それは何時か何処かに在る世界。

現在と未来の挟間にある、決して絵空事ではない世界。







地球という星がある。
その中に日本という国がある。
日本は……比較的平和な国だった。





「うわああああああああああああああっ!!」
「助け、助けてく……」





今。そこに、かつての平和は無かった。





パーゼスト。
憑依体と呼ばれる、人間に寄生する事でその肉体を支配し怪物……否、怪人とする存在、あるいは怪人そのもの。

その存在は、何時からか何処からか増加の一途を辿り、ヒトを『喰らい』、襲い続けた。
この星で生きる権利を奪い取らんと、活動し続けた。

勿論、人間は……人類はそれを看過しなかった。
世界各国で対パーゼスト装備を整え、様々な武装、作戦をもってパーゼストに決戦を挑んだ。

だが。

その結果は……勝利とは言えなかった。







そして現在。

「hygyghnbbuuh」
「fftyffhvdd」

パーゼストの『結界』に閉ざされた日本では。
知能を持った複数の高位パーゼストによる支配体制が敷かれ、人類は彼らに従う事を余儀なくされていた。

今、この路上で行われているのは、彼らの支配の一環。
『現在の所』、彼らは人類の肉体を持って繁殖する。
ゆえにその素体となる人間を、ある一定のペースで回収して行くのだ。

「……」
「……」

パーゼストに殺された、あるいはパーゼストにより重傷を負った人間をトラックに運ぶのは……人間。
彼らは、パーゼストに強制され、この作業についている人々だった。

無言で人々をトラックに運ぶ彼らの表情は、無い。
押し殺すのでも隠すのでもなく、無かった。

「huhuhunn」
「うわああああっ!!!??」

「drvjguigigk」
「嫌だ、嫌だぁぁぁ!!」

路上で続けられる、殺戮という名の捕獲。
それを目の当たりにしながらも、ただ通り過ぎて行くしかない人々もまた表情は無い。

恐怖はある。
悔しさもある。
彼らも感情を失っているわけではない。

だが、それを外に表す事さえ出来ないほどに、彼らは絶望していた。

こんな光景を日常と言ってしまえるほど見せられてしまえば……そうなった彼らを責めるのは酷と言うものだろう。

誰が命を賭けてまで人知を超えた怪人に挑めるだろうか。
この場限りだけならまだしも、これは日本中……いや下手をすれば世界中で起こっているのだ。

パーゼストとしても労働力としての、あるいは家畜としての『人類』を全滅させるつもりは無いらしく、
『回収』は決められた日に決められた人数だけ行われるが……
それは『回収』される人間、その家族や友人・知人、大切なヒトには何の救いにもなりえない。

此処で彼らに立ち向かう事が、如何に無意味な事なのか……思い知っているが故に、無関心を表面に出すしか出来なかった。

「お願いします、この子は、この子だけは……!!」

それは。
子供を必死に庇う母親、物心がついたばかりであろう子供を見ても変わりない。

「gyugyugyjugyug」
「esetsrddrtyd」

それを見て『彼ら』は囁き合う。

実際の所、素体の条件として女性はともかく、子供はあまり使えない。

だが、それは彼らにとって何の関係も無い。

弱者を敵とするパーゼストにとって。
人類を家畜と扱う彼らにとって、
人間を余計に殺そうのも、自分達の『ノルマ』が多少達成できないのもさしたる問題ではない。

『弱者が気に入らない』というプログラムという名の本能は。
『支配』を好む彼らの存在は。
目の前に立つ親子の殺害に、なんら疑問を浮かばせなかった。

「gygugyugffytfu」

そうして。
彼らが親子を殺そうとした……まさにその時だった。

その路上……パーゼストのすぐ傍の道路に、一台の赤いワゴン車が甲高い急ブレーキの音を鳴らしながら急停止した。

「させるかよっ!!」

ワゴンが停止するかしないかの中で、一人の青年がワゴンから飛び出す。
青年……北川潤は、手にしたライフルでパーゼストを撃った。

その狙撃は、パーゼストの頭部に確かに命中する……が、それは彼らに通用しない。
彼らにしてみれば通常の銃弾は、モデルガン程度の威力でしかない。

だが、それはパーゼスト二体の注意を逸らし、「彼ら」の準備を整えるには十分だった。

ワゴンの中から、数人の若者が北川同様に降り立つ。
その中には、長い髪を団子状にまとめた女性の姿もあった。

「目標パーゼスト!! 周りの人には絶対当てないで!!
 狙撃担当以外はトラックを!!」
『了解!!』

その女性……水瀬名雪の指示に従い、ライフルから拳銃に持ち替えた北川をはじめ、青年達はパーゼストに向けて一斉射撃を行った。
訓練を経た彼らの射撃は正確で、的確にパーゼストの肉体に命中した。

その命中は彼らの技術も大きいが、パーゼストの慢心もあった。
拳銃程度で自分達を傷つけられはしないと、高をくくっていた。
だが、青年達の銃弾は、通常人間に使用した時と同様にパーゼスト達の肉体を穿ち、ダメージを与えた。

それもそのはず。
彼らが放ったのは、かつて警察機関が使っていた、パーゼスト専用の銃弾だったからだ。

「guuyjhhj!!」
「hhhhbftfttttttttt!!」

苦痛の声を上げるパーゼストを他所に、名雪は親子に駆け寄った。

「大丈夫ですか?!」
「あ、は、はい……」
「良かった……」

子供ともども無傷らしい事を見取った名雪は、安堵の表情を浮かべた。

それは本来の……世界が平和だった頃の彼女の顔。
穏やかで優しげな、少女の表情。

だが、それも一瞬。
現在、憑依体への反抗活動を率いる人間としての水瀬名雪、その厳しい表情に戻ると、彼女は言った。

「此処は私達が何とかしますから、逃げてください……!」
「……あ、ありがとうございます……!!」

動揺から震えこそあったが、名雪の力強い言葉のお陰か親子はしっかりとした足取りでこの場から走り去っていった。

「水瀬……じゃなかった、リーダー。
 こっちもケリがついたぜ」

北川の言葉を受けて、名雪はワゴンに戻りながら視線を移す。

遠くには『回収』を行おうとしていたトラックが遠ざかる姿。
……無事奪還に成功したようだ。

そして、地面には的確な狙撃を受けて二体のパーゼストが倒れて……

『juhuunb……』
「……なにっ!?」

二体の内一体はぴくりとも動かなかった。
だが、もう一体はゆっくりと起き上がり始めた。

「ち……しぶとい……!」
「皆、撤退するよ」
「水瀬?!」
「今日の『回収』は防げた以上、これ以上ここに居る意味は無いよ。
 場所を捕捉されて、包囲されたら脱出さえ出来なくなる……」
「そう、だな……了解」

