机の上でその人工精霊、エルは改めて私に向かってぺこりと頭を下げた。
「それでは改めましてぇ。私の名前はエルと申しますぅ。生まれはイギリスですが、作った人が日本人なので日本語しか喋れませんです」
「参考までにサラは何語か喋れるの?」
「ん〜? あたいは基本的に契約者の使う言語しか使えねーよ。後はあたい自身が知ってるのぐらいかな?」
 例によって私の頭の上にいる火の精霊サラマンダー、通称サラが私の質問にそう答える。別段世界中のありとあらゆる言語が使えるとか言う答えを期待していたわけでもないし、はっきり言ってしまえばどうでもいい事なのだが、何となく気になったので聞いてみただけだ。
「え〜と、それでエルは何が出来るかと言いますと、まず空が飛べます。結構早いです、はい。あ、これちょっと自慢です」
 そう言ったエルが自慢げに微笑み、余り大きくもない胸を張った。
「で、空飛ぶ以外には何が出来るんだよ?」
 私の頭の上で胡座をかいているサラが余り興味なさそうにエルを見ながら尋ねると、エルはムッとしたように頬を膨らませてぷいと横を向いてしまった。
「エルはあなたの事が嫌いです。だからあなたに説明はしません」
 そのエルの発言に今度はサラの方がカチンと来たらしい。
「ほほう……ならお前は空飛ぶ以外に何も出来ない能なしなわけだな?」
「そんな事は言ってませんです。あなたには説明したくないと言っただけです。これだから短気で短絡思考な火の精霊は嫌です」
「言ってくれるじゃねぇか、能なし」
 サラはそう言うと、私の頭の上から机の上へと飛び降りた。そしてつかつかとエルの方に歩み寄っていく。
「な、何ですか?」
 いきなり詰め寄ってきたサラにエルはびくびくしながら尋ねた。はっきり言ってしまえばエルは怯えているみたいだ。そう言えばエルが猫に捕まって気を失っているのをサラが往復ビンタで無理矢理覚醒させたんだっけか。どうもあの時からエルはサラに対して苦手意識みたいなものを持ってしまったらしい。
「何もしやしねぇよ。で、空飛ぶ以外に何が出来るんだよ?」
 ジロリとエルを睨み付け、充分威嚇しながらサラが言う。
 エルは涙で目をうるうるさせながら私に助けを求めるような視線を送ってきた。何と言うか、保護欲をそそられてしまうなぁ。とりあえずここはエルを助けてあげよう。何と言っても我が敬愛するお姉さまがわざわざ私の為に作ってくれた人工精霊だ。あ、勿論ここは嫌味だけど。当人に聞こえる事はないはずだからこれくらいは別に構わないだろう。それはともかく、エルはまだ生まれてそれほど時間が経っているわけでもないし、まだまだこの世界に慣れてないだろうから、私が守ってあげないと。やっぱり保護欲そそられてるなぁ。
「サラ、少しエルちゃんから離れなさい。怖がってるじゃない」
「何だよー。麻由良はこいつの味方するつもりか?」
「あのねぇ、敵とか味方とかじゃないでしょうに。エルちゃんはお姉ちゃんが私の為に作って寄越してくれたんだから。言ってみれば仲間でしょ?」
「むー……」
 少し不服そうだが、とりあえずサラはエルから少し離れた。それからどすんとまた胡座をかいて座る。
 よくわからないのだが、人工精霊と自然精霊というのは相性が悪いのだろうか。やっぱり人の手が加えられていると言うのが自然に生まれた精霊には気にくわないのかも知れない。その辺の事は今度お母さんにでも聞いてみよう。
「で、エルちゃん。他に何が出来るの?」
「あ、はい。えっと、エルは空を飛ぶ以外にはですね」
 彼女自身の話によると、どうやらエルはサーチ能力に優れているらしい。”歪み”のウィークポイントや姿を隠している本体を見つけたりすることが可能なようだ。しかし、どっちかと言うとそれは付加的な能力らしく本命はやはり空を飛ぶと言うことらしい。
 でも考えてみればその「空を飛ぶ」という能力は結構役に立つものだ。魔法少女と言っても自由自在に空を飛べるわけではない。まぁ、これは契約している精霊にもよるところがあるらしいんだけど、基本的には空を飛ぼうと思えば例の「空飛ぶ箒」が必要なわけで、あのとんでもないスピードの空飛ぶ箒じゃ小回りが全く利かないし、それに空飛ぶ箒に乗っている最中には他の魔法が使えないと言う弱点もある。その点エルの空を飛ぶ能力は速さは空飛ぶ箒程でもないらしいし、小回りも利く。それに何と言っても空を飛びながら他の魔法が使えると言う利点がある。
「成る程ね」
 エルの説明を聞いて私は大きく頷いた。
 それを見て、エルも安心したように微笑みを浮かべた。う〜ん、何て言うか、可愛いなぁ。小生意気な何処かの火の精霊とは大違いだ。
「……何だよ?」
「別に。それよりもエルちゃん、後の二人は?」
 私の考えている事に感付いたのかチラリとこっちを見てくるサラをささっと受け流しておいて、エルに一緒に送られてきた後二人の人工精霊の事を尋ねてみる。何と言うか、残る二体の人工精霊、あっちの方が色んな意味で厄介な気がする。
「ランちゃんとソウちゃんですか?」
「いや、名前まではお姉ちゃんから聞いてないんだけど」
「えっと、大きい銃を持っているのがランちゃんで大きい刀持ってるのがソウちゃんです」
 そう言われて私は今日の夕方頃、ブロック塀の怪物を倒したあの人工精霊の姿を思い浮かべた。確かに片方は自分の背程もあるライフルを持っていたし、もう片方は自分の背程もある刀を持っていた。ちなみにエルは背中にブースターのようなものを背負っている。サラは「ランドセル」と言い、エル本人は「これがじぇっとぶーすたーです」とか言っていたけど。
「ランちゃんは遠距離砲撃戦が得意で、とにかく物凄い火力で相手を粉砕するのが得意です。ソウちゃんは近接格闘が得意で持っている刀で何でも斬っちゃいます」
「次○と五○衛門か。差詰め、お前がル○ンってとこか」
 からかうようにサラがそう言うと、エルがそっちを睨み付けた。だが、サラは少しも怖くないとばかりにあっさりと受け流してしまう。しかしなかなか上手い例えと言えばそう言う気もする。
「とりあえず先に契約済ませちゃいましょうか。後の二人を捜すにしても何にしてもエルちゃんの協力が欲しいからね」
「は、はいっ!!」
 私がそう言ってエルを見ると、彼女は嬉しそうにそう言って頷いた。その横ではサラが少し不服そうな顔をしていたけど、とりあえずは何も言わなかったので一応は了承してくれたのだろう。

 私の名前は炎城寺麻由良。
 極々平凡な女子高生だった私はひょんな事からこの世の負のエネルギーの固まりである”歪み”を封滅することの出来る唯一の存在、魔法少女と言う何か非日常の極みみたいな存在になってしまった。
 何かその経緯に色々とあったので今一つ納得のいかないものを感じながらも、それでもこれが出来るのは私だけと言う元魔法少女のお母さんの口車に乗せられて、一回の出動につき五百円と言う約束で、契約した火の精霊サラマンダー、通称サラと共に頑張っている。ちなみにその中には危険手当とかは一切入ってない。ただいまその辺のところをお母さんと交渉中。

