<7年前>
ふわり・・・まるで木の葉が風に舞うように・・・その少女の身体が高い木の枝から宙に舞う。
あっと思う暇すらない。
少年はまるでスローモーションのように宙を舞った少女が地面に叩きつけられるのを見ていることしか出来なかった。
「あゆっ!!」
慌てて少年が少女に駆け寄る。
ぐったりとして動かない少女の下の白い雪が・・・徐々に赤く染まり始める。
それを見た少年は一瞬びくっと体を震わせた。
「あゆ、大丈夫か!?」
大丈夫なわけがないことは見てもすぐに解る。
だが、少年はこういう事しか出来なかった。
「あはは・・・落ちちゃったよ・・・木登り、得意だったのに・・・」
少女がそう言って笑おうとする。
少年は泣きながら彼女を抱き起こそうとする。
「喋るな!すぐに病院に連れて行ってやるから!」
「・・・あれ・・・痛くないよ・・・」
「痛くないなら大丈夫だ!絶対に助かる!」
「でも・・身体動かないよ・・・」
「俺がおぶってでも病院に連れて行ってやる!だからもう・・・喋るな!!」
少年が泣きながらそう言った。
だが、少女は笑顔のままで。
「祐一君・・・泣かないで・・・ボクなら大丈夫だよ・・・」
「あゆ・・・」
言葉を失う少年。
「・・・祐一君・・・ほら・・空見て・・・流れ星が一杯・・・」
その言葉に少年が空を見上げる。
確かに少女の言う通り、いつの間にか空は暗くなっており、幾筋もの流れ星が降り注いでいた。
「ボクね・・・お願いしたんだよ・・・だから・・大丈夫・・・」
「・・あゆ・・俺も・・俺もお願いする!頼むよ、あゆを助けてくれよ!!」
空を見上げながら、泣きながら少年が叫ぶ。
「神様が本当にいるんなら!!あゆを助けてくれよ!!」
「祐一・・・君・・・」
少女の声がか細くなっていく。
それに気付いた少年がまた少女の顔をのぞき込む。
「あゆ!あゆ!」
少女の名を呼ぶ少年。
だが、少女からの答えはない。
「あゆーーーーーっ!!」
一際大きい声で少年が叫ぶ。
「誰か、誰か助けてくれよ!あゆが死にそうなんだよ!あゆは何も悪いこと何かしてないんだ!だから・・・神様が居るのなら・・・あゆを助けてやってくれよぉっ!!」
空を向いて絶叫する少年。
その時・・・空から何かが少年達めがけて降ってきた。
それはまばゆい光を放ちつつ・・・少年達を巻き込んで・・・。





















 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
Worldend of Foll'nAngels 7777HIT記念企画
 

























 
 
 
 
 
 
 
 
 
この作品を7777HITを踏んだ方と、我がHPに来てくれた全ての人に捧ぐ。
 



















 
 
 
 
 
 
そして・・・
 





















 
 
 
 
 
 
 
 
 
仮面ライダーを生み出した故石ノ森大先生と
Kanonを世に出したKeyのスタッフに感謝します。























 
 
 
 
 
 
仮面ライダーカノン
The Another Legend
























 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
<7年後 1月6日>
「ほら、あゆちゃん早く早く!!」
雪の上を二人の少女が元気よく走っている。
前方を行く少女は長い髪を風になびかせながら後ろにいるダッフルコートに羽根の付いたちょっと替わったリュックを背負っている少女を振り返った。
「名雪さん、早いよ〜!ボク、そんなに脚早くないんだよ〜」
後ろにいる少女は既に息も荒い。
「もうだいぶんと遅れて居るんだよ〜、だから急がなくっちゃ!!」
前にいる少女がそう言って後ろにいる少女を急かす。
「うぐぅ・・遅れたのは名雪さんが起きなかったせいで・・・」
小さい声でそう言うが、前にいる少女はそれに構わずまた走り出した。
「あゆちゃん、先に行くよ〜」
そう言い残し、前にいた少女はあっという間に見えなくなった。
「・・流石は陸上部の部長さんだよ・・・・」
呆然とその場に取り残される少女。
その頃駅前のベンチには一人の少年が頭に雪を積もらせ、寒さに肩を震わせていた。
時計を見ると既に午後3時。
約束の時間は午後1時。
既に2時間はこの場で待たされている。
「う〜〜〜、さみぃ〜〜〜〜」
そう言って両手で自分を抱きしめる。
「なんて寒さだよ・・・ここは北極か南極かそれともアイスランドか・・・」
面白くもない冗談を口にし、何となく落ち込む。
目の前にちらつく雪、少年はため息をついた。
この街に来るのは7年ぶりである。それ以前はよく来ていたようなのだがあまり記憶にはない。そもそもどうして7年前を最後にこの街に来なくなったのかさえ覚えていない。ただ、この街で何かがあった・・・それでこの街に来ることを拒否した・・・何となくおぼろげにそれだけが彼の脳裏にあった。
またため息をつこうとして、すっと視界が暗くなる。
顔を上げるとそこには少女の顔が。
「雪、つもっているよ」
「そりゃ2時間も待っているからな・・・」
少年は声をかけてきた少女にちょっとむすっとした声で返した。
「え・・今何時?」
「3時」
「わ、びっくり」
あまり驚いてなさそうな感じのする声。何処かおっとりとした・・・。
「まだ2時くらいだと思っていたよ・・・」
それを聞いた少年は流石に呆れた。
それでも1時間の遅刻だ・・・。
そう思ったが声には出さない。それよりも早くこの場から移動したかった。この寒さ、これ以上この場にいると凍死しかねない・・・そう少年は思っていたからだ。
「ねえ・・私の名前、覚えてる?」
不意に少女が聞いた。
少年は少女の顔を見、ニッと笑う。
「お前こそ俺の名前覚えているか?」
少女はこくりと頷いた。
「祐一」
「花子」
二人同時に言う。
「違うよ〜」
少女がそう言って少年を見る。
「太郎」
「私、女の子〜」
少年はそう言って頬をふくらませる少女を見ながら立ち上がり、頭の上の雪を振り払った。
「ここにこれ以上居ると風邪ひきそうだな・・・」
そう言って歩き出そうとする。
「私の名前〜」
少女はまだその場にいて少年の方を見ている。
「・・・お前は俺に風邪をひかせたいのか?ほらさっさと行くぞ、名雪」
少年はそう言って少女を見た後、また歩き始めた。
少女は少年が自分の名前を覚えていてくれたことが嬉しくて、そして顔を少し赤らめながら大きく頷くと彼を追いかけた。
しばらく二人で他愛もないことを喋りながら歩いていると・・・後ろから声が聞こえてきた。
「うぐぅ〜〜、止まらないよ〜!そこの人、どいてどいてどいてぇ!!!」
はっと振り返る少年と少女。
だがもう遅かった。
声をかけてきたのはダッフルコートを着た少女。
足下の雪に滑ったのか危ういバランスのまま二人の方に突っ込んでくる。
どかーん!!
豪快にその少女は二人のうち、少年の方にぶつかり、二人はもんどり打って転んだ。
「いたたた・・・」
地面でぶつけたらしい後頭部を手で押さえながら少年が半身を起こす。
「祐一、大丈夫?」
側にいた少女がかがみ込んで少年に声をかけてくる。
「うぐぅ、どいてって言ったのに」
もう一人の少女はまだ倒れたままだ。しかも少年の上に乗っている。
「あれ?あゆちゃんじゃない・・・どうしたの?」
「うぐぅ・・・名雪さんがおいていったから走って追いかけてきたんだよ・・・」
倒れた少女がそう言ってもう一人の少女を見る。
その目は涙目だ。
「あ、ゴメン、すっかり忘れてた」
そう言ってかがみ込んでいる少女が舌を出す。
「うぐぅ〜」
「それよりさっさとどけ!!」
まだ雪の上に半分倒れている少年が大きい声を上げた。
少年の名は相沢祐一。
彼の上に倒れている少女の名は月宮あゆ。
そしてかがみ込んで二人を見ている少女の名は水瀬名雪。
彼らは・・・まだ何も知らない・・・。
この先、彼らを待っている・・・壮絶な運命を・・・。
 
<1月31日>
学校が始まってからもう1ヶ月が過ぎようとしていた。
従姉妹である名雪の家の居候である祐一は毎朝彼女をたたき起こすのが日課となっていた。
「ほら、朝だぞ、起きろ名雪!!」
彼女の部屋のドアを乱暴に叩く。
しかし、こんな程度で彼女が起き出すことは今までにはなかった。
何しろ名雪の部屋の中には山程の目覚まし時計があり、それが一斉に鳴り出しても彼女は起き出さないのだから。その代わり、祐一が寝坊することはほぼあり得ない。何しろ名雪の部屋と祐一の部屋は隣同士、あの目覚ましが一斉に鳴ると祐一の部屋まで聞こえてくるのだ。これなら寝坊することなど出来そうにもない。
「名雪!起きろ〜〜〜〜!!!」
ドアをどんどんと更に叩く。
流石に中に入っていくのには抵抗がある。いくら従姉妹だと言っても相手は年頃の女の子、下手なことをするとこの家を追い出されかねない。イヤ、別に下手なことをしたいわけでもするわけでもないが。
何故か今日はとても名雪は手強かった。
先ほどから5分くらいドアを叩いているが全く起き出す気配がない。
「う〜ん、今日はいつも以上に手強いな・・・」
ドアを叩く手が痛くなったのでとりあえずその方法はやめにすることにして、腕を組み、次の作戦を考える祐一。
そこに名雪の母親にしてこの家の家長、水瀬秋子が顔をのぞかせた。どうやらいつまでたっても降りてこない二人の様子を見に来たらしい。
「あら、祐一さん。おはようございます」
「おはようございます、秋子さん」
祐一は秋子に向かってそう言い、困ったような顔を見せた。
「今日はいつも以上に手こずってます」
それを聞いた秋子がくすっと笑う。
「いつもご苦労様です。名雪、昨日は遅くまで起きていたみたいですから・・・」
「遅くまで?何かしていたんですか?」
「それは後のお楽しみ、と言うことにしておきますね。祐一さん、下に朝食の準備が出来ていますので先に食べていてください。名雪は私が起こしますから」
秋子にそう言われ、祐一は頷き、一階に向かって歩き出した。
途中洗面所に寄って顔を洗う。
冷たい水で顔を洗い、すっきりと目を覚ました後、リビングルームに入ると、何時起き出していたのかこの家のもう一人の居候、沢渡真琴がソファに座ってじっとTVを眺めていた。
「よう」
そう声をかけてダイニングに行き、テーブルのいつもの場所に座る。
真琴は返事を返さない。
無視している、と言うよりもTVに夢中で気がついていないようだ。
この沢渡真琴という少女、実は色々とあるのだ。初めは祐一をよくわからない理由で狙い記憶喪失だと言うことでこの水瀬家に居候することになったのだが・・・未だに記憶も戻らず、今は秋子の紹介してくれた保育園でアルバイトをしている。案外のんきなようだ。
しかし、今でも夜中に「復讐」と称して祐一にいたずらを仕掛けに来るのだがいつも祐一に返り討ちにされている。その頻度もかなり減ったが・・・。
すっかりこの水瀬家に懐いてしまったこの沢渡真琴。
秋子も特に何も言わないし、祐一もそれほど邪魔だとは思わなくなっていた。まぁ、名雪はあまり相手にしている様子はないが。
祐一は真琴の様子など気にせず、テーブルの上のトーストに手を伸ばした。
焼きたてのトーストにバターを塗り、口に運ぶ。
そこに秋子が戻ってきた。
「今コーヒー入れますね」
「すいません」
そう言う祐一のそばを秋子がにこやかな顔で通り過ぎる。
「おふぁよ〜ございましゅ〜」
祐一の後ろからいかにも眠たそうな声が聞こえてきた。
振り返るとまだ半分ねているような名雪がそこにいる。
名雪はふらふらと祐一の隣に腰を下ろし、そのままテーブルに突っ伏した。
「くー」
可愛らしい寝息を立てて名雪がまた眠りの世界に落ちていった。
「寝るな」
祐一はそう言うと、名雪の肩を掴んで揺り動かす。
「うー・・じしんだおー・・・」
「またか・・・」
思わずこめかみに手をやる祐一。
とにかく朝に弱い名雪を起こすのは大変である。一度起きたと思ってもこのように気を抜くとすぐに眠りに落ちてしまうからだ。
祐一はそんな名雪を見てため息と付きながら一計を案じた。
そっと彼女の顔に自分の顔を寄せて長い髪をかき上げその耳にそっと呟きかける。
「今夜、部屋に行くからな・・・」
そう言って離れると、ばっと名雪が顔を真っ赤にして身を起こした。
「な、な、何を・・・ゆ、ゆ、ゆ、祐一」
明らかに動揺している従姉妹の顔を見てにやりと笑う祐一。
「言葉通りだよ。さて、急がないとまた遅刻だぞ」
そう言って祐一は秋子が出してくれたコーヒーを口に運ぶ。
名雪はまだ赤い顔をしていたがやがて時計を見て時間に気がつくと慌てて自分もトーストに手を伸ばした。
二人が家を出たのはもう8時をだいぶんと過ぎた頃だった。
「ああ・・また今日も走るのか・・・」
そう言って大げさに嘆いてみせる祐一。
「今日もふぁいと、だよ〜」
名雪がそう言って走り出す。
「・・・今日もお前のせいだ・・・」
小さい声で呟きながら祐一も彼女の後を追った。
「ねえ、祐一・・・・あれ、冗談だよね?」
走りながら名雪が祐一に聞いてくる。
祐一は一瞬何のことか解らなかったがすぐに思い出し、手をぽんと打った。
「ああ、あれか・・イヤ、本気だぞ、俺は」
「え・・で、でもあの、私達ってそんな・・・」
顔を真っ赤にしてあわてふためく名雪を見て祐一は笑みを浮かべる。
「馬鹿、何を考えているんだよ。もうじき期末テストだろ、今のうちから勉強始めておけば何とかなるんじゃないかって思ってだな・・・」
そう祐一が言ったので名雪は少し残念そうな顔を一瞬だけ浮かべた。
「何だよ、その顔?俺に襲って欲しかったのか、お前?」
からかうように祐一が言う。
また顔を真っ赤にした名雪は何も答えられなくなる。
「馬鹿、冗談に決まってるだろ・・・」
そう言って祐一は走る速度を上げた。
「ほら、急がないとマジで遅刻するぞ!」
「あ・・待ってよ、祐一!!」
名雪が慌てて祐一を追う。
彼は知らなかった、この従姉妹の少女が自分のことをどう思っているかなど。だから簡単にこうからかったり出来るのだ。
「・・祐一の・・馬鹿・・・」
小さい声で名雪が呟く。
もちろんその声は彼女の思いと同じく彼には届かない・・・今はまだ・・・。
 
