<関東医大病院前 10:26AM>
「名雪ぃぃぃぃぃっ!!」
相沢祐一の声が響き渡った。
彼の姿は何故かぼろぼろである。上着のあちこちが破れ、血がにじんでいる。額からも血が一筋流れていた。
「・・・あ、相沢くんっ!!」
金色の目の水瀬名雪に詰め寄られていた美坂香里が祐一を見て、声を上げる。
一方で、自分の名を呼ばれた名雪は面倒くさそうに祐一を見やり、そして香里から手を離して、祐一の方を向いた。
「・・・随分久し振りだな、名雪」
「・・・そうだね、祐一」
香里は二人の様子がおかしいことにすぐに気付いた。
祐一も、名雪も、従兄弟同士である。更に二人は互いに好きあっていたはずだ。だが、今のやりとりにはそう言う感情は少しも感じられない。むしろ憎しみさえ込められているような感じさえした。
しかし、それは香里の勘違いに過ぎない。
祐一にも、名雪にも、そう言う感情は今はなかったのだから。
「・・・お前には色々と聞きたいことがあるんだがな・・・」
「私が答える義務がある質問ならね」
「・・・あのくそババァは何だ?」
「大婆様のことかな?」
「未確認と一緒に俺を殺そうとしやがったぞ、あのくそババァ」
祐一の不機嫌はここにあったらしい。
だが、香里には祐一の言う「くそババァ」の正体がつかめないでいた。
「それはそうだよ・・・私達は彼らを助けるのが使命だからね」
名雪が至極あっさりと言い放った。
祐一は少しも驚かない。
香里にはむしろその方が驚きであった。
「で、お前は何やってるんだよ?」
「私?私はね・・・香里に話があって来たんだ。重要なお話があって」
そう言った名雪は昔の名雪そのものである。だが、それは口調だけで、その顔に張り付いた妖艶な笑みは消えていない。
「重要なお話ね・・・」
祐一は言いながら名雪から目を離さない。
「俺には関係ない話って訳か・・・まぁ、お前と香里の話には興味ないがな」
「だったら邪魔しないで欲しいな、祐一」
そう言って名雪が右手を挙げた。その手を横に振り抜くと、見えない衝撃波が起こり、祐一を吹っ飛ばす!
舗装された駐車場をごろごろと転げる祐一。だが、すぐに立ち上がる。
「この力・・あのくそババァと同じ力!?」
祐一の顔に驚きの色が広がった。
「てめぇ、やっぱり名雪じゃねぇな!?」
そう怒鳴る祐一だが、名雪は目を伏せて首を左右に振った。
「外れだよ、祐一。私は正真正銘、水瀬名雪だよ。水瀬秋子の一人娘、相沢祐一の従姉妹、そして・・・水瀬一族の次の宗主・・・」
名雪を閉じていた目を開き、金色の瞳を祐一に向けながらそう言い放った。
 
仮面ライダーカノン
Episode.28「再会」
 
<関東医大病院に続く路上 09:51AM>
話は少し前にさかのぼる。
ムササビに似た未確認生命体・スナチ・ボバルと戦士・カノンに変身した祐一が対峙しているところに突如現れた謎の老婆。
杖を持ち、フードをすっぽりとかぶっているがそれでは隠しきれない程の異様な雰囲気を漂わせている。
その老婆の持つ独特の気配にカノンは何時しか冷たい汗をかいていた。
(何だ・・・この老婆は・・・?)
「ひっひっひ・・・今代のカノンは手応えがありそうじゃて・・・」
嬉しそうに老婆が言い、フードを取り払った。
その下から出てきた顔を見て、カノンは凍りついてしまった。
それは名雪の母親、祐一の叔母、水瀬秋子を少し老けさせたような顔・・・そう、丁度秋子がもう少し年をとったならこういう感じになるかも知れないと言うそんな顔だったのだ。
「あ、秋子さん?」
思わず本人が聞いたら怒り出しそうなことを言ってしまうカノン。
「ひっひっひ・・・残念じゃな、若いの。儂は秋子などと言う出来損ないとは違う。儂こそは水瀬一族の大婆様じゃ」
大婆様はそう言うと手に持っていた杖を横に払った。
するとそこから見えない衝撃波が生まれ、カノンを吹っ飛ばした。
吹っ飛ばされたカノンを後ろからスナチ・ボバルが蹴り飛ばす。
「ぐわっ!!」
正面から倒れるカノン。
スナチ・ボバルがそこに飛びかかっていく。
カノンは身体を反転させるとパンチで飛びかかってきたスナチ・ボバルを迎撃した。そして素早く起きあがろうとして、再び大婆様の生み出した衝撃波に吹っ飛ばされてしまう。
今度は止めてあったミニパトのドアに背中から突っ込んでしまうカノン。
ドアが歪み、窓ガラスが割れる。
中に乗っていた者がいなくて幸いだった。
「くう・・・二対一ってのは卑怯じゃないか?」
そんなことを呟きながらカノンがその場に倒れる。
スナチ・ボバルは素早くカノンの側に行くと、カノンを持ち上げ、ジャンプした。腕の下の膜を広げ、空中を滑空し、カノンをミニパトの上に叩きつける。
今度は天井が凹み、更にフロントとバックのガラスが砕けた。
「ひっひっひ・・・どうした。もっと頑張れ、若いの」
大婆様が苦戦しているカノンを見て笑い声をあげる。
カノンが身を起こそうとすると、スナチ・ボバルがその上に降下してきた。
足をカノンの胸板の上に載せ、にやりと笑ってカノンを見下ろす。
「ジョルニシャ・カノン?ロサデモ・シィガダバ・ノモシェリジョガ?」
スナチ・ボバルはそう言うとぐいっと足に力を込めた。
その足をカノンは両手で掴み、必死に押し返しているがスナチ・ボバルの力は強くなかなか持ち上がらない。
「く・・・この・・・」
苦しそうな声を上げるカノン。
今度は大きく足を振り上げ、スナチ・ボバルの背を蹴る。その一撃に、前のめりによろけるスナチ・ボバル。
その隙に足を横に払って、スナチ・ボバルを転倒させ、カノンは素早く起きあがった。そして倒れているスナチ・ボバルに組み付くと、その顔面を腕で締め上げる。
「グウ・・・」
今度はスナチ・ボバルが苦しげな声を上げている。自由な両腕を振り回し、何とかカノンを引きはがそうとするが、カノンはしっかりと顔面を抱え込んで離さない。
「・・・そうはさせないよ・・・」
不意にカノンのすぐ側からそんな声が聞こえてきた。
振り返らずとも気配だけでわかる。あの老婆がすぐ側に立っているのだ。
「若いの・・・なかなかやるようだが・・・それだけの力を持つものは我らにとっては危険なのでな。始末させて貰うよ」
老婆がそう言って持っている杖をすっとカノンに向けた。同時に金色の光を帯びる老婆の目。
次の瞬間、カノンの身体は金縛りにあっていた。指一本動かすことが出来ない。
「な・・何だ・・・?」
いきなり金縛りにあったカノンが驚きの声を上げる。
スナチ・ボバルはカノンの腕の中から脱出するとにやりと笑ってカノンの身体を持ち上げた。
「ロガレニジャ」
スナチ・ボバルはそう言うとカノンを思い切りボンネットに叩きつけた。
カノン自身の体重とスナチ・ボバルの腕力が合わさり、ボンネットが派手に凹む。
「うわっ!!」
ごろんとボンネットから地面に転がるカノン。
スナチ・ボバルは地面に倒れたカノンを見て高らかに笑う。
「ヒーッヒッヒッヒ!」
老婆も倒れているカノンを見て笑っている。
「貴様がいかに強かろうと我らの前では敵ではない!」
「く・・・」
カノンは身体が動くことを確認すると地面に手を突いて起きあがった。
見るともうミニパトはぼろぼろである。
(天野に悪いことをしたな・・・後で謝らないと・・・)
何となくそんなことを考えてしまう。
その時、いきなりミニパトが爆発した!
爆風に吹っ飛ばされるカノン。
地面を転がり、カノンは止めてあったロードツイスターの側まで辿り着いていた。
カノンはよろよろと立ち上がると何とかロードツイスターに跨り、エンジンをスタートさせ、その場から大急ぎで走り去った。
後には爆発で炎上しているミニパトだけが残されていた。
スナチ・ボバルは爆風に吹き飛ばされたのか姿が見えない。もう一人、老婆はいつの間にやら近くにビルの上にいた。
「ひっひっひ・・・まぁ今日のところは顔見せじゃて・・・」
そう言って不気味に笑う老婆。
カノンは・・・いや、祐一はそのまま関東医大病院へと向かったのだ。
そして彼は見た。
名雪が香里の顎に手をかけているところを。
 
