<中央高速道路諏訪湖SA付近・1日前 16:14PM>
降り出した雨の所為だけでなく、既に周囲は暗くなりかけていた。
そんな中、一台の黒いオンロードタイプのバイクがN県へ向けて疾走していた。
乗っているのはバイクと同じく黒いライダースーツに身を包んだ若い男。フルフェイスのヘルメットのバイザーも黒く、その表情を伺うことは出来ない。
丁度同じ頃、東京では水瀬秋子が覚醒した水瀬名雪の力によって吹き飛ばされていた。名雪の覚醒・・・それが意味するところは一つ。相沢祐一にとってつらく、悲しい戦いが始まると言うことである。
だが、そのことは今、この青年には関係のないことであった。
ただひたすらN県に向けて愛車を走らせていく。
他のことは一切考えない。
何かに導かれるかのように彼は急いでいた。
そこで待つのが何であるのかも知らずに・・・。
青年の名は折原浩平。
またの名を戦士・アインという・・・。
 
仮面ライダーカノン
Episode.29「迷宮」
 
<浩平のアパート・1日前 09:54AM>
浩平がリシャシィ・ボバルを倒してから4日経っていた。
変身後に起きる全身への苦痛。それは日を追う事に、変身を重ねる事に酷くなってきていた。
必死にそれに耐えることしか浩平には出来ないのだ。
「くあああ・・・」
苦しげな声を漏らす浩平。
Tシャツにはびっしょりと汗をかき、苦しそうに胸元をかきむしる。
朦朧とする意識、だがはっきりと全身に走る苦痛は感じ取れていた。
理不尽だ、どうして俺がこんな目に遭わなければならない?せめて意識が無くなればこの苦痛からも解放されるだろうに。それすら許されないのか、この忌々しい身体は。
荒い息をしながら、浩平はごろりとベッドの上で横を向く。
テーブルの上に立てられてある写真立てが歪む視界の中へと飛び込んできた。
「・・・みさお・・・母さん・・・」
写真の方に手を伸ばす浩平。
その目に涙が浮かぶ。
写真の中では緊張した表情の浩平がパジャマ姿で少しはにかんでいる妹のみさおと優しげに微笑んでいる母親と並んで立っている。
それは過去の話。
まだ浩平が普通の人間であり、平凡な、だが幸せな日々を送っていた頃の話。
失われてしまった、彼の、過去。
それを思い出すかのように、浩平は泣いた。
 
<神奈川県某所・3年前 08:03AM>
その朝、浩平は気持ちよさそうにベッドの中で眠っていた。
とたとたとたと廊下を走ってくる音が聞こえてくるが浩平はそんなことお構いなしに眠り続けている。
がちゃりとドアがノックも無しに開けられ、一人の女性が中に入ってきた。
「あ〜〜、やっぱり寝てるよ〜」
呆れたように言う女性。
はぁ、とため息をつくと、その女性は窓に近寄り、カーテンを大きく開け放つ。
「いつものことだけど、これじゃ思いやられるよ・・・」
呆れたような、それでいて諦めたような、そんな感じの呟きを漏らす。
外は昨日と同じくいい天気だ。
洗濯物もよく乾くことだろう。
そう思って女性は大きく伸びをする。
「ううん・・・」
ベッドの中の浩平は突然部屋の中に入ってきた光に思わず寝返りを打っていた。
そのことに気付いた女性はベッドの側に立つと、思い切り布団を引っぺがした。
「ほら、浩平、朝だよ〜!!早く起きるんだよ〜!!」
女性がそう言って浩平を揺さぶるが浩平は頑強に眠りの世界に居続ける。
しかし布団を引っぺがされたので寒いようで身体を震わせてもいた。
「ほら、何時までもそうしていると風邪引くんだから〜」
更に浩平を揺する女性。
それでも浩平は目覚めない。
「・・・もうっ!!」
女性はそう言って、腰に手を当てた。頬も少しふくらんでいる。起きない浩平に少し怒っているようだ。
「浩平がそう言うつもりならこっちにも考えがあるんだから」
そう言うとそっと浩平の頭の下の枕に手を伸ばす。
きゅっと掴むと、枕を思い切り引っ張り出した。
「うわっ!!」
浩平の頭が落ちる。その落下感で目を覚ましたのか、浩平は上半身を起こし、寝ぼけ眼で左右を見回した。
「・・・何だ・・・俺の部屋か・・・」
そう言ってまたベッドに倒れ込む浩平。
「浩平、寝ちゃダメだよ〜!!!」
慌てたような声を出す女性。
「大丈夫だ、ここは俺の部屋、断じて長森の部屋とか里村の部屋じゃない」
半分以上寝ぼけているのだろう、浩平がそんなことを言う。
それを聞いた女性が耳まで真っ赤になる。
「な、な、な、何言ってるんだよ、浩平っ!!早く起きないと講義始まっちゃうよ!!」
女性がそう言って浩平の身体に手を伸ばすと、浩平がその手を取り、自分の方に引き寄せた。
思わず浩平に抱きしめられるような形になり、赤かった顔を完熟トマトも真っ青なくらい赤くする女性。
「こ、浩平・・・?」
「・・・・・くかー・・・・」
何を期待していたわけではない。
だが、また眠りの世界に落ちた浩平を見て、女性はむっとなった。
自分を抱きしめる浩平の腕の中から片腕を引き抜くと、思い切り浩平の頬をはたく。
ぱちーん、と言う小気味のいい音が朝の折原家に響いた。
 
