「今から見たことは絶対に誰にも言うなよ。お前らのこと、信じているからな」
 早田流星はチラリと幼馴染みの二人を見てそう言うと、持っていたカードリーダーを頭上に掲げた。
「変身っ!」
 そう叫び、手にしたカードリーダーを腰に巻いているベルト、ゾディアックガードルに差し込む。
『Completion of an Setup Code ”Sagittarius”』
 機械による合成された音声と共にゾディアックガードルから光が放たれ、流星の前に光の幕を作り出した。そこに描かれているのは射手座の星座図。その光の幕をくぐり抜け、向こう側へと躍り出た彼の姿が変わる。青いボディに銀色のアーマーを身につけた仮面ライダータリウスへと。
「りゅ、流星?」
 自分たちの目の前で変身した流星に恐る恐る声をかけたのは二人の内の大柄な方。もう一人のメガネをかけている少年は驚きのあまりに言葉を無くしてしまっているようだ。
 そんな二人を残し、仮面ライダータリウスは森の中へと駆け込んでいく。陽が落ちかけ、薄暗くなっているこの森の中に潜み、こちらを窺っているはずの陸亀怪人を誘き出す為だ。
 両者の戦いは圧倒的な防御力とパワーを持つ陸亀怪人が優勢に進めていた。タリウスの攻撃はその防御力にほとんど無効化され、そのパワーを生かした一撃を食らったタリウスは両腕にダメージを負ってしまう。
 追いつめられたタリウスは陸亀怪人の回転防御を破る為に考えていた技を繰り出すことに決めた。まだ完成した訳ではないが、もうこれしかない。
「ウオオオッ!」
 タリウスが雄叫びをあげながら走る。走りながらゾディアックガードルからカードを取り出し頭上へと放り投げた。するとそこに等身大ぐらいの大きさの光のカードが現れる。そこに描かれているのは勿論射手座の星座図。
 その光のカードを見ながらタリウスはジャンプした。そして身体を捻り、回転をつける。
 あらゆる攻撃を弾き返す陸亀怪人の回転防御を打ち破る為にタリウスが考えたのがこれだった。回転には回転。しかし、タリウスの身体の回転よりも陸亀怪人の回転の方が遙かに早い。
「スクリューライダーキック!」
 光のカードをくぐり抜け、その回転力を増すタリウスだったがそれでも陸亀怪人の回転には及ばない。だが、もう止めることは出来なかった。賽は投げられたのだ。後はタリウスの必殺キックが勝つか、陸亀怪人の回転防御が勝つか。
「ウオオオッ!」
 再び気合いの雄叫びをあげるタリウス。その回転キックが陸亀怪人の高速回転する甲羅と激突する。
 次の瞬間、何かが爆発するような音が周囲に響き渡った。
 森の中で呆然としていた松戸 豪と座頭晃太の二人は突然聞こえてきた爆発音に互いの顔を見合わせた。
「な、何だ、今の音?」
「何かが爆発したような音だったけど……」
 こんなところに何か爆発するようなものなど無いはずだ。そもそもこの町に爆発物を扱うような店も職人もいない。と言うことは、先程の爆発音は突然現れた陸亀怪人と変身してその怪人と戦っている流星のどちらかが発したと言うことになる。
「ど、どうする?」
 恐る恐る晃太に尋ねる豪。
「どうするって、何が?」
 晃太はそう答えるのが精一杯だった。一体何がどうすればさっきのような爆発音が聞こえてくるのかわからない。先程はあまりじっくりと見てはいられなかったのだが、流星が変身したあの姿には特に爆発物のようなものは持ってなかったはずだ。そうなると爆発物を持っているのは陸亀怪人の方か。何せ相手は怪人だ。昔見た特撮ヒーローものの番組だと敵の怪人は結構何でもありだった。体内から爆弾の一つを取り出していたって不思議ではないだろう。そんなことを考えながら、それでも晃太は豪と同じく心配そうな目を流星の消えていった森の奥へと向ける。
「流星はさっきまでの特訓で体力をかなり消耗していた。それに、あいつ何も言ってなかったけど足を怪我してるみたいだし……もしかしたら」
 豪はそこであえて言葉を切った。その先、何と言おうとしていたのかは晃太にだってわかる。あまり考えたくないことだが、有り得ないことでもない。流星が負けたなどとは思いたくないが、今の彼の体調では勝てるかどうかは怪しいものだ。おまけにあの怪人、一体どう言う能力を持っているのかまるでわからない。見た感じは陸亀のように見えたのだが、その見た目通りだと考えていいものかどうか。
「……見に行ってみよう」
「ええっ!?」
 晃太の提案に豪が驚きの声をあげる。
 幼馴染みの五人の中では晃太が一番冷静且つ沈着な判断を下せるタイプだ。他はと言えばその場のノリで暴走する弾 悠司、カッとなりやすく口より先に手が出る紅一点の北斗拓海、普段はおっとりのんびりで寡黙な豪、そしてやる気なさげに周りに合わせてくる流星。冷静さや客観性においてはてんでダメな連中ばかりだ。
 暴走する悠司に引っ張られるように豪、ツッコミを入れながらも付き合う流星、ツッコミよりも鉄拳制裁が多いがやはり付き合う拓海、そしてそんな彼らを止めようとしつつも自分も一緒になって騒ぐ晃太。それが普段の彼らの行動パターン。
 いつもならば暴走を抑えに回る晃太が自分から危険に飛び込もうという提案をしたのが豪にとって予想外のことだったのだ。
「あまり考えたくはないが、流星があの怪物に負けて怪我をした可能性だってある。それにあいつは俺たちを逃がす為の囮になってくれたんだ。それであいつが死んだりしたらどうするんだよ」
「でも、流星は俺たちに逃げろって言ってたんだぞ? のこのこ出ていって、それがあいつの足枷になったらどうするんだ?」
 晃太の言うこともわかるが、自分たちが様子を見に行くのは、わざわざ怪我をおして囮役を買って出た流星の思いに反する行為に他ならない。それにもし見つかってしまったら、流星は自分たちをかばいながら戦わなければならなくなり、それでは圧倒的に不利になってしまうだろう。流星のことは確かに心配だが、豪はそうなることを恐れたのだ。
 豪の言葉に晃太は少し考え込むような仕草をしていたが、すぐに何かを決断したらしく豪の肩に手を置いた。
「よし、見つからないように様子を見に行こう」
 晃太の発言を聞いて、豪は思わずため息をついてしまう。
 幼馴染み五人組の中で晃太は一番冷静沈着に物事の判断を下せるタイプだ。だが、何処か微妙に抜けていたり、ずれていたり。やはり類は友を呼ぶと言うことなのか。これでも学年で一二を争う秀才なのだから恐れ入る。
 豪が何を言わないのを肯定だと受け取ったのか、晃太はニコリと微笑むと森の奥へと歩き出すのであった。

仮面ライダーZodiacXU
Episode.19「撃て! 友情の必殺技-Shoot! Killer shot of friendship-」

 夕闇が辺りを暗く包み始める中、相沢秋穂はスーパーから出て、小さくため息をついていた。両手にはたくさんの食材の入ったビニール袋。ちょっと買い過ぎたかも知れない。だが、買い物に行ってくると言った自分に今、世話になっている早田 真は財布を預けて何でも好きなだけ買ってきてもいいと言ってくれたのだ。それに今日は真と同じく世話になっている江戸川百合子が退院してくる日。彼女の退院パーティも兼ねて今日は豪勢な食事をしようと真が言ったので、秋穂は買い物を買って出たのである。
 改めて腕に力を込めて秋穂はパンパンに膨れあがったビニール袋を握り、歩き出す。それほど運動が得意な訳でもない彼女にとってこの量をずっと持って運ぶのは結構きつい。だが、自ら買い物を買って出た以上、弱音を吐こうと言うつもりはなかった。
 ちょっと辛そうにしながら商店街を歩いていると、彼女の視界に仲良さそうに連れ立って歩いている親子の姿が飛び込んできた。小さい子供が母親と手を繋いで歩いている。母親の手には買い物袋、子供の手には買ってもらったのであろうお菓子の袋が握られている。嬉しそうに母親に何か話しかける子供、それに優しい笑みで答える母親。そんな二人の様子を秋穂は何処か羨ましげな瞳で見つめていた。
 今の彼女は訳あって家族と離れ、この地で暮らしている。何時家族と再会出来るか、今のところまったくわからない。下手をすれば一生会うことが出来ないかも知れないのだ。寂しくないかと言われれば、とりあえず首を横に振る。だが、本当は寂しくない訳がない。ちょっとお調子者な父、のんびり屋だが底なしに優しい母。許されるのなら今すぐに二人の元へと帰りたいと言うのが彼女の本音だ。実際にそれをする訳には行かないのだが。
 秋穂の前を歩いている親子。彼女はその親子に自分と母親の姿を重ねていた。知らずに彼女の目尻に涙が浮かんでくる。
「お母さん……」
 ぼそりとそう呟いた時だった。いきなり、背後から誰かが彼女に飛びついてきたのだ。
「きゃあっ!?」
 思わず悲鳴を上げてしまう秋穂。驚きのあまり、手に持っていたビニール袋を落としてしまう。
「わわっ! そ、そんなに驚いたっ!?」
 あまりもの秋穂の驚きように背中から彼女に飛びついたらしい人物が慌てた様子で離れていく。
「ご、ゴメン、そんなに驚くなんて思わなかったから」
 秋穂が振り返ると同時にそう言い、両手をあわせながら頭を下げたのは江戸川百合子だった。
「あ……こっちこそすいません。大きな声あげちゃって」
 消え入りそうな程小さいな声で、顔を真っ赤にしながら秋穂がそう言う。チラリと周囲を見てみれば、先程大声を上げた秋穂とその彼女に向かって謝っている百合子を一体何事かと興味深そうに周囲にいた人々が見つめている。どうやら予想外に注目を集めてしまったらしい。秋穂が顔を赤くしているのはおそらくその為だろう。
「と、とにかく行こうか!」
 百合子は周りの状況を見るとすぐさま秋穂が落としたビニール袋を拾い上げ、もう片方の手で秋穂の手を握って歩き出した。そして大急ぎで商店街を離れていく。

