ちょろちょろちょろ……かこん。
 ミニチュアサイズの鹿脅しの音が部屋の中に響く。
「あー、やはり落ち着くでござるな。日本とはやはりこうでなければ」
 やはりミニチュアサイズの湯飲みを両手で持ち、正座をしながら楽しそうに鹿脅しの音に聞き惚れているのは人工精霊のソウ。ちなみに彼女がいるのは私の部屋の出窓のところに作られたやっぱりミニチュアサイズの座敷だ。一応六畳間をイメージしつつ、それをソウのサイズに合わせて拵えた特別製の座敷。
「それに引き替え……ランにエル、ここは日本でござるぞ。そのような西洋かぶれ、何とかならんのでござるか?」
 ジロリとソウが同じ人工精霊仲間――むしろ姉妹と言った方がいいかも。何せ彼女たちを作った人物は全くの同一人物なんだから――のランとエルを睨み付ける。
 ちなみにその二人がいるのはソウのような日本間ではなく、ランがまるで何処かの軍隊の兵舎のようなミニチュアの部屋でエルが英国調の使用人部屋のようなミニチュアの部屋。どちらも勿論特別製のものでそれが三つ仲良く出窓のところに並んでいる。
「うるさいであります、ソウ」
「そうですぅ。人の趣味にケチをつけないでくださいです」
 それぞれの部屋の中から文句を返すランとエル。
「しかしここは日本でござるぞ。郷に入りては郷に従えと言う言葉もあるでござる。ここはやはり日本流に……」
「うるさいと言ったであります、ソウ」
 そう言って先ほどからごしごしと布で丁寧に磨いていた自分の身長程もあるライフルをソウに向けるラン。その目はどことなくだが本気のようにも見える。
「ソウのその時代遅れの日本かぶれを押しつけないで欲しいです」
 今度はエルが口を尖らせてそう言った。ちなみに彼女はその手に彼女のサイズに合わせて作ったモップを握っている。まぁ、別にそれをソウに向けたりはしていないのだが。
「むむ……」
 ムッとしたような顔をしてソウが脇に置いてあった、やはり自分の身長程もある刀を手にとった。
 何となくだが一触即発と言った雰囲気が漂い始めたので私はようやく突っ伏していた頭を上げて三人の方を振り返った。
「あのさー、ケンカするなら外でやってよね。部屋の中でやられるとはっきり言って迷惑だから」
「よーし、お前ら好きなだけやれー! そして自滅しやがれー!」
「サラは黙ってなさい。ソウ、あなたの言うこともわからないでもないけどそれを押しつけちゃダメよ。お互いを尊重しあわなきゃ」
 ベッドの上で突っ伏していた私の背中の上で三人を煽ろうとしていた火の精霊のサラをジロリと睨み付けてから事の発端となったソウの方に視線を移し、諭すように言う私。しかしながら、本当はこの人工精霊達のケンカを仲裁などしている場合ではないのだ。もしかしたら私の魔法少女としての正体を親友である浅葱に知られてしまったかも知れないのだから。
 ゴールデンウィーク中でまだ顔を合わせることが無くて良かった、と思っていたらもう明日でそれも終わり。果たしてどんな顔をして浅葱と会えばいいのだろうか、ほとほと困ってしまっているのだ。
「……主殿がそう言うのならば……」
 不服そうにソウがそう言ったのが何となく遠くに聞こえる。ちなみに彼女は私のことを始め「殿」と呼んでいたが、私は女の子だ。「殿」という敬称は当てはまらないだろうと言うことで呼び方を変えて貰ったら「主殿」となってしまった。どういうわけか彼女はやたら時代錯誤な日本人っぽいところがある。
 エルは私のことを「ご主人様」もしくは「マスター」と呼ぶ。まぁエルの普段の服装が何となくメイドっぽいからそれはそれでいいのかも知れないがやっぱり私は女の子である以上「ご主人様」というのはどうかと思う。一度それを言ってみたら思いきり目に涙を溜められた。それ以降私は彼女が「ご主人様」と私のことを呼ぶのを止めようとは思わなくなった。
 最後に残ったランだが、彼女がはっきり言って一番変だ。私のことを何故か「サー」と呼ぶ。確かイギリスかヨーロッパの何処かでは男性にそうつけるのを聞いたことがあるけどこれを何故私につける? 本人にその辺を問い質してみても首を傾げるばかり。おそらくは彼女たちを作った制作者が中途半端な知識を与えたのだろう。具体的には我が麗しの実姉のことだが。
 それはさておき。
「うー……どうしよう……」
 再び枕に顔を突っ込み唸り始める私。
「何だよ、まだ気にしてるのか? 大丈夫だって言っただろ。ありゃきっと勘だよ、勘」
「浅葱は何か妙なくらい勘がいいんだよ〜」
 唸っている私を馬鹿にしたような、そんな口調で言うサラに枕に顔を埋めたまま言い返す。
 我が親友、水前寺浅葱。学業優秀、容姿端麗、性格は一言で言えばクールであまり感情を表に現さないタイプ、おまけに家は昔々この辺り一帯のお殿様というはっきり言ってお嬢様。何でこんな庶民である私の親友なんだか少し不思議な気がしないでもないが、そうなのだから仕方ない。
 その親友である浅葱に私は自分が魔法少女になったと言うことを隠している。先代の魔法少女だったお母さんから正体は誰にも知られちゃいけないなんて特に聞いてないけど、きっとそう言うもののはずだ。それ以前に何か恥ずかしいってのもあるし……あのいかにも魔法少女って言う格好は個人的に何とも言えないものがあるのだ。誰だ、あの格好考えた奴は。責任者出てこい。
「誰だよ、責任者って」
「勝手に人の思考読むなって言ってるでしょ」
 何か最近一体化して無くてもサラは私の思考がわかるようになってきている。いつも注意しているんだけどなかなか止めようとしないのが困りものだ。
 それにしても一体どうしよう。確実に浅葱はその話題を振ってくるに違いない。下手に話をそらせたり、無視したりすれば余計に疑いを深めてしまうだろう。だからと言って全部正直に話せてしまうものでもない。う〜ん……一体どうすればいいものか。

 私の名前は炎城寺麻由良。
 極々平凡だった女子高生のはずの私がひょんな事からこの世の負のエネルギーの固まりである”歪み”を封滅出来る唯一の存在、魔法少女となって早数週間。段々この非日常的なことにも慣れつつある今日この頃。
 未だに何処か納得のいかないものを感じながら、それでもこれが出来るのは私だけという元魔法少女のお母さんの口車に乗せられて、一回につき五百円と言う約束で”歪み”を封滅する為日々頑張っている。ちなみにその中に危険手当などは入ってない。お母さんとの交渉は難航中。
 そんな私のパートナーは火の精霊サラマンダーのサラ。人工精霊のエル、ラン、ソウ。何故かあまり仲の良くないこの連中と私の戦いの日々ははたしていつ終わるんだろうか。

STRIKE WITCHES
4th Stage Did true colors come to light?