<浩平のアパート・1日前 10:43AM>
夢を見ていたのか。
はっと目を開けると、そこはやはり今住んでいる安アパートであった。
身体を襲っていた苦痛に遂に意識を失い、それでつい昔のことを夢に見たのかも知れない。
それはまだ何もなかった頃の記憶。
自分がいて、幼なじみの少女がいて、クラスメイトの少女がいて、母親がいて、妹がいて。
平凡な毎日。ずっと続くと思っていた日常。
だが、今の彼はそれがどれほど脆いものの上に成り立っていたかを知っている。
幸せな日々など、何の前触れもなく、あっさりと崩れ去るのだ。
浩平はベッドから起きる気力もないかのように天井を見つめている。
先程まであれだけ自分を苦しめていた苦痛はもう無い。何時もそうだ。変身後、いきなり現れ、そして散々彼を苦しめた後、何の前触れもなく消えてしまう。
『出来損ない』
『失敗作』
彼の身体にベルトを埋め込んだ連中がその後の彼を指していった言葉。
ふざけるな、と思う。
自分の了承もなくいきなり身体をいじられ、元の生活には二度と戻れないようにしたのは誰だ?そうしたのなら最後まで責任くらいとるのが筋ではないか。
しかし、実際には自分からそこを逃げ出し、だがそれも相手の手の内のことであって、今も何処かからか監視されているかも知れない。
彼らが失敗作と呼ぶ自分が既に何体もの彼らの言うところの成功作を葬っているのだから。彼らにとっては自分は危険人物なのかも知れない。それはそれでいいだろう。あの連中のやることを叩きつぶす。それが今の自分の生きる目標なのだから。今の俺の前に立ちふさがる奴は全て叩きつぶす。それが全てだった。
「・・・・行かないと・・・・」
ふとそう呟き、浩平は起きあがる。
このままここで寝ていても仕方ない。
変身をする度に酷くなる身体への苦痛。それは自分の限界を表しているのかも知れない。ならば、その限界が来る前に。何時来るとも知れない限界に怯えながらも、浩平はそれでもやらなければならないことがあることを自覚していた。
ハンガーにかけてあるシャツを手にし、袖を通してから部屋の隅にある小さな冷蔵庫を開ける。中にはろくなものがなかった。とりあえず牛乳のパックを取り出すとそれを開けてそのまま口を付ける。一気に全て飲み干すと、今度は中にあるものですぐ食べられそうなものを出し、次々に口に入れていく。
ひとしきり、腹に食べ物を詰め込んだ浩平は先程手にしたシャツと同じようにハンガーにかけられている黒いライダースーツに手を伸ばした。
黒いライダースーツを着、浩平はヘルメットを片手に部屋から出る。
何故かは解らないが物凄く気が急いていた。
早く行かなければならない。
行ってそこで・・・。
浩平は表に停めてあった黒いオンロードタイプのバイク・ブラックファントムに跨るとキーを差し込み、エンジンをかけた。
このブラックファントムとは相性がいい。何時も一発でエンジンはかかる。それは今日も同じだった。
かかったエンジンの具合を確かめるように浩平は二、三度アクセルを回しエンジンを吠えさせる。
それからヘルメットをかぶり、バイザーを降ろして一気に走り出した。
 
<教団東京支部・1日前 10:57AM>
「そうか、折原浩平が動いたか」
ある一室でその男は報告を受けていた。
いつもとは違う白衣を身につけているその男は目の前に立っている狐のような怪人の報告を聞いて考え込むような仕種を見せた。
「一体何をするつもりだ・・・?」
「とりあえずB−09が奴の後を追っています」
「B−09・・・蝙蝠か・・・折原浩平の変身後の力は想像以上だ。手駒をこれ以上失うわけにはいかない。下手に手を出すことは禁じる。良いな?」
「解りました。では私も奴の追跡にかかります」
狐怪人がそう言って素早く姿を消した。
男は一人きりになると後ろの壁を振り返った。手に隠し持っていたリモコンを操作する。すると壁の一部が開き、そこに通路が現れた。
その先にあるのは彼しか知らない秘密の研究室である。同じ教団の研究員である鹿沼葉子や高槻もこの研究室の存在を知りはしない。
「・・・やぁ、随分ゆっくりだったね」
研究室の方から聞こえてきた声に男はぎょっとして身をすくませた。
通路の影から一人の少年が姿を見せた。
浅黒い肌のその少年はじっと男を見て、笑みを浮かべる。
「こ、ここで何をしている!?」
男はいかにも焦ったように声を張り上げた。
「ちょっと見学だよ。何時も同じところに閉じこめられていては流石に気が滅入るからね」
少年はそう言って肩をすくめた。
「なかなか面白いことをやっているみたいだね」
「貴様に言われる筋合いはない!!」
男はそう言って少年を押しのけて研究室に入っていく。
その研究室の中央には巨大なカプセルが直立しており、中には人型のものが入っていた。
「彼が目を覚ませば僕も用無しかな?」
男の後ろからカプセルを覗き込んで少年が言う。
それに男は答えなかった。
カプセルの側にあるデスクに近寄り、置いてあるパソコンに手を伸ばす。
カチャカチャとキーを叩く音が静かな研究室内に響く。
少年は未だ興味深そうにカプセルを見ていたがそのうちに飽きたらしく研究室内を歩き始めた。
男は特にそれを咎め立てすることはなかった。もとより、この少年に手を出すことは出来ない。手を出そうものなら・・・どうなるかは彼自身よく知っているのだ。
やがて少年は研究室の壁にかけられているコルクボードにピンで止められている数枚の写真を見つけ、興味深そうにそれを眺め始めた。
その写真の中には天沢郁未、名倉由依の写真もあり、更には鹿沼葉子の写真すらあった。
「ふ〜ん・・・これが適応者なのかな?」
少年が写真から目を離さずに聞くが男は何も答えなかった。
男のその態度に少年は気を悪くした様子もなく、少年はじっとある写真を見つめている。それは郁未が映された写真であった。
余程気に入ったのか、少年がその写真に手を伸ばす。
「その写真に手を触れるな!!」
いきなり男がそう言ったので少年は伸ばしかけていた手を止めた。
そのままの姿勢で男の方を振り返ると、男はかなり不機嫌そうに少年を睨み付けていた。
仕方なさそうに苦笑し、少年が手を下ろす。
男はそれを見ても忌々しそうな顔を崩さない。
「・・・一つだけ教えて貰っても良いかな?これを教えてくれたら僕はこの場からいなくなるから」
「・・・何だ?」
「この子の名前を教えてくれないかな?」
少年がそう言って指さしたのは郁未の写真だった。
それを見た男がかなり渋い顔をするが、やがて仕方なさそうに口を開いた。
「天沢郁未。鹿沼君の下で今はカノンを監視している。適応者としてはAAAクラス」
「凄いね。彼女ならレベル5も目じゃない・・・」
男とは裏腹に嬉しそうに少年が言う。
「さぁ、彼女のことを教えたんだ。さっさと出ていって貰おうか」
そう言って男がまたパソコンの前に向かう。
少年はにこやかに頷くとさっときびすを返して研究室から出ていこうとした。
と、途中で足を止め、男を振り返る。
「僕は彼女のことが気に入ったよ。彼女に接触しても文句は言わないでくれると嬉しいんだけど?」
男は何も言わず、振り返りもしなかった。
それを了承と受け取ったのか少年は頷くとそのまま歩き出した。後はもう振り返りもしない。
男はそんなこと一切構わず作業を続けている。
カプセルの中の人型のものは何も言わず、ただじっとしている・・・。
 