名雪の言葉に従い、青年達はワゴンに乗り込んで行く。

「皆乗ったね?!!」
「全員そろってます!!」
「おーし。晴子さん、お願いしますっ!!」
「よっしゃ、任せとき!!」

北川の言葉に、不敵に笑って答えた女性……神尾晴子は、平和な時からの愛車(現在は違法改造を施してある)のアクセルを踏んで、現れた時同様の勢いで急発進した。

「……hhbjhhuuh」

傷つけられた怒りか。
種としての誇りか。

遠ざかって行くナンバープレートの無いワゴンを睨み付けたパーゼストは、緑色の体液に自身の体を濡らしながらも追跡を開始した。







「おい、アイツ追ってくるぞ!」

彼女達がパーゼストの追跡に気付いたのは、発射して間もなくだった。
一人の青年の声に、名雪をはじめ、運転中の晴子を除く全員がリアウィンドウの向こうに見えるパーゼストの姿を確認した。

「……やっぱり、追ってきたね」

残されていたパーゼスト関連のデータでは、彼らはある一定以上のダメージを負った場合、撤退・治癒を優先するとあった。

だが、それはあくまでパーゼストが世界の陰に隠れていた頃の事。
今もその『プログラム』は彼らの中にあるのだろうが、優先順位が下がっているのはこの状況を見れば明らかだ。
そして、それは人類が劣勢である事を如実に表しているわけなのだが……

(今は、この状況を何とかしないと)

人類の事を考えるのは、この状況を抜けた後で十分できる。
そう考え、名雪は自身も持つ対パーゼスト用銃弾が装填された拳銃を取り出した。

「あかん、アイツ足速いわ」

皆が銃撃を準備する中、ハンドルを切りながら晴子がぼやく。

「追いつかれて、車体に飛び移られでもしたら厄介だな。
 晴子さん、もう少しスピード出せないんスか?」
「スピードは出せる。
 でも、周りの状況が悪い」

北川の要求を、晴子はあっさりと切って捨てた。

晴子達が乗るワゴンは通常の車道を走っている。
となれば、当然ながら一般市民の車も走っているし、事実今も何台か行き、過ぎていく。

パーゼストに支配されているとは言え、生活そのものは大きく変化したわけではない。
パーゼストの『回収』を始めとする彼らの要求以外の所では、人々は仕事に行くし、学校にも通う。
そこには、そうする事で逆に『支配されている意識を強める』という高位パーゼストの意志があるのだが。

ともかく。
幸いにも車そのものは少ないが、速度を上げて走るには微妙に難しい状況だった。

そして、同じ理由で射撃も難しい。
如何に訓練しているとは言え、走行する車内からの正確な狙撃は別物だ。

「……なんとか、今は耐えてください。
 もう少しだけ人通りが少ない所で……」

反撃を行います……そう、名雪が口にしようとした時だった。

名雪達の進行方向、反対車線に一台の黒いバイクが現れた。

「お、おい、あれ……!!」
「っ……」

瞬間、名雪は息を呑んだ。
そのバイクに乗る『存在』が、自分の待ち望んでいる人物である事を期待してしまったからだ。

だが、違う。
そうである筈は、ないのだ。

ただ、それでも。
『彼』が信頼できる人物である事だけは、間違いない事実だった。

「……」
『……』

バイクとワゴンが交差する瞬間。
バイクに乗る『彼』と名雪の視線が交錯した。

名雪の視線を受けた『彼』は……小さく、しかし確かに頷いて見せた。

それは……この場は任せていいという、確認だった。

「晴子さん、このまま帰ってください」
「……ええんか?」
「はい。
 ……草薙君なら、きっと大丈夫です」







後もう少し。
もう少しで、追いつく。

ワゴンを追跡していたパーゼストはそう確信していた。

だが、その確信は反対車線から現れた一台のバイクによって簡単に打ち砕かれた。

「……!!」

そのバイクはワゴンと交差した直後、パーゼストの行く手を遮るように道路の中央でバイクを停めた。

「nhbvyygfyy!!」

パーゼストは『停まる』意志など無かった。
そのバイクの主を殺して、すぐさまワゴンを追う。
それだけの事だと認識していた。

その意志の元に、パーゼストは腕を振り上げ、下ろした。
当たっただけで人の肉など簡単に抉り、裂く事が出来る力を込めて。

だが。

「……?!!」

パーゼストの一撃はバイクに乗ったままの『彼』に簡単に受け止められていた。
彼の、攻撃を受け止めた腕の肘から下は、異形……パーゼストに酷似した、否、そのものの腕……に変化している。

「フッ!!」

鋭い息遣いと共に、パーゼストの腕を振り払った『彼』はバイクから降り立ちながら、ヘルメットを取る。

その下からは温厚そうな顔立ちの眼鏡を掛けた青年が現れた。
ただ、その顔の感情は温厚さから離れた、厳しいものだった。

「……此処から先は通さない」

呟いた青年……草薙紫雲の腹部に、体の内側からベルトが『現れた』。

通常の用途では決して使われないであろう事が一目で分かるベルト。
そのバックルと思しき場所の中央には『何か』が突き刺さっていた。

『何か』とは、鍵。
紫色の宝玉……反因子結晶体と呼ばれている……が持ち手の所に嵌っている……そんな鍵。

青年が、その鍵をクルリと廻す。
瞬間、青年の中で『カチリ』という音が響いた。
それは……青年の中で切り替わった音。

存在の、変化。

「変身……!!」

自身を変える呪文を吼えると共に、鍵をベルトに嵌め込む。
柄の半ばから折れ曲がるようになっていた鍵は、宝玉がバックルの中央部となる形で収まった。
それは、初めからそうあるべき調和をそこに生み出していた。

そして、それを確認したかのように、宝玉から紫と黒の閃光が溢れ出し……青年を包んだ。

「……!!!」

閃光が収まった後、其処に立っていた存在を見てパーゼストは身構えた。

両肩の突起物から流れるようにたなびいているマフラーらしきもの。
黒色が主体の身体に流れる紫色のライン。
そして、仮面のような頭部。
アメジストのような紫色の双眸は昆虫の複眼のように輝き、その頭には触覚と角の中間にあるような二本のアンテナ。