 私がどれだけ頭を悩ませようと容赦なく時間は過ぎる。
 結局悩むだけ悩んでいい加減頭が痛くなってきたところで休みが全部終わってしまった。それだけ悩んでみても良い考えが何一つ思い浮かばなかったところが何とも悲しいのだけど。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁ〜」
 玄関を出るなり口から出る豪快なため息。
「姉ちゃん、邪魔」
 後ろから弟の武文の不機嫌そうな声が聞こえてくる。一歩横の動いてから振り返ると何故かむくれたような顔の武文がいる。
「何よ、今日は随分早いじゃない」
「今日から週番なんだよ。まったく面倒くさいったらありゃしない」
 本気で面倒くさそうに言う武文を見て、ああやっぱりこいつって私の弟なんだなぁと思った。今はイギリスに留学中のお姉ちゃんも私も結構面倒くさがり屋だ。これはどっちかと言うとお母さんじゃなくてお父さんの方の血だと思うんだけど、その血は連綿と受け継がれているんだなぁとちょっと感慨深くなってしまう。
 もっとも自分の興味のあることに関してはそれがいくら面倒くさそうに見えることでもかなり熱中するんだけど。
 そんなことを考えている私の横を通り抜けてさっさと歩き出す武文。心底イヤそうな雰囲気を醸し出しながら歩いていく弟を追いかけるように私も歩き始めた。普段は私の方が学校が遠いから先に出掛けている。こうして二人一緒に通学路を歩くのは何年ぶりのことだろう。
「ねぇねぇ、一体何でそんなにイヤなのよ?」
 弟に追いつき、横に並びながら声をかける。
「たかが週番でしょ? テキトーに手を抜いてやりゃいいじゃない」
 私がそう言うと武文は小さくため息をついた。
「そう言うわけにもいかないんだよ。姉ちゃんも知ってるだろ。週番は二人一組。その相手が問題なんだよ」
「ふうん……物凄く真面目な子だとか?」
「真面目で堅物。何つーか石頭。融通の利かない奴」
「まー、あんたとはなかなか相容れなさそうな奴だわね」
 世の中、自分と合わない人間ってのは絶対に一人ぐらいはいるものだ。そう言う奴に限って案外腐れ縁になったりするのが困りものなんだけど。実は私にだって心当たりの一人や二人はいる。
「何かさー。俺のやることなすことにケチつけてくるんだよなー。だからちょっとでも手を抜いたりしたらもう何を言われるか」
「だったら真面目にやる事ね」
「他人事だと思って」
「他人事だし。あ、その子って男の子?」
「女。って何でそんなこと聞くんだよ?」
「女の子かぁ。もしかしたらあれじゃない。あんたのこと、好きなのかも」
「絶対にありえねぇ」
「それはわからないわよ〜。そうやってあんたに構ってくるんだから」
「だぁー!! もう言うな!! それじゃ俺、行ってくる!!」
 武文はそう言うとさっさと走り出してしまった。チラリと見えたあいつの顔が真っ赤だったから照れているのか、はたまた怒っているのか。まぁ、どっちでも私にはあまり関係のないことだ。所詮弟というものは姉にからかわれるものなんだし。私もお姉ちゃんにさんざんな目に遭わされてきたんだ。今度はあいつの番。
 そんなことを私が考えているとは知らない武文の姿が角を曲がって見えなくなる。さて、私もちょっと急ごうか。
 いつもの通学路をちょっと急ぎ気味に歩く。住宅地を抜けて河川敷沿いの桜並木。そこを抜けてもうちょっと歩くと我が校が見えてくる……我が校と言う程まだ通ってないけど。
 ところで普段ならこの桜並木を抜けた辺りで浅葱に追いつかれるんだけど、今日はちょっと意識して早めに出てきたから追いつかれるにしても多分校門の辺りのはず。顔をあわさないで済むなら今の私的にはそっちの方がいいんだけど、生憎浅葱とは同じクラス。休みでもしない限り顔をあわさないことはない。
 桜並木を抜けきったところで小さくため息をつく。
 何で親友の浅葱と顔を合わせないようにしているんだろう。そう考えると何か心がむなしくなってくる。
「ちょっとあなた、どうかしたの?」
 立ち止まっていた私を心配してか、声をかけてきた人がいた。そっちに振り返ってみると、何と言うか物凄く美人な人が心配そうな顔をして私を覗き込んでいる。あたしと同じ制服を着ているから多分同じ学校なんだろう。先輩だろうか。それほど背の高くない私に視線を合わせるように少し前屈みになっているんだけど、その為か思わず視線がそのやたらめったら大きい胸に注がれてしまう。
「大丈夫? 気分でも悪いの?」
「あ、い、いえ、そんなことは」
 心配そうな声に慌てて手を振りながら言う私。ついでにその人の胸から視線を外す。何て言うか、羨ましいとか思っちゃったり。心配して貰っているのに何やってんだ、私は。
「だ、大丈夫! 何でもありませんから! それではこれで!」
 大慌てでそう言い、私はその場から逃げるように駆け出した。

* * *

 今日は麻由良ちゃんも武文ちゃんもいつもより早く家を出て行っちゃったから朝ご飯のお片付けがいつもより早く終わっちゃって、今は洗濯機に洗い物を入れて絶賛稼働中。でもって今は朝のワイドショーなんかを見ながら、洗濯が終わるまでは優雅にモーニングティーの真っ最中を気取ってみたり。
「う〜ん、最近怖いわねぇ」
 近頃怖い事件が続出している。そう言う事件に愛する旦那様や二人の娘、息子が巻き込まれないかとふと不安になってしまう。まぁ、夏芽里ちゃんにしても麻由良ちゃんにしてもそれぞれ魔法少女な訳だし、変身さえ出来ればほとんど無敵。武文ちゃんは……多分大丈夫だろう。特に根拠はないけど。
 そんなことを考えていると、いつの間にか内容が芸能ニュースに切り替わっていた。今まで以上に食い入るようにテレビを凝視する。誰と誰が付き合っているだの、熱愛発覚だの何だのと興味をそそられるニュースは多い。何と言ってもご近所の奥様方との井戸端会議には欠かせない情報だし。
 ふと気がつけばテレビを見始めて一時間以上経っている。洗濯機ももう止まってるし、お外に干さないと。そう思ってソファから立ち上がった時だった。ピンポーンと言うドアチャイムの音が聞こえてきた。
「はぁ〜い」
 外に向かって聞こえるか聞こえないかぐらいの声でとりあえずお返事。それから玄関へと急ぎ足で向かう。
「はいはいはぁ〜い」
 早く出てこいとばかりに何度も鳴らされるドアチャイムにいちいち返事しながら玄関に辿り着き、ドアを開けてみるとそこには黒のつばの広い三角帽子にやっぱり黒のマントを身に纏ったいかにも怪しげな人物がその人の身長程もある杖を片手に立っていた。
「えっと……うちにご用なのかしら? あ、怪しい訪問販売とかそう言うのはご遠慮ですからね」
 向こうが何か言うよりも先に先手を打ってみる。でも相手は微動だにしない。う〜ん、この様子だと怪しい訪問販売とかじゃないみたい……かな? 麻由良ちゃんにはいつも「その手の連中には気をつけろ」と言われてるんだけど。
「……あの……?」
 どうしたらいいのかわからないのでとりあえずもう一度声をかけてみる。すると相手はその大きな帽子を取って私に向かって頭を下げてきた。
「申し訳ありません。先ほどから念話を送っていたのですがお答えになられなかったので」
 それだけ言って頭を上げたのは、まだ幼さの残る顔立ちの少女だった。短めの青い髪、何処か人形のような表情のない顔立ち。何となくだがこう言う手合いに心当たりがないでもない。
「えっと、もしかしてもしかしたりするのかしら?」
「何がどうもしかしてもしかしたりするのかわかりませんが」
 ちょっと引きつったような笑みを浮かべる私に対してこの少女はまったく表情を変えない。眉一つ動かさない。何と言うか、感情というものを初めから持っていない人形のような印象を抱かせる。
「魔法管理局の人……よね?」
「はい。以前お会いしたことがありますが覚えておりませんか?」
「あーっと、ごめんなさい。まったく思い出せません」
「……魔法管理局局長秘書レイサ=ウェイラインです。お久し振りです、”紅蓮の閃光”」
 レイサと名乗った女の子がそう言ってまた頭を下げる。ちなみに名前を聞いてもこの子と会ったという記憶は甦らない。う〜ん、呆けたのかしら? イヤだわ、まだ若いのに。でもちょっと最近物忘れが激しいのよねぇ。何か対策立てなきゃ。そうだ、武文ちゃんが持ってた脳年齢がどうのこうのって言うソフト借りてやってみようかしら。帰ってきたら使い方教えて貰わなきゃ。
「あの……?」
 はっ! すっかりこの子のこと忘れてた! うう、やっぱり物忘れ激しくなってるぅ……。今さっきのことなのにぃ〜。
「えー、お話続けてもよろしいでしょうか、”紅蓮の閃光”?」
 ああ、何か哀れんだような目で見られてるぅ〜。ううう……どんどん落ち込んでいくわ。で、でも、これくらいで負けないんだから! そうよ、私はかつて”紅蓮の閃光”と呼ばれた超優秀な魔法少女だったんだから! ……もう魔法少女なんて名乗れない歳だけど……。
「……よろしいですか?」
「あ、は、はい! ごめんなさい! とりあえず立ち話もなんだから中に入って!」
 何とか気を取り直して私は玄関の前で何処か所在なげに立っている少女を家の中に半ば強引に招き入れるのだった。

