月明かりが照らし出す裏山の開けた場所に相変わらずの空飛ぶ箒で降下していく。ちなみに降下する時も相変わらずそのスピードは衰えることはない。端から見ると降下していると言うよりも落下している、と言う風に見えるだろう。
「麻由良ちゃ〜ん、もっとゆっくり降りなきゃダメよ〜」
 地面に激突する寸前で箒から飛び降りた私に向かってお母さんが声をかけてくる。振り返ってみるとお母さんは私と同じ空飛ぶ箒に横座りになってゆっくりと降りてきているのが見えた。
 流石、慣れているというか年の功というか。私もその内ああやって空飛ぶ箒を自在に操ることが出来るのだろうか。あまり自信がないんだけど。
「よっと」
 そんな声を出しながら地面に降りるお母さん。軽く手を振って空飛ぶ箒を消すと、私の方へと歩み寄ってくる。
「麻由良ちゃん、あんな飛び方しているといつか怪我するわよぉ。もっとコントロールの訓練しなきゃ」
「はぁ〜い、善処しま〜す」
――うわ、やる気のねぇ答え。
 私の頭の中で一体化している火の精霊、サラの声が響いてきた。だけどとりあえず今は無視することにしておく。
「ところで何でお母さんも一緒に来るのよ? 呼ばれてるのって私だけだったんじゃないの?」
 ちょっとしかめっ面をしてそう言うとお母さんは途端に泣きそうな顔になる。
「そんな……麻由良ちゃんが心配なのよ〜。それにお母さんもちょっと管理局に用があったりなかったりしちゃったりするから」
「……まぁ、私も一人じゃちょっと不安かなぁとか思わないでもないから別にいいけど……恥ずかしい真似はしないでよね」
 知り合いが一人もいないところに行かなければならない身としてはこんな母でも一緒にいてくれるというのは非常に心強い。もっともそんなこと恥ずかしくて口には出さないけど。
 さて、時間的にはそろそろのはずだけど。そう思って周囲を見回しているとお母さんが後ろから私の肩にポンと手を置いてきた。
「そんなにキョロキョロしなくても大丈夫よ」
 一体どう言うことか尋ねようとしたその時、私の頭の中にサラとは別の声が飛び込んできた。
<時間通りですね。流石です>
 魔法使い同士が使える特殊な会話方法、”念話”という奴だ。距離とか空間とかそう言うものを無視して使えるなかなかに便利な代物。まぁ、送られた方が気付かないと言うこともあるらしいんだけど。かなり便利な携帯電話みたいなもの、ただし魔法使い限定、と言う捉え方を私はとりあえずしている。
<今からゲートを開きます。あまり長時間は開いていられませんから注意してください>
 その声が言い終わると同時に私とお母さんの前に光のゲートが現れた。
「さて、それじゃ行きましょうか」
 お母さんがそう言って私を押しながら歩き出す。
 ちょっと緊張しながら私は目の前の光のゲートをくぐるのだった。

STRIKE WITCHES
5th Stage Welcome to magic Administration Bureau

 光のゲートを抜けたらそこはよくあるオフィスの一室だった。正直ちょっと拍子抜け、と言う感じだ。
 私とお母さんがやってきたのは魔法管理局という世界中の魔法使いを統括管理している機関の本拠地。だから何と言うかもっとファンタジーしているのかと思っていたんだけど、実際にやってきてみると、そこへの移動方法はともかく中はごく普通のオフィスビルの一室。まぁ、ごく普通のオフィスビルの一室にはこんな風に床に大きく魔法陣なんか描かれていないんだろうけど。
「ねぇねぇ、お母さん。この魔法陣って」
「そうね。転移魔法の為の魔法陣よ。転移魔法はかなり高度な儀式魔法だから」
 お母さんの説明によると物体や人間を別の場所に転移させるには物凄いエネルギーが必要となるらしい。並の魔法使いじゃとてもじゃないけど使いこなせないそうだ。高レベルの魔法使いでも様々な準備が必要となり、しかも使い勝手はそれほどよくないとのこと。
「転移先の正確な座標がないと危ないのよ。下手にずれたりしたら”壁の中にいる!”みたいなことになっちゃうし」
 そう言うことなので個人レベルでこの転移魔法を使いこなせる魔法使いはほとんどいないそうだ。いやまぁ、これが自在に使えたら泥棒とかやりたい放題だし。でも便利そうなのは便利そうなのよねぇ。ささっと転移して”歪み”の死角に回ってそこから必殺の魔法で一撃、なんてのが出来たら格好いいと思うんだけど。
――まぁ、麻由良にゃあ無理だろうな。
 うるさい。自分でもそれくらいわかってるわよ。
――それ以前の問題としてあたいも使えねーしなー、そんな魔法は。
 なら言うな。
「麻由良ちゃん、行くわよ〜」
 いつの間にやら歩き出していたお母さんに呼ばれて、私は我に返ったように顔を上げて歩き出した。
 ここでボケッとしていても仕方ない。やることやって早く帰って寝よう。明日も学校あるんだし。

 転移用の魔法陣のあった部屋から出るとそこには前回私をフォローしてくれた魔法少女、レイサ=ウェイラインさんが待っていた。この間の黒マントじゃなく紺を基調とした魔法管理局の制服姿だ。何と言うか、見た目は私と同じ位なのにその格好だと物凄く出来るキャリアウーマンのように見える。
――実際そうじゃん。
 そうだった。レイサさんは魔法管理局の局長秘書というなかなかに偉い役職の人なんだった。すっかり忘れていたけど。
――忘れっぽいなぁ、お前。
 うるさい。何か今日はやたら絡むわね、あんた。と、目の前にいたら確実に睨み付けているだろう。
「どうかしましたか、そんな怖い顔をして」
「あ、すいません」
 うーん、どうやら顔にでていたらしい。気をつけないと。とりあえず笑顔を浮かべてみる。引きつってなければいいんだけど。
 レイサさんは少しの間不思議そうに首を傾げていたけれど、やがて気を取り直したように一つ頷くと私とお母さんを見た。
「ようこそ魔法管理局へ。本来ならば”紅蓮の閃光”に敬意を表して局長自らが挨拶しに来る予定だったのですが急用が入りまして代理として私が」
「あ、その前にちょっと質問」
 レイサさんが挨拶するのを止めるかのように私は手を挙げた。
「この前から気になっていたんだけど……”紅蓮の閃光”って何?」
 この間、レイサさんが私の前に初めて姿を現した時からずっと疑問だった言葉”紅蓮の閃光”。しかもその言葉は大抵お母さんが一緒にいる時にでてくる。まさかとは思うけど……チラリとお母さんの方をうかがってみるけどいつもと変わらずニコニコと何考えているのかわからない笑みを浮かべているだけ。多分何も考えてないんだろうけど。
 私の質問を受けたレイサさんはやっぱりお母さんの方をチラリと見上げている。レイサさんの身長はこの歳の平均身長よりもちっこい目の私とそんなに変わらない。でもって我らがマイマザーはそこそこ背が高かったりする。そうなるとどうしても見上げなければならなくなるんだけど。
 さて、レイサさんに見つめられているお母さんだけど何で見つめられているのかがわかっていないのか小首を傾げていた。
「どうかしたのかしら? 麻由良ちゃん、何か顔についてる?」
 何で私に聞くかなぁ。
「目、耳、鼻、口、後は眉毛と細かいしわが少々」
「ええ〜!! お肌のケアは欠かしてないのに、しわなんて〜!! ひぃ〜ん!!」
 ちょっと意地悪な私の言葉に本気で落ち込むお母さん。まぁ、しわの部分は本当に冗談なんだけど。お母さん、自分で言った通りそう言うお肌のケアはかなり気合い入れてやってるみたいだし……そのお陰か実際の年齢よりも遙かに若く見えるしね。
「冗談よ、お母さ」
「しかし年齢を考えれば仕方ないことではないでしょうか?」
 その場でしゃがみ込んでさめざめと泣いているお母さんに私がフォローを入れようとするといきなりレイサさんが容赦のない一言を叩き込んだ。
「いくら普通人よりも若さを保てるとは言え魔法使いもやはり人である以上年齢を重ねるのは仕方ないことです。老化を防ぐ魔法は未だに開発されていませんからね」
「ふぅん、そうなんだ」
 そう言えばサラと初めて会った時にそんなことを言っていたような。
――若さが物凄い勢いで保てるって奴だな。
 そうそう、それだ。一体どう言う原理でそう言うことが出来るのかまでは確か聞いてなかったはずだけど、老化を防ぐ魔法がまだないってことはどうやら魔法以外の方法で若さを保っていたりするんだろうか。
――そもそも精霊ってものは歳をとることないからなぁ〜。その影響だろ?
 その口振りだとあんたも詳しくわかってる訳じゃないのね。
――わかってればもうとっくの昔に老化を防ぐ魔法が完成してるって。
 それもそうか。
「ひぃ〜ん……みんなして〜」
 とりあえずここで泣かれていては迷惑だろうから何とか復活させなくては。とは言え、我が母は一度落ち込むとなかなか復活しない。どうしたものだろうかと思案していると私をじっと見ているレイサさんの視線に気がついた。何やら困っているふうにも見えるんだけど、もしかして早くお母さんを何とかして欲しいとか思っているんじゃないだろうか。期待されても困るし、それに事の始まりは確かに私だけどとどめを刺したのはあんただ。そう言う視線を返しておく。
 さて、それはともかくお母さんをどうするか。ここに捨てておくというのも一つの手段だけど、それをすると他の人に迷惑がかかる。とりあえず宥めすかして連れて行く他ないだろう。
「お母さん、大丈夫だよ。しわなんて目立たないからさ。それも普段からお肌のケアをきちんとやってるからだよ」
「ぐすっ……本当に?」
 涙目になって私を見上げてくるお母さん。一体どっちが年上なんだか。
「本当だよ、大丈夫」
 ニッコリと笑みを浮かべて言う私。上手く笑みになっていればいいんだけど。引きつっていたりしたら意味無いし。
「……しかし誤魔化しきれないものが」
「あんたは黙ってろ!!」
 ぼそりと言うレイサさんに私は容赦なく言い放った。
 折角復活しかけてるのに何で邪魔をするんだ、この人は。そう思いながら振り返ると、何処かニヤリとした表情のレイサさんがいた。どうやらわかっていてやっているらしい。なかなかお茶目なところがあるらしいわね、この人も。
 互いに不敵な笑みを交わしあう私とレイサさん。
 いや、そう言う場合じゃないんだって。一応後で時間があったらゆっくりと話をしておくべきかも知れないな、レイサさんとは。などと心の片隅に書き加えておこう。
 それはさておき、更に落ち込みそろそろマジ泣き寸前のお母さんを何とかしなければ。
「あ〜! やっと見つけたわよ!!」
 どう言う風にお母さんに声をかけるか考えていた私の耳に飛び込んできたのはそんな声。勿論知り合いのものじゃないから誰の声かはわからなかったけど、何となくそっちを振り返ってしまう。
 するとそこにはレイサさんとはちょっとデザインの違った、でもやっぱり魔法管理局のものだとわかる紺の制服を着たやたら胸のおっきいお姉さんがいた。
――何でいきなり胸なんだよ!?
