寒い……。
 何が悲しくてこんな冬のクソ寒い日に屋上なんかにいなくてはならないのか、目の前にいる、何か変にもじもじしているこの男に小一時間ぐらい問い質したい。勿論、問い質す際は何処か暖かい場所で、温かいココアなどを、勿論ケーキもセットでつけてから、だけど。
 我が家にいるであろう妹程ではないけども、私も寒いのは苦手だ。まぁ、冬場になると重ね着しまくってダルマのようになっている妹が異常な程寒いのが苦手なだけのような気がしないでもない。
 そう言えば昔、そんな寒いのが苦手な妹を雪の日に連れだして「一人我慢大会だー!」とか言って着膨れた服をはぎ取った上で庭に放置してお母さんとお父さんに思い切り怒られた事あったなぁ。あれは一応、妹の寒いのが苦手って言うのを何とか克服させようと言う姉としての厳しくも優しい思いからの行動のつもりだったのだけど、それが誰にも伝わらなかったのは残念だ。もっとも半分くらいは、人間薄着で雪の中にいたら何分ぐらいで風邪引くのかって言う実験の意味合いの方が強かったのだけど。そう言えば、あれ以来余計に妹が寒いのが苦手になったような気が。あの時は風邪引いた上に肺炎まで起こして結構やばい事になったからなぁ。そのトラウマだね、きっと。うん、決して私の所為じゃない。
「あ、あの……」
 寒いと言えば、何とか上手くこの寒さを何とかする方法というものを考えて、やっぱり妹で実験した事がある。あれは……妹に内緒でダウンジャケットの下に大量のカイロをひっつけたんだったっけ。これなら多少の寒さにも負けないで元気で頑張れるだろうし、妹も私の事を見直してくれると思ったんだけど。結局使ったカイロが中に炭を入れるタイプのもので、それがダウンジャケットの化学繊維に燃え移っちゃったことで失敗に終わったんだったか。あの時は本当にやばかった。燃え上がるダウンジャケットを消火する為にバケツで思い切り水をぶっかけて、その所為でか妹はまた肺炎起こして今度は入院する羽目になったからなぁ。いやいや、でもまさかカイロの蓋が開くなんて事想像してなかったし。一体どれだけ動き回ったんだ、あいつは。気の所為か、一つくらい炭を入れた時に蓋を閉め忘れたような気がしないでもないんだけど、気の所為に違いない。そう言えばその所為でか、妹は私に自分の服を絶対に触らせないようになったっけ。洗濯する時も絶対に触らせてくれない。これじゃ姉の威厳とかそう言ったものが全滅するじゃないか。既に全滅している気もしないでもないけど。
「あの……」
 まぁ、家の中じゃ私、何もやらないからなぁ。正確に言えばさせて貰えないんだけど。お母さんもお父さんも、そして妹や弟に至っても私に家事をやらさせるとろくな事にならないと言って何もやらせて貰えない。確かに私はより効率的な方法を模索して色々と実験めいた事を家事に組み込むけど、それが成功した試しがない。でも、失敗は成功の母って言うじゃない。何でそれをみんなわかってくれないんだろう?
「あ、あの!」
「聞こえてるからそんなに大きい声出さないで」
 目の前にいる男が痺れを切らしたように大きな声を出したのを、私はやんわりと嗜めた。いや、君と私の距離はそんなに離れてない。そんなに大声を出さなくても充分聞こえてるから。
「で、でもさっきから何かぼんやりしているようでしたから」
「あー……そうだったかな? それだったらごめん」
「あ、いえ、そう言う訳じゃ……その、そっちの方が……あなたらしいって」
 またこの男、もじもじし始めた。いやいや、何と言うか面倒臭いなぁ。寒いんだから用があるならさっさと終わらせて欲しいんだけど。
 それとぼんやりしている方が私らしいってどう言う事だ。私は普段から頭の中で色々と新しい事を考えているんだぞ。周りから見えればそれがぼんやりしている風に見えるのかも知れないけど。
「それで、何だったかな? 確か話があるって事だったけど」
 とりあえず笑顔を浮かべてみる。ついでに小首を傾げて、上目遣い。これをやれば男なんかイチコロだって我が友人の一人が言っていたので、試してみる。いや、なかなかこう言うのを試す機会ってないからね。折角だからやってみようと思った訳であって、別段この男にどうこうと言う気持ちはない。
 しかしながら、これ、結構効果あったみたい。男が顔を真っ赤にしている。まぁ、私はこう見えても結構美少女だって言う自信があるから、当然かな。
「あ、あの……そ、その……えっと……ですね! ぼ、僕は、あ、あなたの事が……」
 何かしどろもどろに口を開く男。いや、寒いから早く終わらせて欲しいんだけどな。早く家に帰ってコタツでぬくぬくしたいのに。この調子だといつ終わるのやら。
 そんな事を考えていると、ポケットの中に突っ込んでいた携帯電話の着信メロディが鳴り響いた。
「ちょっとごめんね」
 そうお断りを入れてから携帯電話を取り出して、通話ボタンを押してみる。
「もしもし?」
『あ、夏芽里ちゃん?』
 聞こえてきたのは何と言うか、間の抜けた感じのするのんびりした声。あー、何か嫌な予感がするなぁ。ご多分に漏れず、こう言った嫌な予感は外れた試しがない。
「もしかして、あれ?」
『そうなの〜。悪いんだけど、行ってくれる〜?』
「やだ。お母さんが行けばいいじゃない」
『そんな事言わないで〜。前にも言ったでしょ〜。これからは夏芽里ちゃんの時代だって』
「お母さんでも対処出来るでしょ。大体寒いし、面倒臭いし。何と言っても私、そっち向きじゃないじゃない」
『お母さん、これから晩ご飯の準備しなくちゃいけないの〜』
「そんな理由かいっ!!」
 思わず携帯電話に向かって怒鳴ってしまう。まさかそんな理由で私にあれの対処を任せようと言うとは思ってもみなかった。
『なら夏芽里ちゃんがやる? 面倒でしょ? それにお母さんが行ったら晩ご飯の時間、遅くなっちゃうわよ?』
「く……痛いところをつく……」
 そう、晩ご飯の準備なんかはっきり言って面倒臭いからやりたくない。何て言っても我が家には食べ盛りが三人(私含めて)いるからなぁ。しかし、それなら妹にやらせればいいような気もするんだけど。
『ダメよぉ〜。あの子にはまだ早いから〜。それにあんなもこもこ状態で台所うろちょろされたら危ないじゃない〜』
「いや、あいつの方がお母さんよりも美味しいご飯作るよ?」
『どっちかと言うとそっちの方がお母さんのお母さんとしてのプライドが傷つくから嫌〜』
 何て言うか、面倒臭い……。我が母上はあまり家事とか得意じゃないくせに、変にプライドを持っているから困る。もっとも一応家事がそれほど上手くないと言う事を自覚しているだけマシなのかも知れないけど。
 ちなみに妹に家事をやらせるとそこそこ普通にやりやがる。おそらくは家事の下手な母や妙な実験的思考を持ち込む私を警戒して、自分でお手伝いなどをやるようになったからだろう。まぁ、それでも基本的に面倒くさがりなうちの家系の一員なので、余程の危機感を持った場合じゃないとやらないし(例えば私がやろうとしている時とか)、それ以前に母がなかなか手伝わせようとしない。だからその料理の腕前を振る舞う機会はあまりない。お母さんがいない時ぐらいだ。
『とにかく早く行って〜。でないと夏芽里ちゃんだけ今日のおやつ抜きにするから〜』
 そ、それは困る。この頭脳をフル活動させ続ける為には燃料の補給は欠かせない。糖分は脳を活動させるのに非常にいい栄養分だ。それを補給出来ないとなるとちょっと困る。今はお小遣いもあまり残ってない事だし、ここは大人しく従っておくべきか。
「わかった。行けばいいんでしょ。場所はメールしておいて」
『お願いね〜』
 相変わらず何処か抜けた感じのする、のんびりとしたお母さんの声を聞きながら私は通話終了のボタンを押し、それから満面の笑みを浮かべて私が電話を終えるのを待っていた男の方を振り返った。
「ごめんね、ちょっと急用が出来ちゃった」
「え?」
「それと……悪いけど、ちょっと……うん、ごめんね」
 さて、どうやってここから移動しようかと考えて、結局面倒臭くなった私は男にそう言うと、さっと上着の中から小さな棒を取り出した。その形はマドラー。コーヒーとか紅茶にミルクなんかを入れた時にかき混ぜるあれだ。ちなみにこのマドラーはただのマドラーじゃない。
「”眠れ”後ついでに”今日の事を忘れろ”」
 そう言うと同時に男に向けてマドラーを突きつける。すると、男がすぐさまその場に崩れ落ちた。うん、上手く効いてくれたみたいだね。
「毎度の事ながら上手く行くもんですね〜」
 そう言いながらコートの合わせ目からひょっこり顔を出したのは小さな人形のような少女。
「いつも思うんですけど、もうちょっと呪文に凝りません?」
「面倒臭いよ、それ。効果がわかりやすくていいじゃない」
「でもそれって魔法少女としてはどうかと」
「私はお母さんとは違うの。まぁ、あれもどうかって気がしないでもないけど。それにちゃんと変身した後は言ってあげてるでしょ」
「あれもどうかと思います……」
「とにかく、寒いからさっさと片付けて帰るわよ!」
「了解です!」
 私がそう言うと、コートの合わせ目から小さな人形のような少女――いわゆる妖精って奴だ――が飛び出してきた。
「それじゃ今日は格好良く行きますか」
「普通にやればいいのに……」
「いいから、いくわよ!」
 折角屋上にいるのだ、一度試してみたかった事をやってみるチャンス。失敗したら大怪我間違い無しだけど、それでもやってみたいという欲求の方が強い。
「行くよー!」
 そう言って私は転落防止用のフェンスに向かって走り出した。その横を私のパートナーたる妖精がついてくる。
「ていっ!」
 勢いをつけてジャンプ、転落防止用のフェンスを飛び越える。勿論、その後は重力に従って地面に落下していく訳だけど、何と言うか、この浮遊感とか落下感が妙に気持ちいい。
「早くしないと地面に激突ですよ」
「わかってる。行くよ、魔法変身っ! マジカルチェンジ!」
 いつも思うんだけど、”魔法変身”というキーワードと”マジカルチェンジ”というキーワード、どっちも同じ意味だよね。何でこれを両方とも言わないと変身出来ないのか、激しく疑問だったり。この質問を我がパートナーたる妖精――より厳密に言えば妖精ではなく精霊なんだそうだが。私個人的にはどっちでもいい事だ――にしたことがあるが、普通にわからないと言う感じで首を傾げられてしまった。
 ちなみにこの子の名前は”アグニ”。一応火の精霊とか言う事なのでそう名付けた。もっとも別の意味も多大に含まれていたりもするんだけど。
 そのアグニが落下し続ける私の周囲をぐるりと一周し、私の足下に魔法陣が浮かび上がる。その魔法陣が光を放ち、直後、その光に包まれた私の着ている服が弾け飛ぶ。
 何で毎回こういう風に一回全裸にされなきゃならないんだと思わないでもないが、これも仕様らしいので仕方ない。まぁ、魔法陣から放たれた光が物凄いのと、すぐに魔法陣から噴き上がった炎が私の全身を包み込むし、おまけにある程度の魔力を持った人間じゃないとこんな変身シーンの真っ最中なんて覗けないって言うからあんまり気にしてないけど。もっとも、もしこのとても恥ずかしい変身シーンを覗き見た奴がいるとわかれば問答無用で私の実験材料にする事は固く決意しているけど。
 さて、魔法陣から噴き上がった炎が私の両手足にまとわりつき、それぞれ赤いオーバーニーソックス、上腕部の半ばまであるロンググローブになる。ほぼ同時に身体を赤いレオタードのようなものが包み込む。何げにハイレグなのは一体どう言う仕様だ。少なくても私の趣味じゃないぞ。
 話を戻そう。レオタードの左胸の辺りに胸当て、腰の辺りに太いベルトが現れ、そこからちょっと短めのスカートがひらりと発生する。その間に両腕には肘辺りまである籠手、足には編み上げブーツがそれぞれ装着され、赤いコートのようなものが私の身体を包み込む。最後に髪の毛が黒から鮮やかな赤に変わり、これで一応変身完了。それと同時に足下の魔法陣が弾け飛び、光の粒子となって消えていく。
「さて、行きますか」
 そう言いながら私はさっと手を一振りした。すると何処からともなく一本の箒が現れる。見たところ、古めかしい箒だが、実はこれ、空飛ぶ箒なのだ。魔法使いと言えば空飛ぶ箒。厳密に言えば魔女と言えば、だけど。まぁ、そんな事はどうでもいいんだけど。
 手にした箒にさっと跨り、飛んでいくように念じると箒は早速それに答えて重力に逆らって、物凄い勢いで飛び出した。ちなみに箒が飛び出したのは地面ギリギリで、はっきり言ってタイミングはギリギリ。いや、危なかったね。
――そう思うのなら次は自重してくださいね。
 頭の中に聞こえてくるのはアグニの声だ。ちなみに私が変身すると同時にアグニは私と一体化している。そうでないと基本的に魔法は使えないのだ。まぁ、何事にも例外はあるもので、屋上で私があの男を眠らせた魔法とかは見事に例外だったりする。どーだ、参ったか。
――一体誰に言ってるんですか?
 はい、そこ、その辺は気にしちゃ負け。
――負けでいいですから一度教えてください。
 う……結構言うようになったわね。まぁ、その辺はまた今度って事で。
「さぁ、行くわよ! さっさと終わらせてさっさと帰ってコタツでぬくぬくするんだから!」
――前向きなんだか後ろ向きなんだか。
 呆れたように言うアグニの声を無視して、私は大急ぎで事を片付けるべく、その現場へと向かうのだった。

 ちなみに。
 私がお母さんに場所をメールで送るように言った事を思い出すのはそれから五分後の事である。


 私の名前は炎城寺夏芽里。
 ちょっと実験とかが好きな、ごく普通の女子高生。ある日突然我が麗しの母上から「お前は今日から魔法少女だ!」とか言われて半ば無理矢理魔法少女にならされてしまった。でもまぁ、意外と魔法って面白くって、これで更に様々な実験が出来るから別にいいかなーとか思ってる。
 ちなみに魔法少女ってものが何をするのかと言えば、この世の負のエネルギーの塊である”歪み”って奴を封滅すること。正直言って面倒臭いんだけど、やらないと色々と面倒な事になっちゃうらしいので、一応頑張っている。でもまだお母さんも現役魔法少女(と言うにはかなり厳しいか、年齢的に。見た目はまだ若いから何とかギリギリって気がしないでもないけど)だから、頑張って貰いたいと思う今日この頃。
 報酬はおやつの増量。こんなもので結構危ない目にあったりもする”歪み”退治をする私も私だが、お小遣い制なので仕方ない。あー、バイトとかしたいなー。でも面倒臭いしなー。
 そんな私のパートナーは火の精霊の”アグニ”。なかなかに口うるさいのは誰に似たんだろうか。それとも精霊ってこう言うものなのか。疑問は尽きない。
 まぁ、そう言う訳で私は今日も一応何とか頑張っている訳です。

