<関東医大病院 18:25PM>
不安そうな表情を浮かべて美坂香里は待合室のベンチに腰掛けていた。
近くの小さな病院から気を失っている水瀬秋子を知り合いのいるこの関東医大病院に運び込んだのがほんの少し前。今は知り合いの医者・霧島聖に頼み込み秋子を診察して貰っている。
肘を太股の上につき、俯いた額を支える。
そこに荒い息をしながら一人の少女・・・の面影を残す女性が駆け込んできた。
その女性はベンチに座っている香里を見ると、キッと睨み付けながら側まで歩いてきた。
「一体何なの!?どうして秋子さんが!!」
彼女は責めるように香里に言う。
香里は疲れたような顔をしてその女性・・・彼女の妹である栞を見た。
「解らないわ。私が着いた時にはもう・・・」
「・・・!!また・・・またあなたなんですか!?あなたが関わると・・・名雪さんも、祐一さんも、そして秋子さんまで!!」
栞が激しく香里を責める。
香里は俯いてまた黙り込んでしまった。
「静かにしないか、ここは病院だぞ」
そう言って白衣を着た女性がその場にやってきた。
この関東医大病院の医師、霧島聖である。
「聖さん、秋子さんは?」
栞が聖の側に駆け寄り、尋ねる。
少し遅れて香里も続く。
「秋子さんなら大丈夫だ。軽い脳震盪と背中への打撲・・・鎮痛剤を打ってあるからもうしばらくは目を覚まさないだろうが命に別状はない」
聖はそう言って美坂姉妹の顔を見比べた。
「しかし・・・少しは仲良くやれないのか、君たちは?」
呆れたように言う聖。
「・・・失礼します」
いきなり栞はそう言って聖に一礼してそのまま秋子の眠っている病室へと歩いていった。
香里は黙ってその場に立っている。
「やれやれ、だな。一体君たちの間に何があったのかは知らないが・・・かなり根が深そうだ。あまりお節介はしたくないが・・・同じ姉として一言だけ言っておく」
聖は軽くため息をついてから香里をじっと見た。
「あまり妹を悲しませるな。あの子は優しい子だ、君に対してああいう態度を取ってはいるが・・・本当は仲良くしたいと思っているはずだろうし、まぁ、心のわだかまりさえ取り除ければ・・・」
「それは・・・難しいです、私には。私は・・・あの子が昔重い病気だった時に一度見捨てましたから・・・」
香里はそう言うと聖に一礼して栞の歩いていった方へと自分も歩いていった。
聖は何かやるせなさそうな顔をして、香里の背を見送った。
 
仮面ライダーカノン
Episode.27「水瀬」
 
<都内某所・教団支部 21:49PM>
何時しか降り出した雨を窓の外に見ながら、その男は着ている白衣を脱ぎ、椅子の背もたれにかけた。
「・・・遂に始まるのだな、聖戦が・・・」
男はそう呟くと大きく息を吐いた。
「今まで聖戦の準備のためにどれだけ多くの犠牲を払ったか・・・その命のためにも聖戦は完遂させなければならない。その為には・・・あいつの力がまだ必要だ。解るな、鹿沼君?」
今まで気配一つさせずに部屋の中に立っていた女性、鹿沼葉子が頷いた。
「本当ならばカノンやアインの力を完全に解析してから始めた方がいいと思っていたが・・・そうも言ってられなくなった。我らが教主の命令だからな」
また頷く葉子。
「君の研究の成果は見せて貰っている。しかし、まだ耐久力に問題がありそうだな?」
「霊石が不完全なものしかありませんから。カノンのやヌヴァラグの霊石のように完全なものは我々の手にはありません」
「確かにそうだ。高槻はそれを補うべく独自に研究を続けているようだが?」
「高槻博士の研究には興味ありません。私は私なりに何とかするつもりです」
「・・・期待しているよ。君、高槻、そして私・・・今までで最高の変異改造体レベル4を越えるものを誰が初めに生み出せるか・・・聖戦の成否はそこにあるような気がする・・・」
男はそう言って葉子の方を振り返った。
葉子は無表情に男を見返している。
「・・・ところで郁未君はどうしているかな?」
「彼女は相沢祐一につかず離れずの距離を保っています。彼女からの報告で相沢祐一は元のカノンの姿に戻ったと言うことが解りました。どうやら霊石の機能は精神状態にも左右されるようです」
「彼女も頑張ってくれている・・・生き残るのに必死なのかね?」
男は少し馬鹿にしたような目で葉子を見る。
「さぁ?彼女個人のことには興味ありませんから」
葉子はあくまで無表情のままだ。
「フフフ・・・まぁ、いいさ。まだ色々と利用価値は高いからな、郁未君は。少なくても俺の妹よりは」
男はそう言うと低い声で笑った。
それを葉子は無表情に見つめている。
 
<喫茶ホワイト 22:11PM>
店内は未だ大騒ぎであった。
本坂とマスターがこの店の奥に隠してあったマスターの愛飲の酒に酔っぱらい、いい気分で二人肩を組んで何やら歌っている。
ウエイトレスの霧島佳乃は既に酔いつぶれてテーブルの上で丸くなって眠っている。
もう一人のウエイトレス長森瑞佳は赤い顔をしながらも何処か座った目でまだ酒を飲んでいる。
この店にいる最後の一人、相沢祐一は困ったような顔をしてそれを見ているのであった。
何故この様なことになったのか・・・それは彼、相沢祐一が記憶を取り戻した、と言うことと、記憶を取り戻した直後にいなくなり、しかし帰ってきたと言うことのお祝いをしようと誰かが言い始めたからだ。
少なくても祐一はこの場にいてもいい、と言うことを感じ、それが嬉しくて思わずそれを了承してしまった。
「今考えればそれが間違いだったんだよな・・・・」
そう呟いて祐一はコップに酒を注ぎ込む。
自分でも知らなかったことだが、意外と酒には強いようだ。顔は赤くなっているがあまり酔っているという感じもしない。
そんなことを考えているといきなりどんとテーブルの上にコップが置かれた。
恐る恐る祐一が見上げると・・・瑞佳が怖い顔をして自分を見下ろしている。
「・・・瑞佳さん・・・?」
「・・・・・・祐さん・・・ついで!」
瑞佳が座りまくった視線を祐一に突き刺しながら言う。
「え・・・で、でも・・・」
「良いからつぐの!つべこべ言うなぁっ!!」
その声に祐一は大慌てで近くにあった一升瓶を手に取り、瑞佳のコップに注ぎ込んだ。
コップになみなみとついでくれたのを見て、瑞佳が一気にコップの中の酒を飲み干す。
祐一はそれを見て呆然となっていた。
「・・・瑞佳さん・・・?」
「・・・祐さん・・・ねぇ・・・」
