<N県内某所(森の中) 18:54PM>
国崎往人はすっかり暗くなっている森の中を走っていた。
と、不意に前方が開け、大きな切り株の前へと出てくる。
その切り株の前に一人の青年が倒れていた。
国崎は青年に気付くと慌てたように駆け寄り、彼を抱き起こした。
「おい!大丈夫か!?目を覚ませ、祐の字!!」
そう青年に呼びかけながら頬を軽く叩く。
「しっかりしろ!一体何があった!?」
「・・・うう・・・」
青年が軽く身体を揺すって目を開いた。
それから青年は自分で身を起こし、きょろきょろと周囲を見回した。
「・・・何処だ・・・ここは?」
青年はそう言って頭を左右に振った。
「何で・・・俺はここに?」
「・・・祐の字?」
国崎は青年の様子がおかしいのに気付いた。
今までの、彼が知っている青年ではない。明らかにその雰囲気は違っている。
国崎は何となく急に不安な気持ちに捕らわれた。
「大丈夫か、祐の字?」
そう言って彼の顔を覗き込む。
するとその青年は訝しげな顔をして国崎の顔を見返した。
「・・・誰だ、あんた?」
それを聞いた国崎は言葉を失った。
「・・・お、おい・・・冗談はよせよ。俺だ。国崎だよ!」
不安げにそう言う国崎だが、青年は訝しげな顔をしたままである。
「どうし・・・お前、まさか・・・」
「な、何だよ・・・」
国崎が嬉しそうに青年の肩を掴む。
「記憶が戻ったんだな!祐の字!」
「よしてくれ!」
そう言って青年は国崎の手を払いのけた。
そして、国崎から離れ、彼はまたきょろきょろと辺りを見回す。
「・・・一体どうして俺はこんな所に居るんだ・・・?」
「おい、祐の字!」
国崎が少々むっとしたように青年に声をかけてくる。
折角記憶が戻ったというので喜んでやったというのに、ああいう態度を取られたのでは国崎でなくてもむっとするであろう。
青年は国崎を無視するかのように辺りをきょろきょろ見回していたが、やがて国崎の方を向いた。
「俺は・・相沢祐一だ・・・祐の字じゃない」
青年・相沢祐一は国崎を見てそう言った。
 
仮面ライダーカノン
Episode.23「不安」
 
<喫茶ホワイト 09:32AM>
外は雨が降りしきり、何ともイヤな天気であった。
そう言うイヤな空気は伝染するものなのか、喫茶ホワイトの店内も朝早くから重苦しい雰囲気に包まれていた。
マスターはカウンターの中で新聞を黙って広げており、ウエイトレスの長森瑞佳は時折心配そうな目をカウンターに向けている。彼女の視線の先には一人の青年の姿があった。陰鬱そうな表情でカウンターに肘をつき、俯いている。伸びるままに任せていた髪も今日は括られておらず、無造作にたれていた。
陰鬱な青年の表情と同じく、時間だけが陰鬱に進んでいく。
店内には3人以外に誰もいない。
誰もこの重苦しい雰囲気を壊そうとはしない。
テーブルなどを拭いて時間を潰していた瑞佳だったがやがてそれも終わり、本格的に何もすることが無くなってしまうと困ったような表情を浮かべて青年の隣の椅子に腰掛けた。
「あの・・・」
意を決して瑞佳が声をかけようとした時、カランカランとカウベルの音が静かな店内に響き渡った。
3人が一斉にドアの方を見ると、そこにはいきなり注目を浴びて驚いている美坂香里が立っていた。
「え・・・?」
 
<警視庁未確認生命体対策本部 09:42AM>
警視庁未確認生命体対策本部では3日ぶりに戻ってきた国崎を交えて会議が行われていた。
主だった内容はここ数日N県に現れた2体の未確認生命体と東京に出た1体、そしてN県で行方不明となった第2号のことである。
「と言うことは第2号はその新たな未確認生命体に襲われていた、と言うのだね?」
本部長、鍵山が確認するかのように国崎を見る。
「はい。N県に現れた一体目の未確認と第2号が争っているのをこの目で見ました。その後、第3号が現れ、一体目と戦闘行為を開始し第2号はその間に逃走した模様です」
国崎が報告書を見ながら言う。
「第3号がN県に・・・だから東京には現れなかったのか・・・」
ぼそりとそう呟いたのは国崎と同じく対策本部所属の刑事、住井護である。
「便宜上この一体目を18号、東京に現れたのを19号、そしてN県に現れた2体目を20号と呼称することにして・・・」
鍵山がそう言って今度は住井を見た。
「第17号、第2号には一応の効果のあった炸裂弾ですが19号にはほぼ全く通用していません。これと同様の報告を国崎さんからも受けていますので18号、20号にも炸裂弾は効果がなかったと思われます」
会議用の資料を見ながら住井が言い、鍵山の後ろにあるホワイトボードへと歩み寄っていく。
「しかしながら先日、第19号の片腕を倉田重工の対未確認対策チームとの共同戦線の末に入手しました。これを今、科警研に回して分析して貰っていますので何らかの対策が出来ると思います」
そう言って住井がホワイトボード上のある写真を指で示した。
そこには切り落とされた未確認生命体19号の片腕が映されている。
「これは・・・あの銀色がやったのか?」
国崎が資料に付属している写真を見ながら言った。
「銀色・・・ああ、倉田重工の対未確認対策チームのPSK−01ですか?」
「そう、そのPSK何たらが未確認の片腕を切り落としたってのか?凄いな。前に見た時はそんなに強そうにも思えなかったんだが」
住井が答えたのにそう返す国崎。
「でもあのPSK−01のおかげで第19号を何とか撃退出来たんですよ?やっぱり凄いと思いますが」
「そのことについてだが・・・倉田重工側から正式に協力が申し込まれてきた」
鍵山がそう言って全員を見回した。
「先程話題に出たPSK−01とその運用チーム、そして倉田重工の第7研究所が今後我々に協力してくれることになった」
「倉田重工の第7研究所?そんなにもあるのか?」
国崎が小声で隣にいる神尾晴子に聞く。
「色々とやっとるらしいからな。まぁ・・・うちらだけじゃ手詰まりって感じやったしええんとちゃうか?」
興味なさそうに答える晴子。
「ちょっと質問があるんですが?」
そう言って一人の男が手を挙げた。
「その倉田重工の対策チームが使用しているPSK−01,その武装は銃刀法には触れないんですか?」
「そのことに関し手だが、PSK−01は元々自衛隊と警視庁、そして倉田重工が対テロ、対災害用として共同開発したものだ。その管轄は一応自衛隊という事になっている」
「そしたら・・・うちら警察に協力するって言うのは自衛隊とかに悪いんとちゃうんですか?」
続けて晴子が言うと、鍵山が大きく頷いた。
「確かにそうだ。第1号、第2号、第3号が現れた時は民間人を守るために出動したのだが、その後第7号、第8号の時まで出てきていないのはそう言う方面への対応もあったのだろう。それ以降は独自に未確認生命体が現れると現場にやってきて撃退していたようだが、自衛隊の方からPSK−01に関する全ての権利を放棄してきたらしい。それで正式に警察に協力を申し込んできたと言うことだ」
「は、はぁ・・・」
鍵山の説明に晴子が頷く。
「今日の午後から彼らPSKチームも会議に参加して貰う。顔合わせもかねてな。それでは解散!」
そう言って鍵山が立ち上がる。
他の刑事達も三々五々立ち上がり、会議室から出ていった。
国崎も同じように立ち上がると、会議室から出ていき、そのまま廊下の角のある休憩スペースに入っていく。
「やれやれ・・あの銀色と共同戦線とはね・・・」
呟きながら自動販売機でコーヒーを買う。
コーヒーに口を付けながら国崎は記憶の戻った祐・・・相沢祐一のことを思いだしていた。
 