STRIKE WITCHES ANOTHER STORY

VARIABLE WITCHES

 結局一度変身を解き、改めてお母さんから送られてきたメールで”歪み”の発生した場所へとやって来た私は空飛ぶ箒からさっと飛び降りた。なかなかにスピードの出るこの空飛ぶ箒のお陰で”歪み”による被害はそれほど広がっていない。いやぁ、よかったよかった。
――そんな豪快に転んだ状態で言う事ですか、それ。
 う……だって仕方ないじゃない! 私は妹と違って頭脳派なんだから! 少しくらい運動神経が悪くったって仕方ない事なのよ!
――完璧に言い訳じゃないですか。
 うぬぬ……口の減らない奴だな。ええ、そうですよ。私は着地に失敗して豪快にすっころびましたよ。これでいい?
――よろしいです。それでは”歪み”を見つけてさっさと封滅しましょうか。
 覚えておけよ、アグニ。この借りは必ず返すからな。
――一体化している時はお互いの思考がダダ漏れになるって事、忘れてませんか?
 いーえ、充分覚えています事よ。だからわかっていてやってんの。
――趣味が悪いと忠告しておきます。
 はいはい。それじゃ、さっさと行きますかね。
 何時までもアグニと言い争っていても仕方ない。とりあえず先に”歪み”を封滅してしまわないと。そう思って歩き出す。
 しかしながらよく”歪み”の出る街だよなー、ここ。前にちょっと調べてみたら何かレイラインの交差するところらしいんだけど。そう言うところって何か負のエネルギーが溜まりやすいのかねぇ?
――そう言う場所だからこそ、あなたやあなたのお母様がこの街にいるのでしょう?
 そう言う理由なのかなぁ? 単純に偶々引っ越した先がそうだっただけって気がするけど。大体うちのお母さんがそこまで考えているはずがない。そりゃ昔は凄い人だったらしいけど、今じゃすっかり腑抜けた感じだし。まぁ、真相は闇の中って感じで。
――聞けばいいじゃないですか、お母様に。
 面倒臭いから嫌。
――面倒臭い面倒臭いって、そんなんじゃダメですよ。
 いや、わかってるんだけどねー。
――本当にわかってるんですか? 夏芽里さんはいつもそう言って……いました!
「ん、見つけた!」
 私の前方にのっそりと現れたのは見上げる程巨大なフランス人形。二メーター半ぐらいはあるかな。いや〜、はっきり言って不気味極まりないな、これ。こう言うのはさっさと倒してしまうに限る。
「先手必勝! 行け、”フレイムバレット”!」
 手に先程屋上で男を眠らせたマドラーを持ち、その先端を大きなフランス人形に向けて叫ぶ。同時にマドラーの周囲に小さな火の玉が生まれ、それが次々と大きなフランス人形に向かって飛んでいった。
 ちなみにこの魔法、火の系統の魔法では極めて初歩的らしい。我が母上なんかはこの魔法を”灼熱の弾丸”などと呼んでいる。まぁ、名前が違ったところでその構成は同じだから、結果どう言った効果が現れるのかも同じな訳なんだけど。いちいち呼び方を変えているのは単に気分なだけだ。
 さて、飛んでいった火の玉だけど、大きなフランス人形の顔に当たって、そこで弾けて消えてしまった。まぁ、元々が威力の低い魔法だからこうなっても不思議はない。ないんだけど、ちょっと驚いた。
「……アグニ、思った以上にこいつ、厄介っぽいわよ」
――結構成長しちゃっているみたいですね。まさか魔法に対する耐性がついているとは思いませんでした。
 頭の中に返ってきたアグニの声には驚いているような、それでいて冷静に相手の事を分析している感じが混在している。流石は我が相棒だ。
 通常、火の精霊は勝ち気で短気、更に攻撃的で頭に血が上りやすいとやけに特徴的だ。そう言った火の精霊の一員であるはずのアグニだけど、この子は何故かそう言った火の精霊の特徴に反するかのように妙に冷静なところがある。まぁ、根っこの部分はやっぱり火の精霊らしいんだけどもね。
 さてさて、さっきの一撃でこの大きなフランス人形さんは私を敵だと認識してしまったらしい。ギギギとひどく動かし辛そうにしながら顔を私の方に向けると、さっと右腕を振り上げた。首の動きに対して腕を振り上げるスピードが妙なくらい速かったのは何故だ?
「っと!」
 勢いよく私を叩き潰そうと振り下ろされた手をかわし、再びマドラーを大きなフランス人形に向ける。
「”バーストショット”!!」
 今度はマドラーの先端部に先程のよりもやや大きめの火の玉が生まれ、大きなフランス人形に向かって飛んでいった。その火の玉はフランス人形の側まで行くと破裂し、細かい破片としてフランス人形に降り注ぐ。
 まぁ、言ってみれば散弾だ。一発の一発の威力はさっきの”フレイムバレット”よりも小さいが、”フレイムバレット”よりも攻撃出来る範囲が広い。更にそれが同時に襲い掛かる。一度に一発しかない”フレイムバレット”は防げても、広範囲に同時に襲い掛かってくる”バーストショット”ならどうだ?
 しかし、結果的にこの試みは失敗に終わった。”フレイムバレット”の時と同じく当たって弾けて消えてしまったのだ。
――思った通りですわね。
「予想の範囲内よ。一応確かめただけ」
――本当ですか? 私と一体化している時はあなたの思考もこっちに伝わって来るというの、忘れていませんか?
「……ならわかるでしょ」
――相変わらず実験して確かめてみるまで納得しないのですね。まぁ、そう言うの、嫌いじゃありませんが。
「まぁ、これであいつの全身に対魔法耐性がついていることがわかったわ。ある程度以上の威力の魔法を使わないとダメージを与えることも出来ないって事もね」
――なら威力の大きいので一気にやりますか?
「んー……それも良いアイデアなんだけどちょっと問題あるんだよねー……っと」
 また襲い掛かってきたフランス人形の手をかわして、私は少し後ろに下がった。運動神経のそれほどよくない私としてはあまり接近戦とかはしたくない。出来ない訳じゃないぞ。ただしたくないだけだ。
「よっと」
 再び襲ってきたフランス人形の手を華麗なステップでかわし、更に私は距離を取るべく後ろに下がる。
――逃げてばかりじゃ倒せませんよ。
 そんなことは言われなくてもわかってる。しかしながら大きな攻撃魔法を使うにはちょっと時間が欲しいのだ。我が母上は馬鹿みたいにある魔力で半ば無理矢理強力な魔法を短時間で発動させることが出来るが、生憎と私は我が母上程強大な魔力を持ち合わせていない。その為に強力な魔法を使うにはそれなりの時間が必要となってしまうのだ。まぁ、母上曰く、何度も繰り返し使っていれば徐々に効率よくなってきて強力な魔法を使う為の時間もある程度短縮出来ると言うことなのだが、まだその領域にまで私は達していない。とっても残念なことに、だが。
 しかし、このフランス人形、何故か手を振り上げたり振り下ろすのだけは妙に早い。まぁ、動きが直線的なお陰でかわすのは簡単なんだけど。でも気の所為か、段々フランス人形の動きが速くなってきているような気がするんだよねー。
――ああ、それは気の所為じゃありませんよ、きっと。
 何と?!
――このフランス人形に取り付いた”歪み”、かなり成長しているみたいです。だから徐々に夏芽里さんの動きに対応していっているみたいですね。
 つまりちょっと頭がいいって事か。
――そう考えて貰っても構いません。でもこっちの動きに対応してくると言うことは早く封滅しなければ危険ですよ。
 今はまだ大丈夫だけど、その内私の動きに完全に対応されてやられてしまうって事か。ふん、この私を誰だと思っている。仮にもあの”紅蓮の閃光”と呼ばれた天才魔法少女の娘だぞ。
――技量も経験もまだまだ劣っていますけどね。
 母譲りの才能を舐めるなって訳で、ちょっと本気出しますかねぇ。
 私は手にしたマドラーを近くにある民家のコンクリート製の塀に押し当てた。すると、そのマドラーを中心にしてコンクリートの塀が解けるかのように変質し始める。
「あんまりやりたくないんだけどなぁ、これ。疲れるから」
 そう呟きながらも私はマドラーをコンクリートの塀から引き抜く。すると、マドラーの先にコンクリートで出来た棘付きの球体がくっついていた。ついでにマドラー全体もコンクリートが覆っていき、その姿が大きなメイス状になる。
 これは私の特殊能力。何故か私はこのマドラーを基本として、様々なものを練成出来る。今回ならば、マドラーを中心としてその周囲をコンクリートで覆い、こんなメイスを作り上げたのだ。我が母上に言わせれば、この能力は魔法使いと言うよりも錬金術師に近いものらしい。私的にはどっちでもいいんだけど。
「さて、それじゃ……やりますか」
 コンクリートで出来たメイスの重みをその手に感じながら、私はニヤリと笑い、大きなフランス人形を見やった。
――またその笑みですか……前にもやめておいた方がいいと言ったはずですが。
 フフフ、もう止まらないわよぉっ! 是非とも後悔しなさいっ!
――全く聞いていませんね……全く……。
 何となくアグニがため息をついているような気がするけど、あまり気にしない。何故かメイスを練成している間、ずっと待っていてくれたフランス人形に向かって歯をむき出しにして笑いながら迫り寄る。
「いやはや、お約束って大事だよねっ!」
 そう言いながら私はフランス人形に肉迫し、手にしたメイスを振りかぶり、思い切り叩きつける。対魔法防御に関してはちょっと予想外なものを持っていたこのフランス人形だけど、こう言った物理衝撃に対する防御は果たしてどの程度のものなのか。
「丁度いい実験だよねっ!」
 笑いながらそう言い、私はもう一度メイスを振りかぶった。その重さにちょっとよろけかけるけども、何とか足を踏ん張って勢いよくメイスを振り下ろした。
 ガシャンと言う音が聞こえてきて、フランス人形の身体がぐらりと揺れる。着ているドレスのロングスカートのお陰で見えないけれど、確実にダメージが行っているに違いない。多分聞こえてきたガシャンと言う音はひびが入ったか割れたかした音だろう。
「フッフッフ……次々行くわよ〜」
 アグニが言うところのやめておいた方がいい笑みを浮かべ、私はまたメイスを振り上げた。さっきまでは足を狙っていたけど、今度はちょっと違うところを狙ってみる。具体的に言うならボディ辺り。多分足を狙えば確実に破壊出来ると思うんだけど、違う部位がどの程度の防御力を持っているか試してみたくなったのだ。
 ボディへの一発目。来ている服が邪魔したのか、それほど手応えはない。ちょっとむかつく。
「そんならぁっ!」
 今度はメイスを思い切り振り回し、遠心力と勢いをつけてフランス人形のボディに叩き込んだ。今度はグシャって音がして、メイスの先端がフランス人形の身体にめり込む。
「おおっ!?」
 めり込んだメイスを引き抜こうとするけど、何か先端が重い上に結構めり込んでしまっているらしくなかなか引き抜けない。まぁ、私って元々そんなに力とかある方じゃないし、ある種仕方ないんだけど。
――そんな事言っている場合じゃないですよ、夏芽里さん。
「へっ!?」
 突然アグニに呼びかけられ、はっとなった私に衝撃が襲い掛かる。フランス人形の手で吹っ飛ばされたって気付いたのは、思い切り吹っ飛ばされ近くの民家の塀に叩きつけられてからだ。幸いにも魔法少女特有の対物理衝撃緩和魔法のお陰でほとんどダメージはなかったけど、あのメイスから手を放してしまったのはちょっと痛い。
「いたたた……やってくれるわね」
 ちょっとだけお尻の辺りがめり込んでしまった塀から離れ、私はフランス人形を睨み付けた。そのフランス人形は片足に結構深刻なダメージを受けている所為か、のそのそと私の方に向かってきている。後お腹には私のメイスがめり込んだまま。
「……そろそろ片付けるわよ、アグニ」
――……いい加減、面倒臭くなってきたんですね。
「そうとも言う、あえて否定はしない」
――否定しましょうよ、そこは。
「それすら面倒臭い。と言うか、そろそろ帰りたいし」
 私はそう言うとフランス人形に向かって走り出した。
 それを見たフランス人形が手を振り上げ、私を叩き潰そうとするけども、その手をかいくぐり私はフランス人形の懐に入るとメイスの柄に手を伸ばす。柄を掴むと同時に魔力を流し込み、またニヤリと笑う。
「ゲームオーバー。お疲れさま!」
 そう言った次の瞬間、フランス人形の内側から炎が噴き出した。メイスを通じてフランス人形の内側に爆発の魔法を叩き込んだのだ。まぁ、その所為でメイスの先端部が綺麗さっぱりなくなっちゃっているけど、あまり気にしない。
「ついでだからこれもくれてあげる! ”バーニングシェル”!!」
 めり込んでいた先端部がなくなったことで、あっさりと引き抜けたメイスをそのままフランス人形に向けてそう叫ぶ。同時に先端のなくなったメイスの先にボウリングの球程の大きさの火の玉が生まれ、それが極至近距離にいるフランス人形に直撃した。その直後、フランス人形の全身が炎に包まれ、その炎に追い出されるような感じで黒い靄のようなものが天に向かって昇っていく。
 あの黒い靄のようなものこそが、この世の負のエネルギーの塊である”歪み”の本体らしい。あれが捨てられたものとかゴミとかその他様々なものに取り憑いて、暴れちゃったりするから私やお母さんのような魔法少女が出張ってさっさと封滅しちゃわなきゃならない。全く面倒な上に厄介な話だ。
――ところで夏芽里さんに質問なのですが。
「何?」
――最後の一発を加えなくてもあの”歪み”は封滅出来たはずです。それをわかっていながら何故に余計な一発を加えたんですか?
「……まぁ……言ってみれば、一発いいのを喰らったお礼、かな?」
 あれは私がちょっと調子に乗って油断しちゃった所為なんだけど、それでもまぁ、そのお礼はしてしかるべきだろう。
――夏芽里さんはいい加減、調子に乗らないよう注意するって事を覚えるべきですね。
「あはは、努力する」
――と言うことは本音は面倒臭いからやらないって事ですか。はぁ……全く……。
 アグニが思いきりため息をつくのを聞きながら私は手を一振りして空飛ぶ箒を呼び出し、それに跨って家へと向かうのだった。早く帰ってコタツにでも入って今日のおやつを堪能しよう。今日は”歪み”を封滅したことだし、おやつは増量、コタツでぬくぬくして過ごせばいい気分間違いなし。

 ちなみに学校に鞄をおきっぱなしにしていたって事を思い出したのは、その日の夜、お風呂から上がった後だったりする。宿題とか出ていた為、泣く泣く取りに行く羽目になったのは内緒だ。
 後、屋上で眠らせたあのもじもじ男。思いの外、眠りの魔法が強力だったらしく彼が見つかったのはその翌日のことで、一晩屋上で過ごした彼は見事に風邪を引いてしまったらしい。ちょっと悪いことをしたなーって気がしないでもないけど、それにしても一体何で私を屋上なんかに呼びだしたんだか。

「うー、寒寒」
 そう言いながらコタツに肩まで潜り込む私。そのすぐ隣では私と同じようにアグニが肩までコタツの中に潜り込んでいる。
「何と言うか、幸せですね〜」
「うんうん、アグニにもコタツの良さがわかったか」
 二人揃って非常にだらしなく顔を緩めながら、そんなことを言っているとリビングに大きなダルマが入ってきた。
「誰がダルマなのよ」
 如何にもムッとしてますって感じでダルマから返事が返ってくる。おや、よく見るとあれは我が妹ではないか。どうやら例によって着膨れているからダルマかと思っちゃったぜ。
「一目見てわかるでしょうに」
 やっぱりムッとしたまま、我が妹はコタツに潜り込んでいる私の方をジロリと睨み付けてきた。ちなみにアグニは妹が入ってきてすぐにコタツの中に完全に潜ってしまっている。
「またコタツに潜り込んでる……先に帰ってるなら洗濯物とか取り込んでくれたらいいのに」
「やだ。寒いの嫌い」
「それは私の台詞だって。どうせ面倒臭いとかそんなのでしょ?」
「わかってるなら聞くな」
 私がそう言うと、妹はこれ見よがしに大げさなくらい大きくため息をついた。
「とりあえずさっさと着替えてきなさい、そこのダルマ。でもってお茶でも入れておやつにしよう」
「ちょっとぐらいやってくれたっていいのに……」
 ブツブツ言いながら妹がリビングを出て自分の部屋へと向かう。ちょっとぐらいって言うけども、私がやったらやったで警戒して飲まないでしょうに。
 しかし、あの子、一体何枚重ね着してるんだかねー。とりあえず制服の下にヒートテックだか何だかを着てるはずだけど、ブラウスの上にセーターを二枚、コートをきちんと着込んだ上にダウンジャケット。勿論毛糸のパンツは間違いなし。ざっと見たところ、こんな感じかな?
「よっぽど寒いのが苦手なんですね、妹さん」
「あそこまで来ると異常だわ。前に何度か直してあげようと頑張ったことあったけど、結果的に余計ひどくなったみたいだし」
「ああ、きっと夏芽里さんの所為で余計にひどくなったんでしょうね」
 いつの間にかまた頭を出していたアグニがそう言ったので私は苦笑だけしておいた。まぁ、最低でも二回、私絡みで肺炎起こしてるからなぁ。否定出来ないところがちょっと悔しい。
 そう言えば二回目の肺炎の時は入院する騒ぎになって、あれ以来妹の寒さに対する耐性を鍛えようとかするのは厳禁になったっけ。お母さんとお父さんに泣きながら「これ以上やったら麻由良ちゃんが本当に死んじゃいかねないから絶対にしないで」と言われた時はちょっと後悔したもんだ。やりすぎちゃったなと。もうちょっと手加減しておくべきだった。そうしたら今でも何とかしてやれたと思うのに。
「まるで反省の色がありませんね」
「そうかなぁ? 一応妹の為を思ってやってることなんだけど」
「二度も妹を殺しかけておいてその自覚がないところが恐ろしいと思います」
「結果的に生きてる訳だし、問題なしじゃないかなぁ?」
「何ブツブツ言ってるの、お姉ちゃん?」
 っと、そんな声が聞こえてきたので顔を上げてみると、やっぱりセーターなどを重ね着してもこもこ状態になった妹が手に二つマグカップを持って、やや呆れたような表情で私を見下ろしていた。
「はい、お姉ちゃんの分」
 そう言ってマグカップをコタツの上に置く。
「ん、ありがと」
 もぞもぞとコタツの中から這い出した私はマグカップを手に取ると、またさっきのようにコタツの中に肩まで潜り込んだ。
「お姉ちゃん、狭い」
「文句言うな、妹。先に入っていた私の勝ち……って蹴るな、馬鹿!」
 結局妹がコタツの中で私の足をゲシゲシと思い切り蹴ってきたので、渋々また這い出すことになってしまった。背中を丸めながらコタツの上に肘をつき、マグカップに口を付ける。あー、この熱々ココアが美味しい。
「…………」
「何よ、こっちをじっと見て?」
 じーっと私の方を見ている妹の視線に気付き、そう問いかけると、また妹がため息をついた。人の顔見てため息をつくなんざ、失礼な奴だな。
「お姉ちゃんって本当に外にいる時と家にいる時じゃ大違いだよね」
「何を今更」
「うん、今更ってのはわかってる。直す気ないってのも充分わかってる」
「……何が言いたいの、麻由良?」
 何となくだけど不機嫌っぽい妹が何を言いたいのかわからず、私はちょっと眉を寄せながら尋ねた。そんな私に妹はまた大きくため息をついてみせる。
「今日の帰りにね、お姉ちゃんにこれを渡してくれって男の人に頼まれたの」
 そう言って妹が封筒をコタツの上に置く。おお、これは世に言うところの恋文、ラブレターというものではないですか。
「直接本人に渡してくださいって言ったのにその人、無理矢理私に押しつけて……全く、こんなぐーたら女の何処がいいんだか」
「姉を目の前にしてひどくないか、妹?」
「事実でしょ。やらしたらやらしたでろくな事しないし」
「……何か不機嫌だねー、麻由良ちゃん。もしかしてあの日?」
 ちょっとからかうようにそう言うと、妹はまた大きくため息をついた。何だ何だ、さっきからため息ばかりついて。あんまりため息ばっかりついてると幸せが逃げていくぞ。
「あのね、お姉ちゃん。こうやってお姉ちゃん宛のラブレター預かるのは別にいいよ。でもね、返事の一つぐらいちゃんとやってあげてくれないかな?」
「何でよ?」
「何で私がお姉ちゃんの代わりにいちいちそう言った人に返事をしなきゃならないのよって事! 私関係ないじゃん!」
「別にしてくれって頼んだ訳じゃないけど」
「来るの、私のところに! 何でか知らないけど! お姉ちゃんがちゃんとその人に直接返事してくれてたらそんな面倒臭い事しなくて済むの!」
「んー……面倒臭い」
「私だって面倒臭いよ! それにいつも否定的な返事ばかりで咽び泣く人見てたら変に罪悪感沸くし!」
「おーおー、優しいねぇ、我が妹は。でもそれこそあんたには関係ないんだから放っておけばいいことじゃない」
「基本、そうしてる。でも罪悪感はなくならないよ。だから」
「……わかった。今度から自分で出来る限りそうするようにする」
 何と言うか、これ以上言うと妹がまたマジで泣き出しそうな気がしてきたから、この辺で折れておこう。もっとも一応の予防線だけは張っておくけど。
「……出来る限りじゃなくって全部そうしてくれると助かるんだけど」
 ジトッと言う感じで半眼になって私を見てくる妹。うん、流石は我が妹、姉のことをよくわかっていらっしゃる。あっさりと私の張った予防線をぶった切ってくれやがりましたよ。
「善処します」
「次は前向きに対応したいと思いますとか言わないでね」
 あう……先手を取られてしまった。うーむ、我が妹ながらなかなかに賢しいのぉ。
 そんなことを考えながら私はこつんと顎をコタツの上に載せた。そんな私の前にさっき出してきた封筒が寄せられてくる。
「ちゃんと読んで返事すること。わかった?」
「えーっと、前向きに」
「それを言うなって言ったでしょっ!!」
 速攻で潰されてしまった。お姉ちゃん、ちょっとショックだよ。

