れ切れに喋ろうとするが上手く言葉にならない。
「あ〜、はいはい。わかったから。とりあえず座りなさい」
エプロンの女性がそう言って苦笑を浮かべる。
栗色の髪の女性が愛想笑いを浮かべて空いている椅子に腰を下ろす。
「さわたりせんせー、またちこくー」
すぐ後ろに座っていた男の子がそう言って笑う。
「又って言うな、又って」
わざわざ後ろを振り返って言う女性。
「でもきょうでもう8かいめでしょー」
「そうそう、さわたりせんせー、ちこくおー」
他の男の子や女の子がわいわいと騒ぎ出す。
「はいはい、静かにしなさい」
エプロンをつけた女性が手をぱんぱんと叩いて子供達を黙らせる。
子供達がそれぞれの椅子にちゃんと座ったのを確認してからその女性も栗色の髪の女性の隣に腰を下ろす。
「全く、仲がいいのもいいけどもう少しちゃんとしてもらわないと困るわね、沢渡先生?」
「あ、あう〜・・・わかりました・・・」
栗色の髪の女性、沢渡真琴はそう言うとしゅんと項垂れた。
「まぁ、何とか間に合った事だし、今日は別にいいけど。今度からは子供達に笑われないように注意してね」
そう言って真琴の肩に手を置くエプロン姿の女性、牧村南。
「そうそう、牧ちゃんの言う通りだよ、まこっちゃん」
バスを運転している男がミラー越しに真琴を見てそう言った。
「ほら、元気だしな。まこっちゃんがそんなだと子供達が心配するぜ?」
「うん・・・」
そう言われて真琴が顔を上げる。
バスの横には「青空保育園」と書かれている。どうやら保育園の送迎バスのようだ。今回は別の用途で使用されているらしいが。
牧村南はその保育園の正職員であり、真琴はアルバイトであるが、すっかり子供達とは仲良くなっており、今では「さわたりせんせー」と呼ばれるようになっていた。
牧村もそんな真琴を気に入っており、色々と気にかけてくれているのだ。
青空保育園のバスは園児15名と、牧村女史、運転手、そして真琴を乗せ、明治通を南へと向かっていく。
その先で、新たな未確認生命体が出現していると言う事も知らずに・・・。
 
<新宿区歌舞伎町 14:24PM>
そこはまるで血の海であった。
被害者が吐き出した血は生々しく辺りに広がり、水たまりを作っている。
「こいつは酷いな・・・」
国崎は周囲を見回してそう呟いた。
被害者は相当もがき苦しんだのだろう、辺りには爪でひっかいた様な跡も残っている。コンクリートの地面に跡が残るほどだ、その苦しみは想像を絶するものだったのだろう。
「第27号の足取りは?」
所轄の警官にそう尋ねているのは国崎と同じ警視庁未確認生命体対策本部の刑事、住井護。
「それが全く。おそらく人間体になって潜伏しているものと思われます」
「だとすれば厄介だな。この辺りに緊急配備をお願いします。それと、今度の未確認の手口ですが・・・」
「はい、鑑識によると何か毒物のようなものを直接体内に混入されたのではないかと」
「毒物・・・ですか?」
「まだはっきりとした事は。解剖してみないとわかりません」
住井と所轄の警官が話しているのを聞きながら国崎は周囲に集まってきている野次馬の中に祐一の姿を見つけていた。
指で合図してさっと現場を離れる国崎。
少し離れた場所で国崎と祐一は落ち合っていた。
「第27号は人間の姿になって何処かに潜伏しているはずだ。そう遠くには行ってないと思うんだが」
「ああ、多分俺もそう思う。で、今度のはどういう奴だ?」
「まだはっきりとした事はわからない。だがどうやら毒物を使う奴のようだ」
「毒か・・・今までにはないタイプだな」
「ああ。それに・・・お前、大丈夫か?」
そう言って国崎は心配そうな目を祐一に向けた。
聖も言っていたが祐一の身体はまだ完全に回復したわけではないのだ。
「俺がやらないでどうする」
そう言ってにやりと笑う祐一。
「とりあえず俺はこの辺りを回ってみる。そっちはそっちで任せた」
祐一は停めてあったロードツイスターに歩み寄った。
「ああ、頼む」
国崎はそう言って頷くと現場に戻ろうと歩きだし、足を止めた。そしてロードツイスターに跨っている祐一を振り返る。
何故だかわからない。
物凄い不安が不意に彼の心に沸き上がったのだ。
「祐の字・・」
何か声をかけようとした時、祐一の乗ったロードツイスターが走り出した。
祐一は国崎に気付くことなくそのまま走り去ってしまう。
国崎はそんな祐一の後ろ姿を見送ることしかできなかった。
 
<関東医大病院 14:28PM>
香里は資料の入った鞄を肩にかけ直し、自動ドアを抜けた。
ここ数日の雨の為にかなりじめじめとした空気が漂っている中、香里は城西大学に戻ろうと歩き出す。
彼女が関東医大病院の入り口を完全に抜けきった時、物陰にいた男がすっと彼女の跡を追うかのように歩き出した。