<関東医大病院前 10:31AM>
祐一は油断無く名雪を見つめていた。
先程見せた彼女の力は自分と未確認生命体との戦いに乱入してきた老婆のものと全く同じものだった。
始めはあの老婆が名雪の姿をとっているのかと思ったがそうではないことを自分から言っている。それに、今彼が見ているのは何処から見ても名雪そのものだった。
だが、まとっている雰囲気が違いすぎる。
あの、何処かぽや〜としているおっとり系の名雪とは思えない。
今、目の前にいるのは一体何者だ?
「これが私の本当の姿なんだよ。今までの水瀬名雪はもういない・・・死んだんだよ、祐一。これが・・・本当の、覚醒した私・・・」
名雪がまるで祐一の心の中を見透かしたように言う。
祐一は動揺したかのように顔色を変えた。
 
一方鷹怪人と対峙しているPSK−03は着実に電磁ナイフの届く距離へと迫っていた。
鷹怪人は先程から何度も羽根を投げつけているが、PSK−03の特殊強化装甲には全くダメージを与えるどころか傷一つ付いていない有様であった。
「ク・・・まさかここまでやるとはな!カノン以外にも手応えのある奴がいることを報告するべきか・・・」
鷹怪人はそう呟くと背の翼を広げた。その翼を大きく羽ばたかせて宙に舞い上がる。
それを見たPSK−03が電磁ナイフを逆手に持ち替えて素早く鷹怪人に向けて投げつけた。
電磁ナイフが宙を舞い、鷹怪人の左腕に突き刺さる。
「ぐっ・・・覚えておけ!!」
鷹怪人は電磁ナイフを引き抜き、投げ捨てると、そのまま空の彼方へと消えていった。
その様子をPSK−03はじっと見ているだけだった。
飛び道具の無い今ではどうやっても鷹怪人を倒せないからだ。
「逃がしたか・・・?」
今まで物陰で鷹怪人とPSK−03の戦いを見ていた国崎往人がでてきてそう言った。
PSK−03の側まで行くが、PSK−03は彼が近寄ってきても全く反応しない。
「だけどすげぇじゃねぇか。あいつをここまで追いつめるとはな!」
そう言って国崎がPSK−03の肩を叩くと、PSK−03はそのまま前のめりに倒れてしまった。
流石の国崎もそれを見て慌てる。
「嘘だろ、おい・・・」
膝をついてPSK−03を抱き起こそうとするが重くて持ち上がらない。
「ぐおおお・・・なんじゃ、こりゃぁ・・・!!」
顔を真っ赤にしながら何とかPSK−03を仰向けにする。
 
「・・・どうやら、ここに長居は無用のようだね」
不意に名雪がそう言って微笑んだ。
「向こうでの戦いも終わったようだし、これ以上睨み合っていても無駄だし」
「まだこっちの話は・・・」
「祐一、祐一にも話があるけど、それはまた今度ね。お迎えが来たみたいだし」
そう言って名雪が振り返るとそこに一組の男女が現れた。
無造作なショートヘアの女性と何処か影を含んだ男。
男の方はダークブルーの装甲服を着ている。
「まだこっちの話は終わってないって言っているだろう!!」
祐一が怒鳴り、駆け出そうとするところへ男が腰のホルスターから素早くマシンガンを引き抜き、祐一の足下へと発砲した。
思わず立ち止まる祐一。
「じゃあね、祐一、香里」
名雪がそう言ってにっこりと微笑んだ。
次の瞬間、名雪達はまるで始めからそこにいなかったかのように姿を消していた。
「・・・瞬間移動・・・?」
香里はそう呟いて、ぺたりとその場にお尻を付いてしまっていた。
一気に緊張が解け、脱力してしまったらしい。
祐一は悔しそうな顔をして、俯いている。左右の拳をぎゅっと握りしめながら。
その様子を少し離れた場所からのぞいている影があった。
天沢郁未である。
教団の命令で祐一を監視していた彼女は額に汗をかきながら、こう呟いていた。
「あいつらって・・・何者な訳?」
何となくだが、彼女は嫌な予感を覚えていた。
 
