「今ですわよ、麻由良さん!」
「オッケー! 必殺! ”灼熱の砲弾”っ!!」
 樹理の声に頷き、私は必殺の魔法を発動させた。突き出した両手の先に生まれた大きな炎の玉を正面にいる”歪み”に向かって撃ち出す。放たれた炎の玉は一直線に”歪み”に向かって突き進み、そのボディのど真ん中を貫いていった。次の瞬間、”歪み”が物凄い炎に包まれ、同時に空に向かって黒い靄のようなものが昇っていく。
「良し! 次は……」
 どうやら今回も無事”歪み”の封滅には成功したようだ。しかし、問題はむしろこれから。
 天に向かって昇っていく黒い靄の中を目を凝らして見てみると、そこに黒い水晶柱の姿が見てとれた。
「あった! 今度こそ!」
 私がそう言って黒い水晶柱に向かって手を伸ばしながらジャンプしようとしたまさにその時、私の頭上を何かが飛び越え、黒い靄のようなものの中から黒い水晶柱を掴みだした。それはそのまま空中で一回転すると、背中のマントを大きくはためかせながら着地する。
「あんた! スク水変態仮面!!」
「誰が変態だっ!!」
 私の声に反応したようにスク水変態仮面が振り返ると同時に怒鳴ってくる。
「この間も言ったけど、あんた以外に誰がいるかっ! プールでもないのにそんな堂々とスク水着て外出歩ける奴なんか変態で充分だ!」
「お前だって似たようなものだろう! この少女趣味が!」
「うるさい! この変態! あんたよりマシだってこの前も言った!」
「好きでこの格好をしている訳じゃないとこっちも言ったはずだ!」
 お互いに睨み合いながら怒鳴りあう私とスク水変態仮面。
「……そんな不毛な言い合いをしている場合ではないでしょう、麻由良さん?」
 後ろから樹理の呆れたような声が聞こえてきて、ようやく私は我に返った。そうだ、今はスク水変態仮面と言い争いをしている場合じゃない。あいつが持っている黒い水晶柱を奪い返さなければ。
「……その手に持っているもの、今日こそこっちに渡して貰うわよ」
 改めてスク水変態仮面を睨み付けながら私は言う。
「出来るものなら」
 ニヤリと笑ってスク水変態仮面が言い返してくる。私達じゃ絶対に無理だって思っているに違いないな、あのいやらしい笑みは。
 しかしながら相手は一人、こっちは私と樹理、そしてこの近くにはノイマンさんもいる。このスク水変態仮面がどれだけ凄腕の魔法少女だろうと三対一では有利なのはこっちに決まっている。
「忘れているようだから言っておくけど」
 ジリジリとスク水変態仮面との距離を詰めようとしていた私に向かっていきなりスク水変態仮面が口を開いた。相変わらずニヤニヤといやらしい笑みを浮かべている。何て言うか、妙なくらい自信たっぷりだ。
「お前達はこの私を倒してこの水晶を奪わなければならない。でも私はここから逃げるだけでいい」
 そう言ったスク水変態仮面の足下に魔法陣が現れる。以前にも同じものを見たことがある。
「転移魔法陣! 逃がすか!」
 スク水変態仮面の足下で魔法陣が光を放つのを見て、私は慌ててスク水変態仮面に飛びかかった。しかし、ほんのちょっとだけ遅かった。私の手がスク水変態仮面に触れる直前で、スク水変態仮面の姿が消えてしまう。
「くそっ! また!」
 後ほんのちょっとで手が届いたのに。
「……相手の方が一歩上、と言うところですわね」
 そう言いながら樹理が私の方に近寄ってくる。
「ですが、麻由良さんがもうちょっと早く動いていれば充分あの方を捕らえることは出来たと思いますわ。すなわち、あの方を逃したのは麻由良さんが愚図でのろまだから、と言うことに」
「あんたは何もしてなかったでしょうに!! 私とあいつが怒鳴りあっている間に後ろから羽交い締めにするとかぶん殴って気絶させるとか他にも色々あったでしょうに!!」
 相変わらずの嫌味を言ってくる樹理に思い切り怒鳴り返す私。
 いやまぁ、あまり認めたくはないけども確かにあのスク水変態仮面を私が取り逃がしたのは事実だ。でも同時に樹理が何もしなかったのもまた事実。樹理が上手く立ち回ればあのスク水変態仮面を取り逃がすこともなかったはずで、そう言う意味からも私だけを一方的に責めることは出来ないはずだ。
「……私、そう言う野蛮なことは」
「あんたねぇ……」
 すっと視線をそらせる樹理をジロリと睨む私。
 と、そんなところにようやくノイマンさんがやってきた。
「麻由良君、樹理君、”歪み”は?」
「遅いですわよ、ミスターノイマン」
「封滅は完了、でも例の水晶柱はまたやられたってとこ」
 ほぼ同時にノイマンさんに振り返る私と樹理。
 まったく、樹理じゃないけどノイマンさん、来るのが遅すぎ。もっと早くこの場に来てくれていればあのスク水変態仮面を逃がすことはきっと無かったはずだ。あくまで、多分、だけど。
「うーん、これで五回目か……」
 力無く呟くノイマンさん。
 少し前、あのゼロ戦との戦闘からもう二週間近く経つ。その間に”歪み”が発生したのが四回、今日を含めると五回。その全部にあのスク水変態仮面は関わってきて、まぁ、何とかその邪魔をかいくぐって”歪み”自体は封滅してきたんだけど、”歪み”の中から現れた黒い水晶柱は全部持ち去られてしまっている。だからあの黒い水晶柱が一体何をする為のものかとかあのスク水変態仮面とそのバックにいるであろう黒い女の人が何を企んでいるのかとかは今だに不明のままだ。
「……しかし、この頻度はおかしすぎる。この町がいくら……だからと言っても……」
 何か難しい顔をして、腕を組みながらブツブツ呟いているノイマンさんをよそに私と樹理は歩き出していた。黒い水晶柱は奪われてしまったけど”歪み”自体は封滅したんだからもうここには用はない。さっさと家に帰るとしよう。

 私の名前は炎城寺麻由良。
 平凡な人生を以下略。もうそんなことを言っている場合じゃない。私達の知らないところで何かが動き出しているって事がわかっているんだから、私としては何とかそれを食い止めたいだけだ。私の友達とか知り合いに被害が及ぶ前に。
 そんな私のパートナーは火の精霊のサラ、人工精霊でサーチ系が得意で空の飛べるエル、遠距離攻撃が得意のラン、近接戦闘が得意のソウの四人。それとまるで矢印みたいな形の、いやどっちかと言うと槍にしか見えない魔法の杖。名前はまだ無い。
 他の仲間としては魔法管理局の局員、ちょっと頼りない感じのシルベスター=ノイマンさん。防御系魔法が得意なちょっと嫌な奴なお嬢様、土御門樹理とそのパートナー、土の精霊のノル。
 私を含めたこの三人で、今何処かで静かに進行中(のはず)の何かを止めることが出来るんだろうか? はっきり言って不安である。

STRIKE WITCHES
9th Stage Confrontation T:Challenge from her

 そう言う訳で毎度お馴染み夜の裏山。
 お母さんとの夜の特訓はノイマンさんが来てからも続けていた訳なんだけども、最近そこに樹理が加わって、でもってお母さんが面倒臭がって来なくなったので、今はノイマンさんが裏山全体に結界を張り(ちなみにお母さんは結界とかそう言うのは苦手なんだそうだ。全く何処まで行っても戦闘型、遠距離攻撃に特化した魔法少女(元)だ)、樹理が私の相手をしてくれている。もっとも防御特化の樹理と攻撃特化の私では、私が攻撃してひたすら樹理がそれを受け止め続けると言う図式に陥りやすい。まぁ、その辺はノイマンさんが上手くトレーニングのメニューを組んでくれているから何とかなってるんだけど。
「えっと……えいっ!」
 両手で魔法の杖の柄をしっかりと握りしめ、前に置いてある空き缶に向かって突き出す。はっきり言って大きな矢印にしか見えない槍型の杖、まぁ槍型なんだからその先端は鋭い穂先になっている訳なんだけど、その穂先には”灼熱の砲弾”と同じくらいの魔力を込めている。
 槍……じゃなかった、魔法の杖の先端が空き缶をかつんと弾き飛ばす。
「……あれ?」
 思っていた通りの反応が起きなかったので首を傾げる私。
――どうしたんだよ?
