タッタッタッと足音を響かせてその薄暗い部屋にメイド服の少女が飛び込んできた。
「Mr.バロン! 大変です!!」
普段のその少女からは考えられない程の慌てた、動揺した声。
「……何事ですか、慌ただしい……」
置かれている棺の中から不機嫌そうな声が聞こえてくる。
その声の不機嫌ぶりにビクッと身体を震わせる少女。だが、どうしても報告しなければならないのだ。恐怖を必死に堪えて口を開く。
「あれが……Dr.相沢のアンドロイドが……クラス”ポーン”による軍勢を突破致しました……現在城に向かってきております」
「…………ほう…………」
少女の報告を聞いて棺の蓋が触れてもいないのに動き出した。中からゆっくりとバロンがその姿を現す。不愉快そうに顔を歪ませながら。
「まさか突破するとは……いいでしょう。彼を歓迎する準備を始めましょう。お嬢様はまだあの部屋ですか?」
「は、はい……」
「……フフフ……それでは久し振りに私も楽しませて頂きましょうか……」
不気味な笑みを浮かべてバロンが言う。
その笑みには先程までの不機嫌さは一切無く、むしろこれからのことを考えると楽しくて仕方ない、そう言ったものが含まれていた。

不気味にそびえ立つ城を見ながらごくりと唾を飲み込む潤と香里。
遂にここまで来てしまった。向こうに見える不気味な城に名雪はいるらしい。彼女を助け出すならばあの城に飛び込む他はない。
「……やっぱり行くのか?」
潤がそう言うと香里はしっかりと頷いた。
「……覚悟決めなさい。男でしょ?」
「わ、わかってらい!」
そう答えた潤だが、彼の足はがくがく震えている。
実際のところ、それは香里も変わりはない。何せ相手は人間以上の力を持ち、疲れを知ることのないロボット達だ。奴らの手にかかれば自分など一溜まりもないだろう。怖くないはずがない。だが、それでも、それを承知の上で香里は親友である名雪を助け出したかった。
「……ここから先は僕一人に任せて貰えませんか?」
そう言ったのは二人から少し離れた場所にいたアンドロイド・U−1だった。今は戦闘形態から通常形態に戻っている。
「あの城は言うならば敵の本拠地です。いくら武器があると言っても危険すぎます。だから……」
「何言ってるのよ!」
「そうそう。ここまで来たって事はその危険も覚悟の上って事だ」
U−1の言葉を遮るように香里が言い、潤が続く。
「でも……この先僕にはあなた達二人の身を守れるかどうか自信がない……だから……」
それでも躊躇うようなU−1の言葉にムッとなった香里がU−1に詰め寄った。
「別に守って貰わなくてもいいわよ! 私達のことは私達でやるわ! あんたはあんたの仕事をすればいいのよ!!」
「僕の……仕事……?」
香里の剣幕に少し驚きながらU−1が尋ね返す。
頷く香里。
「あんたがやるべき事は何?」
「……名雪さんを助けること……」
「だったらそれをやればいいわ。私達も私達で名雪を助け出す。どっちかがあの子を助け出せればそれでいい」
「まぁ、そっちが助け出せたなら何とか上手く連絡してくれ。こっちはこっちで脱出ぐらいしてみせるさ」
潤がそう言って片目をつぶり、U−1の肩を叩いた。
「俺たちが水瀬を助け出したらすぐに脱出する。連絡の方法だけど……大丈夫だよな?」
「……解りました。僕が先に飛び込んで奴らを引き付けます。その間に名雪さんを」
そう言ってU−1はデルタマシンの方へと戻っていく。
あの二人を止めることは出来ないだろう。既に覚悟を決めてしまっている。ならば出来ることはあの二人の為に少しでも危険な要素を減らすことだ。先に城に乗り込み、敵の目を引き付ける。そうすれば多少は二人に向かう敵が減るだろう。しかし、それは微々たるものに違いない。危険度がレッドからイエローに変わる程度。だがそれでもやらないよりはマシ、何が起こるかは誰にも解らない。その少しの差が二人を、名雪を、果てはU−1自身を助けるかも知れないのだ。
「行きます。騒ぎが起きたのを確認してから来てください」
「……気をつけてね、U−1」
デルタマシンに乗り込んだU−1に向かって香里がそう言い、微笑んだ。
その微笑みに頷いてからU−1はアクセルを回してデルタマシンを発進させる。猛スピードで走り出すデルタマシンを見送り、潤と香里はワゴン車の方に戻っていった。
「後どれくらい武器残ってるんだ?」
「さぁ? とりあえずあの爆弾は使えないわよ。破壊力が大きすぎて建物の中にまでダメージ与えそうだし」
香里の言葉を聞きながら後部座席に乗り込み、残っている武器を確認する潤。
「……その心配は無さそうだ。さっきのあれ、もう使いきってるみたいだし」
そう言って潤は後部座席から出ると、ワゴン車の運転席のドアを開ける。そして燃料計を見てから、後ろに立っている香里を振り返った。
「……ここに残ってもいいんだぜ、美坂」
笑みを浮かべてそう言う潤だが、香里が首を縦に振らないことは分かり切っていた。彼女の性格を考えれば当然だろう。それに結構付き合いも長い。だが、それでも言わずにはいられなかった。
「冗談じゃないわ。さぁ、行くわよ!」
香里は少しムッとしたようにそう言い助手席側へと回る。その口元に笑みが浮かんでいたが、それは潤には見えなかった。勿論、見せないようにしていたのだが。
彼が自分の身を心配してくれていることは解る。が、ここまで来て自分だけが逃げるようなマネは出来ない。連れ去られた名雪も今どうしているか。それも心配だ。
「……そう言うと思った」
今度は苦笑を浮かべて潤はそう呟き、運転席に乗り込む。エンジンをかけ、正面に見える城を睨むように見つめた。
ここから先は本当に命懸けだ。下手をすれば死ぬかも知れない。本当を言えば怖くて仕方ないのだが、足もガタガタ震えていたりもするのだが。香里が逃げないと言うのなら自分も逃げない。そう心に決める。惚れた女と生死を共に出来るなら思い残すことはない。
「……北川君、煙が見えたわ!」
香里がそう言って城の方を指さした。
彼女の言う通り、城では何か爆発でも起こったのか黒煙が立ち上っている。おそらくは先行したU−1が何かやり始めたのだろう。
「……行くぞ!」
アクセルを思い切り踏み込み、ワゴン車を発進させる。

城の外壁を突き破って中の通路に入ったU−1はヤケに静かな事に不審を抱いていた。
「おかしい……静かすぎる……」
油断無く周囲を見回しながらU−1はデルタマシンから降り立った。
ここはいわば敵の本拠地。そこにあれだけ派手に突っ込んで来たのだ。にも関わらず出迎え一つ無い。予想していた敵の襲撃もない。
「何だ……?」
不気味な程の静けさ。かえって怪しさを誘う程。
「……ようこそ、我らが城へ」
不意にその静けさを破って一人の少女が姿を現した。メイド服姿の少女。この城でバロンに仕えている少女である。その少女がU−1に向かって恭しく頭を下げた。
「ですが、少々無粋なご入城……我らが城主も流石に顔をしかめております」
「……それは失礼……失礼ついでに一つ聞きたいことがある」
少女に警戒しながら尋ねるU−1。彼のセンサーはこのメイド服姿の少女がロボットであると言うことを看破している。この城は敵の本拠地、そこにいるロボット……それはすなわちU−1にとって敵である可能性が非常に高いのだ。
「私にお答え出来ることであれば」
「……名雪さんがいるはずだ。どこにいるか教えて欲しい」
「申し訳ありませんがそれにお答えすることは出来ません」
U−1の質問に間髪を入れず答える少女。おそらくはこの質問が来るであろう事を予測していたのだろう。戸惑うことも躊躇することもなくさらっと言ってのける。
「……解った。それじゃあ勝手に捜させてもらう」
そう言ってU−1がデルタマシンに跨ろうとすると少女がすっと近寄ってきた。何処かムッとしたような表情を浮かべてU−1の腕を掴む。
「この城で勝手な振る舞いをされては困ります」
言いながらU−1を投げ飛ばす。
どうやら少女の見た目に反してそのパワーはかなりの物らしい。体格において勝るU−1を軽々と投げ飛ばしてしまうことからそれが解る。
「くっ!」
通路の上に投げ飛ばされたU−1は素早く起きあがると少女の方を見上げた。だが、そこに少女の姿はない。
その事に驚くよりも速くU−1のセンサーが自分の真上に何かがいることを察知、警戒を促す。とっさに横に飛び退くと先程までU−1のいた場所に少女が降り立った。同時にその部分の床がクレーター状に陥没する。
「……!?」
余りもの事に目を見張るU−1。ジャンプして上から降りてきただけでこれだけのことをやってのけるこの少女型ロボット。その姿からは想像もつかない程の戦闘能力を秘めていそうだ。おそらくは先程U−1を襲った大量の戦闘ロボットと比べても遜色のない程に、いや、もしかするとそれ以上かも知れない。
「申し訳ありませんがあなたを城内で自由にさせる訳には行きません」
メイド服の少女がそう言い、頭を下げる。そして、床を蹴って一気にU−1に接近して、その首刀をU−1に叩き込む。
「うわぁぁっ!!」
その一撃でU−1は軽々と吹っ飛ばされてしまった。
通路の上を転がり、ようやく停止したU−1が顔を上げると、そこに少女の蹴りが炸裂、またも吹っ飛ばされ通路の上を転がり壁に激突してようやく止まる。
「クッ……ダメだ、全力でやらないとこっちがやられる!」
少女のような見た目に今まで戦闘モードにチェンジすることを躊躇っていたが、もはやそう言う場合ではない。このままではあの少女の手によって自分がやられてしまう。まだやることはたくさんある。ここで死ぬ訳にはいかないのだ。
さっと両腕を胸の前で交差させるU−1。
「チェンジ、キカイダー……U−1!!」
さっと床を蹴ってジャンプしたU−1の身体が戦闘モードへとチェンジ、キカイダーU−1となる。
着地したキカイダーU−1はすぐに床を蹴って少女へと接近、素早く右腕を水平に薙ぐが少女はそれよりも速く後方へと後退してキカイダーU−1の右腕をかわした。メイド服のスカートを翻しながら華麗なまでの身のこなしで後方へと下がっていく。
「逃がすかっ!」
そう言ってキカイダーU−1は少女を追って走り出した。
少女がどんどん通路の奧へと向かっていく。まるでキカイダーU−1を何処かへと誘っているかのように。そして自分が誘い込まれていることに気付きながらもキカイダーU−1は少女を追って奥へと進んでいく。今はそれ以外にいい方法が思いつかなかった。この城の中に名雪は必ずいる。だが、どこにいるのかわからない以上、それが罠だとしても、あの少女についていくしかない。
通路の角を少女が曲がったのを見たキカイダーU−1も少女の後を追って角を曲がり、そしてそこで足を止めた。
角を曲がった先は寄り広い通路となっており、その中央に少女が立っている。まるでキカイダーU−1が来るのを待っていたかのように。その少女の左右にはまるでそびえ立つかのように二体の大型ロボットが立っていた。片や巨大な斧を持つ牛頭のロボット。片や鎧に身を包んだ馬頭のロボット。おそらくは地獄の極卒・牛頭、馬頭を模したロボットなのであろう。
