”歪み”が取り憑いたらしい物凄く大きい熊のぬいぐるみを突然現れた茶色っぽい色合いのゴスロリドレスを着た謎の魔法少女の手を借りつつ、何とか封滅することには成功した。
 でも今回は今までにない問題がある。私の必殺の魔法である”灼熱の砲弾”が安定せず、放てなかったこと。大きな、まるで矢印の先端にも見える穂先を持つショートスピア状の杖を手に入れて、初めて使ったからだろうか。それともあの大きな熊のぬいぐるみが見せた物凄いパワーに私自身が恐れを抱いてしまったからか。どちらにしろ、これは由々しき問題だ。必殺技が使えないとなると私の使える魔法は牽制とかに使う”灼熱の弾丸”とちょっと前に覚えたばかりの”シールド”だけになってしまう。何と使えない魔法少女なんだか。
 何にせよ、この事は後でお母さんにでも相談してみよう。普段はあまり頼りになりそうな感じがしないんだけど、魔法に関しては私の大先輩なんだから少しは良いアドバイスとかして貰えるかも知れないし。
 しかしながら問題はまだある。熊のぬいぐるみに取り憑いた”歪み”を封滅した後に現れた黒い水晶柱。少し前に私を思い切り打ち倒してくれた謎の黒い女の人が持っていったものと同じもの。何か妙な力がこれには込められていそうな感じがして、それが”歪み”を異常成長させているに違いないと私は考えているんだけど、詳細は一切不明。
 まさかこの黒い水晶柱を再び見ることになるなんて、でも正直言ってそう言う予感は何処かにあった。そして、これを見たと言うことは、またあの黒い女の人が現れるんじゃないかって不安が胸にわき上がってくる。今の私じゃあの人には絶対に敵わない。特に今の私だと。
「何をしているんです? ”歪み”の封滅は完了致しましたのでしょう?」
 黒い水晶柱を前にぼんやりと考え事をしていた私の後ろからそんな声がかけられた。おそらく茶色っぽいゴスロリの魔法少女だろう。
――て言うか、他に誰がいるんだよ?
 頭の中に聞こえてくるサラの声はとりあえず無視し、私はさっき助けてくれた礼を言おうと思って彼女の方へと振り返った。そして、彼女の顔を見て思わず硬直する。
 それはゴスロリの魔法少女の方も同じだったみたいで、少しの間硬直した後、互いに身体をピクピクと痙攣しているかのように震わせ、まったく同じタイミングで互いを指差し、まったく同じタイミングで声をあげてしまう。
「土御門樹理!?」
「炎城寺麻由良!?」
 そこにいたのがあまりにも思いも寄らない相手だったので、私も樹理も唖然としてしまっている。まさか……あの樹理が魔法少女だったなんて。信じられないと言うか信じたくないと言うか。おそらく樹理も同じ気分なのだろう、驚きすぎて口をぱくぱくさせている。
「……おーい、そろそろこっちのフォローに帰ってきてくれないかー?」
 樹理と二人して口をあんぐりさせているとそんな、ちょっと情けない声が聞こえてきた。またしても同じタイミングでその声のした方を樹理共々振り返ってみると、そこには額に汗を浮かべて、少々情けない顔をした魔法管理局の局員、シルベスター=ノイマンさんがいて、そのノイマンさんの少し先には彼の放った風の拘束魔法で拘束されたスクール水着にマント、そして仮面を付けた魔法少女の姿。
 そう言えばこのスク水姿の子のこと、すっかり忘れてたなー。あの子が付けている仮面は例の黒い女の人がつけていたものと同じもの。だからきっとあのスク水姿の子はあの黒い女の人と繋がっているはず。あの黒い女の人が一体何者で、どう言った目的を持ってあの黒い水晶柱を使って”歪み”を異常成長させているのか、この子の口から聞き出さないと。話してくれるかどうかはわからないけど。
「……話は後ですわ。まずはあの子を」
 樹理がそう言ってノイマンさんの方に向かって歩き出す。私はと言うと、あのスク水の子のことも気になるんだけど、目の前にある黒い水晶柱も放置する訳には行かず、ノイマンさんの方と黒い水晶柱の方とを見比べ、オロオロしてしまっていた。
 と、その時だ。突然、私達の頭上に魔法陣が現れ、そこから黒い紐状のものが飛び出してきた。
「うわっ!?」
 唸りを上げて向かってくるその黒い紐を慌ててかわす私。少々無様な感じに地面に転んだ訳だけど、とりあえずかわせたんだから問題は無しと言うことで。
――もうちょっと華麗にやってくれよなー……。
 いきなりだったんだし、それでもかわせただけマシでしょうが。頭の中に聞こえてきたサラの呆れ声にそう返している私の目の前で黒い紐が黒い水晶柱を絡め取る。
「あっ!」
 私が驚きの声をあげている間に黒い紐に絡め取られた黒い水晶柱が魔法陣の中へと引き込まれていった。
――転移魔法陣!?
 サラが今度は驚きの声をあげる。それを聞きながら私は突っ伏していた地面から飛び跳ねるように起き上がり、魔法陣に中に消えた黒い水晶柱に向かって手を伸ばした。もう手遅れだと言うことはわかっていたけど、それでもこのまま何もせずにいるなんて出来っこない。だけど、私の手が魔法陣に届く寸前でその魔法陣は消えてしまう。
「しまった!」
 またしてもあの黒い水晶柱は持ち去られてしまった。はっきり言ってあの黒い水晶柱、あれが結構と言うかかなり重要な鍵になると思うだけに、こうしてあっさりと持ち去られてしまったことはかなり悔しい。でもまだこっちには例のスク水の子がいる。あの子から何らかの情報が、と思ってそっちを振り返ってみると、さっき私の頭上に現れたのと同じ魔法陣がスク水の子の頭上にも現れていた。
「ノイマンさんっ!」
 私がそう叫ぶのと同時に魔法陣の中から先程黒い水晶柱を絡め取ったのと同じ黒い紐が飛び出し、スク水の子を拘束している風の魔法を破壊してしまう。
「なっ!?」
 またまたまた、自慢の拘束魔法を破られ驚きの声をあげるノイマンさん。
 そんな彼を尻目にスク水の子は手にした長剣で地面を一閃する。それによって巻き起こる土煙。
「逃がすか!」
 ここで彼女を逃がしてはならないとばかりに私は”灼熱の弾丸”を放っていた。しかし、それが命中することはなく、土煙が晴れた後にはもうスク水姿の子の姿は無くなっていて、魔法陣も消えてしまっていた。どうやらあの土煙を目眩ましにして上手く転移魔法陣の中に逃げていったようだ。
「……どうやら逃がしてしまったようですわね」
 スク水姿の子がいた場所を睨み付けながら樹理が呟く。
「一体何者なんですの、あの方は?」
「それはこっちが知りたいわよ」
 険しい表情を浮かべてそう尋ねてくる珠里にそう返しながら私は小さくため息をついた。
 ”歪み”の封滅には成功したけど、あの黒い水晶柱は持ち去られ、私達を襲ってきたスク水姿の魔法少女にも逃げられてしまった。何となく負けた気分だ。
「……とりあえずあの子のことは僕が上に報告しておく。君たちは……って、君は誰だ!?」
 ノイマンさんが今更ながら樹理を見て驚きの声をあげる。
 それを見て私と樹理は不本意ながらも、またまたまったく同じタイミングでため息をつくのであった。

 私の名前は炎城寺麻由良。
 平凡な人生を以下略。もうそんな暢気な事言っていられない感じだし。
 とりあえず私のパートナーは火の精霊のサラ、人工精霊、サーチ系が得意で空の飛べるエル、遠距離攻撃が得意なラン、近接戦闘が得意なソウの合計四人とまるで巨大な矢印のような形の槍みたいな魔法の杖。名前はまだない。
 それに加えて魔法管理局の局員でちょっと頼りない感じのノイマンさん、そしてこいつを仲間と言っていいのかどうかはまだ不明の土御門樹理。
 何と言うか、色々とややこしいことになってきたような気がする……。

