<N県内某山中・滝の裏の洞窟内部石室 15:04PM>
「変身出来るのがお前だけと思うな・・・」
その男は低い声でそう言うと両腕を腰の前で交差させた。すると、そこにベルトが浮かび上がる。しかし、それは男の前に立つアインやこの場にいないカノンとは違ってやけに生物的な印象を抱かせるものであった。
「何っ!!俺の他にも変身出来る奴が・・・!?」
驚きの声を挙げるアインの前で男はゆっくりと右手を上に挙げる。上下にある左右の手を胸の前で交差させ、一気に左右に振り払った。
「変身っ!!」
そう言うのと同時に男の腰のベルトの中央が光を放つ。
その光の中、男は異形の姿の戦士に変身していた。
ブートライズカノンによく似た姿の戦士、それは・・・フォールスカノン。
勿論浩平はブートライズカノンのことなど知らないし、今目の前にいる戦士の名も知らない。もっと言えば彼はカノンのことすら知らないのだ。
それでも解ることがある。
今、自分の前にいるこの戦士・フォールスカノンは危険だと言うこと。決して自分にとって好意的な相手ではないと言うこと。つまりは・・・敵であると言うこと!
「フウウウウ・・・」
口を開き、息を吐くフォールスカノン。
アインは両腕を大きく開いて身構える。
「・・・・ハッ!!」
短く息を吐き、フォールスカノンが走り出した。途中でジャンプし、アインに襲いかかる。
「ウオオオオオッ!!」
雄叫びをあげながらアインも迎撃するかのようにジャンプする。
両者が空中で交差、同時に互いのパンチが互いの胸に直撃し、地面に落下してしまう。
倒れたアインだが、すぐに起きあがり、同じように起きあがったフォールスカノンを睨み付ける。
立ち上がったフォールスカノンはパンチを受けたであろう胸を手でさっさと払って、アインの方を見た。
「お前なんかに俺は負けることはない・・・」
フォールスカノンはそう言うと再びアインに向かって走り出した。
今度は待ち受けるアイン。
と、フォールスカノンがいきなりつんのめったように前に倒れてくる。いや、そうではない。前方転回の要領で身体を倒し、アインの頭上に踵を落とそうとしてきたのだ。
とっさに腕を交差させてフォールスカノンの右踵を受け止めるアイン。その勢いに思わず膝が屈する。だが、何とか持ち直し、フォールスカノンを押し返そうとするが、その足を逆立ちになったフォールスカノンが片手で払った。バランスを崩して倒れるアイン。
フォールスカノンはそのまま踵を倒れたアインの上に叩きつけ、それからすぐに起きあがる。
アインは腹部に喰らった踵による一撃の痛みに耐えながら手を伸ばしてフォールスカノンの足を払おうとするが、フォールスカノンは後方へと飛び退いてアインの手の届かない場所へと逃げてしまう。
身体を回転させ、その勢いで立ち上がるアイン。
踵の一撃を食らった腹部を片手で押さえながらフォールスカノンを睨み付ける。
すっとフォールスカノンが動いた。
あっと言う間にアインとの距離を詰め、アインの胸を蹴り飛ばす。
吹っ飛ばされ、石室の壁に叩きつけられるアイン。
「ぐわっ!!」
壁に叩きつけられた反動で地面に倒れ込むアイン。
今までその様子をずっと見ていた女が手を叩いて喜んでいる。
「やった〜!!さっすが私の正輝だよぉっ!!」
フォールスカノンは女のその声を無視して倒れているアインを見つめていた。
「く・・・・」
地面に手を突き、何とか起きあがろうとするアインだが力が入らないのか、また地面に伏してしまう。
「何故だ・・何故お前は・・・」
必死にフォールスカノンを見上げるアイン。
その時、急にアインの腰のベルトの奧が痛み始めた。
それは締め付けられるような、今までの彼の身体を襲っていたのとは別の痛み。
「ぐおおおっ!!!」
余りもの痛みに身体を九の字に曲げるアイン。
その姿がアインから折原浩平のものへと戻っていく。だが、ベルトのあった場所には未だベルトがあり、そこから光が漏れてきている。
「ぐわあああああっ!!」
苦悶の悲鳴を上げる浩平。
それを見て、フォールスカノンと女は驚いたように顔を見合わせた。
「ど、どうしたのかしら?」
「解らないが・・・こいつはこのまま放っておいても勝手に死ぬだろう。俺が手を下す必要はないな」
フォールスカノンはそう言うと、元の姿に戻っていく。
完全に元の姿に戻った男は心配そうな目で苦しんでいる浩平を見ている女を促して石室から出ていった。
後に残されたのは未だ苦悶の声を挙げ続ける浩平のみ。
「うわあああああああっ!!!」
洞窟内の彼の悲鳴が響く・・・。
 
