「……ん……」

名雪は、ゆっくりと、眼を開いた。

「え? え、え?!」

其処は……ホール、否、アリーナだった。

本来人がいるべき観客席には。

「ぱ、パーゼスト……!!! しかも、この数は……!!!」

観客席には、パーゼストの群れ、群れ、群れ。
数を見れば、恐らく五千、いや八千……否、それ以上。
彼らは、彼ら独自の『言語』で何事か話しながら、アリーナ中央へと視線を注いでいた。

名雪はまさに、その中央に両腕を鎖で吊るされていた。
地面に足こそ着いているが、鎖の長さはギリギリで少し歩く事もままならない。

「っ……」

この状況には、数々の修羅場を越えてきた名雪も、流石に息を呑まざるを得なかった。

「よ、起きたか、お姫様」

そんな名雪に極めて軽い調子で話しかけてきたのは。

「お、折原君……?」
「おう、折原浩平様だ」

ニヤニヤ笑う、折原浩平、その人だった。

「ここは……?」
「『拠点』の近くのアリーナだよ。
 主にパーゼストやレクイエム、それに連なる連中の為のアリーナって所だな。
 元々の奴を色々いじってるらしい」

そう言われた名雪は、ハッとして、周囲を見回す。
そこは、ドーム状のアリーナ。

この場所には……見覚えがある。

「……テレビ中継の、処刑場……?」
「その通り。人間を処刑して、その様を中継してきた場所だ」
「私を、どうするの?」
「まあ……処刑する事になるな」
「どうして?」
「そりゃあ、お前がレジスタンスの象徴でリーダーだからな。
 実際、お前は大した事をやってたんだよ」

うんうん、と感心しきりの浩平。
だがそれは、名雪の聞きたかった事ではなかった。

「……ううん、そうじゃなくて。
 折原君にとっては……瑞佳さんの為に、私を?」

名雪は、知っていた。
祐一や紫雲から聞いて。
折原浩平が戦う理由、そして人類を裏切った理由を。

長森瑞佳。
折原浩平の幼馴染にして、最愛の女性。

パーゼストとの戦いに巻き込まれ……彼女は植物人間状態となった。
それを救う手段、技術を得る為に、浩平は『レクイエム』、ひいてはパーゼストの狗となったのだ。

ソレを知っていて、あえて尋ねた理由は……名雪自身分かっていなかった。
もしかしたら処刑されるであろう自分自身を納得させる為だったのかもしれない、と考えてはみるが……状況が状況なので上手くまとまらなかった。

そんな名雪の視線を受けて、浩平は、ふむ、と一つ呟いて、答えた。

「ああ、そうだ」
「……」
「言いたい事は分かるぜ。
 アイツが喜ばないとか、蘇ったとしても嫌われるとか、そういう事だろ?
 草薙や相沢にも散々言われたな、それは。
 だが、アンタには分かる筈だ。
 そんなもの、生きてくれてこそ初めて意味がある事だってな」
「違う……違うよ、それは……」
「じゃあ、アイツらを見てどう思った? 相沢の顔をした奴らを見て」
「……!!」

問われて、すぐに思い当たる。

紫雲を殺した『彼』。
『岡崎朋也』を名乗る『彼』。

そんな二人の事に。

「少しは嬉しかったんじゃないのか?」
「……そ、それは……あ、ううん、それより!
 ど、どういう事なの……? 折原君は何か知ってるの……?」
「俺も詳しくは知らね。
 少なくとも言えるとすれば……どちらかが、あるいは両方が相沢のクローンだって事だな」
「え……?!!」

与えられた一つの真実に、名雪は眼を見開いた。
そんな名雪に浩平は淡々と事実を語る。

「パーゼスト連中も、レクイエムとしても、反因子結晶体には使い道があるって考えてるらしくてな。
 だが、その有効な利用をするにはパーゼストだと不都合な事が多いらしい。
 ベルトにしても、まともに使えるのは高位パーゼストぐらいらしいしな。
 そこで、既に使える事が分かっている人間のクローンを作って、利用しようって言う計画が持ち上がった。
 ただ、それには純正の人間で無ければ意味が無い。
 憑かれ掛けだった草薙や俺じゃ難しい……で、完成品のベルトを使って殆ど影響を受けてない相沢に白羽の矢が立ったわけだ。
 何処で大本の細胞を手に入れたのかとか、オリジナルの相沢はどうなったのかとかはさっぱりだが」
「……」
「もしかしたら草薙を殺した”相沢祐一”が本物なのかもしれないし、今レジスタンス側に居る”相沢祐一”が本物なのかもしれない。
 あるいは本物はとっくの昔に……」
「やめて!!」

思い浮かべて、一番の悪夢となる可能性を名雪は懸命に遮る。
名雪の必死さを見た浩平は、頬を掻きつつ、素直に謝った。

「……悪かったな。
 だがまあ、水瀬。お前は幸せだと思うぞ。
 少なくとも、生きている相方の姿を見た後で死ねるわけだからな。
 じゃあ、残り僅かな時間だ。おふくろさんとも有意義に過ごせ」
「え……?」

ヒラヒラと手を振りながら去っていく浩平。
ソレと入れ替わりに、扉が開いて連れて来られたのは。

「お母さんっ!!」

水瀬名雪の実母にして、半年前までレジスタンスを指揮していた水瀬秋子その人だった。










『今日は、特別番組だ。
 今から三時間後、我々に楯突いていたレジスタンスを指揮していた人間二人を殺す。
 驚くべき事に、中々に美しい二人の女性だ。
 見応えはあると思うぞ。
 見物だけなら歓迎しよう。邪魔をするなら相応に覚悟してもらうがね。
 では、興味のあるものはチャンネルはそのままで……』

ガンッ!!と音が響く。
それは、テレビを見ていた北川が、怒りの余りに付近の機材を蹴り飛ばした音だった。

「俺が水瀬の傍を離れたりしなけりゃ……!!」
「くそっ!! ふざけやがって……!!!
 ……俺が、もっと早くパーゼストを倒してれば……!」

『本部』に響くのは、北川と朋也の悔恨の声。
他のレジスタンスの面々の大半は、顔を俯かせるばかりだった。

そんな中を、少し軽く、それでいて怒りを含ませた声が通り過ぎた。

「やめんかい、鬱陶しい。
 上手い事はめられたんは、皆同じ。
 今更何言うても後の祭りや。
 問題は、この状況でどうやって二人を助けるか、やろ」

基本的に単なる運転手でしかない晴子だが、今日に限っては『本部』に上がってきていた。
北川を連れてきたついで・成り行き、というのもあるが、この状況を見た美凪に此処に居てくれる様に頼まれたからでもあった。

そして、それは功を奏した。
ある意味責任の無い立場の晴子の言葉は、冷静で的を射ていた。
明確に今やるべき事を、この場の全員に思い起こさせていた。

「……少なくとも、秋子も生きてたのはラッキーって考えてええやろ。
 これで二人とも助けられたら万々歳や」
「そうは言いますが……」

この場に来る事が出来た唯一の班長……他の班長達は、パーゼスト襲撃の際に怪我を負っていた……である久瀬が、表情を顰める。

「この状況でどうやって二人を助けろって言うんですか?
 あそこのアリーナには一万体近いパーゼストがいる。
 仮にライダー二人でも勝ち目は無いでしょう。逃げる事さえも不可能だ」
「そうだ……もう駄目だろ……これじゃ、どうしようもない……」
「無理に、決まってる」

口々に言うのは、レジスタンスのメンバー達。

彼らは知っている。
最前線で直に戦ってきたがゆえに、知っているのだ。
パーゼストという存在の強大さを。
だから、彼らがそう言ってうなだれるのは無理からぬ事だった。