自分の後をそれとなくつけてくる男の存在に気付かないまま、香里は駅へと急いでいる。まだまだ調べなければならない事は山のようにあったし、それに何時又雨が降り出すかわからない天気だった。傘を考古学研究室に忘れてきたので降られたらびしょ濡れになる。
「それだけはゴメンだわ」
香里はそう呟くと、更に足を速めた。
「チッ」
後をつけていた男は舌打ちすると香里を追い越すように足を速めた。
このまま駅にまで行くとチャンスが無くなる。出来るならば人のあまりいない場所でやりたかったのだが、こうなれば仕方ない。
その男が香里を追い越し、後ろを向こうとした時だ。
前から歩いてきた男がふらふらとよろけ、その男にぶつかっていったのだ。
「な、何をするっ!!」
ぶつかられた男が声を荒げ、ぶつかってきた男を払い除けようとする。だが、ぶつかった男はそのぶつかった相手をぎゅっと掴んで離さない。
「き、貴様・・・」
男が自分にしがみついている男を見下ろし、ぎょっとなった。
男は苦しそうな顔に無理矢理笑みを浮かべている。その顔に見覚えがあったからだ。
香里は前方で起きている事に一瞬、目を向けたがすぐに興味を無くし、そのまま通り過ぎようとした。
「こんなところで会えるとは思わなかったぜ・・・」
そう呟くと、しがみついていた相手を突き飛ばす。
「改造変異体・・・レベル5ともなると堂々と人の中に紛れ込めるんだな」
その言葉に香里は思わず足を止めていた。
そして振り返り、二人の男を見る。
そこでは足下がふらつき気味の男がもう一人の男を睨み付けていた。
「お、折原浩平・・・貴様・・・」
睨み付けられている男が驚きを隠せないように呟く。
だが、それも一瞬の事で、すぐに余裕たっぷりの笑みを浮かべる。
「どうした、足がふらついているではないか。それでこの私を倒せるとでも思ったか?」
そう言うと、男は少し後方に飛び下がった。
折原浩平と呼ばれた男は何とか足を踏ん張り、飛び下がった男を睨み付ける。
「ふふふふふふ」
男は不気味な笑い声を上げるとその姿を異形のものへと変じていく。脇腹から4本の鋭い爪を持った手が飛び出し、更に全身が不気味な蜘蛛のような姿へと変わっていく。
「へっ、何だと思えば蜘蛛と人の出来損ないか・・・」
浩平はそう言うとにやりと笑みを浮かべた。
突然姿を現した蜘蛛の怪人に周囲にいた人々が逃げまどう。
「こんなところでやる気か、テメェはよ!」
浩平が蜘蛛怪人に飛びかかっていく。
その様子を香里は呆然と見ていることしか出来なかった。
 
<新宿区大久保 14:31PM>
青空保育園のバスは遅々として進まない渋滞に巻き込まれていた。
「まぁ、いつものことだけどよ〜」
運転手がつまらなさそうに呟く。
後ろでは牧村と真琴が退屈そうにしている園児達の相手をやっていた。
「むーすーんで、ひーらーいーてー♪」
「むーすーんで、ひーらーいーてー♪」
牧村の声にあわせて園児達が合唱する。その園児達の中にはちゃっかり真琴の姿もあった。園児達に混じり、楽しそうに彼女も歌っている。
と、その時だ。
バスのすぐ横を一台のバイクが通り過ぎたのは。
何気なく窓越しにそのバイクを見た真琴がはっとなる。
バイクに乗っている青年に何か懐かしいものを感じたのだ。
「あれは・・・」
真琴は思わず窓に手をついていた。
そして走り去っていくバイクの後ろ姿を見送った。
「間違いない・・・」
いきなり立ち上がった真琴はそのままバスの前方まで行き、運転手に掴みかかった。
「ゴメン、ドア開けて!!」
「おいおい、まこっちゃんよ。いくら渋滞って言ってもな・・・」
「お願い、早く!!」
その真琴の必死の様子に度肝を抜かれたのか運転手はドアを開けてしまう。
「ゴメン、すぐに戻るから!!」
開いたドアから飛び出していく真琴を誰もが呆然と見送るしかなかった。
「さ、沢渡さん!?」
慌てて牧村がドアの外にでようとするが、その前に運転手はドアを閉めてしまった。
「大丈夫だよ、牧さん。まこっちゃん、すぐに帰ってくるから」
「でも!」
「あんたがそんなだと子供達が不安がるぜ。ほらほら」
運転手に言われて牧村は園児達の方に戻っていく。
「ねーねー、さわたりせんせーは?」
「さわたりせんせー、どこいったのー?」
子供達が不安そうな顔をして牧村を見る。
「大丈夫、すぐに沢渡先生、帰ってくるからね。さぁ、お歌の続き、やりましょうか」
笑顔を無理矢理浮かべて牧村は言う。
その頃、真琴は先程バスの横を通り抜けていったバイクを追いかけて必死に走っていた。
「何処? 何処行ったの、祐一?」
直感だった。
あの走り抜けていったバイクに乗っていたのが祐一であると、そう思えたのは直感に過ぎない。しかし、それはもはや彼女の心の中で確信に変わっている。
