ガサガサガサと足下の下草を踏みつけながら私は走る。まだ向こうは私の位置には気付いていないはずだ。まぁ、見つかったら最後、恐ろしい威力の攻撃が私に襲い掛かってくる。あれで威力は最低だって言うんだから本当に恐ろしい。と言うか、本当に威力を最低にしているんだろうか。相手が相手だから忘れているような気がしないでもないのが怖い。
――そんなこと考えている場合か? もうそろそろ察知される距離だぞ?
 頭の中に直接聞こえてきたのは私と一体化している火の精霊サラマンダーのサラ。私の相棒にしてケンカ相手。役に立っているのか立ってないのかたまに疑問になってしまうのがご愛敬。
 っと、それはさておき、そろそろ警戒しておかなければならない。まだお互いに姿は見えていないはずなんだけど、向こうはやたら気配察知に関しては優秀だ。まぁ、向こうの戦闘スタイルから考えれば当然なのかも知れないけど、私のようなまだまだレベルの低い魔法少女にはそれは充分すぎる程の脅威で、今までその為にどれだけ痛い目に遭わされたか、もう考えるのも嫌な程だ。
<見ぃつけた>
 こっちが向こうを見つけるよりも先に向こうの、なんとも楽しげな声が頭の中に響き渡る。
 やばい、と思った瞬間私はその場に伏せていた。直後、私の頭上を通り過ぎていく赤い閃光。相変わらず正確無比な射撃だ。しかし、今の一撃のお陰で私は相手の居場所をだいたい特定することが出来た。
 次の射撃がくるよりも先にこっちの攻撃をぶち込む。そう思いながら私は飛び起き、そして再び走り出した。右手に持った巨大な矢印のような形のショートスピアみたいな魔法の杖をギュッと握りしめ、得意の攻撃魔法を放つ。
「”灼熱の弾丸”!」
 左手を相手のいるであろう方向に向けてそう言うと、その手を中心に六つの火の玉が生まれ、順番に手の先の方へと飛んでいった。勿論こっちの位置を特定させないように走りながらだ。
<甘ぁい>
 また聞こえてくるなんとものんびりとした声。むかつくのは思い切り余裕があるって感じがすること。と、それどころじゃない。私は慌てて足を止めると再び左手を前にかざした。
「”シールド”!!」
 左手の先に魔法陣が浮かび上がり、そこに赤い閃光が直撃、拡散する。
――まともに受けたら三回ぐらいが限度だって前にも言っただろ! よく使いどころ考えろ!
「そんな事言ったって仕方ないでしょ、今のは!」
 また頭の中に聞こえてきたサラの声にそう言い返しておいてから私はまた走り出した。立ち止まっていたら向こうの射撃のいい的だ。”シールド”を使ってもあれを防げるのはだいたい三回ぐらい。今、一回防いだからあと二回で私は魔力切れを起こしてダウンしてしまう。その前に何とかして一撃喰らわせないと。
 それからまた散々走り回って、ようやく私は相手の後ろ側に回ることに成功した。向こうはまだこっちが後ろにいると言うことに気付いていないようだ。
「ちゃ〜んす!」
 そう呟いて私は一気に飛び出す。持っていた槍……じゃない、杖を大きく振りかぶりながら相手に迫っていく。魔法を使わなかったのは、その発動の時点での魔力を感知されて攻撃されない為。何と言っても向こうの方が魔法の発動の時間は短い。この辺はやっぱり経験の差だろうから仕方ないんだけど。
「喰らえ……ええっ!?」
 後一歩、と言う距離まで近付いた時だ。いきなり足下から光の球がいくつも飛び出し私を取り囲んでしまう。それがあまりにも突然だったので私は思わず硬直してしまう。更にそんな私の鼻先に相手の持っていた巨大なライフル――バスターランチャーの銃口が突きつけられた。
「チェックメイトね、麻由良ちゃん」
 ニッコリと笑ってそう言うお母さんに私はガックリと肩を落とすのだった。

 私の名前は炎城寺麻由良。
 平凡な人生を歩んでいたはずの私がひょんな事からこの世の負のエネルギーの固まりである”歪み”を封滅することの出来る唯一の存在、魔法少女になって一ヶ月以上が経つ。
 この前、とある”歪み”を倒した後に出会った謎の黒い魔法使いの女の人にこてんぱんにのされた私は元魔法少女で滅茶苦茶強いと言う話らしいお母さんに頼んでもっと強くなれるよう毎晩特訓して貰っている。ちなみに戦績は今のところ十八戦中十八敗。一回も勝ててません。何と言うか悔しい。
 しかし、それでも”歪み”を一体倒すごとに五百円という約束は変わらず。相変わらず危険手当などはその中に入ってないから交渉は未だに続けている。
 そんな私のパートナーは火の精霊のサラ、人工精霊でサーチ系が得意で空の飛べるエル、遠距離攻撃が得意なラン、近接戦闘が得意なソウの合計四人とまるで巨大な矢印のような形の槍みたいな魔法の杖。名前はまだない。
 今の私の目標は、あの黒い女の人を倒すこと。あんな身勝手なこと、絶対に許さないんだから!

STRIKE WITCHES
7th Stage Magic girl appearance one after another

 あれから三回ぐらいお母さんに挑んでみたけれども結果は全部私の負け。
 遠距離攻撃が主体のお母さんだから接近してしまえば勝てると思っていたんだけど、流石は元魔法少女と言うことか、その対策は充分になされていた。あの光の球がそうなんだけど、あれは実はお母さんの魔法の一つで”スフィアマイン”と言うそうだ。その名の通り触れたりお母さんの意思で爆発する浮遊機雷のようなもの。自分の回りにあらかじめ仕掛けておいて、相手が近寄ってくると同時に発動して近寄ってきた相手を取り囲んでしまう。そこから動いて光の球に触れると爆発、動かないなら動かないで後は似るなり焼くなりお母さんの気分次第。
――何つーかえぐい魔法だよな、これ。
 同感。でも有効だとも思う。
 相手の動きを封じてしまえば後はどうとでも好きなように出来る。うん、戦術的にこれはありだろう。
「でもなかなか難しいのよ、これ。制御するのもそうだけど、相手によっちゃ簡単にスフィアが壊されちゃうし」
 手にそのスフィアマインを浮かばせながらお母さんが私の方へとやって来た。
「麻由良ちゃんは初めて見たから動きを止めたけど、中にはこんなの関係ないって風に突っ込んでくる人もいるのよ。そうなると私なんかもうどうすることも出来ないわ」
 言いながらちょっと複雑な表情を浮かべるお母さんの手の上のスフィアマインがポンと風船が破裂するかのように消える。一体どの程度の威力なのかわからないけど、これを無視して突っ込めるなんて大した度胸だと思う。お母さんの砲撃の威力を考えれば、なんだけど。
「まぁ、接近される前に何とかするってのがお母さんのスタイルだったから。それに一人で何かするって事もあまりなかったし」
 言われてみればきっとそうなのだろうと思う。お母さんの気配察知能力ってのは私から見ても凄いの一言だ。どうしてこれが普段発揮されないのか物凄く疑問なんだけど。もしかしたらお母さんと一体化している精霊の力によるものなのかも知れない。見たことないけど、お母さんの契約している精霊って。
「でも今日はなかなかいいところまでいったわよ、麻由良ちゃん。今まではスフィアマインを使うまでもなかったんだしね。もっとも設置だけは一応いつもやっていたんだけどね」
「別に慰めてくれなくてもいい」
 ちょっと拗ねたように私はそっぽを向いてそう言った。いいところまでいったと言っても勝てなかったと言うことに違いはない。一体どうすればお母さんに勝てるのか。お母さんに勝てないと言うことは、お母さんと同じくらい強いであろうあの黒い女の人にも勝てないって事だし。
――あの黒いのは別格だって。お前の母ちゃんと比べてもダメだ。だいたいお前の母ちゃん、思い切り手加減してくれてるじゃねぇか。
 うう、思い切り手加減されて勝てないなんて……何と言うか正直へこむわ。
「経験値の差よ、麻由良ちゃん。麻由良ちゃんはこれから経験をどんどん積んでいけるからお母さんよりも強くなれる! お母さんが保証してあげるから!」
 お母さんが笑顔でそう言うけど、何となくこのお母さんに保証されてもあまり嬉しくないと言うか何と言うか。魔法使いとしての腕は確かに賞賛出来るんだけど、それ以外の部分がどうにもダメダメなところの方が多いから。
「あ〜! その目は何か悪口考えてる〜! ひぃ〜ん、麻由良ちゃんが私の言うこと信じてくれてな〜い!!」
 私の視線に何が込められているのか気付いたのだろう、そんなことを言いながら涙目になるお母さん。
 いや、だからこう言うところが……。