<首都高速・1日前 12:37PM>
浩平はブラックファントムを走らせながら何者かに監視されていることを敏感に感じ取っていた。
自分の少し後方を走っている一台のオープンカー。
それに乗っているのはサングラスをかけた女性。多分自分とそう歳は変わらないだろう、サングラスをかけていてもその女性がなかなか美人であることは伺えた。
(一体何者だ・・・?)
浩平はあまり気にしないようにしながらも、そう言うことを考えていた。
今まで自分を監視していたのは教団の改造変異体だった。しかも怪人の姿そのままで、である。しかし、今自分を追跡しているのはごく普通の女性に思えた。
改造変異体もレベル3以上になると怪人体と人間体を使い分けることが出来る。だが、この女性はそう言う感じでもない。
(解らないな・・・一体何者だ、あの女・・・?)
バックミラー越しに女性を見、浩平は彼女を引き離そうと更にアクセルを回した。
一気にスピードを上げるブラックファントム。
このブラックファントムはカノン専用マシン・ロードツイスターを開発した本坂がそれ以前に開発したスーパーマシンである。
全地形走破を目指し、更に最高速度300キロを誇るロードツイスターのいわば兄弟マシン。オンロードタイプなので全地形走破こそ無理であるが最高速度はロードツイスターをも超える350キロ、そのボディに使用されているのは本坂がある筋から手に入れた超軽量強化合金である。タイヤも充分以上に強化されており、最高速度を維持すれば厚さ50ミリの鉄板くらいは軽くぶち破れるのだ。
弱点は走行する場所を選ぶと言うこと。最高速度を出すには荒れ地では不可能である。だだっ広い、障害物のない平地が必要なのだ。
しかし、浩平にはそう言うことは関係なかった。
今のままでも充分役に立つからである。
ブラックファントムは車をすり抜け、どんどんスピードを上げていく。
彼を追いかけていたオープンカーの女性はあっという間に見えなくなった浩平に思わずため息をついていた。
「やれやれ・・・気がついていたか・・・」
そう呟くと、助手席に無造作に放り出してあった携帯電話に手を伸ばす。片手で器用に操作して登録してある番号を呼び出し、通話ボタンを押し、相手が出るのを待つ。
「・・・あ、由依?・・・そう、見事に逃げられたわ。・・・悪かったわね!あんたは自分勝手に逃げたんじゃないの!!おかげでこっちがどれほど苦労したか解ってるの!?・・・ええ?・・・もういいわ。郁未は?・・・いない?また相沢祐一の監視?・・・解った。とりあえず折原浩平をもう少し追ってみるわ。あんたはあんたで何とかしなさい。じゃね」
女性はそう言うと、携帯電話の通話ボタンを切り、ぽんと助手席に投げ出した。
もはや前方に浩平とブラックファントムの姿は見えない。
「まぁ、この先は中央道しかないから良いけどね・・・それより・・・」
呟いてから空を見上げる。
何となくだが、嫌な予感がしていた。
向こうの方の空に黒い雲が見え始めていたからだ。
「どうか降りませんように」
彼女の願いは天に通じることはなかった・・・。
 
<諏訪湖SA・1日前 16:37PM>
びしょ濡れになったライダースーツを腰の辺りまで脱ぎ、浩平は屋根の下で降り続ける雨を眺めていた。
「やまない、か・・・」
そう呟くと浩平は歩き出した。
近くの自動販売機までいき、温かい缶コーヒーを買う。
やむまで待っているわけにはいかないし、何時やむとも解らない。これを飲んだら出発しよう、そう思ってプルタブを開けた時、一人の女性が目に付いた。びしょ濡れになりながらも未だサングラスをかけている女性。
「・・あいつか・・・」
その女性が首都高速で自分をずっと追っていた女性だと浩平にはすぐ解った。
おそらくオープンカーだったために雨に降られてびしょ濡れになったのだろう。ずっと浩平を追っていたために屋根を出す暇さえなかったに違いない。
浩平はそう思って笑みを浮かべた。
「水も滴るいい女ってね・・・」
浩平はそう呟くとその女性の方に歩き出した。
女性は浩平には気がついていないようだ。ここに浩平がいるとは確信していないのだろう。おそらくだがあまりにも濡れてしまったので着替えに来たかそれとも単なる休憩か。
何にせよ浩平はその女性に興味を持ったのだ。
自分を追いかけている謎の女性。一体何者か。そしてどういう目的で自分を追いかけているのか。
「美人が台無しだな、そんな濡れ鼠だと」
女性が自動販売機に近寄ったのを見計らって声をかける。
いきなり声をかけられて女性はびくっと身体を震わせた。そして声をかけた浩平を見て、ぎょっとした顔になる。
「げげっ・・・あんたはっ!!」
慌ててその場から逃げ出そうとする女性。
浩平はその女性の行く先を遮って、にやりと笑う。
「いきなり逃げることはないだろう。わざわざこっちから姿を見せてやったんだからな」
「・・・・・・!!」
女性は浩平の言葉に思わず身体を震わせていた。
「首都高じゃずっと俺をつけていたな。一体何のためだ?誰に頼まれた?」
浩平は女性を鋭く睨み付けてそう言った。
女性は怯えたような顔をするが黙ったままだ。
仕方なさそうに浩平は肩をすくめる。
「まぁ、話せないだろうな。解っていたけど・・・」
そう言って浩平は女性の前からどいた。
「これ以上俺をつけ回すのはやめろ。あんたにとって何の得にもならないばかりか危険な目にも遭うぞ」
浩平はそう言い残し、そのまま歩いていった。
女性は何も言わずにその背中を見ているだけであった。
その顔はようやく解放された安堵感でいっぱいである。
「やばいやばい・・・ここでばれたら何もならないしね・・・」
そう呟くと女性はレストハウスの方へと歩いていった。
 
<N県某所 09:34AM>
丁度関東医大病院で美坂香里と国崎往人が鷹怪人に襲われていた頃、浩平はとあるコンビニエンスストアの前で買ったばかりのパンをかじっていた。
片方の手には牛乳のパック。
彼のいつもの朝のスタイルであった。何時これが定着したのかは解らない。ただ、昔、自分の側に牛乳好きな奴がいた、それだけを覚えている。
まるでそれを忘れないようにする為にか、浩平は牛乳を好んで飲むようになっていた。
そんな彼を監視するかのように例の女性が少し離れたところにいた。
「やれやれ・・・今時朝から牛乳だなんて・・・小学生じゃあるまいし・・・」
女性は双眼鏡で浩平の様子をうかがいながら自分の朝食のサンドイッチを口に運んでいた。
「それにしても随分とのんびりしているわね・・・東京の方じゃ聖戦が始まろうかって言うのに・・・」
また一つサンドイッチを口に運びながら女性が呟く。
「由依の話じゃまだ大がかりな動きはないようだけど、それでも早くして欲しいわね」
今度は一緒に買っておいたコーヒーを飲む。
と、そうしている間に浩平は自分の朝食を終えたようだ。
ゴミをちゃんとゴミ箱に入れ、それから止めてあったブラックファントムに跨る。
ブラックファントムが動き出すのと同時に女性も車を動かし始めた。ちなみに昨日とは違ってちゃんと屋根のあるごく普通のセダンである。どうやらあの後もかなり雨には酷い目にあったらしい。
「はっくしょいっ!!」
思わず女性がくしゃみをする。
浩平はそんなことはつゆ知らず、ひたすらブラックファントムを走らせていた。
何処へと言うことはない。
彼にも自分が何処へ向かえばいいのか解っていない。
ただN県に向かえと何者かの指令だけが頭の中に残されており、その指令に従って浩平はN県にやってきただけなのだ。だからこの先どうすればいいか全く彼自身にも解っていなかった。
しかし、彼はN県に来た時から何かを感じ取っていた。
それはまるで彼を呼んでいるかのように。
その何かを追って浩平はブラックファントムを走らせる。
 
