「ふむ、だいたいこんなものか……」
 ビーカーの中に出来上がったばかりのものを見て私は満足げに頷いた。まぁ、こういうものを作るのは初めてでもないし、今回はいつも以上に気合いを入れて作ったからきっと大丈夫だろう。問題があるとすれば、これをあの子がちゃんと扱いきれるかどうか、と言うことぐらいで。あまり心配はしていないが。何と言ってもあの子は私の妹で、お母さんの娘でお婆ちゃんの孫なんだから、筋金入りの本物だ。血統だけで見ればまさしくエリート中のエリート。しかしまだ若葉マークのついた初心者でもある。不安材料はその辺ぐらいで、それも経験を積めば何とかなる範囲だ。
「さて、一応連絡しておいてあげるかな」
 そう呟いて携帯電話を白衣のポケットの中から取り出す。そう言えば今は何時だったっけ……まぁ、いいか。気にしたら負けだ。多分向こうも気にしないだろう。いや、させない。
 メモリーに登録してある番号を呼び出し、通話開始のボタンを押す。日頃家にもかけないし、まさか直接かかってくるとは思わないだろうから驚くだろうな、きっと。あの子の驚く顔を想像してニヤッと笑ってみる。
 呼び出し音が何回か鳴ってから、ようやく通話がスタートした。
「ハロー、お元気、我が妹よ」
『……お姉ちゃん?』
「イエース、その通り。元気にしてた?」
『……今何時だと思ってるのよ……』
 聞こえてくるのは眠たげな声。む、どうやら向こうはまだ夜中だったか? しかしそれでもちゃんと出るなんてなかなか律儀な奴。さすがは我が妹。
「まぁまぁ、そんなことはおいといて」
『おいとくなぁっ!! ただでさえ最近疲れ気味なのにっ!!』
「大丈夫大丈夫。あんたは体力だけが自慢でしょうに」
『うう、実の姉なのにひどい言い方……』
「事実でしょうが。さてと、あんたに朗報よ。この私があんたの為に……」
 と、そこまで言いかけて、ぷつんと通話が切れた。携帯電話の液晶画面を見てみるとどうやら電池切れのようだ。そう言えば最後の充電したのっていつだったっけ? まぁ、いいか。充電してからかけ直すのも面倒くさいし、手紙でも書いて一緒に送りつければ問題なしって事で。
「さてと、それじゃ私もそろそろお休みしようかなぁ〜」
 流石に徹夜は堪えた。寝不足は美貌の敵、さっさと寝て、それからにしようっと。そう思った私はビーカーにきちんと蓋をしてから研究室を後にした。そのビーカーの中にある三つの光の粒に軽く手を振ってから。

* * *

「うう〜〜〜」
「朝っぱらから何を唸っているんだ、まゆっち?」
 死ぬ程不機嫌そうに唸り声をあげながら歩いている私に声をかけてきたのは小学校以来の親友である水前寺浅葱。ちょっと不思議そうな顔をしてそう尋ねてくる。
「……昨日のって言うか、もうあれは今日になるか。お姉ちゃんから電話があったのよ」
 思い出すのも腹が立つ、と言う感じで私は答える。
「夏芽里さんから? それは珍しいこともあるものだな」
「そう。その珍しい電話が何故か私に直通で、尚かつ真夜中のぐっすりとお休み中にかかってきたの」
「ふむ。それで?」
「何の用だったのか……話している途中で切れるし、こっちから掛けても出ないし、それで何か変に気になって」
「それで寝不足、と言う訳か」
「そうゆう事。全くいい迷惑だわ」
 そう言ってから私はため息をついた。一体何だったのか、あのお姉ちゃんがわざわざ私に直接電話をかけてくるぐらいだから余程のことのような気がしないでもない。と言うか、私も半分くらい寝てたので話の内容なんかほとんど覚えてないんだけど、だからか、余計に気になる。何かろくでもないことが起こりそうな、そんな予感がしてしまう。何と言ってもあのお姉ちゃんだからなぁ……我が家のお母さんに並ぶトラブルメーカーだし。イギリスに留学してせっかく少し平和になったと思っていたのに。
「……はぁぁ」
 また一つため息をつく私。
 ため息をつくとその数だけ幸せが遠のくって言うけど、もう気にならない。そう、あの日から私は極々平凡な幸せなど求めることの出来ない、そんな非日常の極みにいるのだから。

 私の名前は炎城寺麻由良。
 極々平凡な女子高生だった私はひょんな事からこの世の負のエネルギーの固まりである”歪み”を封滅することの出来る魔法少女という何か非日常の極みになってしまった。
 何か納得のいかないものを感じながらも、それでもこれが出来るのは私だけという元魔法少女のお母さんの口車に乗せられて、私は現役魔法少女として、契約した火の精霊、サラマンダーと共に頑張っている。一回の出動につき五百円で。
 いや、これ位貰わないとやってられないって。これでも少ない方だし。だって意外と危険な目にあったりもするんだから!!

STRIKE WITCHES
2nd Stage Artificial spirits Panic T

 と言うことで敬愛すべき我が姉上、夏芽里お姉ちゃんから電話があってから数日後のこと。私はお母さんから”歪み”が出現した、との報告を受けて授業をそっと抜け出してその現場に向かっていた。ちなみに授業を抜けた理由はありきたりではあるけれども「気分が悪くなったので保健室に行って来ます」と言うもので、実際に保健室に行かれて確認されたりしたら非常に困るんだけど、とりあえずそう言うしかない。他の理由思いつかなかったし。
 教室を出て保健室には向かわずに屋上に行ってそこで魔法少女に変身。例の何とも言えない魔法少女ルックに身を包み、シャレにならない速度の空飛ぶ箒に跨って”歪み”の出たという場所へと向かう。
 しかし毎回のことだけど、この速さにはどうにも慣れることが出来ない。ある意味、自分がスピード狂でなかったと言うことがわかってよかったという気もするけど。だからか、現地に着いた時とか学校に戻ってきた時、妙なくらい疲れてる。”歪み”との戦闘ではほとんど疲れることないのに移動で疲れるなんて何か間違っているような気がする。何かいい方法はないものかと考えているけど、とりあえず相棒である火の精霊のサラマンダー、通称サラは「慣れよ、慣れ! 慣れなさい!」と言うだけ。もうちょっといいアドバイスとかでないものかしらと思わないでもないけど、この子も私と同じ系統――難しいことを考えるよりも先に身体が動くタイプっぽいので、もう諦めた。もっともこのことをサラに言おうものなら物凄い勢いで文句を言われる事が分かり切っているので、間違っても本人の前では口にしないのだが。