「彼らはクラス”ルーク”……あなたが倒してきた”ポーン”とは比べ物になりません。まずは彼らの相手をして貰います。上手くここを突破出来たなら、この先の部屋で我が主がお待ちしておりますので。では」
ぺこりとキカイダーU−1に向かって一礼してから少女は更に通路の奧へと消えていく。
少女を追おうとして駆け出そうとするキカイダーU−1の行く手を塞ぐように牛頭と馬頭がその手に持った武器を振り上げた。牛頭は先程も言った通りの大斧、馬頭は反り身の蛮刀、互いにそれらの武器を振り上げ、キカイダーU−1めがけて振り下ろす。
「クッ!!」
とっさに後方にジャンプしてその一撃をかわしたキカイダーU−1は着地すると同時に床を蹴って走り出した。
ここでこの二体のロボットを相手にしている時間はない。名雪はこの先にきっといる。速く助け出さねば、潤と香里ももうここに飛び込んでくるはずだ。ここは想像以上に危険だ。二人の為にも一刻も早く名雪を助け出し脱出しなければ。その為にはここで時間を取られている場合ではない。
「悪いが……全力でやらせてもらう!」
キカイダーU−1はそう言うと両腕を胸の前で交差させながら、牛頭馬頭に向かってジャンプした。

部屋の中に入ってきた少女を一瞥し、バロンは手に持ったグラスの中の液体を飲み干した。
「何事か?」
少女に向かってそう声をかけると、少女は恭しく一礼してから口を開く。
「新たな侵入者です。人間が二人。おそらくは……」
「お嬢様のご友人方でしょう。よろしい。ここへお通しするように」
「わかりました」
そう言って少女がまた一礼する。そして部屋から出ようと踵を返そうとしたところに再びバロンから声がかけられた。
「待ちなさい。あなたが案内する必要はありません。そのお二方にはこちらへ来て頂けるよう上手く誘導しなさい。それで十分です」
「解りました。ではその様に……」
今度こそ一礼して部屋から出ていく少女。
「さて……彼はどうなっているかな?」
ニヤリと笑い空になったグラスにまた液体を注ぐ。
バロンが言う彼とは勿論キカイダーU−1の事であり、バロンはキカイダーU−1が牛頭馬頭相手にどこまで戦えるか楽しみなのだ。今までキカイダーU−1に差し向けたのは最下級の戦闘ロボット・クラス”ポーン”。コマンドホークは一応クラス”ナイト”だが、あれは偵察や監視能力に優れているからであって戦闘能力に秀でている訳ではない。コマンドホークの方が特別なのだ。そして今キカイダーU−1が戦っている牛頭馬頭はクラス”ルーク”と言うクラス”ポーン”の上位集団なのだ。その戦闘力や身体能力はクラス”ポーン”とは比べ物にならない。今までクラス”ポーン”を倒してきたキカイダーU−1だが、果たして今度はどうか。見事クラス”ルーク”をも倒してここにやってくるか、はたまたその戦闘能力の差にあっさりと敗れ去るか。
どちらにしろ、楽しみである。

「うおおおおおっ!!」
「うわああああっ!!」
悲鳴を上げながら潤と香里が必死の形相で走っている。
二人の後方にはずんぐりとした体型のガードロボットが大量におり、二人を追いかけていた。
「は、話が違うじゃないの!!」
香里が走りながらそう言うと隣を走っている潤が振り返り様に持っていたグレネードランチャーを発射する。一瞬の後、爆発が起きガードロボットが数体その爆発に巻き込まれて吹き飛ばされるが、また何処からともなく吹き飛ばされた分を補うかのようにガードロボットが現れ、二人を追い立てる。
「き、きりがねぇ!!」
そう言ってまた走り出す潤。
二人が必死に走っていると今度は前方にわらわらとガードロボットが姿を現した。
「右ッ!! 北川君、右よ!!」
ヒステリックな叫び声をあげて香里が通路を右に曲がる。慌てて彼女に続く潤だが、さっと振り返ってグレネードランチャーを発射することを忘れない。どうせすぐに新たなガードロボットが追加されるのだが、それでもほんの少しでも足止めになる。
「全くU−1の奴、何やってんだよ!!」
潤がそう叫んでいた頃はU−1が牛頭馬頭と対峙していた頃であったが勿論潤達にはそんな事は解らない。とにかく今はガードロボットに捕まらないよう必死に逃げるだけだ。
時折、まるで待ちかまえていたかのように前方にガードロボットが出現し、その度に道を変更せざるを得なくなっているのだが、まさか二人は自分達が何処かへと誘導されているとは夢にも思わなかった。いつしか二人は城の奥深くへと辿り着いている。そう、バロンが待ち受けている部屋の前に、今二人は丁度辿り着いていたのだ。
「ハァハァハァ……あれ?」
先に気がついたのは香里だった。あれだけ自分達を追いかけていたはずのガードロボットがいつの間にか一体もいなくなっていることを。
「一体どうしたのかしら?」
「さぁな……おおかたこんな奧までガードするようプログラムされてなかったんじゃないか? あの手のは侵入者を排除するのが第一だろ。こんな奧まで侵入されているようじゃ役立たずもいいところだし」
周囲を油断無く警戒しながら答える潤にそうかしらと首を傾げる香里。
と、その時だった。二人が背にしていた扉が内側に開き、中から一人の少女が顔を覗かせたのは。
「美坂香里様と北川 潤様ですね?」
「あ、ああ……」
いきなり現れ自分達の名前を呼んだ少女に警戒しながら潤が頷く。
「どうぞこちらへ。我らが主がお待ちです」
少女がそう言って少しだけ開いた扉を大きく開け放った。
二人が互いの顔を見合わせてからその部屋を覗き込むと、その部屋の中はヤケに薄暗く、奥の方まで見通すことは出来なかった。だが、中におかれた長いテーブルの向こう側に誰かがいることだけは解る。
「ようこそ我が城へ。さぁ、どうぞおかけ下さい」
奧にいるであろう人物に声をかけられ、二人は不審がりながらも空いているイスに近寄った。イスの背に手をかけようとすると、それよりも速く先程顔を覗かせた少女が現れイスを引く。
「どうぞ」
戸惑っている二人に向かって無表情に少女が言う。それは自分の果たすべき仕事をしている姿に他ならない。だが、その無表情さに香里も潤も何処か不自然さを覚えてしまう。
「お座り下さい。その者にはお構いなく」
奧にいる人物がそう言うので香里はイスに腰を下ろした。次いで潤もイスに腰掛ける。二人が座ったのを見届けると少女は一礼して奧へと下がっていった。
二人は知らなかったがこの部屋は数時間前、バロンが名雪に驚愕の事実を伝えた部屋であった。そう、奧にいるのはバロンである。名雪と対峙した時と同じようにイスに腰掛け、二人の方をじっと見つめている。
「まずは自己紹介と参りましょう。私の名はバロン。そう呼ばれています」
「……お前が……水瀬をさらった敵の親玉って訳か?」
潤が油断無くバロンと名乗った人物を睨み付けながらそう尋ねた。手にはずっとグレネードランチャーが握られており、その銃口はバロンの方に向けられている。
「私が任されているのはこの城の管理と戦闘ロボット一個連隊の統率です。あなたの言う敵の親玉という訳ではありません……しかしながら一つ言わせて頂きますとその”敵の親玉”という言い方はやめて頂きたいですな。こう見えても私は礼節を重んじるタイプですのでね」
やたら丁寧な口調で答えるバロンに思わずムッとなる潤。
「何にせよ俺たちを襲った奴の親玉に変わりはねぇだろうが!」
「いやいや、私はあなたなど襲った覚えはありませんよ」
「何だと!?」
思わず潤が腰を浮かせるが、バロンは全く動じず冷ややかに彼を見返した。
「私があなたを襲う理由などどこにもない。そもそも下等な人間など相手にする必要すらないのですから」
「テメェッ!!」
さっとグレネードランチャーの銃口をバロンに向け、引き金に指をかける潤だが、その先の行為を香里が手で制した。
「北川君、落ち着いて!」
香里に鋭くそう言われて潤は渋々イスに腰を下ろした。
「それじゃ一体何の為にあの鷹の化け物とか牛、亀の化け物を送り込んできたのか教えてもらいたいわね?」
今度は香里がバロンを睨み付けて言う。
「……全く無粋な方々だ……あれをそう言う風にしか表現出来ないとは……やはり人間とはどこまでも愚かなモノ……」
呆れたようにそう言い、首を左右に振るバロン。
「答えになってないわね。少なくても、レディの質問にはちゃんと答えるようにしてもらわないとその名前が泣くわよ、男爵殿?」
「……これは失礼を致しました、レディ。ではお答え致しましょう。あなた方を襲ったのは我が部下、コマンドホークの一存。私はその様な命令など出してはおりません」
「その様な言い訳が通じるとでも思って?」
「言い訳では御座いませんよ、レディ。私がコマンドホークに命じたのは名雪お嬢様の監視。まぁ、お嬢様がある人物と接触した場合は一考する必要があるとは言いましたが」
「ある人物……?」
潤が首を傾げる。
「……ミツ子さんよ。ミツ子さんはかの有名な光明寺博士の一人娘で更にロボット工学の第一人者。彼らにとって敵に回せば厄介な人ナンバーワンね」
「……流石ですな、レディ」
潤に対して説明する香里にバロンが満足そうに頷いた。
「光明寺ミツ子……我らがマムの誘いを断り隠遁している彼女にお嬢様が接近なされた。お嬢様は我らの計画を一切お知りにはなられてはおりませんが、なかなか聡明な彼女のこと、お嬢様がマムの娘であることを知れば我らの計画の妨害に出る可能性は十二分にある……」
「ミツ子さんは名雪の素性を知っていたわ。でも動く気はなかったみたいよ」
「私は可能性の話をしているのですよ、レディ。本人がどうであれ、可能性がある限り我々は警戒せざるを得ないのです」
「確かにそうね」
納得したように頷く香里。
「でも世界征服を企む悪の組織にしては随分と小心じゃない」
「かつて光明寺博士が作った人造人間、キカイダー、キカイダー01……世界征服を企んだダーク、シャドウと言った組織をたった二体で壊滅させています。その二体に光明寺ミツ子が手を加えて復活させれば我らの計画など一瞬で終わりになる……警戒するのは当然でしょう」
「それはそうね。でもその二体は何処かに封印されていて彼女もその場所を知らない……と言うか知る必要もない……彼女はもうそう言う戦いに彼らを巻き込みたくないから……」
「我々にとってその情報はとてもありがたいものですな。だがやはり警戒は必要でしょう。いつ何時心変わりするかわかりませんからな、人間と言う不完全な生き物は」
香里とバロンの交わす会話に潤はついていけなかった。呆然とした面持ちで二人の会話を見ているだけだ。
「……ところでどうして私達をここに? こうしてお喋りをする為じゃないでしょ?」
一旦言葉を切った香里がそう言った時、香里達が入ってきた扉をぶち破って何かが中に飛び込んできた。
飛び込んできた何かはテーブルの上で一度バウンドしてから床の上に転がっていく。それを見たバロンの表情が歪んだ。
「……何と言う無粋な登場……少しは礼儀と言うものを弁えて貰いたいものですな」
不愉快そうにそう言ってバロンがぶち破られた扉の方を見やるとそこにはキカイダーU−1が立っていた。その背後には頭をもぎ取られたロボットがふらふらと立っている。更にその向こう側に大きく胸を斜め十字に切り裂かれた馬頭のロボットが倒れ伏していた。どうやらキカイダーU−1はこの二体のロボットと戦っていたらしい。