そうして、またしても暗い空気で『本部』が満たされていく。

だが。

「……確かに無理かもしれない」

朋也が、ポツリ、と呟く。

それは、この暗い空気や状況を何とかしようとしてではない。
ただ、彼自身の心境を彼自身が形にしたいと思ったがゆえの言葉。

「だが……彼女とは、約束をした。
 無事に帰るってな。……俺だけ無事でも、約束は護れない。
 そして、俺は……」

ゆっくりと、顔を上げて……朋也は言った。

「仮面ライダー、なんだ。
 そう名乗っちまったんだ。
 こんな時に誰かを見捨てるような仮面ライダーは、いないさ」

しん……と辺りが静まり返る。
だが、それも一瞬。

「ああ……同感だな。
 そんなんじゃ……許されないどころか、祟り殺されるぜ、草薙の奴に」

沈黙を破り、北川が笑う。
その笑みは自嘲的ではあったが、負の感情は無かった。

「何とか上手く立ち回れば、逃げる位は出来るだろ。
 行こうぜ、あいざ……じゃなかった、岡崎」
「……ああ」
「馬鹿な……!! いくらなんでも無謀すぎる!
 彼女達のところまでたどり着けるかどうかも分からないんだぞ!」

二人の言葉に耐え兼ねて、久瀬が叫ぶ。

「よしんば辿りつけても、もし、君達がノコノコ行った為に、ベルトが破壊されたらどうするんだ!!
 それはパーゼストに対抗する為の数少ない手段なんだぞ!」
「……なるほど」

それまで話を聞く側に回っていた美凪が、得心した様に呟く。

「もしかしたら……それが敵の狙いなのではないでしょうか」
「どういう事だよ、遠野さん……だったか?」

朋也の疑問に頷いてみせた美凪(朋也については北川から話を聞いていた)は、自身の推測を語り出した

「パーゼスト拠点近くのレジスタンス……そのリーダーである、名雪さんと秋子さんの処刑。
 まず、それを助けに現れるであろう『ライダー』をテレビ中継で倒す。
 そして、その後でお二人を残酷なまでの方法で処刑すれば……各地のレジスタンスや反抗を考えている人々の心は折れます。
 もし『ライダー』が現れなくとも、十分に効果はある作戦ですが……ライダーが現れればなお効果的でしょう」
「それが、パーゼストの狙いか…」
「はい。
 ゆえに少数であれば、アリーナの中には簡単に入る事が出来ると思います」
「どうしてだよ?」

と、北川。
そのストレートな疑問に対しても、美凪はあっさり返事を返していく。

「一万体のパーゼストを相手取るのに少数で挑むなんてありえないでしょう。
 少なくとも、向こうはそう考えているはずです。
 ……そして、そこに勝機があると思います」
「勝機……?」
「いつもどおりであれば、基本的に処刑には折原さんも付き添っています。
 そして、こちらにはベルト……鍵が二つ既にあります。つまり……」
「そうか……!
 折原を倒して、その場でプログラムKEYを使えば!!」

パチン、と指を鳴らす北川。
一方プログラムKEYをよく知らない朋也は首を傾げていたが。

「はい。上手くすれば勝てるかもしれません。
 少なくとも、逃亡の可能性はかなり高くなるはずです」 
「ちょっと、待ってなの」

そこに、ことみの声が割り込んだ。

「全部の鍵の調整に少し時間がかかるの。
 二つ揃ったからそこから推論して仮プログラムは作れるけど、起動するかはぶっつけ本番になる。
 プログラムKEYの簡易式なら、すでにプログラムがあるから確実だけど……それにも鍵は必要なの」
「つまり?」

訳が分からないなりに先を急かす朋也に、ことみは申し訳なさそうな声を返した。

「……今から二時間欲しいの。
 それで鍵を調整して、カノンのベルトに可能な限りのプログラムを入れてみる。
 そうすれば、鍵を手に入れた段階で発動できる。
 それなら……」
「駄目だ、移動の時間が惜しい。
 ここからあそこまでは、多分時間が結構掛かる……!
 今から言っても間に合うかはギリギリになるはずだ。
 プログラムKEYがなんなのか知らないが、折原って奴を倒す時間も計算に入れると……とてもじゃないが間に合わない!!」
「なら、こうしてはいかがでしょうか。
 出来得る限りの資材を詰めて、晴子さんのワゴンで移動しながら調整作業をしていただくんです。
 出来ますか?」
「……やるしかないなら、やるの」
「はぁー……どうも、それしかなさそうだな。
 悪いが、そういう事だ。久瀬」
「……」

北川の言葉に……というか、一連の展開に久瀬は押し黙った。
そんな彼に、朋也が言った。

「あのさ。
 可能性が低いかもしれないけど……それしか勝てる方法が……二人を助ける方法が無いんだ。
 ここは、俺たちの行動を認めてくれ、頼む……!!」

深々と頭を下げる朋也。
そんな彼を見て、久瀬は。

「………………………………………君達は……勘違いしていないか?」
「え?」
「私達も、あの二人を助けたいんだ。
 だが……可能性が見えない以上、出来なかった。
 『ライダー』は、切り札だから」
「……」
「だが……今、可能性は見えた。
 おそらく、勝率としては一番大きな可能性だ。
 なら、何の理由があって反対するって言うんだ。
 僕たちも全力でサポートする。
 なんとしても……成功させよう」
「久瀬……! アンタ血迷ったのか……?」

レジスタンスの一人が言う。
だが、久瀬はそれを切って捨てた。

「血迷ってなんかいない。
 これは、出来る事が限られていた僕達の最大最高のチャンスなんだ。
 確かに、敗れれば全てが終わる。だが勝てば……大きな一歩となる。
 なら、それに賭けるべきだろう」

眼鏡を整えながらの言葉は、これ以上ない説得力を持って反対意見を封じる。
そんな久瀬に、朋也達は拍手を贈った。

「な、なんだ、一体……」
「久瀬っ……!! お前、男だな、見直したぜ!」
「よー言うた!! 眼鏡坊やの癖にやるやないか!」

北川と晴子は、バンバンっ、と上機嫌に久瀬の背中を叩く。
……一応、素直な親愛表現らしかった。

「ゴホッゴホッ……君に見直されなくても、私は何時だって男だがね」
「まあ、いいじゃないか。褒めてるんだし。よし、じゃあ善は急げだ!」
『おおっ!!』

朋也の言葉に、皆が拳を振り上げた。

こうして。
レジスタンス達を代表する形として、朋也達の最終作戦が始まろうとしていた。









「報告、します」
「なんだ?」

既にアリーナ入りし、特別席から名雪達を眺めていた『鷹』は報告という言葉に振り向いた。
視線を送られた秘書の女性は、微かに震えながら言った。

「カノンのベルト、及びその所持者達がこちらに近づいています」
「……予想通りとは言え、無謀だな。
 余程死にたいと見える。
 あるいは、どうせ死ぬなら一緒に、という奴かな」
「……他にレジスタンスが少数。どうしますか?」
「放って置いていい。
 どうせ、飛んで火にいる夏の虫だ」

アリーナには、一万体のパーゼストが集められている。
さらにはアリーナ周辺地域にかなりの数のパーゼストを潜ませている。
『仮面ライダー』やレジスタンスがどう動こうとも、一歩アリーナに足を踏み入れれば、最早生きては帰れない。

「入り口は一時開放しておけ。
 カノンが入った後に封鎖し、その後に続くような連中が現れたら殺せ」
「了解しました」










「ち……なんで、こんな時に……!!」

曇天の空の下。 徐々にしか動かないワゴンの助手席で、北川が呻くような声を上げた。

処刑開始まで後十五分。
アリーナまで後もう少しだというのに。

「渋滞なんだよ……!」

アリーナから離れようとしているのか、見物しようとしているのか、周辺は車で詰まっていた。

「お静かに。今大詰めです」
「分かってる……分かってるけど……」

北川を宥める美凪も、実は平静ではなかった。
額に汗を浮かべ、渋滞の先や後ろに視線を送っている。
晴子は晴子で、無駄だと分かっていたがクラクションを何度も鳴らしていた。

そして後部座席には久瀬の協力で迅速かつ大量に様々な機材が詰まれていて、ことみが一心不乱に何かをパソコンに打ち込んでいる。
凄まじい勢いで画面がスクロールしていくが……それでもまた終わりは見えていないらしい。

コンコンッと窓がノックされる。
窓の向こうには、クリムゾンハウンドに乗る朋也がいた。

「岡崎……」
「これ以上は待てない……俺は、先行する……!!
 カノンのベルトの調整は終わってるんだろ?!」
「……そうですね。心苦しいですが、そうすべきでしょう」