 いや、一番初めに目に付いたのがそのやたら大きい胸だったんで思わずそっちに反応してしまったわけで。でもあれはかなり容赦のない大きさだと思うんですが。お母さんも結構大きい目だとは思うけどあっちはそんなものじゃない。バスケットボールかスイカかというレベルの大きさだ。思わずゴクリと唾を飲み込んでしまう。
「なかなか来ないから転送事故でも起きたんじゃないかって思って見に来たら……何やってるのよ、レイサ?」
「あー……ちょっと色々とありまして」
 この胸のやたら大きいお姉さんがレイサさんに親しげに話しかけ、レイサさんが少しとぼけたような返事を返す。この様子を見ても二人が知り合い、それもそこそこ親密な間柄というのが見て取れた。
「とりあえずここで泣いている”紅蓮の閃光”を何とか宥めていたところです」
 いや、あんたは何もしてないどころかより状況を悪化させていただけじゃないか。そう言いたいのを私はぐっと堪えた。下手に口を出して話をややこしくしてもいけないと言うのと、この胸のやたら大きいお姉さんがレイサさんの知り合いだとして意外とお茶目な性格の持ち主らしいレイサさんが私を一人悪役にしてしまいそうな気がしたからだ。
 レイサさんの言葉にやたら胸の大きいお姉さんがしゃがみ込んでいつものように「ひぃ〜ん」と泣いているお母さん、続けてその側に所在なげに立っている私を見る。何と言うか身内の恥をリアルタイムで晒しているから結構居心地が悪いんだけど。
「その格好からするとあなたが”紅蓮の閃光”の二人目の娘さんね。お姉ちゃんと違って普通に魔法少女してるみたいで良かったわ」
 ニッコリと微笑んで言うやたら胸の大きいお姉さん。
 この格好を見てそう言われても特に嬉しくないんだけどなぁ、私としては。何て言うか恥ずかしいし。と言うか、お姉ちゃん、どう言った格好なんだろう? そっちの方が微妙に気になる。普通の魔法少女じゃないんだろうか?
――まぁ、あのへっぽこどもを作ったってぐらいだからどっちかと言うと錬金術師みたいなんじゃないか?
 すいません、錬金術師なんて言われてもまったく想像出来ません。特にあのお姉ちゃんだとより一層想像出来ない。家にいる時は下着姿のまま平気でいたりする人だったからなぁ。
「ほらほら、いつまでも泣いてないの。あんたって本当に昔から変わらないわねぇ」
 私がお姉ちゃんのことを想像している間にやたら胸の大きいお姉さんは未だに泣いているお母さんに声をかけていた。どうやらこのやたら胸の大きいお姉さんもお母さんのことを知っているらしい。
――何かこだわるなぁ、お前。
 いや、流石にこれだけ大きいのは滅多に見かけないし。当たり前だけど口には出さずにサラにだけ答える。
「子供三人もいるくせに……まだそんなに泣き虫なの?」
「だってみんなしていじめるんだもん」
 拗ねたように言うお母さんに私とレイサさんが同時に首を左右に振った。からかいはしていたけどいじめたつもりは毛頭ない。まぁ、これっていじめっ子の理屈のようなものだけどね。
「はいはい。わかったわかった。後でゆっくりと話聞いてあげるからさっさと立ちなさい」
 胸のやたら大きいお姉さんが諭すようにそう言うとお母さんは素直に従い、立ち上がった。それからそのお姉さんの方を見て、ポンと手を叩く。
「あら〜。誰かと思ったら……ベルネスじゃない」
 ついさっきまで泣いていたはずなのに満面の笑みを浮かべてお母さんが言う。我が母親ながらこの変わり身の早さ……いつ見ても凄いと思う。娘である私でさえそう思うんだから他の人はより一層ってな訳で、レイサさんの顔にも少し驚きの表情が浮かんでいた。あまり表情を表に出さない人なだけにとってもわかりにくいんだけど。
 さて、後の一人、やたら胸の大きいお姉さんなんだけど、この人はお母さんのことを良く知っているのか特に驚いた風でもない。平然とした感じで、そして生暖かい目でお母さんを見守っている。
「随分と久し振りねぇ〜。それに相変わらずねぇ、その胸」
 お母さんはどことなく嬉しそうにそう言うとお姉さんのそのやたらと大きい胸をぎゅいっと鷲掴みにした。
「な、何やってんの! お母さん!!」
 慌ててお母さんの手をお姉さんの胸から引っぺがす私。確かそう言う趣味はないはずなんだけど、一体何しでかすんだ、この人は。
「す、すいません! 母が思い切り失礼なことを!」
 そう言って私がお姉さんに向かって思い切り頭を下げる。その隣ではお母さんが何処か不服そうな顔をして、尚かつその手をわきわきさせて名残を惜しんでいた。
「何やってるのよ! お母さんも謝りなさい!」
「え〜」
「早く!!」
「うう〜」
 未だ不服そうなお母さんの頭を手で押さえつけて無理矢理頭を下げさせる。いくら知り合いだからと言っていきなり女性の胸を鷲掴むなんてやっていいはずがない。つーか、私だったら容赦なく殴り倒しているだろう。相手にもよるけど。
「フフッ、別に構わないわよ。毎度のことだしね」
 頭を下げている私たちに向かってお姉さんが笑いながらそう言ってくれた。
 私が頭を上げてみると、お姉さんは少し困ったような呆れたようなそんな感じの微笑みを浮かべているのが見える。どうやら怒ってはいないようで、ちょっと安心した。
「そうよぉ、麻由良ちゃん。私とベルネスの間なんだからさっきのは挨拶みたいなものなのよ」
 そんなこと私が知るわけないだろうに。
「そう言う挨拶はやめてって前にも言ったと思うけど?」
「聞いた覚えないも〜ん」
 だだっ子か、あんたは。二人の会話を聞きながらちょっと半眼になってお母さんを見ながら思う。
「まったく相変わらずね、あんたは。で、そろそろちゃんとその子の事、紹介して貰えない?」
 やたら胸の大きいお姉さんが私の方を見て言った。
「私の二人目の娘の麻由良ちゃんよ」
「炎城寺麻由良です。はじめまして」
 お母さんが私を紹介したので私も自分の名前を言ってから頭を下げた。とりあえず初対面の人の前ではちゃんとしておくのだ。何かもう手遅れという気がしないでもないけど。
「はじめまして。私は魔法管理局第13方面統括本部長、マリー=ベルネスよ」
 やたら胸の大きいお姉さんことマリー=ベルネスさんがそう言って私の方に手を差し出してきた。その手を握り返す私。
「ちなみに第13方面というのはあなたがいる日本を含む東アジア地域のことを指します」
 横からレイサさんがそう言ってきた。
「ベルネス本部長はその地域全般を統括している人なので、言ってみればあなた方の上にいる人ですね」
「はぁ」
 レイサさんにそう言われても今一つ私には実感が無いというかわからないと言うか。だいたい私はまだ魔法管理局に何の関わりもないんだし。
「まーまー、それはいいから先にやることちゃっちゃとやってしまいましょう。それでいいわよね?」
 ベルネスさんがそう言ってウインクする。勿論誰も文句を言うことはなかった。と言うか、やっと本来の目的に戻れる……。

 私がこの魔法管理局へとやって来た本当の目的、それは魔法少女としての私の存在をきちんと管理局に登録すると言うこと。未登録のまま魔法少女として活動していると色々とやばいらしいと言うのと、わざわざ管理局の方から人員がでてきたから、と言うのが主な理由なんだけど。
 ちなみにお母さん、魔法管理局の存在なんかすっかり忘れていたようでレイサさんが来てようやく思い出したらしい。もし忘れたまま私が魔法少女として活動し続けていたら管理局に目をつけられて大変なことになっていたとのこと。具体的にどう大変になっていたかはあまり想像したくない。
 そう言うわけでベルネスさんの案内でようやく管理局の中にある登録所に辿り着く私たち。実は転送室――転移用の魔法陣のあった部屋のことをそう呼ぶらしい――からそんなに離れた場所にあるわけでもなく、にもかかわらずそこに辿り着いた時、私はどことなく疲労感を覚えていた。
「それじゃちゃっちゃと済ませてしまいましょうか。麻由良ちゃん、こっちに来てくれる?」
 ベルネスさんに呼ばれて私が側に寄っていくと、ベルネスさんはちょっと離れたところにある小さな魔法陣の方を指で示した。どうやらそこに行けと言うことらしい。
 ちょっと不安に思いつつその魔法陣の中に入ると、横に置いてあったパソコンにベルネスさんが向かい、軽やかな手つきでキーボードを叩いていく。するといきなり足下の魔法陣に光を放ちだした。
「わわっ!? な、何っ!?」
「驚かなくても大丈夫よ。今あなたの魔法使いとしての資質とか傾向とかを調べてるだけだから」
 驚きの声をあげた私を安心させるようにベルネスさんが落ち着いた声で言った。こう言うことにも慣れているって感じだ。
「ふぅん……なかなか面白いわね。流石はあんたの娘ってところか」
 チラリとお母さんの方を見てベルネスさんが呟く。だけど、すぐにその顔が予想外の驚きの表情に取って代わられた。
「ちょ、ちょっと! 何なのよ、これ!!」
 いきなりベルネスさんが上げた驚きの声に興味をそそられたのかお母さんとレイサさんがベルネスさんの側へと歩み寄っていった。私も何があったのか見に行きたかったけれど、今この魔法陣の中から出たらやっぱりまずいだろうと思い何とか我慢する。
「このレベルでこの魔力上限……嘘みたいなスペックですね」
「魔力資質なんかそれこそ冗談じゃないレベルよ!? 一体どう言うこと!?」
「流石は麻由良ちゃんね〜。お母さんも鼻が高いわぁ〜」
 三人が何やら口々に言っているのが聞こえてくるんだけど、一体どう言うことなのか私にはまったくわからない。ただ三人が騒いでいるのを見ているだけだ。
「ちょっと! この子頂戴! きっちり鍛えれば管理局のエースになれるわよ!」
「それは……麻由良ちゃんが決めることだから何とも言えないわよ〜」
「ううむ……流石は……」
「え〜と……」
 まだ騒いでいる三人を見ながら私は一体どうしたらいいのかわからず、とりあえず戸惑っているしかない。て言うか、早く出たいんだけどなー。
――あの様子だと当分気付いて貰えそうにもねーなー。
 まったくだ。

 結局その魔法陣の中から出られたのはあれから十分ぐらい経ってからのこと。その間あーだこーだと言い合っているベルネスさんやらレイサさんやらお母さんをただぼうっと魔法陣の中から見ていただけの私、何かわからないけど非常に疲れてます。主に精神面で。
「さてと、それじゃ次に行きますかね。麻由良ちゃん、杖出してくれる?」
「は!?」
 ベルネスさんのあまりにも唐突な一言に思わず私は間抜けな声をあげてしまっていた。
 えーっと、杖って何? 私、杖を使う程年取ってないんだけど……何処か怪我しているわけでもないし……。
――この場合の杖ってのはあれじゃないか? 魔法使いの杖のことじゃないか?