<関東医大病院 10:56AM>
霧島聖は半壊したロビーを見て、半ば呆然としていた。
「これは随分と派手にやってくれたな、国崎君」
隣に立っている国崎を横目で見て、そう言う。
「別に俺が好き好んでやった訳じゃない。あの未確認もどき野郎の所為だ」
不服そうに言い返す国崎。
「未確認もどき?」
「ああ・・・本物の未確認とは違うと自分達で言っていたからな。それにはっきりと日本語話していたし」
不思議そうな顔をする聖にそう言い、国崎は無事なベンチに腰を下ろした。
「また報告書を書かなきゃならなくなった。これでせっかくの日曜のおじゃんだな」
「仕方ないだろう。しかし・・・本物の未確認生命体に君の言う未確認もどき、そして・・・彼女か・・・」
聖はそう言ってロビーの奧にある大きな窓にもたれて座っている香里を見やった。
ここから見ても解るくらい彼女は憔悴していた。
余程ショックだったのだろう。
何しろ、親友が・・・恐るべき力を手にして自分達の敵とも言うべき存在になってしまったのだから。
「君は見なかったのか、名雪君を?」
また視線を国崎に戻し、聖が尋ねる。
「俺はあの未確認もどきと銀色改め青色の方を見ていたからな。それに名雪って言う子を俺は良く知らないし」
国崎はそう言うとため息をついた。
「全く、ろくなことがないな・・・ところで、祐の字は?」
「相沢君なら今秋子さんの部屋にいるだろう。怪我もたいしたことはないし、それに何より彼はカノンだ。並の人間より体は丈夫だし、回復も早い」
「そりゃそうだ。・・・とりあえず俺は一度戻る。・・・あいつのこと、頼むな」
国崎は立ち上がるとちらりと香里の方を見た。
「解った。少ししたら落ち着くだろう・・・」
聖はそう言って頷いた。
「じゃあ、任せたぜ」
「君こそしっかりな」
でていく国崎を見送った後、聖はため息をついて香里の側に歩み寄ろうとして足を止めた。
少し離れたところから香里を見ている者がいることに気が付いたからだ。
それは香里の妹の栞。
何処か心配そうに姉の姿を見ている。
聖はそっと栞の方に歩いていった。
栞は自分の方にやってくる聖に気付くと慌てて逃げ出そうとした。
「待ちたまえ」
短く、ビシッと言う聖。
その声に思わず足を止めてしまう栞。
「やはり・・・心配なようだな」
「・・・そんなことありません」
栞に追いついた聖がそう言うが、栞は振り返りもせずにそう言い返す。
「嘘を言ってもすぐに解るぞ」
「・・・そんなことありません」
聖は栞の返答に思わずため息をついていた。
「余程のことがあったのか、君たちは?」
「・・・それは・・・」
「栞君、何があったのか知らないが少しは姉のことを信じてあげたらどうなんだ?」
「それは出来ません!!お姉ちゃんは・・・あの人は・・・裏切ったんですから!」
栞が初めて感情をあらわにした。
聖はそのことに少し驚いていた。
今日まで何度か栞と話す機会はあった。しかし、何時もにこにことしていてなかなか愛嬌のある可愛い子だとずっと思っていた。そして自分の感情を表にあまり出さない子でもあるとも。
「裏切った・・・?香里君が・・・君を?」
「私じゃない・・・あの人は・・・大事な人との約束を裏切った・・・」
栞はそう言って初めて聖を振り返った。
「あの人は・・・祐一さんとの約束を裏切って・・・ここにいるんです!私には・・・それがどうしても許せないんです!!」
栞の目には涙が浮かんでいた。
「もし・・・私がその約束を聞いていたなら絶対に守ったのに!祐一さんの信頼を裏切ったりしなかったのに!!」
(・・・嫉妬、か)
聖は腕を組んで考える。
(・・・栞君は相沢君のことが好きで、彼になら何を頼まれても必ずやり遂げるだろう。しかし・・・実際に頼まれたのは香里君で、その香里君は相沢君に頼まれたことをせずに今に至る・・・つまり、頼まれなかったことに対する悔しさとそれを守らなかった姉に対する怒り、そして自分でなく姉である香里君に相沢君が頼んだという事実・・・それに彼女は嫉妬しているわけだ)
しかし、栞がそう言うことを考えていると解ったところで何が出来るだろう?
小さくため息をつき、聖は組んでいた腕を外し、栞を見た。
「・・・気休めかも知れないが・・・もし、その場に香里君がいなくて君がいたなら、きっと相沢君は君に頼んだと思うが?」
「本当に気休めですね。祐一さんがいない今となっては・・・確かめようも何もないじゃないですか」
栞が怒ったような顔をして聖を見返す。
その言葉を聞いて聖は意外そうな顔をした。
「・・・知らなかったのか?」
「何をですか?」
「・・・相沢君なら・・・今秋子さんの病室にいるぞ?」
聖の言葉に栞がぽかんとした顔を見せた。
「・・・ど、ど、どういうこと・・・ですか!?」
少しどころかかなり動揺したかのように栞がそう言って聖の腕を掴んだ。
「どういうことも何もないが・・・彼は少し前まで記憶を失っていて、その記憶が最近になってようやく戻ったらしい。つい先程まで病院の前で名雪君と対峙していたという話も聞いている」
「名雪さんと!?」
「名雪君のことはともかく、相沢君のことを君が知らないのは意外だったな。香里君から聞かなかったのか?」
「あ・・・そう言えば・・・」
栞は少し思い当たるところがあるようだ。
何度か香里が栞に何か言いかけたことがあったのだが、栞はかたくなに姉を拒否したのだ。もしかしたらその時に祐一のことを言おうとしたのではないだろうか?
「と、とにかく、祐一さんに会ってきます!お姉ちゃんをお願いします!」
栞はそう言って聖に一礼すると大急ぎで秋子のいる病室に向かった。
その後ろ姿を見て、聖は苦笑を浮かべていた。
「やれやれ、だな。これで少しは香里君への借りも返せると良いのだが」
 
<関東医大病院・秋子の病室 10:59AM>
丁度、栞と聖が話し合っていた頃、秋子の病室の前に祐一が立っていた。
ドアノブに手を伸ばそうとして、思わず手を止めてしまう。
どういう顔をして秋子に会えばいいのか解らないのだ。
あの時から5年の月日が経っている。
その間ずっと心配をかけ続けていただろう。それに名雪のこともある。
「・・・ダメだな、俺・・・」
そう呟いて、祐一はドアの横の壁にもたれかかった。
「怖いんだ・・・どう言った顔で会えばいいのか解らない。何を話せばいいか解らない。なぁ、どうすれば良いんだ・・・?」
目を閉じる。
瞼の裏に浮かぶのは名雪の姿。
だが、それは彼が良く知る5年前の彼女の姿。今の、あの彼女の姿ではない。
『ふぁいと、だよ』
名雪の声が聞こえたような気がした。
拳を胸の前で握って少し力むようなポーズ。
ふっと祐一は笑みを漏らした。
「ふぁいと、だな・・・」
そう呟くと祐一は意を決してドアの前に立った。
「・・・入ります」
「どうぞ」
中から聞こえてくる声に、思わずどきっとしてしまう。それでも祐一は躊躇わずにドアを開けた。
室内に入ると、ベッドの上に5年前と変わらない容姿の秋子が上半身を起こして、入ってきた祐一を優しい目で見つめていた。
「・・・・・・」
秋子の姿を見て、祐一は、何を言うべきか完全に忘れてしまっていた。頭の中が真っ白になる。言葉が出ない。思わず俯いてしまう。
そんな祐一を見て、秋子が微笑む。
「・・・お帰りなさい、祐一さん」
秋子の言葉にはっと顔を上げる祐一。
思わず目に涙が浮かんできた。視界が涙で歪む。
秋子は何も言わずに優しい微笑みを浮かべながら祐一を見ている。祐一が何か言うのをじっと待っている。
「・・・ただいま、秋子さん・・・」
涙がこぼれるのをそのままに祐一も笑みを浮かべてそう言った。
 