 杖の先端を見つめながら首を傾げている私に頭の中にサラの声が聞こえてきた。
「あー……思っていた通りにならなかったから何でかなーって思って」
 杖の先端部分に込めていた魔力は何時の間にやら拡散してしまっているらしく、そこには普段から杖が纏っている魔力以外の魔力は感じられない。
「んー?」
 顔をしかめて首を傾げていると、少し離れたところで休憩していたらしい樹理が近寄ってきた。何かニヤニヤ笑っている。多分さっきの私の失敗を見ていたんだろうなぁ。きっと嫌味の一つでも言いに来たんだろう。何ともお暇なことだ。
「あらぁ、麻由良さん。魔法だけじゃ飽きたらず今度はその槍を使っての戦闘訓練ですか?」
 うーん、予想通り。ここまで予想通りだと何か言い返そうという気にもならない。呆れた、と言う表情を浮かべて肩を竦めてみせる。
「まぁ、そうですわねぇ。あなた、魔力の総量はやたら多い割に使える魔法はごくわずか。その魔法が今一つ通じないとなれば後はご自慢の運動神経を生かした肉弾戦しかありませんものねぇ」
 こっちが黙っているのをいいことに樹理は嫌味を重ねてくる。
「もっとも先程のようなへっぴり腰ではあの仮面の魔法少女には通じませんでしょうけど。あっさりとかわされて逆襲を受けてまた無様な姿をさらすだけですわね。まぁ、愚図でのろまなあなたにはお似合いでしょうけど」
 そう言って笑う樹理。
 うーん、流石に我慢の限界が来たな、今のは。
「防御一辺倒で戦闘時に何も出来ないあんたよりはマシよ。と言うかもうちょっとぐらい努力して貰いたいもんだわね。あんた、ただひたすら”歪み”の攻撃受けるだけでそれ以外何の役にもたってないじゃない」
「なっ! 一撃喰らえばお終いの紙装甲なあなたに言われたくはありませんわっ! だいたい私が”歪み”の攻撃を受け止めているからこそあなたが攻撃魔法を使えるんですのよ! 少しは私に感謝してもよろしいはずですわっ!」
「誰が一撃でやられる紙装甲だ! 一発や二発喰らったって大丈夫なくらいの防御力はあるわよ、私にだって! それを言うならあんたは本気で攻撃魔法の一つも使えない役立たずじゃない! 一体今までどうやって”歪み”を封滅してきたのか、激しく疑問だわよ!」
「私には私なりのやり方があるんですっ! あなたにそれをどうこう言われる覚えはありませんわっ!」
「私だってあんたにかばってくれとか守ってくれとか言った覚えはないっ! あんたが勝手にやってることに感謝しろだなんて、冗談じゃないっ!」
――麻由良が口を開けばこうなることはわかってたんだよなぁ……。
 すっかり呆れ返り、ため息までついているサラ。
 その間も私と樹理の罵りあいは続いていた。いやまぁ、売り言葉に買い言葉、と言うのがぴったり来る訳なんだけど、ヒートアップしちゃってもう止められないんだな、これが。
「いいですわ! そこまで言うのなら!」
「そうよね、あんたとは一遍ちゃんと白黒はっきりさせておく必要感じてたもんね」
 互いに不敵な笑みを浮かべて睨み合う私と樹理。
「覚えています、麻由良さん? 幼稚園の頃から数えて私が八十一勝八十敗」
「ちょっと待て。私が八十一勝だ」
「何を言ってるんですか、あなたは! 私の方が一勝勝ち越しておりますのよ!」
「ふざけんな! あんた、あまりにも久し振りに会ったんで覚えてないとでも思ったか? それともこの間の戦いの時に頭でも打って記憶飛んだか?」
「ほう……この低脳の山猿もどきがそこまで言いますか?」
「何か自分を勘違いしている高飛車お嬢様に言われたくはないわね」
 樹理の頬がひくひくと引きつっているのが見える。しかし、それは私も同じだろう。昔からこいつとはそりが合わないと言うか、相性悪いとは思っていたがまさかそう言う風に思っていたとは。フフフ……低脳の山猿と言ったことを思いきり後悔させてやる。
 そっと持っていた槍型の杖を構える私。それを見て樹理も左手につけている小さな盾を構えた。
 ちなみに樹理の杖はあの小さな盾。今は小さいけども、いざ敵の攻撃を受け止めるとなったら必要に応じてその大きさは変化するらしい。ここしばらくの”歪み”との戦いの中で見た最大のサイズは樹理の全身を覆い隠す程のものだったけど。
「フフフ……全力で行くわよ。後で泣いて謝っても許さないからね」
「泣いて謝るのはそちらのほうですわ。精々私に刃向かったこと、後悔なさいませ」
「フフフフフ……サラァ……全開で行くわよぉ」
「ウフフフフ……ノル、いいですわね」
 多分物凄く凶悪な笑みを浮かべながら、私が地面を蹴って樹理に飛びかかろうとする。先手必勝、こっちの信条は攻撃は最大の防御だ。何と言っても樹理には攻撃の手段がほとんどない。ならこっちが圧倒出来るはず。
 などと思ってたら、何と樹理も私に向かって突っ込んでくるじゃないか。しかもその顔にはおよそお嬢様らしからぬ凶悪な笑みを浮かべて。いや、これは私も同じなんだけど。それよりも左手の盾を構えてこっちに突っ込んでくる樹理。何考えているんだ、こいつは?自棄にでもなったのか?
「吹っ飛べぇっ!」
「ぶち抜けぇっ!」
 どうやら樹理はあの盾で私を吹っ飛ばすつもりらしい。ならばこっちはその盾ごとぶち抜くのみだ。大丈夫、私ならやれる! 絶対に勝つ!
「はい、そこまで!」
 いきなりそんな声が聞こえたかと思うと、私の身体が風に拘束された。見ると樹理の方に同じく風に拘束されている。
「全くちょっと目を離すとすぐにこれだ……」
 そう言いながらノイマンさんがため息をつきつつ姿を見せた。手にはジュースの缶を三本程持っている。先程から姿が見えないと思っていたけど、それを買いに行ってたのか。
 ノイマンさんは私達が動けないのを確認するように近付いて来、手に持っていたジュースの缶を私と樹理の頭の上に一本ずつ置いていく。それから私達から離れ、地面に腰を下ろした。
「二人ともそこで少し頭を冷やすんだな」
 自分の分のジュースのプルタブを開けながらそう言うノイマンさん。
 えーっと、私は樹理に向かって突っ込んでいこうとしている状態で拘束されたから非常にバランスの悪い態勢で、いや、風で綺麗に拘束されているから倒れないことは倒れないんですけど、何と言うか非常に辛い。何気なく樹理の方を見ると、あいつも同じような感じらしく、何げに辛そうな顔をしていた。でも私の視線に気付くと、いつものような表情になってぷいとそっぽを向く。ついでだから私のそっぽを向いておいた。
「やれやれ……」
 そんなノイマンさんのため息を聞きながら、私と樹理はその後一時間以上拘束され続けるのだった。勿論、その後、拘束されたままノイマンさんのお説教が待っていたと言うことは言うまでもない。

「あー……腰が痛い」
 奇妙な態勢で固定されていた為に腰にかなり負担がかかってしまっていたらしい。何げにずきずきと来ている腰をさすりながら家へと向かって私は歩いている。普段なら空飛ぶ箒で一気に帰っているところだけど、今日はノイマンさんに散々怒られた上に魔法の使用禁止を申し渡されてしまったので、仕方なくこうして歩いているのだ。
「ところでさー、麻由良。あれ、何やろうとしていたんだ?」
「あれ?」
 私に頭の上で胡座をかいて座っているサラがそう尋ねてきたんだけど、一瞬何のことだか私にはわからなかった。だけどすぐにあの空き缶を標的に見立てたあの失敗のことだと思い出す。
「ああ、あれね。んー、何と言うか……必殺技?」
「必殺技ぁ?」
 果たして何と言っていいものか、ちょっと考えた上で首を傾げつつそう言った私にサラが何となく不服そうな声を返してくる。
「必殺技なら”灼熱の砲弾”があるじゃんか」
「ここ最近調子悪いでしょ? あれって何でかなーって私なりに考えてみた訳よ」
「それで?」
「私自身の体調とか精神面での不調もあるとは思うんだけど、それ以上にこの子が何か嫌がってるみたいなのよ」
 そう言って私は首から下げているペンダントを取り出した。普段はこういう風な赤い宝石(?)をはめ込んだペンダントの形をしているけど、これは例の矢印みたいな形の槍……じゃなくって魔法の杖だ。所謂待機モードみたいなものらしいんだけど、このペンダント、元々はサラが封印されていたりしたものだったんだけど、私用の魔法の杖を作る時にサラが悪戯半分で杖の素材にペンダントを混ぜたことから、こうなってしまったのだ。まぁ、わざわざサラ用のペンダントと別に杖を持つ訳にも行かなかったし、丁度良かったと言えばそうなんだけど。
「こいつが?」
 訝しげな表情をしてサラが私の掲げたペンダントを見る。
