ミツ子の運転する軽自動車は先程ワゴン車が出てきた資材搬入路からもう一度地下研究室に戻ると、すぐさま青年を降ろし、空いている作業用ベッドの上に載せた。
その作業用ベッドはまるで彼の為に設えてあったかのようにすっぽりと彼を覆い、その上に透明のカバーが掛けられる。
それを見たミツ子が近くにあったコンソールで何か操作するとベッドに繋がっているパイプやらコードからベッドに向かって何かが送り込まれ始めた。
「……何やっているんですか?」
ようやく追いついてきたらしい潤がミツ子に向かってそう尋ねると彼女は振り返ってニッコリと微笑んだ。
「彼のエネルギーの補給よ。目覚めたばかりであれだけの戦闘をやったんだからエネルギーが無くなるのも当然ね」
そう言ってミツ子はまるで眠っているかのような青年に目をやり、優しい笑みを浮かべた。それはまるで母親が自分の子供を見つめるような笑み。慈母の微笑。
思わずその笑みに見とれてしまう潤。
「それで、彼はいつ?」
そう尋ねたのは香里だった。彼女は心配そうに青年の方を見つめている。
「そうね……戦闘のダメージもあるからそのチェックをして、必要なら修理もしないとダメだから……一日って所かしら」
ミツ子が少し考えるようにしてからそう言い、香里達の方を見た。
「よかったから泊まっていけばいいわ。部屋だけはたくさんあるから」
「あ、ありがとうございます……」
半ば呆気にとられたように答える香里。
彼女の少し後ろでは名雪が心配そうな顔でベッドの上の青年を見つめていた。

深夜、地下研究室では白衣を着たミツ子が一人、ベッド上の青年の身体のチェックを行っている。
「しかし本当に凄いわね……基礎設計とかはジローやイチローと同じだけど……新しい技術もふんだんに取り入れてるし……材質も軽い上に頑丈……砲弾の直撃を受けてあの程度で済んでいるなんてね……時代は変わったわ」
モニターに移る青年を見て、感心したようにミツ子が呟いた。
「それにしても……気になるのはこれね……両腕に取り付けられている装置……これは一体何の為のものなのか……」
と、その時だ、後ろから足音が聞こえてきたのでミツ子が振り返るとそこには不安そうな顔の名雪が立っていた。彼女の姿を認めたミツ子はイスから立ち上がるとニコリと笑みを浮かべてみせる。
「眠れないのかしら……?」
立ち尽くしている名雪に向かって優しい声でそう言うと近くにあったコーヒーメーカーから近くにおいてあったコップにコーヒーを注ぎ込んだ。
「生憎とお砂糖とか切らしているけど……飲む?」
「あ、構わないでください……」
名雪はそう言うと青年が寝かされているベッドの側に歩み寄った。じっと、まるで眠っているかのような青年を見つめて彼女が口を開く。
「……どうして……祐一は彼を自分そっくりにしたんだろう……?」
ベッドの上のアンドロイドの青年は確かに彼女の言う通り、彼を作ったであろう相沢祐一そっくりである。自分達を守る為に作ったのならわざわざ容姿を似せる必要はない。少なくても名雪はそう思った。
「……受け入れやすくなるからじゃないかしら?」
そう言ったのはミツ子だった。手には湯気の立ち上っているコーヒーカップがある。少し休憩と言ったところなのだろう。
「さっき彼が残したメッセージを見せて貰ったけど……彼は自分がああなることを知っていたようね。あなたや他の家族に二度と会えなくなる……だから」
そこまで言ってカップに口を付けるミツ子。
「だから代わりに自分そっくりの彼を作った……自分のことを覚えていて貰う為に」
「……そんな事しなくても忘れたりしないのに……」
「彼はそう思わなかったんでしょうね。それに自分の身にも危険が迫っていたようだし……あなた達にも害が及ぶ可能性があった。自分そっくりに作ればあなた達は彼と勘違いしてあっさり受け入れてくれるんじゃないかって考えもあったんだと思うわよ」
ミツ子の言葉に名雪は黙り込んだ。
思うことは、今、祐一は一体何処にいるのかと言うこと。このアンドロイドの青年を作り、自分達を守らせようとしていた彼に一体何が起きたのかと言うこと。
「……彼のことが……相沢さんのことが心配なのね?」
「……当たり前です!」
名雪の顔を覗き込んでそう言ったミツ子に対してやや強い口調で答える名雪。
「祐一は……家族の一人です! 心配なのは当然で……」
「そうじゃないわ」
更に続けようとした名雪を、首を左右に振って制するミツ子。
「あなたは相沢さんのことを家族以上の存在として心配しているわ。そう、まるで……恋人のようにね」
そのミツ子の一言に思わず真っ赤になる名雪。
だがそれは当たらずとも遠からじ、だった。事実、名雪は祐一のことを家族以上に想っていたのだから。祐一の方はどう思っていたかは解らないが、彼女は少なくとも彼を、従兄弟で幼馴染みでもある彼のことを男性として意識していたのだ。
「フフフ……まぁ、でも彼は研究一筋だったからあなたの思いにはきっと気付いていなかったでしょうけどね」
そう言うとミツ子はベッドの側にあるイスに腰を下ろした。
「さて、私はまだまだやることがあるからあなたはそろそろ上に戻りなさい。明日はきっと忙しくなるわよ」
「あ、す、すいません。御邪魔しました……」
名雪がぺこりと頭を下げて地下研究室を後にするとミツ子は作業を再開した。やることはまだまだたくさんある。最低限、ベッドの上の彼を最高のコンディションに持っていくことだけでもやっておかなければならない。いつ何時、奴らが襲って来るとも限らないのだから。

その薄暗い部屋の中で鷹人間は恐怖にその身を震わせていた。
「それでおめおめと逃げ帰ってきたという訳ですか……クラス”ナイト”が情けないことです」
心底呆れ果てたという感じでその男が言い放つ。
「お、お許し下さい、Mr.バロン」
「たかが戦闘用アンドロイド一体に……クラス”ポーン”を二体も失い、その上目的も果たせず……全く嘆かわしい」
Mr.バロンの言葉に平伏するのみの鷹人間。
「もしもこの事をマムがお聞きになればきっとお前は廃棄処分にされるでしょうね……降格する必要もないと判断なされることは間違いないでしょう」
「ど、どうか……どうかそれだけは……」
更に平伏する鷹人間。その声は恐怖のあまり震えていた。
「ですがこの私がお前に独断でチャンスをあげましょう。そのアンドロイドをここまで上手くつれてくるのです。一体誰の手によって作られたのかは知りませんが我々の計画が本格的に始まろうとしている今、いかなる邪魔者も排除しておかなければなりません」
バロンはそう言うと鷹人間の方を見降ろした。
「失敗は許しません……次なる失敗は”死”だと言うことを忘れないよう……」

朝になった。