STRIKE WITCHES
3rd Stage Artificial spirits Panic U


「さて、何を忘れているんだろう?」
 机の上に置いた携帯電話を前に私は腕を組んで考える。
 何かしておかなければならない事があったような気もするんだけど、どうもそれが思い出せない。それほど忘れっぽい事もないはずなのだけれども、やはり昨日の夜研究室の仲間と記憶がなくなるまで飲んだのが間違いだったかな。アパートに帰ってくる頃には陽が昇りかけていたし。少し控えなければ健康面で問題があるかも知れないけど、どうせ日本に帰ったら父さんや妹に止められるだろうから今のうちに飲めるだけ飲んでおいた方がいいか。うん、そうしよう。
 しかし、うちの家は何でああも妹が強いのか。いや、どっちかと言うと母さんが余りにも頼りなさそうに見えるから、それで余計にしっかりしてしまったのだろう。それでもやはり血はしっかりと受け継がれているらしく、かなりの面倒くさがり屋で、肝心なところで詰めが甘い。家事能力もそれほど高いわけでもないし。まぁ、私よりはまともなものを作るけど。私はどっちかと言うと実験的な料理を作るのが大好きだけど、あの子はそう言う冒険はあまりしない。レシピ通りにそれなりのものを作る。まぁ、面倒くさがって台所に立つ事などほとんど無いけどね。それ以前に母さんがやらせようとはしないし。一見頼りなさそうに見えて、なかなか芯の強い人だからなぁ、我が母上は。こうと決めたらてこでも動かない頑固者でもあるし。
 もっともそのお陰で私も魔法少女と言う非常に面倒くさいものになっちゃってるわけだけど、まぁ、それはそれである意味楽しんでいるから別にいい。母さんや妹と違って私はどっちかと言うと、その攻撃的な魔法は余り得意じゃない。私はどっちかと言うならば魔法使いと言うよりも錬金術師のような感じだ。そう言う方面での才能を伸ばす為にこうしてわざわざイギリスまで留学しに来ているわけだが、さて、何で携帯電話など机の上に出しているのだろう。
 どうもいけない。やはり寝不足な上に徹夜で、それこそ記憶のなくなるまで酒を飲んでいたから思考能力が鈍りまくっているみたいだ。これはさっさと寝た方がいい。何と言っても寝不足は美貌の最大の敵だから。
「うん、今日は予定もないし、寝て過ごすかな」
 私はそう呟くと机の上の携帯電話を充電器にセットしてベッドに倒れ込んだ。ああ、ちゃんとベッドで寝るのなんて何日ぶりだろう。でもまぁ、魔法少女となった妹への折角のお祝いの品だ。気合い入れてやってあげたんだから少しは感謝しろよ、妹。

* * *

 頭には麦わら帽子、肩から提げた虫かご、そして手には虫取り網。
「……ねぇ、泣いていい?」
「泣くな泣くな」
 思いっきり脱力しまくった私がそう呟くとサラが苦笑しながらすぐに答えてくれた。ちなみに先ほどの、夏休みに昆虫採集に出掛ける小学生ルックなのは今の私だ。何と言うか、余りもの情けなさに涙が出てきそうになる。
「麻由良ちゃん、よく似合ってるわぁ」
「ご主人様、よく似合ってますですぅ」
 口をそろえてそう言うのは我が母上とエルだ。わざわざこの夏休みに昆虫採集に出掛ける小学生ルックを用意したのは勿論我が母上な訳で。全くうちのバカ親は一体どうしたらいいのだろうか、ひとしきり悩んでしまう。着ている私も私だが。
「全然嬉しくない」
 ジロッとお母さんを睨み付けて私が言うけども、全然聞いてない風だ。自分のコーディネイトに凄く満足している様子で何度も頷いている。
 そのお母さんの肩にはちょこんとエルが座っていて、目をキラキラさせて私の方をじっと見つめていた。何かこの子も何処か感覚がずれているような気がしてならない。私と契約を交わした直後から私の事を「ご主人様」と呼ぶようになるし、昨日は余りよくわかってなかったけど、あの子が着ているのはメイド服だし。一体何で人工精霊がメイド服着てるんだろう? 可能性があるとすれば、お姉ちゃんの趣味。いや、それしか有り得ないんだけど。とりあえず今度電話かかってきたら色々と文句言っておこう。そう心の中に書き留めておく。いつかかってくるかわからないから忘れる可能性大だけど。
「とりあえず何でこう言うコーディネイトなのか、教えて欲しいんだけど?」
「何て言うか、逃げちゃったこの子の仲間を捕まえに行くって言うから」
「だからどうして夏休みに昆虫採集を出掛ける小学生的な格好になるわけよ?」
「麻由良ちゃん、よく似合ってるわよ」
 ニコニコしながら言うお母さん。それはあれですか、私が小学生的な体型をしているとでも言いたいわけですか、お母様。こう見えてもこの私、それなりに出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいるつもりなんですが。そりゃまぁ、浅葱に比べれば貧弱ではありますけれども。浅葱は……何で言うか、グラビアモデルも真っ青なナイスボディの持ち主だからなぁ。比べる方が間違っているという気もする。
 とりあえず、お母さんにこれ以上文句を言っても聞いてくれそうにないと言うか、そもそも聞いてないし、聞くつもりもないんだろうから格好については諦めよう。まぁ、幅広の麦わら帽子は紫外線対策に役に立つと思えばいいだろうし。
「ところで……こんなので捕まえられるの?」
 そう言ってチラリと持たされている虫取り網を見る。トンボとか蝶を捕まえに行くんじゃないんだから。それに人工精霊と言ってもちゃんと人格を持っているんだからこれで捕まえられるのは果てしなく屈辱的なのではないだろうか。もし、私がそっちの立場なら意地でも逃げてやろうと言う気になってしまうのだが。
「この網は特殊な魔力で作ってあるから物凄く頑丈よ。だから大丈夫」
「頑丈とかそう言う問題じゃない気もするけど」
「ちなみにその籠も同じく魔力を込めてあるからそう簡単に逃げられないわ」
 そう言われて肩から提げている虫かごを見る。
「あたいだったらこの中に入れられるくらいなら舌噛むね」
 頬を引きつらせてサラが言う。これには私も同感だった。この格好、夏休みに昆虫採集に出掛ける小学生ルックはどう考えても相手を余計に刺激する格好のように思えてならない。
「麻由良ちゃん、頑張って〜」
 暢気なお母さんの声を背中に受けながらガックリと肩を落とした私は家を出た。はっきり言ってしまうとやる気はほとんど零。全てはこの格好が悪い。
「あ、あの、ご主人様?」
 ふわふわ〜と私の後ろをついてきているエルが声をかけてきたので、私は足を止めた。振り返ろうとするよりも先にエルが立ち止まった私の頭に激突する。
「うきゃん!」
 目を回して落下するエルを慌てて受け止める。
「ゴメン、そんなに近くにいたなんて気がつかなかったわ」
「ハハン、ドジな奴〜」
 何故か楽しそうに言うサラ。
「そんな事言わないの。大丈夫、エル?」
「だ、大丈夫れふ〜」
 私の手のひらの上で立ち上がろうとするエルだけど、まだ目を回しているらしくフラフラしている上にろれつも回ってない。見ていてとてつもなく危なっかしい。
 何と言うか、この子はドジっ子属性を持っているらしい。昨日も一旦私たちの前から逃げたのにもかかわらず、気がついたら野良猫に食べられそうになってたし。何でこう言う訳のわからない属性を持たせたのかお姉ちゃんに問いただす必要性を感じながらも、目を離すと何か危険なような気がしたのでとりあえず肩の上に乗せておく。頭の上はサラ専用の場所になっていて譲ってくれそうにもなかったからだ。
「はうう〜。申し訳ありませんです、ご主人様〜」
「やれやれ、役に立たない子分だなぁ」
「エルは子分じゃないです!」
「そうそう、そうだわな。まだ何の役にも立ってないんだから子分以下だよなぁ」
「ムキ〜! やっぱりあなた、嫌いです!!」
「あたいも好きになってくれなんて言ってない」
「ムキ〜〜っ!!」
「ケンカしない! エル、他の子達の居場所わかる?」
 ちょっときつめの言葉で仲裁してから、私は一番肝心なことをエルに尋ねた。出来ることなら早く家に帰りたい。その為には少しでも早くランとソウの二人の人工精霊を見つけて捕まえなければならない。とりあえず私やサラでは”歪み”を感知することが出来ても人工精霊とかそう言うものを感じ取ることは上手くは出来ない。どうも私は攻撃魔法に特化しすぎているきらいがある。感知系の魔法とかはどうも苦手だ。おそらくこれは契約しているサラに問題があるのだろう。そう言うことにしておく。
「ん〜……ダメです。何か力を使ってくれたらわかりやすいんですけど」
 エルが申し訳なさそうな顔をして言う。
「そっか。まぁ、それじゃ仕方ないわね。地道に探しましょう」
 サラがまた何か言う前に私はそう言い、歩き出した。
 しかし何でこうも仲が悪いのか。サラは口を開けばエルの神経を逆撫でするような発言ばかりだし、エルはエルであっさりとその挑発に乗ってしまうと言う意外と単純な性格をしている。この調子だと残りの二人が見つかったらどうなるんだろうか。かなりにぎやかになることは間違いないだろう。にぎやかなだけならいいんだけど、何となく単にうるさいだけという気がする。
 と言うことで全く何の宛もなく私はサラとエルとを引き連れて街中を行方不明の人工精霊を探して歩き回ることにしたのであった。