 とりあえずそろそろ終わりの時間だ。これ以上やっていると確実に寝坊する。主にお母さんが。別に朝に弱いという訳でも低血圧という訳でもないと思うのに、何かちゃんと六時間は寝ないと朝起きられないらしい。何とも不思議なことだ。
「それじゃ今日はもう帰りましょうか〜」
 お母さんも同じ事を考えていたのか、そう言って私の方を見る。
「もういい時間だもんね。これ以上やるとお母さんが朝起きれなくなるし」
 私もそう言ってお母さんに笑みを返した。まぁ、多分底意地の悪そうな、からかっているようなそんな笑みだろうけど。
「ひぃ〜ん、麻由良ちゃんだって寝坊する癖にぃっ!」
 また涙目になってお母さんがそう言う。こう言うところが自分の母親としての威厳とかそう言ったものを著しく失わせていると言うことに気がつかないんだろうか、我が母上は。まぁ、からかうと面白いから止めない私も私だけど。
「わかったわ。麻由良ちゃんがそんなこと言うんなら明日の朝、絶対に起こしてなんかあげないんだから!」
「ええっ!? そ、それは困る!」
「お母さんは少しも困らないもん。遅刻でも何でもしちゃえばいいの!」
「そんな〜! 拗ねないでよ、お母さぁん!」
「拗ねてないもん!」
「それを拗ねてるって言う以外何があるのよ!」
「先に帰るわよ、麻由良ちゃん!」
 すっかり拗ねてしまい、へそを曲げてしまったお母さんはすっと手を振って魔法の箒を呼び出すと、私をおいてさっさと空へと舞い上がってしまった。その動きは流れるようでまったく無駄がない。しかも私と違って魔法の箒の動きも穏やかで、それこそふわりと言う言葉がぴったりくる浮き上がり方だ。
――まぁ、麻由良には無理だな。
「うるさいわね。私達も帰るわよ」
 サラに言い返しながら私も手を軽く振って魔法の箒を呼び出した。素早く箒に跨って、それから地面を軽く蹴る。すると物凄い勢いで箒が浮き上がった。お母さんの箒と違って私の箒は物凄くじゃじゃ馬だ。おそらく初めてお母さんに連れられて空飛ぶ箒に乗った時の物凄いスピードのイメージが残っていて、それが私の箒に刻み込まれてしまったのだろう。
――何とも迷惑な話だよなー。
 へいへい、悪かったわよ。苦虫を噛み潰したような顔をしながら私は答え、箒を自分の家の方へと向ける。
 相変わらずスピードは物凄いけど徐々に制御出来るようになっている……はず。ちょっと自信ないけど。まぁ、空中での停止、いわゆるホバリングぐらいは出来るようになったから多少はマシなんだろう。そんなことを考えながら私が箒を家に向かって飛ばしている時だった。
<見つけたでぇっ!!>
 いきなり大音量で頭の中に聞こえてきたその声に私は思わずバランスを崩し、箒から落ちかけてしまった。必死に箒の柄にしがみつき、地面に落下することを防ぐ。
「な、な、何なのよ、今のっ!?」
 とりあえず箒を停止させ、周囲を見回す。しかしながら見える範囲に人の姿はない。
――麻由良ー、下だ、下。こんな空の上に誰がいるってんだよ。
 それもそうか。で、下の方を見てみると一本の電柱の上に腕を組んで立っている人影が見えた。向こうはどうやら私がその姿を見つけたと言うことに気付いたらしく、いきなりビシィッと私に向かって人差し指を突きつけてくる。
<ようやく見つけたでぇ、”紅蓮の閃光”の娘ぇっ!!>
 再び大音量で聞こえてくる思念通話に私は思い切り顔をしかめる。一体何でそんなにわざわざ大きい声で言わなければならないんだ? 思念通話だから聞こえてるって事がわかっているだろうに。
――いや、あの調子だとわかってねぇんじゃねぇか? 同時に口も動いているし。
 ふむ、と言うことは思念通話をすると同時に口でも同じ事を言っている訳か。何と言う迷惑な。時間を考えろ、時間を。今はもう深夜だぞ。
――いや、直接言ってやれよ、それ。
 何か面倒臭いんだけどな、それ。気のせいか、全力で関わっちゃいけないって気がするし。だいたい私のことを”紅蓮の閃光の娘”って呼んだ時点で物凄く嫌な予感がするし。
――確か”紅蓮の閃光”って言えばお前の母ちゃんの二つ名だったよな?
 昔々、まだ現役だった頃はそう呼ばれてたって本人は言ってたけどね。果たして本当なのかどうか。まぁ、お母さんが魔法少女……魔法使いとしては確かに凄いってのは嫌って言う程思い知らされてるけど普段が普段だから、未だに信じられないのよねー。
――魔法管理局じゃそこそこ有名だって聞いたけどな。
 確かにね。でもまぁ、実の娘から見たら……普段を知っているだけに信じられないと言うか信じたくないと言うか。
<こぉらぁっ! 無視するなぁっ!!>
――何か怒ってるぞ、あれ。
 あれ扱いかい。何げに酷いわね、あんたも。
――この位置からだと男か女か判断つきにくいからなぁ。まぁ、声の調子からすると女っぽいけど声変わり前の男って可能性もあるし。
 このまま無視して帰ったりしたらどうなると思う?
――後で大騒ぎだろうな、きっと。下手すりゃ暴れ出すかも知れないし。
 と言うことは行くしかないって事か。早く帰って布団に入ってゆっくりと寝たいんだけどなー。
<うがーっ! さっさと降りてこーいっ!!>
 関わり合いになりたくないなぁ。何て言うか関わり合いになると確実に悪いことになりそうな気がするし。
――そうも言ってられないだろ。結界とか張ってないんだし、いい加減近所迷惑だ。それに下手に魔法少女のこととかが知れても困るだろうが。
 そうよねぇ、と言うか、その辺のこともっと考えて貰いたいわね、あの子にも。とりあえず注意するだけでもやっておこう。
 そう思いながら私は箒を降下させた。勿論、この箒は例によって動き出すとそれはもう物凄いスピードが出る。だから私はあっと言う間に地面に到着することが出来た。もっともこの間と同じく思い切り地面に激突しながら、だけど。
――だから地面に激突した時点でこれは墜落って言うんだよっ! 覚えておけっ!!
 はいはい、わかったわかった。しかしまぁ、毎度おなじみの物理衝撃緩衝防御結界、通称フェイズシフト装甲結界のお陰で私は無傷だしダメージもほとんどないんだけどね。いつも思うけど便利だなぁ、これ。魔法少女に変身している限り自転車がぶつかろうとバイクがぶつかろうと車がぶつかろうと電車がぶつかろうと怪我しないんだから。
――いや、流石に車とか電車は微妙だと思うぞ。緩衝しきれない分はちゃんとダメージ受けるし、それに魔力だって微弱だけど消費しているからな。過信しすぎるのは危険だぞ。
 うっ……そ、そうだったのか。とりあえず車とか電車の場合は逃げることにしよう。と言うか、車はともかく電車にぶつかるなんて状況にそうそう陥ることにはならないと思うけど。
 さてさて、それはともかく先に私を指差していた子を見つけなければ。そう思って近くの電柱を見上げてみると、先程私を指差していたと思われる子が呆然とした様子で私の方を見下ろしていた。おそらくさっきの私の豪快な着地を見て言葉を無くしているに違いない。
――そりゃ唖然とするだろうな。どう見ても地面に激突しているんだから。
 見た目のインパクトも絶大だった訳ね。ふっふっふ。
――何笑ってんだよ。どう考えても呆れて言葉が出ないって感じだろ、あれ。
 まぁ、そんなことはともかく、このままボケッとしていても時間の無駄だし、とりあえずあの子に声をかけてみよう。
「ちょっとそこのあなた! 一体私に何の用なの?」
 私がそう言うと、電柱の上に立っている子はようやく我に返ったようだ。呆然としていた顔がいきなり何か怒ったような表情に変わる。
「何の用もへったくれもあるかいっ! うちはあんたを捜してここまで来たんや! ここで会ったが百年目! いざ勝負やぁっ!!」
 やたらと高いテンションでそう言い、また私を指差してくるその子。
 ふむ、さっきよりも距離が近くなったお陰でちゃんとその子の声が耳に届く。しかしながら電柱に取り付けられている電灯よりも上の位置にその子がいるので未だに男の子なのか女の子なのかはっきりしない。いやまぁ、声の感じからすると女の子っぽいんだけど。
 と言うか、何でいきなり勝負を挑まれなきゃいけないんだ? 少なくても私の知り合いにあんな関西弁を使う人なんて一人もいないし、そう言う人に恨みを買った覚えもない。でも「私を捜していた」とか言ってたしなぁ……。
「勝負の前にちょっと聞きたいんだけど」
「何やっ!?」
 何であんなにテンション高いんだろう、あの子。と、まさかそれを聞く訳にもいかず、とりあえず私は苦笑を浮かべた。
「あー、そのさ……人違いだったりはしない? 私、あなたのような関西弁の人に知り合いいないんだけど」
「人違いな訳あるかっ! あんた、”紅蓮の閃光”の娘やろっ!」
「まぁ……確かにそう言う二つ名って言うか異名って言うかそう言うあだ名を持っている人が私の一応生物学上の母親であることに異論はないと言うか」
「回りくどい言い方すんなっ! こっちはあんたを捜してずっと駆けずり回ってたんやぞっ!」
「いや、それこそこっちの知った事じゃないし。まぁ、否定しても仕方ないからとりあえず私がその”紅蓮の閃光”とか言う人の娘だったとして、何でまた見知らぬあなたに勝負を挑まれなければらないのか、その辺がわからないんだけど?」
「うるさいっ! とにかくここで会ったが百年目! とにかくうちと勝負せぇっ!」
 うーん、あの調子だと勝負をするって言うまでずっと喚き散らしていそうだなぁ。それはそれで迷惑だし、かと言って何の訳もわからずに勝負をするって言うのも何か嫌だし。と言うか、相手の実力が見えないってのが一番嫌だなぁ。ああ見えてこの間の黒い女の人レベルの相手だったらぼこぼこにされるだけだからなぁ。
――いや、それはないだろう。あいつ、多分だけど麻由良とたいして変わらない実力だぞ。
 何だ、そうなのか。と言うか、サラってそんなことわかるんだ?
――だから多分って言っただろ。後はまぁ、あいつから感じる魔力とかな。
 ふむ……まぁ、そんなに実力が変わらないのならやってみてもいいか。この間の黒い女の人は全然レベルが違ったし、お母さんは常に手加減してくれている。同じレベルの相手と正面切ってやり合う機会なんかそうそうないだろうし、今の自分がどの程度やれるのかを知りたい気もする。
「まぁ、先にどう言った理由か教えて欲しいんだけど……とりあえずその勝負、受けてあげるわ」
「フッ、そうこんとなぁ! それでこそ宿命のライバルや!」
「宿命のライバル? だから私はあなたとは初対面だって……」
 何だろう。何となくだが、このノリ、何処かで聞いたことあるような気がしてきた。しかも結構最近。
「……もしかしなくても……あなた、関西出身?」
「よぅわかったなぁ! まさしくその通り! 生まれも育ちも大阪、生粋の浪速っこや!」
 むうう……関西、大阪出身。尚かつ私が”紅蓮の閃光”という異名を持つお母さんの娘だと知っている。そこから考えられるのは……。
――そう言えば魔法管理局に行った時にああ言うノリの奴と会ったよなぁ。確か”真紅の戦姫”って言ったか?
 ああ、あの強烈なまでにお母さんをライバル視していた人か。言われてみれば確かにあの人のノリとよく似てるな、この子。
「えーっと、”真紅の戦姫”って人、知ってる?」
「おお、ようわかったなぁっ! まさしくウチのおかんがその”真紅の戦姫”やっ!!」
 何とまぁ、自信たっぷりに仰られること。と言うか、これで何か全ての疑問が氷解したような気がする。私に勝負を挑んでくる理由も初めて会ったはずなのにやたらライバル視してくる理由も。
 ”真紅の戦姫”――うちのお母さんとは昔々の現役魔法少女時代からのライバルと言うかケンカ相手と言うか。魔法管理局のベルネスさんによると”真紅の戦姫”の人の方が一方的にお母さんをライバル視していたって話なんだけど、それもそうよねぇ。うちのお母さん、ちょっとずれてるところあるから。どれだけ片方がライバル視しようとのらりくらりとかわしていそうなんだもの。しかも本人まったくその自覚なく。ああ、何て質の悪い。
 しかし、別に直接話をした訳ではないんだけど、”真紅の戦姫”って人、何か物凄くしつこそうな感じがしたしなぁ。いや、あれはお母さんが自覚無しにのらりくらりしていた所為で色々と鬱憤というかそう言うものがたまった所為なのかも。でもそれをわざわざ娘の私に持ち込まなくてもいいと思うんだけど。
「ね、ねぇ、互いにライバルだったって言うのはお母さん同士の話でしょ? 何であなたが?」
「ごちゃごちゃうるさいやっちゃなぁ……おかんの敵はうちにとっても敵! それだけのことや!!」
 うわー、たったそれだけのことで敵認定されちゃったよ。私、あの二人の因縁とかそう言うこと一切知らないのになぁ。
 でもまぁ、勝負してあげるって言った以上やらない訳にも行かないだろう。とりあえずペンダント状に戻しておいた魔法の杖を再び矢印……槍の形に戻す。