仮面ライダーカノン
Episode.30「猛攻」
 
<滝の裏の洞窟内部 15:13PM>
川澄舞は洞窟の暗がりの中に潜む相手を目をつぶって気配だけで追っていた。
既に彼女の姿はぼろぼろである。
着ていた上着のあちこちが破れ、Gパンも泥だらけになっている。それに見えている肌にも細かい擦り傷が沢山出来ていた。
「きーっひっひっひ。どうしたどうした、この俺を倒すのではなかったのか!?」
暗がりから不気味な声が聞こえてくる。
その声は洞窟の壁に反射して何処から発せられているのか解らない。
悪いことにこの暗がりの中でも相手には舞の姿が見えているのだ。
これでは流石の舞も不利なこと極まりない。
それでも舞は必死に気を落ち着かせて、周囲の気配を探っている。
今、相手から自分の姿は見えていないはずだ。
(ダメ・・・焦っちゃ・・・チャンスは・・・きっと来る・・・)
そう思って舞はぎゅっと刀の柄を強く握った。
「貴様のような人間風情がこの俺に勝てるわけがない。たかが人間に、この選ばれしものである自分が倒せるわけがないのだ!!」
不気味な声が自信たっぷりに言ってくる。
何処か思い上がった感じのする声。相手がただの人間、それに女だと思って油断しはじめている。後もう少し・・・もう少し相手が油断したならばチャンスは来る。
「良いことを教えてやろう!これからこの世は我々のような選ばれたものが支配するようになる!お前のようなものは反逆者として抹殺される運命にあるのだ!!」
声がだんだん近付いてくる。
舞は呼吸を止めた。
(一撃・・・これで倒せないなら、死ぬ!!)
覚悟を決め、刀を降ろす。切っ先を地面すれすれに、刃を上に向けて相手の来るのを待つ。
「さぁ、出てこい!今なら苦しまずに殺してやろう!!」
声と共に足音が聞こえてくる。
目を閉じ、そして息すら止め、気配だけを敏感に感じ取っている舞。
「何処だ・・・何処にいる・・・」
足音が舞の耳に飛び込んできた。
「出てこないと・・・苦しませてやるぞ・・・」
声がかなり近い。
それでも舞はまだ動かない。
一撃で相手を倒さなければならないのだ。出来る限り引き寄せ、必殺の一撃を食らわさなければならない。
「出てこないつもりか・・・ならば・・・」
相手が立ち止まった。
何か甲高い音が聞こえてくる。
舞はとっさに地面を蹴って相手の前に飛び出していた。
相手が攻撃してくる時こそこちらの攻撃する最大のチャンス。一か八かの、ギリギリの勝負に、舞は出たのだ。
「ハッ!!」
気合い一閃、刀を逆袈裟に切り上げる。
「ギャアアアッ!!」
悲鳴が上がった。同時にぼとりと何かが落ちる音がする。
舞が閉じていた目を開くと、そこには片腕を切り落とされた蝙蝠の怪人が立っており、物凄い形相で舞を睨み付けていた。
「き、貴様・・・ただの人間の分際で・・・よくもっ!!」
怒り狂ったように蝙蝠怪人が言い、舞を突き飛ばした。
舞はと言うと、一撃で倒せなかったことに驚きつつ、更に相手の不気味な姿を見て、言葉を無くしていたので蝙蝠怪人に為す術もなく突き飛ばされてしまった。地面に倒れ込み、持っていた刀を落としてしまう。
「死ねぇぇぇぇぇっ!!」
蝙蝠怪人が口を大きく開いた。
そこから甲高い音が響いてくる。蝙蝠怪人の武器である超音波の放たれる前触れみたいなものだ。
舞は思わず身体を丸めてしまっていた。
このままでいても超音波をかわすことは出来ない。だから少しでも直撃を受ける部分を減らそうと無意識下で考えたのか。
今にも蝙蝠怪人の口から超音波が放たれようとした時、奧から一人の男が飛び出してきた。
その男は蝙蝠怪人に体当たりを食らわせると舞をかばうように立った。
「大丈夫かな?」
男と同じように現れた女が舞の側により、そう言って舞を起こす。
何が何だか解らないまま、舞はとりあえず頷いた。
「正輝、そいつは違うよ」
女は舞が無事であることを確認すると二人の前に立っている男にそう呼びかけた。
「解った・・・なら良いんだな?」
振り返りもしないで男が言う。
頷く女。
二人の意志疎通は完璧だった。
男は両手を腰の前で交差させ、ゆっくりと右手を上に挙げる。その時にはもう、腰にベルトが出現していた。上に挙げた右手、下に残した左手を胸の前で重ね、一気に左右に振り払う。
「変身っ!!」
男がそう言った次の瞬間、男の身体はフォールスカノンへと変わっていた。
舞が声にならない驚きの声を挙げる。
それは蝙蝠怪人も同じだった。
いきなり現れ、自分を突き飛ばした男がまさか変身するとは思っても見なかったことだろう。
「な・・き、貴様は・・・?」
「お前に答える必要はない・・・」
そう言ってフォールスカノンが片腕のない蝙蝠怪人に容赦のないパンチを食らわせる。
吹っ飛ばされる蝙蝠怪人。洞窟の壁に叩きつけられ、跳ね返って地面に這いつくばってしまう。
フォールスカノンは倒れ伏した蝙蝠怪人の側まで歩み寄り、その背を思い切り踏みつけた。
「ぐわあああっ!!」
悲鳴を上げる蝙蝠怪人。
「貴様のような奴が彼らと同じ姿をしているとはな・・・その罪深さを思い知るがいい」
言いながら蝙蝠怪人の背を踏みにじるフォールスカノン。
その姿には情けなど欠片もない。
舞はそれに気づき、身体を震わせた。
「大丈夫よ。正輝は何の関係もない人を傷つけたりはしないから」
舞が震えていることに気がついたのであろう、女が優しく囁いてくる。
「でもあなたも凄いわねぇ。あの怪人相手に刀一本でここまでやっちゃうんだから」
そう言って笑みを見せる女。
「真奈美、そのお嬢さんを連れてここから離れろ。俺はこいつを始末する」
フォールスカノンが相変わらずこちらを見もしないでそう言った。
真奈美と呼ばれた女性が大きく頷き、舞に手を貸して立ち上がらせる。
「歩けるよね?じゃ、行くよ」
真奈美はそう言って舞を連れて洞窟を戻っていく。
舞は渋々と言った感じだが真奈美に促され、一緒に奧へと歩いていく。もっとも刀はちゃんと拾っていたが。
二人が見えなくなってからフォールスカノンは蝙蝠怪人の背を踏みつけていた足を放し、少し蝙蝠怪人から離れた。
立ち上がり、フォールスカノンを睨み付ける蝙蝠怪人。
「貴様・・・何者かは知らんが・・・我らに刃向かうならば貴様も敵!抹殺してくれる!!」
吠えるように言い、蝙蝠怪人が口を開く。
と、フォールスカノンが蝙蝠怪人のすぐ側に立ち、その顎を右手で掴んだ。
「面白いことを言う・・・抹殺か。出来るならやってみるがいい。もっともお前に出来るとは思えないがな?」
そう言って蝙蝠怪人の顎を握りつぶすフォールスカノン。更に左拳でボディにアッパーを喰らわせる。
吹っ飛ばされ、今度は天井部分に叩きつけられ、地面に落下する蝙蝠怪人。
立ち上がろうとするところに近寄り、蹴り飛ばす。
またも壁に叩きつけられ、そのままずるずると壁を滑って地面に座り込む蝙蝠怪人。
片腕を失っているとはいえ、強さの桁が違っていた。
「お、お前は・・・何者・・・?」
呻くように、潰された顎で必死に口にする蝙蝠怪人。
フォールスカノンはそれに答えず、足を前後に開いて、腰を落とした。右手の平を上に向けやや前に出し、左手は腰の前で構える。
「ハァァァァァァァ・・・」
まるで気合いを溜めるかのように息を吐くフォールスカノン。
蝙蝠怪人はフォールスカノンの背中から立ち上るオーラのようなものを見た。それはカノンを表す戦士の紋章によく似たもの。それが揺らめきながらフォールスカノンの背中から立ち上っている。
蝙蝠怪人が逃げ出そうと必死に立ち上がる。
「ハッ!!」
短く気合いの息を吐き、ジャンプするフォールスカノン。
空中で左足を突き出し、逃げる蝙蝠怪人の背に叩きつける。
思い切り吹っ飛ばされる蝙蝠怪人。地面に叩きつけられ、バウンドして転がる。
「ガアアアア・・・な、な、何故・・・何故・・・この・・・俺がぁぁぁぁぁッ!!」
断末魔の悲鳴を上げる蝙蝠怪人。
その背に浮かぶ古代文字。カノンのものともアインのものとも違う。
古代文字から全身に光のひびが広がっていく。そして・・次の瞬間、蝙蝠怪人は大爆発を起こした。
 
<滝の裏の洞窟内部 15:27PM>
真奈美という女と共に舞はかなり離れた場所にまでやって来ていた。
後ろの方から爆発音が聞こえてくる。
少し遅れて熱を含んだ風が二人の間を吹き抜けていった。
「どうやらやったみたいだね。まぁ、私の正輝だから心配してなかったけど」
真奈美がそう言って笑みを浮かべた。
その様子から、正輝というあの変身した男の事を信じ切っているようだ。
「さて、もうこれで安心かな?」
真奈美が舞を見ながらそう言った。
「で、君はどうしてこんなところにいるのかな?」
舞は真奈美の顔を警戒するように見つめ、何も言わなかった。
それをどう受け取ったのか、真奈美は苦笑を浮かべる。
「先に自己紹介しようか。私は真奈美、皆瀬真奈美。で、君は?」
「・・・川澄舞」
先に相手に名乗られては仕方ない。だんまりを決め込むわけにもいかなかったので舞はぼそりと呟くように言った。
「舞ちゃんね。私の事は真奈美で良いから。で、何でこんなところにいたの?」
真奈美は笑顔を浮かべて聞いてくる。
その笑みに敵意は全く無さそうだ。
しかし・・・彼女と一緒にいた男、正輝という男の事が気にかかる。舞の知る相沢祐一と同じく変身出来る力を持つ正輝という男。何か危険なものを彼には感じていた。
舞がそんな事を考えていると、そこに正輝という男が戻ってきた。
「ここにいたのか。もっと離れていると思ったのに」
正輝はそう言って真奈美を優しい目で見た。
「あまり離れちゃ正輝が追いつけないかなって思って。それに正輝ならあの蝙蝠みたいなのすぐに倒してくると思ったし」
真奈美はそう言って正輝に向かってウインクして見せた。
照れたように顔を背ける正輝。
「で、そっちのお嬢さんは?」
「川澄舞ちゃん。今何でこの洞窟にいるのか聞いているところ」
正輝は真奈美のいう事を聞いて舞の方を見た。
その顔には先程蝙蝠怪人を冷徹に倒していた戦士としての面影はない。むしろ、何処にでもいる優しそうな好青年と言った感じである。
「俺も知りたいな。君みたいなお嬢さんがどうしてこんな洞窟にいるのか、興味がある」
「正輝、その前にちゃんと名乗りなよ?」
「・・・それもそうだな。俺は山田正輝。こいつのステディさ」
正輝はあっさりとそう言い、自分で言った事に照れたのか頬を赤くした。隣にいる真奈美も耳まで真っ赤にしてくねくね悶えている。
それを見た舞はがっくりと肩を落とした。何か激しく疲れたような気がしていた。
「もう、正輝ったら〜!!本当の事だけど、それを言っちゃ恥ずかしいじゃな〜い!!」
真奈美はそう言って正輝の肩を思い切りどんと叩いた。
思わずよろめく正輝。
舞はそれを見て、重い、疲れ切ったようなため息をついた。
激しく虚ろな目でいちゃいちゃしている二人を見ている舞。
なかなか終わりそうにない。
またため息をつく舞。
 