其処に立つのは、憑依体の天敵。
パーゼストを構成する『因子』とは真逆の力と『因子』そのものの力を使う、仮面の戦士。

『仮面ライダーエグザイル』が、其処にいた。

「ghgbygyuu!!!」

本能的な、あるいは彼らを構成するプログラムの命令か、パーゼストは自身の最速を持ってエグザイルに殴り掛かった。

「フ……!!」

だが、その一撃はいとも簡単に受け流され、同時に放たれたカウンターによりパーゼストは宙を舞う。

「hybuhuuuh!!!」

それでも空中で体勢を立て直し、スムーズに着地する……が。
最早、全てが遅かった。

「はあああああっ!!」

既に地面を蹴っていたエグザイルの拳に、生体エネルギーである紫色の閃光が収束していく。

パーゼストが背を向けて逃げ出すよりも速く。
その閃光の一撃は、彼の存在の肉体を突き破っていた。

「……」

無言で拳を抜き、エグザイルは背を向けた。

振り返りはしない。
全てが決していた事を、彼は知っていたからだ。

『gyggyuyyyguyygyuyuyuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuu!!!!!』

断末魔の叫びを上げながら。
光の粒となって、パーゼストは消滅した。

「……ふう」

安堵の息を吐いて、バイクへと戻るエグザイル。

そんな彼の耳に声が届いた。
人間を遥かに超越した聴覚が、微かな呟きを捉えていたのだ。

「……無駄な事を」
「これでまた厳しく……」
「……馬鹿じゃないの……」

それは、非難とも取れる言葉の羅列。

「……」

だが、エグザイルは何も言わない。

今の状況では仕方が無い呟きである事を理解していたから。
そして、それを招いたのは自分達の無力である事も。

だから彼は何も語ることなく、微かに拳を握り締めながらバイクに跨り、去っていった。

拳から滴る、緑色の液体を残しながら。










仮面ライダーKEY・劇場版

MISSING WORLD










東京から少し離れたその街は、廃墟だった。
かつて行われた人間とパーゼストとの決戦、その余波によって破壊されたまま放置されていた。

だが、其処が『街』である事には今も変わりはない。
街の意味合いや住む者達が変化しても、それは変わらない。

その一角に一つのビルがある。
一見して倒壊したままに見えるそのビルの中では、多くの人間が行き交っていた。

他でもない。
それこそがパーゼストへの反抗を行うレジスタンス……東京付近においての中核となる場所『本部』だった。

ここには、かつてパーゼストと戦っていた『憑依体対策班』の生き残りメンバー、
パーゼストに肉親や友人、大切な人を殺された事への復讐に燃える者、
レジスタンスに救われ、未だ怪我が癒えない者、
癒えた後、戦う事を決意した者達等が混在している。

そして、そんな人間達が住んでいるのが、この廃墟の『街』。
ここはレジスタンス達の街なのだ。

そして、今。
レジスタンスの中心と言える人々が、ビルの一室に集まっていた。







「……それでは、報告をお願いします」

『会議室』とでも言うべき雰囲気の一室の中。
静かでありながらハッキリとした名雪の声で、それは始まった。

彼女は『この場所』を取り纏める人間……ではない。
あくまで現状として、その代行を行い、皆を纏めていた。

代行の理由は幾つかある。

一つは、彼女が『本来の責任者』の娘として、レジスタンスという形で戦い始めて以降、『本来の責任者』の傍で手腕、成すべき事、様々な事項を勉強していたからだ。

現在、本来の責任者である水瀬秋子は、半年ほど前にパーゼスト及びそれに協力する『組織』に捕らえられてしまっていた。
レジスタンス達も救出を試みてはいるが、計画が難航しているのが現状。
そして、僅かの間とは言え束ねる者……リーダー的な役割を持つ者がいないというのは、彼らにとっては致命的な事であった。

そこで、代行を立てる事になり……白羽の矢が立ったのが名雪だった。

前述の通り、名雪は母・秋子の手腕を間近で学んでいた。
それは彼女がパーゼストに支配された現状の中、自分に出来る事を模索していたがゆえの行動だったのだが、結果としてその点に着目された。

そして、名雪は秋子に似た『雰囲気』を持っていた。
この圧倒的に不利な状況下でも、まだ戦う意志を失わせない『雰囲気』……カリスマとも言えるものを。

ゆえに、能力とカリスマを受け継ぐ彼女が代行をしているという訳なのである。

勿論、彼女よりも年長で、経験が豊富な人間……警察の憑依体対策班の元メンバーや元々からパーゼストと戦っていた組織の人間……もいる。
だが彼らは、彼女が代行を務める事を勧めた。
現在の所、若者ばかりになってしまっているレジスタンスの面々を纏めるのには、近い世代の方がやりやすいと考えたのだ。

そして、今。
あくまでも代行であるが、レジスタンスのリーダーである水瀬名雪がいるというわけだ。

そんな彼女が自ら『回収』作業の阻止に向かう事を懸念する者もいる。
が、逆にそんな彼女だからこそ、皆は信頼していると言えた。

「では一斑から、お願いします」

そんな名雪に促される形で、出されたお茶を一口含み、口の滑りを滑らかにしたばかりの北川が立ち上がった。

「第一班副長、報告します。
 ……パーゼストの『回収』の阻止に成功。
 トラックの奪還にも成功。
 ただ……」

そこで北川は歯噛みした。

「トラックに乗せられていた十人の内、七人が既に死亡。
 残る三人も重傷で、現在治療班による手当てを受けています」
「パーゼストとの遭遇戦は?」

名雪ではない誰かの問いかけに、北川は幾分冷静さを取り戻しながら答えた。

「二体と遭遇。
 内一体の撃破に成功。
 もう一体は……『仮面ライダー』により撃破されました」

仮面ライダー。
その言葉に、居合わせた人間の何人かの表情が露骨に変化した。
それに気付きながらも、名雪は流れを止めることはないだろう、とあえて報告を進めさせることにした。

「分かりました。続けて、お願いします」
「……第二班班長、報告します。
 回収作業を確認、阻止に成功しました。
 パーゼスト一体と遭遇、軽傷者が出ましたが撃破に成功。
 トラックについては、事前の阻止だったので奪還の必要性がありませんでした」
「怪我をしたのは?」
「……副長の斉藤です」
「そう……怪我の具合は?」
「はい。本当に軽傷です。今はピンピンしています」
「なら、良かった。後でお見舞いに行くね。
 ……では報告の続きを」
「第四班班長、報告します」

第三班が飛んだ事に、誰も何も言わなかった。
それが意味する所は火を見るよりも明らかだったからだ。

「回収作業確認後、阻止に入りました。
 その際、パーゼスト三体と遭遇しましたが……化け物の同士討ちにより、回収作業の三体が破壊されました。
 トラックの回収は……」
「おい、待てよ」