今度はコップをおいて瑞佳は祐一の隣に椅子を持ってきて彼に身体をすり寄せ始めた。
「瑞佳さん、こ、困りますって!!」
慌てて祐一がそう言うが、瑞佳が聞いておらず、祐一の胸に頬擦りし始める。思わず逃げ出そうとする祐一だが、その肩を瑞佳が思いも寄らない程強い力で掴み、逃がそうとはしなかった。
「逃げちゃ、だ〜め」
そう言って瑞佳は祐一の口に自分の人差し指を押し当てた。
(・・・ダメだ・・瑞佳さん、完全に酔っぱらってる・・・どうにかしないと・・・)
祐一は何とか現状を打破しようと辺りを見回すが、マスターと本坂は相変わらず上機嫌に訳のわからない歌を歌っているし、佳乃はネコのようにテーブルの上で丸くなっている。
(・・・全然役にたたねぇ・・・)
祐一、冷や汗かきまくりであった。
このままだと自分の理性が持つかどうか自信がない。おまけに酔いが回ってきたのかだんだん判断力も鈍くなってきているように感じられる。それに何より、瑞佳は結構ナイスボディなのだ。
「くうううっ!!」
何とか逃げ出したい祐一。
だが瑞佳は彼をしっかりと抱きしめていて離さない。
「ダメ、逃げちゃ・・・逃げないで・・・ねぇ・・・浩平・・・」
不意に聞こえてきた瑞佳の声に、祐一は一気に酔いが醒めた。
「浩平・・・?」
思わず口から出るその名。
瑞佳にとって消して忘れることの出来ないその名を持つ男。瑞佳の心に傷を残して消えた男。
今、酔いの所為か、瑞佳は祐一をその浩平と思っているようだった。
祐一はしばらく瑞佳のしたいままにさせようと思った。
それから少しして、すーすーという可愛い寝息が彼の耳に聞こえてくる。どうやら瑞佳はそのまま眠ってしまったらしい。
ふと気付くと先程までうるさいくらいに騒いでいたマスターと本坂もつぶれているかのように眠っている。
祐一は苦笑を浮かべると、瑞佳からそっと離れようとした。だが、瑞佳の手が彼の上着の袖を掴んで離れない。
「お願い・・行かないで・・・浩平・・・」
瑞佳を見るとその目に涙が浮かんでいる。
祐一は離れることを諦め、ため息をついた。
何処か切なそうな瑞佳の寝顔を見ながら祐一はある女性のことを思い出す。その女性の寝顔と瑞佳の寝顔がどことなく重なった。
「・・・会いに・・・帰らないとな。あいつも心配しているだろうし・・・」
そう呟いて祐一はテーブルの上に肘をついて、頬を手に乗せる。
「ちゃんと起きていれば良いんだけど・・・そこまで眠り姫でもないか、名雪は・・・」
祐一は目を閉じた。
そのまま、酔いも手伝ってか、彼は深い眠りへと沈んでいった。
 
<都内某所 23:57PM>
カチコチカチコチ・・・。
静かなその場所に時計の針が時を刻む音だけが響いている。
「しばらくゼースはお預けだそうだ・・・」
いきなり響き渡る女性の声。
「・・・どういうことだ?」
聞き返したのは男の声。
だがその姿は闇にとけ込んでいるのか全く見えなかった。
「わからん・・・だが、ターダがそう言ったのだ」
「ネシーまでやられて怖じ気づいたか?」
「それはあるまい。だが・・・カノンは無視出来ない存在だ」
「だったらこの俺がカノンを始末してやろう」
そう言って一人の男が姿を現した。
背にマントをつけた優男である。
「ゼースには関係ないからな、ターダも文句は言うまい」
優男はそう言うとマントを翻した。
するとその姿がムササビに似た怪人・スナチ・ボバルへと変わっていく。
「カノンはこの俺が殺す!」
スナチ・ボバルはそう言うと大きくジャンプしてその場から消え去った。
「・・・勝手なことを・・・」
「好きにさせておけばいい。少なくても・・・時間稼ぎにはなる」
声は相変わらず闇の中から聞こえている。
そして、全ては闇の中へ・・・。
 
<関東医大病院 07:28AM>
昨日の曇り空が嘘のように朝の柔らかな陽差しが部屋の中に注ぎ込まれている。
その明るさに、秋子はゆっくりと目を開けた。
「・・・ここは・・・」
身を起こそうとすると背中が痛み、思わず顔をしかめてしまう。
「っ・・・!!名雪!?」
痛みで不意に娘のことを思いだしたのか、秋子は慌てたようにベッドから降りようとし、ベッドに頭を乗せて寝入っている栞に気が付いた。
「栞ちゃん・・・?」
「目が覚めたんですね、秋子さん」
部屋の隅からそんな声が聞こえたのでそちらを見るとパイプ椅子に香里が座っていた。
「香里ちゃんも・・・」
香里を見て秋子は驚いたような顔をした。
「ここは関東医大病院です。あの病院で秋子さんは気を失ってしまって、それで聖さんにお願いして・・・」
説明するように言う香里。
「そう・・・」
秋子はそう言って眠っている栞の頭に手をやった。そして優しく撫でてやる。
「心配かけてしまったようね。もう大丈夫よ」
今度は香里の方を見、笑みを浮かべて秋子は言った。
だが、香里の表情は柔らがない。
それに気付いた秋子の顔からも笑みが消える。
「聞きたいことがあるんです」
そう言った香里の顔は真剣そのものだった。それに何処か思い詰めたような感じさえさせている。
「何かしら?」
「昨日、私が着いた時には秋子さんはもう気を失って倒れていました。一体何があったんですか?」
秋子はそう言った香里を見たまま何も答えない。
それを香里は、秋子は話す気がない、と受け取った。
「それに聞いておきたいこともあったんです。以前に・・・相沢君の偽者が現れた時のことです。あれは一体・・・」
やはり秋子は何も言わないで香里をじっと見ている。
香里は小さくため息をつき、肩を落とした。
「・・・名雪、いなくなっていました。あの時の連中にさらわれたんじゃないんですか?そしてそれを止めようとした秋子さんは力及ばずに・・・」
また顔を上げ、秋子の顔をしっかりと見据えて香里が言う。
秋子は目を閉じると首を左右に振った。
「香里ちゃん、関わらない方がいいわ。これは・・・私や名雪の問題だから・・・」
静かにそう言う秋子。
だが、香里は首を左右に振った。
「私は名雪の親友です。それに・・厄介事ならもう何度も巻き込まれていますから平気です。だから・・・教えてください、秋子さん」
そう言って秋子の目を見返す香里。
そんな香里の目を見て、秋子は小さくため息をついた。
「その様子だと・・・話すまで動きそうにないわね、香里ちゃんは・・・」
呟くようにそう言い、秋子は苦笑を浮かべた。