 家を出てから早三時間。何の宛もなく歩き回っているだけでは行方不明の人工精霊は見つからないと私はその頃になってようやく気付いた。
「あああああああ…………」
 今更ながらそんなことに気付くなんて、なんて私は間抜けなんだろう。とある公園の中にある大きな木の幹に手をついてガックリと肩を落としてみる。
「あう〜、申し訳ありません、ご主人様〜」
 私と同じように力無く肩を落としているエル。一応サーチ能力を持っている彼女だが今のところ何の役にも立ってないのだから、それが余計にショックなのだろう。それともこれではサラの言う通りただの役立たずだと実感しているのだろうか。
「気にしちゃダメよ、エル。とりあえず何の考えもなしに歩き出したのは私なんだから」
「でもでも、まるで役に立たないってのは……」
「だから気にしたダメだって。エルの本当の力はまだ見せて貰ってないんだし」
「あう〜」
 そうは言ってもエルはかなり気にしちゃっているようだ。私の役に立つように、とお姉ちゃんに作られたのにまるで役に立ってないから、その自信を喪失しているのかも知れない。
 さて、一体どうしたものか。エルの特性を一番活かすのなら魔法少女に変身して空から後の二人の人工精霊を探すべきなんだろうけど、生憎と私の魔力は無尽蔵ではない。空を飛んで探し回るうちに魔力が尽きてしまったらいざと言う時に色々と問題が出てくる。だからこそのこの夏休みに昆虫採集に出掛ける小学生ルックなのだが。
「はうう〜」
 しゅんとしてしまっているエルを見ていると何か可哀想になってきた。まぁ、変身して少しエルの本当の力を試す為に空を飛んでみるのも気分転換にいいかも知れない。案外空から探してみればあっさりと見つかるかもしれないし。
「ま、仕方ないか……封印術式解除。魔力連結。魔法変身!」
「ちょ、いきなり何よ!!」
 サラが何か言いたげだったのを思い切り無視して変身用のキーワードを口にする。ちなみにこのキーワードを口にすると問答無用で変身の為のプロセスが始まってしまう。この辺、サラの意思は完全に無視。どれだけ嫌がろうと何をしようと無駄。
 彼女自身の意思とは関係なしにサラの身体が勝手に動き、私の周囲をぐるりと一周する。その軌跡に沿って浮かび上がる魔法陣。

 私の周りに描かれた魔法陣がまばゆい光を放つ。その光の中、私の着ている服が弾け飛び、同時に真紅の炎が全身を包み込んでいった。
 真紅の炎が足にまとわりつき、赤と白のツートンのオーバーニーソックスになる。更にその上にも炎が絡み付いて、赤い編み上げブーツとなった。ぴんと伸ばした両腕にも炎が絡み付いて真っ赤なロンググローブになり、手首から肘にかけての辺りにはまるで籠手のような白い装甲が装着された。身体にはまず、白いレオタードのようなものがぴっちりと上から下まで包み込み、その上に赤いブラ状の胸当て、下半身は腰の辺りに太めのベルトが現れてそこから余り長いとは言えないスカートがひらりと発生する。更に赤い縁取りのされたケープが肩にかけられてそれを止めるように胸元にペンダントが出現する。更に髪の毛も黒から真っ赤に変わり、足下の魔法陣が弾け飛んで、これで完成。
「炎の魔法少女麻由良、推参っ!!」
「わぁ〜〜〜〜っ! ぱちぱちぱち〜」
 いつものように変身後のポーズを取っちゃっていたりする私を見てエルが目を輝かせて拍手している。うん、何となくいい気分かも。
――い、いきなり何だよ! 変身するならするで先に言えって!
 例によって頭の中に聞こえてくるサラの声。
「まぁまぁ、気にしない気にしない」
――むうう〜〜〜。
 いつもなら先に「行くわよ」とか言うんだけど、今回はそう言うのがまるでなかったからか、サラはちょっとご機嫌斜めのようだ。この調子だとこの後私がやろうとしていることを伝えるとますますご機嫌斜めになるかもしれない。
――あー、もう、何なんだよ! さっさと言えって!!
 イライラしているなぁ。
「エル、あなたの力、貸して貰うわよ」
「了解ですぅ!」
 さっとエルの方に向かって手を伸ばすと、その先にいたエルがコクリと頷いた。
 エルの身体がふわりと舞って私の胸元、ケープを止めているペンダントに埋め込まれている宝石に吸い込まれていく。
 次の瞬間、私の周りに魔法陣が浮かび上がり、その魔法陣が眩い光を放った。その光の中、私の姿に変化が現れる。真っ赤なロンググローブ、編み上げブーツはそのままにオーバーニーソックスが白一色に変わり、肩にかけられていたケープが姿を消してしまう。その代わりなのだろうか、両肩には白く輝く肩当てがつけられ、胸当ても色を赤から白に変えて少しサイズが大きめになる。あまり長くないスカートもキュロット状に変化して、そして何よりも最大の変化は背中に生えた白く大きな翼だろうか。
「てかさ、何で背中に背負ってたのが”じぇっとぶーすたー”なのに私の背中にあるのは翼なのよ?」
 背中にある大きく白い翼を見て思わず浮かんだ疑問を口にしてしまう。
――えっとえっと、た、多分見栄えの問題だと思いますぅ……。
 エルの声が頭の中に響いてきた。どうやらサラと一緒にエルも一体化しているらしい。
――むう〜〜〜〜。何か変な感じだな〜。
 ちょっと違和感を感じているようなサラの声。
 ちなみに変な感じと言うことなら私も同様だ。何せ自分の中に自分とは別の人格が二つもいるのだから。
――も、申し訳ありませんですぅ、ご主人様〜。
 私が考えていることが伝わってしまったのか、エルが申し訳なさそうな、恐縮したような感じで謝ってくる。
「謝らなくってもいいわよ。この先エルの力を借りなきゃならない事っていっぱいあると思うからね、これくらいすぐに慣れるわよ」
――そうそう、こいつのことなんか遠慮すること無いって。
「あんたは少しぐらい遠慮って言葉を覚えた方がいいわよ、サラ」
 ちょっとこめかみひくひくさせながらそう言い、私は改めて自分の姿を見てみた。全体的な印象は背中の翼の為に大きく変わっているかもしれないが、やっぱり魔法少女ってイメージからは離れないらしい。
「まぁ、格好はいいか。さて、それじゃやってみますか」
 と言ってみるが、果たしてどうやって空を飛ぶんだろう。パターン的には空を飛ぶことをイメージして、そこに魔力を込めればいいような気がするんだけど。しかしながらその「空を飛ぶ」と言うことがいまいちイメージ出来なかったりする。そこまで空想少女でもなかったしなぁ。
――大丈夫ですぅ! ここはエルにお任せですぅ!
 エルの声が聞こえてきたと思ったら、すぐに頭の中に自分が空を飛んでいるようなイメージが流れ込んできた。それと同時に背中の翼がはためき、足が地面から離れる。
「へ?」
 そのまま私の身体は重力から切り離されたかのように空高く舞い上がってしまう。
「わわわわわっ!!」
 全く、何の心構えもしてないのにいきなり身体が空に浮き上がってしまって、私としては大パニックもいいところだった。何をどうすればいいのか、全くわからない。
――ご、ご主人様、制御! 制御してくださいです!
 エルの慌てたような声が聞こえてくる。
「せ、制御って言われても!」
 どうすればいいのかわからない。そもそも何で身体が浮かび上がった野かすら理解し切れてないのに制御などしようがない。とにかく今の私はひたすらパニックに陥るだけだ。
――とりあえずさ、空を飛ぶっていうイメージを切ってやれば?
 やる気の無さそうなサラの声。こいつ、自分は全く関係ないとか思ってるな。後で覚えてろよ〜!!
 そんなことを考えていると、頭の中に流れ込んできていた空を飛ぶというイメージがいきなり消えた。どうやらサラの忠告(?)に従ってエルがイメージの流入をやめたらしい。それはいいんだけど、その次の瞬間、背中でぱたぱたとはためいていた翼の動きがぴたりと止まり、私の身体は再び重力の枷に捕まり地上へと物凄い勢いで落下し始めた。
「うわわわわ〜〜〜〜〜〜っ!!」
 口から悲鳴、目からは涙をこぼしながら地上へと落下していく私。いつの間にか結構高いところまで来ていたらしくその落下速度はどんどん速くなっていく。
 ダ、ダメだ。このままだと確実に地面に激突する。物理的衝撃にはほぼ無敵の防御結界があるにはあるけど、果たしてこの落下速度で地面に激突したらどうなるか。
――あ〜、この速度だと防御結界でもダメかも。
 そう言うサラの声には多少焦っているような感じが含まれていた。本体である私がダメージを受けると一体化しているサラやエルにもダメージが行くようになっているらしい。うん、これぞ一心同体。
「とか何とか言ってる場合じゃないって!!」
 以前お母さんが駅前ロータリーから私の学校にまで激しく吹っ飛ばされてきた時は確か”反射結界”という魔法を使って身を守っていた。あれは自分たちの周りに外と反発するような結界を生み出して衝撃を相殺する魔法だ。それが使えればいいんだけど、生憎と私はその魔法を覚えてないと言うか、知らない。
――だからもっと魔法の勉強をしろって!
「今更言っても仕方ないでしょうに!!」
――それより早く何とかしろー!!
「どうにも出来ないから困ってるんでしょうが!!」
 サラと醜い言い争いをしている間にも地面はどんどん迫ってくる。
 ああ、こんなところで私の人生お終いなのね。何と言うか余りにも情けない結末。流石のお母さんも呆れてしまうだろうなとかわざわざ人工精霊まで作ってくれたお姉ちゃんに申し訳ないなぁとか今度生まれ変わる時は絶対に魔法少女なんて言う非日常的なものに生まれないようにとか考えながら手を胸の前で握りあって目を閉じる。
――あの〜……。
 半分以上諦めかけている私の頭の中におずおずとエルの声が聞こえてきた。
――さっきまで送っていたイメージを思い出してもらえませんかぁ?
 先までエルが送ってきていたイメージ?
 そう言われてはっとなった私は閉じていた目を開いた。同時に自分が空を飛んでいる、空を飛べると言うことを強く頭の中でイメージする。すると背中で折り畳まれていた白い翼が大きく広がった。
「ま、間に合えっ!!」
 地面はもう目の前と言っても過言じゃない程近付いている。このまま激突してたまるか、と言う必死の思いを込めて魔力を背中の翼に込めた。そのとたん、バサリと大きく翼がはためき、落下速度がぐんと落ちる。それでもまだ落下は止まらない。
――もっと! もっと強く!!
「やってる!!」
 頭の中で強く止まれと、まるで祈るようにしながら魔力を背中の翼により一層込めていく。翼のはためきはさっきよりも大きく、激しくなるけどそれでもまだ止まらない。
「止まれっての!!」
 地面まで後少し、思わず目を閉じてしまいそうになるけどぐっと我慢。背中の翼が必死に重力の枷から解き放たれようと羽ばたく。
 私の身体が止まったのは何と地面ギリギリ、ほんの三十センチ程のところだった。冷や汗やら脂汗やらよくわからないけど、とにかく汗が地面に流れ落ちるのがはっきりと見て取れる。
「た、助かった……」
 逆さまの状態のまま額に浮かんだ汗を手で拭う私。
――あ、危なかった……。
 ホッとしたような声をサラも漏らしている。
――ふわぁぁぁ……。
 どうやらエルもそれは同様のようだ。
「と、とりあえず……」
 クルリと身体を回転させて地面に足をつけようとした時だった。背中の翼が私の意思とは関係なしにはためいた。
「え?」
――へ?
――あ。
 何か嫌な予感がした。
 と思った時にはもう遅かった。私の身体がまた急上昇していく。
「うわわわわ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」
 私に出来ることと言えばただ悲鳴を上げることだけ。