 これは前にお母さんから聞いた話だけど、魔法の杖には多少の自我みたいなものがあるらしい。あれ? これってサラから聞いたんだっけ? まぁ、どっちでもいいや。とにかく、槍みたいに見える私の魔法の杖さんはどうも私が遠距離攻撃魔法を使って戦うのを嫌がっている節があるみたいで、これは多分形状が槍みたいだからなのかなーって思って試しに考えてみた訳なんだけど。
「見事に失敗したって訳か。ざまぁないな」
 そう言って人の頭の上でカラカラ笑うサラ。
「結構イメージ通りに行ってたんだけどなー、途中までは」
 首を傾げながらそう言う私。自分では確実に成功すると思っていただけに、今だに何で失敗したのかがわからない。
「まぁ、失敗したって事はイメージしたりなかったって事だな。で、どう言う風にしたかったんだ?」
「んー……あのぬいぐるみの時のこと、覚えてる?」
「ああ、あのぎゃーぎゃーやかましいくせにお前と何処か似てるあのお嬢様と初めて会った時のことか?」
「そうその時。あの時、”灼熱の砲弾”撃とうとして出来なかったじゃない。で、その代わりに”灼熱の砲弾”を杖の先端につけたままあのぬいぐるみに突っ込んでったでしょ」
 あの時のことを思い起こす。そのままはなっても威力は落ちるし、それ以上に途中で消えてしまうかも知れない。その不安があったから”灼熱の砲弾”を撃ち出す寸前の状態を維持したまま、”歪み”の取り付いたぬいぐるみに槍……じゃない、魔法の杖を叩き込んだのだ。
 実のところあの時は必死だった。だからあの時は何をどうやったのか実は全然覚えていなかったりする。
「そういやあの時は思った以上の威力になってたな。しかも”歪み”だけの封滅に成功してたし」
「まぁねぇ……っておい!」
 ここ最近はずっと”歪み”だけの封滅に成功しているでしょうが。まるで毎回毎回”歪み”だけを封滅出来ていないみたいに言うんじゃないわよ。
「まぁまぁ。で、あの時の奴を再現してみようとした訳か」
「あまり得意じゃない接近戦の訓練にもなりそうだしね。あのスク水変態仮面とやり合うのなら接近戦もある程度こなせないと」
 そう言いながら私はギュッとペンダントを握りしめた。
 何度となく私達の前に現れ、”歪み”封滅の邪魔をしてきたあのスク水変態仮面。遠近どっちもそこそこに使える強敵。でもどっちかと言うと接近戦が得意っぽい。あの子が持っている大きな剣みたいな魔法の杖からもそう判断出来るし、直接戦った感じからしてそうだった。
 この調子でまたあの子と戦うことになると考えると、何時までも接近戦が苦手とか言っていられない。急に得意になんかなれないから、せめて接近戦で切り札になる何かがあれば、と思ったんだけど。
「んー、考え方としては悪くないって思うけどなー。でも付け焼き刃ってのもどうかと思うけど」
「でもやらないよりはマシでしょ」
「まーなー。それより早く帰ろーぜー」
 何となくあまり興味なさげっぽいサラに促され、何処か納得のいかないものを感じながら私は家路を急ぐのだった。

 翌日。
 お昼休みだというのに私と樹理は”歪み”が出たとのノイマンさんの連絡を受けて、その現場にて”歪み”との戦闘中。勿論、この場には例のスク水変態仮面の姿もある。いつものように”歪み”と連携して私達の邪魔をしてくれている真っ最中だ。
「”アクアランス”」
 スク水変態仮面の前に青い色の槍が出現、すかさずそれが私達のほうに向かって飛んでくる。
「そうはさせませんわっ!」
 そう言って樹理が私の前に躍り出た。その左手にある小さな盾が瞬時に巨大化(と言っても樹理の全身を覆い隠す程度の大きさだ)し、青い色の槍を受け止める。流石、防御力には格別の自信を持つ樹理だ。あの程度の攻撃魔法はものともしないらしい。
 樹理が自分の魔法をあっさりと防いだのを見たスク水変態仮面は口元を少しだけ歪めると、今度は自ら手にした大剣を振りかぶりながら突っ込んできた。どうやら即座に接近戦を挑むことを決意したらしい。
「樹理、気をつけなさいよ。あいつ、かなり足癖悪いからね」
 私は前に立っている樹理にそう言うと、樹理をその場に残して”歪み”の方へと向かう。とりあえず今はあのスク水変態仮面の相手をするより先に”歪み”を封滅しないと。
 あのスク水変態仮面がいるって言うことはあの”歪み”の中には例の黒い水晶柱があるはず。スク水変態仮面の相手を樹理に押しつけている間に私が”歪み”を封滅、ついでに黒い水晶柱もゲットって作戦な訳よ!
「ちょ、ちょっと、麻由良さん!?」
 後ろから樹理の悲鳴にも似た声が聞こえてくるけど、今は無視。
――ひどくないか、それ?
 別に構わないわよ。まぁ、この間の時の意趣返しって意味がない訳ではないけどね。もっともあいつは防御に徹してたらそう簡単にやられないはずだし、たまにはあのスク水変態仮面の相手をして自分が如何に攻撃力不足かを自覚して貰ってもいいんじゃないかなーと。
――後でまた色々とうるさいと思うぞ。
 その時はその時よ。とりあえず今は”歪み”封滅が最優先。
――ま、そりゃそうだ。正直、あの変態スク水仮面とはやり合いたくねーしな。
 相性悪いもんね、私達。
――そう言うこと。
 サラとそんなことを頭の中で言い合いながら、私は”歪み”と対峙する。今回”歪み”が取り付いたのはスプレー缶。何時か空き缶に取り付いた”歪み”がいたけど、あれと同じように手足が生えている。今は私を威嚇するようにその両手を広げて仁王立ちしているけど。
「さぁ、おとなしくさっさと封滅されなさい!」
 ビシッとスプレー缶の怪物に向かって指を突きつけて言う私。
――いや、そんなこと言うよりも先にだな……。
 何処か呆れたようにそう言ってくるサラの声を聞きながら私は槍にしか見えない魔法の杖を構えた。そのやたら大きな穂先部分(だから矢印っぽく見えたりするのよね、この子)に魔力を込めていく。
――お、おい! まさかあれやるつもりじゃないだろうな?
 大丈夫、今度は成功しそうな気がするから。
――せめて練習で一回でも成功してからやれって!
 本当は今夜の訓練の時に練習するつもりだったんだけど、先に実戦が来ちゃったし、まぁ、きっと大丈夫のはず!
――何でそんなに自信たっぷりなんだよ、お前はぁっ!!
「いくっぞ〜!」
 そう言って私は穂先に魔力を思い切り込めた槍……じゃない、魔法の杖をスプレー缶の怪物に向かって突き出した。杖の穂先(何かおかしい表現だなぁ)がスプレー缶の怪物に触れようとした瞬間、いきなり目の前が真っ白いものに覆われた。
「ほへ?」
 あまりにも突然のことに思わず間抜けな声が漏れてしまう。次の瞬間、私は思い切り横からの衝撃を受けて吹っ飛ばされていた。
「ふにゃあぁぁっ!?」
 横殴りの衝撃に為す術なく吹っ飛ばされ、塀に叩きつけられる私。毎度お馴染みフェイズシフト結界のお陰でダメージはないんだけど、すぐには起きあがれない。
――何やってんだ、麻由良! 早く起きろ!
 焦ったようなサラの声が頭の中に響き渡るけど、何でか私の身体はなかなか動こうとしてくれなかった。どうしたことか、身体がまったく動かない。指一本すらピクリともしない。
――まさか、さっきの……。
 考えられるのはさっき、スプレー缶の怪物に槍を突っ込もうとした時に私の視界を奪った白い何か。きっと元になったのがヘアスタイルを決めるスプレーか何かだったのだろう。だからその中身を浴びせられた私の体の自由が利かなくなったのだ。それこそ固まった髪の毛のごとく。
――馬鹿っ! そんなこと言ってる場合か! 早く何とかしないと!
 それはそうなんだけど、全く、本気で指の一本も動かせないんだな、これが。一応本気で頑張ってるんだけどなー。
 と、私が必死に身体を動かそうとしている前にぬっとスプレー缶の怪物が現れた。私が動けないことを確認するとスプレー缶の怪物が両腕を振り上げる。
 あ、これはちょっとやばいかも。いくらフェイズシフト結界があるとは言っても全く身動き出来ないこの状況。一方的に殴られ続けるってのはちょっと頂けない。それにフェイズシフト結界の消費魔力がそれほどでもないと言っても、ずっと殴られ続けていれば何時かは魔力切れを起こす。そうなっちゃうと……うわ、これは本気で何とかしないと!
――でも動けないんじゃな……。
「ちょっと! 何かないの、この状況を何とかする魔法とか!?」
――そうそう都合よくあるか、そんな魔法!
「何処かの怪獣王みたいに全身から発熱するとか!」
――そんな魔法がある訳……あ!