あれは確実に祐一である、と。
5年前、行方不明になったという祐一であると。
「祐一〜〜〜〜〜!!」
真琴が叫ぶ。
その叫びが届いたわけではないのだろうが、バイクの青年はそのバイクを止めていた。
「やれやれ、全く見つからないとはな・・・」
ヘルメットを脱いでそう呟いたのは祐一だった。
歌舞伎町を離れ、一度早稲田の辺りまで行ったのだが全く未確認生命体第27号の気配を感じ取れなかったのでUターンしてきたのだ。
「何処に隠れやがった・・・?」
ロードツイスターから離れて歩き出す。
少しの間歩いているとすぐ側の路地で何かが倒れるような音が聞こえてきた。
はっと振り返ると、その路地から一人の青年が出てくる。そしてその青年の足下には別の人間の手首が覗いている。更にその手首は苦しそうにぴくぴくと痙攣さえしていた。
「お、おい!」
祐一はそのまま気にもせずに歩き出そうとしていた青年を呼び止める。呼び止めながら路地を覗き込み、そこに倒れている中年男性を見つけてしまう。
「お前が・・・?」
そう言って振り返るのと同時に青年が祐一の肩をがしっと掴んでいた。
青白い顔に細身のその身体からはとても信じられないような力に祐一は慌ててその手を払い除けた。
「第27号!!」
さっと青白い顔の青年との距離を取る祐一。
青年は一瞬、表情をしかめるとその本当の姿に戻っていく。
リガチ・コバル。
その青黴にも似た不気味な姿を見て、さしもの祐一も一瞬怯んでしまう。だが、それはほんの一瞬のこと。すぐに表情を引き締めるとすっと腰の前で両手を交差させた。そして素早く胸の前まで腕を上げ、左手を腰まで引き、右手で十字を描く。
「変身っ!!」
そう言って右手を顔の横まで引き、一気に振り払う。
祐一の身体に浮かび上がっていたベルトの中央部が光り、彼の身体を戦士・カノンへと変える。
「カノン!!リリショ・ゴドジェ・ラッシャ・ゴゴザ・ギナサモ・バガタショ・ニデ!!」
リガチ・コバルはそう言ってカノンに飛びかかっていく。
その手を払い、相手の胸にパンチを叩き込むカノン。
その一撃でリガチ・コバルはあっけなく吹っ飛ばされてしまった。ビルに壁に叩きつけられ、ぐったりとその場に崩れ落ちてしまう。
「何だ、こいつ・・・弱い?」
思わず相手を吹っ飛ばした右の拳を見つめてしまうカノン。
リガチ・コバルはよろよろと立ち上がるとその場から逃げ出そうとした。
「逃がすか!!」
今度はカノンが飛びかかる。
逃げようと背中を見せていたリガチ・コバルの肩を掴むと自分の方を向かせて何度もパンチを叩き込んだ。
最後のキックを叩き込み、またも吹っ飛ばされ、地面を転がるリガチ・コバル。
「今回は楽勝だな!とどめを刺してやる!!」
カノンがそう言って腰を低く落とし、右手を前に、左手を腰に構えた。前に出した右手を水平方向に右から左へと動かしていく。
「祐一っ!!」
不意に後ろから聞こえてきた声にカノンの動きが止まった。
必殺のキックの体勢を解き、振り返ると、そこには息を切らせた真琴の姿。
「・・・真琴・・・?」
驚いたように呟くカノン。
それは決定的な一瞬であった。
リガチ・コバルにとっては全く思ってもみなかった好機、カノンにとってそれは相手が弱いと言うことから来た油断にしてそして致命的な。
跳ね上がるようにして起きあがったリガチ・コバルは自分に背を向けているカノンに飛びつくと、素早くその首筋に噛みついた。
「なっ!?」
カノンが驚きの声を上げ、自分を振り払おうとするよりも早く、カノンの体内に口から何かを流し込む。
「しまっ・・!?」
必死にカノンがリガチ・コバルを振り払い、同時に回し蹴りを叩き込む。
だが、その蹴り足が降ろされると同時にカノンは地面に倒れ込んだ。
そこに駆け寄ってくる真琴。
「祐一!? 祐一っ!!」
悲痛な声を上げる真琴の目の前でカノンが祐一へと姿を戻していく。
それを見たリガチ・コバルは這々の体で逃げ出していったが、真琴は勿論、祐一にもそれを追うことは出来なかった。
何故なら祐一は苦悶の表情を浮かべ、もがき苦しんでいたから。
「ぐはっ・・ぐばっ・・・」
口から血を吐き出し、のたうつ祐一。
そこに国崎が駆けつけてきた。どうやらカノンとリガチ・コバルの戦闘を目撃した通行人が通報したらしい。まだ先程の現場にいてそれを聴いた彼がすぐにやってきたのだ。
国崎は倒れ、苦しんでいる祐一を見ると慌てて駆け寄り、彼の身体に手をかけた。
「祐の字!? しっかりしろっ!!!祐の字っ!!」
そう声をかけるが祐一はもがき苦しんでいるだけで返事を返せるような状態ではない。
真琴は青くなった顔でその様子を見ていることしか出来なかった。