そう頷き、美凪はベルトを朋也に渡した。

「お二人を、お願いします。そして、私達が来るまでどうにか耐えていてください」
「ああ、やってやるさ……」
「待てよ、俺も……!!」
「アンタは、残った方がいい。
 足手纏いだし……なにより『そっち』を無事に届けてくれないと困るからな。
 よく分からないんだが、なんかアンタならキッチリ仕事をしてくれる気がするんだよ」
「…………分かった。そうまで言われたら仕方がないな。水瀬達を頼む」
「気張りや」
「……もう少し、なの。だから、頑張って、なの」
「ああ、頼むぜ。じゃあ、いくぜ!!」

皆の言葉に一つ一つ頷いて、朋也はクリムゾンハウンドを急発進させた。







クリムゾンハウンドの上で、朋也は考えていた。

名雪達の事じゃない。

今は……今だけは、自分の事を。

(……0923、か)

あの後、朋也は確認した。
そして、浩平の言葉どおり、自身の肘には数字が刻まれていた。

自分は、岡崎朋也は、クローンだった。
持っている『岡崎朋也』の記憶も確かかどうか分からなくなり、本物の相沢祐一でさえない。

誰でもない、自分。

作り物。
みんなみんな作り物。

それでも。

「約束したんだもんな」

渚と。
そして、名雪と。

その記憶だけは確かなら。

やるべき事は、たった一つ。

「変身っ!!!」

カノンに変身し、さらに速度を上げたクリムゾンハウンドは突っ込んでいた。

決戦の地へと。










半年前。

かつて憑依班対策班顧問であり、決戦後レジスタンスを率いていた水瀬秋子は、ある目的の為にパーゼストの拠点へと単独潜入した。
彼女らしからぬ行動ではあったが、やむをえない理由があったためだ。
目的は果たしたものの、捕まった彼女は一時的に自身を『凍結』させた。
『国の裏側』で憑依体と昔から戦っていた彼女は、幾つか特殊な技術能力を所持している。
『凍結』もその一つである。

それで五ヶ月時間を稼いだものの、それが彼女の限界だった。

一ヶ月もの間、彼女は彼女の知る情報を引き出すために、パーゼストやレクイエムに様々な仕打ちを受けた。
肉体をぼろぼろにしながらも、彼女はそれに耐え抜いた。

そして、今。

「お母さん……お母さん…………」

彼女は、娘の声で眼を覚ました。

「名雪……夢じゃ、無いのね」
「この状況じゃ、夢の方が良かったかもしれないけど」

秋子は名雪の言葉と、娘同様に鎖で拘束されている事や周囲の状況から、現状を把握した。

「そう、ね」

名雪の冗談風味な本音に、秋子はクスリ、と笑う。
そして、母親としての微笑を浮かべながら、言った。

「それでも、また会えてよかったわ……」
「……うん。
 でも、お母さん、大丈夫……?」
「ええ。
 そんなにひどい拷問は受けてないわ。
 いざって時は何かの取引材料に使うつもりでいたらしいから」

しかし、それは『レクイエム』とパーゼストの意見の食い違いから無駄に終わった。
如実に現れている『種の違い』。
協力している二者が仲違いする日はそう遠くないのかもしれない。

「でも、その指……」
「なんでもないわ」

その包帯の下には、爪を剥がされたままの痛々しい姿が隠されている。
それでも、秋子は穏やかに微笑んだ。

そして………………その時。

『さあ、時間だ』

アリーナに響き渡る声と同時に、処刑の時刻が刻まれた。

それと共に、一体のパーゼストが舞い降りる。
『鷹』が変化した……ホークパーゼスト。

彼は名雪と秋子の顔を異形の腕で撫で回しながら、何処か愛しそうな声音で言った。

『君達は、レジスタンスを纏めていた。
 勇敢だった。
 その事は非常に高く評価しよう』

何処かにマイクを仕込んでいるのか、その声は朗々とアリーナに響く。
その内に秘める禍々しさとは裏腹の声が。

『だが、今日でその命は終わる』
「っ……」

宣告を受けて、名雪は息を呑んだ。

こんな所で終わってしまうのか。
こんな所で、死んでしまうのか。
自分は、まだ。

そんな思考が駆け巡る。

「……」

でも。
この状況では、誰も助けには来れないだろう。

それを恨もうとは思わない。
それは仕方が無い事なのだ。

ただ。
唯、一つだけ我侭を言わせてもらえるのなら。

名雪が、その願いを思い浮かべかけた……その時。

「んなこと……させるかあああああっ!!」

『鷹』の声に負けないような大声がアリーナ中に響き通っていく。

名雪が振り向くと。
其処には。
彼女が待ち望んでいた光景があった。

ブオッと爆音を立てて、一台のバイクがアリーナ中心へと疾走していく。

そして、そのバイクに乗るのは、仮面ライダーカノン……!!

「ゆういち……っ!!!」

『違う』かもしれない事は分かっていた。
それでも、それでも彼女はそう呼んだ。
その声に応えるように、カノンはホークパーゼストに突っ込んでいく。

「どけっ!! 俺は彼女と約束してるんだよ!!」
『ようこそ。時間ギリギリセーフだったな』

ホークパーゼストは、スイッと空に飛翔し、その突進をあっさり回避する。

「てめえっ……降りてきやがれ!!」

ギャリッ、とクリムゾンハウンドを旋回、停止させたカノンは空に浮かぶホークパーゼストに向かって吼えた。

『どけと言ったり、来いと言ったり、忙しいな。
 まあ、いずれにせよ……残念ながら、お前の相手は私じゃない。
 そら、来たぞ』

カノンが入ってきた反対の入り口から、現れる。
人類の裏切り者の名を背負った男が。

「よう」
「折原、浩平……!!」

その姿を見て、とりあえず、好都合……朋也はそう考えた。

万が一ではあるが、姿を見せない可能性もありはしたのだから。
その場合、名雪達を連れながら浩平を探し、その上で鍵を奪う羽目になっていただろう。
出来る出来ないはさておいて、だ。

カノンは浩平の動きに気を払いながら、スカーレットエッジで二人の鎖を切り落とした。

「で、どうだった? お前はクローンだったか?」

その様子を見ながらの浩平の問いに、息を呑んだのは誰だったか。

朋也は、名雪に視線を送る。
彼女は思いの他……あくまで思いの他だが……動揺していない。

つまり、既に目の前の存在から、ある程度の話を聞いていたのだろう。

「どうなんだよ?」

繰り返される浩平の問いに。
彼は、ただこう応えた。

「…………俺が何者であろうとも、関係ない。
 俺は……仮面ライダーだ。
 その名前の責任を、果たす。それだけだ」
「そうか……分かった。
 俺としては、それに応えるだけだ。
 ……おい、手を出すなよ? 勿論周りの連中に出させるのも無しだ」

天井を見上げる形で、ホークパーゼストに告げる浩平。
ホークパーゼストは満足げに頷いた。

『ああ、勿論だ。
 手を出すまでも無いだろう?』

(どうせ、結果は変わらないのだからな……)

そう言わんばかりの無駄に長い飛行を経て、ホークパーゼストは特別席に戻り、人間へとその姿を転じた。

「おし。これでとりあえずの邪魔者は消えた。……戦うか」
「おう……!!」

仮面ライダーの名の意味を背負う者と、放棄しながらなお名乗る者。

そんな二人の激突が始まった。










「名雪、彼は……祐一さんなの?」

ただ一言、危険だから離れて、と離れていった戦士の後姿を、二人して眺める。

「分からない……彼は、岡崎朋也って……言ってた……
 でも、でも……わからないけど………!」

名雪は、懸命にかぶりを振って、言った。

「私は……祐一だって、信じてる……!!」

それは理屈ではない……名雪の直感。
ただの勘……言ってしまえばそれまでなのかもしれないが。

「……そうね。
 名雪が信じるのなら、私もそう信じるわ」

懸命に戦いを見守る名雪を見て、秋子もまた心からそう思い、信じた。










「よっしゃ、到着……!!」

アリーナのすぐ近くに赤いワゴンが停まる。

「ことみちゃんは、どうだ……?!」
「……でき、たのっ……!」

彼女に珍しい強い声音と共に、パソコンの画面に『Complete』の文字が浮かぶ。

「よっしゃ!」
「お疲れ様でした」

ことみの頭を優しくなでる美凪。
どうやら嬉しいらしくことみはされるがままだった。
そんな状態のまま、ことみは呟いた。

「後は……本番で起動するかどうかなの」
「出たとこ勝負って嫌だよなぁ……ま、でもしかたないか。
 よし、皆は此処に残って……」
「此処まで着たらご一緒します。紫雲さんの代わりに」
「(こくこく)」
「そやな。付きおうたる」
「……はぁ……くそ、知らないからな」