「あるの!?」
――ない訳じゃないけど……あまりお勧めはしないぞ。
「今この状況を抜け出せるなら何でもいい! 贅沢言わないからさっさと教えろ!」
 お勧めだろうとそうでなかろうと今の状況から抜け出せるなら文句はない。今はとにかく動けるようになるのが先決だ。
 サラが伝えてくれたイメージ通りにその魔法をイメージし、魔力を流し込む。後は発動用のキーワードを口にするだけなんだけど、何故か急に不安がもたげてきた。
 何だろう、この魔法、使うと後で酷い目にあいそうな気がしてならない。主な根拠はさっきサラが言った「お勧め出来ない」という言葉。サラがお勧め出来ないと言う以上、本当にお勧め出来ないのだろう。それがどう言った意味でお勧め出来ないのかが一番気になるところなんだけど、今はのんびりそれを尋ねていられるような状況じゃない。こうしている間もスプレー缶の怪物がぽかぽか動けない私を殴っているんだから。
「”灼熱の全身発火”!!」
――うわ、効果そのまま言いやがった!
 しょうがないじゃない、とっさにいいの思いつかなかったんだから。
 なんてやりとりをしている間に、私の身体のあちこちから真っ赤な炎が立ち上った。おお、何か凄いかも。多分見た感じ、まるまんま何処ぞの怪獣王チックなんだろうなぁ。
――せめて何処ぞの魔戒騎士って言ってくれ。
 よし、それなら今度からはこれのことを”火炎武装”と呼んでやる。
――ところでもう動けないか?
「お?」
 サラにそう言われて私は体が自由になっていることに気がついた。どうやら身体から発火したことで私の身体を固めていた成分が焼き尽くされてしまったらしい。更にいきなり全身から炎を立ち上らせた私を見てスプレー缶の怪物が怯んでいる。
「よし! 反撃開始っ!」
 そう言いながら起きあがり、私は杖の先端をスプレー缶の怪物に向けた。今度はさっきのようにはいかない。また固められるなんて冗談じゃない。
「”灼熱の弾丸”!」
 杖の穂先部分の周囲に円を描くように六つの小さな火の玉が出現、それが次々とスプレー缶の怪物に向かって飛んでいく。ダメージを与えることもそうだけど、本命は頭のてっぺんにある噴射口。元がスプレー缶なら噴射口の部分はプラスチックで出来ているはずで、そこがプラスチックのままなら火の玉をぶつけてやれば溶けて噴射口をふさげるはず。
 私の目論見は見事成功した。放った”灼熱の弾丸”のうち三発も噴射口の部分に命中して、そこを綺麗に溶かし噴射口を塞いだのだ。
「いよっし!」
 スプレーの中身を噴射出来なくなり、慌てまくるスプレー缶の怪物を見て、私は思わずガッツポーズを取ってしまう。これでもうさっきみたいに固められることはない。
――ンなことしている場合か。早く封滅しろよなー。
 何つーか、気分壊すなー、あんた。まぁ、確かに言う通りなんだけど。
「それじゃぁ、さっさと決めますか!」
 そう言って私は両手で魔法の杖を構えた。片方の手で槍の穂先の部分のすぐ下を、もう片方の手で柄の部分の一番後ろを握りしめ、切っ先を狼狽しているっぽいスプレー缶の怪物に向ける。
――ま、麻由良!? お前、またあれをやる気か!?
「おうともさ!」
――せめて一回でも練習成功させてからやれってさっきも言っただろう!
「何となくだけど今度は成功するような気がする!」
――だから何でそんなに無駄に自信たっぷりなんだ、お前はぁッ!!
「うるさいっ! やるって言ったらやる! 一度決めたことは必ずやり遂げる、それが我が家のモットー!」
 そう言いながら私は槍の穂先に部分に魔力を込めていく。何故かはわからないけど、今度こそ出来る、そう言う気がしている。それにこの子、私の魔法の杖が思いっ切り協力してくれているし、成功しないはずがない。
「いっけぇっ! 必殺!! ”バーニングストライク”ッ!!」
 昨日の夜からずっと考えていた新しい必殺技の名前を叫びながら私は手にした魔法の杖を突き出しながらスプレー缶の怪物に向かって突っ込んでいった。今度はさっきと違ってスプレーを噴射されて目を眩まされることはない。おまけにスプレー缶の怪物は噴射口をふさがれたことに狼狽しまくっていてこっちに気付いていない。これで外したらどうかしている。
 槍の、杖の先端がスプレー缶の怪物に突き刺さる寸前、スプレー缶の怪物が私の方を向いた。慌てて逃げようとするけどももう遅い。私の魔力を受けて真っ赤に輝く穂先があっさりとスプレー缶の怪物のボディを貫いていく。
「フィニッシュッ!」
 そう言いながら杖をスプレー缶の怪物から一気に引き抜く。次の瞬間、スプレー缶の怪物が真っ赤な炎に包まれ、その炎に追い出されるかのように黒い靄のようなものが天に向かって昇っていく。その黒い靄の中に水晶柱の姿は見えない。地面を見下ろしてみると、さっきまでスプレー缶の怪物が立っていたところに使い古しのスプレー缶が転がっていて、その上に黒い水晶柱が浮かんでいた。
「さてと……」
 ここからが正念場だ。
 あのスク水変態仮面はいつも必ずこの黒い水晶柱を持って何処かへと逃げていく。その事からもこの黒い水晶柱には何か重大な秘密が隠されているような気がするんだけど、今までは全部スク水変態仮面に持ち逃げされている。今度こそこの黒い水晶柱をこっちがキープしなければ。
 私はチラリと樹理の方を振り返った。どうやらまだスク水変態仮面を引き付けてくれているようだ。向こうはまだスプレー缶に取り付いていた”歪み”が封滅されたことに気付いてないみたい。今のうちにこの黒い水晶柱を確保しておこう。
 そう思って私が黒い水晶柱に手を伸ばした瞬間、いきなり何かが私の頭を踏んづけた。
「ふぐっ!?」
 思い切りバランスを崩して顔面から地面に突っ込む私。いや、フェイズシフト結界があるからダメージとかはないんだけども、何でこう言う目にあうのかな?と言う気分になってくる。
「これは渡さない!」
 その声に顔を上げるといつの間にかスク水変態仮面が黒い水晶柱を手に、私の目の前に立っていた。ついさっきまで樹理があいつを引き付けていたはずなのに、一体何時の間にこっちに来たんだ、こいつは。と言うか、さっき私の頭を踏んづけていったのはこいつか。毎度のことながらなんて足癖の悪い奴。
「そうはいくか!」
 そう言いながら私は起きあがり、同時に”灼熱の弾丸”を放った。現在同時に生み出せるのは六発。その全てをスク水変態仮面に向けて放つ。
「甘い! ”シールド”!」
 ニヤリと笑ってスク水変態仮面が黒い水晶柱を持っているのとは逆の手を突き出した。その先に生まれる水色の魔法陣。私が放った六発の”灼熱の弾丸”はその魔法陣にぶつかってむなしく消えてしまう。
「くっ!」
「あはは、それじゃ今日はこの辺で失礼させて貰うよ」
 悔しそうに歯噛みする私を見てスク水変態仮面が笑う。何と言うか非常にむかつく訳なんだけど、今の魔力残量じゃまともに勝負することは出来ないだろう。まだまだ調整不足の新必殺技、”バーニングストライク”にちょっと魔力を注ぎ込みすぎたし、”灼熱の全身発火”でもかなりの量の魔力を消費している。エルとかが来てくれれば多少は回復するんだけど、今回はまだ呼んでない。悔しいけれど今回もこいつを見逃すしかないようだ。
「それじゃごきげんよう……ああ、風邪引かないようにね、変態さん」
 ニヤニヤ笑いながら私に向かって頭を下げるスク水変態仮面。その足下では例によって転移魔法陣が展開していて、今にも発動しかかっていた。
 転移魔法陣が光を放ち、スク水変態仮面の姿が今にも消えようとしていたその時だった。結界を張って以降、全く姿の見えていなかったノイマンさんが突然現れ、手にした杖をスク水変態仮面に向ける。
「”エアバレット”!」
 そう言うと同時にノイマンさんの杖の先端から何かが放たれ、スク水変態仮面が持っていた黒い水晶柱を弾き飛ばす。
「なっ!?」
 驚きの声をあげ、慌てて弾き飛ばされた黒い水晶柱に向かって手を伸ばすスク水変態仮面だけどちょっと遅かったようだ。足下に展開する転移魔法陣がその効果を発動させ、彼女の姿がすぅっと消えていく。
 転移魔法陣とスク水変態仮面が消えた後、ノイマンさんがホッと息をついて私を見た。
「やぁ、麻由良くんのお陰だよ。君があの子の気を引いてくれていたお陰で上手くいった」
 ニコニコ笑いながらそう言って地面に転がっている黒い水晶柱を拾い上げるノイマンさん。
「タイミング的にはギリギリだったけど上手くいってよかったよ」
「えーっと、どう言うことですか?」
 ちょっとジト目になって私はノイマンさんに問いかける。その声音で私が少し不機嫌だと言うことに気付いたのだろう、ノイマンさんの表情が引きつった。
「私と樹理を”歪み”が出たからと言ってお昼休みにも関わらず呼びつけておいて、気がついたらいなくなっていて、あのスク水変態仮面と”歪み”の相手を私達に押しつけておいて、私が何とか”歪み”を倒したのはいいけど、その黒い水晶柱をスク水変態仮面に持っていかれる寸前になって急に出てくるって」
 言いながら私はノイマンさんとの距離を詰めていく。
「私も聞かせて頂きたいですわね、ミスターノイマン。一体今まで何処に隠れて様子をうかがっていらしたのか」
 不意に聞こえてくる樹理の声。何時の間にやらノイマンさんを挟み込むような位置にいる。ちなみにその顔には足跡が付けられており、どうやらスク水変態仮面が私の頭を踏んづけていったのは、樹理を蹴り倒していったからなのだろう。やっぱりあいつ、足癖悪い。