<喫茶ホワイト 同刻>
店に入るなり、いきなり注目を浴びた香里が驚いたような顔をして立ちつくしている。
「え・・・何?」
「・・・あ、いらっしゃい、香里さん」
慌てて瑞佳がそう言ったので、香里は何事かと思いながらカウンターのいつもの場所に座った。
「香里ちゃんはいつもので良いかな?」
マスターが新聞を片付けてコーヒーの準備を始めながら言うので、香里は頷いた。それから同じようにカウンターに座っている男に気付き、そっちの方を向く。
「あら・・・祐さんじゃない。帰っていたんだ」
そう声をかけるが、相手は反応を返さない。
訝しげに香里が相手の顔を覗き込む。
「祐さん?」
「香里さん・・・ちょっといい?」
瑞佳がそう言って香里を手招きして奧のテーブル席に引っ張っていく。
「どうしたの?」
香里が椅子に腰掛けながら瑞佳に聞くと、瑞佳が顔を寄せてきた。
「あのね、祐さん、どうやら記憶が戻ったようなんだよ・・・」
小声で瑞佳がそう言う。
それを聞いた香里が驚いたように瑞佳の顔を見た。
「ほ、本当なの?」
「うん・・だけど・・・様子がおかしいんだよ。私は朝知ったんだけど・・・会った時からずっとあの調子で・・・」
瑞佳はそう言って心配そうにカウンターに座っている青年を見る。
「心配・・・なの?」
瑞佳の表情を見て、香里が尋ねた。
「それは・・・そうだよ。祐さんはずっと記憶喪失で・・・それだけでも心配なのに、記憶が戻ってもあんな状態じゃ・・・」
「瑞佳さん・・もしかして・・祐さんのこと、好きなの?」
「え!?」
香里の一言に瑞佳は顔を真っ赤にして彼女を見た。
「ち、ち、違うよ!わ、わ、私は!ただ、あの、その、祐さんのことが心配なだけで!それ以上の意味はなくて!!」
明らかに動揺する瑞佳を見て、香里は微笑んだ。
「ち、違うんだよ!私には、その・・・人を好きになる資格なんか・・・」
不意に瑞佳の顔が曇った。
それは何かを思いだしているような、懐かしげな表情・・・しかし、それは決していい思い出ではないようだ。
香里は少しの間無言で瑞佳を見ていたが、やがて立ち上がるとカウンターの方に歩いていった。
「香里さん・・・」
「本当に祐さんの記憶が戻っているなら・・・私に任せて」
香里はそう言って瑞佳に向けてウインクして見せた。
それから彼女は青年の隣に座る。
「ここ、座るわよ」
「・・・・・・」
青年は何も答えない。
マスターは黙って香里の前にコーヒーカップを置いた。
香里はコーヒーカップを手にすると口を付けた。
彼女がコーヒーを飲む音だけが静かな店内に聞こえている。
マスターは再び新聞を広げ、瑞佳は離れたところから心配そうに二人を見ていた。
香里がカップを置く。
「久し振りって言うべきなのかしら?」
カップを見ながら香里が言う。
相手は答えない。
「5年・・・みんな、貴方が生きていることを信じていたわ。私も、栞も、天野さんや真琴ちゃん、秋子さんも。名雪だって・・・」
「・・・・・・」
香里の言葉に相手は沈黙で応えた。
「・・・お帰りなさい、相沢君」
「・・・・・・ああ」
初めて相手が答えた。
相沢祐一は何処か思い詰めたような表情のまま、香里を見る。
「・・・久し振りだな、香里。そうか・・・5年も経っていたんだな・・・道理で解らなかったわけだよ」
そう言って祐一は顔を上げ、店内を見回した。
「教えてくれ。この5年の間、何があったんだ?どうして俺は・・・生きているんだ?」
祐一は真剣な目をして香里を見た。
「・・・覚えてないの?」
驚いたような顔をする香里。
「俺にはあの5年前のあの日・・・黒麒麟に倒された時から昨日、あの切り株の前で黒ずくめの奴に起こされるまでまるで何も覚えないんだが」
「そんな・・・それじゃ・・・祐さんだった時の記憶も?」
「祐さん?誰のことだ?さっきもそう呼んでいたようだけど?」
祐一の言葉に香里だけでなく、マスター、そして瑞佳も驚きを隠せなかった。
祐一は、過去の記憶を取り戻した代わりに、祐として過ごしていた時の記憶を失っていたのだ。
 