<倉田重工第7研究所 11:02AM>
倉田重工第7研究所内にあるメディカルルームのベッドの上に北川潤は寝かされていた。
鷹怪人との戦闘後、急に動かなくなり倒れてしまったPSK−03にPSKチームの七瀬留美と斉藤は大急ぎで駆け寄り、その場で強制除装、潤を中から解放した。その時点で潤は意識不明で、すぐ側にある関東医大病院での検査をその場にいた国崎に勧められたが、留美は丁重に断り、Kトレーラーに彼とPSK−03のパーツを運び込んで大急ぎで第7研究所に戻ってきたのである。
とりあえず潤をメディカルに運び、そこで検査を受けさせ、留美は斉藤を引き連れて先程の戦闘データの分析とPSK−03の異常をチェックし始めた。
今は一通りの検査が終わり、潤は静かなメディカルの中で眠っている。
留美達の方も戦闘データの分析、そしてPSK−03のチェックが終わり、その報告のため、所長室に向かっていた。
先を歩く留美の表情は冴えなかった。
あまり良い報告が出来そうにないらしい。
「失礼します」
所長室のドアをノックして、そう声をかけ、ドアを開けるとそこには白衣を着た深山雪見と所長である倉田佐祐理がいた。
「ご苦労様でした、七瀬主任。それで・・・どうでしたか、PSK−03は?」
佐祐理が微笑みを浮かべながら留美達を出迎えた。
「いきなりの出動だったので武器の方が間に合わなかったことを謝るわ、七瀬さん。次の出動の時にはブレイバーバルカンの他、全ての装備を用意出来るから」
そう言ったのは雪見だった。
両手を会わせて苦笑を浮かべている。
留美は何も言わずに佐祐理の前まで来ると数枚のレポート用紙をテーブルの上に置いた。
「これが先程の実戦で得られたデータ全てです。PSK−03は完璧です。相手が未確認であろうと未確認亜種であろうとこれなら勝てる、そう言う自信があります。ただ」
留美の表情が曇った。
同じく佐祐理の顔も険しくなる。
雪見だけが解らないといった感じで首を傾げていた。
「何か問題が?」
雪見の言葉に頷く留美。
「PSK−03のAIを起動させた直後、装着員の意識が失われており、その後の戦闘は全てAIによるものであると判断されます」
「それって・・・!?」
「はい、深山さんの考えている通り、装着員、北川主任とPSK−03のAIは同調出来ておりません。それどころかAIが北川主任を乗っ取った、と言う方が正しいでしょう」
それを聞いて、佐祐理の顔に落胆の色が広がった。
「それでは・・・」
「PSK−03のAIは戦闘に勝つために最適な行動をとろうとしました。北川主任はそれについていけなかった。だからAIは北川主任を意識不明にしてでも最適行動をとろうとした」
「そんなのって・・・」
思わず悲鳴に近い声を出したのは雪見だった。
「それじゃ・・・PSK−03は中にいる人の意志を無視してでも敵を排除するような戦闘マシーンだって言うの!?」
「そう言う・・・ことになります」
留美が苦々しげに答える。
と、その時、いきなり所長室のドアが開いて、中に一組の男女が入ってきた。
室内にいた全員が新たに入ってきた男女を振り返る。
「ノックもしないで失礼させて頂くよ、倉田さん」
「久瀬さん・・・」
佐祐理の表情が更に険しいものになる。
「これはこれは、七瀬君、それに深山主任もご一緒とは。なかなかいいタイミングだったようだよ、広瀬君」
久瀬はそう言ってニヤニヤ笑いを浮かべながら室内にいる全員を見回した。
久瀬の後ろに控えている広瀬真希は何も言わずにじっとしているだけだった。ただ、その視線だけが鋭く留美を睨み付けている。
「聞かせて頂きましたよ。PSK−03の初出動。なかなか手応えがあったそうで」
「嫌みね」
短く雪見がそう言い捨てる。
だが久瀬は気にしないで佐祐理の方を見た。
「何時かお話ししたDS−01が完成いたしましてね。今日はその報告に伺った次第です」
そう言って久瀬が一礼する。が、それは何処かおどけた仕種であった。
「それはそれは、おめでとう御座います、久瀬さん。そのようなご報告にこちらまで来ていただけるとは随分とお暇なんですね」
佐祐理が笑顔でそう返した。
彼女も昔の彼女ではない。
倉田重工の役員の一人として今まで色々と経験してきているのだ。これくらいの嫌みの一つも覚えようものである。
「はっはっは、これは手厳しい。しかし、我々のDS−01が完成したからにはもうPSK−03という使えないものの出番はありませんよ」
佐祐理の嫌みなど何処吹く風と受け流し、久瀬が言う。
「何せ、装着員にそれほどの負担をかけるAIを搭載しているような、そんな装着員を選ぶものとは違いますからね」
「つまりは量産を前提としたものだと言うことですか?」
今まで黙っていた留美が尋ねると久瀬は彼女の方を振り返って頷いた。
「その通りだよ、七瀬君。流石は賢明と噂されるだけのことはある」
「誉め言葉として受け取っておきます。しかし、量産を前提にしたものにPSK−03が負けるとは思えません」
「甘いね、七瀬君。確かにPSK−03は凄いかも知れない。しかし、我々のDS−01も決して負けてはいないのだよ。何せ日本の誇る最高級の頭脳の結集だからね」
自信たっぷりに言う久瀬。
「これからは自衛隊も本腰を入れて未確認生命体殲滅に動き出すんだ。君たちのような民間企業が出る幕はない。良く覚えておくんだね」
「・・・今まで何もしなかった自衛隊に未確認生命体と戦えるとは思えません。むしろ被害を増やすだけではないでしょうか?」
「彼らは戦闘のプロです。警察とも違う。彼らの力と我々の頭脳が合わされば敵など無いんですよ、解りますか、倉田さん?」
佐祐理の言葉にそう返し、久瀬はにやりと笑った。
「それに・・・彼、PSK−03の装着員も元々は自衛隊の人間ですからね。新しい装着員、探しておいた方がいいですよ」
久瀬はそこまで言うとわざとらしく腕時計を見た。
「おっとこんな時間だ。これからDS−01に関して自衛隊の方々と会議をしなければなりませんのでね。これで失礼させて頂きますよ」
そう言ってまたわざとらしい一礼をし、久瀬はずっと黙っていた広瀬真希を連れて部屋から出ていった。
真希は留美の側を通りかかった時、彼女にだけ聞こえるようにこう言っていたが。
「あなたにだけは負けないわ」
留美は表情を硬くして、真希を振り返ったが、彼女は何もなかったかのようにそのまま久瀬について歩いていってしまう。
「・・・あの・・・一体何だったんですか?」
ずっとこの部屋にいたはずなのにすっかりその存在を忘れられていた斉藤がおずおずと口を開く。
「簡単に言うと、馬鹿が自分では作れなかったんで他の人に協力して貰って作ったものの自慢にやってきたってところかしら?」
辛辣に言ったのは雪見だ。
佐祐理は黙っている。
留美も何やら考え込んでいるようだ。
「・・・七瀬さん」
しばらく沈黙が続いた後、佐祐理が口を開いた。
顔を上げる留美。
「新しい装着員のことですが検討しておいてください。久瀬さんの話が本当なら北川さんは自衛隊に戻らなければなりませんから」
「解りました。考えておきます」
佐祐理のこの決断に驚きの表情を浮かべたのは雪見と斉藤だった。
留美は半ば予想していたようで特に驚いている様子はなかった。ただ、少し落胆した、と言う感じだ。
「深山さんはこれまでと同じくPSK−03用の装備の開発を続けてください。・・・七瀬さん、もう一つ良いですか?」
「はい?」
「PSK−03のAIのレベルを落とすことは出来ませんか?」
「・・・!!しかし、そうなると・・・」
「機械が人を操っちゃいけません。人が機械を動かすんです。大丈夫、彼ならきっと使いこなしてくれます」
佐祐理の言う彼が誰のことなのか、留美は即座に理解した。始めに彼女に言ったことはあくまで一応だ。PSK−03の装着員は彼以外にない。留美も佐祐理もそう考えているのだった。
 
<関東医大病院・秋子の病室 11:09AM>
祐一は秋子のいるベッドの側にあるパイプ椅子に腰掛け、これまでのことを話していた。
あの時、どうしていなくなったのか、そしてそれから今まで何があったのか、その全てを祐一は秋子に包み隠さず話していた。
「そうだったんですか・・・そんなことが・・・」
秋子はそう言うと小さくため息をついた。
祐一は小さく頷いて、自分の腹を手で撫でた。
「今はあの時とは別の、でも本当のベルトがここに入っています。このベルトの中にある何かが俺の身体を戦う姿に変えて、そして俺はその力で未確認とかと戦っているんです」
「・・どうしてです?祐一さんが戦う必要なんか何処にもないと思いますが?」
秋子の疑問に祐一は首を左右に振って否定して見せた。
「守りたいものを守れる強さ、誰かのために何かが出来る力が俺にはある。それに・・・誰にでも来るはずの未来を勝手に奪うあいつらを許すわけにはいかないんです」
そう言った祐一の顔を見て、秋子は目を伏せた。
(姉さん、あなたの息子はこんなにも立派になっているわ・・・流石、姉さん自慢の子供ね)
心の中で自分の姉、つまりは祐一の母にそう言うと、秋子は優しく祐一を見つめた。
「・・・5年前の時も・・・そうだったの?」
「近いと思います。あの時は・・・名雪とか香里とかが危なかったし、後は無我夢中でした」
そう言って苦笑する祐一。
「でも良くやってくれたわ。祐一さんが頑張ったおかげで助かった人が大勢いますから」
秋子がそう言って微笑んだ。
照れたような笑みを見せる祐一。
それきり二人は少しの間黙り込んでいた。
話さなければならないことがある。それは今までのことではなく、今先程あったこと。そして、これからのこと。
だが、どちらもそれを切り出せないでいた。
理由は簡単である。秋子にとっては娘の、祐一にとっては従姉妹であり、想い人のことであるから。
「・・・黙っていても話が進まないわ。祐一さん、あの子とはもう会ったのね?」
秋子は不意に厳しい表情を浮かべて祐一を見た。
「・・・はい」
小さく頷き、秋子に負けないくらい厳しい表情になる祐一。
「祐一さん、あなたには隠していましたが・・・おそらくずっと姉さんも何も言っていなかったでしょう。私達の一族にずっと伝わってきた力のことを」
「力・・・?」
「そう・・・不可視の力・・・」
「不可視の力・・・あれがそうか・・・」
祐一の表情が険しくなった。
既にその力の洗礼を祐一は三度くらい受けている。
「その様子だともう喰らったようですね?名雪に・・・ですか?」
「最後の一発は名雪からでした。その前にの二回は秋子さんそっくりの婆さんです」
祐一の言葉に秋子ははっきりと解る程に表情を強張らせた。
そこにあるのはある種の恐怖。
「そう・・大婆様まで出てきているのね・・・あの時、葵が言ったことは本当だったのね・・・・」
秋子の様子を見て、祐一はやはり秋子とあの老婆とは何か関係があると感じ取った。
「・・・秋子さん、よろしかったら教えて貰えませんか?一体何なんです、あの老婆と言い、名雪と言い・・・」
祐一は少し躊躇いがちに秋子を見ながら尋ねる。
「祐一さん、これは私、名雪、あなたのお母さん、そしてあなたにも関わることです。話さなければなりませんし、聞いて貰わないといけません。但し、覚悟はしてください」
今まで見たことの無い程真剣な表情の秋子を前に祐一は思わずごくりと唾を飲み込んでいた。そしてゆっくりと、だが大きく頷く。
秋子は祐一に話し始めた。
数時間前に香里に話したことを、そのまま。
 