<倉田重工第7研究所 16:03PM>
Kトレーラーの中で斉藤は何時も使用しているデスクの前に肘をついて呆けていた。
本当ならやらなければならない事があるのだが、何となく手に付かないのでこうやってさぼっているのだ。
考えている事は、PSK−03の事、それに久瀬が言っていた新兵器・DS−01の事であった。
DS−01は日本の誇る最高峰の頭脳を結集して開発されたものである。PSK−03も凄いがDS−01はそれを越えているような気がする。久瀬の言う事を信じれば、の話だが。
勿論斉藤はPSKチームの一員だからPSK−03の方が凄いと信じているが、久瀬の言う通りならPSK−03を凌ぐ性能をDS−01は持っている事になり、それに戦闘のプロである自衛隊が本格的に対未確認生命体戦闘に参加するという。これでは自分達の出番がないではないか。出番がないと言う事はすなわちクビと言う事で・・・。
思わず頭を抱えてしまう斉藤。
「斉藤君、こんなところにいたんだ」
そう言って一人の女性がKトレーラーに入ってきた。
「・・・川名さん?」
斉藤は入ってきた女性を見て目を丸くした。
川名みさき。
PSK−03などの装備開発などを担当している深山雪見の親友である。以前ある事件でPSKチームに関わり、その事件以来この第7研究所の食堂でバイトしながら雪見を手伝っているらしい。雪見自身に言わせると手伝うどころか邪魔しかしてないと言う事らしいが。
本人的には雪見がかつて開発した視力を補う特殊眼鏡のお礼のつもりらしいのだが。そう、彼女は盲目なのだ。この第7研究所で自由に動き回れるのは雪見の開発した特殊眼鏡のおかげなのである。
元々かなりの美人なのでこの第7研究所の職員にあっさりと受け入れられ、今では食堂のアイドルと化していた。もっとも彼女自身にある問題があるので誰も声をかけようとは思わないらしいが。
それはともかく、みさきは斉藤を見つけると嬉しそうに微笑んだ。
「七瀬さんが探していたよ。仕事サボって何やってるんだーって言って」
みさきの言葉を聞いて、斉藤は青くなった。
この第7研究所で怒らせてはいけない人物が何人かいる。所長である倉田佐祐理、食堂のコック長、警備部長、雪見もその一人である。そして何より斉藤が怖いと思うのは・・・自分の上司に当たるPSKチームのリーダー、七瀬留美である。
その留美が怒っているというのだ。
斉藤が青くなるのも解らないでもない。
「わ、わ、わ、解りました!あ、ありがとうございます!!」
斉藤は慌ててKトレーラーから飛び出していく。
かなり慌てて駐車場からでていく斉藤と入れ違いに雪見が駐車場に姿を見せた。
「みさき〜、いるんでしょ〜?」
雪見が大きい声でみさきの事を呼ぶのでみさきはKトレーラーから顔をのぞかせた。
「ゆきちゃん、ここだよ〜」
「全く・・・部外者は入っちゃダメだって言っているでしょ・・・」
仕方なさそうな顔をしながら雪見はKトレーラーに近寄ってきた。
「ちょっと手伝って欲しいんだけど、いい?」
「何かな?」
「PSK−03の新兵器の調整。照準器がまだ少し甘いような気がするから」
「・・・カレー5杯で手を打つよ」
にっこりと笑っていうみさきに雪見はため息をついて、仕方なさそうに頷いた。
「了解、それで良いわ。さ、いくわよ」
雪見がそう言って歩き出したのでみさきは慌てて彼女に続いて駐車場から出ていった。
 
<神奈川県某病院・3年前 16:11PM>
その病室は何時来ても陰鬱な感じであった。
あまり陽の当たらない場所にある所為か何時もじめじめしているような気がする。それは考え過ぎかも知れない。だいたい病院というものは清潔第一なのだから。
しかし、この部屋は何時も薄暗く、彼女がそれを望んだのかどうかは解らないが窓が開けられる事も滅多にない為、空気も澱んでいるように感じられた。
病室である為に、部屋の中も白い壁、何もない、殺風景な部屋の中、点滴の入った袋をぶら下げている棒と、何かの機械がベッドの側にあるだけ。
見舞いに来る者もいないのか、花一つすらない。
ベッドの上に横になり、点滴を受けているのはやせ細った少女。かなり長い間入院しているのか顔色はあまり良くない。本当ならもっと可愛いのであろう、その顔は今は頬骨が出て、やせこけている。
「・・・・・・」
俺は・・・そんな妹を、今は眠っている妹を見ながら、ため息をついた。
母さんは今日も来てないようだった。
何処に行ったのか、ここ最近姿を見た事はない。
みさおの見舞いにも来た様子はない。心配と言えば心配だが、母さんは立派な大人だ。少なくてもみさおや俺と違って、一人でも何とかやっていける人だ。それに・・・みさおの入院費も馬鹿にならない。その工面にあっちこっちを飛び回っているのかも知れない。
「おにい・・・・ちゃん・・・」
みさおの声が聞こえて、俺ははっと顔を上げた。
寝言のようだ。
こうやって寝ている間はみさおは苦しまないで済む。
「・・お兄ちゃん、行っちゃやだよ・・・」
またみさおの寝言が耳に飛び込んでくる。
どんな夢を見ているのか、俺の方に向かって手を伸ばしてきたので、俺はその手をそっと握ってやった。
「大丈夫・・・俺は何処にも行かないよ。お前の側にずっと居るから」
眠っているみさおにそう言って微笑む。
心なしかみさおの表情が落ち着いたように見え、俺は少し安心した。
そうだ、母さんがいなくっても、俺は絶対にお前の側にいる。お前の前からいなくならない。絶対に・・・、絶対に・・・・。
 
<滝の裏の洞窟内部石室 16:15PM>
浩平ははっと目を覚ました。
気を失うまでに自分を苦しめてくれたあの痛みは嘘のようになくなっている。
「ここは・・・」
上半身を起こして辺りを見回し、ようやくそこでここが何処かを思い出す。
頭を二、三度振って意識をはっきりとさせてから立ち上がる。
「そうか・・・俺は気を失っていたんだな・・・」
そう呟いて、周りに誰もいない事を確認すると浩平は祭壇のような場所を振り返った。
その上に置いてあった赤と青の宝玉の姿はない。あの二人が持ち去ったようだ。
「・・・仕方ないな・・・」
浩平は歩き出そうとして、よろめいた。
どうやら完全に回復したわけではないらしい。それでもあの痛みは消えている。少しはマシだと言う事か?
「やれやれ・・・戦っている最中に来るとはね・・・そろそろ限界かな、俺も・・・」
ふらつく身体をどうにか支え、浩平は歩き出す。
その耳にまた声が聞こえてきた。
(早く・・・そっちに行けば良いんだよ・・・)
それは思い出の中のみさおの声によく似ていた。
浩平は声に導かれるままに洞窟の暗がりへと消えていく。
 