その言葉に反応して、北川が立ち上がる。

「……なにかな?」
「化け物の同士討ち……?
 冗談じゃない、訂正しろ!
 アイツは、草薙は化け物じゃない!! 仮面ライダーだ!!」
「そうかもしれない。だがアレは同時にパーゼストでもある。
 化け物である事には違いないと思うが?」
「なにぃ……」
「ついでに言えば、何時裏切るかも分からないし、実は既に裏切ってるのかもしれないんだぞ?」
「お前……!」

いきり立った北川が席を離れようとする。
それを停めたのは、他ならない名雪だった。

「北川君、待って。
 此処は報告の……話し合いの場所だよ」
「水瀬……」
「確かに草薙君がパーゼストなのは事実。
 以前からの知り合いである私達が贔屓目を持ってるのも事実だね。
 だけど、彼の行動は現在の私達を妨害するものだったのかな?」

と、名雪は『化け物』という単語を使った青年に笑いかけて見せた。

「……いえ」
「勿論、彼が私達と敵対する行動を万が一にでも取るようであれば、断固とした対応を取ります」

にこやかに、万が一、を強調する名雪。

「でも、そうでない現在は……彼の行動をどう捉えようとも、彼をどう呼称するかも自由だよね?」
「……はい。失礼しました」
「ううん。形だけでも理解してくれてありがとう。
 では、報告の続きをお願いします」
「第五班、報告します。
 こちらも回収作業を確認後、阻止に入りましたが……『ベルト』所持者により阻まれ、実行不可能。
 即時撤退に入りました」
「折原か………」
「……」

折原浩平。
草薙紫雲と同じくベルト所持者。
かつては、紫雲や北川達とともにパーゼストと戦っていた事もある。
だが、現在の彼の立ち位置は……人類の敵だった。

その後の報告は『敗北』の報告半分、『勝利』の報告半分。
現在十三班まである報告は終了した。

「では、最後に一ノ瀬開発主任」
「……はい」

その呼び掛けに答えて立ち上がったのは、幼さが残る顔立ちの女性。
彼女……一ノ瀬ことみは、自分を呼んだ名雪に視線を送る。
それを受けて、名雪は改めて問うた。

「状況打破の鍵となる『プログラムKEY』はどうなっていますか?」

プログラムKEY。
対パーゼストプログラム。
かつてパーゼストが世界の裏側に居た時から研究されていた、人類の切り札。

それは適性者を『仮面ライダー』に変身させる三つの鍵、三つのベルトという形で開発されていた。

なのだが……。

「やっぱり実物がないと、開発は難しいの」

プログラミングの権威であり、かつてベルトの研究に協力していたことみはそう答えた。

「草薙君は協力してくれるけど、それだけじゃ駄目。
 プログラムKEYを構成する三つのKEYが揃わないと完成は難しいの。
 逆に、実物さえあれば以前のデータがあるから二三時間で調整できるけど」
「やっぱ、三ついるか。
 残る二つの鍵の内の一つは『レクイエム』の折原が所持。
 残るもう一つは……行方不明。
 相沢が……」
「……」
「あ、す、すまん。水瀬」
「大丈夫だよ。気にしないで。
 それに……祐一は、きっと帰ってくる」
「……本当にそうなのでしょうか?」

反論の声を上げたのは、先程北川と悶着を起こした青年だった。
彼は静かに眼鏡を整えつつ、言った。

「代行は、相沢祐一こと……『仮面ライダーカノン』の帰還を楽観視しすぎていると思います」
「……」
「彼の事は諦めて、擬似反因子結晶体による代替計画の進行をもっと推し進めるべきかと」
「あのな。ちゃんとそっちの計画も進めてるだろうが」
「承知している。
 だが、現状『あるもの』として進めるのと、『ないもの』として進めるのでは成果は自然に異なってくる。
 ……僕はそう思います」
「うん、そうだね。
 でも、もう少しだけ、待ってほしいの。
 彼が居れば……幾度となく高位パーゼストと戦い、勝利を収めてきた彼が帰ってきさえすれば……私達は勝てると思うから」
「……再三に渡り、過ぎた言葉、失礼しました。
 私達としても、三つのベルト、プログラムKEYは必要。
 そして、何よりパーゼストの支配からの脱却こそが絶対目標。
 私たちも……希望がほしい事に変わりありません。
 ですから、お忘れにならなければ、それで」
「ありがとう、久瀬君。
 では、一ノ瀬研究主任。研究成果については明日の朝から確認させていただきます」
「了解しました」
「それでは、今日はここまで。
 緊急時の召集の際には宜しくお願いします」

そんな名雪の微笑で、その日の報告会は幕を下ろした。







「ったく、久瀬の野郎は……」

報告会の後、『会議室』を出た名雪と北川は並んで階段を下りていった。

「そんな事言ったら駄目だよ。
 久瀬君は皆の事を考えて言ってくれてるんだから」
「そうか? ただ嫌味が言いたいだけに見えるけどな」
「そんな事無いよ」
「……まあ、水瀬がそこまで言うなら……ところでさ」
「なにかな」
「……いや、やっぱりいい……」
「祐一の事?」
「うっ……悪い……蒸し返しちまった」
「いいんだよ。それで、祐一がどうかしたの?」
「いや、どうかしたとかじゃなくてだな……何処にいるんだろうな」
「……そうだね。
 少なくとも、死んではいないのは確かだって、皆調べてくれてたけど」
「大怪我をして、動けないでいるのかもな」
「それだったら、もうそろそろ帰ってきても不思議じゃないよね」
「……ああ、そうだな」

相沢祐一。
現在行方不明になっている、その名の青年は、水瀬名雪にとって大きな意味を持つ存在だ。

名雪の従兄弟であり、恋人。
そして現状を打破できる『ベルト』を所持し、使いこなす……『仮面ライダーカノン』。

そんな彼は……一年前のパーゼストとの決戦の中、行方不明となった。
紫雲と共に戦っていたのだが、分断され、いつしか姿を消してしまっていたのだ。

(……草薙君には、ひどい事言っちゃったな……)

当時の事を思い出すと、名雪は様々な意味で胸を締め付けられる。
祐一を見失った紫雲を責めてしまったり、ショックから一時的に現実逃避を行い、周囲に迷惑を掛けた……少なくとも名雪自身はそう認識している。