<倉田重工第7研究所 11:21AM>
倉田重工第7研究所内のメディカルルームのベッドの上で潤は目を覚ましていた。
「ここは・・・?」
身を起こそうとすると、全身に激痛が走った。
「くっ!!」
思わず顔をしかめてしまう。額から汗が流れ落ちる。
潤は苦しげに息を吐くと全身の激痛に逆らってベッドから降りた。
そこに留美が入って来、ベッドから降りている潤を見て、慌てて彼に駆け寄ってきた。
「何やってるのよ、北川君!!」
「七瀬さん、俺ならもう大丈夫です!」
潤はそう言ったが足下はふらふらしていかにも頼りなかった。
留美は見ていられないといった風に潤の側まで来ると彼に肩を貸す。
「何言っているのよ・・・君の身体ははっきり言ってぼろぼろよ。全身の筋肉に物凄い負荷がかかってもう少しで断裂するところだったんだから」
「・・・そ、それは・・・」
「・・PSK−03にはある特殊なAIを搭載しているわ。まだ試験段階だったから不安だった。事実ここに持ってくる前に第3研究所でのテストでは君と同じような症状で倒れた人が大勢いたし」
留美はそう言うと潤をベッドに座らせた。
「PSK−03のコードネームは”ベルセルガ”・・・狂戦士という意味よ。何でこういう名前が付けられたか解るでしょ?」
「・・・俺じゃ・・使いこなせないのか・・・?」
俯いて潤が呟く。
「君があのAIと同調すればいいのよ。そうすれば使いこなせるわ。そして、そうなれば・・・PSK−03は文字通り、無敵になるのよ」
留美がそう言って潤の肩に手を乗せた。
「PSK−03の装着員は君しかいないと思っているわ。私も、深山さんも、倉田さんだって。だから・・・頑張って欲しい・・・」
静かに諭すように留美が言う。
だが、潤は俯いたままだった。
「とりあえず今は休みなさい。私はPSK−03の調整をしてくるわ。今度こそ、君がAIと同調出来るように、ね」
留美はそう言って潤にウインクして見せ、そのままメディカルから出ていった。
残された潤は未だ俯いたまま、じっと考え込んでいる。
と、今度は佐祐理が入ってきた。
「北川さん、良いですか?」
「あ、はい。構いません」
入ってきた佐祐理に気がつき、顔を上げる潤。
「先程自衛隊の方からお電話がありました。あなたに原隊に復帰するようにと」
佐祐理は努めて事務的にそう言った。
潤は驚いたように立ち上がり、全身に走った激痛に顔をしかめた。
「あ、だ、大丈夫ですか?」
慌てて佐祐理が側により、よろける潤に手を貸す。
「すいません・・・大丈夫です・・・」
潤は荒い息をしながらも、佐祐理の手を押しとどめ、彼女の顔を見た。
心配そうに潤を見つめている佐祐理。
「・・・しかし、急にどうして?」
潤が絞り出すようにして聞くと、佐祐理は少し悲しげな顔をして、
「おそらく自衛隊がPSK計画から手を引いて新たにDS計画を立ち上げたからでしょう」
「DS計画?」
「PSKシリーズとよく似たコンセプトの元開発された強化装甲服の開発計画です。主導者は久瀬さん・・・知っていますよね?」
「ああ・・・良く知っていますよ、あいつのことは」
苦々しげに言う潤。
久瀬という名の男にはろくな思い出がない。
「そのDS計画によるものの試作第1号が完成したそうです。おそらく北川さんを原隊に復帰させるのは対未確認生命体戦闘の最前線にいた経験を買われてのことだと思います」
「つまりはヘッドハンティングてことか・・・随分と買われたものだな、俺も」
そう言って自嘲する潤。
周りの評価はどうか知らないが、実際の自分はろくに未確認生命体と戦えていない。実際に未確認生命体を倒しているのは同じ未確認生命体第3号ことカノンなのだ。
「私達としては・・北川さんの意志を尊重します。北川さんが戻るというなら止めはしません。ですが・・・」
佐祐理はそこまで言って言葉を切った。
一旦目を伏せ、そして潤をしっかりと見据えてから口を開く。
「私達はPSK−03をあなた以外の人に託す気はありません」
それを聞いた潤はぎょっとして、彼女を見た。
佐祐理はそんな潤を見て、にっこりと笑った。
潤は佐祐理の笑顔を見て黙り込む。
しばらく黙っていた後、潤は口を開いた。
「とりあえず一度戻ります」
佐祐理は潤の言葉に何も言わずに頷いただけであった。
 