STRIKE WITCHES
8th Stage Magnificent Sky Fight

「私は土御門樹理と申しますわ。属性は土。魔法少女としての経験はまぁ……そこそこと言うことで。少なくてもそこのドシロウトよりはマシかと思いますことよ」
 ツンと澄ました表情で樹理が自己紹介する。勿論、ノイマンさんの要請を受けてのことだ。普通に自己紹介すればいいのに、私の方をちらちら見ながら嫌味を込めつつやるところがまたむかつくんだけど、今回はこいつがいなかったら危なかったので何も言い返せない。それがまた余計に腹が立つ訳なんだけど。
「はぁ……」
 何とも要領を得ない感じの返事をするノイマンさん。
 まぁ、多分樹理の誰に対しても揺るがない尊大なものの言い方に驚いているんだろう。
 何と言うか、樹理は昔っからそう言う感じだった。自分の家が貴族だったか何だか知らないけど、相当その家柄に誇りを持っているのだろう。それがあいつにああ言う口の利き方をさせているんだろうけど、ちょっと目上の人に対してはどうにかした方がいいと思うんだけどなぁ。余計なお節介だろうけど。
「さて、貴方が魔法管理局がこの地に派遣した地域管理官と仰いましたわね。これからは安心してよろしいですわよ。この私がいる以上、如何なる”歪み”が出ようとたちどころに封滅して差し上げますわ」
 そう言って自信たっぷりに胸を張る樹理。何をどうすればそこまで自信たっぷりになれるのか一度ゆっくり話を聞いてみたくなる。間違っても実際にやろうとは思わないけど。
「少なくてもそこにいるドシロウトよりは遙かにマシですから」
 あ、今の一言、カチンと来た。
「”歪み”との戦闘中にぼうっとしているなんて、まったくとんだドシロウトですわ。ああ言うのがいると貴方も苦労なさいますでしょう? これからはそう言った苦労は一切無し。この私が! 華麗且つ迅速且つ流麗且つ的確に”歪み”を封滅して差し上げますから、どうか大船に乗った気持ちで見ていてくださいませ」
「その大船とやらがタイタニック号じゃないといいわよね」
 ニヤニヤ笑いながら私は樹理を見つめて、そう言ってやった。すると、樹理は物凄い勢いで私の方を睨み付けてくる。いや、睨んでいたのはほんの一瞬、すぐさま何か含んだところのありまくる笑顔を浮かべてきた。
「あーら、何か聞こえたかと思いましたら……まだいたんですの、このドシロウト」
「お生憎様ですけどね。そう言う根拠も何もない自信ばかりたっぷり溢れかえっている世間知らずのお嬢様の言うことなんか信用しちゃダメですよ、ノイマンさん」
 別に樹理に対抗しようと言う気はないんだけど、とりあえず私も満面の笑み(勿論何か色々と含みまくっていることは言うまでもない)を浮かべて、樹理を無視するかのようにノイマンさんの方を見る。
「……私の実力は既にお見せしたと思いますけど?」
「ただ”歪み”の攻撃を一回防いだだけじゃない。あの”歪み”を封滅したのは、このわ・た・しだと言うことをお忘れ無く」
 ”わ・た・し”の部分を思い切り強調して言っておく。
「あーら、言ってくれますわね。あの”歪み”の攻撃からただ逃げ回ることしか出来なかった割には」
 極めて人を馬鹿にしたような感じで樹理がジロリと私を睨み付けながら、そう言い返してきた。いやまぁ、確かにその通りなんだけど、逃げ回っていたのにはちゃんと理由がある。私が契約しているのは火の精霊であるサラ。火の精霊は攻撃力に特化していて他の部分は結構疎かになっているのはポイントだ。だから、と言う訳でもないんだけど、あの”歪み”の攻撃を真正面から受けたりはしなかった、と言うか出来なかった、と言うのが正解かも。
「それは仕方ないでしょ。私の属性は火なんだから」
「ああ、そう言えば火の属性は確か攻撃力に全てを注ぎ込んでいる戦闘馬鹿でしたわね。まったく、やっぱり私がいなければどうにもならな」
「確か土の属性と言ったら防御力に特化してるって話だったわよねー。ねぇ、ちょっとあんたの攻撃魔法見せて貰えないかな?」
 また人を馬鹿にした口調で言いかけた樹理を黙らせるようにそう言うと、樹理の表情が固まったのが見てとれた。あの様子からすると、どうやら予想通りだったみたいだ。
 火の精霊が攻撃力に特化している(別段それ以外のものがまるで出来ないと言う訳ではない。あくまで比重が攻撃力というか攻撃魔法に偏りまくっているだけのことだ)のに対して、土の精霊は防御力に特化している。それはつまり、攻撃魔法は得意じゃないって言うか不得手なはずで、その辺つついてみたらどうかなーと思っての発言だった訳だけど、見事に痛いところをついてしまったらしい。
「さぁさぁ、あれだけ言ったんだから、そりゃあさぞかし凄いんでしょうねー。楽しみだなぁ。ほら、早く見せてよ」
 更に樹理を追い込むようにそう言って彼女の方にすり寄っていく。
――性格悪いぞ、麻由良。
 こいつにはこれくらいやっても問題ないって言うか、少しは高慢ちきな鼻っ柱をへし折っておく必要があるので問題なーし!
「ほれほれ、さっさと見せてみなさいよ」
 少し嫌みったらしく私は樹理の側により、その肩をつんつんと指でつついた。元々プライドの高い、と言うか高すぎな樹理にとってはあまり大したこと無いであろう攻撃魔法を見せて私に笑われるのは絶対に避けたいことのはずだ。事実、今は物凄く悔しそうな顔をして、ギリギリと歯を噛み締めながら私を睨み付けてきている。
 ここは更にもう一押ししておくかなぁと私が口を開きかけた時だった。いきなり樹理の全身が光に包まれると、茶色のゴスロリルックが弾け飛び、すぐさま私と同じ学校の制服姿になる。同時にその肩の上にやはり茶色っぽい衣装を着た精霊の姿が現れた。
「ごめんなさいごめんなさい! もうその辺で勘弁してください! 私が悪かったです! ちょっと調子に乗りすぎたってきっと樹理ちゃんも思っているはずです! だからもうその辺で許してください!」
 思い切り目をうるうるさせて、両手を胸の前であわせて懇願するようにその精霊が思い切り謝ってくるのに、私は思わず面食らってしまった。いや、実際のところ驚いているのは私だけじゃないみたいで当の樹理やその場にいて一体どうすればいいんだろうみたいな顔をしていたノイマンさんもひたすら頭を下げ倒している精霊を見て唖然としている。
「ちょ、ちょっとノル!」
「樹理ちゃんはちょっと……どころじゃないくらいプライドが高くて、その……お嬢様なんで色々と世間知らずの困ったちゃんですけど、本当はみんなと仲良くしたいと思ってるんです! ただどうやったら仲良くなれるかわからない上に、プライドの高さが邪魔してああ言う言い方しか出来ないだけで、本当はいい子なんです! だからもうそれ以上は勘弁してください!!」
 慌てて精霊を制止しようとする樹理の声も届かないのか、その精霊は一気にそう捲したてて、やはり潤んだ瞳で私を見つめてくる。
 あー、何かこれだと私が悪役みたいじゃない。
――いや、見事に悪役だろ?
 くすくす笑いながらサラがそう言ってくるのを聞き流しながら、私はため息をついた。どうやらここは私が折れるしかないらしい。
「はいはい、その子に免じてこれ以上は追求しないわ」
 肩を竦めながら私も変身を解いた。例によって如何にも魔法少女って言う感じの衣装が弾け飛び、一瞬後に制服姿に変わる。だから何で弾け飛ぶ必要があるんだ? 何となくチラリとノイマンさんの方を見ると何故か赤い顔して顔をそらせていた。あー、やっぱり見えちゃうみたいなんですね、魔法が使える人には……。
 ちょっと落ち込みつつ、でもすぐに気を取り直して私は樹理とその肩の上にいる精霊を改めて見やった。
「その子があんたのパートナー?」
「……そう言うことになりますわね」
 私の質問に何故か不服そうに答える樹理。
「は、はじめまして! 私は土の精霊のノルって言います! 勿論名付けてくれたのは樹理ちゃんで、まだまだ新米ですけども樹理ちゃんのお役に立てるよう頑張っていますのでよろしくです!」
 樹理の肩の上にいる精霊――ノルと言うのが名前らしい――が一気にそう捲したてて頭を下げる。
「それとどうか樹理ちゃんと仲良くしてあげてください! 本当に樹理ちゃんはプライドが高いくせに何処か抜けている世間知らずなお嬢様ですけども根っこの部分は本当にいい子なので、どうか見捨てないであげてください! 長い目で見てくれれば本当にいい子なんだって言うことはわかるはずですから!」
 ノルがそう言うのを聞きながら樹理は小さくため息をついていた。何と言うか、この子ってば物凄く樹理のことが好きなんだなって事がわかる。しかしながら何処か過保護気味と言うか心配性と言うか、どうやら樹理としてはその辺に少しウンザリしているっぽいみたいだ。あのため息がその証拠だろう。
「ノル、わかったからもう止めてくださります?」
 心底ウンザリ、と言う感じで樹理がそう言うとノルは樹理の方を向いた。
「何言ってるんですか、樹理ちゃん! 第一印象って言うものは物凄く大事なんですよ! 一番初めについたイメージを払拭するのは物凄く大変なんですから、ここは樹理ちゃんが本当はいい子なんだって事をしっかりアピールしておかないと!」
「あのね、ノル。そう言うことを私は気にしないって前にも言ったでしょう? それにこっちからそう言うことを言うって言うのは逆に」
「ダメです! 樹理ちゃん、普段はむやみやたらとツンツンしまくって人を近寄らせない雰囲気全開じゃないですか! これだと何時か友達いなくなって、寂しい人生送っちゃうことになっちゃって、気がつけば一人きりで孤独死とか、ああ、もうそんな樹理ちゃんが可哀想で放っておけなくて、ノルは心配で心配でたまりません!」
 あー、何て言うか、樹理も大変だなーとちょっと遠い目をしながら私は思う。魔法少女って言うのは契約している精霊と相性あまりよくないのが多いんだろうか、などとも思ってしまうんだけど。
「あたい達もそうだもんなー。いつまで経っても麻由良は頼りないって言うか何処か微妙だし」
「ほほう……言ってくれるじゃない、サラ。いいわ、家に帰ってじっくり話し合いましょう?」
「ああ、こっちは構わないぜ。むしろ望むところだ」
 私の頭の上に寝そべって足をブラブラさせているサラと上下で軽く睨み合いながら、私は微笑んだ。おそらくはサラも同じだろう。
 それぞれのパートナー精霊と微妙に不協和音を奏でている私と樹理の横ではノイマンさんが困り果てた顔をして立ち尽くしていたんだけど、この時の私がその事に気付くはずもなく、て言うか、一番大人なんだから何とかして欲しいなーと頭の何処かで思っていたり。何て言うか、頼りないぞ、管理局員。

 まぁ、その後この状態は樹理を迎えにやってきたらしい樹理のところの執事さんが登場したことでようやく一段落した。ちなみにこの執事さん、我が親友で現在絶賛行方不明中の水前寺浅葱のところの執事さんである出光さんと違って結構若そうな感じだ。出光さんは白髪頭のお爺さんって感じだけど、この人は髪の毛も黒々としていてまだまだ若々しい。いや、そんなことは比較的どうでもいいことなんだけど。
「お嬢様」
 落ち着いた低い声で樹理を呼ぶ執事さん。樹理の肩の上にいるノルや私の頭の上にいるサラを見ても平然としていることから、どうやら樹理が魔法少女だと言うことを知っているのか。
「わかりましたわ。それでは今日のところはこの辺で失礼させて頂きます。よろしいですわね?」
 そう言ってノイマンさんを見る樹理。一応魔法管理局の人であるノイマンさんに確認を取ったのは樹理もまた魔法管理局に登録済みの魔法少女だからだろうか。一応私達の上司に当たる……のかなぁ、ノイマンさんは?
「あ、ああ……別に構わないけど」
「それではごきげんよう、皆様」
 ちょっと戸惑ったように答えたノイマンさんを見てから樹理はそう言い、華麗な仕草で私達に頭を下げて見せた。
 流石はお嬢様、こう言うのが様になっているなー、などと感心していると、樹理が顔を上げて私を思い切り睨み付けてきた。どうやら「覚えておけ、この野郎」と言うことらしい。ああ、やっぱり樹理は樹理だった。感心した自分が馬鹿みたいだ。
 ちょっと引きつり気味の笑みを浮かべて樹理と執事さんを見送る私。近くに止めてあった車に乗って去っていくのを見届けてから私はノイマンさんを振り返った。
「ノイマンさん、私も帰っていいかな?」
「あ、ああ、お疲れさま、麻由良君」
 何やら腕を組んで考え事をしていたらしいノイマンさんが顔を上げてそう言ってくれたので、私はノイマンさんをその場に残して歩き出す。何か疲れた。早く家に帰って休みたいってのが本音だ。
「……麻由良君、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
 少し離れた私の背中にかけられるノイマンさんの声。足を止めて振り返ると、ノイマンさんが真剣な表情をしてこっちを見ている。
「今までで”歪み”を封滅する時にああ言った邪魔が入ったことは?」
 ああ言った邪魔? ああ、私達の前に現れたスク水の子のことか。前に会ったあの黒い女の人は”歪み”を封滅した後に出てきたから除外するとして、封滅自体を邪魔されたのは今回が初めてのことだ。その事を伝えるとノイマンさんは顔をしかめた。
「さっきも言ったけど、あの子のことは僕が上に報告しておく。今後もまた現れるかも知れないからね、何か対策を講じないといけないし……しかし、一体何が目的であの子は僕たちの邪魔をしたんだろうなぁ?」
「”歪み”を倒した後に出てきた黒い水晶柱が目的だったんじゃないですか?」
「黒い水晶柱?」
 一体何のことだ、と言う感じで尋ね返してくるノイマンさんに私は例の黒い水晶柱のことを説明する。お母さんには一応話してあったと思うんだけど、そのお母さん経由で魔法管理局のベルネスさんに伝えて貰ってあると思ったんだけどなぁ。やっぱりお母さんじゃあてにならないか。
 勢い、あの黒い女の人のこととかスク水の子がつけていたあの仮面のことについても話すことになっちゃったんだけど、どっちにしろこの事は何時か話さなきゃいけないことだったし、丁度良かったか。でも、私が話せば話す程ノイマンさんの顔に深い皺が刻まれていくんだけど、本当に話して良かったんだろうかとノイマンさんの顔を見て思っちゃったりもする。
「今の話は僕の方から報告しておく。とりあえず大至急で報告してくる」
 何かどことなく青ざめた顔をしたノイマンさんがそう言って駆け出していくのを見送りながら、私はまたため息をついた。
 果たしてこの話が管理局に伝わって、一体どう言う風になってしまうのか。何となく不安と言うか何と言うか。
「とりあえず帰ろーぜ、麻由良。あたいもう眠くて眠くて」
 頭の上にいるサラが大きく口を開けて欠伸をする。
 そう言えば私もかなり寝不足なんだった。さっさと帰って今日は早く寝ることにしよう。心の中に湧き上がってきていたはずの不安を「家に帰って寝る」という決意であっさりと押し流し、私は家に急ぐのであった。

