「えーと……このデータだと、反応値が低いから……」
「じゃあ、出力を?」
「ううん、それはプログラムで調整しないといけないから……」

『プログラムKEY』の研究・開発の為に宛がわれた一つの廃墟……その中の一室。
室内で交わされている会話を耳にしながら、名雪はノックした。

「はい、どうぞなの」
「失礼します」

返事を受けて、名雪は中に入る。
室内には、パソコンにデータを打ち込んでいると思しきことみと、その画面を覗き込んでいる紫雲、その付き添いの美凪、他ことみの助手として数人がいた。

「おはようございます、皆さん」
「おはよう、なの」
「水瀬さん、おはよう」
「草薙君と美凪さんがいるとは思わなかったよ」
「今日は研究に協力する日だったからね。
 まあ、僕のやることはもう殆ど終わったけど。
 流石に手際がいいね、一ノ瀬さんは。というか、此処にいる皆だけど」
「命さんのご指導ご鞭撻のお陰なの」

ことみの言葉で微かに場が落ち込む。

命。フルネームは草薙命。
紫雲の姉であり、パーゼストや『プログラムKEY』の開発研究者だった女性。
彼女は、一年前の決戦の中で命を落としていた。

「……そうですよ。命さんのお陰ですよ」
「俺達、尊敬してましたから……」
「……ありがとうございます。姉貴は……きっと喜んでます」

ことみや彼女の助手をしていた面々に、心からの笑顔を向けて答える紫雲。
だが、その後ややオーバーリアクション風味に額に指を当てながら、うーん、と唸った。

「まあ、あの姉貴だから、素直じゃない喜び方になるだろうけどね。
 それか凄まじく偉そうに喜ぶか」
「……私もそんな気がするの」
「うーん、否定できない、かな」

そうして、皆が苦笑していた時。

「……っ! この感覚は!!」

紫雲が半ば叫ぶような声を上げ、窓を睨み付ける……と同時に、外から緊急招集用のサイレンが鳴り響いた。
それから間を置かず、ドンドンドンッと、騒がしいを通り越して大き過ぎる程の音でドアがノックされ、開く。

「水瀬はいるかっ!!?」
「北川君……! どうしたの?!」
「草薙もいたのか……! 丁度よかった……」
「一体、何が……?!」
「パーゼストの大群が、こっちに来る……!」

息を乱しながらの北川の言葉に、その場の全員は驚きの感情を露にした。








サイレンが鳴り響いて、数分後。

『街』の防衛線手前にパーゼストの群れが整然と並んでいた。
その数、おそらく百体以上。

攻撃しようにもレジスタンス達の武装の射程距離ギリギリ外に居る為、攻撃手段が無かった。
そして、迂闊に仕掛ければ敗れるのは自分達である事を彼らは知っていた。

だが。
知っていても、抑えられないものもある。

「ぅ……うう……っ、うあああああああっ!!」
「あああああっ!!」
「馬鹿っ!! 止まれ!!」

パーゼストは、此処にいる人間達にとって仇。
その感情を抑える事など、できない。

その感情を露にしたレジスタンスの一部が、銃を構えながら駆け出す。
標的は……パーゼスト達の前に立つ、指揮者と思しき人間二人。

(死ね……!!)

レジスタンスの一人が感情のままに銃を構えた時。

閃光が、奔った。

「な……?!」

呆然とした。
標的の一人の姿が、変わっていた。
その姿は……彼らが知る者に酷似していた。

そして、思い当たる。

白と黒で構成された生体装甲。
エグザイルよりも一回り大きな、生体爆弾にもなる肩当。
昆虫の複眼の形状をしたオレンジ色の双眸。
頭部にはエグザイルに似た二本の『触角』。

人類の裏切り者。
仮面ライダーアームズ……折原浩平の事に。

「……っ!??」

その思考の最中、アームズの姿が消える。

「上かっ!!」

即座に判断して、銃を上に撃つ。
だが。

「ご名答。
 でも、遅い。そして無駄だ」

あっさり彼らの頭上を飛び越えたアームズは電光の動きで、二人を気絶させた。
三つのベルトの内、アームズのベルト・その変身形態はもっとも鈍重なのだが、それでも人間では全く相手にならなかった。
残り一人もあっさり腕を取って、関節を極め、動きを封じた。

「畜生、畜生……!! 殺してやる……!!」
「……そう死に急ぐなよ。
 俺としては、アンタらをむやみやたらに殺したいわけじゃない」
「黙れ! 裏切り者が……!!」
「はいはい、聞き飽きたよ。
 俺は確かに裏切り者さ。その謗りは一生きっちり受けてやる。
 だから、今は下がっとけ」

そうして数人をいとも簡単に鎮圧したアームズは、最初に腕を極めた奴を、ついで残りの数人をレジスタンス側に放り投げて、声を張り上げた。

「ま、言わなくても来るだろうが……出て来い! いるんだろうが!!」

辺り一帯静かで、普通に話しただけでそれなりの距離に届きそうだったアームズの声は、案の定必要以上に遠くまで響き渡った。

それが誰に対しての呼び掛けなのか。
……それはすぐに分かる事となる。

「……来たか」

バイクの排気音が遠くから響く。
隠れて様子を伺うレジスタンスや近くに住む人々を通り過ぎ……アームズの前で停止しバイクのライダーは、ヘルメットを外す。

「……折原君」

ライダー……紫雲は、近くに立つ人間の存在を認めて、呻く様に呟いた。
対して、アームズは極めて軽い調子で手を上げて、挨拶を送った。

「よう、久しぶりだな、草薙。
 お前とは中々鉢合わせないから、どうしてるかと思ってたぜ」
「……用件は何だ?」
「ったく、相変わらずつれないねお前は。
 用事が何かって? お前を殺す事に決まってるだろ」

その言葉に、辺りの空気がざわつく。
と、そこにもう一台バイクの排気音が響き、紫雲のやや後方に停まった。

「草薙君っ!」
「草薙!」

北川が駆るバイク……かつて祐一が愛用していたバイク……から対パーゼスト用の拳銃を手にした名雪が降り立つ。
同様に北川もバイクに乗ったまま、拳銃を構えた。

名雪の立場としては、本来・通常なら『会議室』で指揮すべきなのだろう。
が……今回の非常事態に限り、現場の混乱を考慮して前線に出ざるを得ないと判断したのだ。

そんな二人を視界に入れると、浩平は紫雲にしたものと同じ様に軽く手を上げた。

「よう、水瀬。
 今はお前がリーダーなんだってな?
 じゃあ、お前に話を通した方がよさそうだ」
「何?」
「今日は、草薙を倒しにきた。
 後ろのパーゼスト連中は見物人さ。
 草薙以外の奴が余計な事をしないためのな」
「つまり、なんだよ?」
「ライダー同士のタイマンって事だ。その方がお前らもいいだろ?」
 
浩平の言葉を、名雪は吟味した。

この数を相手取る事は、決して不可能ではないだろう。
しかしそれは、しかるべき戦略、しかるべき装備をフルに活用すればの話。
現状で戦えば、良くて相打ち、悪ければ全滅しかねない。

逆に紫雲が勝ちさえすれば、アームズのベルトを手に入れる事が出来るだろう。

「……水瀬さん」

同じ事を考えていたのだろう紫雲に、名雪は頷く。
そうして、浩平に告げた。

「分かったよ。その代わり」
「勿論約束は護る。
 勝負の結果はさておき、終わったら俺らは帰る。勿論何もしない。
 今日のところは、だがな」
「……了承するよ。草薙君、ごめん。お願いできる……?」
「問題ないよ。水瀬さん、気にしないで」
「草薙、頼むぜ」
「うん。危ないから、下がってて」

二人が下がるのを確認して、紫雲はバイクから降り、アームズと対峙した。

「……強気だね。君的には皆いっぺんに襲い掛かった方がいいだろうに」
「でもないけどな。……まあ、せめてもの義理だ」
「……」

無言の紫雲の腹部にベルトが浮かび上がる。
そうして、ベルトの鍵に紫雲が手を掛けた時だった。

「待て」

紫雲を、というか戦闘開始を静止したのは、黒いフードを目深に被ったコートを着た人物。
背格好や体付き、歩き方から、男だと紫雲は判別した。

「俺がやる」

押し込めた様な低い声で『彼』が言う。
それに浩平は、んー、と不満そうな声を上げた。

「やれるのかよ?」
「それを証明するために、やる」
「ったく。……草薙、いいか?」
「出来れば、君と戦いたいんだが」
「ああ、ベルトの事か。だったら、心配は要らないぜ。
 ……みせてやったらどうだ?」