校門前に着くと、そこにはまだ登校中の生徒達が大勢いた。
「よかった、間に合ったみたいだな・・・」
ハァハァと荒い息をしながら祐一が言う。
「今日も早朝マラソンご苦労様」
そう言って一人の少年が声をかけてきた。
彼の名は北川潤。
転校してきたばかりの祐一にとってこの学校で初の男友達である。余程気があったのか今ではすっかり悪友という感じだが。
「お前も一度やって見ろ。体にいいかもしれないぞ」
まだ荒い息をしながら祐一が言う。
「おはよう、北川君」
対して名雪は息一つ乱していない。
おっとりしている彼女だが、これでも陸上部の部長をしていると言うから驚きだが、この様子を見ると何となく納得出来るような気がした。
「おはよう、水瀬さん」
北川はそう言って名雪を見る。
そこにまた二人程の少女が近寄ってきた。
「おはよう、名雪、相沢君、後おまけに北川君」
二人のうち背の高い、長い髪をゆったりとウェイブさせている方の少女がそう言う。
「俺はおまけか!?」
そう言う北川を無視してもう一人の少女、こちらはかなり小柄で雪のように白い肌をしている少女が、三人に向かってぺこりとお辞儀をする。
「おはようございます、祐一さん、名雪さん、それと、・・・・北川さん・・でしたっけ?」
北川を見てちょっと首を傾げてみせる少女。
それを見た祐一が爆笑する。
「はははっ、随分と影が薄いんだな、北川!」
「ほっとけ・・・」
すねたように背を向ける北川。
「冗談に決まっているでしょ」
呆れたように言ったのは長い髪の少女、美坂香里。名雪とは中学以来の親友で、学年一の才女でもある。
「北川さん、冗談ですよ」
困ったような顔をして、しかし笑みを浮かべてもう一人の少女、美坂栞も言う。彼女は香里の妹で、実は病弱なためよく学校を休んでいたりしたのだが、今日は体の調子もよくなったのでこうして登校してきたのだろう。
祐一は栞とは偶然知り合ったのだが、その時は香里の妹とは知らなかった。このころ香里は栞の体の具合があまりにも思わしくなかったので彼女を避けるようになっていたのである。しかし、栞は何とか持ち直し、更に祐一の協力もあってか、香里とも仲直りが出来たのだ。
「とりあえずここにいたら遅刻するわよ」
香里にそう言われて祐一は名雪を振り返った。
「名雪、時間は?」
「あ・・・・時計止まっているよ〜」
あまりにも緊張感のないその声に祐一はがっくりと肩を落とした。
と、その時予鈴が鳴った。
「げげ、急がないと!!」
北川がそう言って走り出す。
「栞、行くわよ!」
香里はそう言うと妹の手を取って走り出した。
「名雪、行くぞ!」
そう言って祐一は自然に名雪の手を取って走り出していた。
それに気付いた名雪が顔を真っ赤にするが祐一は気付いていない。
 
彼らが何とか教師よりも先に教室の辿り着き、その日の授業を受けているのと同じ頃・・・地球に向かってやって来ている物体があった。
隕石とは違い、やけにその外側はメカニックぽい感じである。
その内部・・・とある部屋の中には白い服を着た4人の男女がいた。
「おお・・・遂に帰ってきたぞ、我らが故郷に!」
一人の男がそう言ってモニターに映る地球を見て手を広げた。
「7年前のあの日、選ばれた我々は地球を離れ遙かな宇宙の旅に出た・・・」
別の男がそう言った。
椅子に腰掛け、手には分厚い本を持っている。
「この地球は今や進化に行き詰まった生物がひしめいている。我らの力でこの生物に新たな進化を与えるのだ・・・」
「我々はマザーのお力で人間などよりももっと進化した生命体となった・・・その我々が人間どもを導くのだ・・」
また別の男が言う。
「ふふ・・愚かな人間どもも私達の力を見ればすぐに降参するわ・・・」
紅一点の女性がそう言う。
4人の笑い声が部屋に木霊し、何時しかその姿が人間のものではなくなっていく。
初めの男は蜥蜴にような姿に、次の男は虎のような姿に、3番目の男は蟹のような姿に、そして最後の女性は蜂のような姿にそれぞれ変貌していく。
その時、その部屋に重々しい声が響き渡った。
『種子ヲ・・・種子ヲ回収セヨ・・・7年前ニ打チ込ンダ種子・・地球ノ生命体ニ種子ヲ持ツ者ガイルハズ・・・種子ヲ回収セヨ・・・』
「ははっ!マザーのご命令とあらば!!」
急にかしこまる4人。
彼らの奧には物言わぬ一体の異形の生命体の姿があった。
その生命体の目が一瞬だけ光を帯びる・・・。
 
「うぐぅ〜〜」
何とも不服そうな目であゆが祐一を見ている。
祐一はそれに全く構わず手に持っている鯛焼きを自分の口に運んだ。
「うぐぅ・・・最後の一匹・・・・」
「あのな、俺が自分の金出して買ったんだから俺が食っても何の問題もないだろうに・・・・」
「でもおごってくれるって言った・・・・」
「ああ、おごってやったじゃないか。今までの食い逃げ分は」
「うぐぅ〜」
すねたようにそっぽを向くあゆ。
それを見た祐一はやれやれと肩をすくめ、持っていた鯛焼きを半分にし、片方をあゆに渡してやる。
「ほれ・・半分だけだぞ」
少しぶっきらぼうに言う祐一。
それを見たあゆが満面の笑顔で頷く。
「うんっ!」
嬉しそうに半分だけになった鯛焼きを頬張るあゆを見て、祐一も笑みを浮かべた。
「それにしても名雪さん、遅いね〜」
鯛焼きを食べながらあゆがそう言って祐一を見る。
「部活があるっていっていたからな・・・もう少しかかるんじゃないか?」
寒そうに肩を震わせてそう言う祐一。
実は放課後になってから名雪に「買い物があるから商店街で待ってて」と頼まれたのだ。それで商店街に来てみるとあゆとばったりと出会った。名雪や祐一とは違う高校に通っているあゆはいつも放課後になるとこの商店街に来ているようだ。ここでばったりと出会うこと自体はそう珍しいことでもなかった。
「しかし・・・寒いな〜」
小さい声で呟いて、はぁー、と息を吐く。
たちまち白くなる息。
「祐一君、まだ慣れないんだね」
「俺は・・・まぁ、そうだな。確かにこの寒さには慣れてないな。前に住んでいたのはこんなに寒くならない地方だったし・・・」
心配そうに祐一を見るあゆにそう答え、祐一は空を見上げた。
空は黒い雲が覆い、今にも雪が降り出しそうである。おそらく雨にならずそのまま雪として降ってくるだろう。この街ではそれが当たり前の光景だった。
「祐一・・・君?」
あゆが空を見上げている祐一の顔を見上げた。
背の低いあゆとしては祐一の顔を見ようとすればこうなってしまうのは仕方ないことだったが。
祐一は空を見上げたまま何も答えない。
すっと目を細め、空の一点を凝視し続ける祐一。
まるでその視線の先に何かがあるかのように。
「・・・祐一君?」
そう言ってあゆが祐一の上着を引っ張った。
はっと我に返る祐一。少しばつの悪そうな顔をし、頬を指でかきながら苦笑を浮かべる。
「ああ、悪い。ちょっとぼうっとしてた」
あゆはそう言った祐一をまだ心配げに見ていたが、道の向こうから走ってくる名雪に気がつくと大きく手を振った。
「名雪さーん、こっち、こっちだよ〜」
その声に気がついた名雪が二人の側にやってくる。
「お待たせ、祐一にあゆちゃん」
息一つ乱さずに名雪が言う。
「待たせちゃったかな?」
「別にいいさ・・・2時間も待った訳じゃないからな」
祐一はそう言うと、笑みを浮かべた。
「あ〜、まだ根に持ってるの、祐一?」
頬をふくらませて名雪が祐一を睨む。
「私、昔もっと待たされたことあるのに・・・・」
「ボク達祐一君が帰ってくるのを7年も待っていたんだよ。2時間くらい良いじゃない」
そう言ったのはあゆだ。
それを言われては祐一には何も言い返せなかった。
あゆも名雪も7年間祐一がこの街に帰ってくることを願っていた。それを知りながら祐一は何故か7年間この街に来ることはなかった。名雪からは手紙を何度も貰っていたのだが返事を書くことすらなかった祐一は、このことを言われるとどうにも弱かった。
「・・・ほら、早く行くぞ!」
ぶっきらぼうにそう言って祐一が歩き出した。
その右側にあゆが、左側に名雪が寄り添い、腕を絡めてくる。
「お、おい、何するんだよ!離れろよ!」
慌てて祐一がそう言うが、二人は離れず余計にぴったりと身体を密着させてくる。
「ダメだよ、祐一。これくらい、昔待たせたお詫びで良いじゃない」
「それにそうしている方が暖かいからね」
二人がそう言って笑顔を見せる。
祐一はもう何も言わずに二人のさせたいようにさせるしかなかった。
 