今現在、名雪が率先して代行の任務を務めるのは、当時の謝罪代わりでもあった。
もっとも、代行任務を務める一番大きな理由は……別にあるのだが。

『……帰って来るさ。
 んで、心配させた分だけイチゴサンデーを奢る。約束だ』

決戦前の別れ際、祐一はそう言った。
その言葉を、名雪は今も覚え、信じている。

だからこそ。
今は待つしか出来ない自分にとっての最高の形で祐一を迎え入れる為に……水瀬名雪はリーダーとして戦っていた。










「斉藤君、大丈夫?」

北川と別れた名雪は、その足で病院の廃墟……レジスタンスにとっての野戦病院……に訪れていた。
今日の『回収』阻止の負傷者と、以前からの怪我人の見舞いの為に、だ。

「はい、大丈夫です。
 すみません、代行にこんな所まで来ていただいて」
「気にしないでいいよ。
 皆に無茶させてるせめてものお詫びに、私が出来る事なんてこれ位しかないから」
「十分ですよ。
 代行のお見舞いのお陰で退院が早まった奴だっているんですよ。
 まあ、逆にお見舞いのために長引かせようとか考える奴もいたりしますけど」
「そうなんだ……うう、なんか照れちゃうよ」

そう言って、名雪は、ぽ、と頬を染めた。

そうして見舞いを済ませた名雪は、同じ建物内の別の場所に向かった。
名雪がここに来るのには、純粋に怪我をした人々の心配が大きいが、もう一つ理由があった。

「相沢祐一と名乗る人物はいませんでした。
 今日の身元不明者は全員女性ですから該当する人間もいません」

この病院の担当医は、手にした書類に眼を通しつつ、名雪に言った。

そう。
名雪は、怪我をした祐一が運ばれてくるかもしれない、と豆に様子を見に来ているのである。

「そうですか……」
「もし、該当しそうな人間がいたらご連絡しますよ」
「すみません、お願いします」

ペコリ、と頭を下げた名雪は医務室を出る。
そこで名雪は知り合いに出くわした。

「あ、渚ちゃん」
「名雪さん……こ、こんにちは」

彼女の名は、古河渚。
病弱な少女だが、調子がいい時にはここで他の患者の手伝いをしている。

「今日は、大丈夫なの?」
「皆さんが大変な時に私ばかり寝てはいられませんから」
「一緒に暮らしてるって人は、元気になった?」
「はい。
 最近はすっかり元気になったからか、すぐに私の事をからかうんです」
「ははは、そうなんだ」

ふとしたきっかけで病院で知り合って以来、名雪と彼女は親しかった。
それは名雪と渚に『ある共通点』があったからだ。

「ところで……渚ちゃん、今日はどうだった?」
「……」

名雪の問いに、渚は無言で首を横に振った。

「そっか……私も、駄目なんだ」
「でも、いつか必ず見つかります。そう信じてます」
「うん。お互いに頑張ろうね」
「はい」

そうして、探し人がいるという共通点を持つ二人は、それぞれの行先へと別れていった。










名雪と別れた渚は『街』中を一人歩き、住宅街だった辺りに辿り着いた。
そうして、半壊した家屋の一つ……本来の彼女の家ではないが、やむなく拝借している……に入っていく。

「ただいまです。岡崎君」
「お帰り、古河」

銃器の手入れをしていた青年が顔を上げる。

彼の名前は岡崎朋也。
渚の同居人である。
この二人が同居を始めたのには、ある奇妙な経緯があった。

「今日は、何か手掛かりあったか?」
「いえ、ありませんでした」

その日の夕食の席で、そんな会話が交わされていた。

ちなみに食品や生活雑貨などの物資は陰ながらレジスタンスを支援する人間によって、様々なルートでこの『街』に入っている。
生産力そのものは皆無に等しいこの『街』、及びレジスタンスが未だに戦いを続けられる理由はその辺りにある。
……もっとも、パーゼストが本腰を入れてない、というのが一番大きな理由なのだが。

「そうか……でも、気落ちするなよ。
 もしかしたら怪我した後、別の街に運ばれて、こっちに来れないだけかもしれないしな。
 この街周辺は封鎖地域になってるし」
「はい」
「しかし、本当に不思議な事だよな。
 同姓同名の人間……何回も聞くけど、俺は古河の知る『岡崎朋也』じゃないんだろ?」
「はい、それは間違いないです。
 岡崎君もかっこいいですけど、朋也君は……って、私、凄く失礼な事言いそうになりましたっ」
「いや、まあ、気にするなよ」

彼女と彼の奇妙な生活が始まったのは、半年前。
パーゼストとの『決戦』が終わってから、半年ほど経った頃だった。

『決戦』当時、渚は戦争の混乱の中、共に暮らしていた両親とはぐれてしまい、多少怪我をしていた事もあって街を離れられない状態だった。
そして、その結果、後に危険地域として封鎖されたこの『街』に留まらざるを得なくなってしまっていた。

レジスタンスは街からの出入りを禁じているわけではない。
むしろ、非戦闘員は出来得る限り『街』の外に出すようにしている。
だが、この『街』の外にいる人々がそれを許さないのだ。

それは、この街が封鎖されている理由のせいである。

封鎖の理由としては、家屋の倒壊などの危険性だと表向きにはなっている。
実際の理由としては『関わり合いになりたくない』のだ。

動物や昆虫などを媒介に人間に憑依するパーゼストは、パーゼストの持つ因子を無効化出来る『仮面ライダー』や特殊処理された武器以外で倒すと、一定期間『名残』を残す。
その『名残』を浴びると、普通の人間はパーゼストを構成する因子に犯されパーゼストとなってしまうのだ。

そこからの二次感染を恐れた日本政府はこの街を封鎖し、いまや政治にさえ関わる様になった高位パーゼスト達もそれを許可した。
それは、そういう地区を作る事で、『パーゼストという脅威により街を無かった事にせざるを得ない』という結果から、自分達への恐れを植え付けるという高位パーゼストの判断によるものだった。

実際の所、とっくの昔に『名残』は消え果てていて『街』そのものに害はない。
だが、植え付けられた固定観念はそう簡単には消えない。
ゆえに、この街にいる人間は、街を出たくても難しいという状況にあった。
……その癖、『回収』を阻止するレジスタンスの出入りは半ば放任、半ば黙認されていたりするのだが。

ともかく。
此処での生活を余儀なくされた渚は、怪我や病気の人の世話をする事で配給を受け、生活の基盤を整えていった。

その生活にも慣れつつあった、ある時。
渚は『街』の病院の入院者の中に岡崎朋也という名前を発見した。

岡崎朋也は、彼女の『彼氏』だった。
決戦の中ではぐれた、彼女にとって家族と同じくとても大切な存在。
両親とは違い、生死の確認が取れないままはぐれてしまったので、渚は朋也の無事を毎日を過ごしていたのだ。
だが、会いに行った其処にいたのは別人だった。
彼女の知る岡崎朋也と同じ経歴を語りながらも、容姿その他が違う若者。