 それから十回ぐらい同じ事を繰り返してようやく私はフラフラになりながらもその力を制御することに成功していた。
「け、結構大変なのね……」
 フラフラと空を飛びながら呟く私。
――申し訳ありませんですぅ……。
 本気で申し訳なさそうなエルの声。
「あー、これはエルの所為じゃないって。私が下手なだけだから気にしないで」
――しかしまぁ、確かに制御系がややこしいのは事実だな。
――はうっ!
――どうも人工精霊ってのは変にややこしくていけないよな。この辺あたい達はわかりやすくていいだろ?
――はうう〜〜。
「こらこら、エルをいじめちゃダメでしょ、サラ。エルも気にしちゃダメよ。あくまで私がなかなか覚えられなかっただけなんだし」
 あからさまに自分との違いを見せつけるサラに落ち込むエル、そしてそれをなだめる私。何と言うか気疲れしそうな関係だ。早いうちにこう言う状態は何とかしなくては、こっちのストレスがたまる一方だ。
――そうそう。麻由良は案外物覚えが悪いもんな〜。
 何か含むところのありそうなサラの口振りに私は思わずムッとしてしまう。どうやらこの間のことを未だに根に持っているようだ。
 覚えてろよ、この野郎……野郎じゃないけど。
「さてと、エル、そろそろあなたの力を見せて貰うわよ」
 とりあえず気を取り直して、本来の仕事に戻ろう。行方不明の人工精霊二人を捜さないと。
――了解ですぅ。
 エルの返事が聞こえてきたかと思うと急に視界がよくなった。更に耳もやたらとよく聞こえるようになる。
「おおっ、これは凄いかも」
 結構上空を飛んでいるけども地上の様子がよくわかる。井戸端会議中のおばさん達の声だって聞き取れてしまう。
――とりあえず五感のうちの視覚と聴覚をアップさせていますです。それと後は魔力を感知したらそれとわかるようにしましたぁ。
「よし。それじゃ街をぐるりと一周してみましょうか」
――魔力が尽きないように注意しろよ〜。
「あんた、本気でやる気無いわね、今日は」
――やる気がないって言うかさ、あたいは元々こう言うのに向いてないからね。捜し物とかそう言うのは別の系統の精霊の方が得意なんだよ。
――火の精霊は攻撃魔法に偏りすぎだと聞いたことがあるです。捜し物とかには風の精霊か地の精霊の方が相性いいはずです。
――それはあたいにケンカ売っていると思っていいのか、このへっぽこ?
――エルは事実を言ったまでです。
――ふふふ〜、後で覚えておきなさい、へっぽこ。
――エルはへっぽこなんかじゃありません!
――へっぽこはへっぽこだよ。
――ムキー!! やっぱりこの子、嫌いですぅ!!
――好きになってもらえなくて別に結構だよ。
「あんた達、人の頭ん中でケンカするなぁっ!!」
 思わず怒鳴ってしまう私。と言うか、本当に何でサラとエルはこうも相性が悪いんだろう。自然精霊と人工精霊ってここまで相性が悪いものなのかなぁ? お母さんはそんなことないようなこと言っていたけど。これは多分サラとエル、個人の問題なのかもしれない。こんな事でこの先やっていけるんだろうか……ちょっと不安かも。
 