<都内某所 10:36AM>
古びた倉庫の中、降りしきる雨は天井の穴から中に漏れてきており、床面に水たまりを作っている。
その水たまりに一人の女性の姿が映し出された。
美しいドレス姿の女性である。
と、いきなり水たまりに波紋が走った。
誰かが水たまりに足を踏み入れたのだ。
「ガダヌモ・ヌザシャザ・ギレシャ・ノルジャ」
そう言ったのはやけにぎょろりとした目の男。
「シュサヂ・ルシュトバ・ニグイッシャ・ショリル・ゴショガ」
腕を組み、爪を噛んでいる男がそう言って美しいドレス姿の女性を見る。
美しいドレス姿の女性は何も言わず、爪を噛んでいる男を見返した。
「カガヅにしろルシュトにしろバルにしては下級の奴らだからな」
そう言って現れたのは切れ長の目をした女性。
「ガダヌのことなど放っておいても構わないだろう、ターダ?」
「ゼースを進めることの方が先だ。そうだな?」
また別の女が物陰から姿を見せた。
何処か猫を思わせる容貌の女である。
その女の言葉に頷く美しいドレス姿の女性。
彼女の手には沢山の勾玉がつけられたリングが握られている。そのリングを美しいドレス姿の女性がいきなり投げつけた。
ばしっとそれを受け止めたのは猫を思わせる容貌の女。
その女はにやりと笑うとうっとりとした表情でリングを右手首にはめ、周囲にいる男達を見回した。
「マリヲガニグヌ・シャヴァヲイガヲジェ・マリヲガマリヲ・シャブローミヲ」
猫を思わせる女がそう言って美しいドレス姿の女性を見た。
「55時間で85人か・・・まぁ、妥当な線だな」
そう言ったのは青白い顔の男だった。
「良いだろう」
美しいドレス姿の女性がそう言い、頷いてみせると猫を思わせる容貌の女はその姿を変えていった。人間体から怪人体へと。ギャサメ・ボバルへと。
「ゼースモ・カサバ・ジャデミソ・ナネヲ!」
その時表で雷が鳴り響いた。
 
<倉田重工第7研究所 11:25AM>
作業室の中、PSK−01の修理が急ピッチで行われていた。
前回、修理が終わらないまま出撃したことにより、そのボディはかなりのダメージを残していた。
「また修理が遅れるわね・・・」
そう言ったのは深山雪見。
この第7研究所所属の研究員であり、PSK−01開発スタッフの一人でもあり、今は武装開発スタッフのリーダーも兼任している女性である。更にはPSKチームのリーダーである七瀬留美の先輩でもあり、今この場にいない彼女に代わってPSKチームの指揮も取っている。
「今までで一番酷い状況ね。これだと・・・修理に一体どれだけかかるか・・・」
モニターを見ながら雪見が言い、ため息をついた。
今PSK−01にあるダメージのほとんどは前回の出撃時のものではない。前回の出撃では未確認生命体第19号の片腕を切り落とすという活躍を見せている。だが、その日の朝に出撃した時に受けていたかなりのダメージが蓄積されており、更にそれが酷くなってきていた。
「それに・・装着員も・・・」
装着員である北川潤は今意識不明のまま、メディカルで眠っていた。
彼の身体もかなりのダメージを受けていた。
本当ならば入院して検査を受けなければならない程のダメージを受けていながらも彼は病院に行くことを拒否し、鎮痛剤を打って貰い今は眠っている。
「とりあえず今は出撃命令が出ないことを祈るばかりね」
そう言って雪見はモニターのスイッチを切った。
強化ガラスでしきられた作業室内では機械が自動的にPSK−01のダメージを修復している。
この全自動修理システムを使用するのはこれが初めてであった。何しろ開発が終了したのがついこの間だったからだ。しかし、これで随分と楽が出来ることには言うまでもない。何しろこの第7研究所の研究員はいつも必要以上に働いているのだから。
雪見もその一人であり、思わず欠伸をしてしまう。
「・・・警視庁との会議まで時間あるから・・・少しくらい仮眠とれるかな?」
時計を見ながらそう呟き、彼女は作業室から出ていった。
同じ頃、第7研究所の所長室では倉田佐祐理がN県にある倉田重工第3研究所からの電話をうけていた。
「はい・・・はい、そうですか。で、七瀬さんの容態は?」
心配そうな顔をする佐祐理。
どうやらN県で起きた事件・・・PSK−02強奪事件のことがようやく伝わったらしい。搬送に使用していたトレーラーは強奪され、更にその運転手も殺害されたのだが、幸いなことに一緒に乗っていたはずの七瀬留美だけは近くに気を失って倒れていたところを駆けつけてきた警察によって保護されたらしい。
今朝になってようやく意識を取り戻した彼女によってこの第7研究所へと連絡が回ってきたようだ。
「・・・そうですか。解りました。すぐにそちらに向かいます」
そう言うと、佐祐理は電話を切った。
一つため息をつくと、彼女は背もたれに身体を預ける。
「厄介なことになりました・・・これじゃ・・・また突き上げを喰らいますね」
目を閉じ、佐祐理はそう呟いた。
勝手に警察に協力を申し出、更にはPSK−02をも何者かに強奪。これでは倉田重工の重役達もいい顔はしないだろう。
唯一、安心出来ることは自衛隊がPSK−01に関する全ての権利を放棄してきたこと。これがあったからこそ佐祐理は独断で警察との協力態勢を確立しようとしたのだ。
「・・・それにしても・・・気になるのは・・・」
一体誰がPSK−02を強奪したか、と言うこと。
東京への搬送は極秘だったはず。それを察知して更に足止めまでして強奪。だが、犯人からは何も言ってこない。
何の目的があってPSK−02を強奪したのか、それが全く解らない。だが、いつか懸念されたようなこと・・・「PSKシリーズが悪人の手に渡った時はどうなるのか」・・・それを想像すると恐ろしい。
今のPSK−01ではPSK−02を止めることはほぼ不可能だからだ。
「何にせよ・・・困りましたね」
佐祐理はそう言って立ち上がった。
本当なら雪見達と共に警視庁に行き、未確認生命体対策本部との合同会議に出なければならないのだが、今は強奪されたPSK−02のことも気になるし、入院している留美の身も心配である。
とりあえず彼女は警察ではなく、先にN県に向かうことにしたのだった。
 