「喰らえっ!! 必殺っ!! ”灼熱の砲弾”っ!!!」
 私の手から放たれた特大の炎の玉が目の前にいる怪物に直撃し、一気に炎上させる。毎度おなじみ、得意中の得意、必殺の炎の魔法。これを喰らってやられない”歪み”の怪物はいない。
「大しょーり!!」
 そう言ってビシッとポーズを決める私。
――ノリノリじゃん。
 頭の中に響くサラの声。どうやら魔法少女に変身している間はサラとは一体化しているようで、話しかけてくる時はいつもそう言う感じになる。ちなみにこっちの考えていることも案外筒抜けになるようで、下手なことを考えようものなら容赦なく突っ込まれたりするのが困りものだ。
「ううっ……慣れって怖い」
 サラに言われたからではないけども、確かに今の私は変にノリノリだ。段々この魔法少女としての日常に慣れつつあるのかも知れない。ほんの少し前までは極々平凡な人生でいいと思っていたはずなのに。やはりこれは代々続くという魔法少女としての血のなせる業なのか。何と言うか、この血が恨めしい。
――ところで! あんたに言いたいことがあるんだけど!!
「あ〜、悪いけど先に学校戻る。見つかったりしたらやばいし」
 何か言いたげなサラにそう言うと、私はさっと手を一振りして空飛ぶ箒を呼び出した。見た目は極々普通の箒なのになぁ。あの速さだけは本当に何とかしないと。でもあの速さなお陰で短時間での移動が出来て助かってるって面もあるんだけど。
 すさっと箒に跨って、軽く地面を蹴って一気に空へと舞い上がる。これも慣れるまでは結構苦労したんだけど、慣れたら案外簡単に出来るようになった。まぁ、下から見られたら、と言うところが少々気にならないでもないけど、この衣装、一応レオタードっぽいし、それに飛んでいる時の速さなら誰も気がつかないだろう。
 例によってとんでもないスピードであっと言う間に学校の屋上に辿り着いた私は、箒から降りるとこの箒を出した時と同じように手を一振りして箒を消した。未だに原理はよくわかってないんだけど、とにかくこれって日常生活でも使えたら便利だろうなぁって思う。勿論現実はそんなに甘くなくって、使えない訳なんだけど。
 続けてその場でくるりと一回り。そうすると魔法少女なルックが弾け飛び、制服が構成される。しかし何で一旦弾け飛ぶかなぁ……人に見られたりしたらどうするのよ。
「その辺は大丈夫だって言ったじゃない。変身時は不可視の魔法が自動的にかかるようになってるって」
「でも、それって普通の人に対してだけでしょ? 同じように魔法を使える人には意味無いじゃない」
 自分が変身しているシーンを誰かに見られているところを想像して思わず赤くなってしまう私を見てサラが呆れたようにため息をついた。変身を解いたことで彼女は私から分離していつもの赤い髪を逆立てたような妖精の姿に戻っている。普段は私が首からかけている赤い宝石をあしらったペンダントの中にいるんだけど、たまにこうして私の前に出てくるのだ。その度に誰かに見られないかとヒヤヒヤさせられているのだが、これは彼女には内緒である。
「ところで! さっきの続きだけど!」
「な、何よ?」
 何か怒ったようにサラが言うので私は訝しげな顔をして彼女を見返した。悪いけど彼女に怒られるようなへまはした覚えはない。今日だっていつものように見事な一発勝利だったし。
「その一発勝利ってのが問題なの!!」
「何でよ。時間短縮お手軽でいいじゃない」
「あんたねぇ……そう言うもんじゃないでしょーが!! だいたい何だっていつもいつもいきなり最大レベルの魔法使うのよ!! こっちの身にもなりなさいよ!!!」
「だってさぁ、なんかちまちま威力の弱い魔法で削っていくのって面倒じゃない。と言うか弱いものイジメしているみたいで性に合わないって言うか」
「だからってあんな最大レベルをいちいち使わなくてもいいでしょーに!! だいたい魔力ってのはね、練成が重要なの! あんな風にいきなり最大レベルの魔法ばっかり使っていたらいつまで経っても練成が出来ないでしょうが!!」
「……練成? 何それ?」
「……」
 そんな事も知らないのかよって目で見られた。いいじゃない、事実知らないんだし。
「あー……一々説明するのも面倒なんだけど、説明しておかないと後々余計に面倒な事になりそうな気もするし、だから説明するけど、ちゃんと聞いておかないともう知らないからね」
「前置きはいいからぱぱっと説明しちゃいなさいよ」
「むー……後でもう一回説明してって言っても絶対にしてやんないからなー」
「いいから早く。でないと授業終わっちゃうでしょ」
「むー………」
 何か納得いかないって顔をするサラ。それでも一応その”練成”とやらの説明を始めてくれた。

 はっきり言って私は頭のいい方じゃない。どっちかと言うとバカと言われる部類に入る方だ。この辺は頭で考えるよりも先に身体が動く、と言う事も関係しているのかも知れない。
 それはさておき、サラの説明を極めて簡単に、わかりやすくまとめると、要は”練成”と言うのはいわゆるレベルアップと言うものと同じ意味らしい。弟の武文がよくやってるRPGと同じだ。
 私はどうやらその血筋によるものなのか基本的な魔力の量が多いらしい。だから高威力且つ高レベルの魔法がいきなり使えてしまったりする(とサラが言ってた)。しかしながら高威力且つ高レベルの魔法はやはりそれなりに魔力を消費するものらしい。最近妙に疲れているのはどうやらその所為らしかった。私自身のレベルははっきり言ってしまえば低い。言ってみればドラ○エの魔法使いがレベル1でいきなりメラ○ーマ使っているようなものだ。そりゃ疲れるわけだわ。
 普通ああいう高威力且つ高レベルな魔法は魔法少女に成り立てじゃ使えないはずらしい。まずはごく初歩的な魔法を覚えて、それのレベルをあげていって、新しい魔法を覚えてまたそのレベルをあげて、と言う感じなのが本当らしい。一つの魔法のレベルを上げていく事によってその魔法の精度も上がるし威力も上がっていく。
 例えばお母さんが使った”灼熱の弾丸”と言う魔法。あれを今の私が使ってもお母さんと同じ威力がでるわけではない。お母さんが使う”灼熱の弾丸”のレベルが50だとすれば私はまだ一回も使った事無いからレベルは1のまま。威力は勿論、その精度も全然敵わない。
 更に高レベルな魔法は高レベルなだけになかなかレベルアップしてくれないらしい。必要経験値が多い、と言う事なのだろう。逆に低レベルな魔法は必要経験値も少なくレベルアップしやすい。こうやってそれぞれの魔法をレベルアップさせていくうちにそれを使う人のレベルも上がっていくと言う寸法らしい。
 つまりは魔法少女自身のレベルとそれぞれの魔法のレベルと二つあって、本来ならばその両方を上げていかなきゃダメらしい。でも、私のように基本レベルが低いくせに高レベルな魔法ばかり使っていてはなかなかレベルアップしないのだそうだ。サラはその辺のところを危惧してくれているようなのだが。
「まぁ、それだけじゃないんだけどね」
 ぼそりとサラがそう呟くのを私は聞き逃さなかった。
「何か言った?」
「いーえ、別に。間違っても毎回毎回ああいう高レベルな魔法をいきなり使われてこっちの消耗が激しいなんて思っておりませんとも」
「そっちの方が本音な訳ね。別に私の心配をしてくれている訳じゃなく」
「当たり前じゃない! あたいだってあんた達と同じで疲れもすれば消耗もするんだからね!」
 う〜む、言われてみれば確かにそうかも知れない。火の精霊と言っても私たちと似たようなものなのだろう。よく考えてみると朝起きた時にいつの間にかペンダントの中から出てきて私の横で寝ている事もあるし。
 それはともかく、今まで一発で済んでいた怪物退治をこれからちまちまと何発もの威力の弱い魔法でやらなきゃならないと考えると非常に面倒だ。時間もかかるし、はっきり言ってやってられない。さっきも言った通りなんか弱いものイジメしているみたいでどうにも性に合わない。それ以上に何て言うか面倒くさい。これもうちの血筋なのか、お母さんと言い、お姉ちゃんと言い、私と言い、どうにも面倒くさがり屋がうちの家には多い。あまり認めたくない事実だけど、この辺は親子だなぁと思ってしまう。
「……わかった。とりあえずこれから努力はしてみるわ」
「努力するんじゃなくて実践して」
「その辺は考えておく。とりあえずは前向きにね」
「あんたは何処かの政治家か」
 そう言って引きつった笑みを浮かべるサラ。
 まぁ、言うだけはタダだし、とりあえず次に怪物が出た時にどうなるかはその時次第だわ。ちまちま威力の弱い魔法でやるか、今まで通り一気に威力の高い魔法でやっちゃうか。何となくいつも通りやっちゃいそうな気もするけど、そうなったらそうなったと言う事で。