「真琴の・・・真琴の所為・・・? 真琴が・・・あの時、声をかけたから・・・?」
ガタガタ体を震えさせながら、今にも泣き出しそうな表情で真琴が呟く。
「ぐああっ・・・」
「祐の字っ!!!」
祐一の苦悶の声と国崎の必死な声だけがその場に響き渡る。
 
それから10分後、到着した救急車によって祐一は関東医大病院へと運ばれていった。路地に倒れていた中年男も一緒にだ。
国崎は悔しそうな顔をして祐一が倒れていた地面を見つめている。
おそらく祐一は第27号の武器である毒にやられたのだろう。それを想像するのは難しくない。しかし、それは祐一自身もわかっていたはずなのだ。
「何で・・・何でやられた、祐の字っ!!」
悔しそうにそう呟く。
「・・・真琴が・・・真琴が声をかけたから・・・」
すぐ後ろからそんな声が聞こえてきた。
国崎が振り返るとそこには真琴が立っていた。
「・・お前は・・・?」
「真琴が・・・真琴が・・・祐一を・・・祐一を殺したんだ!」
そう言って遂に泣き出す真琴。
いきなり泣き出した真琴を見て国崎は慌てた。
これではまるで自分が泣かせてしまったみたいではないか。
「と、と、と、とにかくこっちに来い!!」
この現場に集まっていた鑑識や所轄警官や同じ未確認対策本部の刑事の目から逃げるように国崎は真琴の手を取って現場から少し離れたところに停めてあった彼の覆面車に戻っていく。
「ほら、とりあえず涙ふけって」
そう言って国崎がハンカチを渡すと真琴はそれを受け取ってちーんと鼻をかんだ。何というかお約束な光景に国崎は苦笑すら浮かべられない。
黙ってハンカチを返そうとする真琴に国崎は手を振って答える。
「あー、いらんいらん。お前にやるから」
「ぐすっ、ありがと・・・」
「・・・礼なんかいいから。で、お前さんは一体誰なんだ?」
国崎はどうしたものか困りながらもとりあえず手帳を開いていた。
「沢渡真琴、今は青空保育園のアルバイト・・・」
「ふむ、沢渡真琴ね・・・」
手帳に書き込む。
「で、お前さんは祐の字・・・相沢祐一とはどういう関係なんだ?」
そう言って真琴を見ると、真琴は複雑な表情を浮かべた。
「・・・何・・何だろう。真琴と祐一の関係って・・・」
寂しそうに呟く真琴。
「・・・・・・」
国崎は何も言わずにじっと真琴を見つめている。
「家族・・みたいなものかな?」
少し考えた末に真琴はそう言い、やはり寂しそうな笑みを浮かべた。
「・・・とりあえず病院に連れて行ってやるよ。側に・・・いたいんだろ?」
国崎はそう言うと、運転席に戻った。
「・・・あんた・・目つきは悪いけど意外と優しいんだ・・・」
真琴が感心した風にそう言うと、国崎は苦笑を浮かべた。
「一言余計だ、お前は」
国崎の運転する覆面車が現場を離れ、関東医大病院へと向かう。
 
<関東医大病院近く 14:52PM>
宙を舞った浩平が地面に叩きつけられる。
しかもその身体は白い粘着質の糸でぐるぐる巻きにされていて受け身も取れないままに、であった。
「ぐあっ!!」
叩きつけられた衝撃に浩平の口から苦悶の声が上がる。
「ふふふふふ、威勢がいいのは初めだけだったようですね」
蜘蛛怪人が笑いながら言う。
浩平はそんな蜘蛛怪人を見上げたまま、にやりと笑みを浮かべる。
「へっ、いい気になるのも今のうちだ・・・」
そう言って周囲を見回す。
蜘蛛怪人と浩平の戦いが始まって既に10分以上が経っている。周囲にいた人々の姿は香里を残してほとんど無くなっていた。
「俺の本気をそろそろ見せてやるよ」
浩平はそう言って全身に力を込めた。
途端に彼を襲っていた頭痛が更に酷くなるがそれに構っている暇はない。
「ハッ!!」
気合い一閃、全身を絡め取っている白い糸を内側から吹き飛ばし、素早く立ち上がる。そして両手を重ねて前へと突き出す。左手だけを腰へと引き、残った右手を立てて一度腰の前まで引き戻し、もう一度、ゆっくりと突き出す。
「変身っ!!」
その声と共にベルトが浩平の腰に浮かび上がり、その中央が紫の光を放つ。その光の中、浩平の身体が戦士・アインのものへと変わっていく。
香里はいきなり目の前で変身と叫んだ青年を見て言葉も出ないほど驚いていた。
(ま、まさか・・・彼が・・・)
アインに変身を遂げた浩平が蜘蛛怪人に飛びかかっていく。
「ウラアアアアァァァァッ!!」
雄叫びを上げながらチョップを蜘蛛怪人に叩き込むアイン。更に相手に反撃の機会を与えないとばかりにパンチ、チョップ、肘打ちなどを連続で叩き込んでいく。
たまらずよろけてしまう蜘蛛怪人。
「お、おのれ!!」
蜘蛛怪人は口から白い糸をアインに向かって吹き付けた。
それは浩平が先程吹き付けられ、身動きを封じられたしまったもの。同じ轍をふむアインではない。さっと後退して糸の届かないところまで下がる。