<都内某所 16:31PM>
北川潤は進まない車にやや苛立ちを募らせていた。
自衛隊の基地まで行き、辞表を叩きつけてきたのが1時間程前。色々と嫌味を言われたが自分では後悔していない。
倉田重工ではこんな俺でも必要だと言ってくれて、信頼もしてくれている。
その信頼に応える為にも俺は何が何でもやらなければならない。
決意を新たに倉田重工第7研究所に戻ろうとしているのだが・・・日曜日である所為か道は物凄い渋滞であった。
苛立たしげにハンドルを指で叩く。
何となく視線を空へと向ける。
暗い雲が空を覆い始めている。この調子だとまた雨が降るだろう。出来れば雨が降り出す前に研究所にまで戻りたいものだ。
そう思いながら、のろのろと進む車の列に目を戻そうとし、ふと視線を止めた。
はるか上空に羽ばたいている巨大な影。
午前中に戦って逃がしてしまった鷹怪人であった。
「くそっ・・・こんな時にっ!!」
そう言いつつ、潤は持っていた携帯電話を手に取った。
慌てて呼び出す先は勿論倉田重工第7研究所。
『はい、倉田重工第7研究所・・・』
「北川です!奴がまた現れました!PSKチームの出動を願います!」
『わ、解りました!直ちに七瀬さんに伝えます!!』
電話に出たのが誰だかは解らないがとりあえずこちらの言いたい事は伝わったようだ。
「こちらの現在位置は・・・」
 
<滝の裏の洞窟内部 16:42PM>
たっぷり30分は二人のいちゃいちゃ劇を見ていただろうか、舞はいい加減呆れてため息も出なくなっていた。
そんな舞に気付いたのか、正輝がおほんと咳払いをする。
それで真奈美も気付いたようで、慌てて正輝から離れた。
「す、済まないな・・・」
照れたように言う正輝。
「で、え〜と、何の話だったっけ?」
舞はそれを聞いて、出なくなっていたはずのため息をついた。
「舞ちゃんがどうしてこの洞窟にいるのかって話だよ、正輝」
真奈美がそう言って笑みを浮かべる。
「ああ、そうだっけ?」
正輝も同じように笑みを浮かべた。
二人が笑みを浮かべたまま、舞の方を向く。
舞は表情を強張らせた。
何故か本当の事を言ってはいけないような気がする。この洞窟には折原浩平という若い男と一緒に来た、と言ったら何か危険なような気がするのだ。
「話せない・・・のかな?」
真奈美が首を傾げる。
その顔から笑みが消える。
急に気温が下がったように舞には感じられた。
「・・・良いよ。じゃ、直接聞くから」
再び真奈美が笑みを浮かべる。しかし、それは先程までとは何処か違った笑み。何か含んでいる、そう言った笑み。
舞は本能的に危険を察知していたが、動く事は出来なかった。
射すくめるかのように正輝が舞を見ていたからだ。
(・・・何だ、この威圧感は・・・あの時の・・白虎以上だ・・・)
冷や汗が流れ落ちる。
真奈美の手がすっと舞の額に触れた。
次の瞬間、真奈美の目が金色の光を帯びた。同時に、舞は頭の中に何かが入ってくるような感触を受けていた。
「うあっ・・・あああ・・・あああっ!!」
舞の全身が震える。
何かを吸い出されていくかのように、舞は全身から力が抜けていくのを感じていた。
すっと真奈美の手が舞の額から離れる。触れた時と同じように、それはまるで何事もなかったかのように真奈美の手は舞から離れていく。舞はぐったりと洞窟の壁にもたれかかって虚ろな目をしている。
だが、真奈美の表情は厳しいものだった。
「どうだった?」
正輝が尋ねてくる。
「・・・残念だよ、正輝。この子、あの彼の知り合いみたい」
振り返った真奈美は悲しげな顔をして言った。
それを聞いた正輝の顔にも落胆の色が広がる。
「・・・そうか・・・それじゃ仕方ないな・・・」
正輝はそう言ってぐったりとしている舞を見た。
ぱきぱきぱきっと指を鳴らしながら舞に近寄っていく正輝。
「君に恨みは何もない。だけど一緒にいた奴が悪い。恨むなら奴を恨んでくれ」
そう言って正輝が舞の首に手をかけようとする。
と、その時、洞窟の向こう側から小石が飛んで来、正輝の手に命中した。
はっと正輝が手を引っ込め、小石の飛んで来た方を見ると、そこには折原浩平が立っていた。
「俺を恨めってか?生憎だが、その人と俺は大した関係じゃない。ここまでの道案内を頼んだだけでな。それだけの理由で殺されて、尚かつ俺を恨まれちゃ敵わない」
浩平は言いながら正輝達の方へと歩いてくる。
手には幾つかの小石が握られていた。
「それに・・・お前には借りがあるからな。その借り、きっちり返させて貰うぜ!」
そう言って浩平は持っていた小石を正輝に向かって投げつけた。
さっと横っ飛びに小石をかわす正輝。地面を回転して素早く起きあがると浩平と対峙するかのように立ち上がる。
「あそこで大人しく死んでいれば苦しむ事もなかったろうに・・・」
正輝は低い声でそう言うと両手を腰の前で交差させた。
浩平は両手を重ねて前へと突き出している。
互いに変身ポーズをとろうとしているのだ。
真奈美は正輝の方を見ていて舞に注意を向けていなかった。だから、舞がいつの間にか落としていた刀を自分の手に引き寄せているのにも気がついてなかった。
舞は刀の柄をしっかりと握りしめると音を立てないようにゆっくりと立ち上がった。
彼女の本能が訴えている。
この女、皆瀬真奈美は危険人物だと。未確認生命体や浩平の言う改造変異体に並ぶ程危険な存在であると。この女を生かしておけばきっと祐一にも危険が及ぶ。それだけは間違いない。だから、この手で・・・。
刀を振り上げる舞。真奈美はまだ気がついていない。
舞が刀を振り下ろそうとした時、不意に真奈美が振り返った。
「ダメだよ、舞ちゃん・・・そんなに殺気出していたらすぐに解っちゃうから」
そう言ってにっこりと微笑む。
舞は驚きのあまり刀を取り落としてしまった。
その間にも浩平は重ねた手を、右手を上に、左手を下にして自分の身体へと引き寄せ、再び前へと突き出していく。正輝は左手を残して右手だけを振り上げ、その手を胸の前で交差させている。
「変身っ!!」
二人が同時に叫ぶ。
叫びながら正輝は両手を左右に払い、浩平は腕をぴんと伸ばす。
二人の腰の辺りに浮かび出たベルトの中央が光を放ち、その光の中、浩平はアインに、正輝はフォールスカノンに変身する。
互いに身構え、対峙し、睨み合った。
「さぁて、私達はあっちに行っていようか。ここじゃ正輝の邪魔になるからね」
真奈美はそう言うと、舞を連れて洞窟の奧へと姿を消していく。
「ウガアアアアアッ!!」
アインが吠えながらフォールスカノンに向かって走り出す。
軽くジャンプして牽制のチョップ。それを軽く受け流したフォールスカノンが着地したアインのボディにパンチを食らわせる。よろけるアインに身体を反転させながらの回し蹴りを叩き込む。吹っ飛ばされるアイン。
洞窟の壁に叩きつけられたアインだが、すぐに立ち上がり再びフォールスカノンに向かって駆け出した。
今度はフォールスカノンも同じように駆け出し、アインの直前で軽くジャンプ、前蹴りを喰らわせる。のけぞったアインに振り上げた足の踵を落とし、地面に叩きつけてしまう。
倒れたアインの胸の上に右足を思い切り落とす。
「ぐはっ!!」
思わず息を吐いてしまうアイン。
フォールスカノンはアインを見下ろしながらにやりと笑う。
「やはりお前では俺に勝つ事は出来ないようだな」
「まだ・・そうと決まった訳じゃねぇっ!!」
アインはそう言って胸の上のフォールスカノンの足を腕で払いのけた。
前のめりに倒れるフォールスカノンに、素早く起きあがるアイン。
アインは右手をさっと振り払った。すると、手首の上側に鋭い鉤爪が生え、しゃきんと伸びる。
「ウオオオオオッ」
アインがジャンプして、フォールスカノンに襲いかかる。
右手の鉤爪がフォールスカノンを襲うがフォールスカノンは身体を回転させてその一撃をかわし、その勢いを利用して立ち上がった。だが、そこにアインの後ろ回し蹴りが襲ってくる。
「何っ!?」
思わず両手でアインの後ろ回し蹴りをガードするフォールスカノンだが、その威力は物凄く、吹っ飛ばされてしまった。地面を立ったまま滑っていくフォールスカノン。何とか踏みとどまり、顔を上げると、アインが目の前まで迫ってきていた。唸りを上げてアインの左拳がフォールスカノンを殴り飛ばす。
今度はガードも出来ず、錐もみ回転しながら地面に叩きつけられる。
「ウアアアアアアアッ!!」
天を向いて吠えるアイン。
それはまさに野獣の雄叫びそのものだった。
アインの雄叫びを聞きながらゆっくりと立ち上がるフォールスカノン。殴られた頬を撫でながらアインの方を見る。
その気配を察したのかアインもフォールスカノンの方を向いた。
「なかなかやるな・・・さっきとは違うという訳か」
フォールスカノンが吐き捨てるように言う。
「ならばこっちも本気を出させて貰う。全力でお前を・・・殺す!!」
そう言ってフォールスカノンがさっと身を沈めて走り出した。
アインが迎撃するように腕を振り回すが、その腕の下をかいくぐり、フォールスカノンはがら空きのボディにパンチを叩き込む。一発、二発、三発と叩き込み、アインの身体を宙に浮かせる。そこで身体を更に低く沈めながら後ろ蹴り。
アインが吹っ飛び、洞窟の壁に叩きつけられる。
と、岩盤が脆くなっていたのか、天井が崩れてきた。
慌ててその場から飛び退くフォールスカノン。
土煙が舞い上がり、前が見えなくなる。
やがてもうもうと立ちこめていた土煙が消え、フォールスカノンはそこにあるものを見つけ、大きく頷き、真奈美達を追って歩き出した。
そこには・・・崩れた岩の中からアインの片手がのぞいていたのだった。
 
