講堂の中に建てられたプレハブのドアを開けると中に籠もっていたらしい熱気が襲いかかってきた。

それだけで汗が噴き出してくる。

この調子では中に入るととんでもないことになるのではないか、そう言う不安が参加者の胸の内に沸き上がるがそこはそれ、誰もが優勝者に送られる「箱根3泊4日の旅行」に目が眩んでいるので辞退しようというものはいなかった。

(栞と二人っきりで姉妹水入らず……一緒にお風呂とか背中流しあったり……フフフ……)

(祐一と二人っきりで3泊4日……ここで二人っきりでずっといちゃいちゃ……あんなことしたりこんなことしたり……きゃっ)

(フフフ……美坂と二人で3泊4日……これを絶好の機会と言わずして何と言うか!! ここで男、北川 潤、必ず男を上げてみせる!!)

(お姉ちゃんには申し訳ありませんが……祐一さんと3泊4日二人っきりで箱根旅行……ここで既成事実さえ作ってしまえば名雪さんだって怖くありません……)

(真琴を連れて二人で箱根……温泉で背中の流しっこ……一緒のお布団で寝て……ずっと二人っきり……ウフフフフフフ)

(佐祐理にたまにはゆっくりして貰いたいから……絶対に勝つ!!)

(必ず勝ち取って……倉田さんを誘って箱根……倉田さんと箱根……箱根で二人っきり……)

(………何か物凄く邪気のようなものを感じるが……とりあえず秋子さんに恩返しする為にも頑張るか)

様々な参加者の思惑を秘めつつ、生徒会主催のガマン大会が始まろうとしていた。


生徒会主催!!温泉旅行争奪ガマン大会!!(中編)


「はい、とりあえずこれを着てくださいね」

そう言ってこのガマン大会実行委員が参加者に手渡したのは分厚いセーターにどてら。

見た瞬間参加者の顔が一様にげんなりとしたものになった。

「え〜、お好みによって更にオプションとしてこのマフラーをおつけ致しますが?」

「……どう言うオプションだよ」

思わず半眼になった祐一が呟く。

「え〜誰もオプションつけようと言う気のある人はいないようですね〜。それでは中にどうぞ〜」

実行委員が改めてドアを開ける。

そこから漏れ出す熱気。

思わず挫けそうになる参加者達だが、やはりそれぞれ思うところあるものばかりなので誰も止めようとはしなかった。

「よ、よし! 行くぞ、相沢」

わざわざ意を決して言う北川。

「お、おう……」

ご丁寧に付き合う祐一。

二人が先陣を切って中に入ったことにより他の参加者も中に入っていく。

中に入った一同が皆同じようなげんなりした表情を浮かべた。

中の温度は尋常なものではない。

未だにがんがんストーブはたかれているし、加湿器も好評稼働中である。

ストーブの上にはやかんが置かれてあり、そのやかんの中の水は沸騰しているようで湯気と言うか蒸気を吐き出し更に暑さを煽っている。

『はい、それでは出場者の皆様、設置してあるコタツに入ってください』

「何ぃっ!?」

思わず参加者の誰もがそう言って床においてあるコタツを見る。

分厚い布団に覆われたコタツ、見るからに暖かそう……ではなく暑そうだ。

これに入るのか……と皆げんなりした顔をする。

だが、そのコタツに無言で入った人間がいた。

誰あろう川澄 舞である。

彼女が入ったのを見てそれぞれコタツに入っていく参加者達。

『それではこれより生徒会主催、箱根3泊4日争奪第27回ガマン大会の開始です!』

実行委員がわざわざマイクを持ってそう宣言する。

それと言うのもこの生徒会主催にしては一風変わったこのガマン大会というイベントをわざわざ見物しに来ている生徒が結構いたりするからである。

『それではルールの確認を致します! 単純ではありますがこの壮絶に暑いこの部屋の中から出た参加者はその場で失格! 更に中で失神、または危険な状態になった参加者もこちらの判断で失格と致します! これは参加者の身体のことを考えた上での措置だと思ってください!!』

何故かやたらノリノリである。

これを中で聞いていた久瀬は思わず頭を抱えていた。

「誰かあいつを止めてくれ………」

『尚この大会の勝者には!! 我が生徒会が特別に用意した3泊4日の箱根温泉旅行が送られます!! その所為か参加者は皆異様に気合いが入っております!! これはいい勝負が展開されることでしょう!!』