<N県某山中 10:54AM>
だいたい一週間程前にカノンが何とかルシュト・ホバルを倒したのと同じキャンプ場の川の畔に川澄舞と遠野美凪は並んで立っていた。
「そうですか、遂に行ってしまわれるんですね」
美凪が寂しそうにそう言うと舞は小さく頷いた。
「きっとみちるも寂しがります」
「・・・・・・」
舞は何も言わず申し訳なさそうな顔をしただけだった。
「でも決めたことだから」
しばらく沈黙した後、舞がぽつりと言う。
今度は美凪が小さく頷いた。
「舞さんは元々旅の人ですから仕方のないことですね。むしろ今までこの場にとどまってくれていたことの方が感謝するべきなのかも知れません」
そう言って美凪は舞を見た。
「今まで私のような家出少女によく付き合ってくれてありがとうございました。これ、感謝のしるしです」
美凪がすっと封筒を差し出す。
封筒を受け取った舞が中を見てみると、そこには「お米券」が入っていた。
舞は何も言わずに封筒をポケットの中に押し込む。
「これからどうする気?」
「解りません。また何処かに行ってみます。ここみたいにあまり人のいない場所があれば良いんですが」
「そう・・・」
それだけ言うと舞はしゃがみ込んだ。
足下に転がっている小石を拾い、立ち上がる。
「昔、水切りというのを教えて貰ったことがある。最高何回出来ると思う?」
舞がそう言って美凪を見た。
美凪はいきなりの舞の発言に戸惑ったようだがそれでも小首を傾げて見せた。
「・・・・5回?」
それを聞いて、舞はすっと小さな笑みを浮かべた。
大きなサイドスローで小石を投げると、小石は河の水面を7回程跳ねて川の中に沈んでいった。
「・・・7回ですね」
そう言って美凪がごそごそとスカートのポケットをまさぐり封筒を取り出す。
「これ、凄かったで賞」
舞に封筒を渡そうとするが、舞はそれに首を左右に振ることで答えた。
「持っていた方がいい。二人分だと食費もかかるから」
少し悲しげな顔をした美凪に舞はそう言って優しい笑みを見せた。
「・・・舞さん、それじゃ・・・?」
「美凪を一人にして置いたら危ない・・・」
舞の言葉を聞いて、美凪はやんわりとした笑みを浮かべた。
「でもみちるは連れていけない」
「ええ、解っています。あの子は・・・ちゃんと帰らさないと・・・」
二人の表情が曇る。
丁度その時だった。
一台のオンロードタイプのバイクがキャンプ場の駐車場にやってきたのは。
乗っているのは黒いライダースーツを着た若い男、折原浩平である。
浩平はヘルメットを脱ぐとミラーにかけて、川の畔に佇んでいる二人の方へとやって来た。
「ちょっと聞きたいことがあるんだがいいか?」
「私達は地元の人じゃありませんがどうぞ」
美凪が答える。
舞は何か警戒するように浩平を見ていた。
「この辺りに遺跡とかそう言う感じのものはないか?」
浩平は自分を黙って見ている舞を気にしつつもそう尋ねた。
「遺跡、ですか?」
美凪はそう言って首を傾げ、舞の方を見た。
舞も少し考えるように首を傾げたがすぐに首を左右に振った。
「記憶にない」
短くそう言って浩平を見る。
「そうか・・・ならいい。済まなかったな」
浩平はそう言って二人から離れ、バイクの側へと歩いていこうとする。
その姿を見ながら、不意に美凪がぽんと手を打った。
「そう言えば」
美凪の声に足を止める浩平。
振り返るとわざわざ二人の側まで戻ってくる。
「何かあるのか?」
「貴方の言うようなものかどうかは自信がないんですが、ここを少し上流に行ったところに滝があってその裏側に小さな洞窟があります。その洞窟、自然に出来たものとは思えなかったんですが」
美凪がそう言うのを聞いて、浩平は嬉しそうに頷いた。
「ありがとう、それで充分だ!」
そう言って浩平は美凪の肩を叩いてバイクへと走り出した。
「あ、あの・・・」
走り出した浩平の背に美凪が声をかけた。
足を止め、振り返る浩平。
「道が悪くてバイクじゃそこまで行けません」
美凪の発言を聞いた浩平が唖然とした顔を見せる。
「なっ・・・ほ、本当か?」
浩平がそう言うと、美凪と舞が同時に頷いた。
「・・・車なら何とか行けるんですが」
遠慮がちに言う美凪。
「車で行けるのにどうしてバイクじゃ行けないんだよ!?」
「二輪じゃ安定感が無さ過ぎるんです、この先の道は。それに・・・あなたのバイク・・・」
美凪に言われるまでもなく、浩平は思わずため息をついていた。
彼の愛車・ブラックファントムはオンロードタイプである。舗装された道路では無敵の速さを誇る。しかし、こういった山道ではその性能を生かせないのだ。
「はぁ・・・仕方ない、歩くとするか」
がっくりと肩を落とし、浩平はとぼとぼと歩き出した。
その情けない後ろ姿を見ながら舞は未だ警戒するような表情を崩そうとはしない。
「美凪、今の間にみちるを・・・」
そう言って舞が浩平を追うように歩き出した。
「舞さん?」
「あいつ・・・祐一と同じ匂いがする・・・」
首を傾げている美凪にそう言い、舞は浩平を追って歩いていった。
 