「・・・名雪は・・・多分だけど、自分から姿を消したの。それにはあの時の祐一さんの偽者・・・そのバックにいる人たちが絡んでいるわ」
「バックにいる人たち・・・?」
香里はやや驚きを隠せないような表情をしていた。
彼女は名雪がさらわれたものだとばかり思っていたが、実際にはそうではないらしい。更には正体不明の黒幕がいるようだ。
「そう・・・それは・・・今世間を騒がせている未確認生命体とも深く関わる人たち・・・そして・・・」
香里はこの次の秋子の口から出た言葉に驚きのあまり、言葉を失ってしまうことになる。
「この私の実家筋に当たる人たちよ・・・」
 
<警視庁未確認生命体対策本部 08:19AM>
幾つか並べてある椅子の上で毛布をかぶって国崎往人は眠っていた。
未確認生命体第22号の事件が終わった後、その後の現場検証、報告書の作成、更には怪我の治療などでかなり遅い時間になったのでそのまま泊まり込んだらしい。
ちなみにシャツの下は包帯だらけである。
窓のブラインドの隙間から入ってくる朝の陽の光に国崎は目を覚ましたらしく、大きく伸びをして、起きあがった。
体中がまだ痛むが動けない程ではない。
とりあえず顔を洗って朝飯でも調達に行こう、そう思った国崎が立ち上がり、対策本部が使用している会議室から出る。
欠伸をしながら廊下を歩いていると、前方から見知った顔がやってくるのが見えた。
「よお、住井。早いな」
片手をあげて挨拶すると、住井も頷き返した。
「お早う御座います。昨日は泊まりのようですね?」
「ああ、医務室の奴がいつもより多めに包帯を巻いてくれたからな。それだけ時間を食ったんだよ。おかげで報告書を出したのが夜の12時過ぎだ」
国崎はそう言うとまた歩き出した。
「あれ、何処か行くんですか?」
住井が国崎を振り返りながら聞く。
「朝飯。そのまま帰って寝る」
「ダメですよ。今日も会議あるんですから」
「22号は死んだだろ?」
「何時23号が出るか解らないじゃないですか!」
「まだ出てきてない奴に気を遣っても仕方ないだろ。それにこう毎日毎日だとこっちの体がもたない。たまには日曜くらいゆっくりさせてくれ」
国崎はそう言うと住井をその場に残してそのまま歩き去っていった。
住井は仕方ないなぁと言うような顔で去っていく国崎を見ていたがやがて会議室の方に向かっていった。
国崎は警視庁の建物から出ると一番近くにあるコンビニに行き、テキトーにおにぎりなどを買うとその足で自分が住んでいる独身寮に向かった。
彼は元々N県警の刑事だが未確認生命体対策本部に転属してからは警視庁の独身寮に住み込んでいるのだ。もっとも未確認生命体対策本部は何時も忙しいのでろくに休みもない上に滅多にその寮に帰れることもない。帰ったとしても寝ているだけだが。
とぼとぼと歩いていると、不意に携帯電話が鳴った。
液晶画面を見ると「美坂香里」と表示されている。
内心神尾晴子からでなくって良かった、と安心しながらもやはりあまり相性の良くない香里からの電話である。あまり出たい気分ではなかったが無視して後でもっと酷いことになるのも嫌なのでとりあえず出る。
「もしもし・・・?」
『ちょっと、こっちからかけているんだからさっさと出なさいよ』
電話の向こう側から聞こえる香里の声にはいつもの元気がないように感じられた。
「悪かったな。こっちにも都合ってもんがあるんだよ。で、何の用だ?」
『ちょっと筋違いとは思うんだけどね、警察関係の知り合いってあんたぐらいしか思いつかないし』
「だから何の用だ?」
『人を捜して欲しいの。それも出来る限り大至急』
「本当に筋違いだな。俺は未確認生命体対策班であって行方不明者捜査係じゃないぞ」
『でも探して貰わないといけないの。詳しいことは言えないけど・・・早く探し出さないととんでもないことになるわ』
「・・・何だよ、それ?」
『・・・詳しいことが知りたいなら関東医大病院に来なさい。そこで話すわ』
香里はそれだけ言うと一方的に電話を切った。
国崎は既に通話の切れた携帯電話を見ながら訝しげな顔をした。
とりあえず行かなければそれはそれで怖いような気もするので国崎は行き先を独身寮から関東医大病院に変えた。
 
<喫茶ホワイト 08:46AM>
祐一はホースを片手に店の外に水をまいている。
これは何時も開店前に彼のやっている作業だった。
そんな祐一をドアのところから瑞佳が見ていた。
「あの・・・祐さん?」
恐る恐ると言った感じで瑞佳が声をかけるが祐一は水まきに夢中なのか答えない。
「祐さん!!」
思わず大きい声を出してしまい、瑞佳は顔を真っ赤にした。
祐一もそれでようやく瑞佳が自分を呼んでいることに気付いたようで、彼女のいる方を振り返った。
「どうかした、瑞佳さん?」
いつもの笑顔を見せる祐一。
しかし、瑞佳はそれどころじゃなかった。祐一の顔を見ると改めて真っ赤になってしまい、思わず俯いてしまう。
「あ、あの・・・昨日のことだけど・・・」
「瑞佳さんって意外とお酒強いんですね。佳乃ちゃんなんかすぐにダウンしていたのに」
祐一は瑞佳のそんな様子など全く気が付いていないかのように笑顔でそう言った。
「そ、そうじゃなくて・・・あの・・・私・・・何か変なことしなかった?」
「変なこと?」
ちらちらと祐一の顔を盗み見るようにしている瑞佳に祐一は訝しげな顔をする。
「えと・・・その・・・朝、目が覚めたら祐さんに抱きついていたから・・・あの・・・それで・・・」
更に顔を赤くしながら瑞佳がそう言うので、祐一は苦笑を浮かべた。
「大丈夫ですよ、何もしていませんし、何もされていませんから。ただ瑞佳さんが俺を放してくれなかっただけで」
「ご、ごめんなさい!祐さん、迷惑だったよね?」
「迷惑なんてとんでもない。男冥利に尽きるってこの事かな?」
祐一はそう言ってにやりと笑う。
それを見た瑞佳が益々、それこそ完熟トマトのように顔を赤くしてしまう。
「冗談だよ。酒に酔って俺のことを誰かと勘違いしただけのようだから気にしないで欲しいな」
言いながら祐一はホースの水を止め、片付け始める。
瑞佳は黙って祐一を見ている。
「・・・聞かないんだね・・・」
ぽつりと瑞佳が呟くように言う。
「誰にだって話したくないことはあるものだし。俺にだってあるからね・・・まぁ、だいたいの見当は付くけど」
祐一はそう言うと瑞佳を見た。
「何時か話していましたよね、行方不明の幼なじみのこと」
瑞佳は祐一の言葉に小さく頷いた。