 うちにはこのちょっと生意気な妹の下にもう一人弟がいる。別段、仲が悪いって事はないと思う。思うんだけど、あんまり弟は私の側に寄ってこようとはしない。気の所為か、恐れられているような気がしないでもない。
「それはきっとお姉ちゃんのことをよくわかっているからだと思うよ」
 私とほぼ同じ体勢で妹がそう言い放った。ちなみに私はコタツの上に顎を載せて、背中を丸めてもたれ込んでいるような体勢。妹はそれに加えて頬をコタツのテーブルにぴたっとくっつけている。二人揃って見事にだらけきった状態だ。恐るべし、コタツの魔力。
「どう言う意味なのよ?」
「どう言う意味もこう言う意味も、お姉ちゃん武文に対しても色々とやらかしてるでしょ。私にも散々やらかしてくれちゃったし、それを見てるから警戒してるんだよ、きっと」
「色々やらかしてるって……ちょっと大リーグ養成ギプスの試作品の実験してみたり、自家製ルームランナーのテストして貰ったりしただけじゃない」
 ちなみに大リーグ養成ギプスは弟が野球やりたいとか言うからわざわざ作ってあげたもので、自家製ルームランナーは学校でマラソン大会があるって言うから家の中でも練習出来るようにわざわざ作ってあげたものだ。まぁ、結果的に大リーグ養成ギプスは筋肉に深刻な疲労を残し、自家製ルームランナーはその速さについていけずに吹っ飛ばされ、足を捻挫するという事態になってしまった訳だが。
「そのお陰で武文、今じゃ立派な引き籠もりゲーマーだよ。日曜なんか下手したら一日出て来ないじゃない」
「それは私の所為じゃないと思うけどなぁ」
 何で妹とこんな話をしているのかというと、つい先程件の弟が帰ってきた訳なのだ。何で高校生の私や中学生の妹よりも帰りが遅かったのかは謎だけど(ちなみに私が今日は一番早く帰ってきていた。掃除当番もなかったし日直でもなかったし、別段クラブにも入ってないし。妹は多分私にラブレターを渡そうとした男に捕まって帰りが遅くなったのだろう)、帰ってきてコタツの中で揃ってだらけきっている私達に挨拶してからさっさと自分の部屋に行ってしまったのだ。ちょっとぐらい話に付き合えばいいのに。まぁ、ここに混ざっても妹と二人で弟をからかうことに終始しそうな気がしないでもないけど。そう言う意味では賢明だな、我が弟は。
「……そう言えばお母さんは?」
「買い物にでも行ってるんじゃない? 私が帰ってきた時にはもういなかったし」
「あ、そう」
 如何にもとりあえず、と言う感じの会話をして私達は黙り込む。と言うか、何か眠たくなってきた。チラリと妹の方を見ると、やっぱり同じみたいで半分目が閉じかかっている。うーん、コタツって入っていると眠くなるのは何故なんだろう。いやはや、本当に恐るべし、コタツの魔力。

* * *

 お姉ちゃんにラブレターを渡してから数日後。
 いつものように防寒対策を完璧にし(具体的には下着の上にいわゆるババシャツを着、更にその上にお母さんに買ってきてもらったヒートテックのシャツを重ねた上に制服のブラウス、その上にセーターを二枚、ブレザーの上には学校指定のコート、更に普段から愛用しているお気に入りのダウンジャケット。マフラーは勿論完備だ。下は防寒仕様のちょっと厚手のタイツをはいた上に毛糸のパンツ。勿論タイツは二枚重ねが基本だ)、早く家に帰ってコタツにでも入ってぬくぬくしたいなーと思いながら家路を急いでいた時だった。
「やあ、妹ちゃん」
 私の進行方向に一人の男の人がすっと現れる。丁度私の行く手を遮るような形だ。早く帰りたいんだから止めて欲しいんだけどなー、こう言うのって。
「あー……確かちょっと前にお姉ちゃんにラブレター渡してくれって言ってた人ですよね?」
「そうそう、覚えていてくれてよかったよ」
「自分で渡してくれって言いましたよね? 無理矢理押しつけて逃げていったからよく覚えてますよ」
 ジロッと男の人を睨み付ける。何となくだけど、この人の妙な馴れ馴れしさが鼻につく。私とあんたは知り合いでも何でもないでしょうが。だから、ちょっとくらい嫌味を言ってもきっと罰は当たらないはずだ。
「いやいや、なかなか手厳しいねぇ。まぁ、それはともかく、お姉さんから色好い返事を聞いて貰えたかな?」
 ふむ、この様子だとどうやらお姉ちゃんは私との約束を見事に破ってくれたらしい。あれだけ返事は自分でやれって言ったのに。
 お姉ちゃん、何でかは知らないけど結構もてるんだよねぇ。でもうちのお姉ちゃん、外じゃどうか知らないけど家の中じゃ何もしないグータラだし、たまにやる気を出したかと思えばろくな事しないし、それ以上に恋愛とかそう言うものに一切興味なさそうだし。妹の私から見ても見事なまでに変人、見た目だけは結構いい線行ってると思うけど。一度あの姉の本性を知らしめたい。
 それはとにかく、何でこの人、お姉ちゃんがOKするなんて思ってるんだろう。お姉ちゃんが恋愛事に興味を全くもってないのはさっきも言ったけど、その辺のことは結構有名になっていると思うんだけどな。難攻不落の要塞級だって。それを知ってて尚この自信たっぷりさは一体何処から来るのやら。ちょっと呆れてしまう。
「妹ちゃん?」
「……えっと、申し訳ありませんが姉に直接聞いてください」
 そう言ってこの妙に自信たっぷりっぽい男の人に頭を下げる私。まぁ、これで間違いはないはずだ。後は全部当の本人であるお姉ちゃんに任せてしまって問題ないはず。と言うか、そもそも私はお姉ちゃんの妹なだけでこの人とお姉ちゃんがどうなろうと一切関係ないのだから。まぁ、何かの間違いでお姉ちゃんがこの人と付き合うようなことになれば話は別だけど。
「それじゃ私はこれで」
 早く家に帰りたい、と思いながら私は男の人の横を通り抜ける。お姉ちゃんが先に帰っていたら絶対に文句を言ってやろう。そして家から追い出してこの人の元に来させればいい。それで万事解決。そう思っていたら、いきなり腕を掴まれた。
「はい?」
 まさか腕を掴まれて引き留められるとは思わなかったので、思わず変な声をあげてしまう。
「フフフ……逃げなくてもいいじゃないか、妹ちゃん。僕はただ、君のお姉さんがいい返事を君に預けていると思うから、それを聞かせて貰いたいだけなんだよ」
「だから、それは直接お姉ちゃんに聞いてくださいって! ちょっと痛いんですけどっ!」
 何とか男の人の手を振り解こうとするけど、予想外に強い力で掴まれている所為か、全然振り解けない。思いっ切り腕を上下に振って男の人の手を振り解こうとするけども、それでもまだダメ。と言うか、嫌がってるんだから普通放すでしょうが、ここまでやったら。何考えてんのよ、この男!?
「さぁ、聞かせてくれよ、妹ちゃん。君のお姉さんは何て言ってた?」
 男の人が私の腕をきつく握りしめながら、ニヤニヤ笑う。何と言うか、正直気味が悪い。いや、はっきり言って気持ち悪いぞ、この男。もしかしなくてもこの男、お姉ちゃんのストーカー!?
「さぁさぁ……きっとお姉さんも僕のことを……」
 目をぎょろつかせてストーカー男が私の顔を覗き込んでくる。うおおお……何だ、この薄気味悪さは!?
 って、あれ……何か急に気が遠く……なって……き……。

* * *

「うおおおおっ! 寒いぞっ!」
 そう高らかに宣言しながら玄関を閉める私。うん、妹程じゃないが私も結構寒いのは苦手だ。早く着替えてコタツに潜り込むことにしよう。
 靴を脱いで二階にある自分の部屋へと階段を駆け上っていく。と、私の部屋に行く途中にある弟の部屋のドアが開いて弟が顔を覗かせた。
「何だ、麻由良姉ちゃんかと思ったら夏芽里姉ちゃんの方か」
「おう、弟! 元気に引き籠もってるな、今日も」
「別に引き籠もってなんかないよ。と言うか、玄関先で叫ぶの止めてくれないかな? 近所にも筒抜けだよ、あれだと」
「いや、寒いのは事実だし」
「全く夏芽里姉ちゃんも麻由良姉ちゃんも寒いのに弱すぎじゃないかな?」
「ふっふっふ。弟よ、我が炎城寺家の女は伝統的に寒いのに弱いのだ。よく覚えておくがいい」
「そういやお母さんもお婆ちゃんも寒いのは嫌だって言ったような」
「その通り! だから寒い中帰ってきたら思わず叫んでしまうのも仕方のないことなのだ!」
「いやいやいや、それは違うと思う。と言うか、ちょっとは我慢して欲しいな」
「まぁ、そう言うな。ところで妹はどうした? まだ帰ってきてないのか?」
「麻由良姉ちゃんならまだ帰ってきてないよ。何処か寄り道でもしてるんじゃないかな? ほら、例の浅葱さんとでも」
「あー、水前寺のお嬢か。そういや仲良かったもんなー。折角ココア入れて貰おうと思ったのに、いないんだったら仕方ないな。これ弟や、麗しのお姉様の為に一働きしようとは思わないか?」
「是非ともご遠慮させて頂きます。それでは不肖の弟はまた部屋に引き籠もります故」
 そう言ってドアをばたんと閉じてしまう弟。どうやら玄関先で叫んだことに対して文句を言う為だけのドアを開けたらしい。しかし、部屋の中で一体何をしているのだか。そう言えばちょっと前に妹と一緒に新作のゲームがどうとか言っていたような気がするから、それをやりこんでいるのだろう、きっと。
 そう勝手に納得した私はさっさと自分の部屋に向かうのだった。

 いつも家の中で着ているジャージに着替え(ちなみにこれ、パジャマ代わりも兼ねていたりする。だっていちいち着替えるの面倒なんだもん)、例によってコタツの中に肩まで潜り込む。電源が入ってなかったからまだちょっと温もっていないけど、何となく幸せだ。やはり冬場はこれに限る。
「本当ですね〜」
 そう言ったのは私のすぐ隣で同じ様な体勢になっているアグニだ。見事なまでに顔もとろけている。
「ああ、コタツ最高」
「それには全くもって同意です〜」
 段々と暖かくなってくるコタツの中。それに連れて段々と眠たくなってくる。ここに妹がいれば「狭い」とか言って容赦なく蹴り出されてしまうけど、今日はまだ帰ってきてないから私の自由だ。折角だからこのまま一眠りしちゃおう。うん、そう決めた。
 ゆっくりと目を閉じ、そのまま意識を手放そうとしたその時だ。隣で同じように目を閉じかけていたアグニがいきなり身体を起こした。
「……夏芽里さん、”歪み”です!」
「はへ?」
 半分くらい睡魔にやられていた私はとっさに反応出来ず、そんな間抜けな声を返してしまう。
「”歪み”です! かなり近く……と言うか、この家の前にいます!」
「おお!?」
 耳元でアグニそう言われて、私は目をぱっちりと開けた。
 ”歪み”が我が家の前にまで来ているとは、一体どう言うことだ。まさか散々封滅されたその恨みを晴らしに来た訳ではあるまい。何と言ってもこの家には、かつて無敵を誇った”紅蓮の閃光”と呼ばれる魔法少女(元)がいるんだぞ。何と恐れ知らずな。
「そんな事言っている場合ですか! さぁ、行きますよ!」
「えー……やだよ、面倒臭い。それに寒いし」
「何言ってるんですか! あなたも魔法少女でしょう! だったらその役割を」
「うーん……お母さんに任せよう。今日は家にいるはずだし。まだ姿全然見てないけど」
 そう言って私はまた目を閉じようとする。だけど、それよりも先にアグニが思いきり私の耳を引っ張ってきた。
「ダメです! 今一番”歪み”の近くにいるのは私達で、その私達が十分対処出来るんですから私達でやるんです!」
「アグニは真面目だな〜……私は寒いから嫌だよ。後面倒臭いし……お母さんがやれるならやってもらおうよ。その方がきっと対処も早いよ」
 私の耳を引っ張る小さな手を首を振ることで無理矢理引き剥がし、私は頭までコタツ布団に潜り込もうとする。するとアグニはそのコタツ布団をめくり上げ、私の耳のすぐ側にまでやって来た。
「何でそんなに嫌がるんですか、夏芽里さんっ!!」
「だから寒いの嫌だって言ってるじゃない。私的には”歪み”が暴れて被害が出ることよりもコタツから出て寒い中面倒臭いことこの上ない仕事をやることの方が嫌なの。それと後、耳元で怒鳴るな」
「夏芽里さんっ!」
 またアグニが私の耳元で怒鳴った。ふむ、どうやら私のわがままにアグニもかなりお冠のようだ。しかし、アグニを怒らせるよりも私はコタツの中から出る方が遙かに嫌だ。何と言っても今日は寒すぎる。こんな日に外に出て”歪み”を封滅しなきゃならないなんてどんな罰ゲームだ。”歪み”もどうせ来るならもっと暖かい日にすればいいのに。出来れば冬場は冬眠でもしてくれてたら私的にはラッキーなんだけど。
「……最低です、夏芽里さん! 以前からちょっと変な人だとは思っていましたけど、それでもやることはしっかりやってくれていたのに……」
「丁度いいから言っておくけど。私は別に自分から進んで魔法少女になった訳じゃないわ。お母さんがある日突然やれって言ってきたから仕方なくやってるだけ」
「そんなことわかってます! でも……寒いのが嫌だとか面倒臭いとか、そんな理由で……」
「私に取っちゃそれなりに重要な理由よ」
 アグニにはわからないだろうけど、と心の中だけで呟く。
 正直、私は戦闘とかそう言ったものには向いていない。運動神経だってよくないし、どっちかと言うとインドア派だし。それでも魔法少女なんてものになって”歪み”退治なんかやっているのは、お母さんと約束したおやつ増量の為ってのもあるけど、ああ言った連中の為に私の楽しい実験の時間とかその為の設備とかを壊されたくないからだ。でもその為に実験の出来る時間はなくなるわ、新しい実験機材とかを壊してしまったりする羽目になるわとろくな事になってない。もし、今すぐに辞めていいって言われたらすぐさま辞めているだろう。私にとって魔法少女と言う仕事はその程度のものでしかないのだ。
 それにお母さんだって未だ現役を自称しているのだから自分でやればいい。何時だって何だかんだと理由をつけては私に”歪み”退治を押しつけてくる。お陰で私の疲労やストレスは溜まりまくっている。ストレス解消の時間だってとれやしない。いい加減、もう限界だ。
「夏芽里さんがそんな最低な人だとは知りませんでした!」
「だったら何処なりと行っても構わないわ。もういい加減愛想も尽きたでしょ」
「そうさせてもらいます!」
 アグニはそう言うと小さな光の玉になって何処かへと飛んでいってしまった。
 これでうるさいのがいなくなって清々する。それにこれからは自由に自分の時間も使えるし。後でお母さんに言っておかないとね、魔法少女辞めましたって。
 しかし、私はすぐにこの事を後悔することになる。

 アグニが何処かへと飛んでいってしまってから数十分が過ぎた頃だろうか。玄関のドアが開く音が聞こえてきて、続いて「ひぃ〜ん! 今日寒すぎ〜!!」と何処か間の抜けたようなのんびりとした声が聞こえてくる。考えるまでもなく我が母上だろう。また何処かに出掛けていたのか。道理で姿を見なかったはずだ。
「ただいま〜……あれ、夏芽里ちゃんだけ?」
 リビングに入ってきたお母さんがコタツに潜り込んでいる私に声をかけてくる。
「武文は二階でまたゲームしてる。麻由良は知らない。何処かで遊んでるんじゃない?」
「そうなの? これだけ寒いと真っ直ぐ帰ってくると思うんだけど……」
 一ミリたりとも微動だにせず答える私にお母さんは首を傾げて見せた。
 確かに言われてみれば、あの超寒がりの妹が、多分今年の最低気温を記録しているであろうこのクソ寒い日にわざわざ遊び歩いているとは思えない。何処か室内にいれば話は別だけど、それでも遅くなれば成る程余計に寒くなるのだからさっさと、それこそ太陽のあるうちに帰ってくるはずだ。何かおかしい気がする。
「それとこれ。夏芽里ちゃん宛」
 そう言ってお母さんが私の前に一枚の封筒を置いた。もぞもぞとコタツの中から手を出し、その封筒を取ってみると、表には私の名前が確かに書かれてある。
「むー……」
 面倒臭いなぁと思いながら封筒の中の手紙を取り出してみて、そこに書かれている文章を読んで、私は思わず硬直してしまった。その硬直が解けた後は、自分の肩が、いや全身がピクピクと震えているのがわかる。
 ぐしゃりと手紙を握りつぶすと私はコタツの中から這い出し、大慌てで自分の部屋に向かう。本当はあまりやりたくはないんだけど、室内着兼パジャマにしているジャージの上に通学時に着ている愛用のコートを羽織り、それからすぐさま家を飛び出した。