* * *

 我が妹への荷物を国際郵便で日本へと送り届けた後、私はまた研究室に戻ってきていた。何か大事な事を忘れているような気がしていたからなのだが、あくまで気がすると言う程度なのであまり気にしていなかったりする。我ながらいい加減な事だと思うが、まぁ、これも私の性分なのだから仕方ない。
 研究室のドアを開けて中に入り、電気をつける。ぐるりと室内を見回してみるが特に目立つようなものはない。さて、やはり気のせいだったかと思いながら作業用の机の前までやってくると、そこに書きかけの手紙が置いてある事に気がついた。
「……はて?」
 その手紙を拾い上げてみると、どうやら妹に当てた注意書きのようだ。どうやら書きかけである事をすっかり忘れていた上に一緒に入れておくのまで忘れてしまっていたらしい。うーむ、ここ最近寝不足気味だったからな。少し呆けてしまっているようだ。
 しかし、今からこれをちゃんと書き上げて郵便局まで持っていくのも何か面倒だ。後回しにしてもいいだろう。何だったらまた後で電話をかけて口で説明すればいい事だし。よし、それでいこう。そう決めた。
 手に持った手紙をくしゃくしゃと丸めて屑籠に放り投げる。あ、外れた。まぁ、いいか。いちいちそこまで行って入れ直すのも面倒だ。今度掃除する時にでもやればいい。
「さて、と。そうなるとする事はもう無い……」
 もう一度室内をぐるりと見回してみてから私は小さく頷いた。
「うむ、問題なし」
 そう呟いてから研究室を後にする。

* * *

 あれから数日間、”歪み”が出現する事もなく平和な日々を私は送っていた。
「あ〜〜、平和って素敵だわ〜」
 ぽかぽか陽気のお昼休みの一時を私は屋上で過ごしている。今日は珍しくお母さんがお弁当を作ってくれたのでそれを持って浅葱と一緒に屋上でランチタイムというわけだ。しかしながらそのお弁当の中身はと言うといかにも冷凍食品と言うものと昨日の晩ご飯の余りと言う、いかにも手抜きですよ〜と言う代物である。まぁ、それでも作ってくれているだけマシなのだけど。
 一方の浅葱のお弁当はと言うと彼女の家にいる料理人が作ったお弁当で、私のとは雲泥の差である。ちゃんと調理師免許も持っているし、昔は何処かのホテルか何かで働いていたと言う噂すらある程だ。お米一つとってもかなりいいものを使っているらしく、それだけでも食べれるぐらい。おかずの方も見ただけで冷凍食品とかとは違うと言う事がわかる豪勢さ。これが一般庶民とお嬢様の差か。うう、悔しくなんかないやい。
「まるで普段平和じゃないみたいな言い方だな、まゆっち」
「色々とあるのよ、色々と」
 私の呟きにしっかりツッコミを入れてくる浅葱に苦笑を浮かべながらそう答える。一応私が魔法少女だと言う事は他に人には内緒だ。別に何かペナルティがあるわけではないのだけども、何となくあの格好の私を見て色々と変な噂たてられても困るし。そう言う事で大の親友でもある浅葱には悪いけども、やっぱり彼女にも内緒にしている。まぁ、浅葱に内緒にしているのには別の理由もあるのだが。
「ところでまゆっち。ここ最近よく授業を抜け出してるようだが……」
 食後のデザート代わりのパックのジュースを飲みながらチラリと私の方を見る浅葱。こんな事を言ってもいいのかどうか、と少し躊躇いがちに、だ。
「何か体調でもよくないのか? ほら、少し前にいきなり早退した日があっただろう? あの日からどうもまゆっちの様子が少し変だと思っているのだが」
 あの日、と言うのはおそらく私がサラと契約を交わして魔法少女になったあの日の事だろう。あの時はお母さんに無理矢理拉致されてしまって午後の授業に出るどころの事じゃなくなってしまっていたからな〜。それにお母さんが死んじゃったとか思って、物凄くショックを受けてたし。そう言えばあの時、思いっきり浅葱の前で泣いたんだっけ。何か変な誤解をしていたような感じだったけど、その誤解を解いた覚えはない……。
「やはりあれか………もしも、その、何だ、身体の様子がおかしいと言うのならいい病院を紹介すると言っておいたはずだ。うちの系列で、勿論箝口令はちゃんとしく。誰にも知られる心配はない。お金の事なら心配するな。いざと言う時はこの私が全部立て替えてやる。相手の奴を捜し出して全額支払わせて、その上で慰謝料を搾り取ってやってもいい」
「いやいやいや、そのお気遣いは物凄くありがたいんだけど、それって誤解だから」
 やたら真剣な顔をして言う浅葱に私は慌ててそう言った。う〜ん、まさかそっち方面に誤解されていたか。普段元気一杯でそうそう泣く事なんか無い私がいきなり泣き出したから、誰かに乱暴された、まぁ、ぶっちゃけてしまえばレイプでもされたと思っていたみたいだ。それにここ最近授業を抜けているのは私がその時にでも妊娠させられてそれで気分が悪くなって、と……おいおい。いくら何でも乱暴されてほんの数日でそんな気分が悪くなるような事はないだろう。どれだけ胎児の成長早いんだ、それは。
「誤解?」
「そう、誤解。私は別に誰かに乱暴とかされた訳じゃないから」
「では何であの時?」
「う〜、あれはちょっと……その……」
 一瞬お母さんが死んだと思っていました、などとは口が裂けても言えない。言ったところで信じないだろうし、どう言う事かと突っ込まれ出もしたら余計厄介だ。浅葱の場合だと信じないよりも突っ込んでくる可能性の方が高い。ここは何とか上手く誤魔化さなければ……。
「……まぁ、いい。まゆっちが言いたくないのなら聞かないでおこう」
 困っている私を見て浅葱が小さくため息をつきながらそう言った。昔から浅葱はこう言う事に聡い。ある意味感謝しているが、本音のところはどう思っているか気にならないでもない。
「ゴメン、話せる時が来たらちゃんと話すよ。いの一番に浅葱にね」
「ああ、信じてる」
 申し訳なさそうに私が言うと浅葱はそう言って微笑みを浮かべた。相変わらず極上の笑み、同性の私でもドキッとするくらいの。普段こう言う顔は全く見せないのが全く持って残念だ。そうすればきっと男子からの人気も物凄い事になるのになぁ。もっとも今でもクールビューティとか言われてそれなりに人気は高いらしいのだが。
「さて、そろそろ戻ろうか。ここにこうしていると段々眠たくなってくる」
「おやおや、優等生の浅葱さんでもそう言う事になるのですか?」
「何を言う。私だって人間だ。食欲が満たされれば次に来るのは睡眠欲と相場は決まっている」
「でも授業中ずっと起きてるじゃない」
「頑張っているんだ。簡単に睡魔に負けるまゆっちとは精神の鍛え方が違う」
「はいはい、どうせ私の精神はヘタレてますよ」
 ちょっと頬を膨らませながら私は昇降口の方へと歩き出した。慌ててその後を浅葱が追ってくる。
「なら今度その精神を鍛えてやろう。うちに泊まりに来るといい」
「ご遠慮しておきます。浅葱の家行くと肩凝るもの」
 浅葱の家はこの辺りでも有名な名家で尚かつ資産家だ。家と言ってもまるでお屋敷のようで、何人もの使用人がいる。本物のメイドさんとか執事さんとかがいるのだ。初めて浅葱の家に遊びに行った時はもう緊張して緊張して何が何だか覚えてないくらい。今でも遊びに行くと向こうのメイドさんやら執事さんやらに「麻由良様」とか呼ばれちゃうし、その扱いも「何処のお嬢様だ、私は」と言う程に丁寧。はっきり言ってこっちの方が畏まってしまう程だ。それがもうお泊まりになるとだだっ広い広間のような部屋でメイドさん達に傅かれての夕食だの、銭湯よりも広いお風呂場でメイドさんに「お背中お流し致します」とか言われるの、もう大変だ。
「むむ……」
 私の「肩凝る」発言を受けて浅葱が少し顔をしかめた。ちょっとサービス過剰なのよね〜、私にとっちゃ。浅葱はお嬢様だからあれが普通なのかも知れないけど、一般庶民である私にはあのサービスぶりはちょっと余計すぎる。もうちょっとほっといてくれ〜って気分だ。果たしてそれを浅葱がわかってくれたのかどうか。
「……う〜む、肩が凝る、か……どうやらまだまだまゆっちに対するおもてなしは足りてないと言う事か。もっと言い含めておかなければ」
 と、とりあえず聞こえなかった振りをしておこう。それと当分浅葱の家に遊びに行くのは止めておこうと心に固く決意する。何となく次に遊びに行った時、どうなるか考えるだけでも怖い。