* * *

 いくつもの燭台に火の灯された蝋燭。その明かりの中にスクール水着にマントをを身につけた仮面の少女の姿が浮かび上がる。
「申し訳ありません、マスター。お手を煩わせてしまって」
 そう言いながら少女が頭を下げた。
 彼女の前方、燭台の明かりのほとんど届かない薄暗い中にまるで玉座のような大きな椅子があり、そこに黒いドレスを着た女性が座っている。腰よりもまだ長い黒髪を指先で弄びながらその女性はチラリとスクール水着の少女を見やった。もっともその目元は白い仮面――少女のつけているものとまったく同じものだ――に覆われていて、視線を確認することは出来なかったが。
「まったくだわ。まぁ、今回が初めてだったからある程度は仕方ないけど……次からはこの私の手を煩わせるような真似はしないで欲しいわね」
 少しだけ少女を責めるような口調。だが、それ以上に気怠げな感じがしており、怒っている風ではない。どうやらそれほど少女に対して期待していた訳でもないようだ。
「申し訳ありません、マスター。次こそは」
「別にそれほど気にしなくても構わないわ。予定していた分は十分確保出来たもの。でも次からは自分の力で持ち帰ってくれたらいいわねぇ」
 少女から視線を外し、女性はどこからともなく小さな水晶柱を取り出した。女性の掌の上でふわふわと浮かんでいる水晶柱、その色は麻由良が封滅した”歪み”の中から出てきた黒いものではなく無色透明。
 女性は自分の髪を弄んでいたもう片方の手をあげるとその指で水晶柱を弾く。すると、空中を滑るかのように水晶柱が少女の前までやってきた。
「今度は邪魔の入らないよう、上手くやりなさいよ。転移魔法陣って展開するのにかなり疲れるんだから……わかっているわね?」
「はい。次はマスターの手を煩わせることなく、事を遂行します」
 少女は自分の目の前に浮かぶ水晶柱を手で掴むと、女性に向かって深々と頭を下げ、それから彼女に背を向けて歩き出した。
 去っていく少女の後ろ姿を少しの間見送った後、女性は口元を歪めて笑みを形作る。
「フフフ……いい子だわ。後どれくらい私の役に立ってくれるかしらね……」
 何処までも楽しげに、だがやはり気怠そうに女性はそう呟くのだった。

* * *

 魔法管理局第13方面部隊のオフィスの一角にある統轄本部長の執務室でこの部屋の主であるマリー=ベルネスはデスクの上に山のように積み上げられている書類に埋もれそうになりながらも、その一枚一枚に目を通し、次々とサインを書き込んでいた。
 第13方面部隊は主に日本を含む東アジア地域を管轄しているだけあって、処理しなければならない事項もそれなりに多い。各地で起こった魔法関連の事件や事故の報告などに目を通し、それぞれに対応の指示を出したりするのも統轄本部長であるベルネスの仕事の一つだ。それらの仕事に追われる彼女はおそらく一日の大半をこの執務室で過ごしているに違いない。
 この日もまた、いつもと同様に彼女は執務室に籠もって多数の書類を相手にしながら、それぞれの事象に対する指示を部下に伝えていた。それがようやく一段落し、ベルネスが椅子の背もたれにその背を預けて大きく両腕を上に挙げて伸びをした時だ。彼女の執務室のドアがノックされ、続けてあまり感情のこもっていない、何処か抑揚のない声が聞こえてきた。
「ベルネス本部長、ちょっとよろしいですか?」
 聞こえてきたのはベルネスにとっても聞き覚えのある声。だが、普段は特に用事がない限り向こうからは絶対にやってこないはずだ。と言うことは何か用があると言うことか。
「別に構わないわ。開いているから入って」
 ベルネスの返答を待ってからドアが開き、一人の少女が中に入ってきた。
 短めの青い髪、表情の乏しそうな顔、如何にも幼げな肢体を管理局の紺を基調とした制服に包んだ少女。しかし、その見た目に反し彼女はベルネスでさえ一目置いている程の実力者で、この魔法管理局の局長秘書をやっている。
「久し振りね、レイサ。あなたがここに来るなんて珍しいじゃない」
 執務室に入ってきた少女にそう言って微笑みかけるベルネス。だが少女はぺこりと頭を少し下げただけで、笑みを返そうともしなかった。
「丁度休憩にしようかと思っていたところなんだけど」
「それは申し訳ありません。この間の一件でベルネス本部長に話しておかなければならないと思うことがありますので」
 椅子から立ち上がりかけたベルネスを制するように少女――レイサ=ウェイラインはそう言うと、ベルネスが肘をついているデスクの方に歩み寄り、持っていたファイルをその上においた。
「この間の一件って?」
「局内で”歪み”の本体が発生した時のことです」
 デスクの上に置かれたファイルとそれを置いたレイサの顔を見比べながら問うベルネスにレイサがさらりと答える。ああ、あの時のことか、と納得したベルネスはデスクの上のファイルを手に取った。開いてみるとあの時の被害が一体どれだけのものだったのかが詳細に記されている。どうやらあの時の一件の被害報告書らしい。
 しかしながらこれが一体何だというのだろうか。確かにあの時はベルネスも突然局内に出現した”歪み”本体を倒すべく出動したが、まさかあの時に出動した人員全てにこの被害報告書を見せて、その時の対応がどうであったか、そんな話を聞いて回っている訳ではあるまい。局長秘書はそれほどまでに暇な職業ではないはずだ。
 そう思って被害報告書のファイルから視線だけをレイサに向けるベルネス。するとその視線に気付いたのだろうレイサがすっと手を伸ばし、ファイルの一番最後のページを指し示した。
「ベルネス本部長はあの時、偶々その場にいた”紅蓮の閃光”及び”真紅の戦姫”のお二人と共に”歪み”の封滅に向かわれました。どの区画だったか覚えていますか?」
「確かC−36区画だったはずよ。封印資料室のすぐ側」
「一応念のためを思ってあの後封印資料室の中をチェックしてみました。そしてその結果がこのページです」
 レイサが指し示したページに目を落とすベルネス。そこに書かれているものを見てその表情がどんどん険しくなる。
「おそらくですがあの”歪み”達は囮。我々の目を引き付けておく為の囮だったんでしょう」
「本命はその隙に封印資料室に保管されていたこれを盗み出すこと……」
「状況から考えて」
 そう言ってレイサは黙り込む。感情に乏しい彼女だが、その顔には少しだけ険しいものが浮かんでいた。
「よりによって厄介なものを……それで犯人に心当たりは?」
 レイサと違って顔にはっきりと険しい表情を浮かべながらベルネスが問いかけると、レイサは首を左右に振った。
「まだ調査中です。ですが局長はこの件をベルネス本部長、あなたにだけ話しておくように言っておりました」
「私にだけ?」
「理由はわかりませんが、あの時あなたがあの場にいた。これを偶然とは考えず、あなたにこの一件の処理を任せるつもりなのかも知れません。まぁ……」
 ちょっと怪訝そうな表情を見せたベルネスにレイサはあっさりとそう言い、視線を少し彷徨わせる。果たしてこれを言っていいものかどうか、迷っているような感じだ。
「あの方の考えていることなど私にはわかるはずもありませんが」
 ほんの少しだけ苦笑のようなモノを浮かべつつ、そう言ったレイサはベルネスに向かって一礼すると彼女の執務室を辞しようとした。丁度ドアのところまでレイサが歩いていくと、いきなりドアが大きく開かれ、中に一人の青年が飛び込んでくる。
「本部長! 報告したいことが!」
 入って来るなり思わず耳を手で塞ぎたくなる程の大声でそう言ったのはシルベスター=ノイマンだ。どうやら麻由良から話を聞いた後、大急ぎでこの魔法管理局へと戻ってきたらしい。
「落ち着きなさい、ノイマン二等官。レイサ秘書官が驚いているわよ」
 息を切らせながら入ってきた、と言うよりも文字通り飛び込んできたノイマンをやんわりと嗜めるベルネス。それからチラリと驚きのあまり固まってしまっているレイサの方を見やった。
 あまりにも突然にノイマンが飛び込んできたから、対応しきれなかったのだろう。冷静沈着な彼女にしては珍しく、唖然とした顔のまま棒立ちになってしまっている。
「レイサ、戻らなくていいの?」
「……あ、はい、そうですね。では改めて失礼します」
 ベルネスに声をかけられて、ようやく我に返ったらしいレイサはそう言うともう一度ベルネスに、続けてノイマンにも頭を下げて執務室から出ていった。
「それで、報告したい事って何かしら、ノイマン二等官? 現場をほったらかしにしてここにわざわざ戻ってきた以上、それはかなり重要なことなのよね?」
 出ていったレイサを見送っていたノイマンに向かってベルネスが声をかける。顔には満面の笑み。もっともその裏側では地域管理官でありながらも、何らかの報告の為にあっさりと現場から管理局の本部に戻ってきている彼に対する皮肉と言うか嫌味を隠し切れてはいないようだが。
 それはノイマンも敏感に感じ取ったようで、その表情を微妙に強張らせていた。しかし、一回首を左右に振って気を取り直すと、ベルネスのデスクの上に手をついた。
「本部長! 実はですね……」
 そう前置きしてノイマンは麻由良から聞いた聞いた話をそっくりそのままベルネスに伝える。まったく、何処も誇張せずにそのまんまを伝えたのだが、それを聞いたベルネスの表情がどんどん険しくなってくる。
「”歪み”の中から出てきた黒い水晶柱に封滅を邪魔しに来た仮面の魔法少女、そして同じ仮面を付けた黒い魔法使い……」
 そう呟きながらベルネスは腕を組む。続けてその視線をデスクの上に置いてあるファイルへと落とした。そこにあるのは封印資料室から盗み出されたモノの一覧。その中に「負の魔力を活用する魔法術式」に関する資料が含まれているのを見て、ベルネスは急激に嫌な予感が胸の奥に湧き上がってくるのを感じた。
「……ノイマン二等官。大至急現場に戻りなさい」
「え? 今、何と?」
 ぼそりと呟くようにそう言ったベルネスに思わず問い返してしまうノイマン。そんな彼を鋭い視線で睨み付け、もう一度口を開いた。
「大至急現場に戻りなさい! 君の仕事はここにいる事じゃないでしょう!」
「は、はいっ! し、失礼しましたっ!」
 半ば怒鳴りつけられるような形でベルネスの指示を受けたノイマンが慌てた様子で彼女に一礼し、執務室から出ていった。
 ノイマンが出ていったのを見送り、ベルネスは小さくため息をつく。
「……厄介なことになりそうね」
 事態は自分が思った以上に難しいものになっていきそうだ。局長が自分にこの一件を任せようと言う気になったのも理解出来る気がする。かつては”紅蓮の閃光”、”真紅の戦姫”の二人と共にとんでもなく厄介な事件に何度も遭遇し、その都度それを何とかしてきたのだから。
「やっぱり二人みたいにさっさと結婚でもして辞めておくべきだったかしら?」
 彼女はそう呟くと、今度は深々とため息をつくのであった。