「あ、いや、えーっと……」
 私と樹理に前後から挟み込まれ、明らかに狼狽しているノイマンさん。
「いやね、君たちは、その、コンビでやって貰った方が上手くいくかなと思って……ほら、攻撃の麻由良くんに防御の樹理くん、いいコンビじゃないか」
「それで?」
「私の質問に対する答えにはなっておりませんわね」
「あー、いや、実はちょっと別に用事があって……」
 すごすごと小さくなりながらノイマンさんが話すことにはどうやら魔法管理局の上司(考えるまでもなくきっとベルネスさんのことだろう)から私達の邪魔をしに来る例のスク水変態仮面の映像を撮ってこいと申しつけられていたらしいとのこと。それに加えて、何とか黒い水晶柱を入手してくることを厳命されていたのだとか。
 そう言う訳でずっと隠れて様子をうかがいつつ、あのスク水変態仮面が転移魔法陣で逃走するその直前の瞬間を狙って行動に出たらしい。何でそのタイミングだったのかと言うと、あのスク水変態仮面が一番油断していそうな瞬間だったからだとか。何回か様子を見ていてそれに気がついたらしいとのこと。
「と言うことは今までもずっとそうやって隠れて様子をうかがっていた、と」
「だからここ最近”歪み”が出たって連絡を聞いて私達が駆けつけてもいなかった訳だ」
 樹理と二人、ノイマンさんをジト目で見つめる。
「あー、いや、本当に申し訳ない! だけど、わかって欲しいんだ。僕だって君たちの援護をしたかったんだけど、上からの命令には……」
 ぱんっと両手を合わせ、私達に謝りながらそう言うノイマンさんだけども、何と言うか、今一つ信じ切れないものがある。何故かと言えば、前にノイマンさん本人から「攻撃魔法とかは苦手だ」との発言を聞いているから。まぁ、初めてノイマンさんと一緒に”歪み”の封滅をした時には色々とフォローして貰った記憶があるけど、何かイマイチだった気もするし。本当に援護とかしてくれる気あったのかどうか。
「全く……大人というものは本当に信用なりませんわね」
 ため息をつきつつ、樹理がそう言ったので私は隣で大きく頷いておいた。
「上からの命令とかそう言うので全てが許されることなんて思わないで頂けますこと? まぁ、今回は別段何もございませんでしたからお目こぼし致しますけれども」
 樹理の言葉にうんうんと頷きながら、同時に樹理の思い切り上から目線での言葉にちょっと引いていたりする。こいつ、本気で気がついてないんだろうなぁ、自分が物凄く上から目線で話しているって事に。
「勘弁してくれないか、樹理くん。僕だって言ってみればただのサラリーマンに過ぎないんだから」
 苦笑しているような、困っているような、そんなちょっと情けない顔をしてそう言うノイマンさん。いやはや、本当に情けないぞ。
「……ところで」
 不意に樹理が私の方を向いた。何かちょっと頬が赤くなっているのは何故だろうか?
「いつまでそのような破廉恥な格好をなさっているおつもりです、麻由良さん?」
「は?」
 いきなり破廉恥とか言われて私は眉をひそめた。まぁ、確かに変身後の格好はマイクロミニのスカートにレオタードみたいな感じの肌にぴったり密着するボディスーツとかだけども、もういい加減見慣れているはずだろうに。今までその辺については一度も何も言ってこなかったのに何で今日に限って。
――あー、麻由良。ちょっと落ち着いて自分の格好を見てみろ。
「ん?」
 サラに言われて私が首を下に向けて自分の姿を見てみて……うぎゃー!! 何だ、こりゃぁっ!?
――だからお勧めしないっていたんだよ、あたいは。
 ため息混じりのサラの声に私は反応していられなかった。何せ今の私の格好はいつもの魔法少女スタイルのあちこちが焼き焦げていてその下の素肌が丸見え、露出狂ギリギリの格好になっていたからだ。どうやらあの”灼熱の全身発火”の影響でこうなってしまっていたっぽい。とりあえず慌ててその場にしゃがみ込む。
「ま、麻由良くん!?」
 いきなりその場にしゃがみ込んだ私に向かって声をかけてくるノイマンさん。だけども今は男の人であるノイマンさんに声をかけて貰って嬉しい状況じゃない。
「こっち見ないでください、ノイマンさん!!」
 思い切りノイマンさんを怒鳴りつけ、私は真っ赤になって俯いた。樹理に言われるまで自分が如何に破廉恥な格好をしていたか、まるで気付かず過ごしていたのか。恥ずかしすぎて、もう穴があったら入りたいどころか、そのまま埋めて欲しいくらいだ。そう言えばスク水変態仮面が去り際に「風邪引くな」とか言っていたけど、そう言うことだったのか。あの時にその言葉の意味がわかっていれば、と思ってもうもう遅い。
「もう、やだー!!」
 半分、いやもう完全に涙目になって私はそう叫ぶのだった。

* * *

「も、申し訳ありません、マスター」
 燭台の蝋燭の明かりの中、麻由良が言うところのスク水変態仮面が片膝をつき頭を垂れていた。よく見ると彼女の身体は小刻みに震えている。まるで何かを恐れているかのように。
 いや、事実彼女は恐れているのだ。彼女の前方にある、まるで玉座のように豪奢且つ巨大な椅子に座っている黒いドレスを身に纏い、腰よりもまだ長い黒髪の女性を。彼女と同じく顔に白い仮面を付けた妖艶な雰囲気を持つ女性を。
 黒いドレスの女性に自らが犯した失態――”歪み”の中から出てきた黒い水晶柱を敵の魔法少女に奪われてしまったことだ――を伝えたのは少し前。それ以降、黒いドレスの女性は何も言わない。無言のままで、白い仮面の下にある瞳は一体何処を見ているのかすらわからない。
 ややあってから黒いドレスの女性は気怠げな感じで頭を垂れている少女を見下ろし、小さくため息をついた。それから頭を垂れている少女に向かって右手の人差し指を向ける。
「顔を上げなさい」
 そう黒いドレスの女性が言ったので、頭を垂れていた少女が恐る恐るという感じで顔を上げる。と、次の瞬間、見えない何かを叩きつけられたかのように少女の身体が吹っ飛ばされた。
「……っ!」
 床に叩きつけられた少女が身を起こそうとするが、そこに更なる衝撃が叩き込まれた。一度だけではない。二度、三度と連続で見えない何かが彼女を打ちのめし、床にその身を縫いつける。
 少女にとって地獄の責め苦が終わったのは、あまりもの衝撃に床が彼女の形に陥没してからのことだった。本当ならば全身の骨が粉々になってもおかしくない程の衝撃だったのだが、魔法によって強化されている彼女の身体はその衝撃を耐え抜いていた。もっともその苦痛だけは充分以上にその身に与えられているのだが。その辺りは少女に魔法の力を与えた黒いドレスの女性の匙加減なのだろう。
「この辺で許してあげるわ。でも今回の失態は大きいわよ」
「わ、わかっております……」
 息も絶え絶えにそう言いながら身を起こす少女。
 そんな少女を見ながら黒いドレスの女性は口元を歪めた。
「ならどうやって今回の失態を償うつもりなのかしら?」
「……取り返します……奴らに奪われた”あれ”を」
 全身に走る痛みを堪えながら少女は片膝をついた姿勢になる。丁度一番初めに彼女が取っていた体勢だ。
「無理ね。相手は魔法管理局、その本部に持って行かれたらあなた一人で取り戻すことは不可能だわ」
 少女の決意をそう言ってあっさりと却下すると黒いドレスの女性は何かを考えるかのように椅子の背もたれに背中を預け、天井を仰ぎ見た。
 自らの必死の決意をあっさりと否定された少女は片膝をついたまま、また頭を垂れている。黒いドレスの女性が何か言うのを待っているみたいだ。きっと黒いドレスの女性は自分が犯した失態を償う為の何かいいアイデアを思いついてくれるに違いない。そう思っているのだろう。
 ずっとうじうじと悩み、落ち込んでいた自分の魔法という力を与えてくれた偉大なるマスター。自分が知る誰よりも彼女は強く、自分が知る誰よりも彼女は偉大で、自分が知る誰よりも彼女は凄い。彼女についていけば間違いはないはずだ。
「……そうね、今回の失態を償うチャンスをあげるわ」
 黒いドレスの女性がそう言うと、少女ははっとしたように顔を上げた。
 何処か嬉しそうな彼女を見下ろしながら、黒いドレスの女性は少女に気付かれないよう口元だけを小さく歪めてニヤリと笑うのだった。

* * *

 ノイマンさんが私達を囮にして謎の黒い水晶柱をスク水変態仮面から奪い取ってから二、三日が経った。例の黒い水晶柱はノイマンさんが密かに撮っていたスク水変態仮面の映像と共に魔法管理局の本部へと回されて現在解析中。結果が出るのはもうちょっと先になりそうとのことで、その間にまた”歪み”&スク水変態仮面が出てくるんじゃないかってのは想像に難くなく、ベルネスさんはこっちに増援を検討してくれているとか。まぁ、ノイマンさんが戦闘面では本当に役にたってくれてないし、それに増援が来てくれるなら私の負担も減るからありがたいことなんだけど、それが何時になるかは不明。
 さて、正直この二、三日中にまたスク水変態仮面&”歪み”with黒い水晶柱が現れるんじゃないかなーと思っていた訳なんだけど、至って平穏な感じで私はちょっと拍子抜けしている。絶対にノイマンさんが奪い取った黒い水晶柱を取り返しに来ると思ったんだけどなぁ。
「平和でいいじゃねーか」
 既にそこが定位置になりかけている私の頭の上でサラがそう言う。