一歩進み出た『彼』は、コートの前をはだけさせる。

男の腰には『ベルト』が巻かれていた。
それを見て、紫雲は驚きに眼を見開かざるを得なかった。

「そのベルトは……!!」

それは、三つのベルトの最後の一つ。
相沢祐一が使用し、彼共々所在が不明になっていたもの。

「そっちが持っていたのか……!!」
「まあ、そうだな。
 こちらには俺以外に適性者も居ないから持て余してたんだが……先日、現れてな」
「相沢君は、どうしたっ……!?」
「さてな。俺は知らん」
「っ……まさか………?!」

いや、そんな筈は無い。それは有り得ないだろう。
自身の中に浮かんだ可能性を否定して、紫雲はその男に向き直った。

「……ベルトを渡してくれ。
 そうしてくれたなら、戦わずに済む」
「寝言を言うな」

感情を殺した声だが、戦う意志は十二分。
自身の中に浮かんだ可能性はさておくとして、戦いは避けられないようだ。

「……」
「……」

間合いを計るように、ジリジリと横に移動していく両者。
その間、一時の隙も見逃さんとする、ピリピリとした殺気じみた気配を昂じていく。

それが限界に達した、その時。

「……変身っ!」
「変身」

紫の閃光を纏う、仮面ライダーエグザイル。
紅の閃光を纏う、仮面ライダーカノン。

二人の仮面ライダーの戦いが、始まった。






「……?」

名雪は、男の声に聞き覚えがあるような気がした。
だが、そんな筈はないと首を振って、北川同様再び戦いに意識を向けていった。

その自分の思考が、紫雲も考えた可能性だと知る由も無く。



 


「はっ!!」
「ふっ!!」

鋭い息遣いと共に、二人同時にアスファルトを蹴る。
だが、予定通りに相手に到達したのは、片方のみだった。

「チ!!」

二歩分速く踏み込んだエグザイルの右フックを、カノンは急ブレーキ&上体のスライドで辛うじて回避する。
が、そこに右フックの動きを反動とした、中段軌道の回し蹴りが炸裂した。

「く……!」

反射的にガードしたカノンは、蹴りの威力をもろで受け、立った状態のまま地面を擦りつつ、流された。
それにより、自然エグザイルとの距離が出来る。

基本スペックにおいて、エグザイルはカノンを僅かに上回る。
それは変身する人間の能力次第で埋める事が出来るのだが……

(……おそらく、身体能力では僕が上回る……!)

そうである限り、現在の所は自身が有利。
今の立合いからそう判断したエグザイルは、さらなる追撃を仕掛けるべく、一足飛びに距離を詰めた。

「ふん……っ」

だが、敵もさるもの。
そのエグザイルの動きを予測していたらしく、自らも踏み出す事で一気にエグザイルの懐に入り込んだ。
そして、拳には生体エネルギーを収束させた赤い輝きが灯っている……!!

「……!!」

刹那、バヂッ、と何かが爆ぜる音が響き、両者とも弾き飛ばされる。

「痛っ……!」
「く、ぅ……!!」

二人はそれぞれの方法で、空中で体勢を整え、地面に着地する。
一見痛み分けだが……負ったダメージの深さに差があった。

「……」
「ち……」

割合すぐに立ち上がったカノンに対し、エグザイルは膝を地面につけたまま立ち上がれないでいた。
跪いたまま肩を抑えているエグザイルに、カノンは言った。

「あの体勢でよくもその程度で済んだな」
「……それなりに鍛えてるからね」

あの瞬間。
閃光を纏った拳を真正面から受ける状態だったエグザイルは、瞬時に生体エネルギーを右拳に収束、横合いから力任せに叩き落とした。
とは言え、その体勢では完全に受け流す事は出来ず、肩に掠らせる事になったのだが……

「だが、肉体的にパーゼストであるアンタにとって『ライダー』の生体エネルギーは害悪の筈だ。
 アンタ自身が生み出すものには耐性はあっても、波長の違うエネルギーはアンタにとっては致命的なダメージとなる」

そう。
パーゼストになった紫雲の肉体は身体能力その他が並みの人間とは比べ物にならないほど高くなっているのだが、
反面で変身の要であり、『ライダー』がパーゼストアンチプログラムたる所以である『反因子結晶体』……鍵に嵌った宝玉の事……と、変身者の作用により生み出される生体エネルギーには打たれ弱くなっている。

つまり、パーゼストがそうであるように、紫雲にとっても『ライダー』は天敵なのだ。
勿論、紫雲は反因子結晶体を体内に持っているので、それなりの耐性はあるのだが、あくまでそれなりでしかない。

それを証するように、エグザイルの肩部分には大き過ぎる亀裂が入っていた。

「カノンとエグザイルはともに近接戦闘型……戦闘の際の接触は当たり前だ。
 その中に収束技を上手く盛り込んでいけばどうなるか……分からないアンタではないだろう。
 そして、こちらにはそちらにない武装がある」

そう呟き、ベルトの鍵を外したカノンは、自身のベルトのサイドに取り付けていた『剣の鞘』を取り出し、差し込んだ。
すると、赤い光の刃が柄から伸び、閃光の剣を構成する。

スカーレットエッジ。
蓄積してあるカノンの生体エネルギーを高密度に収束し刃と成す武器。

「これで、リーチの差も大きくなった」
「……それで?」
「分からないのか? アンタの敗北が濃厚になった事が」
「そんな事はない。むしろ、逆だ」
「……ふん……っ!」

エグザイルの言葉を鼻で笑うようにして、カノンが駆ける。
それに対し、エグザイルは肩を押えたまま、立ち上がる。

「っ!」

裂帛の気合と共に振り下ろされる刃。
だが。

「………!」

エグザイルは、文字通りの紙一重で身を逸らし、それを回避する。
カノンは続け様に斬撃と格闘を織り交ぜて繰り出すが……

「くっ!」
「……」

エグザイルは全ての攻撃を回避していく。
後一歩で当たるという一撃の流れを、紙一重で避ける。

剣の動きというものは、鞭などの特殊な武器とは違い、『直線的』だ。
通常の剣の範疇内にある用途しか使えないなら、型や動きは自ずと限定される。
つまり、剣を交えたカノンの攻撃は逆効果。
いかに格闘を織り交ぜようとも、剣を使う事を意識する限り、動きはどうしても『直線』になる。
相手の動きを見切り、受け流す戦闘を主体とする紫雲には見切られやすいのだ。

「っ!!」

回避され続ける事に焦りを覚えたのか、カノンは一歩分を越えようと半ば無意識に余分な力を込める。

……その瞬間。

「フッ……!!」

鋭い息を吐いて。
エグザイルが全神経、全瞬発力を爆発させた。
斬撃を内側に入り込むように回避し、その軌跡が眼に残る間に手刀を剣を持つ手に叩き込む……!

結果、スカーレットエッジはカノンの手を離れ、大きく弾き飛ばされる。

カノンは即座徒手空拳の構えに移行するが、刹那の差でエグザイルが速い。
閃光を纏ったエグザイルの拳が、カノンの胸板を捉えた。

「ぐ……うっ!!」

カノンは自ら後方に飛んでダメージを軽減しようとするも、不完全なまま宙を舞い……崩れたビルの壁に叩きつけられた。
その際の衝撃でベルトが外れ、変身が解除される。
そして、その人物はズルズルと壁に沿うように地面に落ちた。

「……はぁ、はぁ、はぁ……」

エグザイルは乱れた息をそのままに、カノンに変身していた人物に歩み寄る。

……実際の所、エグザイルはかなり消耗していた。

紙一重で回避しているように見えていたが、実際には紙一枚分を回避しきれていなかった。
鋭すぎる斬撃が、実際の刃よりも遠くに斬撃を届かせていたのだ。
カノンに変身していた人間の技量は、紫雲の見立てよりも遥かに高かったのである。

紙一重の勝利……そう語る事さえ紙一重な勝利、と言うべきだろうか。

(いや、まだだ……)