<関東医大病院・秋子の部屋 11:36AM>
祐一は顔面蒼白になっていた。
秋子の話を信じるならば、名雪は人類の敵に回ったと言うことに他ならない。それは・・・否が応でも自分と対決すると言うことを意味しているのだ。自分が人類の味方である限り、それは避けられない、決して避けることの出来ないものであろう。
悪い冗談であって欲しい、だが、秋子の表情がそれを肯定している。
祐一は立ち上がると黙って壁の側まで行き、やるせなさそうに壁をどんと叩いた。
「祐一さん・・・」
秋子が祐一の背にそっと声をかける。
「どうにも・・・どうにもならないのか・・・!!」
また壁を殴る祐一。
「まだ・・・まだチャンスはあるかも知れません」
秋子がそう言ったので祐一は振り返った。
「名雪はまだ力に目覚めたばかりです。今はあの力の記憶に引きずられていますが、元々の名雪もまだ消えてはいないはずです」
「力の記憶・・・・?」
秋子の言葉に首を傾げる祐一。
そんな祐一を見て、秋子は静かに続ける。
「祐一さんは名雪の様子がおかしいとは思えませんでしたか?あれはあの力を持っていた過去の人の記憶が出てきているんです。私達の一族はこの力を次の世代に伝える時にその記憶も一緒に伝えるんです。それは力の覚醒と同時に目覚め、その人本来の記憶と混じり合い・・・そして何時かは一体になってしまう・・・私が一族の力のことを知っているのもその所為です」
「ちょっと待ってください・・・だったらどうして秋子さんは秋子さんなんですか?今の秋子さんは・・・さっき言った通りだとすると本来の秋子さんという人格とは別に過去の一族の人の記憶も混ざっていることになります。その人達がビサン・・・人類に対する恨みに凝り固まっているとしたら秋子さんも・・・」
当然と言えば当然の疑問だ。
秋子は力に覚醒している。だが、人類に対する恨みなど無い、まさに聖母のような性格の持ち主である。
「・・・私が覚醒した時、そこにはもう名雪の父親になる人がいました。私はその人のおかげで私でいられたんです」
「・・・つまり・・・」
「そうですね、愛の力、と言うところでしょうか?祐一さんのお母さん、私の姉さんも同じです。私達はその後、4人で一族を裏切って逃げてきたんです」
そう言って秋子は少し頬を赤らめた。
「・・・・俺に同じことをやれって言うんですね?」
流石に祐一を顔を少し引きつらせていた。
「今ならまだ間に合います。完全に過去の記憶と一体化する前に名雪を元の名雪に戻してあげてください。祐一さんなら、いえ、祐一さんにしか出来ないんです」
秋子はそこまで言って祐一に頭を下げた。
「お願いします、名雪を、あの子を、取り戻してきてください・・・」
祐一は秋子が頭を下げたので少し慌てたが、秋子の声が何か震えていることに不意に気がついた。
「私には・・あの子しか・・・」
「秋子さん、俺も名雪のことが好きです。だから待っていてください。必ず、名雪を連れ戻してきますよ!」
祐一はそう言って右手の親指を立てて見せた。
秋子が顔を上げる。その目は祐一の予想通り、涙で濡れていた。だが、それでも秋子は祐一を見て、笑みを浮かべる。
「あの子を・・・名雪をお願いします、祐一さん」
秋子の言葉に大きく頷く祐一。
「でも・・・一体どうすれば?」
「あの子にとにかく話しかけてあげてください。名雪も祐一さんのことが好きでしたから、きっと何処かに付け入るところはあると思います・・・ですが」
「ですが?」
急に不安に捕らわれる祐一。
秋子の表情も陰りを帯びている。
「もし、手遅れだった場合、名雪はもう二度と名雪には戻りません。その場合・・・」
「名雪は人類の敵になる・・・」
「そう・・・」
祐一の言葉に秋子が頷く。
「もしそうなったら名雪を殺すしか止める方法はないでしょう。水瀬一族には人類に対する深い恨みがあります。それを説得することなど出来ませんから」
「名雪を・・・・殺す・・・」
祐一はそう言って拳を握りしめた。冷たい汗が頬を伝い、背中を流れ落ちる。
秋子も悲しげな顔をしている。
「祐一さん・・・あの子の力は今までの一族の中で突出したものがあります。だから、もしダメなら躊躇してはいけません。躊躇ったなら、死ぬのは祐一さん、あなたの方です」
そう言って秋子は祐一をじっと見つめた。
こくりと頷く祐一。
だが秋子は祐一が名雪を殺すことは出来ないだろうと思っていた。
(祐一さんは・・・優しい人ですからね。名雪を・・・好きな子を殺せる程に非情になれませんよね・・・だから・・・)
秋子は祐一から目をそらし、窓の方を見る。
(だから・・・・もしダメだったら私が自分の手で名雪を殺します)
悲壮な決意を秋子が決めているとも知らずに祐一はドアの方を振り返っていた。
「終わったぞ。入って来いよ」
そう言うと、ドアがおずおずと開かれ、栞が顔をのぞかせた。
「・・・久し振りだな、栞。今日は随分と久し振りな顔によく会う日だ」
祐一が笑みを浮かべる。
それを見た栞は目に涙を浮かべながら祐一に飛びついてきた。
「祐一さ〜〜〜んっ!!」
自分の胸に飛び込んできた栞を優しく受け止める。
栞は涙を流れるままにして、祐一の胸に顔を埋めている。
「ひくっ、えぐっ・・・祐一さん・・・本当に・・・祐一さんだぁ・・・」
泣きながら嬉しそうに言う栞。
祐一は黙って彼女の頭を撫でてやった。
「済まないな、ずっと心配してくれていたんだって?それに名雪の世話とかも・・・」
祐一の言葉に栞は顔を上げる。まだ瞳は涙に濡れたままだが、笑みを浮かべる。
「名雪さんのお世話は私が自分で勝手にやったことです。もしかしたら祐一さんが帰ってくるんじゃないかって思って・・・それに・・・お姉ちゃんは祐一さんとの約束を裏切ったんです。その償いの意味もあります」
最後の方は笑みが無くなっていた。
「・・・栞、香里を許してやってくれないか?あいつはあいつなりに悩んでいたんだろうし、俺との約束は俺が一方的に押しつけただけでそれを果たす義務はあいつにはないんだ。それに・・・あいつが約束を守らずにいたからこそ助かったことがたくさんある。俺はあいつに感謝こそすれ恨みに思うようなことは何もないぞ」
「で、でも・・・」
栞は祐一から視線を外した。
「今は無理だって言うならそれでもいい。でも許してやれ。昔・・・あいつがお前がいないものだと思いこもうとしていた時と同じように・・・」
栞は顔を背けたまま何も言わなかった。
苦笑を浮かべながら祐一が秋子を見る。どうにか助け船を出して欲しい、と言った感じだ。
だが、秋子は小さく頷いただけだった。
祐一はそれを見て、頷き返した。
(大丈夫、栞は解っている。香里が苦しんでいることも、本当は仲直りがしたいってことも・・・)
そう思ってまた微笑もうとした時、祐一の頭に何かが走った。
それは例の感覚。
未確認生命体・ヌヴァラグが出現した時の感覚だった。
はっと窓の方を見る祐一。
栞から離れて窓に駆け寄り、大きく開く。
遙か向こうに見えるビルの屋上に・・・いた。先程戦い、老婆の乱入により、苦戦を強いられることになったスナチ・ボバルがこちらをじっと見ている。
「・・・栞、ここから絶対に動くな」
祐一は窓の外を睨み付けながらそう言った。
「え・・・あ、はい・・・」
訳がわからないと言った様子で栞が頷く。
「秋子さん、もしもの時はお願いします」
「私で出来るなら・・・」
祐一は秋子の返答を聞くと窓枠に足を乗せた。
遙か向こうのビルの屋上ではスナチ・ボバルが腕の下の膜を広げてこちらへと向かってジャンプしているところだった。
「祐一さん、何を!?」
栞にはスナチ・ボバルの姿は見えていない。
秋子は敏感にもその気配を感じ取っていたのか、それとも祐一の様子から察したのか。
そして祐一は両腕を腰の前で交差させ、そのまま胸の前まで持ち上げていた。腰の辺りに出現するベルト。交差させている腕のうち、左腕を腰まで引き、残る右手で十字を描く。そして短く一言。
「・・・変身っ!!」
そう言うと同時に祐一は窓枠を思いきり蹴って外へと飛び出した。
空中に飛び出した祐一の腰のベルトの中央が光を放ち、祐一を戦士・カノンに変えていく。
そして、こちらへと滑空しているスナチ・ボバルを迎撃するかのようにパンチを叩き込んだ。
思わず落下してしまうスナチ・ボバル。下にあった車の屋根に落ち、車をぺしゃんこにしてしまう。
カノンは空中で一回転してバランスを取り直して着地していた。
スナチ・ボバルが首を左右に振りながら起きあがり、カノンを見据えて地面に足をついた。
何も言わずに走り出すカノン。一気に間合いを詰め、鋭いパンチ。右、左、右のコンビネーション。スナチ・ボバルがよろけたところに左の回し蹴り。更に反転しながらの蹴りもたたき込み、スナチ・ボバルを容赦なく吹っ飛ばす。
先程屋根に叩きつけられた車のドアにぶつかり、跳ね返って地面に倒れるスナチ・ボバル。
どうやら最初の一撃がかなり効いていたらしい。
地面に手を突いて起きあがるスナチ・ボバルがまた頭を左右に振っている。
またその側にまで走るカノン。
スナチ・ボバルはこっちに迫ってくるカノンに気付くと素早くジャンプして、カノンを飛び越え、着地すると更に大きくジャンプした。
カノンは素早く振り返り、だが、そこに空中を架空してきたスナチ・ボバルが体当たりを食らわせてくる。
今度はカノンが吹っ飛ばされた。
起きあがろうとすると、今度は反対方向からスナチ・ボバルが体当たりを食らわせてくる。
どうやら病院の壁を蹴って方向を変え、カノンを襲っているらしい。
カノンは地面に伏せてスナチ・ボバルをやり過ごすと素早く立ち上がった。
「カノン・ジョルヌヅ?ゴモロデミ・ガシェヅガマ?」
再び病院の壁を蹴り、カノンめがけて滑空するスナチ・ボバル。
それを見ながらカノンはスナチ・ボバルとは反対の方にジャンプした。空中で後方回転しながらスナチ・ボバルがやるのと同じように壁に足を付く。膝を曲げ、勢いをつけて壁を思い切り蹴る!
「フォームアップッ!!」
カノンが叫ぶと同時にその身体が白から赤い色に変わった。
右の拳には大きなナックルガード、赤い手甲、肩には大きな肩当てが現れ、右腕全体の筋肉が異様なまでに盛り上がる。その代わり、左の肩当て、ナックルガードが無くなり、膝を守るサポーターも消えてしまう。全ての力を右腕に集めるまさに捨て身の一撃必殺のフォーム。
カノンの右拳に炎が宿った!
スナチ・ボバルはカノンがジャンプしたのを見て思わず着地していた。そして自分に向かってくる赤いカノンを見て慌ててジャンプしようとするが、時既に遅し。地面から足が離れたところにカノンの拳の直撃を受けて、まず地面に激突、そしてバウンドして大きく吹っ飛ばされてしまう。
ダッと着地したカノンがスナチ・ボバルに背を向ける。
スナチ・ボバルは何とか立ち上がろうとするが先程拳の一撃を受けた場所には古代文字がしっかりと焼き付けられていた。そこから全身に光のひびが入り、それがある一定の箇所に辿り着いた瞬間、スナチ・ボバルは爆発四散した。
その爆発を背にカノンは・・・何時しか祐一に戻っていた。
祐一は爆風に髪をなびかせながら空を見上げている。
「・・・来なかったな・・・名雪・・・」
しばらくそうしていると中から誰かが出てきたようだ。
「な、何の騒ぎだ、今のは!?」
そう言って聖が慌てた顔をして出てきた。
聖のこんな表情を見るのは珍しい。
祐一は彼女に向かって笑みを見せ、右手の親指を立てて見せた。
 