 ああ、そういうことか。頭の中に響くサラのちょっと呆れたような声に私は合点がいったとばかりにポンと手を叩いていた。しかし、そうは言っても私はそんなもの(魔法使いの杖のことだ)など持っていない。
「杖も一応個人個人でそれぞれ違うからね。登録しておかないとややこしいことになりかねないし」
 ベルネスさんが何か説明してくれているんだけど、だからそうじゃなくって私は杖なんか持ってないんですけど。ちょっと困ったようにお母さんの方を見ると、お母さんは何故か私から気まずそうに視線をそらせていた。むむっ、あの様子だと何か隠しているというか私に言い忘れたことがあるな。
「あのー、ベルネスさん」
 すっと、申し訳なさそうに手を挙げる私。
「私、杖なんか持ってないんですけど」
「ええっ!?」
 私の発言に心底驚いたような顔をしたのは何故かレイサさんだった。まぁ、確かにベルネスさんも驚いてはいるんだけど声をあげる程ではなかったようで、でもレイサさんははっきりと驚きの声をあげてしまっている。そんなに驚くようなことなんだろうか、杖を持ってないってことは。
「そ、それではこの間”歪み”を倒した時もあなたの純粋な魔力だけで?」
「はぁ、そうですけど……」
 レイサさんが何をそんなに驚いているのか私にはわからない。だいたい私は一番初めに魔法少女になった時から自分の魔力だけでやって来たんだからそれが当然だと思ってるし。まぁ、人工精霊であるエルとかランとかソウの力を時々借りてはいるんだけど。
「やっぱり凄いわねぇ。あんたの娘だけあって規格外だわ」
 ベルネスさんがそう言ってお母さんの方を見て笑っている。それに対してお母さんはちょっとむくれたように頬を膨らませていた。
「あの〜、杖持ってないって何かまずいんですか?」
 とりあえずまた放置されそうな気配がしてきたので自分の方から声をかけてみた。でないとなかなか話が進まないからだ。
 するとどうだろう、ベルネスさんとレイサさんがまた驚いたような顔をして私の方を向いてきた。何て言うか、有り得ないという感じの表情を浮かべて私の顔を見ている。
「お母さん、どう言うこと?」
 二人の視線に晒されながら私はお母さんをジロリと睨み付けた。
 よく考えてみれば魔法少女についてお母さんからほとんど説明らしい説明を受けていない。私の魔法少女としての知識の大半はサラからの情報だ。そもそもお母さんは私よりも長く魔法少女(と言っていいものかどうか)をやっているんだからちゃんと先輩として色々と教えてくれてもいいはずなのに。まぁ、面倒くさいとか忘れていたとかそう言う理由で教えてくれてなかったんだろうけど。
「えーっと、そのー、あのね……ごめんなさい」
 色々と言い訳を考えていたみたいなお母さんだけど、結局はいい言い訳を思いつけなかったらしく素直に謝ってきた。だからと言って私の知識不足がどうにかなるものでもないんだけど。
「とりあえずそれなら工房の方に移動しましょうか。杖についての説明はそっちへ行きながらしてあげるわ」
 ベルネスさんがそう言って歩き出したので私はお母さんをもう一度睨み付けてからベルネスさんを追って歩き出した。その私の後ろを例によって「ひぃ〜ん」という鳴き声を上げながらお母さんが、更に後ろをレイサさんがついてくる。
「麻由良ちゃんは魔法がどう言った仕組みで発動するか理解してる?」
 歩きながらベルネスさんが私に声をかけてきた。
「えっと、確かまずはじめに精神を集中させて、それからどう言った魔法にするかイメージして、それから魔力を込めて、発動用の呪文を口にする……」
 いつかサラに言われたやり方を指折りしながら思い出す。どんな魔法も基本的にはこの手順でよかったはずだ。私がよく使っている――と言うかこれしか知らないんだけど――”灼熱の砲弾”や”灼熱の弾丸”も実際にはこう言う手順を踏んで使っているのだ。
 サラの話によるとレベルが上がれば上がる程その手順は省略されて発動までの時間が短くなるって言うんだけど、私自身のレベルはまだまだ低いしそれぞれの魔法のレベルも低いからどうしても発動までにタイムラグが出てしまう。今のところ大した問題にはなってないんだけど、これは早いうちに何とかしておきたい問題の一つだ。
「そうね、それでだいたい正解。後は経験を積んでいけばその手順が省略されていくってことも知ってるわよね?」
 丁度ベルネスさんが言ったことを考えていた私はコクリと頷いた。
「杖はその手順を簡略化してくれる重要なアイテムなのよ。それに魔力の肩代わりもしてくれるし、人によっては武器にもなるわ」
 ベルネスさんはそう言うと左の耳に付けているイヤリングを外し、それを持って足を止めた。そして目を閉じ何事かを呟くと、手に持っていたイヤリングが光を放ち、次の瞬間イヤリングが杖に変化する。
「これが私の杖よ」
 そう言ってベルネスさんが微笑む。
 ちなみにベルネスさんが持っている杖はこの間レイサさんが持っていた杖よりも短めでどっちかと言うと杖と言うよりも警棒、と言う感じのするものだ。成る程、これなら確かに武器にもなりそうだ。これで殴られたらかなり痛そうだし。
「まぁ、確かにいざって言う時にはそう言う風に使うこともあるけどね。滅多にそう言う風に使うことはないわよ。普段は魔法を使う時の補助程度にしか使わないし」
 私が考えていることがわかったのか、ベルネスさんが苦笑を浮かべる。
「えー? 確かそれで相手を何人も殴り倒してるの見たような……」
 後ろからお母さんの呟きが聞こえてくるけど、あえて無視。ちょっとベルネスさんの顔に浮かんでいる笑みが引きつったような気がしたから無視しておこう。それが我が身の為だ。
「と、とにかく杖はないよりあった方がいいわよ。単純に魔力の消費を抑えるだけじゃなく色々と便利だからね」
 そう言ってベルネスさんは警棒みたいな杖を元のイヤリングに戻した。
「はい、質問。さっき手順を簡略化してくれるって言ってましたけどどう言うことなんですか?」
「……実は私も細かい原理がどうなっていて簡略化されてるのかはよく知らないのよ。ゴメンね」
「ベルネス本部長は実務一辺倒の人でしたから」
「他の言い方をすると完全な武闘派とでも言うべきかしらね」
 ベルネスさんの後にレイサさんとお母さんがそう続ける。すかさず二人の方を振り返って思い切り二人をベルネスさんが睨み付けた。
「レイサはともかくあんたに言われたくはないわね」
「あら〜? 少なくても私はベルネスと違って少しぐらいはわかってるわよぉ」
 主にうちのお母さんを睨み付けながらベルネスさんが言うと、お母さんはいつものように笑顔のままそう答えた。しかしながら、お母さんが本当に自分で言った通りなのかどうかはかなり怪しい。普段から笑顔を絶やさないお母さん、あのままで平気で嘘をついたりする。
「なら言ってみなさい。わかっている範囲でいいから」
「あー……その……えーっと……」
 思い切り言い淀む我が母親。それを見て私は思い切りため息をついた。やっぱり嘘だったか。見栄っ張りなんだから。
「う、嘘じゃないのよ! ちょっと忘れただけなんだから!」
 必死に言い訳するお母さんだけどもう手遅れだ。思い切り白けた空気がその場を支配している。
「ほ、本当だってば! 信じて! 麻由良ちゃん!」
 お母さんがそう言って私の肩を掴むけど私はお母さんから思いきり視線を逸らし、目を見ようとはしなかった。身内としては信じてあげた方がいいのかも知れないけども、普段のお母さんを知っているだけにどうしても信じられそうにない。後、この場の空気がどうしてもお母さんの味方をするなと言っているような気がする。
――何つーか、ひどい奴だなー。
 うるさい。この場の空気を読めばそれくらいわかるだろうに。
「本当なんだってば〜。ちょっと忘れただけなのよ〜」
「はいはい、それじゃそう言うことにしておいてあげるわ。あんたの名誉の為にもね」