* * *

 ぴんぽ〜〜ん。
「は〜〜〜い」
 インターホンのチャイムが鳴ったので台所からいそいそと玄関に向かって軽く駆け足で駆けていく。娘達からはダイニングキッチンの壁にあるインターホンで応対しろとよく言われているが、どうもあれを使うよりも玄関の方に先に身体が向かってしまうのは来客が嬉しい所為なのかも知れない。
 玄関を開けてみると、そこにはとある運送会社の制服を着た若いお兄さんが立っていた。
「こんちわー。お届け物です。ハンコかサイン、いただけますか?」
 そう言って運送会社のお兄さんがやや大きめの段ボール箱を取り出してきた。でも中身はそれほどでもないらしく、あっさりと持ち上げている。
「ハンコですね〜。ちょっと待ってていただけますか〜?」
 お兄さんに向かってそう言いながら戻っていく。確かこう言うときのために靴箱のところに印鑑おいてあったはずだけど。そう思いながら少し探してみたけど見つからない。もしかしたら居間か何処かに戻したのかもしれないと思って、そっちの方にまで行ってみて探してみるけどやっぱり見つからない。さて、何処に持っていったのやら。首を傾げてみるけども少しも思い出せない。
「すいません、ハンコ見つからないんですけど」
 一旦お兄さんに状況を説明しようと玄関に戻ってみる。
「あ、それならサインでも」
「だからもうちょっと待っててくださいね。意地でも探し出しますから」
「あ、いや、だからサインでも……」
 お兄さんが何か言っていたようだけど、とりあえずこっちの用件は伝わったはず。ささっと居間の方まで戻って印鑑をおいてありそうな場所をあちこち探してみる。
 むう……見つからない。こう言う時に遺失物捜索の魔法とか使えたら便利なのにな〜と思うんだけど、生憎とそう言う魔法は私の得意じゃない。どっちかと言うと苦手な部類に入る。
「あの〜、すいません……」
 玄関の方から恐る恐ると言った感じの声が聞こえてきた。この声は確か運送会社のお兄さんの声だ。一体どうしたのだろうか。
「一応他にも配達しなきゃいけないものがありますんで、出来ればサインでも構わないんですが……」
「いいえ、ダメです!!」
「へ?」
玄関まで出ていった私がビシッとそう言うのを聞いてお兄さんがキョトンとした顔をする。
「一度決めたらやり遂げる! それがうちの方針ですから!」
「あ、いや、その……」
「と言う事でハンコを押しますから、絶対に! だから待っていてください!」
 そう言うと私は呆然としているお兄さんを玄関に残して今度は台所の方に戻っていった。もしかしたらここに持っていったのかもしれないし。
 がさごそがさごそと、あっちでもないこっちでもないと印鑑を探してみるけどもやっぱり見つからない。一体どうしちゃんだろう。こんな事お父さんとか麻由良ちゃんとかに知られたりしたらまた怒られちゃう。
「ひぃ〜〜ん、どこ行っちゃったのよぉ、ハンコちゃんは〜」
 一人パニックを起こしている私。何て言うか、泣きたくなってきた。でも泣いちゃダメ。泣かないって決めたから。そう、一度決めたらやり遂げる、これは我が家の方針だもの。改めて決意して、また印鑑を探そうと居間の方に行ってみる。
 すると、何時の間に帰ってきたのか我が家の長男、武文ちゃんがいて、更にテーブルの上にはさっき運送会社のお兄さんが持っていた段ボール箱がおかれている。
「あれ? 武文ちゃん……それは?」
「あ、お母さんいたんだ。これなら受け取っておいたよ」
「受け取っておいたって、ハンコは?」
「見当たらなかったからサインしておいたけど」
「お母さん、せっかくハンコ一生懸命探してたのにぃ」
「だってあのお兄さん困っていたし。それはともかくただいま」
「うう〜、お帰りなさい……」
 何と言うか今までの努力が全て水の泡、って感じでショックだわ。それにしても印鑑、何処に行っちゃったんだろう。探しておかないとやっぱりお父さんとか麻由良ちゃんが知ったら怒るだろうし。
「お母さん、何挙動不審になってるのか知らないけどさ。とりあえず今日のおやつ何かある?」
 うう、息子に挙動不審って言われた……なんて言うかお母さんショックで寝込んじゃいそう。
「……お母さん?」
「ああ、お母さんの味方はこの家にはいないのね。夏芽里ちゃんは家を出ちゃうし麻由良ちゃんはすぐに怒るし武文ちゃんは冷たい視線で見るし」
「見てない見てない。それにさっきのお母さん明らかに挙動不審だったし」
 ああ、また言われてしまった。よよよ、とその場に泣き崩れてみる私。ああ、さっき泣かないって改めて決意したのに。もうその決意が破られてしまうなんて。
「だいたい夏芽里姉ちゃんは単に留学してるだけだし、麻由良姉ちゃんは短気なだけだし……って聞いてないや。まぁ、いいか。その内復活するだろうし」
 ああ、何てダメな私。魔法少女としての実力ももう落ちまくりだし、家事能力も大したこと無いし、更に印鑑までなくしちゃってハンコ押せなかったし。更には家庭崩壊!? 積み木崩し!? ああ、何て事だろう、あれだけ愛情を注いで育てていたはずなのに。私の愛はあの子達には届いていなかったと言うの? 私の愛は足りなかったと言うの? ああ、何て事だろう。これでは天国のお母さんに顔向け出来ないわ……ってまだ元気だけど。
 
 たっぷり三十分ぐらい悲嘆にくれた後、ようやく私は武文ちゃんがおいていった段ボール箱に気がついた。そう言えば何処の誰から誰宛に送られてきたものなのだろう。何か通販などした覚えは私にはない。今家にいない夏芽里ちゃんはともかく麻由良ちゃんとか武文ちゃんとかならちゃんと報告してくるはずだ。黙って何か通販出来るようなお金は勿論、カードも二人とも持っていないはずだし。お父さん、って可能性もあるけどあの人は通信販売とかで何か買うようなタイプの人じゃない。では一体。
 そっと箱の方に手を伸ばしてみると、いきなり箱ががたっと揺れた。
「ひぃっ!?」
 ま、まだ手、触れてないのに何で?
 思わず差し出した手を引っ込めてしまう私。一体何だろうと思って様子をうかがっていると、また箱ががたがたと揺れた。どうやら中にいるのは生き物のようで、それが外に出たがっているというような感じだ。何か危険なものでなければいいけど、と思いながら箱に近付いてみる。
 しかし、生き物をこう言う風に宅配便で送ってくるとは非常識もいいところだ。一体何処の誰だと思って箱の表面に貼り付けられている伝票を見てみると、そこには我が家の長女の名前があった。何かはわからないけどわざわざイギリスから送ってきたものらしい。宛先はうち。それも麻由良ちゃん宛。そう言えば何日か前の夜中に電話があったような事を麻由良ちゃんが言っていたけど、これの事だったんだろうか。
 箱は相変わらずがたがたと動いている。と言うか暴れている。段々その揺れる頻度が大きくなってきているような感じだ。これは一旦開けて中身を確認した方がいいかもしれない。生き物だったら大変だし、この際麻由良ちゃんには勘弁して貰おう。そう思ってカッターナイフを探しに私は立ち上がった。

