「大丈夫だ。安心して入ってきてくれ……祐一君」

「(この声は……!?)」

その声に祐一は聞き覚えがあった。声の主を確かめるべく、祐一は意を決して呼ばれた部屋へ足を踏み入れる。
中はテーブルとソファーが置かれているだけの殺風景な部屋で、ソファーには声の主と思しき人物が座っていた。
40前後と思えるその男は、殺された研究員と同じ服装をしていたが、祐一は何よりその顔と声に覚えがあった。

「久しぶりだね。まさか、こんな場所で君に会うとは思わなかったよ……祐一君」

「け……健吾…さん、健吾叔父さん?」

「そうだ」

その人物は、祐一の母親の妹−−叔母−−の夫、『水瀬健吾』だった。




****    Kanon 〜MaskedRider Story〜    ****
****               第二話               ****




「な、何で健吾さんがこんな処に……」

ヤツらの仲間なのか!? 祐一は再会した驚きよりも先ずその考えが浮かんだ。だがそう思いたくなかった。

祐一の住む処から遠く離れた北の街、そこに住む叔母一家が祐一は好きだった。母親に似た容姿を持ち
穏やかで優しい叔母。祐一を我が子のように優しく、時には厳しく接してくれる叔父。
そして二人の一人娘である従兄妹の3人家族。時折この一家の元へ遊びに行くのを楽しみにしていたし、
どちらかといえば、実の両親よりもこの叔母夫婦によく懐いたものだった。
ここ数年は両親の仕事で海外に居たりと、訪れる事はなかったのだが……

「行方不明だって言ってたのに。こんな処に……」

数年前、健吾は突如行方をくらましたのだった。優秀な科学者だった健吾の行方不明事件に
「研究を狙った誘拐か」とも噂された。だが何一つ手がかりを掴む事は出来なかった。

「すまなかった。あの日、無理矢理連れて来られてしまってね……それ以来、カノンの研究員として
 働かされていたんだ」

そう言って健吾は頭を下げた。

「健吾さんは、ヤツらの……仲間に?」

「生き延びる為とは言え、連中に手を貸してしまった……ヤツらの為に様々な研究を……」

その一言で祐一は理解できた。この人が好きでヤツらに協力している筈が無い、と。

「健吾さん、頭を上げてください」

「ああ……だが、こんな私を二人は……秋子と名雪は許してはくれないだろうな」

健吾は妻と娘の名を呟きながら苦悶の表情で己の両手を見つめる。その左手の薬指には指輪が嵌っていた。
それは、祐一の記憶にある秋子がいつも着けていたものと同じデザインだった。

「……秋子さんと名雪はきっと分かってくれますよ」

「……ありがとう。それで……その、二人は、どうしているかな? 秋子は……その……」

健吾は二人の様子が気になったがそれも当然だった。数年間、連絡を取るどころか自分が生きている事
さえ伝えられなかったのだ。しかも妻の秋子は誰が見ても魅力的な女性である。言い寄る男だって
少なくなかったはずだ。しかし……

「大丈夫ですよ。ここ最近は電話のやり取りくらいしかありませんけど、秋子さんも名雪も元気
 にやっているようですから。それに……秋子さんも、健吾さんを待ってますよ」

「そうか……」

それだけ言うと健吾は黙り込む。が、今度は祐一の事について聞いてくる。

「それで、祐一君。連れてこられた人間が君だと聞いて、私が会うと言ったんだが……何故こんな処へ?」

祐一は事の経緯を説明した。

遠乗りで峠道を走っているときに、脱走したカノンの研究員を助けた事。
その脱走者を追ってきた蜘蛛男達に捕まってしまい、連れてこられた事。
研究員は殺されてしまった事。

「そうだったのか……カノンに背く者には死あるのみ。ヤツらのやり口だよ」

「教えてください。ヤツら……カノンってのは何ですか? 何であんな、戦闘員とか……化け物とか……」

祐一の質問に、健吾は暫くしてから答えた。

「信じ難い話だが……世界征服を企む悪の秘密結社……というのが妥当だな」

「世界征服……ですか? そんなバカな話が……」

「信じられないのも無理はない。だが要人暗殺、大規模なテロ行為。これらの背後にはカノンの暗躍が
 あるんだ。 それに、カノンの科学力は現代のそれよりも進んでいてね。様々な殺人兵器や破壊兵器も
 開発しているし……なにより君も見ただろう、あの改造人間……怪人を。あれこそがカノンの力だよ。
 そんなものを使って世界中を混乱と恐怖の渦に落とした後に、世界を支配するらしい」