ベルトを回収して、無力化するまで勝負は決していない。
そう意識して、紫雲はその人物の傍に近づいた。

『彼』は自立できない人形のように壁に寄りかかり、座り込む形で意識を失っている。
変身が解けた拍子か、被っていたフードは取れていた。

少しばかり素顔が気になる紫雲だったが、先にベルトの回収をすべきだとベルトに手を伸ばす。

その時だった。

「かかったな」
「……!!」

その声と共に『彼』が顔を上げる。

そして………『それ』が起こった。

「な……!!!!!」

貫いていた。

スカーレットエッジが。

仮面ライダーエグザイルの、胸の真ん中を。

「馬鹿、な……??!!」
「引っ掛かってくれたな。
 正直、中々ギリギリだったんだが」

全ては、カノンの策略だった。

当てられない事への焦り。
剣や自身の弾き飛ばされる方向の操作。
そして、紫雲の油断。

実際の所は、策を弄するまでもなく斬撃と打撃のコンビネーションでいけると思っていた。
策略は保険でしかなかった。
だが、紫雲の、仮面ライダーエグザイルの能力は、彼の想定を超えていた。

「大したものだな。褒めておく」
「……」

だが、紫雲は他の事に意識が行っていた。
反応が遅れたのも、そのせいだった。

それは……『彼』の素顔。

「君は……」

フードに隠されていた、その顔は。







「祐一っ……!!!!???」

名雪が、叫ぶ。
その信じられない現実を前に。







「く……う」

エネルギー残量の関係か、やや光が薄くなっていたスカーレットエッジが身体から離れ、エグザイルはフラフラと後ずさる。
傷と動揺で、その視界は鮮明であるにもかかわらず、ぼやけていた。
『彼』がスカーレットエッジをベルトに戻す動作もいまいち把握できない。
そして、次の動作に入る様も。

「おい……隙だらけだぜ草薙……!」
「……!!」

静かな、それでいて圧迫感のあるその声は、戦いを見続けていたアームズのものだった。

顔を上げた、次の瞬間。
エグザイルの腹部は、再変身した直後のカノンの腕に駄目押しとばかりに貫かれていた。

「これで、終わりだ」
「ご、ふっ……」

腕を引き抜かれ、血を吐きながらもエグザイルは何とか倒れまいと懸命に力を振り縛り、跪く。
カノンの前に跪くエグザイルの姿は……否が応でも勝者と敗者を連想させた。

しかし。

「っ……!」

エグザイルの眼が、輝く。

「!?」
「……せめて、これは……!!」

最後の力を振り絞り。
エグザイルは、カノンのベルトを掴む。

「返してもらう……!! は、ああああああっ!!」

叫びと共に、全精力を吐き出して。
空いた腕で拳を叩き込み。
エグザイルはベルトをカノンから引き剥がし……遠くへと放り投げた。

「ふ……前にも、こんな事あったな……相沢君……」
「!! 貴様……っ」

変身が解除された『彼』は憤怒の感情を露にする。

「……っ」

その表情を見たエグザイルは、仮面の奥で笑みを浮かべた。

そして、地面に倒れ付した。







「……」

名雪は、分からなくなっていた。
今、眼前で起こった全ての出来事の意味が。

だから、呆然と佇んでいた。

祐一の顔をした誰か。
祐一かもしれない誰か。

その誰かが、紫雲を。

そんな馬鹿な事はない。
ありえるはずがない。

そうして、名雪は呆けていた。
ガタガタと、その身体を震わせて。

だが。

「紫雲さんっ!!!」

聞き覚えのある声に、視線を向ける。
そこには、何時の間にこの場にやってきていたのだろう、紫雲に向かって駆け出す遠野美凪の姿。

「草薙!!」

同様に駆け出す北川潤の姿。

その二人を見て、我に返る。

そう。
今は……!!

「皆……! 誰でもいいから、医療班を召集して!!」

名雪は声を張り上げた。
大切な友人の命を救うために。

「身体がパーゼストだからとか、関係ない……!!
 草薙君が戦ったのは、皆のためなんだよ……!!
 だから!!!」

だが。

「無駄だ。
 もう、この男は死ぬ。確実にな」

それをあの男が否定する。
最愛の人間の顔をしている誰かが、否定する。

「ゆうい、ぐ……」

もう一度その名前を口にすれば、大切な事が崩れ去りそうで。
名雪は懸命に堪え、ただ疑問を口にした。

「なんで、なんで、こんな事を……!!」
「それが俺の存在意義だからだ。
 まあ、そんな事はお前には関係ないだろうがな、水瀬名雪。
 今お前がすべき事は、アイツが投げたベルトを持ってくる事だ。
 でなければ……」

次の瞬間。
そう言い掛けた『彼』の身体が揺れて、地面に倒れた。

アームズの拳によって。

「お前……?」
「おい、俺に恥をかかせる気か?
 俺は勝負の結果はどうあれ、終わったら帰ると言っただろうが」

そう言うと、浩平は名雪に向けて告げた。

「……今日の所は、この辺にしておく。精々草薙の死を悼む事だ」
「おい。ベルトはどうするんだ」
「俺は……今、機嫌が悪いんだよ。死にたくなけりゃ黙って帰れ」
「しかし……」
「殺されたいのか?」
「……」

本気としか取れない浩平の言葉に『彼』はただ押し黙り、自身のバイクに向かわざるを得なかった。
それを見届けたアームズは変身を解除し、自身もバイクに向かう。

「馬鹿が……」

苦虫を噛み潰した……いや、その万倍の不快感を形にした顔を隠すようにメットを被る。

そうして、浩平を乗せたサイドカーは走り出し。

『彼』やパーゼストも、姿を消していった。








「草薙君!!!」

医療班の手配を済ませた名雪が駆け寄った時。

エグザイルは既に……限界に達しつつあった。

「く、あ……しくじったな……水瀬さん、北川君、すまない……」
「いいんだよ! そんな事はどうでも!!」
「そうだよ……すぐにお医者さんが来るから……!!」
「……せめて、これは返すよ」

そう呟くと、エグザイルは変身を解除し、ベルトを外した。
かつて、取り外しが不可能だったベルトは、プログラム修正により、紫雲の意思が伴った場合にそれを可能にしていたのだ。

「ことみちゃんに、渡して……上手く活用してくれ……
 それから、水瀬さん……」

紫雲は少し身体を起き上がらせて、名雪に耳打ちした。

「……え?」
「確証はないけど……そういう、事、だから……
 出来れば、もう一度……平和な世界を見てみたかった、けど……」

そう呟き、微笑む。
その眼は、もう何も捉えていない。

そして、その身体は少しずつ原形をとどめなくなっていく……

「紫雲さん……っ!」

美凪が懸命に握る手も……解け消えていく。
それでも掴み取ろうと、美凪はあがいた。
だが、その手に残るもの、掴めるものは、無かった。

「……美凪さん……今まで、本当にありがとう。僕は……君の……事……」
「紫雲さん……紫雲さん……っ!!」

美凪の涙が一滴、紫雲の頬に落ちる。

「……ああ……あたたかいや……」

最後に。
そんな言葉を残して。

草薙紫雲は、笑顔と共に光の粒になって、消えていった。

人々の為に戦い抜いた男は……何一つ残す事無く消えていった。











「なに? ベルトを紛失しただと?」

パーゼスト達を指揮する存在が支配するビル……その最上階の一室。
今日の顛末……報告を浩平から聞き終えて『鷹』は言った。

「ああ。
 草薙を倒したのはコイツだが、最後にドジ踏んでな」
「……」

浩平の言葉に、『彼』は何か言いたげな視線を送るが、結局何も語らなかった。
自身がドジを踏んだのは事実だったからだ。

「うむ……まあ、いいだろう。
 あの仮面ライダーを処分できた功績に比べれば些細な事だ。
 ベルトは今からでも適当な部隊に回収に向かわせればいいしな。……すぐに手配しろ」
「はい」

傍に控えていた女性……人間である……は、『鷹』の言葉を受け、一言簡潔に呟くと部屋を後にした。

「できれば、パーゼストの秘書が欲しいんだがな」
「無茶を言うなよ。
 今のところ、アンタら高位パーゼスト以外は次の段階に進んじゃいないんだろうが。
 確か……今はフェイズWだったか?」
「ほう? やけに詳しいな」
「当たり前だろうが。
 アンタらの種のある程度の完成と定着……それが『完全な治療の条件』なんだからな」
「そうだったな。
 その為に、お前はかつての仲間を裏切ったんだしな」
「……フン。所で……もう用は無いだろ?」
「そうだな、下がっていい。ああ、そうそうお前」
「なんだ?」