<N県某山中・滝の裏の洞窟 13:04PM>
浩平は後ろからついてきた舞に道案内を頼み、美凪の言った滝にまで辿り着いていた。
「・・・濡れずに向こうまで行くことは出来ないのか?」
滝を指さしながら浩平が言う。
首を左右に振って否定の意思表示をする舞。
「そっか・・・じゃ仕方ないな」
本当に仕方なさそうに浩平が川の中に入っていく。まだ水はかなり冷たかったが、それも仕方ない。
(それに・・・何だ、この感覚は・・・?誰かが呼んでいるような・・・)
ザバリザバリと水を足でかき分けながら進んでいく浩平。
舞はそれを見ながら少しの間考えていたが、やがて自分も川の中に入ってきた。
「風邪引いても責任とらないぜ」
浩平は自分を追ってくる舞を振り返ってそう言ったが舞は浩平を睨み付けただけであった。視線に肩をすくめる浩平。
川の中程、丁度滝の手前辺りまで来た時、浩平はふと何かの気配を感じて空を見上げた。
空は昨日の雨が嘘であったかのようにいい天気である。だが、そこに浩平はあるものを見つけだしていた。
(あれは・・・改造変異体の一体か・・・やっぱり俺を見張っているって訳だ・・・)
浩平はまた滝の方を見、それから舞を振り返った。
「この裏にあるんだな、洞窟みたいなのが?」
こくりと頷く舞。
苦笑する浩平。
「あんたさぁ、喋れるんだったら少しは喋ってくれないか?そうでないと・・・」
そこまで言いかけて、浩平の脳裏にある少女の姿が思い浮かぶ。
何時もスケッチブックを持った、頭に大きなリボンを付けた元気一杯の少女。
だが、浩平は頭を激しく振ってその面影を閉め出してしまう。
「いや、いい。あんたはあんただもんな」
そう言って浩平はまた進み出した。
(そうだ・・・俺にはもう過去なんか必要ない・・・俺にあるのは・・・)
水の中を歩きながら拳をぎゅっと握りしめる。
奴らによって有無を言わされずに、勝手に改造されたこの身体。変身した後も自分を苦しめるこの忌々しい身体。今の彼にあるものは復讐の念のみ。俺をこんな身体にした奴らを叩き潰し、後悔させてやることだけ。
浩平は決意を新たに滝をくぐる。
そこには美凪が言った通り、何処か自然に出来たとは思えない洞窟が口を開いて浩平の来るのを待っていた。
「ここか・・・」
そう言って洞窟によじ登る浩平。
洞窟は丁度水面すれすれのところから始まっているので滝壺からはそうしないと入れないのだ。
想像していた通り、洞窟の中は薄暗い。滝の裏側にある所為か空気も湿っているように感じられた。
ザバッと言う音がして舞が洞窟の中に入ってくる。
浩平はちらりと舞の方を見、水で身体にぴったりと服の張り付いた舞を見て、慌てて視線を逸らした。
「ど、何処までついてくるつもりなんだ?」
少し声がうわずっていた。
だが舞は気にした様子もなく、
「ここなら他に人がいないから大丈夫・・・」
と言って洞窟の壁に手を突いた。
「大丈夫?・・・まさか俺に一目惚れして愛の告白とか?」
浩平は舞の方を見ずにそう言ったが、舞は答えず、壁をさわっている。それはただ触っているというわけではなく、何かを探している様子であったが振り返っていない浩平に解るはずもなかった。
やがて目的のものを見つけたのか、舞の手の動きが止まる。
「・・・一体あなたは何者?」
舞がそう言った。
浩平は舞の言葉の中にありありと警戒心というものを感じ取っていた。それはおそらく異形のものに対する本能的なものかも知れない。
「何者って言われてもな・・・俺の名は折原浩平、ただの洞窟マニア」
浩平がそこまで言うと、すっと首筋に冷たい感触が当たった。
視線だけを降ろして見てみると、そこには冷たく光る刃の姿。
思わずごくりと唾を飲み込んでしまう浩平。
この首筋に当てられているのは正真正銘、本物の刀だ。模造刀ではない、勿論時代劇に出てくるような竹光などでもない、斬れば人を殺せる、本物の刀。どうしてそんなものがここにあるのか、浩平はそんなことを考えながら両手を上に挙げていた。
「ちょっとタンマ・・・俺は別に怪しいものじゃない・・・」
そう言ってみるが舞から警戒心が解かれた様子はない。むしろ、その逆、余計に警戒心を募らせてしまったような感じすらある。
「どう言えば良いんだよ、おい」
苦笑を浮かべる浩平。
「とりあえずあんたにどうこうとか言う気は全くない。頼むから話を聞いてくれないか?」
何となく泣きたい気分になりながら浩平がそう言うと、舞はようやく首筋から刀を離した。
だが、その切っ先は油断無く浩平に向けられている。
浩平は舞の方を振り返ると大きく息を吐いた。
「・・・はぁ・・・俺の名は折原浩平。ただの風来坊だ。言っておくがこれは事実、尤も証明するものなんか何もないが」
左右の手を大きく広げ、浩平が言う。
「・・・・・・」
舞は無言のまま浩平をじっと見ているだけであった。
(・・・ったく、どうすりゃ良いんだろうねぇ、このお嬢様は?)
眉をひそめる浩平。
「・・一つだけ聞きたいことがある」
少しの間の沈黙の後、舞が口を開いてきた。
「俺に答えられることならな」
「折原浩平・・・どうしてあなたは・・・」
舞がそこまで言った時、丁度彼女の後ろ、洞窟の入り口に異形の姿が現れた。それを見た浩平が舞を突き飛ばし、異形の姿が洞窟に入ってこないうちに駆け寄り、蹴り飛ばす。
派手な水飛沫を上げながら異形の姿が水面下に没する。
「奧に行くんだ!早くっ!!」
振り返りながら浩平が叫んだ。そして同時に走り出す。
舞は浩平に言われるまでもなく走り出していた。
二人して洞窟の中を奧へと走っていく。途中分岐や分かれ道が幾つかあったがそれを気にしている暇はなかった。
やがて二人は少し広くなっているところに出、ようやく足を止めた。
「これくらい走れば大丈夫だろう・・・」
荒い息をしながら浩平がそう言って舞を見ると、彼女は息一つ乱していなかった。じっと浩平の方を見つめている。
「しかし、これでもう何が何やら、何処をどう来たか全く解らなくなっちまったな。無事に外に出られるか自信がないぜ」