「何て言うか今一つ納得出来ないものがあるんだけど、ここはとりあえずそれはおいておくわ。何と言っても我が家のモットーは”一度決めたら絶対にやり通す”、だからね」
 そう言って私は魔法の杖を構えて電柱の上の子を見上げた。
「さぁ、勝負でも何でもしてあげるからとっとと降りてきなさい! 私は早く家に帰って寝たいんだから!」
「よっしゃ! それじゃ行くでぇ……」
 電柱の上に立っている子がそう言い、私を見下ろす。しかし、そこからなかなか動こうとはしない。何か不安げに足元を見ているだけだ。
――なんだ、あいつ?
 あー、いや、何か嫌な予感がするなぁ。
「ちょ、ちょっと待ちぃや! 今すぐにそっちに行ってやるさかい……」
 何か非常に焦っているような声。ああ、どんどん嫌な予感が確信に変わっていく。
「ねぇ……もしかして降りられない?」
「そ、そんなことあるかいっ! ただ……ちょっと高いところ苦手なだけや!」
 電柱の上に立っている子の、如何にも虚勢を張っているぞって声を聞いた私は思わず頭を抱えてしまった。嫌な予感大的中。まさかそんなベタベタなオチが待っているとは。流石は大阪人、やってくれる。
 しかしながらあの子が降りてくるのを待っていると勝負が何時出来るのかわかったもんじゃないので、私の方から迎えに行くことにした。流石にあの箒を使う訳にも行かないので先に家に帰っているはずのエルを呼び出す。程なくしてやって来たエルと一体化して背中に翼を得た私はふわりと浮き上がると電柱の上に立っている子の側へと近寄っていった。
「はい」
 そう言って電柱の上に立っている子に向かって手を差し出す私。この距離まで近寄って初めてこの子が女の子だって事が確認出来た。身長とかは私とそんなに変わらないだろう。スタイルもまた。私と違うのはこの子は見事なまでのショートカットで額には白い鉢巻きを巻いていることか。
 着ている服はおそらくは魔法少女としての戦闘服だろう。この前に見た”真紅の戦姫”の人とよく似ている感じのものだ。私の格好が”紅蓮の閃光”とか呼ばれているお母さんによく似ているから、案外そう言うものなのか。でもってやっぱり気になるのはその手につけられているやたらとごつい感じのグローブ。”真紅の戦姫”の人もそうだったけど、この子のもかなり強烈な感じだ。何と言っても手首から腕にかけての部分がシリンダー状になっているのが気にかかる。まさか回転とかしないだろうな、このシリンダー。
「……?」
 私が差し出した手をキョトンとした表情でその子が見つめている。どう言うつもりなのかわからなかったのだろうか。
「ほら、早く。何時までもここにいたら勝負も何もないでしょうに」
「あ……う、うん」
 私が急かすようにそう言うと、その子は素直に頷いて私の差し出した手を取った。
「しっかり捕まってなさいよ」
 そう言って私は背中の翼をはためかす。流石に手を伸ばした状態でその子を支えるのはちょっと辛いので、その子の身体を自分の方に抱き寄せ、ゆっくりと地面に向かって降下する。さっきの魔法の箒の時とは違って極めてゆっくりと、だ。
 地面に降り立った私はそこでようやく抱き寄せていたその子を放した。手を放した時、その子の顔が赤くなっていたのは多分気のせいだろう。気のせいだと思いたい。
「あ、ありがとう」
 ぼそりとそう言い、その子が私から距離を取った。
「で、でもそれとこれとは別の話や! 感謝はするけど勝負に手は抜かへん!」
「別に感謝してくれなくても構わないわよ」
「それはあかん! 受けた恩は絶対に忘れるなっちゅうんがうちの家の掟や!」
「なら勝負は無しって方向で」
「それもあかん! さっきも言うたけど、それはそれ、これはこれ! 勝負はきっちりやらせてもらうで!」
 何て言うか元気な子だなぁ。そのテンションの高さをずっと維持出来ているってのがある意味凄いわ。大阪の人ってみんなこうなんだろうか?
「勝負の前に教えて欲しいことがあるんだけどいいかな?」
「何や?」
「あなたの名前、聞かせて欲しいんだけど?」
 私のその言葉にその子はキョトンとした顔になった。いや、さっきからずっと互いに”あんた””あなた”って呼んでいるんだけど名前ぐらい聞かせて貰っても別に構わないだろう。いやまぁ、同レベルにして同じ年代の魔法少女って初めて会うから興味が湧いたって事もあるんだけど。
「……うちは二代目”真紅の戦姫”、焔坂 茜や。あんたは?」
 ちょっと迷ったような素振りを見せたけど、その子はちゃんと名乗ってくれた。ならば私も答えなければならないだろう。
「私は炎城寺麻由良。とりあえず二代目”紅蓮の閃光”になるつもりはないわ」
 ニッコリと笑顔を浮かべてそう言う私だけど、その、焔坂 茜さんは険しい表情のままだ。どうやら友達になってくれるつもりはないみたいだ。ちょっと残念かも。
「……うちのことは茜でええ。あんたのことも麻由良って呼ばせて貰うからな」
「オッケー、茜ちゃん」
 私がそう言うと茜ちゃんは何故か怯んだような表情を浮かべた。よく見ると頬が赤くなっている。もしかして照れてるのか?
「うちは中三や! 子供扱いすな!」
 ああ、”ちゃん”付けが気に入らなかったのか。でも中三って事は私の方が年上じゃない。もっとも私は早生まれだから同じ歳の可能性もあるけど。
「私、こう見えても高一なんだけど?」
「何やてっ!?」
 おおっ、見てわかる程に激しいショックを受けてる。それはそれで失礼だなぁ。まぁ、確かにぱっと見て高校生だとわかって貰えたことは少ないけど。
「う、うちと同じくらいやのに……」
「それはこっちのセリフだ」
 正直もっと年下だと思っていた、と言うのは黙っておこう。とりあえず苦笑を浮かべるだけにとどめておく。
「と、とにかく勝負や! 親子二代にわたる因縁、ここで叩き潰してやるからな!」
 これで何度目になるのか、またしても私にビシィッと指を突きつけながらそう言い、茜ちゃんは身構えた。
「別段私の方には因縁とかないんだけどなぁ」
 そう言いつつ、私も魔法の杖を構える。
 さて、”真紅の戦姫”の人は思い切り近接戦闘に特化した魔法使い(それを魔法使いと呼んでいいのかどうかは知らないけど)らしいと聞いているんだけど、この子もまた同じスタイルなんだろうか。見た感じ、魔法管理局で見た”真紅の戦姫”の人そっくりだから多分同じなんだろうけど。
 そうなるとちょっとやりにくいかも。私の基本的に中距離から遠距離が主体の戦闘スタイルだからあまり接近戦は得意じゃない。ソウがいるからそれほど苦手って訳でもないんだけど、やっぱり遠距離砲撃戦主体のお母さんの娘だからか、どっちかと言うと離れて撃ち合う方が私的にやりやすい。もっとも魔法の杖が槍みたいな形だからそっちの方も鍛えるべきなんだろうけど。
「行くでぇっ!」
 ぐっと拳を振りかぶって茜ちゃんが私の方に向かって突っ込んでくる。
 しまった、先手をとられた。距離を詰められるとこっちが不利だ。何とかこの一撃をかわして距離を取らないと。
「くっ!」
 まるで弓から矢が撃ち出されるかのように鋭く、そして素早く突き出された茜ちゃんの右拳。私は手にした杖でその拳を受け止めつつ、後ろへと飛んだ。
「”灼熱の弾丸”!」
 後ろへ飛び下がりながら私は火の玉を三つ生みだし、それを茜ちゃんに向かって放った。
 ここしばらくやっている特訓のお陰で”灼熱の弾丸”は一度に最大で六つの火の玉を生み出すことが出来るようになっている。更に一度にその六発全てを撃ち出すことも出来れば、一発ずつ順番に撃ち出すことも出来る。杖がない頃は一度に一発、両手を使ってようやく二発が限度だっただけにこれは大きな進歩だろう。まぁ、杖が出来た当初は問答無用で六発、それを同時に放つことしか出来なかったんだけどね。
 今三発放ったのはあくまで牽制の為。こんなもので茜ちゃんを倒せるとは勿論思っていない。茜ちゃんの動きを止め、そして私が得意な距離まで下がる為だ。
「こんなもんっ!」
 茜ちゃんは左右の拳で私が放った火の玉を打ち払い、更に私の方へと迫ってくる。
 おおっ、これは予想外だ。あのごついグローブが凄いのか、それとも茜ちゃん自身が凄いのか、それとも私が威力を抑えすぎたのか。何にせよ、私の得意な距離での戦闘をそう簡単にはやらせて貰えそうにも無さそうだ。それならそれでこっちにも考えがある。
 おそらくだけど茜ちゃんの私に関する情報はきっと茜ちゃんのお母さん、つまりは”真紅の戦姫”の人の想像によるものが大半だろう。その想像もおそらくはうちのお母さんの戦闘スタイルが主となっているに違いない。私もお母さんと同じく遠距離砲撃戦が主体で接近戦は不得手だと。
 確かに接近戦は得意じゃないけど、あくまで得意じゃないだけだ。こう言っちゃ何だけどお母さんと違って私は運動神経にはちょっと自信があったりする。子供の頃はその辺の男の子もかくやと言うばかりの腕白さんだったんだから。
「これでも喰らえぇっ!」
 再び茜ちゃんのパンチが私に襲い掛かってくる。今度は私は下がらず、その場に立ち止まって手にした杖でそのパンチを打ち払った。続けて空いている左手を前に突き出す。だけど茜ちゃんはすっと身体をのけぞらせて私の手をかわしてしまった。
 流石は近接戦闘主体の魔法少女、この程度じゃダメか。などと思っていると茜ちゃんはのけぞりながらも身体を捻って回し蹴りを放ってきた。慌てて後ろに飛び下がる私。あの回し蹴りをかわせたのは自分でもかなり幸運だっただろう。目の前ギリギリを通り過ぎる茜ちゃんの足を見ながら私は冷や汗が流れるのを感じていた。
「へぇ……思ったよりもやるやんか。近寄ったらこっちのもんやと思ったんやけど……そう簡単にはいかへんか」
 そう言いながら何とも楽しそうに茜ちゃんは笑う。
「生憎私はお母さんと違って遠距離戦だけじゃないんでね。あっさりとやられる訳には行かないのよ」
 言い返しながらも私はどうやったら茜ちゃんに勝てるかを考えていた。
 下手な接近戦は危険だろう。接近戦能力ははっきり言って向こうの方が上だ。私は遠近中距離、どの距離でもある程度戦える汎用型魔法少女だけど、それは逆に言えば器用貧乏というか何とも中途半端な性能とも言える。それに対して茜ちゃんのように近接戦闘に特化している魔法少女だと苦手なものもあるけど、得意なところはその短所を圧倒してあまりある。相手の得意分野でやり合うのは私にとって得策ではない。相手の苦手な分野に勝負を挑むべきだ。
(となるとやっぱり距離を取っての攻撃か……問題は距離を取らせてくれるかどうかだけど)
 そんなことを考えながら私は茜ちゃんの方を見る。茜ちゃんもこっちの出方を伺っているようだ。多分さっきの”灼熱の弾丸”が効いているんだろう。下手に動いて狙い撃ちにされては敵わないと言うことか。
 しかし、さっきからサラがずっと黙っているのは一体どうしてなんだろう? 普段は戦闘中でも色々とアドバイスしてくれたり文句言っていたりするのに。
――あー……いや、ちょっと気になることがあってなー。
――エルも同じですぅ。はっきりとはわからないんですけど……。
 ん? 二人に言われてみて私も何か妙な違和感っぽいものに気がついた。何だろう、この感じ?
 どうやら向こうも私と同じ事に気がついたみたいだ。微妙に訝しげな表情に変わっている。だけど、すぐにまた私を思いきり睨み付けてきた。どうやら今はまず私との勝負に集中するようだ。ならこっちもそれに答えるだけ。
「行くでぇッ!」
 先手をとったのはやはり茜ちゃん。だんっと地を蹴って私の方に飛びかかってくる。しかしながら何度も同じ手にかかる私じゃない。背中の翼を大きくはためかせて上へと舞い上がる。
「逃がすかっ!」
 茜ちゃんはそう言うと地面を蹴ってジャンプしてきた。多分魔力で強化しているのだろう、そのジャンプ力は物凄い。
「なら! ”灼熱の弾丸”!」
 私に向かって飛んでくる茜ちゃんに向かって私は火の玉を六つ放った。更に私自身も茜ちゃんに向かって急降下する。同時に放った六つの火の玉を防ぐことが出来たとしても、続けて急降下してきた私を受け止めることは出来ないだろう。
「……っ!」
 茜ちゃんは舌打ちしながら六つの火の玉のうち、三つまでをその手で叩き落とした。後の三つはぶつかるに任せ、続けて降下してくる私を迎撃するかのように拳を振りかぶる。
「いっけぇっ!」
「喰らえぇっ!」
 私が槍状の魔法の杖を突き出しながら、茜ちゃんがその拳を思いきり突き出し、それがぶつかり合った瞬間。
「ちょっとまっ……ぐえっ!」
 そんな声が私と茜ちゃんとの間から聞こえてきた。
 見ると、私の杖の先端と茜ちゃんの拳が丁度私達の間にいる男の人に叩き込まれている。どうやら最後に聞こえてきたあのカエルを潰したような間抜けな声は私の杖と茜ちゃんの拳が叩き込まれた時のものだろう。
 呆然としている私達の前で、その男の人は息を失ってしまったのか、ゆっくりと地面へと落ちていった。