「瑞佳さんが助けてあげられなかった幼なじみ・・・それが”浩平”」
「私の勝手な思いこみかも知れないんだけどね」
そう言って瑞佳は苦笑を浮かべた。
「あの時、浩平が助けを求めていたかどうかは解らないんだよ。ただ、私がそう感じただけで。でも何も出来なくて。それで・・・いつの間にかいなくなっちゃって・・・」
話しながらその時のことを思い出しているのだろうか、瑞佳は何時しか泣きそうな顔になっていた。
祐一はそんな瑞佳を見て、少し悲しげな顔をした。そして、彼女の肩にぽんと手を置き、にっこりと笑みを浮かべた。
「瑞佳さんがそう思ったのならきっとそうだよ。そいつが助けを求めていたのなら・・・今度会った時に助けてやればいい。その為に・・・瑞佳さんはここにいるんだろ?」
「祐さん・・・」
瑞佳が祐一を見る。
祐一は笑みを浮かべたまま、店の中に入っていった。
瑞佳が後に続いて中に入ると丁度マスターが電話機を取り上げて祐一を手招きしているところだった。
「お前に電話だぞ」
「は?俺に?」
首を傾げる祐一。
受話器を受け取ると、向こうからは聞き覚えのある声が聞こえてきた。
『相沢君?これからすぐに関東医大病院まで来れない?』
「・・・香里か?一体どうしたんだよ?」
『大事な話があるのよ。大至急来て欲しいの』
「・・・解った。すぐに行くよ」
祐一はそう言って受話器を戻した。それからマスターの方を見ると、仕方なさそうにマスターは頷いた。
「すいません、出来る限りすぐに帰ってきますから」
「特に期待してないから行ってこい」
「それはそれで酷い・・・」
そう言いながらも祐一は苦笑を浮かべてまた外へと出ていく。
それを見送りながらマスターは小さくため息をついて瑞佳を見やった。
「なぁ、瑞佳・・・あいつ、一体何やっているんだ?」
「何やってるって?」
先程からテーブルを拭いていた瑞佳がその手を止めてマスターを振り返る。
「ほら、前に警察の黒ずくめの刑事とかも来ていただろ?一体あいつ・・・・」
「祐さん、探偵みたいなことやっているみたいなんだよ。それで・・・」
「探偵?」
「祐さん、あれで色々と顔が広いんだよ」
言いながらも苦しい言い訳だと思いながら瑞佳は苦笑する。
「・・・そうか・・・そうだったのか・・・」
マスターは納得していた。
瑞佳はマスターが案外単純な人で良かったと、心の中で思っていた。
 
<関東医大病院 09:16AM>
香里は1階ロビーにある待合室のベンチに腰を下ろし、自分で呼び出した国崎と祐一が来るのを待っていた。
秋子の話を全て聞いた後、彼女はとりあえず一人になって考えた。だが、どうして良いか全く考えつかなかったのだ。だから二人を呼んだのだ。
国崎はともかく、祐一にこの話をするべきかどうかは迷ったのだが、それでも話すべきだと思い、電話をかけた。国崎を呼んだのは考えるなら後一人くらいいた方がいいと思ったからに過ぎない。客観的に見れる人間が一人くらいは必要だと考えたのだ。
しかし・・・今も香里は悩んでいた。
とてもじゃないが信じられるような話ではない。祐一が古代の戦士・カノンになって謎の未確認生命体、古代の好戦的種族ヌヴァラグと戦っていることを知っていても尚、信じられないような内容だったのだ。
「はぁ・・・」
重いため息をつく。
「全く・・・何で・・・何でいなくなるのよ、あの子が!?」
それは答えを求めたわけではない質問。
答えるべき人物こそが行方不明なのだから。
俯いたままの香里。
それを同じロビーの影からじっと見ている姿があった。
わざとらしく新聞を広げながらもサングラスをかけた男。だが、どことなく人間ではない雰囲気を醸し出している。にやりと笑う口の端から鋭い牙が見え隠れしているのだ。
「聖戦を邪魔するものには死の洗礼を・・・」
男が小さい声で呟く。
「我ら選ばれしものの行く手を遮るものに等しく死の洗礼を・・・」
男が新聞を畳み、畳んだ新聞を片手に歩き出す。
その先には香里がいる。
男の手が人のものから変化を始める。それは鋭い爪を持った猛禽類の足のような。これで殴られでもすれば普通の人などひとたまりもないだろう。
男が更ににやりと笑う。
香里はまだ男の接近に気が付かない。
男が片腕をゆっくりと振り上げたその時、のんきにも欠伸をしながら国崎がロビーに入ってきた。
国崎は欠伸をかみ殺しながら香里の方に目をやり、その側に立ち、片腕を振り上げている男に気が付くと素早く拳銃を引き抜いていた。
「動くな!!」
国崎の鋭い声が人気のないロビーに響き渡る。
その声にはっとなる香里。そしてようやく側に立っている男の存在に気付き、慌ててその場から離れた。
油断無く拳銃を男に向けながら国崎は香里を自分の後ろにかばう。
「・・・一体何者だ?まさかとは思うが・・・第23号じゃねぇだろうな?」
男はニヤニヤ笑いながら答えようとはしない。
「未確認生命体・・・この男の人が?」
香里が驚いたように男を見た。
確かに国崎の疑念の通り、男の片腕は既に人間のものではなくなっている。それは猛禽類の足がそのまま手になったような感じの腕に変化していた。
「未確認生命体ね・・・あのような古い奴らと一緒にして貰いたくないな。我々は奴らよりも新しく、より進化した個体と思って貰いたいね」
男が少し馬鹿にしたような口調で言った。
国崎も香里も、この男がはっきりと日本語を話したことに驚きを隠せないでいた。
「こ、こいつ・・・日本語を・・・?」
「ヌヴァラグじゃない・・・?」
「我らに刃向かうものには死を!」
男はそう言うと、その姿を変え始めた。
その片腕のように、猛禽類の姿へと。
鷹の怪人に変身を終えた男は背の翼を広げ、二人を威嚇する。
「美坂、早く逃げろ!ここは俺が何とかする!!」
国崎は自分の後ろにかばっている香里にそう言って銃の引き金を引いた。
弾丸が鷹怪人を襲うが、少しよろけただけでダメージを与えられた感じはない。
「大丈夫よ!もう少ししたら相沢君も来るから!それまでもたせて!!」
逃げながら香里が言う。
「フ・・・そうか、カノンが来るというのか。面白い。それまでの間、貴様の相手をじっくりとしてやろう・・・」
鷹怪人がそう言ってにやりと笑った。
だが、国崎はその鷹怪人の言葉の中に驚くべきことを発見しており、それどころではなかったのだ。
(・・何でこいつは・・・祐の字がカノンだと言うことを知っているんだ・・・?)