* * *

 いきなりバンッと机の上に勢いよく手をつかれた。私が顔を上げてみるとそこには不機嫌極まりない表情の樹理が立っている。
「……何か用?」
「用がなければあなたの側には来ませんわ」
 ジロッと樹理の顔を見上げながらそう尋ねると、樹理はやっぱり不機嫌そうにそう答える。しかし、一体何でこんなに不機嫌なんだ、こいつは。私が何かしたか? 少なくても今日はまだこいつをからかったり嫌味を言ったりはしてないはずなんだけど。
「昨日のことですが」
 樹理はそう言うと机の腕についていた手を引き上げ、腕を組んで私を見下ろしてきた。いや、私が座っているからどうしてもそう言う風になってしまうんだけどね。しかし、何とも言えない、その見下された感は一体何だろうか?
「私、あの程度のことで」
「まっゆら〜んっ!」
 樹理が何か言おうとするのを遮るように大きな声が聞こえてきた。声の主は考えるまでも振り返るまでもなくわかる。私のことを「まゆらん」と呼ぶのは彼女ぐらいだ。このクラスのクラス委員長、小野寺美由紀。何故か私は妙なくらい彼女のお気に入りにされてしまっている。
「おお、これはこれは”つっちー”も。どうやら仲良くしてるみたいだねー」
 美由紀は私の側にやって来るなり、私の前に立っている樹理を見てにこやかにそう声をかける。しかしながら、その声をかけられた方の樹理は目を丸くしていた。まぁ、何でかって言うことはだいたい見当がつくんだけど。
「つ、つ、つっちー!?」
 信じられないと言った感じで樹理がそう言うと、美由紀はニコッと笑ってみせた。
「いや、だって土御門さんって言うとなんか硬い感じがするでしょ? 転校してきたばっかりだし、クラス委員長の私としては早くクラスに馴染んで貰いたいから、その為に呼びやすい愛称を考えてきたんだけど……気に入らなかったかな?」
「あ、い、いえ、そ、そう言う訳ではございませんが」
 熟したトマトのように真っ赤になる樹理。
 お? 何か珍しい反応だな。そう思いながら樹理と美由紀を見る。
「ですが、その……いきなり”つっちー”と言うのは」
「なら”じゅりりん”の方が良かった?」
「”つっちー”で結構ですわ……」
 何か諦めたようにため息をつく樹理。それからチラリと私の方を見てきた。
<麻由良さん、この方っていつもこうですの?>
 聞こえてくるのは魔法使い同士での特殊な会話方法である思念通話。その思念通話ですら何処か落胆したと言うか諦観の念一杯なのが今の樹理の気分そのものなのだろう。
<まぁ、だいたいこんな感じかな。色々とお節介焼きなんだよ、美由紀は。一応厚意なんだから>
<それはわかりますけれども……>
 ニコニコしている美由紀に何処か戸惑っている様子の樹理。
 どうやら樹理の奴、こう言った感じのお節介焼きに慣れていないらしい。後は多分、こういう風な愛称とかも初めてに違いない。今までは、まぁ私が知っている頃も含めてだけど、その家柄の良さとか不必要なまでのプライドの高さとか人を突き放すようなツンケンした態度とかが重なってこう言った愛称など誰もつけようとしなかったに違いない。周りの人もきっと色々と遠慮とかしていたんだろうなぁ。
 一方で美由紀は美由紀でそう言ったことにはとことんこだわらない、物怖じしない性格の持ち主だ。道に迷っている人がいれば自分から声をかけて道案内するようなタイプ。事実、私もそう言う風に声をかけられたクチだし。ま、まぁ、私は道に迷っていた訳じゃないんだけどね。
「いや〜、それにしても昨日の話を聞いていたら、何か二人は不倶戴天のライバルって感じだった訳だけど、こうやって普通に話ぐらいはするんだねぇ」
「いやいやいや、それは誤解だから」
 何か感じ入ったという風に腕を組んで一人頷いている美由紀に一応私はそう言っておく。そもそも樹理が私に話しかけてきたのは……あれ、一体何だったんだっけ?
「そうですわ! 私が麻由良さんと仲良くお喋りなんて事、絶対にありません!」
 そう言ってぷいとそっぽを向く樹理。いや、誰も仲良くお喋りなんて一言も言ってないんですけど。
「ん〜? 何か仲良さそうに見えたんだけどなー?」
 美由紀がそう言いながら私をチラリと見てきた。それに私は肩を竦めて答える。
「本当に! それだけは! 絶対に! 有り得ませんから!」
 わざわざ強調するようにそう言ってから樹理が自分の席の方へと去っていく。その様子をポカーンとした表情で見送る私と美由紀。
「……えーと、何か怒らせたかな、私?」
「気にしなくてもいいんじゃない。あいつ、昔っからああだから」
 ほんのちょっとだけ不安そうな顔をする美由紀に私はそう言うと、小さくため息をつくのだった。本当に、一体何しに来たんだ、あいつは。

 結局あれから樹理が私に話しかけようとすることはなく、勿論私もあいつに話しかける用事なんか一つもないから話しかけもしなかった訳だけど、少しだけ朝何を私に言おうとしていたのか気になりつつも、時間が経つにつれてどうでも良くなってきて、そんでもって放課後。
「ま〜ゆら〜ん」
 さっさと帰ろうと準備していたところに聞こえてくる美由紀の猫なで声。あからさまに嫌そうな顔をしながら美由紀を振り返ると、何となく予想通りに美由紀と、その後ろには私以上に憮然とした顔の樹理が立っていた。
「昨日は突然急用とかでいなくなっちゃった訳だけど、二日連続で急用って事は流石にないよね?」
 ニコニコ笑いながらそう言ってくる美由紀に私は苦笑を返すしかない。昨日は”歪み”が出たからそっちを優先しちゃった訳だけど、今日は流石に逃げられないか。
「昨日はさ、つっちーもあの後急用が出来たとか行っていなくなっちゃった訳なんだけど、今日は大丈夫っぽいし、早速校内のあちこちを私とまゆらんの二人でビックリどっきりナビゲート!」
 妙なくらいハイテンションな美由紀に私はやっぱり苦笑するしかない。チラリと樹理の方を見ると、仕方なさそうにため息をついているのが見えた。あの様子からすると断ろうとしたけど強引に口説き落とされたか。美由紀は結構強引なところがあるからなぁ……。
 仕方なく私は鞄を片手に美由紀、そして樹理を伴って教室を出ることにした。とりあえず初めに向かったのは女子更衣室。今日も体育の授業はなかったんだけど、明日はあるし、ちゃんと教えておいた方がいいだろう。その後、食堂とか図書館とかを案内し、途中、担任に呼び出された美由紀と別れて、今私と樹理は屋上にいる。どっちから言い出した訳でもないんだけど、何故か二人してここに足が向いてしまったのだ。
「さて、丁度いい具合に誰もいませんわね」
 吹き渡る風に髪の毛を靡かせながら、樹理がそう言って私の方を向く。例によってその視線は睨み気味だ。まったく、どうしてこいつはここまで敵愾心が強いんだか。
「言っておきますわ。私は」
 と、樹理がそこまで言った時だ。突然私達の頭上を物凄い勢いで何かが飛び抜けていった。しかも物凄い爆音付きで、だ。だから樹理が最後まで何を言ったかが聞き取れなかった。いや、これは余談な訳なんだけど。
「麻由良!」
「樹理ちゃん!」
 私の首に下げているペンダントからサラが、樹理の左手首につけている腕時計からノルが飛び出してくる。それに合わせるように私と樹理は先程頭上を飛び抜けていったものの方を見た。
「……何あれ?」
 思わず私の口からでたのはそんな言葉だった。
「零式艦上戦闘機、いわゆるゼロ戦という代物ですわね。第二次大戦当時の世界水準を超えた高性能戦闘機だったと言われております。しかもあの形状は確か二一型、航空母艦に搭載することを前提にした本格的量産型で真珠湾攻撃に参加したのもあの型のものでいわゆるゼロ戦伝説というもののほとんどがこの型によるものだと言われているもの……博物館でレプリカを見たことがありますが実物、しかも空を飛んでいるものを見たのは初めてですわ」
「何でそんなに詳しいのよ?」
 樹理の説明的な台詞に思わず突っ込んでしまう。いや、見た目で私にもあれがゼロ戦だって事はわかってしまっていたんだけど。何でかって言うと弟の武文が時たまやっているシミュレーションゲームで見たからってのとお父さんが趣味でプラモデルを作っていたのを見たことがあるから、なんだけど。
「お爺様がそう言うのを好きでしたので」
 さらりと答える樹理に私は二の句が継げなかった。いやいやいや、お爺ちゃんが好きだからって何であんたまで詳しくなるんだよって話で。案外こう言うのが好きなのか、こいつ?
「そんなこと言ってる場合かよ! あれ、”歪み”だぞ!!」
 サラがそう言ってもう点にしか見えないゼロ戦を指差す。そりゃそうだろう。今のこの時代の空にゼロ戦なんか飛んでいる訳がない。そうなると考えられるのは”歪み”がゼロ戦のおもちゃかなんかに取り憑いたって事で。まさか本物じゃないとは思うけど。せめてレプリカ辺りにしておいて欲しいなぁ。
「丁度いいですわ。私の方があなたよりも優れているって事をあれを封滅して知らしめてあげます!」
 ニヤリと笑ってそう言った樹理が左手を掲げた。その手首につけられている腕時計が眩い光を放つ。
「封印の鎖、今解き放て! ウェイクアップ、マジカルパワー!」
 樹理のその声と共に彼女の制服が弾け飛び、続けて茶色のゴスロリ風のドレスが彼女の身体を覆っていく。続けて左手首の腕時計が変化して小さな円状のものとなった。
「麻由良! 何ぼうっとしてるんだよ! こっちも行くぞ!」
「っと、そうだった。行くよ、サラ! 封印術式解除! 魔力連結! 魔法変身!」
 毎度お馴染みの変身用のキーワードを口にすると同時に私の周囲に魔法陣が展開、その中で着ていた制服が弾け飛び、一瞬後にはもうすっかり着慣れた感じのある魔法少女ルックが私の身体を包み込んでいた。
「お先に失礼致しますわよ!」
 変身のタイミングが遅れた分、樹理の方が先に空飛ぶ魔法の箒に乗って”歪み”の取り憑いたらしい謎のゼロ戦を追って屋上から飛び立っていく。慌てて私も空飛ぶ箒を呼び出し、すぐさま追いかけるのであった。