* * *

「それじゃしっかりと頼むわね」
「はぁ」
 魔法管理局第13方面部隊のオフィス、しかも統轄本部長の執務室に呼び出された僕は突然の辞令に戸惑いを隠せなかった。
 第13方面部隊統轄本部長、マリー=ベルネス――年齢不詳だけどもかなり優秀との噂、現役時代は管理局でも色んな意味で有名な”紅蓮の閃光”、”真紅の戦姫”と共に数多くの事件に挑み、解決に導いたとか。しかしながら組んでいたのが例の二人であった為に管理局の”三大災厄”とも影で呼ばれていたりもする。後特筆すべきはその美貌と大きい胸。特にその胸は管理局内でも随一との噂で男性局員のみならず女性局員からも羨望の的だったりする。
 僕もまたその例に漏れず、ついつい本部長のその豊満な胸に目がいきそうになってしまうが、流石に彼女の部下という手前、必死にそれを我慢する。
「……ちゃんと聞いてた、シルベスター=ノイマン君?」
「あ、は、はい! 日本に行けばいいんですよね?」
 じっと僕を見据えてくる本部長に慌てて答える。一見穏やかそうに見えてベルネス本部長は仕事に関してはかなり厳しい人だ。まさかあなたの胸元見ていて話を聞いていませんでした、などと言ったらどんなことになるか想像もしたくない。
「そう。具体的な場所は後で書類を渡すから確認しておいてくれる?」
「了解です。しかし、僕みたいな二等官でいいんですか? 僕は攻撃魔法とかはそれほど得意じゃないし、どっちかと言うと補助系の魔法が得意なんですけど」
 とりあえず話を聞いた時からの疑問を本部長にぶつけてみた。日本と言えばここ最近”歪み”の発生が増えているという噂を聞いた。今自分で言ったのだが、僕は攻撃魔法はそれほど得意じゃない。契約しているのが風の精霊と言うこともある為か、どっちかと言うと補助系の魔法の方が得意だ。いや、決して風の精霊が戦闘を不得手としているという意味じゃない。僕の契約している精霊がたまたまそうだと言うだけの話だ。
 それはさておき、現地に派遣される管理局員は基本的にそう言った”歪み”の発生を防いだり、発生した”歪み”を早期に発見、早期に封滅するのが主な仕事となる。発生を防いだり早期発見の為には補助系の魔法は役立つのだが、いざ発生してしまった”歪み”を封滅するならやはり攻撃魔法の使い手が必要だ。その点、僕は補助系の魔法は得意だけど、攻撃魔法はどっちかと言うと苦手だからこういう風に現地に派遣されるとはまったく考えてなかったのだ。
「それなら大丈夫よ。現地には彼女がいるから攻撃魔法の使い手に関しては安心していいわ」
 僕の質問にあっさりと答えるベルネス本部長。
「彼女、ですか?」
「ええ。攻撃魔法に関してはエキスパート中のエキスパートって言っても問題ないわ。まぁ、もう現役は退いたって自分では言ってるけど容赦なくこき使って構わないから」
 何だろう、急に物凄く嫌な予感がしてきた。ベルネス本部長をしてこう言わしめる人物……見当がつくようなつかないような。
「もっとも今は娘さんが現役として頑張ってくれているから彼女に任せてきっと大丈夫でしょうね。一応彼女のことも書類にまとめてあるから読んでおいてね」
「……えっと、もしよければその彼女って言うのが誰なのか教えて頂きたいんですが」
「有名人よ。管理局でも知らない人物はいないって言う程の。まぁ、あなたが担当する地区にいるのはその内の片方だから」
 何故かニコニコ笑いながら言うベルネス本部長。その笑顔に何か非常に嫌な予感を覚えるんですが。
 その後、本部長の執務室を後にした僕は自分の嫌な予感が的中したと言うことをすぐに知ることになる。僕のデスクの上にいつの間にか置かれていた書類に書かれていた現地協力者(予定)の名前があの”紅蓮の閃光”だったからだ。

* * *

「うわああっ!!」
 突然叫び声をあげて起き上がった男の人を見て私はホッと胸を撫で下ろした。どうやら死んではいなかったらしい。
 ほとんど全力に近かった私と茜ちゃんの攻撃をまともに喰らったんだから、下手しなくても死んだかなーと思っただけに気を失っていただけでよかったと思う。などと考えながら茜ちゃんを見るとどうやら私と同じだったみたいで、互いに顔を見合わせると苦笑しあった。
「ハァハァハァ……よかった、生きてる」
 少しの間、荒い息をしながら呆然としていた男の人はそう言うと私達の方を見た。続けて顔を真っ赤にして怒鳴り始める。
「き、君たちはっ! 魔法使い同士の私闘は禁止されているって事を知らないのかっ!? それでなくても結界も張らずに魔法を使うなんてもってのほかだぞっ!!」
 いきなり怒鳴りだしたその人を私と茜ちゃんは呆然とした面持ちで見ているしかなかった。あまりにも突然だったので頭が追いつかなかった、と言うのが正解かも知れない。しかし、この人が怒っている、と言うことだけは明確にわかった。だから、と言う訳でもないと思うんだけど、いつの間にか私も茜ちゃんも正座してこの人のお説教を聞いていたのだった。
「君たちの魔力に気がついて僕が素早くこの辺り一帯に結界を張ったから良かったものの、もし結界も無しで魔法を使い続けていれば一体どうなっていたと思う? 下手をしたらこの辺り一帯にどれだけの被害が出ていたか……それに君たち魔法使いは”歪み”を相手にするのが本分だろう? 協力しあうならともかく何で敵対するんだっ!?」
 くどくどとお説教を続ける男の人。しかし、一体この人は誰なんだろう? どうやら私や茜ちゃんが魔法少女と言うことを知っているみたいなのでおそらくは魔法管理局の関係者って言うか管理局の人なんだろうけど。
「あのー」
 今だにガミガミお小言を続けている男の人の気を引くように茜ちゃんがすっと手を挙げた。茜ちゃんがやらなければ多分私がやっていただろう。おそらくこの次に彼女の口から出る質問は私のものと同じに違いない。
「おっちゃん、誰?」
 茜ちゃんのその一言に男の人が一瞬にして凍り付いた。いや、実際のところ、私も恐れおののいていたりする。
 まぁ、確かに私達から見たらこの男の人は年上っぽいし、事実年上なんだと思うけど言うに事欠いて「おっちゃん」はないだろう。せめて「お兄さん」にしておいてやれ。流石に可哀想だ。
「……えーっと、大丈夫ですか?」
 固まってしまった男の人に恐る恐る声をかけてみる。
「……ぼ、僕は……僕はまだ二十二歳だっ! おじさんでもおっちゃんでもないっ! まだ若いんだっ!!」
 男の人が再起動すると同時に叫んだ。うーん、何と言うか切実な叫びだなぁ。しみじみとそんなことを考えていると、いきなり男の人がぐいっと顔を近づけてきた。
「君も彼女と同じ事を思っているのか?」
「い、いえっ、私は別にそんなことは」
 半ば涙目になってそう言ってくる男の人に私は慌ててそう答える。二十二歳と自分で言っていたけど……私や茜ちゃんとはだいたい七つぐらい違うのか。私は特にそうは思わないけど、きっと私の友達とかでも茜ちゃんと同じくおじさんだと思う人もいるんだろうなぁ。
「……僕は魔法管理局第13方面部隊地域管理官、シルベスター=ノイマン二等官だ。この付近一帯は僕の管轄になる」
 一回咳払いをして、気を取り直したらしい男の人がそう名乗った。うん、思った通り魔法管理局の人か。第13方面部隊と言うことはベルネスさんの部下って事になるんだろうな。この間の黒い女の人とかあの謎の水晶柱のこととかがお母さん経由でベルネスさんに伝わったからこうしてやってきたのかな?
「それじゃ君たちの名前を聞かせて貰おうか」
「うちは焔坂 茜。今日はこんなとこにおるけどホームグラウンドは大阪や」
 またしても先手をとったのは茜ちゃんだった。流石は大阪人、せわしないと言うか何と言うか。
 さて、茜ちゃんの名前を聞いて男の人――ノイマンさんって言ったっけ――の顔色が少し変わった。何と言うか聞いてはいけないものを聞いたって感じだ。
「私は炎城寺麻由良です。一応この近くに住んでいるんですけど」
 茜ちゃんが名乗った以上私も名乗らない訳にはいかないだろう。そう思ってとりあえず名乗ってみると、ノイマンさんの顔色が益々変わった。
「ま、まさか君たちは……あの”真紅の戦姫”と”紅蓮の閃光”の娘さん達?」
 本当に恐る恐るという感じで尋ねてくるノイマンさんに私達はコクリと頷いた。隠したって仕方ないし、どうもノイマンさんの様子からするとわかってて聞いている節があったし。すると、ノイマンさんははっきりとわかる程に青ざめ、俯いてしまった。
「うあああ……まさかいきなり当たるなんて……」
 小さい声でそんなことを呟いているノイマンさん。どうやら余程私達に会いたくなかったものと見える。いや、正確に言えば”紅蓮の閃光”と呼ばれている私のお母さんや”真紅の戦姫”と呼ばれている茜ちゃんのお母さんの関係者に会いたくなかったと言うことか。どっちにしろ失礼な話だ。お母さんはお母さん、私は私だと言うのに。
「と、とりあえず出会ってしまったのは仕方ない。えっと茜君に麻由良君でいいのかな?」
「うちはそれでええけど」
「私も別に構いませんが」
 ノイマンさんの態度にちょっと不服そうな感じの茜ちゃん。まぁ、私との勝負を邪魔されたって言うのも何処かにあるのかも知れないけど。素っ気ない感じでそう返事したのを見て、私は一応それなりに礼儀を持って対することにした。
「とりあえず魔法管理局は魔法使い同士の私闘は基本的に認めていないんだ。今日のところは大目に見るけど、これからは控えること。どうしてもやりたいならちゃんと申請した上で模擬戦と言うか戦闘訓練と言う形でやるように」
「それって今申請してすぐに出来るん?」
「いや、流石にそう言う訳には……」
「……せやからお役所仕事は嫌なんや。うち、わざわざ大阪からここまで出て来たんやで!」
「いや、そんなこと言われても」
 不機嫌極まりない茜ちゃんにそう言われてノイマンさんはもうタジタジになっている。ここは助けに入ってあげるべきなんだろうか。いや、それよりも先に確認しておかないといけないことがある。
「ねぇ、茜ちゃん。学校はどうしたの?」
「へ?」
 私がそう尋ねるとノイマンさんに詰め寄ろうとしていた茜ちゃんが少々間抜けな声をあげて私の方を振り返った。
「いや、だから学校。別に明日は休みとかじゃないよね? それにどうやってここまで来たの?」
「あ……いや、その、それは」
 明らかに言い淀む茜ちゃん。ふむ、どうやらこの様子だと学校をさぼってここまで来ているみたいだ。もうこの時間になると大阪に向かっていく電車もバスもないだろうから明日も休まざるを得ないはず。と言うか、何処に泊まるつもりだったんだろう? そこまで私と勝負したかったのかなぁ?
「べ、別にそんなことええやんか! あんたには関係のないこっちゃろ!」
「逆ギレかよ! 人が折角心配してやってるのに!」
 いきなり切れだした茜ちゃんに思わず私も切れてしまう。
「あんたに心配してくれなんか頼んでへんしゆうてもないやろ!」
「よく言ったわ! それならもう何の遠慮もする必要ないわね!」
 そう言って私はさっと後ろに下がると手に魔法の杖を構えた。ほぼ同時に茜ちゃんも飛び下がり、身構える。戦闘準備はばっちりOKって感じだ。
「やるっちゅうんなら構わんでぇッ! 思い切り叩きのめしたる!」
「それはこっちのセリフだっての!」
「だから私闘は禁止だって言ってるだろー!! 人の話、聞いてたのか、君たちはーっ!!」
 睨み合う私達の間にノイマンさんが割って入る。さっきそれやって思いきり叩きのめされたって言うのに、よくやるわ。でもこれって管理局の人のお仕事なんだろうから仕方ないのかも、と頭の中の何処か冷静な部分が考えている。
 結局、その日、私が家に帰れたのは午前三時を回ったぐらいの頃だった。茜ちゃんはノイマンさんが転送魔法を使って大阪へと送り返してくれるというので任せ、まぁ二人してもう一回ノイマンさんのお説教を受けてからだったから仕方ないだろう。
 あーあ、これで明日は遅刻ほぼ確定だなー。