来客用の寝室で布団にくるまって眠っていた香里は突然聞こえてきた声に思わず飛び起きてしまった。
「な、何よ!?」
慌てて寝室から飛び出すと同じように起き出してきたらしい潤とばったりと会う。彼は隣の寝室で寝ていたのだが、まだ半分寝ているようなそんな顔をして呑気にも欠伸までしていた。どうやら香里とは違って何かの声で起きた訳ではないらしい。
「ふわああ……おう、お早う、美坂……」
「お早う、北川君……ってそんな場合じゃないでしょ! 聞こえないの!?」
香里がそう言ったので潤は欠伸をかみ殺し、耳を澄ませた。すると何やら外から叫んでいるような声が聞こえてくる。だが、この廊下にまでは流石に届いてこない。
「確かに何か聞こえるけど……何言ってるかまではわからん」
何故か胸を張ってそう言う潤を無視して、香里はもう一度ドアを開けて寝室の中に入っていった。大きめの窓に歩み寄り、その窓を開け放つと外の声がよく聞こえてきた。
「もう一度言う! キカイダーU−1!! 我々はお前にそっくりな男を預かっている!! その男はきっと貴様に関係していることだろう!! その男を帰して欲しくばこの私と共に来い!!」
「うわ〜、何と言うかストレートなお誘いだこと」
そう言ったのはいつのまにか香里の隣に並んでいた潤だった。
「ここまであからさまだと罠だって事を疑いたくなくなるな」
「どう考えても罠でしょ!」
とりあえず潤に対してそう言っておきながら香里は声の主を捜した。声には聞き覚えがある。おそらく昨日襲ってきたロボット軍団の一人だろう。いきなり攻撃してこないことを考えると何か考えがあるのだろうが、それにしたってやり方がヘタすぎる。
「一体何を考えているのかしら?」
「さぁ? とりあえず自分達にとって有利なように進めたいんじゃないか?」
「ここまであからさまにやって有利も何もないと思うけど?」
二人がそんな事を話していると、玄関が開き、そこから名雪が飛び出してくるのが見えた。
「祐一の……祐一のことを知ってるの!?」
飛び出していった名雪がそう叫ぶのを聞いて思わず頭を抱える香里。
「あちゃ〜……」
頭を抱えている香里の横で潤が思わずそう漏らしていた。
「あれじゃ狙ってくれって言ってるようなもんだ……」
確かに潤の言う通り、名雪は無防備に玄関先に佇んでいる。どうやら彼女も声の主を見つけられてはいないようだ。
「何やってるのよ、名雪は……!!」
香里はそう言うなり踵を返し、廊下に飛び出していった。慌てて香里を追いかけて潤も廊下へと飛び出していく。
「なぁ、もしもの話だけどよ……」
「何っ!?」
走りながら話しかけてきた潤に対してややきつめの口調で返す香里。
潤はそんな香里に対して肩を竦めて見せながら続ける。
「俺たちがこうして走っている間に水瀬がさっきの声の奴と接触していなくなってたりしたら俺たちどうすればいいんだろうな?」
潤の言葉に思わず香里は黙り込んでしまった。それからすぐに顔を真っ赤にして潤に向かって怒鳴りつける。
「だからそうさせない為に急いでいるんでしょ!!」
「そりゃごもっとも」
二人が廊下を突き進み、階段を駆け下り、玄関に辿り着いた時、外から悲鳴が聞こえてきた。その悲鳴は勿論、名雪のものだ。二人が外に飛び出すと、そこでは名雪を抱え上げた鷹人間が空へと舞い上がっていくところだった。
「名雪ッ!!」
香里がそう叫ぶが名雪は気でも失っているのか返事をしなかった。
そんな名雪を大事そうに両腕で抱え(いわゆるお姫様抱っこと言う状態だ)、背の翼をはためかせて大空へと舞い上がっていく鷹人間。
香里も潤もそれを悔しそうに見上げていることしか出来なかった。二人には当然のことだが翼など無い。飛び去っていく鷹人間を追いかけることは出来ないのだ。
「北川君っ!!」
「おうさっ!」
香里がさっと潤を振り返り、それに応じて潤が止めてある軽自動車に向かって走る。だが、軽自動車のまえまで来て潤は思わず唖然となり、足を止めその場にガクッと膝をついてしまう。
そこにあったのは軽自動車だった物の残骸だけ。見事なまでに破壊され尽くし、もはや原形すらとどめていない。
「…………ま、まだローン残ってんのにぃ〜〜〜〜っ!!」
思わず悲鳴を上げる潤。
彼の悲鳴を聞きつけた香里もそこへとやって来、軽自動車だった物の残骸を見つけると思わず天を仰いでしまった。
「もうっ!! これじゃどうするのよっ!!」
香里が声を荒げてそう言うが、もはやどうすることも出来ないことは彼女自身解っていた。空を飛ぶ相手を追いかけるのに車がない。おそらくはあの鷹人間が追跡を防ぐ為に破壊したのだろうが……どうにも矛盾している。
「……どうやら初めから目的は一つだったみたいね」
不意に聞こえてきた声に二人が振り返るとそこには白衣を着たミツ子が立っていた。ミツ子はしばしの間鷹人間の飛び去っていった空を見上げていたが、やがて二人の方を見てニコリと微笑んだ。
「お早う、二人ともよく眠れたかしら?」
「あ、お、お早う御座います……」
朝の挨拶をしてきたミツ子に思わず馬鹿正直に挨拶を返す潤。
「ちょっと! それどころじゃないでしょ!!」
香里がそう言って潤の頭をはたく。
「ミツ子さん、お早う御座います! それでお聞きしたいことが……」
すぐに香里がミツ子の方を見て、そう言いかけるのを彼女が手で制した。そして首を左右に振り、ゆっくりと歩き出す。
「まずは中に入りましょう。水瀬さんの居場所ならすぐに解りますから」
「そんな事している暇は……って、どう言うことですか?」
「水瀬の居場所ならすぐに解る?」
香里、潤が口々に言う。
そんな二人を振り返ったミツ子はしっかりと頷いて見せた。
「悪いとは想ったんだけど、昨日の内に彼女の靴に発信器をつけさせて貰っていたのよ。念のためにね」
「……何で発信器なんか……?」
香里がそう尋ねるとミツ子は彼女から視線を外すように前を向き、また歩き出す。あまり答えたくないような雰囲気が伺えたがそれでも香里は尋ねずにはいられなかった。
「どうしてですか? 昨日初対面だった私達、それも名雪にわざわざ発信器をつけておくなんて……」
「……彼女が……相沢さんにとっての家族であり、あの人の娘だからよ……」
ミツ子はそう言い、それきり黙り込んでしまった。そして黙ったまま屋敷の中へと入っていく。
その場に残された香里と潤は互いの顔を見合わせた。
「……どう言う意味だろう?」
「さぁ……でも何か知っているようね、あの人……」
二人は互いに頷きあい、そしてミツ子を追うようにして屋敷の中に入っていった。潤が後ろ手にドアを閉めていると、外から物凄い爆音が聞こえてきた。その音に潤と香里が再び表に飛び出すと、屋敷の裏側から一台の車高の低いバイクに乗ったアンドロイドの青年が飛び出していくのが見えた。