国崎がそんなことを考えている間にも鷹怪人は彼に向かって迫ってきている。
ぶんっと勢いよく片腕を振り抜くが、国崎は一瞬早くその場を飛び退き、その一撃をかわしていた。
待合室のベンチの上を飛びわたりながら国崎は鷹怪人との距離を取っていき、振り返っては銃を撃つ。もとよりダメージがないことは承知の上であり、あくまで牽制のためである。
(今日が日曜で良かった・・・・)
そんなことを考えながらもまた引き金を引く国崎。
鷹怪人は始めにいた位置からほとんど動いていない。それは余裕なのか。
(くそっ!!せめてライフルでもあれば!!)
未確認生命体用に開発された炸裂弾が使用出来るタイプのライフルがあればもう少しはダメージが与えられた可能性は高いのだ。
国崎は徐々に焦りだしている。
「ふふふ・・・・」
鷹怪人は未だ不適な笑みを浮かべていた。
 
<倉田重工第7研究所 09:31AM>
倉田重工第7研究所内の地下にある実験場。
その中央にPSK−03”ベルセルガ”を装着した北川潤が立っていた。
実験場の隣にあるモニタールームでは七瀬留美、斉藤のPSKチームの二人の他に倉田佐祐理、深山雪見の姿もあった。
誰の顔にも緊張の色が浮かんでいる。
留美の表情はその中でも一番緊張の色が濃かった。
今潤が装着しているPSK−03”ベルセルガ”にはまだ克服されていない問題があった。
搭載されているAIは常に戦闘に勝つために最適な行動を取るように設定されている。それに装着員が同調出来るかどうかと言う問題。
こればかりは実際に装着してみないと解らない。だからこそ、これからその実験が行われようとしているのだった。
『北川君、準備はいい?』
実験室内に留美の声が聞こえてくる。
頷く潤。
『それじゃシミュレーション、レベル1を開始するわよ』
留美がそう言った時だった。
モニタールームに誰かが駆け込んでくるような音が聞こえ、佐祐理に何かを報告する声が聞こえてくる。
頷く佐祐理、そして留美を見ると、留美は少し躊躇した後、大きく頷いた。
『北川君、予定変更よ。いきなりだけど実戦。いける?』
そう言った留美の顔は真剣そのものだった。
潤は大きく頷いて見せた。
『だったらそのままKトレーラーにいって。すぐに出動よ!』
それから約5分後、新たなKトレーラーが第7研究所から発進していった。
 
<関東医大病院へと続く道路 09:42AM>
祐一はロードツイスターを関東医大病院に向けて大急ぎで走らせていた。
香里が呼び出してきてから既に30分以上経っているのは彼が道に迷っていたからに過ぎない。関東医大病院に行く時はだいたい彼が気を失っている時なのだから、道を知らなくて当然だろう。
「やっばいな〜、香里の奴、怒ってるだろうなぁ〜」
そう呟きながら更にアクセルを回そうとして、ふとサイドミラーを見ると、後ろにミニパトの姿を見ることが出来た。
「げげっ・・・まさか、俺?」
祐一は慌ててアクセルを戻してスピードを落とす。
ミニパトが祐一のロードツイスターに併走しながら窓を開ける。
「ちょっとスピード、早いですよ。まぁ、すぐに落としてくれたから今は見逃しますが・・・」
ミニパトの中から顔をのぞかせたのは婦人警官。
祐一はその彼女を見て、そしてその彼女も祐一を見て、同時に「あ〜〜〜っ!!」と声を上げた。
「あ、あ、あ、相沢さん!?」
「あ、あ、あ、天野!?」
思わず二人ともブレーキをかけ、停車してしまう。
祐一はヘルメットを脱ぐと、それをミラーにかけてミニパトに駆け寄った。
「久し振り・・・って言った方がいいな。何しろ・・5年ぶりになるはずだし」
そう言って祐一が笑みを浮かべる。
ミニパトの中から天野美汐も降りてきて祐一の顔を懐かしげに見て、微笑んだ。
「お久し振りです、相沢さん・・・何か随分と感じが変わりましたね?」
「そうか?俺は何時もと同じく俺だぞ?」
「それはそうですが・・・5年も会わなかったからでしょうか・・・何か随分男らしくなったようで・・・」
美汐はそう言って頬を赤くした。
「まぁ、誉め言葉として受け取っておくよ。それにしても・・・天野が婦人警官とはな」
祐一が少し驚いたかのように言う。
「あの・・・似合いませんか?」
「いや、その逆」
「逆・・ですか?」
「似合いすぎだ。まぁ、お前にとっては天職だと言うことかな?」
そう言って祐一が笑う。
美汐はそれを聞いて更に赤くなって俯いてしまった。
「俺が男っぽくなったって言うけどな、お前も随分女っぽくなったな、天野」
からかうように言う祐一。
「わ、私がですか!?」
驚いたように顔を上げる美汐。
「ああ、昔はおばさんぽくってちょっと何だったが今なら付き合いたいと俺は思うぞ」