<都内某所 17:12PM>
潤はようやく渋滞から抜け出し、乗っていた車を駐車場に入れると出動してきたKトレーラーと合流していた。
「すいません、渋滞から出るのに時間がかかって」
潤がそう言いながら中にいる人物達を見回した。
「そんな事はどうでも良いわ。それより早く準備して!」
そう言って潤を急かしたのは七瀬留美。
PSKチームの実質的なリーダーである。
「斉藤君、手伝ってあげて!」
「は、はいっ!」
留美の剣幕にややびびりながら立ち上がったのは斉藤。
PSKチームの一員で留美のサポートをしている。
「北川君、今回はブレイバーショット以外の武器もちゃんと使えるわ。ブレイバーバルカンも改良してあるし、電磁ナイフ以外の接近専用武器もあるから存分にやっちゃって!」
なかなか物騒な事を言っているのはPSK−03装備開発チームの主任、深山雪見。
「北川さん、無理をしてまではいいですから、頑張ってください」
最後に声をかけてきたのは倉田佐祐理。
倉田重工の重役の一人で、第7研究所所長、そしてPSK計画の総責任者である。
その間にも潤の身体にはPSK−03の各パーツが装着されていた。
後残るは頭部のマスクのみ。
マスクを手にとって留美は少し躊躇いを見せた。
本当に大丈夫なのか?また潤の意識がPSK−03に搭載されているAIに奪われはしないだろうか?潤は上手くAIと同調出来るのだろうか?
不安が見る見るうちにわき上がってくる。
「・・・七瀬さん、俺なら大丈夫です」
潤が留美を見てそう言い、微笑んだ。
留美はそう言った潤を見ると小さく頷いた。
「北川君、PSK−03のコードネームは覚えているわね?」
「確か・・・”ベルセルガ”でしたよね?」
潤は斉藤に確認するように言う。
斉藤は困ったような顔をしただけだ。
「”ベルセルガ”・・・・狂戦士という意味よ。狂戦士になるかならないか、それは全てあなた次第。しっかりやりなさい!」
そう言って留美はマスクを潤に装着させた。
同時にオートフィット機能が作動し、PSK−03の各パーツが潤の身体にフィットする。
戦闘準備は整った。
専用車両Kディフェンサーに跨り、PSK−03は鷹怪人を追うべく、表に飛び出していく。
(あの鷹怪人が狙っていたのがもしも美坂なら・・・また狙うはずだ!)
Kディフェンサーが疾走する。
その行く先は香里の住んでいるマンションであった。
 
<神奈川県某病院・3年前 17:24PM>
俺は慌ただしく、廊下を走っていた。
その前方にはストレッチャーに乗せられたみさおと俺の母さん、それに付き添いの白衣を着た男が数人。
「待ってくれ!一体どういう事なんだよ!?」
母さんに追いつき、その腕を掴んで俺は母さん達を引き留めながら声を張り上げる。
「みさおの為なのよ、浩平。この人達の所に行けばきっとみさおは良くなるわ。何も心配はいらないのよ」
そう言った母さんは何処か虚ろな目をしていた。
まるで何かに取り憑かれでもしているかのように。
俺は周りにいる白衣の男達を見回す。
どう見たって医者には見えない、身体のやたらがっしりとした男達。しかもそろってサングラスまでかけている。怪しさ全開だ。
「母さん、何言ってるんだよ!みさおは病気なんだぞ!それにあまり動かしたらダメだって医者が・・・」
「大丈夫よ、浩平。何も心配しないでいいの。お金の事も、みさおの事も、みさおの病気なんかこの人達がすぐに直しちゃうんだから」
そう言って微笑む母さん。
だが、その微笑みは何処か虚ろだ。嘘っぽい笑み。偽りの笑み。まるでとってつけたような笑み。
俺はストレッチャーの上に寝かされているみさおを見た。
みさおは俺を見て、小さく微笑んだ。
「大丈夫だよ、お兄ちゃん。お母さんを信じるよ、みさおは」
小さい声でみさおが言う。
それを聞いた母さんは嬉しそうに手を叩いた。
「流石はみさおちゃんね。こんなわからず屋のお兄ちゃんがいたら身体も良くならないわ。さぁいそぎましょう」
母さんがそう言うと、白衣の男達が再びストレッチャーを押し始めた。
俺は為す術もなく、その場に立ちつくしていた。
誰も声をかけてこない。
まるで自分だけが異世界にでも立っているような感覚。
何かがおかしい。
しばらく姿を消していた母さんがいきなりみさおの病室にあの白衣の男達と一緒に現れ、「みさおの身体を良くする場所へ移す」とか言って一緒に運んできたストレッチャーにみさおを横たえた。
俺がどれだけ場所を聞いても母さんは答えない。白衣の男達も何も言わない。
今まで何をしていたかを聞いても母さんは何も言わなかった。
ただ、みさおの為だと言って、彼女の意思も確認せずに運んでいる。
俺が前に医者から聞いた話じゃみさおは身体が酷く弱ってきており、あまり動かすのも良くないと言う事だ。なのに、それを言っても母さんは「みさおの身体を治せる場所に連れて行く」の一点張りだ。
俺の知っている母さんはこんな人じゃなかった。
馬鹿息子の俺や病弱なみさおの為に一生懸命働いて、それでも優しかった母さん・・・一体何があったんだ?それにあの白衣の男達は何なんだ?
俺はまた走り出した。
こんな事をしている暇はない。
わからないならこの目で見届けてやろう。
それに・・・みさおの側にずっと居ると俺は誓ったんだから。
母さん達は病院の前に止めてあるライトバンにみさおを運び込んでいる最中だった。
「母さん、待ってくれ!」
大きい声で呼びかけるが、誰も反応しない。
俺は母さんに駆け寄り、母さんの腕を掴んで俺の方を向かせた。
「俺も一緒に行く・・・連れていってくれ」
真剣な目をして俺は言った。
一瞬母さんの顔に驚愕と言った感情が浮かぶ。そして白衣の男達を振り返った。俺も思わず白衣の男を見る。
白衣の男達は少しの間相談していたがやがて頷いて見せた。
俺はそれを了承と受け取り、みさおのすぐ横に陣取った。俺の隣に母さんが、そして一番ドア側に白衣の男の一人が座る。
少しして、車が動き出した。
「やっぱり・・・来てくれると思ってた。お兄ちゃんがいれば安心だよ」
みさおが小さい声でそう言い、俺に向かって微笑んだ。
頷く俺。
やはり不安だったのだ。明らかに様子のおかしい母さん。物言わぬ謎の白衣の男達。病弱であまり人付き合いのないみさおがこれで不安にならない方がおかしい。
「大丈夫だ、俺が側にいる」
俺はそう言ってみさおの小さな手を握りしめた。
 