「あいつはっ!?」
「確か……」
二人が口々にそんな事を言っているといきなり扉が開き、中からミツ子が飛び出してきた。
「今、彼が飛び出していかなかった?」
そう尋ねながら左右を見回している。
「あいつなら今飛び出していきましたよ、あっちに」
潤がそう言ってアンドロイドの青年が飛び出していった方向を指さした。二人はその時気付いていなかったがそれは鷹人間が名雪を連れ去った方角である。
「……やっぱり……彼を誘い出すのが目的だったのね……まだ彼は完全じゃないわ。だからお願い、彼をサポートしてあげて」
ミツ子が真剣な眼をしてそう言い、潤と香里を見つめた。
「彼は完全じゃない? どう言うことなんですか?」
そう尋ねたのは香里である。
彼というのはあのアンドロイドの青年のことだろう。彼なら既に2体もの戦闘用ロボットと戦い見事に撃破しているではないか。それで完全では無いと言うのか。では完全になった彼は一体どれだけの能力を秘めていると言うのだろう。何と言うものを祐一は作り出したのか、香里は感心してしまっていた。
「私にも解らないわ。彼には色々とブラックボックスになっている部分が多くて……」
「……ブラックボックス……ですか?」
「相沢さんは敵がどれだけのものか知っていた。だからもしものことを考えてブラックボックスを……」
「なるほど、もしも敵にやられてもその秘密を知られない為に……」
ミツ子の説明に頷く潤と香里。
「今は多くを説明している暇はないわ。昨日使ったワゴン車、あれを用意しておいたからすぐに彼を追ってくれる?」
「解りました」
潤がそう言って頷き、すぐにワゴン車のおいてある場所へと向かう。
「……美坂さん」
潤が走り去っていくのを見てからミツ子は香里の方を向いて口を開いた。
「さっきの質問にもう少し詳しく答えるわ。本当ならもう少し時間を取って話したかったんだけど」
「……要点だけかいつまんで話して貰えますか?」
「ええ、そのつもりよ」
ミツ子が頷いて話し始める。
香里はミツ子の話を聞いて驚愕を禁じ得なかった。それほどに信じられないような話だったのだ。
ミツ子の説明が終わる頃にようやく潤がワゴン車を玄関先にまで回してきた。ワゴン車がどこにおいてあるかを聞いていかなかった為にあちこち探し回っていたらしい。
「悪い、遅くなった……ってどうした、美坂?」
「え……?」
「いや、何か顔色悪いぞ?」
「あ、だ、大丈夫……さぁ、行くわよ、北川君!」
そう言って香里がワゴン車に乗り込んでくるのを潤は少し不審げに見ていたが、香里が発進させるように促したので改めてシートベルトをし、ハンドルを握り直した。そしていざアクセルを踏もうと言う時になってあることを思い出し、足をアクセルから放す。
「なぁ、あいつどこまで行ったんだ?」
香里の方を見てそう言うと香里は呆れたようにため息をつき、顔に手をやった。
「何言ってるのよ……」
「いや、もう姿見えないぜ、当たり前だけど。あいつバイクみたいなのに乗ってただろ。それにどこに行ったかまるで解らないんだから……」
確かに潤の言う通りである。
おそらくは名雪を追って飛びだしていったのであろうアンドロイドの青年はバイクのようなマシンに乗っていた。そしてかなりのスピードで飛び出していったのだ。あれから結構時間が経っている。もはやどこまで行ったか見当もつかない。
「これを使えばいいわ。彼はアンドロイド、彼の身体からは常に一定の周波数の電波が放出されているわ。これはそれを探知出来るように設定しているからすぐに居場所が掴めるはずよ」
言いながらミツ子が少し大きめの携帯電話のようなものを取り出した。上半分がモニター上になっており、そこに光点がある。おそらくその光点こそが例のアンドロイドの青年なのだろう。
「お借りします」
そう言ってその機械をミツ子から受け取る香里。そして潤の方を振り返る。
「急ぎましょう、北川君。今は一刻を争うわ」
「ああ、そうだな。ミツ子さん、お世話になりました」
潤がミツ子に向かって頭を下げたので香里もそれに倣った。
「ええ、気をつけてね、二人とも」
ミツ子は二人に向かってそう言い、やや悲しげな笑みを見せた。そして二人に向かって一礼する。
潤にはその意味がわからなかったが香里には何となく理解出来た。自分にはもはや何も出来ないと言うことが解っているから。この先は自分が立ち入っていい場所では無いと言うことを知っているから。この先に待ち受けているであろう危険を彼女は知っているから。危険を知りながらも、二人を送り出さなければならないから。
「……行きましょう、北川君」
香里がそう言って潤を促す。
「ああ、それじゃ」
潤が今度こそアクセルを踏み込んだ。それにあわせてワゴン車が走り出す。
走り出したワゴン車は光明寺邸を後にアンドロイドの青年が走り去っていた方角へとその進路を向けて疾走していくのだった。

名雪を連れ去った鷹人間はそのまま空を駆け、崖の上にある西洋風の城のような建物のバルコニーへと降り立った。
するとまるで鷹人間が到着するのを待っていたかのようにメイド服姿の少女がその場に現れる。
「この御方をMr.バロンの元へと運んでくれ。俺はきっと来るだろうキカイダーU−1を始末する」
少女にそう言い、名雪を彼女に預けると鷹人間はバルコニーから飛び去っていった。それを見上げながらも少女はその体格に似合わしくない力で軽々と名雪を抱え上げ、鷹人間が見えなくなるとバルコニーから中へと入っていく。そして、城の奧にある薄暗い部屋の中へと入っていく。
そこは多数のモニターと棺桶が一つおかれているだけの部屋。何とも薄気味の悪い雰囲気の漂う部屋である。そこに平然と入ったメイド服の少女は床の上に名雪を降ろすと棺桶に向かって恭しく一礼した。
「Mr.バロン。コマンドホークが名雪お嬢様をお連れしてきました。今は気を失っておりますがいかが致しましょう?」
「………名雪お嬢様ですか。貴賓室に案内しておきなさい。くれぐれも失礼の無いよう……何せ彼女は……あの御方の……ですからね」
棺桶の中から声が聞こえてくる。何処か陰鬱に聞こえてくるのはこの部屋の薄暗さの所為だろうか。
だが、そんな事は一切気にせず、少女は声に対して一礼すると床の上の名雪を再び抱え上げこの薄暗い部屋から退出していった。

「う……ん……」
寝返りを打った名雪がゆっくりと目を開いていくと、そこは全く見慣れないベッドの上だった。しかも物凄く豪華な。上を見上げれば天蓋まで付いている。何処かの国の王族や貴族でもなければ持っていなさそうなそんなもの。
ゆっくりと身を起こし、寝ぼけ眼で周囲を見回すが全く見覚えのない部屋であった。