「・・・相沢さん、からかっていますね?」
「・・・解るか?」
「解ります」
二人はそこで顔を見合わせ、笑い出した。
そんな二人を近くのビルの屋上から見下ろしている影があった。
「・・・カノン・・・ゴドヌ・・・」
その影はそう言うと、ばっとビルの上から飛び降りた。
祐一は美汐と顔を見合わせ、まだ笑っていたが不意に真剣な表情になると上を見上げ、素早く美汐を抱き寄せ、ばっと後方へと飛び退いた。
「あ、相沢さん!?」
いきなり抱きしめられた美汐が驚いたような声を上げる。だが、その表情はすぐに別の驚きに取って代わられる。
今さっきまで立っていた場所にいきなり上から一人の男が着地したからだ。
美汐は祐一の腕の中にいながら上を見上げ、この男がすぐ側にビルの上から飛び降りてきたことを確認すると青ざめた。
「ま、まさか・・・」
「・・・未確認生命体・・・」
祐一が呟くように言う。
「これが・・・まさか・・・」
美汐は信じられないような顔をして目の前の男を見る。
祐一は美汐を離すと、すっと自分の後ろにかばい、男と睨み合った。
「・・・ゴドヌ・・・」
男が祐一を睨み付けながらそう言い、姿を変え始める。
「天野、逃げろっ!!」
祐一はそう言うと、男に飛びかかっていった。
「相沢さんっ!!」
美汐が悲鳴を上げる。
祐一は変身を終えたスナチ・ボバルに簡単に投げ飛ばされ、ガードレールに背をぶつけながらも美汐の方を見て、大きく手を振った。
「俺なら心配ない!だから早く行けっ!!」
少しの間躊躇していた美汐だが、大きく頷くとその場から走り出した。
祐一は美汐が走り去るのを見届けると、スナチ・ボバルを睨み付けながら立ち上がった。
スナチ・ボバルは祐一が立ち上がるのをニヤニヤ笑いながら待っている。
その笑みに祐一は更に苛立ちを募らせ、素早く両手を腰の前で交差させた。すると、腰の辺りにベルトが浮かび上がってくる。
交差させた両手を胸の辺りまであげ、左手だけを腰まで引き、残る右手で空に十字を書こうとして、祐一は思わず動きを止めてしまった。
スナチ・ボバルの向こう側に信じられないものを見たのである。
「・・・な・・・な・・・名雪!?」
そこには何故か巫女のような衣装を身にまとった名雪が祐一に向けて笑みを見せて立っていた。だが、その笑みは彼の知っている名雪の笑顔ではない。あの、屈託のない、明るい笑顔ではなく、何処か妖艶な、邪悪な微笑。
祐一は思わず手を下ろしてしまう。
と、次の瞬間、彼は胸に物凄い衝撃を受けて吹っ飛ばされてしまっていた。
ガードレールを越え、歩道の上に叩きつけられる祐一。
「ジョゴン・シシェリヅ」
スナチ・ボバルが不愉快そうに言う。先程祐一に胸を襲った衝撃はスナチ・ボバルの放った掌打だったのだ。
「ロサデン・ラリシェバ・ゴゴジャ」
そう言って自分の方に親指を向けるスナチ・ボバル。
祐一は咳き込みながら起きあがると、スナチ・ボバルの後方に名雪の姿を探した。だが、もうそこには誰の姿もない。
だが、彼は物凄く嫌な予感に捕らわれていた。わけのわからない嫌な予感。不安感と言ってもいい、この感じ。
「く・・・邪魔をするなっ!!」
焦ったように祐一はそう言って空に右手で十字を描き、その右手を顔の側まで引き寄せ、一気に振り払った。
「変身っ!!」
ベルトの中央がまばゆい光を放った。
その光の中、祐一の姿が戦士・カノンへと変わっていく。
変身を完了すると同時にスナチ・ボバルに飛びかかるカノン。
スナチ・ボバルはそれを真正面から受け止め、後方へと投げ飛ばす。
空中で一回転して着地するカノン。振り返り様に接近してきたスナチ・ボバルに裏拳を叩き込み、更に残る方の手でパンチ。おまけに回し蹴りを叩き込み、スナチ・ボバルを吹っ飛ばした。
先程の祐一みたいにガードレールに叩きつけられるスナチ・ボバル。
「ク・・・マガマガ・ギャヅ!!」
忌々しげにスナチ・ボバルが言う。
カノンはそんなスナチ・ボバルを油断無く見ながらファイティングポーズを崩さない。
ゆっくりと立ち上がるスナチ・ボバル。
それを見たカノンが走り出そうとした時だった。
不意に背後から物凄い視線を感じ、思わず足を止めてしまうカノン。
振り返るとそこには杖を持ち、フードをすっぽりとかぶった、それでいて何か異様な雰囲気を漂わせている老婆がいた。
(な・・・何だ・・・?)
カノンの背に冷たい汗が流れる。
「ひっひっひ・・・今代のカノンは・・・手応えがありそうじゃて・・・」
老婆がそう言ってフードに手をかける。
フードの下から出てきた顔を見て、カノンは凍りついた。
そこにあったのは・・・秋子を少し老けさせたような顔だったのだ!