とは言いながらも、いざという時は命を懸けて自分以外の全員を逃がす覚悟を北川は決めた。
そんな決意を乗せた車は、アリーナの搬入口から中に入っていく。

「……おかしいな……罠か?」

いくらなんでも、中は本陣なので、パーゼストが襲い掛かってくると思っていたのだが。
予想に反して、何も現れない事に、北川は疑念の声を上げた。

その時は変身して迎撃するつもりだった北川は……用心深く辺りを探るように見据える。

「違うみたいやな。ほれ」

運転しながら晴子が指差した先には……戦闘の後。
壁が崩れ、地面にも皹が入っている。

「……ついさっき、出来たもの?」
「うん。パーゼストの『名残』が少しあるの。人体には影響ない位だけど」

美凪の言葉に、パソコンで確認しながらことみは答えた。

「相沢が倒した後なのか? まあ、助かるからいいけど」

首を捻りながらも、障害が無い事に安堵して、ワゴンは進んでいった。










その赤いワゴンを後ろから見送る、一つの影があった。

「……これで、大丈夫だろうか」

レジスタンス達の地域から走ってきたあのワゴンが何の為に此処に訪れたのかは分からない。

単純に人質を救う為なのか。
それとも他に理由や勝算があるのか。

だが……一つ確かな事は、彼らは覚悟を持って此処に来たのだという事。
先程処刑を止めた『自分に良く似た存在』もまたそうだろう。

そうであるならば、いざという時は力を貸す。
それだけの事だ。

『……?……!』

その存在の『耳』に声が届く。

「……ああ。事が始まったらしい。
 結界内に入って三日……状況把握に時間が掛かってしまったが……タイミングは悪くなかったようだ。
 日本を返してもらう時が来た」

そこには。
赤いマフラーを首に巻く。
『飛蝗を模した仮面を被った戦士』が立っていた。










「はあっ!!」

アームズの腕の砲撃をスカーレットエッジで切り払う。

だが、完全には切り払えない。
残った数発が次々と着弾し、カノンは吹き飛んだ。

「く……」
「惜しかったな。
 だが、お前じゃ俺には勝てないんだよ……」

爆煙の中、フラフラと立ち上がるカノンに向けて、アームズは言葉を続けた。

「俺は、負けられないんだよ。
 例え何を敵に廻そうが。
 例え誰を殺す事になろうがな」

そうでなければ意味が無い。
今まで自分が手にかけてきた……直接的にも間接的にも……人々が無意味になる。

なにより。
瑞佳にもう一度出会う為に。

「たかがクローン如きに、負けてやる謂れなんか無い……くっ?!」

爆煙の中から、赤いモノが飛び出す。
アームズは多少驚きながらも、存外遅く放たれたソレ……スカーレットエッジを避けた。

だが。

「う、おおおおおおおおおっ!!」
「!!!」

スカーレットエッジに気が向いた一瞬を突いて、カノンが飛び出し、閃光の拳をアームズの顔面に叩き込んだ。

「ぐあっ……!!!」
「知るか……誰だって、そんなの同じなんだよ……!!!」

ぐら付いたアームズに、叫びながらもう一撃を腹部に入れる。

目の前の男の事は少ししか知らない。
少し北川から聞いた程度だ。
テレビでホークパーゼストの傍に立っているのを見ていた程度だ。
それでも、人類さえ敵に回すほどの覚悟を持っているのは、事実なのだろう。
パーゼストの中に立って、不特定多数の誹り、憎悪を受け続けてなお、彼は『此処』にいるというのだから。

それでも。
今、自分は負けられない。

二つの約束がある。
そして、その内の一つを約束した彼女が後ろにいる。

彼女の前で、約束を破りたくない。

理由はそれだけ。
理由になっているのかさえ分からない。

ただ、それでも。
彼女の前で負けてたまるかと。
もう二度と約束を破ってたまるかと、魂が叫んでいる……!!

「誰だって負けたくないんだ! 
 誰だって護りたいものがあるんだよ!!
 それを持ってんのが自分独りだって決め付けて、他人の護るものを踏みにじってんじゃねえええっ!!」
「てめえええええええええええええっ……!!」

全く同時に放たれたパンチは、まるで鏡を映したものを反転したかのように同一だった。
そして、全く同時に顔面を捉え、互いを弾き飛ばした。

「く、うっ……!」
「お、ぅ……!!」

そして。

弾き飛ばされた両者は、地面を転がりながらも体勢を立て直し、全力で駆け出す。

そんな二人の拳には。
紅と白の閃光が煌めいている……!!

「くたばれえええっ!!」
「うおおおおおっ!!!」

自身の全力を持って繰り出された拳は、一点の迷いも無く、倒すべき相手の拳と衝突する……!!

衝突は、一瞬。
ミシッと何かが罅割れる様な音が、聞こえた。

「ぐ、うううっ!!?」

拳から赤い血を流しながら下がったのは……カノンだった。

「終わりだ、紛い物っ!!!」

再度アームズが迫る。
その腕には再び閃光が纏ってある。
対抗しようにも利き腕はもう使えまい。

(駄目か……!!??)

その思考が、諦念が頭を掠めかける……が。

「ゆういちぃっ!!!」

彼女の声が、それを吹き飛ばす。

(……俺は。
 ……相沢祐一でも、岡崎朋也でもない……
 でも……!!)

「う、あああああああああああっ!!!」

砕けた利き腕に、もう一度力を込める。

(それでも、約束をしたんだ……!!!)

紅い閃光が、赤い血と共に迸る。
痛みよりも何より熱いものをもって、カノンは拳を解き放つ。紅の拳が……駆け抜ける!

「……っ!!!!!」

そして、それは。
腕を砕いたアームズにとって全く予期しないカウンターとなり。
アームズの拳よりも刹那速く……彼の顔面に到達した……!!!

「っっだああああああああああっ!!!」

駄目押しと言わんばかりに振り抜いた一撃は、アームズを大きく宙へと飛ばし……地面に叩き付けた。

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……や、ったのか……?」

一秒、三秒、十秒……三十秒。
アームズは、起き上がって来ない。

「……」

傍で見下ろすが……何の反応も無い。
……完全に気絶しているようだった。

「く……痛ぅ……」

右手の痛みを堪えながら、カノンは気絶した浩平のベルトから透明な反因子結晶体の嵌った鍵を廻して、引き抜く。
そうすると変身が解除され……顔面を腫らして倒れた浩平が姿を見せた。

どうやら……命には別状は無いらしい。

「ったく。でも、これで」

これでとりあえずは目標を達成した事になる……そう考えながら、カノンは手持ち無沙汰な鍵をベルトサイドに差し込んだ。
廻してはいないので、余計なプログラムは起動しないだろう。

投げ放ったスカーレットエッジもしっかり回収しておく。
それ終えてしまえば後は……到着待ちなのだが。

「……」

見回すが、パーゼストたちは動き出す気配が無い。
なら、今の内に脱出すべきだろう。
プログラムKEY起動も重要な事だが、自分達のメインは二人を助ける事なのだから。
プログラムKEYの起動は此処を脱出した後でも十分だろう。

そう考えて、カノンは二人に歩み寄った。

「ゆうい……じゃなかった朋也君……大丈夫?!」
「どっちでもいいよ」
「え?」
「リーダーがよければな。
 ただ……本物かどうかも分からない、っていうか、多分偽者だぜ俺は」
「……ううん。私はそうは思わない。貴方は……祐一だよ」
「……」