<城西大学考古学研究室 11:39AM>
香里は祐一を連れて研究室に戻ってきていた。
「流石は香里だな。昔から勉強の出来る奴だとは思っていたけど・・・」
研究室内を見回しながら祐一が言う。
喫茶ホワイトの中ではあまり突っ込んだことを話せなかったので香里はわざわざ祐一をここまで連れてきたのだ。
香里は上着をコート掛けにかけると、自分の愛用のパソコンの前に座った。
モニターの電源を入れ、ふっと息を吐く。
祐一はまだ物珍しそうに研究室の中を見回していた。
そんな彼を横目に香里はマウスを操作して幾つかのウインドウをモニター上に展開する。
「相沢君、ちょっと来てくれる?」
部屋の壁にかけられている様々な写真を見ていた祐一を呼ぶ香里。
祐一は香里の方を見ると、すぐに彼女の側へとやって来た。
「ここってあのおっさんの研究室なんだな・・・」
そう言って香里が用意してくれた椅子に腰掛ける。
「おっさんって・・・中津川先生のこと?」
「そ。あの時の俺のほぼ唯一の味方だったおっさん」
祐一のその言い方に香里は思わず吹き出していた。
彼は昔と何も変わらない、変わっていないことを確信出来たからだ。
「何だよ・・・」
ちょっとむっとしたように祐一が言うと、香里は慌てて手を振って、
「ゴメンゴメン、何でもないの。で、ちょっとこれをみて欲しいんだけど」
そう言ってモニター上のあるウインドウを指で示した。
そこには既に解読済みの古代文字の碑文が並べられていた。
「これは?」
興味を引かれたらしい祐一が尋ねる。
「『聖なる獣四体倒れし時、地獄の封印が解かれ、最悪の獣甦らん』・・・これは黒麒麟のことを意味しているの。聖なる獣って言うのが相沢君があの時倒していた怪人達のこと」
香里が説明する。
「覚えているでしょ?あの時相沢君は戦うたびに、変身するたびに身体の様子がおかしくなっていったことを。その理由がこれよ。『戦士のベルト、完全ならず。身につけし者、その命と引き替えに戦う力を得ん』」
「それは知っているよ。聞いたからな」
そう言って祐一はふっと表情を曇らせた。
「聞いたって誰に?先生?」
「いや・・・」
香里の質問に祐一はただ、首を左右に振るだけだった。
「それよりちゃんと聞かせてくれないか?さっきまで居た喫茶店の中じゃ他の人に聞かせられないこともあったんだろ?」
祐一は真剣な顔をして、しかし誤魔化すかのように香里を見て、話の続きを促した。
「そうね・・・相沢君が今世間を騒がせている未確認生命体第3号だなんてマスターには教えられないものね」
香里の言葉を聞いた祐一の顔色がいきなり変わった。
「な・・・どういう事だよ・・・?」
それはまるで怯えているような表情。
何かを恐れているような表情だった。
「・・・相沢君、貴方は黒麒麟と戦った後のことを覚えていないって言ったわよね?」
「あ、ああ・・・あの時、俺は黒麒麟に腹を貫かれて死んだはずだった・・・」
何かを恐れるかのように祐一が言う。
「私は・・・あの時見たわ。死んだと思った相沢君が急に立ち上がって再び黒麒麟に立ち向かっていったのを。その時のカノンは・・・灰色じゃなくって真っ黒だった・・・」
その時のことを思い出すように香里がゆっくりと話す。
「黒い・・・カノン・・・・?」
祐一は首を傾げた。
彼にはその時の記憶がないから当然なのだろう。
「そう、黒いカノン。黒くなったカノンは黒麒麟と互角以上に戦ったわ。でもタイムリミットが来たのか・・・黒麒麟にパンチを浴びせて・・・その後起きた爆発の中に相沢君、貴方は黒麒麟と一緒に消えていったのよ」
「そうか・・・俺は二度死んでいるわけだ・・・」
そう呟いて俯く祐一。
「でも貴方は帰ってきたわ。まさしく不死身の男ってところね」
香里がそう言って笑みを見せる。
だが、祐一の表情は強張ったままだった。
「続きを聞かせてくれ。俺がどうして未確認生命体第3号なのか・・・どうして東京にいるのか・・・」
「うん・・・」
香里は祐一の様子にちょっと言葉を切った。
「だいたい半年くらい前にマスターが、ああ、あの店のマスターね」
「その辺はさっきも聞いた。俺が知りたいのは・・・」
「解ってるわ。だったら話を進めるわよ・・・あれはだいたい1ヶ月ちょっと前の話ね。そう・・2月16日だったかしら・・・」
すっと視線を上に向ける香里。
その時のことを思い出しているようだ。
「私は中津川先生と一緒に・・・今は華音遺跡と呼ばれている遺跡に行ったのよ。その少し前・・・その華音遺跡である事件が起こってね」
「事件?」
「発掘中に現れた未確認生命体第0号によって調査隊が全滅したのよ・・・それで私達が行ってその遺跡で発見された発掘品を調査することになったの。何か第0号の手がかりになるものはないかってね。もっとも私とか先生は別の目的もあったんだけど。それで発掘品をここに運ぶ途中諏訪湖サ−ビスエリアに寄ったの。そこにいきなり未確認生命体第1号と第2号が現れて・・・」
「その場に俺も居合わせたのか?」
「ええ。記憶を無くしていた相沢君・・・あの時は祐さんって呼んでいたからそれに合わせるけど・・・祐さんは果敢に未確認に立ち向かっていったわ。でも・・・」
「まぁ、生身で敵う相手じゃないんだろうな」
「そう。未確認に祐さんは吹っ飛ばされたんだけど、いつの間にか私達が運んできた発掘品を搭載したトラックに入り込んで発掘品の一つであるベルトを見つけて・・・」
「・・・身につけたって言うのか・・・俺が・・自分の意志で?」
信じられないと言った顔で祐一が言う。
「みたいね。・・・そこでの戦いは第1号と第2号が逃げてお終いだったけど・・・第1号がその後、この大学に現れたの。何かを探しているようだったけど、それで私達を襲って・・その時にまた貴方が現れた」
香里はそこで話を一旦止めて、祐一を見た。
何処か青ざめた顔で祐一は視線を彷徨わせている。
それを見ながら香里が再び口を開く。
「貴方は変身した。今度は前とは違う。灰色じゃなく・・・真っ白な戦士・カノンへと・・・」
「嘘だっ!!」
いきなり祐一が激しい口調で言い、立ち上がった。
あまりにも突然だったので、香里は呆然と彼を見上げることしか出来なかった。
「相沢君・・・?」
「そんなはずはない・・・俺はもう懲り懲りだったんだ!もしも前に戻れるなら絶対に変身なんかしたくない、そう思っていたんだ!だから・・・だから・・・俺が自分の意志でなんて事が・・・」
祐一の顔は青ざめ、身体は小刻みに震えていた。
明らかに様子がおかしい。
「何で・・・俺がこんな目に遭わなきゃならないんだよ!!教えてくれよ!どうしてなんだ!?どうして・・・俺なんだ・・・?」
何時しか祐一は泣いていた。
鳴きながら祐一はその場に崩れ落ちた。
「相沢君・・・」
香里は何も言えずに泣いている祐一を見ていることしか出来なかった。
 