<2月4日>
またいつもと同じ朝が来る。
寒さに体を震わせながら名雪をたたき起こし、秋子による絶品の朝食を大急ぎで食べて学校へと走る。いつもと同じ繰り返し。
ただ、その日は少しだけ違うことがあった。
「どうしたんだよ、真琴?」
朝から真琴の様子がおかしかった。
まるで何かに怯えるように体を震わせ、布団の中にこもっている。
「わかんない・・・わかんないよ・・・でも・・・ダメ・・・やだ・・・」
がたがた震えながらそう呟いている。
祐一は訳がわからない、と言った顔で真琴の部屋を出る。
「どうでした?」
心配そうな秋子が部屋から出てきた祐一に声をかける。
「・・・よくは解りません・・・でも・・・今は見守るしかないと思います」
祐一はそう言って一階に下りていく。
秋子がすぐ後ろを着いてきて
「でも・・・一体真琴に何があったのかしら・・・?」
そう呟く。
「とにかく今日一日様子を見る・・・それが一番だと・・・」
「祐一〜、遅れるよ〜」
玄関から名雪ののんびりした声が聞こえてくる。
「解った。・・・じゃ、秋子さん、後お願いします」
祐一はそう言うと、名雪と共に学校へと向かった。
 
「真琴の様子、どうだった?」
走りながら名雪が祐一に聞く。
「解らないな・・・まるで何かに怯えているようだったけど・・・」
同じように走りながら答える祐一。
「怯えてる?・・・一体何に怯えているんだろ・・・?」
「・・・・・」
祐一は名雪の問いに対する答えを持っていなかった。だから沈黙するしかなかったのだ。
「そう言えば、今日もやるの?」
「何を?」
「期末テストに向けての勉強」
「当たり前だ。まさか転校した先で留年するわけにもいかないだろうに」
「そうだね。じゃ、約束だよ」
「そんな大げさなものかよ・・・」
走りながら楽しそうに言う名雪と苦笑を浮かべる祐一。
と、いきなり辺りが暗くなった。
「何だ?」
足を止め、空を見上げる祐一。
同じように足を止める名雪。
「祐一、どうしたの?」
空を見た祐一はそこに巨大な機械の固まりを見ていた。
だが、名雪は全く気がついていないようだ。
「どうしたって・・・お前、空見てみろよ?」
「空?」
祐一に言われて空を見上げる名雪。
「今日も雪が降りそうな天気だね」
「そうじゃなくて・・・何かわかんないけど機械の固まりが・・・」
「祐一、遅刻するよ」
そう言って名雪が走り出す。
彼女の姿を呆然と見ながら祐一はまた空を見上げた。
彼の目には空に浮かぶ巨大な機械の固まりが見えている。しかし、名雪の目にはそれは見えていないらしい。
「・・・どういう事だ・・・?」
呆然と呟く祐一。
 
祐一が見た巨大な機械の固まりは各国のレーダーや監視衛星にも一切映ることなくこの街の森の奧に着地した。
着地した機械の固まりはまるで要塞のようであった。
要塞の接地面から少し上にある扉のような部分が開き、4人の男女が中から降りてくる。
『種子ヲ回収セヨ・・・』
機械的な重厚な声が4人の後ろから聞こえてくる。
『進化ヲ促進サセヨ・・・』
 
4人の男女は無言で歩き続ける。
街へと向かって・・・。
何かが始まろうとしている・・・。
 
放課後、祐一は妙な胸騒ぎを覚えつつ、部活のない名雪、香里、栞、北川の5人で商店街にやってきていた。
「今日こそあのジャンボミックスパフェスペシャル全部食べるんです!」
栞がわくわくしている様子を隠さずに言う。
「無理言わないの。あんた元々小食なんだから・・・」
呆れたように香里が言う。
「なぁに、俺と相沢が手伝うさ!」
「そうそう、私も手伝うよ〜」
北川、名雪もそう言って笑顔を見せる。
そんな中祐一は何故か不安そうな顔を浮かべていた。
「・・・相沢、自信ないのか?」
「あ?・・・何の話だ?」
北川に話しかけられて、祐一は我に返ったようだ。
「ジャンボミックスパフェスペシャルの話だよ〜」
「げげ・・・またあれに挑戦する気なのか?」
ちょっとだけひく祐一。
かつて栞と香里を仲直りさせるためにそのジャンボミックスパフェスペシャルを食べたことがあるが、とてもじゃないが一人で食べきれるようなサイズではなかった。更に小食の栞、香里も一緒である。半ば祐一一人でそれを食べていたような感じがある。その時にもうこりごりだと思っていたのだ、実は。
「はい、今度は皆さん一緒だから頑張りましょうね!」
栞はとても嬉しそうだ。
そんなことを話ながら歩いていると、向こうの方から大勢に人が必死の形相でこちらに向かって走ってくるのが見えた。
「何だ?」
北川が訝しげな顔をする。
「か、怪物だぁっ!!」
誰かの声が聞こえた。
「怪物・・・?」
祐一は北川と顔を見合わせた。
そして同時に口にする。
「まさかぁ」
そう言って笑おうとする二人だが、流れていく人の向こうに異形の姿を見て言葉を無くした。
「・・・ま、まさか・・・」
「おいおい、マジかよ・・・」
彼らの視界に入ってきたのは4つの異形の姿。
それぞれ、蜥蜴、蟹、虎、蜂を思わせる姿をしている。
「・・・どうする?」
「どうするもこうするも・・・」
「逃げるっきゃねぇか!」
二人は頷きあうと、後ろにいる女性陣を見た。
「行くぞ!」
そう言って走り出す。
だが・・・。
「きゃっ!!」
逃げまどう人に押されて栞が転んでしまう。
「栞!!」
すぐに妹に駆け寄る香里。
その近くにまで怪人達が迫ってきているにもかかわらず、だ。
「美坂!!」
「香里!!」
北川と名雪が悲鳴にも似た声を上げる。
祐一は持っていた鞄を名雪に押しつけると、何も考えずにダッシュした。
倒れている栞の手を取り、起こそうとしている香里の身体を掴み、栞ごと二人を引っ張る。
その勢いで何とか立ち上がった栞を見て、祐一は笑みを浮かべまた走りだした。
「逃げろっ!!」
誰の声だったのか・・・。
商店街は突如出現した謎の怪人達によって大混乱の渦に叩き込まれていった。
4人の怪人達は逃げ遅れた人を投げ飛ばしたり、その身体の特殊能力で被害を加え、更に目に付くものを片っ端から壊していく。
それを背後に祐一達は何とかその場から離れることが出来たようだった。
 
商店街の入り口まで来た時、栞がいきなり胸を押さえて踞った。
「栞!?」
慌てて香里が側に寄る。
「どうしたの!?」
「お・・お姉ちゃん・・胸が・・・苦しい・・・」
ハァハァと荒い息をして栞が言う。
その顔色もかなり悪い。
香里は栞の額に手を置いた。
「・・・やだ、凄い熱!!」
それを聞いた祐一達に動揺が走る。
「早く病院に連れて行かないと・・・」
香里がそう言って栞を立たせるが、栞はもう歩けそうにはなかった。
「・・・北川、栞をおぶってやれ」
いきなり祐一がそう言って北川の肩に手を乗せた。
「お前はどうするんだよ?」
「お前らが逃げられるようにあの怪物どもを牽制する」
「無茶言わないで!相沢君一人にそんなことさせられるわけないでしょう!!」
香里が大きい声を上げる。
名雪も頷いている。
「ダメだよ、祐一。逃げるならみんな一緒に・・・」
「それじゃあいつらに追いつかれる可能性がある。だから誰かが囮になってあいつらの目を引き付けておく必要がある」
やけに冷静に祐一が言う。
「香里と栞にその役は論外だ。名雪、お前は秋子さん達に逃げるように言いに行く必要があるだろ?それに北川・・・お前もこの街に家族が居るじゃないか。単純な消去法だよ」
「それを言うならお前にだって家族が・・・」
「・・・気にするなよ・・・俺の家族は俺が居なくても平気なんだ・・・」
北川に哀しげな顔を見せながら祐一はそう言い、未だに彼の鞄を持っている名雪を見た。
「それ、ちゃんと預かっておいてくれよ。それがないと今度のテストの勉強が出来なくなる・・・」
「祐一・・・」
心配そうに名雪が祐一を見る。
「大丈夫!そんな無茶はしないさ。それに警察とかもそろそろ来るだろうし・・・俺もすぐに逃げるから安心しろよ」
そう言って名雪を安心させるように微笑む。
「じゃ、北川、任せたぜ!」
「相沢!」
走り出そうとしていた祐一を北川が呼び止める。
足を止めて振り返る祐一。
「死ぬなよ」
そう言って右手の親指を立ててみせる北川。
祐一も同じ仕草を返し、商店街の方へと走り出した。
「さぁ、行くぞ、美坂、水瀬!」
北川はぐったりとしている栞を背負うとすぐに走り出した。
 
商店街の中は物凄いことになっていた。
看板などは破壊され、更に店先も軒並み破壊されてがれきの山となっている。
その間に何人もの人が怪我をして倒れている。
祐一は物陰に隠れながらそれを見て、拳をぐっと握りしめた。
「なんて酷いことを・・・」
この分では名雪のお気に入りの百花屋やあゆ御用達の鯛焼き屋も被害を受けていることだろう。そしてこの被害者の中にあゆや彼の他の知り合いの姿がないことを祈っていた。
「あいつら・・何処に行った・・・?」
瓦礫の山となっている商店街の通りには怪人達の姿はない。
もう他の場所へと移動したのだろうか。
そう思って立ち上がろうとした時、悲鳴が彼の耳に飛び込んできた。
悲鳴の聞こえた方へと走る祐一。
瓦礫の山、傷ついた人々の間を縫って走り、角を曲がったその先に彼の知り合いが一人、蟹の怪人に襲われていた。
「佐祐理さんっ!!」
襲われている女性の名を叫びながら彼が蟹の怪人に体当たりしていく。
蟹怪人を突き飛ばし、祐一は地面に倒れながらも、その女性、倉田佐祐理を見た。
「だ、大丈夫ですか?」
「は、はい、佐祐理は大丈夫ですけど・・・祐一さんこそ大丈夫ですか?」
驚いたような顔のまま佐祐理がそう言ったので祐一は右手の親指を立てて見せた。
それからすぐに立ち上がると、祐一は佐祐理の手を取って彼女を立たせる。
「舞は?一緒じゃなかったんですか?」
この佐祐理の親友、川澄舞も祐一の知り合いの一人である。元々舞と偶然にも知り合い、それから佐祐理と知り合ったのだが。
だいたいこの佐祐理と舞はいつも一緒に行動しているので、この場に舞が居ないことに疑問を祐一は持ったのだ。
「舞・・・そうでした!祐一さん、舞は蜂みたいな怪人を追って向こうに!!」
思い出したかのように佐祐理は慌ててそう言い、通りの向こうを指さした。
頷く祐一。
「佐祐理さんは早く逃げてください!舞は必ず俺が連れて行きますから!!」
「お願いします、祐一さん」
佐祐理はそう言うと彼に頭を下げ、それから走っていった。
祐一はそれを見るとすぐに彼女が指さした方へと走りだした。
彼が走り出したのと同じ頃・・・体当たりを食らった蟹怪人がゆっくりと起きあがっていた。
 