 でもって翌日。
 教室に辿り着くと同時に私はその場にへたり込んでいた。
「おー、間に合ったのか。全くもって残念だよ、まゆらん」
 笑いながらそう言って近寄ってきたのはクラス委員長で結構仲のいい小野寺美由紀だった。すぐ側まで来ると両手で私を抱え上げ、立たせてくれる。
「な、何で残念なのよ?」
「特に意味はないって。からかい甲斐あるよねー、まゆらんは」
 ニコニコ笑いながら私を抱えて美由紀は移動を開始する。向かう先は私の机だ。疲労困憊でダウン寸前と言うかダウンしていた私は為す術もなく運ばれていくだけ。何と言うか、情けないなぁ。
「ほれ、あんたの机まで来たぞ」
「ありがと」
 とりあえず運んでくれたお礼を言って私は椅子に座り、机の上に突っ伏す。遅刻しなかったのはよかったけど、この調子だと今日は完全にダメだろう。下手すれば午前中のみならず午後の授業も寝てしまっているかも知れない。
「そう言えば今日はちょっとしたニュースがあるんだよ」
「ニュース? 転校生でも来るの?」
「おお、よくわかったわね。まゆらんってもしかしてエスパー?」
「そんな訳ないでしょ。こんな何にもない時期にニュースって言うからそうなのかなって思っただけ」
 まぁ、実際にはエスパーじゃなくって魔法少女だったりする訳なんだけど。それはともかく、こんな時期に転校生とはまた珍しい。いや、転校生が珍しくない時期って何時なのかは知らないけど。
 そんなことを美由紀と話しているうちに担任の先生が入ってきた。
「おーし、座れー」
 相変わらず何処か間延びした声でそう言う担任の先生。噂の転校生の姿は見えないけど、廊下で待っているのかな?
「まー、知っている奴も多いと思うが転校生がいる。とりあえず入って貰うからお前ら、大人しくしていろよー」
 一体私達が何をすると思っているんだ、この先生は。それはさておき、先生がドアを開けるとそこには一人の女の子がいた。少々きつめの顔立ちだが充分に美少女だと言えるだろう。身長は美由紀と同じくらいか。少なくても私よりは大きいに違いない。髪の毛は背中に届くぐらいで癖っ毛なのか少しウェーブしている。
 しかし……何と言うか、あの子、何処かで見たことあるような気がしてならない。と言っても昨日の夜出会った茜ちゃんじゃないぞ。もっと昔、記憶の奥底にあの子とよく似た子の面影が微妙に重なるような重ならないような。
「それじゃ自己紹介してくれ」
「はい。皆様、始めまして。土御門樹理と申します。どうぞヨロシ……」
 そこまで言いかけた転校生と私の視線がかち合った。そして互いに硬直。
 何て言うか、記憶の底から嫌な思い出が物凄い勢いで甦ってくる。あれは確か幼稚園の頃だ。私にやたら食って掛かる子がいた。何でかわからないけど、ひたすら私をライバル視して、何をやっても私と勝負したがる子が。私も何でか覚えてないけどその勝負を受けてたって、色々とやらかした記憶がある。出来れば思い出したくないことも山のように。
 互いの硬直が解けたのもほぼ同時。思わず立ち上がってしまった私と転校生がお互いを指差すのもほぼ同時だった。
「炎城寺麻由良っ!」
「土御門樹理っ!」
 お互いのフルネームを呼び合い、私達は思い切り睨み合った。視線だけでお互いを威嚇するかのように。
「何だ、炎城寺とは知り合いか?」
 何処か暢気な声で担任の先生が言う。
「知り合いなんてものではございませんわっ! あの人は私にことあるごとに食って掛かって散々迷惑をかけてきた厄介者!」
「それはこっちのセリフだ! 一方的に人をライバル視してことあるごとに勝負とか言っていたのはそっちじゃないかっ!」
「何処でそう言った記憶になったのかは知りませんがよく言いましたわっ! ここで再びあなたと見えたのはきっと神様が勝負の決着をつけろと仰っているに違いありません! さぁ、今すぐあの頃の勝負の決着をつけましょう!」
「フッフッフ、いいじゃない。やってやろうじゃないの!」
「あー、とりあえずそう言うことは後にしてくれんか」
 ちょっと困ったように担任の先生が言う。
 しかしながらもう完全にヒートアップしきっている私と樹理にはその言葉はほとんど聞こえていなかった。

 多分なんだけど寝不足の為に頭に血が上りやすくなっていたんだろう。その所為で思わず売り言葉に買い言葉って感じで樹理の挑発に乗ってしまったと言うか何と言うか。
「いや、まゆらんも完全に乗り気って言うか挑発し返していたし」
 お昼休みの食堂で私は美由紀と一緒に昼食を取っていた。予想通りというか、見事にお母さんも寝坊してくれたので今日はお弁当は無し。仕方なしに食堂までやって来たんだけど、そこで美由紀に捕まって朝の一件のことを尋問されている真っ最中なのだ。
 ちなみに本日の昼食はこの学食でも結構人気の高い日替わりランチ。今日のおかずはメインが唐揚げでそれにポテトサラダがついていて、後はお約束のようにキャベツの千切りとかスープがある。ソースと醤油は使い放題、でも何故かケチャップとマヨネーズは別売り。何故だ?
「うーん、何でかわからないけど樹理とは昔っからああ言う感じだったような記憶があるんだよねー。多分、相性が物凄く悪いんじゃないかと思うんだけど」
「水と油って感じ?」
「そうかもしんない。何でかはわからないんだけどね」
 そう言って私は唐揚げを一個口に放り込む。うん、結構美味しい。
「……案外似たもの同士なんじゃないかという気もするけど」
 もぐもぐしていた私を見ながら美由紀がそんなことを言った。ちなみに彼女は天ぷらうどんでもう食べ終わっている。
「どうしてそう思うのよ。明らかに違うじゃない」
「いや、同族嫌悪って言葉があるでしょ。似たようなタイプだから余計に苛立ってしまうって感じで」
「ないない。それは絶対にない。樹理と私が似てるなんて絶対にない。有り得ない。思いたくもない」
 とりあえず強めに否定しておく。あいつと似ているなんて冗談じゃない。私はあんなタカビーなお嬢様なんかじゃないんだから。
 そうだ、あの土御門樹理って奴はそもそもかなり凄い家柄だとか言うのでやたらそれを鼻にかけていた嫌な奴だったんだ。あいつ自身が偉い訳じゃないくせに幼稚園の女王様みたいな態度だったし、何人も家来みたいに従えていたのが私的には非常に気に入らなかった。
 で、私が従わないってんで取り巻きつれて文句つけてきたから容赦なくひっぱたいてやったんだ。「取り巻きつれてグダグダ言うな。やるんなら一対一でかかってこい」とか言って。多分それがあいつにとってかなりショックだったのか、それ以降私に絡んでくる時は一人で来るようになった。まぁ、その辺だけは評価してやってもいいとは思うんだけど、それから幼稚園を卒園するまでことあるごとにあいつは私に絡んできたからなぁ。結局勝負はついてなかったような気がするけど。
 まぁ、幼稚園の頃の私って家じゃお姉ちゃんにいじめられてるって言うか鍛えられてるって言うか、そんな感じだったんで今よりも短気だったし強気でもあったしねぇ。それにあの頃は……あの人がいたし。まだまだ幼かった私に色んな事を教えてくれて、そして不屈の心と本当の意味での強さを教えてくれたあの人が。
「……どした、まゆらん? 急にしみじみした顔になっちゃって」
 ちょっと懐かしいことを思い出してセンチメンタルになってしまっていた私に訝しげな声をかけてくる美由紀。お陰で私は我に返ることが出来た。
「ううん、何でもない。ちょっと昔のこと思い出してただけ」
「それにしても何げにまゆらんってお嬢様に縁があるよね」
 首を左右に振ってそう答えた私にに美由紀が意外なことを言ってきた。
「ほえ?」
 丁度ポテトサラダを口に放り込んだ直後の私が少々間抜けな声を返すと美由紀は指を二本立てる。
「まゆらんの親友の水前寺さんは元々この辺りの御領主様。この辺りで知らないものはないって程の名家で有名人でお嬢様。でもって今日転校してきた土御門さんはその名前からも分かる通りかなり古い家柄の名家。まぁ、詳しいことは知らないけど貴族だか何だかじゃなかったかな。本人がその血筋のどの辺にいるのかは分からないけどね」
「……樹理の奴がお嬢様って言うのには何となく否定したい気がするけどね」
 幼稚園の頃はそれこそ、勝負がこじれると互いに髪の毛掴んで引っ張るわ、口に指突っ込んで引っ張るわ、グーパンチで殴り合うわ、およそお嬢様らしからぬやりとりをかわしたもんだったからなぁ。
「お嬢様と言えば知ってる、まゆらん? この街の三名家の話」
「三名家?」
「そう。まずはこの辺りの御領主様だった水前寺家。次はこの辺りでは一番の地主だった白鳥家。最後に水前寺家の武道指南役だった神坂家の三つ」
 何故か自慢げに指折り数えながら言う美由紀。一体何の話なんだか。
「初めの二つは分かるけど、三つ目は何なのよ? 何で武道指南役が名家なの?」
「明治維新後に事業初めてかなり上手くいったからだって噂。ほら、まゆらんの家から少し行ったところにでっかい武家屋敷みたいなのあるじゃない。あそこがそうなんだって」
「あー……そう言えばそんなのあったなー。日曜日とかになると近所の子供集めて剣道の道場やってるとこだ」
 そう言えば昔その道場をお姉ちゃんと一緒にお母さんに連れられて見に行ったことがある。確かそんなに歳が違わないけど、物凄くかっこいいお姉さんがいたのだけはっきりと覚えてるなぁ。結局そこに通うことはなかったけど。
「今その三名家が全部この学校に揃ってるんだって。三年生に白鳥家のお嬢様と神坂家のお嬢様、二年に神坂家の御曹司、で、一年に水前寺家のお嬢様」
「……多分その三年生の白鳥家のお嬢様って会ったことある」
「へ? 何で?」
「いや、入学したすぐ後ぐらいにクラブ紹介とかあったじゃない。あの時に浅葱に連れられて浅葱のお兄さんが入っていたクラブの見学に行ったのよ。そしたらそこに」
「ほほお〜。それは益々お嬢様と縁がありますな〜、まゆらん」
 そう言って何故かニヤニヤ笑う美由紀。
「何よ、そのいやらしい笑みは」
 ちょっと引きながらそう言うと、美由紀はやはりニヤニヤ笑いながら、
「まゆらんと付き合っていたらその内何処かの御曹司とかとお知り合いになれるんじゃないかなーって思って。まぁ、今のところはお嬢様ばっかりだけど、この調子だと何時かはねー」
「……美由紀、あんたとの付き合い方ちょっと考え直すわ」
「ひどい! ちょっとした乙女の野望じゃない!」
「人を利用するな、自分で努力しろ」
「友達じゃない、私達」
「だから付き合い方考え直すって言ったの」
「ひどい! ちょっとした乙女の野望なのに!」
「だから自分で……ってさっきと同じ事言うな!」
「微妙に違うんだな、これが」
「ほとんど一緒だった!」
「まーまー。怒ってばかりだとしわが増えるよ、まゆらん」
 美由紀が私をからかっているって言うのは分かっているんだけど、どうも今日は寝不足だったりするから頭に血が上りやすいみたいだ。ついつい突っ込んでしまう。
 そんなこんなでお昼休みは平穏に過ぎていくのだった。
 密かに何かが動き始めていることを、私はその時、勿論知る由もなく。