 丁度百合子に手を引かれた秋穂が商店街を後にしたのと同じ頃、豪と晃太は爆発音が聞こえてきた方――高台の辺りへと辿り着いていた。そこで二人が見たのは地面に倒れ伏す仮面ライダータリウスとスロープ状の坂の下で仰向けにひっくり返り、手足をじたばたとさせている陸亀怪人の姿であった。
「流星!」
 慌てて倒れているタリウスの側に駆け寄る二人。
 どうやらタリウスは気を失っているらしく、二人が近寄っていってもピクリともしなかった。見てみると右足が少し焦げている。どうやら先程の爆発に彼のこの右足が関係しているらしいことは焦げていることから明らかであろう。
「ダメだ、気を失ってる。豪、背負えるか?」
「多分大丈夫だと思うけど……あいつはどうするんだ? 生きているみたいだぞ」
 晃太の言葉に頷きながらも、豪は高台から下へと続くスロープ状の坂の下に倒れてジタバタしている陸亀怪人の方をチラリと見やる。
 あの怪物をこのまま放置していては後々大変なことになってしまうだろう。だが、一体どうやってあの怪物に挑めばいいのかは豪もわからない。変身した流星がこの様な状態なのだから尚更だ。
「馬鹿、何言ってるんだ! あいつよりもここはまず逃げることだろう! 流星が気を失っている以上、俺たちには何も出来ないだろ!」
 晃太は少し語気を荒げながら、豪にタリウスを背負うよう促した。それからチラリと坂の下でまだ藻掻いている陸亀怪人と坂の上に置いたままになっていた樽を見る。
(あいつは見た感じ陸亀っぽかったな……なら海に落とせば……)
 地上を生活空間として選んだ陸亀ならば海に落とせばきっと溺れてしまうはずだ。それで死ぬとは考えられないが、時間を稼ぐことぐらいはそれで出来るはず。後はどうやって陸亀怪人を海に叩き落とすかだが、それには流星が特訓に使っていた樽が役に立つだろう。
「俺が時間を稼ぐ。豪はその間に流星を背負って逃げろ。向かう先は師匠のところだ。いいな?」
 樽の方を見ながら晃太はそう言い、すっと立ち上がった。そして樽の方に向かって歩き出す。
「晃太!? 何をする気なんだよ!?」
 タリウスを助け起こしながら豪が樽に向かって歩いていく晃太に声をかける。樽に向かって歩いていることで晃太が何を考えたかの見当はついた。
「無茶だ! 下手したら晃太、お前が死んでしまうぞ!」
「流星は自分の命を懸けて俺たちを逃がそうとしたんだ。その流星が倒れた今、俺たちが出来ることは何だ?」
 そう言いながらも晃太は足を止めようとはしない。樽のすぐ側まで来てからようやく豪の方を振り返る。
「俺たちじゃ勿論あの怪物を倒すことなんか出来やしない。相手になるのだって無理だ。だからと言って何もしない訳にも行かないだろ。あんな怪物がいるって事を知っちまったんだから」
「だからって」
「今ならあいつを海に叩き落とすことが出来る。この樽を使ってな。だが、樽だけじゃ多分無理だ。重さが足りない。だから俺がやる」
 晃太はそう言って樽をポンと叩いた。流星が特訓でやっていたようにこの樽の中に入り、そしてジタバタ藻掻いている陸亀怪人に向かって転がっていって陸亀怪人を海へと吹っ飛ばそうと言うつもりなのだ。
「何も晃太がやらなくても、何か石とかそう言うもので」
「時間が足りないよ。あいつが藻掻いている今がチャンスなんだ。あの怪物が立ち直ったらもう俺たちじゃどうしようもない」
 必死に止めようとする豪だが晃太の意思はもう決まっているらしい。それにこんな事をしている間にも陸亀怪人は起き上がろうと藻掻いている。何の拍子で上手く起き上がるかわかったものではないのだ。チャンスは一度だけ。絶対に失敗は許されない。
「わかったか、豪。わかったなら早く流星を」
 連れて行け、と言おうとした晃太だったが、そんな彼の前で豪はタリウスの身体をゆっくりと地面に横たえた。そして自身も立ち上がり、樽の方へと駆け寄ってくる。
「お。おい!」
「晃太一人じゃ軽すぎる。俺も一緒にやるよ」
 豪はそう言うと晃太に有無を言わせる前に樽の中に潜り込んだ。
 それを見た晃太は少し憮然とした顔つきになったが、確かに豪の言う通り彼一人では軽すぎる。晃太一人で樽に入って陸亀怪人に突っ込んでいっても逆に弾き返される可能性があった。絶対に失敗が許されないこの状況、少しでも成功する可能性は高い方がいいに決まっている。
「どうなっても知らないからな!」
 晃太はそう言うと豪と背中合わせになるように樽の中に潜り込む。
「タイミングを合わせろ! 行くぞ!」
「お、おう!」
 晃太の声に少しどもりながら応じる豪。
 二人がそんなことをしている間に陸亀怪人は両手両足、そして頭を甲羅の中に引っ込め、その場で回転し始めていた。先程森の中でタリウスと戦っていた時にやったのと同様、高速回転することによって地面を抉り、仰向けの状態から脱しようとしているのだろう。だが今度は先程と違い、甲羅の下にあるのは軟らかい土ではなく硬い岩盤。思うように抉ることが出来ない。
 それでも何とか起き上がる為に手をつけるぐらいにまで岩盤を抉り取り、ようやく身を起こす陸亀怪人。そこに豪と晃太が入った樽が突っ込んできた。高速回転を駆使して何とか起き上がったばかりの陸亀怪人は起き上がる為の高速回転が予想以上に長かった為か足下が少しふらついており、二人の入った樽の直撃を受けてしまう。
 二人分の体重を加え、高台の上から勢いよく転がってきた樽。その直撃を受けつつも陸亀怪人は吹っ飛ばされはしなかった。足下がふらついてはいたのだが、それでもまだ陸亀怪人の方が遙かに重く、転がり落ちてきた樽の勢いと衝撃を受け止めてしまったのだ。
 ピタリと止まってしまった樽の中で晃太は痛みに顔をしかめながらも自分のやったことが失敗に終わったことを悟っていた。樽が止まった時の衝撃はまるでコンクリートに物凄い勢いで突っ込んでいったのと同じ様な衝撃だった。どうやら相手は自分が予想していた以上の怪物らしい。やはりあの場から逃げるべきだったか、と思いながらも晃太は次に来るであろう衝撃が襲ってこないことに疑問を感じていた。
 もし自分があの怪物ならば、絶対にこの樽を破壊する。自分に刃向かうものは全て破壊する。相手は怪物なのだからそんなことを考えるだろう。そう思っていた晃太だが、いつまで経っても衝撃は襲ってこない。
 樽の中で来るであろう衝撃に備えるかのようにぐっと身体を縮めていた彼の耳に水音が二回聞こえてきた。一回目は小さめで、二回目はそれよりも遙かに大きく。それきり辺りは静まりかえってしまう。聞こえてくるのは波の音だけだ。
 恐る恐る晃太が樽の中から身を乗り出して外を見回してみると、もうそこに陸亀怪人の姿はなかった。樽の中から完全に外に出て周囲をぐるりと見回してみても、やはり陸亀怪人の姿はない。
「……何でだ?」
 思わずそう呟く晃太。確かに樽での一撃は失敗に終わったはずだ。樽がぶつかって相手が吹っ飛ばされたのなら自分たちもそのまま海の方に落ちていなければならない。それに樽が止まった時に受けたあの衝撃。間違いなく樽は受け止められたはずだ。念のために樽を確認してみると、確かに何かにぶつかったらしく、一部がへこんでいる。補強の為に使った金属板などはしっかり折れ曲がっているぐらいだ。
「どうして……奴はいない?」
 再び周囲を見回す晃太。何処かに隠れて自分たちが樽の中から出てくるのを待っているのか、とも思ったのだが、この辺りに姿を隠せるような場所はなかった。海の中に身を隠すというのなら話は別なのだが、あの怪物は見た感じかなり鈍重そうで、更に一度水中に入ってしまえばとてもじゃないが浮き上がれるとは思えない。
 だが、そうなると先程聞こえてきた二つの水音は何だったのか。仮に陸亀怪人が足を滑らせたか何かして海に落ちたのならば水音は一回だけのはずだ。だが聞こえてきたのは確かに二回。晃太は腕を組み、首を傾げる。
「ど、どうなった?」
 そんな声が樽の方から聞こえてきたので振り返ってみると豪が頭を抑えながら樽の中から這い出てくるのが見えた。どうやら樽があの怪物にぶつかって止まった時に頭を打っていたみたいだ。見た感じ血は出てないようなので単にぶつけただけなのだろう。もっとも内出血している可能性だってあるのだが、自分も無事なのだからきっと豪も無事なはずだと晃太は考え、そして彼に向かって手を差し出した。
「とりあえずあの怪物はいなくなったみたいだ。今のうちに流星を運ぼう」
「……わかった」
 少し不安げに周囲を見回しながら答える豪。どうやら彼も自分たちであの陸亀怪人を吹っ飛ばせたとは思っていないらしい。だが、ここでじっとしていてもどうしようもないことはわかっていた。それに気を失ったまま放置してきた流星のことも気にかかる。豪は晃太の手を借りて立ち上がると、晃太と共に大急ぎで流星の元へと向かうのであった。