 やって来たのは学校の近くにある工事現場。確か学校を拡張するとかなんだかでただ今絶賛工事中だったはずの場所だ。
 まだ日が暮れてしまった訳じゃないから工事の人がいるはずなんだけど、何故か誰もいない。工事をしている様子も気配も何もない。あるのは寒々とした空気と吹き抜ける冷たい風、そして何やら薄気味の悪い、それでいて胸くそ悪くなるようないや〜な気配だ。
「ちょっと! このクソ寒い中、わざわざ出向いてやったんだから姿ぐらい見せなさいよっ!」
 誰もいない工事現場をゆっくり、周囲にちょっと気を配りながら歩きつつ私が怒鳴る。自分でもわかる程、その声は苛立っていた。同時にかすかな焦りのようなものもそこに含まれている。その辺を相手に見抜かれなかったらいいんだけど。
「……フフフ。どうやら手紙を読んでくれたようだね」
 何処からともなく聞こえてきたのは、何か人を小馬鹿にしたような男の声。何故かあちこちに反響していて何処にいるのか特定出来ない。
「ええ、読ませて貰ったわよ。素晴らしい内容の脅迫状だったわ」
 私はそう言うとコートのポケットに無造作に突っ込んでいた手紙を取り出した。一回握りつぶした上に、乱暴にポケットに突っ込んだから完全にくしゃくしゃになってしまっている。
 そこに書かれていたのは、さっき口にした通り見事なまでの脅迫。
『君の妹は預かった。返して欲しければ、この間のラブレターの返事を聞かせろ。場所は学校近くの工事現場。来なければ妹さんの身がどうなるかわからない』
 これを脅迫状と言わずして何と言うか。
「それで……いい返事は聞かせて貰えるのかな?」
 また男の声が聞こえてきた。さっきよりも大きく聞こえたから私が相手に近付いたのか、それとも向こうが私に近寄ってきたのか。まぁ、どちらでもいい。
 それよりも微妙に気になるのは、男の少し小馬鹿にしたような、そんな口調だ。後何でか無駄に自信たっぷりって言うのがちょっと気に入らない。と言うか、何でいい返事ってのが前提なんだよ、こいつ。
「返事云々の前に姿ぐらい見せろっての」
 一体何処のどいつだ、こんな馬鹿な真似したのは。とりあえず顔を見なければ気が済まない。見たところで済むとは到底思えないけど。
「フフフ……何を言っているんだい? 僕はもう君のすぐ側にいるって言うのに」
 その声は私のすぐ後ろから聞こえてきた。背筋にぞっと、何か冷たいものが這ったような気がして私は思わずその場を飛び退いてしまう。振り返ってみると、私のすぐ後ろ、それこそ息のかかる程の距離にニヤニヤといやらしい笑みを浮かべている男が立っているではないか。
 一体何時の間にこんなところに沸いて出たんだ、この男。まぁ、それほど気配とかに敏感な方じゃないけど、流石にあんな近くに来られてわからないはずがない。それを考えると、思わず全身がぞくぞくっと震えてしまうのがわかった。何だ、こいつ、薄気味悪いぞ!?
「さぁ、聞かせてくれないか? 君ならきっといい返事を聞かせてくれると思っているけどね」
「何でそんなに自信たっぷりなのか果てしなく疑問なんだけど?」
 そう言いながら私はこの薄気味悪い男から距離を取る。一体どうやったのかはわからないけど、こいつはいきなり私の真後ろに出現してみせた。近くにいると危険な気がしてならない。
「それはそうさ。僕程君に相応しい男はいない。君の優秀さに見合うのはこの世で僕だけだからね」
 だから何でそんなに自信たっぷりなんだっての。それとその気味の悪いニヤニヤ笑いは何とかならないのか、こいつ。そう心の中で思うけども口にはしない。したら何をしでかすかわからないって気がしたからだ。
「あ、生憎だけど、私はあんたの事知らないんだけど?」
「僕は君をよく知っているよ。我が校でも一二を争う才女。ただしちょっと変わり者。恋愛事にはまるで興味がなく、交際を申し込んで断られたもの多数。そこから付いたあだ名が城西大学付属高校の難攻不落の要塞、もしくは歩くナヴァロン」
 何時の間にそんなあだ名が付いていたのやら。正直初耳だったりする。と言うか、一体私は周りからどう言う風に見られているんだか、逆に気になってきたぞ。
「家族構成は両親と妹、弟が一人ずつ。学校など外にいる時と家にいる時とではギャップが激しい。好きなものはココア、嫌いなものは漬け物」
「うおっ!?」
 何でこいつ、私が普段秘密にしている好きなものと嫌いなものを知ってるんだ? いや、未だにコーヒーが苦くて飲めないからいつもココアにしているのとか漬け物のあの匂いがどうにも嫌だとかってあまり人に話すような事じゃないだろう。と言うか、何となく理由が子供っぽいから誰にも言わないでいたのに。流石に思わず怯んでしまったぞ。
「何ならスリーサイズとか生理の日とかそう言うのも言えるけど……流石にそれはデリカシーがないだろう?」
「知っている時点で充分以上にデリカシーない!」
 何なんだ、こいつは……いわゆる一つのストーカーって奴か? うん、こいつの評価を薄気味悪い奴から完全に気持ち悪いストーカー男にレベルアップしておこう。ここを切り抜けたら警察に電話しておかなきゃ。
「フフフ……君について知らないこと、わからないことなんか何もないんだ……さぁ、聞かせてくれないか? 君の口から聞きたいんだ。この僕とお付き合いしてくれるって言葉をね」
 ニヤニヤと勝ち誇ったような笑みを浮かべているストーカー男。いや、だから何でそこで私がOKするなんて思えるんだか。もう完全に自分の妄想の中に浸りきっているから、逆に私がOKしないなんて考えられないのか。
 ならば現実ってものをこのストーカー男に叩きつけてやろう。妄想するのは勝手だが、それを現実の私に押しつけるなって事をね。
「さぁ……さぁ!」
「……わかったわよ。私の答えね……私の答えは……」
 わざと溜を作る。相手が期待すればする程、反動は大きいからね。
「答えは?」
「勿論……ノーに決まってんでしょうが! このストーカー野郎!!」
 思いっ切りストーカー野郎に向かって怒鳴りつけ、同時にそいつの股間目掛けて蹴りを放つ。
 こう見えても私の足は結構すらりとしていて長い。身長もそこそこある。全てにおいて平均値以下の妹よりも私の方が遙かにスタイルはいいのだ。
 そんな私の足がストーカー男の股間を直撃し、男が悶絶するはずだったんだけど……何故か男は微動だにしていなかった。いや、私の足は確実に男の股間を直撃したはずなんだけど、何で平然と立っていられるんだ、こいつは。普通だとあまりもの激痛に悶絶してのたうち回っていてもおかしくないだろうに。
「フフフ……」
 ストーカー男が顔を俯けて、小さく笑った。何とも不気味でおどろおどろしい雰囲気を醸し出している。
 あー、何か嫌な予感がしてきた。パターン的に、こうなるとこのストーカー男が逆上してってパターンだよねぇ。これはさっさと逃亡するべきかも。
「フフフ……君は何もわかっていない……君を大切に出来るのはこの僕だけだ……君を愛していいのはこの世で僕だけなんだ……なのに……それをっ!!」
 ストーカー男がそう言った次の瞬間、その男の全身から不気味で不快で何とも人を嫌な気分にさせる、そんな気配が立ち上った。そして私はこの気配をよく知っている。いわゆる……この世の負のエネルギーの塊、要するに”歪み”だ。
 それに私が気付いたのとほぼ同時に男の周囲に黒い靄のようなものが立ち上り、彼を包み込むと共に私を弾き飛ばした。今は魔法少女に変身してないからまともにダメージを喰らってしまう。
「あいたたた……」
 倒れた時に思い切り打ち付けた腰を手でさすりながら何とか立ち上がる私の前で、黒い靄に包み込まれたストーカー男の姿が大きく変貌を遂げていた。果たしてその姿を何と言っていいのか……はっきり言って醜悪な、溶けかけの不細工泥人形とでも言うしかない。どうやら負のエネルギーの塊である”歪み”とあのストーカー男の妄執と言うか妄想と言うか、そう言った嫌〜なものが融合しちゃってああ言う気持ち悪い姿になってしまったようだ。凄いね、負の力と人の歪んだ情念って。
「全く……いい姿になったじゃない。よくお似合いよ、あんたみたいな愚劣なストーカー野郎には」
 不細工泥人形に向かって強気にそう言い放つ私。しかし、こうやって挑発してみたけどもこれからどうすればいいんだろうか。アグニはいないから魔法少女に変身出来ないし、今からお母さんを呼びにいくと言うことも出来なさそうだ。と言うか、そんなことをさせてはくれないだろう。それに人質になっている妹のことも気になるし。
「さてと、こっちの答えは言った訳だし、そろそろ妹を返して貰おうじゃない」
 今の私は”歪み”に対して何も出来ない。しかし、それでも妹は無事に取り戻さなければならない。まぁ、そもそもの原因が私がちゃんとこの男に返事を自分でしなかったから、なんだし妹はその所為でとばっちりを食っただけなんだから。いやまぁ、名前見ても全く知らない奴だったし、いちいち探すのも面倒だったから放っておいた私が圧倒的に悪いんだけど。でも今はそんな事言ってる場合じゃない。何はともあれ、妹の身の安全の確保が最優先だ。
「フフフ……心配はいらないよ。何と言っても妹ちゃんは将来僕の義理の妹になるんだからね。何処よりも安全で、誰も手出し出来ない、そんな場所にいる」
「誰もそんなこと聞いてないし、将来義理の妹って何言ってるんだか。とっとと妹を返しなさい」
 そう言いながら私は考える。この不細工泥人形言うところの何処よりも安全で誰にも手出しの出来ない場所と言うのは一体何処のことだ。こいつの言うことを鵜呑みにしたら危ない気がするけども、わざわざ人質として妹の身柄を預かってるんだ。何らかの危害が及ぶような場所ではないはず。でも、そう簡単には見つからないような場所で、且つこの不細工泥人形が隠せそうなところ。
 あの不細工泥人形になる前、ストーカー男の身体はそんなに大きくはなかった。精々私と同じぐらい。後、線も細いからそれほど力があるようには思えない。いくら”歪み”に取り憑かれていたとしても、完全に融合しちゃってる今ならともかくさっきまでの状態では人一人を運ぶのでもかなり大変だろう。そう言った労力を考えれば……。
(この工事現場の何処かって線が一番正しいか……)
 おそらくこの不細工泥人形には私が交際を断るなどと言う思考はなかったはずだ。もっとも交際を承諾したところで妹をちゃんと返すかどうかは疑問が残るところだけども、仮に私が交際を承諾したのに妹を返さなかったりしたら、私の気持ちがどう動くかは想像に難くないはず。だとすれば、すぐにでも、それこそ私の目の前で妹を解放するぐらいのことは考えるはず。
 素早く私は周囲に目をやった。少なくても今見える範囲の中に妹らしき姿はない。何処かに隠しているのだろうか。
「フフフ……安心していいよ……君が僕を受け入れてくれれば妹ちゃんは無事に帰してあげるからさぁっ!」
 そう言いながら不細工泥人形が私の方へと躙り寄ってくる。何と言うか、下手なB級ホラーでも見ているみたいであまり気持ちのいいものではない。
「さぁ、僕を受け入れるんだ! 僕は君を愛している! 君も僕を愛するべきなんだ! 君のような女性を受け止められるのはこの世界で僕一人! この僕こそが君にとっての白馬の王子様、永遠のパートナーなんだから!」
「ご冗談! 生憎と私は白馬の王子様なんて信じてなんかいませんから!」
 はっきり言ってそこまで私は乙女趣味じゃない。と言うか、実験大好きなんだからどっちかと言うと現実主義者だっての。そう言う夢見る乙女ってのは小学校低学年でもう卒業したんだから。
「フフフ、はははは! そうか、照れているんだね! この僕の素晴らしい愛に、君は照れているんだ! 安心したまえ、僕は君の全てを受け入れる! だから素直になりたまえ!」
 うわ〜、なんだこいつ。本気で気持ち悪い。つーか、ウザイ。人の話を一ミリでも聞けっての。
 あからさまなまでに嫌悪感を表した表情を浮かべて私は近付いてくる不細工泥人形を見やる。もし魔法少女に変身していたら、確実に全力でぶっ飛ばしていたところだ。いや、正直ぶっ飛ばしたい。今すぐに。出来るなら、だけど。
 まぁ、幸いなことにこいつの動きはそれほど速くない。私はこの不細工泥人形が近付いてくる分だけ、静かに後ろに後退していた。だから不細工泥人形と私の距離はあんまり縮まっていない。今のうちになんとかこいつをかわして妹を捜し出さないと。と言うか、”歪み”が出てるんだから、早く気付けよ、我が母上!
「逃げなくてもいい……君は僕の愛を受け入れればいいんだ。いや、受け入れるべきなんだ。そうすれば僕は幸せになれる。僕こそがこの世でもっとも幸せな男になれるんだから!」
 さっきからびんびんに感じているんだけど、この不細工泥人形、本当に危ない奴だ。早く退治するなり通報するなりしないと。しかし、一体どう言う家庭環境で育てばこんな変な奴が生まれるんだろうな。親の顔が見て……見たくないな、やっぱり。
「さぁ……逃げないでこっちに来るんだ……僕の花嫁!!」
 そう言って不細工泥人形が私に向かって手を突き出してきた。するとその指先がにょろりと伸び、私の方に向かって来るじゃないか。見た目からしてそう言った能力を持っていそうな気がしていたけども、まさにそうだったのか!?
「て言うか、誰がお前の花嫁だっ!!」
 伸びてきた手と言うか指と言うか、とにかくそう言ったものを後ろにジャンプする事で何とかかわしながら私は怒鳴る。何と言うか、私にだって選ぶ権利ぐらいはあるだろう。どれだけ最悪な事態(まぁ、例えるなら三十後半過ぎても独り身だったり)になったとしても、こんな妄想偏執狂なストーカー不細工泥人形を旦那に迎える気など毛頭無い。こんなのに選ばれるぐらいなら死んだ方が遙かにマシだっ!!
「あはははははっ!! 照れなくてもいいんだよぉっ!!」
「照れてないっての!」
 私を捕まえようと何度も不細工泥人形の手が伸びてくる。運動神経にはまるで自信のない私だけども、そこはそれ、日頃から”歪み”などと言う正直訳のわからない奴らと戦っているお陰か、そう簡単に捕まる事はない。と言うか、こいつ、フェイントとか考えてないからか、その動きが意外と単純なんだよねぇ。ある程度まで引き付けてからかわせばそれで充分事足りるし。
「逃げなくてもいいのに……逃げなくても……逃げるなよ……逃げるなぁっ!!」
 うむ、あまりにも私を捕まえる事が出来ないので不細工泥人形の奴、遂にブチギレたらしい。何と言うか、こいつ、絶対に自分中心に地球が回っているとか思っていて、自分の思い通りにならない事があるとわめき散らして周りを困らせるタイプなんだろうなぁ。勝手な思いこみが強いと言うか、周囲が見えていないと言うか。どっちにしろ厄介なタイプなことに違いはない。
「こう言う奴ってのが一番嫌いなんだけどなぁ」
 そう呟いて更に一歩後ろへと下がった時だった。今までほとんど足下なんか確認しないで動き回っていたので、そこにパイプが転がっていることに何かまるで気付いていなかった。だから足を下ろした先にそんなものがあるとは知らず、思い切りパイプを踏んづけた私は足を滑らせてそのまま転んでしまう。
「うわおっ!?」
 奇妙にして無様な(もしアグニがいたら確実にそう言うだろう)声をあげながら派手にすっ転ぶ私。まさかこんなところで”スキル:ドジっ子”を入手するとは思わなかった。出来れば欲しくなかったぞ、このスキルは。しかし、これが普段の制服とかだったら豪快にパンツとか見えてただろうなぁ。生憎、コートの下はジャージなので見える心配はないんだけど。
「てかそんな場合じゃないだろ、私!」
 そう言って飛び起きる私。起き上がると同時にその場から離れる。勿論、その直後に例の不細工泥人形が伸ばした手が私の転んだ場所に叩きつけられた。
「何で逃げるんだよぉ……君は僕と一緒になるのが一番幸せなんだ……なのにどうして……」
「勝手に人の幸せを決めつけるなっての」
 何かブツブツ言っているのが聞こえてきたので思わず突っ込んでしまう。
 しかし、そんな事をしている場合じゃない。何とかあいつの目を眩ませて妹を探しに行かなければ。妹さえ見つかれば、後は母にあいつの封滅を任せてしまえばいい。いいんだけども、その為にはまず妹を見つけなければならない訳で。でもって妹を見つける為にはあいつの目を何とかしなければならない訳で。
「どーせいっちゅーねん」
 思わず関西弁で呟いてしまう。
 あの不細工泥人形、何処に目があるのかはわからないけど、私をその視界から離しはしないだろう。ならば、何かあいつの気を逸らせるものが必要となる。
 素早く周囲を見回す私。ここは工事現場だ。何か使えるものがきっとあるはず。と言うか、あって欲しいんだけど。
 と、私の目が隅に置かれているあるものを捉えた。
「……よし!」
 あれは使える。私のこの明晰な頭脳がそう判断している。いや、使えなかったら困る。
 そう言う訳で私は発見した”あれ”に向かって走り出した。不細工泥人形は相変わらず私を捕まえようとその手を伸ばしてくるんだけど、そんなものに捕まる私じゃない。まぁ、ちょっと危なかったりもしたけど、何とか”あれ”の置いてある場所へと辿り着く事が出来た。
「ふっふっふ……反撃開始ー!!」
 私はそれを持ち上げると、取り付けられているホースを片手に、その先端を不細工泥人形へと向けた。ちなみに私が見つけたものは消火器。やろうとしている事は勿論。
「いっつ、しょーたぁーいむっ!!」
 そう言いながら私は消火器片手に不細工泥人形へと向かって走り出した。走りながらレバーを押し込み、消火剤を噴出させる。
「……!?」
 不細工泥人形はいきなり目の前が真っ白になって、パニックに陥ったようだ。とりあえずこれで奴の視界は奪えた。一応おまけとばかりに持っていた消火器を不細工泥人形に向かって投げつける。
 手応えがあったのかどうかはわからないけど、今はそれを確認している場合じゃない。先に妹を捜し出さなければ。