「お目覚めになりましたか?」
不意に聞こえてきた声に驚き、ビクッと身体を震わせる名雪。振り返るとベッドの側にメイド服を着た少女が立っていた。さっき周囲を見回した時には誰もこの部屋の中にいなかったはずだ。一体いつの間に部屋の中に現れたのだろうか。
「Mr.バロンがお待ちです。どうぞこちらへ」
メイド服の少女は無表情にそう言うと名雪が反応するのを待たず、それが当然であるかのように歩き出した。
慌ててベッドから降り、少女の後を追う名雪。
少女は名雪が付いてくるのが当たり前だとでも思っているのか振り返ることもなく、更に彼女が来るのを待つ訳でもなく先にずんずん進んでいく。
廊下の一番奥にある大きな扉の前まで来てようやくメイド服の少女は足を止め、名雪の方を振り返った。
「こちらです」
そう言って頭を下げる少女。
「Mr.バロンがあなた様の来るのを待っておられます。さぁ、どうぞ」
少女がそう言うと、扉が独りでに開きだした。どうやらそう言う仕掛けになっているらしいのだが、それでも思わず名雪は驚いてしまう。
「わぁ……」
完全に開ききった扉の向こうは薄暗い部屋だった。だが、最低限の採光はなされているらしく中が見えない訳ではない。
躊躇いつつもその部屋の中に一歩踏み込む名雪。
「お待ちしておりました、名雪お嬢様」
部屋の中央におかれている長く大きいテーブルの向こう側にいる男がそう言い、立ち上がる。
「私はバロン。この城を任されているものです。私の部下があなた様にしたことをまず詫びさせて頂きたい」
そう言って恭しく名雪に向かって頭を下げた。それからパチンと指を鳴らす。すると先程、この部屋に名雪を案内してきた少女がバロンと言う名の男のすぐ後ろに現れた。
「お呼びでしょうか、Mr.バロン」
「名雪お嬢様にイスをお勧めしなさい。それから少し早いですが食事の準備を。勿論、名雪お嬢様のお口に合う物を厳選するのですよ。お嬢様は我々とは違うのだから」
「解りました、Mr.バロン」
少女がそう言いながら一礼し、そして名雪の側へと歩いていく。すっと名雪の側まで来ると少女は彼女の前にあったイスを引いて座るように促した。
「どうぞ」
「あ、ありがとう……」
遠慮がちに引かれたイスに腰を下ろす名雪。タイミングを合わせて座りやすいようにイスを少女が押す。名雪が完全にイスに座ったのを見届けると、少女はまた一礼してその部屋から出ていった。
「さて……食事の準備が整うまで少しお話でも致しましょうか。いろいろとお尋ねになりたいこともあるでしょう、お嬢様?」
バロンはその青白い顔に笑みを貼り付け、名雪に向かってそう話しかける。
その笑みに名雪は警戒心を強めた。何を知っていて何を企んでいるのか。自分をこうして迎え入れるのは何故か。お嬢様と呼ぶのには一体どう言う意味があるのか。自分をここまで連れてきたあの鷹人間とどう言う関係なのか。そして祐一のことを知っているのか。聞きたいことは山程ある。だが、バロンと言う男の顔に貼り付けられた笑み。何故だかわからないが、怪しい。そう感じさせる何かがこの男にはある。
「フフフ……そう警戒なさらないで頂きたいですな。私にはあなた様に危害を加える気はありませんよ」
バロンは名雪の顔に浮かんだ警戒心を察したように首を左右に振りながら言う。
「勿論、今用意させている食事に毒などもってのほか。どうかご安心を……と申してもここはあなた様にとっては敵地同然。警戒なさるのも無理はない」
そう言うとバロンは立ち上がった。そして背後の壁の前に移動してから、名雪の方を振り返る。
「あなた様が抱いている警戒心を解き、そして幾つかの質問の答えになるであろう物がここにあります。お見せ致しましょう」
バロンはそう言うと壁の柱に隠されてあったボタンを押した。すると壁が上に上がり、その向こう側が露わになる。どうやらまだ奥に部屋が隠されていたらしい。
だが、その事に名雪は驚いている暇はなかった。それ以上の驚きが彼女を襲っていたからだ。
壁の奧の隠し部屋の一番奥には肖像画が掛けられてあった。ある貴婦人の姿を描いた肖像画。しかし、名雪はその貴婦人に見覚えがあった。イヤ、見覚えがあると言うどころの話ではない。そこにあったのは紛れもなく……。
「………お母さん………?」
そう、名雪の母親である水瀬秋子の肖像画にそれは間違いなかった。思わず腰を浮かしてしまう名雪。
「……驚かれましたかな、お嬢様。イヤ、驚かせるつもりがなかったとは申しませんが……まぁ、この様な形でお話しすることになるとはこちらと致しましても少々不本意でしてね」
そう言いながらバロンはイスに戻る。
「お嬢様は確か母親である秋子様の職業をお知りになっておられませんでしたね。秋子様は優秀なロボット工学の博士だったのですよ。あの光明寺ミツ子と同じくね」
イスに座ったバロンが話し始めるのを名雪は黙って聞いている。黙っているのはまだ驚き冷めやらぬからに他ならない。
「イヤ、天才と言うべきでしょうか……秋子様は。光明寺ミツ子などとは比べものにならない……秋子様に匹敵するのは光明寺博士かプロフェッサー・ギルか……」
バロンが口にした名前を名雪は勿論知らなかった。だが、バロンの口振りからその二人が物凄い天才科学者であろう事が伺える。
「まぁ、今はもういないお二人ですから……秋子様こそがこの世で唯一無比の天才科学者と言って過言ではないでしょう」
「お母さんが……」
「まぁ、秋子様はお嬢様方に心配をかけさせたくないからお隠しになっておられたのでしょう……お気になさることはないと思いますが」
名雪を安心させるかのようにバロンが優しい口調で言う。
「そ、それで……お母さんとあなたは……」
「私の生みの母と申しましょうか……イヤ、お嬢様と兄弟になると言う訳ではございません。何せこの私はロボットですからな」
「ロボット……!?」
再び驚愕にイスから腰を浮かせる名雪。思い起こされるのは自分を襲った亀型ロボットと牛型のロボット。人間では到底敵うはずもない戦闘用のロボット。もし、目の前にいるこのバロンと言う男もあのロボットと同じ力があるとすれば……イヤ、考えるにこのバロンと言うロボットは遙かに優秀そうだ。普通の人と全く変わりない。普通に社会に紛れ込んでいても何の不思議もないし、誰も気付かないだろう。
「どうか落ち着いて頂きたいですな、お嬢様。私はさっきも申した通りあなた様に危害を加えるつもりはございません……さて、そろそろ食事の準備が整ったようです。後はゆっくりと食事でもしながらお話ししましょうか」
そう言ってバロンがパチンと指を鳴らす。