<関東医大病院 17:49PM>
空はもう暗くなりかけている。
更には雨雲が覆い始めていた。
「・・・で、あんたは見たのか?」
不機嫌そうに国崎が聖に尋ねる。
「何をだ、国崎君」
同じく不機嫌そうに答える聖。
「第23号だよ。被害があの車とミニパトの合計二台ってのが信じられないんだ」
警察手帳を見ながら言う国崎。
「見てはいないな。私が出てきた時には既に倒された後だったようだし」
聖は爆発の跡を見ながらそう言った。
「爆発の音がするまで全く気がつかなかった。あの車が壊された音は聞こえたような気もするのだが、あまり自信はないな」
「第23号の目撃者は祐の字とあの婦警だけってことか。秋子さん達は見ていないのか?」
「秋子さんはベッドの上にずっと居たそうだからな。栞君は解らない。もしかしたら相沢君の・・・カノンの戦いをずっと見ていた可能性はある。だが、話してくれるとは思えないし、それに今はそれどころじゃ無さそうだ」
聖は国崎の質問にそう答えるとふと、ロビーの方に目をやった。
そこでは香里から少し離れた場所に座っている栞の姿があった。
香里はまだふさぎ込んでいるようだが、栞は黙ってそんな姉を見ている。
まだ完全に氷解したわけでは無さそうだが、会おうともしなかった、顔をあわせようともしなかった彼女からすれば大きな進歩かも知れない。
そう考えて、聖はふっと笑みを漏らすのだった。
国崎はそんな聖を見ながら後頭部をかいた。
 