蜘蛛怪人はそれを見ると更に糸を吹き出した。
今度は先程のとは違う。今度のはまるでアインの視界を奪うかのように広範囲にわたって吹き出したのだ。
「何っ!?」
アインが驚きの声を上げ、前へと飛び出すがその時にはもう蜘蛛怪人の姿はその場にはなかった。どうやら吐き出した糸を煙幕代わりにその場から逃走したらしい。
「逃げた、か・・・」
そう呟くとアインは浩平へと戻った。
そこに近寄っていく香里。
「・・・あなた、何者なの?」
浩平はいきなり自分に話しかけてきた香里を見て不審げな顔を見せた。
「・・・質問を変えるわ。あなた、何で変身出来るの?」
浩平が答えないので香里がもう一度口を開く。
その時、一台の救急車が二人のすぐ横を走り抜けていった。勿論向かう先は関東医大病院である。
香里はその救急車を見て、何か胸騒ぎを覚えた。
とてもイヤな予感。
思わず彼女は走り出していた。
浩平はいきなり走り出した香里の後ろ姿を何も言わずに見送るだけだった。
「何なんだ、あいつは?」
そう呟くと、又頭痛が襲ってき、思わず顔をしかめてしまう。
「く・・・」
ふらついてしまった身体を何とか支え、彼も関東医大病院に向かって歩き出す。
 
<新宿区歌舞伎町 14:55PM>
国崎が真琴を連れて関東医大病院に向かった後も現場検証は続けられていた。
そこに倉田重工隊未確認生命体対策チーム、いわゆるPSKチームの移動指揮車輌Kトレーラーが姿を見せた。
「すいません、遅くなりまして」
中から出てきたのは北川潤である。未確認生命体第27号が既に逃走済みだと言うことでPSK−03の各ユニットを装備してはいない、ごく普通の格好である。尤もPSKチームだとわかるよう、それ専用のジャケットを身につけてはいたが。
「北川さん、こっちへ」
住井が潤の姿を見つけて、手招きして見せたので潤は彼の方へと歩いていく。
「ご苦労様です。で、今度のは?」
潤がそう尋ねると住井は少し難しそうな顔をした。
「今まで未確認はどっちかというと力任せのタイプが多かったじゃないですか。今回は違うみたいです。何か毒物を相手の体内に注入して殺すという今までにないタイプで・・・あ、まだ詳しいことはわかってないんですが」
「・・毒物か・・ならこっちの方が有利だな。第3号は知らないがPSK−03には射撃武器がある。接近さえされなかったら大丈夫だ」
そう言って一人頷く潤。
「・・・ですが、第27号は第3号すら退けたそうですよ」
恐る恐る住井がそう言うと、潤は彼の方を見て、
「だったら俺が食い止めてみせる!」
自信たっぷりにそう言い放った。
と、そこに鑑識の一人が近寄ってきた。
「住井さん、ちょっとこれを見て貰えますか?」
そう言って鑑識は袋に入った小さな石を彼らに見せた。袋の中の石には青紫色の粉末状のものが付着しているのが見て取れる。
「これは?」
住井がそう言うと、鑑識は首を左右に振った。
「流石にこれが何かまではわかりかねますが・・・もしかしたら第27号のものではないかと」
それを聞いた潤が身を乗り出してきた。
「他にはないのか?」
「いや、同じようなものはまだありますが。それが何か?」
鑑識が答えると、潤は住井を振り返った。
「一つ預からせて貰えませんか? うちの方でも分析してみたいんですが」
「わかりました。上には俺の方から言っておきますので」
住井の了承を得た潤は鑑識から袋を受け取ると大急ぎでKトレーラーに戻っていった。
「どうしたの、北川君?」
Kトレーラーの中で周囲のチェックをしていた七瀬留美が戻ってきた彼を見て言う。
「七瀬さん、これを至急分析して欲しいんです。第27号は今までと違って力任せの奴じゃないようなんで」
潤はそう言って手に持っていた袋を留美に手渡す。
「分析って言っても・・・一度研究所に戻らないと。それにもし、第27号が現れたらどうするんですか?」
そう言ったのは斉藤だ。
しかしながら彼の言うことはもっともである。
KトレーラーはあくまでPSK−03運用の為のものであり、分析装置などそう言ったものは搭載されていない。分析をする為に倉田重工第7研究所に戻り、その戻っている間に今は行方をくらませている未確認生命体第27号が再び現れ、殺戮を再開したらPSKチームがこうして出てきている意味がない。
「何も全員戻る必要はないと思わない?」
留美がそう言って笑みを浮かべた。
え?と言う顔で斉藤が留美の方を見た。
うんうんと頷いている潤。
え?え?と言う顔で潤の方を見る斉藤。
「もしかして・・・・僕一人に戻れと?」
「今日はなかなか鋭いわね、斉藤君。電車代ぐらいは出してあげるわ」
「せめてタクシー代にしてください・・・」