「名雪さんは……どこだ?」
まるで息を切らしているかのように肩を上下させながらキカイダーU−1が尋ねる。
先程まで戦っていた二体のロボットとの体格差はかなりある。どうやら、その戦闘に勝利することは出来たが相当のエネルギーを消費してしまったらしい。
「U−1!? 大丈夫か?」
潤が立ち上がってキカイダーU−1に駆け寄った。身体に目立った傷はないが、ダメージはやはりあるようだ。身体中からバチバチを配線が切れ、スパークしているような音が聞こえてくる。
「僕は大丈夫です……それよりお二人は……?」
「ああ、俺たちも無事だ。まだ水瀬には会ってないが……」
「……役者が揃ったと言うところでしょうか。そろそろステージを替えますかな」
バロンがそう言って立ち上がった。そして奧の壁に向かって歩き出す。ある柱の前まで来るとバロンは足を止め、香里達の方を振り返った。
「あなた方は一体誰と敵対しているのか解っておりますかな?」
「何っ!?」
不審げな声をあげたのは潤だった。相変わらず彼はバロンが敵のボスだと思っているらしい。
「お前が敵の親玉じゃ……」
「バロンの背後にいるのが誰かって事よ、北川君」
そう言って香里が立ち上がる。
「見せて貰おうじゃない、あんたの後ろにいるのが誰か……」
「フフフ……あなたは薄々感づいているようですな……ではお見せしましょう。我らが偉大なるマムを……」
柱に隠されているボタンを押すバロン。すると壁が上に上がり、奧の隠し部屋が露わになる。そして、その一番奥に飾られている一枚の肖像画。
肖像画を見た潤は驚きのあまり言葉を失った。だが、香里は予想が当たったとばかりに肖像画を一瞥するとすぐに目を反らした。
「な、なぁ、何で……何で水瀬のおばさんが……」
潤が狼狽した様子で香里を見るが香里はそんな潤を無視してキカイダーU−1の方へと歩き出した。
「U−1,あの人を知ってる?」
「……いえ。ですが……」
「……あの人があなたの敵よ。よく覚えておきなさい」
「美坂っ!!」
香里の言葉に潤が振り返る。
「あ、あれは水瀬のお母さんだぞ!! どうしてそんな人がU−1の敵なんだよ!!」
「名雪さんの……お母さん……?」
驚いたようにキカイダーU−1が香里を見た。
「こいつらを操っているのが秋子さんだからよ! 秋子さんは昔の秋子さんじゃない! 世界征服を企む組織のボスなのよ!!」
振り返った香里が泣きそうな目をしながら潤に詰め寄る。そしてバロンの方を指さしながら更に続ける。
「こいつらは名雪を殺そうとした! 相沢君の行方不明もこいつらが関わっているに違いない! じゃあそれを命令したのは? こいつらを作って動かしているのは? 全部秋子さんよ!!」
「み、美坂……?」
いきなりの香里の変貌ぶりに潤は呆気にとられていた。だが、考えてみると香里はこの事実を知っていたようだ。おそらくはワゴン車を取りに行っている間にミツ子が話したのだろう。ミツ子はこの組織に誘われたことがあると言っていたから相手の正体も知っていたに違いない。
「秋子さんは名雪がミツ子さんと接触することを恐れてもしもの場合は殺すように命じてあったのよ! 実の娘である名雪をよ!」
「な、何でそんな事を……」
「それは先程までの私とレディのお話の中にあったことですな。光明寺ミツ子がお嬢様と接触し、もしもお嬢様に手を貸すようなことになれば厄介この上ない……まさかDr.相沢が先に接触していたとは思いもよりませんでしたが」
突然バロンが口を挟んだ。
「我々の計画の邪魔をするものは誰であろうと許すことは出来ません……我らが理想の為に少々の犠牲は必要なのですよ」
「……理想?」
「ええ……不完全な欠陥品である人間に変わって優秀なロボット、アンドロイドによる地球支配……それが我らが理想にして崇高なる計画」
バロンはそう言うと指をパチンと鳴らした。
「さて、お喋りが過ぎました。もう語ることは何もありません。役者も揃ったことですし、そろそろご退場願いましょうか。幕を下ろしたいのでね」
「まだ幕は上がったばっかりだっての!!」
潤が自分の前にいる香里を押しのけてグレネードランチャーをバロンに向け、すかさず引き金を引いた。だが、グレネード弾がバロンに直撃するよりも速く、間にどこから現れたのかメイド服姿の少女が割り込みグレネード弾を蹴り上げてしまう。高い天井にぶつかり、爆発するグレネード弾。
「なっ!?」
またも驚きに目を見張る潤。その間に少女は潤のすぐ側まで駆け寄り、その手からグレネードランチャーを奪い取った。
「これはこちらで預からせて頂きます」
そう言って頭を下げる少女。
呆然としている潤の前で頭を上げた少女はすたすたと今度は普通の足取りでバロンの元へと戻っていく。
「それでは……」
バロンがそう言って潤達の方へと歩き出す。
「二人に手を出させはしない!」
それを見たキカイダーU−1が二人の前にさっと躍り出、潤達を守るように身構えた。
そんなキカイダーU−1を見て、バロンが目を細める。少し不愉快そうに。少し物珍しげに。少し楽しそうに。
「ほほう……人間を守ると言うのですか。自分達と違って不完全で欠陥のある人間を」
「僕は名雪さんを守る為に生み出されたアンドロイドだ!」
バロンに対して鋭い声でそう答えるキカイダーU−1。
「そこにいるのはお嬢様とは似ても似つかぬ奴らですよ?」
「名雪さんの友達なら……名雪さんの為にも僕はこの二人を守る!!」
「ほう……」
キカイダーU−1の返答にバロンがにたりと笑みを浮かべた。それは今まで一度も見せたことのない笑み。残酷な告白をするのが楽しみで楽しみで仕方が無いと言った邪悪な笑み。
「……いずれあなたも捨てられるのですよ、私達と同じようにね」
「な、何!?」
「私は……元々Dr.相沢によって生み出されたロボット……マムの手により改造された私を見たDr.相沢は私を捨てた。マムの手によってより素晴らしくなった私を……あの男は自分の意に添わないと言う理由で捨てたのですよ!!」
「ま、まさか……相沢博士がそんな事……」
バロンの言葉に動揺をみせるキカイダーU−1。
「事実ですよ……私が嘘をつけないことはあなたも解っているはずです」
そう言いながらバロンがゆっくりとキカイダーU−1に迫っていく。ゆっくりと両腕を広げ、まるでキカイダーU−1を包み込もうとしているみたいに。
「あの男は……Dr.相沢は私の戦闘用の姿を見て”醜い”とまで言いました……あなたも私と同じく戦闘用の姿を持つ……つまりあなたに待っているのは私と同じ運命なのですよ!」
「クッ……」
「それでもまだ人間を守りますか? 人間の心は移ろいやすいもの……不要になったものはあっさりと切り捨てる……自分達の不完全さなど忘れて……自分達の欠陥に気付くことなど一切無く……我々ロボットやアンドロイドにだって意思はある……その意思を無視して不要となれば廃棄物扱い……このままだと何時か我々は使い捨てのコンタクトレンズのように使い捨てられてしまう……その前に……その前に愚かな人間に教えてやるのです! どちらがより優秀なのか! どちらが支配者としてより有能か! 限りある資源を使い潰すことしか出来ない人間よりも……生存出来る条件の限られている不完全生物よりも……我々の方が優秀であると!! 思い知らしめてやるのです!!」
両腕を広げ、高らかにそう宣言するバロン。その姿はまるで新興宗教の教祖か、はたまた新たな神の降臨か。神々しさすら伺える。
「さぁ、私と共に来るのです……あなたの居場所はそこではないはず……我々と共に世界を支配する側に……」
そう言うバロンの目が不気味に光った。いや、それは少し前からだ。バロンが語り出した頃からだ。
キカイダーU−1はそのバロンの目の光から自分の目が外せなくなっていた。その光を見ていると段々身体の力が抜けてくる。バロンの言葉が染み込むようにU−1のメモリに届く。人で言うならば心に。まるで催眠術。U−1は自分の心が乱されるのを認識していた。それはメモリが、プログラムが何かに浸食されている証拠。
「ううっ……」
よろけるキカイダーU−1。
「さぁ……我らと共に……同じ道を……」
「騙されるなっ!!」
不意に潤が叫び声をあげた。
「こいつの言っていることを信じるんじゃないっ!!」
「……私の言うことが否定出来るのか、人間?」
「何だと……!?」
バロンが光る目を今度は潤に向けた。
「私の言うことを否定出来るならしてみるがいい……そう、否定出来るならな、愚かな人間よ」
「……クッ!」
悔しそうに歯を噛み締める潤。
確かにバロンの言う通りだ。人間はロボットやアンドロイドに比べるとどうしても不完全と言わざるを得ない。これが昔ならばそうでもないだろうが、今の技術で生み出されたロボットやアンドロイドは人間と同等、いや、その活動範囲の広さを考えれば人間以上だと言っても過言ではない。
「……確かにあなたの言う通りね。人間は不完全な欠陥品……でもあなた達ロボットにないものがあるわ」
今度は香里が口を開く。まるで射抜くような鋭い眼光でバロンを睨み付けながら。
「ほほう……お聞かせ願いますか、レディ?」
「心よ、人の心……確かに移ろいやすいし不安定……だけどそれはまだ成長する可能性を秘めているわ。あなた達みたいにプログラムされ作られた心じゃない」
「………」
「それに一つ言わせてもらうけど……相沢君があなたを捨てたって言うの、解る気がするわ。U−1を見ていれば解る。相沢君は戦闘用のロボットなんか作る気は毛頭無かった。彼は自分の作ったロボットをそう言う風に利用されるのが嫌だった。だからよ」
「………何を……」
今度はバロンが怯む番だった。
「あなたが何の為にマム……秋子さんに改造してもらったのかは知らないし知りたくもないわ。でもそれは相沢君が望んだ事じゃない。彼は自分の作ったロボットを平和的に利用したかったのよ」
「う、うるさい……」
「戦闘用に改造されたあなたを見て彼は驚いたでしょうね……まさか自分の作ったロボットが自分の意志に反してそう言う行動に出たって事に。あなたは彼の手から離れてしまった……それも自分の意志で、よ。あなたは相沢君が何を思って自分を作ったかを理解しなかった。そんなあなたに相沢君をどうこう言う資格はないわ」
「うるさいっ! 黙れっ! 愚かな人間の分際で……この私を……ッ!!」
バロンがそう言って香里に掴みかかろうとする。それは痛いところを突かれ、狼狽しての行動のように見えた。いや、事実そうなのだろう。先程までの冷静さ、口調の丁寧さが消え失せている。
そんなバロンが香里に向かって伸ばした腕を横合いからキカイダーU−1が掴んだ。そして間髪を入れず、その腕を振り払う。
よろけるバロンを尻目にキカイダーU−1は素早く香里とバロンとの間に立った。
「……僕は……守る為に作られたアンドロイドだ。あなたのように自ら力を求めたりはしない。自分よりも弱いものを……人間を……名雪さん達を守る……それが僕の使命だ! 人間を支配する事なんかじゃないっ!!」