浩平はそう言って、しかし、にやりと笑みを漏らす。
「・・・一体あれは・・・?」
舞が口を開く。
十分予想出来た質問だった。だが、浩平は返答につまってしまう。
正直に話して良いものかどうか。話せば彼女の身に危険が迫ることになるのではないか?それに彼女だけではない、彼女と一緒にいたもう一人の女性にも奴らの魔の手が迫る可能性がある。
だが、逆を言えば奴らに姿を見られた以上、もう彼女は当事者である。全てを話し、協力するなり、何とか逃がすなりした方がいいのかも知れない。
そこまで考えて浩平は舞を見た。
「・・未確認生命体・・・?」
「いや、違う」
すっと口が動いた。
自分でも予想していなかった。それほどあっさりと浩平は舞の言葉を否定していた。
「違う・・・?」
首を傾げる舞。
「・・・あんた、未確認を見たことがあるのか?」
浩平が聞くと、舞はしっかりと頷いた。
「見ただけじゃない、実際に戦いもした」
それを聞いた浩平は心底驚いた。
あの、未確認生命体を見ただけでなく、それと戦ったというのだ、この女性は。普通なら信じられないことである。未確認生命体は普通の人間以上の戦闘能力を持ち、警察などもかなり手こずっていると聞く。実際浩平も戦ったことがあるが、相当手強い敵であることは間違いない。それをこの女性は相手にして、生き残っている。
「・・・倒すことは出来なかったけど」
舞がそう付け足し、視線をそらせた。
ちょっと不服そうに見えるその顔を見て、浩平は何となく安心した。
「倒せなくても生き残っているだけでも充分凄いと思うぜ、俺は。どうやらその刀、伊達じゃないみたいだな」
浩平が舞の持っている刀を差して言う。
鞘はなく、抜き身のその刀はこの薄暗がりの中、神秘的な光を放っていた。
「しかし、何処にあったんだよ、それ?」
苦笑しながら浩平が聞く。
「洞窟の入り口に前々から隠しておいた。何かあった時用に」
舞がそう言って浩平を見る。
その視線が、今度はあんたの番だと言っている。
浩平は肩をすくめると、壁に背を預けた。
「やれやれ、こりゃ話すまでは動けそうにもないな・・・良いだろう。話す」
そう言って浩平はその場に座り込んだ。
「さっき出てきたのは改造変異体と呼ばれるある種の改造人間だ。体内に何かよく解らない石を人工的に埋め込まれ、更に遺伝子などの改造を施されたまさしく改造人間。その改造度や出来によってランク付けされるんだが、多分今のはレベル3クラスだろう」
そこまで言って浩平は舞の方を伺った。
舞は黙って浩平を見て、話を聞いているようだ。
「あれは教団の尖兵。この世を選ばれたもので統治する為、不必要な人物を抹殺するのが使命なんだ。俺もその不必要な人物の一人・・・って言うか、奴らからすれば俺は裏切り者になる。俺も元は教団にいたんだから」
そう言って自嘲する浩平。
「教団・・・?」
「何処の誰が教祖かは知らないが、そう呼ばれている組織だ。支部は世界中にあるらしい。やっていることは宗教でも何でもない、人体実験とさっき言った改造変異体の作成、それに彼らにとって不必要な人物の抹殺、エトセトラエトセトラ・・・」
「どうしてそんなことを?」
「今の世界はこのままだと破滅への道をひた走ることになる。そうさせない為にも選ばれた人物によって人類はよりよき方向へと導かれなければならない。教団に入れば選ばれしものになれ、いずれは世界を統治する側に行ける、だが、教団に入らなければ統治される側に回る、統治される側の人類に教団に反抗する者がいてはならない、それが抹殺の理由だ」
浩平はそう言うと、舞を見上げた。
「馬鹿馬鹿しい話だと思うだろ?だけど、これを信じている連中がいて、そして本当に改造変異体は作られ、実際に教団にとって必要でないと判断された人が抹殺されている。俺は最初あの未確認とかも教団と関係あるんじゃないかって思っていたくらいだからな」
「・・今の人類の科学でそんなことが可能なの?」
「改造変異体のことか?さぁな。俺には詳しいことは解らない。でも実際奴らはいるんだから出来るんじゃないのか?」
言いながら浩平は立ち上がった。
すっと目を細めて、洞窟の奧を見る。もうどっちから来たのかさえ解らない。
「お喋りの時間は終わりのようだ。さっきみたいな奇襲が通じることはもう無いからな。命懸けで逃げるしかないぜ」
浩平は舞をちらりと見る。
舞は無言で刀を構え直しただけであった。
「おい、まさか戦う気じゃないだろうな!?」
浩平が驚きの声をあげるが、舞は至って平然と頷いた。
「その改造変異体は未確認生命体より強い?」
「・・・いや、おそらく未確認の方が強いと思う・・・」
「なら大丈夫・・・」
舞はそう言うと目を閉じた。
それはまるで敵が何処から来るかを気配で探しているようであった。実際その通りであるのだが、浩平はそんな舞を呆然と見ていることしか出来なかった。
(この女・・・正気か!?)
少しでも舞のことを浩平が知っていたならこんな感想は抱かなかっただろう。だが、彼女のことを知らない浩平には無理からぬことであった。
「・・・くっ!!」
足音が聞こえてきた。
こちらへと確実に近付いてきている。
と、その時だった。
浩平の耳にある声が聞こえてきたのは。
(こっち・・・こっちだよ・・・)
はっと声の聞こえた方向を向く浩平。
舞の方を見るが彼女は先程と同じ姿勢のままである。彼女には聞こえていないらしい。それに・・・その声はこのN県に入ってからずっと彼を呼んでいるように思われたあの感覚によく似ていた。
(こっちだよ・・・)
また聞こえてきた。
浩平は一瞬躊躇したがすぐに声のする方に顔を向け、走り出した。
「こっちだ!」
舞に声をかけるのも忘れない。
だが、舞は動こうとはしなかった。
浩平は舞が動かないので放っておくことにした。声は確かに聞こえたはずだ。それで動かないのは彼女がそう決めたからに違いない。だからもう気にしないことにした。
女性一人をあの場に残すのは不安がないわけでもなかったが、きっと彼女なら大丈夫、そう言う気もしていた。
 