首を捻りながらも、それでも念の為に、と渚は彼の様々な事情を聞いた。

なんでも彼は、レジスタンスの『回収』作業阻止の際に、一人では行動を取るのが難しい怪我を負ったという。
その傷もそこそこ癒え、松葉杖を使えば日常レベルの生活は可能になったので、近々病院を出る事になっていたものの、それはあくまで普通の街での事。
壊れたままのこの『街』においては日常生活も難しい、と彼は少しばかり途方に暮れていた。

彼女は、そんな彼を放っておく事が出来なかった。
自身が捜し求める青年と同じ名前を持つ存在を放っておく事は出来なかったし、
それ以前に、彼女の優しさが放っておきたくないと思わせていた。

そこで『彼』が完全に治るまで共に生活する事になったのである。

「ま、なんにせよ。
 ようやっと足も治ったし、明日からはもっと外に……遠くに出れる」
「……レジスタンスに参加するんですか?」
「ん、そう考えてるよ。
 この街じゃそれなりに働かないと飯は配給してもらえないし。
 なにより、パーゼストは倒さないとな。
 俺は、少しでもその役に立ちたいんだ」
「出来れば危ない目にあって欲しくは無いです」
「俺だってそうだよ。危ない目になんか遭いたくない。
 だけど、誰かがやらないといけない事だからさ」
「……はい。
 気をつけて、ください」
「勿論だ。俺も死にたくないからな」

心配そうな顔をする渚の分を埋めるように、朋也は笑った。










一方、その頃。

怪我をした人々の見舞いを終えた名雪は、夕闇の中、一人廃墟を歩いて行く。
その行き先は、レジスタンスの『街』の最外周部。

つまるところ、一番パーゼストの支配圏に近い場所だ。
この『街』で一番危険な場所、と言えなくもないだろう。

だが、実際の所、危険で言うなら何処も大差はない。

此処……つまり、レジスタンスの拠点たる『街』の場所は、とっくの昔にパーゼスト達に割れている。
日本各地の抵抗組織の所在も同様らしい。

それでも此処を始めとする抵抗組織の拠点が無事なのは、パーゼストのお遊びなのか、意味がある事なのか……名雪には分からない。
彼女の母、水瀬秋子が「お遊びと種の練磨や刺激」だろうと語っていたので、その通りなのだろうとは思うのだが。

ともかくそうして歩いていると、とある雑居ビルが視界に入った。
そのビルの入り口付近には、崩れたビルの石片に女性が一人腰掛けており、その周囲には子供達が集まっていた。

「……そうして、幸せに暮らしましたとさ。
 おしまい」

女性が絵本を読み終えると、子供達が拍手を贈った。

「今日はもう遅いからここまでにしましょう」
「はーい」
「えーもっとぉ」
「駄目だよ、ちゃんと言う事聞かないと。
 ね、美凪せんせい」
「……とてもいい子ですね。そんな貴女にはこれを進呈」
「わー……お米券だぁ!」

それは厳密に言えばこの土地での食事の配給券である事を名雪は知っている。
基本的に子供は無条件で食事できるようになっているので必要ないと言えば必要ないのだが。

彼らは、孤児。
パーゼストの『回収』により身寄りを失ってしまった子供。

レジスタンス活動当初は、親戚のつてを探したり、まだ機能している周辺地域の施設に預けていたのだが、
周辺の施設はもはやパンク……とまではいかなくても限界に近く、親戚がおらず、あるいは分からず、行き先が無い者はやむなく此処で生活させているのが現状だった。

先に述べたとおり、此処に危険が無いわけではない。
だが放置してパーゼストに襲われるかもしれない事を考えると放っておく事も出来ない為、レジスタンス達はこういう措置を取るしか出来ないでいた。

そんな子供達の相手が出来る人間は、決して多くはない。
此処にいる人間達はパーゼストとの戦いや日々の生活に没入しており、基本的にそんな余裕が無いからだ。

子供達を見る事が出来るのは『戦う者』ではなく『待つ者』で、美凪もその『待つ者』の一人だった。
そして、そんな彼女を慕って子供達は此処を毎日のように訪れていた。

もっとも、子供達が此処に来るのは『もう一人慕っている人間がいる』からなのだが。

「じゃあねー!」
「また明日」

元気に去っていく子供に手を振って見送る。
その先で……美凪は名雪の存在に気付いた。
名雪は去っていく子供達に笑いかけながら、美凪の傍に歩み寄っていく。

「……名雪さん。おはこんばんちは」
「おはこんばんちは」

クスリ、と微笑んで返す名雪。

彼女達は『決戦』以前、同じ大学に通い、同じ大学寮で生活していた友人だった。
そして、表向き平和だった時代から相沢祐一や草薙紫雲が人知れず戦っていた事を知っている同士でもある。

「草薙君は、いる?」
「はい。さっき戻られました」

遠野美凪と草薙紫雲は、互いの命を助け合った事から、行動を共にするようになり……現在は共にこの雑居ビルで生活している。
恋人のような、友人のような、家族のような関係性を維持したままで。

彼女は、多くの人から『化け物』と呼ばれレジスタンスメンバーからも遠くに置かれる紫雲にとって数少ない理解者だった。

「会っても、いいかな?」
「私に聞かれなくとも、大丈夫ですよ。きっと喜んでくれます」
「そうだね。……そういう人だもんね」

草薙紫雲。
パーゼストとの戦いにおいては鍛え上げた力と冷静・冷徹な精神をもって敵と対峙する戦士。
だが、基本的な人格は温厚で穏やか……というか、むしろお人好し過ぎるきらいすらある。

紫雲がそういう人物だというのは、名雪もよく知っていた。
子供達が慕って訪れるのも、変身するから、自分達を助けてくれた人だから、という理由以外に彼の性格があるのだろう。

そういう人物なのだが……何故か同じライダーである祐一とは、相性が悪かった。
名雪は互いに信頼し合っている事の裏返しなのだろうと考えていたが。

(フフ、よく喧嘩してたなぁ)