すると先程の少女を先頭に同じようなメイド服を着た集団が料理の乗ったお盆を手に入ってきた。それぞれが手際よく名雪の前に料理の載った皿を並べていく。それはまるで何処かの宮廷料理のようであった。
「さぁ、どうぞ。先程も申した通り、毒など一切入っておりません。どうかご安心を」
バロンがそう言って名雪に食事を勧める。だが、そう言うバロンの前には何も置かれていない。ロボットなので当然と言えば当然なのだが。
「あ、あの……あなたは……?」
「ご心配は無用……私はこうすればいいだけですので」
名雪の問いにバロンは苦笑を浮かべながらも、懐から小さなカプセルを取り出した。そしてそれを飲み込む。
「……人間という物は不便ですな。我らロボットはこうしてエネルギーを補給するだけでいい。だが人間は栄養を摂取しなければならない上に脆い。すぐに壊れてしまうし、記憶容量もそう多くはない。どんどん忘れてしまう……これはいわゆる欠陥品と言うべきではないでしょうか?」
まだ食事に手をつけない、おそらくは警戒しているのであろう名雪を見ながらバロンが言う。
「その様な欠陥品にこの世界を任せておいていいのでしょうか……」
「な、何を……」
「フフフ……我らの目的をあなた様にお話ししているのですよ、お嬢様……」
ニヤリと笑うバロン。
その笑みに薄ら寒いものを感じる名雪。
「我々はね、ロボットによる世界の支配を考えているのですよ。欠陥品である人類を完全な我らロボットが支配する……これこそが本来あるべき姿なのです」
「そんな!!」
思わずイスから立ち上がる名雪。
「だってそうでしょう? 人間は……未だ人種や宗教などで簡単に殺し合います。同じ人間であるというのに。それに人間はこの地球の自然を顧みることなく開発と言う名の破壊活動を続けている。この様な輩にこの地球を任せていては何時かは地球は滅んでしまう。そうは思いませんか?」
「でも……だからといってそれが……!」
「少なくても我々のマム、秋子様はそうお考えなのですよ」
名雪が反論しようとするのをその一言で封じてしまうバロン。それは名雪に衝撃を与えるのには充分すぎる程の威力があった。
自分の母がそんな事を考えていたとは……余りもの衝撃に名雪はイスに上に力無く座り込んでしまう。
「お嬢様、我々は……少なくてもこの私はお嬢様方に手出しをしようとは思っておりません。何せ我らがマムのお嬢様……我らにとっては同じ母の子供。何で手出しが出来ましょうか」
「…………祐一は……」
少しの沈黙の後、絞り出すように名雪が問う。
「祐一はどこなの? 生きてるの!?」
「祐一………ああ、Dr.相沢のことですか。ええ、生きていますよ。彼は何せ……マムには劣りますが優秀ですからね、殺すはずがありません」
バロンはそう言うとため息をついた。
「せっかくの食事が冷めてしまいますが……どうやらお嬢様はDr.相沢にどうしても会いたいようですね。いいでしょう、会わせてあげますよ」
すっと立ち上がるバロン。そしてまた指をパチンと鳴らす。
すぐさまメイド服の少女が部屋の中に入ってきた。バロンに向かって一礼すると名雪の前に出した皿を次々と引き上げていく。その手際は見事なものだ。おそらくはこの少女も同じロボットなのだろう。全く手つきに乱れがない。
「さて、それでは参りましょうか。Dr.相沢がいるところへ」
バロンがそう言って歩き出したので名雪も慌てて立ち上がり、バロンの後を追った。
まるで名雪を気遣うようにゆっくりと歩くバロンにすぐ名雪は追いついた。部屋を出、廊下を進む間ずっとバロンは何も言わないし、名雪も声をかけようとも思わなかった。
無言のまま二人は廊下を進み、そしてやたら豪勢な扉の前に辿り着く。
「こちらです、お嬢様」
そう言ってバロンが扉に手をかける。
「中に入られましても驚かないようお願いしますよ」
ニヤリと不気味に笑みを名雪見向け、バロンは扉を押し開いた。
そこは不自然な程広い部屋だった。その部屋の大半を水槽のようなものが占領しており、その水槽の中には何かが浮かんでいる。その何かはあちこちから伸びているチューブやコードで水中に固定されているようだ。時折、水泡が水槽の上の方へと昇っていくことから呼吸をしている、生き物であることが伺い知れた。
「………」
部屋の入り口に黙って立っている名雪。その目が部屋の中を見渡すがどこにも人の姿など無い。
「祐一は……」
バロンの方を振り返ろうとすると、バロンがすっと腕を上げ、水槽を指さした。
「Dr.相沢はあそこですよ、お嬢様」
その言葉に名雪は水槽を見た。そして水槽の中で固定されているものを見て、言葉を失う。口元を手で覆い、名雪は水槽に向かって駆け出していた。
「祐一!! 祐一ぃっ!!」
そう叫んで名雪は水槽の表面に縋り付いた。
そう、水槽の中に固定されているのは変わり果てた姿の相沢祐一であった。その身体はかつての彼を知るものには驚愕せざるを得ない程ボロボロ、両腕両足はなく胴体もかなりの部分が欠けている。無事なのは頭部のみ。おそらくはこの水槽の中でしか生きられないのだろう。そう言う身体に彼はされてしまっていた。
「Dr.相沢は我々の計画に反対し、そして逃げ出した……計画はまだ中途、知られる訳にはいかない……だからDr.にはこうなって貰うほか無かった」
バロンが水槽に縋り付いている名雪のすぐ背後に立ってそう言う。申し訳なさそうに、だがそれは決して祐一に対してではなく名雪に対して、であるが。
「どうして……どうしてこんな酷いことを……!!」
名雪が振り返る。目には涙、だが怒りの表情を露わにして。
「理由は先程も申し上げた通り……それにマムの命令でもありましたので」
今度は全く悪びれることなく言い放つ。
「ふざけないで!! お母さんがそんな酷いことを……!」
「我らは嘘などつきませんよ、お嬢様。何せ我らはロボットなのですから」
バロンのその一言に名雪はその場に崩れ落ちた。
何一つ反論出来なかった。ロボットは嘘をつけない。いくら優秀でも。だからバロンの言っていることは本当なのだ。
「……祐一……お母さん……」
泣き崩れる名雪をしばしの間バロンは見ていたが、やがてこの部屋の入り口にメイド服の少女が現れたのに気付くと名雪をそのままにして歩き出した。
「何用です?」
「はい、コマンドホークがDr.相沢のアンドロイドと戦闘に入りました」
「……モニターの回線をここに回しなさい。Dr.相沢のアンドロイド、その実力を見せて貰いましょう」
「はい」
少女が頷いて去っていくのを見送ってからバロンは名雪の方を振り返った。
「面白いものを見せてあげましょう……そこのDr.相沢が作ったと言うアンドロイドの最後の瞬間をね」
楽しそうにバロンが言う。
その声に名雪が顔を上げたのと同時に部屋の中にあったモニターが変わった形状のマシンに乗ったアンドロイド・U−1を映しだした。