 不細工泥人形の消火剤の白い煙の中で右往左往している間に私は工事現場の更に奥へと入り込んでいた。とりあえずそう簡単に目に付くような場所には隠していないだろう。しかし、あの不細工泥人形の元となったストーカー野郎、そんなに身体が大きい訳でもなかったし、力もあるようには見えなかったから、そんなややこしい場所じゃないだろう。二階とか三階とかじゃないはずだ。そう思って一階部分と探し回ってみたけれど、何処にも妹の姿はなかった。
「一体何処に隠したんだ……?」
 早く見つけないと。もうそろそろ不細工泥人形もパニックから回復しているだろうし。
 焦るんだけど、やっぱり妹の姿は何処にもない。もしかしなくても、上か? 一階にいないのならそれしかないか。
 とりあえず上へと続く階段へと駆け寄っていく。
「みぃつけたぁ」
 不意に聞こえてくる不気味な声。振り返るまでもない。あいつだ。不細工泥人形。消火器攻撃によるダメージはもうすっかり回復してしまったらしい。いやまぁ、あんなのでダメージらしいダメージを与えられるなんて思ってなかったけど。
 しかしながら、こればやばいような気がしないでもない。未だ妹は見つかっておらず、そしてさっきみたいに消火器が周囲にまるで見当たらない。もっとも一回やった事をもう一回やって成功するかどうかは怪しいところだけど。あいつもバカじゃないだろうし。
「もう逃がさないよぉ〜」
 不気味な猫撫で声を上げながら不細工泥人形が私の方へとのそのそとやってこようとしている。とりあえず動きが遅いのが救いだ。今のうちに二階に上がってしまおう。
 そう思って階段を駆け上がろうとして、その直後、後ろから何かが迫ってくる気配を感じた私は慌てて横へと飛び退いた。完全に直感だ。しかし、その直感に従って正解だったと言う事をすぐに私は思い知った。何と私が昇ろうとしていた階段に大きな穴が穿たれていたのだ。
「おおおっ!?」
 思わず目が丸くなってしまう。いやいやいや、これ、直撃したら絶対に死ぬと思うんですけど。と言うか、一体何やったんだ、あの野郎?
「あれぇ〜? おかしいなぁ……」
 不細工泥人形の方を振り返ってみると、奴は右手をぷらぷらと振りながら首を傾げていた。そのぷらぷら振っている手の先からぽたぽたと雫のようなものが落ちている。もしかすると、あのぽたぽた落ちている雫のようなものを弾丸に見立てて飛ばしてきたのか。仮にそうだとしても、ちょっと威力過剰だろう。
 まぁ、とにかく今のうちにどこかに身を隠さなければ。姿の見えている状態だとあの非常識な威力の雫をぶつけられる可能性がある。直撃したら確実に大怪我、しなくてもどうなるかわかったもんじゃない。何処かに身を隠して、その間にお母さんに連絡して助けに来て貰わないと。
 素早く周囲を見回し、近くに鉄骨が積み上げられているのを見つけた私は慌ててそっちへと駆け込んだ。鉄骨の山を背にするようにして、私はその場にしゃがみ込む。
「フフフ……隠れても無駄だよぉ〜」
 不細工泥人形の声がして、続けてどごっと何かがぶつかる音が聞こえてくる。一回だけじゃない。二回、三回と連続して聞こえてくる。恐る恐る身体を起こして鉄骨の山の向こう側を覗き込んでみると、思った通り不細工泥人形が大きく腕を振りかぶってその手の先から泥の塊を私の隠れている鉄骨の山に向けて投げつけていた。
 泥の塊が鉄骨にぶつかるたびにガコンガコンと微妙にいや〜な気分になる音が聞こえてくる。このままだと何時過去の鉄骨の山が崩れちゃいそうな気がしてきた。でもここから何処へ移動しろと言うのだ。下手に飛び出してあの泥の塊の直撃を受けたら私の身体なんてどうなるものかわかったもんじゃないし。
「あ〜もう、ジリ貧って奴?」
 我ながら情けないと思うような声をあげ、それから天を見上げる。
 しかし一体我が母上は何をやっているんだ。”歪み”が出てきたんだから、いい加減反応してくれてもいいと思うんだけど。まったくあのぽやぽや天然馬鹿親は。こうなったらこっちから連絡してさっさと来て貰うか。
 そう思って慌ててコートのポケットの中に手を突っ込むけれどもそこには見事に何もなかった。とりあえず他のポケットも探してみるけどもやはり何もない。ちなみにコートの下は室内着兼パジャマのジャージなのでポケットなどついていない。
「と言う事は……家に忘れたぁっ!?」
 おおお……我ながら何と言う間抜け。どうやら我が馬鹿妹のお陰で私も思った以上に動転していたらしい。
 何てこったい。こりゃマジで大ピンチって奴かね。よりによって、アグニと大喧嘩やらかして魔法少女なんか辞めると宣言したその日にこんな目にあうなんて。私ってそこまで不幸属性ついてなかったはずなんだけどなー。
「とりあえず現状をもう一回確認してみよう。妹を誘拐したのは向こうにいる不細工泥人形でそいつの正体は私のストーカー。携帯電話はないからお母さんに助けを求める事も出来ず、アグニもいないから反撃も無理。妹の所在は未だ不明で私は不細工泥人形の攻撃を受けて身動きがとれなくなっている。うん、最悪」
 とりあえず指折り数えて現状を確認してみると、思わず泣きたくなってきた。まさしく状況は最悪にして泥沼。ここから一体どうやって活路を見出せと言うのだ。神様の馬鹿野郎。
 などとまぁ、ここにはいるはずもない運命の神様を恨んでいても仕方ない。何とか現状を打破する方法を考えなければ。こう見えても頭はいい方なんだから、冷静に考えればきっと何か思いつくはず。
「……まぁ、何つーか見事に何も思いつかない訳だけどさ」
 背中から聞こえてくるガコンガコンといういや〜な音を聞きながら腕を組んで考えてみるけども、全然と言うかまったくいいアイデアは思い浮かばなかった。いや、この状況下で冷静に頭を働かせられるかって話で。
「あ〜、もう、何かイライラするっ!」
 そう言ってふと上を見上げると組み上げられた鉄骨の影から私を見下ろしている小さな影を見つけた。その影は私と目が合うと慌てて鉄骨の影に身を潜める。
(……何やってんだ、あいつは……)
 あの小さな影はアグニで間違いないだろう。私とケンカして出ていったのはいいけども、おそらく”歪み”のことが気になって戻ってきたに違いない。でもってその”歪み”に襲われている私を見てどうするべきか迷っているんだろう。て言うか、迷うぐらいならこっちに来いよって……それは私の言うことじゃないか。ケンカの原因は私のわがままなんだけど、こっちから頭を下げて許しを請うなんて私の柄じゃない。
(でも……今のこの状況を打破するには仕方ないか……)
 そうは思うんだけども頭を下げるのは癪だ。特にあの口うるさいアグニには。私が頭を下げて謝ったりしたら絶対に調子に乗るに違いない。より一層口うるさくなるのが目に見えている。それだけは避けたい。
(なら……協力するしかない状況に追い込むか……)
 我ながらろくでもない方法だと思いつつも、今思いついたプランに思わずニヤリと笑ってしまう。おそらく今の私の笑みを見たらアグニはまた渋い顔をするに違いない。だけどもそんな事構うもんか。とにかくこの追いつめられまくっている状況を打破する為なら何だってやってやるさ。
「ちょ、ちょっとすとーっぷっ!!」
 大きい声でそう言いながら私は両手を上に挙げて左右に振った。とりあえず私の声は不細工泥人形に届いたようで、向こうからの攻撃がやんだ。それを確認してから引きつり気味の笑みを浮かべながら私は鉄骨の山の陰から出ていく。
 チラリとさっきまで不細工泥人形の攻撃を受け止め続けてくれていた鉄骨を見ると、あちこちひしゃげてしまっていてもう使い物にならないだろう。うん、今までよく私を守ってくれた。誉めてつかわすぞ。
「フフフ……よぉやく出てきてくれたねぇ……と言う事わぁ……僕のものになってくれるんだよねぇ?」
 ニタニタ笑いながら泥人形が私の方に向かってくる。うん、何度見ても気持ち悪い。嫌悪感以外の何ものも呼び起こさない、最悪の笑顔だ。しかしまぁ、こんな姿になっても私の事を一途に思ってくれているというのはまんざらでもない。まんざらでもないが、こいつと付き合う気はやっぱり毛頭無い。つーか誰がストーカー野郎と何か付き合うかっての。
 とまぁ、心の中で怒鳴り散らす訳なんだけども、それを顔に浮かべたりはしない。出来るだけあの泥人形を油断させなきゃいけないので必死に笑顔を取り繕う。まぁ、引きつりまくって、頬が少し痙攣起こしかけているんだけどね。
「と、とりあえず妹が無事かどうか先に確認させて貰わないと、私としては安心出来ないから」
「さっきも言っただろう……妹ちゃんは絶対的に安全な場所にいるって」
「顔を見ない事には何とも言えないわね。あんたは知らないだろうけど、妹は寝相が悪いんだ。もし眠らせて何処かに放置しているならどうなっているか。それにもし浮浪者とか誰かに何かされてたりしたら」
「………」
 私の言葉に泥人形が黙り込んだ。だが、それはほんの一瞬、すぐにまたニタァッと気味の悪い、吐き気すらもよおしてくる笑みを浮かべると自分の身体を左右の手で掴む。
「フフフ……心配いらないよぉ〜……妹ちゃんは誰にも手の出せない、この世でもっとも安全な場所にいるからねぇ〜」
 そこまで言うと泥人形は両手で自分の腹を開いてみせた。
「ほらぁ〜……ここなら誰にも手が出せないよぉ〜」
 いやはや、唖然と言うか何と言うか。驚きのあまり思わず声が出なくなってしまっていたり。
 何と我が妹は泥人形の腹の中におりましたとさ。いやはや、ぐったりとしているんだけども、多分あれは眠っちゃってるな。もしかしてあそこってそんなに気持ちのいい場所なのかねぇ。まぁ、あそこに押し込められる前に眠らされているんだろうけど。
 しかしまぁ、これで懸念の一つは何とか解消された訳だ。妹の居場所さえわかれば後は何とか出来る。と言うか何とかする。意識を取り戻した後に妹にグチグチ言われそうな気がしないでもないが、私が助け出した事を教えれば感謝のあまりまた私の実験に付き合う気になってくれるかも知れないし。
「さぁ、これでもう何も文句はないねぇ……後は君が僕のものになるって言ってくれたら全てはおしまい、ハッピーエンドって奴さぁ〜」
 泥人形が嬉しそうにそう言いながら私を見てくる。
「全てがおしまいってのには同意するわ。ハッピーエンドになるかどうかはともかくね」
 私はそう言うと今まで浮かべていた笑みを即座に消し去った。あー、もう、必死に浮かべていたからほっぺたが痛い。後でマッサージしておかないと筋肉痛になりそう。とりあえず軽く手で頬を揉みほぐしながら、じっと泥人形を見据える。
「ハッピーエンドだろぉ? 君が僕のものになって僕は幸せ、君も僕のものになって幸せ、最高のハッピーエンドじゃないかぁ!」
「はんっ! なぁに言ってんだか。あんた自分で言ってたじゃない。私は難攻不落の要塞、歩くナヴァロンだって。それがそう簡単に墜ちるとでも思った?」
「なぁっ!?」
 てっきり私が降参したとでも思っていたのだろう。泥人形の顔に明らかな動揺の色が見えた。
「大体ねぇ、私に直接アタックしてくるならまだしも妹に手紙を押しつけてきて、その返事も妹に聞こうとして、それを嫌がったからってわざわざ誘拐なんてする? 普通有り得ないでしょうが。それに自分勝手な事ばかり言うわ、ストーカーだわ、一体何処に私が惚れる要素があるって言うのよ。頭おかしいんじゃない?」
「な!? なな!?」
「おまけに何よ、その格好。それで格好いいとでも思ってんの、あんた? 鏡見た? それでもまだ自分がかっこいいとか思えるなら病院行きなさい。いい病院紹介するわ。ただし二度と出て来れない類のだけどね」
「なななっ!?」
「あんた自分で自分が凄いとか頭いいとか思ってんでしょうけど、やってる事は最悪だわ。最悪で愚劣。も一つ付け加えるなら最低。男として人類ぶっちぎりで最下位だと認定してあげるわ。この私がねっ!」
 そう言って私は泥人形に向かってビシィッと指を突きつけた。
 泥人形は私の言葉に固まってしまっている。まぁ、これで崩れてしまってくれれば話は簡単なんだけど、そんな漫画みたいな事は起こるわけがない。
「……ないくせに……」
「ん?」
 泥人形が俯き、肩をピクピクと震わせている。そして何やらぼそぼそと呟いているようだ。
「何も……らないくせに……」
「あのさー、言いたい事あるならはっきり言って貰えるかな? この最低野郎!」
「何も僕の事を知らないくせに! 君に何がわかる! この僕の苦悩を! この僕の燃え上がるような思いを! 君という人間を知って僕がどれほど……どれほどっ!!」
 泥人形が吼えた。それはまさしく血を吐くような叫び。
 まぁ、何と言いますか、これでこのストーカー野郎がどうして”歪み”に取り憑かれたのかわかってしまった。あんまりよくはわからないけど、とにかくこいつはかなり鬱屈したものを溜め込んでいたに違いない。
 ”歪み”ってのは元々が”負のエネルギー”の集まって出来たもの。まぁ、その”負のエネルギー”ってものが人の思念であったりその他諸々な訳なんだけど、そう言うのはそう言うのに引き寄せられやすい性質を持っているらしい。
 今回はあのストーカー野郎が溜め込んでいた鬱屈した感情、暗い情念と言うか怨念めいた感情に引き寄せられ、それで融合ってか同化ってか、とにかくしちゃったんだろう。それでもってより一層暴走してしまったみたいな、そんな感じに違いない。
 この辺、あくまで私の推測だ。だってこいつは私の事よく知ってるみたいだけど、私は全然知らないし、興味もない。むしろストーカー被害を受けている方だ。まぁ、”歪み”に取り憑かれる程の鬱屈した感情を抱える原因になったのは私らしいから、ほんのちょっとぐらい同情しないでもないけど、それはそれ、これはこれ。事情なんて聞く気もないし聞こうとも思わない。あるのは妹を誘拐して酷い目にあわせたって事実だけ。それだけで充分だ。
「君がっ! 君さえいなければ僕はっ! だから君が僕のものになれば! 僕はみんなを見返せられるんだ!」
「勝手な都合ばかりほざくな!」
 まだ吼えている泥人形に向かって私はそう言うと、さっと右手を水平に伸ばした。その手には銀色のマドラーが握られている。携帯電話は忘れたのにこいつをしっかり持ってきていたという事実に何となく軽いショックみたいなのを覚えてしまうんだけど、ここはあえてスルーしておくべきだろう。
「あんたに何があったのかなんて知らないし知りたくもない。だけど自分勝手な都合ばかりを人に押しつけて、それで全部丸く収まるなんて思ったら大間違いよっ!」
 それだけ言うと私はニヤリと笑う。
「そう言えばあんた、私の事なら何でも知ってるって言ってたわよね。それじゃあ、この事も知ってるのかな? 私が魔法少女だって事も!」
 おそらくこの事を知っているのは我が母上とお婆ちゃんぐらいなはずだ。お父さんとか妹弟も知らないはずのこの秘密。いやまぁ、普段は認識阻害の魔法がオートでかかっているお陰なんだけどね。だけどまぁ、これをこのストーカー野郎が知っていたら凄いと思う。まぁ、何と言うか唖然としちゃっているから知らなかったみたいだけど。
「アグニッ! 来なさい! 見てるんでしょう! 私に力を貸せぇっ!!」
 絶対にアグニは私を見ているはずだ。それにあいつは私が何だかんだ言っても妹や弟の事を大事に思っていると言う事を知っている。その私が妹の為に力を貸せと言っているのだ、案外情に脆いところのあるあいつが出てこないはずがない。うん、はずがない……と思うんだけどなぁ……。
 いや〜な沈黙が私と泥人形の間に流れる。
「……えーっと、アグニちゃ〜ん?」
 頬を一筋、冷たい汗がこぼれ落ちるのを私は感じていた。あらやだ、もしかしてあの子もういなくなってたりする訳? それか本当に私に愛想を尽かしてしまって出てこない訳ですか?
 いやいやいや、今泥人形に向かって大見得切ったんですよ!? これで何も起こらなかったら私、ただの痛い奴じゃない!! つーか、この泥人形と同レベルにまで落ちちゃいそうなんですけど、気分的にっ!!
「フフ……フフフ……ははははははっ!!」
 うわ、泥人形の奴、勝ち誇ったように笑い出しやがった。
「随分と面白いねぇ、君はっ! いいじゃないか、魔法少女! 見せて貰おうか、君の魔法とやらを! そんなものが本当にあるのならねっ! さぁ、みせてごらん! ねぇ! ねぇっ!」
 こ、この野郎……出来るなら今すぐぶん殴り倒してぇっ!!
「……やれやれ、です」
 ギリギリと歯を噛み締めている私の前にふわりと舞い降りる影。ああ、もう、ようやっと出てきたか。
「遅いじゃない。あのままだと私、ただの痛い奴に成り下がっていたんだけど?」
 ジロリと私は目の前にいる火の精霊、アグニを睨み付ける。
「たまにはいい薬なんじゃないかと思いまして。ほら、前にも言ったじゃありませんか。調子に乗る癖、何とかした方がいいって」
 ツンと澄ましたようにそう言うアグニに私は文句を返す。
「何も今やらなくてもいいでしょうに。思いっきり馬鹿にされたわよ、あのストーカー野郎に」
「はい。それで私もちょっと頭に来ちゃいました。さぁ、それではちゃっちゃとやっちゃいましょう! それで早く帰ってコタツでぬくぬくするんです!」
「よっしゃぁっ! 行くよ! 魔法変身、マジカルチェンジ!」
 アグニと意見の一致を見た私が変身用のキーワードを口にすると、すぐさま足下に魔法陣が浮かび上がり、そこから炎が噴き出した。その炎の中で私の着ている服が弾け飛び、魔法少女用の衣装に変換されていく。完全に変身し終わるまで実は一秒もかかっていない。
「さぁ……覚悟しなさいっ! このストーカー野郎!!」
 魔法少女へと変身を遂げた私は自信たっぷりにそう言い、手にした魔法の杖であるマドラーを泥人形に向かって突きつけるのだった。
「反撃開始っ!!」
 その言葉に魔力を乗せ、マドラーの周りに六つの小さな火の玉が浮かび上がると同時に泥人形に向かって発射。”フレイムバレット”ぐらいなら魔法名を言わなくても使用出来る。
 泥人形に向かっていった火の玉だったけど、泥人形の奴は右手を横に振るってその全てを撃ち落としてしまった。
「フフフ……ははは……本当に魔法少女だったのか、君はっ! 面白い! 実に面白いよ、君はっ! 益々僕のものにしたくなってきたよっ!!」
――えーっと、ちょっと前から聞いていましたが、あれは正真正銘の変態ですか?
 見た目通りの粘着質なストーカーよ。て言うか、聞いていたならわかるでしょうが。
――いや、実に情熱的な告白だと。しかし、よりによって夏芽里さんとは、見る目があるのかどうか。
 どう言う意味だ、それは。こう見えても私は結構モテモテなんだぞ。全部お断りしているけど。
 頭の中でアグニとそんな会話をしながらも私は泥人形から目を離さない。牽制にしかなっていないが、それでも構わないので”フレイムバレット”を何度も放ち続けているのだ。まぁ、その度に手で払い落とされているんだけど。
「ええい、面倒臭い! これでも喰らいやがれっ!! ”バーストショット”!!」
 今度は散弾。流石にこいつは手で払い落とす事なんか出来ないだろう。もっともダメージを与えられるとは思ってないけど。
 予想通り、泥人形は”バーストショット”の全てを受けたけど、ちょっとよろめいただけだった。それどころか、怒ったように右手を振り上げると、その手を振り下ろして大量の泥の塊を私に向かって放ってきた。
 あれをまともに喰らってはいけない事は既にわかっている。大慌てでかわすんだけど、泥人形は右手だけじゃなく左手でも泥の塊を放ってきた。
「うわわっ!」
「ほらほら! 逃げないと!」
 何ともむかつく事に泥人形の野郎、物凄く楽しそうな声を上げやがった。しかしながら今の私はかわすので精一杯。一応対物理衝撃緩和魔法があるんだけども、これは一定以上のダメージにはほぼ無効化するからあの泥の塊相手じゃちょっと危険だ。しかし、段々と飛んでくる泥の塊の数が増えてきたのでこれ以上かわすのは困難。
「ええい、あまりやりたくは無かったんだけど!」
――もう四の五の言っている場合じゃないですからね。
「いけ、”シールドファンネル”ッ!!」
 そう言うのと同時に私の着ている赤いコートの裾が六角形の形に次々と分解し、私の前へと飛び出していく。まぁ、ネーミングからもわかる通り、某SFロボットものから取った遠隔操作式の絶対防御網だ。あまりやりたく無いって言うのは、これが結構魔力を喰うってのと私自身の防御力が著しく低下する為。更には遠隔操作式だからそっちにも気を取られてしまう。私ぐらいの天才じゃなきゃとてもじゃないが使いこなせない、いわゆるスペシャルな奴だ。
 とりあえず今回出した”シールドファンネル”は全部で六つ。一つ一つはそれほど大きくない。まぁ、大きさ事態はそこそこ自在に変えられるんだけど、あまり大きくすると放出した後の格好があまりにも無様すぎるからやらないのだ。もっとも今でも結構間抜けな感じだけど。膝下辺りまであるはずのコートが今は腰の辺りまでしかないからねー。
 それはともかく、放出した”シールドファンネル”は例によっていい仕事をしてくれていた。泥人形が飛ばしてくる泥の塊を上下左右、あちこちに展開して受け止めてくれている。まぁ動かしているのは私だったり、半分ぐらいはアグニが何とか肩代わりしてくれているんだけど。
「でもこのままいいようにやられっ放しってのも癪よねぇ」
――相手が疲れて攻撃を止めるかどうかも微妙っぽいですからね。
「それではこっちからもやりますか」
 そう言うと私は近くにあった鉄骨にマドラーを押し当てた。するとその鉄骨が溶けていくかのように変質し始める。もうそろそろいいかなと思ってマドラーを引き抜くと、今回私のマドラーはやたらとごついハンマーに変化していた。
 実はこれ、何に変化するか私にもわからなかったりする。私の思った通りのものになる事もあれば、まったく想定外のものになる時もある。まぁ、今回は比較的予想通りのものだったからいいけど。
 それはともかく、私はハンマーを手に持つとニヤリと笑いながら泥人形の方に向かって走り出した。向こうからの攻撃は全部”シールドファンネル”で防ぎながら、だ。
「うわははははっ! これでも喰らえぇっ!」
 そう言いながら手に持ったハンマーを思い切り振り抜く。胴体部分には妹がまだ捕らえられているから狙ったのは腕。とりあえずはあの高速で放たれる泥の塊を何とかする方が先だと思ったからだ。
「うわりゃあっ!」
――何ですか、そのかけ声は……。
 一回目で右腕、二回目で左腕をそれぞれ吹っ飛ばす。更に三度目で右足、四度目で左足も吹っ飛ばしてダルマ状にする。ふっふっふ、これでもう抵抗出来まい。後はゆっくりと妹を助け出し、それから封滅して、尚かつ警察に突き出してやろう。私と同じでまだ学生だから刑務所は無理、でも少年院にでも行って後悔するがいい。
「フフフ……それで勝ったつもりかい?」
 両手両足を無くして地面に倒れた泥人形がニヤリと笑ってそう言った。
「何よ。そんな状態で一体何が出来るって言うの?」
 はっきり言ってこの状態から何か出来るとは思えない。まぁ、まだ妹をそのお腹の中に捕らえているから、そんな事言えるんだろうけど、それも後ちょっとの話だ。妹を助け出したらもう何の容赦もする必要はない。
――気の所為か、嫌な予感がするんですけど。
 何言ってんのよ。こんな泥ダルマに何が出来るって言うのさ。
――油断大敵ですよ、夏芽里さん。こいつがこんなに余裕たっぷりなのにはきっと何か理由があるはずです。
 アグニにそう言われて、私は素早く周囲に目を走らせた。すると先程私がハンマーで吹っ飛ばしたはずの泥人形の手足がもぞもぞと動き出しているではないか。
「うわっ、気持ち悪っ!」
 もぞもぞ動いている手足が何と言うか、芋虫を連想させて思わず背筋が寒くなってしまう。私芋虫ってあまり好きじゃないって言うか、どっちかと言うと嫌いな部類に入るんだよねー。
――そんな事言っている場合じゃ……危ないっ!!
 アグニにそう言われて私は”シールドファンネル”の一つを慌てて振り向けた。この”シールドファンネル”、防御だけではなく攻撃にだって使えるのだ。もっとも本家本元のファンネルみたいにビームを出したりは出来ないのが残念なんだけど。まぁ、その辺のところはこの先研究して何とか出来るようにしていくつもりだけど。
 それはともかく、振り向けた”シールドファンネル”の一つが私に飛びかかってこようとしていた腕を地面に縫いつける。
――どうやら吹っ飛ばした手足も動かせるみたいですね。これは厄介ですよ。
 ええい、ジオ○グかお前はっ! いや、どっちかと言うとタ○ンXの方か!? まぁ、どっちでもいい。全部叩き潰してしまえば同じ事だ。
「こんなもんで私を止められるとでもおも……ぶふわっ!」
 とりあえず本体に一発喰らわせようと思い、手にしたハンマーを振り上げながら振り返ると、それと同時にお腹の辺りに物凄い衝撃。あまりにも突然だったので”シールドファンネル”での防御が間に合わなく、それでもまぁ対物理衝撃緩和魔法のお陰で肉体的なダメージはかなり軽減された訳だけども、思いっ切り吹っ飛ばされてしまった。
 情けなくも地面の上をゴロゴロ転がり、ちょっと前まで身を隠していた鉄骨の山にぶつかってようやく止まる。
「いった〜……」
 背中を押さえながら身体を起こしてみると、離れたところでは吹っ飛ばしたはずの手足をくっつけた泥人形が立ち上がろうとしていた。どうやら”シールドファンネル”で止めたのは別の手か足で私を吹っ飛ばしたらしい。それで、私がゴロゴロと地面の上を転がっている間に手足を本体にくっつけて元に戻ったのか。
「こんの……やってくれるじゃないのよ!」
 ちょっと油断していたとは言えよくも吹っ飛ばしてくれた。このお礼は十倍二十倍にして返してやる。そう思いながら私はハンマーを大きく振りかぶり、泥人形に向かって走り出した。
――さっきと同じ事をやってもまた再生するだけですよ。何か考えがあるんですか?
 何度も再生するって言うのなら再生出来なくなるまでぶっ叩く!
――いや、そんな持久力勝負はこっちの方が圧倒的に不利だと思うんですが。
 だったら短期間で一気にぶっ潰す!
――ああもう……夏芽里さんは頭に血が上ったら考え無しになっちゃうんだから……。
 何かアグニが頭の中で呆れたようにため息をついているけども関係ない。私はやると決めた事をやるだけだ。一度決めた事は必ずやり遂げる。それが我が家のモットー!
「うおおりゃっ!」
 大声を上げながら手にしたハンマーを一気に振り下ろす。狙うのはさっきから色々と人の気分をひどく害する言葉を放つ口のある頭。ちょっとうるさいから黙らせてやろう。うん、きっとその方が世の中の為にもいいに違いない。
 元よりこの泥人形野郎、動きはかなりとろい。私が振り下ろしたハンマーは吸い込まれるように泥人形の頭をぶっ潰す。ぐちゃりと言う音と共に泥人形の頭が潰され、周囲に泥が飛び散った。
「おっしゃあっ!!」
 勝った、と正直思った。流石に頭を潰されたらそう簡単には復活出来ないだろう。後はこいつの腹の中から妹を助け出し、それから一気に封滅してしまえばいいだけ。何とも簡単な話じゃないか。
――でもちょっと妙ですよ。こんなにあっさりとやられるなんて。
 まぁ、これが私の実力って奴じゃないかね、アグニ君。
――いえ、そうじゃなくて。さっきも手足を吹っ飛ばしたのにすぐに復活したじゃないですか。多分なんですが、こいつは物理的なダメージは元からほとんど与えられないんじゃないかと。
「はいぃ!?」
 思わず口から声が漏れてしまった。
 考えてみれば、こいつの姿は泥人形。両手両足をハンマーでぶった切っても、それがくっついてしまえば元通り。と言う事は、ハンマーで頭を叩き潰しても大したことにはならないのではないだろうか。
「フフフ……ようやく捕まえたぁ」
 薄気味の悪い猫撫で声がすぐ近くから聞こえてくる。同時にハンマーを叩き込んだままの状態の私を泥人形の両手が包み込んだ。
「これでもうおいたは出来ないねぇ〜」
 ハンマーの先端部分が泥に包み込まれ、その上にさっき叩き潰したはずの泥人形の顔が浮かび上がった。更にその間にも私の身体をどんどん泥が包み込んでいく。
――このままだと身動きがとれなくなってしまいます!
 それは流石にやばいかも。いやまぁ、奥の手があるって言えばあるんだけど、あれは激しくやりたくない奥の手だからなぁ。
――でもいざと言う時は使わないと。
 まぁ、それは確かに。もっとも現状ではまだ私はハンマーの柄を握ったままなので、そこから逆転の手を導き出しますか。
「言っておくけどね……捕まったのはあんたも同じだよ!」
 そう言うと同時に私はハンマーに柄に魔力を流し込んだ。次の瞬間、泥人形の頭が一気に爆散する。手に持ったハンマーを通じて爆発の魔法を叩き込んでやったのだ。もっとも威力はちょっと小さめ。あいつの中には妹がまだ捕まっているからね。
 でもまぁ、これでも泥人形には充分なダメージだったみたいで、泥人形は私を放すとフラフラとよろけながら後退する。
 泥だらけになりながらも何とか解放された私はすぐさま泥人形を追いかけ、再びハンマーを振りかぶった。とにかくまずは妹を助け出さなければならない。その為にもこいつの動きを止めなければ。
「喰らいやがれぇぇ……ええっ!?」
 全力でハンマーをぶち込もうとしていた私だったけど、目の前の光景を見て、慌ててそのスイングを止める。何とも卑怯な事に泥人形野郎の奴はずっと身体の中に隠していた妹を剥き出しにしやがったのだ。もしハンマーのスイングを止めていなかったら、直撃を受けていたのは妹の方で、怪我をしていたのもきっと妹の方。いやはや、よく止められたものだ。自分でもちょっと感心してしまう。
――自画自賛している場合じゃないですよ、夏芽里さん!
「ほへ?」
 自分でも間抜けだな、と思える声をあげる私に横殴りの衝撃が襲い掛かった。多分なんだけど、きっと容赦のない一撃を横から貰ったに違いない。ちょっと想定外の事に驚いていたから”シールドファンネル”による防御が間に合わなかった。一応対物理衝撃緩和魔法があるんだけど、今回のはちょっと洒落になってない。思い切り吹っ飛ばされて地面の上をゴロゴロと転がってしまう。
「……いったぁ〜」
 身体中の痛みに思わず顔を顰めてしまう。もし対物理衝撃緩和魔法がなかったら骨の一本や二本は覚悟しなければならなかっただろう。その程度で済めばいいんだけど。
「……ようやくわかったよ……どうやら君は少し痛い目を見ないと素直になれないようだねぇ……」
 腹の中から妹の身体を剥き出しにしたまま泥人形が私の方に近付いてくる。どうやらあいつも馬鹿じゃないらしい。妹をそうしておけば私の方からは手が出せないと言う事に気付いたようだ。これこそが人質の有効活用と言うものだ。される方はたまったものじゃないけれど。
「大丈夫だよ〜。何も心配はいらない……君の看病は僕が全部してあげるから……身体も全身隈無く拭いてあげるし、下の世話だって僕がこの手でちゃんとやってあげるからねぇ〜」
 泥人形がそう言うのを聞いて、私は全身に鳥肌が立つのを感じていた。何と言うか、こいつだけには絶対にそう言う事をされたくない。肌を見せるのは勿論、下の世話など絶対に嫌だ。
――でもどうしましょうか……妹さんがああ言う感じで捕まっていると手が出せませんし。
 それが問題なんだよなぁ……妹の事を無視して攻撃してもいいんだけど、お母さんや張本人である妹にその事をがばれたら怒られるだけじゃ済みそうにないし。
――そう言う問題でもないような気がしますけど。
 とにかく妹を何とかして助けないと手が出せない事には違いない。しかし、どうやって助ければいい? こっちからはろくに手が出せないと言うのにどうやって囚われのお姫様役を演じている妹を救い出せと言うのだ。
――せめてもう一人いれば何とかなるような気がするんですが。
 もう一人、か……基本的に個人活動で単独行動な私に頼れるような仲間はいない。いやまぁ、魔法使い関連の知り合いってのもろくにいない訳なんだけども。一応言っておくが決してゼロじゃないぞ。いざと言う時にそう簡単に頼れるような知り合いがいないだけだ。それに私はあまり人に借りとか作りたくない。貸しは作ってもな。
――……ええっと。
 何だ、何が言いたいアグニ。
――いざって言う時に頼れる人、いるじゃないですか。物凄く身近に。
 そんな人いたか?
――よっぽど信用してないんですね……。
 呆れたようにアグニがそう言うんだけども、私にはまるで心当たりがな……
「ああ、いた! 一人だけ!!」
 突然そう叫んだ私に驚いたのか泥人形が足を止める。その間に私は立ち上がると”シールドファンネル”を動かし、地面へと叩きつけた。舞い上がる土煙をカモフラージュにして私はその場を離れる。
 大急ぎで物陰に身を隠すと、私は魔法使い同士でしか使えない連絡方法を試みた。実を言うとあまり得意じゃないんだよね、これ。
<お母さん、聞こえる?>
<ああ、もう! ようやく繋がった! 夏芽里ちゃん、今どこ?>
 いわゆる”思念通話”だとか”念話”だとか呼ばれている意思疎通法。これをちょっと苦手としている私は普段からその回線をクローズしている事が多い。だから基本的に”歪み”発生時の連絡は携帯にかかってくるのだ。
<あー、えーっと……そ、それより何の用?>
 場所の説明をしてもいいのだが、それをすると何となくだけども妹が”歪み”に捕まっている事も説明しなきゃならないような気がしたのでとりあえず誤魔化してみる。
<携帯に電話しても全然出ないし、”念話”も繋がらないし……>
<ちょっと色々とあったの! それより用件は?>
 お母さんからの用件は大体見当が付いている。だが、さっさとそれを言うように促したのは、このまま放っておけば何時までもグチグチと文句を言い続けるだろう事が容易に予想出来たからだ。
<”歪み”が出てるの!>
 うん、全くもって予想通り。
<場所がもしかして某工事現場なら今苦戦中>
<苦戦中? 夏芽里ちゃんが? 珍しいわね>
 ちょっと驚いたようなお母さんの声。
――夏芽里さんはその面倒臭がりで自分勝手な性格さえなければかなり優秀だと言えますからね、一応。
 一応って何だ、一応って。私はその分さっ引いても充分優秀だっての。
――性格にかなり難ありですがね。
 やかましいわ!
<いやまぁ、色々とありまして。それよりもちょっとお母様に協力していただきたいことがあるんですけども>
 頭の中で繰り広げているアグニとのやりとりとは裏腹にお母さんにはやたら丁寧に協力をお願いする。
<協力?>
<合図したら”歪み”を上に吹っ飛ばすから、そこを狙撃して欲しいの。狙うのは胴体のど真ん中で衝撃を与えるだけでいいから>
<何か面倒くさ〜い。一気に封滅しちゃった方が簡単よ〜?>
<そう言う訳にもいかないのよ。今回の”歪み”は人間に取り憑いているし、更に人質を取ってるから>
<人質ぃっ!?>
<人間素体の”歪み”は頭いいから。お母さんだって知ってるでしょ、それくらい。私が苦戦しているのもその所為よ。だからまずは人質を助け出さないといけないの! わかった?>
<わかったわ。それじゃお母さん、屋根の上で待機するから……一応五分くらいは頑張ってちょうだいね>
<ちょ、五分って!?>
 屋根の上に昇るだけで何でそんなにかかるのよ?
 まぁ、いいわ。こっちも準備しなきゃならない事があるしね。まぁ、精々頑張らせて貰いましょうか!
 私は物陰から飛び出すと泥人形に向かって”フレイムバレット”を一発だけ放った。さっき起こした土煙の所為で私を見失っていた泥人形の足下に火の玉が着弾する。
「……!? なぁんだ、そこにいたのかぁ〜」
 足下で破裂した火の玉に一瞬だけ気を取られたらしい泥人形だったけど、すぐに顔を上げて私の方を向いた。そして毎度の事ながら何とも言えない嫌〜な笑みを浮かべる。
「もう隠れんぼはおしまいかい?」
「そうね。そろそろ終わりにしたくなってきてるから」
「フフフ……それはこっちも同じだよぉ……やっぱり僕たちは気が合うんだぁ……君と僕の相性はきっと抜群にいいはずなんだよねぇ〜」
「あー……なんか鳥肌が立ってきたような気がするんだけど」
 チラリと腕を見ると本当に鳥肌が立っていた。うん、こいつと私の相性は本当に最悪に違いない。
――そんな事改めて確認しなくてもわかりきっているじゃないですか。
 まぁ、確かに。それよりもアグニ、準備はいい?
――準備、ですか?
 あいつを空高く吹っ飛ばす準備よ。使う魔法はわかってるわよね?
――勿論です! 設置場所は今の足下でいいですか?
 上には何にもないし、ここでいいんじゃないかな?
――了解しました!
 さて、アグニがお母さんとの連携の切り札となる魔法を設置している間私はあの泥人形の目を引き付けておかなければならない訳で。しかもこの場から一歩も動くことなく、だ。何と言うか、自分でやっておきながらなかなか難しいなこれ。
「まぁ……やってみるさって事で」
 そう呟き、私は自分の周囲に六つの”シールドファンネル”を展開させた。その内の四つを私を取り囲むように配置し、更にもう一つを頭上に持っていってピラミッドを形作るようにする。
「これ、魔力喰うからあんまりやりたくはなかったんだけどね……」
 一歩も動かずにあの泥人形と渡り合う為には仕方ない。
「さぁ! かかってきなさいっ!!」
「やっぱり君は少し痛い目を見ないと……ああ、そうか。痛いのが好きなんだね、君は……いいよぉ……思う存分君を満足させてあげるからねぇ!!」
 何かあの泥人形が言っているけども無視だ、無視。一応言っておくけども私は間違っても痛いのが好きだとかMだとかそう言う性癖は持ってない。
「もっともこっちからも手は出させて貰うけどねっ!」
 そう言いながら放ったのは”フレイムバレット”。もっとも妹に直撃させる訳にもいかないので、狙うのは泥人形の頭だとか腕だとか足だとかになってしまうんだけど。まぁ、胴体みたいに大きい的じゃないから当たらない可能性の方が高いんだけどね。
「うわぁっ!」
 それでも私の方から攻撃してくるなんて思いもしなければ考えもしなかったのだろう。放たれた火の玉をかわしながら慌てたような声を出す泥人形。
「き、君はっ……妹ちゃんがいるのにっ……」
「はんっ、妹に当たるような、そんなへぼい腕はしてないわよ!」
 まぁ、多分かわすだろうなとは思っていたけどね。狙った場所とあいつがかわすだろうと言うのも込みでやったんだから当然の結末な訳なのだよ。それをあいつに言うことはきっとないだろうけど。
「……やっぱり君は痛い目を見ないといけないようだ……」
 そう言うが早いか、泥人形が両手を私に向かって突き出してきた。その指先から泥の弾丸がいくつも飛んでくる。しかし、それは全て私の目の前に張られた障壁によって防がれる。さっき準備しておいた”シールドファンネル”のピラミッド。それに魔力を流し込み、それぞれの面にバリアのような障壁を張っておいたのだ。これ維持するのに結構魔力使うからあまり使いたくはなかったんだけど、仕方ないか。
 それにしてもちょっと前まではもう少し大きい泥の塊を発射してたはずなのに、何時の間にこんな細かい芸当が出来るようになったんだ、こいつは。いくら人間素体の”歪み”だからと言っても成長速度早すぎるぞ。
――それだけ心の中に歪んだものを持っていたって事ですよ、夏芽里さん。
 不意にアグニの声が聞こえてきた。と言う事は準備出来たって事でいいのかな?
――いつでもOKですよ。ちゃんと設定も衝撃にしておきましたし、方向も上だけにしておきました。
 ん、流石はアグニ。かゆいところに手が届く、万全のサービス態勢だねっ!
――夏芽里さんのフォローをする時はこれくらい当然です。
 何か気の所為か馬鹿にされたような気がするなぁ。よし、アグニ、帰ったらじっくり話し合うか。
――ええ、望むところです。
 まぁ、その前にこいつを封滅しちゃわないといけないんだけどね。
「さてと……問題はどうやってここにまで誘導するかよね」
 ちなみに泥人形野郎は未だに指からの泥弾丸を私に向かって放ち続けている。どれだけやっても通じないってわからないかな?
――とは言っても魔力の残量によりますけどね。何にせよ、早くしないと。
 それもそうだ。それじゃ、そろそろ仕掛けますかね!
 私はピラミッド状に展開しているのとは別に一つだけ予備としておいておいた”シールドファンネル”を泥人形の方に差し向けた。
「行けっ!」
 物凄い勢いで”シールドファンネル”が泥人形の方へと向かっていく。しかしながら泥人形のボディの正面には妹が剥き出しになっている訳で、そこに直撃させる訳には行かない。まぁ、させるつもりは毛頭ないけどね。
「えいっ!!」
 私のかけ声と同時に飛ばした”シールドファンネル”が急降下した。まぁ、いわゆる野球で言うところのフォークボールみたいな感じで。とにかく私が放った”シールドファンネル”は泥人形のすぐ手前、足下辺りに落下する。
「くっ! また……」
 泥人形の目の前で土煙が派手に巻き起こる。あの変態泥人形の呟きからするに私がまた目眩ましをしたんだと思っているんだろう。しかしながら今回は目的が違う。確かに目眩ましも兼ねているのだが、最大の目的は。
「うわちゃあっ!!」
――何なんですか、そのかけ声は……。
 何かアグニが言っているようだけど今は無視。それよりも、今のかけ声と共に私は地面に叩きつけたはずの”シールドファンネル”を引っ張り上げた。ちなみに、その”シールドファンネル”、地面に叩きつけた時に泥人形の足下やや後ろへと潜り込むようにさせてあったのだ。そんな状態のものを引っ張り上げると……。
「うん……ぐあっ!!」
 丁度泥人形のお尻辺りに”シールドファンネル”の先端が飛び出して来るんだな、これがっ!
――何でそんなに嬉しそうなんですか……。
「ついでにそのまま……えいっ!!」
 伸ばした手を自分に向かって引っ張り寄せる。その動きにあわせて泥人形の尻に食い込んだ”シールドファンネル”も私の方に向かって引っ張り寄せられる訳で。勿論、”シールドファンネル”が尻に食い込んでいると言うか突き刺さっている泥人形もその身体ごと私の元へと引き寄せられるのだ。
「アグニッ! タイミング、間違えるなよっ!!」
――勿論ですっ!
 私は少しの躊躇も容赦もなく”シールドファンネル”を自分の方に引き寄せつつ、少しずつ後ろへと下がった。泥人形は抵抗しようとしていたけれども、お尻に刺さった”シールドファンネル”が激痛を与えているようで情けなくひょこひょこ飛び上がりながら私の元居た位置へとやってくる。そして、その身体が私がちょっと前までいた場所へと差し掛かった時。
「今だっ!」
――炸裂っ!!
 泥人形の足下に魔法陣が浮かび上がり、すぐさまそれが眩い光を放つ。続けて起こる爆発。しかし、その爆発が周囲に広がる事はない。全て魔法陣の内側で遮られ、逆に内側で荒れ狂う。
「ふはははは! ざまぁみやがれっ!!」
 それほど広くない魔法陣の内側で爆発に吹っ飛ばされる泥人形を見て私が大笑いする。何て言うか、すっきりとする光景だなー。
――えーっと、連絡しなくていいんですか、お母様に?
 おおおっ、忘れてたぁっ!!
<お母さん、今吹っ飛ばしたから! 後よろしくっ!!>
<まったく……夏芽里ちゃん、先に合図するって言ってたのにぃ〜>
<いいから! 早く早く! ハリィーッ!!>
<わかってるわよぉ〜>
 私が慌てて連絡すると、お母さんからいつものようにのんびりとした声が返ってきた。何と言うか、こののんびりとした声からはわからないけども、お母さんは実はかなりの凄腕魔法少女(元)だったりする。多少手順が変わってしまったとしてもきっとうまくやってくれるはずだ。
――さぁ、私達も行きますよ。
「へ? 何で?」
――……本気で言ってます?
「……ああ、そうか! あははっ! アグニ、流石だね!」
――今普通に妹さんの事を忘れてましたよね……。
「な、何言ってんのかなー、この子は。さぁ、それじゃとっとと行くよーっ!!」
――だから一体化している間は……。
 えーい、これ以上は言うな。とりあえず先にやらなきゃいけない事があるだろうが。
 さっと手を一振りして空飛ぶ箒を呼び出すと、すぐさまそれに跨り、一直線に上へと向かう。丁度建設中の建物の一番上の階を越えた辺りで、さっき吹っ飛ばした泥人形がおそらくお母さんが放ったのであろう魔力弾の直撃を受けているのが見えた。しかも一回だけじゃない。
 一発二発三発と連続で魔力弾が泥人形に撃ち込まれ、その姿勢を変え、四発目で泥人形の胴体の中心部分を直撃する。
「おおお……何と言うか、見事」
――凄いですね。初めの三発で相手の姿勢を変えて狙いやすくして、最後の一発で本当の目的を達成する。それをほんの数秒の間に全てこなすなんて……流石は”紅蓮の閃光”ですね。
「その巫山戯た通り名は何とかならなかったのか……」
 小さくため息をつきながらも私は泥人形から目を離さない。泥人形の胴体の中心部分に命中した魔力弾は初めの三発とは違うみたいで、貫通はせず、ジリジリと衝撃を内側に向かって与えているようだ。
――成る程、あれで人質となっている妹さんを助け出すんですね。
 と言うか、あんな魔法を使えたのか我が母上は。何と言うか、とっても面白そうだ。今度教えて貰おう。
――……えーと、とりあえずその理由を聞いてみてもいいですか?
 いや、ああやってジリジリと敵にダメージ与えるのってゾクゾクしない?
――本当にドSですね、夏芽里さん……。
 そんな事はないと思うけどなぁ。
 っと、そんな事をしている間に泥人形の胴体の中から妹の身体が投げ出された。おそらく妹を捕らえていたところがお母さんの魔力衝撃弾によって壊されてしまい、拘束力をなくしてしまったからだろう。まぁ、こうなる事を見込んでお母さんにヘルプを求めた訳なんだけど、いやはや、本当に凄いわ。普段のおっとりのんびりマイペースぶりが嘘みたいに思えてしまう。
「よっと!」
 泥人形の身体から解放され、相変わらず気を失い、眠ったままの状態の妹が重力に引かれて地面に落ちていこうとするところを私が両手を広げて受け止める。うおお……こいつ、着膨れしまくっているから持ちにくい上に重い……!! 一体何枚重ね着してるんだ、この馬鹿は!
――今日はこの冬一番の寒さだって言ってましたからねぇ。それ相応の対策をしたんでこうなっちゃったんじゃないですか?
 よし、帰ったらまた妹用寒さ対策を練ろう。流石に今回また肺炎とかにならせたら怒られるどころじゃ済まないだろうからその辺は慎重にしないといけないけどね。
――あえて何も手を出さないと言う選択肢はないんですか?
 あえて言おう……ないっ!!
――少しは自重しましょうよ……妹さんの身の安全の為にも。
 まぁ、とりあえずそれは置いておいて、さっさと地上に降りようか。こいつを抱えているのも結構辛くなってきた。
――それにそろそろ”歪み”も封滅してしまわないといけませんしね。
 そういやそれもあったな。やっと妹を助け出せたんだ、ここからは全力全開、フルパワーでぶっ潰しても構わない訳なんだよね〜。
――だからその邪悪な笑顔は止めてくださいってば。
 やだなぁ、アグニ。私ってばそんな顔してる?
――この場に鏡がない事を今、私はひどく残念に思う程度には。
 あはは、やだなぁ、アグニ。それじゃ後でゆっくりと話し合おうか。暖かいところで。
――ええ、是非とも鏡のある暖かいところでやりましょう。