 かなり急角度なスロープのようになっている坂を上っていく二人を波間に頭を突き出して眺めている影があった。
「まったく世話の焼ける坊主共だな」
 そう呟き、その影はそっと岸辺に上がっていく。海中より岸に上がったその姿はどことなく流星の変身した姿――仮面ライダータリウスに似ていた。だが、あくまで似ている感じがするだけで、まったく同じという訳ではない。細部はあちこち違っている。最も違う点はその頭部だろう。その頭部は魚類、おそらくは鮫をモチーフにした仮面になっていた。
 しかし、共通点もまた多い。身体を覆うアーマーの形状などはタリウスとよく似ている。それに何より腰に巻かれているベルト状の装置、それは間違いなくゾディアックガードルであった。この事からこの影が仮面ライダーであると言うことは間違いないらしい。
 完全に陸に上がったその仮面ライダーはゾディアックガードルからカードリーダーを取り外した。そしてカードリーダーの中から挿入されているカードを取り出す。それと同時に変身が解かれ、仮面ライダーは一人の男の姿へと戻っていった。
「さて、これで少しは時間が稼げた訳だが……果たしてどうやってあれを破るんだろうな?」
 男はニヤニヤ笑いながらゆっくりと歩き出す。
 既に周囲は暗くなっていたので男の顔ははっきりとわからなかったが、この場に流星と万城目がいればそれぞれこの男のことを思い出していただろう。かつて流星が蜥蜴の怪人と戦った時に助言し、更に一枚のカードを彼に与えた人物。そして、万城目には仮面ライダーの存在を教えた人物として。
 その彼が手に持っているカードに描かれているのは魚座の星座図。実は彼が変身した仮面ライダーが樽を受け止める形になった陸亀怪人を海へと叩き落としたのだが、そんなことを豪も晃太も知る由はなかった。

 二人が流星のいた場所に戻るともう流星は意識を取り戻していたらしく、変身を解除した状態でその場に座り込んでいた。腕を組み、何やら考え込むようにうんうん唸っている。
「流星、気がついたのか?」
 そう言って座り込んでいる流星に歩み寄る豪。だが、流星はかなり深く考えに没頭している様子で近寄ってくる豪にまったく気がつかない。
「……何を考えているんだ、流星?」
 ちょっとムッとしたような感じで晃太が声をかけると、流星はようやく二人に気付いたらしく顔を上げた。一瞬キョトンとしたような顔で二人を見ていた流星だが、すぐに手をポンと叩く。
「ああ、お前ら、まだいたのか」
「まだいたって何だよ。俺たちがいなければ危なかったんだぞ、お前」
 晃太がそう言い返す横で豪もそうだと言わんばかりに頷いている。折角二人で命を懸けてあの陸亀怪人と何とかしたのにこの言いぐさは何だ。そう言いたげな二人の表情を見て、流星も流石に悪いと思ったのか、すぐに頭を下げた。
「何か迷惑かけたみたいだな。済まない」
 あっさりと謝る流星に晃太は毒気を抜かれたように一瞬キョトンとした顔になったが、すぐにため息をつき、苦笑した。一度こうと決めたら一切周りを振り返ることなく突っ走る傾向のある流星だが、同時に自分が悪いと思ったら素直に非を認めるところもある。もっともなかなか自分が悪いと認めることはないのだが。
「で、何を考えていたんだ?」
「あー……どうやったらあの回転防御を破れるのかもう一回頭から考え直してた」
 改めてそう尋ねてきた晃太に流星はそう答え、手を回転させてみせる。
「こうやって回転しているからそれと同じ、または逆回転すればダメージを与えられるはずだって万城目さんが言ってたから試してみたんだが……うん、やっぱり無理だな。回転数がまるで追いつかない」
「気付くのが遅いよ、お前」
 呆れたようにそう言う晃太に流星は深々と頷き、同意を示した。しかし、それでも何処か納得がいかない、と言うような表情も浮かべている。何とか自分の身体の回転数を増やせないかと考えているのだろう。
「いや、だから無理だって言っているだろう。それよりももっと別の方向からあの怪物を倒す策を考えるべきだ」
「別の方向?」
「何も回転数を合わせるだけがあの怪物を倒す方法じゃないだろうって事だよ。俺だってすぐに思いつく訳じゃないが……」
 首を傾げる流星にそう言いながら晃太もどうすればあの怪物を倒せるのかを考え始めていた。実際にあの陸亀の怪物が高速回転しているところを見た訳ではないが、流星の話から考えるにかなりの高速回転のはずだ。まともに打ちかかっていってもその回転によって弾き飛ばされてしまうぐらいの高速回転。果たしてそれをどうやって打ち崩すか。
「……中心を狙えばいいんじゃないか?」
 流星と晃太がそれぞれ腕を組んで頭を捻っていると、今まで黙っていた豪が急にそんなことを言ってきた。その声に二人が同時に顔を上げ、豪の方を見る。
「ほら、バイクとか自転車の車輪は結構な回転するけど、中心はほとんど動いてないって言うか」
「そうか、確かに言われてみればそうだな」
 晃太は豪の言うことに納得して頷くのだが、流星は一体どう言うことなのかよくわかっていない様子で首を傾げている。そんな流星に気付いたらしい晃太は彼の方を見ると呆れたようにため息をついた。
「どう言うことなんだよ?」
「わからないのか、流星? 自転車の車輪を考えて見ろ」
 少し馬鹿にしたような口調に晃太に少々ムッとしながらも流星は言われた通り自転車の車輪を思い浮かべてみた。
 ペダルをこぐことによってギヤが回転し、それがチェーンを伝わって車輪のついている方のギヤに伝わり車輪は回転する。だが、一体それがどうしたと言うのだ。それにさっき豪が言ったのは中心がどうのこうのと言うことで、自転車の車輪など何の関係もないではないか。
「その様子だとまだわかってないみたいだな。車輪は確かに回転している。だが、その中心部分はどうだって話だ」
 またしても呆れたような口調の晃太にやはり流星はムッとしながらももう一度頭の中で車輪を思い浮かべてみた。
 晃太の言う通りに車輪は回転している。外側に行けば行く程その回転は大きい。だが、中心部分はどうだと言われれば――
「ああ、成る程! そう言うことか!」
 ようやく納得したとばかりに手を叩く流星。
「車輪は回転しているけどその中心、軸となる場所はほとんど回転していない。そう言うことだろ?」
「ようやく理解したのか」
 確認するように晃太を見上げる流星に、晃太はまたため息をついてみせる。
「しかし中心って言ってもあの鈍亀野郎、別に何かを軸にして回転している訳でもないんだが」
「いや、軸ってのは例えだよ。でも何かが回転する時にはどうしても何かを中心にする必要があるはずなんだ。あの亀の怪物も自分の身体の何処かを重心にして回転しているに違いないって事で」
 まだ何処かずれたことを言っている流星に豪も苦笑を浮かべつつ説明した。これを聞いてようやく流星も二人が何を言いたいのかを理解したらしい。
「でもよ、言うのとやるのとじゃ全然違うんだぞ。お前らは見てないだろうが、あの鈍亀野郎、見た目通りで背中には硬い甲羅背負ってて、こっちのパンチもキックも全然通じないんだぜ。回転に弾き飛ばされなくってもダメだって」
 少し戸惑い気味に流星は言う。
 あの陸亀怪人はある種防御力に特化した存在なのだろう。並大抵の攻撃は背中の甲羅が弾き返し、ある程度以上の威力のある攻撃は高速回転防御によってその威力を受け流しつつ弾き飛ばす。弱点らしい弱点は今のところ見受けられない。あえて言うならば動きが鈍重だと言う程度だが、それを補ってあまりあるパワーと防御力。前回の蟷螂の怪物とは違った意味での強敵だ。
「回転の中心をピンポイントで狙う。しかも出来る限り威力の高い攻撃で。それぐらいしか対抗策はないな。とりあえず流星、お前の変身したあの状態は一体どの程度の能力を持っているのかを教えてくれ。そうでないと策の立てようがない」
 そう言った晃太の顔を流星は思わず見上げていた。一体彼が何を言っているのかわからない、そう言った感じの表情を浮かべながら。
「いや、教えろってお前、何を……」
「そうだな。とりあえずこっちの戦力がわからないことにはどうしようもないもんな」
 まるで晃太に同意するような感じで豪もそんなことを言いだしたので流星は慌てた様子で二人の顔を交互に見やる。
「何言ってんだ、お前ら?」
 そう言いながら流星は地面に手をついて立ち上がろうとした。だが、右足の痛みに顔をしかめ、すぐに踞ってしまう。元々捻挫していたところにあの無茶な特訓、更に現れた陸亀怪人との戦いで余計に酷くなってしまったらしい。先程までは歩けるぐらいだったのだが、今はもう歩けそうにもない。
「つっ!?」
「流星、大丈夫か!?」
 踞ってしまった流星を見て慌てて豪が駆け寄る。手を貸そうとするのを遮り、流星は顔を上げて二人を睨み付けた。
「お前ら、何考えてる!?」
 いきなり怒鳴り声をあげる流星に二人は特に驚きはしなかった。流星の性格を考えればこうなることはわかっていたからだ。自らの身を挺して二人を逃がそうとした彼の性格を考えれば、協力しようと言う二人の発言は決して見逃しておけるものではない。
「これ以上は関わるな! 今回は何とかなったかも知れないが次も上手く行くとは限らないんだぞ! 怪我だけじゃ済まない! 下手したら死ぬかも……」
「それはお前だって同じだろう、流星」
 声を荒げる流星に、あくまで冷静な声で答える晃太。何処までも真剣な目で彼を見据えながらまた口を開く。
「あんな訳のわからない怪物がいて、そんな怪物にお前が変身して立ち向かっている。知らなければそのままでいられたかも知れないが俺も豪も知ってしまった。だからお前一人を戦わせておく訳にはいかない。俺たちにはあの怪物と正面切って戦う力は勿論無い。でも、お前の手助けぐらいは出来る」
「何言ってんだよ、お前は! 危ないんだぞ!」
「だからその辺はお前だって同じだろう、流星。お前が俺たちを気遣ってくれていることは充分わかっている。しかし、同時に俺たちもお前のことを心配しているんだ」
「何も直接あの化け物とやり合おうって言う気はないんだ。流石に敵いそうにもないし。でもバックアップぐらいは俺たちでも出来るだろ? だから手伝わせてくれ、流星」
 またしても声を荒げる流星に諭すように晃太、豪が口々に言う。
 二人の目は真剣そのもので、とても遊びやその場のノリで言っているようには見えない。それに二人が自分を心配しているのもまた事実だろう。自分が二人をこの危険な戦いに関わらせたくないのと同じように、二人はこの危険な戦いの渦中にいる自分を心配し、少しでも勝てる確率を増やす為に協力を申し出てくれている。更に言えば、この二人はもう流星を手伝うと心に決めてしまっているようで、流星が何を言ったところで先ほどの発言を撤回することはきっと無いだろう。
「……その様子だとダメだって言ってもやるんだろ」
 あくまで不服そうな口調と態度は崩さずに流星は言った。二人の気持ちが嬉しくない訳では決してないのだが、やはり二人を危険に巻き込む可能性が増えてしまうことに不安を感じてしまう。自分に協力すると言うことはあの怪物共に狙われる可能性が増すかも知れないのだ。果たして自分はこの二人をあの怪物共からちゃんと守れるのか。いや、守らなければならないのだ。仮面ライダーに変身する力を得た以上、二人が協力しようとしまいとそんなことは関係無しに。
 そんな流星の気持ちがわかったのかわからないのか、二人は共に頷くのであった。