 ちなみに今はお昼休みで私がいるのは屋上の人気のない場所。だからサラも安心してペンダントの中から出てきて実体化しているって訳。何かサラ曰くペンダントと杖を融合させてから微妙に居心地が悪くなったとのこと。それは結構自業自得って気がしないでもないんだけど、そう言う訳で結構最近サラはペンダントの中じゃなくって外に出て実体化していることが多い。流石に周りにだれ描いたりする時はおとなしくペンダントの中にいてくれるけど。
「確かにそれはそうなんだけど……何か嫌な予感がするのよねー」
 嵐の前の静けさとでも言うのだろうか、何かとんでもないことがこれから起こるんじゃないかって気がしてならない。具体的には現在解析中のあの黒い水晶柱の正体とかその使用方法とかがわかったりして、そこからあの黒い女の人が何を企んでいるのかがわかったりする、みたいな。まぁ、素人に毛が生えた程度の実力の私達にあの黒い女の人が企んでいるであろう何かを止めろとか言う無茶をノイマンさんやベルネスさんはきっと言ってこないだろうと思うんだけど。
「流石にそこまで人手不足じゃないわよね……」
 何となくちょっと不安だ。
「案外なぁ……」
 私の頭の上でサラも少し不安そうな声を出している。
 魔法管理局にどれだけの人間が所属しているのかはわからないけど、私や樹理みたいな素人に毛が生えた程度の連中をあの凄い実力者っぽい黒い女の人にぶつけるような真似はしないと思う。思いたいんだけどなぁ。何か不安で仕方がない。
「何を黄昏れているんですかぁ?」
 その声と共に私の前の前ににゅっと姿を現したのは樹理が契約している精霊のノルだった。その出現があまりにも突然だったので私は思わずビクッと身体を震わせてしまう。
「あ、す、すいません! いきなりだったから驚かせてしまったみたいで! そう言うつもりはなかったんですが、何て言いますか声をかけるタイミングをなかなか見つけられなかったと言いますか」
 わたわたと慌てた様に両手を振りながら捲したてるノル。ちょっと視線を動かしてみると、ノルの後ろには少し呆れたように額に手をやっている樹理の姿が見てとれた。何て言うか、あいつもあいつなりに苦労しているんだろうなぁとか思っちゃったり。
「さっきから声をかけようとしていたんですが、ああ、ノルだけじゃなくって樹理ちゃんも声をかけるかどうか迷っていたっぽいんですが、どうもいつものように無駄なプライドが邪魔してそれが出来なかったみたいだったのでノルが代わりに声をかけた訳なんですけども、かえって驚かせてしまったみたいで、本当に申し訳ございませんっ!!」
 私が何か言うよりも早く、一気にそう捲したてノルが頭を下げる。
 呆気にとられた感じで私がノルを見ていると、樹理がすぐ側まで歩いてきて人差し指で頭を深々と下げているノルを叩き落とした。
「何やっているんですか、あなたは……私に恥をかかせないで貰えますこと?」
 ため息をつきつつそう言った樹理は先程樹理の人差し指で小突かれた頭を涙目になって手で押さえているノルを自分の肩に乗せ、それから私を見下ろしてきた。いやまぁ、私が座っていて、樹理が立っているからどうしてもそう言う形になってしまう訳なんだけど、何と言うか、こいつにそう言う格好をさせると非常によく似合うのは何でだろう。典型的な高飛車お嬢様を地でいっているからなのかも。
「で、何か用な訳?」
 わざわざ立ち上がって樹理と視線の高さを合わせようとは思わないでもなかったけども(何かこいつに見下ろされているのって気分悪いのよねー)、面倒臭かったって言うのが勝ったのでそのまま樹理を見上げて聞いてみる。もっとも用がなければわざわざ私を捜して声をかけてくるはずもないとはわかっているんだけど。
「当たり前ですわ。前にも申し上げましたが、用がなければあなたに声などおかけ致しません」
「はいはい、それはわかったから。で、何の用なのよ?」
 相変わらずツンツンしているなーと思いながらもいちいちその辺にツッコミ入れていたらまた口論になるので、あえてその辺はテキトーに流しておく。
「……先程ミスターノイマンから連絡がございました。今日の授業が終わり次第来て欲しいとのことですわ」
 ちょっと口を開くまでに間があったのはきっと私があっさりとスルーしたからだろう。いつものように食って掛かってくると思っていたに違いない。何となくそう言う気分でもなかったし、今はこの平和を満喫していたいのだ。わざわざ火種を呼び込む必要はないだろう。
 それにしても何でわざわざノイマンさん、樹理なんかに伝言頼んだんだろう。”念話”って言う便利な通信手段があるのに。だいたい、普段”歪み”が出た時なんかはそれで私達を呼び出すのに何で今回に限って。
「一応言っておきますが」
 ジロリと樹理が私を睨み付けてくる。元々ちょっときつい目の顔立ちなんだけども、こうやって睨まれるとそれがより一層強調される感じだ。もっともそう言うのが好きって人もいるんだろうから、それはそれでいいんだろう。私には理解出来なことだけど。
「何故ミスターノイマンが私に伝言を頼んだのか、その事をしっかり理解して頂きたいものですわね」
「実は麻由良さんが”念話”をクローズしていたからなんですけどね。だから仕方なく樹理ちゃんに」
「ノル、黙っていなさい!」
 ちょっと自慢げにそう言う樹理だが、あっさりと肩に乗っているノルが真相をばらしてしまう。多分樹理的には「私の方があなたよりもノイマンさんに信頼されているんですのよ」とでも言いたかったのだろうけども、その野望は自分のパートナーによってあっさりと砕かれてしまったのだった。ざまーみろ。
「クローズしていたつもりはなかったんだけどなぁ」
「無意識にやってたんじゃないか?」
「あー……そうかも」
 余計な一言を言ったノルにお説教をしている樹理から視線を外し、私は空を見上げた。憎たらしい程の快晴、空には雲一つない。

 快晴だったはずの空はいつの間にか湧き上がってきた黒い雲に覆われて、今にも雨が降り出しそうな感じになっている。そんな空の下、私は樹理と共にノイマンさんが住んでいるアパートへと向かっていた。
 しかしまぁ、何でごくありふれたアパートなんかに住んでいるんだか。仮にも魔法管理局から派遣された地域管理官なんだから、ただのアパートじゃなくってもっといいところに拠点を置けばいいのに。例えば駅前にあるマンションとか。
「そこまでの予算がないんじゃねーの?」
「地域管理官はそれこそあちこちの地域に派遣されていますからね。その一人一人にちゃんとした住居とか拠点を用意していたら管理局の予算、あっと言う間に無くなっちゃいますよ」
 私の疑問に答えたのは相変わらず私の頭の上を定位置としているサラと樹理の肩の上に乗っているノルだ。
「それもそうか。それじゃ案外ノイマンさんとか他の地域管理官って慎ましい生活してるんだろうなぁ」
 そう言いながら私は横を並んで歩いている樹理をチラリと見る。すると、樹理はその私の視線にすぐに気付いたっぽく、ジロリと私を睨み付けた。
「何ですの?」
「あー、いや、あんたの家ってそれなりに名家で、あんたって一応お嬢様なのよね?」
「いちいち引っ掛かるところがございますが、そうですわよ」
「ノイマンさんには色々とお世話になってることだし、ちょっとくらい援助してあげたら?」
「確かにミスターノイマンにはお世話になっておりますけども、それは私個人が、でございますわ。我が土御門家が全面的にあの方を援助など出来ようはずがございませんでしょう? それに私個人で動かせるお金などたかが知れておりますし……」
「そういや、普段のあんたって妙なところでケチだもんね。言うだけ無駄だったか」
 思い出すのはちょっと前のお昼休みのこと。学校の食堂にある自動販売機の前でジュースを買うかどうかで物凄く迷っていたことがあったのだ、こいつが。それなりに名家で一応お嬢様なんだから気兼ねなく缶ジュースぐらい買えばいいのに、と思ったのだけども、あえて声はかけずに様子だけうかがっていると、結局は買うのを諦めたらしくそのまま食堂から出ていってしまった。一応お嬢様なんだから私よりもよっぽどお小遣いとか貰ってるはずなのに何しているんだか、とその時は思ったんだけども後でノルを捕まえて聞いてみると、実はお小遣いとかはそんなに貰っていないらしい。詳しい金額までは聞いてなかったけども、私とそう変わらない感じなんだとか。ちょっと意外な感じだけど、これであの時缶ジュースを買わなかった理由がわかった。それから自動販売機の前で悩んでいる樹理の姿をちょくちょく見かけるようになり、その度に結局買わずに去っていく樹理を見て、「ああ、こいつ、意外とケチなんだ」と言う認識が私の中に出来上がったのだ。
「そ、そう言うのならあなたが援助して差し上げたらどうなんですか!?」
 語気を荒くしてそう言う樹理だけども、私はそんな彼女を半眼になって見返してやる。
「あのさ、私ってば極普通の一般庶民の娘な訳でしてね。その庶民の娘が他人を援助出来るようなお金を持っていると思う?」
「……それもそうですわね」
 そう言って小さくため息をつく樹理。元から期待なんかしてなかっただろ、あんた。何落胆してるんだか。
 そんなこんなで私と樹理はノイマンさんが住んでいるアパートに到着した。ちなみに場所はうちの学校の近くで、私の家がある住宅街とのほぼ中間地点になる。そのお陰で私達が学校にいても家にいても連絡が取りやすく……なっているのかなぁ?