<滝の裏の洞窟・崩落した場所 17:26PM>
崩れた岩の中から突き出ているのはアインの左腕。
重力に逆らうように伸ばされたその左腕だが、本体はもう力を失ってしまったのかぴくりとも動かない。
(まだだよ・・・まだ・・・まだ・・・死んじゃダメだよ・・・)
声が聞こえてくる。
弱々しい女の子の声。
(まだやらなきゃダメな事があるんだよ・・・だから・・・死んじゃダメだよ・・・)
しかし、アインの左腕は動かない。
 
<滝の裏の洞窟入り口付近 17:29PM>
舞は真奈美と正輝に追われるように必死に走っていた。
刀は先程アインとフォールスカノンが戦った場所においてきてしまっており、手元にはない。
多少ならば素手でも戦えるが、相手が変身出来るとなるとそうもいかない。おまけに女の方は心を読む力があるようだ。これでは勝ち目はない。
「逃げても無駄だよ、舞ちゃん」
そう言って真奈美が舞の前から現れる。何処をどう先回りしてきたのか、少なくても相手はこの洞窟の事を自分より良く知っているらしい。これでまた一つ、勝ち目が消えた。
「折角知り合えたのに残念だけど、仕方ないんだよ。この洞窟に入ってきて、宝玉に手を出すものはみんな殺せって言われているから」
真奈美は心底残念そうに言う。
「ど、どうして・・・?」
舞は喘ぐように言った。
喉がからからで上手く声が出ない。
「理由は知らない。私はあまり一族の事に興味ないからね。まぁ、葵ちゃんなら知ってるかも知れないけど」
そう言って真奈美が自分の顎に手を当てた。
「う〜ん、もしかしたら何か重大な使命なのかな?そろそろお姫様も覚醒するだろうし、あの宝玉はそれに関係するのかも」
本気で考え込んでいるようだ。
舞はそれを見て、さっと周囲を見回した。
正輝の姿はない。今なら真奈美を振りきって外に逃げ出せるかも知れない。そう考えた舞の行動は早かった。さっと地面を蹴って真奈美の横を通り抜けるとそのまま全速力で滝の方へと向かう。滝の流れ落ちる音が先程から聞こえていたのだ。
「あ、ちょっと!!」
慌てたような真奈美の声が聞こえてくるが舞は止まらない。
前方が明るくなってきた。
水の音が大きくなる。
後少し。
そう思った時、後ろから頭を掴まれ、舞は前方に投げ飛ばされた。
バランスを崩し、そのまま水面に没する舞。
舞の頭を掴んだのは正輝であった。やはり彼も先回りをしてきたらしい。彼は舞が水の中に沈んだのを見ると、自分も水の中に飛び込み、浮かび上がろうとする舞の頭を押さえつけた。
ごぼごぼごぼと舞の口から空気が漏れていく。
このままではまずい、確実に殺されてしまう。そう思う舞だが、今の彼女は無力だった。彼女が持っていた力は何故か5年前のあの日以来失われていたから。今の彼女は全くの無力、抵抗らしい抵抗も出来ず、水の中でもがき苦しむのみ。
「こういう殺し方はしたくなかった・・・許せ」
正輝が呟く。
舞が必死にもがく。
 
<某所・3年前 17:31PM>
がしゃんと俺の目の前でドアが閉じられた。
重く、頑丈そうな鋼鉄製のドア。
その向こう側にみさおは連れて行かれた。
俺は何も出来ず、そのドアの前に立ちつくしていた。
この場には俺一人だけ。
ここにつくなり母さんは白衣を着た男達と共に何処かへ行ってしまった。
それからみさおには会えないまま、数日が過ぎた。
俺はその間にここが「教団」と呼ばれる組織の一施設である事を知り、そこの手伝いみたいなことをやらされていた。
みさおがここにいる以上、追い出されるわけにはいかなかった。やれと言われた事は全部やった。そんなある日、俺は幾つかの検査みたいなものを受けさせられた。それからは俺の生活に変化が起きた。今までやらされていた雑用をやらさせることなく、それどころか待遇も良くなっていた。
それが何を意味していたかは、あの時の俺にはわからなかったのだ。
そして遂にその日が来た。
朝の食事を終えた後、俺は急激な眠気に襲われ、そのまま寝入ってしまった。次に気がついた時には俺は何か手術台のようなものの上に寝かされており、数人の白衣を着た男達に囲まれていた。
「な、何だ?」
「今から君の手術を開始する。手術と言っても簡単なものだ」
白衣を着た男達のリーダーらしき男が言う。
その男の手にはベルト状のものがあった。
「これを君の身体に埋め込む。そうすれば君は今までにない力を持つ事になる」
「ま、待ってくれ!!一体どういう事なんだ、それは!?」
「君は選ばれたのだよ、新たなる人類の指導者に。我らが教祖に。君は忠実なる教祖の僕として生まれ変わるのだ」
まさに狂気。
そうとしか思えなかった。
リーダーが持っていたベルトを俺の身体に押しつける。どうやら先に何処に埋め込むかの見当をつけているらしい。だが、その時だった。俺は焼け付くような痛みを腰に感じ、必死に首を動かしてみると、リーダーの持っていたベルト状のものが光を放って、俺の身体の中へと埋まっていくのが見えた。
「うわあああああっ!!」
悲鳴を上げる俺。
「むうう・・・これはこれは大当たりだったな!」
リーダーが俺を見て嬉しそうに言う。
「流石だ!お前の母親も妹も失敗作として処分されたが、息子にここまでの適正があったとは!!」
俺は激しい痛みの中、リーダーの言った事を聞き逃さなかった。
「ど、どう言う・・・事だ!?母さんと・・・みさおに・・・何をしたっ!?」
物凄い形相を浮かべて俺が言う。
だがリーダーは平然と言い放った。
「君の母親は新たな人類の指導者になるべく自らの身体の改造を願い出た。そして病気の娘を助ける為に娘も改造するように願い出た。我々は彼女の願いを叶えてやった。だが失敗だった。二人とも適応出来なくて死んでしまったよ」
「なっ・・・い、何時の話だ!?」
「さぁね。ここではそう言う失敗したものが毎日処分されている。いちいち覚えていないよ」
それを聞いた時、俺の頭の中は真っ白になった。
同時に渦巻いたのは激しい憎しみと怒り、絶望。
「ウオオオオオオオオッ!!!」
俺は雄叫びをあげた。
泣きながら雄叫びをあげた。
身体を手術台に固定していたベルトがちぎれ飛ぶ。
跳ね上がるように飛び起きた俺は手当たり次第に周りにいる奴らを殴り倒した。蹴り倒した。ぶん回した。
身体にわき上がる破壊衝動のままに俺は暴れ回った。
「凄い・・凄いぞ!!これが霊石の力か!!」
リーダーが嬉しそうにそう言う。
俺が物凄い形相でそいつを睨み付けるが、奴は既に安全圏に逃げ出していた。
「遺跡で発掘したときにもしかしたらと思っていたがここまでとは!!」
嬉しそうに笑うリーダー。
同時に部屋中に吹き出してくるガス。
そのガスを吸い込み、俺の意識が朦朧としてくる。
「ウオオオオオッ」
また雄叫びをあげ、俺は奴に向かって足を踏み出す。
脳裏に浮かんだのは別れる直前に見たみさおの顔。まだ優しかった頃の母さんの顔。二人とも俺に微笑みかけている。だが、俺は・・・朦朧とする意識の中、まだ涙を流していた。
(側に・・・ずっと側にいるって・・・そう・・・そう思って・・・)
そこでばたりと倒れてしまう。
身体が動かない。腕や足どころか指の一本すら動かない。瞼を持ち上げる事すら出来ない。
俺は・・・無力感に、また泣いた。何も出来なかった、側にいてやる事も、助ける事も、安心させる事さえ出来なかった。
悔し涙に、視界が歪む。
耳にはあの男の笑い声が、俺が完全に気を失うまで響いていた。
 