なんと言えばいいか朋也が考えていると、す……と秋子が彼の傍に寄った。

「岡崎、朋也さん?」
「はい?」
「腕をみせていただけるかしら。肘の辺りを」
「……あ、はい」

秋子の言葉に、躊躇いながらも腕を見せる。

すると。
秋子は確信を持った口調で言った。

「……この番号は。やはり、そうなのね、祐一さん」
「え?」
「は?」
「貴方は、岡崎朋也さんではありません。相沢祐一です。
 正真正銘、本物の相沢祐一さんです。
 今、障害になってる記憶を解くわ」

パチンと秋子が指を鳴らし『開呪』と囁く。
すると、朋也の中を記憶の奔流が駆け巡った。





一年前。
決戦時に負傷を負った自分は捕らえられ。
負傷の回復を待って……これはあくまで実験中に死なれない様に……クローン製作の為の装置に押し込められ、『眠らされた』。
抵抗しようにも身動きがとれず、流れに身を任せる事しか出来なかった。

クローンがすぐ使い物になるようにと、ある程度の記憶の移植作業を行っていたが、それに思いの他時間が掛かったらしく、祐一は半年もの間眠っていた。

其処からの記憶は、断片的だった。

肘に走る焼け付く痛み。
クローンプラント崩壊と共に『外』へ放り出され。
『回収』部隊に連れ去られるようになったときにレジスタンスに救われ。

渚と出会い、過ごし……そして、今。





「……俺、は」
「お母さん、今の話は、本当なの?」
「ええ。
 半年前、私はカノンのベルトが確保され、祐一さんが捕まり……
 さらには祐一さんのクローンを製作するという計画が動いているという情報を得て、動いた。
 大げさな部隊を動かして救出するわけには行かなかったから、あくまで私一人で。
 祐一さんを逃がすには、それが一番いい方法だったし、それしか方法が無かったの」

カノン……朋也が記憶の漂っていた間に、秋子は名雪に事の次第を話していたらしかった。

「じゃあ岡崎朋也って、名前と記憶は……」
「名前、履歴は私がレジスタンスにいた時の行方不明、捜索願届けリストからお借りしたものよ。
 ベルトこそ取り返せなかったものの、祐一さんを救出した私は、プラントを壊して、祐一さんが死んだと思われるように工作した。
 その時、施設内で見つかった時の偽装の為にクローン刻印を、
 レジスタンスの『街』に無事帰るまでに必要になるかもしれない身分記憶を入れたの。
 念には念を入れて、身分記憶には履歴の辻褄合わせのために適当な記憶を捏造してね。
 そうして祐一さんを外に連れ出した……まではよかったんだけど……
 詐称した身分の人物……岡崎朋也さんが生きていらっしゃったので、身元が割れ、相当な数の追っ手が掛かって、はぐれてしまったのよ。
 多分、その時にパーゼストか何かに襲われたショックで詐称する為の記憶が表層に出てきてしまったんだと思うわ」 
「そっか、そういう、事か……」

ぼんやりと、呟く。
だとすれば……岡崎朋也は本当に存在して……生きている。

(はやく、渚ちゃんに、教えてやらないとな……)

そんな事を考えていた時。

「祐一っ!!!」
「っと……」

自分に掛かる重みで、彼はしっかりと意識が覚醒していくのを感じた。
  
「祐一、祐一祐一……!!」
「名雪……」

名雪に抱きしめられた朋也……否、相沢祐一は、ゆっくりと手を上げ、名雪の団子髪を纏めていた紐を解いた。
途端、名雪の髪がふわり、と広がり……祐一が良く知る髪型に戻っていく。

「え……?」
「……ああ、やっぱり、名雪はその髪型でないとな」
「祐一……!! 記憶、戻ったの……?!」
「あー……なんだ。
 イチゴサンデーは、まだだけど……とりあえずただいま。
 苦労、かけたな」
「う…………うう……。
 うわああああああああああああああ!!……祐一……祐一……っ!!!」

泣き崩れる名雪を、祐一は優しく抱き締めた。

言いたい事、謝りたい事、伝えたい事はたくさんある。
でも、それは……後に廻すしかない。

「名雪、そろそろいいか?」
「う、う」
「悪いが……今は」
「この世の名残は終わったか?」

すべき事がある……そう口にしようとしたのを、声が遮った。

浩平が現れたドアから……一人の男が姿を現していた。

「何故、パーゼストが動かなかったのか分かるか?」

それは、相沢祐一そのものの容姿をした青年。
腰に、全体的に銀色の装飾を施したベルトをつけている。

「必要が無かったから。
 そして、お前は俺が殺すからだ。
 まさか、オリジナルがまだ生きていたとは……俺は幸運だ」
「クローン……??!!
 あの時データは全部破壊したはずだったのに……」

驚きの声を上げる秋子に、『彼』は言った。

「アンタが破壊した段階で既に試作一号が別の所で作成されてたんだよ。
 プラントでの量産は、その結果如何だった……が、まあ全てアンタのお陰でオジャンになった。礼を言う」
「なんで、礼を言うんだよ」
「……お前は、同じ顔、同じ遺伝子を持つ人間がこの世に二人以上いることに何も感じないのか?
 俺は……嫌だ。俺は、ただ一人の俺だ。
 俺こそが……相沢祐一。
 ベルトを使いこなす、最強の仮面ライダーなんだ。
 俺は、その為に作られたんだ」 
「お前……」
「だから俺は……貴様を殺す。
 俺が、ただ一人の俺である為に。変身」

カチリ、と鍵を廻す。
それにベルトが反応し、銀色の閃光が辺りを覆い『彼』に仮面を被せていく……!!

そして、光が晴れた、其処には……銀と黒で構成された、カノンによく似た『ライダー』が立っていた。

「な…?!」
「これは擬似反因子結晶体を昇華し、製作した『レクイエム』最新鋭のベルト。
 仮面ライダーを討つ為の仮面ライダーとして製作された力。
 かつて『フェイク』と呼ばれた力の完成形。
 仮面ライダー……レクイエム」

組織の名を冠する仮面ライダー。
それは、つまり。

「言っておくが。
 カノン、アームズ、エグザイル、そのどれを使っても今の俺には勝てない。
 レクイエムの名を冠するほどの自信作らしいからな」
「は……。どうせハッタリだろうが」
「なら、試せばいい」
「……やってやるさ。
 二人とも、そこで待っててくれな。
 後もう少ししたら……ケリをつけられる」
「で、でも……この状況だよ?」
「それを何とかするための秘策を皆が準備してくれてる。
 後もう少しで、到着すると思うぜ」
「……まさか、プログラムKEYを?」
「ええ、今度は……成功しますよ。だから……今は、アイツを倒します」
「……気をつけてね」
「おう。
 ってわけで、行くぜ……!!」

名雪にしっかり頷いてみせたカノンは、バッと地面を蹴って、レクイエムに殴り掛かる。
だが。

「なに!!?」
「……効かない。もっと打ってみろ」
「舐めやがって……!!」

激昂して、パンチを連打するカノン。
だが、レクイエムは微動だにしなかった。

「じゃあ、これでどうだ!!」

閃光が収束した拳を、フルスイングで顔面に叩き込む……!!

が。

「……この程度か?」
「く……」

全く、ダメージを与えていなかった。

「……こう、なったら……」

大きく跳び下がったカノンの脚部に、光が集う。

「う、おおおおおおっ!!」

着地地点から全速力でダッシュ、そして跳躍。
其処から、込められるだけの全力で必殺のキックを撃つ……!!