呼び止められた『彼』が振り返る。

「今回の戦績を見込んで、今度来る最新のベルトはお前に使わせてやろう」
「……感謝する」
「精々、力を示す事だ。
 それがお前の存在意義、お前が生きていい理由なんだからな」
 
その言葉を最後に耳に入れ、二人はその部屋を出た。

「……なあ、アンタ」
「なんだ?」

部屋を出て暫し。
『彼』は、ずっと考えていた事を浩平に尋ねた。

「なんであの時すぐにベルトを探さなかった?」
「お前な。
 あの状況でベルトを探すなんて間抜け以外の何者でもないだろうが」
「だったら配下のパーゼストにでも探させればよかったんじゃないのか?」
「それも面倒だったんだよ」
「……嘘をつけ。アレはあの男への……」
「だったら、なんだ?」

言葉に殺気を滲ませて、浩平は言った。

「この状況で多少の力が向こうにあった所で、人間がパーゼストに勝てると思うのか?
 だから、俺やお前がどう思おうが、あの行動には結果として意味は無い」
「……」
「俺やお前は、精々自分の心配をしてりゃあいいんだよ。
 それが裏切り者の成すべき事だからな」







『彼』と別れた浩平は、エレベーターで降りていく。
その目的地は一階……出口ではない。

彼の目的地は地下……『レクイエム』の予備の研究室。
人類を裏切った見返りに浩平に与えられたモノ。
その最奥部には、彼にとっての全てが『居る』。

薄暗い部屋の奥。
ぼんやりと光る『水槽』があった。

その細長い『水槽』は……カプセルだった。
中には……一糸纏わぬ姿の女性が、ゆらゆらと揺らめいていた。

彼女は仮死……植物状態だった。
殆ど死んでいる状態をかろうじて維持している。
いつか目覚めるときまで、それは続けられる予定になっていた。

「……瑞佳」

女性の名前を呼ぶ浩平の表情は、裏切り者や戦士ではない。

何処にでもいる普通の青年。
普通の青年が、苦しんでいる顔だった。

「今日は……草薙が、死んだよ。
 俺が殺したようなもんだ。
 でも、あんな奴に殺されるなんて、思ってなかったんだ。
 せめて、俺が殺すつもりだったのに……」
「……」
「なんにせよ、お前はきっと、俺を責めるだろうな。怒るだろうな。絶交するだろうな」
「……」
「でも、それでいい。
 ただ……一声聞ければ、それでいい。
 拒絶でも罵倒でも構わない。
 その為なら、俺は誰にだって従うし、誰だって殺す」
「……」
「あと、もう少しだ」

彼女は、何も答えない。
ただユラユラと揺れ続けるだけだった。

 








その頃。
すっかり日が落ちた『街』では今日の事件についての緊急会議が終わり、皆がそれぞれの仕事に取り掛かっていた。

「……遠野さんは……?」
「今は、泣き疲れて寝てるみたいだよ……」

自分達の仕事の途中、名雪と北川は美凪の様子を見に来ていた。
今朝まで紫雲が生活していた雑居ビルに。

「そっか……無理も無いよな……
 俺達の中じゃ、草薙と一番縁が深いのは遠野さんだしな……」

仮面ライダーエグザイルこと草薙紫雲の死。
それは、この『街』にとって大きすぎる出来事だった。
そして、彼と親しかった人間達にとっては、大きすぎて。

「……なあ、水瀬……俺……なんか、アイツまだ生きてるかもって思っちまうんだ。
 あんな、綺麗な消え方されちゃ……くそ……っ」
「…………うん……私も……………そう、思っちゃうよ……」

二人にとって紫雲は、友人であり、かけがえのない戦友だった。
そんな人物が……もう、いない。
その重さは、重さと理解できないほどに、重かった。

「でも……草薙君は、もういない」
「ああ」
「私達は……草薙君の分まで、やるべき事がたくさんある」
「ああ」
「残酷だね、私達……友達が死んだのに……」
「それでも、俺達は……やる事やらないとな。
 月並みかもしんないが……草薙の為に出来る事はそれしかないんだしな」
「そう、だね」
「とりあえず、今は……カノンのベルトを捜さないとな」

そう。
二人は今、その為に歩いていた。

「やっぱり、クリムゾンハウンドでも見つけられないの?」
「ああ……パーゼストかレクイエムの連中が何か細工したのかもな」

かつて祐一が乗っていたバイク……クリムゾンハウンドにはパーゼストやベルト(厳密に言えば反因子結晶体)を探知する機能が装備されている。
そこで北川はクリムゾンハウンドを持ち出してきて(というか名雪から預かって普段愛用しているのだが)みたのだが、全く反応がなかった。

「じゃあ、自分達で見つけないといけないね」
「……言いたくないが、草薙ももう少し手加減して投げてくれよなぁ……」
「うーん……でも、近くに投げたらすぐに取り返されてたかもしれないよ?」
「う、確かに。
 まあ、なんにしても、パーゼストが回収しに来るかもしれないから急がないとな」

役に立ちそうにないクリムゾンハウンドをとりあえず停車して、二人は辺りの探索に向かった。








そうして、ベルトを捜しているのは名雪達だけではなかった。







「……戦ってたのがあの辺で、飛んでったのはこの方向で……だったら、多分この辺りだと思うんだが……」

『街』がかろうじて確保した電気が、僅かな数の電灯をつける下……岡崎朋也は、額に滲む汗を拭いながら呟いた。

「見つかりましたか?」
「いや、見つからない」

渚に答えながらも、探す事を続行する。

そう。
カノンのベルトを。

二人は今日の出来事を人伝に聞いて、自発的にベルトを探していた。
見つけ次第、レジスタンスの『本部』に持っていくつもりで。

「しかし……大変な事になったな……」
「大変というより……悲しい事です」

渚には紫雲との直接の面識は無い。
だが、仮面ライダーエグザイルが人々を護る為に奮闘していた事を、渚は名雪から聞いていた。
そして、渚は伝え聞いた事を、かつて家から動けない状態だった朋也に話して聞かせていた。

だから、なのか。
二人にとって仮面ライダーエグザイルの死は、単純な他人事と思えなかった。

「そうだな。せめて、見つけてやらないとな……」
「はい」
「じゃあ、俺はそっち探すから」

だからこそ、せめて。
そんな思いで二人はベルトを探していたのだ。

そんな最中。

「渚ちゃん」
「名雪さん……それから」
「北川だよ。会うのは二回目かな渚ちゃん」

北川と共にベルトを探していた名雪に渚は遭遇した。

「こんなところで何をしてるの?」
「その、あのベルトを探してるんです。
 あの人にずっと護ってもらっていた私達が出来る事なんて、他に無いですから」
「……草薙君もきっと喜ぶよ。でも、もう夜遅いし……」

もう帰った方がいい……名雪がそう言い掛けた時。

「おい渚!! こっちだ!! あったぞっ!」
「え……?」

その声に、名雪は既視感を覚えた。
今日、『彼』の声を聞いた時と同じ、既視感を。

そして、思い出す。
死に際の……紫雲の言葉を。

『あれは、相沢君じゃない』

何を根拠に彼がそう言ったのか、それは分からない。
ただ、草薙紫雲は適当な事を言う様な人物じゃない。
であれば……この声の主こそが……

「……っ」

名雪は首を小さく横に振った。
そんな筈はないという思いと、自分勝手な考えを否定するために。

(草薙君が死んでしまったばかりだって言うのに……)

自分の事しか考えてない事に罪悪感を覚えながら、名雪は尋ねた。

「今の声は、誰? 渚ちゃんと一緒に住んでる人?」
「あ、はい。一緒にベルトを探してくれてたんです」
「って事は……今のはベルトが見つかったのか?!」
「はい、だと思います」
「おっしゃ、これでこれからに光が見えてきたぜ……!
 じゃあ、折角だから現物かどうか確認させてもらおうぜ、水瀬」
「そうだね」

そう話して、三人が声のした方に歩き出そうとした矢先、その方向から一人の青年が姿を現した。

「おいおい、呼んでるのになんで……って、アンタら誰?」
「この人はですね、レジスタンスのリーダーさんの水瀬名雪さんです。
 お隣は、北川さんです。北川さんもレジスタンスで……あの?」
「……」
「……」

名雪と北川は言葉を失っていた。
その青年の顔を見て、失わざるを得なかった。

『この顔』に会うのは、今日二度目。
そして、『この顔』はいない筈の人間の顔。

一体何がどうなっているのか。
二人は混乱の極みにあった。
彼が手にしているベルトよりも、『彼』の顔に意識が向いていた。

「え? 俺の顔に何かついてる?」
「祐、一……?」

そう。
彼の顔は……相沢祐一そのものだった。

「は? いや、俺の名前は岡崎朋也……」

そう言い掛けた瞬間。
朋也の脳裏に、感覚が走った。

(すぐ、近く……??)