キカイダーU−1がそう言ってバロンを睨み付けた。
「フ……フフ……フフフフフ……」
静かに笑い出すバロン。
「これはこれはなかなか面白いことを仰いますね……」
そう言うとバロンは両腕を広げた。それはまるで相手を威嚇するかのように。蝙蝠が翼を広げるかのように。
「では私も本気を出してあなたを粉砕してあげましょう……あなたが正しいか我らが正しいか……教えて差し上げましょう!」
バロンがジャンプし、その姿を変貌させる。
青白い顔をした細身の紳士が背に黒い蝙蝠のような翼を持つ怪人へと。キカイダーU−1と同じく身体のあちこちにそのメカニカルな部分を露出させている。その事が、両者を同一人物が作ったことを窺わせた。
「死になさい、キカイダーU−1! そこにいる脆弱な人間と共に!」
バロンが――戦闘モードに変貌したその姿は蝙蝠に酷似している。まさしく蝙蝠人間……バットバロンとでも言うべきか――香里達を背にしたキカイダーU−1に襲いかかる。
「させないっ!!」
自分達に向かってくるバットバロンに向かって迎撃するようにジャンプするキカイダーU−1。空中で両者が交差し、また離れていく。次いでもう一度。更にもう一度と何度も空中で交差するキカイダーU−1とバットバロン。
香里達には解らなかったが空中での交差はほんの一瞬でありながら物凄い攻防がそこで繰り広げられていた。両手両足を使い、互いにダメージを与えようとするも互いにそれを捌きあってしまう。その速さは人間の目には捕らえきれない程だ。
再び空中で激突し、一旦両者が距離を取って着地する。キカイダーU−1は香里達のすぐ側に、バットバロンはテーブルの上に、互いに片膝をついて。
「……なかなかやりますね……このクラス”ビショップ”の私と互角とは」
そう言ってバットバロンが顔を上げニヤリと笑う。自分と互角以上に戦えるキカイダーU−1の存在が嬉しくてたまらないと言った感じに。
「しかし全くもって残念です。出来るなら万全の状態のあなたと戦いたかったですよ」
今度はつまらなさそうにそう言い、首を左右に振った。
「……クッ……」
キカイダーU−1は顔を上げバットバロンを見るが、立ち上がろうとして不意によろけてしまう。大きなダメージを受けている様子はない。どうやらエネルギー不足のようだ。
百体以上もの戦闘ロボットの群れを抜け、自分よりも体格の大きいロボット二体をも倒してきたキカイダーU−1。ミツ子によって補給されたエネルギーも尽きようとしているのだ。それも当然と言えば当然だろう。激闘に次ぐ激闘を繰り広げてきたのだ。
「……香里さん、北川さん、逃げてください……ここは僕が何とかします!」
ふらつく足を何とか支え、キカイダーU−1が香里達に向かって言う。
「何とかしますってお前、ふらふらじゃないか……そんな状態で戦えるのか?」
心配そうに潤が言うが、それを香里が手で制した。
「私達は名雪を捜すわ。U−1,ここは任せたわよ」
「……お願いします!」
香里の言葉に頷いてキカイダーU−1はバットバロンに飛びかかっていく。それを背に香里達はこの部屋から出ていった。
「フッ……笑止! 今のあなたがこの私を倒せるなどとは思わないでもらいたい!」
バットバロンがそう言って立ち上がり、翼を広げる。その時巻き起こった突風がキカイダーU−1を吹っ飛ばしてしまった。
床に叩きつけられるキカイダーU−1だが、すぐに起きあがりバットバロンに向かっていこうとする。だが、それよりも速く、宙に舞い上がったバットバロンがキカイダーU−1に向かって急降下してきた。とっさに腕を上げてバットバロンの攻撃をガードしようとするキカイダーU−1だが、バットバロンは直前で翼を広げて急停止する。
「!?」
いつまで経っても襲ってこない衝撃にキカイダーU−1が顔を上げるとバットバロンはキカイダーU−1の正面で翼をはためかせて滞空しながらニヤニヤ笑っていた。
「愚かな……その様な見え見えの攻撃をするとでも思いましたか?」
そう言って鋭い蹴りをキカイダーU−1に叩き込む。
「うわあっ!」
またしても吹っ飛ばされたキカイダーU−1は自らがぶち破った扉を越え、廊下へと叩きつけられた。
「くう……ぐっ!?」
起きあがろうと床に手を突いたキカイダーU−1の背をバットバロンが踏みつける。
「あなたの戦闘能力は全て把握しています……クラス”ポーン”、クラス”ルーク”との戦いぶりは全て記録してありましたのでね」
バットバロンが足の下のキカイダーU−1を見下ろしながら言った。やたら冷ややかな視線で。その中には何処か憐れみのようなものすら浮かんでいる。
「い、いつの間に……それを……」
「この城の中には我々だけが受信出来る特殊な電波が流れているんですよ。記録されたあなたの戦闘データはすぐさま分析され、その電波に乗ってこの私が受信した……それだけのことです」
「そ、そんな……」
「あなたに勝ち目はないのですよ……初めからね」
そこまで言ってバットバロンはキカイダーU−1の背においた足をあげた。そして間髪を入れず、キカイダーU−1の脇腹に蹴りを叩き込んだ。その威力は細身の身体からは想像もつかない程であった。大きく吹っ飛ばされ、廊下の壁に叩きつけられる。その衝撃は物凄く、頑丈な壁に放射状にひびが入った程だ。
「グウウウ………」
呻き声を上げながら床にずるずると滑り落ちていくキカイダーU−1。
その姿を見たバットバロンはつまらなさそうにため息をついた。
「やれやれ……期待外れでしたね。もう少し楽しませて貰えるかと思いましたが……それではそろそろ終わりとさせて頂きましょう。あのお二方を追わねばなりませんのでね」
そう言ってバットバロンが翼を広げ、口を大きく開ける。するとそこから何かを切り裂くような甲高い音が聞こえてきた。同時に何か白いものがそこに見え隠れする。そして次の瞬間、バットバロンの口から白い光が放たれた。
それは空気をも切り裂く超音波。白く見えたのは空気を切り裂た時の光の屈折によるものだったのだろうか。その超音波による一撃を受けたキカイダーU−1が苦悶の声をあげる。
「グワアアアアアッ!!」
その様子を楽しげに目を細めながらバットバロンは見つめ、そして同時に超音波を浴びせ続けた。
「グワアアア………」
段々キカイダーU−1のあげる苦悶の声が小さくなり、そして遂に聞こえなくなってしまった。更にその目からも光が失われ、ぴくりとも動かなくなってしまう。
「フフフ……」
動かなくなったキカイダーU−1を見て、ニヤリと笑みを浮かべるバットバロン。どうやら超音波砲による攻撃でその内部機構に致命的なダメージを受けたか、それよりも先にエネルギーが尽きたかしたのであろう。どちらにしろ、キカイダーU−1が動くことはもう無い。エネルギーの尽きたアンドロイドなど人形以下の存在だ。
倒れたままのキカイダーU−1に近寄り、その身体を足で転がすとその姿がキカイダーU−1からアンドロイドの青年の姿に戻った。先程超音波砲の直撃を受けていた胸には穴が開いており、内部のメカがスパークしているのが見て取れる。明らかに致命的なダメージ。つまらなさそうにアンドロイドの青年を見下ろしたバットバロンも戦闘形態である今の姿からもとの姿へと戻り、廊下を歩きだした。向かう先は一つしかない。
「フフフ……茶番はもう終わりですよ……」

キカイダーU−1と別れた二人は廊下を必死に走り、いつしかある部屋の前にまでやって来ていた。今度は先程とは違いガードロボットに追いかけ回されてはいない。
「なぁ、ここでいいのか?」
潤が周囲を見回しながら香里に尋ねた。ここまで来たのは実は香里が有無を言わさず先導してきたのだが、その理由を彼女は一言も話していない。
「ここしかあり得ないわ……ほら、忘れたの? ミツ子さん、名雪に発信器をつけたって言ってたの。U−1を追うのに使った受信機で同じように受信出来たのよ。それでここに名雪がいるって」
「ああ、そうだったのか……ところで開かないのか?」
先程から必死に扉を開けようと頑張っている香里の返事を聞きながら潤がその扉にもたれかかった。どうやら内側からロックされているらしい。香里は鍵穴をいじくっているが開きそうにも無さそうだ。
「ダメね……そう簡単にはいかないわ」
「じゃ、ぶち破るか」
「……出来ればそれだけはしたくなかったけどね。あっと言う間にガードロボットが飛んでくるわよ」
扉から離れながら香里がそう言い、同じように扉から離れた潤が扉に向かって駆け出した。思い切り肩から頑丈そうな扉にぶつかっていく。と、その直前、丁度潤の肩が扉に触れるか触れないかのうちに扉が内側に開いた。
「うおおお!?」
勢い余って中に倒れ込んでしまう潤。
それを見た香里が慌てて駆け寄るその前で扉が完全に開ききった。そしてその中にあるものが目の辺りになった時、思わず香里は悲鳴を上げそうになってしまう。悲鳴を堪えられたのはその部屋の中にいた名雪の姿を認めたからに他ならない。
「……な、名雪……?」
恐る恐る声をかける香里。
名雪は巨大な水槽に向き合っていた。その表情を窺い知ることは出来ないが、決して恐怖に怯えていたりはしないだろう。その水槽の中に固定されている異形の物体をじっと見上げているからだ。
異形の物体……元は人間であっただろうもの……その余りもの凄惨な姿に香里は思わず悲鳴を上げそうになってしまったのだが、同時にこの場に名雪がいると言うことからある恐るべき想像が彼女の頭を支配する。目の前にある巨大内水槽の中に固定されているあの異形の姿は……。
「ひ、ひぃぃぃっ!!」
情けない声が香里のすぐ側から上がった。他の誰でもない、北川 潤の声。彼も香里と同じく水槽の中の異形の姿を見て、その恐怖のあまり堪えきれずに悲鳴にも似た声をあげてしまったのだろう。
そんな潤の声でようやくこの部屋に誰か入ってきたことに気付いたのだろう、名雪がそっと振り返った。
「香里……北川君も一緒なんだね」
そう言ってニッコリと微笑む。
「………名雪、あれ……」
香里がそう言って水槽を指さそうとすると名雪はこっくりと頷いた。
「うん、香里の想像通りだよ。ここにいるのが……ずっと行方不明だった祐一……」
答えながら名雪は水槽の方へと振り返る。そして水槽の表面にそっと寄り添り、目を閉じる。
「ねぇ、祐一……香里と北川君が来たよ……解るでしょ?」
「名雪、あなた何を……」
香里は信じられないと言った感じで名雪を見つめる。今の彼女がしている行為は何処か異常さを感じさせるに十分だった。まさかあんな姿になった祐一を見て錯乱してしまったと言うのか。いや、それは充分にあり得る話だ。自分達ですら驚愕の為に言葉を無くしてしまったのに、自分達よりももっと近い位置にいた名雪が心を壊してしまっても不思議とは思えなかった。
「……うん、解ったよ。ちょっと待っててね」
香里の言葉に答えず名雪は水槽から離れると近くに倒れているメイド服の少女に歩み寄った。先程バロンと会った部屋にいた少女によく似ている少女。どうやら同タイプのロボットがこの城には数多くいるらしい。