暗殺とか破壊兵器と言われてもピンとこなかったが、蜘蛛男−−怪人−−の恐ろしさは、実体験があった
だけによく分かっていた。

「君が会ったあの怪人……蜘蛛男は、改造手術で蜘蛛の能力を移植された人間でね。しかも脳改造
 を受けてカノンには絶対の忠誠を誓っている」

「! あれはやはり、俺たちと同じ人間なんですか?」

「そうだ……いや、人間だった、と言うべきかな。改造手術を行う事によって、
 人間であって人間でない……改造人間となってしまったんだよ。カノンは様々な動物や植物の
 能力をもった改造人間、怪人を作り出しているんだ……私もその研究をさせられていたんだ」

「…………」

二人とも暫くは口を開かなかった。重苦しい空気の中で時間だけが過ぎていく。
その中で祐一はこれからのことについて尋ねた。

「俺は……これからどうなるんですか? あの蜘蛛男はカノンの一員にするような事を言ってたんですが?」

「君は私の助手となれるようにする。その為に君と話をさせて欲しいと言ったんだ。大人しく仲間になるよう
 説得するから、とね」

「!! 俺にアイツらの仲間になれって言うんですか!?」

信じられなかった、信じたくはなかった。あの叔父がそんな事を口にするとは、だが……

「祐一君、生きる為だよ……」

そう言うと健吾は祐一の両肩を掴み、祐一を真剣な顔で見つめる。そして口だけ動かして声には出さ
ずに言葉を紡いだ。

「(祐一君、この部屋は盗聴されている。先程の会話程度なら問題はないが、これから話す事はヤツ
 らに聞かれるのは不味い)」

「(これは!)」

昔、遊びに行ったときの事だった。健吾が祐一に「何を喋ったか当ててみろ」という遊びをしてくれた
事があった。まだ小さかった祐一も名雪も夢中で当てようとした。その甲斐あってか祐一と健吾は
時折読唇術で会話するようになり秋子や名雪、果ては両親達にまで怪しがられた。
健吾の目をみれば「その時の事を思い出してくれ」と言わんばかりだった。

「カノンの力は強大だ……(私の今言ったことが分かるかい?)」

「健吾さん……(はい)」

やはりこの人は自分のよく知る水瀬健吾だった。祐一は叔父を疑ってしまった自分を恥じた。

「……(君には、ここから生きて脱出してほしい。あんなヤツらの手先になって欲しくない)」

「……(でもどうやって? 脱出してもあの研究員のように……)」

「我々の力で敵う相手じゃないんだよ(わからない……でもとにかくチャンスを待つんだ。
 必ず機会は訪れるはずだ)」

「でも……(逃げた後はどうしたら?)」

「祐一君!(なんとかヤツらと戦う方法を見つけて欲しい)」

「(戦うっていっても……俺にそんな……)」

「(私も出来る限りの事はする……君をこんな事に巻き込んでしまって申し訳ないと思っている。
 だが、このままカノンのヤツらの好きにさせる訳にはいかないんだ)」

「……」

「祐一君……」

「俺は……」

祐一が答えようとした時だった。研究室のドアが開くと複数の足音が聞こえ、その足音は祐一達のいる
部屋へやってきた。

「水瀬博士」

入ってきたのは蜘蛛男と数人の戦闘員達だった。戦闘員達は銃を構えていた。

「何だ一体!? 勝手に入ってくるとは!」

叱責をするが蜘蛛男は何も答えない。一瞬、今の会話がばれたか? と思ったがそうではなかった。

「水瀬博士。相沢祐一を連れて行くぞ」

蜘蛛男が言うと、それを合図に戦闘員達のうち二人が祐一を拘束する。

「!……は、離せ!」

「祐一君!」

健吾は蜘蛛男を止めようと、連中の前に回りこみながら言った。

「ま、待ってくれ! 彼は私が説得して仲間にすると言ったはずだ、私の助手にするからと。これは
 首領の了解を得ているんだ! 何で……」

「その首領の命令だ、”相沢祐一を連れて来い”と。首領が会われるそうだ」

「何だって!? 首領が……」

「連れて行け!」

「イーッ!」

指示を受けた戦闘員達は健吾を押しのけるようにして、祐一を連行して行った。

「さて、水瀬博士。貴様も首領からお呼びがかかっている。一緒に来てもらうぞ」

「私も?」

「そうだ。大人しくついて来い。さもなくば……」

蜘蛛男が手を上げて合図をすると残りの戦闘員が銃口を健吾に向けた。

「……わかった」

健吾は大人しく従った。祐一をこのままにして置く事は出来なかったからだ。

「……」

祐一は、戦闘員に両側から肩と腕を掴まれたまま、アジトの廊下を歩かされていた。後ろには銃を持った
戦闘員と蜘蛛男、更には健吾がいる。万に一つも逃げ出せる要素は無かった。祐一は、この場は逃げ出す
事を諦めて別の事を考える事にした。