泣きそうな顔をして留美から袋を受け取る斉藤。
「領収書はちゃんと貰っておくのよ!後で精算して貰うから!」
それから5分後、やって来たタクシーに斉藤を押し込み、留美がそう言って送り出す。
「さて、あれが一体どう言ったものか、楽しみね」
留美がそう呟くと、そこに住井が駆け足でやって来た。
「七瀬さん、北川さん、第27号が現れたという報告がありました!!」
「場所は?」
「このすぐ近くです!PSK−03,出動を要請します!!」
「わかったわ!北川君、準備いい?」
Kトレーラーの中に向かって声をかける留美。
「いつでもOKです!」
中からは潤の声が返ってくる。彼は既にPSK−03の各ユニットを装備し終えていた。手にはブレイバーバルカンを持ち、Kトレーラーから降りてくる。
「住井さん、案内を!」
PSK−03がそう言うと、住井は頷いて走り出した。
 
<関東医大病院 15:04PM>
運び込まれてきた祐一を見た聖は驚きの色を隠せなかった。
今までにも何度か祐一はこうして救急車で運び込まれてきたことがある。しかし、今回は今までとは違い、瀕死の重傷であった。見てわかる程なまでに。
「緊急手術だ!私が直接メスを執る!!」
ストレッチャーに乗せられて運ばれていく祐一についていきながら聖が指示を出す。
「絶対に・・・絶対に死なせないぞ、相沢君!!」
そのまま手術室に運ばれていく祐一。
手術室のドアが閉まるのとほぼ同時に香里がそこに辿り着いた。
「ハァハァハァ・・・相沢君?」
手術室のドアの上、「手術中」のランプが点灯する。
香里が呆然とそれを見上げていると、そこに国崎と真琴がやってきた。
「美坂!来ていたのか!?」
国崎が声をかけると香里は彼の方を振り返った。
「救急車が通りかかった時、イヤな予感がしたの。それで戻ってきたら・・・ちらりとしか見えなかったけど、相沢君よね?」
香里の問いに国崎は黙って頷いた。
「・・・第27号にやられた・・・今度ばかりは駄目かも知れない・・・」
悔しそうに言う国崎。
「大丈夫!祐一は死なないから!」
不意に真琴がそう言って手術室のドアの前に駆け寄った。
「絶対に!絶対に祐一は死なないから!!」
泣きながら真琴が叫ぶ。
香里はそんな真琴を見て驚いていた。
「・・・あの子は・・・」
「知っているのか?」
国崎は香里の様子から真琴を知っているようなことを感じ、そう尋ねた。
「詳しくは知らないわ。あの子は名雪の家の居候の一人、でも秋子さんにしたら家族みたいなものだっていうぐらいしか」
真琴の背中を見ながら香里が答える。
それで香里はあることを思い出したのか、はっと顔を上げた。
「秋子さんを呼んでくるわ。あの子をお願い」
そう言うと、香里は国崎の返事を待たずに歩き出した。
 
<新宿区歌舞伎町 15:08PM>
そこはかなり狭く人が一人分しか通れない程の路地。
更に足下には水たまりが残っており、かなりじめじめしている。
その路地の入り口には沢山の警官がおり、路地の中をうかがっていた。
「こっちです!」
住井に案内されてPSK−03がその場に到着する。
「すいません、通してください!」
警官隊をかき分けて路地の前に立つ住井とPSK−03。
「この中に逃げ込んだのを目撃されています。気をつけてください、相手はどんな力を持っているかまだ未知数ですから」
「接近戦だけは避けるようにするよ」
PSK−03はそう言うと、ブレイバーバルカンを構えて路地の中に入っていった。
「各自この周辺を固めるんだ!第27号は一気にここで殲滅するぞ!」
警官隊に指示を出す住井。
今ここで第27号を取り逃がせば被害は更に増えるだろう。何としてもそれは防がねばならない。
路地の入り口に数人の警官を残し、他の警官達はこの路地に続くであろう別の場所へと駆け出していく。その間にもPSK−03は一歩一歩ゆっくりと周囲に警戒しながら進んでいた。
『物凄い湿気ね・・・後で又PSK−03を磨かないと黴が生えてきそうだわ』
留美の軽口が聞こえてき、潤は苦笑を浮かべる。
「七瀬さん、センサーに反応は?」
『まだこれと言ってないわね。でも充分に気をつけて。最終的にはあなたの目が一番頼りになるんだから』
「了解」
狭い路地をゆっくりと進んでいくPSK−03。持っているブレイバーバルカンが邪魔で方向転換すら難しい、それくらい細い路地。それだけに見通しもあまり良くない。
「・・・何処にいる・・・?」
緊張の汗を流しながら呟く。
『北川君、上よ!!』
留美の声が聞こえてきたのと同時に、突如、上から何者かが飛びかかってきた。
「くっ!」
振り向こうにも手に持っているブレイバーバルカンが邪魔をして振り返れないPSK−03に、そいつはキックを放ってきた。