「紅茶でいいかしら? 安物だけど」
 台所からリビングの方に顔だけ出してソファにちょこんと座っている少女に声をかけてみる。ちなみに今言った紅茶って言うのはさっきまでテレビを見ながら私が飲んでいたもの。これなら温め直すだけでいいから楽だし。勿論ティーパックのインスタントものだけどね。
「お構いなく。それよりも話を……」
「それじゃちょっと待っててね〜」
 少女の返事を聞かずに私は台所の方に戻ってやかんを火にかけた。
 それにしてもあの少女――レイサ=ウェイラインって言ったっけ? 見た感じ麻由良ちゃんとかとそう変わらない感じなんだけど、それでも魔法管理局の局長秘書だってことはその見た目に反してかなりの使い手であるはずで。それにあの若さで局長秘書になったってことはシャレにならないくらい有能なはずで。でもってそういう子がうちに来たってことは……私、何かまずいことやっちゃったかしら? ここ数年は特に何事もなく過ごしていたはずなんだけど。う〜ん、魔法管理局に目をつけられるような事した覚えないんだけど、一体何だろう? ああ、なんか物凄く気になってきたわ。ちゃんと話を聞いてみないと。
「あの……」
 でも何て言うか、あの子、話しかけづらいのよねぇ。何て言うか、その雰囲気が他人を近寄らせないって感じで。麻由良ちゃんのお友達の浅葱ちゃんとかもああ言う感じなんだけど、あの子は他人を拒絶するんじゃなくって単にクールなだけで実際喋ってみると案外楽しい子だし。そう言えば最近顔見ないけど元気にしているのかしら? 麻由良ちゃんももっと連れてくればいいのに。でもまぁ、あの子の家ってかなりの資産家だし、そんな子の家に比べたらうちの家なんか犬小屋みたいなものなんだけど。ああ、でもそんなこと言ったら一生懸命働いているパパに悪いわ。毎日毎日夜遅くまで頑張っている我が家の大黒柱。私の一番大事な人。ああ、でも娘の夏芽里ちゃんとか麻由良ちゃん、息子の武文ちゃんも大事だけど。
「あの……」
 でもやっぱり一番なのはあの人。あの人と出会えて私、本当に神様に感謝しています! 別にカトリックじゃないけど。でもやっぱり感謝するなら出会いの神様よね。出会いの仏様ってなんか聞いたことないし。そう言う問題じゃないって気もしないでもないけど、とりあえずそう言うことにしておこう。
 そう言えば今日は何時頃帰ってくるのかしら? 朝出ていく時に聞かなかったしなぁ。いつも通りだと夜の十時頃かな? 早く帰ってくること滅多にないからどうしても家族みんなで晩ご飯ってのが休日ぐらいしか出来ないのが私としてはちょっと不満なだけど、それも一生懸命私たちを支えるべくお仕事頑張っているからなのよね。文句を言ったらいけないわ。私に出来ることって言ったら疲れて帰ってくるパパを労って癒してあげることぐらいだし。
「……あの、火……」
 私の使える魔法はどっちかと言うと攻撃系に偏っているからパパの疲れを取ってあげるとかそう言うのには向かないし。そう言うのは水の精霊の系統だからなぁ。私は思い切り火の精霊の系統だから……他の精霊の系統の魔法は使えなくもないんだけど苦手だし。
 ああ、そうだ。麻由良ちゃんにもちゃんと魔法のこと教えておかなきゃ。あの子と契約しているサラの話だと自分の魔力のことをあんまり考えないで攻撃魔法使っているみたいだし。一度ちゃんとあの子にレクチャーしておかないと。でもきっと話を聞かないんだろうなぁ。あの子ってばそう言うところがあるし。自分で痛い目を見ないとわからないタイプって厄介よね、本当に……私もそう言うところあるけど。やっぱり麻由良ちゃんって私の娘だなぁって思う。
「……あの……やかん……」
 後ろから聞こえてきた声に私はようやく我に返った。そう言えばやかんを火にかけていたのだった。慌てて火を止めてやかんをコンロから降ろそうと手を伸ばす。
「熱ッ!!」
 手の触れたやかんの取っ手の予想以上の熱さに思わずそんな声をあげ、その手を素早く引っ込める。うう、ひりひりする……。
「……大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫です」
 そう言ってひりひりする指を口にくわえた。
「とりあえず紅茶は結構ですので私の話を聞いていただけますか?」
 ちょっと哀れんだような目をしてレイサちゃんがそう言ってくる。
 うう、何とも情けない姿を見せてしまったものだ。かつては”紅蓮の閃光”とまで呼ばれて恐れられた超有能な魔法少女だったのに……。
 ダメだわ! こんな事で挫けてなんかいられない! 一度決めたらやり遂げる! それが我が家のモットーなんだから!
「ちょっと待ってて! すぐに紅茶、入れるから!」
「あ、いや、だから……」
 そうと決めたら後は行動あるのみ。恐る恐るという感じでやかんに手を伸ばし、っとその前にお手ふき用のタオルで取っ手をくるんでから持ち上げる。こうすれば熱くないのよねぇ。慌ててたりするとよく忘れるんだけど。
 ちなみに私がレイサちゃんのお話を聞いたのはそれから更に十分後のことであった。