<都内某路上 18:06PM>
「すっかり遅くなっちまったなぁ・・・マスターがまたお怒りだな、これは」
祐一は喫茶ホワイトに向かってロードツイスターを走らせていた。
あの後、現場検証にやってきた国崎に事情を話し未確認生命体第23号を倒したことを告げてから秋子の病室に戻り、少しの間秋子や栞と話した。香里はその間一度も顔を見せなかったが帰る間際に探してみると、まだロビーで膝を抱えて俯いていた。
「名雪のことは俺に任せろ。お前は気にするなよ」
そう声をかけても香里は反応しない。
「お姉ちゃんのことは任せてください」
そう言った栞に、多少不安はあったが香里を任せ、祐一は帰路に就いたのだった。
空ではまた雷が鳴り始めている。
「これは・・・一雨来そうだな・・・」
空を見上げてそう呟くとアクセルを回してスピードを上げる。
と、ヘッドライトの光の中に急に人の姿が浮かび上がり、祐一は慌ててブレーキをかけた。後輪を滑らせながら何とか停車すると正面を向き、ヘルメットを脱ぐ。
「・・・丁度よかった。お前に話があったんだ」
祐一はそう言ってロードツイスターから降りる。
「奇遇だね。私も祐一にお話があったんだよ」
そう言って名雪が微笑んだ。
一定の距離を保ち、二人が対峙する。
「お前は名雪なんだな?」
「そうだよ。私は正真正銘、水瀬名雪。嘘じゃないよ」
「一体何故だ?」
「どういうことかな?」
「・・・香里を・・どうするつもりだったんだ?」
「香里は親友だからね。助けてあげようかと思ったんだ」
「助ける?」
「祐一・・・ヌヴァラグが何故存在するか解る?彼らはね、神様が使わした、いわば神の使者なんだよ」
「・・・あいつらが・・・神の使者?」
「レミングって知ってる?何年かに一度、大量発生してはまるで何かに取り憑かれたかのように海に向かって走り出し、海に飛び込んで自殺するって有名な動物なんだけど」
「聞いたことはあるな。で、それが今の話とどう関係するんだ?」
「慌てちゃダメだよ。祐一、今の地球上に一体どれだけの人間がいると思う?」
「・・・相当な数になるだろうな。少なくても50億くらいはいたんじゃないか?」
「そう・・・それにまだ増え続けている。これっておかしくない?」
「おかしい?」
「おかしいよ。人間だけだよ?増え続けるのは。動物は弱肉強食、適度に増えては適度に減って、常にその数のバランスを保っている。それに対して人間は医学の発達とかで死ぬはずの人間まで生きて、増え続けているんだよ。良い例が栞ちゃんだね」
祐一は名雪の言葉に思わず拳を握りしめた。
それに構わずに名雪は続ける。
「人間はまだ増えるよ。そして何時かこの地球を食いつぶしちゃうんだ。でもね、そんな自然の摂理に反することを神様が許すと思う?」
「・・どういう、ことだ?」
知らず知らずのうちに祐一は汗をかいていた。
「大量発生した動物は本能的に自殺するんだ。でも人間はそう言うことをしない、出来ない種なんだよ。勝手に増え続ける、ガンみたいなものだね。だからそれを駆除するような抗体が発生することは何の不思議もないよ」
「・・まさか・・ヌヴァラグが・・・」
顔面蒼白になる祐一。
信じられないことを聞いたような気がしていた。
まるで自分の戦う理由を根本から否定されている、そんな気さえしている。
「そう、ヌヴァラグは増えすぎた人類を適度に減らす為に存在しているんだ」
ショックのあまり何も言えない祐一。
「彼らこそ神によって生み出された存在なんだよ。カノンはそれに逆らう、いわば堕天使みたいなものだね。本当なら存在してはいけない存在・・・それがカノン」
名雪はショックのあまり何も言えない祐一を見ながら話を続けている。
「かつて、遙か古代の時もそうだった。ビサンは増え続け、繁栄して堕落した。それに対する神の怒りがヌヴァラグを生み出したんだ。でも愚かにもビサンはカノンという不必要な存在を生みだし、神に抵抗した。私達、水瀬の一族はそんなビサンには無い力を持っていた。だから神様が救ってくれたんだよ。そしてヌヴァラグを助けるように仰せつかったんだって」
「・・だが・・・ヌヴァラグはカノンにやられて封印された・・・」
「ビサンの抵抗は物凄かったからね。カノンを次々に生みだし、ついには数でヌヴァラグを圧倒しちゃったんだよ。だから神の使いであるヌヴァラグは負けたの。でも、ヌヴァラグは神様の使者、ビサンの科学力が凄くても倒すことは出来なかったんだ。だから封印という形にするしか出来なかったんだよ」
祐一は目眩さえしていた。
名雪の話は秋子から聞いた話とは違っている。
だが、どちらが本当の話か彼には解らないのだ。
「今ヌヴァラグが復活した理由は解るよね?人類がこのまま増え続けたら地球はダメになっちゃう。だからそれを食い止めるためにヌヴァラグは復活して、人類を、地球にとって決して必要じゃない人類を、ウイルス同然の人類を減らしてくれているんだ」
「・・・つまり・・・ヌヴァラグのしていることは正しいと・・・?」
祐一の言葉に名雪が嬉しそうな顔をする。
「そうだよ。やっと祐一も解ってくれたんだね!」
祐一は嬉しそうな名雪の顔を見ていなかった。
俯いたまま、拳を固く握りしめている。
彼の耳にかつて長森瑞佳の言った言葉が甦る。
『私も、香里さんもマスターも佳乃ちゃんもみんな死んじゃう』
続いて香里の言葉。
『奴らは人を殺しているのよ!何の呵責もなく!抵抗すら出来ない!何の罪もない!そんな人たちが奴らに無惨に殺されているのよ!』
「ヌヴァラグは正しいんだよ。人間なんか沢山いるからね。ちょっとくらい減った方が地球にとっていいんだよ。だいたい、同じ仲間なのに宗教や人種で殺し合いを続けてるなんて人類だけだし。こんな人類なんていない方がいいよね」
名雪が面白そうに言う。
祐一は顔を上げ、名雪を睨み付けた。
「違う!お前は間違っているっ!!」
そう言って祐一は名雪にビシッと人差し指を突きつける。
「この世に死んでも良いものなんかないっ!!この世に生きている以上、誰にだって生きる権利はあるっ!!誰にだって明日を生きる権利はあるっ!!」
「ゆ、祐一・・・?」
いきなりの祐一の剣幕に名雪が驚いたような表情を浮かべる。
「ヌヴァラグが神の使者?良いだろう・・・それなら俺は神にだって反抗してやる!あいつらから・・・何の罪もない人を守ってみせる!!」
「祐一・・・そう、そうなんだ・・・」
悲しげに言う名雪。
「祐一も、結局は愚かな人間だったんだね。折角助けてあげようと思ったのに・・・この私と、新たな人類の先頭に立って生きてくれると思ったのに・・・」
そう言って俯く名雪。
彼女の周りの空気が揺らめいた。
それを見た祐一は両腕を腰の前で交差させた。腰に浮かび上がるベルト。両腕を胸の高さにあげ、左手を腰まで引き、残る右手で十字を描く。
「残念だよ、祐一!私達の敵になるなんて!!ずっと・・・ずっと好きだったのにっ!!!」
名雪がそう言って顔を上げる。
その目は金色に輝き、だが、涙に濡れていた。
次の瞬間、祐一と名雪の間で何かが爆発するような衝撃が走った。
それで吹っ飛ばされたのは祐一の方だけである。
ロードツイスターごと吹っ飛ばされた祐一が何とか身を起こすと、名雪は荒い息をしながら祐一をじっと見ていた。
「今ならまだ間に合うよ・・・祐一、考え直して?」
「俺は・・・俺は、自分が間違っているとは思わないっ!!」
それはつまり、名雪を敵にすると言うこと。
祐一は解っていたが、そう言った。
それはあまりにも悲しい選択。過酷な選択。そう知りながらも、祐一はそれを選ぶしかないのだ。
自分に課せられたのは人類を、罪のない人の明日を守ること。たとえそれが誰にも解って貰えなくても、やり遂げると決めた以上。
名雪は祐一の決意が固いことを知ると悲しげに首を左右に振った。
「祐一・・・祐一は・・・私と戦えるの?私は・・・ヌヴァラグの行動を阻止する人には容赦しないよ?」
「だったら・・・俺はお前を殺してでも止めるっ!止めてやるっ!!」
祐一はそう言って右手を払った。
同時に彼のベルトの中央が光を放ち、彼をカノンへと変える。
(説得するとか出来ないとか言うレベルじゃない・・・秋子さん、すいません・・・俺は、名雪を殺しますっ!!)
走り出すカノン。
名雪は変身を遂げた祐一を見て、驚愕のあまりに動けないでいた。
「祐一・・・」
そう言った名雪を見た時、カノンは思わず足を止めていた。
弱々しげな名雪の瞳・・・そこに金の光はない。
「・・・名雪・・・?」
一瞬元の名雪に戻ったのか?
そう思ったカノンが呟いた時、物凄い衝撃波がカノンを吹き飛ばした。
「うわっ!!」
大きく吹っ飛ばされるカノン。
「やれやれ・・・まだ甘かったようじゃな。この程度のショックで暗示が解けるとは・・・」
身を起こしたカノンは名雪の側に老婆がいるのを見て緊張した。
あの老婆の力こそ並大抵のものじゃない。
カノンの力でも敵わないのではないかと思わせる程なのだ。
「若いの・・・今日のところはこれで引かせて貰うぞ。次に会った時はお前の命は頂く。ヌヴァラグの邪魔は誰にもさせん」
老婆はそう言って杖を振るった。
すると、名雪と共に老婆に姿も消えてしまう。
カノンは立ち上がると先程まで名雪の立っていた場所へと走った。だが、そこにはもう何もない。まるでつい先程までそこに名雪が立っていたというのが嘘みたいだった。
「・・・・・・」
カノンから祐一の姿に戻り、祐一は悔しそうに拳を握りしめ、歯をかみしめた。
ぽつりぽつりと雨が降って来始める。
祐一は雨に濡れながら天を仰いで、吠えた。
「ウオオオオオオオオッ!!!」
それは悲しみの、そしてどうしようもないやるせなさの現れだったのかも知れない・・・。
 
Episode.28「再会」Closed.
To be continued next Episode. by MaskedRiderKanon
 
次回予告
祐一が名雪と決別していたのと同じ頃、浩平はN県の山奥にいた。
謎の声に導かれるように浩平はある洞窟に入っていく。
瑞佳「浩平は・・・本当は優しいんだよ?」
浩平「違う、そうじゃないっ!!」
過去に苦しめられる浩平。
そして迫る謎の影。
真奈美「は〜い、正輝、やっちゃって〜」
正輝「変身出来るのがお前だけと思うな・・・」
浩平に襲いかかる謎の敵。
洞窟の奧に秘められた謎とは?
浩平「・・・変身っ!!」
次回、仮面ライダーカノン「迷宮」
遂に、その時は来た・・・!!

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