「死ねっ!! 死ねっ!!」
上空から爆弾を次々に投げつける鷹人間、コマンドホーク。
その爆弾を右に左にかわすのは車高の低いマシンにのったU−1である。
その車高の低いマシンは光明寺邸の地下にある研究室の中でU−1の為に用意されていたものであった。丁度真上から見たら綺麗な二等辺三角形を描いていることからこのマシンのことを開発者である祐一は”デルタマシン”と名付けていた。そのデルタマシンをU−1は操縦してここまで名雪を追ってきたのである。
デルタマシンの機動性は並のバイクの比ではなかった。人間では決して扱えないスピード、そのスピードを維持したままでターンや急ブレーキングさえ可能にする。勿論、それに乗るのがアンドロイド・U−1であると言うことが前提だが。
「くそっ! こんなところで足止めを喰っている暇は無いと言うのにっ!!」
そう言ってU−1は空を見上げた。
鷹人間は先程からずっと上空に位置したままでそこから爆弾を投げつけてきている。デルタマシンの機動性とU−1の能力があれば爆弾をかわすのは容易いがこのままでは埒が明かない。連れ去られた名雪を助け出すのが先決だ。その為にはここで時間を無駄に消費するのはよろしくない。
「……一気にケリをつける!! チェンジキカイダー……U−1!!!」
U−1はそう叫ぶと両手を胸の前で交差させてジャンプした。 するとその姿が人間に模したものから戦闘用アンドロイドへと変わっていく。
キカイダーU−1はそのままコマンドホークへと飛びかかっていった。
「な、なにぃッ!?」
まさか自分の居るところまでジャンプしてくるとは思ってなかったコマンドホークは、一瞬その身を硬直させた。それが決定的な隙となる。キカイダーU−1の両手がコマンドホークの翼を掴み、一気に引き裂いたのだ。空を飛ぶ為の手段を失い、錐揉み上に回転しながら落下していくコマンドホーク。そして地面に叩きつけられ、大きくバウンドしてから倒れ伏す。
一方キカイダーU−1は錐揉み回転しながら落下するコマンドホークから離れ、デルタマシンの上に綺麗に降り立っていた。
物凄い勢いで地面に叩きつけられ倒れ伏したコマンドホークをちらりと見やり、キカイダーU−1はデルタマシンを発進させようとした。だが、その前にふらふらとコマンドホークが立ちふさがる。
「ここから先には行かせはしない……」
コマンドホークは全身のあちこちからスパークを飛ばしながらキカイダーU−1の方へと足を進めてきた。その姿から想像するにもはや戦闘能力は皆無に違いなかった。だが、それでもまだキカイダーU−1の前に立ちふさがる。一体何がここまでコマンドホークを突き動かすのか、キカイダーU−1には理解出来なかった。
「何故……何故そこまで……」
「フフフ……貴様には解るまい……我らの目指す理想……」
ふらふらしながらもキカイダーU−1の側まで来たコマンドホークがニヤリと笑う。同時にコマンドホークの体内にあった自爆装置が起動、大爆発が起こった。

モニター上に映る大爆発。
勿論コマンドホークが自爆した時のものである。その規模はかなりのもので自爆したコマンドホークのすぐ側にいたキカイダーU−1も爆発に巻き込まれたはずで、無事であるとはとても思えなかった。
「あ……ああ……」
自分を助けに来てくれたはずの、祐一が自分そっくりに作り上げたアンドロイド・U−1が、今無惨にもやられてしまった。その衝撃に名雪は呆然となってしまう。
「フフフ……他愛ないものですね。Dr.相沢の最高傑作があれとは……」
バロンがニヤニヤしながらそう言い、水槽の方を振り返った。水槽の中に固定されている祐一の表情は様々なコードやチューブで解らなかったが、それでもおそらくは落胆していることだろうと思ったからだ。
だが、水槽の中の祐一は口元だけを不敵に歪ませていた。まるでまだ終わって無いと言うことを知っているかのように。
「……ま、まさか!?」
バロンがはっとなり、モニターの方を見ると爆発の炎と煙の中からデルタマシンが飛び出してくるのが見えた。煙による汚れはあるものの、爆発によるダメージは一切無さそうである。
「……信じられん……あそこまで頑丈な装甲を有しているとは……」
驚きの声をあげるバロン。
同時に名雪の顔に喜色が甦る。まだ希望は断たれた訳ではない。U−1は、自分達を守る為に祐一が作り上げたキカイダーU−1はまだ健在なのだ。
「………フッ……」
そんな名雪に気付いたバロンが不気味に笑みを浮かべてみせた。
「……所詮は偵察用、足止め程度にもなりませんか……まぁ、いいでしょう。本番はこれからです」
そう言ってバロンがパチンと指を鳴らす。それは先程のメイドの少女を呼び出すのとはまた違った仕種で行われた。

デルタマシンに乗ったままのキカイダーU−1はしばしの間爆発の跡の立ち上る煙を見上げていたが、やがて自分のすべき事を思い出したかのようにさっと正面を向いた。そしてアクセルを回そうとして、その動きを止める。
キカイダーU−1のセンサーは自分の方へと向かってくる何かを感じ取っていた。まずは音、続いて映像。最後に自分に向けられている悪意、敵意。
地響きをあげてそれらはキカイダーU−1目指して疾走している。それは物凄い数の戦闘用ロボット。その姿は千差万別、鳥や獣から恐竜のようなもの、戦車に手足が生えたようなものまでいる。それらが全てキカイダーU−1に向かってきているのだ。

何十体もの戦闘ロボットに取り囲まれるキカイダーU−1。
それをモニターで見ながらバロンはほくそ笑む。
「どれほど奴が頑丈だとしてもこの数の戦闘用ロボットを相手にするにはいささか力不足というもの……Dr.相沢の最高傑作もここまでと言う訳です」
呆然とした表情でモニターを見つめている名雪。

周囲を戸惑ったように見回すキカイダーU−1。
「……僕はある人を助けに行きたいだけだ! 君たちと戦う意志はない!」
自分を取り囲んでいる戦闘ロボット達に向かってキカイダーU−1が叫ぶが戦闘ロボット達は身動き一つしなかった。反応すらしない。
「通してくれ!! 僕は無用な争いはしたくないんだ!!」
またキカイダーU−1が叫ぶ。
やはり戦闘ロボット達は何の反応も示さない。じっとキカイダーU−1を取り囲んだまま、キカイダーU−1を見つめているだけだ。いつでも飛び出せる体勢をとりながら。
「……くそっ……」
悔しそうに呟くキカイダーU−1。
今自分を取り囲んでいる戦闘ロボットの数は数十を下らないだろう。まともに戦えば自分もただでは済まないのは自明の理というものだ。