「誰か奴を止めろぉっ!!」

叫ぶ久瀬。

だが既に想像を絶する暑さに誰もなにも言おうとはしなかった。

『特別ルールと致しまして!! 参加者の健康に配慮して、各自に熱いお茶のサービスが為されることになっています!!』

「余計なお世話だっ!!」

そう怒鳴ったのはやはり久瀬。

もはやそこに普段の冷静沈着な彼の姿はない。

「そう熱くなるなよ」

近くにいた祐一が声をかけるが久瀬は逆に彼を睨み付けてきた。

「うるさいっ!! お前に指図される覚えはないぞっ!!」

「………お前なぁ」

「相沢、相手にするな。相手にするだけ無駄だぞ、こいつは」

横からそう言ったのは北川。

じと目で久瀬を見てからため息をつく。

「生徒会長で学年男子一位だか何だか知らないけどよ、こんなやな奴だとは知らなかったぜ」

「ほほう……万年赤点の君にそう言うことを言われたくはないな」

物凄く嫌味ったらしい口調で言い返す久瀬。

そこはかとなく頬が引きつっているのはきっと気の所為ではないだろう。

「生憎だがな、この間のテストじゃ赤点一つもなかったんだよ」

「ギリギリだったけどな」

ぼそりと呟く祐一。

「ふむ……それはおめでとう。ちなみに私はまた全教科9割以上の得点だったがね」

コタツの上に肘をつき、ニヤリと笑って久瀬が言う。

「……何かすっげぇむかつくんだけど、こいつ」

「俺に言われてもなぁ」

北川はあえて久瀬を無視して祐一に話しかけていた。

「とりあえずな、まだ始まったばかりなんだから……」

二人の仲を取りなそうと祐一がするが北川は拒否するように首を振る。

「甘いな、相沢君。もう戦いは始まっているのだよ」

そう言って北川が祐一の目前で指を左右に振って見せた。

「は?」

訝しげな顔をする祐一に北川がニヤリと笑ってみせる。

「こうして相手をカッカさせることにより体温を上昇させ先にダウンさせる……わかるかな、この巧妙な心理戦が」

「心理戦はいいが今思いっきりあいつにも聞こえていたんだが?」

「………」

祐一の言葉に北川が久瀬の方を見ると久瀬は無言で眼鏡のずれを直しているところだった。

「………フッ」

ちらりと北川をみて馬鹿にしたように笑みを浮かべる久瀬。

「キーーッ!! こいつ、マジでむかつく〜〜!!」

顔を真っ赤にして言う北川。

これではどちらがその心理戦とやらを仕掛けられているかわからない。

やはり頭の良さでは久瀬が一枚も二枚も北川の上を行くようだ。

とりあえず関わり合いにならないようにしようと祐一は二人を無視することに決め込んだ。

さて別のコタツでは。

名雪が正面に座った栞と壮絶な睨み合いを展開していた。

お互い笑みを浮かべてはいるが目は笑っていない。

他の参加者はこの二人が怖くて近寄ろうともしない。

栞の実の姉にして名雪の親友である香里ですら別のコタツにいるのだから、この二人が如何に異様なオーラを漂わせているかがわかる。

「……名雪さ〜ん、名前の通りそろそろ溶けてきているんじゃありません〜?」

笑みを浮かべた栞がそう言う。

わかりやすい程の牽制。

「栞ちゃんこそ……身体大丈夫なの? そろそろ顔が真っ赤になってきてるよ」

汗をだらだら流しながら言い返す名雪。

「ご心配ありがとうございます。でも今日の為にわざわざ特訓してきましたから」

「特訓なんかしたんだ〜。へぇ〜。わざわざ大変だねぇ、日頃から身体弱いと」

「その点名雪さんは陸上部ですもんねぇ〜。いいなぁ、身体が頑丈な人って。あ、でも取り柄って言えばそれくらいですかぁ」

「栞ちゃんこそ、絵、描くの好きなんだってね。香里が言ってたよ。下手の横好きだって」

二人が笑顔で睨み合う。

端から見ていると微笑ましい光景に見えなくもないが、実際には物凄く不穏なオーラが漂っている。

はっきり言って物凄く怖い。

「あそこに行かなくて正解だわ……」

少し離れたコタツに入っている香里がちらりと妹と親友の方を見て呟いた。

開始より15分が経過。

流石にそれぞれ思うところがある参加者一同、まだ誰もギブアップしていない。

(祐一と二人っきりで箱根……祐一と二人っきりで箱根……)