* * *

 穏やかな午後の河川敷。
 流れる川の岸辺には雑草が鬱蒼と生い茂っている。そこに隠れるようにたくさんのゴミがあった。
 そんなところの真上に突然魔法陣が浮かび上がり、そこから一人の少女が降り立った。
 すらりとしたスレンダー気味でありながらも出るところはそれなりに出ている、言ってみればモデルの様な体型。そんな肢体を紺色の、まるでスクール水着のようなもので覆い、胸元には水色の胸当て。腰には大きめのベルトを斜めに引っかけ、右肩の肩当てで大きめの白いマントを止めている。足と手にはそれぞれオーバーニーソックス、ロンググローブを纏い、やはり水色のブーツと手甲がその上から装着されている。一番目を引くのはその顔を覆い隠すような白い仮面だろうか。
 もし麻由良がこの場にいて、少女の顔の仮面を見ればすぐに思い出すであろう。少女の仮面が、前回麻由良をさんざんに打ち倒した黒い女性のものと同じであると言うことに。
 仮面の少女は地面に降り立つと、さっと足下を見回した。まるで何かを探しているかのようにしばらく周囲の地面を見回していたが、やがて目当てのものを見つけたのか、仮面に覆われていない口元を歪めた。そして、それの元へと歩み寄り、側まで来るとしゃがみ込んだ。
 そこにあったのはあちこち破れて中の綿がはみ出た熊のぬいぐるみ。
 仮面の少女はマントの内側から小さな黒い水晶柱を取り出すと、それをそっと熊のぬいぐるみに押し当てた。するとその水晶柱がすぅっと熊のぬいぐるみの中へと消えていき、次の瞬間、熊のぬいぐるみの小さな目が赤い光を放つ。
 それを確認した仮面の少女は再びニヤリと笑うとゆっくりと立ち上がるのであった。

* * *

 何と言うか、授業中、やたらと樹理の視線を背中に感じていた訳だけど(前にも言ったと思うけど私は平均身長よりもちっこい。その所為で教室での席はかなり前列に位置している。で、樹理はと言うと幼稚園の頃はそれほど変わらなかったんだけど今はもう私よりも高くなっている。十センチはあいつの方が上だろう。それに加えて転校生のお約束と言うことであいつの席は後ろの方だった。しかも何でか私の列の)、特に何事もなく放課後が来た。
「土御門さ〜ん、校内の案内係必要じゃない〜?」
 後方から聞こえてきたのは何処か楽しげな美由紀の声。自ら率先してクラス委員長などやっている美由紀は結構お節介な性格だ。だから樹理に声をかけたのだろう。私には関係ないけど。
「そうですわね。それではお願い致しますわ」
 転校してきたばかりの樹理としてはこの申し出は願ったり叶ったりだったんだろう。今日は別に教室移動もなかったし体育もなかったからよかったけど、これから先は教室移動もあれば体育もある。それに購買とか食堂とかも分からないだろうしね。まぁ、私にはどうでもいいことなんだけど。
「オーケーオーケー、この私、小野寺美由紀に任せなさい! それじゃまゆら〜ん!」
 教科書はともかくノートなどを鞄に詰め込んでいると、いきなり美由紀が私を呼んだ。多分こうなるんじゃないかなーと思っていたんだけど、だからこそさっさと帰ろうと準備していたのに。
「なっ! 何でここで麻由良さんのお名前が出てくるのですかっ!?」
 樹理の反応もだいたい予想通り。だからこそ、私はため息をつきながら立ち上がる。
「美由紀〜、あんたには私と樹理の関係ちゃんと話したでしょうに」
 そう言いながら振り返ると如何にもムッとしている樹理と目があった。思わず苦笑いを浮かべてしまう私。これが昔ならば躊躇なく食って掛かっていたんだろうけど、あれから何年も経っているんだから私だって丸くなっているんだから。
「だからこそじゃない。これから二人、きっと様々な名勝負を繰り広げてくれることだろうから、まずは転校生である土御門さんにハンデがないように校内をしっかり案内してまゆらんが地の利的有利がないように」
「だから何で私がこいつを案内しなくっちゃいけないのかって事なのよ!」
 美由紀の説明を聞いていたら何か急激にイライラしてきた。何でかって言うと、多分美由紀は私と樹理がこれから起こすだろう騒動を楽しみにしているに違いないって言うことが分かったからだ。
「だって二人は幼馴染みなんでしょ? 積もる話もあるかなぁと思って」
 そう言った美由紀はまったく悪意のない笑みを浮かべている。しかし、如何にも何か起こりそうだと楽しみにしているのがその目から分かった。
「美由紀……」
「確か小野寺さんと申されましたわね。申し訳ありませんが先程の件、辞退させて頂きますわ。私、如何な理由があったとしてもこの方にだけは借りは作りたくありませんから」
 私が更に文句を言おうとすると、それよりも先に珠里の方が口を開きそう言った。ついでに如何にも忌々しげな視線を私に向けてくる。どうやら借り云々は本気で思っているらしい。やたらとプライド高い樹理らしいって言えばらしいけど。まぁ、困るのはこいつだし、私としては別に構わないって言えば構わないんだけど。
「私だってあんたになんか貸し作りたくないわよ。でもいいの? 今日は何もなかったけど、明日は教室移動あるかも知れないし、購買とかの場所だって分からなかったら困ると思うけど?」
「そ、それは確かにそうでございますが……」
 美由紀程じゃないけど私も結構お節介焼きだったらしい。思わず戸惑ったような、困ったような表情を浮かべた樹理を見ながら私はそう思う。
 と、そんな時だった。
<麻由良君、聞こえるか?>
 突然頭の中に聞こえてきた声、それは確か昨日の夜に出会った魔法管理局の人のものだった。えっと、名前何だったっけ?
<……ナウマンさんだったっけ?>
<僕はゾウか!>
<それじゃロックマンさん>
<ゲームのキャラになった覚えはない!>
<じゃあスーパーマン?>
<じゃあって何だ、じゃあって! 後、僕はアメコミヒーローでもないっ! 僕はシルベスター=ノイマンだっ!>
 何と言うかなかなかにノリのいい人だ。昨夜は怒られてばかりだったから分からなかったけど、からかうと面白い系の人なんだろう。やりすぎると怒ると思うけど。
<それで何かあったんですか? わざわざ”念話”で私を呼ぶなんて>
<”歪み”の反応があった。周辺は僕が結界で封鎖するから君は急いでそこに来てくれ>
<何でですか?>
<は?>
<いや、だから何で私が行かなきゃいけないのかなーと。ノイマンさんって管理局の人なんですよね? つまりは私なんかよりもよっぽど優秀な魔法少女……じゃないか、魔法使いなんでしょ? だったら私が出る幕なんかないじゃないですか>
 とりあえず思ったことをそのまま口に――念話にしてみる。
<あ、いや……その、僕は管理局員なんだけど、その、攻撃魔法とかはちょっと苦手で……それで一応君のお母さんに先に協力を求めたんだけど「私もう現役魔法少女じゃないから嫌〜。今は娘の麻由良ちゃんが現役だからそっちに言って〜」って言われて……>
 返ってきたのは何とも情けない声だった。と言うか、お母さん、何言ってるんだか。よっぽど私なんかよりも強いって言うのに。
<……お母さんらしいわ……分かった。とりあえず結界の方に向かって行けばいいのよね?>
<ああ、そうだ。悪いけどよろしく頼む!>
 何となくだけどあまり頼りにならないような感じだなぁ、ノイマンさん。まぁ、管理局所属の人にも色々いるって事か。
 まぁ、何にせよいいタイミングだ。樹理に校内を案内するよりも”歪み”を対峙する方が気分的にもいい。それにまたあの黒い女の人が出てくるかも知れないし。
「ゴメン、美由紀! ちょっと急用思い出した! それじゃ私はこれで!」
 私はそれだけ言うと美由紀や樹理が何か言うよりも先に教室を飛び出した。下足室で靴を履き替えた後、素早く人気のない場所を探して走り回る。しかし、放課後と言うこともあってかクラブ活動中の生徒達があちこちにいてなかなか人気のないところがない。
「こうなったら仕方ない! 裏山まで走るわよ!」
 何故か今日はまったく反応のないサラに向かってそう言いながら私は学校の裏手にある小高い丘、通称裏山に向かって走り出した。
 流石に裏山まで来ると人の気配は感じない。と言うか、そろそろ空が赤くなり始めているんだから当然と言えば当然か。
「封印術式解除! 魔力連結! 魔法変身!」
 一応周囲に人がいないことを確認してから、私は右手を掲げて変身用のキーワードを口にする。すると、制服の襟の内側にいたサラが外に飛びだし、私の周囲をぐるっと一周、その軌跡に沿って魔法陣が浮かび上がった。
 私の周りに描かれた魔法陣がまばゆい光を放つ。その光の中、私の着ている服が弾け飛び、同時に真紅の炎が全身を包み込んでいった。
 真紅の炎が足にまとわりつき、赤と白のツートンのオーバーニーソックスになる。更にその上にも炎が絡み付いて、赤い編み上げブーツとなった。ぴんと伸ばした両腕にも炎が絡み付いて真っ赤なロンググローブになり、手首から肘にかけての辺りにはまるで籠手のような白い装甲が装着された。身体にはまず、白いレオタードのようなものがぴっちりと上から下まで包み込み、その上に赤いブラ状の胸当て、下半身は腰の辺りに太めのベルトが現れてそこから余り長いとは言えないスカートがひらりと発生する。更に赤い縁取りのされたケープが肩にかけられてそれを止めるように胸元にペンダントが出現する。更に髪の毛も黒から真っ赤に変わり、足下の魔法陣が弾け飛んで、これで完成。
「さぁ、行くわよぉっ!」
 私はそう言うと手を一振りして空飛ぶ箒を呼び出した。何か段々この箒にも慣れてきている自分が少し怖い。と言うか、本当に今日はサラが大人しいな。
――いや、はっきり言って眠いんだよ……つーか、今さっきまで寝てたし。こうやって一体化している間は感覚共有しているから寝たくっても寝られないしなー。
 と言うことは今日はずっとペンダントの中で寝てたのか。私は必死に授業受けていたのに。
――半分くらい寝ていたくせによく言うよ。
 それは言いっこ無し。とりあえず気を取り直して私は箒に乗ってノイマンさんが張ったと思われる結界のある場所へと向かうのだった。