だが、それ以外にも戦いたくない理由があった。キカイダーU−1は元々名雪達の護衛用として生み出されたアンドロイドで、戦闘目的の為に生み出されたロボットではない。名雪達を守る為に戦いはするが、自ら望んで戦うようなことはしない、そうプログラミングされているのだ。
「戦うしか……無いのか……ッ!」
周囲の戦闘ロボットから自分に向けられている悪意には気付いている。おそらく話し合うことなど不可能、このまま見逃してくれることなどあり得ない。戦う以外に道はないと解っている。しかし、それでもキカイダーU−1は躊躇してしまうのだ。
「………」
と、ものも言わずに数体の戦闘ロボットが飛びかかってきた。イヤ、ものを言う機能を有していないのかも知れない。戦闘用ロボットはあくまで戦闘用。人間同様に喋る必要はないのだ。
「くっ!!」
自分に向かって飛びかかってきた戦闘ロボットを見て、キカイダーU−1もデルタマシンから真上にジャンプした。
戦闘ロボット達とキカイダーU−1が空中で交差する。
さっと片膝をついて着地するキカイダーU−1と、バラバラになって地面に落下する戦闘ロボット。
たった一瞬の交差で自分に向かってきた戦闘ロボットを粉砕したキカイダーU−1はゆっくりと立ち上がり、周囲を見回した。今、何体かの戦闘ロボットをその仲間の目の前で倒したことにより、自分に向けられている悪意は更に強まった。それはもう殺意と言っても良い程に。
『フフフ………流石です』
突如聞こえてきたその声に、戦闘ロボット達がビシッと姿勢を正す。
『流石はDr.相沢の最高傑作……名前を聞いておきましょうか?』
「……僕はキカイダーU−1……あなたは……?」
『フフフ……私の名はバロン……ここにいるのは私の配下のロボット達です。さて、キカイダーU−1とか言いましたか……あなたは私の配下を何体か倒してくれましたね……その実力を見込んで一つ提案がありますがよろしいですか?』
キカイダーU−1は周囲を警戒しながら頷いた。
まだ彼のセンサー類は声の主がどこにいるか特定出来ていない。それは当然だろう、バロンはこの場にいないのだから。だが、その事をキカイダーU−1は知らない。だから警戒しながらもセンサーを働かせて声の主、バロンがどこにいるかを探っているのだ。
『どうでしょう、我々と手を組みませんか? あなた程優秀なアンドロイドはそうそう無い。はっきり言えばその能力、性能が惜しい。我々と手を組んで頂けるならあなたには相応の地位をお約束致しますが?』
「……どう言う……意味だ?」
『いずれこの世界は我々ロボットやアンドロイドの支配する世界になると言うことです。その為の計画は既に進行中……もはや止めることは出来ません。さぁ、どうです? 悪い話ではないと思いますが?』
「断るっ!! 僕は人間を、名雪さん達を守る為に生み出された!! 人間を支配する為に生み出されたんじゃない!!」
鋭く叫ぶキカイダーU−1。
『………やはり……そう答えると思いました。全く残念ですよ、それだけの性能を持ちながら……』
至極残念そうにバロンがそう言うと、今まで直立不動の姿勢を保っていた戦闘ロボット達がそれぞれ身構え始めた。もはや何の遠慮もいらない。後はバロンがその命令を下すだけだ。
キカイダーU−1も周囲の様子の変化を敏感に感じ取っていた。いつ襲いかかってきても不思議はない。むしろ飛びかかってこない方がおかしい。それほどまでに緊迫した空気が辺りを包み込んでいく。
『それでは最後に一つだけいいことを教えてあげましょう……あなたが守るべき女性、名雪お嬢様は私の城にいます。それだけの数の戦闘ロボットを倒すことが出来たのなら迎えに来ればいいでしょう。もっともあなたが12時間たっても来られなかった場合、お嬢様の無事は保証出来ませんが……それでは……やってしまいなさい!!』
バロンがそう言うと同時に無数の戦闘ロボットがキカイダーU−1に飛びかかった。
「くうっ!」
飛びかかってくる戦闘ロボットをかわし、デルタマシンに向かって駆け出すキカイダーU−1。これだけの数の戦闘ロボットを相手にしていては自分も無事には済まないし、それにバロンが言った12時間と言う期限も過ぎてしまう可能性が高い。ここは何とかデルタマシンで突き抜け、名雪を助け出すのが先決だと判断したのだ。
しかし、周囲を完全に埋め尽くす程の数の戦闘ロボット、中には機動性に特化したものもあるらしくキカイダーU−1にあっと言う間に追いついてくる。
「このっ! 邪魔をするなぁっ!!」
正面に回り込んできた戦闘ロボットを片手で払い除け、デルタマシンに飛び乗るキカイダーU−1。素早くハンドルの中央にあるコンソールにあるボタンを押す。
「セイフティロック解除! 戦闘モード!!」
そのキカイダーU−1の声と共にデルタマシンの形状が変わる。車体の左右に3連装の機関砲がせり出し、後部にはミサイルランチャーが現れた。
「行くぞ!!」
アクセルを回し、デルタマシンを発進させる。
物凄い勢いで飛び出すように走り出すデルタマシン。前を塞ぐ戦闘ロボットを跳ね飛ばし、急ブレーキをかけて別の戦闘ロボットを薙ぎ倒す。更に左右の機関砲を使い、迫り来る戦闘ロボットを粉砕、ミサイルを発射して吹き飛ばしていく。
それでも減らせたのはほんの一握り。まだまだ敵の数は多い。

モニター上に映るキカイダーU−1の奮闘ぶりをバロンはニヤニヤしながら見つめていた。
「フフフ……なかなかやるようですね……可能性は低いでしょうがここに来ることが出来るかも知れませんな」
そう言うと未だ座り込んだままの名雪の方を見た。
「彼がここまで来れたのならばお嬢様、あなたは無事に解放致します。但し、12時間以内に彼がここに来れば、と言う条件付ですが」
「……12時間以内に……彼が来なかったら?」
「……申し訳ありませんが……あなた様を別の場所へと移送することになります」
自分を見上げた名雪に申し訳なさそうな顔をして言うバロン。
果たしてどこまで本気でそう思っているのか、それは名雪には解らなかった。
「……別の場所?」
名雪がそう問うてきたのでバロンは頷いた。
「我らが偉大なるマムの元へ。さて、残り時間はまだまだあります。部屋を用意させますからどうかお休み下さいませ」
「……ここでいい」
「………解りました。用があれば何でもこの者にお申し付け下さいますよう。もっともここから逃げるなどとは考えない方がよろしいですが」
そう言ったバロンのすぐ側にいつ現れたのかメイド服姿の少女が立っていた。その少女を残し、バロンは部屋を出ていく。
少しの間名雪はモニターを見ていたが、やがてゆっくりと振り返って水槽の中の祐一を見た。そのあまりにも痛ましい姿に思わず涙が零れてしまう。かつての彼を知っているだけに。彼のことを好きなだけに。