<台東区隅田川河川敷 12:29PM>
あれだけ降っていた雨はもう止み、空は重苦しい黒い雲に覆われている。
隅田川の台東区側にある墨田公園内にその女はびしょ濡れになったまま佇んでいた。かなりの長時間雨に晒されていたのか長い髪も芯から濡れてしまっている。
そこに一台のバイクが通りかかった。
荷台には大きなかごがあり、青井酒店と書かれていることからおそらく配達の帰りか何かなのであろう。
バイクに乗っていた中年男は先程まで降っていた雨に濡れていたであろう女性を見つけるとバイクを止めて、声をかけてみた。
「おーい、濡れたままだと風邪引くぞ、ねーちゃん」
女性は声をかけられたにも関わらず振り返りもしないで川の方を向いている。
中年男はわざわざバイクを止めると、その女性の側まで歩いてきた。
「ほれ、そのままだと風邪引くぞ・・・」
再び声をかけてみる。
と、女性が振り返った。同時に中年男の視界が横にずれていく。
「え・・・・?」
それがその中年男の最後の言葉だった。
中年男は顔の丁度真ん中辺りから真っ二つにされ、その場に崩れ落ちた。
それを見下ろし、その女性はにやりと笑う。
何処か猫を思わせる容貌。
それから姿を人間体から怪人体へと変えていく。ギャサメ・ボバルへと。
ギャサメ・ボバルは長く伸びた爪についた血を下で嘗め取ると右手首につけたブレスレットの勾玉を一つ動かした。
「まずは一人・・・」
再び姿を変え、ギャサメ・ボバルは歩き出した。
獲物が多くいるであろう、街中へと・・・。
 
<警視庁未確認生命体対策本部 13:03PM>
会議室内には朝集まったメンバーの他に雪見と斉藤の両名が参加していた。
本来参加するべき佐祐理は急用でN県へと行き、PSK−01装着員北川潤は負傷のため休養中、PSKチームのリーダーである七瀬留美も未だN県から戻らず、結果としてこの二人のみの参加となったのだ。
「それでは君たちは我々がこれまでに遭遇した未確認とはまた別のタイプの未確認がいるというのかね?」
鍵山の驚きを隠しきれない質問に冷静に頷く雪見。
「少なくても我々はその別タイプの未確認生命体に二度は遭遇しています。そのうちの一体は我々のPSK−01が、また別の一体は第3号とよく似た存在の未確認生命体に倒されています」
「第3号に似た未確認?」
会議室内が騒然となる。
「第3号とよく似た感じのする未確認生命体です。同じとは言いません。身体の色や細かいところに違いは多く確認されています。ですが雰囲気はよく似ていた、とPSK−01の装着員から報告を受けています」
雪見は手に持った報告書を見ながらそう言い、一礼してから椅子に腰を下ろした。
「神尾さん、もしかしてあの時の・・・」
小声で住井が隣に座っている晴子に言う。
「・・・余計なことはいわんでええ。今は黙っておき」
同じように小声で言い返す晴子。
「深山君、君に尋ねるが・・・我々が相手にしている未確認と君の言う別タイプの未確認、つまり敵は二つある、と言うことか?」
「おそらくはそう思って貰ってよろしいかと。別タイプの未確認・・・このタイプははっきりと日本語を喋る、と言う今までの未確認とは違う点があります」
鍵山の質問に答えながら雪見はそう言い、ちらりと晴子の方を見る。
「そこにいる神尾警部もそのことはよく知っていると思いますが?」
いきなり自分の名を出されて晴子が慌てたように雪見を見た。
「神尾君?」
「・・・・・・」
晴子はいかにも不承不承と言った感じで立ち上がった。
「昨日一昨日のことです。いきなり私の家に蝶に似た未確認生命体が出現、私の娘とその友人を連れ去っていきました。おそらく目的は娘が拾ってきた行き倒れやと思いますが、とにかく先程そこのお嬢さんが言った通り、その蝶の怪人ははっきりと日本語を喋っておりました。それはここにおる住井も聞いております」
「本当かね、住井君?」
「は、はいっ!」
今度は自分に振られたので慌てて住井が立ち上がる。
「あ・・・あまりはっきりとは覚えていませんが・・・」
申し訳なさそうに言う住井。
「神尾警部と住井刑事は蝶の怪人に果敢に立ち向かっていきましたが力及ばず、二人とも負傷して気を失ってしまったようです。その後、我が方のPSK−01が現場に到着、何とかその蝶の怪人の殲滅に成功したわけですが」
雪見が口を挟んだ。
「そうか・・・あの後、うちの娘を助けてくれたんはあんたらやったんか・・・とりあえず礼、言わせてもらうで」
晴子が雪見を見て、そう言った。
「礼には及びません。我々としては当然のことをしたまでですから」
あくまで冷静に雪見が言う。
「・・とにかく・・・その別タイプの未確認に対する対応策も考えねばならない。君たちとも連絡を密に取り、上手く連携が出来るようお願いする」
「解っております。我々で出来ることがあればいつでも協力します。・・・もっともPSKシリーズについてはまだそれほど情報を公開出来ませんが」
鍵山にそう雪見が答えた時、一人の制服警官が会議室に飛び込んできた。
「未確認生命体が隅田川付近に出現したそうです!現在の時点で被害者は10名を越え、今も被害者を増やしながら上野方面へと移動中!」
「第21号か!」
誰かがそう言い、会議室内が騒然となった。
晴子がさっと鍵山を見ると、鍵山は大きく頷いた。
「よし、いくで!」
そう言って先頭を切って会議室から出ていく晴子。
「深山君、君たちも出動して貰えるかね?」
「申し訳ありません。PSK−01の修理がまだ終わっておりません。ですから・・・」
今まで黙っていた斉藤がそう言いかける。
すると、雪見がそれを制して言った。
「出来る限りのことはします。では私達も準備がありますので」
雪見は立ち上がると、鍵山に一礼し、斉藤を促して会議室から出ていった。
「良いんですか、深山さん。あんな事言って。PSK−01の修理、まだ終わってないんでしょう?」
歩きながら斉藤が雪見にそう言う。
「前の時よりはマシだわ。ブレイバーバルカンの使用許可を出さない限り・・つまりは現状の装備を使用する分には大丈夫なはずよ。接近戦は出来る限り回避した方がいいわね」
雪見は歩きながらそう言い返した。
手に持っているセカンドバックから携帯電話を取り出すと、メモリに入っている番号を呼び出す。
「深山よ・・・北川君は大丈夫そう?・・・解ったわ。Kトレーラー出動させて・・・そう、こっちはこっちで現場に向かうから・・・場所は上野周辺よ」
それだけ言って携帯電話を切り、鞄に直す。
「斉藤君、上野に行くわよ!ぐずぐずしないで!」
「・・・深山さん、最近七瀬さんに似てきましたね・・・」
ぼそりと呟く斉藤。
幸いなことに彼の呟きは雪見の耳に届くことはなかった。
 
