「ふむ……」

そう言いながら彼はかけていた眼鏡を指で押し上げた。

「確かにそれは由々しき問題ではあるな」

「だから初めからそう言ってます」

答えたのは髪の長い少女。

「しかしながらそれほど重大な問題でもあるまい」

「……重大です。こんな事がばれたら大騒ぎになるどころの話じゃありませんよ、会長」

少女が少しため息をつくように嘆息する。

”会長”と呼ばれた彼は腕を組むと何事かを考え始めた。

それが単なる仕種であることは少女にはわかっている。

付き合いがそれほど長い訳ではないが決して短い訳でもない。

少なくてもここ数ヶ月はかなりの時間を彼と共に行動している。

彼がどう言う人物であるかはそれなりに把握出来てしまっていた。

「だいたい何でこう言うことをしたんですか?」

そう、そもそもそれが一番の疑問なのだ。

この学校の生徒会は確かに妙なくらい権力を持っている。

ヘタをすれば職員を越える程の権限をも有している。

が、それは極めて薄氷のもの。

あまりにも強い力を持ちすぎている生徒会からその権限を奪おうと虎視眈々と狙っている教職員も少なくはない。

この件が漏れればそう言う連中の思うつぼだ。

「ふむ……私としてはだな、生徒会の役員の交流を深めようと思ってだな……」

「あからさまなまでに嘘ですね」

会長がそう言うのをばっさりと斬り捨てる少女。

「会長が我々のことをそこまで考えてくれているとはとてもじゃありませんが思えません」

「……なかなか酷いことを言うな、君も」

「………ええ、昨日会長が倉田先輩を誘うのに失敗して酷く落胆して近くにあったゴミ箱を蹴り飛ばそうとしたらきっちり固定されていて蹴った足の方が痛くて飛び上がっていたのを見ましたから」

「…………見ていたのか?」

「それはもうはっきりと」

思わず硬直してしまう会長にしれっと言う少女。

「会長がどこで何をやろうと勝手ですが生徒会の予算を使ってやるのは止めてください。それと高校生で温泉旅行に二人っきりというのははっきり言って断られて当然だと思います」

「ふ、ふむ………」

ずり下がった眼鏡を指で整える会長。

その様子から動揺しているのは間違いない。

「で、どうするんですか、この始末は?」

「ふ、ふむ………」

「………考えてないようですね?」

「い、いや、そう言うことはない……と思う……様な気がする……といいな……」

「わかりました。考えてないなら考えてないでいいですから」

段々と弱気になっていく会長に少女はそう言いきるとつかつかとホワイトボードの方へと歩き出した。

そしてペンを手にすると何かを書き出す。

「……生徒会主催温泉旅行争奪××大会……?」

ホワイトボード上に書かれた文字を読み、首を傾げる会長。

「ど、どう言うことかね?」

「何でも構いません。会長が生徒会の予算で勝手に取ったその温泉旅行を賞品に生徒会としてのイベントを行います。生徒会のイベントなら学校側も文句は言わないでしょうし、賞品を付けていたところでいつものように無理矢理黙らせればいいんです」

