(残るライバルは5人……さて、誰が一番厄介な相手か……)

汗だくになったままの久瀬がそんな事を思いながら周囲を見回した。

まずはやはり汗だくになりながらもあの激辛ラーメンをあっさりと食べきった相沢祐一。

続いては妹が自分よりも男を選んだことにより容赦無く見捨てた美坂香里。

全く無表情で何を考えているかわからないし、あまり近寄りたくない川澄 舞。

汗だくだが川澄 舞と同じく、無表情な天野美汐。

目を閉じ、起きているのか寝ているのか判別不能な水瀬名雪。

誰も手強そうと言えば手強そうだし、そうでないと言えばそうでないのかも知れない。

(とりあえずは自分が残ることだけを考えるべきだな……)

そう判断し、目を閉じる久瀬。

そしてそのまま彼はいつの間にか気を失ってしまっていた。

こうしてそもそもの発端となった男、久瀬、脱落。

尚、後々の話だが保健室で目を覚ました彼は一言こう漏らしたと言う。

「何故だぁぁぁぁぁぁぁっ!! 何故この私がぁぁぁぁぁっ!!」

訂正しておこう。

そう叫んだらしい。


生徒会主催!!温泉旅行争奪ガマン大会!!(後編)


さて、あっさりとダウンしてしまった久瀬を除き残ったのは5人。

『凄いことになっています!! 参加者中男子で残ったのはたった一人!! 言ってみればまさにハーレム状態!! 何とも羨ましい限りです!』

実行委員が見事なノリのマイクパフォーマンスを繰り広げているが当のハーレム状態にいる祐一ははっきり言ってそれどころではなかった。

激辛ラーメンに続いて出されたのはホットミルク。

寒い時に冷えた身体を温めるのに最適なホットミルクだが、こう言う時にはまさに最悪の飲み物であると祐一は思っていた。

他の者もそれは同様だったらしく皆げんなりとした顔をしながらホットミルクを飲み干している。

「う〜……暑いよ〜」

呆けたように呟く名雪。

一見寝ているようにも見える糸目状態だがしっかりと意識はあるらしい。

(負けないわ……絶対に……負けない……相沢君にだけには!)

メラメラと闘志を燃やしている香里。

気合いでホットミルクを飲み干している。

(それにしても……)

うんざりとした顔で祐一は周囲を見回した。

(何で頑張るんだ、こいつらは……?)

一体何度この疑問が頭の中をよぎったことか。

それぞれ何か思うところがあるのだろうが……気の所為かそれぞれがどう言った意図を持っているのか読めるような気がしてきていた。

(名雪は多分俺、栞もそうだったみたいだし……舞は多分佐祐理さん絡みだろうな。北川は香里と一緒に行くとかほざいていたから多分そうだろうし、香里はあの様子だと栞と行くつもりだったに違いない。天野は……多分真琴だな。あいつの真琴に対する執着心ははっきり言って異常だ)

一人一人を見て祐一は一人頷いている。

『さぁそれではここで更にふるいにかけましょう!! 次はこれだぁっ!!』

実行委員がそう言って中に持ち込んできたのは何と鍋焼きうどん。

「ぐあ……」

出された鍋焼きうどんを見てもはや言葉もない参加者一同。

『ルールは今までと変わりません!! さぁ存分にどうぞ!!』

「本気で殺す気か……」

恨みがましい目で実行委員を見やる祐一。

「仕方ないわね……とりあえず食べましょう」

そう言ったのはいつの間にか正面に来ていた香里だった。

「う〜………」

嫌そうに唸ったのはこれまたいつの間にか祐一の隣に来ていた名雪。

(意地でも……相沢君にだけは……!!)

メラメラと暑いのに余計暑くなりそうなくらい闘志を燃やす香里。

知らず知らずのうちに祐一を睨み付けている。

(……? 俺、何かしたか?)

自分を睨み付ける香里を気にしつつ鍋焼きうどんを口に入れる祐一。

一口口に入れただけで汗がまた噴き出した。

おそらく今までの人生の中で一番汗をかいていることだろう。

半ば朦朧とする意識を必死に奮い立たせ、うどんを口に運ぶ。

鍋焼きうどんを全て食べ終わった時、そこにいた誰もがほぼ限界を迎えていた。

とりあえず誰もギブアップせずに食べきっただけでも凄いだろう。

「こ、これ以上はもう無理だ……」

祐一がそう言ってコタツの上に突っ伏した。

ここでギブアップしてしまえば楽になれる。

そう言う誘惑が自分の心の中に沸き上がるが、ふと顔を上げて正面を見ると汗だくの上に顔を真っ赤にした香里が勝ち誇ったような笑みを浮かべているのが見えた。

(ま、負けられん……!)