ベルトを持った者特有の『パーゼストの害意を察知する感覚』は、そう知らせていた。
すぐ傍にソイツらは潜んでいると……!

「危ないっ!!」
「え? きゃっ!??」

朋也は咄嗟に名雪と渚を押し倒した。
その事について、北川が何かを言おうとする前に。

名雪がいた場所に、ソレが降り立った。

「hvfyufgtffty……」
「!!! パーゼスト……?!! なんで既に街の中に……??」

そう北川が口にした瞬間に、サイレンが鳴り出した。

突然の襲撃に動揺する北川は、クリムゾンハウンドにも搭載され、レジスタンス本部にもある『パーゼスト探査システム』の基本を忘れていた。

システムは、パーゼストの人間への『害意』が一定レベルになった時点でパーゼストを探知する。
逆に言えば、それ以外の場合は探知が出来ないのだ。

彼らには『害意』が無かった。
彼らがプログラムに受けた命令は、彼らにとって不快感のする物……反因子結晶体の回収だけだったから。

そう。
それを人間に所持されてしまった、今この瞬間までは。

「gyyyguygu」
「……terffkuk」
「まだ出てきた……!! おい、相沢変身しろ! さもなくばベルトを寄越せ!!」
「は? だから、俺は相沢じゃ……」
「ああ、もう、なんでもいいからベルトをつけて鍵をまわ……ぐあっ!!」

名雪や渚共々起き上がったばかりの朋也に詰め寄ろうとした北川が、パーゼストの一体に簡単に投げ飛ばされた。

「北川君っ!!!?」
「く……う」

当たり所が悪かったのか、意識こそあるものの北川は起き上がれなくなっているようだった。
そんな北川には目もくれず、三体のパーゼストはジリジリと三人に……いや、ベルトに近づいていく……!!

「huhuuhhmn」
「huuihihihuiuhiihi」
「trreserstytd……」

人間には理解し得ない何かを呟きながら、パーゼストが迫る。

「く……」

名雪は持っていた拳銃を構える。
せめて、二人を逃がそうと、油断無くパーゼストを見据えた。

そんな名雪の姿を見て。

「……違う」

朋也は、ポツリ、と呟いた。

「岡崎、くん?」

渚の声が聞こえるが、今の朋也には耳に入らない。
彼の中には、猛烈なまでの違和感が溢れていた。

「これは、違う、違う、これじゃ、駄目なんだ……!」

護られるんじゃ、駄目だ。
護られては、いけない。

「……俺は……」

そう。護りたい。
護られるんじゃなくて、護りたいんだ。

だから……!!

「え……?」
「俺は……!!!」

北川の言葉を思い出しながらか。
あるいは、何か、別の所から湧き出る記憶からか。

朋也は……ベルトを装着し、鍵を挿し……廻し、叫んだ……!!

「変…………身っ!!!」
「!!」
「!!」

赤い閃光が、夜の闇を切り裂いて、奔る。
そして、朋也の身体を包み込み……『変わった』。

「……」

朋也は、自分の手を見た。

変わっている。
変身している。

黒い身体を走る、紅のライン。
右肩の突起物からは一枚の赤いマフラーがたなびいている。
炎を宿したような赤い複眼。
天を指す、二本のアンテナ。

そして、その名前は……閃光と共に脳裏に流れ込んでいた。

「俺は、カノン。仮面ライダー……カノンだ」

仮面ライダー。
人を護る為の決意の名前。
少なくとも、朋也はそう考えていた。

その名を確認するように呟きながら……拳を形作ったカノンは、名雪と渚を護る為に前に進み出て、パーゼストと対峙した。

「guguguyugugmn……!」
「nbkjbkjb!!」

明らかな敵を認識した二体のパーゼストが同時にカノンに飛び掛る。
その動きに無駄はなく、鋭い。
だが。

「ハッ!!」

カノンの動きは、多少の迷いを含みながらもなお彼等よりも速かった。
一体の顔面に赤い閃光を灯した左拳を叩き込み、次いで右足のハイキックで、ジリジリと様子を見ていたもう一体の方に蹴り飛ばす。

生体エネルギーを帯びた拳を受けたパーゼストは、いともあっさりと無に帰る。
眼前で一連を見ていた名雪や渚でさえ一瞬何が起こったのか認識できない……それほどに速かった。

「……っ」

戦った事なんか、ない。
だから、戦い方なんか分からない筈。

だが、身体が勝手に動く。
まるで、そう使ってきたのが当たり前であるかのように。

そして、最後の動きもまた、当然の形として動作された。

「……はああああっ!!!」

重なった二体のパーゼストへと、迷い無く疾走する。
……スカーレットエッジを起動させながら。

ふおんっ。
鳴ったのは、そんな風の音。
二体のパーゼストを同時に切り裂いた、疾風の音。

カノンが行き過ぎて、数瞬後。

『gbvgjuygyuyuguyugguy!!!!!』

二体のパーゼストが、断末魔の叫びを上げ……弾け飛ぶ。

その後には。
彼らが倒れた証である光の粉が、夜の闇にキラキラと煌いていた。










その戦いの後。
レジスタンスの『会議室』に幾人かが集まっていた。
先刻の出来事の報告……その為に召集されたのである。

皆の視線は……一人の青年に向けられていた。

彼はぼんやりと首を微かに傾げながら、言った。

「相、沢?」
「そうだよ! お前は相沢祐一!!」

北川の荒い言葉が響く。
そのニュアンスとしては『ああ、もう、何でコイツは分からないかな』という所だろうか。

だが、それは彼……朋也も同じ事だった。

「俺は……岡崎朋也だよ。
 ちゃんと岡崎朋也として暮らしてきた記憶があるんだ。
 他人の空似だろ?」
「あー……くそ。
 あのなぁ。まあ、そりゃあ世の中には似た顔が三人いるって話だし、その可能性が無いでもないだろうさ。
 だが、今日、お前とそっくりな奴がもう一人出てきて、ソイツが草薙を……倒した、んだよ」

殺した、という言葉に躊躇いを覚えて、やや口篭りながら倒した、と言う北川。
紫雲の最後を思い出したのか、その顔には精彩が欠けていた。
それでも話を続けようと、北川は言葉を紡ぐ。
 
「なんつーか、そうなると俺らとしては向こうが偽者でお前が本物って考えたほうが辻褄があうっつーか、納得できるって言うか……」
「世の中には似た顔三人なんだろ?
 俺が最後の一人だって可能性はあるじゃないか」
「……その性格からして、相沢だって気がするけどな、俺は」
「知るかよ、んなこと」
「あ、あのな……」

流石に顔を引きつらせ始める北川。
周囲の人々も困惑していた。
ここにいる青年が『相沢祐一』の顔を持っている事を知る者、知らない者に関わり無く、この状況をどう収めるべきなのか分からずにいた。

そんな中で。

「いいよ、北川君」

名雪が、場を収めるような穏やかな声を上げた。

「水瀬……?」
「岡崎君、だったよね?
 もし良かったら、力を貸してくれないかな」

北川や皆の視線を受けながら、名雪は落ち着いた声音で自分の席に座ったまま祐一に話しかけた。

「……力を貸す?」
「うん。
 そのベルトは、使える人を選ぶの。
 厳密に言えば使うだけなら誰だって出来るけど、十二分に使いこなすには一定レベル以上の因子を保持してないといけないんだ」