 私の空飛ぶ箒ははっきり言って洒落にならない程のスピードが出る。お母さんに聞いてみたところ、自分でも制御不可能な程のスピードは普通は出ないとのことなんだけど、多分これは初めてこの箒に乗せられた時のイメージの所為なんだろうなぁ。お母さん曰く、あの時はちょっと急いでいたからスピード出し過ぎちゃった、って事らしいんだけど。どうもその時の印象が強すぎて私の空飛ぶ箒はやたらスピードが出る仕様になってしまったらしい。
 でまぁ、何でこんな話をしているのかって言うと、ゼロ戦と樹理が私の遙か後方にいるからだったりする。あまりにもスピードがありすぎて樹理どころかゼロ戦まで追い抜いていってしまったらしい。
――何つーか、相変わらずだよなぁ……。
 呆れた、と言う感じのサラの声が頭の中に聞こえてくるけど、とりあえずその声を無視して私は箒を大きく旋回させた。洒落にならないこのスピードの為に私の箒は小回りが利かない。Uターンするのにも一苦労だ。こう言う時、エルがいてくれればいいんだけど、普段エル達は魔力の消費を抑える為に私の部屋に特設してある彼女達のサイズに合わせた部屋の中で待機している。勿論”歪み”が出たらすぐに来るよう言ってあるんだけど、昨日みたいに間に合わないことだってあるし、そんなにタイミング良くあの子達が出歩いていたりもしない(たまに勝手にその辺出歩いたりしてみるみたいなんだよね、あの子達。まぁ、ずっと部屋に閉じこもってばかりだと退屈なんだろうし、面倒なことさえ起こさなければ私としては全然OKなんだけど)だろうから、この辺は仕方ないか。
<樹理、とりあえず前から行くからあんたは後ろから>
<何やっているんですか、このドシロウト!>
 ゼロ戦の後ろから追いかけてきている樹理と追い抜いちゃって慌てて反転して前から迫る私とで挟み撃ちにしようと思って樹理に視線通話を送ってみたら返ってきたのは樹理の怒鳴り声。お嬢様のくせにカッとなりやすい奴だなぁ。
<何でそのような馬鹿みたいな速度で飛び出すんですか、あなたは! これが地上ならばスピード違反で即逮捕、免許取消になるところですわよ!>
――何か怒る方向がずれてないか?
<そんなことより、挟み撃ちにするわよ! 私に実力見せつけるって言うんならしっかりやりなさいよね!>
 サラの呆れた声をまた無視して樹理にそう言うと、私は前方にしっかりとゼロ戦の姿を捕らえてギュッと箒の柄を握りしめた。
<挟み撃ちって……この状態で一体どう言う魔法が使えるって言うんですか!?>
<そんなこと自分で考えろ!>
 戸惑った、と言うよりも明らかに引いた樹理の声にそう答え、私は衝撃に対する姿勢を取る。具体的には箒の柄に身体ごとしがみついただけなんだけど。
――麻由良、お前、まさか!?
 サラが慌てた声をあげる。どうやら私がどう言った戦法を取るか見当がついたらしい。
――ば、馬鹿! 前にも言っただろ! 対衝撃緩和結界って言っても度を超えたダメージはちゃんと来るんだぞ!
 そう言えばそうだった。すっかり忘れてた。でも、この空飛ぶ箒に乗っている時って基本的に他の魔法とかはほとんど使えないし……ここは樹理に大見得切った手前ダメージ覚悟で突っ込むしかないか。
――馬鹿ー! せめて杖、使え! 杖!
 あー、それも忘れてた。と言うか、今からじゃもう遅い。覚悟を決めろ。
――あの”歪み”封滅したら絶対にお前と話し合うからな! 絶対だぞ!!
 今にも泣き出しそうなサラの声。実際に涙目になっているに違いない。そう言えば毎度のように「話し合う必要がある」と言っている私達だけど、実際に話し合った事ってあまりないんだよね。”歪み”を封滅して家に帰った後って大抵サラは消費した魔力の回復をする為に音信不通になっちゃうし、回復しきった後だと私もサラももうそんなことすっかり忘れちゃってるし。
 とまぁ、そんなことを考えているうちにゼロ戦の姿がはっきりと見えるようになってきた。うーん、かなり豪快に追い抜いて行ってたから結構離れていたんだなぁ。などと感心しつつ、じっとゼロ戦を見据え、私はそこでようやくゼロ戦の上に立つ人影に気がついた。何かやな予感がひしひしとする。
――麻由良!
「わかってる!」
 ゼロ戦の上に立っているのが一体誰か。そんなこと、考えなくてもわかる。あのゼロ戦が”歪み”である以上、絶対に出てくるはずだと思っていたからだ。
――忘れるなよ、麻由良。あいつは水の属性だ。どっちかって言うとこっちの方が不利だって事をな。
「言われなくても!」
 と言うか、このスピードで突っ込めば向こうは何も出来ないだろう。おまけにこの速さならそう簡単に攻撃魔法が命中することはないはずだ。
 更に箒の速度を上げて、ゼロ戦に突っ込んでいく私。と、そんな私の方を見ているスク水姿に仮面を付けた魔法少女が隠されていない口元をニヤリと歪めるのが見えた。いや、本当に見えたんだから。
――……! 麻由良、かわせ!
「はい!?」
――いいからかわすんだよ! 蜂の巣になりたいのか!?
 蜂の巣って、冗談じゃない。そう言うことで無理矢理体重を右に移動させて、箒の進行進路を変えさせた。そのほんの一瞬後、さっきまで私がいた場所をおそらくあのゼロ戦から発射されたのだろう機銃弾が通り過ぎていく。
「あ、危なかった……」
 対衝撃緩和結界があるとは言え、戦闘機の機銃を全てノーダメージに出来るかどうかはわからない。と言うか、多分無理だろう。
――馬鹿! 油断するなって!
「へ?」
 サラの焦った声にふと我に返ると、前方にどんどん迫ってくる屋根が見えた。多分、さっきのゼロ戦の機銃をかわす為にやった体重移動による回避行動が原因で進行方向が地面の方へと変わってしまっていたに違いない。
――何でそんなに冷静なんだよ、お前はぁッ!!
 あー……何て言うか、諦めの境地? このスピードだと今からブレーキかけても間に合いそうにもないし、勿論急上昇も無理っぽいし。とりあえず屋根ぶち抜いちゃいそうだから、そこの家の人には謝らないとなぁ。
――ちょっとは努力しろぉっ!!
「とりあえずごめんなさぁ……あれ?」
 来るであろう衝撃に備えて目を瞑って身を固くしていたけど、いつまで経っても衝撃は襲ってこなかった。それどころか、急降下することによって感じていた風も感じない。恐る恐る目を開けてみると、私が一直線に向かっていた屋根の上にノイマンさんが立っていて、ホッと胸を撫で下ろしているのが見えた。
――間一髪ってところだな。
 サラが安堵したようなため息を漏らす。どうやらノイマンさんがとっさに助けてくれたらしい。
「あ、危ないところだった。流石に間に合わないかと思ったぞ」
「すいません、ノイマンさん」
「今度からはもうちょっと注意してくれると助かる。それより、今度の相手はあれか。これはまた厄介だな」
 ノイマンさんはそう言うと、上空を飛んでいるゼロ戦を見上げた。
「箒を使っていると攻撃魔法が使えない。かと言って地上からだと狙い撃つことは難しい……」
「ついでに例のあの子もいますから」
 どうやってあのゼロ戦に取り憑いた”歪み”を封滅するか考えているノイマンさんに私は一応報告しておいた。普通にやったら絶対に邪魔してくるに違いないからだ。
<何やっているんですか、二人とも! 早くフォローをしてくださいませっ!>
 突然聞こえてきた樹理の声に上空を見上げてみると、樹理がゼロ戦に追いかけ回されているのが見えた。速度は拮抗しているらしく追いつかれることはないみたいだけど、引き離すことも出来ないでいる。しかし、「助けて」ではなく「フォローしろ」とは如何にもプライドの高い樹理らしい。
<樹理君、とりあえず降りてくるんだ。そいつを引き連れたままでも構わないから>
<で、ですが!>
<大丈夫、これから結界を張る。とにかく降りてくるんだ>
 ノイマンさんが毅然とした態度でそう言うと、今度は私の方を見た。
「麻由良君、あれを封滅するのは君に任せる。僕は広範囲に結界を張ってそれを維持するので手が一杯になるだろうし、樹理君にはあれが墜落した時の為に地上で防御して貰わなければならない。自由に動けるのは君だけだ。無茶を言うようだが頼んだぞ」
「ええっ!? 私一人で!?」
「大丈夫、君なら出来る。それに僕たちの中で自由に空を飛ぶことが出来るのは君と僕だけで、僕が結界の維持をする以上君しか出来ないだろう?」
「うう……わかりました」
 一人であのゼロ戦とスク水の魔法少女の相手をしなくっちゃならないなんてはっきり言わなくても自信がない。でもノイマンさんの言う通りだからやるしかないのだ。
――なぁに、あの変態スク水仮面は空を飛ぶことが出来ないんだ、その点こっちの方が有利だって!
 先程までとはうって変わって元気そうにサラが言う。と言うか、何だその「変態スク水仮面」って?
――いや、どう考えてもそうじゃねぇか。町中であんな格好、お前なら出来るか?
 あー、それは出来れば遠慮したいなぁ。でも、今の私の格好も五十歩百歩って気がするんだけどね……。
 まぁ、とにかくやるしかないのならやるだけだ。覚悟を決めてかかるしかない。
「お待たせ致しましたぁ、ご主人様ぁ!」
 私が改めて覚悟を決めていると、エル達がやってきた。もっとも相手が空にいる以上、出番があるのはエルだけでランとソウは見ているだけしかないんだけど。
「オッケー、それじゃ行くわよ、エル!」
「了解ですぅ!」
 エルはそう言うと同時に私の胸のペンダントの中に飛び込んでいく。次の瞬間、私の周りに魔法陣が浮かび上がり、その魔法陣が眩い光を放った。その光の中、私の姿に変化が現れる。真っ赤なロンググローブ、編み上げブーツはそのままにオーバーニーソックスが白一色に変わり、肩にかけられていたケープが姿を消してしまう。その代わりなのだろうか、両肩には白く輝く肩当てがつけられ、胸当ても色を赤から白に変えて少しサイズが大きめになる。あまり長くないスカートもキュロット状に変化して、そして何よりも最大の変化は背中に生えた白く大きな翼だろうか。
 続けてペンダント状になっていた杖もショートスピア状に戻し、右手に持って背中の翼をはためかせる。ふわりと浮き上がる私の身体。
「麻由良、行きまーす!」
 そう言って私はゼロ戦の方に向かって飛び上がっていった。途中、降下してきていた樹理とすれ違い、視線だけを交差させる。ちょっと悔しそうだけど、それでも自分ではどうしようもないって言うのがわかっているからか、すぐに視線をそらせる樹理。
<あなたのお手並みを拝見させて頂きますわ。精々しっかりおやんなさい>
 樹理の悔しさの半分籠もった激励(?)を背に私は更にスピードを上げてゼロ戦に向かっていく。
<任せときなさいって!>
 私は樹理にそう返すと右手の杖を前に突き出した。
「”灼熱の弾丸”!!」
 杖の周囲に六つの火の玉が発生し、それが一斉にゼロ戦に向かって発射される。六発放てば一発ぐらいは命中するはずと言う少々弱気な計算とゼロ戦の上に立っているサラ言うところのスク水変態仮面でも一気に襲い来る六発の火の玉を全て防ぐことは出来ないはずと言うせこい計算の元、一気に六発放ったのだ。