「う〜、それってまったく信じてない〜」
 また半泣きになっているお母さん。我が母親ながら何でこうも泣き虫なんだろう? まだベルネスさんに詰め寄っているお母さんを見ながらそんなことを考える。まぁ、簡単に答えがわかるようなものでもないんだろうけど。今度お父さんかお婆ちゃんにでも聞いてみることにしよう。教えてくれるかどうかはわからないけど。

 そんなこんなでまるで何処かの女子高生の集団の如くワイワイ騒ぎながら歩くこと数分、私たちはようやく工房とやらに辿り着いた。正式には魔法管理局技術課魔法杖制作工房と言うらしい。ベルネスさんの話によるとここで作っているのは主に魔法使いが使う杖なんだけど実際にはそれ以外のものも結構作っていたりするので単に工房とみんな呼んでいるらしいとのこと。
 入り口の自動ドアの横にある電子ロックにベルネスさんが制服の胸につけてあるIDカードを通し、それから9つあるキーを叩いてロックを解除する。意外とセキュリティは厳重だ。ちょっと感心してしまう。
「ここには色々と危険なものもあるからね。さぁ、入って」
 ベルネスさんに言われて中に入るとそこは私が想像していたものとはまるで違った部屋となっていた。私が想像していたのは何と言うかとある錬金術師が自分の工房を経営したりしているファンタジーゲームに出てくるような部屋だったんだけど、この部屋は近代的な研究室という感じだったのだ。まるでSF映画に出てくるような、そんな感じの。
 ポカーンとした感じで部屋の中を見回してしまう私。
「ねぇねぇ、ベルネス。今日は誰がここにいるの?」
「ん? 今日は確か……マードックさんじゃなかったかしら。それがどうかしたの?」
「え? あ、あはは〜、ちょっとね〜。とりあえずメドッソさんとかバシットがいないのなら安心だわ〜」
 物珍しそうに室内を見回している私の後ろでお母さんが微妙に焦りを誤魔化すような笑い声を上げている。また何かやらかしたのか、と思って振り返ってみる。
「何よ、麻由良ちゃん。お母さんがまた何かしたんじゃないかって思ってるみたいだけどそうそう何度もやってません」
「本当にそうだといいんだけど」
「少しは自分の母親を信頼しなさい」
「お母さんだから信頼出来ないんだけど……ところでベルネスさん、これからどうするんですか?」
 どことなく微妙そうな笑みを浮かべているお母さんから目を外し、ベルネスさんの方を向いて尋ねた。この工房の中には私たち以外には誰もいない。ここに来てからどれくらい時間が経っているかわからないけど、明日も学校があるわけでしてあまり長居して寝不足になるのは頂けない。出来れば早くしてもらいたいんだけど。
――どっちにしろ授業中寝てるじゃねーか。
 それはあんたでしょうが。私は一応授業はちゃんと受けてる……たまに寝てることもあるけど。まぁとにかく、授業中に居眠りしちゃうのを防ぐ為にもここは手早くぱっぱと終わらせてもらいたいわね。
「ちょっと待っててね。マードックさん、いないの?」
 ベルネスさんがそう言って周囲を見回した。すると何処からともなく無精ひげを生やしたおじさんが姿を現した。いかにも眠たそうに大きく口を開けて欠伸をしながら現れたおじさんは私たちの方を見回すと、ぽりぽりと頭をかきながら私たちの方へと近寄ってきた。
「ベルネス本部長殿にウェイライン秘書官殿じゃねーか。何の用だい、こんなところに?」
「何の用も何も、工房に来る用事なんてだいたいわかるでしょう?」
「んなこと言われてもなぁ。あんたも秘書官殿も杖を持ってるじゃねぇか。まさか新しく杖が必要になったわけでもないだろう?」
 おじさんがそう言ってベルネスさんとかレイサさんとかを見る。それからお母さん、続けて私へと視線を移し、それからようやく理解出来たようにポンと手を叩いた。
「そうかそうか、このお嬢ちゃんか。見た感じまだまだ素人っぽいからなぁ。で、あんたがこの子の保護者ってか師匠かい?」
「どっちかと言うと母親かしら〜?」
 ニッコリと笑いながらお母さんが答える。
 その笑顔を見ていたおじさんが、いきなりぎょっとした顔になった。まるで何か思い出さない方がいいことを思い出したかのように。
「お、お前……”紅蓮の閃光”!?」
「はじめまして〜、でよかったわよね、あなたとは」
 お母さんはそう言うと私を押しのけるようにして一歩前に出た。それから未だ驚いた顔をしているおじさんの耳に何やら耳打ちする。
(サラ、お母さんが何言ってるか聞こえる?)
――そう言うのは風の精霊の方が得意だからなぁ。あたいじゃちょっと無理。
「ここは私にお任せです」
 いきなり耳元でそんな声がしたので思わずビクッと肩を震わせてから振り返るとレイサさんが私のすぐ後ろに立っていた。口元には何故かニヤリとした笑みを浮かべながら。
 何と言うか、この人初めて会った時と随分印象が違うなぁ。見た目は私とそう変わらない歳のようなんだけど、もしかしたらもっと年上なのかなぁと思っていたら、なかなかにお茶目な性格しているみたいだし。
 私がそんなことを考えている間にレイサさんはどこからとも無く杖を取り出し、小さい声で呪文を唱えている。何で小さい声かと言うとお母さんやベルネスさんに気付かれない為、のような気がする。
 と、私の耳にお母さんの声が聞こえてきた。
『だからほんのちょっと手続きを省略してくれたらいいの。ね、お願い』
 何やら怪しげなお願いをしているようにしか聞こえない我が母の声。何を企んでいるんだか。
『出来ればメドッソさんとかバシットに気付かれないうちに済ませたいのよ。大丈夫、ややこしいことにはならないわ。何て言っても私のお願いだし、ベルネスに責任押しつけても構わないから』
 何かを企んでいると言うよりも何かやらかしたのを誤魔化そうとしているっぽい雰囲気が感じられた。しかしながらベルネスさんとかこのおじさんに迷惑をかけるわけにはいかないので、私は無言でお母さんのすぐ後ろへと忍び寄る。
「”灼熱の弾丸”」
 ぼそりと、だけどお母さんには聞こえるようにそう言い、私は右手の人差し指をお母さんの背中へと向けた。いや、厳密に言えばお母さんのお尻の方へと。
 指先に生まれた小さな火の玉がお母さんのお尻に見事命中し、お母さんが「ひっ」と悲鳴を上げてその場で飛び上がった。ちなみに威力は最小限に抑えてあるし、お母さん程の実力者だ、普段から対魔法防御結界を自分にかけているはず。
 ちなみにこの対魔法防御結界というのは魔法少女形態に変身した時に自動的にかかる物理衝撃緩衝防御結界(私は密かにフェイズシフト結界と呼んでいる。だって物凄く感じが似ているし、それ以上に名前が漢字ばっかりの上に長ったらしいし)とは違ってちゃんと自分で展開しないといけないものだ。それにフェイズシフト結界はその本当の名前の通りあくまで物理的な衝撃しか緩衝防御してくれないのに対し、対魔法防御結界はその名の通り魔法による攻撃を防御する為の結界。実はこれがないと魔法による攻撃は防げなかったりする。
 実に便利そうに思える魔法だけど弊害がないわけでもない。フェイズシフト結界もそうだけど対魔法防御結界も攻撃を受けるたびに魔力を消費する。魔力が尽きるとフェイズシフトダウン、つまりは効果を失ってしまうと言うわけだ。だから下手に攻撃魔法をバンバン使っちゃうといざって時に防御結界がダウンしちゃって使えないってことにもなるらしい。
――麻由良はその辺がどうにも危ういんだよなぁ。でかい攻撃魔法バンバン使うし。
 だって対魔法防御結界なんて何の為にあるのかいまいちわからないし。”歪み”がこっちに魔法で攻撃してくるなんて有り得ないっぽいし。
――そんなこと言ってるといつか痛い目見るぞ〜。
 そん時はそん時よ。まぁ、ちょっとやそっとのことじゃこのバーニング麻由良様は倒せないって。
――ついこの間やばかったじゃん。
 まー、あれはあれで……何とかなったからいいじゃない!