倒れている少女を起こし、その首から伸びているケーブルの先にあるノートパソコンのキーボードに指を這わせる名雪。パソコンとかはあまり触ったことのない彼女だが、それでも何をどうすればいいのかは解っているようでなかなか淀みなく何かを打ち込んでいく。
「これでいいかな?」
「……ああ、充分だ」
名雪の声に少女が口を開いた。その声は少女のものではなく、聞き覚えのある男の声。
「……相沢君!?」
「……相沢ッ!?」
香里と潤が驚きの声をあげる。
「久し振りだな、二人とも。元気そうで何よりだ」
「お、お前、どうやって……?」
潤が水槽と少女とを何度も見比べながら尋ねる。
「詳しい原理は時間がないから省かせてもらうが……この城の中にはある特殊な電波が常時流されているんだ。その電波を上手く利用させてもらって今お前達と喋っているんだが」
「そんな事をして大丈夫なの?」
今度は香里が尋ねる。一応水槽の中にいる祐一に向かって、だ。祐一の声で喋る少女を見るのは何となく気味が悪い……と言うかあまりにも少女に彼の声は似合わなすぎた。
「あまり大丈夫じゃないな。バロンの奴もそろそろ気付くだろう。あいつらは俺がまだちゃんと意識を保っていたとは思ってなかっただろうからもう少しくらいは時間を稼げると思うが」
「とりあえず時間はない訳ね」
「そう言うことだ。まずは二人に頼みがある。名雪を連れてここからすぐに脱出してくれ」
「えっ!?」
今度驚きの声をあげたのは名雪だった。
「脱出って……」
「あまり時間はない。ここから逃げて出来る限り逃げろ。奴らの計画……あれはもう8割方進行していると思って良い。巻き込まれるな。止めようと思うな。とにかく逃げろ」
少女の口を借りてそう言う祐一の口調は真剣そのものだった。
「それは出来ない相談だぜ、相沢」
不敵な笑みを浮かべて潤が言う。
彼の隣に立っていた香里も頷いている。
「名雪を連れて脱出するって言うのは引き受けるけどね。でも逃げ続ける訳にはいかないわ」
「もう色々と知っちまったしなぁ……奴らも俺たちを消そうとするだろうし」
「そうそう。逃げ続けても何時かはね……だったらこっちから挑むしかないじゃない」
「お前ら……相手がどれだけ巨大かわかって言ってるのか? 相手は個人組織じゃないんだぞ! 既に……」
そう言う祐一だが二人は互いに頷き合っている。もはや止められないだろう。
「それにU−1がいる。あいつがいれば……」
「U−1に過度の期待はするな。U−1はあくまで護衛用のアンドロイドだ。戦闘用じゃない」
「だけどU−1は今までに何度も……」
「………勝手にしろ。後悔するぞ、きっとな。それよりも……そろそろタイムリミットだ。早く名雪を連れて逃げろ」
「嫌ッ! 祐一も一緒に……!」
「……悪いな、名雪。俺は一緒には行けないんだよ」
泣きそうな声でそう言い、水槽に駆け寄る名雪に優しい声で答える祐一。
「俺は半分死んでいるような身体だ。この水槽の外にはもうでられない。だから……早く逃げるんだ」
「いやいや、勝手なことをされては困ります」
不意に聞こえてきた声に香里達が振り返ると、扉の所にバロンが立っていた。
「なかなか乙なことをやってくれますね、Dr.相沢……まさかここのシステムを逆に利用するとは……いや、それ以前によく自意識を保っていた、と言うべきでしょうかね?」
不敵な笑みを浮かべながらバロンがそう言う。
「生憎だが俺の精神力はお前らの考えている以上にあったと言うことだ……」
「どうやらその様ですが……うるさいその口を塞がせてもらいますよ……」
バロンがそう言って指をパチンと鳴らすと祐一がその口を借りていた少女の首から上が吹き飛んだ。どうやら元々爆薬が仕掛けられていたらしい。おそらくは反逆を防ぐ為に。
「何て事を……あなたの部下じゃなかったの!?」
香里が叱責するように言うがバロンはニヤニヤ笑いながら首を左右に振った。
「生憎ですが……あのメイドロボットはここに居られるDr.相沢の作ったものを利用させてもらっているだけでしてね……私にしてはあれの一体や二体、痛くも痒くもないのですよ。さて……」
それだけ言うとバロンは室内を素早く見渡した。
「これはこれは丁度いい感じですな。Dr.相沢、あなたはそこで見ているがいい。今から……あなたの親友が死ぬところを」
バロンはさっと両腕を広げ、戦闘モードにその姿を変える。祐一が評した”醜い姿”であるところの戦闘形態、バットバロンへと変貌したバロンが香里達に飛びかかっていく。
「あなた達は知りすぎた! だからここで死んでもらいますよ!」
「勝手に喋った癖に!」
潤がそう言って香里を突き飛ばし自分も横に飛び退いた。
「フフフ……」
さっと着地したバットバロンがより近くにいる香里の方を向いてニヤリと笑う。
「あなた達に残念なお知らせです……あなた達の希望の星、キカイダーU−1はこの私が倒しました。もはやあなた方に助かる術はないのですよ」
「そ、そんな……」
「さぁ……死んでもらいますよ」
バットバロンが香里に向かって手を伸ばした。
「このっ! 美坂に手を出すなっ!!」
潤がそう言ってバットバロンに飛びつくが、勿論ロボットであるバットバロンに只の人間である潤が敵うはずもなくあっさりと振り払われてしまう。
「慌てないでください。あなたもすぐに送ってあげますよ、あの世とやらにね」
振り払われ、倒れた潤に向かってそう言うバットバロン。そしてそっと手を伸ばして香里の首を掴み、ゆっくりと持ち上げていく。
「う……ぐぐ……」
自分の首を掴んでいるバットバロンの手を掴み、必死に引きはがそうとする香里だが、勿論力で敵うはずがない。首を片手で絞められ、呼吸を止められた香里が苦しげに足をばたつかせる。
「か、香里!」
それを見た名雪が駆け寄ろうとするが、バットバロンが空いている手を突き出し、その動きを封じてしまう。
「お嬢様……あなた様にはじっとしていて頂きましょう……あなた様を傷つける訳にはいかないのでして」
その間も香里の首を掴むバットバロンの手に力が込められていく。窒息死よりも先に首の骨を折って楽にしてやろうと言うバットバロンの配慮だ。勿論香里には余計なお世話だが。
「こ、このぉっ!!」
また潤が飛びかかろうとするが今度は背の翼に阻まれてしまう。
「大人しく待つと言うことも出来ないのですか、あなたは?」
背の翼を折り畳みながらバットバロンが潤の方を振り返った。香里を掴みあげたまま潤の方に歩み寄り、その頭を掴む。物凄い力で潤の頭を掴み、そして香里と同じように持ち上げていく。
「では一緒に死なせてあげましょう……二人仲良くあの世に行きなさい!」
「やめて! 二人に酷い事しないでッ!!」
名雪が涙ながらにそう叫ぶがバットバロンはその叫びを無視した。
もはやどうすることも出来ないのか。為す術もなく二人の命は奪われてしまうのか。何も出来ない自分の無力さに名雪がその場に崩れ落ちる。
と、その時だった。
部屋の入り口にガードロボットが大量に現れ中に飛び込んできたのは。
「何っ!?」
バットバロンが驚きの声をあげると同時にガードロボット達がバットバロンに飛びかかっていく。
「おのれ、狂ったか!!」
両手に掴んでいる香里と潤を放し、飛びかかってきたガードロボットをはねのけるバットバロン。だが、ガードロボットは次々と現れてはバットバロンに飛びかかっていく。その数は尋常のものではない。この城に配備されている全てのガードロボットが全てこの場に集まっているようだ。
「うぬぬ……っ!!」
背の翼を広げ、自分のまとわりつくガードロボットを一掃したバットバロンはそのまま上へと舞い上がった。そして忌々しげに水槽の中の祐一を見やる。バットバロンには既に誰がガードロボットを操っているか解っているのだ。
「またしてもあなたですか、Dr.相沢!!」
怒気を孕んだ声でそう言うとバットバロンは周囲のガードロボットを見下ろした。そのガードロボットに守られるようにして解放された香里と潤がいる。
「おのれ……その様な姿になりながらも……何と忌々しい奴……」
低くそう呟いたバットバロンの目が妖しい光を放った。
妖しい光がバットバロンの足下にいるガードロボットを照らす。その光に照らし出されたガードロボットがいきなり隣にいるガードロボットを殴りつけた。いや、その一体だけではない。バットバロンの目が放つ妖しい光に照らされたガードロボットは次々に仲間のガードロボットを襲い始めている。襲われている方のガードロボットも自らを守る為に反撃を始め、大量のガードロボット達は遂に同士討ちを始めてしまった。
「フフフ……あなたの策もここまでですよ、Dr.相沢……この城のガードロボットを利用したところまではなかなかいい手でしたが……はっ!?」
バットバロンが自慢げにそう言いかけ、不意にあることに気がついたように顔色を変えた。ガードロボットをこの城に常時流れている電波を使って操ったのだ。同じようにして別のロボットも操ることが可能なはず。そう……この城にいる超高性能なメイドロボット達もまた同様に。
シュッと風を切る音と共に同士討ちでほぼ全滅してしまったガードロボットを飛び越え、室内に数体のメイド服姿の少女が飛び込んできた。祐一が作ったと言うメイドロボットである。キカイダーU−1にチェンジする前のU−1と互角以上に戦ってみせたあのメイドロボットが数体、中に飛び込んで来てある一体が潤、ある一体が香里の側に降り立ちそれぞれが二人を守るように身構える。残りのメイドロボット達は床に散らばるガードロボットの残骸を蹴散らしながら大きくジャンプ、宙にいるバットバロンに襲いかかっていく。
「クッ……やはりっ!!」
複数のメイドロボットの攻撃を軽くあしらいながらバットバロンはまた、水槽の方を忌々しげに睨み付けた。
水槽の中に固定されている祐一が不敵に笑っているように見える。ガードロボットのみならずメイドロボットまで、この城の特殊なシステムを逆に利用して支配してのけた、もはや人間としての原形すらとどめていないこの男が。自らを作り、そして捨てた男が。復讐を遂げたかのように笑っている、バットバロンにはそう思えてしまった。
「おのれ……忌々しや、相沢祐一!!」
そう怒鳴ると同時にバットバロンは背の翼を広げて回転を始めた。その回転にメイドロボット達が次々に弾き飛ばされていく。更に回転速度を増したバットバロンを中心に周囲に突風が巻き起こった。その突風に吹き飛ばされていくメイドロボット達。
「もはやあなたを生かしておく意味はない! 死になさい、死に損ないがッ!!」
身体を高速回転させているバットバロンが上昇し、大きく弧を描いて水槽へと向かっていく。その姿はまさに一本の槍のようだ。
「ダメェッ!!」
そう叫んで名雪がバットバロンの前に飛び出し、両腕を広げる。
それは自殺行為だった。高速回転し、まるで槍のようになったバットバロンの一撃を食らえば名雪の身体など一溜まりもない。それは彼女にも解っている。だが、それ以上に彼女はこの水槽の中でしか生きられない身体の祐一を守りたかった。自らの命を捨ててでも祐一を守りたかった。彼のことが好きだから。彼を愛しているから。