<城西大学考古学研究室 13:34PM>
かちゃかちゃとキーボードを叩く音だけが静かな室内に響いていた。
そこにとんとんとドアを遠慮がちにノックする音が聞こえてくる。
「開いているわよ」
香里がドアの方を見もせずにそう言う。
がちゃりとドアが開いて入ってきたのは瑞佳だった。
「邪魔だったかな?」
瑞佳が中に入りながらそう言うと、香里はキーボードを叩く手を止めて、彼女を見、首を左右に振った。
「あれ?祐さ・・・違った。相沢さんは?」
部屋の中を見回して瑞佳が言う。
「出ていったわ」
香里は素っ気なく言った。
「出ていった?」
瑞佳が香里を見る。
「そう、出ていったわ。・・・止める間もなく・・・」
そう言った香里は何処か哀しげだった。
すっと指を組み、手を伸ばす。
「どうして?」
少し咎めるように香里を見る瑞佳。
「・・・さぁ・・・私には解らないわ。でもね、幾つか言えることがあるの。彼は・・・カノンになるつもりはなかったって事。そして・・・怖くて逃げ出したのよ」
香里は瑞佳の方を見てそう言った。
その瞳には何とも言えない感情が見て取れる。
悲しみ、軽蔑、愛憎が入り交じった、そんな感情。
「何が・・・」
小さい声で香里が呟く。
「信念よ・・・」
その時、香里の携帯電話が呼び出し音を鳴らした。
さっと携帯電話を手に取り、通話ボタンを押す。
「はい、美坂ですが・・・ああ、あんたか」
『相変わらずだな、あんたも。祐の字・・・相沢祐一はいるか?』
「いないわ。どうかしたの?」
『また未確認が出た。一応銀色の奴も手伝ってくれるらしいが不安なんでな。あいつにも来て貰おうと思って』
「無駄よ。もう二度と彼が未確認と戦うことはないわ・・多分ね」
『おい、どういう意味だよ、それ!?』
「言葉通りよ」
香里はそう言うと通話ボタンを切った。
そしてため息をつく。
「どうしたの?」
「何でもないわ」
「・・・未確認が出たんだね?それで祐さんを・・・」
瑞佳がそう言ったので香里は面倒くさそうに頷いた。
「・・・もう無駄よ。彼は・・・相沢君は戦わない。戦う勇気を彼は失ってしまった・・・そう、あの時に・・・」
香里はそう言うとまたパソコンに向かった。
「もうあいつには期待しないわ。あいつは逃げ出したの・・・そんな奴に・・・」
言いながらキーボードを叩き始める。
瑞佳はそんな香里を見て、ぼそりと言った。
「・・・嘘」
「え?」
香里が瑞佳を見た。
「嘘だよ。祐さんを見限ったのならどうして古代文字の碑文の解読を続けているの?」
「そ、それは・・・」
答えに詰まる香里。
「香里さんは解っているんだよ。祐さんはきっと帰ってくるって。またみんなの明日を守るために戦ってくれるって」
そう言った瑞佳の顔はまるで聖母のように優しい笑顔であった。
思わず香里は目を背けてしまう。
「探しに行こう?祐さん、そう遠くに行ってないと思うんだよ」
瑞佳はそう言って香里の手を取った。
 
<台東区上野駅付近 14:01PM>
警官達と機動隊が忙しそうに走り回っている。
それを横目に見ながら国崎は自分の愛用している覆面パトカーにもたれかかって、携帯電話をかけていた。
「チッ、出やがらねぇ・・・・」
忌々しげにそう言って通話ボタンを切る。
「この調子だと何度かけても無駄っぽいな・・・」
「居候!何やっとんねん!うちらも行くで!」
晴子が不機嫌そうに怒鳴ってきたので国崎は携帯電話を上着のポケットに戻し、ライフルを片手に彼女の方に向かって歩き出した。
そこに住井が駆け寄ってくる。
「国崎さん・・・炸裂弾が効かない相手に一体どうすればいいと思いますか?」
不安そうに言う住井。
「さぁな。とりあえず少しでも被害の拡大を防ぐ、それが俺たちの仕事だ」
国崎は言いながらライフルを確認する。
いざという時に動かなかったりすると話にならないからだ。
「ですが・・・こっちの被害が大きくなるのは・・・」
まだ不安そうな住井。
「それでもやるしかねぇんだろ!!」
国崎はやや不機嫌そうに言った。
住井は驚いたように国崎を見た。
「・・・あ、済まない。ちょっとイライラしてたんでな・・・」
国崎はそう言うと、住井を見た。
「確かにお前の言う通りだ。だけどな、一般人を守るのが俺たちの仕事なんだ。だから・・・出来ることを精一杯やる。それだけだ」
「そうですね・・・」
住井はそう言って頷いた。
「それに倉田重工のPSK−01が来てくれれば安心です」
「あの銀色をそれほどあてにするのもどうかと思うけどな」
そう言って国崎が歩き出した。
彼を追うように住井も歩き出す。
その時、向こうの方から誰かの声が聞こえてきた。
「第21号を発見!!」
同時に上げる悲鳴。
「行くぞ!」
「はいっ!」
走り出す二人。
 