 流星達がいた高台からかなり離れた砂浜。そこに海の方から一人の少年が歩いてくる。おそらくは何処かの学校の制服なのであろう胸ポケットのところに校章が刺繍されている青いブレザーを着た少年だ。だが、彼は海から上がってきたはずなのに、そのブレザーは少しも濡れていない。よく見ると彼の足下、海水がまるで避けるように彼の周りだけには存在していない。波すらよけていっている程だ。
 そんな少年の少し後ろからのっそりと巨大な影が波を掻き分けて姿を見せた。先程流星とは別の仮面ライダーによって海中に叩き落とされたはずの陸亀怪人だ。砂浜まで上がってくると陸亀怪人は力尽きたように砂の上に倒れ伏し、荒い息をする。
「まったく、だらしない奴だな」
 ブレザーの少年は倒れて荒い息をしている陸亀怪人を冷めきった表情で見下ろしながら小さく呟いていた。陸亀怪人を見る目は心底冷たく、馬鹿にしているとか呆れているとかそんなレベルのものではない。使えない道具を見るような、そんな瞳で陸亀怪人を見下ろしている。
「それでも……お前の防御力だけはいいな。仮面ライダーの攻撃が一切通じないその身体、ある意味羨ましいよ」
 口ではそう言うものの、実際にはそんなこと到底思っていない、そんな口調でブレザー姿の少年は言う。それから未だ荒い息をしている陸亀怪人の側に歩み寄り、その背中の甲羅を踏みつける。
「さぁ、わざわざ溺れそうになっていたお前を助けてやったんだ。そのお礼をして貰うよ」
 ブレザーの少年はそう言って口元をつり上げ、ニヤリと笑う。その目に浮かぶのは凶悪な光。少年らしからぬ、いや人間とはとても思えない程の凶悪な笑みを浮かべ、ブレザーの少年は口を開き、陸亀怪人に命令を下す。
「仮面ライダーを殺すんだ。今度と言う今度こそ、ね。失敗はもう許さない。天殺星が何と言おうと、お前が仮面ライダー抹殺に失敗したらこの僕がお前を殺す。よく覚えておくんだね」