川澄舞は瓦礫の山を利用して大きくジャンプした。
手に持っている剣が太陽光を受け、光を放つ。
「やあっ!!」
空中に浮かんでいる蜂怪人に向けて鋭い一閃!
だが、蜂怪人は更に上昇してその一撃をかわした。
地面に着地して舞は空にいる怪人を見上げる。
その顔には何とも悔しそうな表情が浮かんでいる。
流石の彼女でも空にいる敵には敵わないらしい。
「ほっほっほ・・お嬢ちゃん。あなたじゃ私達には勝てないのよ。それを解りなさい」
蜂怪人が舞を見下ろしながら言う。
そして右手をすっと彼女に向けた。
その手の甲には鋭い針の発射管が見えており、そこに針が一本今にも発射されそうになっていた。
シュッと針が射出される。
その針が物凄いスピードで舞の左腕を貫通し、地面に突き刺さった。
「くっ!!」
痛みに顔をしかめ、右手で血の吹き出した左腕を押さえる舞。
「ほっほっほ・・そのダメージじゃもう戦えないわね。無能な猿の末裔にしてはよくやった、と誉めてあげるわ」
蜂怪人がそう言って嫌みな笑い声を上げる。
舞は痛む左腕を押さえながら蜂怪人を睨み付けた。
確かに蜂怪人の言う通り、この腕では戦うことは出来ないだろう。しかし・・・自分のみならず周りの罪のない人々や小動物まで傷つけたこの怪人は許せない。だが・・・。
「舞!!」
いきなり自分の名前を呼ばれた舞が振り返ると、一台のバイクに持った祐一が自分の方へと向かってきていた。
「祐一!?」
驚きの声を上げる舞。
どうしてここに・・・今来たら蜂怪人の餌食になってしまう。
舞がそう思った時、蜂怪人が右手を祐一に向けた。
それに気付いた舞が左腕を押さえていた右手を離し、その右手に剣を逆手に持って上空にいる蜂怪人に向かった投げつけた。
今にも射出されそうになっていた針だが、舞の剣がその右手をかすめ、狙いがそれた。
そのまま針が射出され、その針は祐一のすぐ脇を通過して地面に突き刺さる。
「舞!捕まれ!!」
そう言って祐一は片手でハンドルを操作しながら手を伸ばす。
その手を舞の右手が掴み、祐一はその舞の手を引っ張ってバイクの後部へと彼女を乗せてその場から走り去った。
それを見た蜂怪人が一瞬だけ悔しそうな顔をするがすぐにまたにやりとした笑みを浮かべていた。
「逃げられるものですか・・・愚かな猿の末裔風情が・・・」
 
少し離れた場所にバイクを止めて、祐一は舞を腕の傷を見た。
見た目でも解る程出血が酷い。
「止血しないと・・・」
そう言って祐一はポケットの中をまさぐったが何も出てこない。
「チッ、しょうがないか・・・」
祐一は上着の袖を掴むと、肩口から一気に引き裂いた。そしてそれを舞の肩口にきつく巻き、更にもう片方の袖も引き裂いて舞の傷の上にきつく巻いた。
「とりあえずこれで我慢してくれ。ちゃんとした治療は病院でやって貰うんだぞ?」
祐一の言葉に頷く舞。
「さてと・・佐祐理さんも心配だけど・・・どうやってこの場から逃げるかが先決だよな・・・」
そう言って祐一は舞から離れた。
商店街のメインの通りを見る。
怪人の姿はそこにない。
「・・今のうちにあれで一気に抜けるか?」
そう呟いて後ろの止めてあるバイクを見た。
このバイクは彼の持ち物ではない。この怪人達の起こした騒ぎの中、乗り捨てられていたのを勝手に拝借したものだ。緊急事態だから持ち主もきっと許してくれるだろう。
「舞、動けるよな?」
こくりと頷く舞。
「なら後ろに乗ってくれ。一気に商店街を走り抜ける」
祐一はそう言うと、バイクに跨った。
「・・・祐一、免許は?」
「今教習所に通っている最中」
「・・・・・・」
不安そうな目で祐一を見る舞。
「大丈夫だよ!こう見えても俺は・・・」
そこまで言いかけて祐一はすっと表情を暗くした。
舞は祐一のそんな表情を今まで見たこと無かった。
「・・・大丈夫だ。俺を信頼してくれ」
真剣な目をして祐一が言う。
それを見た舞が頷いた。
「解った。信頼する」
舞はそう言って祐一の後ろに座った。
「しっかり掴まっていろよ!」
祐一が一気にアクセルをふかせた。
バイクが飛び出すように走り出した。
メインの通りにバイクが飛び出す。
その運転技術は素人のものではない。まるで何度もバイクに乗ったことのあるような・・・舞はそんな印象を受けていた。
「このまま、一気に抜けるぞ!!」
祐一がそう言って更にアクセルを回す。
その時、物凄いスピードで針が飛んで来、バイクの前輪を貫いた。
それにより、バランスを失ってバイクは転倒してしまう。
地面に投げ出される祐一と舞。
「うわっ!!」
「くっ・・・」
倒れた祐一は何とか身を起こすと、同じように投げ出された舞を見た。
「舞、大丈夫か?」
顔をしかめながらも舞は身体を起こした。
左腕に包帯代わりに巻いている祐一の上着の袖に血がにじんでいる。更にストッキングもあちこちが破れて血がにじんでいた。
「立てるか、舞?」
「何とか・・・」
そう言って立とうとする舞だが、左足を地面に着いた瞬間顔をしかめ、その場に踞ってしまう。
「ダメか・・・・」
祐一が悔しそうに言う。
ふと顔を上げると、商店街の入り口がすぐそこにあった。
今のところあの怪人達はこの商店街を中心に行動をしているようだ。この商店街さえ脱出出来れば何とか逃げ切ることが出来るかもしれない。
そこまで彼が考えた時、ざっざっと足音が聞こえてきた。
その音のした方を向くと、そこには白い服を着た4人の男女が祐一達の方へと歩んでくるのが見えた。
「・・・あいつらは・・・」
祐一は舞をかばうように立ち上がり一歩前に出た。
あの4人に何かとても危険なものを感じたのだ。
「舞・・あいつらは俺が引き付ける。お前は何とか逃げるんだ」
小さい声でそう言う祐一。
その声がどことなく震えている。
「祐一・・・」
舞が首を左右に振る。
彼女もあの4人が発する危険な気を感じ取っていた。
ここで祐一を残していくとおそらく彼は二度と帰ってこないと言うことも。
「・・・佐祐理さんが待っている・・・だから行け」
「でも祐一を・・」
「お前を必ず連れて行くって言ったんだ!俺を嘘つきにしないでくれ!」
やや語気を荒げながら祐一が言う。
舞はびくっと体を震わせた。
こんな祐一は今まで見たことがない。
「俺も・・・必ず行くから・・・」
今度は先ほどと違ってすがるような声。
それに頷き、舞は何とか立ち上がった。
左足首がズキズキと痛む。蜂怪人の針に貫通させられた左腕からは新たに出血が始まっている。今の彼女では祐一の足手まといでしかない。
「祐一・・・絶対に・・・帰ってきて」
舞がそう言って左足を引きずりながら歩き出す。
祐一は舞の方を見ずに頷き、正面の4人を睨み付けた。
「お前らは・・・一体何だ?何でこんな事をする?」
「愚かな猿の末裔などの話すことなどない」
一番左端に立つ男がそう言った。
どことなく爬虫類を思わせる容貌の男。
「我々はお前達愚かな猿の末裔などとは違いより進化した人類」
今度は一番右端に立つ男が言う。
何となく野獣のような毛深い男。
「この星を支配している貴様ら愚かな猿の末裔に新たな進化を与えるもの」
真ん中左に立つ男がそう言った。
何故か横に広い顔の男。
「その為にはまずお前達愚かな猿の末裔が築いた文明を破壊する」
真ん中右に立っている紅一点の女性が言う。
蜂を思わせる鋭い目つきの女性。
「勝手なことを・・・」
祐一は怒りをこらえるように言う。
ダッと地を蹴って駆け出す祐一。
ケンカには自信がある。この街に来るまでは毎日のようにケンカに明け暮れていたからだ。いわゆる不良、と言うものだったのだろう。両親はいつも家に居ず、仕事仕事で構ってもくれない。そんな彼が不良の仲間入りしても両親は咎め立てもしなかった。バイクの運転もこのころに覚えたのだ。
この街に着てそう言う過去を封印して生活していたのは従姉妹の名雪や秋子の迷惑がかかるのを防ぐためである。
「うおおおっ!!」
雄叫びをあげながら真ん中左の男の顔面に渾身のパンチを叩き込む。
だが、顔面を殴られていながらも、男は平然としている。
「な・・・何?」
これには祐一も驚いた。
どんなに屈強な男でもいきなり顔面を殴られたら多少は怯むはずである。
にもかかわらず、この男は祐一のパンチを受け、平然と立っている。
逆に怯んでしまう祐一。
男から離れると、彼は他の3人を見た。
いずれも無表情に彼を見つめている。
「・・・くっ!!」
祐一は自分が物凄くやばい状況にいることを悟って素早く4人の間をすり抜けて走り出した。
目指すのは先ほど舞が蜂の怪人と戦っていた場所。
その場所には彼を助けるべく舞が投げた剣があるはずだった。
舞の剣は剣としてはほとんど役には立たない。なぜならほとんど刃がつぶれているからだ。それでもないよりはまし、素手で敵わないなら何か武器を手にすればいい。
祐一はそう考えたのだ。
走り去っていく祐一を振り返る4人。
「愚かな猿の末裔にしては勇気がある」
「しかし、誰を敵に回したか教える必要がある」
「愚かな猿の末裔、所詮は愚かな猿でしかない」
「遙かに進化した我らの力を見せてやろう」
4人がゆっくりと振り返り、歩き出す。
その姿は揺るぎない自信に満ちていた。
 