何かあると小さな諍いを起こしていた事も今では懐かしい。

そんな事を考えながら雑居ビルの階段を五階分昇る。
其処には壊れかけのドアが微かな風で揺れていた。
その奥から、声が響く。

「……美凪さん……じゃないね。誰ですか?」
「おはこんばんちわ、水瀬だよ」

美凪を真似て、声を掛ける。
するとドアの向こうから、静かな笑い声が漏れた。

「うん、おはこんばんちわ」
「お邪魔しても、いいかな?」
「ああ、いいよ。どうぞ」

了解を受けて、中に入る。
其処には……ベッドの上で、上半身を起き上がらせている最中の草薙紫雲の姿があった。

「水瀬さん……よかった。怪我はなさそうだね」
「うん。草薙君のお陰だよ。
 あ、そのままでいいから……」

完全に起き上がり、ベッドから降りる紫雲に名雪は言った。
だが、紫雲はやんわりとそれを否定する。

「いや、お客様が来てくれたのに寝転がるわけにはいかないよ。
 それに体調が悪いわけじゃないからね」

体調そのものが悪いわけではない……それは事実なのだろう。
だが、彼が抱えている疲労は相当のものの筈だ。
パーゼストが『回収』を行う度にその阻止に向かっているからだ。

勿論、距離的な限界や時間の限界があり、その地域は限られている。
ゆえに、彼を無力、無能呼ばわりする人間も少なくない。

それでも彼は自分の疲労をおして、人々を護る為に直走る。
それが自分の信じる、自分がなるべき『仮面ライダー』だと信じて。

それこそが水瀬名雪が知る草薙紫雲という人間。
高校時代のクラスメートであり、相沢祐一の戦友であった存在だった。

「それで、今日は?
 勿論ただのお喋りでも歓迎だけど……そうじゃないんだろ?」

ペットボトルのお茶を三人分注いだ後、紫雲は言った。

「うん。草薙君にお願いがあってきたの」

紫雲からお茶を受け取りながら、名雪は答える。
その言葉に、紫雲は表情を少し硬くした。

「……」
「あのね、私達とちゃんとした連携をとってほしいの。
 それで……一緒に『拠点』に……」
「残念だけど、それは出来ない」

名雪はまだ途中だったが、紫雲はかぶりを振った。
そして、硬い表情のまま言葉を繋げる。

「知ってのとおり、僕は……人間じゃない」

草薙紫雲は三つ存在しているベルトの最初の被験者だった。

その不完全さゆえに、ベルトそのものを肉体に取り込んでしまう羽目になった紫雲は、変身を繰り返す度に自身に宿る『因子』を揺り動かされた。
そうして体を侵された彼は一時パーゼストへと変貌してしまった。
現在はプログラムの修正、擬似反因子結晶体、彼自身の精神力もあって『人間』には戻っている。
だがパーゼストに変化する能力を得た肉体から、彼をパーゼストと同列視、敵視する者は多い。

彼がレジスタンスと共に活動しない理由は其処にあった。

「違うよ、草薙君は人間だよ……!
 祐一だって、きっとそう言うよ……」
「……そうだね。
 相沢君なら、そう言ってくれるだろう。
 水瀬さんや、北川君、美凪さんたちが人間だと思ってくれる事も知ってる。
 でも……『皆』がそう思わない事は事実なんだ」

紫雲は呟いて、お茶を飲んだ。
それを飲み干し、乾く喉を潤してから言う。

「日本を支配するパーゼストの『拠点』。
 其処に乗り込むともなれば、命を掛ける事になる。
 その時、一緒に乗り込む仲間を信頼できなければ……死しかないだろう」
「そ、それはそうだけど……」
「勿論、その時が来たなら協力は惜しまない。
 だけど一緒に行動を取る事だけは、出来ないんだ。
 ごめん」
「…………こんな時こそ、祐一が居てくれれば、そう思うよ」

祐一がいれば、渋る紫雲を強引にでも引っ張り出しただろう。
名雪にはそう思えてならかった。

「それも、ごめん。
 あの時、僕の力が足りなかったばかりに……」
「違うよ。
 草薙君は全力を尽くしてくれた。しょうがないことなんだよ……」

申し訳なさそうにする紫雲に、名雪はニッコリと少しの悲しみが混じった笑顔を向けた。







「よろしかったのですか?」

ビルを離れて行く名雪を窓から眺めながら、美凪は言った。
その言葉に、紫雲は苦い表情を浮かべる。

「よくはない。
 正直、僕としても水瀬さんに力を貸すべきだと思うし、貸したい。
 だけど……今の状況で力を貸せば、向こうは本腰を入れてこちらを潰しに掛かる可能性が出てくる。
 今みたいに、バラバラで行動した方が向こうの注意を逸らす事も出来るだろうし」
「……」
「数で圧倒的に劣るこっちが攻勢に打って出る時は……一点突破による『拠点』制圧による逆転が可能になった時だけだ。
 それには……プログラムKEYの完成が不可欠だ」
「そして、その為には……もう一つのベルトの回収と、あの人を倒さねばならない……」
「……ああ、そうだね」

苦い表情と感情を浮かべた紫雲は、それを少しでも誤魔化そうとテレビのスイッチを入れた。
少し気分を紛らわせたくて。

だが、其処に写ったのは。

『さあ、今日の公開処刑の時間だ』

パーゼストに歯向かった人間の処刑が行われる光景。
高位パーゼストが恐怖を煽るだけ為にテレビ局に要請して作らせた番組だった。
最初から最後まで、一分の隙も無く処刑のシーンが写る。