<文京区江戸川公園 14:09PM>
公園の中、祐一は神田川の流れを見ながらぼうっと地面に座っていた。
じっと、何も考えずにただ時間が流れていくのを感じながら、彼は座っている。
「こんな所にいたの・・・随分と探したわよ」
後ろから何処か呆れたような声が聞こえてきた。
祐一が振り返るとそこには香里が腰に手を当てて、立っている。
「何の・・・ようだ?」
少し警戒するように祐一が尋ねる。
「・・・未確認生命体が現れたそうよ。また・・・」
香里はそう言いながら祐一の側まで来る。
「国崎が・・・相沢君は覚えてないんでしょうけど、黒ずくめのあいつね、そいつが倒すのに協力して欲しいって電話があったの」
「・・・・・・冗談だろ・・・」
「冗談じゃないわ。少なくても記憶を失っている間の相沢君は国崎に協力して何度も未確認生命体を倒してきているもの」
「・・・それは・・・」
祐一は何かを言いかけ、急にそっぽを向いた。
香里は何も言わずに祐一の隣に立っている。
「あの時と同じ・・・また何の罪もない人が傷付いて、死んでいくの。相沢君が行かないとね」
「・・・やめてくれ。俺は・・・」
「今度はあの時とは違うわ。あの時の奴らはゲーム、人を追いつめ、傷つけることをゲームと呼んでいたけど、今度の奴らは人を殺しているのよ!何の呵責もなく!抵抗すら出来ない!何の罪もない!そんな人たちが奴らに無惨に殺されているのよ!」
香里はそう言って祐一を見た。
彼は顔を背けたままだ。
「相沢君、貴方、昔言ったわよね!守りたいものを守る事の出来る強さ、誰かのために何かが出来る力、それがあるから戦っているって!それが信念だって!」
だんだん香里の言葉に熱がこもってきている。
それでも祐一は顔を背けたまま。
「だったら戦ってよ!また、みんなを守ってよ!それが出来るのは貴方だけじゃないの!」
「やめてくれ!」
不意に祐一が大きい声で言った。
「俺は・・・俺はそんな立派な人間じゃない!他人のために何かが出来るなんて思い上がりもいいところなんだよ!・・それに・・俺が・・・どれだけ頑張っても勝てない奴だっている。俺がどれだけ傷付いても解ってくれない奴だっている。・・もう・・いやなんだよ・・・」
祐一はそう言うと、俯いてしまった。
「つらいんだ・・・一人で戦い続けるのは・・・」
小さい声で言う祐一。
香里は何も言わず、ただ目を閉じて祐一の言葉を聞いていた。
しばらく沈黙を続けた後、香里が口を開いた。
「・・・確かに昔の・・・5年前の時は相沢君は一人だった。でも今は違うわ。私も、国崎も、瑞佳さんや本坂さんという仲間がいるのよ!それでも・・・」
言いながら香里は祐一を見る。
最後の希望を込めて。
これで彼が奮い立たないなら本当に彼はダメになってしまったのだ。
「相沢君、貴方はもう一人じゃないの!それでも・・・それでも戦えないって言うの!?」
「本当に戦って傷付くのは俺一人じゃないか!!お前に何が解るって言うんだよ!!」
祐一がそう言って香里を見た。
その目には怯え、戸惑い、恐怖、様々な負の感情が浮かんでいる。
おそらく・・・彼の身体にはあの時、黒麒麟に殺された時の恐怖が根強く残っているのだろう。それが・・・彼の心を捕らえて離さない。
それが解りながらも、香里は自分の感情を抑えることが出来なかった。
「だったらそこでがたがた震えていなさいよ!ずっと!逃げ続ければいいのよ!」
吐き捨てるように香里はそう言うと祐一をその場に残して歩き出した。
残された祐一は何も言わず、彼女の背から目を背け、また川の方に視線を向けるのであった。
 
<台東区上野公園付近 14:21PM>
「うわぁぁっ!!」
悲鳴と共に一人の機動隊員が投げ飛ばされた。
投げ飛ばしたのは未確認生命体第21号ギャサメ・ボバル。
複数の警官や機動隊員に囲まれながらも全く動じず、まるで獲物を見るかのように彼らを見回し、次から次へと手にかけていく。
まさに一方的な殺戮であった。
未確認対策班や機動隊員は炸裂弾使用のライフルを持っていたが、思った通り効果はほとんど無い。動きを止めることはおろか、怯むことすらないのだ。
「くそっ・・・このままじゃこっちが全滅だぞ!」
ライフルを構えながら国崎が呟いた。
「あの銀色野郎は何やってんだよ!!」
彼がそう呟いたのと同じ頃、上野駅の近くに倉田重工第7研究所を出たKトレーラーが到着していた。
斉藤の運転する車でそこまで先にやってきていた雪見は斉藤と共にKトレーラーにすぐに乗り込むと中で既にPSK−01の全装備を装着した北川潤を見、大きく頷いた。
「PSK−01はまだ修理が完全に終わってないけど・・・大丈夫?」
「やれることをやる・・・それだけです」
雪見にそう言い、潤は立ち上がった。
「今のPSK−01は最大で30分しか稼働出来ないわ。それとブレイバーバルカンは使用不可。通常装備で戦うことになるわよ」
「解りました」
潤はPSK−01のマスクを手にそう言い、雪見と斉藤を見た。
「行きます!」
マスクをかぶる潤。
「Kディフェンサー、発進準備よし!」
斉藤がそう言ってキーボードを操作する。
Kトレーラーの後部が開き、そこからKディフェンサーが地上へと降りていく。
「北川君、出来る限り接近戦は避けて戦うこと、いい?」
『了解です!』
ヘッドセットをつけた雪見の耳に潤の声が返ってくる。
彼もまだ本調子ではないはずだ。だが、それを感じさせない。
これなら・・・倒すことは出来なくても何とか出来そうだ。
雪見はそう思って拳を握り込んだ。
 