 ノイマンさんの張った結界の場所はすぐに分かった。と言うか予想以上に近かった。だって通学路の途中にある河川敷なんだもん。思わず通り過ぎて一旦引き返してきたってのはご愛敬ってものだろう。
――いや、単なるドジだろ、それ。
 うるさい。とにかく今は”歪み”を封滅することが先決だ。その為にもまずはノイマンさんと合流しないと。
 結界の中に飛び込んだ私はそこで呆然と立ち尽くしているノイマンさんを見つけてその側へと駆け寄っていった。
「ノイマンさんっ!」
「あ、ああ、麻由良君」
「”歪み”は!?」
 私がそう尋ねるとノイマンさんが前方を指差した。その指を追いかけるように私もノイマンさんの指の指し示す方向を見てみると、そこにはでっかい熊のぬいぐるみが立っていた。
 何て言うか有り得ないくらい大きい。思わず見上げてしまう程の大きさ、十メートルぐらいはあるだろう。でもってあちこち破れて中の綿が飛び出しているのが何とも痛々しい。おそらくは捨てられた熊のぬいぐるみに”歪み”の本体が取り憑いたのだろう。それにしてもあんなに大きくなっているって事は……何か物凄く嫌な予感がする。
――気をつけろよ、麻由良。またあの気配がするぞ。
 あの気配……もしかしてあの黒い女の人?
――いや、あの黒いのの気配はしない。でもあいつが持っていったあれの気配はびんびんする。気をつけろ。
「分かった」
 私はそう言うと胸元のペンダントを手に取った。
「燃え上がれ、炎の願い! その力、我が前に!」
 そのキーワードを口にすると同時にペンダントが眩い光を放ち、その姿を大きな矢印みたいな槍状の魔法の杖へと姿を変える。柄を掴んで一旦振り下ろすと、私は巨大な熊のぬいぐるみを見やった。
 エルがいれば何処に”歪み”の本体がいるのかわかるんだろうけど、まだエルはここに到着していない。ラン、ソウと一緒にこっちに向かっているんだろうけど、来るまで待ってはいられないだろう。
 ぬぼーっと立っているだけだった熊のぬいぐるみが動き出したからだ。
「動き出した!?」
「あいつの動きは僕が止める! 麻由良君は奴を封滅するんだ!」
 そう言ってノイマンさんが駆け出したので私もノイマンさんを追いかけるように走り出した。熊のぬいぐるみの動きはそれほど速くはない。と言うかむしろ鈍い。だから私もノイマンさんもあっさりと追いつけてしまった。
「”エアキャッチ”!」
 ノイマンさんの声と共に周囲の空気が渦巻き、熊のぬいぐるみをその空気の渦が包み込んでいく。何て言うか、何げに凄くないか、今の魔法。
――感心している場合じゃないだろ! 早く攻撃しろ!
 サラの叱咤の声を聞きながら、私は槍の先端を熊のぬいぐるみに向けた。
「”灼熱の弾丸”っ!」
 どれだけ大きかろうと相手は所詮ぬいぐるみだ。おまけにあちこち破けていて中の綿がはみ出している。そして私は火の属性の魔法少女な訳で、そうなれば狙うのは勿論あの破けたところからはみ出ている綿の部分。”灼熱の砲弾”を使うまでもない。あそこに火がつけば放っておいても大丈夫、後は勝手に燃えてくれるって感じで。
 そう言うことで今回生み出したのは火の玉が四つ。一つでも綿に当たればいい。動きが止まっている今ならこれでも多いぐらいだ。
「行けッ!」
 私の声と共に火の玉が全部、空気の渦に囚われている大きな熊のぬいぐるみに向かって飛んでいく。
 いや〜、今回は予想以上に楽勝だったな〜。やっぱりちゃんとした魔法使いの人が一緒にいたりするとこうも違うのかなぁ。などと考えていると、空気の渦に囚われていたはずの大きな熊のぬいぐるみがいきなり暴れ出し、そして自分を捉えていた空気の渦を破壊してしまった。
「ええっ!?」
「何ぃっ!?」
 驚いたのは私だけじゃない。ノイマンさんも一緒だ。
 大きな熊のぬいぐるみはついでに私が放った四つの火の玉もその手で叩き落とし、呆然としている私達の方へと振り返る。そしてそのつぶらな目が赤い光を放つ。
「何て言うか、物凄く嫌な予感」
「あ、ああ……同感だ」
 私の呟きにノイマンさんが同調し、大きな熊のぬいぐるみがその腕を振り上げたのを見て大慌てで走り出した。その直後、ついさっきまで私とノイマンさんが並んで立っていた場所に大きな熊のぬいぐるみの手が叩きつけられ、その叩きつけられた地面が陥没する。
「ちょ、ちょっと! 何よ、今の!? 反則じゃない!?」
 陥没した地面をチラリと見た私は思わずそんなことを口にしてしまう。もしあんな一撃をまともに喰らったらこっちがぺしゃんこになっちゃうじゃない。
――そうでなくても麻由良は防御の面には不安が残るからなぁ。まぁ、これは火の精霊と契約している奴全般に言えることだけど。
「た、確か、攻撃面では随一だけど他の面では劣るって言ってたっけ?」
――その通り。よく覚えてたな。
「で、でも、フェイズシフト装甲があるじゃない!」
――今の威力じゃ潰されるのがオチだって。言っただろ。受けきれない分はちゃんとダメージとして通るんだから。
「ああ、そう言えば昨日の夜にそんなことを聞いた覚えがぁぁッ!!」
 次々と繰り出される大きな熊のぬいぐるみの一撃を必死に走って逃げながら、私はチラリとノイマンさんの方を見た。何とかもう一度動きを止めて貰わないと、このままじゃどうしようもない。
「の、ノイマンさんっ!」
 いい加減涙目になりながら私がそう言うとノイマンさんは少し青ざめながら何とか頷いてくれた。
「わ、わかった! ”エアホールド”!」
 そう言ってノイマンさんが手を突き出すと、そこから空気が渦を巻きながら大きな熊のぬいぐるみに向かって飛んでいった。再びあの空気の渦で熊のぬいぐるみを捕まえるつもりなんだろう。しかし、それは思わずところで防がれてしまう。
「させない」
 どこからともなく聞こえてきたその声と共に熊のぬいぐるみとノイマンさんが放った空気の渦との間に一人の女の子が現れた。白いマントを翻しながら、その子は手に持った自分の身長よりも大きい幅広の剣を振り上げ、空気の渦を真っ二つに切り裂いてしまう。
「な、何だとぉっ!?」
 再び驚きの声をあげ固まってしまうノイマンさん。そりゃそうだろう。一度は自分の放った拘束の魔法をぶっ壊され、二度目はあっさりと切り裂かれたんだから。自分で補助系は得意だとか言っていたから余計にショックなのに違いない。
 そんなノイマンさんはとりあえず置いておいて、今は新たに現れた女の子の方だ。全身を覆うような白いマントは右肩の肩当てみたいなところで止められている。すらりとした長身。マントで覆われてるからわからないけど、さっきチラリと見えた身体は結構出るとこ出てて引っ込むところは引っ込んでいる、私からしたら羨ましい体型だ。しかし物凄く疑問なのはその身体を包んでいるのが何故にスクール水着かと言うことで。スクール水着にロンググローブとオーバーニー。でもって水色のブーツと同じく水色の手甲。何かよくわからない趣味してるな、あの子。
――それよりも麻由良、気付いてるか?
 勿論。あの子の顔につけられているあの仮面。忘れようったってそう簡単には忘れられない。この間私を思い切り、それこそいたぶるように思い切りぶっ倒してくれた、あの黒い女の人がつけていたものと一緒だ。それはつまり……あれが最近の魔法使いでの流行でもない限り、あの子があの黒い女の人の仲間だって証明になる。
 私は知らないうちに杖を握る手に力を込めていた。そして、その子に向かって呼びかける。
「あなたは……」
「邪魔をしないで欲しい。この子はまだ成長の途中だ」
 私の声に被せるようにそう言ったその子は私に向かって手に持った巨大な幅広の剣を突きつけてきた。一見すると物凄く重そうに見えるんだけど、あの子はそれを片手でもって私に突きつけている。彼女の力が凄いのか、それともあの剣が見た目よりも遙かに軽いのか。
――いや、そんなこと今はいいだろ。
 頭の中で呆れたように突っ込んでくるサラの声を聞き流しながら私は目の前に立つスク水の子を睨み付ける。
「悪いけど、それは出来ない相談ね。私は”歪み”を封滅するのが仕事なんだから」
「……なら、邪魔をするならお前を倒す」
「やれるもんなら!」
 そう言って私は自分の杖を彼女の方に突き出した。同時に杖の周囲に火の玉が六つ生まれる。
 あの子の実力がどの程度なのかわからない以上、全力で対処する必要があるだろう。でも多分私よりも実力は上のような気がしないでもない。何と言ってもノイマンさんの放った魔法を一刀両断にしてしまったくらいだからなぁ。しかし、ここで引き下がる訳にも行かない。あの大きな熊のぬいぐるみを止めなければならないからだ。
「”灼熱の弾丸”ッ!」
 私の声と同時に六つの火の玉が一斉にスク水の子の方へと飛んでいく。全力全開、まったく手加減無し。
 火の玉が、”灼熱の弾丸”が放たれた直後、スク水の子がニヤリと笑ったのが見えた。
 何か忘れてないか、私? 自分のそう問いかけるのと同時に彼女が口を開く。
「”シールド”」
 私に向かって突き出されている幅広の長剣の前に魔法陣が浮かび上がり、私が放った”灼熱の弾丸”はそこに当たってあっさりと消えてしまう。
――馬鹿! ”シールド”とかは無属性の魔法だ! お前以外の奴でも使えるんだよ!
 当たり前と言えば当たり前か。フェイズシフト装甲結界とか対魔法防御結界とかは誰でも使える基本的な魔法で属性などは特にない。”シールド”とかもそうだ。まぁ、そこにそれぞれの契約している精霊の影響が多少入るらしいんだけど。だから、私で言えば”シールド”などはちょっとだけ火の属性よりになってしまう。
――そんなこと言ってる場合か! 来るぞ!
 サラの声にはっと我に返る私。ちょっと呆然としている間にスク水の子はその幅広の長剣を振りかぶりながら私に向かって突っ込んできているではないか。
 豪快に振り下ろしてきた彼女の剣を私は慌てて自分の杖で受け止めた。ただ受け止めただけじゃない。何となく嫌な予感を感じていた私は受け止める直前に”シールド”を張っておいたのだ。
「フフフ……なかなかやるね」