 前回の思わぬ苦戦を思い出しつつ、私はサラを黙らせる。と、そんな私の前にお母さんが涙目になってずいっと顔を突き出してきた。
「麻由良ちゃん!」
 涙目ではあるけども……お母さんが怒ってるのがよくわかる。しまった、やりすぎたか、さっきの。などと後悔しても時遅し。
「よりにもよってお母さんに向かってそう言う魔法の使い方するなんて! いい、魔法ってものはね、使い方次第で……」
 うう、お母さんがマジでお説教モードに入っちゃったぁ。こうなるとなかなか止まらないんだよなぁ。何処までも自業自得な訳だけど。
――出来ればこう言うお説教はあたいと分離している時に頼むぜ……。
 ちょっとうんざりしたようなサラの声が聞こえてくる。今回ばかりは申し訳ないと心の中で謝っておく。
 お母さんに怒られながらチラリとレイサさんやベルネスさん、おじさんの方を見てみると揃って生暖かい目で私とお母さんを見つめている。うう、何とも情けない姿を見せてるなぁ。
 と、その時だった。工房の入り口が開いて二人の女性が談笑しながら入ってきた。その二人は中にいる私たちを見ると話をやめてじっと私たちの方を見つめてくる。
 二人が見ているのはこの中で未だこの二人が入ってきたことにも気付かずお説教中の我が母。やや唖然とした表情を浮かべている二人の女性だったけど、やがてその内の片方――ちょっと肌が浅黒い人だ。東南アジア系なのかも――がつかつかと私とお母さんの方に歩み寄り、思い切りお母さんの頭を殴りつけた。
「ひぃっ! な、何!?」
 いきなり横合いから殴りつけられたお母さんが驚いたように顔を上げ、横に立っている女性を見る。すると、途端にお母さんの表情が引きつった。まるで悪いことをしたのを先生に見つかったように。
「随分とご無沙汰じゃないか、”紅蓮の閃光”?」
「あ、あら〜……バシットじゃない〜。今日はお休みじゃなかったのかな〜?」
 まったく笑ってない笑顔を浮かべる女性――母の言からするにバシットと言う名前らしい――にお母さんは矢張り引きつったような笑みを浮かべて返す。
「生憎とね、うちらはいつだって人手不足さ。休暇らしい休暇なんて滅多に取れやしないんでね」
「いつもいつもご苦労様です」
 そう言ったのはレイサさんだ。
「そう思うなら何とかしてもらいたいもんだけどね。もっと技術部に人員と予算を回してもらいたいもんだよ」
 バシットさんがチラリとレイサさんを睨み付けて言う。
「今度局長に具申しておきます」
「よろしく頼むよ、本当に」
 二人のやりとりを見て、そう言えばレイサさんって局長秘書だったなぁとか思い出している私。あのなかなかにお茶目な性格からは考えられない気がするんだけど。
――人は見た目によらない、の典型かもな。
 そんなサラの感想を軽く聞き流していると、もう一人、バシットさんと一緒にこの工房の中に入ってきた人が唐突に大声を上げた。
「ああ〜!!! あんたは……”紅蓮の閃光”ッ!!」
 ビシィッとお母さんの方を指差して言う女性。ちなみにこの女性の人、見た目の年齢はお母さんやベルネスさんと同じくらい。ショートカットでいかにも勝ち気ですって感じの顔立ち。更にどことなく関西風のイントネーション。着ている服が極々普通の、量販店とかで売っている女性ものの服だから魔法管理局の人じゃないとは思うんだけど、さてお母さんを知っているこの人は一体誰なのやら。
 お母さんは自分を指差している女性を少しの間キョトンとした顔で見つめていたけど、どうにも思い出せないらしく首を傾げている。
「え〜〜っと、誰だっけ?」
 大真面目にそう言うお母さんにその関西風イントネーションの女性が豪快にこけた。でもすぐさま復活し(立ち直り早いなぁ)、再びお母さんに向かってビシィッと指を突きつける。
「うちや、うち! 忘れたとは言わせへんで!!」
 再び大声でそう言う関西風の人。うん、明らかに関西弁だ。
 で、お母さんもその関西弁で女性のことを思いだしたのかポンと手を叩くと嬉しそうな表情を浮かべた。
「あら〜。誰かと思ったら”真紅の戦姫”じゃない〜。随分とお久し振りね〜。元気だった〜?」
 いかにも懐かしい友達に会った、と言う感じで嬉しそうに微笑むお母さんだけど、相手の関西風イントネーションの人はまったく嬉しそうでなく、むしろ宿敵に会ったような顔でお母さんを睨み付けている。
「よぉもまぁ、ぬけぬけとそんなこと言えるなぁ、あんた……ここであったが百年目、決着つけようやないかぁっ!!」
「何言ってるのよぉ。あなたと最後に会ったのって確か二十年程前のことでしょう? 確か夏芽里ちゃんが生まれるちょっと前だったはずだから……百年も経ってないわよ〜」
 語気荒く言う関西風の人に対してお母さんは何処か見当違いなことを大真面目に言い返している。それを聞いた関西風の人が益々怒ったように顔を真っ赤にさせて肩をぷるぷる震わせているんだけど……お母さん、あれはあれで本気っぽいから始末に負えないのよねぇ。
「ほんま、人を馬鹿にしくさって……もう許さへん。ここで白黒つけたろうやないかぁっ!!」
 関西風の人がそう言って首から提げているペンダントを手に取った。それを天井に向かって高々と掲げると変身用のキーワードを口にする。
「マジカルバーニングエクスチェンジ! セットアップ! フレイムフィスト!!」
 女性がそう言った次の瞬間、その女性の周りに物凄い炎が巻き起こり、それが弾け飛ぶと同時にそこには戦闘態勢をきっちりと整えた一人の魔法使いの女性がそこに立っていた。お母さんと違ってその格好はいかにも魔法少女ですって感じがほとんど無く、むしろ格闘もののゲームに出てきそうなそんな感じだ。黒のタンクトップに赤い色の胸当て、半袖で丈の短いジャケット(ちなみにタンクトップも短めでおへそ丸出しだ)、半ズボンというかショートパンツというかそう言うものを履いていて、足は、ここは私やお母さんと同じく編み上げブーツ。しかしながらやたら目立つのは両手に装着されているやたらごついグローブだろうか。ボクシングのグローブとか野球のグローブとかとは違うんだけど、ただ手を守る為だけのグローブとはとても思えない大きさ。後、額に真っ赤な鉢巻きが現れてどうやらそれで完成らしい。
「さぁ、こっちは準備完了や! ”紅蓮の閃光”、あんたも準備しぃっ!」
 いかにもやる気満々という感じでその関西風の人はグローブに守られた両拳を付き合わせた。
 しかし、この人のやる気とは裏腹にお母さんはキョトンとした顔で首を傾げているだけ。一体どうしてこの人が変身したんだろうと言うような顔をしている。て言うかお母さんもう変身済みだから準備も何もないような気がするんだけど。
「この場合の準備ってのは多分杖を用意しろってことよ」
 横合いからベルネスさんがそう言ってきた。
「あの二人、昔っからああなのよ。同じ火の精霊と契約している魔法使いなのにそもそもの相性が悪いのか、顔を合わせるたびにケンカばかり。まぁ、一方的に”真紅の戦姫”が”紅蓮の閃光”をライバル視しているだけって感じもするんだけど」
 ちょっと呆れたような、それでいて何か懐かしいものを見るようなベルネスさんの視線。あの口振りからするとこの人も色々と関わってきているらしい。見た目の年齢に騙されちゃいけなさそうだ。
「ケンカする程仲がいいと地球のことわざで言うそうですから実はこの二人、仲がいいのでは?」
 苦笑しているベルネスさんの後ろからレイサさんが声をかけてきた。キョトンとした顔で私たち、いやお母さんと関西風の人を見つめている。
「まぁ、そうかも知れないけど……この二人の場合はどうかしらね?」
 ベルネスさんがそう言う前方、未だ敵意全開でお母さんを睨み付けている関西風の人と相変わらずなんで関西風の人が怒っているのかまるでわかって無さそうなお母さん。何処までも平行線だ。
「とりあえずこの二人はほっといて先に麻由良ちゃんの杖をどうにかしましょうか」
 このまま見ていても仕方ないと判断したのかベルネスさんが私の方を向いてそう言う。
 確かにベルネスさんの言う通りだ。何処までも平行線な二人だ、あの関西風の人が諦めるかキレるかするまで事態が動くことはないだろう。それなら先に用を済ませてしまう方がいい。
「お願いします」
 そう言ってぺこりと頭を下げる私。
「それじゃマードックさん、この子の杖、お願いするわ。素質的にはかなり高いものを持ってるからいいものを作ってあげてね」
「おう、任されたよ、本部長殿」
 ベルネスさんがそう言って今まで呆然とした様子で事態を見ていたおじさんを振り返ると、おじさんは急に我に返り片手を上げて答えた。それから私の方を見るとこっちに来いと言うように手を振ってきた。
 私がおじさんの側へと近寄っていくとおじさんはしげしげと私の顔を覗き込み、それから奥にある棚の方へと歩いていく。そこに置いてある様々なものを手に取ったり戻したりしてから、ふと思い出したように私の方を振り返った。
「嬢ちゃん、悪いけど精霊との融合を解いてくれねぇか?」
「はい!?」
 いきなりそう言われて私が思わず面食らっていると、おじさんが笑いながら理由を説明してくれた。
「ああ、いきなりで悪かったな。魔法使いの杖ってものは契約している精霊の影響をかなり強く受けるんだよ。だから新しく作る時は精霊そのものの力も借りなきゃダメなんだ」
「はぁ、そうなんですか」
 ちょっと気乗りし無さそうな私の返事を聞いておじさんが顔をしかめる。
「何だ? 何か分離出来ない理由でもあるのかい、嬢ちゃん?」
「あー、いや、そう言うわけでもないんですけど……」
 むうう……実はちょっとサラと分離したくない理由があるんだけど、はっきり言って相当情けない理由だからあまり言いたくないんだよなぁ。
「あの、笑わないで貰えますか?」
「あん?」
「えーと、実は……ここに来るって話を聞いたのがお風呂上がった後でして」
「ハハン、成る程そう言うことか。今変身を解くとパジャマか何かってことだろ? 大丈夫だよ、そんなこと誰も気にしやしないって」
 おじさんがそう言って笑う。
 いや、気にするのは私の方なんですけど。しかし、サラと分離してからじゃないと杖は出来ないって言うし、ここは仕方ない。旅の恥はかき捨てだ。
「サラ、変身解除するよ」
――へいへい、了解。
 何故か渋々と言った感じのサラの声が聞こえた直後、融合していたサラと私の意識が切り離される。同時に私のいかにも魔法少女的な姿が普段寝る時に着ている薄い黄色のパジャマ姿になってしまう。
「あら。なかなか可愛いじゃない」
 そう言いながらベルネスさんが後ろから自分の着ていたジャケットを私に掛けてくれた。それにちょっと安心しながら私はおじさんの方を見る。
「それじゃこっちに来てくれるか?」
 またおじさんがそう言って手招きするので私がおじさんの方へ歩いていくと、おじさんは私が来るのを待って隣の部屋へと入っていく。何となく私がおじさんを追いかけてその部屋に入っていくと、そこは隣の部屋とは違って何やら薄暗く妙な雰囲気が漂っていた。何て言うか、薄ら寒いような、そんな感じだ。
 この部屋の中には小さなテーブルが一つだけ。おじさんは隣の部屋から持ってきたらしい粘土のようなものをそのテーブルの上に置き、それから私の方を振り返った。
「じゃ、始めるかな。嬢ちゃん、それと精霊はこっちに来てくれるか? テーブルの前だ」
 おじさんに言われた通りテーブルの前に立つ私とサラ。
「それじゃ揃ってそいつの前に手をかざしてくれ。ある程度はどう言ったものにするかイメージしてくれて構わないが、実際のところ嬢ちゃんの深層意識にあるイメージに影響されるからな」
 おじさんにそう言われて、ふと私はあることを思い出した。
「おじさんおじさん、ちょっといいかな?」
「誰がおじさんだ。ちゃんとマードックさんと呼べ。で、何だ?」
 苦笑を浮かべながらそう答えるおじさん、じゃなかったマードックさん。うん、なかなかにいい人っぽい。
「私、サラ以外にも契約してる精霊がいるんだけど、その子達も呼んだ方がいいのかな?」
「あんだって?」
 少し驚いたようにマードックさんが聞き返してきたのでもう一度同じことを言ってみる。すると今度は本当に驚いたような顔になって、大慌てで元の部屋に戻り大声でベルネスさんを呼んだ。
「ベルネス本部長! ちょっと来てくれ! ウェイライン秘書官もだ!」
 マードックさんの驚いたような声にベルネスさんとレイサさんがこっちの部屋に飛び込んできた。
「どうしたの?」
「何か問題でも?」
 二人が口々にそう言いながら部屋の中に入ってくる。だが何も起こってないのを見ると明らかに落胆したような顔をしてマードックさんを見た。いや、それってどうよ? 何か起きていた方がよかったとでも言うんですか?