* * *

 優等生なだけでなく健康優良児でもある浅葱が休みだというのはちょっとしたサプライズな訳だったのだけども私としてはそのサプライズは願ってもないことだった。だいたい同じクラスなんだから顔を合わせないわけにはいかないのだ。そうなるとどうしてもあのことが話題に上るはず。そうなったらどう言い繕うかずっと悩んでいた訳なんだけども、浅葱が珍しく休んでしまっていたので――何で休んだのか気にならないわけでもないのだけど――ちょっと安心してしまっている自分がいる。そう言う自分に少し自己嫌悪。
「でもまー時間稼ぎにはなったわけだろ。素直に喜べばいいじゃんか」
「そう言うわけにもいかないわよ。まぁ、確かに運がよかった、とは思うけど……」
 そう言ってため息をつく。
 確かにサラの言う通り、浅葱が休んだと言うことで例の件に関して時間は稼げたことになる。だからと言ってそれは単に問題が先送りになっただけで何の解決にもなってないのだ。それに何と言っても浅葱は私の親友だ。そんな彼女が休んだことを心配こそすれ喜べるはずがない。
「うう〜……」
 頭を抱えて思わず机の上の突っ伏す私。普段の私ならば間違いなく浅葱の家にお見舞いに行くことだろう。だが、今彼女の家に行くことは墓穴を掘ることに他ならない。どうして休んだか心配で仕方ないのだが、様子を見に行くわけにも行かず、どうしていいやらもはや頭を抱える他ない。
「何やらお悩みのようですな、まゆらん」
 少しからかうような、そんな声が聞こえてきたので私が頭を上げてみるとすぐ側にクラスメイトの小野寺美由紀が立っていて私を見下ろしていた。顔には何故かニヤニヤとした笑みが貼り付いている。
「よろしければこのクラス委員長であるこの私がそのお悩みを聞いてしんぜますぞ」
「あんたに話すことはない!」
 そう言って私はぷいっと彼女から顔を背けた。
 小野寺美由紀、我がクラスのクラス委員長をしているだけにあって面倒見がよくなかなか気の利いた性格の持ち主。難点があるとしたら必要以上に人の事情に首を突っ込んでくるお節介なところ。しかも私はそんな彼女と出席番号が一つしか違わない上に何故か彼女に妙に気に入られてしまっている。まぁ、私も彼女とはうまがあったのか今では浅葱に次ぐくらいの仲良しになっているのだが。
「だいたいあんたに話すと大抵ろくなことにならないじゃない!」
「ひどい! ひどいわ、まゆらん! 私はまゆらんの為を思って……」
「嘘をつけ、嘘を! その面白がっている顔はなんだ!」
「チッ、気付いていたか……」
「気付くわっ!!」
 声を荒げて思わず立ち上がってしまう。
 と、そんな私の目の前に一枚のプリントを美由紀が突き出してきた。
「何よ?」
「見てのとおリプリント。夏服の採寸に関してのね。これを本日お休みのあんたの親友に届けて欲しいんだけど」
 美由紀の手にあるプリントは今朝のHRで配られたものだった。六月頃に変わる予定の夏用の制服の採寸を近々行うと言うことを父兄にお知らせする為のもの。まぁ、これは男子には関係なく女子に限ってだけの話だけど。だって男子は上着を脱いで半袖のシャツに替えるだけだもんねぇ。こう言う時って女子はわざわざ夏用冬用と二つ持ってないとダメなんて面倒だしお金がかかるし……別に私が払う訳じゃないんだけど。
「私の家って浅葱の家よりも手前にあるんだけど?」
 私は徒歩通学だけど浅葱は自転車通学。自転車通学が許可されるんだから浅葱の家はうちよりも遠くにある。おまけに方向も結構違うんだけど。
「いや、あんたと水前寺さんって仲いいじゃない。そう言うことで任せた!」
「理由になってないぞ、それ!」
「いや、何となくだけど近寄りづらいんだよねー、水前寺さんって。何考えてるか一見してわかりづらいし」
 確かに美由紀の言う通り浅葱はあんまり喜怒哀楽を表に出さない無表情系な美少女だ。おまけにクールな性格もそれに加わって人を近寄らせない雰囲気を醸し出している。実際のところは気さくで付き合いのいい奴なんだけど、あの雰囲気を突破してそこまで行き着ける方が珍しい。後浅葱の実家がこの街でも有数の名家であり資産家でもあるってところがそれに拍車をかけている。
「そう言うことで任せた!」
「いや、任せられても……」
 ぐいっと私にプリントを押しつけてくる美由紀。彼女の気持ちはわからないでもないが、私としてはまだ浅葱とは顔を合わせたくない気分だ。出来れば別の人間にこの仕事をして貰いたい。
「悪いんだけどさ、今日はちょっと……」
 そう言って断ろうとした時だった。ガララと教室のドアが開いて我がクラスの担任が顔を見せた。
「小野寺はいるか〜?」
「ハーイ、何ですかー?」
 何処か間延びした担任の声に美由紀がしっかりと振り返って答える。
「おお、いたか。悪いんだがちょっと手伝ってくれるか〜?」
「了解しました〜」
 何故かビシッと敬礼を担任に返す美由紀。それから私の方を振り返ると、さっきまで持っていたプリントを私に押しつけ、ニッコリと微笑む。
「それでは炎城寺のまゆらん。あとは任せたぞ!!」
 それだけ言って美由紀は担任の方へと駆け出していった。
 私は押しつけられたプリントを片手に呆然と見送るしか出来なかった。はっと我に返った時はもう遅い。美由紀は教室からいなくなってしまっている。
「し、しまった……!!」
 こうなってしまうともうどうしようもない。このプリントを届けないわけにはいかないし、浅葱には会わないようにあの家のメイドさんだか執事さんだかに渡してさっさと逃げることにしよう。

 そんなこんなで放課後、重い足取りで我が家とは別方向にある浅葱の家へと向かっている私。
「うーん、しかしどうしたものか」
 腕を組みながら思考に耽る私。
 いざプリントを持っていくと決めた時にはあの家にたくさんいるメイドさんとか執事さんに渡してさっさと帰ろうと思ったんだけど、よくよく考えてみるとそれで帰してくれるはずがないと言うことに気がついた。浅葱の家には何度も遊びに行ったことがあるから、あそこのメイドさんだの執事さんだのとは結構顔見知りが多い。つまり向こうも私のことをよく知っているわけで、そんな私が今日休んでいる浅葱の家に行ったならば確実に浅葱の部屋へと案内される。こっちが何と言おうとそんなことはお構いなしに。それはもう確実だ。そうなるとどう足掻いても浅葱と面会せざるを得ないわけで、そうなったらかなりの確率であのことが話題に上るはず。
「う〜ん、何にもいい言い訳が思いつかない……」
「だから言い訳なんかしなきゃいいじゃん。あの時出会ったのは麻由良とは別人。だから麻由良はしらばっくれてればいい」
「いや、あの時思いっきり動揺しちゃったしねぇ」
 そう、あの時は”歪み”に襲われていた浅葱を助けるのに必死になっていたので正体がばれるとか言うことを気にしている余裕はなかった……はず。いやまぁ、変身している時は認識齟齬の魔法が自動的にかかっているという話だったので思い切り何も気にせずに突っ込んでいったんだけど。もっともその認識齟齬の魔法、見ている側の人がある程度の魔力を持っているとその効果が著しく低下するらしい。と言うことは浅葱も結構な魔力の持ち主ってことなんじゃないだろうか?
「その可能性もないことはないけど……あの子からはそんなに魔力とか感じなかったような気がするんだけどなぁ」
 頭の上に乗っているサラがあまり興味なさそうにそう言い放った。
「それでなくても浅葱は勘がいいからなー。うーん、ばれてたらどうしよう……」
「その時はその時だ! 当たって砕けろ!!」
「砕けた時は責任取ってよね」
 ガックリと肩を落として浅葱の家への道を急ぐ。