「……祐一……」
そっと水槽の表面に手を触れる。
と、その時、彼女の耳に何かが聞こえてきた。ハッと顔を上げ、水槽の中に固定されている祐一を見上げる。信じられないと言った表情、だが、それはやがてバロンの残したメイド服姿の少女を窺うような顔になる。
「……ね、ねぇ」
恐る恐ると言った感じで名雪はメイド服姿の少女に声をかけた。
「何でございましょうか、お嬢様?」
すぐに反応する少女。
「ここは別にいいから他の仕事してきたらどうかな?」
「私に与えられた仕事はここでお嬢様のお相手をすることでございます。他の仕事などありません」
無表情のまま、そう答える少女。お相手をすると言う割には先程から何もしていないのだが。おそらくは見張りも兼ねているのだろう。
「そ、それじゃ……少しの間一人にして貰えないかな? 別に逃げようとか思ってないから」
「………解りました。部屋の外におりますので御用があればお申し付け下さい。それでは失礼致します」
そう言って名雪に対して一礼すると少女は部屋から出ていった。
ドアが閉まりきるのを確認してから名雪はまた水槽に手をつき、中の祐一を愛おしげな表情で見上げた。
「……祐一……」

次々に起こる爆発。
キカイダーU−1を取り囲む戦闘ロボットがまた一体、また一体と数を減らしている証拠だ。だが、それでも圧倒的な数の差は埋まらない。どれだけ倒してもきりがない。
「クッ……」
また一体の戦闘ロボットを手刀で切り倒し、キカイダーU−1はさっと素早く周囲を見回した。一定の距離を置いて戦闘ロボット達はキカイダーU−1を取り囲んでいるのは変わらない。一斉に飛びかかってこないのは同士討ちを避ける為か、それともキカイダーU−1の消耗を待っているからか。どちらにしろ、このままでは全てを倒しきる頃にはバロンの言う12時間の期限など簡単に過ぎてしまうだろう。それ以前に全ての戦闘ロボットを倒すことが出来るかどうか。何にせよ圧倒的不利は変わらない。
「このままではダメだ……どうにかしないと……」
何とかこの現状を打破する方法はないか。そう思ってセンサーの範囲を拡大する。すると、何かがこちらに向かってきているのが解った。
「何だ……?」
素早くデータを照合する。
「………!!」
こちらに向かってきているものはキカイダーU−1のデータの中にあった。光明寺邸の地下研究室にあったワゴン車。あれが猛スピードでこちらに向かってきている。乗っているのは二人。おそらくは北川 潤と美坂香里。何故あの二人がここに。イヤ、考えるまでもない。あの二人は名雪の親友だ。彼女を助けに来たに違いない。しかし何と言うタイミングで。この状況下で突っ込んでこられたら圧倒的不利が絶望的不利になるだけだ。
「どうする……あの二人を守りながら引けるか……? 」
こうなれば一時撤退してチャンスを待つしかない。残り時間はまだある。今、無理をすることはない。
だが、そこで予想外のことが起きた。ワゴン車の方から何かが放り投げられ、爆発を起こしたのだ。その爆発のかなりのもので、戦闘ロボットが数体、為す術もなく吹っ飛ばされる。
「な、何なのよ、この威力は!?」
驚いたような香里の声がキカイダーU−1の耳に飛び込んできた。
「流石はミツ子さんだな。これなら何とか行けそうだぜ」
驚いている香里に対してやけに冷静な潤の声。
どうやら二人はこの状況を知りながらも飛び込んできたらしい。しかも武器まで用意して。そしてその武器は充分以上に二人の役に立っている。
どうやら二人の方は安心していいらしい。ならば今やるべき事は。
さっと周囲を見回すキカイダーU−1。自分を取り囲んでいる戦闘ロボット、その囲みの一番薄い場所を探す。見つかったのならば潤達と合流して一気にそこから囲みを突破するのだ。今ならそれが出来る。新たに登場した潤達に戦闘ロボット達のかなりの数が気を取られている今なら。
自分と、そしてデルタマシンのセンサーまで利用して囲みの薄い場所を探すと、それは意外な程あっさりと見つかった。
「……罠かも知れない……でも……」
いつまでもこの囲みの中にいるのは非常に危険だ。自分のエネルギーがいつ切れるかも解らないし、それに何時かは数の差でやられてしまう。その前に、それが罠だとしても。
意を決し、キカイダーU−1はアクセルを回した。猛スピードでデルタマシンが走り出し、行く手を塞ぐ戦闘ロボットを跳ね飛ばしていく。同時に左右の機関砲が火を噴き、次々と戦闘ロボットを粉砕する。そして潤の運転するワゴン車の側まで来ると急ブレーキをかけながらデルタマシンを反転させた。
「僕について来てください! この囲みを突破します!!」
運転席にいる潤に向かってそう言い、彼が頷くのを待って再び正面を向くキカイダーU−1。アクセルを回し、デルタマシンを発進させる。
「美坂、しっかり頼むぜ!!」
「そ、そんな事頼まないでよ!!」
潤は走り出したデルタマシンを追いかけながら後部座席にいる香里に声をかけた。声をかけられた香里は山のように積まれた爆弾や武器を見て、顔を引きつらせながら答える。今までごく普通に暮らしてきた彼女に武器の取り扱いなど出来ようはずがない。だが、彼女が車の運転が出来ない以上、役割分担はどうしても潤が運転、香里が武器、になってしまうのだ。
「もう……っ!」
窓を開けて爆弾を放り投げる香里。
すぐに爆発が起こり、横からワゴン車に向かってきていた戦闘ロボットが吹っ飛ばされる。更に爆発の余波でその戦闘ロボットの側にいた別の戦闘ロボットも吹き飛ばされていた。爆発力だけで考えれば必要以上の威力がある。だが、相手が戦闘ロボットである以上、これくらいは必要なのかも知れない。吹き飛ばされ、バラバラになった戦闘ロボットを見ながらそんな事を香里は考えていた。
後部座席の香里がそんな事を考えているとは勿論知らない潤は前を行くキカイダーU−1のデルタマシンのスピードについていくのに必死になっていた。
「速い……っ! 追いつくのでやっとだ!」
そう呟きながらも必死にハンドルを操作し、アクセルを踏み込む。ヘタをすれば転倒しても不思議のないスピード。それに周囲にはこちらを倒そうと狙ってくる戦闘ロボットが無数にいる。よくも無事でいられるものだ、と潤は自分の幸運に密かに感謝していた。
キカイダーU−1操るデルタマシンを先頭に、続いて潤の運転するワゴン車が戦闘ロボット達の囲みを突破していく。途中、前を塞ぐ戦闘ロボットにデルタマシンの機関砲やミサイルが、左右から襲い来る戦闘ロボットには香里が投げつける爆弾が次々と戦闘ロボットを破壊していった。

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