 散々探し回ったあげく結局見つからなかったので武文ちゃんの部屋に行ってカッターナイフを貸して貰って居間まで戻ってくると、段ボール箱はテーブルの上から消え失せていた。
「……ええ〜〜!? どうしてどうしてぇ〜!?」
 思い切り慌てる私。テーブルの下やソファの影なんかも探してみるけど段ボール箱の姿はない。まるで羽でも生えて飛んでいってしまったかのように消え失せてしまったのだ。
「た、た、た、た、た、武文ちゃ〜〜〜〜んっ!!」
 大声で二階の自分の部屋にいる息子を呼び出す。カッターナイフを借りに行った時は部屋の中でゲームをしていたはずだから、いないはずがない。程なくしてちょっとムスッとした顔の武文ちゃんが居間にやってきた。
「何だよぉ、今いいところなのに」
「こ、ここにおいてあった箱、知らない?」
「知るわけないじゃない。僕ずっと上にいたんだよ?」
「でもでも、ここにおいてあったのになくなっちゃってるのよ!」
「それを僕に言われたって。何処か別のところに持っていったんじゃないの?」
 呆れたような顔をする武文ちゃん。あの様子だと私が何処かに持っていったのを完全に忘れているだけと思っているみたい。ひぃ〜ん、そんな事無いのにぃ。私も何もしてないのにぃ。
「とにかく家中探した? 勝手に消えるわけないんだからきっと何処かに置き忘れてるんだよ」
 そう言って武文ちゃんは自分の部屋に戻って行っちゃった。
 ああ、一体どうしよう。こんな事が麻由良ちゃんに知れたらきっと烈火の如く怒るに違いない。ドメスティックなバイオレンスになってしまう。早く見つけないと。
 とにかくおろおろしているだけではどうにもならないので居間から出て別の部屋を探してみようと決心したその時だった。台所の方で何かガタガタって言う音が聞こえてくる。あそこには何も、誰もいないはずなのに。
 そっと物音を立てないように注意しながら台所の方へと移動してみる。気付かれないように中を伺ってみると、消えた段ボール箱がそこにいた。ガタガタガタガタ揺れながら何処かへ行こうとしているみたいだ。何処へ行くつもりなんだろうと思って少し様子を見ていると、どうやら玄関の方に向かっているらしい。
 一体夏芽里ちゃんは何を送ってきたんだろう。しかも麻由良ちゃん宛に。そう言えば夏芽里ちゃんはだけは麻由良ちゃんに対して絶対的なのよねぇ。お母さんにだって容赦のないあの麻由良ちゃんでも夏芽里ちゃんにだけは逆らえないっぽいし。うう、お母さんの威厳って何だろう。
 そうこうしているうちに例の段ボール箱は玄関先に辿り着いてしまった。でも、そこまでのようで、流石に段ボール箱に玄関のドアを開ける事は不可能だ。当たり前と言えば当たり前だけど。とりあえずそっと近寄ってみて、段ボール箱に手を伸ばしてみる。と、その時だった。いきなり玄関のドアが開いたのは。

* * *

「はぁぁぁ……」
 大きくため息をつきながら私は家路を急いでいた。
 午後からの授業は苦手中の苦手の数学と古文。これで寝るなって言う方が無理だ。と言う事であっさりと睡魔に負けて豪快に居眠りしているのが見つかって、先生からたっぷりと説教された上に特別に宿題まで出されてしまった。何と言うかついてないなぁ。
「いや、自業自得だと思う、それ」
 ペンダントの中からサラが話しかけてくる。
「そう思うなら起こしてよ」
「あー、ゴメン、実はあたいも寝てた」
「あんたねぇ……」
 そんな事をサラと喋っているうちにいつの間にか家の前までやってきていた。とりあえず今夜は頑張ってこの宿題を片付けないとなぁ。うう、見たかったテレビとかあるのに。せめて今夜はこのまま何事もない事を祈ろう。
 そう思いながらドアノブに手をかけてドアを開けると、目の前には段ボール箱があり、それに向かってお母さんが手を伸ばしている、そんなシーンに出くわした。一体何なんだ、これは。どう言うシチュエーションな訳だ?
「……ただいま」
「お、お帰り、麻由良ちゃん」
 何故か引きつった表情のお母さん。何か嫌な予感がする。とりあえず何事か問いただそうとしたその時だ。まるで何かに反応したかのようにペンダントが光を放った。同時に私の髪の毛が一瞬だけ赤く染まる。もっともこれはお母さんがそう言っていたからそうだったのだろうと言うぐらいで、実際自分の目で確認した訳じゃないんだけど。
「へ?」
「え?」
 私とお母さんが同時に口を開く。何かわからないけど、何かが私に反応した。正確に言えば私の中にある魔力に、だ。その感覚に私は戸惑うだけ。だってこんなの初めてだからだ。
「な、何、今の?」
 お母さんに向かってそう尋ねるけど、お母さんも何か納得のいかなさそうな顔をして首を傾げている。
「お母さん?」
「う〜ん、何なのかしら、今のは……?」
 いかにも不可思議、と言う感じの表情を浮かべるお母さん。どうやら魔法少女としての経験は私なんかよりも圧倒的に長いお母さんでも判別出来ないらしい。
「もしかして、”歪み”とか?」
「”歪み”の反応じゃないのよねぇ。何かこう言うのに覚えがないって事もないんだけど」
「どっちなのよ?」
「わからないって言うのが正直なところねぇ。ところで、どこからその、さっきの感覚を感じたの?」
 少し真剣な表情を浮かべてお母さんが尋ねてきたので、私は何となく足下にある段ボール箱を見下ろした。それに釣られるようにお母さんの視線もその段ボール箱に向けられる。二人分の視線を受けた段ボール箱ががたっと揺れた。
「な、なにっ!?」
 いきなりがたっと揺れた段ボール箱を見て、思わず飛び退いてしまう私。一体何なんだ、この段ボール箱は。中に何が入ってるんだ?
「え〜っと、麻由良ちゃんに夏芽里ちゃんからなんだけど、心当たりは?」
「ないないっ! こんな訳のわからないもの全くない!」
 何もしてないのにガタガタ揺れている段ボールなんかに心当たりなどあるはずがない。それがお姉ちゃんからの贈り物となるとなおさらだ。昔から何かろくな事をされた覚えがないけれど、今回もまた何かいたずらを仕掛ける為にわざわざイギリスから何か送ってきたんじゃないだろうか。何と言うか、そんな面倒な事をする人でもないはずだけど、やりかねないと言う気もする。何せあのお姉ちゃんだし。
「と、とりあえず開けてみようか?」
 そう言ってお母さんを見てみると、何やらにこっと笑って私に持っていたカッターナイフを差し出してきた。成る程、私に開けろと言う訳か。いや、まぁ、何が入っているにしろ一応お姉ちゃんから私宛な訳だし、危険なものではないはずだ。と信じたい。
 お母さんからカッターナイフを受け取って恐る恐るガタガタ揺れる段ボール箱を手で動かないように押さえつける。うう、何か嫌だなぁ。何が入っているかわからないけど、いきなり飛び出してきたりしないだろうなぁ……そう思いながらカッターナイフの刃を出して段ボール箱の梱包を解いていく。それほど厳重に梱包されていないところにお姉ちゃんらしさを感じてしまう。
 そっと箱を開けてみると中には物凄く適当な感じで緩衝材らしきものが詰め込まれていて、その真ん中には割れた試験管が三本程。緩衝材が緩衝材としての役割をなしてないじゃん、これ。しかし、この割れた試験管、一体何が入っていたんだろう? 割れている部分に気をつけながら試験管を取り出してみる。と、その時だ。割れた試験管の下側にあった緩衝材の陰に隠れていた何かがいきなり飛び出してきた。
「わわっ!?」
 余りにもそれがいきなりだったので驚いてしまった私が背にしていたドアにぶつかるようにして倒れてしまう。そして、ちゃんと閉じてなかったらしいドアがその衝撃で開き、そのまま後ろへと転んでしまう私。
「あいたたた……」
 転んだ表紙にぶつけた後頭部をさすりながら私が身体を起こそうとすると目の前に何かが飛んできた。
「麻由良ちゃん、あぶな……」
「ひぐっ!!」
 お母さんが何か言うよりも先に飛んできた何かが私の顔を直撃していく。その衝撃に私はまた後ろに倒れて思い切り後頭部を打ち付けてしまう。
「おおお…………」
 激痛のあまりに思わず玄関先でのたうち回ってしまう。
 そんな私の上を三つの光が通り過ぎていくけど、私はそれどころじゃなかった。何て言うか、頭が割れそうに痛い! 思いっきりぶつけたから死ぬ程痛い! 
「麻由良ちゃん、寝ている場合じゃないわ!」
 お母さんがそう言っているけども痛くて痛くてたまらない私はそれどころじゃなかった。何て言うか、起きあがる事すらままならない。
「寝ている場合じゃないってばぁ〜」
 そう言ってのたうち回っている私を無理矢理引っ張り起こすお母さん。
「あ、頭が……割れそうに痛い……」
「大丈夫、割れてないから! それよりも早くあの子達を追いかけて!!」
「は、はい?」
 まだ頭がガンガンしている私はお母さんが一体何を言っているのか全くわからなかった。
「早く! あの子達を追いかけるの!!」
「あ、あの子達?」
「早く! あの子達はまだ不安定だわ! ”歪み”に囚われる前に! 早く行くのよ!」
 まくし立てるようにお母さんにそう言われて、私は訳のわからないまま立ち上がり、ペンダントを手に取った。
「サラ、いくわよ!」
「ふわぁ……了解〜」
 さっきから変に静かだと思っていたけど、どうやら居眠っていやがったらしい。何つーか暢気なものだ。何かちょっとむかつく。今日はこき使ってやろうと心の中で密かに決意しつつ、変身の為のキーワードを口にする。
「封印術式解除! 魔力連結! 魔法変身っ!!」
 いつもの事ながら思うんだけど、かわいげの欠片もないキーワードよねぇ。普通魔法少女と言えばもっとリリカルでポップで何かかわいげのあるような、普通じゃとても口に出せないようなちょっと恥ずかしい呪文だと相場が決まっているものなのに。何だ、このやたら無骨な漢字ばっかりのキーワードは。しかしながらこれが私の変身の為のキーワードなんだから仕方ない。
 とにかくこのキーワードを口にした瞬間、ペンダントの中にいたサラが外に飛び出して私の周囲をぐるりと一周した。サラの飛んだ軌跡に沿って魔法陣が描かれていく。