<N県某山中・滝の裏の洞窟入り口付近 14:28PM>
ガタガタガタと車体が揺れる。
相当道が悪いらしいことはフロントガラス越しからでも見て取れる。何でこんな道を、これなら4駆を借りてきた方がよかったわ・・・と思いながら女性はため息をついた。
折原浩平がこの先にある滝に向かったと言うことは解っていた。一体何が目的でその滝に向かっているのかは解らなかったがとりあえず居場所がわかれば監視もしやすいだろう。
「でも・・・どうやってこっちに引き入れるかが問題よねぇ・・・」
ハンドルを操作しながら女性が呟いた。
向こうに滝が見えてくる。
女性はブレーキを踏み、車を止めると、すぐに外に出た。
滝の側には一体の改造変異体の姿が見て取れた。どうやら浩平が出てこないか見張っているらしい。
「・・・まずいわね・・・今こっちの姿を見られるわけにはいかないし・・・」
女性はそう呟くと舌打ちした。それから車に戻り、ゆっくりとバックさせて向こうから見えないようにする。
「とにかく・・・こっちも折原浩平が出てくるのを待つしかないか・・・」
ハンドルにもたれかかって女性が仕方なさそうに呟いた。
 
<N県某山中・滝の裏の洞窟内部 14:35PM>
(こっちだよ・・・)
声に導かれるかのように浩平は洞窟の内部を進んでいく。その歩みに躊躇いなど少しもなかった。
彼にだけ聞こえるこの声に、浩平は何故か絶対の信頼を置いていた。
この声に従っていけば間違いはない。何故かは解らないが、そうに決まっている。あいつが俺を騙すわけがない。
(こっち、こっちに来て・・・)
浩平は知らず知らずのうちに足を速めていた。
やがて進行方向の向こう側から何かの光が漏れてきていることに気がつき、更に足を速める。
彼は気がついていなかったが、既に周囲は明らかに人工のものだと解る作りになっていた。
(ここだよ・・・早く・・・)
声に導かれ、浩平が辿り着いたのは、かなり広い石室だった。
奧には祭壇のようなものがあり、その上に二つの宝玉が光を放っている。先程から見えていたのはこの宝玉の光だったのだろう。
「・・・これは・・・」
浩平がゆっくりと祭壇に近寄っていく。二つある宝玉はよく見れば赤と青の光を放っていた。それに手を伸ばそうとした時、浩平は自分に向けられた殺気に気がつき、素早く振り返った。
今まで注意すら払っていなかった石室の壁の角に一組の男女がおり、じっと浩平の方を見ている。
「何だ・・お前らは・・・?」
思わず後ずさる浩平。
男は俯いたままで動かず、代わりに女が一歩前に出て浩平に笑いかけた。
「悪いけど、そこにあるものは渡せないの。じゃ、ゴメンね」
女がそう言って浩平をじっと見る。
その目が金色の光を帯びた瞬間、浩平の意識は何処かへと吹っ飛ばされていた。
 
<神奈川県某所・3年前 08:35AM>
浩平は痛む頬を押さえながらリビングに入ってきた。
そこでは既に彼の家族ともう一人、彼を起こしに来た幼なじみが彼の来るのを待っていた。
「遅いよ、お兄ちゃんっ!!瑞佳さん、ずっと待っていてくれたんだよっ!!」
浩平の妹のみさおがそう言って頬をふくらませる。
「何でお前が怒るんだよ?」
言いながら浩平は自分の椅子を引く。
そこで彼は何かの違和感を感じ、顔をしかめた。
「どうしたの、お兄ちゃん?」
朝食のパンをかじりながらみさおが急に動きを止めた浩平に尋ねてくる。
「・・・いや、何でもない」
そう言って椅子に腰を下ろす。
「浩平、お早う。朝食、パンで良いわね?」
母親がそう言って浩平の前にコーヒーカップを置く。
「お早う、母さん、何でも良いよ、俺は」
浩平はコーヒーカップを手にして、母親にそう返す。
丁度彼の正面に座っている彼の幼なじみ、長森瑞佳は頬を膨らましたまま浩平とは視線を合わせないようにしていた。
「・・・あのな、長森。起こすなら起こすでもう少しマシな方法でお願いしたいぞ、俺は」
不機嫌そうに言う浩平。
だが、瑞佳は相変わらず浩平とは目を合わせようともせず、そして答えようともしない。
「・・・そーか、そーゆー態度をとるんだな、お前は?」
思わず半眼になりながら浩平は瑞佳を見、そして立ち上がった。わざわざ瑞佳の後ろにまで回り込むと、その頬を後ろからムニッと掴む。それから左右にその頬を引っ張りながら微妙に上昇する。
「ふぁみふるも、ふぉうふぇえ〜」
瑞佳が文句を言っているようだが、浩平はあえて無視して行為を続ける。
「お兄ちゃん、やめなよぉ」
みさおが顔をしかめてそう言うが浩平はやめない。
「浩平、よしなさい。仲がいいのも解るけど、瑞佳ちゃんのほっぺた、延びちゃうわよ?」
母がそう言ったので浩平は仕方なさそうに瑞佳の頬から手を離す。
「う〜、浩平、何するんだよっ!!」
瑞佳が振り返ってそう言うが、浩平は何処吹く風と受け流し、自分の椅子にまで戻っていく。
「う〜〜〜」
まだ不服そうに瑞佳が唸っている。その頬は浩平の手によるものか赤くなっていた。
浩平は相手にせず、自分のパンを手に取った。
「お兄ちゃん、瑞佳さん、怒ってるよ?」
「気にするな、みさお。どっちかというとあいつの方が悪いと思うから」
「あたしはどっちかというと寝ぼけて瑞佳さんを押し倒したお兄ちゃんの方が悪いと思うけど?」
みさおにそう言われて浩平はパンを食べる手を止め、彼女を見た。
「マジか?」
「うん、マジ」
思わず呆然となる浩平。
ギギギと音がするような感じで瑞佳の方を見ると彼女はまた赤くなっている。今度は先程とは理由が違うようだが。
「浩平、いくら仲がいいって言ってもね、朝からはおよしなさい」
母が呆れたように言う。
「ちょっと待ってくれ!それは誤解だ!!無実だ!!冤罪だっ!!」
慌てて浩平がそう言うが、みさおはけらけら笑っているだけだし、母は呆れたようにため息をついている。瑞佳に至っては真っ赤になったままだ。
「おい〜、俺に言うことを聞いてくれよ・・・」
情けない声を出す浩平。
だが、その一方で彼は先程から感じている違和感を拭いきれないでいた。
(何だ・・・一体何が違うって言うんだ・・・?)
そんなことを考えている浩平に時計を見たみさおが声をかけてくる。
「お兄ちゃん、時間、良いの?」
「何っ!?」
「あっ!!」
浩平と瑞佳の二人が同時に声をあげた。
「やばいよ、浩平、遅刻しちゃうよ!!」
「だぁ〜っ、何でもっと早く起こさなかったんだ、長森っ!!」
「起きなかったのは浩平だよっ!!」
「ンなこと言ってる場合じゃないっ!いくぞ!!」
慌ててリビングを出ていく浩平と瑞佳。
「行ってらっしゃ〜い、お兄ちゃん」
「気をつけてね、二人とも」
後ろからみさおと母の声が聞こえてくる。
それを聞きながら浩平は玄関から表に出た。後ろからは瑞佳がついてきているはずだ。
だが、浩平は表に出たとたん、足を止めてしまっていた。
「・・・違う・・・」
無意識に口をついて出たのはその一言。実際自分で何が「違う」のかは解らない。だが、何かが明確に違う。そう本能が訴えている。
「どうしたの、浩平?本当に遅刻しちゃうよ?」
瑞佳が立ち止まっている浩平に向かってそう言う。
浩平はそんな瑞佳を見た。
その表情は、何と言ったらいいのだろうか。恐怖とも驚きとも違う、その二つが微妙に入り交じったような、そんな表情。
「・・・違う・・・違う・・・違う、そうじゃないっ!!」
首を左右に振りながら浩平が吐き捨てるように言う。
「ど、どうしたの、浩平?」
驚いたように瑞佳が浩平を見た。
浩平は答えずふらふらと歩き出す。
「違う・・・そんなはずはない・・・」
まるで何かに取り憑かれたかのようにそう呟く。
「・・・大丈夫だよ、浩平。落ち着いて、ねえ」
そっと浩平の背に寄り添う瑞佳。
「浩平は・・・本当は優しいんだよ?だから苦しむんだね・・・」
優しい瑞佳の声。
「良いんだよ、もう。全てをなげうっても・・・」
その声にはまるで魔力があるかのように、つい引き込まれてしまいそうになる。
だが、浩平は背に寄り添っている瑞佳から離れ、彼女の方を振り返った。
「違う・・・違うんだよ。ここは・・・違うんだ」
絞り出すようにそう言う浩平。
「ここは・・・俺の願望に過ぎないんだ・・・母さんがいて、みさおがいて、お前がいて、そんな平凡な、何もなかった頃を懐かしむ・・・」
言いながら浩平は目に涙が溢れてくるのを止められなかった。
「本当は・・・もう母さんはいなくて、みさおもいなくて、俺はお前からも逃げ出して、俺は・・・俺は・・・」
泣きながら浩平が言う。
「もう・・・苦しまなくても良いんだよ、お兄ちゃん・・・」
みさおの声が聞こえてきた。
本当なら死んだはずの。
もうこの世にはいないはずの。
顔を上げると今先程まで瑞佳がいた場所にみさおが立っている。その隣には優しげな笑みを浮かべた母親と顔すら覚えていない父親の姿。
「お兄ちゃん、行こう?」
みさおが手を伸ばしてくる。
「みんな一緒に・・・また家族で暮らそうよ?」
涙で揺れる視界の中、浩平は手を伸ばしかけた。
妹の、何よりも大切だった妹の手を取ろうとして、自分の手を止め、拳を軽く握り込む。
「お兄ちゃん・・・?」
みさおが首を傾げる。
浩平の思い出の中にそんなみさおの姿はない。何時も病院のベッドで力無い笑みを浮かべつつ、自分を見ているみさおの姿しか、彼の思い出の中にはなかった。だから、今彼の前にいるみさおは彼の想像の産物でしかないはずだ。それでも、もしもみさおが元気ならばこういう姿であったろうと容易に想像出来る。
だからこそ、浩平はその手を取ることはしなかった。
「お前は俺の想像でしかないんだ・・・本当の・・・本当のみさおはもうこの世にはいない!」
そう言って浩平は伸ばしていた腕を横に払った。
「だから・・・ゴメン・・・行けないんだよ、まだ・・・」
そう言って無理矢理笑みを浮かべ、浩平はみさおを見た。
そっと自分の手を重ねて前に突き出す。その手を右手を上に、左手を下にして身体に引き寄せ、ゆっくりと前へと突き出していく。
みさおはそんな浩平を見て、微笑んでいた。
(解ったよ・・お兄ちゃんが決めたことだもんね・・・)
その微笑みに込められていたのはそう言う想い。
浩平は涙を流しながら言う。
「・・・変身っ!!」
浩平の腰にベルトが現れ、その中央が光を放った。
 