前のめりに吹っ飛ばされるPSK−03。
「くそっ!!」
ブレイバーバルカンから手を離し、素早く起きあがるとさっと反対方向を向き、いきなり飛びかかってきた相手と対峙する。
そこにいたのは未確認生命体第27号、リガチ・コバル。
「こいつが・・・第27号か!」
PSK−03は正面に立っているリガチ・コバルを見て、その不気味な姿に少々驚きを感じつつも素早い動作で腰のホルスターからブレイバーショットを引き抜いていた。
「これでも喰らえっ!」
そう言って引き金を引く。
セミオートで発射された弾丸が左右にかわすことも出来ない程狭い路地の中にいるリガチ・コバルを襲う。
ブレイバーショットによる攻撃によろけながら後退するリガチ・コバル。
それを見たPSK−03は少しずつ相手の距離を詰めていった。勿論引き金は引き続けたままである。
リガチ・コバルは逃げだそうにも逃げ出せないでいた。背中を見せれば容赦無く撃ってくるであろうし、このままでもそれは同様である。もはやどうしようもない。
「グッ・・・ゴデジェソ・グダレ!」
そう言うと、リガチ・コバルは口元に手を当てた。すっと口に当てた手を伸ばし、同時に口から何か霧状のものを吹き出す。
「目隠しか!そんなもので!!」
そう言って広がっていく霧状のものの中に飛び込んでいくPSK−03。
だが、その霧状のものは予想以上に濃く、すぐに前が見えなくなってしまう。いや、それだけではない。それはPSK−03のボディやマスクにどんどん付着していく。
「見えない・・・センサーで!」
モニターによる有視界戦闘が出来ないと知ると潤はすぐにセンサーメインに切り替えた。
だがセンサーにリガチ・コバルの姿はほとんど反応しない。
「なんだ、まるでジャミングされているようだ・・・」
そう呟きながら一歩一歩前に踏み出す潤。
と、急に呼吸が苦しくなってきた。更に意識まで朦朧とし始める。
『北川君、すぐにその霧の中から出て!!それの中にいちゃ駄目!!』
留美の声が不意に耳に飛び込んできた。しかし、それもノイズ入りである。まるでPSK−03の周囲に漂う霧状のものに電波を遮断する働きがあるかのようだ。
『PSK−03の生命維持モードが限界だわ!早くその中から脱出するのよ!!』
PSK−03にはその装着者を守る為に生命維持モードが搭載されている。これにより、毒ガスや催涙ガスなどを無効化することも可能であり、更には水中での呼吸も可能としていた。
その生命維持モードが限界ということはこの霧状のものが想像以上に危険なものだと言うことがわかる。
慌ててPSK−03は後退し、その霧の中から脱出した。
幸いなことに風上だったようで霧状のものはこっちにまで広がることはなく、そのまま拡散していく。それを見ながら、潤は呼吸機能が低下したマスクを脱ぎ去った。
「ゲホッ、ゲホッ・・・」
激しく咳き込む。だが、その霧状のものを吸い込むことだけはなかったようだ。
荒い息をしながら潤は脱ぎ去ったマスクを見る。
そのマスクには青紫色の粉末みたいなものが付着していた。それは先程斉藤に持って行かせた小石についていたものと同じものと思われた。
「こ、これは・・・これが・・・奴の・・・?」
 
その後、リガチ・コバルはなんとか逃げおおせたらしく、この付近で発見されることはなく、更に新たな被害者がでることもなかったのは幸いなことだったのだろうか。
警視庁未確認生命体対策本部の刑事達はその後も周辺の警戒を続け、更に住民には出歩かない要注意を呼びかけていた。
長い夜が始まろうとしている・・・。
 
<都内某所・薄暗くじめじめしたガード下 20:43PM>
青白い顔をした青年が踞っている。
苦しげな息を漏らしているのは相当なダメージを受けているからか。
そこに現れる3人の男女。
美しいドレス姿の女性を先頭に目つきの鋭い女性が続く。更にその後ろには爪を噛んでいる不機嫌そうな男。
「随分と調子が悪そうだな?」
目つきの鋭い女性がそう言って青白い顔の青年を見下ろす。
だが、青白い顔の青年は反応すらせず、相変わらず苦しそうな呼吸をしているだけだ。
「それで間に合うのか?」
今度は爪を噛んでいる男が尋ねる。
そこで青白い顔の青年がようやく顔を上げ、にやりと笑った。
「フフフ・・・カノンはもうすぐ死ぬ・・・これからゼースはもっとやりやすくなる・・・このゼース、貰ったよ・・・」
そう言って立ち上がると青年はふらふらと歩き出した。
そのまま闇の中へと消えていく。
それを黙って見送る3人の男女。
「・・・奴の力は本物だ。カノンが死ぬというのもあながち嘘じゃないだろうな」
目つきの鋭い女性がそう言うと、美しいドレス姿の女性が一歩前にでた。