何故かそう言う気分になる祐一。

ここまで来るともはや意地しかない。

既にその意地も限界寸前だが。

そう思って香里に笑みを返す祐一の横で、いきなり名雪が豪快にコタツの上に突っ伏した。

「名雪……?」

香里がそう言って名雪の顔を覗き込むと、遂にと言うかようやくと言うか名雪も目を回して気絶してしまっていた。

「うにゅ〜〜」

変な声をあげながら運び出されていく名雪。

これで残り4人。

(名雪……あなたの仇は私が取ってあげるわ……!)

何故かそう言う決意に改めて燃えている香里。

『さて、この地獄のガマン大会もいよいよ大詰めを迎えました!! 残る参加者は4人!! いずれ劣らぬ根性の持ち主と言えましょう!!』

司会をやっている実行委員のノリも最高潮に達していた。

『ここで最後の食品を投入したいと思います!』

まだあるのか!!と言う顔で司会者の方を見る参加者達。

『これこそ最終兵器!! これを食べて果たして何人残ることが出来るのか!?』

司会者の言葉に盛り上がる観客。

そして運び込まれてきたのは……何とチゲ鍋。

しかもぐつぐつ煮えている。

うんざりを通り越してもはや何も言えなくなっている参加者一同。

自分の前に置かれた一人用の鍋を見、仕方なさそうに箸を取る祐一。

と、いきなり一人誰かが立ち上がった。

「すいません、ギブアップします」

顔を上げてみると美汐がそう言って外へ出ていくのが見えた。

どうやらこの残った面子を見て諦めたらしい。

いや、それ以上に限界だったのか、それともチゲ鍋がそれほど嫌だったのか。

(これで残り3人……)

祐一がそう思いながら残る二人を見ると香里も舞も物凄い勢いでチゲ鍋を食べ始めていた。

何と言うかもはやヤケになったとしか思えない食いっぷりである。

これは負けていられないとばかりに祐一も猛然とチゲ鍋に箸を突っ込んだ。



そしてそれから30分後。

物凄い暑さとチゲ鍋やら激辛ラーメンやらをひたすら食わされた祐一、香里、舞の3人は揃って気を失って実行委員に運び出されていた。

「困りましたね〜。3人同時だと優勝者、いなくなっちゃいますよ?」

実行委員の一人がそう言って実行委員長を仰ぎ見る。

「………そうねぇ………」

あまり困った様子のなさそうな実行委員長が、それでも一応困っているように眉を寄せた。

「まさか再試合する訳にも行かないしねぇ」

「多分誰も参加しないと思います」

別の実行委員が苦笑してそう言った。

「心配しなくても二度と企画されないと思うわ、これは」

そう言ったのは冒頭で久瀬をやりこめていた女生徒だった。

彼女は自らこの「ガマン大会」という企画を出しておきながら実行委員には参加していない。

「とりあえず……一つ提案があるんだけど」




数日後。

箱根のとある温泉に香里と舞の姿があった。

結局祐一の方が先にダウンしたと判断され、香里と舞のW優勝と言うことになったのだが箱根への旅行券は二人分しかない。

と言うことで二人にその権利が与えられたのだ。

そう、一人分ずつ。

「………楽しいですか、川澄先輩?」

思い切り白けた様子で香里が尋ねる。

舞は畳の上に寝そべりながらこくりと頷いた。

彼女は彼女なりに楽しいらしい。

「はぁ……そうですか……」

完全にあての外れた香里ははっきり言って暇を持て余していた。

「こんな事なら……まぁ、でもいいか」

そう言って香里が立ち上がる。

「先輩、お風呂行きませんか?」

舞に声をかけると舞は香里の方を見て頷いた。

とりあえず、この状況を楽しむしかない、そう思いながら香里は舞と共に部屋から出ていくのであった。



「で、何でお前らがここにいるんだ?」

「うるさいっ!! だいたいあれはこの私が倉田さんを誘おうと思って取ったんだぞっ!! それなのに……何で川澄 舞などに……」

「そうだそうだ!! 美坂〜……どうして俺を一緒に誘ってくれなかったんだ〜」

「誘うわけないだろ、香里が……」

何故か水瀬家の祐一の部屋の中で祐一は久瀬と北川に絡まれているのであった。

「うおおおお〜、倉田さ〜〜〜〜んっ」

「美坂ぁぁぁぁぁっ!!」

「頭いてぇ………」

思わず頭を抱える祐一。

その側で二人が泣き叫ぶ。

「倉田さぁぁぁぁぁぁんっ!!」

「美坂ぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

「うるせぇっ!! とっとでていきやがれ、この野郎ッ!!」


The END

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