 と、ゼロ戦の上に立っているスク水変態仮面が口元を歪ませてニヤリと笑った。少なくても私にはそう見えた。次の瞬間、彼女のが右手を前に突き出したかと思うとゼロ戦の前に大きな水色の魔法陣が現れ、私の放った”灼熱の弾丸”六発が全てその魔法陣にぶつかって消えてしまう。
――馬鹿、忘れたのか!? あいつは水の属性だってついさっきも言っただろうが!
 ああ、そうか。相性最悪なんだったっけ。つーか、威力の弱い魔法じゃ意味がないって事か。
「なら……”灼熱の」
 じっと前方のゼロ戦を見据えつつ、必殺の”灼熱の砲弾”を放とうとする私。しかし、不意にこの間の戦闘のことを思い出し、その手が止まってしまう。
――ど、どうしたんだよ、麻由良!?
 えっと、この間”灼熱の砲弾”を放とうとして失敗したじゃない。もしかして今回も失敗とかしちゃったら嫌だなぁって。
――こんな時に何言ってんだよ、お前はぁっ!! いいか、前にも言ったけど、魔法ってのは思いが大事なんだ! 出来ると強く思えば絶対に出来る! あたいを信じろ!
――ご主人様、このエルも微力ながらお力、お貸し致しますです!
「よぉし……ならもう一回! ”灼熱の砲……あれ?」
 今度こそ灼熱の砲弾を放とうとした私だけど、その目に前方にいたはずのゼロ戦の姿が消えている。簡単に言えば目標を見失ってしまっちゃっている訳なんだけど、これじゃいくら必殺の魔法でも意味がない。当たらない攻撃に意味はなく、それはただの無駄な労力だ。
――つーか、お前がブツブツ迷っているからだろ。向こうには変態スク水仮面がついているんだ、ただじっとこっちの攻撃を待ってくれる訳ないっての
 それもそうか。何でこんな当たり前のことに気がつかないんだか。
「エル、周囲をサーチして!」
――了解で……いました! 左後方、八時の方向です!
 私が言う前からサーチする準備だけはしていたのだろうか、エルはすぐに私が見失ったゼロ戦とスク水変態仮面を見つけてくれた。しかし、八時の方向って言われても……。
――自分を中心にした時計を思い浮かべて見ろ! でもって八時って言ったらどっちだ!?
「えっと、八時って言ったら……」
 サラのアドバイス通りに頭の中に時計を思い浮かべて、そして八時が何処かと言うことを思い出した直後、私は嫌な予感を覚えて慌てて身を翻す。その一瞬後、あのゼロ戦から放たれた機銃弾が私が直前までいた場所を通り過ぎていった。
「あ、危なかった……」
――油断するな! また来るぞ!
「そうそう何度も! ”シールド”!」
 またも私を狙ってくる機銃弾を私は左手を突き出し、その先に発生させた魔法陣による”シールド”で受け止めた。魔法による攻撃だけじゃなく、機銃弾のような物理的な攻撃もこの”シールド”は受け止めることが出来る。もっとも耐久力には限界があるんだけどね。
――受けてばっかりじゃあいつを封滅出来ねぇぞ、麻由良!
「んなこと言われてもわかってる!」
 左手の”シールド”でゼロ戦から放たれる機銃弾を受け止めながら私は反撃の手段を考える。しかし、それを邪魔するかのようにゼロ戦の上に立っているスク水変態仮面が私の方に向かって手を突き出した。
「”アクアランス”」
 スク水変態仮面の口がそう動き、突き出した手の前に青い色の槍が出現、間髪を入れずに私に向かって飛んでくる。
 それを見た私は右手に持った槍型の杖を大きく振り上げ、一気に振り下ろした。
「”灼熱の弾丸”!」
 放ったのは三発。一発はスク水変態仮面の放った青い槍に、一発はゼロ戦本体に、最後の一発はスク水変態仮面本人に向かって。
 一発目は命中、上手く青い槍を相殺してくれた。二発目のゼロ戦本体と三発目のスク水変態仮面を狙ったものは外れ。ゼロ戦が急上昇して二つの火の玉をかわしてしまったのだ。
「そうそう当たるもんじゃないって事か!」
 急上昇したゼロ戦を追って私も急上昇をかける。上昇しながら槍型の杖を突き出し、今度は”灼熱の砲弾”の準備をする。”灼熱の弾丸”じゃダメージが小さすぎてあのゼロ戦に取り憑いた”歪み”を封滅することは出来ない。”灼熱の砲弾”は”灼熱の弾丸”とは比べものにならないダメージ量だから(もっとも消費する魔力も桁違いだけど)きっと一発であの”歪み”を封滅することが出来る。とりあえずあのスク水変態仮面が邪魔をしなければ、と言う前提条件付きだけど。
 今ならゼロ戦が前にいて私がそれを追いかけている状態。後ろからならかわすのだってそう簡単じゃないはず。
「”灼熱の砲だ……」
 このチャンスを生かさない訳には行かないと、槍の穂先に出来た大きな火の玉を放とうとしたまさにその瞬間だった。ゼロ戦の上に立っていたスク水変態仮面がいきなりその身を宙に躍らせたのは。
「なっ!?」
 あまりもの驚きの為に槍の穂先に出来ていた火の玉が消えてしまう。
――な、何考えてんだ、あの変態スク水仮面!?
――自殺行為ですぅっ!!
 驚いているのは私だけじゃない。サラもエルも驚きの声をあげている。
 驚いている私の上方でスク水変態仮面が身体を反転させた。口元にニヤリと笑みを浮かべ、彼女は落下しながらその手に持った彼女の身長よりも長い幅広の剣を振りかぶる。
――あいつ、まさか!?
 落下しながらこっちを狙ってくるつもりなのか。一応言っておくけど、今私がいる場所はかなり高い位置だ。地上にいるはずのノイマンさんや樹理の姿が見えないぐらいの高度。地面に落ちれば大怪我じゃ済まない高さだと言うのに、あのスク水変態仮面は躊躇することなくその身を空中に躍らせたのだ。それほど私を倒したいのか、それとも大丈夫だという何か秘策があるのか。
――ご主人様、ど、どうするんですか!?
――かわせかわせ! あのまま地面に落っこちてくれりゃ儲けもんだ!
――だ、ダメです、そんなの! 下手したら死んじゃいますぅ!!
――あいつは敵だぞ! そんなこと気にしていられるか!
――確かに敵ですが、それでもあの子も人間ですぅっ!
 私の頭の中で言い争いを続けるエルとサラ。人の手により作られた存在である人工精霊のエルと元から自然に存在している火の精霊のサラ。二人の考え方の違いがこっちに向かって剣を振りかぶりながら落下してくるスク水変態仮面をどうするかを迷わせる。
「くっ!」
 私はまだ言い争いを続けている二人の声を意識して頭の中から追い出し、手にした槍型の杖を突き出した。
 あの子は私を倒す気満々だ。本当ならサラの言う通りかわすなり何なりするべきなのだろう。しかし、エルの言う通り、このままあの子をかわし、地面に落ちていくのを見過ごす訳には行かない。だからと言って両手を広げて受け止める訳にも行かないのだから、選べる選択肢は限られてくる。だから私はこの槍型の杖であの子の剣を受け止めることにしたのだ。
 あのスク水変態仮面がゼロ戦から飛び降りて私のところに来るまで時間にして数秒。たったこれだけの時間で良くこんな決断を下せたもんだと私は私自身を誉めてあげたくなる。
「たぁぁっ!」
「こんのぉっ!」
 気合いと共にスク水変態仮面が幅広の大剣を振り下ろしてくる。それを打ち払うように私は槍型の杖を振るった。しかしながら落下による加速をその身に加えていたスク水変態仮面の剣の勢いを止めることは出来ずに、私は下方向へと弾き飛ばされてしまう。
「”アクアランス”」
 落下していく私に向かってスク水変態仮面が青い槍を放った。勿論、彼女自身も落下しながら、だ。
――麻由良!
「わかってる!」
 私を叱咤するサラの声にそう答えながら私は背中の翼を広げて減速、更に素早く青い槍をかわすと落ちてくるスク水変態仮面に向かって上昇した。
「やってくれんじゃないの、このスク水変態仮面!」
「誰が変態だっ!」
 再び剣と槍が激突。今度は吹っ飛ばされずに彼女の剣を受け止める。その為に互いの顔が息のかかる距離にまで近付いた。
「少なくても私は町中でそんな格好出来ないわね!」
「そんな格好でよく言う!」
「あんたよりマシよ!」
「私だって好きでこんな格好をしている訳じゃない!」
 互いに唾がかかる程の距離で言い争い、スク水変態仮面は私を蹴り飛ばした。その勢いを利用して大きく後方へと飛び下がっていくんだけど、私はそこに追い打ちをかけるように”灼熱の弾丸”を放つ。しかし、次の瞬間、私は信じられないものを見た。何とスク水変態仮面が何の足場もないはずの空中で左にステップしたのだ。その為に私が放った”灼熱の弾丸”はそのまま明後日の方向へと飛んでいく。
「な、何っ!?」
――う、嘘だろ、おい。
――信じられないものを見ましたですぅ……。
 唖然としている私達の見ている前で有り得ない行動をやってのけたスク水変態仮面はいつの間にか降下してきていたゼロ戦の上へと降り立っていた。
――流石は変態スク水仮面だな……やることが常識外だ。
「今のは……魔法じゃないの?」
――多分そうだと思うけど、何やったのかわかんねぇ。お前はどうだ、へっぽこ?
――誰がへっぽこですか、役立たず。とりあえず今見ただけじゃ……。
 どうやらサラにもエルにも今あのスク水変態仮面が何をやったのかわからなかったらしい。しかし、あのスク水変態仮面が最低でも空中で方向転換が出来るというのは事実。相手は空を飛べないけどこっちは飛べるというアドバンテージがやや薄れてしまった感じだ。
「何時までも驚いてばかりいられないわ! 行くわよ、サラ、エル!」
 翼をはためかせ、私はゼロ戦に向かって突っ込んでいく。
――一体どうするつもりなんだよ、麻由良? 何か策はあるのか?
 正直言うと策なんて何もない。あのゼロ戦とスク水変態仮面を同時に何とかする策なんてそうそう思いつくはずがない。だから私がやるのは少々無謀な特攻。とにかくあのスク水変態仮面に邪魔される前に”灼熱の砲弾”をゼロ戦に叩き込む。それだけだ。
 ゼロ戦との距離は結構ある。スク水変態仮面を拾った後、大きく旋回して私との距離を取ったからだ。今のうちに”灼熱の砲弾”の準備をしておこう。
 と、ゼロ戦の上に立っていたスク水変態仮面が私に向かってジャンプしてきた。あの位置からじゃどうやったって届かないはずなのに、一体何を考えてるんだ、あいつ?
 何て思っていたらあのスク水変態仮面、何もないはずのところでいきなりジャンプしてみせた。どうやらさっきのステップと同じみたいだ。何度か同じように何もないところを、まるでそこに足場があるかのように次々とジャンプして私の方へと迫ってくる。
――な、何なんだよ、あの変態スク水仮面は!?
「魔法って結構何でもありなのね!」
 そう言いながら私は”灼熱の砲弾”をキャンセルして、代わりに”灼熱の弾丸”をスク水変態仮面に向かって放った。しかし、それはすぐにあの子の持つ大剣で切り払われてしまう。
「やっぱりダメか!」
――わかってんならやるな! 魔力の無駄遣いだ!
「んなこと言っても”灼熱の砲弾”じゃ威力大きすぎるでしょうが!」
 はっきり言って私の攻撃魔法があのスク水変態仮面に何処まで通じるのかわからないけど、たった一発で”歪み”を、下手したら素体ごと焼き尽くしてしまう”灼熱の砲弾”だとあの子にどれだけのダメージを与えてしまうかわからない。気を失う程度ならいいけど、まさか焼き尽くしてしまったら、そりゃ殺人だ。そう言うことだけは絶対にしたくない。