「くらえええええええええええっ!!」
「ふんっ!!」
「……なっ!!??」

しかし。
それさえも……レクイエムがただ掲げた拳によって簡単に弾かれ、カノンは地面に落ちた。

「俺が草薙紫雲のようにパーゼストだったり、折原浩平のように多少の影響を受けているなら、多少は意味があったかもしれないが。
 肉体が純正の人間である俺とアンタに限っては、生体エネルギーの収束は単純な威力の強化に過ぎない。
 そして、レクイエムとカノンの能力値は十倍近い差がある」
「く、そ……」

レクイエムは、呻くカノンの首を掴み、中空に持ち上げ…放り投げた。

「ぐ、あっ!!」

轟音が鳴り、出入り口近くの観客席下の壁に叩き付けられるカノン。
その際、ベルトが外れ、変身が解除される。

「これで……終わる。
 俺が相沢祐一になり、存在は固定化される。
 邪魔をするモノ、弱いモノは全て滅ぼす。
 それが……パーゼストの支配する世界だ。
 俺が生きていく世界だ……!!」
「……はっ。じゃあ、まず消えるのはお前だな」

壁に叩きつけられ、ダメージを負いながら、祐一は言う。
心の底から、哀れむように。

「なに?」
「『俺』にスリ替わるしか考えてない、自分自身を持とうとしてないお前が一番の弱者だって言ってるんだよ」
「貴様に……何が分かる!!」
「お決まりの台詞だな。だが、分かるぜ」
「なん、だと?」
「俺はしばらく相沢祐一である記憶を失ってた。
 だから、クローンだって折原に言われた時は、それなりにショックだったんだぜ。
 でもな、それでも俺は誰かにスリ替わろうなんて思わなかった。
 俺は俺の気持ちのままに動いて、戦った。
 『名無しの仮面ライダー』としてな」
「……」
「自分が何者かなんて、自分で築くものなんだよ。
 製造過程がどうとか、関係あるか。
 んで、んな事もわからない奴に……『相沢祐一』はやれないな。
 お前には、勿体無さ過ぎる」
「貴様……っ!!」

憎悪を滾らせて、レクイエムが歩き出す。

(……ったく、それでもこの戦力差じゃな)

迫る『自分』を見据えて、内心で祐一は愚痴った。

一応カノンには強化形態があるが、それは時間制限付きな上、しばらくベルトそのものが使えなくなる。
よしんば、それでコイツを倒せても、その後脱出できなければ意味がない。

(それでも……まず、コイツを倒さないと……)

一か八か。
強化形態を起動させようとした、その時。

「だあああああああああっ!! やっと着いたっ!!」

祐一が叩き付けられた場所のすく傍の出入り口から、エグザイルのベルトを腰に巻いた北川が現れた。
次いで、ノートパソコンを抱きかかえたことみ、拳銃を構えた美凪、金属バッドを手にした晴子も出てくる。

唐突な乱入者に、レクイエムの足も思わず停まる。

「北川!!」
「岡崎!!」
「あー…今はもう相沢だ」
「なんだそりゃ……ってなんだ、あのライダー!? 折原はどうした?!」
「あー、もう!! 折原は倒して、鍵は此処! アイツは俺のクローンで滅茶苦茶強い敵だ!
 んで、それよりプログラムは!!」
「プログラム調整は完成してるの!」
「相沢さん、これを!!」

美凪が放り投げたそれを祐一は受け取った。
それ……紫雲が使っていた、紫色の宝玉が嵌った鍵を。

(……そうだったな……)

鍵を見て、今更になって実感が涌く。
草薙紫雲がもういない事を。

彼の最後を看取る事は、出来なかった。
ゆえに彼が最後にどんな言葉を残したのか、祐一は知らない。

だが。
その代わり、彼が願っていた事を、祐一は知っている。

(……その為に力を借りるぜ、草薙!)

そんな強い決意とともに、祐一は改めてベルトを装着した。

「……無駄な事を」
「無駄かどうか、見せてやるさ」
 
エグザイルの鍵を右側に。
アームズの鍵をスカーレットエッジを外した左側に。
そして、カノンの鍵をメイン回路となる、バックルに。

仮面ライダーになった者達の意思を込めるように、一つずつ差し込み、廻す。

そして。
今、全てが一つとなる……!!

「変……身っ!!!」

カチリ。

三つの鍵音が全て重なるイメージ。

そこから全てが始まった。

祐一の身体が紅色に包まれ……カノンへと変化する。
そのカノンは強化形態であるリミテッドフォームへと更に変化する。

その、リミテッドフォームの三つのライン。
全て赤で統一された三つの内の二つが変色する。

赤から、紫。
赤から、白。
それが唯一赤いままのラインを挟み、全身を駆け巡る。

それが終わった瞬間……ベルトから、黒光が、溢れた。

二本だった『触覚』が四本に展開する。
赤い複眼は、黒い複眼に。
両肩の突起物からは左右二枚ずつの、四枚の黒いマフラーがたなびく。

全身に走るラインは赤・白・紫。
それは薄く、だが力強く発光し続けている。

全てのライダーを統合しながらも、刃のような鋭さをもった姿が完成する。

その名。
仮面ライダーKEY……!!










「な、なんだ……あれは??!!」

レクイエムが、一歩後退する。

(く……感じる……!!)

一万体のパーゼストが慄いている。
パーゼストですらない自分自身も恐怖を感じている。

あの存在から立ち昇る、圧倒的な、暴力と破壊の気配。
エネルギー出力も桁が違う。

そう。それは……高位パーゼストをも凌ぐ力……!!

「……」

チラリ、と視線が送られる。

ソレは一瞥しただけなのだろう。
仮面ライダーKEYにしてみれば、敵の確認をしただけ。

だが。
それは凄まじいまでの圧迫と恐怖をレクイエムに与えた。

「……う、あああああああああああっ!!」

思わず殴り掛かったレクイエムは、攻撃の嵐を繰り出す。
だが。

「……」

KEYは、微塵とて揺らがない。
先刻までの立場が、文字通りの意味で完全に逆転していた。

「ば、かな?」
「……はっ!!」

呆然とするレクイエムに、KEYが黒い光を纏った拳を叩き込む。
レクイエム防御体勢を反射的に取っていたものの、それでも簡単に吹き飛ばされた。

「あぐ!!」

ガードしていたにもかかわらず、パラパラ……と顔面生体装甲が一部崩れ落ちる。
並みのパーゼストはおろか、高位パーゼストの通常攻撃さえ想定した筈の装甲が、何の役にも立っていない……!!

だが一方で、祐一の身体にはかなりの負担が掛かっていた。

(……ち……!! 熱い、な、こりゃ)

あまりにも圧倒的な出力ゆえに、変身者である祐一自身さえ身を焦がしているのだ。
システム的にはともかく、このままでは祐一の限界が来る。

「そうなる前に、ケリをつける……!!」

叫んだ祐一は、腰低く構えた。

その足に。
漆黒の闇が塗り固められていく……!!

「負けるか……負けるか……!!」

レクイエムの脚部にもまた銀色の光が宿る。
全てのエネルギーを振り絞った、最強の一撃。

「う、おおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
「はあああああああああああああああああああああああっ!!!」

そうして。
黒い蹴撃と銀色の蹴撃が激突する……!!

「く、あっ!!?」
「うう……!!」

瞬間、見守っていた北川達が呻く。
激突の際、ズンッ、と生み出された衝撃波の余波が空間さえ震えさせ、弱いパーゼストは余波だけでその身体が消滅していく。

その中心で、彼らの激突は続いていた。

「おおおおおおおおおおっ!!」
「ああああああああああああ!! 負けるか! 俺は!! 生きるんだあああああああっ!」

銀が、黒を圧していく。
叫びの強さに比例するように、強く強く圧していく。

レクイエムの叫びは、余りにも真摯な生命の叫びだった。
身体が造られたものであれ、その叫びだけは紛れも無い真実だった。

少なくとも、祐一はそう感じた。

(……伝わるよ、お前の気持ち。だがな……っ!!)

「な、にぃぃっ!!」

黒が、銀を圧す。
圧倒的に、押し返していく……!!

「だからこそ!!」

『自分』だけじゃない。
『皆』生きたい事が分かっているから。
 
「俺がっ、勝つっ!!」

レクイエムの脚が、砕ける。
KEYの脚が、砕く。

そして……砕いた脚はそのまま……レクイエムの胸へと突き刺さった……!!