『因子』。
それはパーゼストが自身の身体を構成するモノ。
人間や動植物も潜在的に持つ何か。

パーゼストは、動植物や人間の『因子』を活性化・利用する事で、人の身体をパーゼストと化す。

ベルトもまた、ある意味同じもの。
人間の『因子』を使い『ライダー』へと変化させる。

何故人間を始めとする動植物がその『因子』を持っているのか、などは謎……ではないが、一部の人間以外は知らないでいた。

「……そうなのか?」
「ああ。
 じゃ無きゃ俺が使ってるっての」

尋ねる朋也に、苦い顔の北川が答える。
……この場にいるレジスタンスの面々も同じ思いだった。

「それじゃベルトを有用活用できないから、高い因子を持ってるのが分かってる貴方に使って欲しいの」
「何でそんな事が分かるんだよ?」
「お前、別に今身体痛くなっていたりしてないだろ?」
「ああ、別に痛くもなんとも無いが……」
「ソレが証拠だよ」

北川は、かつて何度かカノンのベルトで変身した事がある。
その際に、因子のレベルが低い事から短時間しか変身できず、おまけに変身後は強制解除されるまでの時間に関係なく体中が激痛が走るというオマケつきという散々な目に遭ったのだ。
その過去を考慮すると、不機嫌な顔も当然と言えた。

「だから、もしよければ、力を貸して欲しい。
 勿論、命を危険にさらす事だから、無理強いをするつもりは無いけど……」
「……」
「あ、大丈夫だよ。
 いざって時は私が変身するから」
『は?!』

その名雪の発言に、全員の目が点になる。

「あれ、どうしたの皆?」
「いや、水瀬お前……」
「あ。私が高いレベルの因子保有者だって話してなかった?」
『聞いてない聞いてない』

その場の全員がパタパタと手を横に振る。
そんな様子を見て、名雪は、あはは、と苦笑した。

「えーと。
 まあ、そういう事だから、断ってくれても……」
「あのな。
 そういう事を聞かされちゃ、断るわけには行かないだろ」

名雪の言葉を遮って、朋也が言う。

「え?」
「アンタ、リーダーなんだろ。
 レジスタンスのリーダーが前面に立ち過ぎるのも問題だしな。
 って言うか、何よりだ。
 女の子を戦わせてぬくぬくとしてられるか」

やれやれ、と息を吐いて、朋也は決意を口にした。

「やるよ。
 どうせレジスタンスには参加するつもりだったんだ。
 俺でよければ、使ってくれ」
「……ありがとう」

そう言って、名雪は微笑みを浮かべる。
その顔を見て、朋也は言った。

「……なあ。
 俺が嫌ならそう言ってくれていいぞ?」
「え?」
「いや、なんかきつそうつーか、辛そうな顔してたから」
「……え? う、ううん。そんな事無いよ。
 岡崎君が良ければ、お願いするよ」
「なら、いいけどな。
 あー……なら、その前に断っておきたい奴がいるんだが」
「渚ちゃん、だね。うん、了承。
 これからの詳しい事は明日話すから、今日はもう行っていいよ」
「サンキュ。じゃあ、俺は失礼するよ」
「うん、それじゃあ明日ね、岡崎君」
「朋也でいい。……じゃあな」

そう言って。
朋也は周囲の視線も何のそので、『会議室』を後にした。

「……じゃあ、彼の事のこれからの行動などについては明日決めます。
 もし何かアイデアがあれば、宜しくお願いします。
 他、何かありますか?」

何も無いのか、それとも、何を言うべきか纏めきれずにいたのか。
ともあれ、挙手する者はおらず、緊急招集会議はそれでお開きとなった。

「……ふぅ……」

皆が去った後、自分の席に座ったままの名雪が息を吐いた。
疲れを含んだ少し重い息だった。

「いいのかよ、水瀬」

そんな名雪に付き合うように自身の席に座ったままの北川が言う。

「何がかな?」
「水瀬は、アイツを相沢だと思うか?
 仮にアレが相沢なら、その記憶云々について気にならないのか?
 んで、戦わせていいと思うのか?
 そういう事」
「……うん、そうだね。
 私としては……彼が祐一だと思うし、そう思いたい」
「やっぱ、そうか……」
「でも、彼が祐一だとしても……彼自身がそうじゃないって言うのなら、今はどうしようもないと思う。
 もし彼が祐一で無いなら、祐一だって決め付けるのは失礼だし、
 もし祐一なら、却って意固地になって否定すると思うし」
「あー……ありうるな、それ」

思いっきり予想できる事なので、うんうん、と頷く北川。

「戦わせていいかどうかは……やっぱり、嫌だよ。悪いと思うよ。
 祐一であってもそうでなくても」
「相沢だったらもっと嫌だろ?」
「うー、か、からかわないでよ……
 でも、本当の話……嫌だけど、今は力を借りないといけないと思う。
 草薙君が抜けた穴埋めは誰にも出来ないけど、祐一……ううん、朋也君に出来る事をやってもらわないと」
「……はぁー……」
「どうしたの?」

感嘆するような息を吐いた北川の視線に、名雪は小さく、不思議そうに首を捻った。
北川は、名雪を見据えたまま、口を開く。

「……すごいよな、水瀬は。
 こんなわけわかんない状況でも、しっかり冷静に判断してる。
 やっぱ水瀬のお母さんの……秋子さんの娘さんだけあるぜ」

それは純粋な賞賛だった。

「俺には、とてもできないぜ。マジで凄いよ、水瀬は」
「……そうでもないよ」

(……朋也君には、あっさり見破られちゃったしね……)

名雪としては……本当は、一杯一杯だったのだ。
祐一と思しき誰か……本当なら、心赴くままに祐一かどうかを問い詰めたかった。
そして、もし祐一だったなら、今までの全てを話して……抱きしめて欲しかった。

囚われたままの秋子。
未だ行方不明の友人達。
草薙紫雲の死。
先が見えない戦い。

それらは、水瀬名雪には余りにも過酷な現実だったから。

それを懸命に堪えていた。
精一杯の虚勢で繕っていた。
その上、祐一かもしれない人間を自分の手で戦場に送る言葉を口にしなければならなかった。

ソレを悟られまい、と懸命に笑顔を浮かべた。
だが。

『いや、なんかきつそうつーか、辛そうな顔してたから』

彼はそう言った。
あっさりと、名雪の本心を見抜いていた。

そしてだからこそ、名雪は抱くのだ。

彼が相沢祐一であるという、確信を。










「とまあ、そんなわけでだ。
 俺は……戦う事になった」
「……そう、ですか」

渚の待つ家に戻った朋也は『本部』であった一部始終を渚に話した。
そうして全てを語った朋也は渚に言った。

「いいと、思うか?」
「……本当は反対したいです。
 でも……岡崎君の顔見てると、言えないです」
「……悪いな。
 でも、まあ、心配するなよ。
 そうそう簡単に死ぬつもりはない」
「そうだったら困りますっ」
「悪い悪い。
 まあ、でもその代わりと言っちゃあなんだが……約束する。『岡崎朋也』はいつか必ず見つけ出す。
 もしくは、お前が見つけるその時まで、俺に出来るなりに協力する。
 それまでは、死なないさ」
「……分かりました。約束ですよ」
「……」
「……? どうかしましたか?」
「あ、いや」

何か、今。
頭の中に何かが、響いたような。

「なんでもない」

朋也は、一瞬だけ浮かんだソレを気のせいと決め付けた。










一夜明けて。

「……パーゼスト部隊が戻らない……?」

最上階の『鷹』に呼び出された浩平は、ソレを聞いて眉を歪ませた。
浩平の隣には、フードを被った『彼』が佇み、彼もまた微妙に表情を硬化させていた。

「ああ。
 どうやら、向こうに適性者がいて、返り討ちにされたようだ」
「それで朝から呼び出されたのかよ……そりゃあ、面倒な事になったな」
「他人事のように言うな。これはお前らの落ち度で招いた結果なんだぞ」
「いや、まさかなぁ」

正直、浩平はこうなるとは思っていなかった。

後から、自分ではない誰かがあっさり回収して、この件は終了になる。
仮に適性者がいても、そうそう使いこなせないだろうとも思っていたのだが……

「世の中、中々上手くは行かないか」

内心で、面白いもんだよな、と付け加えておく。
口で言うと目の前の存在にくびり殺されそうなので、あくまで内心のみでだが。

「……あのベルト、何か仕掛けしてないのかよ?」
「レクイエムのデータ取りの後、向こうのシステムに探査されないように処置して、少しばかり強化したらしいが……それ以外の事はこれからという所だったからな」
「どうするんだよ?」
「言うまでも無い。お前達の出番だ」
「まあ、そうだろうと思ったけどな……やれやれ、行って来る。
 ベルトは無いからお前は留守番な」
「新しいベルトの調整が終われば、すぐに行く」
「その前に済ませるさ。じゃな」
「……と、そうだ、待て」
「なんだよ?」