 どでんとまるでそびえ立つかの如く大きな門が私の前にある。
「こいつは凄いな」
 口元をひくひくさせながらサラが門を見て呟いた。
 ここが我が親友である水前寺浅葱の家の門。思い切り見上げてしまう程の大きさの門、何度来ても思わず見上げてしまう。流石は名家、この辺りの元お殿様だ。流石に江戸時代みたいなお城ではないけれどこの門をくぐってから先、屋敷につくまでがまた長い。広々とした庭園が広がっており、その先にこれまたでっかい西洋風のお屋敷がある。普通に歩いたら十分から十五分ぐらいかかかるからその広さたるや一般庶民である私には信じがたいものがある。
 さて、門の前で立ち止まっていつまでも門を見上げていても仕方ないので門柱にあるインターホンを押してみる。実を言うとこのやったらめったら大きい門の内側には門番さんが詰めている小さな部屋があるんだけど、普段そこに人がいることはない。そう浅葱から聞いている。じゃ何の為にあるんだって聞いたらこの家がまだお殿様のお屋敷だった頃の名残らしい。昔はその部屋にちゃんと人が詰めていたんだけどインターホンをつけてからはあまり意味がないので、その部屋はそのままになっているんだとか。
 そんなどうでもいいことを思い出している間にやたら大きな門の扉が開いて白髪のお爺さんが姿を見せた。確かこの水前寺家に代々執事として仕えている人で出光さんって言ったかな?
「おお、これはこれは麻由良お嬢様ではございませんか。成る程、本日学校をお休みになった浅葱お嬢様のお見舞いに来ていただけたわけですな。流石は浅葱お嬢様の親友!」
 出光さんは私の顔を確認すると一気にこう捲したて、私の両手を掴むと感涙の涙を流しながら大きく上下に振ってきた。
「この出光、昔から浅葱お嬢様のことをずっと気にかけておりました! あのようなご性格でございますから人付き合いはどちらかともうしますと下手くそでお友達など出来るのかとずっと心配しておったのですが、こうしてわざわざお見舞いに来ていただけるような、そんな親友付き合いをして頂いて麻由良お嬢様にはもう感謝の言葉もありません!!」
「あー、いや、出光さん。わかったから手を離して欲しいなぁと思ったり」
 未だぶんぶん振り回されている手がそろそろ痛くなってきたなぁと。そう思ってとりあえず口にしてみるが、出光さんは聞いていないみたいだ。涙をだばだば流しながら私の腕を上下に大きく振り回す。いや、だから痛いんだけど。
 私が手を離してもらったのはそれから実に五分以上経ってからのことだった。痛む手首をさすりながら出光さんが手配してくれた人力車に乗って門の前から屋敷の方へと移動する。人力車ってのが何ともレトロで現代には似合わないんだけど、何故かこの家の敷地の中だと妙にしっくりと来たりするのが不思議だ。そんな人力車に揺られること五分程、ようやく屋敷の玄関の前へと辿り着いた。
「お待たせ致しました、麻由良お嬢様。それではご案内させて頂きます」
 出光さんがそう言って私の先に立って歩き始めた。
 この屋敷には何度も遊びに来ているんだけど、実は未だに中がどう言う風になっているかを把握しきってない。だから一人だと玄関から浅葱の部屋にまで行くことも出来ないのだ。広すぎるというのも何かと問題である。もっともそれは来訪者である私がそう思うだけでこの家に住んでいる人には関係のないことなのかも知れないけど。
 屋敷の中に入ってから歩くこと五分。いつ来ても本当に思う。この家は無駄に広すぎる、と。
「それでは私はここで。お帰りになる時はお呼びいただければ誰か案内を寄越しますので」
 浅葱の部屋の前まで来ると出光さんが私に振り返ってぺこりと頭を下げた。それから素早く、それでも物音一つ立てずにその場から去っていく。
 その場に残された私はドアの方を向いて少しの間ノックするかどうかを決めかねていた。まだあのことに対するいい言い訳は思いついていない。しかし、ここまで来てプリントだけをおいて帰るというわけにもいかないだろう。
「果たしてどうしたものか……」
 結局思考はまたそこに戻ってくる。堂々巡りで答えが出てこない。
「……参ったな、こりゃ」
「だから当たって砕けろって。ここで悩んでいたって仕方ないだろ」
「それしかないか。よし、覚悟を決めよう」
 今は頭の上じゃなくペンダントの中にいるサラの後押しを受けて私は意を決したように頷く。それからいかにも高級そうなドアをそうっと二回ノックした。
「あの……浅葱、いる? 麻由良だけど」
 中に向かって恐る恐る声をかける。あまり大きい声でなくても何故か部屋の中にまでちゃんと声が届いているのが不思議だ。
「……返事がない。ただの屍のようだ」
「こらこら。何処で覚えてきたんだ、そう言うこと」
 サラの呟きに苦笑を浮かべつつツッコミを入れる。そう言えば家にいる時、時たま弟の部屋を覗き込んでいたような。その時に多分RPGか何かやってるのを見て覚えたな、こいつ。
 まぁ、それはともかく私は中からの返事がないのでそっとドアを開けてみた。私の部屋何かよりもよっぽど広い室内はカーテンが閉じられている為か薄暗い。中の様子をうかがってみると大きなベッドの上に浅葱がいるのが見えた。いかにも高価そうな羽毛布団にくるまってどうやら眠っているらしい。
「……寝てるみたいだな」
 サラの呟きに頷く私。ちなみにペンダントの中にいるにどうしてサラがそんなことわかるんだってのはサラが私との感覚を共有出来るかららしい。勿論その逆も可能なわけで、まぁ滅多にやらないことなんだけどもサラだけを何処かにやって彼女が見ている風景を私が見るってことも出来る。普段はそう言うのをオフにしているんだけど、サラは結構勝手にそう言うことをしてくるので少々困っている。
「とりあえず起こすのも悪いし、プリントだけおいて帰るか」
 そっと静かに部屋の中に入ると、ベッドの脇にあるサイドボードの上に鞄の中から取り出したプリントをおく。それから眠っている浅葱の顔を覗き込む。
 相変わらず美人だ。眠っていてもその魅力はまったく損なわれない。何つーか、同じ女の私でも羨ましいというか惚れてしまいそうになると言うか。
「う……ん……」
 と、私の視線に気付いたのか浅葱が寝返りを打った。
 これ以上ここにいたら何か起きちゃいそうだな。起こすのも悪いし、それに何と言ってもまだちょっと顔を合わせて話をしたいという気分にもなってない。あの事をどう誤魔化すかもまだ考えついてないし。浅葱には悪いと思うんだけどもね。親友なんだし、あまり隠し事はしたくないんだけど。
 とりあえず帰るか、と思って身体を起こしたその時だった。突然頭の中にお母さんの声が響いてくる。
<麻由良ちゃん、聞こえる?>
「お母さん!?」
 思わず素っ頓狂な声をあげて周囲を見回す私。だけどここは浅葱の部屋の中で、周りには誰もいない。ベッドの中で浅葱が寝ているだけだ。
<そんなに驚かないで〜。これは”念話”って言って魔法使い特有の意思疎通法なのよ〜>
「そんなこと初めて聞いたわよ」
<そりゃ教えてなかったもの。と言うかすっかり忘れていたのよ。ごめんなさいね〜>
「……後でじっくりとお話ししましょ、お母様」
<うう〜、麻由良ちゃんこわ〜い!>
「それより何の用なのよ?」
「どーでもいいけど麻由良、お前も念話使ったら? こいつ、起きちまうぞ」
 ちょっと苛立たしげに言った私に対してサラが注意してきた。確かにサラの言う通りだ。ここで私が騒いで浅葱を起こしてしまったら意味がない。
 ベッドの側から離れて私はその念話という意思疎通法を試してみることにした。
<えっと、こう言う感じでいいのかな?>
<さっすが麻由良ちゃん。私の娘だけあって順応性高いわ〜>
<そんなことよりも何の用なのよ? もし単に”念話”って奴を思いだしたからただ使ってみました〜とか言ったら本気で殴るからね>
<ま、まさかそんなわけないじゃない〜。帰ってくるのが遅いからどうしたのかな〜ってのと……>
 ふむ、この動揺具合からして半分以上はそう言う理由だったと言うことがわかった。、まったく我が母親は……一体何を考えているのやら。そう思って少し呆れていると続けて予想外の一言が飛んできた。
<それと”歪み”が現れたから急いでそっちに向かって欲しいな〜って>
<ちょ、それを先に言いなさいって!!>
 お母さんにそう返すと私は急いで、それでも浅葱を起こさないよう注意しながら彼女の部屋から外に出た。その時私は物凄く慌てていたので勿論気付くはずもなかった。浅葱がベッドの中から私の方をじっと見ていたのを。

 浅葱の部屋を出た私はだだっ広い廊下を出口に向かって走っていた。
「なーなー。出口わかんのか?」
「走ってればその内何処か外に出るところに出るでしょ。そしたら変身して後は……」
「明らかに道に迷ってねーか?」
「言うな! 浅葱の家が広すぎるのが悪いのよ!」
 とりあえずサラの言う通り私は豪快に道に迷っていた。それを自分の所為じゃなく他人の所為にする。でないと何て言うかやっていられない。私には方向音痴なんて言う嫌なスキルはないはずなんだから!
 時折立ち止まっては周囲の確認をするのだがどうやらますますここが何処なのかわからなくなってきていた。おかしい、出光さんに案内された逆を行っていたはずなのに。
「早くいかねーとやばいんじゃないか?」
「わかってるわよ!」
 呆れたようなサラにそう返した私の視界に一人のメイドさんが飛び込んできた。丁度いい。あの人に外への出口を聞くことにしよう。
「すいません!」
 大きい声でメイドさんを呼び止めるととにかく外に出られる場所を聞き、そちらへ向かって改めて走り出す。メイドさんから聞き出したのは庭に出ることが出来る通用口。そこに辿り着き、表に飛び出した私は周囲に一応誰もいないと言うことを確認してから右手をぱっと上に掲げた。
「封印術式解除! 魔力連結! 魔法変身っ!!」
 毎度おなじみ何と言うか魔法少女っぽくない変身用のキーワードを口にし、変身のプロセスを開始する。ペンダントの中にいたサラが実体化して私の周囲をぐるりと一周、その軌跡に沿って魔法陣が浮かび上がる。