 
<関東医大病院ロビー 09:46AM>
国崎はベンチの背に身を隠しながら拳銃の弾丸を入れ替えていた。
「くそっ・・・どうすりゃいいんだよ!?」
鷹怪人は相変わらず動いていない。しかし、ダメージも与えられてはいない。
先程から消費した弾丸だけが増えていく。
近くのベンチの後ろで身を伏せている香里がそんな国崎をじとっと半眼で見つめていた。
口は動かさずとも何が言いたいか、国崎はだいたい見当が付いた。
「済まないな、役に立たなくて」
思わずそう言ってしまう。
「あら?そんなこと一言も言ってないわよ」
笑みを浮かべて香里が言い返す。
「・・・何で逃げないんだよ?」
むっとした様子で国崎が香里を睨み付けた。
「一人で逃げるわけにはいかないの。上には秋子さんや栞がいるんだから」
香里がそう言って国崎を睨み返した。
「・・・奴を表に引きずり出さないと行けない訳か・・・また難しい注文だな」
拳銃の弾丸を詰め替えた国崎が一度目を閉じる。
それはまるで何かに祈るかのように。
「とりあえずお前は先に逃げろ。俺が責任を持ってあいつを表に引っ張り出す」
再び目を開いた国崎は香里を見ながらそう言い、未だじっとしている鷹怪人の方をのぞいてみた。
鷹怪人は悠然と腕を組み、国崎達が出てくるのをまるで待っているかのようだった。
「相談は終わったかな?」
そう言って鷹怪人が腕を広げた。
「そろそろお遊びも終わりにしたいのでな。この辺りで死んで貰う」
鷹怪人が歩き出した。
国崎はそれを見ると、香里に外に出るように目で示し、自身は拳銃を構えたままベンチの背から飛び出していた。
「そう簡単にはやらせねぇよ!!」
言いながら拳銃の引き金を引く。
しかも身体に向かってではなく、顔面に向かって、である。
かつて未確認生命体第4号は晴子の放った銃弾で目を傷つけられた。この鷹の怪人も目などの部分ならはダメージを与えることが出来るかも知れない。
「愚かな子羊に、永遠の眠りを」
右手を前に出して銃弾を受け止める鷹怪人。
その間に香里は関東医大病院の外へと飛びだしていた。
その彼女の前に一台の大型トレーラーが停車した。
トレーラーの後方のドアが開き、中からブルーメタリックの装甲服が姿を見せた。
PSK−03”ベルセルガ”である。
『北川君、相手は中にいるらしいわ。出来る限り中での戦闘はやめて、相手を表に引きずり出して』
マスクの中に内蔵されている無線から留美の声が聞こえてくる。
だが、装着員・北川潤はそれどころではなかった。
今、彼の前にいるのは美坂香里・・・潤とは高校時代を共に過ごし、密かに彼が憧れていた女性である。彼女と共に潤は祐一からあることを頼まれたのだが、潤は戦う祐一の姿を見て、何も出来ない自分の無力さに腹立ちを覚え、進学をやめ自衛隊に入隊したのだった。
そしてある時、佐祐理に誘われてPSK計画に参加することになるのだ。
香里にとっては多少なりとも憎からず思っていた相手が何も言わずにいなくなったことに腹立ちを覚え、以来彼とは絶交状態になっていたのだ。
しかし、潤はまだ香里のことが好きであった。
決して表には出さないものの、その思いが消えたことはない。だからこそ、今彼は目の前にいる香里の姿に思わず動揺してしまい、動けなくなったのだ。
『北川君!?』
留美の声が聞こえてくる。だが、彼はそれを全く聞いていない。
「ねぇ、助けてよ!中にいる奴、早く!!」
香里がそう言ってPSK−03に縋り付いた。
彼女にはPSK−03の中に誰がいるのは解らない。だが、彼が対未確認生命体用に開発された強化服を着ていることから自分達を助けに来たものだと思ったに違いない。
潤は黙って頷くと腰のホルスターから新型の銃・ブレイバーショットを引き抜き、構えながらゆっくりと入り口へと向かっていく。
と、その時、入り口の自動ドアを突き破って国崎が外に投げ飛ばされてきた。
地面に叩きつけられ、ごろごろと転がって彼はPSK−03の足下にまでやってくる。
「つ〜〜〜〜〜っ!!」
顔をしかめながらそう言って国崎は起きあがった。
その前にPSK−03が出て、中にいる鷹怪人を見据える。
「お前は・・・?」
「ここは引き受けた」
潤はそう言うとブレイバーショットを前に突き出して自動ドアの方へと歩き出した。
「お、おい!!」
国崎がそう言うが、PSK−03は止まらない。
「あいつはかなり強いぞ!気をつけろっ!!」
思わず国崎は叫んでいた。
今までのPSK−01の戦いぶりを彼は知らないわけではない。だからこそ、彼は思わずアドバイスしてしまったのだ。
しかし、今この場にいるのはPSK−01ではなく、より強化されたPSK−03である。
潤だけでなく、PSKチームの面々は相手がどれだけ強かろうと大丈夫だと考えていた。
中にいた鷹怪人はこっちにゆっくりと向かってくるPSK−03の姿を見てにやりと笑い、背の羽根を大きく広げジャンプした。そのまま宙を滑るかのように飛び、外へと飛び出してくる。
PSK−03はそれを見るとすっとブレイバーショットを鷹怪人に向けて引き金を引いた。
ブレイバーショットに使用されている弾丸はブレイバーバルカンに使用されているものより更に強化されたものである。未確認生命体の強固な皮膚組織を破壊してダメージを与えるために研究に研究を重ねられて開発された特殊弾。これもPSK計画のメンバーでPSKシリーズの武器開発チームの主任、深山雪見の努力の結晶である。
だが、その強化弾も当たらなければ意味がない。
鷹怪人は翼を大きく羽ばたかせると急上昇してブレイバーショットの攻撃をかわしてしまったのだ。
「何っ!?」
驚き、思わずブレイバーショットを降ろして鷹怪人を見上げるPSK−03。
そこに急降下して飛びかかる鷹怪人。
降下しながらの蹴りを食らい、吹っ飛ばされるPSK−03を尻目に着地する鷹怪人。
倒れたPSK−03を見て、鷹怪人が笑い声をあげる。
「はっはっは!!勇ましく出てきたと思えばその程度か!!」
「くそ・・・」
PSK−03が地面に手を突いて起きあがった。
『北川君、PSK−03のAIを起動させるわ!それなら互角以上に戦えるはずよ!』
留美の声が聞こえてき、潤は大きく頷いた。
「お願いします、七瀬さん!」
潤がそう言った次の瞬間、PSK−03のマスク内のディスプレイが切り替わった。今までただ視界を確保していただけのディスプレイが一瞬赤く染まり、様々なデータが表示される。
「これが・・・”ベルセルガ”・・・・?」