去りかけた浩平を呼び止めた『鷹』は、ふむ、と呟き、告げた。

「……この際だ。
 鬱陶しいレジスタンス達を黙らせる事にしよう」

そう言った『鷹』はニヤリと笑った。
人間ではない禍々しさを秘める笑みで。










『街』にサイレンが鳴り響く。
そのサイレンは、『本部』のパーゼスト探査システムとリンクしているので、基本このサイレンが鳴った時は……

「パーゼストが来やがったな……」

そう。パーゼストの襲来を意味する。

「各班に伝令! 皆、戦闘配備について!」

『本部』に朝から集まっていたレジスタンスの面々に名雪は引き締めた声で指示を出した。

流石に昨日の轍は踏まない。
皆、極めて迅速かつ冷静にそれぞれの配置についていく。

「今日は分かり易く反応があるな」
「昨日とは違って敵意むき出しって事なんだろ? で、数は?」
「敵総数は十体です。
 侵入予定ルートも特定しました。
 別れて、複数ポイントから侵入する模様です」

朋也の言葉に反応わけしたではないのだろうが、オペレーターの少女が告げた。

「昨日に比べるとかなり少ないんじゃないか?」
「ああ。草薙がいなくなったから、たかくくってるのかもな。
 ……あー、水瀬」
「何? 北川君」
「悪いが、一時班から離れる。
 っていうか一斑は水瀬共々本部待機だろ?
 それなら折角だし、ちょっと行く所がある」
「……無茶はしないでね?」
「ああ。あ、それとアレをあいざ……じゃなかった、岡崎に渡しとけ」
「うん」
「? 何の事だよ」
「じき分かるさ。じゃあ、まあ頑張れや」

北川は、ポンと、朋也の肩を叩き、『本部』を後にした。

「……でだリーダー。俺はどうすればいい?」

これからの事を話し合う前に襲撃が始まったので、朋也は何をすればいいのか分からなかった。

「うん、これを使って」
「っとと」

名雪が投げた何かをパシッと掴む。
掌を広げると、其処にはバイクの鍵があった。

「下に銀色と赤で配色されたバイクが停めてあるから。
 そのバイクにはパーゼスト探査の機械がついてるの。
 朋也君の『感覚』と兼ね合わせて、迎撃に向かってほしいの」
「……それはあれか?
 見つけ次第、手当たり次第に倒せと?」
「そういう事。皆の動きや連携に合わせたりはまだ出来ないでしょ?
 皆にはその旨を連絡したから、被害を出来る限り出さない、一番効率がいいと思う方法で遊撃して」
「OK」
「運転方法は分かる?」
「ああ、分かるよ」
「……ごめんね。それから、気をつけて」
「心配すんなって」

そういって背中を向ける朋也。
その背に向けて、名雪は、ポツリ、と呟いた。

「約束……」
「ん?」
「無事に、帰ってくるって……ううん、なんでもない」
「ああ、約束だ」
「え?」
「渚とも約束したし、今更一つ二つ増えても関係ないさ。
 その代わり、アンタも無事でな」
「う、うんっ」

その朋也の言葉に、名雪は満面の笑顔を浮かべていた。
自身、それと気付かずに。

「じ、じゃあ、行って来る」

その笑顔を見た瞬間上がった体温を無視しつつ、朋也はベルトを装着しながら『本部』を飛び出していった。










所変わって、ことみの研究室。

「皆、早く避難するの」
「待ってください……データの保存と、ベルトを……せめて、それぐらいはしないと……!」

朝から紫雲のベルトの再調整や実験を行っていた面々は、突然の襲撃に実験を中断し、即座にデータ保存作業に入った。
が、紫雲のベルトからプログラムを読み込んでいる最中だった為に、思いの他時間が掛かっていた。

「草薙君は、それで皆が死ぬ事、喜ばないの……! だから、早く……」

ことみがそう言い掛けた時、唐突にドアが開く。
ドアの向こうには、美凪が肩で息をしている姿があった。
美凪は自分に集中する視線を意識せず、あるものを眼で探し……発見した。

そう。
紫雲の……エグザイルのベルトを。

「……ことみさん、ベルトを貸してください」

ベルトを見つけた美凪は、ベルトを探していた視線をことみに向けた。

彼女の眼は、赤かった。
長い間泣き続けていた事が分かる、そんな眼をしていた。

「私が、戦います。紫雲さんの代わりに。だから……」

そう言って一歩踏み出した彼女の肩に手が置かれた。
美凪が驚きつつも振り向くと、そこには……北川がいた。

「駄目だぜ遠野さん。ソイツは俺の役目だ」
「北川さん……」
「草薙にはたくさんの借りがあった。何より、ダチだった」
「……」
「その上、アンタを戦わせちまったら、草薙に申し訳ないって。
 いつかあの世に行った時困るだろうが」
「でも、北川君は駄目なの。因子レベルが低いから……」
「激痛が走るってんだろ?
 それから、強化形態も使えないだろうしな。
 でも、ベルトのプログラムの修正はしてあるからパーゼストにはならない。それで十分だ」

ことみの指摘をあっさり切り捨てた北川は、ぐ、と拳を形作っていく。

「痛みくらい、なんだってんだよ。
 アイツは、いつだって耐えてたじゃないか」

パーゼストとして生きる事の方が楽なのに、彼は人として戦う道を選んだ。

仲間であるはずのレジスタンスに除け者にされ。
何度も何度も救えない誰かを目の当たりにしながら、それでも、ずっと心の痛みに耐えて。

「だから、今度は……俺が耐えて、戦う。
 カノンのベルトは相沢のものだから我慢したが、コイツは俺が使う。
 遠野さんには、悪いけどな」
「……」
「まあ、なんというか……遠野さんは、草薙の分まで生きて欲しいんだ。
 草薙も、きっとソレを望んでる。
 だから、頼む……」

頭を下げながらの北川の言葉に、美凪の表情が歪んだ。
それは苦悩であり、苦痛であり、怒りであり、悲しみでもあった。

その果てに……彼女は選択した。

「……わかり、ました。お願いします」
「済まない。感謝するよ」

そう言うと、北川はベルトに付けられた実験器具を取り外し……自身の腰にベルトを巻きつけた。

「じゃ、行って来るっ!!」

その感触を確かめて、北川は戦場に向かった。






(この感覚を頼りにして……)

頭に走るパーゼストの気配を掴みながら研究室を出ると、其処には赤いワゴン車が停まっていた。

「晴子さん……?」
「名雪ちゃんに頼まれたんや。ほれ、乗ってき。
 あんまり長い事変身できんのやろ?」
「水瀬……やっぱ、凄いな。ともかく、ありがたいっス!」

礼を言って、ワゴンの助手席に乗り込む。
と、その直後。

「急ぎましょう。被害が拡大しないうちに」
「行動は迅速に、なの」
「って、あんたら!!」

北川の後に続いて、後部座席に美凪、ことみが乗り込む。
思わず上げた北川の非難の声に、美凪&ことみは、いけしゃあしゃあと答えた。

「いざという時の為です。ソレぐらいは見逃してください」
「ベルト壊されたり取られたりしたら大変なの」
「……信用無いのな、俺」
「保険や、いうとるやないか。
 男がごちゃごちゃ抜かすな、飛ばすでっ!!」
「おおおおおっ!!!」

悲鳴を辺りに轟かせながら、赤いワゴンは走り出した。









「いたっ!!」

意識と肉眼の両方で確実にパーゼストを捉えた朋也は、クリムゾンハウンドの速度を上げた。
そのまま、懸命に応戦するレジスタンスの一人に襲いかかろうとしていたパーゼストを、問答無用で轢き飛ばす。

「yujgyuy!!」
「早く、逃げろっ!!」

吹き飛んだパーゼストなどどうでもいいとばかりに、叫ぶ。

「は、はいっっ」

コクコクと何度も頷いて、レジスタンスの青年は仲間を担ぎながら逃げていく。
地面に転がったパーゼストは立ち上がるなり、そちらに視線を送るが……

「悪いな、ここは通行止めだ」

バイクを降りた朋也が、その眼前に立ち塞がっていた。

「……変身っ!!」

赤い閃光と共にカノンに変身した朋也は、何の迷いも無くパーゼストへと跳躍した……!!