 足を痛めた流星を背負って豪と晃太が向かった先は流星の家ではなく豪の父親が経営している松戸オートショップだった。何故三人が流星の家に向かわず、そちらに向かったのかというと流星が思い切り嫌がったからだ。一応表向きの理由として流星は自分があの陸亀怪人に負けて、そして怪我までしたことを祖父である真に知られたくないと二人に説明したのだが、実のところは流星の家にいる後一人の同居人のことを知られたくなかったからである。
 相沢秋穂。少なくても流星が今まで出会った同世代のどんな女の子よりも可愛い。美少女だと言っても過言ではないだろう。少々性格は暗めだが、芯は結構強そうな感じである。
 そんな女の子が今、自分の家にいる。そんなことをこの幼馴染み共に知られれば、どうなるかわかったものじゃない。あまり詮索されることを好まなさそうな秋穂にあれこれと聞きにやってくるはずだ。まだ晃太や豪はいい。これがここにはいない幼馴染み五人組の一人、弾 悠司になるともう最悪だろう。想像するのも恐ろしい。
 とにかく流星は秋穂のことを知られないようにする為、わざわざ嘘をついて二人を自分の家に近づけなかったのだ。もっとも二人についた嘘もその半分ぐらいは本音であったのだが。
「とりあえずストーブを出してくる。晃太はその間に流星の足の手当をやってあげてくれ」
 店の裏口から中に入り、流星を背中から降ろしてから豪はそう言い、奥の方にある物置へと向かっていく。冬場に使うのだろうストーブを引っ張り出してくるのだろう。
 晃太はそんな豪を見送り、それから流星の方へと向き直った。
「よし、流星、足を出せ」
 流星は無言で靴を脱ぐと、ズボンの裾をまくり上げた。昼間、病院で貼って貰った湿布とその上に巻かれていた包帯はボロボロになっている。
 晃太はそれを剥がしながら、ふとあることを思い出した。自分たちが高台のところで流星を見つけた時、彼の右足には黒く焼き焦げていたはずだ。しかし、今の彼の足は特にそう言う感じではなく、火傷の跡もない。
「なぁ、流星。俺たちがお前を見つけた時、お前の右足、何か焦げていたみたいなんだが」
 とりあえず疑問を口にしてみると流星は一瞬何のことかわからなかったようでキョトンとした顔で首を傾げた。だが、すぐに思い出したように手をポンと叩く。
「ああ、あれか。多分だと思うが……あの鈍亀野郎に必殺のライダーキックを叩き込んだ時に爆発が起こったんだ。その時になったんだろ」
「いや、しかし今は」
「これも多分だけど、変身していたから助かったんじゃないか? 前に蟷螂の化け物とやり合った時も一回あいつの攻撃、まともに喰らったけど打ち身だけですんだし」
 飄々とした感じで言う流星だが、それを聴いている晃太の顔はどんどん青ざめていく。
 流星が戦っているあの怪物共は、人間の想像をはるかに越える常識外の力を持っていることは晃太にもわかった。しかし、どうしてそんな奴らを相手にしていながら流星はこうも平然としていられるのか。自分などではきっと無理だろう。途中で怖くなって投げ出したくなるに違いない。しかも彼は一度ならず何度か戦い、そして幾度かの敗北も経験しているらしい。それでもまだ戦おうと、そして勝利しようと頑張っているのだから大したものだ。
「お前、よく……そんな平気で戦えるな。怖くないのか?」
「平気じゃねーよ。俺だって怖いさ。でも……偶々だったけど、俺はあいつらと戦う力を手に入れちまった。だからって訳でもないけど、この俺の手で守れるんなら守りたいんだよ」
 晃太の言葉に応えるようにそう言った流星はすっと視線を上へと向けた。天井を見上げる訳でもなく、その目は何処か遠くを見つめているようにも見える。
「流星……お前、まだあの時のこと」
「それは言うなよ、晃太。吹っ切ったつもりなんだ、俺は」
 少しの沈黙の後、再び口を開いた晃太を睨み付ける流星。
「それよりも早く手当てしてくれ。もうガッチガチにテーピングで固めてくれていいから」
「……馬鹿、その前に湿布か何か貼っておかないとダメだろうが」
 一瞬硬くなってしまった空気を解きほぐすように少しおどけたような口調で言う流星に晃太も少し強張りながらも笑みを浮かべてそう答えた。それから棚に置いてあった薬箱を取り出し、その中から湿布薬を取り出して流星の足首に貼り付ける。更に薬箱の中からテーピングを出すと流星の足首をそれで固定していく。
「相変わらず手慣れたもんだよなー」
 晃太の淀みないその手つきに感心したように流星が言うと、晃太は小さくため息をついて彼の顔を見上げた。それでも彼の手は休むことはない。
「昔からお前や悠司が無茶ばかりやっていたからな。豪も拓海もこう言ったことには向かないから俺が覚えるしかなかったんだろうが」
 呆れたようにそう言う晃太に流星は笑ってみせた。
「まぁ、確かにそうだよな。豪はともかく拓海にゃこう言ったことはむかねぇわ」
「そんなこと言って、拓海に知られたら後が怖いぞ」
 そう言いながら豪がストーブを抱えて戻ってくる。持っていたストーブを床に置くと、すぐに火をつける。
 全身濡れ鼠の流星と晃太はストーブのすぐ側まで近寄り、ホッと二人して同時にため息をついた。流石にびしょ濡れのままでずっといたから寒くなってきていたらしい。
「あ〜、助かったぜ、豪」
「あのままだと確実に風邪引いていただろうからな」
「……とりあえず何か温かい飲み物作ってくる。お茶かコーヒーがあるはずだから」
 よく見ると二人とも小刻みに震えていたので、豪はそう言うとまた奥へと歩いていった。今度はストーブを引っ張り出してきたのとは別の方で、そっちにはちょっとした炊事場のような場所があるらしい。バイクやら自転車やらの修理が長引いた時に休憩用のお茶やコーヒーなどを入れたりする為に用意されているスペースだ。
 豪がその炊事の為のスペースに向かっていったのを見てから晃太は改めて流星の方に向き直る。今度はかなり真剣な目をして流星の顔を見つめながら一回咳払いし、それからゆっくりと口を開いた。
「流星、とりあえず何でお前が変身出来るかとかそう言うのは今はいい。また今度ゆっくりと聞かせて貰うとして、先に考えないといけないのはあの亀の怪物をどうやって倒すか、だ」
 大真面目にそう言う晃太に流星は黙って頷いた。
 ここに来る前に一応の方針は決まっている。陸亀怪人の回転防御、その中心をピンポイントで攻撃する。しかし、本当にそれは可能なのか。ただでさえ硬い甲羅を持つ陸亀怪人だ。回転の中心を狙っても、その攻撃が弾かれる可能性は低くない。今から考えるのはそれを一体どうやってクリアするかと言うことだ。
「流星、お前が変身したあの姿……」
「仮面ライダーって言うらしい。仮面ライダータリウス。細かいことまでは知らないけどそう言う名前なんだそうだ」
「仮面ライダーか。とにかくその仮面ライダーになったお前は一体どれくらいのことが出来るんだ?」
「うーん、そんなにちゃんと調べた訳でもないからなぁ。とりあえずあの怪物共と互角には戦えるって話だけど」
「互角?」
「ああ。変身したからってあの怪物共に勝てるって訳じゃないって。結局のところ変身しても俺が頑張らないとダメなんだってよ」
「そうなのか……」
「いや、でもこう言うのがあってな」
 そう言って流星が取り出したのは数枚のカードだった。それぞれに星座の絵が描かれている。そのカードを近くにあったテーブルの上に並べ、晃太の方へと向き直る。
「こいつは変身の為に使うカードだ。後これで必殺技も放つことが出来るようになる」
 まず始めに流星が指差したのは射手座の星座図が描かれたカード。このカードだけ他のカードと違い、縁が金色となっている。如何にも何か特別、と言った感じだ。
「次にこいつ。これは光の矢を放つことが出来るカード。まぁあの鈍亀野郎には見事に弾かれたけどな」
 続けて指差したのは矢座の星座図の描かれたカードだった。縁は普通の白色。
「今んところ効果がわかってるのはこの二つだけだな。後はまだ使ったこと無いから知らない」
 残るカードは後三枚。それぞれ三角座、羅針盤座、オリオン座の星座図が描かれている。縁はやはり白色で特別製と言うことはないらしい。
「見ただけじゃどんな能力があるかまったくわからないな。矢座のカードは見たまんまで分かり易いんだが」
 そう言いながらじっとカードを見つめる晃太。どうやらかなり興味をそそられているらしい。
「戦闘に使えるのかどうかまずは確かめてみる必要があるな。とりあえず服が乾いたら場所を変えよう。ここじゃ何にも出来ないからな」
 まったくカードから目を離さず、それどころかその内の一枚を手に取り、しげしげと見つめながら晃太がそう言う。流星はその言葉に頷きかけ、不意に腹を手で押さえた。ほぼ同時に彼の腹が鳴る。
「……腹減らないか?」
 苦笑しながら流星はそう言うのだった。

 流星達が豪の親の店でそんなことをやっていたのと同じ頃、早田家の居間では様々な料理の並んだテーブルを前に真が苛立たしげに腕を組み、こめかみをピクピクさせていた。その対面に座っている百合子は平然としていたが、彼女と並んで座っている秋穂は気が気ではない。
「あの……大丈夫なんですか?」
 恐る恐る、心にはわからないように気をつけながら小声で秋穂は隣に座る百合子に話しかける。
「ああ、大丈夫大丈夫。秋穂ちゃんには関係ないことだから気にしなくてもいいわよ」
「でも」
 やはり平然とした感じで答える百合子に、自分には関係ないと言われてもまだ不安そうな秋穂。別に真が自分に対して何か怒っている訳ではないと言うことは彼女もわかっている。しかし、すぐ側に不機嫌極まりない人がいれば何とも不安になってしまうものだ。例えその人が自分に対して怒っている訳ではないとしても、だ。
「まぁ、流星君が帰ってこないから怒ってるのよ。秋穂ちゃんの所為じゃないから安心して」
「で、でも」
「後は……そうねぇ、折角秋穂ちゃんが買ってきてくれた食材で作った料理が冷めちゃうのがもったいないって感じかな?」
 未だ不安そうな感じの秋穂に百合子はそう言い、目の前の真に目を向ける。
 今も不機嫌そうに腕を組み、じっと目を瞑ってこめかみだけをピクピク震えさせている真。よく見れば胡座をかいて座っているその足もまるで貧乏揺すりでもしているかのように震えていた。
(これはもう噴火寸前ね〜。流星君、帰ってきたらまたぶっ飛ばされるわね。これじゃ結局このお料理、温かいうちには食べられないって訳か)
 小さくため息をつくと百合子は口を開いた。これ以上、秋穂を不安がらせておくのは可哀想だし、それに折角の料理を冷たくさせてしまうのも忍びない。
「先生、流星君が何時帰ってくるかわかりませんし、先に食べませんか?」
 その声に真が閉じていた目を開き、百合子の顔を見る。少し申し訳なさそうな顔をしている百合子と、その隣で不安げに表情を曇らせ、うつむき気味の秋穂。どうやら自分がそうしていたことで二人に少し迷惑をかけてしまっていたらしいことに気付くと、ふっと肩の力を抜いてため息をつき、それから苦笑を浮かべ、改めて二人の方を見た。
「百合子の言う通りだな。いや、スマンな、二人とも。それじゃあのバカは放っておいて先に食べるとしよう。折角の料理が冷めてはもったいない」
 真はそう言うと率先して箸を手に取った。自分が先にそうすることで後の二人が遠慮無く料理に箸を付けることが出来るように配慮したのだ。
「それにしてもあのバカ、一体何処をほっつき歩いているんだかな」
 料理を小皿に運びながら真がそう言うと百合子が苦笑を浮かべる。
「だから前から言っているじゃないですか。携帯ぐらい持たせてやれって。携帯があったらすぐに連絡つくんですし」
「うーむ……そうは言うが……何となく好きになれんのだよ、あの携帯電話とか言うものは。まるで何処にいても誰かに紐をつけられているような感じがしてな」
 困ったような顔をしながら真はそう言い、秋穂の方を見る。考えてみれば彼女も流星と同じ様な年頃。しかも着ていたワンピースは少々破れや傷があったがなかなか良さそうなもので、彼女がこの町よりも何処かもっと都会からやって来たのではないか、と言うことを窺わせた。もしそうなら携帯電話の一つも持っていても不思議はないのだが、実際にこの少女を見つけた時にはそのようなものを持っていなかったのを確認している。彼女が持っていたものはほとんど無く、今でも彼女の私物と言えるものは始めに着ていたワンピースとゾディアックガードルが入っていたアタッシュケースだけであった。
「嬢ちゃんはその、携帯電話とか言うものは持っておらなんだのか?」
 何気なく真が質問してみると、秋穂は黙って小さく頷いた。
「へぇ、今時の子にしては珍しいわね。流星君は別としても今時携帯持ってない方が珍しいってのに」
「そう……でしょうか?」
 百合子の発言に今度は首を傾げる秋穂。彼女自身は自分がそれほど今時の少女だとは思っていない。そもそも百合子の言う今時の少女の定義もわからなかった。
「そう言うもんじゃないのかな。ねぇ、先生」
「儂に言われてもわからんよ」
「まぁ、デジタル嫌いな先生だからねぇ。聞くだけ無駄だったか」
「わかっているなら初めから聞くな」
 笑いながらそう言う百合子と少し憮然とした表情を浮かべる真。
 秋穂はそんな二人を見ながら、ほんの少し胸の奥が暖かくなるのを感じていた。何時までかわからないが、とにかく今は会えない家族。その家族とこの二人が同じ様な雰囲気を醸し出していたからだ。
(いいなぁ、この雰囲気……お父さんとお母さんもこんな感じだったし)
 知らず、秋穂の口元に笑みが浮かんでいた。ほんの小さな笑みだったが、百合子も真もそれに目敏く気付き、互いに頷きあうのであった。