 着膨れて持ちにくい妹を抱えてようやく地上にまで降りてきた私達。地面の上に寝かせるのもちょっと可哀想だから近くにある鉄骨にもたれかけさせておく。
「しっかしよく寝てるわねぇ、この子。普通あれだけ大騒ぎしたら目を覚ますんじゃないかな?」
――眠っていると言うよりも眠らされているというのが正しいでしょうね。おそらくこれもあの”歪み”の力によるものでしょう。
 ぺんぺんと軽く妹のほっぺたを叩きながら私がそう呟くと、すぐさまアグニが返事を返してきた。成る程、あの泥人形野郎は妹をさらって人質にしたあげくに力を使って昏睡状態にまでした、と。よし、これで奴の罪状がまた一個増えたな。これで容赦なく叩きのめせる。
――元から容赦のよの字もする気ないくせに。
 そうとも言う。
「う……ガアアアアアアッ!!」
 おっと、泥人形野郎の事を忘れてた。しかし、黙って攻撃してくりゃまだ私を倒すチャンスってもんがほんのちょっとぐらいはあっただろうに、何でああやって自分の存在をアピールするかねぇ。
「もう……本当に許さない……君を一応五体満足で僕のものにしようと思っていたけど、もうそれは止めだ。腕の一本や二本、足の一本や二本なくしても文句は言わさないよぉ」
「言いたい事はそれだけ?」
「何……だと……?」
「もうあんたの切り札の人質は居ないのよ? つまりは私が手加減とかする理由はもう何処にもないって事、理解出来る?」
 自信たっぷりに言う私。まぁ、あの泥人形の攻撃力はちょっと侮れないものがあるんだけど、とにかく人質になっていた妹はもう取り戻せた訳だし、後は全力でこいつを始末するだけでいいので気が楽だ。
「フッ……人質がなくてもこの僕が君になど負ける訳が……」
 何故か自信たっぷりにそんな事を言っている泥人形。一体何処からそんな自信が沸いてでてくるのか、結構興味が湧いてきた。まぁ、沸いてきただけで検証しようとか言う気は一切無い。と言うか、こんな変態ストーカー野郎は叩きのめして人生を後悔させるべし。後、出来れば二度と私の前に出てこようと思えない程度にはぶちのめしておきたいし。
「さぁ……ここからが本当のショータイムよ」
 私は泥人形の発言を思いっ切り無視して、未だハンマーの状態を保っている魔法の杖を大きく頭上へと振りかぶった。
「うおりゃあっ!!」
 振りかぶったハンマーを思いっ切り地面に叩きつける。すると、そこが爆発したかのように弾けた。
「また目眩ましか……君はこれが好きな様だねっ!!」
 巻き起こった土煙の向こうからそんな声が聞こえてきて、同時に泥弾丸が次から次へと飛んでくる。だけどそれが私に当たる事はない。そもそも土煙のお陰で向こうから私の姿が見えにくくなっているのと、当たりそうな泥弾丸は全て”シールドファンネル”で受け止めているからだ。
 さて、今さっきのが単なる目眩ましだけだと思って貰っては困る。まぁ、私は普段から出来る限り手を抜いて……じゃなくて、出来る限り効率的に”歪み”の封滅を行っている。こう言う目眩ましも効率的に行う為の第一歩なのだ。
――単に面倒臭いからとっと終わらせてるとも言いますけどね。
 何とでも言いなさい。
 何にせよ、これ以上あいつの相手をするのも面倒だからさっさと片付けよう。
――でも、どうやってやるんですか? 普通にぶっ叩いてもすぐに再生しちゃいますけど。
 相手は泥の塊よ。泥ってのはね、水分飛ばしちゃえば固まってしまうの。もうわかったでしょ?
――成る程、固めてしまってから改めてぶっ叩くと。
 その通り!
「”フレイムバレット”!!」
 土煙と”シールドファンネル”に守られながら私はハンマーの先端を泥人形の居るであろう方向に向け、その周囲に六つの小さな火の玉を生み出した。普通にこの火の玉を泥人形に向けて放っても、叩き落とされてしまうのはもうわかっている。だから今回は叩き落とされないよう工夫をする。
「たりゃあっ!!」
 手に持ったハンマーを一回転させてから、思い切り振りかぶる。バットをフルスイングするようにハンマーを振り抜き、その先端部で火の玉を打ち出していく。普通に”フレイムバレット”を放つよりも数倍、最低でも三倍くらいの速度で火の玉が泥人形に向かって飛んでいく。
「ぐあっ!」
 土煙の向こう側から泥人形の声が聞こえてきた。どうやらうまく命中したらしい。まぁ、多少の誘導性を火の玉に与えておいたから外れる方がおかしいっちゃおかしいんだけど。
 続けてのこりの五つも泥人形の方に向かってぶっ飛ばしてから、私は”シールドファンネル”を前面に押し出しつつ走り出す。どうやら泥人形の奴、私がハンマーで打ちだした高速火の玉の直撃を全て喰らったらしく、まるで反撃してこない。
 土煙を抜けると泥人形の奴の方でも私の接近に気付いたらしい。今更ながら泥の弾丸を私に向かって飛ばしてくるけども、その大半を”シールドファンネル”で、残りを手にしたハンマーで次々と撃ち落とし、私は一気に距離を詰めていく。
「ふははははっ! もう遅ーい!!」
 私が次々と泥弾丸を叩き落としていくのを見て、泥人形が今更ながら後退しようとするが、もう充分このハンマーの射程距離内だ。思いっ切り後ろへとハンマーを振りかぶり、身体を回転させながらその勢いに乗せてハンマーを泥人形の身体に叩き込む。
 ぐしゃって言う音と共に泥人形の身体をハンマーが通り抜けた。うむ、勢いをつけすぎたか。ならば、このまま更にもう一回転して再び泥人形の胴体にハンマーの頭の部分を叩き込むっ!
「ぐふわっ!」
「よっしゃっ!」
 泥人形の奇妙な声と私の歓喜の声が重なる。つまりは目的通りハンマーの頭部分が泥人形の身体に深々と食い込んだって事で。
「ねぇ……お熱いのはお好き?」
 ニコッと笑顔を浮かべて私は泥人形に問いかけた。
――いえ、どう見ても邪悪そのものの笑みですから。もうどっちが悪役なのかわからない、そんな笑みですから。
 とりあえずアグニは無視するとして、泥人形の方から何の返答もないのが少々残念だけども、もうこれ以上こいつと付き合う気はないのでさっさと終わらせてしまおう。ギュッと強くハンマーの柄を握りしめ、そこから魔力を流し込む。
「もう一回聞くよ。お熱いのお好きかしら?」
 もう一度ニコッと……ああ、もういいや、別に凶悪であろうと何であろうと、とにかく満面の笑みを浮かべて問いかける。もっとも返事は初めから期待していない。それ以前にハンマーで一回胴体をぶち抜かれて、そこに更にハンマーを叩き込まれたのだ。ダメージが大きすぎて回復が追いついていないだろうし、そんな状態で喋りたいとは思わないだろう。
「まぁ……好きでも嫌いでもどっちでもいいけどねっ!」
 そう言うと同時に私が流し込んだ魔力が熱に変換され、泥人形の身体から一気に水分を蒸発させていく。見る見るうちに泥人形の体の表面が固まっていき、ピシピシとひびが入っていく。
「もうこんなものでいいかな」
 泥人形が充分固まったのを見て、私は無理矢理ハンマーを泥人形の身体から引き抜いた。その衝撃で泥人形の身体の一部が崩れ落ちるが、はっきり言わなくてもそんな事私にはどうでもいい事だ。どうせ倒すんだし。
――それじゃそろそろ決めますか。
「最後はど派手にいってあげましょうかねぇ……」
 さっとハンマーを動けなくなった泥人形に突きつけ、私はすかさずこの泥人形にとどめを刺す必殺の魔法の準備にかかる。足下に魔法陣が浮かび上がり、魔力の充填と共に光を放ち始めた。
 普段ならこんな時間のかかるような魔法は使わない。今回は特別、相手が動けなくなっているのがわかっているからだ。後ついでに私がこの変態ストーカー泥人形にちょっとどころじゃなく怒っているからかな。うん、こう言う変態野郎は殲滅しておくべきだ。主に私の平穏な生活の為にも。
――魔力充填率、八十パーセント……百パーセント……。
 ああ、こう言うシークエンス、大好き。如何にも必殺って感じで。
――魔力充填率、百二十パーセント……準備完了です!
 オッケー……それじゃやりますか。
「対ショック対閃光防御。照準セット。カウントダウン開始……十……九」
――何でここまでやるんですか?
 気分よ、気分。
――気分って……。
「……四……三……二……一……行けっ! ”フレイムバーストキャノン”ッ!!」
 カウントダウンを終えると同時に突き出しているハンマーが崩れ落ち、中にあったマドラーが剥き出しになる。その先に魔法陣が浮かび上がり、その魔法陣と同じ太さの光が泥人形に向かって発射された。
 これぞ私の最大の必殺技、切り札中の切り札。持っている魔力を最大限にまで圧縮充填し、それを相手に向かって一気に解き放つ。言ってみればヤ○トの○動砲みたいなものだ。それと違うのは、一回これを使っちゃうと私の魔力はスッカラカンになってしまうって事。いやはや、まさしく本当の本当に最後の切り札な訳ですな。
――これで倒せなかったら一気にこっちが危なくなりますけどね。
 いわば諸刃の剣だね。使いどころが難しい上に滅多に使えない訳だけど。まぁ、普段は使う事ないんだけど。
 それはさておき、私の最大の必殺技の直撃を喰らった泥人形はその爆発の中に当然のごとく巻き込まれ、その中で消し飛んでしまう。
――いやいやいや、消し飛ばしちゃダメでしょう。
 冗談よ、冗談。
 ”フレイムバーストキャノン”の爆発が収まった後には全身ひびだらけの泥人形が立ち尽くしていた。じっと見ていると、パラパラとその身体が崩れだし、続けて一気に全身が崩れ落ちてしまう。後に残ったのは私をここに呼びだしたあの気持ち悪いストーカー野郎だけ。
 何と言うか、放心しきった顔でボケッと突っ立っているその男の身体から黒い靄のようなものが抜け出し、そのまま天に向かって立ち上っていく。私は少しの間天に向かって昇りつつ、消えていく黒い靄を見ていたけども、やがてそれにも飽きて、ストーカー野郎の方に視線を移した。
 ”歪み”に取り憑かれ、それを私の最大最強の必殺技で強引且つ豪快に取り払われただけあって、完全に気力を失ってしまっているらしい。立ち尽くしたまま、半ば気を失っているのかも知れない。まぁ、私にはどうでもいい事だけど。
「さてと、それじゃ帰るか」
――あの人、放っておいて良いんですか?
「んー……いちいち被害届出すのも面倒だし、今回はあれだけやってちょっと気分もすっきりしたから見逃してあげようかな、と。まぁ、妹がこの事を覚えていて警察に言うって言うなら別に止めないし、むしろ協力しちゃうけど。何にせよ、疲れたわ。さっさと帰ってゆっくりしたい」
――それもそうですね。それじゃ変身解除しますね。
「え? 箒使って帰らないの?」
――”フレイムバーストキャノン”使ったのでもう魔力はスッカラカンです。正直変身状態を維持するのでやっとですよ。
「あー……そうか。それじゃ仕方ないな……って妹どうすんだよっ!?」
――そうですね〜……おんぶするか抱えて帰るしかないのでは?
「な、何でこんな場所を指定しやがった、この変態野郎!!」
 私はそう叫ぶと未だ立ち尽くしている変態ストーカー野郎に駆け寄り、その顔面を思い切り殴りつけるのだった。