「そっちを右に……!」
「よっしゃ!」

北川の指示で、廃墟の街をワゴン車が進む。
その先には当然……

「パーゼスト、発見なの……!」
「急停止するで、しっかり掴まり!!」

その宣言どおり、ワゴンは横滑りしながらパーゼストから少し離れた所に急停止した。

「うっし」

半ば蹴破るような勢いでドアを開け、北川は地面に降り立った。
パーゼストもまた、北川達の存在に気付き、歩き始める。

北川はソレを油断無く見据えながら、言った。

「遠野さん」
「なんですか?」
「俺には……好きな奴もいるから、草薙の代わりは出来ないけどな……
 せめて、草薙が見たかったものを、草薙の護りたかった遠野さんに見せようと思う」

平和な世界。
それは今の人類が夢見る、かつて一部にはあった筈の世界。

「その為に……」

バッ、と鍵に手を伸ばし、叫ぶ!

「やってやるさ……変身っ!!」

紫と黒の光が、北川の身体を覆い……姿が変わる。
仮面ライダーエグザイルに。

「うおおおおおおおおっ!!」
「byuygug!!」

パーゼストの攻撃を掻い潜り、腹を殴る。

「jbhbっ!」
「おらっ!!」

北川の攻撃は、紫雲ほど見た目に綺麗さはない。
だが、激しい訓練により培われた、紫雲と同等の的確な打撃は、確実に相手を後退させていき、そして。

「だああああっ!!」

力任せに……だが正確に……腕を払った後に生まれた隙に、突進系の肘打ちを叩き込む。
たまらずパーゼストは地面を転がった。

「行くぜっ!!」

好機を逃さず、エグザイルは跳躍し、身体を一回転させる。
その脚部には収束された紫の光が巻き付いていた……!!

「でぇぇりゃあああっ!!」
「byuguyyygyugyugyuguugyuyguygy!!!!!」

エグザイル最強の蹴撃は、パーゼストの顔面に突き刺さり。
パーゼストは吹き飛びながら、光の粉となって消滅した。

「っしゃあっ!」

ガッツポーズをとって、変身を解除した北川は、ワゴンに向かって歩き出す。
と、その直後。

「いたたたた!!! マジで痛いぃぃっ!!」

さっきまでの威勢やかっこよさなど放り投げる勢いで地面をのた打ち回った。

「おおおっ!!? 未だかつて体験した事の無い痛みがっ?!!」
「エグザイルのベルトは、リミッターがついてるカノンのベルトよりも負担が大きいの」
「おおおおおっ!!??
 それは聞いてなかったぁあぁぁあっ!!
 しかし、なんの、これしきっ!!」

明らかにやせ我慢ではあるが、なんとかへっぴり腰で立ち上がった北川はほうほうのていで助手席に転がり込んだ。

「さあ、次の奴を倒しに行くぜっ!!」
「……はいはい」









「うおおおおっ!!」

スカーレットエッジが唸りを上げる。
生体エネルギーの紅い刃は、僅かな抵抗を生みながら二体のパーゼストを切り裂いて、無へと返した。

「はぁ、はぁ……これで、全部か……?」

肩で息をしながら、カノン……朋也は辺りを見渡す。
その際、敵の感覚を探ってみるが……もう『害意』を持つパーゼストはいないようだった。

「意外と早く片付いたみたいだな……」

それは北川の活躍やレジスタンス達の迅速な行動による賜物なのだが、朋也の知る所ではなかった。

「ん……じゃあ、一旦『本部』に戻るか」

変身を解除した朋也……念の為、ベルトは装備したままだが……はクリムゾンハウンドに跨り、来た道を戻り始めた。







「代行、全パーゼスト撃破を確認しました」

そのオペレーターの報告に『本部』に残ったレジスタンス達は歓声を上げた。
だが。

「……どうかしたんですか?」

一人黙り込む名雪に気付き、彼女の班の一人が声を掛けた。

「おかしい……いくらなんでも、あっさり過ぎる」

ずっと『本部』で状況を把握していた名雪は呟いた。

パーゼストの数が少ないのは、紫雲が居なくなったからだと北川は言ったし、自身も納得していた。

だが、それはおかしい。
紫雲が居なくなったが、『カノン』が居る事は昨日の段階で向こうも承知のはずだ。

であれば、この少数襲撃は不自然すぎる。

「…………まさか?」

その考えに思い当たり、名雪がハッと顔を上げた……まさに、その時だった。

「その通り、陽動さ」

唐突に響いた、余り聞き覚えの無い声に、視線が一斉に出口に向く。

そこには、出入り口に寄り掛かる仮面ライダーアームズの姿。

「折原君……!!?」
「そちらさんの探知システムは『害意』を持ったパーゼストの探知は出来るが、俺のベルトの探知は出来ないって事を俺は知ってる。
 現状じゃ大幅な改良は難しいだろうしな。
 で、パーゼストを囮に使って上手い事侵入させてもらったってわけだ。
 お前ら、パーゼストを意識し過ぎて人間の侵入にはざるなのは考え物だぞ。
 機会があったら見直すといい」
「貴様……!!」

その場で銃を持つ者達が一斉に銃弾を放つが、アームズの装甲の前には無力だった。
キンキン、と簡単に弾かれるのみだった。

「悪いが、寝てろ」

三十秒後。

「ま、こんなところか」

銃弾も効かず、運動能力は比較にさえならない相手になすすべも無く。
名雪以外の人間は完全に昏倒させられてしまった。

「みんな……!!」
「あー心配するな、殺しちゃいない」
「……」
「どうせ勝ちが決まってる勝負なんだ。ムキになって皆殺す必要が何処にあるよ。
 命令があれば、別だがな」
「命令があったら、殺すの?」
「ああ」
「私も?」
「そうだな」

何の迷いも、一切の躊躇も無くアームズは答えた。

「質問タイムは終わりだ。
 さあ、お姫様、一緒に来てもらおう」
 






「よいっと」

アームズは、サイドカー……ヴァイスクーゲルという名のアームズ専用マシン……に気絶した名雪を載せ、自身も運転席に跨った。

「……ん?」

変身した事で強化した聴覚が、こちらに近づいてくる排気音を捉える。

その聴覚通り、一台のバイクが……クリムゾンハウンドが現れた。
辺りを……見張りやたまたま其処にいた人々が倒れ付しているのを見て、朋也はその状況を瞬時に把握する。

「……お前……! 彼女を放せ!!」
「馬鹿か、離せって言われて離す奴は……!?」

朋也の顔を見て、浩平は驚きから一瞬硬直した。

「お前、相沢なのか?」
「また、それか……んなことはどうでも……」
「いや……廃棄されたクローンかもな」

『祐一』の顔をしげしげと眺めた浩平は、そんな事を呟いた。

その言葉に、朋也は形にし掛けた自身の言葉を停止させた。

「な、に……??! 何を言ってる?! 俺は岡崎朋也だ……!!」
「証拠は?」
「生まれ持った記憶だってある…!」
「裏の世界の技術を使えば記憶の操作なんて簡単だぞ?
 あー、なんだ。
 もし良ければ、肘の辺りを確認してみな。
 製造番号が焼き付けてあれば……お前はクローンだ」
「……」
「何にせよ、彼女を取り戻したかったら”拠点”まで来るこった。
 今日中に処刑される事になるから、早めにな。
 詳しい事はテレビで言うと思うから見ておけよ。じゃあな」

一方的に告げて、アームズはヴァイスクーゲルを発進させた。
 
「……っ、逃がすか!!」

瞬間呆けていた朋也だったが、すぐさまバイクを発進させる……が。

「なっ!!」

運転しながら振りかえったアームズの右腕が肘から下の部分が、手はそのままに『変形』した。
ガトリングガンの射出口の様な形に。

其処から数発のの光の弾丸が射出された。
それは両者の中間点にあったビルに当たり、その破片が、クリムゾンハウンドの前に落ちていく。

破片と言っても、人の大きさくらいはある壁。
それが複数降り注いできたのだ。

「くっ!!」

流石にどうしようもなく、急ブレーキと共に方向転換する朋也。

「畜生……!!」

瓦礫を避けて再発進するが……その時には、アームズを完全に見失っていた。



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