 私の周りに描かれた魔法陣がまばゆい光を放つ。その光の中、私の着ている制服が弾け飛び、同時に真紅の炎が全身を包み込んでいった。
 真紅の炎が足にまとわりつき、赤と白のツートンのオーバーニーソックスになる。更にその上にも炎が絡み付いて、赤い編み上げブーツとなった。ぴんと伸ばした両腕にも炎が絡み付いて真っ赤なロンググローブになり、手首から肘にかけての辺りにはまるで籠手のような白い装甲が装着された。身体にはまず、白いレオタードのようなものがぴっちりと上から下まで包み込み、その上に赤いブラ状の胸当て、下半身は腰の辺りに太めのベルトが現れてそこから余り長いとは言えないスカートがひらりと発生する。更に赤い縁取りのされたケープが肩にかけられてそれを止めるように胸元にペンダントが出現する。更に髪の毛も黒から真っ赤に変わり、足下の魔法陣が弾け飛んで、これで完成。
「炎の魔法少女麻由良、推参っ!!」
 ぴしっとポーズなんかとっちゃったり。
「あら麻由良ちゃん、ノリノリ」
 お母さんがポーズをとっている私に向かって嬉しそうに言う。うう、何か物凄く恥ずかしいところを見られた気分だ。
「と、とにかく! その、どっちに行けばいのよ!?」
 顔を真っ赤にさせながらお母さんに尋ねる私。何て言うか、ほとんど事情を理解してないんだけど、いいのかなぁ?
「あの子達は向こうに行ったみたいね。早く行って! 何か”歪み”っぽい感じもしてきたし」
――うわ、何かそれって泥沼じゃない。よくわかんないけど。
「わからないなら黙ってなさい。それじゃ行ってくる!」
「気をつけてね〜」
 お母さんの少し間延びした声を背に受けながら私は例の空飛ぶ箒に跨ってその、飛んでった何かを追いかけ始めた。しかし、困った事に私自身が何を追いかけているのか全くわかってないんだけど。
「ねぇ、何かわからない?」
――そうねぇ、何か変な力を感じるのは感じるんだけど。
「”歪み”じゃなくって?」
――違う違う。どっちかと言うと……あっ、先に”歪み”見つけちゃった。
「どこどこ?」
――右手の方向三キロ程先、かな?
「先にそっちを始末しちゃおう! 何かやばそうな感じがするし、お母さんもそれを心配していたし!」
 空飛ぶ箒の向きを変える。と言ってもかなりスピードがでている為、大きくカーブしてでないと曲がりきれないのだが。
「もうちょっと小回り利いた方が使いやすいのにぃっ!!」
 そう叫ぶ私だけど、その叫びを一体誰が聞いてくれると言うのか。全く持ってむなしい限りである。例によってスピードだけはとんでもないものがあるのであっと言う間に”歪み”の取り憑いた怪物が暴れ回っている現場に到着した。
「さぁて今回は一体何に……」
 取り憑いているんだろうと思いながら地上に降り立った私の前にいたのはずでんとそびえたつブロック塀。
「……え〜っと」
――こいつね。何て言うか、堅そうな奴。
「ただのブロック塀に見えるけど?」
――油断大敵よ。気をつけなさい。
「ブロック塀なだけにへいへい」
――…………。
 あー、何か物凄い勢いで退かれたような気が。言わなきゃよかった。
 と、そんな事を考えていた時だった。いきなり目の前のブロック塀に足が生え、立ち上がったのは。
「はい?」
 動き出したブロック塀を見た私の目が点になる。いや、まぁ、何度か”歪み”の怪物を見てきたわけだけども、まさか目の前で動き出したのを見たのは初めてで、何と言うかその異常な光景に思わず言葉をなくしたと言うか呆然としてしまったと言うか。
――何やってんの!!
 頭の中にサラの声が響き渡る。
 はっと気がついた時にはもう遅い。目の前にブロックが迫ってきてる。この距離じゃもうかわす事は出来ない。思わず顔をかばうように腕を上げて、目を固く閉じてしまう私。だけど、迫ってきていたブロックは私にぶつかる直前、まるで見えない壁にでもぶつかったように弾かれてしまった。
「……あ、あはは。忘れてたわ」
 思わずその場にヘナヘナと座り込んでしまう私。よく考えてみれば魔法少女に変身している私の周りには目に見えない障壁が張られていて物理的な衝撃はほぼ百パーセント弾き返せるんだった。
――忘れちゃダメよ。この防御結界も絶対じゃないんだからね。
「わかってるわよ! それよりも一気に片付けて追いかけるからね!」
 そう言って私は両手を前に突きだした。そこに炎の玉が現れるようイメージして、更に魔力を注ぎ込む。すると私の手の前にイメージした通りの炎の玉が出現していた。
――ちょっと! あんたっ!!
 サラが何か言っているがすっぱりと無視。今はこいつを倒すのが先決。文句なら後で聞いてあげるわ。もっとも右から左に聞き流すけど。
「いっけぇっ!! 必殺っ!! ”灼熱の砲弾”っ!!!」
 私の手からその炎の玉が放たれる。得意中の得意、と言うかこれしか知らない私の必殺の魔法。威力はかなりのもので、これを喰らってやられない”歪み”の怪物はいない。
 炎の玉がブロック塀の怪物に命中し、爆発する。
「よっしゃっ!!」
 粉々に吹っ飛んだブロック塀の怪物を見て軽くガッツポーズをとる私。
――あんたねぇ。あたいが前に言った事もう忘れたの!?
「覚えてるわよ。でも今回は急ぎでしょ。もう一つやらなきゃいけない事もあるんだから」
――全く……知らないわよ、この先どうなっても。
「大丈夫大丈夫。問題ないない」
 そう言って笑う私。
 だけど、その足下で粉々になったはずのブロック塀の欠片がもぞもぞ動いている事に私は気付いていなかった。
「とりあえず探すわよ。何を探すかよくわかんないけど」
 さっと手を一振りして空飛ぶ箒を呼び出す。と、その時だった。こん、と何かが肩にあたった。何だろうと思って振り返ってみると、そこにはさっき倒したはずのブロック塀の怪物が立っている。
「え?」
 さっき粉々にしたはずなのに何で?
――多分、”歪み”が取り憑いているのはあの中の一つだけ。他はただ単に操っているだけなのよ。
「そ、それってつまり?」
――”歪み”が取り憑いている本体を倒さない限り何度でも再生するんじゃないかな?
 聞こえてくるサラの声も少し引きつっている。て言うか、結構動揺しているのがわかる。流石は一心同体になっているだけの事はある。
「何でそんなにあんたも動揺してるのよ?」
――だってこんなタイプの奴、初めてなんだもん!!
「と、とにかくもう一発!!」
 さっと両手を突きだし炎の玉をイメージする。でも、そこに生み出される炎の玉はさっきよりもかなり小さいもの。注入している魔力も比べものにならない程少量だ。
「な、何で!?」
 慌てまくる私。こんなはずじゃない、こんなはずじゃないのに!
――だから言ったでしょ! あんた自身の魔力は高いけど、その絶対量はまだまだ少ないのよ! だからあんな大技を一回出したら残りはカスみたいなものになるに決まってるじゃない!
 げげっ!! それはシャレになってないんじゃないの!? と言うか、もしかして大ピンチ!?
 何とか魔力を絞り出そうとするけども、全然力が入らない。そんな必死の私に向かってブロック塀の怪物が砕けた欠片を飛ばしてきた。
「わわわっ!!」
 飛んできた欠片が次々と見えない防御障壁にぶつかって弾け飛んでいく。でも、それと同時に手の先にある炎の玉がどんどん小さくなっていき、更に段々防御障壁も弱くなってきているのかブロックの欠片がぶつかっても弾き返さなくなってきている。