 ”シールド”の魔法陣越しに私を見ながらスク水の子がニヤリと笑う。何て言うか、嫌な笑い方だな、この野郎。野郎じゃないけど。
「でもまだまだだね」
 そう言って彼女は私のお腹を蹴ってきた。フェイズシフト装甲結界があったからダメージはない。でもその勢いを利用して彼女は大きく後ろへと飛び下がっていた。
「”アクアランス”」
 着地すると同時にスク水の子がそう言い、彼女の前に青い色の槍が出現する。
――やばい! 気をつけろ、麻由良! あいつは水の属性の魔法使いだ! 受けるな! かわせ!
 サラの焦りを含んだ声を聞きながら私は自分の方に向かって飛んできた青い槍をかわした。
「ちょっと! どう言うことなのよ?」
 ”シールド”で受けようとしていた私が不服そうにサラに尋ねる。いきなりだった上にかなり深刻そうに言うから思わず従っちゃったけど、一体どう言うことなのかちゃんと説明して貰いたい。
――あいつは水の属性だ。火の属性のお前にとっちゃ相性最悪だ。実力が拮抗していても相性の問題でこっちの方が不利になる。
「そんなに相性って大事なの?」
――大事って言えば大事だ。特に実力がそんなに違わない場合はそれで勝敗が決まる時だってある。
「ふぅん……なら充分気をつけないとね」
 そう言いながら私は目の前のスク水の子を改めて睨み付ける。サラの言うことは要するにあれだ、水は火に勝つとか言う何かの法則みたいなものだろう。しかし、そうなるとこれは何とも厄介な相手だって事になる。願わくば実力差がそれほどないことを祈ろう。ただでさえ相性的に不利なのにこれで実力差が大きかったら目も当てられないじゃないか。
 そんな私の思いを知ってか知らずか、目の前のスク水の子はニヤニヤといやらしい笑みを浮かべていた。何となく馬鹿にされているような気がする。いや、実際にされているんだろう。自分の方が絶対的に有利だと思っているに違いない。いやまぁ、実際に不利っぽいんだけど。
 しかし、こんな事をやっている場合じゃないんだけどなぁ。早くあの大きな熊のぬいぐるみに取り憑いている”歪み”の本体を封滅しないとダメなんだけど、このスク水の子がそれを許してはくれなさそうだし。ノイマンさんは今だに固まったままだし。せめてエル達がこの場にいてくれたら状況が少しは変わるんだろうけど、今日はまだこの場に到着しない。一体何処で道草食ってるんだ、あいつらは。
――いないもんは仕方ないだろ。でも早くしないとやばいぞ。あの熊、結界から出ようとしてるみたいだし。
 あのスク水の子がいるからか。とにかくあの子を何とかしないとあの熊のぬいぐるみに手出し出来ない。何て厄介な!
<ノイマンさん! 何時までも固まってないであの子、何とかしてください! その間に私があの熊さん、止めますから!>
<わ、わかった!>
 私が声をかけたことでようやく我に返ったらしいノイマンさんがそう返事を返してくる。て言うか、あんた管理局の局員なんでしょうに。何で一介の女子高生に指示されてるのよ! 頼りにしていいんだか悪いんだか、判断が微妙な感じの人だなぁ。
 駆け出したノイマンさんを横目に私も牽制の為の”灼熱の弾丸”を放った。ノイマンさんの風による拘束魔法をあのスク水の子は手に持った長剣で叩き斬ることが出来る。今度は流石にショックのあまり硬直するって事はないと思うけど、それをやられると下手したらあの熊のぬいぐるみが結界の外へと出てしまうかも知れない。だからノイマンさんの魔法は絶対に成功して貰わなければならないのだ。その為のは私も協力しない訳には行かないだろう。
 スク水の子は手にした長剣を一振りして私が放った”灼熱の弾丸”を全て打ち消すと私に向かって突っ込んできた。その踏み込みの速さは昨夜会った茜ちゃんよりも速い。一気に距離を詰められ、そしてスク水の子が大きく振りかぶった長剣を思い切り振り下ろしてくる。
「ぬおおっ!」
 物凄い勢いで振り下ろされた長剣を奇妙な声をあげながら横に飛んでかわす私。今の一撃をまともに受けようと言う気には到底なれない。それに、今までの攻防から考えてこのスク水の子はどっちかと言うと接近戦が得意な感じだ。ただでさえ相性最悪の相手に得意でもない接近戦を好んで挑む程私は馬鹿じゃない。
「フッ」
 スク水の子が鼻で笑った。同時に彼女の持っている長剣が跳ね上がる。
「嘘っ!?」
 まさかあの剣が追いかけてくるとは思ってみなかった私は必死に杖でその剣を受け止めた。スク水のこの剣の刀身と私の杖の槍の穂先部分がぶつかり合い、その物凄い衝撃に私の手が痺れる。
「”エアホールド”!」
 至近距離で睨み合う形になった私とスク水の子。そこにノイマンさんの声が聞こえてくる。直後、スク水のこの周囲の空気が渦巻き、彼女の身体を拘束した。
「何っ!?」
 初めてスク水の子の顔に――と言っても見えているのは口元ぐらいなんだけど――驚きと焦りの色が浮かんだ。
「麻由良君っ!」
「了解!」
 動きを止められたスク水の子をそこに残し、私は今にも結界の外へと出ようとしている熊のぬいぐるみに向かって走った。て言うか、そんなに簡単に結界の外に出られるもんなのかなぁ?
――あいつが持っている負の魔力は異常だ。しかも成長を続けてる。このままだと結界がどれだけ強力でも何時かは破られる!
「その前に封滅しなくっちゃいけないって訳ね」
――それほど時間はないぞ! 急げ!
「わかった!」
 あの熊のぬいぐるみは洒落にならない程強力なパワーを持っている。でもそれもあの手が届く範囲のこと。”灼熱の砲弾”であの手の届く範囲の外から攻撃すれば一発だ。
 しかし、世の中そう簡単に行くものではない。熊のぬいぐるみは私の接近に気付いたらしく、くるりと振り返り、その手を振り上げて襲い掛かってきた。しかも今度は手の先に鋭い爪が三本生えている。
「ちょ、ちょっと! それはないでしょうにっ!」
 慌てて立ち止まり、振り下ろされてくる熊の手を見極めて横にかわす。さっきと同じように熊の手が叩きつけられた地面が陥没、今度はその手の先についた鋭い爪による切り裂いたような跡もついている。
 ダメだ、あれはまともに受けたら絶対に潰される。思い切り青ざめる私。
――逃げてばかりじゃダメだ! あいつの動きはそんなに速くない! ”灼熱の砲弾”でも充分に間に合うはずだ!
「よ、よし、やってみる!」
 再び熊のぬいぐるみの方へと向き直り、杖を構える。”灼熱の砲弾”は”灼熱の弾丸”よりも発動に時間がかかる。その分威力も大きいし、消費する魔力も多いけど。とりあえず今の私が使える最大威力の魔法がこれだ。
「”灼熱の砲弾”!」
 手にした杖の先端に大きな炎の玉が生まれた。そう言えば杖を手に入れてから”灼熱の砲弾”を使うのは初めてのような気がする。後はこれを熊のぬいぐるみに向かって放てばいいだけなんだけど、何でか安定しない。炎の玉が大きく揺らめく。
(どうして? 何で……こんなに)
 もしかしてあの熊のぬいぐるみの洒落にならないパワーに私、怖がっていたりするんだろうか。
――迷うな、麻由良! 速く撃て!
 でもこんな安定してない状態だと威力が下がる。下手をすれば直撃する前に炎の玉が消える可能性だってある。それはサラだってわかってるでしょうに。
――向こうは待って……来るぞ!
 サラのその切羽詰まった声にはっとなる私。そうだ、熊のぬいぐるみは私を攻撃目標と定めている。特にその身を拘束されていない以上、向こうが私を攻撃してくることは充分考えられることだ。事実、熊のぬいぐるみが大きく腕を振り上げ、その手を私に向かって振り下ろそうとしていた。
 やばい、この位置じゃかわすのが間に合わない!
 物凄い勢いで振り下ろされてくる熊のぬいぐるみの手。このまま叩き潰されることを覚悟して私が目を固く閉じる。その直後、何か硬いものに同じような硬いものをぶつけたような音が周囲に響き渡った。
「……え?」
 襲ってくるだろう衝撃がいつまで経っても襲ってこないことをおかしく思った私が恐る恐る目を開くと、私の目の前に茶色がかった感じの色のゴスロリドレスを着た一人の女の子がいた。
「まったく見ていられませんわね。あなた、ど素人ですか?」
 振り返りもせずに物凄くむかつく口調でそう言われてしまう。一体何処のどいつなんだ、この人は。何となくだけど、その長い髪にかかっているウェーブに見覚えがあるんだけど、まさかねぇ?
「何時までも見てないで速く仕留めていただけません事? こうしているのもそれなりに魔力を消費しているんですのよ」
 そ、そうだった。とりあえず助けて貰ったことの礼は後で言うとして、今は先にあの熊のぬいぐるみを仕留めるのが先決。
「そのままでお願い! 一気に仕留めるから!」
 私はゴスロリの子にそう言うと走り出した。何でか安定しない炎の玉。このまま放っても威力は落ちるし、下手をしたら途中で消えてしまうかも知れない。それならば。
 杖の、槍の先端に炎の玉をつけたまま、私は熊のぬいぐるみの側へと走り寄り、そのまま槍を熊のぬいぐるみへと叩き込んだ。勿論、炎の玉も一緒だ。
「これで……終わりだぁっ!」
 そう言いながら槍を一気に引き抜く私。次の瞬間、熊のぬいぐるみの内側から炎が噴き出した。その炎に追い出されるかのように黒い靄のようなものが天に昇っていくのが見える。そして、跡には小さな熊のぬいぐるみが残された。よし、どうやら今回も”歪み”そのものだけを封滅することに成功したみたいだ。
――麻由良、見ろ。
「うん、わかってる」
 地面に残された熊のぬいぐるみの少し上に黒い水晶柱が浮かんでいる。あれは確かに前に見たものと同じものだ。あの、黒い女の人が持っていったものと。

 あの水晶柱を見た瞬間、私の全身に緊張が走った。何だかわからないけど、何か非常に嫌な予感がする。
 黒い女の人と同じ仮面を付けたスク水の魔法少女の存在。未だどう言った目的があるのかわからない謎の水晶柱。
 一体、何が始まろうとしているんだろうか?


To be continued...

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