「いやいやいや。何も起こっちゃいねぇよ。でもちょっと聞いてくれるか?」
 そう前置きしてからマードックさんが先ほど私が言ったことを二人に伝える。すると二人もちょっと驚いた顔をして私の方を見てきた。
「え? え? わ、私、何か変な事言いました?」
 いきなり注目を浴びて思わず焦ってしまう私。
「……麻由良ちゃん、基本的に私たち魔法使いは一つの精霊としか契約出来ないのよ?」
「同時に複数の精霊と契約出来た魔法使いは今までほんの少しの例外しかありません。あなたは確かに高い素質を秘めていますがそこまでは」
 何故か言い聞かせるように優しい口調で言ってくるベルネスさんとレイサさん。
 でも実際に私にはサラの他にもエルやラン、ソウと言った三体の人工精霊と契約しているしなぁ。それ以前に一つの精霊としか契約出来ないなんてルール、知らなかったし。
「いや、それはルールって言うんじゃなくって普通の奴にはそれ以上精霊を受け入れるキャパシティがないってことだよ」
 そう言ったのはサラだ。
「麻由良の場合、偶々キャパシティが大きかったのか、それともあのへっぽこどもを作った姉ちゃんが何か特殊なことをしてたのかそのどっちかだろ」
「あの、ベルネスさん、さっきのって人工精霊にも適応されるんですか?」
 サラの言葉を受けて私がベルネスさんに尋ねてみる。
 普通の魔法使いは一つの精霊としか契約出来ないのなら私がサラ以外にも三体の人工精霊と契約出来ているのは異常と言うことになる。まぁ、杖を持ってない魔法使いって点で充分特異なんだろうけど、はっきり異常だとわかるとちょっとやりきれない気がしてしまうのだ。
「人工精霊? あなた人工精霊とも契約しているの?」
「あー、はい。お姉ちゃんが作って送ってきてくれました。しかも三体も」
 ベルネスさんはお姉ちゃんのことを知っているから話しても大丈夫だろう。そう思ったんだけど、ベルネスさんはちょっと難しい顔をしている。もしかしたら人工精霊作るのってやばいことなんだろうか。お姉ちゃん、そう言うところ結構いい加減だからなぁ。
「そう、人工精霊三体も……」
 そう呟いてからベルネスさんは俯いてしまった。
 やっぱりまずかったかなと私がそう思った次の瞬間、ベルネスさんが私の手を取りながら顔を上げる。その時、ベルネスさんの顔に浮かんでいたのは満面の笑み。目をキラキラと輝かせて私を見つめながら嬉しそうに口を開く。
「凄いわっ! 流石は麻由良ちゃん! ”紅蓮の閃光”の後継者なだけあるわっ!」
 そう言ってベルネスさんは私に抱きついてきた。思いっきり私の顔をそのやたら大きい胸にギュッと押しつけながら。あー、何と言うか気持ちいいというか苦しいんですけど。
「是非とも管理局に入局してもらわないと! その才能を埋もれさせるのはもったいなさ過ぎるわっ!!」
「あうあうあう」
 ベルネスさんは気付いてないみたいなんだけど、あまりにもきつく押しつけられていて息が出来なくなってる私。じたばたと腕を振り回すけど気付いて貰えてないっぽい。つーか、側にレイサさんとかマードックさんとか居るんだから早くベルネスさんを止めて欲しいんですけど。あわわ、段々意識が遠くなってきた……。

 はっと私が意識を取り戻して目を開いてみると心配そうな顔をしたお母さんが私を見下ろしていた。
「麻由良ちゃん、気がついた?」
「お母さん?」
 そう言いながらゆっくりと身を起こしてみる。どうやらベルネスさんの胸で気を失った私を膝枕してくれていたらしい。
「ゴメンね、麻由良ちゃん。ちょっとはしゃぎ過ぎちゃった」
 申し訳なさそうにベルネスさんがそう言ってくる。私はそんなベルネスさんに「構いません」と言ってからゆっくりと立ち上がった。するとそこにエル、ラン、ソウの三体の人工精霊達がやってきた。
「大丈夫ですか、ご主人様?」
 三人を代表してエルが私に尋ねてきたので私はコクリと頷いて見せた。しかし、この子達、家にいたはずなのに一体どうしてここに?
「あなたが気を失っている間に”紅蓮の閃光”にお願いして連れてきてもらいました」
 やたら冷静にレイサさんが教えてくれる。しかし、本当にこの人、よくわからない人だ。一体どのレイサさんが本物なのか。こう言う冷静沈着っぽいレイサさんが本物なのか、それとも私と一緒になってお母さんをいじめているのが本物のレイサさんなのか。まぁ、どっちでもいいような気がしないでもないけど。
 とりあえずくるりと首を回して室内を見回してみると不機嫌そうな顔で壁にもたれるようにして関西弁の人が立っていた。そう言えば気を失う直前までこの人、お母さんと睨み合っていたはずなんだけど、どうやら私が気を失っちゃったんでお母さんとの睨み合いは一時中断したようだ。それでも律儀にここで待っているなんて、どうやらお母さんとの縁は相当に根深いみたい。
「お、目を覚ましたかい?」
 そんな声がしたので振り返ってみると隣の部屋の方からマードックさんが顔を覗かせていた。
「それじゃ悪いが続きと行かせて貰おうか。例の人工精霊とやらも揃っているみたいだしな」
「わかりました。ちゃっちゃっと終わらせちゃいましょう」
 マードックさんに頷いてみせ、私はエル達を伴ってマードックさんのいる部屋へと向かう。途中、後ろから「おっしゃぁ! これで邪魔者はおらんようなった! 勝負再開やぁッ!!」などと雄叫ぶ声が聞こえてきたような気がしないでもないんだけど聞かなかったことにしておこう。
「ご主人様、お母様、泣いて助けを求めてますけど」
「エル、私には先にやらなくっちゃいけないことがあるの。ここは涙を呑んで我慢するのよ」
 心配そうにちらちら後ろを振り返っているエルにそう言い聞かせ、私は後ろの騒動をよそにマードックさんのいる部屋へと入っていった。
 そこは私が気を失う直前までいた部屋。気を失う直前と同じように小さなテーブルの上に何か粘土のようなものがドンと置かれているだけ。その前にサラが立っていた。さっきからいないと思っていたらこんなところにいたのか。
「よぉ、目が覚めたみたいだな」
「おかげさまで」
 エル、ラン、ソウの三人は私のことを心配してくれていたみたいなのにこいつはなんだ。私のことがまったく気になってないみたいじゃないか。メイン契約精霊のくせに……なんかむかつく。
「あの程度で何を心配しろってのさ」
 馬鹿にしたような感じで私をチラリと振り返るサラ。
「嬢ちゃん達、準備はいいか? そろそろ始めたいんだがな」
「あ、すいません。それじゃお願いします」
 マードックさんに声をかけられて、私はテーブルの方を向いた。そしてその上に乗せられている粘土みたいなものに向かって両手をかざす。
 私がそうしたのを見てからサラ、そしてエルやラン、ソウも同じように粘土みたいなものに手をかざした。そして皆揃って目を閉じる。
 後で聞いたんだけど、この粘土みたいなもの、実はオリハルコンだとかミスリルだとかヒヒイロカネだとかアダマンタイトだとか、まぁ、名前は何でもいいんだけどファンタジーなゲームでおなじみの凄い金属なんだそうで、しかも魔法使いの杖を作るように特別に精錬されたものなんだそうだ。そんな凄いものをまだまだレベルの低い素人同然の私が使っていいものなのかどうか、ちょっと不安になってしまう。
「よし、それじゃイメージを始めてくれ。集中してろよ。何、そんなに長い時間じゃない。精々十分から十五分程だ」
 マードックさんの声を聞きながら私はこれから生まれる自分専用の魔法使いの杖をイメージする。使っている魔法とか変身用の呪文とかがとにかく魔法少女らしくないからせめて杖ぐらい魔法少女チックなものがいい。先端にハートがついてるのとかそれでなくても何か星とか月とかをイメージしたものを。とにかくそう言うものを頭の中で必死に思い描く。
 と、そんな時だった。突然室内に警報のような音が響き渡ったのは。
「何だ、こんな時に!? っと、嬢ちゃんは集中してろ。下手に集中を解くと材料が無駄になっちまうぞ」
 一瞬目を開けようとした私だったが、マードックさんの言葉に慌てて目をきつく閉じ直す。そしてすぐにイメージングの再開。だけど警報の音とか何が起きたのかが気になって上手く集中出来ない。
「マードックさん、麻由良ちゃんをお願い! すぐに戻ってくるわ!」
 ベルネスさんの声が聞こえたかと思うと警報の音が急に聞こえなくなった。これも後で教えてもらったんだけど、レイサさんが音を遮断する魔法を私の周囲にかけてくれたのだそうだ。これで何とか集中力を取り戻せた私は意識を全て杖の作成へと振るのであった。

* * *

 警報が鳴り響くのと同時にベルネスが思念通話で誰かと連絡を取るのがわかった。流石は一方面を任される本部長にまで上り詰めただけのことはある。こう言った時の動作は実に機敏だわ。私も見習わないと。
「まったくどうしてこんな時に……」
 そうベルネスが呟くのが聞こえたかと思うと彼女がつかつかと私の方へと歩み寄ってくる。そしてガシッと私の肩を掴むとそのまま私と対峙していた”真紅の戦姫”の元へと歩み寄り、今度は彼女の肩をガシッと掴んでぐいっと自分の顔の方に引き寄せた。つまりは私とベルネス、そして”真紅の戦姫”が顔を突き合わせたような状態になったというわけだけど。何かとても嫌な予感がしてしまうのは何でだろう?