祐一は荒い息をしながらも、何とか先ほど舞が蜂の怪人と戦っていた場所まで戻ってきていた。
「・・・何処だ・・・?」
瓦礫だらけの地面を見ながら急ぎ足で歩く。
と、その時、その場に4人の男女が姿を見せた。
それを見た祐一の顔が青ざめる。
まだ剣は見つかっていない。今のままではあの4人に対する勝ち目などないに等しい。イヤ、等しいのではない。勝ち目など全くないのだ。
「・・・チッ・・・」
舌打ちして少し後ずさる。
その踵に何かが当たった。
それに気付いた祐一はもう少し下がり、視線だけを下に向ける。
舞の剣があった。
祐一は口元を少しだけゆがめた。
これで少しだけだが勝ち目というものが出てきた。
少なくても彼はそう信じた。
「ここまでだな」
そう言ったのは爬虫類を思わせる容貌の男だ。
すっと身をかがめて走り出す。
その動きはとても人間のものではない。
祐一は慌てて足下の剣を拾い上げると上段に構えて一気に振り下ろした。
相手の男のスピードと祐一の振り下ろした剣の早さが見事に合わさり、刃のつぶれた剣が男の右肩からその右腕を切り落とした。
右腕を切り落とされた男が祐一の横を駆け抜けていく。
祐一は荒い息をしながら今右腕を切り落とした男を振り返った。
男は立ち止まると、切り落とされた肩口を無表情に見た。その傷口からは赤い血が流れ落ちている。
「まず・・・一人・・・」
そう言って祐一が残る3人を見る。
あの傷ではとてもじゃないが助からないだろう。
人を殺した、と言う後味の悪さが残るが今はそうも言っていられない。
「ふっふっふ・・・はっはっは・・・ふわっはっはっは」
いきなり祐一の背後から笑い声が聞こえてきた。
ぎょっとした祐一が振り返ると、片腕を切り落とされた男が笑っている。
「愚かな猿の末裔にしてはよくやった、と誉めるべきだな」
「しかし相手が悪かった」
「これがあいつ以外ならば多少はましだったのだろうが」
残る3人が口々に言う。
祐一は驚きに目を見張っていた。
切り落としたはずの右腕が再生を始めていたのだ。それも物凄い早さで。
「相手が悪かったな、小僧!俺はリ・ピトー!回復力では誰にも負けん!!」
そう言いながら男の姿が人間のものから直立する蜥蜴のようなものに変わっていく。
それを見た祐一が残る3人を振り返る。
「我が名はフォルティ・・・力では誰にも負けん」
毛深い男がそう言って直立した虎のような姿に変化していく。
「俺の名はスタカト・・・俺の身体は岩よりも硬い」
初めに祐一が殴りつけた男がそう言って蟹のような姿の怪人へと変身していく。
「私はフラト・・・空を飛ぶ力を持っているわ・・・」
唯一の女性がそう言って蜂のような姿の怪人になっていく。
祐一はその姿を呆然と見ていることしか出来ないでいた。
この怪人達の中にあって彼一人、ただの人間である。これでは勝ち目などあろうはずがない。
「ふっ・・・ははは・・・ははははは!!」
いきなり天を仰いで祐一は笑い出した。
「気でもおかしくなった?」
蜂女・フラトが言う。
「はっ・・・笑うしかないだろ、こんな状況」
祐一はフラトを見てそう言う。
「だいたいお前らみたいな怪人の中に俺一人、どうやっても勝てるわけないって」
「あきらめたか・・・それも潔い・・・」
そう言ったのはフォルティだ。
「・・潔いだと?ふざけるな!!」
祐一はそう言うと、剣を構えて走り出した。
この剣でも貫ける相手。
自らを岩より硬いと言ったスタカトは論外、それにフォルティの身体は物凄い筋肉で覆われ、剣など通用しそうにもない。ならば狙うべき敵は一人。
「ウオオオオオッ」
雄叫びをあげながら祐一はフラトに向かって突進する。
だがフラトは祐一の考えに気付くとすっと宙に舞い上がった。
「多少勇気があると言っても所詮は愚かな猿の末裔・・・」
馬鹿にしたように言うフラト。
その下を祐一が駆け抜ける。
祐一は立ち止まると、すぐに振り返った。
その首にリ・ピトーの口から伸ばされた舌が巻き付く。
「なっ!?」
驚きの声を祐一が上げた瞬間、リ・ピトーは舌を自分の方へと引き戻した。
よろけて倒れてしまう祐一。
そこにフォルティが飛びかかってきた。
祐一は何とか立ち上がり、手に持っていた剣でフォルティの手に生えている鋭い爪を受け止めた。
「よくぞ我が一撃を受け止めた・・・だが!」
フォルティはそう言うとぐっと腕に力を込めた。
徐々に祐一の剣が押され始めている。
元々人間と怪人では力が全く違う。
祐一はよく保っている方だった。
彼の首に巻き付いているリ・ピトーの舌も徐々に締め上げ始めている。
「く・・・」
苦しそうに顔をゆがめる祐一。
その時、彼の持っている剣の刀身にひびが入った。
「な・・・まさか・・・!?」
驚愕に祐一の目が見開かれる。
彼の目の前で剣が折れた。
同時にフォルティの爪が彼の肩に突き刺さる。
フォルティはそのまま一気に腕を引き下ろす。
「ぐわぁっ!!」
祐一が悲鳴を上げる。
切り裂かれた身体から血が一気に噴き出した。
痛みにのたうち回る祐一。
それを冷ややかに見下ろすフォルティ。
「ふ・・・愚かな猿の末裔が我らに敵うとでも思っていたか・・・」
そう言って地面を転げ回っている祐一に背を向け歩き出す。
リ・ピトーの舌ももう彼の首には巻き付いていない。
祐一は痛みに気が狂いそうになりながらも、フォルティが自分に背を向けたことを知ると、近くに転がっていた瓦礫を手で掴み、ばっと立ち上がり、フォルティに向かって瓦礫を振り上げた。
「この、死にやがれぇっ!!」
祐一がそう言った時、彼の背中から腹へと何かが貫いていった。
「見苦しい・・・」
フラトがそう言って針を射出した右手をおろした。
ふらつきながらも祐一は何とか倒れることを止め、また瓦礫を振り上げる。
だが、足がよろけ、持っていた瓦礫を落としてしまう。
「・・この・・・」
もう一度瓦礫を拾い上げ、振り上げようとすると、目の前にスタカトが現れた。同時に物凄い痛みが彼の左腕を襲う。
声すら上げられない程の痛み。
見ると、地面に祐一の左腕が転がっていた。
「あ・・・あああ・・・うあああ・・・」
悲鳴が彼の口から漏れる。
スタカトはまだ彼の血で濡れているハサミを彼の目の前でわざわざ開閉して見せた。
「所詮は無駄な抵抗だったな」
そう言うスタカト。
祐一は目の前にいるスタカトを睨み付けながら、一歩前に出た。
「この・・や・・・ろう・・・」
残る右腕を振り上げる。
「しぶとい奴」
フラトの声がし、祐一はまた針が自分の身体を貫通していくのを感じた。
それが正確に心臓を貫いていくのを。
がくりと膝をつき、倒れる祐一。
ばたりと倒れた祐一の周囲に怪人達が集まってくる。
「愚かな猿の末裔にしてはよくやったと言うべきだな」
「しかし所詮は愚かな猿の末裔に過ぎない」
「早急に進化を促す必要があるな」
「その為にも種子の回収を急がねば」
怪人達は口々にそう言うと、人間の姿に戻り、それぞれ違う方向へと歩き去っていった。
その場に残されたのは死にかけている祐一のみ。
(・・・やべぇ・・・俺・・・死ぬ・・・のかな・・・)
虚ろな目が何かを求めるように彷徨う。
(・・・舞・・・約束・・守れなかったな・・・謝りたいけど・・・無理か・・・それに・・・剣も折っちまったし・・・)
脳裏に浮かぶのは左腕と左足を負傷した上級生の彼女。
彼のすぐ側に転がっている折れた剣の持ち主。
(約束・・・そうだ・・・あいつにも謝らないと・・・折角鞄持って貰っているのに・・・それに・・今夜は一緒に勉強するって・・・)
不意に従姉妹の少女の顔が浮かぶ。
心配そうな顔をしている彼女。
(やめろよ・・・お前はいつも笑っていろ・・・その方が・・・笑顔の方がよく・・似合っているから・・・・)
祐一の意識がだんだん薄れていく。
彼を中心にした血だまりが広がっていき、地面を赤く染めていく。
そこに雪が降り始めた。
ちらりほらりと白い雪。
もうほとんど光を宿していない祐一の目にもその白い雪がはっきりと映った。
(雪・・・名雪・・・)
白い雪は彼の上にも降り積もり、彼の血を吸って赤く染まっていく。
 
名雪は病院のある病室の中から降り始めた雪を見ていた。
商店街に突如現れた謎の怪人達はどうやら商店街の中だけで暴れていたらしくそれ以外の地域にはほとんど被害はないらしい。
家に電話してそれを聞いた名雪は栞や香里に付き添って今も病院に残っていた。
「相沢君・・・無事に逃げられたかしら?」
そう言って香里が名雪の隣に立った。
「大丈夫だよ。祐一、ああ見えても結構足早いし」
名雪は無理に笑顔を作ってそう言う。
「・・名雪、無理しなくても良いわよ。心配な時は心配そうな顔をしていた方がいいわ」
そう言って香里は苦笑を浮かべた。
それを聞いた名雪が不意に泣きそうな顔になる。
「・・・凄く・・・イヤな予感がするんだよ。まるで・・・もう祐一が帰ってこないような、そんな予感」
「・・・・もし相沢君が帰ってこなかったら私達にも責任があるわね」
真剣な顔をして香里が言う。
やはりあの時無理にでも彼を連れてきておくべきだったかもしれない。あの場に彼一人を残したのは彼女の中に重くのしかかっていた。
「祐一は・・帰ってくるよ。遅刻はするけど、祐一は約束破ったりしないから・・・」
そう言って名雪は祐一から預かった鞄を見た。
椅子の上に置いてある鞄・・・それが何もしないのに床にどさっと落ちた。
それを見た名雪の顔が青ざめる。
「約束・・・したから・・・帰ってくるよね、祐一・・・」
小さい声で呟く名雪。
香里は何も言えずただ黙って彼女を見てることしか出来なかった。
 
雪は静かに降り続けている。
またこの街を白く塗りつぶすかのように。
怪人達の姿はもうなかった。
商店街は異様なまでの静けさに包まれている。
瓦礫の山と化した商店街。
その一角で・・・それは始まっていた。
怪人達の力の前にあまりにも無力だった少年。
彼の上に降り積もる雪が溶けだしている。
よく見ると、彼の身体がぼんやりとした光に包まれているようだ。
それは彼の腰の辺りから発光しているようにも見える。
切り落とされたはずの左腕が再生を始めている。
鋭い針に貫かれた心臓がその穴をふさぎ、力強く鼓動を始める。
体中に出来た傷が塞がり始めている。
それは・・・奇跡なのだろうか?
完全に左腕の再生が終わった時、少年はゆっくりと立ち上がった。
その目はまるで何も映してはいない。
ゆっくり、本当にゆっくりと、足を前に出し歩き始める少年。
その身体が徐々に変化を始めていた。
両腕が、両足が、身体が緑色の強化された外皮に覆われていく。
頭も同じように緑の強化外皮に覆われ、その目に当たる部分だけが赤く発光している。
緑の怪人・・・・彼はそのまま闇の中へと消えていった。
 
<2月5日>
翌朝・・・珍しく名雪は誰の手も借りずに目を覚ました。
あれからタクシーを使って家に帰った彼女は祐一が帰ってきていないことを知り、愕然となり、部屋に閉じこもってしまったのだ。
しばらくベッドに横になり枕に顔を埋めて泣いていたがそのまま気がついたら朝になっていた、と言う感じだ。
「・・・朝・・・?」
真っ赤になった目でカーテンの隙間から入ってくる光を見る。
「・・・そうだ・・・祐一・・・」
名雪はベッドから降りると、すぐに隣の部屋に向かった。
もしかしたら家に帰ってきているかもしれない。私が寝ちゃっている間に帰ってきているかもしれない。部屋に来なかったのは私が寝てしまっていたのと、それと祐一も疲れていたのに違いない。あんな怪人達から私達を逃がすために必死になってくれたんだし、疲れていないわけがない。
そう思って祐一の部屋の前までいき、名雪はドアを開けた。
「祐一、朝だよっ・・・」
返答はなかった。
開けられたままのカーテン。誰もいないベッド。人の気配のしない、冷たい空気の漂う部屋。
名雪はドアノブをぎゅっと握りしめた。
俯いたままドアをゆっくりと閉める。
その時、階段を上がってくる音が聞こえた。
「祐一っ!?」
嬉しそうに振り返った名雪だが、その顔がすぐに落胆の色に染まる。
そこにいたのは秋子だった。
「名雪・・・どうしたの?」
「お母さん、祐一は?」
恐る恐る聞く名雪。
返ってくる答えはだいたい解るような気がしていた。だから怖くて母親の顔を見ることが出来ない。
「・・・祐一さんは・・・まだ・・・」
哀しそうな顔をして秋子が言う。
それを聞いた名雪は秋子を突き飛ばすように横を駆け抜けて自分の部屋に飛び込んでしまう。
「名雪っ!?」
心配そうな声を上げる秋子だが・・伸ばしかけた手をすぐに下ろす。
「・・・・・」
無言のまま、秋子は1階に下りていった。
名雪の部屋からはくぐもった泣き声が聞こえてきていた。
 