「い、いや、その温泉旅行は私が倉田さんとの……」

「丁重に断られた以上、諦めてください。女々しいこと言っていると余計に嫌われますよ」

容赦無く言い放つ少女に会長は小さくなるだけだった。

「とにかく!!」

バンッとホワイトボードを叩く少女。

「今日明日中にでもこのイベントの詳細を決めて公表! 会長は学校側に許可を取ってください!!」

「は、はい……」

少女の迫力に会長はそう答えることしか出来なかった。

そして数日後。

構内の掲示板にある告知が出されていた。

「何だ?」

登校してきたばかりの相沢祐一が掲示板の前にある人だかりを見て言うと、同じく登校してきたばかりの水瀬名雪も同じように首を傾げた。

「何だろうね?」

「それを聞いているのは俺なんだが」

「だから何だろうねって」

「いや、その何だろうねと言う答えじゃなくてだな」

「いいから自分で見に行けば?」

そう言ったのはこの二人と一緒に昇降口まで来ていた美坂香里。

少し呆れた顔で二人のやりとりを見ている。

「よし、いけ、名雪」

「え〜やだよ〜。祐一が行ってよ〜」

「わざわざこの暑い中人だかりに飛び込み更に汗をかく気は俺にはない。そう言う訳でお前に任せたぞ、名雪」

「わたしもやだよ〜」

「はぁ……あんた達ね……」

思わずため息をついてしまう香里。

と、そんなやりとりを続けている3人を見つけたらしい一人の少年が人だかりの中から彼らの方にやってきた。

「おいっす、美坂に水瀬、おまけの相沢」

「お早う、北川君」

「お早う」

「誰がおまけだ、誰が」

3者3様の返事を返す3人。

「ところで北川、一体何の騒ぎだ、あれは?」

祐一がすかさず尋ねると北川 潤はニヤリと笑って見せた。

「いいか、驚くなよ。生徒会からのイベント告知だ!」

「………あ、そう」

北川の返答を聞いた祐一はそれで興味を無くしたようにくるりと彼に背を向けた。

「お、おい、どこ行くんだよ」

「教室」

「イベントに興味ないのかよ、お前!?」

「生徒会だろ? どうせろくなもんじゃないだろ。労多くして実り少なし、じゃやる気も出ない」

「そうそう。そう言うイベントに出ている暇があったら勉強でもしている方が遙かにマシね」

祐一に続けて香里がそう言う。

「そう思うだろ。だけど今回は違うんだな〜。賞品が出るんだってよ」

何故か自慢げに言う北川。

そして賞品という言葉に足を止めてしまう祐一。

「何と箱根にペアで3泊4日! どうだ、凄いと思わないか!?」

「箱根にペアで3泊4日だと!?」

さっと振り返る祐一。

何故か香里も、そして名雪もその言葉を聞き北川の方を振り返っていた。

(箱根にペアで3泊4日……栞を連れていってあげてゆっくりさせてあげるのも悪くはないわね……)

(箱根にペアで3泊4日……祐一と二人っきりで……同じ部屋で……一緒にお風呂とか入って……きゃっ!!)

(箱根に3泊4日……一人きりでのんびり羽を伸ばせる……いや秋子さんに日頃のお礼を兼ねて……)

などと3人が考えているその前では北川も同じように妄想に浸っていた。

(箱根にペアで3泊4日……美坂と二人っきりで……今のこの友達以上恋人未満という関係から一気に恋人へ……フフフ……)

と、そこに予鈴が聞こえてき、4人はハッと我に返った。

互いに顔を見合わせ、「あははは」とバツの悪そうな笑い声をあげた後急いで教室へと向かって走り出す。

こうして……様々な思惑を秘めてそのイベントが始まる。


生徒会主催!温泉旅行争奪ガマン大会!!(前編)