<文京区江戸川公園 14:24PM>
「こんな所にいたんだね」
いきなり声が聞こえた。
振り返るとすぐ側に瑞佳が立っている。
「隣、良いかな?」
「・・・濡れていてあまりいい気持ちじゃない・・・それでもいいんなら」
祐一がそう言ったので瑞佳は笑みを浮かべて地面に腰を下ろした。
「わ、本当だよ・・・濡れて気持ち悪いよ〜」
困ったような笑みを浮かべて瑞佳が言う。
それを聞いて祐一は苦笑を浮かべた。
「だから言ったのに・・・これでも使うと良いよ」
そう言って祐一はハンカチを差し出した。
瑞佳はそれを見ると、自分の手で祐一のハンカチを持った手を押し返した。
「いい。教えてくれたの座った私が悪いもん。ちょっとくらい我慢するよ」
優しい笑みを浮かべながら瑞佳が言った。
「でも、ありがとう。その気持ちは嬉しいよ」
「・・・香里に聞いてここに?」
祐一は瑞佳の笑顔を見ながら、あえてそう聞いた。
彼女がもしかしたら自分にまた戦うよう説得することを香里に頼まれてきたのかも知れない、と言った疑念があったからだ。
「香里さんもここに来たんだ・・・そっか、じゃ入れ違いだったんだね」
瑞佳は少し驚いたように言った。
「でもここにいないって事は・・・ケンカでもしたのかな?」
小首を傾げてそう言う瑞佳に祐一は苦笑を浮かべた。
「そう言う訳じゃないよ・・・ただ・・また見放された・・・それだけのこと」
「やっぱりケンカしたんじゃない」
瑞佳はそう言って頬をふくらませた。
「ダメだよ、祐さん・・・あ、相沢さんの方がいいかな?」
「どっちでも良いよ。呼びやすい方で」
「じゃ、祐さん。香里さんはね、ずっと祐さんのこと心配してくれていたんだよ。祐さんが、昔行方不明になった親友じゃないかってずっと気にしていて・・・それでも何も言わないでね。自分に出来ることをやっていたんだよ」
「自分に出来ること?」
「古代文字の解読・・・よく徹夜しているみたいでちょっと心配なんだけど・・・」
「そう・・だったのか・・・」
「祐さんの記憶が戻って、でもあんな調子で、一番心配していたのが香里さんだよ?」
瑞佳はそう言って祐一に詰め寄った。
祐一はまっすぐに自分を見つめてくる瑞佳から目を背けた。
「香里が俺の心配ね・・・あいつが心配していたのは相沢祐一じゃなくてカノンじゃなかったのか?」
「え?」
「あいつは・・・俺にまた戦えって言ってきたんだよ。俺がイヤだって言ったら怒って帰っていった。つまりはそう言うことさ」
そう言って祐一は自嘲的な笑みを浮かべる。
「・・どうして・・戦えないの?」
瑞佳が尋ねる。
「・・俺は・・・一度敵と戦って殺されている。今、何で生きているのかは知らないが・・・もう、あんな思いをするのがイヤなんだ。それに・・・どれだけ俺が頑張って戦っていても誰も解ってくれない・・・」
「・・・祐さん。祐さんは今まで誰かに解って貰いたくて戦っていたの?」
俯きながら言っていた祐一が瑞佳の言葉に顔を上げた。
「誰かに誉めて貰いたくて戦っていたの?今じゃないよ?昔も、だよ?」
瑞佳は何処か哀しげな目をして祐一に問う。
「・・・祐さんは、何のために戦っていたの?」
「・・俺は・・・」
祐一は言葉を失っていた。
「前に祐さんが言ってくれたんだよ。誰かの明日を守るために戦うって。誰かのために何かが出来る、それって良いことだって言っていたんだよ」
瑞佳はそう言って祐一を見つめる。
「・・・祐さん、生きてる?今の祐さん、なんか死んでいるみたいだよ・・・」
「・・俺が・・・死んでる?」
「祐さん、戦うのが怖いって言うことは私にだって解るつもりだよ。でもね、誰かがやらないと、みんな死んじゃうんだよ。祐さんにはそれを止める力がある。だからって訳じゃないけど・・・」
瑞佳はそこで言葉を切った。
「・・・誰にでも明日は来る。でも未確認はその権利を勝手に奪っている。それを止める力があるから戦うんだって祐さんは言ってた。初めは私も何で祐さんがって思った。でも、誰かがやらないと私も、香里さんもマスターも佳乃ちゃんもみんな死んじゃう・・・」
「みんな・・・死ぬ・・・?」
「そう、未確認生命体にみんな殺されちゃう」
瑞佳はそう言って祐一の目を覗き込んだ。
その瑞佳に祐一はある少女の面影を重ねてしまった。
『祐一・・・?どうしたの?』
「・・名雪・・・」
祐一がぼそりと呟く。
「みんな・・・殺される・・・?みんな・・・香里も、北川も、秋子さんも、真琴も、天野も、佐祐理さんも、舞も、栞も・・・名雪も・・・」
「祐さんはみんなを守るために戦っているんだよね?そのみんなが悲しむようなことはしないよね?みんながいなくなってもいいわけじゃないよね?」
『祐一は・・・本当は優しいから・・・』
また瑞佳に名雪が重なる。
容姿はそれほど似ているわけでもない。ただ、しゃべり方が何となく似ている。どことなく、おっとりとしたような、相手を安心させてくれるような、そんなしゃべり方。
祐一は一度目を閉じた。
(そうだ・・・俺は・・・何を考えていたんだ。俺が戦うのは・・誰かのため。誰かの明日を守るため。誰かのために何かが出来るのは・・・良いことだって・・・)
目をゆっくりと開く祐一。
『祐一は約束を破らないよ。ちょっと遅れるけどね』
名雪の笑顔が見える。
「祐さんは言ったことを覆すような人じゃないよね?」
だが、しかし、それは実際には瑞佳の笑顔だった。
「昔・・・お袋と約束したんだ・・・守りたいものを守れる強さを持つこと、誰かのために何かが出来る男になること、そして俺自身が出来ることをやる・・・俺自身が言っていた事なのに」
祐一はそう言うと立ち上がった。
「俺が死んでるって意味がわかったよ・・・今の俺は確かに死んでいる」
瑞佳を見ながら祐一が言う。
「香里も愛想を尽かすわけだよな、これじゃ」
「祐さん・・・」
立ち上がった祐一を見上げる瑞佳。
「自分に出来ることを精一杯頑張ってやれるだけやってみる・・・それが生きているって事だもんな」
そこで祐一は初めて笑顔を瑞佳に向けて見せた。
「ここでじっとしていて、全てに背を向けて目をそらしているのは生きているって事じゃない。確かに怖いけど・・・やれるだけやってみるよ」
「大丈夫、祐さんならきっと出来るよ」
そう言って瑞佳が微笑んだ。
その笑顔にまた名雪の笑顔が重なる。
『ふぁいと、だよ、祐一』
祐一は瑞佳に頷いて見せ、走り出した。
「祐さん、頑張って!!」
瑞佳がそう叫んで右手の親指を立てて見せた。
振り返り、祐一も親指を立ててみせる。
 
Episode.23「不安」Closed.
To be continued next Episode. by MaskedRiderKanon
 
次回予告
未確認生命体第21号に立ち向かう祐一。
だが完全に力を出し切れないまま、その恐るべき力の前に屈してしまう!!
国崎「怖がっていちゃ何にも出来ねぇぞ!」
潤「何てパワーだ!全く敵わない!!」
猛威を振るうギャサメ・ボバル。
そして潤達を襲う謎の影!
キリト「あなた方に恨みは無いんですがね」
祐一「俺は・・・負けない!!」
カノンに迫る謎の飛行物体の正体とは!?
果たしてカノンはギャサメ・ボバルを倒せるのか!?
香里「聖なる鎧の虫、戦士の新たな力とならん」
次回、仮面ライダーカノン「聖鎧」
目覚めの時は近い・・・!!


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