病院の一室。
舞は包帯をぎゅぎゅっときつく締め直していた。
かなり痛むが、これなら何とか剣を持つことは出来そうだ。あの針が骨に当たらなかったのが幸いしていた。左足首の捻挫も何とかなっている。
「祐一・・・」
心配だった。
自分を逃がすためにあの場に一人残った彼のことが。
彼女もまた、彼のことを好いている人物の一人である。
病室を出ようとしてドアまで来た時、ドアが開き、佐祐理が入ってきた。
「舞、今日学校お休みになるって・・・」
そこまで言いかけて佐祐理は舞が出ていこうとしているのに気付き、驚きの表情を浮かべた。
「何処行くの、舞?その傷じゃまだ動いたりしたら・・・」
「もう大丈夫」
そう言って舞が佐祐理を押しのけて病室を出ていこうとする。
「待って、舞。本当に何処へ行く気なの?」
舞の腕をとって佐祐理が引き留めるように言う。
「・・・祐一を探しに行く」
「大丈夫だよ、祐一さんは!きっとあの後ちゃんと逃げて・・・水瀬さんの家に・・・」
佐祐理がそう言うので舞は彼女の顔を見た。
だんだん言葉尻が弱くなる佐祐理。
舞はじっと親友の顔を見ていたが、やがて少しだけ目を伏せた。
「・・・佐祐理・・・私は佐祐理のこと、好きだ。だから、嘘はつかないで欲しい」
舞は伏せていた目を開き、佐祐理をちゃんと見ながらそう言った。
それを聞いた佐祐理が今度は目を伏せ、視線をそらせる。
「祐一に何かあった?」
舞の質問に佐祐理は何も答えようとしなかった。
ただ、首を左右に振っているだけである。
舞はそれである程度察したようだ。
「・・・祐一は帰っていない・・・」
そう呟くと、彼女は自分の腕を掴んでいる佐祐理の手にそっと自分の片方の手を重ねた。
「ゴメン、舞・・・佐祐理は・・佐祐理は・・・」
泣きそうな声で佐祐理は舞を見上げて言う。
「大丈夫・・・」
舞はそう言って微笑んだ。
「祐一は強いから大丈夫・・・でも怪我とかしていて動けないかもしれないから探しに行ってくる・・・」
「舞・・・」
すっと腕を掴んでいる佐祐理の手を外し、舞は病室を出ていく。
「舞・・・絶対に、絶対に帰ってきて!!」
佐祐理が病室から出て歩いていく舞の背中にそう言う。
舞は立ち止まり、振り返ってしっかりと頷いた。
 
商店街は酷い有様だった。
対応が遅れに遅れた警察が今頃になって現場検証を始めている。
もっと早くに来ていれば助かった人もいたかもしれないと言うのに。
遠巻きにしている人々の視線がそう言っている。もちろんその中には昨日この商店街で怪人にあったが、何とか逃げおおせた人も少なくない。怪人の知り合いを殺された人や、商店街に店舗を持つものもいる。
昨日のことは夢ではない。
瓦礫の山や地面に広がっている赤い血だまり。それが明確に物語っている。
その人混みの中に香里の姿があった。
病院から家に帰る途中で、ふと商店街に寄ってみたのだ。
あの後、祐一がどうなったのか、それが心配だったのもある。
病院を出る前、名雪に電話してみたが彼女は出なかった。それでだいたいの見当がつく。まだ彼は戻っていない。それどころか永久に戻ってこない可能性だってある。この商店街の惨状を見れば・・・どの可能性が一番高いか、頭のいい彼女に解らないはずはなかった。
「相沢君・・・あなたって人は・・・」
そっと顔を伏せる。
転校してきて間もないのに自分と妹の仲直りの架け橋となってくれた祐一。彼は何の打算もなく、親身になってくれた。人の世話・・・と言うかお節介を焼くのが好きだったのか?それとも他に何か理由があるのか。
今となっては解らない。
生きてさえいれば聞くこともあったのかもしれないが。
その場を離れようと香里が歩き出そうとする。
ふと顔を上げるとその視線の先に白い服を着た男の姿。
彼女は知らない。
この男が、祐一を殺した怪人の一人・スタカトであることは。
ただ、物凄い殺気のようなものを受け、彼女は身動きがとれなくなっていた。
男がにやりといやらしい笑みを浮かべる・・・。
 
同じ頃、商店街の中では警察官や消防員が瓦礫の撤去や被害者の搬送を行っていた。
その様子を建物の上から見下ろしている者がいた。
白い服を身にまとった爬虫類を思わせる容貌の男・リ・ピトーである。
「奴らはこの地球の戦士・・・敵対する可能性がある・・・・」
リ・ピトーはそう呟くと姿を蜥蜴の怪人のものへと変え、飛び降りた。
警官達のど真ん中に着地するリ・ピトー。
その場にいた全員が一斉に突如現れた怪人を見、言葉を無くす。
「お前達は殺す」
一言そう言い、リ・ピトーが近くにいる警官に飛びかかった。
慌てて拳銃を抜こうとする警官だがそれより早くリ・ピトーが警官の首に手をかけ、あっさりと折ってしまう。
それを見た他の警官達が拳銃を抜き、リ・ピトーに向けて構える。しかし、その銃口は震えていた。
リ・ピトーはちろりちろりと舌をのぞかせながら周囲を見回した。それはまるで次の獲物を物色しているようである。猛獣とは違う、無機質な目が恐怖を誘う。
「う、撃て!!」
誰かがそう言い、皆が一斉に引き金を引く。
だが、その場でジャンプして弾丸を全てかわすリ・ピトー。そのまま近くの店舗の二階に着地する。
「そのような武器で勝てると思うな・・・」
そう言って口を大きく開け舌を伸ばす。
長く伸びた舌が警官の一人の首に巻き付き、宙へと持ち上げる。そして大きく左右に振り、投げ飛ばす。
その警官が宙を舞い、別の店舗の二階の壁に叩きつけられ、地面に落ちる。
それを見て、騒然となる他の警官達。どうやら今になってこの目の前にいるのが本物の怪人だと気がついたようだ。
「に、逃げろっ!!」
また誰かが悲鳴を上げるように言う。
皆が散り散りになって逃げ出そうとするが、それを許すリ・ピトーではない。
さっとジャンプすると、逃げだそうとしている警官達の前に飛び降り、警官達に飛びかかっていく。
惨劇が幕を開ける。
次々と殺されていく警官、消防員。
「はっはっは・・・死ね!死ね!死ねぇっ!!」
嬉しそうに叫ぶリ・ピトー。
その時・・・ざっと立ち止まる足音がした。
その音に顔を上げるリ・ピトー。
リ・ピトーの視線の先、瓦礫などが残る道の向こうに一つの人影があった。
目を細めるリ・ピトー。
逆光で人影がよく見えないのだ。
ダッと地を蹴って人影が走り出した。まるで疾風のように。
その手に光が走る。
刀だ。
駆け抜け様に鋭い居合いのような一撃。
その一撃がリ・ピトーの左腕を切り飛ばす。
チャッと言う音がして刀が鞘に収められる。同時に足を止めたのは・・舞だった。
一度家に帰った彼女は昔対魔物用に使用していた刀を持ち出してきていたのだ。
舞は振り返ると、片腕を失ったリ・ピトーを見た。
「お前は・・・許さない・・・」
そう呟き、舞は再び居合いのような構えをとった。
「・・たかが・・・愚かな猿の末裔風情が・・・」
リ・ピトーがそう言って立ち上がる。
「しかし・・・昨日に続いて二人目か・・・愚かな猿の末裔にしてはよくやる」
にやりと笑うリ・ピトー。
「昨日?」
「・・・あの小僧・・・よくやったが我々には敵うわけはなかったな」
その一言を聞いた舞はぎゅっと刀の柄を握る手に力を込めた。
怒りをこらえているのだ。
怒りにまかせた攻撃はあまりにも隙が大きくなりすぎる。それを知っているから、舞は怒りをこらえて相手を睨み付ける。
「あの小僧・・・何処でのたれ死んでいるかな?」
リ・ピトーがせせら笑うように言ったその時、舞の我慢の限界が来た。
無言のまま地を蹴って走り出す。
「二度も同じ手がきくと思うか!?」
言うのと同時に失ったはずの腕が生え、舞の刀を受け止める。
「く・・・貴様は・・・絶対に・・・」
舞の顔が物凄い形相になる。
これほどまで彼女が怒ったことはないだろう。
刀を持つ手にも物凄い力が込められている。
しかし、それを平然と片腕で受け止めているリ・ピトー。根本的に力が違うのだ。更に舞は女である。
「貴様がどうあがこうと・・・愚かな猿の末裔では勝てん!!」
そう言って刀を持っている手をひねり、舞の手なら刀を奪い取るリ・ピトー。同時に口を開いて舌を伸ばし、舞の腹を突く。
その一撃で舞は店舗の方まで一気に吹っ飛ばされる。
まだ無事だったガラスを突き破って彼女は店の中へと落ちていく。
「くあ・・・」
身体を店の床に叩きつけられた舞が呻く。
彼女を追ってリ・ピトーが店の中へと入ってくる。
「貴様の武器でとどめを刺してやろう・・・」
そう言って刀を振り上げるリ・ピトー。
そこに一人の女性が飛び込んできた。
「舞っ!!」
「・・佐祐理!?」
舞は飛び込んできた少女を見て驚きに目を見張った。
佐祐理は舞の前に立つと両手を広げて、彼女をかばった。
「舞に手は出させません!」
キッと相手を睨み付けて言う佐祐理。
「佐祐理・・ダメ。佐祐理じゃ相手になら・・・」
舞が言いかけるのを制するように佐祐理が振り返り、笑みを浮かべる。
「佐祐理は舞の親友です。親友が、親友を助けるのは当たり前です」
「佐祐理・・・」
佐祐理の言葉に舞は何も言えなくなってしまった。
「美しい友情というものか・・・くだらない・・・愚かな猿の末裔らしい感情だ」
リ・ピトーが馬鹿にしたように言う。
それを聞いた二人はリ・ピトーを睨み付けた。
にやりと笑うとリ・ピトーは刀を再び振り上げた。
目を閉じる佐祐理。
舞はじっとリ・ピトーを睨み付けている。
リ・ピトーが刀を振り下ろそうとした時、ガシャーンと言う音がして何かが中に飛び込んできた。
それは全身緑色の怪人。光沢のある外骨格のようなものに全身を包んだ怪人。その目だけが赤く光っている。
「・・何だ、貴様は!?」
リ・ピトーが新たに現れた緑の怪人を見て言う。
緑の怪人は答えずに肩を大きく上下させながらリ・ピトーを睨み付けた。
「小癪な奴め!」
そう言って刀を緑の怪人に向けて振り下ろす。
それを両手で受け止めた緑の怪人はリ・ピトーの腹に蹴りを食らわせ、刀を奪い取る。
刀をその場に投げ捨て、緑の怪人がリ・ピトーに飛びかかった。倒れているリ・ピトーの上に馬乗りになり、その顔面を何度も殴りつける。
リ・ピトーの口から血が何度も吐き出され、緑の怪人の顔と言わず身体に付着される。
緑の怪人が大きく右手を振り上げた時、リ・ピトーの口から舌が物凄い勢いで伸ばされ、緑の怪人を吹っ飛ばした。
天井に叩きつけられ、更に天井を突き破って二階に消える緑の怪人。
それを追うようにリ・ピトーがジャンプした。
二体の怪人が姿を消して、初めて佐祐理はその場にヘナヘナと崩れ落ちた。
「はは・・あはは・・・舞、大丈夫?」
緊張が解けてしまい、しまりのない顔をして振り返る佐祐理。
舞は小さく頷いただけであった。
彼女も何が起こったか把握し切れていないようだ。
 