 豪の父親の店で濡れていた服を乾かし、その後、流星達は場所を変えるべく夜道を歩いていた。向かっている先は彼らが通う学校。途中にあるコンビニでおにぎりやサンドイッチなどを買い込み、それを食べながら三人は夜の学校へと向かう。とりあえずそこで仮面ライダータリウスと未だ未使用の三枚のカードの力の検証をする為だ。
「でもさ、こんな時間だともう校門閉まってるだろう?」
 歩きながら豪がそう言うと晃太がピッと一本指を立てた。
「そんなことは先刻ご承知だ。閉まっているなら乗り越えればいい。それだけだ」
「それ思いっ切り犯罪じゃないか?」
「大丈夫、ばれなきゃ犯罪なんてものは何処にも存在しない」
「うわー、悠司には絶対に聞かせられねぇ台詞だな、それ」
「それは犯罪者の思考だよ、晃太」  
 自信満々にそう言う晃太に苦笑を浮かべる豪と流星。
 もうすっかり暗くなり、夜空をバックにそびえる学校はなかなかに異様な雰囲気を醸し出していた。普段、夜の学校になどやってくることは無い為、三人はその異様な雰囲気に一瞬飲まれてしまう。
「おお……不気味だ」
 誰がそう呟いたのか。しかし、校門前でじっとしていても何も始まらない。三人は意を決すると、校門を閉じているシャッターを乗り越えた。
「そう言えば用務員とか宿直の先生いるんじゃないのか?」
「見つからなければ」
「ああ、わかった。見つからなかったらいいんだろ?」
 豪の発した疑問に答えようとする晃太を遮って流星はそう言うと腰の後ろ側、ベルトにぶら下げているゾディアックガードルを手に取った。そしてすぐさま腰にあてがってベルトで固定すると、今度はカードとカードリーダーを取り出す。
「何とも面倒臭いシステムだな。そのベルトを腰に固定してからカードをそのリーダーに入れて、そしてリーダーをベルトに装着してようやく変身か」
 何とも微妙そうな顔をしながら晃太が呟く。
「いや、ここから光が出て、それがカードの大きいのになって、それをくぐり抜けてようやく変身完了なんだけどな。まぁ、今度はゆっくり見ていればいいさ」
 苦笑しながらそう言う流星。先刻二人の前でやむを得ずに変身した時には途中からだったこともあり、それに二人は自分が変身したと言う事実に驚いていただろうから、変身プロセスをはっきり見ていた訳ではない。一応二人にはどうやって変身するか、そのやり方だけは説明してあるが実際に見て貰った方が説明が早いだろう。百聞は一見に如かず、だ。
「それじゃ行くぜ」
 そう言って流星はカードをカードリーダーに挿入した。
『Zodiac Rider System Preparation Start』
 ゾディアックガードルから聞こえてくる機械で合成されたような音声。その声を聞きながら流星はカードリーダーを高く掲げる。
「変身っ!」
 そう叫びながら流星は手に持ったカードリーダーをゾディアックガードルに差し込んだ。
『Completion of an Setup Code ”Sagittarius”』
 再び聞こえてくる機械で合成された音声と共にゾディアックガードルから光が放たれ、彼の前に光の幕を作り出す。そこに描かれているのは勿論射手座の星座図で、その光の幕をくぐり抜けた流星の姿が仮面ライダータリウスへと変わる。
「ま、こんなもんだ」
 変身を終えた流星、いや仮面ライダータリウスが変身の瞬間を目の当たりにして呆然としている晃太と豪の方へと振り返った。
「何と言うか……凄いな」
 やっと、と言う感じで豪がそう口にする。彼の隣で晃太が同意するように大きく頷いていた。
「ああ。一体このシステムを誰がどうやって開発したのか、どう言った技術が使われているのか、物凄く興味が湧いてきたぞ」
「一応言っておくが俺も詳しいことは知らないからな。質問はするなよ」
 目をキラキラさせている晃太に釘を刺すようにそう言うタリウス。おそらくその仮面の下では流星が苦笑しているに違いない。
「とりあえず先に例のカードの性能を確かめることにしようか。豪はその間に例のものを頼む」
「ああ、わかった」
 晃太の指示を受けた豪が何処かへと小走りで去っていく。
 それを見送りながらタリウスは腰のベルトにあるカードホルダーから四枚のカードを取り出した。それぞれオリオン座、羅針盤座、三角座、矢座の星座図が描かれている。
「矢座のカードを使うと光の矢を放つことが出来る……その事から考えるとそれぞれのカードは描かれている星座に由来する力を持っている」
 カードを見つめながら呟くように言うタリウス。
「問題は後の三枚だ。まだオリオン座と羅針盤座は分かり易そうだが……問題はこの三角座だな。どう言った力を秘めているのかまるで想像もつかない」
「とりあえず使ってみることだな。何かいい感じのがあればいいが。で、その後はピンポイントで回転の中心を狙う特訓だ」
 晃太にそう言われてタリウスは大きく頷いた。今は躊躇っている暇など無い。あの強固な防御力の甲羅を持つ陸亀怪人を倒す為にやれることは何でもやらなければならないのだ。しかも陸亀怪人が再び暴れ出す前に。
「それじゃまずはこいつから始めるか」
 そう言ってタリウスが選んだのはオリオン座のカードだった。他の三枚はカードホルダーへと戻す。
「行くぜ!」