 私の周りに描かれた魔法陣がまばゆい光を放つ。その光の中、私の着ている服が弾け飛び、同時に真紅の炎が全身を包み込んでいった。
 真紅の炎が足にまとわりつき、赤と白のツートンのオーバーニーソックスになる。更にその上にも炎が絡み付いて、赤い編み上げブーツとなった。ぴんと伸ばした両腕にも炎が絡み付いて真っ赤なロンググローブになり、手首から肘にかけての辺りにはまるで籠手のような白い装甲が装着された。身体にはまず、白いレオタードのようなものがぴっちりと上から下まで包み込み、その上に赤いブラ状の胸当て、下半身は腰の辺りに太めのベルトが現れてそこから余り長いとは言えないスカートがひらりと発生する。更に赤い縁取りのされたケープが肩にかけられてそれを止めるように胸元にペンダントが出現する。更に髪の毛も黒から真っ赤に変わり、足下の魔法陣が弾け飛んで、これで完成。
「炎の魔法少女、バーニング麻由良、推参!!」
――何か一言増えてないか?
「やっぱり魔法少女なんだからそれっぽくしたいなーと思ってお母さんと相談して決めたのよ。ちなみにエルとかも知ってるわよ」
――あたい、聞いてないぞ、そんなこと。
「あんたいなかったじゃない」
――むう……。
「今はそんなことどうだっていいでしょ。行くわよ!」
 私はそう言うとさっと手を一振りして空飛ぶ魔法の箒を呼び出した。スピードだけは抜群に速いけど、小回りとかは一切無視した移動装置。いい加減慣れたいと思うんだけど、どうしてもこの速さには慣れることが出来ない。だからちょっと乗るのに躊躇ってしまう。
「うー……でも仕方ない!」
 覚悟を決めて箒に跨ると、軽く地面を蹴って空へと舞い上がる。
<麻由良ちゃん、”歪み”の居場所はねぇ〜>
 何処か緊張感の漂わないお母さんののんびりとした声が頭の中に直接聞こえてくる。何つーか、軽く脱力感を覚えながらお母さんの指示に従って”歪み”が暴れている場所へと私は空飛ぶ箒を急がせた。

 相変わらずの無茶苦茶なスピードに顔を引きつらせながら現場に到着した私は地上で暴れている”歪み”の怪物――今回はでっかいレンズ状の怪物。多分使い捨てのコンタクトレンズか何かに負の思念が取り憑いて生まれたんだろう。しかしながら巨大なレンズに手足が生えているというのは何と言うかシュールな光景だ――を見つけると前回と同じく突撃体制に入った。この間のことで気がついたんだけど、これは先制攻撃にとっても適している。ありとあらゆる物理衝撃を無効化する無敵の防御結界にプラスして反応できないほどの猛スピードによる突撃。奇襲にはもってこいだ。もっとも自分もぶつかった時の衝撃で吹っ飛ばされてしまうんだけど。
――イヤなこと覚えたな〜。
 明らかに呆れているようなサラの声が頭の中で聞こえてくるがさらりと無視。使える手段は有効に使ってこそ、だ。
「いっけぇぇぇぇっ!!」
 その声と共にレンズの怪物に向かってつっこんでいく私。と、その声に気付いたのかレンズの怪物が私の方を向いた。しかしもう遅い。このスピードならばもはや回避不可能なはずだ!
 などと思った次の瞬間だった。突然目の前が眩い光に包まれ、私の視界がホワイトアウトしてしまう。
「ふえっ!? な、何!?」
 あまりにも突然のことで私の頭が状況を理解することを放棄してしまう。と言うか、軽く何かの衝撃を受けたかのようにクラクラとしてしまった私はバランスを崩して空飛ぶ箒から落ちてしまった。
 幸いなことにレンズの怪物に向かって急降下をしていた最中だったので落ちた距離はそれほどじゃない。でも豪快に背中から落ちたので一瞬息が出来なくなったのは事実だ。物理衝撃を無効化するはずの防御結界もこう言う時には何故かあまり役に立たない。まぁ、骨とかが折れることはないんだけど。
「あたたた……な、何が起きたのよ?」
 何とか身体を起こし、頭を軽く振って意識をはっきりさせてみるんだけどもまだ目がちかちかしてあまりよく見えない。確か最後に見たものは物凄い光だったはずなんだけど、あの光って一体……?
 そんなことを考えていると、いきなり首の後ろ側が何かに掴まれた。そしてそのままあっさりと持ち上げられてしまう。
「へ? へ?」
 何が起こっているのかわからず、私は戸惑うばかりだ。そうこうしているうちに私の身体は大きく投げ飛ばされたらしく宙を舞っていた。
「はい〜〜!?」
 大きく放物線を描いて宙を舞っていた私の身体が落下したのは近くにあったゴミの山。まだ回収に来ていないゴミ袋の山の中につっこんでしまったらしい。何とも情けない姿だ。絶対にこの姿をお母さんにだけは見られたくない。
――無様すぎるからな……。
「言うな」
 とりあえずゴミの山から抜けだし、私はもう一度頭を左右に振った。今回はきつく目を閉じて、だ。閉じていた目を開くと何とか視界が回復している。
 しかし、その回復した視界の中にレンズの怪物の姿はなかった。どうやら放り投げられている間に何処かへ行ってしまったらしい。
「……追うわよ!」
 手を軽く振って空飛ぶ箒を呼び出す。まだそれほど遠くへ行ったわけではないだろう。走って追いかけてもいいが、この格好で走っているところをあまり人に見られたくはない。
「ご主人様〜」
 箒に跨って今にも地を蹴ろうとしていた私にそんな声がかけられた。振り返ってみるとそこにはエルの姿がある。
「お待たせ致しまたですぅ。ランちゃんとソウちゃんは別行動で”歪み”を追っていますですので早く行きましょうですぅ」
 エルはそう言うとある一方を指差した。どうやらそっちの方角に先ほど取り逃がしたレンズの怪物がいるらしい。ランとソウだけでもそこそこ戦闘能力があるけれども、やっぱり”歪み”の怪物に対抗するのは魔法少女である私の役目だ。
「エル、肩に乗って! 急ぐわよ!」
「は、はいですぅ!」
 エルが私の肩に飛び乗ったのを見ると同時に私は地面を蹴った。ふわりと浮き上がる空飛ぶ箒。次の瞬間、物凄いスピードで箒が飛び始めた。