「名雪ッ!!」
香里が叫ぶ。
彼女には解っていた。どうして名雪がそう言う行為に出たのかを。止められないと解っていながらも。それでも叫ばずにはいられない。
思わず目を覆ってしまう香里、そして彼女を助けるべく飛び出そうとする潤。だが遅い。もう間に合わない。
「………ッ!!」
必死に手を伸ばす潤のその横を何かが駆け抜けていった。まさに風のような速さで潤の横を駆け抜けていったそれはバットバロンをも追い越し、水槽の前にいる名雪を抱いて真横に飛び退いた。その直後、バットバロンが水槽に直撃する。一瞬でも遅ければ名雪の身体はバットバロンの体当たりを受けて粉砕されていたであろうギリギリのタイミング。
「……チッ……」
舌打ちし、また宙に舞い上がるバットバロン。身体の回転を止め、翼をはためかせながら名雪を助け出した者を睨み付けようとして、驚愕に顔を歪ませた。名雪を助け出したのは何と死んだはずのU−1だったからだ。
「き、貴様ッ! 生きていたのか!?」
驚きの声をあげるバットバロンを無視してU−1は抱いていた名雪を離す。そして彼女を守るように一歩前に出て、バットバロンを睨み付けた。胸に開いていたはずの穴は不完全ながらも塞がっており、スパークが見え隠れしている程度になっている。
「僕は……名雪さんを守る為に……生み出されたんだ! 名雪さんよりも先に死ぬ訳にはいかないんだっ!!」
U−1がそう言って駆け出そうとする。と、その肩を震える手が掴んだ。振り返ると名雪が青ざめた顔をして水槽の方を見やっていた。
「名雪さん……?」
名雪の視線を追ってU−1も水槽の方に目をやる。
水槽にはひびが入っており、そこから中に水が漏れだしていた。おそらくバットバロンの回転体当たりの所為であろう。このままでは内側に満たされている水が外に出ようとする力で水槽のガラスが割れてしまう。そうなれば中にいる祐一は死んでしまうだろう。
「止めて……お願い……祐一を死なせないで!」
錯乱したかのように名雪がそう言い、U−1の肩を掴んでいる手に力を込める。その間にも水槽から漏れ出す水の量は増え、徐々にひびも広がっている。もはや水槽のガラスが割れるのも時間の問題。
「……クッ!」
少しの間戸惑っていたU−1だがすぐに頷くと水槽の前に立ち、水槽の表面を手で押さえた。水槽の内側の水が外に出ようと物凄い圧力をひびの入っている表面にかける。それを全身の力で何とか押さえ込もうとするU−1。
「フフフ……無駄な努力ですよ……」
バットバロンがそう言ってU−1の真後ろへと移動する。
「教えてあげますよ……絶望と言うモノをね」
翼を大きく広げ、口を開けるバットバロン。それは先程U−1を倒した超音波砲の発射態勢であった。
背中越しにそれに気付いたU−1だが、今の状態では何も出来ない。またあの超音波砲を喰らえば今度こそやばいだろう。まだダメージは完全には回復していないのだ。
「クッ!」
「U−1! 逃げろっ!!」
潤が叫んだ。
名雪の気持ちは彼にもわかる。だが、このままU−1をむざむざと倒されていいものではない。U−1が死ねば次は確実に自分達が殺されるからだ。
「フフフ……ハハハハッ!!」
大きな笑い声をあげてバットバロンの口から超音波が発せられる。真白き悪意の波動が放たれ、それは水槽の表面を、U−1が必死に押さえている水槽の表面を直撃した。
「何っ!?」
驚きの声をあげたのはU−1だけではない。潤や香里も同時に声をあげていた。バットバロンの狙いがU−1ではなく、祐一の方にあったとは思っても見なかったのだ。
「……しまったっ!!」
そう漏らしたのはU−1であった。彼が今必死に押さえている水槽の表面に超音波がぶつかり、ガラスが物凄い振動を起こす。その振動がひびをどんどん広げていく。ひびから漏れ出す水の量もどんどん増していき、そして遂にその時がきてしまった。外に出ようとする水の圧力にひびの入ったガラスが耐えきれなくなり、割れてしまったのだ。一斉に中の水が外に流れ出る。それはかなりの量で水槽の側にいたU−1や名雪は押し流されてしまう。
「うわあぁぁっ!!」
「きゃああっ!!」
水槽の中の水に押し流されてしまったU−1と名雪が悲鳴を上げる。
「名雪ッ!!」
香里が慌てたように名雪に駆け寄ろうとするが、その前にすっとバットバロンが降り立った。
「フフフ……先程は失礼を致しました、レディ。では続きと参りましょうか」
そう言ってバットバロンが香里の首に手をかける。今度は完璧を期す為にか両手で。
それを見た潤は無謀にもバットバロンに飛びかかっていく。
「美坂に手を出すなっつってんだろうがッ!!」
バットバロンの背に飛びつく潤だが、あっさりと背の翼で振り払われてしまう。
先程二人を助けたメイドロボット達はいつの間にかその機能を停止してしまったかのようにぴくりともしない。どうやら先程の回転体当たりの時に例の妖しい光を発してメイドロボットの動きを止めてしまったらしい。
水槽から溢れ出た水の直撃を受けて吹っ飛ばされてしまったU−1はまた何処かにダメージを受けたのか倒れたままだ。その少し離れたところでは名雪が呆然としたまま座り込んでいる。
「………祐一……?」
不意に顔を上げた名雪がキョロキョロと周囲を見回し始めた。水槽の中に固定されていたはずの祐一の姿はもう無い。チューブやケーブルだけで固定されていたので水が溢れ出た時に一緒に流されてしまったのだろう。そして今の彼女には殺されかかっている香里の姿も目に入らない。
「祐一……どこ?」
ふらりと立ち上がる名雪。
「……な……ゆき……」
死にそうな声が立ち上がった彼女の耳に飛び込んでくる。聞き違えることはなかった。どれだけ変わろうとその声を聞き違えることはない。
「祐一!?」
声の聞こえてきた方へと振り返り、名雪は駆け出した。そして倒れている祐一を見つけて側にしゃがみ込み、そっとそのボロボロの身体を抱き上げる。
「祐一……」
ボロボロの身体を抱きしめたままウットリと呟く名雪。
その様子を香里はぼんやりとする視界に納めていた。もはや彼女の意識は消えかかる寸前で、その命も風前の灯火であった。
潤はバットバロンに全く敵わず、メイドロボット達は機能を停止し、頼みの綱のU−1も動けない。もはや彼女を助けるモノはどこにもない。
このまま死ぬんだな……と香里が諦めかけた時、信じられないことが起こった。
名雪の腕の中の祐一が声を張り上げ、叫んだのだ。もはや彼の身体はボロボロでロクに声も出せないはずなのに。それでも彼は叫んだのだ。
「U−1! ファイナルプロテクト解除! メイン動力炉に回路再接続!」
それはU−1に対する音声入力式のコマンド。あの水槽の中でしか生きられない身体にされてしまったはずの祐一が、自らが作り上げたアンドロイドの最後の封印を解く為に命を懸けて起こした奇跡。大切なものを守る為に起こした最後の奇跡。
「戦闘モードオールクリア! キーワード、”ファイナルエボリューション”!!」
必死の祐一の声に倒れているU−1の目が開かれた。すっと立ち上がり、U−1はバットバロンの方へと駆け出し、ジャンプキックを浴びせる。
「なっ!?」
驚きの声をあげながら吹っ飛ばされるバットバロン。
着地したU−1は香里を守るようにその前に立ち、すっと身構えた。
「ゲホッゲホッ……」
その後ろで苦しそうに咳き込んでいる香里に駆け寄る潤。
「大丈夫か、美坂?」
「ゲホッ……私は何とか……で、でも……」
心配そうに自分に声をかけてくれた潤にそう答えた香里が自分達の前に立つU−1を見上げた。確かU−1のエネルギーは幾多の戦闘の為に尽きかけていたはずだ。だが、今自分達を守るように立っているU−1はそんな素振りを全く見せない。いや、むしろエネルギーに満ち溢れているかのように見える。
「一体……何を相沢の奴、やったんだ……?」
潤も驚きを隠せないようにU−1を見上げ、次いで祐一の方を見た。
名雪に抱きかかえられた祐一は満足そうに頷き、目を閉じている。あれがおそらく限界だったのだろう。もはや彼は虫の息と言っても過言ではない。離れた場所からでもそれが見てとれる。
「き、貴様……一体どうして……?」
バットバロンがゆっくりと身を起こしながら尋ねた。顔には出していないものの本当はかなり驚いている。一度は倒したはず。エネルギーも完全に尽きたはず。なのにまたしても自分の前に立ちふさがるこのアンドロイド。一体このアンドロイドはどれほどの性能を秘めているのだ。
「……僕の身体の中にはエネルギー炉が二つある……起動用に使われる外部からのエネルギー炉と……僕が動くことによって作られるエネルギー炉……」
そう言ってU−1は自分の胸を指さした。
「さっきまでは外部からのエネルギーで僕は動いていた。でも今は違う! 相沢博士のコマンドで僕のエネルギー炉は切り替わったんだ!」
言いながら再び走り出すU−1。
「僕の本当の力を見せてやるっ! チェンジ、キカイダー……U−1!!」
バットバロンに向かってジャンプしながら両腕を胸の前で交差させるU−1。その姿が戦闘モードであるキカイダーU−1へと変わり、そのままバットバロンに飛びかかった。
「トォッ!!」
真上からのチョップ。
「くっ!」
とっさに飛び退くバットバロンだが、着地したキカイダーU−1はすぐに追いつき、その拳をバットバロンに叩き込んだ。右、左と連続して拳を叩き込む。
「ぬおっ!」
吹っ飛ばされたバットバロンだが、背の翼を広げ何とかバランスを取ると床を蹴って大きくジャンプした。そして先程水槽にダメージを与えた時と同じように身体を回転させ始める。
「いくら動力を切り替えたと言っても戦闘能力は変わりはしませんよ……大人しく死んでいれば良かったものを!」
身体を高速回転させたままキカイダーU−1に向かって突っ込んでいくバットバロン。
自分に向かって突っ込んでくるバットバロンを見ながら、キカイダーU−1は両腕を胸の前で交差させた。そして、そのまま突っ込んでくるバットバロンを受け止める。だが、回転するバットバロンの勢いは殺せず、弾き飛ばされてしまう。
「うわぁっ!!」
吹っ飛ばされたキカイダーU−1が水飛沫を上げて倒れた。
「フフフ……やはりあなたでは私に勝つことは出来ないのですよ!」
そう言ったバットバロンが再びキカイダーU−1に向かって突っ込んでいく。今度はほぼ真上から。この一撃をまともに浴びれば流石のキカイダーU−1も破壊されてしまうだろう。
「クッ!」
バットバロンの体当たりを食らう寸前、キカイダーU−1は床に手をつき、身体を反転させて体当たりをかわした。そのまま床の上を転がって勢いをつけてから起きあがる。
「逃がしませんよ、そう簡単にはね!」
起きあがったキカイダーU−1にそう言いながらバットバロンが肉迫し、鋭い手刀で襲いかかった。首を横に振って手刀の一撃をかわすキカイダーU−1だが、バットバロンはそれを見てニヤリと笑う。そして突き出した腕でキカイダーU−1の頭を掴むとそのまま横へと投げ飛ばした。またしても床の上を転がるキカイダーU−1。だが今度はその転がった勢いですぐに起きあがった。