 結果から言うとオリオン座のカードはタリウスのパワーを一時的に強化するものだった。グラウンド整備用の大きなローラーを軽々と片手で持ち上げられる程までにそのパワーは強化され、他にも身体能力が底上げされている。
 しかし、効果がわかったのはそのカードだけで後の羅針盤座と三角座に至っては発動はしたもののどの様な効果があったのはまったく不明だった。
「一体何なんだよ、このカードは!」
 苛立たしげにそう言い、変身を解いた流星は三角座と羅針盤座のカードを睨み付ける。相手がカードなのでどれだけ睨み付けようと、何の変化もないのだがそれでも睨み付けずにはいられないらしい。
「とりあえずオリオン座のカードでやれるだけやってみるしかないな。少なくてもパワーが上がったことでパンチやキックの威力は増すだろうからな」
「威力が増しても弾かれたら同じだろ?」
「まぁ……それはそうだが」
 そう言う晃太を流星はカードに変わって睨み付けた。
 幼馴染み五人組の中では一番頭のいい晃太だが、それでも何処か抜けている感がするのは否めない。出所不明且つ怪しげで奇妙なうんちく話と言い、どうにも怪しげな感じがする秀才なのだ。
 そこに何かの準備を終えたらしい豪が戻ってきた。
「準備出来たぞ」
「意外と時間かかったな」
 声をかけてきた豪に晃太がそう答える。労うつもりはあまりないらしい。
「鍵かかっていたからな。悠司なら簡単に開けてしまうんだろうけど」
 少しも気分を害することなく苦笑を浮かべてそう言う豪。
「あいつも無駄に変な技術持っているからなぁ」
「役に立った試しがないけどな」
 本人が聞いたら憤慨しそうなことを、本人がいないことをいいことに容赦なく言い放ち、互いに頷きあう晃太と流星。
「まぁ、そんなことはどうでもいい。準備が出来たのならそっちへ行こう」
 晃太はそう言うと二人を先導するように歩き出した。
 三人が向かった先は体育館のすぐ側に隣接している弓道場。流星達が通うこの学校は武道を教育の為に取り込んでおり、他にも専用の剣道場や柔道場も存在していたりするのだ。
 流星は祖父の真が武道の達人であり、その真から直々に武道を叩き込まれていると言うことからそう言う武道系の部活によく誘われたりしているのだが、ただでさえ嫌と言う程家で修行させられているのに学校に来てまでやってられるかとその全てを一応断っている。たまに気が向いた時にふらりと現れて助っ人をしたり部員の相手をしたりすることもあるのだが、本当に気が向いた時だけだ。だからそれほど馴染みのある場所でもない。
「電気つけないのか?」
「馬鹿、つけたら見つかるだろうが。それにつけてないから余計に集中しないと無理だろう? お前には丁度いいと思うがな」
 ほとんど真っ暗の弓道場の中を見回しつつ流星が言うと、晃太が肩を竦めながらそう答えた。
「まぁ、この状態じゃ何処に的があるのかもわからないだろうから一瞬だけ見せてやろう。豪、頼んだぞ」
「わかった。でも本当に一瞬でいいのか?」
「時間がないからな。流星にはちょっとばかり本気になって貰う必要がある。それにあまり長い間電気をつけていると宿直の先生に見つかるしな」
「ん、了解」
 晃太の指示を受けて豪が懐中電灯片手に歩き出す。
 その様子を見ながら流星は「何で晃太はこんなに偉そうに命令を出し、それに豪は素直に従っているのだろう?」と言う疑問に首を傾げていた。
 そんな流星の疑問はともかく闇の中に歩いていった豪がぱっと懐中電灯のスイッチを入れ、的を照らし出した。闇の中、懐中電灯の明かりに照らし出された的を見て流星は思わず言葉を無くしてしまう。
「何だ、ありゃ? あの準備の為にさっきまで豪はいなかったのか?」
「ああ、そうだ。しかし流石は豪だな。仕事が速い」
 闇の中に浮かび上がった的を見て唖然となっている流星と満足げに頷いている晃太。豪が照らし出している的はただの的ではない。中心部以外全て鉄板で覆われている。鉄板で覆われていない中心部も見た感じかなりその範囲は小さく、おそらくだが矢の直径よりも一回りか二回り程大きいぐらいだろう。
「見ての通り、あの的は中心部分以外を鉄板で覆っている。流星、お前はあの中心部分を狙って矢を射るんだ」
 豪が今だに照らしている的を指差し、晃太がそう言い放った。
「あんな小さいところに向かってだと? 正気か?」
「お前が本気になったらあれくらい不可能じゃないはずだ。それにあれくらいやらなければあの怪物には勝てないだろう」
 狙うべきは回転の中心ただ一点のみ。そこをピンポイントで狙わなければならない以上、この程度の特訓は出来て当たり前。おそらく晃太はそう考えたのだろう。
 しかし、それは流星も内心思っていたことだ。あの陸亀怪人を倒す為には自分に出来る最大限のことを、それこそ限界ギリギリまでやらなければならない。この特訓はその為の第一歩に過ぎない。
「……やればいいんだろう、やれば」
 流星はそう言うと、壁に立てかけてある弓を手に取った。続いて矢を数本手に取り、例の鉄板を貼り付けた的の真正面へと戻ってくる。
「よし! 豪、戻ってこい!」
 いざ弓に矢をつがえようとした時にいきなり晃太がそう叫び、豪が懐中電灯を消して流星達のいるところに帰ってきた。つまりは的のある辺りは真っ暗だと言うことだ。流石に戸惑ったような顔をして流星は晃太の方を見る。
「的の位置はわかっているだろう。ならこの状態でもやれるはずだ」
「……お前、俺のやってた特訓のこと無茶苦茶だとか言っていたが、これも充分無茶苦茶だと思うぞ」
 それだけ言って流星は表情を引き締め、的のある方の闇へと目を向ける。
(やるさ……やらなきゃならないんなら、やってやる!)
 闇の中に例の陸亀怪人が自分の背を向けて高速回転する様を思い浮かべながら、流星は一発目の矢を放つのだった。

 特訓を初めてからどれだけの時間が経ったのか。
 流星が五本程矢を放っては豪が懐中電灯を片手に結果を見に行く。今のところ、彼の放った矢は一本も的の中心部に命中していない。何回か惜しい時もあったのだが、やはり的がまったく見えない上に中心部分、鉄板に覆われていないところが小さすぎる為か、なかなか命中は難しいようだ。
 おまけに基本的に見ているだけの晃太、時々的の確認に行く豪はともかく、実際に矢を放っている流星の消耗度はかなり大きい。弓を引き絞り矢を放つ行為に加え、闇の中にある的の、その中心部分を狙って撃つ。その為の集中力と精神力の摩耗具合は並大抵のものではない。一人汗だくになり、足下には流れ落ちた彼の汗が水溜まりを作っている程だ。
「……少し休憩するか?」
 このまま続けてもおそらく成功はしないだろうと判断した晃太がそう声をかけるが、流星は無言で首を横に振る。
「まだ……大丈夫だ」
 そう言って再び弓に矢をつがえようとするが、その手が滑って矢が床に落ちてしまう。慌てた様子でしゃがみ込み、落ちた矢を拾おうとする流星だが今度は足がもつれたようにその場に転んでしまった。
「くうっ」
 変な姿勢で倒れてしまった所為で何処かぶつけてしまったらしく、痛みに呻き声を漏らす流星。
 それを見た豪が慌てて彼の側に駆け寄り、彼を助け起こした。
「流星、これ以上は無茶だ。少し休もう」
「大丈夫だって」
 心配そうな声をかけてくる豪にそう言い、流星は豪の手を振り払う。そして先程拾った矢を弓につがえて引き絞った。
「……お前、今日は朝から色々とやりとおしでろくに休んでないだろう? 多分今のままじゃ何回、何百回、何万回やったって無理だ。ちょっとは休憩しろ」
「馬鹿野郎、休んでいる暇なんかあるか。あの鈍亀野郎が何時また動き出すかわかんねーんだ、今度会ったら絶対に倒す。その為にはまず、この特訓をやり遂げなきゃダメだろうが」
 呆れたようにそう言ってくる晃太に流星は振り返りもせず、ただじっと闇の中にある的を睨み付けながら答えた。
「あの化け物共を倒すことが出来るのは俺しかいねぇんだ。こんなところで弱音なんか吐いていられるか」
 そう言って闇の中に向かって矢を放つ流星。だが、聞こえてきたのは矢の先端が鉄板にぶつかり、弾き返された音だった。
「……チッ」
 悔しそうに舌打ちしながらまた弓に矢をつがえようとする流星。
 と、その時だ。何かが爆発するような音が三人の耳に聞こえてきた。強情な流星に少し呆れ気味の表情を浮かべていた晃太、心配そうな表情をしていた豪が互いに顔を見合わせ、そして流星の方を見る。
「……あの鈍亀野郎、来やがったな」
 そう呟き、流星は手に持っていた弓を投げ捨てる。
「一か八か、ぶっつけ本番でやるしかねぇ! 豪、晃太、お前らは何処かに隠れてろ!」
 流星はそう言うと同時に二人を弓道場に残してすぐさま走り出した。
 去っていった流星を見届けた後、晃太は床の上に投げ出されている弓を拾い上げ、それを元あった位置に戻す。それからゆっくりと豪の方を振り返った。
「……特訓は完成しなかった。が、無駄じゃなかったと思いたいな」
「流星は本番に強いからきっと大丈夫だよ」
「後は信じるしかない、ってことか」
 そう言って晃太は天を見上げる。
 流石にこれから戦闘が始まるであろう場所にのこのこと顔を出そうという気にはなれなかった。流星のことが決して心配じゃない訳ではないのだが、自分たちが行くことによってかえって彼の足手まといになってしまっては意味がない。ここは彼の言う通り、何処かに隠れて彼の勝利を信じて待つだけだ。