「リガチは打たれれば打たれる程強くなる・・・今も奴の身体の中では強くなる為の変化が起きている・・・」
「奴は本当に勝つかもな・・・」
爪を噛んでいる男がそう言う。
 
<関東医大病院 21:03PM>
誰もが不安げな顔をして手術室前にいる。
真琴は泣き出しそうな顔をして、国崎は不安と苛立ちに落ち着いてはいられないらしく歩き回っている。
香里は一度、この病院に入院している祐一の叔母である水瀬秋子の病室に行ったのだが、結局彼女を連れだしてくることなく戻ってきていた。それでも時折、いなくなるのは同じ病院に入院している秋子や瑞佳に報告に行っているからであろうか。
そこに足音も高らかに香里の妹、栞がやってきた。
「お姉ちゃん、祐一さんは!?」
物凄く不安げな顔で姉に縋り付く栞。
どうやら香里から連絡を受けていたらしい。喫茶ホワイトでのバイトを終えて今駆けつけてきたようだ。
香里は黙って首を左右に振った。そして未だ点灯している手術中のランプを見上げた。
「・・・祐一さん・・・」
心配そうに呟く栞。
と、手術中のランプが消えた。
誰もがはっとなり、手術室のドアに注目する。
ドアが開き、中からストレッチャーに乗せられ、呼吸器をつけた祐一が運び出されてきた。そのまま心配そうに見守っている4人の前を通り過ぎ、緊急治療室へと運ばれていく。
「・・・聖先生・・・」
次いで出てきた聖の姿を見て香里が声をかける。
「相沢君は・・・?」
「済まない・・・手は尽くした・・・」
疲れ切った顔でそう言う聖。
それを聞いた栞と真琴がその場に泣き崩れた。
「い、いや、早まらないでくれ!私に出来ることは全てやった!後は彼の回復力に全てを懸けるしかないんだ!何せ・・・今まで見たこともない状態だった・・・」
言い訳をするように聖が言う。
6時間にも及ぶ手術、それでも彼女の手に負えない。それが未確認生命体の恐ろしさなのだろうか。
香里は呆然としたまま、立ちつくしていた。
国崎はドンと壁を強く叩くと、そのまま去っていく。
聖は何も言わず、只、申し訳なさそうな顔をしているだけだ。
そこにふらふらと一人の男が通りかかる。
それは折原浩平だった。
何に誘われたのか、彼はこの手術室の前にやってきたのだ。
その姿を見つけた香里が彼の側まで行き、その胸ぐらを掴む。
「あんたと・・・あんたと戦いさえしなければ!!相沢君がこうなることはなかったかも知れないのに!!」
それは一方的な決めつけだと言うことは彼女にもわかっている。それでも、浩平がアインであることを知ってしまった以上、言わずにはいられなかった。もし、アインと戦っていなければ、完全な調子であるならば、カノンはきっと負けなかったと。そう信じたかったのだ。
カノンが相沢祐一であることを知らなければ、今この手術室から運ばれていったのが祐一であることも知らないし、何よりカノンが未確認生命体第27号にやられたなどとは夢にも思わない浩平には香里が何を言っているのか全くわからない。
「違う!その人は何も悪くない!真琴が・・・真琴があの時、声をかけたから・・・」
泣きながら真琴がそう言って香里の手に縋り付いた。
香里は浩平の胸ぐらを掴んでいる手の力を抜いた。
「一体・・・何が・・・?」
呆然と呟くしかない浩平。
その彼の目の前で香里も、真琴も、近くにいる栞も、ただただ涙を流すことしか出来ないでいた。
 
Episode.39「絶望」Closed.
To be continued next Episode. by MaskedRiderKanon
 
次回予告
聖「24時52分、心臓停止を確認・・・」
未確認生命体第27号の魔手にカノンは遂にその生命活動を停止してしまう。
絶望に包まれる中、カノンの、祐一の復活を信じて香里も国崎も動き出す。
香里「相沢君は死なないわ」
国崎「待っているとだけ伝えておいてくれ」
身体の不調を押して蜘蛛怪人に挑む浩平。
第27号にブレイバーバルカンを持って再び戦いを挑むPSK−03。
浩平「そう簡単に死なれてたまるかよ・・・」
潤「まさか・・・そんな・・・!!」
PSK−03の前に現れる意外な敵!!
そして、カノンの復活はあり得るのか?
秋子「祐一さんはまだ死ぬわけにはいかないんですよ」
次回、仮面ライダーカノン「希望」
絶望の果てに、希望が見える・・・

BACK
NEXT
本・漫画・DVD・アニメ・家電・ゲーム | さまざまな報酬パターン | 共有エディタOverleaf
業界NO1のライブチャット | ライブチャット「BBchatTV」  無料お試し期間中で今だけお得に!
35000人以上の女性とライブチャット[BBchatTV] | 最新ニュース | Web検索 | ドメイン | 無料HPスペース