(祐一さんと二人っきりで既成事実……祐一さんと二人っきりで既成事実……)

(栞と一緒に姉妹水入らず……栞と一緒に姉妹水入らず……)

(美坂と二人っきりの箱根……美坂と二人っきりの箱根……)

(真琴を連れて二人で箱根……真琴を連れて二人で箱根……)

(倉田さんと箱根……倉田さんと箱根……)

(………何だ、この異様な雰囲気は………?)

何か異様な執着心を見せている参加者に戸惑いを覚える祐一。

(ここまで執着する程のものなのか?)

周りが何故そこまでこの箱根旅行にこだわるのか全くわからない。

(まぁ……俺も同類っちゃあ同類だけどな)

暑さにうんざりとしながらも祐一はそう思って口元に笑みを浮かべる。

更に15分経過。

流石に皆朦朧とし始めているがまだ誰もギブアップしようとはしない。

一体何が皆をここまでガマンさせるのか。

意地か欲望か。

何故かそう言うことを考えている祐一。

「時に相沢よ」

そんな祐一にいきなり北川が声をかけてきた。

「少し疑問に思っていたんだが……お前、どうしてこのガマン大会に参加する気になったんだ?」

「は?」

「ふむ、それは私も聞いてみたいな」

北川の正面に位置している久瀬も同意するかのように頷いた。

「君はこう言ったイベントにはあまり興味なさそうに思えたのだが」

「ほれ、舞踏会の時も興味なさそうだっただろ、お前」

「あれはほら、あれだ、浮世離れしすぎてただろ。それに服も持ってなかったし」

「まぁ、確かにな。君たちみたいな庶民が舞踏会用の衣装など持っていようはずもないだろうな」

「本当にやな奴だな、お前」

北川がそう言って苦笑を浮かべる。

「それは君に私に対する妬みとして受け取っておこう」

フフンと笑いながら久瀬が北川を見返した。

「こ、こいつはぁ〜!!」

「熱くなるなよ、北川」

「そうだぞ、北川君。只でさえ暑いのだ、これ以上暑くしないで貰いたいな」

カーッとなった北川をなだめる祐一と余計に煽る久瀬。

「こ、こいつぅっ!!」

そう言って思わず立ち上がろうとした北川だが、立ち上がると同時に目を回してその場に倒れてしまう。

「北川っ!?」

「……ふむ、どうやら頭に血が上りすぎてしまったようだな。この暑さであそこまで頭に血を上らせると倒れても無理はない」

倒れた北川を見た久瀬が冷静に判断を下す。

「これで脱落者1名か……」

「………とりあえず運び出してやれよ………」

倒れた北川は目を回したまま実行委員によって運び出されていくのであった。

「うう〜、美坂と一緒に箱根〜………」などと呟きつつ。

開始30分にして脱落者1名。

北川が倒れて運び出されているのと同じ頃、別のコタツでは。

「はい、名雪さん。熱いお茶が入りましたよ」

「ありがとう、栞ちゃん。これはお礼だよ」

二人が互いに湯飲みに入った熱いお茶を出し合っていた。

「熱いお茶がおいしいね〜、栞ちゃん」

「そうですね〜、名雪さん」

汗をだくだくかきながら互いに出し合ったお茶をすする二人。

二人とも笑みを浮かべてはいるが、その笑みが徐々に引きつってきている。

どちらも限界が近そうだ。

『さて30分を過ぎましたがまだ脱落者は一人のみ!! ではここで参加者の皆様をふるいにかけたいと思います!!』

実行委員が再びマイクを持ってそんな事を言いだした。

物凄く嫌な予感を覚える参加者一同。

『夏と言えばやはりこれ!! 激辛ラーメン!!』

実行委員がそう言うと同時に他の実行委員が熱々と湯気の立っているラーメンを持って中に入ってくる。

そして参加者の前に一つ一つ湯気の立っているどんぶりを置いていった。

「ぐあ……」

毒々しいまでに真っ赤なスープの中に浸っている麺もどことなく赤く染まっている。

これを完食出来たらそれはそれで勇者だろう。

出来れば思いっ切りご遠慮願いたい代物である。

『ちなみに完食出来ないならその時点で失格と言うことにさせて頂きます』

「非道だ!!」