「う……にゅ……」
 背中で何かがもぞもぞしている。どうやら背負っている妹が目を覚ましたようだ。
「ようやく起きたか、妹。重いから降りて欲しいんだが」
「お姉ちゃん……?」
 声の感じからしてまだ半分くらい意識は帰ってきてないらしい。と言うか、寝惚けているって言う方が簡単だな。この様子だと背中から降りて自分の足で歩いてくれそうにはないっぽい。
「……あのね……何か知らないけど……お姉ちゃん、かっこよかったよ……」
 ぽつりぽつりという感じで妹がそう言うのを聞いて、私は何か頬が熱くなるのを感じてしまう。と、そこにまた軽い衝撃。どうやら妹がまた意識を失ったか眠ったかしたらしく、少し持ち上げていた頭をまた私の背中に預けてしまったらしい。
 この様子だと家に着くまで目を覚ましそうにないなー。まったく、仕方ない。このままいえまでおぶっていくしかないな。
「いやはや、珍しいものを見れました」
 唐突にアグニがニコニコしながら私の前に現れた。一応妹にはアグニの事とか私が魔法少女だって事は内緒にしてあるので、出てこないように言っておいたんだけど。まぁ……妹もいずれはお母さんの手で半ば無理矢理魔法少女にされてしまうんだろうし、教えておいてもいいと思うんだけどね。
「珍しいものって?」
 ちょっとムッとしたように、ついでに咎めるようにアグニを睨み付ける。ここには私と寝ている妹しかいないからいいけど、誰かに見られたらどうするんだ。
「照れてる夏芽里さんです。いやはや、外ではどっちかと言うと無気力系クールを気取っていて、家の中ではグータラで面倒くさがり屋さんな夏芽里さんでもああ言う風に誉められたりすると照れちゃうんですね。真っ赤になった夏芽里さん、可愛かったですよ」
「な、何を……」
 ニコニコ、と言うよりもニヤニヤしながらそう言うアグニに私は何か言い返そうとして言い淀んでしまう。まぁ……何と言うか、私は自分でも一応美少女だという自覚と自信がちょっとばかりあったりするんだけども、面と向かって可愛いとかかっこいいとかはあまり言われた事がない。アグニも言った通り外では無気力系クールを気取っている為、そう言う風に噂される事はあっても直接私に言ってくる奴は居ないのだ。故にそう言った耐性が私は非常に低い。悔しい程に。
「何と言いますか、夏芽里さんは本当に残念美人ですからねー」
「何だ、その残念美人ってのは」
「見た目はいいんですからもうちょっと頑張ればモテモテじゃないですか」
「今でもモテモテだよ。ただ誰とも付き合おうって気になれないだけ」
「……まさかそっち系の人だったり?」
「一応言っておくけども私はGL系でなければBL系でもないぞ」
「誰もそんな事言ってませんよ?」
「言いたそうだったじゃん」
「いやまぁ、思わないでもなかったですけど。でも夏芽里さんって結局はノーマルな訳ですよね? その割には女の子からの告白も何度毛受けてましたよね?」
「だから全部断ってるでしょうが」
「主に妹さんが、ですけどね」
「だって面倒臭いし〜」
「だからそれを止めたら……」
「はいはい。それじゃさっさと帰るわよ〜。早く帰ってコタツでぬくぬくしながら温かいココア飲むんだから〜」
「了解で〜す!」
 私は改めて妹を抱え直すと、アグニと共に家に向かって急ぐのだった。