その処刑は、実質この日本を支配している一体の高位パーゼストの手で直接行われる。

一見して普通の日本人男性である、その人物。
そんな彼が……紛れも無い、正真正銘の化け物である事を、最早この日本に知らない者はいないだろう。

そして、その傍には……かつて紫雲と幾度となく戦い、逆に共に戦った事もある折原浩平が変身した『仮面ライダー』が控えていた。

勿論この番組の見る見ないは自由だ。
だが、この番組の中のみ、パーゼストのおおまかな『回収予定地』が予報されるので、人々は見ないわけにはいかない。

その情報が流れるのは、地域や時間帯、全てがランダム。
ゆえに、自分達の周辺地域の情報が流れるまでは、見ざるを得ないのだ。

「……っ!!」

ぎり……と歯を食い縛る。
握り締めた拳からは血が流れていた。
それでも、紫雲は情報を確認していく。

「……明日……ここの近く、か」
「はい。彼が回ってくるなら話が早いのですが……」
「ああ。そして、もし彼が来たのなら。一年前の借りを……返す」










一年前。
人類とパーゼストの決戦があった。
世界各地でそれは行われ、日本も例外ではなかった。

人類はそれなりの準備、対策、戦略を持って、パーゼストとの決戦に臨んだ。
だが、結果として勝利する事は出来なかった。

要となるプログラムKEYの未完成も勝利出来なかった理由としては大きかったが、
それ以上に大きかったのはパーゼストに味方する人類がいたという事に尽きるだろう。

レクイエム。
人類という種を探求する、世界の闇に潜む『組織』。
宗教団体でもあり、研究団体でもあり、軍隊でもある、世界中に根を張る存在。

ある意味で人体の可能性を引き出すパーゼストに着目した彼らは、高位パーゼストと契約を交わし、彼らの生態その他を研究する代わりに協力を申し出た。

すなわち、低級パーゼストの量産。
スパイして得た人類側の情報の提供。

それらにより、人類側は内部がガタガタとなり、敗戦を喫し。
主導権を握られた日本は、『結界』を張られ、海外への行き来は完全にパーゼストの支配下に置かれた。

結果、日本は外に助けを乞う事も出来ず、孤立した状態のまま一年が過ぎてしまっていた。

そして現在、世界は。







『……とまあ、そんなわけでそろそろ大詰めに入れそうだよ』

其処はレジスタンスの『街』から多少離れた、日本を支配するパーゼスト達の『拠点』地域。

その一角にあるビルの最上階には、日本を支配する高位パーゼストが、人間の姿で自身の部屋の中央に佇んでいた。

彼の周囲には、三人のホログラムの人影が立ち尽くし、囲んでいる。
それは『レクイエム』の技術提供による、最先端の通信装置によるものだった。

「それはなによりです」

丁寧に答える彼は、分類上、人語を解し、高い戦闘能力を有する『高位パーゼスト』に位置する。
だが、その地位や力は『通信』……パーゼストの波長会話を応用した技術……の向こう側に居る三体に劣る。

何故なら彼は高位パーゼストの力と『レクイエム』の研究によって生み出された複製品、クローンだからだ。
彼の本体は『仮面ライダー』達によって、既に倒されているので、その予備として作られたのだ。

現在、パーゼストを取り仕切っているのは、四体一組の高位パーゼスト、3グループ。
その内、純粋種として最高位に立つのが、かつて日本支配に一役買った三体……現在『通信』の向こうに居る者達だった。

彼らは日本支配を彼……通称『鷹』に一任し、世界各国支配の梃入れを行っている。
今日はそんな彼らの定期報告の日だった。

『しかし、人間は意外としぶといね。
 正直、半年は掛からないだろうと思ってたんだけど、中々どうして』
『いや、そうでなくてはならない。
 我々の母体として、それなりに強い生物でなければ意味が無い』
『だが、無意味に反抗を続けられても困る。
 そろそろ、種の練磨を停止し、全てを一つの意思の元に統率すべき時期だ』
『レジスタンス達の前で仮面ライダーを倒せ。
 そうすれば連中の心は折れ、屈服しやすくなるだろう。
 それで駄目なら、彼らのリーダーを捕まえて、処刑しろ。
 そうだな……有益な情報を吐かないのなら、捕まえているという『彼女』と一緒に処刑すればなおいいだろう』
「ハ、仰せの通りに」
『頼んだよ』

そうして『通信』は途絶えた。

「……話は終わったみたいだな」

その声に振り向くと、ドアに寄りかかっている一人の青年の姿があった。
『鷹』は僅かに不快そうな表情を浮かべる。

「誰が入っていいと言った?」
「いいじゃないかよ、ドアの外で待つのは面倒臭かったんだ。
 それにそっちの報告の手間が省けるだろ?」
「……まあ、そうだがな。
 お前のそういう思考は、人間としては好ましい方だ」
「そいつはどうも」

青年は肩を竦める。

彼の名前は、折原浩平。
レクイエムに所属している『仮面ライダー』。
現在はある理由から、用心棒的な扱い(なのだが、かなりの権限が与えられている)でパーゼストと行動を共にしている。

「話を聞いていたのなら、丁度いい。
 聞いていた通りだ。
 これで、レジスタンス見逃す理由はなくなった。
 俺的には良い刺激になるんで放って置いてもいいと思うんだが……上がそろそろ地球全土を支配したいらしいからな」
「日本の外……海外ももう一歩でチェックメイトか」
「やはり、お前も一応人類だからな。気になるか」
「いや、興味は大して無いな。
 俺が興味があるのは……瑞佳の事だけだ」
「そう言うと思ったよ。
 そして、ならばやるべき事は分かっているだろう?」
「ああ。
 丁度明日はあいつらの近くで仕事する事になってる。
 それは、あれだ。運命ってやつなのかもな」

不敵に笑う浩平は、その不敵さのまま宣言した。

「残るライダー……仮面ライダーエグザイル、草薙紫雲を殺す。
 それでいいんだろ?」
「ああ。頼むぞ。やり方は一任する。
 正々堂々とやるもよし、数で潰すもよし。結果さえ出すなら、方法は問わん」
「そりゃあ、いいね。
 所で、草薙のベルトはどうする?」
「回収しておくに越した事は無いが……今や研究する価値は無いんだろ?」
「まあ、レクイエムの連中はそう言ってるな」
「なら、その辺の判断も任せる。
 それと……アイツを連れて行ってくれ。
 なんなら、アイツを使って始末するといいだろう」
「アイツを? ……使い物になるのかよ?」
「当然だ」

一体何時の間に其処に現れたのか。
そう答えたのは……一人の青年。

黒いコート、黒いフードを被っていて、その顔は見えない。
だが、口元は浩平同様不敵に笑っている。

「俺は、戦う為に此処にいる。
 それで役に立てないのであれば、存在する理由がない。
 昔はともかく、今はそうだ。
 俺という存在を証明するためなら、俺は何だってやってみせよう」
「そりゃあ、頼もしいこって」
「ならば、しっかり動いて貰うぞ。
 強者にこそ、存在は許されるのだからな」
「分かっている」

『鷹』の言葉に、彼は静かに頷いてみせた。

「……しかし、アンタは戦わないのか?」
「パーゼストにとって『ライダー』は天敵だからな。
 負ける気はせんが……これからの計画に使用をきたす真似は避けたい。
 それに、ライダーを倒すのにライダーを使えばどうなるか……お前達が出す、その結果が見たいんでな」
「ふん。そりゃあいいが。例の新型はまだなのかよ?
 俺としては、出来れば楽にやりたいんだがね」

極めて面倒くさそうに、浩平が言う。
その様子に『鷹』は苦笑しつつ、答えた。

「完成はしたが、こちらに届くのは明後日らしい。
 が、必要ないだろう?
 こっちには、ベルトが二つあるんだからな」










そして、その夜は更けていく。

翌日に待つ、避けられない転換点の存在に誰もが気付く事無く。



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