「あんた達がここにいたのは物凄く丁度いいわ。ちょっと手伝いなさい」
 何処か有無を言わせない口調で言うベルネス。
「な、何でうちが! それにこいつとだけはもう二度と共同戦線はらんって決めたんや!」
 すかさずそう言ったのは勿論”真紅の戦姫”。彼女は私を指差しながらそう言い、離れようとするのだけどベルネスはそれを許さない。
「”紅蓮の閃光”、あんたはいいわよね?」
「わ、私は今日は単に麻由良ちゃんの付き添いで来ただけだから〜……」
 今度は私の方を向いてベルネスがそう言ってくるんだけど、それをやんわりと断ろうとして……ベルネスに思いっきり睨み付けられた。ひぃ〜ん、シャレにならないくらい怖い。
「い・い・わ・よ・ね?」
「くすん……はい」
「さて、”紅蓮の閃光”はOKしてくれたわけだけどあなたはどうする、”真紅の戦姫”?」
 涙ながらに首を縦に振った私を見てからベルネスが”真紅の戦姫”の方を見やった。
「うちはさっきも言うた通り」
「”紅蓮の閃光”にまた功績を稼がせる訳ね」
「しゃあない、こいつにだけは先を譲れんさかい手伝ったる」
 ギロリと私を睨み付けながら言う”真紅の戦姫”。何でここで私を睨むかなぁ。私、まだ何もしてないのに。
 とりあえず私と”真紅の戦姫”の協力を半ば強制的に取り付けたベルネスはすっと私たちの肩を掴んでいた手を離すと後ろに立っていたレイサちゃんの方を振り返った。
「B−12区画に一体。これはもう鎮圧部隊が向かっています。ここから一番近いのはC−36区画ですね」
「C−36区画って言ったら……封印資料室のある辺りじゃない! それはまずいわね」
「更に悪いことにそこに3体以上の反応があります。早急に鎮圧する必要を感じますが」
「わかったわ。”紅蓮の閃光”、”真紅の戦姫”、いいわね?」
 ベルネスが私たちを見てそう言ったのでとりあえず不承不承だけど私は頷いておいた。だってここで「嫌」とか言ったら何されるかわからないんだもん。ベルネスもそうだけど”真紅の戦姫”もすぐに怒るし。
「この場合嫌ゆうてもやらせるんやろ?」
 と、何か諦めの入った感じで”真紅の戦姫”が言った。流石、付き合いが長いだけあって彼女もよくわかってるわ。ベルネスには逆らえないって言うか逆らわない方がいいってことを。

 とりあえずベルネスに連れられて私たちは封印資料室があるC−36区画へとやって来た。
「あ〜、いたわね。どうやら”歪み”そのものだけみたいだけど」
 通路に蠢く黒い靄のようなもの、あれが”歪み”の本体。普段は何らかの素体と一体化して出現するからああやって本体だけで見ることは滅多にないんだけど。別段素体無しだから簡単に片付けられるってわけでもなくって、むしろ実体のない靄のような状態だからかえって倒すには難しかったりする。
「フォワードは”真紅の戦姫”、私がフォローするわ。”紅蓮の閃光”は後方より援護。いいわね?」
「ちょっと待てぇっ!! そいつに援護させるのだけは反対やぁっ!! うちは後ろから背中を撃たれたないでぇっ!!」
 ”真紅の戦姫”が私を指差して言う。
「失礼ねぇ〜。いくら私でも味方を後ろから撃つなんて事しないわよぉ」
 私が口を尖らせて反論すると、”真紅の戦姫”はジロリと私を物凄い怖い目で睨み付けてきた。
「よぉゆうた。うちがあんたに今までどれだけ後ろから撃たれたか、思い出させたろか?」
「あ、あら〜? そんなこともあったかしら〜」
 ”真紅の戦姫”に言われて思い出した。そう言えばそんなこともあったような気がしないでもないような。こんな事麻由良ちゃんとかの前でばらされたらまたお母さんとしての威厳ががた下がりだわ。もう限りなくストップ安なのにこれ以上下がったらレッツ反抗期? それとも積み木崩しとか?
「そんなことよりも今はあれを何とかする方が先よ! 私の立てた案に反論意見があるならすぐに言いなさい! 勿論代替案をつけてよ!」
 ちょっと苛立ったように言うベルネス。
 まぁ、この近くにあるのが封印資料室と言ういかにも厄介そうな感じのものだから”歪み”なんかがそこにあるものに取り憑いたりしたら非常に厄介というかシャレにならないことにもなりかねないだろうからさっさと倒さないといけないんだろうなぁ。だからベルネスが苛立つのはわかるんだけど……。
「ベルネス、悪いんだけど……私、今杖持ってないから援護って言ってもそれほど大したことが出来ないわよ」
 私が恐る恐るそう言うと、ベルネスが何と言うか物凄い顔をして私の方を振り返ってきた。ああ、だから言いたくなかったのに。
「何で持ってないのよ!? あんたクラスの魔法使いならなくてもいいかも知れないけど、一応魔法使いとして必須のアイテムでしょうが!!」
「ひぃ〜ん、そんなに怒鳴らないで〜。前にメンテに出してそのままだったのよ〜」
 思い切り耳元で怒鳴られ、思わず本当のことを言ってしまう私。
 そう、今日麻由良ちゃんについてここにやってきたのは私の杖を請け出す為。メンテナンスの為に預けてから一体どれくらい経ったのかもう忘れちゃったんだけど、この間レイサちゃんが来てようやく思い出したのよねぇ。だからチャンスだと思ってやって来たんだけど、こんな事になるなんて。
「何やってんのよ、あんた達」
 ベルネスに睨み付けられ、”真紅の戦姫”には呆れられている私の耳にそんな声が聞こえてきたのでそちらを向いてみると、何やらやたら長い棒状のものを持ったバシットが立っていた。
「ほら、”紅蓮の閃光”。あんたの杖、持ってきてやったよ」
 バシットがそう言って手にしていたやたら長い棒状のものを私の方に放り投げてきた。それを両手で受け止めると、妙なくらい手に馴染むことに気がつく。随分と懐かしい感触、まさしくこれは私愛用の杖だ。
「バシット、ありがとう。愛してるわ〜」
「勿論ただじゃないよ。後でしっかり手続きはやってもらうわよ。勿論正規のね」
「やっぱり今の無し〜」
 ニヤニヤ笑っているバシットに向かってそう言ってから私は杖を構えた。ちなみに私の杖、長さは私の身長よりも長く、グリップとフォアグリップがあって腰ダメにしっかりと構えることが出来る。はっきり言っちゃうと杖って言うよりもバスターランチャーとでも言った方がいいかも知れない。イメージはまさしくそこら辺なんだと思うけど。
「うん、随分と久し振りだけど、これなら大丈夫」
 私はそう言って待ってくれている二人の方に振り返り、笑みを浮かべてみせた。少し不安げな顔の”真紅の戦姫”、そして満足げに頷いているベルネス。これで準備はほとんど完了のはず。
「それじゃさっきの作戦でいいわね?」
「私はOKよ」
「しゃあないな……」
 ベルネスの言葉に頷く私と不承不承頷く”真紅の戦姫”。
 それを見てからベルネスが左の耳に付けているイヤリングを手に取った。そのイヤリングが光を放ち、警棒状の杖になる。と同時に彼女の姿も魔法管理局の制服から私や”真紅の戦姫”と同じく戦闘用の姿に変わった。ちなみに彼女の格好は赤いレオタードに赤い胸当て、肩にはマントと非常に動きやすさと素早さを重視したものになっている。
「”紅蓮の閃光”、しっかり頼むわよ!」
「りょうか〜い」
「背中に当てたら後でどつき回すからよぉ覚えとき」
「りょ、りょうか〜い」
 手に持った警棒状の杖をびゅんと振り下ろすベルネス、”真紅の戦姫”は両手にはめたグローブを打ち合わせている。彼女の杖はあのグローブだ。あそこまで行くともう杖じゃないって気がしないでもないけど、まぁ、私のも人のこと言えないか。
「それじゃ行くわよ!」
「おうさ!」
 ベルネスと”真紅の戦姫”が”歪み”に向かって駆け出す。二人の背中を見ながら私はバスターランチャー型の杖を構えた。この杖から撃ち出すのは砲弾でも弾丸でもない。純粋な魔力による光線、もしくは魔力弾だ。”歪み”の本体にもっとも効率的なダメージを与えることが出来るのはこれだけ。
「いっけぇぇ〜〜っ!!」
 叫びながらグリップにある引き金を引くと、杖の先端から紅蓮の色をした魔力弾が発射された。ちなみに魔法発動用の呪文は省略と言うか、実は何でもいいのよねぇ、あれって。麻由良ちゃんはわざわざその魔法の名前を叫んでるみたいなんだけど(ちなみに私も普段はそう。だってこっちの方が何となくかっこいいじゃない)、別に他の言葉だっていい。さっきみたいに「いっけぇぇ〜〜っ!!」って言うような叫び声でも全然構わないわけ。
 まぁ、それはともかく杖の先端から放たれた魔力弾が走っているベルネス、”真紅の戦姫”の間をすり抜けて”歪み”へと向かっていく。と、その魔力弾が”歪み”に命中する直前でいきなり破裂した。
「あら?」
 破裂した魔力弾を見て、私は慌ててバスターランチャー状の杖を見た。どうやら設定が炸裂弾みたいになるようになっていたらしい。早速設定を変更する。炸裂弾設定から拡散弾設定へと。
「もう一回行くわよぉ〜!」