――あー、これはちょっとやばいかも。
「も、もしかして!?」
――もしかしなくても後ちょっとで防御結界消えるわね。まぁ、そのコスチュームもそれなりに防御力はあるけどやっぱり痛いものは痛いだろうし。
「んなこと冷静に言うなぁっ!! ちょっと何とかしてよ!!」
――と言われても、どうする事も出来ないわよ。魔法少女、魔力無ければただの少女って感じで。
「うう〜〜〜!」
 とりあえず唸ってみるけどどうしようもない。何て言うか絶体絶命のピンチって感じだ。これが正義のヒロインものとかだったらここで颯爽と私のピンチを救いにかっこいいヒーローが現れるんだけど、現実はそう甘くはない。もはやどうする事も出来ない!? 手の先にある炎の玉ももう消えちゃいそうなマッチの先の炎みたいになってるし〜〜!!
 ぱっと私の手の先の炎が消えた。同時に私の周囲に張られていた防御障壁も消え失せ、更に私の髪の毛も赤から黒に戻ってしまう。更に更に、着ているコスチュームも鮮やかな赤の部分がくすんだ色に変わってしまった。
「……フェイズシ○トダウンじゃないんだから……」
 呆然と呟く私に向かってブロック塀の怪物は容赦なく砕けた欠片を飛ばしてきた。
「うわわわわっ!!」
 慌てて逃げ出す私。攻撃手段も防御手段もない私にはもう逃げる以外の手は残っていない。何とかこの場から逃げて反撃のチャンスを掴まなければ、と思うけど、何かブロック塀の怪物は私に狙いをつけたみたいでドスドスドスと地響きを立てながら追いかけてくる。ちょっと、どうしろって言うのよ、この状況!!
 そんな事を考えながら走っていたせいか、足が何かに取られて私は豪快に転んでしまった。
「いたたた……」
 何とか身を起こすけども、その時にはもうブロック塀の怪物が追いついてしまっていて、私をじっと見下ろしている。
 何かこれは非常にやばい状況のような気がする。極めて単純明快に言うと絶体絶命?みたいな。
「あ、あはは〜」
 ブロック塀の怪物に向かって愛想笑いを浮かべてみるけど、そんなものが通じる相手ではない事は先刻ご承知だ。ここでやられちゃったりしたらどうなるんだろう。とりあえずお母さんに申し訳が立たないなぁとか先立つ不幸をお許しくださいとかそんな事ばかり考えてしまう。どっちにしろもうダメかな、と思って目を閉じた時だった。
 はるか頭上から一条の光が降り注ぎ、ブロック塀の怪物に直撃した。怪物はフラフラとした後、後ろに向かってどうっと倒れてしまう。
「……な、何?」
 一体何が起こったのかわからないまま、私はとりあえず立ち上がってみる。すると、空から三つの光がフラフラと頼りなさそうに降りてくるのが見えた。
――あ、あれだ。
「何が?」
――初めに感じた変な力。
 見ていると、三つの光がポンと弾けてサラと同じくらいの大きさの妖精のような姿になった。でもサラとは少し様子が違う。それぞれ何か何処かで見たような服装をしているからだ。更にその内の一人は身長程もあるライフルを、もう一人はやはり身長程ある刀を手に持っている。残るもう一人は背中に……あれは何て言うのだろうか、まるでブースターのようなものを背負っていた。
――ありゃ人工精霊だね。
「人工精霊?」
――あたい達みたいな自然の精霊とは違って誰かが人為的に作り出した精霊だよ。まさかのこの目で見られるとは思っても見なかったけど。
 少し感心したようにサラが言う。どうやら人工精霊とやらはかなり珍しいものらしい。私も少し感心したようにその人工精霊を見つめている。
 人工精霊達は顔を突き合わせて何事か相談していたようだけども、その内に話がまとまったのか一斉に倒れて起きあがろうとしているブロック塀の怪物の方を向いた。
「えと、えと、それじゃ、一番、エル、行きます〜」
 背中にブースターのようなものを背負っている人工精霊がすっと手を挙げてからブロック塀の怪物の方へと突っ込んでいった。その動きはかなり速い。
 ブロック塀の怪物はその人工精霊を撃ち落とそうと瓦礫を次々と発射するけど、彼女は右に左にかわしてあっと言う間にブロック塀の怪物に接近し、さっと手を突き出した。するとそこから光の波紋が浮かび上がりブロック塀の怪物に伝わっていく。
「二番、ソウ、参る!」
 凛とした声でそう言って今度は刀を持った人工精霊が駆け出した。さっと刀を引き抜くと、大きくジャンプしてその刀を縦横無尽に振るう。着地すると同時に彼女は刀を鞘に戻し、その前でブロック塀の怪物がバラバラと崩れ落ちた。
――わ、凄い。
「三番、ラン、行くであります!」
 最後に残った人工精霊がすっと腰をかがめてライフルを構えた。その照準はきっと再生途中のブロック塀の怪物に向けられているはず。かちっと彼女が引き金を引くと、ライフルから一条の光が打ち出され、ブロック塀の怪物のある一点を撃ち抜いた。
――やったわね。
「どう言う事?」
――あの三人組、見事な連係プレーであの”歪み”の本体を倒したんだよ。まずあのランドセル背負った奴が本体を探して、剣持っている奴が怪物の身体をバラバラにして、最後の銃持ってるのが再生途中に抜き出しになってる本体を撃ち抜く。なかなかたいしたもんだ。
「はぁ〜」
――間抜けな声出してないで。あれ作ったのが誰なのかとかそう言う事考えなさいよ。あれだけのものを作るなんて相当な実力者だよ?
「と、とりあえず捕まえよう! それで直接話を聞く!」
 私はそう言うと人工精霊三人組の方に近寄っていった。するとその三人が一斉に私の方を振り返ってきた。刀とライフルがそれぞれ私の方に向けられる。残る一人は何かおろおろしている。
「ねーねー、よそうよ、この人悪い人じゃないっぽいよ〜」
「黙るでござる、エル」
「この異境にて我が身を守るのは我が身のみ、であります」
「あ〜、ちょっとお話がしたいだけなんだけど」
 何か話し合っている3人組に向かって声をかける私。
「こっちに来るなであります」
 ライフルを持っている子が私を睨み付けてそう言う。
「いや、だからお話を……」
「それ以上近寄るならば我が身を守る為の手段にでるでござる」
 刀を持っている事がやっぱり私を睨みながら言った。
――こっちの話をまるで聞く気が無さそうだね。
 少し呆れたようなサラの声が頭の中に響く。
「ねぇ、野良精霊ってこんな感じなの?」
――野良精霊って……あんた、その辺にいる猫とか犬とかじゃないんだから!
「どうなのよ?」
――う〜ん、何とも言えないわねぇ。何て言うか、この連中、微妙に不安定なものを感じるし。
「不安定?」
――人工精霊だからってのもあるんだろうけど、そもそもがこいつら誰かと契約する事を前提に存在しているっぽい。なのに今は勝手に動いている。だからどうも不安定な感じがするんだけど。
「何をごそごそ喋っているでありますか?」
「下手な小細工は無用」
 何か妙に好戦的よね、この二人は。後のもう一人は何かひたすらおどおどしているだけだし。話し合いをするなら好戦的な二人よりもあのおどおどしている子かしら。
――でもあのランドセルは結構動き速そうだけどな。それにこっちは魔力も尽きてるし、何も出来ないと来てる。
「魔力が回復するのにどれくらい時間かかると思う?」
――完全回復するんなら一晩は待たないと。
「待ってくれるわけないわよねぇ」
――あたいがあいつらの立場ならそうだね。
「何かわかりませんが今のうちであります! エル、ソウ、長居は無用であります!」