「そんな事言う人嫌いです!!」

久瀬と栞の声が被った。

『ちなみに文句は一切拒否という方向で行きますのでその辺ご了承願います』

物凄く容赦のない実行委員の言葉に思わず項垂れる久瀬と涙目の栞。

「こ、こ、こ、殺す気かぁっ!!!」

「殺す気ですか!!」

また二人が叫ぶが実行委員は聞こえない振りをする。

この二人を無視して周りにいた参加者達は無言で激辛ラーメンに箸をのばしていた。

「ふう……」

ため息をついてラーメンをすする祐一。

その横で久瀬も諦めたようにラーメンをすすっていた。

「………なぁ、久瀬さんよ」

「何だ?」

「あんたも辛いの、苦手か?」

祐一のその質問に久瀬は何も答えようとしなかったが、それは態度で明白だった。

箸を使って麺を引き上げては何度もふうふうして冷ましている。

辛いのが苦手なのではなく、どうやら熱いのが苦手、つまりは猫舌のようだ。

「……大変だな、あんたも」

しみじみと呟く祐一。

「う、うるさいっ!!」

ムッとしたように祐一に言い返す久瀬。

どうやら自分の弱いところを他人には見せたくないタイプのようだ。

「君も早く食べろっ!! 失格になるぞ!!」

「いや、俺のことは別にいいんだが……」

祐一のドンブリはもうほとんど空になりかけている。

それに対して久瀬のドンブリは今だ大量の麺とスープが残っていた。

この調子ではいつ食べ終わるかわかったものではない。

そして、もう一人いつ食べ終わるかわからないと言うか食べ終わることなど有り得なさそうな人物がいた。

美坂 栞である。

辛いものがダメな超甘党、タバスコなど「人類の敵」とまで言い切った彼女にとって目の前におかれている激辛ラーメンなど拷問以外の何ものでもないだろう。

目の前におかれた激辛ラーメンを前に彼女は硬直してしまっていた。

(こ、これを完食しないとダメなんですか……)

泣きたい気分でドンブリを見る栞。

湯気を見ているだけで、そのスープの赤さを見るだけで目眩がしてきそうだ。

そっと箸を近付け、麺をすくい上げるが、その麺まで赤く染まっているのを見て、栞は青ざめる。

ふと名雪の方を見やると汗だくになりながらラーメンをすすっている名雪と目があった。

そして名雪は辛いものがダメな栞を見て、ニヤリと笑う。

勝ち誇ったような笑み。

ここで決着がついたと言わんばかりの勝ち誇った笑みを浮かべる名雪を見、ムッとなった栞は後先考えずにラーメンを口に運び出した。

(名雪さんには……名雪さんだけには負けられませんっ!)

その決意と共に一気に激辛ラーメンを食べ終える栞。

思いもよらない栞の講堂に名雪は目を丸くしている。

「フフン、どうです?」と言うような笑みを浮かべて名雪を見返す栞だが、すぐにその目の前が歪みだし、そしてそのまま後ろへとバタンと倒れてしまった。

「し、栞ちゃん!?」

いきなり倒れた栞を見て名雪が慌てたような声をあげる。

「栞!?」

それは香里も同じ事。

倒れた栞の元に慌てて駆け寄ってくる。

「栞、大丈夫?」

「え、えう〜……祐一さんと……箱根で〜……」

目を回し、譫言のように呟く栞を見た香里は抱きかかえようとしていた栞を思わず落としていた。

床に頭をぶつけ、今度こそ完全に気を失う栞。

「か、香里……?」

「………私に妹はいないわ」

そう言って戻っていく香里。

「……実の姉より男を選ぶ妹なんかね……」

その背中には何故か真っ赤に燃える炎が見え隠れしているように名雪には思えたのであった。

さて、栞の脱落を期に次々と脱落者が続出。

残っているのは激辛ラーメンを余裕で食べ終わった祐一、舞、香里、美汐、何とか激辛ラーメンをクリアした久瀬、名雪の6人。

しかし名雪も久瀬もかなり疲弊していた。

この二人、いつダウンしてもおかしくはないだろう。

後編に続く

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