二体の怪人は二階で激しい戦闘を繰り広げていたが、やがて二階の窓を突き破って表に飛び出してきた。
地面を転がって素早く立ち上がる緑の怪人。
両手両足を使って着地するリ・ピトー。その姿勢のまま大きく口を開き鋭く舌を伸ばす。
ジャンプして舌による攻撃をかわした緑の怪人は空中で蹴りを放った。その一撃がリ・ピトーの顎を捕らえ、吹っ飛ばす。
瓦礫の山にまで吹っ飛び、派手に瓦礫を吹っ飛ばすリ・ピトー。
緑の怪人はそれを見てもまだ戦闘ポーズを崩さない。油断無くリ・ピトーを見て身構えている。
「なかなかやるようだな。しかしこの俺の回復力は・・・」
言いながら立ち上がるリ・ピトー。
「この程度の傷など!!」
リ・ピトーの身体にあった傷があっという間に回復していく。
緑の怪人は特に驚いた様子もなく、素早く地を蹴ってリ・ピトーに向かって飛びかかっていった。
身体ごと飛びかかり、肩からリ・ピトーにぶつかっていく。また瓦礫をまき散らしながらもつれ合い、地面を転がる。
下になったリ・ピトーが足を緑の怪人の腹に押し当て巴投げの容量で投げ飛ばす。
緑の怪人は為す術もないまま、投げ飛ばされ先程とは別の店舗の中へと飛び込んでいく。
ガシャーンとガラスを割り、中にあったテーブルを薙ぎ倒して倒れる緑の怪人。
「他愛もないな・・・貴様は一体・・・」
言いながら追いかけるように店の中に入ってくるリ・ピトー。
そこを狙っていたのか緑の怪人が飛びかかっていった。
ドアを吹き飛ばしながら道路にまで戻ってくる緑の怪人とリ・ピトー。
緑の怪人の左右のパンチがリ・ピトーを捕らえていく。
そのパンチを食らってよろけるリ・ピトー。
更に身体を反転させてキックを放つ緑の怪人。
それを食らって吹っ飛ぶリ・ピトー。
またも瓦礫の山を吹っ飛ばし、地面を転がるリ・ピトー。だが、すぐにリ・ピトーは立ち上がった。その身体にはもう傷などなくなっている。
「何度やっても無駄だ!この俺に死角はない!」
リ・ピトーが自信たっぷりに言い放つ。
だが緑の怪人はまだあきらめていなかった。
その赤い目でリ・ピトーの身体をじっと見る。
(・・・あ・・・た・・・ま・・・)
不意に考えが浮かんだ。
どれほど回復力が凄いのかは解らない。しかし、頭をつぶされて生きている生物はない。緑の怪人はそう考えると、素早く走り出した。
「懲りない奴!!」
リ・ピトーがそう言って舌を勢いよく伸ばす。
その舌の一撃が緑の怪人の胸に直撃、緑の怪人は思いきり吹っ飛ばされてしまった。そのまま近くの電柱に激突、地面に倒れ込む緑の怪人。
「貴様が何度俺を攻撃しようと通じない!それがまだわからんのか!」
そう言って一歩一歩緑の怪人に近寄ってくるリ・ピトー。
緑の怪人は顔を上げると、近くに転がっている瓦礫を手に取った。それは片方が尖っており、凶器としてはいい感じのものである。
(頭を・・・つぶす!)
野生の本能がそれを実行させるべくチャンスを狙う。
リ・ピトーが緑の怪人の側にまでやって来た。
「とどめを刺してやろう・・・」
そう言って両手を振り上げたその瞬間、緑の怪人が立ち上がり、手に持っていた瓦礫片でリ・ピトーの側頭部を殴りつけた。もちろん尖っている方で、である。
グシャッ、と言う音がし、リ・ピトーがよろけた。
瓦礫片の一撃を食らった部分から血が流れ落ちている。
それを見た緑の怪人はまた瓦礫片でリ・ピトーの頭を殴りつけた。今度は正面から。
リ・ピトーの額が割れ、大量の血が噴き出す。
それを浴びながらも緑の怪人の手は休まることを知らなかった。何度も何度もリ・ピトーの頭を瓦礫片で殴りつけ、とどめとばかりに大きく振り上げた瓦礫片を脳天にたたき落とす。
「ぎゃあっ!!」
悲鳴を上げて倒れるリ・ピトー。
全身がぴくぴくと痙攣している。
緑の怪人はそれでも安心出来ないのか、瓦礫片を脳天に串刺しにしたままリ・ピトーから離れた。そしてジャンプし、一度電柱に足をつけ、その反動でリ・ピトーの頭めがけて全体重を乗せたキックを放つ。
グシャッ!!
瓦礫片の上からのキックを食らい、リ・ピトーの頭がつぶれた。
血が瓦礫片の下から広がり、血だまりを作っていく。
リ・ピトーの身体はまだ痙攣を続けているが、それもだんだんと治まっていく。しかし、頭の回復はない。どうやら完全に死んだようだ。
緑の怪人は肩を大きく上下させ荒い息をついていたがふと後ろに気配を感じて振り返った。
そこには青い顔をした舞と佐祐理が立っている。
「・・・・・」
目の前で起きた凄惨な戦いの結末に言葉もないようだ。
緑の怪人が二人を視界に納めた瞬間、様子が変わった。
すっと手を二人の方へと伸ばす。
だが、二人は動かない。
緑の怪人が一歩前に出ようとした。
その時、佐祐理が悲鳴を上げた。
「イヤァァァァァァッ!!来ないで!!こっちに来ないでぇぇぇぇっ!!!」
それを聞いた怪人の動きが止まる。
そして自分の手を見、更に横にあるひびの入ったショ−ケースを見る。そこに映ったのは血まみれの緑の怪人の姿。
緑の怪人はそんな自分の姿を見て、ショックを受けたように頭を抱え、そして逃げるように走り出した。
「あ・・・」
舞が何か言おうとして、やめる。確信が持てない、そう言う感じであった。
緑の怪人が走り去ってから、舞はそっと佐祐理を抱きしめた。
「大丈夫・・・もう何も怖くない・・・」
 
緑の怪人はしばらく走った後、急に立ち止まった。
(一体何だ・・・どうして俺は・・・?)
頭を抱えてその場に膝を突く。
地面に落ちていた鏡の破片に映る自分の姿。それはまさしく異形の怪人の姿。どうして自分がそう言う姿になってしまったのかまるで解らない。それにどうしてこんな所にいるのかも解らない。記憶の一部がすっかり抜け落ちている、そう言う感じだ。
緑の怪人は頭を何度も左右に振り、両手で地面を叩いた。
(何故だ?何故だ!?何故、こういうことに!?)
混乱、焦燥、苛立ち・・・そう言った感情が自分の心の中を支配していく。
不意に緑の怪人の耳に立ち止まる足音が聞こえてきた。
さっと振り返る緑の怪人。その反応速度は並ではない。
後ろにいたのはダッフルコートを着た少女。彼女は緑の怪人を見て、一瞬びくっと体を震わせたが、すぐに首を左右に振ってそっと手をさしのべてきた。
「大丈夫だよ・・・もう、大丈夫だから・・・」
そう言いながら一歩一歩緑の怪人に近寄っていく少女。
「落ち着いて・・・心を落ち着かせて・・・元に戻るように思うんだよ・・・ねぇ、祐一君」
少女にそう言われ、緑の怪人は元に戻るように頭の中で念じた。するとどうだろうか。緑の怪人の姿が光に包まれ、徐々に一人の少年の姿に変わっていくではないか。
着ている服はぼろぼろで血まみれ、左腕の袖はなく、腕がむき出しになっている。髪はぼさぼさで所々に血の跡だろうか、固まっている部分がある。
「祐一君・・・大丈夫?」
「・・・・俺は・・一体・・・?」
そう呟いて、祐一はその場に倒れ込んだ。
それを見た少女が慌てて彼に駆け寄る。
「祐一君!?」
だが祐一は気を失っているだけであった。先程のリ・ピトーとの戦闘のダメージや疲労がかなりあったのだろう。それに体力の限界が加わっただけであり、そして身体が休息を求めた結果意識を失わせたのだろう。
あゆは気を失った祐一を見て少し微笑んだ。
 
どれくらいの時間がたったのだろうか。
祐一が目を覚ました時にはもう陽は大きく傾いていた。
「目、覚めた?」
いきなり近くから声が聞こえたのでびくっと身を起こす祐一。振り返るとそこにはにこりと微笑んだあゆの姿がある。
「あゆ・・・?俺・・・一体・・・?」
そこまで言いかけた祐一の口にそっと人差し指を押し当てるあゆ。
「みんな、心配しているから帰ろう、祐一君?」
あゆの言葉に祐一は黙って頷いた。
心配・・・それで思い出したことがいくつかある。舞や佐祐理、香里、名雪が心配していないはずがない。みんなに謝らないと。物凄く心配をかけただろうから。
だが。
そこで祐一は不審に思った。
どうして俺は生きている?この左腕も何でちゃんとある?蟹の化け物に左腕は切り落とされたはずだ。身体も虎の化け物に切り裂かれたはずなのにその傷跡もうっすらとしかない。身体を貫通した針の跡も残ってない。
「どういうことだ?」
不審が口から言葉となって出ていく。そしてあゆの方を見る。
「あれは夢だとでも言うのか?」
「・・・夢じゃ・・・無いよ・・・」
すっと表情を曇らせてあゆが言う。
「祐一君は・・・一度死んだんだよ」
あゆの言葉を聞いた祐一は思わず自分の身体を見た。
あちこちに残る傷跡・・・それももう全て消えかけているのだが、確かにこれほどの傷を受けていて生きている方が不思議であろう。
「・・・だったら・・・俺はどうして生きているんだ?」
あゆに聴いて返事が返ってくるとは思えなかったが、それでも祐一はあえてそう尋ねた。
「・・・今はとにかくみんなの所に帰ろう、祐一君?」
そう言ってあゆが立ち上がる。
その時、祐一の耳に聴いたことのある声が悲鳴として飛び込んできた。
さっと立ち上がる祐一。
「祐一君?」
「・・・あれは・・・」
祐一はまるでその場にいるあゆに気がついていないかのように別の所を向いていた。そして、何も言わずに走り出す。
「ゆ、祐一くんっ!!!」
後ろからあゆが大きい声で彼を呼ぶが祐一は立ち止まらない。既にその声は彼の耳には届いていなかったのだ。彼の目は一点を見据え、まるで何かにとりつかれたかのように虚ろになっている。
祐一はまるで風のようにあっと言う間にあゆの視界から消えていった。
 