 気を取り直して人工精霊を探し始める。
 しかし。
――みつからねぇな〜。
 つまらなさそうなサラの声が頭の中に響く。続けて何か欠伸しているような音も。どうやら人工精霊探索に本気で退屈しているらしい。
――だってこう言うことに関してあたいは門外漢だからな〜。
――少なくても今は全くの役立たずと言うことです。
――あん? 何だ、ケンカ売ってんのか、へっぽこ?
――エルは事実を言ったまでです。
「だから人の頭の中でケンカするなって」
 苦笑を浮かべながら言う私。何度と無く繰り返されるこの二人の口喧嘩にいい加減嫌になってきていると言うか慣れてきていると言うか。もはや呆れ果てて適当にあしらうだけになってしまっている。
「でも本当に見つからないわね。一体何処に行っちゃったんだろ?」
――そう遠くには行ってないと思いますです。
「わかるの?」
――何となくですけど。それに……未契約のままでそう長い間動き回れる程の力は残ってないはずですぅ。
「参考までに聞くけど、その動き回る力も無くしちゃったらどうなるの?」
――余程のことがないとそう言うことはありませんですぅ。
――人工精霊に限らずあたい達もそうなんだが、力を全て失った精霊は消えるだけだよ。
「消えるって!?」
――言葉通り文字通りって奴だよ。跡形もなく消えて無くなる。それだけ。
「ちょ、ちょっと!! 早く言いなさいよ、それ!!」
 何と言うことだ。早いこと行方不明の人工精霊を見つけないと。折角お姉ちゃんが私の為にって言って作ってくれたのに、それ以上に三人のうち二人も契約することもなく失ったと知ったら絶対に怒る。それこそシャレにならないくらい怒るのが目に見えてわかる。消えてしまう精霊も可哀想だけど、あのお姉さまに怒られると言う事態だけは絶対に阻止しなければ。
「は、早く見つけないと……」
――なんか複雑ですぅ……。
――早く見つけたい理由が理由だかんな……。
 もしかしたらこの時初めてエルとサラの意見が合致した……のかも知れない。私の方はそれどころじゃなかったけど。
――とりあえず落ち着いてくださいです、ご主人様。
「で、でも消えちゃう前に」
 慌てている私にたいして何故かエルは落ち着いている。その理由はすぐにわかった。彼女自身の口から説明があったからだ。
――だから余程のことがないとそれはありませんです。あの二人もそれはわかってるですから。
「そ、そうなの?」
――多分力の消費を抑える為に待機モードになっているんだと思いますです。だからなかなか見つからないんだと思うです。
「待機モード?」
――あれだ、あたいで言えばペンダントの中に収まっている状態だな。こいつらなら昨日玄関先で麻由良をぶちのめした時の状態だろ。
 何故かエルに代わってサラが説明してくる。
 言われて思い出したのが、あの段ボール箱から飛び出していった三つの光。成る程、あれが所謂待機モードと言う奴なのか。それもそうだ、考えてみればイギリスから日本まで飛行機でかなりの時間がかかる。日本に着いてからもうちに来るまで結構時間がかかるだろうし、その間に力を使い果たして消えたら何の意味もない。
「成る程、便利なものねぇ」
――でも早く見つけて契約してあげないと危険なことは変わりないです。今残っている力を使い果たしたら補給出来ませんですし。
 エルの言う通りだ。どっちにしろ早く見つけるに越したことはない。
――ところでさぁ、麻由良。
「何よ?」
――さっきからやな気配を感じちゃってたりするんだけどな、あたい。
「やな気配?」
――実を言うとエルも感じちゃってたりしますぅ。
「え? そ、そうなの?」
――まさか感じてないとか気付いてないとか言うんじゃないだろうな、麻由良?
 何か馬鹿にしたような感じのサラの声。いやまぁ、実を言うと確かに気付いてなかったけどさ。ちょっと別のこと考えていただけじゃない。
――…………。
――…………。
 気のせいか微妙な空気が流れているような気がする。
 とりあえず気を取り直して二人の言う”やな気配”とやらを探ってみる事にした。これが普段の、と言うかサラだけしかいない場合だと全く気付くことは出来そうにもないんだけど、今はサーチ能力の高いエルがいる。だからか、すぐにその”やな気配”を感じ取ることが出来た。
「あ〜、確かに”やな気配”だわね」
 何と言うか、感じ取れたのは文字通りの”やな気配”だった。他に言い表しようがない。でも、この気配には何となくだけど覚えがあった。
「これって……あれよね?」
――あれだろうなぁ。
「なんてタイミングの悪い……」
 本当に、全くタイミングが悪すぎる。このクソ忙しい時に出てきて欲しくないものが、こっちの期待とか希望とかそう言うものを一切無視して現れるのだから。
――”歪み”……ですか?
 少し不安そうにエルが尋ねてきたので私はしっかりと、でも力無く頷いた。
「あー、もう最悪。早く探さなくっちゃいけないのに……」
――でも、もしかしたらこれはチャンスかも知れませんですぅ。
「は?」
――エル達は対”歪み”用に特別に調整されている部分がありますからきっと現れるはずですぅ。
「そうなの?」
――ランちゃんとソウちゃんは特に、ですぅ。
――なら話は早いな。”歪み”のいる場所にあの二人が現れてくれたらまさしく一石二鳥って奴だ。
「そうね。それじゃ行きますか」
 私はそう言うとさっと手を振って毎度おなじみの空飛ぶ箒を呼び出した。この後に”歪み”との戦いが控えているんだから無駄に魔力を消費するわけにはいかない。実際のところ、空を飛ぶだけでも魔力ってのは消費されてるんだし。”歪み”の元に辿り着く前に魔力を使い果たしていたら馬鹿そのものだ。
 すっと箒に跨って背中の翼を折り畳む。広げたままだと空気抵抗が大きくなって厄介なことこの上ないだろうし。それくらいのことは私だってわかる。
――なんか麻由良らしくないな〜。
「どう言う意味だ、どう言う」
――あははっ、気にするなって!
「……やっぱりあんたとは一度しっかりと話し合う必要があるわね」
――それについてはあたいも同じ意見だ、麻由良。
 もし一体化していなかったら絶対に睨み合いになっていただろうなと思いつつ、私は”やな気配”のする方向へと空飛ぶ箒で向かうのだった。

* * *

 学校への登校路となっている桜並木。既に桜の花は散り、青々とした葉が生い茂っている。この桜並木は丁度河川敷の土手の上にあり、この辺りの住民にとっては憩いの場、散歩のコースとなっている。
 この日、家で暇をもてあましていた水前寺浅葱は愛用のMTBに乗って親友である麻由良の家に遊びに向かったのだが、麻由良自身は何処かに出掛けていた為に不在。仕方なく、彼女はこの河川敷へとやってきていた。
 天気もよく、季節柄過ごしやすい気候のお陰でサイクリングにはもってこいだった。ここからもう少し足を伸ばせば彼女たちの通っている学校があり、その裏手にある小高い丘――生徒達はそこを”裏山”と呼んでいる――まで行っても別に構わないだろう。どうせ暇なのだし。
 軽快にペダルをこぎながら少しスピードを上げてみる。途中、大型犬に引っ張られて転びそうになりながらも何とかついていっている少女とすれ違いながら、河川敷の散歩道を進んでいく。
 しばらく進んでから浅葱は急ブレーキをかけてMTBをストップさせた。
「まったく」
 眉を寄せて険しい顔をしつつMTBから降り、落ちている空き缶を拾い上げる。
 この河川敷は散歩道にはなっているが、特に整備されてそうなっているわけではない。いつの間にかそうなっていると言うだけで、本当は何もないところだったのだ。だからゴミ箱などと言ったものも付近にはない。ゴミなどはきちんと持ち帰る、それがこの付近の住民の暗黙の了解となっているのだ。たまにそれを守らない者もいるが。
「この程度のことも出来ない奴がいるとは嘆かわしいことだな」
 そんなことを呟きながらMTBの側に戻っていく浅葱。こう言うことに関しては彼女は結構厳しいのだ。
 空き缶片手にMTBを押して歩く。ゴミ箱が近くにない以上、あるところまで持っていって捨てるつもりなのだが、そのゴミ箱が彼女の通う学校の側にあるコンビニにしかないと言うのが厄介だった。しかし多少面倒でもそうしてしまうところが浅葱なのである。
 河川敷から土手の上に上がりそのコンビニの方へと向かっていると、彼女の進行方向から同じ年ぐらいの少年が必死の形相で走ってくるのが見えた。一体どうしたのだろうと思って足を止めてその少年を見ていると、少年は浅葱などには目もくれず、まさしく逃げるようにして走り去っていく。
「……?」
 思わず首を傾げる浅葱。気を取り直して彼女が歩き出そうとすると、すっと目の前が暗くなった。何だろうと思って顔を上げてみると、いつの間にか巨大な空き缶の怪物が浅葱の目の前に立っているではないか。
 普段は冷静沈着で何事にもそうそう動じることのない浅葱であったが、流石に今回のことは彼女の許容範囲外だったようだ。唖然とした顔をしてその場に座り込んでしまう。もしかしたら腰を抜かしてしまったのかも知れない。
 空き缶の怪物は少しの間座り込んでしまっている浅葱のことを見下ろしていたが、やがて彼女の手に空き缶が握られているのを見つけると、同じく空き缶で出来ている両腕を振り上げた。どうやら怒らせてしまったらしい。理由は浅葱にはわからなかったが。
 とにかく逃げようとする浅葱だったが、本当に腰が抜けてしまっているらしく下半身に力が入らない。
「あ、やば……」
 青ざめた顔で両腕を振り上げた空き缶の怪物を見上げる浅葱。あの手が振り下ろされれば、彼女などぺちゃんこになってしまうだろう。ならなくても大怪我を負うことは間違いない。そんな自分の運命を悟ってか、思わず堅く目を閉じてしまう。
「さぁせるかぁっ!!!」
 今にも空き缶の怪物の腕が振り下ろされようとした時、そんな大声が浅葱の耳に飛び込んできた。