 例のストーカー野郎を撃退してから数日経ったある日の放課後、私は寒風吹き荒ぶ屋上にいた。
「つーか、寒い」
 朝見てきた今日の天気予報によると、今日は今年一番の寒さらしい。いや、この間もそんな事言ってなかったか?
「あ、あの……そ、その……」
 して、何で私がこの寒い中、屋上なんぞに居るのかと言えば、その原因は私の真正面にて、やたらもじもじしている男の所為だったりする。まったく何でこうしてクソ寒い屋上なのか、小一時間くらい問い詰めたい気分だ。勿論問い詰める時は暖かい場所で、温かいココアにケーキセットなどをつけて、だが。
 と言うか、このシチュエーション、前にもなかったか?
「あ、あの!」
「あー、そんなに大きい声出さなくっても聞こえているから」
 何か意を決したかのように大きい声を出す男を私がやんわりと嗜める。この男と私との距離はそれほど離れていない。手を伸ばせば充分届く範囲内だ。
「す、すいません……」
「謝らなくってもいいよ。それで、話って何かな?」
 慌てて頭を下げようとする男にそう言い、私は話を進めるよう促した。て言うか、寒いんだから早く終わって欲しい。私的にはこう言う寒い日はさっさと家に帰ってコタツに首まで潜り込んで、妹かお母さんにいれて貰った温かいココアでののみながらのんびりまったりしたいんだから。
「あ、あの……そ、その……えっと、ですね……」
 だからそこでもじもじするなぁっ!! と叫びたいところだけども、ここはあえて我慢。優しく微笑んで(うまく微笑んでいるかどうかはわからないけど。引きつっていそうな気がしないでもないし)男が話し出すのを待つ。出来れば早くしてくれーと思いつつ。
「ぼ、僕はあなたの事が……」
 しどろもどろだった男がようやく口を開きかけた時だ。ポケットの中で携帯電話が着信メロディを鳴らしてきた。
「ちょっとごめんねー」
 男に向かって手を突き出し、話を遮りながらそう言うと、私は彼に背を向けて携帯電話を取り出した。
「もしもし?」
『あ、夏芽里ちゃ〜ん?』
 聞こえてきたのは何となくだが、予想していた声。毎度お馴染み我が母上だ。相変わらず間の抜けたと言うか、何とも言えないのんびりとした声。これで緊急事態と告げられても緊張感がまるでない。
「もしかしなくてもあれね?」
『そう、もしかしなくてもあれよ〜。それじゃ場所はメールしておくからよろしくね〜』
「ちょっと! たまには自分でやろうとか思わない訳?」
『だからこれから晩ご飯の準備しなきゃいけないのよ〜』
「またそんな理由かいっ!!」
『だったら夏芽里ちゃんが今すぐ家に帰ってきて代わりにやってくれるの?』
「やだ。面倒臭い」
『なら文句言わないの〜。それとこの間手伝ってあげた分の借り、ここで返してね〜』
 くうっ……だからお母さんには頼りたくなかったんだ。普段ぽわぽわしているくせに、こう言うところだけはしっかりしているんだから。
「わかった。やればいいんでしょ、やれば! ちゃんと報酬、忘れないでよね!」
『それじゃ頑張ってね〜。あ、今日のおやつはお母さんお手製のクッキーよ〜。早く帰ってこないと麻由良ちゃんと武文ちゃんが全部食べちゃうかも知れないから〜』
「なっ! 私の分だけでも別にとっておいて……ってきりやがったよ!!」
 言いたい事を一方的に言い終わったらしく、お母さんの方から通話を終わられてしまった。これは家に帰って思い切り文句を言わなければならないな。その為にも一刻も早く、何処かに出現したとか言う”歪み”を封滅しなければ。
「あ、あの……」
 不意に聞こえてきた声に私が振り返ると、そこにはちょっと呆然とした感じの男の姿。そう言えば彼がいたんだっけ。忘れてた。うん、きっと普段の私とはかけ離れた先程の様子に驚いているんだろう。
「えーっと……ごめんね」
 私は満面の笑みを浮かべてそう言うと、さっと上着の裾からマドラーを取り出した。そう言えば、前にも似たような事があったけど、その時のこの男だったような気がしないでもないな。まさか二度も”忘却”の魔法をかけられるとは夢にも思わなかっただろうな。もっとも”忘却”の魔法なんだから覚えてる訳ないんだけど。
「それじゃ”眠って”、そして”今日の事は全部忘れてちょうだい”」
 そう言って男の眼前にマドラーを突きつけると、マドラーの先端に小さな魔法陣が浮かび上がった。その魔法陣がすっと拡散するように消えるのと同時に男の身体がその場に崩れ落ちる。
「毎度の事ですが、もうちょっと呪文に凝りましょうよ」
 そう言いながらアグニが姿を見せた。今まで何処にいたのかと言うと、私が着ているコートの内側だったりする。
「まぁまぁ、いいじゃない。それよりも早く行くわよ! でないと私の分のおやつがなくなりかねないし!」
 ギュッと力強く拳を握りしめる私。
「いや、その辺は妹さんも弟さんも配慮してくれると」
「いいや、あの二人はそんなことするはずがない。まぁ、武文は自分の分さえ確保出来れば何も言わないけど、麻由良は危険だ! あいつはおやつになると一切自重しない!」
「夏芽里さんがそれを言いますか? あなたこそおやつの事になると目の色変えているじゃないですか」
「当然だぁっ! 私のこの超優秀な頭脳をフル回転させる為にも、頭脳に与える栄養は欠かせないっ!」
 私はそう言うとすぐさま手に持ったマドラーを振り上げた。
「とにかく行くよ、アグニ! さっさと”歪み”を封滅して、家に帰ってコタツでぬくぬくしながらココア飲むんだ! 後クッキーも!」
「了解です!」
 私の宣言にアグニが同意し、コートの中から飛び出してくる。
「魔法変身っ! マジカルチェンジ!」
 変身用のキーワードを口にすると同時にアグニが私の周囲を一周した。足下に魔法陣が浮かび上がり、そこから炎が噴き出す。その炎の中、私の着ている服が弾け飛び、魔法少女用の衣装へと変換されていく。
「さぁ! 行くわよぉっ!」
――はいですっ!
 さっと手を一振りして空飛ぶ箒を呼び出し、すぐさまそれに跨った私は地面を蹴って空へと飛び上がる。そして、”歪み”の元へと一直線に飛んでいくのであった。

――ところで……”歪み”が何処に出たのかわかってるんですか?
「……あれ?」
――またですか……。


VARIABLE WITCHES 完

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