「ぐ、ああああああああああああっ!!!」

全てを飲み込むブラックホールのような黒色の力が、観客席に堕ちて弾けた。








「……」

クレーター状になった観客席の中。
変身が解除され、仰向けに倒れる『彼』。
脚はあらぬ方向に圧し折れ、全身打撲を負ってはいるが……生きていた。

「……おい、もう少し生きてろよ。
 そしたら、病院に連れて行ってやる」
「な、に……? どう、いう?」
「折角生きてるんだ。最後まで生きろよ。
 死んだ奴がたくさんいるんだから、生きてる奴ぐらい生き足掻くべきだって思うよ、俺は。
 それだけの事だ」

そう告げて。
KEYはアリーナの中央……仲間達の下へとジャンプして降りていった。

残された『彼』は。

「……」

ただ呆然と、天井を眺めていた。










「……あの力……厄介極まりないな……」

一部始終を見届けた『鷹』は、自分の奥から湧き上がる、微かな震えを感じていた。

実際の所……反因子結晶体単体は、元来そこまでの脅威ではない。
下位のパーゼストならまだしも、高位パーゼストには通用しない……その筈だった。

だが、アレは別物だ。
複数の反因子結晶体を共鳴させる事で、桁違いの出力、生体エネルギーを生み出している。

「……上手くすれば、俺達の更なる進化に使えそうだが……」

どうするべきか、即座に思考を纏めようとした時。

「あ、あの……」
「なんだ!?」

呼び掛ける秘書に感情のまま吼える。
秘書はガタガタ震えながらも、懸命に用件を伝えた。

「『獅子』様からの緊急の連絡が……」
「……?」

それどころではない。
分かっていながら、通信のスイッチを押す。
フ……と子供……の姿のパーゼストがホログラムとなって現れた。

『やあ、聞こえるかな?』
「なんでしょう」
『そちらの、首尾はどうかな? まさかまだ手間取ってるのかな?』
「それは……」

この事態をどう説明しようかと思索する。
考えあぐねていると、向こうの方が意外な言葉を口にした。

『やっぱり。思いの他、粘りきったみたいだね、そっちも』

そっちも。
その言葉の意味を、彼は一瞬計りかねた。

「……それはどういう?」
『世界一斉制圧計画は延期になったよ。
 世界各地で巻き返しが起こってね。
 恐るべきは人類、恐るべきは仮面ライダーだね。
 こちらでは鮫君、飛蝗君が敗れ去ってね。
 しかも、反因子を使わない機械交じりの……確か、改造人間に』
「な?! あのお二方が……?!!」
『幸い、王の覚醒もあって本陣は護れたけど……仕切り直しだね。
 まだ梃子摺る様なら、君も一旦”こっち”に戻ってきた方がいい。
 大丈夫さ、別に罰したりはしないから。じゃあね』

そうして『通信』は途絶えた。

「……ま、ずい……」

この状況は、極めてまずい。

自分の敗走……それはどうでもいい。
仮にその為に粛清されても、甘んじて受けるつもりだ。

だが、あの存在を……漆黒の仮面ライダーを放って逃げる事はまずい。

『獅子』の言葉によれば、反因子結晶体を使わない人類でさえ、高位パーゼストを撃破し得たという。
そこにあの『仮面ライダー』の力が加われば……憑依体という種そのものが危機に陥る可能性が高い。

なれば……答は一つ。

彼は迷わず、それを決断した。









『殺せ! アイツを殺せ……!!』

アリーナ全館に『鷹』の声が通り過ぎた。
途端、恐怖に戦いていたパーゼスト達がざわめき、恐怖で緩慢ながらも動き出した。

「ちょ、やばいんやないか……?」

この状況を見て、晴子は率直な意見を零した。

如何に仮面ライダーKEYが固体性能では敵はないとは言っても、流石にこの数は辛い筈だ。
晴子は知らないが、祐一の肉体の限界も近い。

おまけに彼には護るべき人達がいる。
彼一人ならば、逃げるようにして戦えば脱出は可能だろう。
しかし、そんな事など祐一に出来る筈も無い。

「祐一……」
「相沢、どうするよ?」
「どうするって……なんとかするしかないだろ……」

流石に仮面の奥の顔が引きつる。

「……心配は要らないの。
 今こそ、プログラムKEYを起動させるの」
『え?!』

だから、そのことみの言葉に、秋子と名雪以外の人間の顔が思う様変化した。

「……今起動してるんがそうやないの?」
「違うの。今はライダーシステムとしてのプログラムKEY……簡易版なの。
 単独戦闘能力だけが突出してるなら、人類の切り札とまでは言われないの。
 KEYは……文字通りの対パーゼストプログラムなの。
 増幅プログラムも入れたから、上手く行けば関東圏内のパーゼストは消去出来る。
 仮に上手く行かない最低限の起動でも、この場の……アリーナにいる分位のパーゼストの消去は可能なの」
「おいおい、そんなにすごかったのかよ!! だったら相沢早く……」
「でも、問題が一つ。
 相沢君がプログラムを起動開始してから三分のチャージが必要なの。
 その間、相沢君は戦えない……」
「なにぃ!? そういう事は早く言え!! それで起動はどうするんだ!!」
「いつもの収束を全身で行って。
 それから解き放てばいいの。
 そうしたら反因子の力を放出して、パーゼストだけを消滅できる」
「人間には無害なんだな? よしっ……」

ことみの言葉に従って、祐一は意識を集中する。
それに伴い、KEYの身体に黒い光が覆っていく。

「って事は。後は、相沢のガードか……」
「さっきの余波で少し減っているのは幸運ですね」
「やりましょう……命ある限り」
「……よっしゃ、行くぜ!! 変身!!」

北川は、エグザイルのベルトに嵌っていた擬似反因子結晶体でエグザイルへと変身した。
通常より幾分色素が薄い姿だが……

「戦うには関係ないぜっ! 相沢借りるぞ!!」

スカーレットエッジに擬似反因子結晶体を差し込み、紫の刃を生み出したエグザイルはKEYに向かい来るパーゼストを斬り捨てていく。

「……出来る限りの事をやらせていただきます」

美凪は、此処に来る前に北川から借りた拳銃で、近づいている者達から撃ち抜いていく。
紫雲が生きていた頃、自分の身を自分で護れるように、紫雲の足手纏いにならないように訓練していた事もあり、彼女の射撃は正確だった。

「うらぁっ! どかんかい!!」
「ーっ!!ーっ!!」

晴子が金属バッドを適当かつ我武者羅に振り回す。
その背中では、ことみがノートパソコンを半泣きになりながらも振り回していた。
ソレらはパーゼストにとっては大したダメージにはならないが、牽制には役立っていた。
……まあ、ことみの方は美凪が懸命にフォローしているので、牽制になっているように見えるだけなのだが。

しかし、いくら奮闘しようとも『隙間』は生まれる。
その隙間を縫って、二三体のパーゼストが襲い掛かってくる。

だが。

「今の私に出来るのは……このぐらいね」

秋子が包帯に巻かれた腕のまま、隙間を縫って接近したパーゼストを指差していく。
すると、指を差したパーゼストの頭部に僅かな穴が開き、倒れていった。

「お母さん……」
「ふう、駄目ね。最低限とはいえ風を収束してこの威力だなんて……」
「……すごいの」
「ちゅーか、アンタほんまに人間か?」

そうして乱戦が暫し続いていく。
先程の余波の影響か、パーゼストはやや弱っているらしく、割合あっさりと倒れていった。
だが。

「ち……数多すぎるだろ、これ!!」

多少減ったり弱ったりした所で元々の数が多いのだ。
北川や美凪、秋子が奮戦しても限界はある。

「三分ぐらいなら……そう思ったけど、キツイわね。年かしら」
「弾が……足りない?」
「いや、冗談言ってる場合でも、聞いてる場合ちゃうやろ……」

少しずつ。
少しずつ包囲が縮められていく。

「畜生、このままじゃ!!」
『……ったく、しょうがねーな』

祐一が焦りの声を上げた時。
何処からともなく、パーゼストがKEYの前に降り立った。

「な……!!?」

それはパーゼスト。
金色の虎のパーゼストだった。

『さっさとしろよ。相沢。時間は稼いでやる』
「お前……折原なのか?」
『ああ。まあ、アームズのベルトも少し不完全でな。
 俺が望めば『傾く』らしい……っと!!』
「お前……なんで」

パーゼストを殴り倒しながら、浩平は言う。

『……拠点のビルの地下に、瑞佳が眠ってる。
 その維持と回復を頼む。
 開発は出来なくても、維持ぐらいなら施設自体があれば暫く出来るだろ?』
「ええ、出来るわ」

浩平の問いに、額に汗を浮かべながら迎撃を続ける秋子が頷く。

『それが条件だ。出来なきゃ、お前を殺す』
「………いいぜ。引き受けた。でもいいのかよ?」
『俺は瑞佳さえ無事なら他はどうでもいいしな。
 それがクリアされるなら、他の連中も生きてた方がいいだろ』

いともあっさり裏切りを表明する浩平。
それには、こんな状況だというのに祐一も笑うしかなかった。

「まぁ、折原だもんな……」
『そういう事だ。
 さあ、とっととやっちまえ!』







「アイツめ……!」

折原の裏切りを見た『鷹』は、ギリッ、と歯噛みした。

『仕方があるまい、私が……』

パーゼストの姿に変化した『鷹』が特別席から舞い上がる……が。

「はあああああっ!!」
『!!!???』

地上から跳躍した『何か』がホークパーゼストに掴み掛かる。
『何か』を凝視して、ホークパーゼストは叫んだ。


『貴様!! 貴様まで裏切る気か……!!?』
「裏切る……? 俺は……」



『自分が何者かなんて、自分で築くものなんだよ。
 製造過程がどうとか、関係あるか』

『折角生きてるんだ。最後まで生きろよ。
 死んだ奴がたくさんいるんだから、生きてる奴ぐらい生き足掻くべきだって思うよ、俺は。
 それだけの事だ』



「俺が、したいようにやっているだけだ……!!」

『鷹』を掴んだレクイエムは最後の力を振り絞り、ホークパーゼストの羽を引き千切る……!