* * *

 例によってギリギリでしか制御出来ない空飛ぶ箒に跨って今回の”歪み”の怪物の元へと急いでいた私の目に飛び込んできたのは、その”歪み”の怪物――今回はどうやら空き缶が元になっているらしい。巨大な空き缶の胴体に同じく巨大空き缶、それこそドラム缶並みの大きさの空き缶の頭。ご丁寧にも両手両足も空き缶で構成されている、見事なまでの空き缶の怪物だ――とその前に座り込んでしまっている親友の浅葱の姿だった。運の悪いことに”歪み”の怪物と鉢合わせしてしまったらしい。それで腰を抜かしているって言うところかな。
 いやいやいや、冷静に状況を分析している場合じゃない。何と言っても襲われているのは我が大親友、かけがえのない友人の浅葱だ。一刻も早く助け出さないと。
 しかし、今の状況で浅葱を助けると言うことは彼女の前にこの姿を見せると言うことになる。出来ればそう言う事態は避けたかったけど、今回ばかりはそうもいかないだろう。
 本来ならば不可視の魔法が自動的にかかっているので姿を見られることはない。でも”歪み”の怪物に襲われている人たちを助ける為に姿を見せたことは今までにも何度かある。サラが言うには仮に助けた人が私の顔を見ても私、炎城寺麻由良だとは認識出来ないようになっているらしいとのこと。だから安心して姿を見せちゃっていたりもするのだけど、何となく今回は妙に不安だった。だからあえて尋ねてみる。
「……ちょっと、本当にばれないわよね?」
――大丈夫だって。相手にも魔力がない限り麻由良だって事はわからないはずだって前にも言っただろ?
「それはそうだけど」
 だけどもやっぱり不安だ。相手はあの浅葱、ちょっとしたことから私だと見抜いてしまう可能性がなきにしもあらず。
――その辺は上手くやれってことだな。
 確かにサラの言う通り、私自身が正体がばれないように努力するしかないだろう。
――あのう……早く助けた方がいいんじゃないかと思いますですぅ。
 エルにそう言われて浅葱の方に注意を戻してみると、空き缶の怪物が今にも浅葱に向かってその腕を振り下ろそうとしているところだった。今すぐにこの箒から降りて攻撃用の魔法を放っても間に合わない。ならどうするか。答えは簡単、決まっている。後は私がその覚悟を決めるだけ。
――お、おい……まさかと思うけど……。
 私が何をやろうとしているのかを察知したらしくサラが不安げな声をあげる。だけど躊躇している暇はない。浅葱を助ける為だ。
「そのまさか! 突っ込むわよ!!」
 跨っている空飛ぶ箒のスピードを更に上げて私は空き缶の怪物目掛けて突っ込んでいった。魔法少女に変身している間は物理的衝撃に対してほぼ百パーセントの防御力を持つ結界が自分の周りに張られているからこそ出来る芸当だ。勿論、あまりやりたいことではないけれど。
「さぁせるかぁっ!!!」
 大声で叫びながら空き缶の怪物に向かって体当たりを敢行。浅葱に向かって腕を振り下ろそうとしていた空き缶の怪物は私には気付いていなかったらしく、まともにぶつかって大きく吹っ飛ばされた。ついでに私も空飛ぶ箒から振り落とされてしまったけど。あいた〜、思い切り腰打ったわ……。
 打った腰(と言うかお尻の辺り)をさすりながら立ち上がった私はすぐに座り込んでしまっている浅葱の方を振り返った。顔には痛みを堪えつつ笑みを浮かべて。ちょっと目に涙が浮かんでいるのはこの際スルーして貰おう。
「だ、大丈夫ですか?」
「あ、は、はい」
――どっちかと言うとその言葉は今の麻由良に当てはまるな。
 私の質問に答える浅葱の声とサラの声がかぶった。心の中だけで、うるさい、とサラに対して答えながら私は少し表情を引き締める。
「立てますか?」
「あ……それはちょっと無理かも」
「わかりました。ここでじっとしていてください」
 正体がばれないように出来る限り普段私が使わないような口調で話しかけてから、私は空き缶の怪物の方へと振り返った。浅葱が動けない以上、この空き缶の怪物をここから出来る限り引き離さなければならない。そうでなければ一発で決着をつけるしかない。どっちかと言うと後者の方が簡単だし、私の性にも合っているんだけど。
「さぁて! それじゃ行くわよ!」
 意識を戦闘モードへと移行させる。
――でもやることはいつもと一緒だろ、どーせ。
 馬鹿にしたようなサラの声。やっぱりサラとは一度本気でじっくり話し合う必要がありそうだ。
――先に言っておいてやるけどな、”灼熱の砲弾”が使える程の魔力は残ってねーからな。
「は?」
 思わず間抜けな声をあげてしまう。私にとって最大にして最強且つ一番使い慣れている攻撃魔法”灼熱の砲弾”が使えないとは一体どう言うことなのだろうか。
――申し訳ありませんですぅ……。
 急にシュンとしたようなエルの声が聞こえてきた。
「ど、どう言う事よ?」
 ちょっと焦りながら尋ねてみるとサラが呆れたような口調で答えてくれた。
――あれだ、こいつの能力を試した時なかなか制御出来なかっただろ?
 そう言えばそうだ。エルの能力、空を飛ぶ能力をなかなか制御出来ずに急上昇と急降下を何度も繰り返したんだっけ。あ、まさかそれで魔力を大量消費したとか?
――ご名答。でもまぁ、あの怪物を倒せなくてもここから退かせることぐらいなら今残ってる魔力でも十分出来る。
 成る程。そう言うことなら仕方ない。それに”灼熱の砲弾”以外の魔法も少しは練習しなければならないと思っていたところだし、丁度いい。うん、我ながらなかなかにポジティブシンキング。
「行くわよぉ……”灼熱の弾丸”!!」
 手を拳銃のような形にして(要するに人差し指と親指を九十度に立てて後の指は握っておく状態だ)突き出し、その指先に小さな火の玉をイメージする。そこに魔力を流し込んで一気に解き放つ。軽く衝撃を感じつつ、私の指先から小さな火の玉が発射される。うーん、本当に弾丸サイズだ。
――そりゃ”灼熱の弾丸”って言うぐらいだからな。ちなみに”砲弾”と比べて威力が劣る分連射可能。
 それはつまり手数で押せと言うことか。そう思ってもう一度同じように指先に小さな火の玉をイメージしようとした時だった。目の前に空き缶が飛んできて、私の頭にぶつかった。勿論、防御結界があるからダメージはないんだけど、一瞬何が起きたのかわからなかった。
「あ?」
 思わず間抜けにも程がある声をあげてしまう私。そこにまた空き缶が飛んできた。しかも結構なスピードで。まともにぶつかれば多少の怪我では済まないかもってぐらい。まぁ、私の場合は防御結界があるから大丈夫だけど。しかし、何となく飛んできた空き缶をかわしてしまう。
 さて今度はこっちの番、と思ったらまた空き缶が飛んできた。何となくむかついたので飛んできた空き缶に向かって”灼熱の弾丸”を放ち、撃ち落としてみる。するとどうだろう、空き缶の怪物が次々と空き缶をこちらに向かって投げつけて来るではないか。
「このっ! このっ! このっ!」
 次々と空き缶の怪物が投げつけてくる空き缶を”灼熱の弾丸”で撃ち落としていく私。
 気がつくといつの間にかお互いにムキになってしまっていたようだ。空き缶の怪物が空き缶を投げつけてくるのを私が”灼熱の弾丸”で撃ち落とす。これをひたすら繰り返す事十五分。何故か空き缶の怪物と一緒に大きく肩を上下させながら荒い息をしている私がここにいる。
――魔力の無駄遣いのし過ぎだ!!
 確かにサラの言う通りだった。どうやら空き缶を撃ち落とすのに夢中になりすぎて魔力を無駄に使いすぎてしまったらしい。未だあの空き缶の怪物は無傷だと言うのにこれではどうしようもない。
――あんたって奴は……ほっとけば最大威力の魔法ばかり使うわ、かと言ってそれが使えないなら使えないで小威力の魔法の無駄打ちするわ……。
 呆れていると言うか怒っていると言うか、何とも言えないやるせなさがサラの声から感じ取れてしまう。うーむ、ついつい頭に血が上ってしまっていたようだ。少しだけ反省。あくまで少しだけだけど。
――本気で一度じっくりと話し合う必要があるな、麻由良。
 その意見については私も散々思っている。と言うか、今はそんなことよりも先に空き缶の怪物を何とかしなければならない。しかし、魔力がほとんど残っていない状態の私に一体何が出来るだろうか。
――……来ましたです。
 不意にエルがそう言ったので私が何事かと首を傾げると、こっちに向かってくる魔力を感じた。しかも二つ。
――どうやらお出ましのようだな。今度は逃がすなよ、麻由良。