生徒会長、久瀬は講堂の中に建てられた特別ルームを見て半ば呆然としていた。

「………」

プレハブではあるが、その気密性はかなり高いらしい。

中ではストーブやら加湿器やら何やらの暖房器具がひしめき中の温度を壮絶に上げている。

おそらくサウナ以上のものがあるだろう。

せめて死人が出ないことを祈るばかりだ。

「会長、参加者の一覧です。一応目を通しておいてください」

そう言って久瀬の側までやって来た髪の長い少女が一枚のプリントを彼に手渡した。

「ふむ……」

受け取ったプリントに目を通すと幾つか見たことのある名前が並んでいる。

成績学年トップの美坂香里、陸上部部長で遅刻居眠り女王の水瀬名雪、イベント大好き男で有名な北川 潤、そして……もっとも関わり合いになりたくない男、相沢祐一。

祐一の名前を見つけた彼が顔をしかめるが、とりあえず今回はただの参加者、自分には関係ないと思い更に目を進めていくと、何処かで見たような名前があることに気がついた。

思わず眼鏡を外し、目を擦って方もう一度見直してみるがどうやら見間違いではないようだ。

「……あ〜、広瀬君」

先程彼にこのプリントを手渡してきた少女に声をかけ、立ち去ろうとしていたところを呼び止める。

「何でしょうか、会長」

慇懃丁寧に答える彼女。

「この参加者の一番最後にある名前だが……」

「ええ、間違いありません。折角自分でお取りになったのだから参加して是非とも自力でもぎ取り改めて倉田先輩をお誘いになって下さい、会長」

そう言って広瀬という女生徒は去っていく。

彼女はこのガマン大会の実行委員長なのだ。

「………マジですか?」

思わずそう呟く久瀬。

参加者一覧の一番最後にあったのは彼の名前だった。

大きく、必要以上にしっかりと頷く彼女。

「マジです」

彼女の言葉に思わず顔面蒼白になってしまう久瀬だった。

そして続く言葉に更に顔面蒼白になる。

「それと、この事を聞いたあるOBが是非とも参加させてくれと言ってきたので特別参加と言うことで承認しておきました。会長もよく知っている川澄先輩です」

「なっ!?」

川澄、と言う名前には嫌な、それはもう思い出したくもない程の嫌な思い出しかない。

それも自分のよく知っている川澄となると……一般生徒の前で思い切り恥をかかされた思い出もある。

「あ、あの……川澄……?」

恐る恐る尋ねると彼女はまた必要以上に大きくしっかりと頷いた。

それを見た久瀬はさっと髪をかき上げると爽やかな笑みを浮かべてみせた。

そしてその場で踵を返して講堂から去っていこうとする。

「どこ行くんですか、会長?」

「あ……いや、急に急用を思い出してね」

「そうですか、それではすぐに確認させて頂いてよろしいですか?」

そう言って彼女はおもむろに携帯電話を取りだした。

彼女は久瀬の家の電話番号を知っているし、それに彼の家の内情にも詳しい。

電話されたら急用など無いと言うことはすぐにばれるだろう。

久瀬は観念するしかなかった。



「なぁ、北川」

ガマン大会会場である講堂までやって来た祐一が吊り下げられている横断幕を見て側にいた北川に声をかけた。

「何だ、相沢」

「ここの学校はいつもこんな事をやっているのか?」

「別にそう言う訳でもないと思うが……」

二人とも横断幕に書かれた文字を見て微妙な表情を浮かべている。

横断幕にはこう書かれていた。

『生徒会主催・目指せ箱根3泊4日!! 第27回ガマン大会』

「……第27回?」

思わず首を傾げる北川と祐一。

「この学校は過去27回もこんな馬鹿なことをやっているのか?」

「そんなわけなかろう!!」

祐一の問いに答えたのはやや陰鬱な顔に無理矢理虚勢を貼り付けたような感じの久瀬であった。

「正真正銘今回が初めてだ!!」

「じゃ何で”第27回”なんだよ?」

「いや……それは……その……」

「………」

「実はこの横断幕を書かせたのは我が生徒会の書記なんだが……悪ノリしたみたいで……」

「あー……苦労してるのね、あんたも」

久瀬がガックリと肩を落としたのをみて思わずしみじみと北川が言った。

「き、貴様に同情されたくないわっ!!」

「おおう、折角同情してやったというのにっ!!」

「誰も頼んでないわっ!!」

「この野郎……!!」

祐一はいきなりいがみ合いだした二人を尻目に参加者受付に向かうのだった。

「あ、祐一さーん」

参加者受付まで来た祐一に声をかけながら飛びついてきたのは香里の妹、美坂 栞だった。

「よぉ、栞」

苦笑を浮かべて自分に抱きついてきた栞を見る祐一。

「祐一さんも参加するんですか、ガマン大会?」

「ああ……も、ってことはお前も参加する気か、栞?」

「はい」

嬉しそうな笑みを浮かべて栞が頷く。

「……大丈夫なのか?」

「もちろんですっ!! 見事優勝して箱根3泊4日ゲットです!!」

目を爛々と輝かせて栞が言うので祐一は苦笑を浮かべるだけで何も言えなかった。

(フフフ……お姉ちゃんと一緒と思っていましたが予定変更です。祐一さんと二人っきりで箱根に3泊4日……ここで既成事実さえ作ってしまえば名雪さんとて……)

まさかそんな事を栞が考えているとも知らず、祐一は受付の手続きを済ませてしまう。

「さてと……」

開始時間までまだ余裕がある。

その辺をぶらぶらして時間を潰そうと歩き出すと見覚えのある後ろ姿が見えた。

「舞、舞じゃないか」

そう声をかけるとその後ろ姿が立ち止まって振り返った。

やはり川澄 舞である。

「何やっているんだ? もう卒業してから大分経つだろ?」

「ン……」

相変わらずの無口で無愛想な舞がすっと講堂の中にかけられている横断幕を指さした。

「……参加する気か?」

「出たいと言ったら了承された」

一体誰が了承したのだろうと気になったが舞は「受付があるから」と言って講堂の方へと歩いていってしまった。

何にせよ舞が参加するとは……これは思わぬ強敵の出現のような気がする祐一であった。

そんな事を考えながら舞の後ろ姿を見送っているとすっと後ろに気配もなく天野美汐が現れた。

「あれは卒業生の川澄先輩……あの人も参加となるとかなり厳しくなりそうですね」

「うおわっ!! あ、天野、どこから湧いて出た!?」

「人を虫みたいに言わないでください。思い切り失礼ですよ、相沢さん。それと質問にお答えするならば相沢さんがぼけっと川澄先輩の背中を見送っていた頃からですが」

落ち着き払った口調で言う美汐。

「……で、どこに行くんだ? この先には講堂しかないぞ」

話題を変えるように祐一が尋ねると美汐は珍しく笑みを浮かべた。

「あー、もしかしてガマン大会参加とか?」

美汐の笑みに何か嫌な予感を覚えながらもそう尋ねるとこくりと美汐は頷いた。

(箱根に3泊4日……真琴を誘って二人きり……色んなことを教えてあげられます……ウフフフフ………)

不気味な笑みを浮かべる美汐に祐一は何故か背筋が寒くなる思いをしていた。

「あー、まぁ、それじゃ頑張ってな」

逃げるようにその場から去っていく祐一。

そうこうしているうちに時間がそれなりに経っていたようだ。

そろそろガマン大会の開始時間である。

「さて、それじゃ行きますか」

そう呟いて祐一は講堂へと戻っていく。

様々な欲望やら思惑を秘めたガマン大会が始まろうとしていた……。


中編へ続く

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