<滝の裏の洞窟・崩落した場所 17:33PM>
崩れた岩の間からアインの左腕がのぞいている。
その指先が、痙攣するかのようにぴくりと動いた。
(そうだよ・・・頑張って・・・)
また声が聞こえてきた。
それはまるでアインを励ますかのように。
左手がぎゅっと握り込まれる。
がらっと小さな岩が転げ落ちた。
(早く行かなきゃ・・・あの人が危ないんだよ・・・)
声が急かす。
まるでその声に反応するかのように左腕が動いた。
「ウオオオオオッ!!」
岩の内側からアインの声が聞こえてくる。
始めは小さく、だが徐々にそれは力強く、そして大きく。
「ウオオオオオオオオオオオオオッ!!!!」
その雄叫びが頂点に達した時、崩れていた岩が内側から外へと吹っ飛んだ。
土煙の中から、赤い目を光らせながらアインが現れる。
(あの人を助ける事が出来るのは・・・・・だけなんだよ・・・だから・・・)
その声に頷くアイン。
(行って・・・・・・の居場所はここじゃないよ・・・)
アインは走り出した。
行く先は一つ、洞窟の入り口。
「ウオオオオオッ!!」
雄叫びをあげながら疾走するアイン。
その後ろ姿をそっと見守っているものがあった。
それは小さな光。
(もう・・振り返らないで・・・苦しまないで・・・私はもういないけど・・・過去にとらわれないで・・・お兄ちゃん)
 
<滝の裏の洞窟入り口付近 17:35PM>
舞の抵抗が徐々に弱くなってきていた。
正輝はそれでも力を緩めない。
真奈美は既に背を向けていた。
「まだ終わらないの?」
「もう・・・少しだっ!!」
そう言って更に力を込める正輝。
舞の手がバシャバシャと水面を叩く。
その音の所為だったのか、真奈美も正輝もそれに気がつかなかった。
二人が気がついた時にはそれはもうすぐそこまで迫ってきていたのだ。
「ウオオオオオッ!!」
雄叫びが、まるで野獣のような雄叫びが聞こえてきた。
はっと振り返る正輝と真奈美。
物凄いスピードでアインが二人に向かって走ってきていた。
「ま、まだ生きていたのか!?」
正輝が驚きの声を挙げる。
と同時に彼はアインの体当たりを食らって滝の向こう側へと吹っ飛ばされてしまっていた。それを追いかけるようにアインも滝の中へと飛び込んでいく。
「正輝っ!!」
悲鳴のような声を挙げる真奈美。
その足下、丁度水面にようやく自由になった舞が顔を上げていた。
ごほごほと咳き込みながら呆然としている真奈美を見る。
逃げるなら今しかない、そう考えた舞は大きく息を吸うと水の中に潜った。
滝の向こう側、浅瀬となっている場所ではアインが正輝の変身したフォールスカノンと対峙していた。これで三度目の対峙である。最初はアインが急に苦しみだし、二度目は崩れた天井の下敷きにアインがなってしまい、明確な勝負がつけられなかった。しかし、今度は完全な決着がつけられそうだった。
「三度目はないと思え」
「その言葉、そっくり返してやるよ」
互いにそう言って走り出す。
距離を詰めると同時に前蹴り、交差し、着地と同時に振り返るフォールスカノン。だが、アインは振り返らず身体を回転させながらの後ろ回し蹴りを放っていた。
その直撃を受けて吹っ飛ばされるフォールスカノン。
水飛沫を上げて倒れるフォールスカノンを見て、アインが大きくジャンプする。右足を振り上げ、踵を倒れているフォールスカノンに叩きつけようとする。
大きく右足を振り上げてジャンプしているアインに気付いたフォールスカノンは素早く立ち上がり、左足を振り上げた。
アインが右足を振り下ろす。
それを左足で受け止めるフォールスカノン。
残る左足を地面について、後方へとジャンプし、フォールスカノンから離れるアイン。
「俺は全てにおいて貴様を凌駕している。貴様が俺に勝てる道理はない」
振り上げた足を降ろし、フォールスカノンが余裕たっぷりに言う。
アインは黙ってフォールスカノンを睨み付けたままだ。
「かかってこい。俺の本気で相手をしてやる。だから貴様も本気でな」
挑発するように前に出した手の指を自分に向けて動かす。
アインは左右の手を同時に振り払い、鉤爪を伸ばすと、フォールスカノンに向かって走り出した。距離を詰めるとまず右の鉤爪を横に薙ぎ払う。
軽くバックステップしてかわすフォールスカノン。そこに左手の鉤爪で下から狙っていくが、これをフォールスカノンはバック転するようにかわし、同時に振り上げた足でアインを蹴り飛ばしていく。二、三歩後ろによろけるアインに今度はフォールスカノンが飛びかかった。
胸に飛びかかりながら膝を叩き込み、足をつくと同時に更によろけているアインに左右のコンビネーションのパンチ。それを何度も繰り返した後、思い切り回し蹴りを喰らわせる。
今度はアインが吹っ飛ばされる番だった。
水飛沫を上げながら浅瀬に倒れるアイン。
「くっ・・・」
すぐに起きあがるアイン。だが、フォールスカノンはアインが立つのを待っているかのように動いていなかった。
「随分と余裕じゃねぇか・・・」
そう言いながら立ち上がるアイン。
「何度も言っている。貴様では俺に勝てないとな」
フォールスカノンがそう言って身構えた。腰を落としつつ、足を前後に開く。右手の平を上に向けやや前に出し、左手は腰の前で構える。
「ハァァァァァァァ」
気を溜めるかのように息を吐く。
アインはそのフォールスカノンの背に戦士の紋章が浮かび上がるのを見た。
「くっ・・・」
この一撃をまともにくらえば流石の自分でもやばいだろう。危険信号が全身を震わせる。
だが、フォールスカノンの言う通り、今のままでは勝ち目はない。この一撃をかわす事が出来ればもしかすれば・・・。
「死ね・・・」
短く呟き、フォールスカノンがジャンプする。空中で左足を突き出す。
アインも同じようにジャンプした。空中で右足を振り上げる。
フォールスカノン必殺のキックをかわして自分の踵落としを喰らわせようとするアイン。しかし、その目論見は外れる事になる。
フォールスカノンが空中で身体を捻ってアインの踵落としをかわしたのだ。
一旦着地する両者。だが、フォールスカノンはすぐにまたジャンプして、身体を伸ばしてアインを飛び越える。飛び越え様にアインの頭を蹴り飛ばし、再度着地。身体をかがめて、その反動と共に三度ジャンプ。
頭を蹴り飛ばされていたアインはよろけていてフォールスカノンの動きへの対応が遅れた。それが決定的だった。
フォールスカノン必殺のキックがアインの身体に直撃する。
物凄い威力の衝撃にアインは為す術無く吹っ飛ばされてしまう。
さっと華麗に着地するフォールスカノンに、吹っ飛ばされ、水飛沫を上げながら滝壺に落ちるアイン。
「今度こそ、終わったな・・・」
そう言ってフォールスカノンが立ち上がる。
「真奈美、終わったぞ・・・」
滝の方に向かってそう言うフォールスカノンだが、その顔がすぐに驚きの色に取って代わられた。
滝壺から真奈美が舞ととっくみあいをしながら出てきたからだ。おそらく逃げようとしていた舞に気付き、慌てて真奈美が飛びかかったのであろう。
「真奈美っ!?」
思わず駆け寄ろうとするフォールスカノンだが、すぐに立ち止まってしまう。
滝壺の中からゆっくりとアインが姿を見せたからだ。
「まだ・・・生きていたのか・・・」
そう言って再び身構えるフォールスカノン。それは先程の必殺のキックを放つ前にとったのと同じポーズ。驚きがないわけではない。だが、彼は冷静だった。あの一撃で死なないならもう一撃喰らわすまで。死ぬまで何度でも叩き込んでやる。
アインは先程キックを喰らった部分を片手で押さえながらフォールスカノンを睨み付けている。体中に激痛が走っている。あのキックは生半可な威力ではなかったのだ。
「俺は・・・まだ死ぬわけにはいかないんだよっ!!」
アインはそう叫ぶように言うと、水飛沫を上げながらジャンプした。
その時だった。
舞ととっくみあいをしていた真奈美の上着のポケットから赤と青の宝玉が転がり落ちたのは。偶然だったのか、それとも何らかの意志が働いたのか。その二つの宝玉は転がり出ると同時に光を放ち、宙へと舞い上がった。そしてまるで意志を持っているかのように着地したばかりのアインの前に落下する。
「何っ!?」
「ええっ!?」
真奈美とフォールスカノンが同時に声を挙げる。
「それをお前に渡すわけにはっ!!」
フォールスカノンが慌ててアインに向かって走り出す。
それを見たアインは目の前にある二つの宝玉を掴むと後方にジャンプした。そこに飛びかかっていく真奈美。どうやら舞とのとっくみあいを放棄したようだ。
(どうやら余程こいつを俺に渡したくないようだな・・・)
アインがそう思ったのもつかの間、後ろから真奈美の体当たりを喰らってアインは手から宝玉を取り落としてしまう。
「ナイスだ、真奈美っ!!」
そう言ってフォールスカノンがアインの手からこぼれ落ちた宝玉に手を伸ばす。
「させないっ!!」
真奈美とのとっくみあいを演じていた舞が手に何時拾ったのか小石を持ち、サイドスローで投げた。彼女の位置から宝玉までかなり離れている。だが、小石は水面を切って、宝玉に命中、再び宝玉が宙に舞い上がる。
それを見て、アインがジャンプした。少し遅れてフォールスカノンもジャンプする。二人が宙を舞う宝玉に手を伸ばす。
先にジャンプしていた分だけ、アインが競り勝った。二つの宝玉を手の中に収め、片膝をついて着地する。
「しまったっ!!」
同じように着地したフォールスカノンは振り返ると同時にまたジャンプ。
(こうなれば・・・・奴を先に殺すっ!!)
必殺のキックが着地したままの姿勢のアインに迫る。
アインは自分の手の中にある赤と青の宝玉をじっと見つめていた。二つの宝玉が光を放っている。その光を見ながら、アインは何か懐かしいものを感じていた。それは随分と前に感じた事のある感覚。
(そうか・・・お前が呼んでくれたんだな・・・)
そう心の中で呟き、アインは背中に迫る殺気を感じ取った。
同時に手の中の宝玉が更に激しい光を放ち、アインの身体、丁度ベルトの中に沈み込んでいく。
次の瞬間、アインの背にフォールスカノンのキックが直撃、だが、逆にフォールスカノンの方が吹っ飛ばされていた。
「な、何だと!?」
地面に倒れ、驚きの声を挙げるフォールスカノン。真奈美がその側に駆け寄り、同じように驚きに満ちた目でアインを見ている。
アインはゆっくりと立ち上がり、フォールスカノンの方を振り返った。
その姿は今までのアインとは何処か違っていた。
濃い紫色の第二の皮膚、深緑色の生体装甲は変わらない。だが、その荒々しさがとれ、何処かシャープな印象を抱かせるようになっている。
手の生体装甲も棘が無くなり二本の鉤爪も折り畳み式へと変貌している。肘の先の鋭い爪は相変わらずであるが。
足も手と同じく棘が無くなり、以前と比べてよりシャープになっている。膝の棘、踵の鉤爪は前と同じくアインの戦闘的なイメージを残している。
頭部を守る仮面も大きな変化はない。あえて言うなら角の形状が今までの荒々しいものから洗練されたものへと変わったと言う事だろうか?
赤と青の宝玉を手に入れ、それをベルトの中央部の左右に配置。これがアインの完全体であった。
アインは変化した自分の姿を見下ろし、拳をぎゅっと握った。
全身から力がわき上がってくる。今ならフォールスカノンにも負ける気がしない。
ゆっくりと身構えるアイン。
「くっ・・・」
フォールスカノンは立ち上がるとまたしても必殺のキックの体勢をとった。
「ダメ、正輝!ああなったらこっちに勝ち目はないよ!」
真奈美が正輝の正面に回って言う。
「あいつは新たな力を手に入れちゃったんだよ!今の正輝じゃ勝てないよ!殺されちゃう!!」
それを聞いてもフォールスカノンは構えを解かない。
アインは何も言わずにじっと二人を見つめていた。
「な〜に、まだやってるの?」
突然そんな声が聞こえてきた。
その場にいた全てのものが声のした方を向く。
そこには髪を適当に短くした女性がいつの間にやら立っていた。
「なかなか帰ってこないからどうしたのかと思って見に来たら。その様子じゃ失敗したみたいね」
女性はそう言ってニッと笑った。
「葵ちゃん・・・」
真奈美が何か安心したという顔で葵と呼んだ女性を見る。
「そこの彼も・・・まぁ、失敗したならそれでもいいわ。今度のお姫様は物凄い力を持っているみたいだから一人くらい完全体になっても別に影響無さそうだし」
葵は興味なさそうな口調でそう言うと、真奈美を手招きした。
「そこの彼も。逃げるわよ。今のあなたじゃアインに勝てるわけないからね」
そう言われてフォールスカノンは変身を解いた。
正輝は既に構えを解いているアインの方を振り返ると、
「必ず決着はつけてやる。これで終わったと思うな」
と言い、葵の側へと寄っていった。
葵は真奈美と正輝が自分のすぐ側に立ったのを確認すると一度目を閉じた。次に彼女が目を開くと、その目は金色の光を帯びていた。同時に彼女たちの姿がその場から消え去る。
それを見ながら、アインは変身を解き、浩平の姿へと戻る。
「大丈夫か?」
そう言って声をかけた先は舞。
舞は川から上がりながらにっこりと微笑んで、頷いた。
それを見て、浩平も微笑んだ。
 