 あ、そうか、エルのお仲間の人工精霊の二人が来たんだ。何かすっかり忘れてた。
――おいおい。
 思い出したから大丈夫。それに今のこの状況じゃ心強い援軍だし。対”歪み”用に調整された人工精霊。前に見た時でもかなりの力を持っていることはわかっている。
 そんなことを考えている間に接近してきていた二つの魔力が目の前に光となって現れた。その光がポンと弾けてサラやエルと同じくらいの大きさの人型の精霊の姿となる。片方は和装、袴をはいて自分の背丈程もある刀を手に。もう片方は濃い緑色の軍服のようなものを着てやっぱり自分の背丈程もあるライフルを手にしている。刀の方が確かソウ、ライフルの方がランって名前だったっけ。
「また出たでありますか」
「性懲りもなくよく現れるでござるな」
「エルがいないのは少々あれでありますが殲滅するであります」
「それこそが我らに与えられた使命なれば、いざ!」
 私の見ている前でそんなことを言いながらランがライフルを構え、ソウが刀を手に空き缶の怪物に突っ込んでいく。
 空き缶の怪物が突っ込んでくるソウを叩き潰そうと腕を振り下ろしていくけども、それを牽制するようにランがライフルを放つ。しかし、ライフルから放たれたのは前回ブロック塀の怪物を倒した時よりも遙かに弱い光だった。その光はパチンと空き缶の怪物の腕に当たってあっさりと消えてしまった。
「はううっ!?」
 驚きの声をあげるラン。
 その間にもソウは空き缶の怪物のすぐ側にまで駆け寄り、手にした刀を引き抜いて斬りつけていった。前回ブロック塀の怪物をバラバラに切り裂いた刀が、今回空き缶の怪物のボディに当たってあっさりと弾き返される。
「何とぉ!?」
 やっぱり驚きの声をあげるソウ。
――どうやら自分の力が弱まっているって気がついてなかったみたいだな。
――あの二人はどっちかと言うと戦闘用ですからそこまで気が回らなかったんだと思いますぅ……。
 あー、わかるような気がする。その為にエルがいるのだろう。戦闘に特化した二人と、補助的な力を持つエル。補助的な力を持っている分、エネルギーの管理とかはエルに任せっぱなしになっていたに違いない。
「ふきゃあ!」
「むううっ!」
 人工精霊二人の悲鳴にも似た声が聞こえてきて、私は我に返った。見てみると空き缶の怪物がそれぞれの手にランとソウを捕まえているではないか。
「は、放すであります!」
「ええい、何と言う不覚!」
 じたばたじたばたしている二人に対し、空き缶の怪物は嬉しそうにその手を振り回している。あの空き缶の怪物、どうやらあんまり頭はよくないらしく、私のことは既に眼中にないらしい。一度に二つ以上の相手を出来ないタイプのようだ。これはある意味チャンスかも。
「サラ、まだ防御結界はもつわね?」
――なぁんと無く嫌な予感がするんだけどなぁ……。
「あの二人を見捨てるわけにもいかないでしょ!」
――何か魔法少女っぽくない……。
「うるさい! 他の方法があるなら今すぐ言え!」
 私が何をやろうとしているのか気がつき、あまり乗り気じゃないサラがグチグチ言っているのを無視して私は空き缶の怪物に向かって駆け出した。走りながら両手の人差し指の先に火の玉をイメージし、残っている魔力を注ぎ込んでいく。
 威力としては最低クラス(これは私がまだ全然この魔法を使ってない所為だけど)の”灼熱の弾丸”だけど、あの空き缶の怪物に捕まっている二人の人工精霊を助け出すぐらいならこれでも充分だ。問題は慣れていないこの魔法を同時に二つ制御出来るかどうかって事。暴発する可能性も一応考慮しておきながら、そんなことにはならない自分の運の良さを信じる。
 二人の人工精霊を掴んだ腕を振り回していた空き缶の怪物が接近した私に気付いたようだ。慌てたようにその腕を私に向かって振り下ろしてくるがそれこそこっちの狙い通り。こちらには物理衝撃をほぼ無効にする防御結界がある。
 防御結界がもつことを信じて空き缶の怪物が振り下ろしてきた腕をそのままで受ける。空き缶の怪物の腕が見えない障壁にぶつかって弾き返されるのを見た私はすかさずその弾き返された空き缶の怪物の両腕に向かってそれぞれ左右の人差し指を突きつけた。
「行けっ! ”灼熱の弾丸”ダブルッ!!」
 私の指先から放たれた小さな火の玉が空き缶の怪物の腕にそれぞれ直撃、掴んでいた人工精霊を放してしまう。
「よし!」
 空き缶の怪物の手から放れ、落ちてきた人工精霊をすかさず受け止める私。どうやらエルと違ってこの二人には空を飛ぶ能力はないらしい。
「あんた達、大丈夫?」
「…………」
 尋ねる私を無言で見返してくる二人。
「……エル、いるでありますか?」
 ランが私の質問に答えず、私の目をじっと見つめながら尋ねてきた。
――いますです。
「と言うことはこの御方がやはり?」
 今度はソウだ。
 どうやらエルとこの二人はこの状態、エルと私が一体化している時でも意思の疎通が出来るらしい。
――そうですぅ。だから二人も早くご主人様と契約するです。でないと力を失っちゃいますですよ。
 エルのその言葉にランとソウはそれぞれ腕を組んで考え込み始めた。
 えーっと、この二人ってお姉ちゃんが私の為に作ってくれた人工精霊のはずよね。何でそこで悩むのよ?
――この二人はかなり自我が強く出来ていますですから……申し訳ありませんですぅ。
 いや、そこはエルが謝るところじゃないでしょ。
――おーい、そんな事している場合じゃないぞー。
 サラの声に振り返ってみると何か猛烈に怒っているっぽい空き缶の怪物が両手を振り上げてこちらに向かってきていた。ちなみに私はさっきこの二人を助ける為に放った”灼熱の弾丸”のお陰で防御結界を維持するだけの魔力しか残っていない。攻撃用の魔法はもう打ち止めだ。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」
 そう言いながら私は慌てて逃げ出した。三十六計逃げるにしかず。今の私にはこれしかない。
――何を悩んでいるですか。早くしないとピンチです!
 エルがそう言ったのはどうやら私にではなく、私の腕の中で未だに悩んでいるっぽい二人の人工精霊に、らしい。
「いや、しかし……」
 そう言ってソウが私の顔を見た。じっと見つめ合う私とソウ。少しの間、見つめ合い、やがてソウが小さく頷いた。
「わかったでござる。ラン、我らが生みの親の妹御だ。信じてもよいだろう」
「……もう少しきっちりと見極めたかったでありますが、先ほど助けて貰ったこともあります。信じるであります」
 ランもそう言って私を見て頷く。
――今ここで契約の儀式なんざやってられねーぞ! 簡易でも仮でも何でもいいから早くしろ!
 サラが頭の中で叫ぶ。
 振り返ってみると空き缶の怪物が後少しのところまで迫ってきていた。
「ここは拙者に任せるでござる。エル、代わるでござるよ!」
――了解ですぅ!
 すっと私の中からエルの意識が切り離される。同時に姿がいつものサラ単体の状態に戻っていく。
「我が殿よ。今は仮の契約ですます故、後で本契約をしっかりと頼むでござるよ」
「おっけー! それじゃお願いね!」
 ソウが言うのに私がそう答えるとソウはエルと入れ違うかのように胸元のペンダントの中へと飛び込んでいった。
 次の瞬間、私の周りに魔法陣が浮かび上がる。その魔法陣が眩い光を放つ中、私の姿がまた変化していく。赤と白のツートンだったオーバーニーソックスがまた白一色に変わり、その上の編み上げブーツが少し短くなり、より頑丈っぽさを増す。両腕の籠手のような白い装甲も左の分が無くなり、その代わりと言っては何だけど、右側の分が今までのものよりも大きく頑丈になる。更にケープが変化して上半身が着物のような感じに変わり、もはやマイクロミニとしか言えないスカートもまるで袴のように変化した。ちなみに上半身の着物だけども何故か右肩を諸肌脱ぎって感じで露わにしてあって、左肩にはやたら大きめの肩当てがつけられる。最後に右手に大振りの刀が現れた。
 何となく全体的に和装って感じだ。エルの時は背中に白く大きな翼が生えたけどソウの場合だとこの大振りの刀なんだろうか。
――おお!? 何かしらねーけど魔力が回復してるぞ!!
 サラが驚いたような声をあげる。確かにサラに言う通り、私の魔力がある程度だけど回復している。さっきまでは防御結界を維持することが精一杯だったのに、今なら必殺の”灼熱の砲弾”一発分くらいなら(もっとも威力はかなり落ちるけど)撃てる程にまで回復していた。