 普段は自分の安全の為にそこそこ高い位置を飛ぶんだけど今回はレンズの怪物を追いかける為なので低空飛行。道行く人や車に注意しながらだからあまりスピードは出せないはずなんだけど、この箒にはそう言う配慮なんかまるでないらしい。物凄い速さで景色が流れていく。
「ご、ご主人様! あれ!」
 不意にエルがそう言って前方を指差した。停止するぐらいにスピードを落としてみると地面の上に目を回して倒れている二体の人工精霊の姿が見えてきた。
「ラン!? ソウ!?」
 私はスピードを落とした箒から飛び降りると慌てて倒れている二人の元に駆け寄っていく。
「あ、主殿〜」
「も、申し訳ないであります、サー……」
 二人は私に気付くとフラフラと立ち上がった。しかしながら未だに目が回っているのか、あの足取りは非常に危なっかしい。
「一体何があったの? ”歪み”はどうしたの?」
 二人を抱き上げながらそう尋ねると、二人は揃って頭を大きく振った。どうやらそれで意識をはっきりさせているらしい。人工精霊のくせに何でこうも人間っぽいんだ、こいつらは。
「逃げる”歪み”を見つけたのはいいのですが」
「追いついた瞬間、目の前が真っ白になって」
 ふむ、どうやらこの二人もさっきの私と同じらしい。あのレンズの化け物、何か妙な手段を使うようだ。それを何とかしないことには追いつくたびに逃げられてしまう。
――珍しく頭使ってんじゃん。
「早く退治しないとダメなんでしょ。その為よ」
 本音を言えばまたさっきのような目に遭うのがイヤなだけだ。それに私だけじゃなくって人工精霊であるランとソウまで同じ目にあっているんだから警戒するのも当然だ。今までの敵にこう言った能力を持っていた奴がいなかっただけに私の警戒っぷりはかなりのもの。頭も使うって。
 しかしながらいい方法が思いつかないと言うものまた事実だった。とりあえずまずはあのレンズの怪物が私、それとランとソウにやったことの正体を掴まないことには対策を立てようがない。
「結局はいつものようにやるしかない訳か」
 相手の能力の正体がわからない以上いつものように”灼熱の砲弾”を叩き込むか”灼熱の弾丸”で様子をうかがってみるか。どっちにしろ今の私に使えるのは攻撃系のその二つの魔法だけ。
「とにかく追いかけないと。エル、場所わかる?」
「あっちですぅ」
「OK、それじゃ行きますか!」
 三度空飛ぶ箒に跨ってレンズの怪物を追いかけだす。私の肩に捕まっているエルの指示に従ってレンズの怪物がいる方へと向かっていく。
「いた!」
 前方にどたどたと走っているレンズの怪物の姿が見えた。この距離なら後は走っても追いつける。そう判断して空飛ぶ箒から飛び降り、そこから走り出す。走りながら右手の人差し指と中指をまとめて伸ばし、その先に火の玉をイメージする。
「行けっ! ”灼熱の弾丸”!!」
 そう言って右手を突き出そうとした瞬間だった。少し前方を走っていたレンズの怪物がいきなり振り返ったかと思うと、次の瞬間眩い光が私の視界を覆い尽くした。
「うおっ!? まぶしっ!!」
 しかしそれは光だけではなかった。ちょっとした熱と更に軽い衝撃が私に襲い掛かり、思わず後ろにのけぞりながら倒れてしまう。
――な、何だ〜?
 今は一体化していて私と感覚を共有しているサラも何が起こったのかわからず混乱しているっぽい。
「え、エル? ラン? ソウ?」
 一緒にいたはずの三体の人工精霊の名前を呼んでみるが反応はない。どうやら三人が三人ともやられてしまっているらしい。
 こうなったら私がやるしかない。フラフラしながら立ち上がるとチカチカする目を何とか凝らしながらレンズの怪物の位置を探る。何となくだがイヤな気配を感じる方向に向かって両手を突き出し、その先に大きな火の玉をイメージする。私の必殺の魔法、今使える中でも最大の威力を誇り、これを喰らってやられない”歪み”の怪物はいない。
「喰らえ! 必殺! ”灼熱の砲弾!!」
 充分な溜めを作った後、手の前に出現していた炎の玉を撃ち出した。命中すればあの怪物だって一溜まりもないはず。
――命中すれば、だろ?
 まぁ、確かに命中しなければ何の意味もないんだけど。どんな威力のある攻撃だって命中しなければ意味がない。
 そんなことを考えていた私の襟首を何かが掴み上げた。そしてそのままあっさりと持ち上げられてしまう。
「こ、このパターンは……」
 さっきもこれと同じことをされた記憶が。と言うことは、どうやらさっきの”灼熱の砲弾”は見事に外れてしまったらしい。いや、そう言う場合じゃなくって。
「また投げられるのはいや〜〜〜!!」
 じたばたと手足を振り回して暴れてみるけれども、襟首を掴まれて持ち上げられているのでまったく無意味な行為だった。その内にぐいっと身体を大きく振り回されて投げ飛ばされてしまう。
「い〜〜〜や〜〜〜〜〜!!」
 またしても大きく宙を舞う、と言うか飛んでいく私。一日に二度もこう言う感じで空を飛ぶなんてちょっと前までは思いも寄らないことだったのに。
 と言うかそんなこと冷静に考えている場合じゃない! 今度はさっきみたいにゴミの山が上手くクッションになってくれるかどうかわからないのだ。地面に叩きつけられたら怪我はしないかも知れないけど痛いことには変わりない。それに未だに目がチカチカしていて回復してないから、地面まで後どれくらいかもわからないのだ。
「い〜〜〜や〜〜〜〜〜!!」
 再び大声で叫ぶ私。
「防風陣!」
 突然私の耳にそんな鋭い声が聞こえて来、同時に私の身体の周りを何かが包み込んだ。その何かに包まれたまま私の身体はくるりと回転し、足から地面へと軟着陸する。
「……はぁ……」
 地面に無事足をついた私の口から漏れる安堵のため息。
「大丈夫ですか?」
 後ろから聞こえてきた声に振り返ってみるとそこには黒のつばの広い三角帽子にやっぱり黒のマントを身に纏ったいかにも怪しげな人物がその人の身長程もある杖を片手に立っていた。
「あ、あの、あなたは?」
 助けてもらった礼も言わずに思わずそう尋ねてしまう私。
「私のことはともかく、あの”歪み”をさっさと退治した方がいいのではないですか? お手伝いしますので早く片付けてしまいましょう」
 黒マントのその人はあまり抑揚のない声でそう言うと私の前に出た。そして手に持っている杖を逃げ出そうとしていた”歪み”の怪物に向ける。
「風昇陣」
 黒マントの人がそう言った瞬間、風が巻き起こりレンズの怪物を包み込んだ。そして一気に空へと持ち上げてしまう。見ていた私からすればあの怪物のいた場所にいきなり物凄く強い上昇気流が発生したみたいに見えた。
――あれは風の精霊の系統の魔法だな。
 頭の中にサラの解説が聞こえてくる。
「風の精霊の系統の魔法って探知とかが得意なんじゃなかったっけ?」
――相性がいいってだけで別にそっちに特化してる訳じゃないって。まぁ、確かにあたい達火の精霊は攻撃魔法に偏ってるけどな。
「それじゃ何か他の魔法も使えたりするんだ?」
――だから勉強しろっていつも言ってんじゃん。一応”灼熱の弾丸””灼熱の砲弾”以外の魔法だって使えるっての。
「何か便利そうなのがあったら覚える」
「何をやってるんですか。早く奴を倒してください」
 サラとの会話に夢中になっていた私に黒マントの人が声をかけてきた。その声には微妙に苛立ちにも似たような感情が込められているのがわかってしまう。
 おそらくなんだけど、この黒マントの人は自分がレンズの怪物を先ほどの魔法で空へと飛ばしてそこに私が必殺の魔法を撃ち込んで倒す、と言うことを想定していたんだろう。しかし私がこの人の魔法を見て、そしてサラと話し込んでいたからその予定が狂ってしまったんだと。
――何処からどう見てもお前が悪いな、麻由良。
「そもそもあんたが話しかけてこなかったらよかったんじゃない?」
――人に責任押しつけるのはよくねーと思う。
「先に押しつけてきたのはあんたじゃない」
――やっぱり一遍お前とはじっくりと話し合う必要があるな、麻由良さんよ。
「それは私も常々思ってるわ、サラさん」
 一体化していなかったら思い切り睨み合いになっているだろうことが容易に想像出来る。目と目の間に火花が散っているって感じだろう。
「……まったく、何をやっているのですか。あなたがそんなところでぼんやりしている間にあの”歪み”が復活してしまったじゃないですか」
 心底呆れたように黒マントの人がため息をつきながら言う。
 確かにこの人の言う通り、空に舞い上げられたはずのレンズの怪物はいつの間にやら地面に倒れており、器用にその手足を使って起き上がろうとしていた。しかし、その手も足もあまり長いわけでもないので起き上がることにかなり苦戦している。
「チャ〜ンス!」
 私は起き上がろうと奮闘しているレンズの怪物を見てパチンと指を鳴らした。すかさず両手をレンズの怪物の方へと向け、その手の先に大きな火の玉をイメージする。イメージする……んだけど、私の手の先に生まれたのは小さな火の玉が一つ。