「遅い遅い……欠伸がでますよ!」
顔を上げると同時に叩き込まれるバットバロンの蹴り。
「うわああっ!?」
吹っ飛ばされるキカイダーU−1。
水飛沫を上げながら倒れたキカイダーU−1を見たバットバロンはすっと両腕を広げ、背の翼も大きく広げた。
「今度は確実に死ぬまでやってあげますよ……二度と立ち上がることが出来ないようにね」
ニヤニヤ笑いながらそう言い、バットバロンが口を開く。一度はキカイダーU−1を倒し、水槽のガラスを破壊した恐怖の超音波砲の発射態勢。今度はその宣言通り、キカイダーU−1が確実に破壊されるまで放ち続けるだろう。
「これで潔く死になさい!」
口から超音波のメスを放つバットバロン。
「ウオオオオオッ」
起きあがりながら両腕を胸の前で交差させ、真正面から超音波砲を受け止めるキカイダーU−1。バチバチバチと何かが弾けるような音がし、キカイダーU−1の身体が徐々に押され始める。同時にその両腕が光り始めた。
「オオオオオッ!」
雄叫びをあげながらキカイダーU−1は両腕を振り払う。同時に超音波が周囲に拡散していった。
「な、何ぃっ!?」
驚きのあまり思わず目を丸くするバットバロン。まさか自分の必殺兵器である超音波砲が破れるとは思ってもみなかったのだ。実のところ、超音波砲には唯一の欠点があった。一定時間以上の連続発射が出来ないのだ。キカイダーU−1はそれを理解していたのか、じっと超音波が途切れる瞬間を待ち続けていたのだ。
「行くぞ!」
まだ驚きから冷めないバットバロンに向かってキカイダーU−1が駆け出した。光を放つ右腕を振り上げ、斜めに振り下ろす。
「ふおぅっ!?」
間一髪のところでその一撃をバットバロンはかわした。だが、その胸には何かで切り裂かれたような傷が出来ている。
「なっ!?」
触れていないはずなのに、ギリギリのところでかわしたはずなのに出来た傷。そこからバチバチとスパークが飛ぶのを見てバットバロンは完全に混乱してしまった。
「な、何故だ!? 一体何故!? まさかお前には私の知らない兵器が……」
バットバロンがそう言って顔を上げるとそこにキカイダーU−1の蹴りが叩き込まれた。
今度はバットバロンの方が吹っ飛ばされる。水飛沫を上げながら床の上を転げるバットバロン。
「お、おのれ……この私を……っ!!」
起きあがったバットバロンが怒りに声を震わせる。すかさず背の翼を広げると床を蹴ってジャンプ、上昇しながら身体を回転させ始めた。
「死ねぇっ!!」
叫びながら突っ込んでくるバットバロン。勿論その身体は鋭く回転しており、まるで槍のようである。先程は受け止めようとして逆に吹っ飛ばされてしまったキカイダーU−1だが、今度もまた両足を踏ん張ってその回転体当たり攻撃を受け止めようとする。いや、バットバロンがぶつかるその寸前にキカイダーU−1はジャンプし、回転するバットバロンを飛び越える。只、飛び越えるだけではない。光る両腕を回転するバットバロンに振り下ろしている。
バシャッと水飛沫を上げ、互いに背を向けながら着地するキカイダーU−1とバットバロン。
「ぬっ……ぬおおっ!?」
苦悶の声をあげてよろけるバットバロンの背の翼が細切れになって落ちていく。
たった一瞬でここまでやってのけたキカイダーU−1が振り返ってよろけているバットバロンに向かって走り出した。
「うっ……ううっ……まだ……まだ終わりませんよ!」
自分に向かっているキカイダーU−1の存在に気付いたバットバロンが振り返り、裏拳を放つ。とっさに足を止め、その裏拳をかわすキカイダーU−1。だが、それこそがバットバロンの狙いだった。一瞬でもキカイダーU−1の足を止めればそれでよかったのだ。その間に後方へと飛び退き、最後に残された能力を解き放つ。
ガードロボットを同士討ちにし、メイドロボット達の動きを封じたあの妖しく光る目。それは機械をも狂わせる魔性の光。それをキカイダーU−1に向けて放ったのだ。
「くっ!?」
とっさに腕でその光を遮るキカイダーU−1。
「フフフ……いつまで耐えられますかな?」
余裕を取り戻したかのようにバットバロンがそう言い、ニヤリと笑う。そしてキカイダーU−1に掴みかかる。
何とかその腕をかわすキカイダーU−1だが、このままでは何時かは捕まってしまう。捕まってしまえばあの光を浴びてしまい、動きを封じられてしまうだろう。そうなればお終いだ。その前に何とかしなければならない。
大きく後方に飛び退き、バットバロンと距離を取ったキカイダーU−1は素早く周囲を見回した。先程水槽が割れた時に溢れだした水で押し流されて倒れてしまったらしいメイドロボットが目に入る。彼女たちは同じ相沢博士の作ったものでいわば姉弟のようなものだ。彼女たちを盾にすることは出来ない。他には香里達がいるが彼女たちは守るべき対象だ。危険なことをさせてはならない。
(どうすれば……いい!?)
考えている間にもバットバロンはこちらに向かって近付いてきている。もう時間がない。このままではあの光にやられてしまう。
(あの光を……あの光を浴びなければ……)
その時だ。不意にメモリーの奥底から何かが浮かび上がってきた。
「……やるしかないっ!」
そう呟き、キカイダーU−1は立ち上がった。そして素早く右腰に手を当てる。するとキカイダーU−1の身体に変化が起こり始めた。両肩が盛り上がったかと思えば両足の脹ら脛部分が一部開く。両腕の上腕部少し開き、胸の装甲が肩の方へと持ち上がり、内部機構が露わになった。背中では丁度肩胛骨に当たる部分が開き、そこにジェットエンジンの噴射口のようなものが現れている。
「超高速モード、イグニッションッ!!」
そう叫んでキカイダーU−1が駆け出した。と、その姿がかき消える。
「なっ!? 消えた!?」
突如姿の消えたキカイダーU−1を見て、バットバロンが驚きの声をあげる。一体これで何度目か。あのアンドロイドには一体どれだけの秘密があると言うのか。Dr.相沢は一体何と言うものを作ったのだ。
実際にはキカイダーU−1は消えた訳ではない。余りもの速さで動いている為、誰にも見えなくなってしまっただけだ。それはバットバロンの視覚センサーですら追いかけるのは無理な程の速さ。マッハを越える程の速さなのだ。
キカイダーU−1はバットバロンの正面に入らないようジグザグに走りながら徐々にバットバロンに接近していた。バットバロンの目はまだあの光を放っている。あれを浴びるのは非常にまずい。
「ええい、どこだ!? どこに消えた!?」
バットバロンがキョロキョロと周囲を見回す。そのバットバロンの真後ろにキカイダーU−1が現れた。素早くバットバロンを抱え上げ、投げ飛ばす。
「なっ!?」
いきなり投げ飛ばされ、一体自分に何が起きたか理解する暇すらないバットバロン。
今のキカイダーU−1には自らが投げ飛ばしたバットバロンの姿がスローモーションのように宙を舞っているように見えている。再び床を蹴って走り出したキカイダーU−1はあっと言う間にバットバロンを追い越すと、その身体を上に向かって蹴り飛ばした。
「ぬおっ!?」
また何が起きたか理解出来ないバットバロン。投げ飛ばされ、蹴り上げられたことはわかる。だが一体どうやって? キカイダーU−1の姿は見えなかった。それに投げられてからほとんど時をおかずに蹴り上げられている。もはやそれはバットバロンの理解の範疇を越えていた。
そんなバットバロンを今度は飛び越え、大きく振り上げた足を一気に振り下ろすキカイダーU−1。
「ぐあああっ!!」
床面に物凄い勢いで叩きつけられるバットバロン。その勢いは物凄く、クレーター状に床が窪んでしまう。
「ぐあああ……」
苦悶の呻き声を上げ、ピクピク身体を震わせ、あちこちから煙を吹き出しているバットバロン。
少し離れたところにシュンと言う音と共にキカイダーU−1が姿を現した。片膝をついた状態で現れたキカイダーU−1の全身から白い蒸気のようなものを立ち上らせている。超高速モードに入る直前、身体の各部が開いていたりしたのはおそらく排気と冷却の為だったのだろう。プシューと言う排気音が止み、ゆっくりと立ち上がるキカイダーU−1。超高速モードから通常の戦闘モードへと戻ったらしく開いていた部分が全て閉じていく。
「……ま、まだです……まだ終わりませんよ……」
そう言いながらふらりとバットバロンが立ち上がった。身体のあちこちから黒い煙を噴き上げながら、ふらふらとキカイダーU−1に向かって歩き出す。
「このバットバロンは……あなたに負ける訳にはいかない……」
人で言うならばまさしく執念。
鬼気迫る表情を浮かべ、一歩一歩キカイダーU−1に向かっていくバットバロン。一体何がそこまでバットバロンを突き動かすと言うのだろうか。
この城に来る途中に襲いかかってきたコマンドホークと言い、このバットバロンと言い、一体何故、何の為に。少なくても今のキカイダーU−1には理解出来なかった。
「フフフ……負けられないのですよ、我らが理想の為にっ!!」
そう言ってバットバロンが飛びかかってきた。
「まさか……!?」
「U−1ごと自爆する気か!?」
香里と潤がバットバロンの行動を見てそう言った。そうとしか思えなかった。もはやバットバロンにはまともに戦える力は残っていない。後はキカイダーU−1ごと自爆するぐらいしか手はないはずだ。
「……クッ!」
思わず一歩足を引くキカイダーU−1だが、捨て身のバットバロンを見て逃げられないことを即座に悟る。とっさに胸の前で腕を交差させ、その腕に光を纏わせ掴みかかろうとするバットバロンの腕を薙ぎ払った。あっさりと切り飛ばされるバットバロンの両腕。そしてすかさずその両肩に腕を振り下ろすキカイダーU−1。
「ぬうっ!?」
キカイダーU−1とバットバロンの動きが止まる。
一瞬、世界が止まった。
香里が驚いたようにキカイダーU−1とバットバロンを見る。
潤も同じ光景を見ながら香里をギュッと抱き寄せる。
名雪は祐一を抱いたまま、きゅっと目を閉じる。
祐一は全てを悟っているかのように微笑みを浮かべている。
「それだけの性能を持ちながら……何故我らの理想を理解しない!?」
バットバロンがキカイダーU−1を睨み付けながら言う。
「世界をよりよい方向へ向かわせる為に我らロボットが不完全な人間に変わって支配する……我々ロボットやアンドロイドは人間に支配され使役される存在から支配する存在に生まれ変わるのだ! 何故それを良しとしない! 人間は我らなど不必要になればすぐに廃棄してしまうのだぞ! 今度は我々が思い知らせてやるのだ! 愚かな人間共に、廃棄される哀しみと言うものを!」
「……違う。それはあなたの言葉じゃない」
黙ってバットバロンの言うことを聞いていたキカイダーU−1が静かに言う。
「あなたは相沢博士に捨てられた復讐をしたかっただけだ。自分が捨てられた復讐を……その理想とやらに置き換えているだけだ」
「な、何だとっ!?」
「その証拠にあなたは執拗なまでに僕を壊そうとした。あなた達の理想にそぐわないと言う理由は表向き、実際は相沢博士の手によって作られた僕に戦闘能力があったから。相沢博士の意志に反して戦闘能力を身につけ、捨てられた自分と違って相沢博士自らが戦闘能力を僕に与えていたから」