――拙者達にはそう言う力も備わっているでござる。この辺は自然精霊と違う点でござるな。
 少し自慢げなソウの声が頭の中に響いてきた。
――悔しいけどこいつの言う通りだな。あたい達にはこう言う真似は出来ねーし。
 珍しくサラが負けを認めてる。そのことに私は少なからず驚いていた。
――いや、明らかに人工的に付け加えられた能力だからさ。だいたい一人の人間に同時に二つの精霊が同化するって事も本当なら有り得ない話なんだぜ。
 そ、そうなんだ。あの有り得ない話をやっちゃえるようにしちゃったって事は、実はお姉ちゃんって凄いのかも。
――我らが生みの親である夏芽里様は将来を嘱望されている御方。この程度のこと、簡単でござる。全く自然精霊というのはその程度のことも知らないのでござるか。
――あ、何かカチンと来たぞ、この。お前もあのへっぽことどうやら同類のようだな?
――へっぽこと言うのが誰のことを指しているのかはわからないでござるが、この程度のことで頭に来るとは、流石は火の精霊。短気で短絡的と言うのは間違いないでござるな。
――何だぁ? ケンカ売ってんのか、お前?
――今のこの状況下でよくそう言うことが言えるでござるな。流石は火の精霊、頭に血が上ると周りの状況すら見えなくなるようでござるか。
 あああ、何やっているんだこの連中は。やっぱり自然精霊と人工精霊じゃ相性悪いのかも。なんて言うか、エルの時よりも何か雰囲気が険悪じゃない。
――よし、それなら後でゆっくりと話つけてやろうじゃないか。麻由良、あの空き缶野郎をさっさとぶっつぶすぞ!
――我が殿、我が力はその刀と共にあるでござる。あの程度の奴など一刀両断でござる。
「よぉし! それじゃあ行くわよぉっ!!」
 そう言って私は右手に持っていた刀を構えた。抜き身の刀身がキラリと光を放つ。おお、何かかっこいいかも。
 そんな私を見て空き缶の怪物は少し怯んだように半歩後ずさった。だけどすぐに気を取り直したのか、空き缶を私に向かって飛ばしてくる。やっぱり頭はよくないらしい。そう言う攻撃は通じないってのに。
「うりゃああっ!!」
 気合いと共に手にした刀を一閃させて飛んできた空き缶を真っ二つにする。な、何て言うか見事に決まってる。き、気持ちいい! 所謂快感、って奴なのかも。
――こらこら、浸ってるんじゃない。
――敵はまだ健在でござるよ、我が殿。
 そ、そうだった。まずはあの空き缶の怪物を倒さないと。ゾクゾクするような快感に浸るのはその後でいい。
「行くわよぉ!」
 さっきと同じ事をもう一回口にして刀を構え直す。
――我が殿、刀に我が殿の力を!
 私の力を刀にって、一体どうやるのよ?
――麻由良、あんたの属性は火って言うか炎だろ。それをイメージしてこの刀に流し込んでやればいいんじゃないか?
――小奴の言う通りでござる。よろしくお願い致しますぞ、我が殿。
 成る程、そう言うことか。いつもやっていることの応用だ。刀を両手でしっかりと握りしめ、すっと目を閉じて自分の魔力が刀に流れ込んでいくようイメージする。
 魔力が刀に流れ込んでいくのを感じた私が目を開けると、刀の刀身が赤く光っていた。でもそれは一瞬のことで、すぐにその赤い光が炎となる。これぞまさしく炎の刀。おお、我ながらかっこいい!
――よっしゃ! いけぇっ!
 サラに言われるまでもない。私は炎を纏った刀を大上段に構えると驚き戸惑っている空き缶の怪物目掛けて突っ込んでいった。
 空き缶の怪物が慌てたようにいくつもの空き缶を私に向かって投げつけてくるけども、私はそれを気にすることなく空き缶の怪物との距離をどんどんと詰めていく。防御結界があるからいくら空き缶を投げてこられようと効くわけ無いのに、全く学習能力のない奴だ。もっとも学習能力なんかあった日には厄介この上ないんだけど。
――その辺は麻由良も似たようなもんだと思うけどな。
 サラが何か言っているが今は無視。華麗にスルーしつつ、空き缶の怪物を刀の射程距離内に捕らえる。
「喰らえっ! ”轟炎一閃”!!」
 炎を纏った刀を唸りを上げさせながら、一気に振り下ろす。あっさりと、それこそバターに熱したナイフを突き刺すようにあっさりと空き缶の怪物は真っ二つになっていた。
 地面すれすれにまで切っ先を振り下ろした刀が纏っていた炎が消え失せる。それと同時に真っ二つになった空き缶の怪物が真っ赤な炎に包まれてあっと言う間に燃え尽きていった。後に残されたのはおそらく”歪み”が取り憑いた元の空き缶。浄化の炎に焼かれて真っ黒焦げになっているけど。
――黒焦げの時点で浄化じゃないような気がしないでもないがな。
 どうやらまだ私も修行が足りないらしい。お母さんが言うには立派な魔法少女は”歪み”だけを焼き尽くせるとのこと。”歪み”の取り憑いた、所謂素体まで焼き尽くしてしまうとは、まだまだだと自分でも思う。まぁ、それでも相手が無機物――今回は空き缶だったらからいいやって気もするが。
――何つーかいい加減だなぁ。
 あんたに言われたくないような気がするぞ、サラ。そう思って苦笑を浮かべる私。
「流石です、ご主人様!」
「お疲れさまであります、サー」
 口々にそう言いながらエルとランが私の側へとやってきた。
「ありがとう。それじゃさっさと帰ってちゃんと契約するとしますか」
 ぴょんと私の肩に飛び乗ってきたエルとランに向かってそう言い、軽く手を振って空飛ぶ箒を呼び出していると不意に視線を感じた。何となく嫌な予感を覚えつつ、その視線の方へと振り返ってみるとそこにはじっとこちらを見つめている浅葱の姿が。そ、そう言えばすぐ側にいたんだった。すっかり忘れていたけど。
「あ、あははっ……も、もう安心です! あの怪物は見ての通り私が倒しましたから!」
 ちょ、ちょっと白々しいと自分でも思いながらいつもとは違う口調を意識しながら浅葱に声をかけてみる。
「えっと、一応言っておきますけど、私のことは他言無用って事で。まぁ、言っても信じてもらえないと思いますけど」
 少々強張ったような笑みを浮かべながらそう言う私だけど、浅葱はじっと私の方を見たまま無言を貫いている。うーん、何だか物凄い罪悪感が沸いてくる。何と言っても親友に思い切り嘘をついているのだから。いっそのことばらしてしまおうかと思わないでもないが、そうしたらそうしたで後々厄介なことになることがわかっているのでやっぱりここは黙っておくことを選択する。私だって我が身が可愛いのだ。
「そ、それでは。ごきげんよう〜」
 そう言って肩に乗せた人工精霊を振り落とさないよう注意しながら空飛ぶ箒に跨り、地面を蹴って空に舞い上がろうとしたその瞬間、まるでその時を狙い澄ましたかのように浅葱が口を開き、ぼそりと呟いた。
「……まゆっち?」
 ビクンッと思いきり身体が反応してしまうのを私は止められなかった。
「まゆっちじゃないのか?」
 じっと、疑いの視線をこちらに向けながら再度浅葱が口を開く。ちなみに”まゆっち”と言うのは小学校時代からの親友である浅葱が使う私の愛称だ。他の友達にはこの呼び方を私は許していない。この愛称は浅葱だけ、親友である浅葱にだけ許している特別な愛称で、浅葱もそれをよく知っている。
「え、あ、いや、その」
 その愛称で呼ばれた私は思いきりパニックに陥ってしまっていた。何と言うことだ。出来ることなら一番知られたくない相手に知られてしまったなんて。いや、でもまだ確信には至っていないようだ。これ以上ボロが出る前にこの場から逃げる。よし、そう決めた。後のことはまた後で考えよう。
「あ、あの、私はそのまゆっちとか言う人じゃありませんから! ええ、違いますからね! 絶対に違いますから!!」
 私はそれだけ言って大慌てで地面を蹴った。この時ばかりはこの空飛ぶ箒の無茶苦茶なスピードに感謝する。浅葱の視界からはあっと言う間に見えなくなってしまっただろうから。
――我が殿、一応申しておきまするが……。
「さっきの答え方では余計に疑われるだけであります、サー」
「えっと、エルもそう思いますですぅ」
――あたいもこいつらと同意見。麻由良、お前って嘘つくの下手だなぁ。
 ううう……次に浅葱に会った時どうしよう。このこと突っ込まれたらやばいよぉ。
 泣きたい気分のまま私は空飛ぶ箒を宛もなく飛ばし続けるのでした。
 何でこうなっちゃうのよぉ〜!!

To be continued...  

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