――相手も同じ魔法使いだ、そう言う心配はいらねぇよ! 魔法使い同士の戦闘だと直接的なダメージよりも先に魔力ダメージが行くんだ。よっぽど強力で殺意を思い切り込めない限り気を失う程度で死にはしねぇ!
 へぇ、そう言うものなんだ。だったらちょっと安心かな。
 などと頭の中でサラと会話しながら私は背中の翼を大きく広げて急制動をかけた。そんな私の目の前をスク水変態仮面の振り下ろした大剣の切っ先が駆け抜けていく。後ちょっと遅かったら頭から真っ二つだ。と言うか、今の、思い切り殺意込められてなかったか? 今の一撃で切り払われてしまったのだろう、はらりと落ちる前髪に冷や汗をかきつつ、私は離れていくスク水変態仮面を見やる。彼女はまた何度か何もないところをステップするようにジャンプしてゼロ戦の上に降り立っていた。
「ちょっと! 殺す気!?」
「前にも言ったはずだ! 邪魔をするなら排除する!」
「だからって!」
「手加減して勝てる程甘い相手ではないはずだろう! それは私も同じだ!」
 私の声に律儀に答えてくるスク水変態仮面。あの様子からすると彼女は本気のようだ。言った通りに邪魔をするものは殺してでも排除するつもりなのだろう。そして彼女は私のことを手加減など出来ない強敵だと認識しているようだ。
「つまり……全力でやるっきゃないってことか!」
 向こうが全力でこちらを排除しようとしているのにこっちが手加減など出来るはずがない。そんなことをしていたら私の勝ち目は無くなってしまうだろう。向こうが全力で来るならこちらも全力で答えるまで。流石に殺す気にまではなれないけどね。
 背の翼を大きくはためかせ、私はゼロ戦に向かっていく。まずはとにかくあのゼロ戦を封滅するのが先決だ。
「”灼熱の砲弾”!」
 槍型の杖の先端に生まれる大きな炎の玉。この間みたいに揺らめきが大きいけど、今回は気にしている余裕はない。
「いけぇっ!」
 杖の先に宿した揺らめく炎の玉をゼロ戦に向かって放つ。しかし、炎の玉の速度は私が知っている”灼熱の砲弾”よりも遙かに遅い。どうも浅葱が行方不明になった、と教えて貰った日から調子が悪い気がする。
 そんなことを考えている私の目の前でゼロ戦はすっと機体を右に傾けて飛んでくる炎の玉をかわしてしまった。
「流石は伝説のゼロ戦って訳ね!」
――あんなゆっくりの上に一直線の攻撃なんかすぐにかわせるだろうが。もっとよく考えろ、馬鹿麻由良。
「うっさい!」
 頭の中に聞こえてくるサラの呆れ声にそう言い返しながら私は旋回してこっちに向かってくるゼロ戦を見やる。早い上に小回りが利くとは、今更ながら厄介な相手だ。
――来るぞ!
 サラがそう言うのとほぼ同時にゼロ戦の機銃が火を噴いた。
「”シールド”!」
 すかさず左手を突き出し、その先に魔法陣を展開、ゼロ戦から放たれた機銃弾を受け止める。魔法陣にぶつかった機銃弾が火花を飛ばすのをその魔法陣越しに見つめながら私はある違和感に捕らわれた。
「……いない?」
 ゼロ戦の上に立っていたはずのスク水変態仮面の姿がそこになかったのだ。それに気付いた私はすぐさま後ろを振り返った。勿論左手はそのまま”シールド”を維持したままで、だ。
 案の定、スク水変態仮面は大きく剣を振りかぶった状態で私の背後に迫っていた。
「やああっ!」
「甘いっ!」
「どっちがっ!」
 スク水変態仮面の振り下ろした剣を槍型の杖で受け止めようとするけども、こっちは片手で向こうは両手。おまけに向こうは思い切り振りかぶった状態から一気に振り下ろしてきている訳で、その分加速がついている。つまりは受け止められずにまたしても弾き飛ばされてしまったって事で。
「甘いのはそっちだろう!」
 そう言いながらスク水変態仮面が私のお腹に蹴りを喰らわせてくる。今回二回目、こいつ足癖悪い! 毎度お馴染みフェイズシフト結界でダメージはないものの、何て言うか、むかつく!
「喰らえ、”灼熱の弾丸”!」
 離れていくスク水変態仮面目掛けて六発の火の玉を放つ。
 スク水変態仮面は手にした大剣をくるりと一回転させ、全ての火の玉を切り払ってしまう。その直後、いつの間にかそっちへと移動していたゼロ戦の上に彼女は着地した。
――何て言うか、物凄く連携取れてるな、あっちは。
「こっちとは大違いだって言いたそうね」
――いいや、こっちだって負けてねぇさ。
「当たり前よ」
 サラが自信たっぷりにそう言い、私もニヤリと笑う。と、そんな時だった。
――わかりましたですぅっ!
 いきなり聞こえてきたのは興奮気味のエルの声。しかもかなりの大音量で、思わず顔をしかめてしまう。
――やかましいっ! 何がわかったんだよ、このへっぽこ!
 サラも今のにはむかついたのか、エルに負けない大声で言い返す。つーか、人の頭の中でそう言うの、止めて欲しいんだけど。
――あの子が一体何をやっているのかわかったんです! あの子は水属性の魔法少女ですよね?
 確かそうだったわよね。私との相性最悪らしいし。
――あの子は空気中の水分を一点に凝縮して、それを一瞬の足場にしているんです。極々わずかですがあの子がステップした瞬間、あの子の足下に波紋が広がっているです。それが見えなければわかりませんでした。
 むう……何と言う反則技。と言うことは、もしかしなくてもあのスク水変態仮面、水の上を歩けちゃったりする訳なのか?
――水の属性の魔法使いですから不可能じゃないと思いますです。
――だぁぁっ! 今そんなことわかったって何の意味もねぇだろうがぁッ!
 まぁ、確かにそうなんだけど、それでも良くやってくれたとエルには言っておこう。とりあえず正体がわかれば対応……は出来ないけど、いちいち驚く必要はないし。
――来ますです、ご主人様!
 エルの声に私が顔を上げるとゼロ戦が真正面から私に向かって突っ込んでくるのが見えた。
――いちいち”シールド”使っていたらもたねぇぞ、こっちが!
「わかってる! エル、ちょっと無茶するわよ!」
――へ? ど、どう言うことですか、ご主人様!?
「こういうこと!」
 私はそう言うと背中の翼をはためかせて突っ込んでくるゼロ戦に向かってこっちからも突っ込んでいった。そんな私を迎撃しようとゼロ戦が機銃を放ってくるけど、今回は”シールド”を使わず、上下左右に移動して放たれる機銃弾をかわしていく。
 何でこんな事をしたのかって言うと、実はもう魔力の残りが結構やばかったりするからだ。そもそも飛行自体に魔力をそれなりに喰っていると言うのに”シールド”を使ってゼロ戦の機銃弾を受け止めたり”灼熱の弾丸”を何度も放ったり”灼熱の砲弾”は二回キャンセルして三回目でようやく放ったり(キャンセルしてもそれなりに魔力は消費してしまうものらしい)とかなり魔力の無駄遣いをしてしまっている。はっきり言って”灼熱の砲弾”を後一発、フルパワーで打てばそれで魔力は尽きてしまうだろう。だからこそ、今度は失敗が許されないからこそ、多少無茶でもあのゼロ戦にギリギリまで接近して”灼熱の砲弾を叩き込まなければならないのだ。
 互いにかなりの速さで移動しているせいか、ゼロ戦と私との距離があっと言う間に縮まっていく。
――麻由良、油断するなよ。この距離まで近付いてんのにあの変態スク水仮面が何もしてこねぇ。何か罠があると思って間違いないはずだ。
「ここまで来て何が出来るってのよ! いっけぇっ! ”灼熱の砲だ」
 手にした槍型の杖の先端を向かってくるゼロ戦に向けて、今度という今度こそ必殺の魔法を放とうとする私だったけど、その行為はまたしても中断されてしまう。突然目の前を真っ白な霧が覆い隠したからだ。
「なっ!?」
 一体何が起こったのか。これもあのスク水変態仮面の魔法なのか。とにかく私は標的であるゼロ戦を見失ってしまう。
――真正面から来てたはずなのにぶつからねぇ……何処かで旋回でもしやがったか?
「エル!」
――ダメですぅ! この霧が邪魔でサーチ出来ませんです!
 エルの悲痛な声を聞き、私はすぐさま周囲を見回した。サーチ系の魔法を得意とするエルですらサーチ出来ないこの白い霧。これはもう確実にあのスク水変態仮面の仕業だ。
「何処だ……?」
 はっきり言ってこの状況は非常にまずい。完全に目を眩まされてしまっている。これじゃ無防備も同然だ。
――気をつけろ、麻由良! 後ろだ!
――ご主人様、後ろですぅ!
 サラとエルの声が同時に頭に響く。はっとなった私が振り返るよりも早く、白い霧の中を突き抜けて現れたスク水変態仮面の剣が私の背中にある翼の片方を切り裂いた。
「しまっ……!」
 空を飛ぶ為の要である翼の片方を失い、私の身体は急激にバランスと浮力を失った。とっさに手をスク水変態仮面の方に伸ばすけども、彼女はニヤリと口元を歪ませるだけで、その手を取ってくれるはずがない。
「うわぁぁぁぁっ!」
 呆然としている中、一気に落下を始める私の身体。
――へっぽこ、何とかしろ! このままだと地面に激突してみんなまとめてお陀仏だぞ!
――そんなこと言われても……今の状態じゃどうしようも……。
――ダメだ、麻由良! へっぽこの奴、かなりダメージを受けてる! こうなりゃ自力で何とかするっきゃねぇぞ!
 頭の中に響くサラの声。確かにサラの声に反応したエルの声は弱々しい。あの翼はエルと一体化して出来たものだからあれにダメージを受けるとエルの方にダメージが行くのか。そんなことを考えつつ、私はどんどん迫ってくる地面を見る。
 さっきのようにノイマンさんが助けてくれる可能性は低い。今は結界の維持に手が一杯だろうからだ。
 ならば地上で待機している樹理はどうか。ダメだ、あいつは絶対的に信用ならない。つーか、この状況をどうにか出来る魔法を知っているかすら怪しい。
――麻由良!
「絶対に……諦めてたまるかぁっ!」
 私はまだこんなところで死にたくないんだから! そう思いながら私は槍型の杖を地面に向けた。成功するかどうかは怪しい賭けだけど、今はやってみるしかない。
「”灼熱の砲弾”!」
 眼下に迫る地面に向かって最後のとっておきだったはずの”灼熱の砲弾”を放つ。そしてすかさず左手を地面に向けて突き出した。
「”シールド”!」
 すぐさま左手の先に魔法陣が展開した。直後、地面にぶつかった”灼熱の砲弾”が物凄い火柱をあげる。その火柱を”シールド”で受け止めつつ、私は残った片方の翼を広げた。
「上手く行けよぉっ!」
 そう言いながら私は”シールド”の精度を下げた。立ち上る火柱の勢いに押され、私の身体がわずかに上昇する。これで少しぐらいは落下の勢いは殺がれたはず。後は上手く着地すれば万事オッケーな訳だけど。
「ふぎゃっ!」
 間抜けな声をあげながら頭から地面に落下する私。いや、間抜けな声は地面にぶつかったからあげちゃったのか。まぁ、そんなことはどうでもいい。とりあえずフェイズシフト結界でダメージをほとんどゼロに出来たのだからさっきの作戦は成功したと言ってもいいだろう。
――良くあんな事思いつけたな、あの状況で。
 感心したようなサラの声が聞こえてくる。
「昔何かの映画で爆発の勢いを利用して助かった、ってのを思い出したの。もっとも成功するかどうかは自信なかったけどね」
 そう言いながら私は立ち上がった。それから空を見上げ、飛び回るゼロ戦を睨み付ける。
「主殿!」
「サー!」
 聞こえてきた声に振り返るとそこにはソウとランの姿があった。更にその後ろからは樹理がこっちに向かって走ってくる。