『ぐううっ!!?』
「……本当の高位パーゼストならまだしも、貴様みたいな複製品なら、同じく複製品の俺で十分だっ!!」

羽を奪われたホークパーゼストはレクイエムともども観客席に落下していった……!







「……気のせいか……なんか、数が……減ってるみたいなの」

ことみの呟きは気のせいではなかった。
パーゼストの数が明らかに減ってきている。

いくら皆の頑張りがあるとは言っても、計算が合わない。

「??」

その理由を探るべく視線を彷徨わせる。

「え……?」

そうして、見えた。

赤いマフラーをたなびかせる、祐一達とは違う『仮面の戦士』がパーゼストを簡単に打倒していく姿を。

その姿は……『仮面ライダー』そのものではないのか。

「……んん」

気のせいかと眼を擦る。
すると、其処にいた筈の人物は姿を消していた。

「……」

だが、その一瞬の出来事は夢や幻ではない。

その証拠に。
彼が倒したパーゼストは、確かに其処に倒れていたのだから。







「まだかよ! 相沢!! 俺の変身そろそろ切れるぞ……!!」

焦りに満ちた北川の声。
まさにそのタイミングだった。

「……よし!!」

チャージが、完了した。

KEYは全身に力が満ち満ちているのを感じ取っていた。
これなら……いける。

「OK、……だ」
「祐一……?」

そこで。

KEYは浩平に視線を向けた。

パーゼストに変化した、浩平に。

『おい!! 早く、しやがれ……!!』
「お、折原君!!」

『その事』に気付いた名雪が、悲痛な声を上げる。

「折原!! お前、分かってんのか?
 今プログラムKEYを起動したら、お前も消えるんだぞ……!!?」
『!!!』

祐一が指摘したその事実に、皆の動きが一瞬硬直する。
だが、当の本人、折原浩平は極めて軽い調子で言った。

『仕方ねーさ。……あの世で草薙や他の連中に詫びないとならねーしな。
 というか、かだ』
「?」

一旦言葉を切った浩平は、数瞬前の軽い調子を捨てて、吼えた。

『裏切り者なんか気にして、ここにいる全員を殺すかよ、お前は!!
 護りたいものが、あるんだろうが!!
 アレだけ啖呵切ったんだ! キッチリやれ!!』



『誰だって負けたくないんだ! 
 誰だって護りたいものがあるんだよ!!
 それを持ってんのが自分独りだって決め付けて、他人の護るものを踏みにじってんじゃねえええっ!!』



「…………折原」

それは、自分が確かに言った言葉。

ソレを曲げる事は、許されない。
そう叫んだ自分は、目の前の折原浩平に勝ったのだから。
今更、捨てる事は……出来ない。

長い長い、思考と煩悶の果てに。

「………………………………………………分かった」

祐一は、決意した。

『それでいいんだよ。
 あー、俺らしくね。あ、水瀬』
「…………なに、かな」
『もし、瑞佳が助かったら……よろしく伝えてくれ』
「…………うん、約束するよ」
『悪いな。……よし、じゃ、やれっ!!!』
「………………………………………折原。礼を言うぜ。
 行く、ぞ。
 うおおおおおおおおおおおおっ!!!!!」

ソレは咆哮。

命あるもの達の、叫び。

そんな咆哮と共に。

漆黒の閃光が、仮面ライダーKEYから放たれた。










闇の光は、存在していたパーゼストの全てを消滅させながら、アリーナを満たす。

アリーナを満たした黒は、パーゼストが散っていく光に連鎖して、大きく大きく広がっていく。

パーゼストの活動がもっとも盛んだった東京に。

レジスタンスの『街』に。

ソレよりも遠い町、街、マチに。

大きく大きく広がっていく。

そうして、この日。
関東圏内に存在するパーゼストは、全滅した。










「……確認したの。
 効果範囲関東全域。プログラムKEY、成功なの」

ことみの言葉を肯定する、パーゼストの残骸たる、光の粉が散らばっていく。

アリーナ中を、それが満たしていた。

「……これで、終わったのか……?」

ギリギリで変身が解除された北川は、痛みを堪えて立ち上がる。
その視界に、光の粉を映しながら。

「ううん……終わりなんかじゃないよ」

北川の言葉を、名雪は静かに否定した。
そうして、キラキラと舞う光の粉を見上げて、呟く。

「……そうですね。
 確かに、これで関東圏内のパーゼストはいなくなったでしょう。
 けど、日本全体や世界全体のパーゼストが消えたわけじゃない……」
「そうなの。
 それに、今度はデータを元に、反因子結晶体、相沢君無しでもプログラムを起動できるようにしないと。
 その上で、消滅じゃなくて人間に戻せるプログラムを作る事も忘れないでいかないといけないの」

美凪とことみも、雪のように降り注ぐ光の粉を見上げる。
何処か、悲しそうに。

「そして、それらもパーゼストに抗体が出来る前に成さなければならない……
 彼らにプログラムKEYへの耐性が出来たら、また全てが壱からやり直しになってしまう」
「まだ、茨の道は続いてるっちゅうことか……」

晴子と秋子もまた、光をただ見上げた。
悲しみと哀れみと、失ったものへの痛みを込めて。






「……『まだ終わらない』……か」

変身が解除された『彼』は、祐一達を見ながら呟いた。

死に際に、ホークパーゼストが残した言葉。
確かにそれは事実。

全ては、これから始まるだろう。

世界には複数の高位パーゼストが未だ存在している。
それらを束ねる、恐るべき存在もいるという。

人類の戦いは、これから。

何処まで続くか分からない戦いは、まだ続いていく。






「………………それでも」

祐一が、呟く。
今日までの『戦い』を思い返して。



全てを託して死んでいった草薙紫雲。
消滅を承知でプログラムKEYを起動させた折原浩平。
パーゼストの犠牲になった、友人、知人、もう知る事さえ出来ない人々。
パーゼストに変貌し、もう戻れなくなってしまった、多くの人間達。

払われた、これからも払われていくであろう犠牲は余りにも大きい。

その犠牲を無意味なものにするわけには、いかない。
人類の敗北は、全ての犠牲を無駄にする。

ならどうするか……答は一つだ。



「俺達は行くしかないんだ、この道を」
 
祐一は、光の粉を見ていなかった。

その向こうにある、天井を越えた、青空を見据えていた。

絶望という雲の隙間からのぞく青空を。

その果てに消え行く魂の欠片を心の片隅に握り締め。

遥かな旅路を、彼らは歩き出していく。

「歩き続けて、みせる」

そう宣言した相沢祐一は、高く高く掲げた拳を力強く握りしめた。










それは何時か何処かに在る世界。

現在と未来の挟間にある、決して絵空事ではない世界。

何故、こんな世界になったのか。
……それを語る事は無意味な事だ。

何故、自分は自分の形として生まれたのか。
……それを問う事もまた無意味な事だ。

生まれた限り、生き抜く。
どんな形になろうとも、生き抜いていく。

それが、命あるものの戦いであり、世界そのものなのだから。







END
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