<N県某山中キャンプ場 19:52PM>
慌ただしく滝からキャンプ場まで戻ってきた浩平と舞を待っていたのはそこに残っていた遠野美凪だった。
「お帰りなさい」
「ただいま」
美凪にそう答えたのは勿論舞だった。
浩平はそんな二人をよそにそのままおいてあったバイクの方へと歩いていく。
「まって」
背中に声をかけてきたのは舞だった。
「誤解していた。済まない」
短くそう言う。
「いいさ、あんたには随分世話になったからな。これで借り貸し無しだ」
そう言って振り返りもせずに浩平は片手をあげる。
「やると決めたなら最後までやればいい。今私が言えるのはそれだけ」
「何だよ、いきなり?」
「あの洞窟の中で聞こえた声、決断を迫っているようにも聞こえた。だから・・・」
「・・・そうか・・・ありがとよ。じゃ、な」
舞の言葉に最後まで浩平は振り返らなかった。
あの声が聞こえていたとは少し驚きだったが、それを表には出さない。
そのままバイクにまで行き、すっと跨った。エンジンをかけ、それからヘルメットをかぶり、ライトをつける。そして、そのまま浩平は二人を顧みることなくキャンプ場から街へと降りていった。
舞はバイクで去っていく浩平をしばらく見送っていたが、いつの間にか隣に美凪が来ている事に気付くと苦笑した。
「・・・私もまだ未熟だ」
そう言ってロッジの方へと歩き出す。
美凪は慌てて舞を振り返り、後を追った。
「大丈夫・・・舞さんなら大丈夫だから!」
それは彼女なりの舞への励ましだったのか。
空には満天の星。
同じ空の下、彼女たちは東京で起きている異変を知らなかった。
 
Episode.30「猛攻」Closed.
To be continued next Episode. by MaskedRiderKanon
 
次回予告
夜の街中で起こるPSK−03と鷹怪人の死闘。
しかし、潤は未だPSK−03を扱いこなせないでいた。
留美「北川君じゃ・・・無理なの?」
秋子「誰かがやらないといけない事なのよ・・・」
新たな未確認生命体が動き出し、同時に動き出す水瀬一族。
名雪と対決する決意を固める秋子。
香里「そんな・・・名雪は・・・たった一人の・・・」
国崎「俺が全力でサポートする!」
PSK−03の、カノンの危機に現れるDS−01!その力とは!?
未確認生命体と水瀬一族の魔の手に勝てるか、カノン!?
祐一「俺の邪魔を・・するなぁっ!!」
次回、仮面ライダーカノン「深刻」
それは悪夢の序章・・・!!

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