「麻由良さん! 大丈夫ですの!?」
「まぁ、何とかね。もっとも私よりもダメージ受けてる子がいるけど……」
 私はそう言うとエルと分離する。
 エルはぐったりとした様子で私の手の上に倒れ込んだ。
「エル!」
 ぐったりとして息も荒いエルにランとソウが駆け寄ってくる。二人とも物凄く心配そうだ。この三人は言ってみれば姉妹のようなもので、まぁ、普段はそれぞれの趣味とか個性の違いとかで結構ケンカしていたりもするんだけど、それでもこうやって傷ついたエルを心配しているのを見るとちゃんと心の奥底では繋がっているんだなぁと思ってしまったりする。
――今は感傷に浸ってる時じゃねぇだろ、麻由良。先にあいつを片付けねぇと、へっぽこも浮かばれないぞ。
「か、勝手に殺すなですぅ……」
 エルが苦しそうにしながらも顔を上げて私の中にいるサラに向かって言った。ついさっきまで一体化していた余韻があるのか、サラの声が聞こえたらしい。
「ご主人様、申し訳ありませんですぅ」
「謝らなくていいわ。エルは充分以上に良くやってくれた。あのスク水変態仮面が私達の一歩上を行っていただけなんだから」
 私はそう言うとまた空を見上げ、そして相変わらず自由に飛んでいるゼロ戦を睨み付けた。いや、正確にはその上に立っているスク水変態仮面の方を、だ。
「ラン、ここからあのゼロ戦を狙える?」
「不可能ではありません、サー。ですが、今のサーの魔力の状態では撃てて一発。自分の力では一発で命中させられるかどうかは……」
 空を見上げながらランに尋ねてみると、意外なことにランは少々不安げな返事を返してきた。流石に高速で動き回っているあのゼロ戦を地上から狙い撃つのは難しいか。それに加えて撃てるのはたったの一発のみ。外したりしたら終わりだ。
――麻由良の放つ攻撃魔法はあまり誘導精度高くないからな。
 うん、これからはそう言った練習も特訓メニューに加えておこう。しかし、今はそう言うことよりあのゼロ戦を如何にして封滅するか、だ。
 ランによる地上からの狙撃はほぼ不可能。やって出来ないことはないと思うけど、リスクが大きすぎる。
「……こうなったら一か八かね。樹理、後のフォローは任せるわよ。ソウ、一緒に来て。ランはエルを見ていて頂戴」
 コクリと頷き、私の肩に飛び乗るソウ。地面ではランが頷き、エルを抱きかかえている。そして樹理は何処か不安げな表情をして私を見つめていた。
「何を考えているんですの、麻由良さん?」
「だから言ったでしょ。一か八か、ギリギリの賭けをやるしかないのよ、あれを封滅するには」
 私はチラリとだけ樹理の顔を見て、すぐさま空を見上げた。何でかわからないけど、樹理のそう言った不安げな顔なんか見たくないって気がしたからだ。こいつにはいつも不敵で嫌味ったらしい自信たっぷりの顔をしていて貰わないと、何て言うか張り合いがない。
「何、私のこと心配してくれてるんだ?」
「だ、誰があなたのことなど! 私が心配しているのはあの”歪み”をあなたがきちんと封滅出来るかどうかと言うことで、別にあなたがどうなろうと、そんなこと知ったことでは」
 ちょっとだけニヤリとからかうように笑って私が言うと、樹理は顔を真っ赤にしてすぐさま反論してきた。うん、やっぱりこいつはこうでないと。
「わかってる。大丈夫、ちゃんと封滅してみせるわよ」
 私はそう言うと手を一振りして空飛ぶ箒を呼び出した。
「あんたこそしっかりフォローしなさいよ。街に被害出す訳には行かないんだからね」
 それだけ言うと私は箒に乗って再び空へと舞い上がっていく。
 相変わらずの超高速のスピードで私は先程の戦場へと舞い戻った。出来る限りスピードを調整して何とかあのゼロ戦と同じくらいのスピードにしたいんだけど、やっぱり無理だったのでとりあえずあっさりと追い抜いてみる。
――しかし、あいつ一体何したいんだろうな?
「どう言うこと?」
――現れた時からそうだったけど、あいつってただ飛び回っているだけなんだよな。普通”歪み”ってのは色んな負の感情の塊で、それが何故か破壊衝動となって表に出てくるんだけど、あいつは別に何かを攻撃しようとかそう言うことを一切やらずにただ飛んでいるだけだろ。だから気になってさ。
「そう言われると確かにそうね……」
「ですが主殿、あれはやはり”歪み”でござる。何時その破壊衝動とやらが目覚め、地上に危害を加えるかわかったものではござらぬ以上、早期に封滅致すべきかと」
 物凄いスピードに振り落とされないよう私の肩にしっかりと捕まっているソウがそう言って私を見る。
――確かにそいつの言う通りだな。さっさと封滅しちまおう。こっちの魔力だって限界に近いしな。
「……一応言っておくけど……今からやるのは物凄い危ない賭けだからね。二人とも、覚悟決めていくわよ!」
――おうよ!
「御意!」
 二人の返事を聞きながら私は箒を大きく旋回させてゼロ戦の真正面に出た。そして注意しながらその箒の上に立ち、槍型の杖を両手で持って構える。
「失敗は許されない! ソウ、一体化するのはギリギリまで待って!」
「御意でござる!」
 真っ直ぐ一直線にゼロ戦に向かいながら私はゼロ戦の上に立つスク水変態仮面を睨み付けた。さっきはやられたけど、今度はそうはいかない。さっきの分も含めて倍返しにしてやるんだから。
 で、そのスク水変態仮面の方はと言うと箒の上に立って突っ込んでくる私を訝しげな表情をして見つめている。私が何をする気なのかわからず、警戒しているのだろう。まさか一か八かで突っ込んでいるだけとは思うまい。
「行くぞぉっ!!」
 そう叫ぶと同時に私は箒に急ブレーキをかけさせた。勿論、慣性の法則の原理で私の身体だけがゼロ戦に向かって吹っ飛ばされていく。
「ソウ!」
「御意!」
 物凄い勢いで吹っ飛ばされながら私はソウと一体化し、その姿を変える。更にソウと一体化することで出来る長大な刀をすぐさま槍型の杖と重ね合わせ、杖があのスク水変態仮面の持っているような大型の剣に変形するのを感じながら、私はそれを大きく振り上げた。
「行けぇっ! ”灼熱の真っ向両断切り”!!」
 そう叫ぶのと同時に大型の剣の刀身が炎に包まれる。それを真正面に突き出しながら私はゼロ戦へと突っ込んだ。
 ゼロ戦の上に立っていたスク水変態仮面が慌てた様子で何か魔法を放とうとし、ゼロ戦も機銃を放つけどももう遅い。機銃弾は突き出した炎の剣に切り払われ、そして剣先がゼロ戦の前についているプロペラに命中、そして一気にゼロ戦の機体を真っ二つにした。
「何っ!?」
 驚きの声をあげるスク水変態仮面。その足下で真っ二つにされたゼロ戦の機体が炎に包まれる。
「ざまぁみやがれ、このスク水変態仮面!!」
「くっ!」
 スク水変態仮面はゼロ戦を切り裂いた勢いそのままに落下しつつも、そう叫んだ私をチラリと睨み付けてから、大きくジャンプした。ジャンプしながら手に持った幅広の剣を真っ二つになり、燃え上がるゼロ戦へと向ける。するとそこから黒い水晶柱が浮かび上がった。
「やっぱりあれか!」
 地面に向かって為す術無く落下しながら私はスク水変態仮面の手に治まる黒い水晶柱を見る。やっぱり今回の一件にもあの黒い水晶柱が関係していた。前回、前々回と言い、一体あれは何なんだ。
――馬鹿、今はそんなことよりもだな!
――主殿、このままでは流石に!
 頭の中に響く二人の声に私は今自分が地面に向かって落下中だと言うことを思い出した。慌てて手を振って空飛ぶ箒を呼び出そうとするけども、何の反応もない。
「あ、あれ〜?」
 一体どうしたんだろうか。あ、もしかして魔力が完全に底をついちゃったからとか? 何となく髪の毛を見ると赤いはずの髪が何時のまにやら黒くなっていた。
「魔力切れ!?」
――お前、さっき本気で全力使っただろ!
「いやまぁ、失敗は出来なかったんだし」
――もうちょっと後先考えろぉっ! 無事に帰れたら絶対にお前と話し合うからな! 覚えておけ、馬鹿麻由良!
 うん、無事に帰れたらね。魔力切れでフェイズシフト結界も使えないし、このまま地面に落ちちゃったら確実に大怪我すると思うけど。
 あああ〜、痛いのは私だって嫌〜っ!!
 激突の瞬間に備えて私は身体を丸めて目を閉じる。こうなったらちょっとでもダメージ回避しないと。果たして受け身なんか取れるんだろうか?
 と、そんなことを考えていた時だった。
「”優しき泥地の抱擁”!」
 突然聞こえてきた樹理の声。直後、私は柔らかい何かの中に突っ込んだ。
 一体何が起こったのかわからなかったけれど、とりあえず助かったみたいだって事がわかったのは身体の何処も痛くなかったから。でも一体何に突っ込んだんだ?
「うわ〜、ぺっぺっ」
 とりあえず身体を起こしてみて、口の中に感じる妙な感触。すぐさま吐き出してみると、それは泥。周囲を見回してみると辺り一帯が泥沼のようになっていた。ここに突っ込んだから、どうにか無事で済んだらしい。うわ〜、よく見ると全身泥だらけじゃないか。これは早く家に帰ってシャワー浴びないと。
「あ〜ら、泥臭いあなたには何ともお似合いの格好ですわね、麻由良さん」
 笑いを堪えたような樹理の声が聞こえてきたので、振り返ってみると予想通り笑うのを必至に堪えている樹理がそこにいた。
「……樹理、あんたの仕業?」
 ジロリと樹理を睨み付けると、樹理はちょっと不服そうな顔をしてみせた。
「まぁ確かに私の仕業かと言われれば私の仕業ですが、そのお陰で麻由良さんは助かったのですからお礼の一つでも言って貰わないと」
「あっそ。ありがと」
「あのですねぇ! せめてもう少し誠意とか感謝とかもうちょっとは心のこもったお礼というものが出来ないんですか、あなたは!」
 私の物凄くテキトーな感謝の言葉に思い切り吼えてくる樹理。いやまぁ、確かに助けてくれたことに感謝はしてるけどさ、ここまで泥だらけにされるとなぁ。
 そんなことはともかく、気になっていることがあったのでそれを聞いてみることにしよう。この場に樹理しかいないからこいつに聞く他無いんだけど。ノイマンさんは一体何処に行ったんだ?
「ねぇ、あのゼロ戦はどうなったの?」
「あれなら……これでございますわ」
 そう言って樹理が差し出してきたのは真っ二つになったゼロ戦のおもちゃだった。本物じゃないだろうとは思っていたけど、まさかこんなおもちゃだったとは。
「考えてみると恐ろしいですわね。”歪み”が取り憑いただけでこんなおもちゃが本物になってしまうなんて」
「まったくだわ」
 樹理と二人してため息をつく。

 しかし、またしてもあの黒い水晶柱は持って行かれてしまった。
 一体あの水晶柱は何なんだろうか?
 そしてあのスク水変態仮面とおそらくその背後にいるであろう、あの黒い女の人は何を企んでいるのだろうか?
 いや、それよりももっと気にかかることがある。あのスク水変態仮面、今回初めて言葉を交わしたけども、何か何処かで会ったことがあるような気がしてならない。
 何て言うか、非常に嫌な予感がする。これがただの予感であればいいんだけど……。

To be continued...

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