「(首領……コイツらのボスか……それが居るって事は、ここは本拠地なのか?)」 

そう考えている内に目的地に着いたらしい。両開きのスライド式ドアの前に銃を構えた二人の戦闘員が
立っている。祐一達はその中へ入っていった。

部屋の中はがらんとして何も置かれていなかったが、左右の壁には一面に機械やらモニターが埋め込まれて
いた。正面は段差が設けられており、壁面には地球を模した両開きのスライド式の出入り口と思しき物があり、
その上にはカノンのマークのレリーフが掲げられていた。

祐一達が部屋の中央辺りまで来たときだった。部屋の照明が少し落とされ薄暗くなった。そして、カノンの
マークの中央部分が発光しはじめ、光に合わせてなにやら機械音も聞こえる。
それを聞くと戦闘員は連れている祐一を無理矢理跪かせた。やがて、カノンのマークから男の声が聞こえてきた。

「ようこそ我がカノンへ、相沢祐一君。我々は君の様な優秀な人間をいつでも歓迎する」

「お前がカノンの首領か! 何処だ、姿を見せろ!」

祐一が叫んで周りを見回すが、誰かが姿を現す事は無かった。

「残念だが私は今ここにはいない。モニター越しに君と対面しているのだ」

「何だって? ここはカノンの本拠地じゃないのか?」

「ハッハッハ。ここは、カノンが世界各地にあるアジトの一つにすぎん」

「……」

祐一は首領が会う、というのでここが本拠地だと思っていたが甘かった。カノンは世界各地で暗躍する
組織だ。日本に本拠地があるという保障は何処にも無かった。

「……さて相沢祐一君。早速だが君には我がカノンの忠実な一員となってもらう」

「お前達の仲間になんてなるか!」

ここで逆らえば命は無いかもしれない。健吾にも言われた「生きて脱出しろ」。この事も忘れて祐一は叫んでいた。

「君に拒否権は無い。ここに来た以上逃げる事は出来ないのだから……さて、水瀬博士」

首領はそう言ってから、今度は祐一の傍に控えていた健吾を呼ぶ。

「な、何でしょうか?」

「水瀬博士……そろそろ貴方の研究の成果を見せて頂こう……この青年、相沢祐一を使って」

「何だって!?」

それを聞いた祐一の心に動揺が走る。先程の健吾との会話が思い出された。

「(そうだ……いや、人間だった、と言うべきかな。改造手術を行う事によって、
 人間であって人間でない……改造人間となってしまったんだよ。カノンは様々な動物や植物の
 能力をもった改造人間、怪人を作り出しているんだ……私もその研究をさせられていたんだ)」