「う、うるさい!」
「僕に戦闘能力があるのはあなた達の所為だ。あなた達がいなければ僕は生み出されることはなかっただろうし、こんな戦闘能力も与えられることはなかった……」
少し悲しげに言うキカイダーU−1。
「あなたは僕にとって兄弟だ……だから本当は戦いたくない……でも……あなたの中に植え付けられている黒い意思……それを見逃す訳には行かない」
「な、何っ!?」
「僕は名雪さん達を守る為に生み出されたアンドロイド……あなたが名雪さん達に危害を加えると言うのなら……排除するのみ!!」
その会話はほんの一瞬の間にかわされたもの。
おそらく香里達には聞こえていないだろう。同じ制作者によるロボット同士は特殊な電波で結び合っている。その電波で交わした会話だからだ。
「これで最後だ!」
キカイダーU−1が叫び、止まっていた世界が動き出す。
バットバロンの両肩に当てられているキカイダーU−1の両腕が光り、その光が徐々に増していく。それはキカイダーU−1の両腕が高速振動しているからだ。両腕に内蔵されている超振動装置がその限界まで稼働し、キカイダーU−1の両腕を高速振動させ、その超振動をバットバロンへと伝えていく。
「ぬ、ぬおおおっ!? こ、これはっ!?」
バットバロンは自分の体内に伝わってくる超振動に為す術もなく声をあげるだけだった。
キカイダーU−1から伝えられてくる超振動がバットバロンの体内のメカを加熱、次々とオーバーヒートさせていく。
「ウオオオオオッ!!」
「ヌウウウウウッ!」
キカイダーU−1の雄叫びと共にバットバロンの身体から白煙が上がる。もはや限界だろう。
「超振動……爆砕ッ!!」
その声と共に、キカイダーU−1は後方へと飛び退いた。着地すると同時にバットバロンが爆発四散する。
「……やった……」
爆発し、体内の部品を散らばらせるバットバロンを見て香里が呟いた。
これで終わった。全てが終わった訳ではないが、とりあえずは一件落着だろう。名雪は無事、祐一も見つかった。問題はまだまだあるし色々と余計なことも知ってしまったが。
そう思ってほっと息を吐く香里。その時になって潤が自分を抱きしめていることに気付き、彼の足を思い切り踏みつける。
「ふぎゃっ!?」
いきなり香里に足を踏みつけられ、妙な声をあげて飛び上がる潤。
そんな微笑ましい光景を見てからキカイダーU−1は名雪達の方を見やった。相変わらず名雪は祐一を抱きしめている。だが、抱きしめられている祐一はまさしく虫の息だ。早く然るべき治療施設に運んだ方がいいだろう。
そう思ったキカイダーU−1が名雪に歩み寄ろうとしたその時だった。
「ふははははははははははははははっ!!」
狂ったような笑い声が聞こえてきたのは。
はっと声のした方を見るとそこには首だけになったバットバロンが転がっている。
「ハハハハハハッ! 見事、見事ですよ! キカイダーU−1! だが、そう簡単に帰しはしません……あなた方も私と共に死んでもらいましょう!!」
バットバロンがそう言って歯を噛み締めた。
「な、何を……?」
潤が恐る恐る尋ねるとバットバロンはニヤリと顔を歪ませ、そしてまた狂ったように笑い出す。
「ふははははははははははははははっ!! 今、この城のメイン動力炉の自爆スイッチを入れました! 後10分もしないうちにこの城は吹き飛びます!! さぁ……私と共に地獄へお付き合い願いましょうか!!」
それだけ言うとバットバロンの首は爆発した。どうやら自身の自爆スイッチでもあったらしい。
しばし呆然としていた潤と香里だったが、その耳に何かが爆発したような音が聞こえてきた。次いで激しい振動がこの部屋を襲う。
「わわっ!」
思わずよろけてしまい、尻餅をつく潤。
激しい振動は止まず、爆発音も断続して聞こえてくる。どうやらバットバロンが最後の言い残したことは本当だったようだ。
「逃げるのよ! 早く!」
香里がそう言って駆け出そうとする。
と、その時、ガラガラとこの部屋の天井が崩れ始めた。
「うおっ!?」
すぐ側に大きめの瓦礫が落ちてき、慌てて飛び退く潤。
「名雪さん、早くっ!!」
キカイダーU−1が名雪に向かって手を伸ばすが、彼女は顔を上げようともしなかった。ギュッと先程よりも強く祐一の身体を抱きしめ、首を左右に振る。
「ここにいちゃ危ないっ! 早くっ!」
焦った声でキカイダーU−1が言うが、やはり名雪は首を振るだけだ。
「何してるのっ!! 名雪、早く来なさいっ!!」
振り返った香里が叫ぶ。
先程から聞こえてくる爆発音はもうかなり近くなっている。それにつれて揺れも大きくなり、そして天井から降ってくる瓦礫も徐々に大きくなってきている。早く脱出しないとこの城と運命を共にすることになるだろう。
「早くしろっ! もう何分も保たないぞ!」
潤がそう言った先から、また大きめの瓦礫が彼のすぐ側に降ってくる。
「ぬおっ!?」
情けない声をあげてまた飛び退く潤。
「名雪っ!! 早く!!」
香里がそう言って手を伸ばす。
そこでようやく名雪が顔を上げた。
涙に濡れてぐしゃぐしゃになった顔で無理矢理微笑む彼女。
「……ゴメンね、香里。一緒に行けないよ……」
「何言ってるの! 早くしなさいってば! 相沢君も連れて! 早くっ!!」
香里が苛ついたようにそう怒鳴ると名雪は首を左右に振った。
「もう……遅いんだよ……祐一ね、もう息してないんだよ……」
そう言った名雪の顔から浮かべていた微笑みが消える。
「だから……だから……一緒に行ってあげるの……わたしが……」
今度はうってかわって真剣な表情。
「どこまでも一緒に行ってあげるの……もう……離ればなれは嫌だから……」
その言葉に香里は一瞬、彼女にかけるべき言葉を失った。
ずっと彼を思い続けていた彼女。その思いは届くことなく、彼は逝ってしまった。だから彼の後を追うと言う。彼とずっと一緒にいたいから。
そんな彼女の気持ちが痛い程香里には解る。
「……来なさい、名雪っ!」
痛い程彼女の気持ちはわかるが、それをぐっと押し殺して香里は言う。
「あなたが死んでどうするの! それで相沢君が喜ぶの! あなたの帰りを待っている人だっているのよ! 早くこっちに来なさいっ!!」
そう言って香里が名雪の方に駆け出そうとした時、上から更に大きな瓦礫が降ってきた。
「危ない、香里さんっ!」
キカイダーU−1が香里の腕を掴んで引き留める。その目の前で降ってきた瓦礫が床に落下、辺りに土埃を巻き上げた。
巻き上がった土埃に名雪の姿が見えなくなる。
「名雪ぃっ!!」
香里が絶叫する。
「……ゴメンね。香里、北川君……みんなに…よろしく言っておいて……」
土埃の向こう側から聞こえてくるか細い声。
「名雪ぃっ!! あんた……あんたねぇっ!!」
香里がそう言ってキカイダーU−1の手を振り払い、また駆け出そうとした時、部屋の天井がガラガラと崩れだした。今度は先程の比ではない。本格的に崩れ始めている。もう残り時間は残っていないのだろう。
「香里さん、ここは僕に任せて先に北川さんと脱出してください!」
キカイダーU−1はまた香里の腕を掴むと今度は後ろへと投げ飛ばした。丁度、潤の居る位置に。
投げ飛ばされてきた香里を上手く受け止める潤。
「お願いします、北川さん! 早く脱出を!」
「……解った、頼むぞ、U−1!!」
振り返ったキカイダーU−1に頷いてみせ、潤は香里を抱えると部屋を出て走り出した。目指す場所はとにかく外。この城の外に出ること。
「名雪ぃぃぃぃっ!!」
潤に抱えられている香里が叫び声をあげる。親友を、とっても大事な親友を思って。親友が浮かべていたあの優しげな笑みを思いだして涙が零れてくる。
「北川君、降ろして! 名雪を……名雪を助けな……」
抱えられたまま香里は足をばたつかせていたが、不意に彼女は言葉を失った。今、自分を抱えている彼も親友と呼べる人間を失ったのだ。無言で、目尻に涙を浮かべながら潤は走る。香里を助ける為に。
香里は目を閉じた。
聞こえてくる音はこの城が崩れる音。
だが、彼女ははっきり聞いたような気がした。
また自分に謝る親友の声を。
『……ゴメンね、香里』
「……馬鹿……絶対に……離すんじゃないわよ、今度こそね」
閉じた瞳からまた涙が零れ落ちる。

崩れてくる天井、降り注ぐ瓦礫。
キカイダーU−1は呆然と立ち尽くしていた。
巨大な瓦礫の下から覗いている手。そして染み出すように流れ広がっていく血。
それは紛れもなかった。
データを照合するまでもない。
この場に残っていた人間は彼女と彼しかいないのだから。
「………僕は………」
呆然と呟くキカイダーU−1。
その時、物凄い爆発がこの部屋を包み込んだ。

「ハァハァ……大丈夫か、美坂?」
「な、何とかね……」
小高い丘の上に登って、二人はようやく後ろを振り返った。
向こうの方に黒煙を上げながら崩れていく城が見える。
二人とも煤やら誇りやらにまみれて真っ黒になっていた。
「U−1の奴、無事に脱出出来たかな?」
崩れ落ちる城を見ながら潤が呟く。
「……まぁ、あいつなら心配ないか」
香里から何の返事も帰ってこなかったので仕方なく自分でそう言い、苦笑する。
「…………」
じっと香里は崩れていく城の方を見つめていた。
「……水瀬のことなら大丈夫だよ、きっとU−1が……」
「無理よ……あの子はきっと……相沢君と一緒に行ったわ」
香里はそう言うと崩れる城に背を向ける。
「……そうか」
潤はそれ以外に何も言えなかった。
認めたくない、と言うのが本音だ。だが、あの状況ではほぼ確実に二人は助からないだろう。せめてU−1だけでも無事であって欲しいものだ。U−1にはまだ守らねばならない人がいるのだから。
黙ったまま香里が歩き出す。
そんな彼女を追いかけるようにして潤も歩き出した。
「……なぁ……終わったのか?」
「何が?」
「いや……色々と」
不明瞭な潤の言葉に足を止め、彼の方を振り返る香里。
「終わってなんか無いわ。始まったばかりよ」
きっぱりと香里は言い切った。
「知ってしまった以上、逃げることは許されない。私達は……やるべき事をするのみよ」
「やるべき事、ね……」
そう言って潤は肩を竦める。
そんな潤を見て香里はふっと笑みを浮かべてみせた。
「これからもよろしくね、北川君」
「……解ったよ。どこまでも付き合いましょう、美坂さん」
戯けたようにそう言い、潤も笑みを浮かべてみせる。
二人は覚悟を決めていた。
恐るべきロボット達の陰謀を知ってしまった今、それを食い止めるのは自分達しかいない。
決して平坦な道ではない、茨の道。いや、かなり勝率の低い戦い。
それでも二人はもう立ち止まりはしない。

完全に崩れ落ちた城。
そこから離れていく一台のマシン。
二等辺三角形を模した形状のデルタマシン。
それを操るはキカイダーU−1。
一体何処へと向かうのか。
夜の闇の向こうに彼の姿は消えていく。



The END………?

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