<N県内某山中・滝の裏の洞窟内部 14:56PM>
石室内が紫の光に包まれた。
その光の中、浩平は戦士・アインへと変身していく。
同じ石室内にいた男女は、光から顔をかばうように腕を掲げていたが変身を遂げたアインを見て、女の方が口笛を鳴らした。
「凄い凄い、変身出来るんだ!!」
はしゃぐような声を挙げる女に、黙っている男。
「でもね〜、それくらいじゃこっちは驚かないんだよ」
何故か嬉しそうに女が言って傍らにいる男を見た。
「は〜い、正輝、やっちゃって〜」
女がそう言うと今まで黙っていた男がふらりと立ち上がった。
正輝と呼ばれた男はじろりとアインを見、にやりと笑う。
「変身出来るのがお前だけと思うな・・・」
低い声でそう言うと、正輝は両腕を腰の前で交差させた。すると腰の辺りにベルトのようなものが浮かび上がってきた。
それを見たアインは驚きを隠せなかった。
「何っ!!俺の他にも変身出来る奴が・・・!?」
動揺するアインの前で正輝は右手を振り上げ、左手を下に降ろす。その手をゆっくりと胸の前で交差させ、一気に左右に振り払った。
「変身っ!!」
そう言うのと同時に正輝の腰のベルトの中央が光を放つ。
「まさか・・・!?」
アインは目の前で変身している正輝という男に驚きと同時に戦慄を感じていた。
何かは解らないが、物凄く危険な予感がする。
やがて光が治まり、正輝という男が変身を完了する。
その姿は、浩平は知らないのだが、ブートライズカノンに酷似していた。何処か生体的な印象を思わせるボディ、だが、生体装甲はきっちりと身体を覆っている。カノンのものとは違い、それはやはり生体的なものを思わせるものだったが。ベルトもカノンやアインとは違ってやけに生物的である。頭部もやはりブートライズカノンにそっくりで、口にはむき出しになって並ぶ牙が見て取れ、その前にはマウスガードが少しついているだけである。目もカノンやアインより小さく、濁った赤い色をしている。角はなく、その代わりに蛾の触角のようなものが大きく張り出していた。その触角の丁度根本には第三の目とも言うべき宝玉があった。
「ふううううう・・・」
口を開いて息を吐く謎の戦士。
アインは腕を大きく広げて戦闘態勢をとりながら謎の戦士と対峙する。
「・・・・ハッ!!」
短く息を吐き、謎の戦士がアインに向かって走り出した。途中でジャンプし、アインに襲いかかる謎の戦士。
「ウオオオオオッ!!」
雄叫びをあげながらアインも迎撃するかのようにジャンプする。
石室の中、両者が宙で交差する!
 
Episode.29「迷宮」Closed.
To be continued next Episode. by MaskedRiderKanon
 
次回予告
謎の戦士との戦いの最中、アインに起こる変化。
それはアインにとって何を意味するのか?
正輝「お前なんかに俺は負けることはない・・・」
舞「やると決めたなら最後までやればいい」
改造変異体と戦う舞、その身に迫るさらなる危機。
恐るべき強敵、水瀬一族の手が浩平に、舞に迫る。
真奈美「誰にも・・・邪魔はさせないよ!」
美凪「大丈夫・・・舞さんなら、大丈夫だから!」
謎の戦士・フォールスカノンの猛威に勝てるか、アイン!?
そして赤と青の宝玉の意味とは!?
浩平「俺は・・・まだ死ぬわけにはいかないんだよっ!!」
次回、仮面ライダーカノン「猛攻」
遂に、その時は来た・・・!!

BACK
NEXT
本・漫画・DVD・アニメ・家電・ゲーム | さまざまな報酬パターン | 共有エディタOverleaf
業界NO1のライブチャット | ライブチャット「BBchatTV」  無料お試し期間中で今だけお得に!
35000人以上の女性とライブチャット[BBchatTV] | 最新ニュース | Web検索 | ドメイン | 無料HPスペース