「(私もその研究を……研究の成果を……じゃあ、俺を……!?)」

そうしている間も首領と健吾の会話は続いていた。

「相沢祐一に改造手術を施して、カノンに忠実な改造人間を作り出したまえ」

「そんな、話が違う! 彼は……祐一君は私の助手にすると。彼の頭脳をみすみす……」

「助手ならば博士の研究に協力して当然ではないかね? 彼は素晴らしい運動能力と頭脳を
 持っている。博士の研究と相まってさぞ強力な改造人間となるだろう」

「…………」

首領の命令は絶対だ。例え拒否しても祐一は別の誰かの手によって改造人間にされてしまうだろう。
そしてまた、逆らったら自分の命も……

「相沢祐一君……君はこれから叔父の手によって我がカノンの忠実なる僕となり、世界征服を達成
 するためにその身を捧げるのだ」

「ふざけるな! 死んでも貴様らの思い通りになんてなるか!!」

「そう言えるのも今だけだ。脳改造手術を受ければそのような反抗心など消えるのだからな」

祐一は暴れるが、祐一を捕まえていた二人の戦闘員が床に押さえつけてしまう。

「くそぉ!」

「水瀬博士……やっていただこう。返答は?」

再び命令された健吾は、床に押さえつけられた祐一を見る。祐一もまた、健吾を見ていた。

「私は…………私には……出来ない」

健吾の答えは拒否だった。それに反応したのは蜘蛛男だった。

「ギギィッ! 水瀬博士、カノンに背くものには死あるのみだぞ?」

「それでも……私には出来ない! 甥を……祐一君を悪の仲間にする事など……」

「ならば死ねぇ!」

「健吾さんっ!」

「待て! 蜘蛛男よ」

蜘蛛男が溶解液を吐こうとした時だった。首領が蜘蛛男の行動を止めた。蜘蛛男は動きを止めると向きを変えて、
カノンのマークに一礼した。

「水瀬博士は今ここで殺すのは惜しい人材だ……水瀬博士、改造手術をしたくないのであれば、行わざる
 を得ないようにしてやろう……」

「どうするつもりだ……まさか!?」

まさか秋子や名雪に!? そう考えた祐一と健吾だったが違っていた。

「蜘蛛男よ……」

首領に名前だけ呼ばれたが、それだけで蜘蛛男は理解し祐一の前にやってくる。戦闘員は今度は祐一を
立ち上がらせ、祐一は蜘蛛男と向き合う格好になった。

「祐一君!」

健吾は祐一の元へ駆け寄ろうとするが、残りの戦闘員に抑えられてしまう。

「俺を……どうするつもりだ?」

「ギギィッ!」

蜘蛛男は右手を貫き手にすると…………祐一の腹部を貫いた!

ズムッ!

「グォッ……」

背中へと突き抜けた蜘蛛男の腕は真っ赤に染まっていた。

祐一の胃から食道を通って何か熱いものがこみ上げてくる。それはさらに喉を通って……

「ガハッ!」

吐血した。

ズボッ!

蜘蛛男が祐一から手を引き抜くと、腹部からも血が溢れ出す。

「祐一君!!」

健吾の叫びが室内を満たす。

「何故だ! 何故彼をっ!?」

首領を問い詰めるように叫んだ。

「水瀬博士、最後の機会だ。……このままだと彼は確実に死ぬ。助けたかったら彼に改造手術を
 行いたまえ。それしか方法はない」

「そんな……」

健吾は祐一を見る。腹部の傷は明らかに致命傷だった。血が大量に流れ出し、意識が無いのか祐一は
ぐったりとしている。このままでは……

「(……すまない、祐一君)」

一言、心の中で祐一に詫びた。

「分かりました……彼に改造手術を行います」

「よかろう……戦闘員、水瀬博士の研究室に運ぶのだ」

「イーッ!」

抱えられるようにして部屋を出て行く祐一は、途切れかけた意識の中で

「け…………んご……さ、ん」

そう呟くのが精一杯だった。

「ハッハッハ、さようなら相沢祐一君。次に目覚める時は我がカノンの忠実な僕となっているだろう」

首領の声を背中に受けて通路に出る。部屋のドアが閉じると同時に、祐一の意識も途切れた……。


         ★  ★  ★


そこまで記憶がよみがえった祐一は上半身を起こした。自分は何かベッドのような所に寝かされていて
病院で検査のときに着せられるような服を身に着けていた。

「健吾さん……」

自分を目覚めさせた健吾に呼びかける。

「……」

健吾は何も答えずにただ、じっとこちらを見ているだけだった。

「俺は……!!」

バッ!

祐一は、自分が意識を失った原因、蜘蛛男に貫かれた腹部のことを思い出し、慌てて服を開いてみたが
そこには傷跡一つ見当たらなかった。

「夢……か?」

「……夢では無いよ。祐一君、あれは……現実に起こった事だ」

ここまで沈黙していた健吾がようやく喋った。

「健吾さん……」

「あれから3日たっている……君の改造手術は……終了している」

「!!……そんな……じゃ、じゃあ……俺の身体は……?」

「そうだ……君の身体はもう……普通の人間の身体では無い。……君は……改造人間だ」

健吾が残酷な真実を告げた。

「!! そんな……ヤツらと同じ化け物に……健吾さんが、俺を?」

「そうだ……私が……私が、君を……改造した」

そこまで言うと健吾は膝と両手をついて、顔を上げずに祐一に詫びた。

「すまない、祐一君! 君の命を救うにはこの方法しかなかった。あのままでは確実に君は死んでいた。
 だが、仕方がなかったとはいえ君を……とても許される事ではないが……」

後はただ「すまない」と繰り返していた。
健吾が言葉に詰まった頃を見計らって、祐一は質問した。

「健吾さん。俺は……俺はもう、カノンの一員なんですか?」

「いや……君はヤツらの……悪魔の手先になってはいない」

「!? どういう事ですか?」

「身体は確かに改造人間だ……だが心は、心は人間「相沢祐一」のままだ。君には脳改造をしていない」

「……俺を助ける為に?」

「それもある。だが君に……君にやって欲しい事があったからだ」

「それは一体?」

健吾は顔を上げて、しっかりと祐一を見据える。そして先程の宣告よりも、もっと残酷かもしれない事を
祐一に伝えた。

「それは……君のその力でヤツらと……カノンと戦ってほしいんだ!」




続く

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