「ノイマンさーん」
 教えられた部屋のドアをノックしつつ、中に向かって声をかける。
「開いているから勝手に入ってくれて構わないぞ」
 中から聞こえてきた声に従ってドアを開けて中に入ってみると、意外と綺麗に片付けられている玄関先。しかし、チラリと横にある台所の流しを見てみると、シンクには洗われていない食器が無造作に突っ込まれていた。
「やっぱり男の人だねー」
「全く嫌ですわ。洗い物ぐらいぱぱっとやってしまえばよろしいのに」
 樹理と二人、そんなことを言いながら奥の部屋に向かっていくと、ノイマンさんがやたら大きなパソコンの前に座っているのが見えた。私達が部屋に入ると、すぐに気付いたようで振り返ってくる。
「二人とも、済まないな、呼び出したりして」
「いつものことじゃありませんか、それ?」
 苦笑しながらそう言ってくるノイマンさんに私は笑顔を浮かべてそう答えた。すると、すぐさま樹理も私に追従してくる。
「そうですわ。”歪み”が出た時は私達の都合も何もお構いなしで呼び出すじゃありませんか」
「いや、やっぱりそれは一応最優先でやらないと、ほら、街とか何の関係もない人に被害が及ぶじゃないか」
 ちょっと焦り気味にそう言い返してくるノイマンさん。
「そこはそれ、ノイマンさんが頑張ってくれたら」
「そうですわ。仮にも魔法管理局の一員でこの辺りの地域管理官なのですから”歪み”の一匹や二匹、たまにはご自分の手で対処なさったらいかがです?」
 ニコニコ笑いながら私が、樹理の方はちょっと真剣な顔をしてそう言う。私は半分冗談だけど、樹理は本気で言っているのかも。生真面目なところあるからなぁ、こいつは。
「あー……そ、それはともかく今日君たちを呼びだしたのには理由があるんだ」
「当たり前ですわ。用もないのに呼び出されたりしたらかないませんもの」
「樹理ちゃん、そんな言い方ダメです! ノイマンさんにだって色々とあるはずなんですから! 例えば攻撃の為の魔法が役立たずだとか真正面からやり合えるだけの威力がないからとか」
 話を無理矢理変えようとしたノイマンさんだけど、そこにちくりと突き刺さる樹理の一言。おまけにノルの発言が追い打ちを、当人はそれと知らずにかけている。ショックを受けたように凹んでいるノイマンさんを見て、ちょっと気の毒になったけども特にフォローしようとは思わない。実際にノルの言う通りだし。
「で、何の用だったんですか?」
 この調子でノイマンさんに落ち込んだままになられると、何の為にここに来たのかわからない。
「あ、ああ……実は本部長が君たちに話したいことがあるって」
 そう言ってノイマンさんはさっきまで向かい合っていたパソコンの方を振り返った。そこにあるモニターにはちょっと引きつり気味の笑顔を浮かべたベルネスさんの顔が映し出されている。この様子だとさっきまでの私達の会話は筒抜けになっていたに違いない。
『シルベスター=ノイマン二等官』
「は、はい!」
 モニターから聞こえてくるベルネスさんの声にビクッと一回身体を震わせてから、ノイマンさんは背筋を正してモニターの前に向き直る。
『今度の査定、楽しみにしておきなさい』
「了解です……」
『それじゃ麻由良ちゃん、樹理ちゃん、モニターの近くに来てくれる?』
 ガックリと肩を落とすノイマンさんを押しのけて私と樹理はモニターの前にやってきた。
『まず謝っておくわ。まだあの黒い水晶柱に関しての調査は終わってないの』
「そうですか」
 これについては何となくだけど予想出来ていたので、それほど落胆はない。
『今の時点でわかったことは、あの黒い水晶柱に込められているのは高密度の負の魔力だって事。そしてあの黒い水晶柱は単なるそれの入れ物に過ぎないって事』
「入れ物?」
『そうよ。あれが原因で”歪み”が急成長とかしている訳では特にないみたいなの。まぁ、あの水晶柱自体にも何らかの魔法がかけられていて、それが”歪み”を急成長させている可能性はあるけどね。後、あの水晶柱に込められる魔力の量はそれほど大量じゃないわ。”歪み”がある程度成長するとそれで容量の限界が来る程度よ』
「それじゃもしかして、あの水晶柱、一つだけじゃないんですか?」
『おそらくね。今までに持ち去られた数はあると思うわ。問題はそれを使って何をしようとしているのか、なんだけど……それについてはまだ憶測の域を出ないから』
「まだ私達には教えられない、と言うことですか?」
 そう言ったのは樹理だ。さっきまで私の隣で黙っていたんだけども、今はちょっと不服そうな顔をしている。多分、毎度毎度”歪み”退治に協力しているというのに、こう言った情報を私達に渡さないと言うのが不満なんだろう。
『そう言う訳じゃないわ。下手な憶測はあなた達の行動を制限する可能性があるから言わないの。わかってちょうだい』
 ベルネスさんがモニターの中で苦笑を浮かべている。その一方で樹理は今だに不服そうな表情を浮かべていて、まだ納得しきっていないっぽい。
「とりあえず他に何かわかったことはないんですか?」
 私がそう言うとベルネスさんが表情を今まで以上に引き締めた。どうやら何かあるっぽい。問題はそれが何かって事なんだけど。
『この間ノイマン二等官が撮ってきた敵対している魔法少女のことでいくつかわかったことがあるわ』
 ぱっとモニターが切り替わった。映し出されたのは例のスク水変態仮面の映像で、撮ったのがノイマンさんだからか、その映像は結構荒い。まぁ、あのスク水変態仮面もじっとしていてくれて、わざわざその姿を撮影させてくれる訳もない。画像が荒いのは仕方ないことだろう。
『この子の顔のところを見て貰えればわかると思うけど、この子、仮面を付けているわよね。その仮面は”服従の仮面”という名前の魔道具なの』
「”服従の仮面”?」
『その名の通り、装着している人間を強制的に、ただし装着している本人にはそれを気付かせることなく服従させる魔道具よ』
「そ、それじゃあのスク水変態仮面……っと、あの子は!?」
 今のベルネスさんの話が本当ならば、スク水変態仮面――じゃない、あの子はそうと知らずにあの黒い女の人に利用されていることになる。だとすれば、多分あの子もあの黒い女の人の被害者だって事で、私達とは敵対する必要はないはずだ。もっとも当の本人は自分が操られていること何てわかってないはずだから、あの黒い女の人の言うままに私達と敵対して例の黒い水晶柱を集めているだけに違いない。
『麻由良ちゃんの予想通りあの子はただ操られているだけだと推測されるわ。もっとも”服従の仮面”で操ることの出来る対象は心の中に何らかの闇……と言うか隙間を持っていることが最低限の条件で、麻由良ちゃんが言うところの黒い魔法使いの女性はあの子の心の闇につけ込んだって事になるわ』
「心の……闇、ですか?」
『それが一体どう言ったものかはわからないけど、”服従の仮面”の呪縛を解き放とうと思うならその子の心の闇に向き合うことになるわ。あの子を助けたいならその事に気をつけて』
 そう言ったベルネスさんの目は何故かいつも以上に真剣だった。だから私も無言で頷いてみせる。
「……まるで昔同じ様なことがあったみたいな言い方ですわね」
 ぼそりと樹理が呟くように言う。その声はモニターの向こうのベルネスさんには届かなかったようで、しかし樹理が少し訝しげな表情を浮かべていたのは見えていたのでベルネスさんが少しだけ首を傾げた。
「それで、どうやればあの子を助けられるんですか?」
 とりあえず話を脱線させる訳にもいかないので、私がそう尋ねた。
 おそらくなんだけど、樹理はベルネスさん相手でもいつもの態度を崩すことはない、と言う気がする。ベルネスさんは一応管理局でもお偉いさんの部類に入るんだから、もう少しその居丈高というか、ツンツンした態度を和らげられないのか。