――どうやら魔力切れっぽいな。さっき撃った”灼熱の砲弾”がダメだったんだろうな。
「う……折角のチャンスが……」
 たらりと頬を流れる一筋の汗。
「何とも情けない話ですね。自分の魔力がどの程度残っているかすら把握していないなんて」
 後ろから容赦なく黒マントの人が言い放つのが聞こえてくる。まったくその通りなので言い返すことが出来ない。
「これがあの方の後継者だとは……先が思いやられるというものです」
 またため息をつかれた。
「まったく近頃の魔法使いの質も落ちたものです。このままだとろくな使い手になりません」
 しかしながら初対面な割にこの人、容赦ないな。何かちょっとむかついてきた。
「そ、そこまで言うんならあんたがやればいいじゃない! 私なんかよりよっぽど使えるんでしょうからね!」
 振り返ると同時に私は思い切り黒マントの人に向かって怒鳴りつけた。
「さぁ、見せて貰おうじゃない! あれだけ言ったんだからやれるんでしょ!!」
――逆ギレだよ、こいつ……。
 サラが思い切り引いたような感じで言う。だけど私は止まらない。ちょっと涙目になって黒マントの人を睨み付ける。
 黒マントの人は私に怒鳴りつけられてちょっと驚いていたようだけど、やがて小さくため息をつくと一歩前に出た。それから手にした杖を掲げる。
「小風輪」
 さっきと似ているけど、違う言葉が黒マントの人の口から紡がれ、続いて掲げた杖の先に小さく風が渦巻いた。その風はやがて輪のようになり、杖の先からレンズの怪物の方へと向かって飛んでいく。
 その時には何とか起き上がっていたレンズの怪物は自分に向かって風の輪を見ると慌てた様子で逃げ出そうとする。でもそれよりも風の輪の方が圧倒的に早い。
 その風の輪がレンズの怪物の足に絡まり、レンズの怪物が激しく転倒した。
「……申し訳ありませんが今の私の力は制限がかけられています。本当ならばこの様なことをする予定ではなかったもので」
 少し申し訳なさそうに黒マントの人が言うのが聞こえてくる。
「出来ればとどめはあなたにやっていただきたいのですが」
「……わかった。ソウ、来て」
 いつまでも意地を張っている場合じゃないだろう。そもそも”歪み”退治は私の役目なんだし。そう言うことで私は何とか意識を取り戻したらしい人工精霊の一人を呼んだ。
 接近戦に特化した力を持つ人工精霊、ソウ。その力を借りる為だ。
「了解でござる、主殿!」
 ソウがそう言ってジャンプして胸元のペンダントに飛び込もうとしたその時だった。倒れていたはずのレンズの怪物がいきなりむくりと起きあがりその全身から眩い光を放ったのは。
「うわっ!」
「うぬぅっ!!」
 衝撃すら感じるあまりもの眩さに思わずよろけてしまう私。ソウなんか吹っ飛ばされてしまっている。
 そんな私たちを見て、黒マントの人がそのマントを広げて私の前に躍り出た。あの光から私たちをかばってくれているらしい。
「どうやら後ろの光を増幅させて一種のフラッシュのようにしているみたいですね。単純に目眩ましなだけでなくあまりもの光量でこちらに衝撃をも与えるとは……”歪み”の割にはなかなかやる」
「感心してないでよ! あれじゃ近づけないじゃない!」
 わざわざ怪物の特殊能力の解説をしてくれる黒マントの人。それはいいけど、あれじゃ近付いて一刀両断なんて出来そうにない。
 そんなところにランが駆け寄ってきた。
「サー、私の力を!」
 そう言って私をじっと見上げてくるラン。
 ソウが接近戦ならランは遠距離砲撃戦に特化したような存在だ。まだランとは一体化したことがないからどう言ったものかわからないけど、ここはやってみるしかない。
「わかった。ラン、あなたの力、見せて貰うわよ!」
「イエス、サー!」
 ランが嬉しそうに頷き、胸元のペンダントの中に飛び込んでいく。
 次の瞬間、私の周りに魔法陣が浮かび上がり、その魔法陣が眩い光を放った。その光の中、私の姿に変化が現れる。両手の真っ赤なロンググローブが色はそのままの指ぬきグローブに変わる。編み上げブーツも少しだけ短くなり、より頑丈っぽさを醸し出す。その下のオーバーニーソックスは赤一色へと変わり、籠手状の白い装甲は右の分がなくなり、その代わりに左手側のものが今までのものよりも大きく頑丈になる。更にケープが変化して上半身を覆うようなタクティカルベストに替わり、マイクロミニのスカートもちょっと長い目のキュロットスカートへと変化する。後、右肩に大きめの肩当てがつけられ、最後に左手にやたらとごついライフルのようなものが現れた。
 色は全体的に赤なんだけども見た感じ野戦服って感じがしないでもない。エルの場合の白い翼、ソウの場合の大きな刀に変わるものはこのライフルのような感じのものなのだろう。ちなみに何でライフルって言い切らないのかというと、これの形状が現実にあるどんなライフル銃にも似ていないからだ。どっちかと言うとバスターランチャーというかハイメガランチャーと言うか。どっちにしろその全長は私の身長程ある。
「……これなら……近寄らなくても充分にやれるわね」
 ニヤリと笑う私。
――サー、エネルギーの充填は完了しているであります!
――まぁ、要するにいつでも発射出来るぞってことだな。
 やたらやる気満々なランと何やら楽しげなサラの声が頭の中に響く。それを聞きながら私はロングランチャー(とりあえずただ今命名)を腰ダメに構えた。すると右目のところにヘッドマウントディスプレイというのだろうか、そう言うものが現れその照準がレンズの怪物に合わされる。
「そこの人、どいて!」
 私がそう言うのと同時に黒マントの人が横に飛び退いた。それを見てから私はロングランチャーの引き金を引く。
「いっけぇぇっ!!」
 ロングランチャーの銃口から眩い光が飛びだした。それは一直線にレンズの怪物へと向かっていき、そのど真ん中を貫いていく。次の瞬間、胴体のど真ん中に穴を開けられたレンズの怪物の全身を真っ赤な炎が包み込んだ。その炎は一瞬で燃え上がり、そして燃え尽きていく。後に残ったのは焼き焦げて変形した小さなコンタクトレンズ。
「よしっ! 封滅完了!」
 そう言ってビシッとポーズを決める私。
――格好つけてるところ悪いんだけどよ、麻由良。
 気分良くポーズを決めている私に呆れたようなサラの声が聞こえてきた。
――今回もまた素体ごと見事に焼き尽くしているのな。
「う……」
 なかなかに痛いところをついてくるなー。まぁ、今回も素体自体は無機物だったから別に構わないかって気がしないでもないけど。
「どうやらまだまだのようですね。その調子だと早急に何とかするべきだと判断します」
 じっと私を見つめながら黒マントの人がそう言ってきた。
「今回は運良く素体となったものは無機物でした。が次もそうである可能性は五分五分でしょう。その時になってから後悔したのでは遅すぎます」
 な、なかなかにずけずけと言ってくれるじゃないの。確かにこの黒マントの人の言う通りなんだけどさ、でもそんなこと見ず知らずの人に言われたくはない。
 と言うか、冷静に考えてみてこの人って私と同じ魔法少女よね。さっき私を助けてくれたし。私とお母さん以外にも魔法少女っているんだ。あ、お姉ちゃんもそのはずなんだけど実際にそう言うところ見たことないし、とりあえずカウントからは除外しておく。それはともかく、一体どうして私の前に現れたんだろう。まさか私にああやってずけずけと意見しに来た訳じゃないだろうし。
「あ、いたいた。ようやく見つけたわ。麻由良ちゃ〜ん」
 いきなり聞こえてきたのんびりとした声。振り返るまでもなく誰かわかる。しかしながら何故かガックリと肩を落としてしまうのは何故だろうか。
「お母さん、何の用?」
「”紅蓮の閃光”!? 一体どうして?」
 私と同時に黒マントの人が振り返った。つーか、何だ”紅蓮の閃光”って!? どっちかと言うとそっちの方が気になってしまう。
 私の戸惑いなどまるで気がついてないような感じでお母さんは私と黒マントの人を見て、ニッコリと微笑んだ。
「よかった。上手く合流出来たみたいね。ちょっと心配しちゃったわ〜」
 ポンと手を叩いて嬉しそうに言うお母さん。
 この黒マントの人――名前はレイサとか言うそうだ――との出会いが私を魔法少女としての新たなステップへ引き上げることになるとは、神様なんかじゃない私にわかるはずがなかった。

To be continued...

本・漫画・DVD・アニメ・家電・ゲーム | さまざまな報酬パターン | 共有エディタOverleaf
業界NO1のライブチャット | ライブチャット「BBchatTV」  無料お試し期間中で今だけお得に!
35000人以上の女性とライブチャット[BBchatTV] | 最新ニュース | Web検索 | ドメイン | 無料HPスペース