「きゃあああああっ!!」
悲鳴が上がる。
また一人の男がばたりと地面に倒れた。
その腹から背中にかけて何かが貫いた跡がある。
倒れた男をかわすように白い服を着た男が一歩前に出る。ただしその右手だけがまるで蟹のハサミのようになっている。血まみれのそのハサミを開閉させながら新たな獲物を探すようにまた一歩前に出る。
香里はその様子を物陰から見ながらがたがたと震えていた。
(大丈夫・・・大丈夫・・・もう少し・・この場さえしのぐことが出来たら・・あいつはいなくなって・・・)
震えながら香里は必死になって見つからないことを祈っていた。
白い服の男の足が止まった。しかも、香里のいる物陰のすぐ側で。
「ひっ」
思わず息をのむ香里。
だが、白い服の男はまた歩き出した。
だんだん遠くなっていく足音に安心する香里。ほっと胸をなで下ろし、立ち上がろうとした彼女の背後に人の気配・・・。
はっとなって振り返る香里の目に、振り上げられた血まみれのハサミが映し出された。
 
ざっと土埃を巻き上げて立ち止まる祐一。
その視線の先には白い服を着た男と香里がいる。その周りには血にまみれて倒れている人が多数。
「やめろぉっ!!」
祐一が叫ぶのと同時に香里の身体ががくっと崩れ落ちる。
まるでスローモーションのように・・・ゆっくりと地面に倒れていく香里。そして広がっていく真っ赤な血。
それを見た祐一の脳裏に本人もすっかり忘れていた過去が思い浮かぶ。
真っ赤に広がる血、それでも気丈に微笑んでいる少女。何も出来なかった自分。また繰り返すのか?あの悲しみを?あの切なさを?それはイヤだ!
「ウワァァァァァァッ!!!!」
雄叫びをあげながら祐一は走り出す。
その声を聴いた香里が顔だけを向ける。
「あ・・・い・・・ざ・・・わ・・くん・・・?」
虚ろな視界。
その中、こちらに向かってくる祐一の姿。
「ダメ・・来ちゃ・・ダメ・・・」
手を伸ばそうとするが動かない。
祐一は止まらない。
怒りに燃える目で相手を睨み付け、全身に怒りのオーラを漂わせ、まっすぐに相手に向かって突進していく。
白い服を着た男は自分に向かって突進してくる祐一を見ると、一瞬驚いたような表情を浮かべた。あの少年は昨日左腕を切り落としたはずではないか?しかし、左腕はきれいにあり、自分に向かって拳を振り上げて走ってきているではないか。
「この野郎っ!!」
祐一のパンチが白い服を着た男の顔面に直撃する。
彼のパンチが命中する直前、男は蟹の怪人・スタカトになり、パンチをあえて顔面で受け止めた。
「そのようなもので俺を倒せるとでも・・・」
そう言いながら右手のハサミで祐一を殴り飛ばす。
吹っ飛ばされる祐一。近くの店舗に突っ込み、彼の姿が見えなくなるとスタカトはゆっくりと歩き出した。
香里は何とか体を動かそうと必死似てで地面を掴む。
「相沢・・・君・・・」
ずるずると身体を地面に擦らせながら必死に祐一が吹っ飛ばされた店舗に近寄っていく。
「ゴメン・・なさい・・・私のせいで・・・ゴメン・・・相沢君・・・」
泣きながら、それでも動きを止めない香里。
彼女が動くたびに血だまりが広がっていく。かなりの出血量。徐々に彼女の意識がかすれ始める。
その時、店舗の壁を突き破って緑色の怪人が姿を現した。
緑色の怪人は背を見せているスタカトに飛びかかると地面に押し倒した。その勢いで前転し、素早く立ち上がる緑の怪人。
起きあがろうとするスタカトを見ると、素早く駆け寄り、その顔面に蹴りを叩き込む。
その一撃に吹っ飛ばされるスタカト。近くの電柱に叩きつけられ、地面に倒れ込んでしまう。
「く・・・このパワー・・・奴は一体何者だ・・・?」
地面に手を突いて起きあがるスタカト。
そこに緑の怪人が再び駆け寄って来、何度もパンチをスタカトに浴びせていく。だが、スタカトの堅いボディにはほとんど効いていなかった。
「ふ・・・」
パンチを浴びながらもスタカトは不適な笑みを浮かべる。
「お前など我らの敵ではない!」
そう言ってスタカトは緑の怪人をハサミで吹っ飛ばした。
地面を砂埃を巻き上げながら転がる緑の怪人。
「その首、貰ったぞ!」
ハサミを大きく開けて飛びかかってくるスタカト。
緑の怪人は素早く身を起こすとそのハサミを両手でがしっと掴んだ。だが、圧倒的な力でハサミを押し進めるスタカト。
ハサミが閉じないようにするだけで精一杯な緑の怪人の首にハサミの先端が達する。
「く・・・・」
緑の怪人が徐々に押され始め、遂に片膝をついてしまう。
「死ね!!」
更にぐっとハサミを押し込むスタカト。
緑の怪人は素早く膝を突いていない方の足を持ち上げ、スタカトの足を払った。
思わぬ反撃にスタカトは何も出来ずに倒れてしまう。
緑の怪人は素早く立ち上がると後ろに二、三歩下がった。それから勢いよく走り出す。
スタカトはようやく起きあがったところだ。
それを見て、緑の怪人が地を蹴った。宙を舞い、落下する勢いと共に右足を突き出す。いわゆるジャンプキック。その一撃が立ち上がったばかりのスタカトに直撃する。
またしても吹っ飛ばされるスタカト。今度は電柱ではなく、店舗の中へと突っ込んでいく。着地した緑の怪人はスタカトが出てこないのを見ると、さっと倒れている香里を振り返った。すぐに彼女の側に駆け寄り、片膝をつく。
「だい・・・丈夫か?」
絞り出すようなかすれた声。
初めは近寄ってきた緑の怪人に怯えた表情を浮かべていた香里だが、その声を聴いてようやく笑みを浮かべた。もっともそれはかなり苦しそうな笑みではあったが。
「あい・・ざ・・・わくん・・・」
緑の怪人に向かってそっと手を伸ばす香里。
その手を取り、緑の怪人は血の気を失い青ざめた顔をした香里を見つめた。
「香里・・・」
緑の怪人がそう言った時、ジュラルミンの盾を構えた機動隊が現れ、緑の怪人を取り囲んだ。
「その少女から離れろ!」
「抵抗するなら発砲する!」
機動隊員が口々に言う。
緑の怪人はそれを見ると、香里を地面に寝かせてすっと立ち上がった。
一瞬機動隊員達がびくっと震え、銃を構える者すらいた。だが、両手をあげ、戦う意志がないことを見せた緑の怪人に皆が安心したかのように銃をおろす。
その時、機動隊員達の後ろの店舗の壁を吹き飛ばしてスタカトが飛び出してきた。
機動隊員達が振り返ろうとする前にスタカトが襲いかかる。
悲鳴、絶叫、断末魔・・・。それが一瞬にして生み出されていく光景。
緑の怪人の目が怒りに燃えるかのように赤く光る。
ダッと地を蹴り、走り出す。それはまるで風のように。緑の疾風が駆け抜け、今まさに首を切りおとさんとしていたスタカトのハサミを蹴り上げる。着地すると同時に身体を反転させながらのエルボー。よろけたスタカトの腹に膝を叩き込む。
更によろけて、二、三歩後退するスタカト。
それを見て、緑の怪人は一気に間合いを詰め、拳を振り上げた。怒りをこめた拳を何度もスタカトに叩き込む。
「・・・その程度の攻撃が通じないことが・・・」
パンチを浴びながらスタカトが言う。
「まだ解らないか!?」
そう言ってハサミでパンチを受け止める。
緑の怪人はそれを見るとさっと後方へとジャンプしスタカトから離れた。
パンチもキックも一切通じないまさに岩のような身体。リ・ピトーとは違うタイプでイヤな相手だ。今度は瓦礫片で頭をつぶそうとしても無駄だろう。
(どうする・・・?)
スタカトはニヤニヤ笑いながら緑の怪人の方へと歩み寄ってくる。おそらく自分の岩のようなボディに絶対の自信を持っているのであろう。
「・・・関節・・・」
不意に後ろから弱々しい声が聞こえてきた。
ちらりと振り返ると香里が荒い息をしながらそう言っている。
「体が・・・どんなに固くても・・・関節は・・・」
頷き、正面を見る緑の怪人。
「今度こそ死ぬがいい!!」
スタカトがそう言ってハサミを振り上げた。
緑の怪人はすっとその間合いに入り込み、ハサミの根本をがしっと掴むと肘に当たる部分めがけてジャンプしながらの膝を叩き込んだ。
バキッ!!
関節が砕けるイヤな音がして、明後日の方向へと折れ曲がるスタカトのハサミ。
「ぐわあああああっ!?」
思いも寄らない緑の怪人の反撃、そして思いも寄らないダメージ。スタカトは折れ曲がったハサミを見て悲鳴を上げる。
緑の怪人はそれを見ても容赦はしない。スタカトの膝に蹴りを食らわせ、地面に叩き伏せると、折れたハサミに手をやって一気に引き裂く!
「ぎゃああああっ!!」
悲鳴を上げ、泡をふくスタカト。引き裂かれたハサミから血が噴き出し、その血が緑の怪人を赤く染める。
緑の怪人はそれに構わずスタカトを抱え上げると大きくジャンプした。そして空中から地面めがけてスタカトを投げ落とす。
物凄い勢いで地面に叩きつけられ、一度バウンドして地面に横たわるスタカト。
着地した緑の怪人はスタカトが動かないのを見ると素早く周囲を見渡した。そして目的のものを見つけると緑の怪人はスタカトの身体を持ち上げ、肩にその身体を横たわらせる。いわゆるアルゼンチンバックブリーカー・・・そのままの姿勢でまたジャンプする。ジャンプの頂点まで来た緑の怪人は下にあるものに向かってスタカトの身体を放り投げた。
そこでスタカトを持っていたのは斜めに切断された道路標識。それは正に天を向いた槍のようになっている。
スタカトはそれに向かって為す術もなく落下していき・・・その腹部を槍のように切断された標識に貫かれた。
更に噴き出す血。着地した緑の怪人の身体にその血が降り注ぐ。
標識に貫かれたスタカトはしばらくぴくぴくと動いていたが、やがて口から大量の泡をふいて絶命した。
完全にスタカトが死んだのを見てから緑の怪人が振り返る。
その血まみれの姿。スタカトと演じた凄惨なまでの戦い。
生き残った機動隊員達は皆恐怖をあらわに、その場から蜘蛛の子を散らすように我先に逃げ出していく。
それを呆然と見ながら、緑の怪人は相沢祐一の姿へと戻っていく。
彼の姿もスタカトの血に濡れていた。
はっと彼は香里のことを思い出す。慌てて振り返り、倒れている香里に駆け寄る祐一。
「香里、大丈夫か!?」
大きい声で呼びかけるが、彼女は答えない。
血の気のない顔、閉じられた目、ぐったりとした身体、上下することのない胸。
「香里・・・?」
祐一は呆然とした表情で香里の顔を見る。
「おい・・冗談だろ?そう言う嘘はお前らしくないぞ・・・なぁ、香里・・・香里ぃっ!!」
ぐったりとした香里を抱き上げ、祐一は大声で泣いた。
守ることが出来なかった。
助けることが出来なかった。
あんな力を持ちつつも、香里をあの怪物の魔の手から救うことが出来なかった。
「うあああああっ!!」
天を仰いで祐一が泣き叫ぶ。
空はもう暗くなってきていた。

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