『あの仮面を壊すことができれば、とりあえずは何とか出来るはずよ。でもさっきも言った通り、その為にはあの子の心の闇と向き合うことになるわ。下手をすれば麻由良ちゃん、あなたもその闇に取り込まれることになるから、やるなら細心の注意を払って』
「わかりました! 次にあの子が現れたら必ずあの仮面を壊してみせます!」
 ベルネスさんの言葉を最後まで聞かずに私はそう言うと後ろを振り返った。そこには樹理とノルにやりこめられた上にベルネスさんの追い打ちを喰らって凹んでいるノイマンさんがいる。
「ノイマンさん! 私、これからすぐに特訓はじめますから結界お願いします!」
「へ?」
「とりあえず一旦家に帰って着替えてきますから! いつもの裏山でお願いしますね! それじゃ!」
「へ? ええ?」
「ちょっと、麻由良さん! 話はまだ」
 凹んで呆けていた所為なのか、よくわかっていなさそうな返事をするノイマンさんを残して私はアパートの一室を飛び出す。何か樹理の声も聞こえたような気がするけど、今はあのスク水変態仮面をあの黒い女の人の手から救い出す方が先決だ。その為にもあの新必殺技の完成度を今まで以上に上げないと。
「しかし、あの”バーニングストライク”だったっけか? あれをあの変態スク水仮面にぶつけるのは至難の業だと思うぜ」
「何でよ?」
 家に向かって走っていると、頭の上に乗っているサラがそんなことを言ってきた。
「あれは基本的に自分から突っ込んでいく技だろ。あの変態スク水仮面がじっとお前が突っ込んでくるのを待っていてくれると思うのか?」
「……それもそうか」
 サラの言う通りだ。私だって相手が必殺技、と言うか攻撃をしてきたらじっとそれを待っているなんて事はしない。まぁ、私自身の防御力が低いからって言うのもあるけど(これが樹理だったらじっと待ち受けて受け止めてしまうんだろうけど。それくらいあいつは防御力が高いのだ)、下手に攻撃を受けてダメージを受けたり怪我なんかしたらその後の戦闘に支障が出る。それに相手の攻撃をかわしてすかさず反撃って言うのは戦闘のセオリーだし。
「と言うことは……問題はどうやってスク水変態仮面に”バーニングストライク”を当てるかってことか」
「あの変態スク水仮面はどっちかって言うと機動力に重きを置いている感じだからな。かなり難しいと思うぞ」
 またまたサラの言う通りで、あのスク水変態仮面はやたら素早い。普通の攻撃でも当てるのは難しいだろう。ましてや完成したばっかりの新必殺技”バーニングストライク”は溜の時間も長目だし、その動きも一直線とかわしやすい事この上ない。こう言った弱点はこの先時間をかけて何とかしようと思っていただけに、まさか完成したばっかりであのスク水変態仮面とやり合うことになるとは、何ともついていない。だけども一度決めたら必ずやり遂げると言うのが我が家のモットーであるからして、ここは多少不利でも何とかするしかないだろう。
「ねぇ、何かないの?」
「何かって?」
「ノイマンさんがよく使ってる拘束する魔法みたいなの」
「いつも言ってるけどあたいは火の精霊だぞ。火の精霊はそのだいたいが攻撃魔法に偏ってる。そうそう上手く行くもんか」
 やっぱりそう簡単にはいかないか。これはノイマンさんにあの拘束魔法のやり方を教えて貰って自分なりにアレンジするしかない。出来るかどうかは怪しいけど。
 そんなことを考えているうちに家に辿り着き、私は大慌てで部屋に飛び込んで着替えを済ませるとすかさず家から飛び出していった。一刻も早く裏山に向かい、特訓をはじめる為に家を出て素早く周囲を見回し、誰もいないことを確認すると変身して空飛ぶ箒を取り出した。
 いざ、空飛ぶ箒に跨って地面を蹴って空へと舞い上がる。例によって物凄いスピードで裏山へと向かって飛ぶ。
――しかし、特訓って何やるつもりなんだよ?
「とりあえずは”バーニングストライク”を完璧にしとかないと。いざって時に失敗しましたじゃ話にならないでしょ?」
――まぁ、使える程度にはならないと意味無いしな。
「それと何とかあの子の動きを止める方法を考えないといけないし……」
――まぁな……っと、麻由良!
「わかってる!」
 裏山に向かって飛行しながらサラと話していると、突然前方に魔法陣が浮かび上がるのが見えた。見覚えのある魔法陣、転移魔法陣だ。スク水変態仮面が逃げる時に見るものと全く同じ、と言うことはあそこから出てくるのが一体誰なのかと言うことにすぐに見当がつく。
「やっと……見つけたよ」
 そう言いながら魔法陣の上に姿を見せるスク水変態仮面。逃げる時と同じく、すうっとその姿が浮かび上がってくるように。普段と違うのはその手に幅広の刀身を持つ大剣を持っていないことぐらいか。もっとも大剣の柄っぽいものを手に持っているみたいだけど。
 私は空飛ぶ箒を急停止させてスク水変態仮面を睨み付けた。
「何か用?」
 油断なくスク水変態仮面の様子をうかがいながら私は尋ねる。「見つけた」と言うからには私を捜していたと言うことなのだろう。つまりは私に用があるって言うことで、しかしながら私と敵対している(本心からかそれとも操られているからかは不明だけど)以上、その用ってものはろくなものじゃないだろうと言う気がする。
「……お前に一対一の勝負を申し込む」
 スク水変態仮面の言葉に私は思わず息を呑んだ。今までは私達が”歪み”を封滅しようとするのを邪魔していただけなのに、一体どうして急に。
「この間の失態を取り返す為に、お前を倒す。お前は我がマスターにとって邪魔な存在……ここでお前を倒しておかなければきっとマスターの計画の障害となる」
 私の疑問に答えるようにスク水変態仮面がそう言う。
 彼女の言う”マスター”はきっと私を完膚無きまでに打ちのめしてくれたあの黒い女の人のことだろう。やはりあの黒い女の人は何かを企んでいて、その為にスク水変態仮面を利用している。この子は”服従の仮面”のお陰で何の疑問も持たずに黒い女の人に従っているのだ。やはり、何とかしなければならないだろう。
「三日後、お前と初めて会ったあの河川敷で待つ。もし来なければ……街のあちこちに”歪み”を解き放つ。お前に仲間がいてもその全てを同時に対処することは不可能だ」
「脅迫……のつもり?」
「お前が応じればいいだけのことだ」
 それを聞いて私は黙り込んだ。
 もし私が勝負を受けなければ、この子は本当に”歪み”を街中に解き放つだろう。そうなるとこの子の言う通り私と樹理、そしてノイマンさんの三人だけじゃ対処しきれないだろう。対処出来たとしてもそれにかかる時間はかなりのもので、その間に出る被害はそれに応じて大きいものとなるだろう。
「……わかった。その勝負、受けてたつわ」
 少し考えた末、私はそう答えた。
 スク水変態仮面の目は、その口調はどう考えても本気だ。実行されると甚大な被害が出ることは想像に容易い。ならば私に出来ることは、勝負を受けてたつことだけだ。果たして勝ち目があるのかどうか、その辺のところは何とも言えないけどもやるしかない。
「では三日後の午後四時にあの河川敷で待つ。もし来なければ……わかってるな?」
「言われなくても」
「後一つ……こちらは私だけで来る。お前も」
「一対一って訳ね。いいじゃない」
 互いに不敵な笑みを浮かべつつ、頷きあう私とスク水変態仮面。
「忘れるなよ、三日後の午後四時だ!」
 そう言ってスク水変態仮面の姿が消えていく。
――三日後か……時間がねーな。
「それでも……やるしかないのよ!」
 消えたスク水変態仮面の姿をそこに見ているかのように、私は虚空を見据えながら吐き捨てるように言う。
 そう、やるしかないのだ。相手は私が行かなければ街中に”歪み”を解き放ち、大混乱を起こすと言った。それを阻止する為にも、私がやらなければならないのだ。

To be continued...

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