「今度はしっかりやりなさいよ!」
 前の二人に向かってかけた声に”真紅の戦姫”が答えてくる。と言うか、どっちかと言うと叱咤されてるって言うべきかも。
「いくわよぉ〜〜!!」
 そう叫びながらもう一度引き金を引く。再び杖の先端から魔力弾が発射され、今度はもう接敵している二人の脇をかすめるようにして、そして再び破裂。だけど今度はそこから極小の魔力弾と化してそこにいる”歪み”達を襲った。一発一発が小さいから与えるダメージはそれほど大きくないんだけど、牽制するぐらいならこれで充分。
 事実、その拡散弾の一発で”歪み”達は結構怯んでいる。そこにベルネスの警棒が襲い掛かり、更に”真紅の戦姫”の拳が畳みかける。
「おおりゃあっ!!」
 通路に響き渡る”真紅の戦姫”の勇ましい雄叫び。相変わらず好戦的というか野性味たっぷりというか。
「はぁぁぁっ!!」
 ベルネスも”真紅の戦姫”に負けじと勇ましい声をあげてるけどこっちはまだ女性っぽさが残ってるわね。
 っと、そんなこと考えてる場合じゃないわね。二人が相手にしている”歪み”も消える寸前だし、残りは私が一気に何とかしますか。ここは大きいのを一発ぶち込んで終わりとしましょう。そうすれば麻由良ちゃんの杖の誕生の瞬間に間に合いそうだし。
 さて、大きいのを撃つとなるとやっぱりそれなりに準備が必要となる。昔はそれほどでもなかったけど流石にブランクあるからなぁ。などと考えながらイメージングを開始する。
「爆熱っ!! バーニング、ナッコォッ!!」
 何故か妙なくらいいい発音の”真紅の戦姫”の必殺技が”歪み”に炸裂し、黒い靄が爆散した。彼女の杖であるグローブに魔力を思い切り詰め込んで、それを一気に叩きつける。何処からどう見てもパンチなんだけど、これが彼女の魔法だ。遠距離砲撃系の私と違って彼女は近接格闘系の魔法少女だったし。
「はぁぁぁっ! ハッ!!」
 一瞬遅れてベルネスが警棒を”歪み”に突き込んだ。すると”歪み”の内側から赤い光が溢れ出し、”歪み”が内側から焼き尽くされていく。名前までは覚えてないけど、これは彼女の決め技だったはず。
 あの様子からして二人とも腕は落ちてないみたいねぇ。さて、そんなこと考えている間に私の方の準備も整った。改めてバスターランチャー状の杖を構え直し、二人に声をかける。
「二人ともどいて〜。大きいの、行くから〜」
 そう言うと同時に杖の先に六芒星をあしらった魔法陣が展開する。その魔法陣が眩い光を放つと同時に、そこから赤い光が飛びだした。その光は一直線に進み、前方にいた二人を巻き込みながら更に奥にいた”歪み”達を一気に包み込んだ。そしてその直後に起こる爆発。勿論その後には”歪み”の姿なんて一つも残ってない。一掃完了って感じね。
「……くぉらぁっ!!」
 私が満足げに頷いて先端から魔力の残滓である赤い煙を上げている杖を肩に担ぎ直していると、”真紅の戦姫”が物凄い速さで私に詰め寄ってきた。ちなみに彼女、何故か黒こげになっている。
「ど、どうしたの? ”歪み”ならちゃんと全滅したはずでしょ?」
 ”真紅の戦姫”の迫力に驚き、また怯えながら私がそう言うと彼女は私の胸元をむんずと掴んできた。そして思い切り顔を引き寄せてからまた怒鳴る。
「どうしたのやない! お前っちゅう奴はぁっ!!!」
 怒りのあまりぷるぷると肩を震わせている”真紅の戦姫”。
「あれだけ後ろから背中撃つなゆうたんがわからんかったんかぁっ!!」
「……あー……」
 そう言えばそう言われていたっけ。実を言うと最後の一発、あれちょっと暴発気味だったのよねぇ。う〜ん、久し振りだったからちょっと制御しきれなかったのかも。
「まぁ、”紅蓮の閃光”らしいと言えばそうなんだろうけど」
 そう言ったのはベルネスだ。彼女は私の砲撃に気付いたらしく、とっさに防御用の結界を展開していたみたいでとりあえず無傷。よかった、これでベルネスも黒こげになっていたりしたら誰も私を助けてくれなかったんだろうし。
「しかしまぁ、背中からいきなりああ言う大きいのを撃たれたらかなり嫌になるわよね」
 ニッコリとベルネスが微笑むんだけど……その額に浮かんでいる青筋は何かしら〜? えっと、もしかしなくても怒ってる……わよねぇ……。
「えーっと……その……あのー」
 何か言い訳しようとするんだけど、それよりも先にベルネスと”真紅の戦姫”が私に詰め寄ってきた。この様子だと言い訳を考えたりする暇も逃げることも許して貰えそうにないわよね……ひぃ〜ん、誰か助けてぇっ!!

* * *

 どれだけの時間が過ぎたのかはっきり言ってわからない。とにかく集中していたから。周りの音も聞こえないくらいに。と言うか、レイサさんが音を遮断してくれる魔法をかけてくれているんだったっけ。
 ポンと肩に手が置かれる感触で私は集中を解いた。振り返ってみるとそこにはマードックさんが何やら微妙な顔をして立っている。
「お疲れさん。とりあえずは完成、なかなか上出来だよ、素人にしては」
「ありがとうございます。材料無駄にならなくてよかったです」
 とりあえずは誉めてくれたんだろうと思ったので礼を言っておく。失敗していたら、と思うとちょっと怖かったかも。何と言ってもなかなかに高そうな材料だったし。
 と、そんなところに何故かボロボロな感じになったお母さんと赤いレオタードに身を包んだベルネスさん、そしてこれまた何故か黒こげになった関西風の人が入ってきた。
「麻由良ちゃん、どう?」
「あ、出来たみたいです」
 声をかけてきたベルネスさんにそう答え、私は一歩横に動いた。私自身が壁となって出来たばかりの私用の杖がベルネスさん達から見えなくなっていたからだ。
 しかし、小さなテーブルの上にあるはずの私の杖を見たベルネスさんの顔が妙に強張っている。並んで立っているお母さんもどうしたものかと額に手をやり、関西風の人も何処か唖然とした表情を浮かべていた。
「……どうかしましたか?」
 そう言いながらレイサさんも中に入ってくる。そしてテーブルの方を見て、硬直した。
「こ、これはまた……何と言うか……」
 何とも言えないと言う表情。いや、どっちかと言うと笑い出すのを堪えているようにも見えるんだけど。
「参考までに聞くけど、麻由良ちゃん……自分の杖、見た?」
 恐る恐るという感じでベルネスさんがそう尋ねてきたので私は首を横に振った。
 マードックさんに肩を叩かれて振り返って、それからすぐにお母さん達が来て、だから私自身はまだ自分の杖を見ていない。まぁ、ちょっとどう言う風に仕上がっているか怖いって言うか期待してるって言うか。楽しみは後に取っておく方がいいのよねぇ。
 しかし、みんなのあの微妙な表情は何だろう? 何て言うか、ある意味気の毒そうな顔をしている人が多いんだけど。
「あー、麻由良ちゃん、とりあえず振り返ってみなさい。ええと、心はしっかりと強く持ってね」
 お母さんがそう言ったので、一体どう言う意味なんだかと思いながら振り返ってみる。まずに目に入ったのはテーブル。上に乗っていたはずの杖の材料はなくなっている。さて、とりあえず完成したはずの杖は一体何処に。
「ま、麻由良……こっちこっち」
 あからさまなまでに笑いを堪えながらサラが上を指差した。
 その指を追いかけるようにして上を見上げてみると、そこにはふよふよと淡い光を放ちながら浮かんでいる一本の槍。
「…………」
 えーっと……何をどう見てもあれって槍……だよなぁ。それほど長いわけでもない柄の先に鋭い刃先がついている。その根元にはいつも首からかけているものと同じ赤い宝石が埋め込まれていた。いや〜、何となく嫌な予感がするなぁ。
 思い切り引きつった笑みを顔に浮かべてみる。ゆっくりと振り返ってみると、皆が一斉に私から視線をそらせた。
 う〜む、この反応……どうやら認めたくはないんだけど、あの槍が私の杖のようだ……認めたくないけどね……認めたくないんだけどっ!!
 何だろう、目から何か水っぽいものがこぼれてくるんだけど……ええい、泣いてないっ! 泣いてなんかないやいっ!! 自分の杖が益々魔法少女らしくない代物だからって、杖がよりにもよってまさか槍だったなんて……そんなことでなんか泣いてないやいっ!!
「主殿……」
「サー……」
「ご主人様ぁ……」
 こら、そこの三人。心配そうでいて哀れんでいるような感じの声を出すんじゃない!
「ぎゃはははははははっ! 槍だよ、槍! 流石は麻由良だ! 並大抵の奴じゃないと思ったけど、ここまでとはな! ぎゃはははははっ!」
 もう堪えきれないって感じで豪快にサラが笑い出すのを私は悔し涙に歯を噛み締めながら聞いていた。
 まったく……まったく一体何がどうすればこんな事になるのよぉっ!!

To be continued...

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