思わずそう呟く潤。
鷹怪人が再び翼を羽ばたかせて宙に舞った。
それを見たPSK−03がブレイバーショットを素早く上に向けて発砲する。
しかし、今度も鷹怪人には命中しない。
と、その時だ。
いきなりPSK−03が走り出し、そのままブレイバーショットを発砲した。今度は命中する特殊弾。鷹怪人がダメージを受けて、地上に落下するとそこに向かってブレイバーショットを向け、更に発砲。
だが、鷹怪人は素早く起きあがるとジャンプしてその一撃をかわした。更に背の翼から数本の羽根を手に取り、PSK−03に向かって投げつける。
鷹怪人の羽根はその大半がPSK−03の装甲に辺り、何のダメージも与えられないまま、地面に落ちたが、そのうちの一本がブレイバーショットを持つ手に当たり、小さな爆発を起こした。
思わずブレイバーショットを取り落とすPSK−03。
だが、PSK−03は少しも慌てず左腕の二の腕の部分の装甲から内蔵されている電磁ナイフを取りだした。
再び鷹怪人が羽根を手に取り、投げつけるがPSK−03はそれを全て電磁ナイフで切り払ってしまう。
「ク・・・」
初めて鷹怪人の顔に焦りの色が浮かんだ。
その戦いの様子をじっと見ていた香里はふと背後に人の気配を感じ、振り返ってみた。そして驚きのあまり、言葉を無くしてしまう。
そこには何か巫女のような衣装を身にまとった名雪が立っていたからだ。
「・・・な・・・名雪・・・?」
「久し振りだね、香里・・・」
名雪が笑みを浮かべて言う。
しかし、その笑みはかつての彼女のものではなかった。
その笑みを見ながら香里は秋子から聞いた話を思い出していた。
『これは私が生まれたところで伝承として伝わっている話・・・遙か昔、ビサンという平和的種族とヌヴァラグという好戦的な種族があったの。ヌヴァラグはビサンに対して殺戮を繰り返し、ビサンはそれに対抗するために戦士を生み出した。それがカノン・・・』
名雪とは思えない妖艶な笑みを浮かべて、名雪は香里の方へと近寄ってくる。
『カノンはビサンにとって最後の切り札だったわ。でも・・・ビサンの中には不思議な力を持つ者がいて、それがビサンを裏切ってヌヴァラグに付いた。彼らはビサンの中でもその不思議な力故に疎まれていた。平和を乱しかねない存在として。その復讐のために、彼女らはヌヴァラグのサポートを始めたの』
香里は微笑む名雪に何か背筋の凍るような感じを受けていた。
『その力はヌヴァラグにとって邪魔者だったカノンを次々と討ち滅ぼした。ヌヴァラグもそれが解ったのか彼女らには手を出そうとはしなかった。ある種の協力関係が成り立っていたのね。でも残ったカノンは彼女らの邪魔を何とかかいくぐってヌヴァラグを全て封印した。ヌヴァラグという味方を失った彼女らはビサンの前から姿を消したわ。次に狙われるのは自分達だと思って』
名雪が香里のすぐ側まで来て、じっと香里の顔を覗き込んだ。
『彼女たちはそのままずっと隠れていた。何時の日かヌヴァラグが復活してビサンに復讐を遂げさせてくれる日を信じて。今に力を伝えるために彼女たちはひたすら近親交配を続け、何時しか彼女たちは異形の姿を得るようになってしまう。今の世に鬼として伝えられるのは彼女たちの末裔。まぁ、全てが全てというわけじゃないわ。異形の姿のものが増えてきたので彼女たちは・・・ああ、これはあまり関係のない話ね。とにかく彼女たちは何時しか女性だけで構成されるようになっていった・・・』
香里は見た。
名雪の瞳が金色になっているのを。
それは異形の力の証拠ではなかったか?
『今年、遂にヌヴァラグは復活してしまった・・・カノンが施した封印は遂に破られたの。だから彼女たちもまた動き出した。もっとも・・・今じゃあの力を伝えるものもそう多くはないわ。・・・私もその力を伝えるものの一人。私は・・・一族の宿命が嫌になって逃げ出したの。姉さんと一緒に』
名雪がまた微笑んだ。
香里は言いようのない不安に捕らわれた。
『彼女たちはみんな同じ名字を持つわ。かつて・・・ビサンから背を向けられたことを忘れないように。皆から背を向けられた、悪夢の一族・・・『皆背』・・・それが転じて、水瀬・・・』
不安の理由は何なのか。
香里には既にそれすら解らなかった。
今、目の前にいる、かつての親友・・・しかし、それはもはや異形の存在になってしまったのか?
『水瀬一族は・・・ヌヴァラグに力を貸し、カノンを滅ぼす存在。そして・・・名雪こそが・・・選ばれた一族の次の宗主・・・』
名雪はゆっくりとした動作で香里の肩に手を乗せる。
『名雪の力は・・・危険よ。この上なく。私ですら敵わないくらい。あの子が・・・人類の敵になったら誰にも勝ち目はないわ。そう、カノンでさえも・・・』
秋子は悲しげだった。
もう誰にも止められないことを知っていたからか?
この話を聞いた時、香里はこう言っていた。
『嘘?嘘ですよね?私を驚かせるための・・・嘘ですよね!?』
このとき、自分は必死に笑顔を作ろうとしていたのかも知れない。
まるで、動けない今のように。
だが、香里の言葉を聞いた秋子は本当に悲しそうに首を左右に振ったのだった。
そしてこう付け加えた。
『・・・これは嘘じゃありません・・・』
名雪の手が肩からすうっと香里の顎へと移動し、香里の顎を持ち上げる。
「香里・・・」
うっとりとした声で名雪が香里の名を呼ぶ。
だが、香里は答えられなかった。
全身が恐怖のあまり震え出す。
その時、物凄い声が聞こえてきた。
「名雪ぃぃぃぃぃっ!!」
それは・・・ぼろぼろになった祐一であった。
 
Episode.27「水瀬」Closed.
To be continued next Episode. by MaskedRiderKanon
 
次回予告
恐るべき名雪の力の前に祐一は手も足も出なかった。
更に襲いかかるスナチ・ボバル。
国崎「嘘だろ、おい・・・」
名雪「だったら邪魔しないで欲しいな、祐一」
その一方でPSK−03に発見される新たな問題。
装着員として苦悩する潤。
潤「俺じゃ・・・使いこなせないのか・・・?」
郁未「あいつらって・・・何者な訳?」
教団、ヌヴァラグ、そして水瀬一族・・・。
祐一に、カノンに迫る最大の危機!
祐一「だったら・・・俺はお前を殺してでも止めるっ!!」
次回、仮面ライダーカノン「再会」
遂に、その時はきた・・・!!


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