「一時転進。おさらばでござる!」
「ああ〜、待ってよ〜」
 ごそごそとサラと話しているうちにあの三人が逃げ出した。ライフルと刀を持っている子が地面を走り、ブースターみたいなのを背負った子がふわりと宙に舞い上がる。
――麻由良! 逃がすな! とにかく一匹でもいいから捕まえろ!!
「言われなくてもっ!」
 サラに言われるまでもなく私は駆け出していた。でも、どの子も意外とすばしっこくて捕まえようと手を伸ばしても捕まえられない。
――何やってんのよ! あんた、体力だけが自慢なんでしょ!!
 何か後でゆっくりと話す必要があるかも知れない、サラとは。それはとにかく、体力自慢で自分でもなかなか足の速い方だと思っている私でもあの子達には追いつけなかった。サイズが小さい所為もあるけどもとにかく動きがちょこまかと素早すぎる。何て言うか気分はロ○キーだ。
 一生懸命追いかけては見たけれども結局あの三人は見事に私の前からいなくなってしまった。要するに見事に逃げられてしまったわけだ。
――全く情けない……。
 呆れかえったサラの声が聞こえてくるけど、すっかり体力を消耗しきっている私に反論する元気はなかった。変身を解き、とぼとぼ家路へと急ぐ。帰ったら帰ったで山のような宿題が待っているし、お母さんにもあの三人の人工精霊とやらを逃がしたって事を一応報告しておかないといけないし、何て言うか憂鬱。
「……はぁ」
「ため息ばかりついてると幸せが逃げるよ」
「もう諦めた」
 ペンダントから外に出てきて、今は私の頭の上にちょこんと乗っかかっているサラにそう言い返し、何となく歩みを遅くする。余り家に帰りたいような気分でもない。もう一度ため息をつこうとしたそんな時、いきなりサラが私の頭の上で立ち上がった。そして前方を指差す。
「ちょっと、麻由良! あれ!!」
「ん?」
 サラが指差した方を見ると、そこには一匹の猫。口には何か人形のようなものをくわえている。はて、あの人形、何処かで見たような。
「……あ〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」
 猫が加えている人形のようなものと私の記憶の中にある、あるものが合致した瞬間、私は思わず大声を上げてしまっていた。あれって私が捕まえられなかった人工精霊のうちの一人じゃない! 私が捕まえられなかったのに猫に捕まってるなんて……一体どう言う事なのよ!!
「サラ、いける!?」
「しょうがないなぁ」
 余り乗り気じゃ無さそうなサラがそう言いながらぴょんと跳び上がった。そのまま一直線に猫の方へと飛んでいき、じっとこちらを見ている猫に向かってその手から小さな火花を飛ばした。うーん、流石にサラもかなり消耗しているらしくあれが限界か。でも、猫を驚かせるには充分だったみたいで、その猫は口にくわえていた人工精霊を放すとあっと言う間に逃げていってしまった。
 何か猫に悪い事したなぁ。今度あの猫見かけたら煮干しでも上げよう。それで許してくれるかどうかはわからないけど。
「ちょっと、あんた! しっかりしなさいよ!」
 サラがそう言ってぐったりとしている人工精霊の胸ぐらを掴んで引き起こす。そして容赦なく平手打ち。しかも往復。いや、まぁ、気付けにはいいかも知れないけど、やりすぎじゃないだろうか。
「な、何するんですか〜!!」
 ようやく目を覚ましたらしい人工精霊がドンとサラを突き飛ばして言う。それから痛そうに赤くなっている頬をさすった。
「うう、何も悪い事してないのに……」
 涙目になって呟く人工精霊。
 私はそのこの側まで歩み寄ると、すっとしゃがみ込んだ。
「ねぇ、あなた」
「は、はうっ! み、見つかっちゃいました!」
 私が声をかけるとその子は物凄く慌てたようにそう言い、両手をバタバタ振り回して逃げようとした。でもすぐさまサラがその子にタックルして押さえ込んでしまう。
「逃がすか、この野良精霊!」
「え、エルは野良精霊なんかじゃありません!」
 じたばたもがきながらそう言う人工精霊。そうか、この子はどうやら”エル”と言う名前らしい。
「と、とにかく離してください〜!」
「離したらお前逃げるだろ! 麻由良、早くしろ!」
 じたばたしているエルをサラが必死に押さえ込んでいる。何か微笑ましい光景だ。しかし、このまま見ているわけにも行かないので私はそっと手を伸ばしてエルと言う名前の人工精霊の頭を撫でてみた。
「は、はうっ……」
「え〜っと、別にあなたに危害を加えようとはそう言うつもりはないから安心して」
「で、でもさっきいきなりぶたれました……」
「気付けだ、気付け」
 チラリと恨みがましげな視線をサラに向けるエルだが、サラは何処吹く風とあっさり受け流してしまう。するとまたエルは目に涙をいっぱいためて私の方を向いた。
「はうぅ〜、この子、意地悪ですぅ〜!」
 私に泣きつかれても困るという気もするんだけど、まぁ、何とか話が出来そうだからとりあえずよしとしよう。またエルと言うこの頭をよしよしと言う感じで撫でてやる。
「えっと、エルちゃんって言うのね。私は炎城寺麻由良。こう見えても一応魔法少女やってるの。よろしくね」
「まだまだ見習いだけどな〜」
 笑顔を浮かべて自己紹介している私に向かってサラが余計な事を言う。思い切りギロリとサラの方を睨み付けて私は彼女を黙らせた。それでもサラは少し肩を竦めただけだ。何と言うか、偉そうな態度である。
「えとえと、エルは、イギリスで生まれた人工精霊ですぅ。このたび日本にやってきたのは、えっと、私たちを作った人の妹さんのお手伝いをする為ですぅ」
 ちょっと舌っ足らずな感じで喋るエル。うん、なかなか可愛いかも。
「で、エルは何が出来るかと言いますと、えっと、他の二人と違ってエルは空中戦が出来ますです。それと、ちょっと特殊な振動波を発生して……」
「あ、ちょっと待って」
 自分の特性を紹介してくれているエルには悪いが、ちょっと聞き捨てならない言葉を聞いたような気がする。イギリス生まれ? 日本に来たのは作った人の妹の手伝いをする為? 気のせいか、その、この子を作った人物の顔が思い浮かぶような気がする。
「ちょっと確認したい事あるんだけどいい?」
「は、はい、どうぞ」
「あなたを作った人の名前ってわかる?」
「えっと、エルを作った人は……確か……炎城寺夏芽里って名前でした……あれ? あなたとおなじ名字ですね。あはは〜」
 そう言って笑うエル。
 そんな彼女の前で私は思い切りうなだれていた。やはりと言うか何と言うか。この子はまだわかってないけど、その、あなたを作った人の妹ってこの私なのよ。
 お姉ちゃん、一体何考えてこの子達を作ってわざわざ日本に送りつけてきたのよ? もしかして何かの嫌がらせ? それともいたずらのつもり?
 ガックリと肩を落とす私。
 呆れたように首を左右に振っているサラ。
 そして、エルだけが何が何だか全くわかっていないような感じで笑っていた。

To be continued...



戻る

本・漫画・DVD・アニメ・家電・ゲーム | さまざまな報酬パターン | 共有エディタOverleaf
業界NO1のライブチャット | ライブチャット「BBchatTV」  無料お試し期間中で今だけお得に!
35000人以上の女性とライブチャット[BBchatTV] | 最新ニュース | Web検索 | ドメイン | 無料HPスペース