 コンクリート製の塀をその怪力で叩き壊した陸亀怪人がのそのそと校庭の方へと歩いてくる。時折立ち止まってキョロキョロと周囲を見回しているのはこの場にいると教えられた仮面ライダータリウスの姿を探してのことか。
 その陸亀怪人が丁度校庭のほぼ中央までたどり着いた時、やや前方に光のカードが闇の中に浮かび上がった。続いてそのカードをくぐり抜けながら仮面ライダータリウスがその姿を現してくる。
「行くぞ、鈍亀野郎!」
 そう叫びながら突っ込んでくる仮面ライダータリウスを見て、陸亀怪人はニヤリと笑う。どうやらこれで自分があのブレザー姿の少年に殺されてしまうことはなくなった。あの仮面ライダーの攻撃が自分には一切通用しない事は今までの戦いでわかっている。今度は逃がさず、確実に仕留めるだけのことだ。
 突っ込んできたタリウスに向かってその右腕を突き出していく陸亀怪人だが、タリウスは逆に頭から突っ込んでいった。その腕をかいくぐるように前転し、陸亀怪人の背後へと回り込んだタリウスは陸亀怪人の背中に向かって蹴りを放つ。背中にまともに蹴りを受けた陸亀怪人が二、三歩よろけてから前のめりに倒れるのを見てからタリウスは立ち上がった。
 ジタバタと両手両足を振り回して藻掻いている陸亀怪人を見下ろしながらタリウスは腰のカードホルダーから一枚のカードを取り出す。そのカードを素早く左手の手甲のあるカードリーダーに通すと光のカードが目の前に現れる。
『”Orion”Power In』
 機械的な音声の告げる通り、その光のカードに描かれているのはオリオン座の星座図。そのカードがタリウスの胸に吸い込まれるようにして消えていく。
(この鈍亀野郎に回転させたらダメだ。その前にこいつの力で何とかする!)
 両腕をついて起き上がろうとしている陸亀怪人に掴みかかったタリウスはそのまま陸亀怪人をリフトアップするように頭上に持ち上げると、地面に叩きつけた。重い地響きをあげながら、グラウンドにめり込む陸亀怪人。タリウスの強化されたパワーに加えて陸亀怪人自身の重すぎる体重が落下スピードを増加させ、地面にめり込ませてしまったらしい。
「これなら回転出来ねぇだろ!」
 タリウスはそう言って一歩下がると右腕を振りかぶる。右足首を捻挫している以上、キックなどの蹴り技は使えない。使えたとしても威力は普段の何分の一にも落ちてしまうだろう。だから、その代わりにパンチ。キックに比べれば威力は落ちるが、今のパワーならパンチでも充分ダメージを与えられるはずだ。
「喰らえぇっ!」
 腕の振りだけでなく腰も使い、渾身のパンチを繰り出すタリウス。だが、そのパンチが直撃する寸前、地面にめり込んだままの陸亀怪人が周囲の土を撒き散らしながら猛烈に回転し始めた。タリウスは自らが放ったパンチを引っ込めることも出来ず、回転に巻き込まれて吹っ飛ばされてしまう。
「ぬおおおおっ!?」
 大きく回転しながら吹っ飛ばされ、タリウスは地面に叩きつけられた。しかし、すぐに顔を上げ、悔しそうに地面を叩いてから起き上がる。
「くそっ!」
 忌々しげに高速回転を続けている陸亀怪人を睨み付けるタリウス。あの高速回転の状態を維持されるとこちらの攻撃は何一つ通じなくなるのも同義。もはや手も足も出ない、どうしようもない状況に陥ってしまったのだ。
 何一つ打つ手のないタリウスに対し陸亀怪人にはまだ物凄いパワーがある。まともに喰らえばタリウスとて大ダメージを受ける程のパワー。動きが鈍重な為、そうそう直撃を喰らうことはないだろうが、一撃でも食らえば動けなくなる可能性がある。そうなったら待っているのは死だ。
「……やってみるか?」
 再び腰にあるカードホルダーから一枚のカードを取り出すタリウス。その脳裏に思い浮かぶのは先程までやっていたあの特訓だ。闇の中、的の中心だけを狙って矢を射る特訓。一回も成功しなかったが、それでもこれしか手がないならやってみる価値はある。いや、やらなければならないのだ。
 しかし、陸亀怪人の高速回転の中心を狙い撃つと言うこと以外にも問題はある。これから放つ光の矢の威力だ。初戦では陸亀怪人の回転によってあっさりと弾かれてしまっただけに、例え回転の中心部分に撃ち込んだとしても弾き返されてしまう可能性がなきにしもあらず。今はオリオン座のカードの力でタリウス自身のパワーは上がっているが、これが光の矢にも適用されるのかどうかはわからないし、新たにカードを使用することで前のカードの効果が消されてしまうかも知れない。
「……うだうだ言っていても仕方ねぇ……」
 やるしかないならやるだけだ。覚悟を決めろ。やる前から失敗した時のことを考えるのはダメだ。失敗したら失敗した時、その時に考えればいいだけのことだ。
 意を決してカードを左手の手甲のカードスロットに通そうとしたその時だった。突然今まで一度も聞いたことのない男の声がタリウスの耳に飛び込んでくる。
『二枚のカードを連続で使うんだ。そうすれば特別の効果が出る』
「なっ……何だよ、いきなり!?」
 いきなり聞こえてきたその声にタリウスは、流星は戸惑いの声をあげる。慌てて周囲を見回してみるが、少なくても彼の見える範囲に人の姿は無かった。
『いいからこっちの言う通りにやってみろ。それと変身用のカード、あれも同じ様な使い方が出来ると言うことを教えておいてやろう』
 何故か妙に尊大なものの言い方に内心ムッとならないでもない流星だったが、ここはこの謎の声に従ってみるしかない。素早く腰のカードホルダーからもう一枚カードを取り出し、それらのカードを左腕の手甲にあるスロットに連続して通していく。
『”Triangulum ”Power、”Sagitta”Power In.Double Power Combo.”Delta Arrow”』
 タリウスの前に浮かび上がった二枚のカード、それぞれ三角座と矢座の星座図が描かれている光のカードがタリウスの左腕に吸い込まれるように消え、タリウスの左腕の手甲が弓のような形状へと変形する。そこに宿る今までに感じたことのない力にタリウスは少し戸惑ってしまう。
「何だ、この感じ……だけど、これならいけるかも!」
 タリウスはそう呟くと、その左腕を今だに回転を続けている陸亀怪人の方へと向けた。そして、ゾディアックガードルからカードを引き抜くと、それを前方に向かって放り投げる。するとそこに等身大の大きさの光のカードが出現した。そのカードに描かれているのは勿論射手座の星座図。
 その光のカード越しにタリウスは高速回転している陸亀怪人を睨み付ける。狙う点は回転の中心の一点のみ。晃太発案の特訓では一度も成功しなかったが、今度は失敗は絶対に許されない。
「……やるしかない! 行くぞ!!」
 あの特訓は絶対に無駄じゃなかったと言うことを証明する為に、晃太や豪の友情に報いる為にもこいつはこの一撃で確実に仕留める。そう決意し、タリウスは精神を集中させて回転している陸亀怪人を見据えた。仮面ライダーに変身したことによって暗闇の中でもその視界はある程度保たれている。後は回転の中心を見抜き、そこに的確に必殺の一撃を撃ち込むだけだ。
 周囲の音が何一つ聞こえなくなるまでに集中し、タリウスはじっと陸亀怪人を見やった。その高速回転が、輪郭すらはっきりしなくなる程の超高速の回転が徐々にゆっくりとなってくる。極度に集中した彼の目がそれを可能にしたのだ。そして、その高速回転の中心となるべき場所をはっきりと目視した瞬間、タリウスは光の矢を放った。
「行けっ! 必殺必中! ライダーアロー!!」
 タリウスの手から放たれた光の矢が前方にあった光のカードを貫き、更に輝きを増した光の矢が一直線に高速回転を続けている陸亀怪人に向かっていく。先端の鏃の部分が普段の時よりもより大きく、より鋭くなっている光の矢は陸亀怪人の回転する甲羅の中心に1ミリも外れることなく命中した。
 ただ命中しただけであれば元から計り知れない程の防御力を持っていた甲羅に強化された光の矢と言えども弾き返されていたのかも知れない。だが、そこは偶然にもタリウスの回転キックが命中したところでもあったのだ。あの時は弾き返されただけだと思われたのだが、実際にはちゃんとダメージを与えていたらしい。必殺の威力の籠もったキックにより無敵の防御力を持っていたはずの甲羅も多少は脆くなっていたのだ。その為、強化された光の矢は陸亀怪人の背の甲羅を打ち砕きながら、その身に深々と突き刺さっていき、そして貫通する。
 おそらく陸亀怪人には自分の身に何が起こったのかわからなかっただろう。絶対の自信を持っていた高速回転防御が打ち破られるとは思っていなかったに違いない。だからか、腹に風穴を開けられながらも回転を続け、そのままぱたりと倒れてしまう。それでもまだ回転し続け、次の瞬間、陸亀怪人は大爆発を起こした。しかし、すぐにその爆発はまるで映像を巻き戻すかのように収束し、その後には小さな水晶玉だけが残される。
「……やった……」
 力無くそう呟くタリウス。
『どうやら倒せたようだな? ならあの水晶玉を回収しておけよ。あれは必要なものだからな』
 再び聞こえてきた謎の声にタリウスは陸亀怪人が爆発したところに落ちている小さな水晶玉を見た。そう言えば今までも例の怪物を倒した後にはあのような水晶玉が落ちていたような気がしないでもないのだが、果たしてあれは一体どうなったのだろうか。そんなことを考えながらタリウスは水晶玉の側まで歩いていき、拾い上げる。
『それじゃあな。娘を頼むぞ』
「おおーい! 流星!!」
 水晶玉を拾い上げた直後、また謎の声が聞こえてきたのだがその声に被せるかのように晃太と豪の声が聞こえてくる。声のした方を向いてみると、二人が駆け寄ってくるのが見えた。
 タリウスはゾディアックガードルからカードリーダーを取り外し、流星の姿に戻ると駆け寄ってくる幼馴染み達に軽く片手をあげて見せた。

「やれやれ……ちょっと予想外だった、かな?」
 校庭でハイタッチを交わしあう流星達をじっと見下ろしながらブレザー姿の少年はつまらなさそうに呟いた。
「さて、次は一体どいつがあの仮面ライダーへの刺客として送られてくるのか……天殺星も少しは骨のある奴を送り込んでくれないと……何せあの仮面ライダー、成長途上ではあるけれどなかなか厄介そうだからねぇ」
 そう呟いた少年の姿が一瞬だけ変わる。それは少年の整った造形からはまるでかけ離れた異形。だが、それもほんの一瞬のことで、すぐさま元の少年の姿に戻り、彼は口元を歪ませてニヤリと笑う。
「まぁ……いざとなったら僕が自分で始末するけど、ね」
 その少年の視線の先にあるのは勿論、流星の姿であった。

 余談ではあるが。
 結局流星が家に帰ったのは夜が明けてからであり、一度も連絡しなかった彼に真が怒りまくって思い切りぶっ飛ばされて気絶してしまい、その日の学校に遅刻したのだそうな。

This Story was Completed!
To be Continues Next Episode!

本・漫画・DVD・アニメ・家電・ゲーム | さまざまな報酬パターン | 共有エディタOverleaf
業界NO1のライブチャット | ライブチャット「BBchatTV」  無料お試し期間中で今だけお得に!
35000人以上の女性とライブチャット[BBchatTV] | 最新ニュース | Web検索 | ドメイン | 無料HPスペース