星のたくさん見える夜空。
 その中でも一際大きく輝いている白い月を見上げながら、その少女、相沢秋穂は小さくため息をつく。
 しばらくじっと月を見上げていた秋穂だが、不意にガサリと言う物音が聞こえてきたのでそちらの方へと視線を移した。庭と道路の境目にある植え込みのところに一匹の猫が居て、秋穂の方をじっと見つめている。あまり大きくない種類なのか、それともまだ子供なのか、その猫は秋穂の目から見てもとても小さいように見えた。
 少しの間その猫と見つめ合っていた秋穂だが、やがて何を思い立ったのかニコリと微笑むとそっとその猫の方に向かって手を伸ばした。
「おいで。何も怖くないから」
 そう言って微笑みを浮かべたまま猫を見つめる。
 ほんのちょっとの間だけその猫は考えていたようだが、やがて秋穂の手の方へと歩み寄ってきた。まずは差し出されている秋穂の指をぺろりと舌を出して舐め、それから彼女の膝の上にぴょんと飛び乗ってくる。
 そんな猫を少し嬉しそうに見つめながら秋穂は、その頭をそっと撫でてやる。猫は気持ちよさそうに秋穂の膝の上で丸くなり、彼女に為されるがままだ。秋穂はそんな猫の機嫌を損ねないよう注意しながら、猫の頭から背中、そして顎の下などを撫でていく。
 どれくらいの間、そうしていただろうか。何時の間にやら膝の上で丸くなっていた猫は眠ってしまっており、秋穂もうつらうつらしていた。と、そこに何かが激しくぶつかったような音が聞こえてくる。
 驚いたように顔を上げた秋穂はすぐに膝の上で眠っている猫の方を見やった。折角気持ちよさそうに眠っているのに、今の音で起こしてしまったのではないかと心配になったのだが猫は相変わらずすやすやと気持ちよさげに眠っている。どうやら杞憂だったらしいとわかり、胸を撫で下ろす秋穂。
 しかし、先程の音は一体何だったのだろうか。彼女が何気なく目を向けたのは母屋に隣接している道場の方だ。先程のものではないが今もどたんばたんと何かが叩きつけられているような音が聞こえてくる。おそらく叩きつけられているのはこの家の主の孫で、叩きつけているのがこの家の主であろう。この様子だと程なくして孫の方が物凄く不機嫌そうな顔をして母屋の方へと戻ってくるだろう。下手に声をかけて妙なとばっちりを受けては敵わない。とりあえず相手をしない方がいい。そう心の中で決めた秋穂はまた猫の背中を優しく撫で始めるのであった。

 さて、先程からどたんばたんと音のしている道場の中。そこでは一人の少年が老人に投げ飛ばされている最中だった。
 受け身を取ることも出来ずに背中を派手に床に打ち付け、呻き声を漏らした少年はすぐさま身を起こすと自分を投げ飛ばした老人を睨み付けた。一方、睨み付けられている方の老人はと言えば、やれやれという感じでため息をつきつつ、呆れたように少年を見下ろしている。
「まったく……何度言えばわかるんだ、お前は? がむしゃらに突っ込んでいっても相手に防御する術があればダメだと言っておるだろう」
 本当に呆れたようにそう言ったのはこの道場の主、早田 真。先程彼が投げ飛ばしたのは弟子であり、孫である流星だ。ムッとしたような顔で祖父を睨み付けている。どうやら祖父の言うことをいまいち理解していないと言うか、投げ飛ばされたことで頭に来ており、祖父の言っていることを聞いていない様子だ。
「まだまだ! もう一回だ!」
 立ち上がった流星がそう言って呆れ顔の真に向かっていく。
 距離を詰めた流星が正拳突きを放つが、真はその突きを右手で円を描くようにして受け流した。所謂回し受け、と言うものだ。更に真は勢い余ってたたらをふんでいる流星の足をすっと払った。
 ただでさえバランスを崩して倒れかけていたところに足払いを喰らい、流星は思い切り前のめりに倒れてしまう。かなり豪快に顔面から床に激突し、そのまま動かなくなってしまった。
 真はまた呆れたようにため息をつくと、気を失ってしまっているらしい孫をそのままにして道場を後にするのであった。

 道場の方から音が聞こえてこなくなった。何気なく秋穂が道場のある方に目を向けると、何処か疲れたような表情をした真が歩いてくるのが見える。一緒にいたはずの流星の姿がないことからおそらく中で気でも失って倒れているのだろう。
 一応様子を見に行ってみるべきか。彼がこうして毎日辛い修行を行っているのは自分が彼に仮面ライダーに変身することの出来るベルト――ゾディアックガードルを預けたからだ。だからと言う訳でもないが気にならないこともない。
 しかしながら急に立ち上がることは出来なかった。膝の上には相変わらず猫がすやすやと気持ちよさそうに眠っているからだ。この猫を起こさないように膝の上から降ろすと言うことはなかなかに困難なことに思えた。
 一体どうしよう。秋穂が困ったような表情を浮かべていると、その耳に新たな猫の鳴き声が聞こえてきた。
「え……?」
 その猫の鳴き声はまるで仲間を呼んでいるかのように秋穂には感じられた。それを証明するかのように膝の上で眠っていたはずの猫の耳がピンと立ち、むくっと起き上がる。少しの間キョロキョロと周囲を見回していたが、また聞こえてきた猫の鳴き声にそちらの方を向くと、ぴょんと秋穂の膝の上から飛び降りた。
 地面に降り立った猫が鳴き声をあげる。それに呼応するかのようにまた鳴き声が聞こえた。どうやら互いに呼び合っているらしい。
 地面に降りた猫はすぐに駆け出そうとして、だが立ち止まり秋穂の方を振り返る。それから何処か名残を惜しむような声を秋穂に向けて放った。ほんの少しの間だったが、秋穂の優しさ、暖かさは充分あの猫に伝わっていたらしい。
「いいよ。私のことは気にしないでいいから」
 自分の方をじっと見つめている猫に向かって秋穂は笑みを浮かべてみせた。それがあの猫に伝わったのかどうかはわからないが、猫は「ニャア」と鳴くと駆け出した。もう振り返りもせず、そのまま植え込みを越えて行ってしまう。
「……行っちゃった、か……」
 行ってしまった猫を思って秋穂は小さくため息をつく。
「さっきあの子を呼んでたのってあの子のお母さんかな……お母さんか……」
 そう呟き、秋穂は空を見上げた。
 大量の星の浮かぶ空、その中で一際大きく明るく輝く白い月。その月に母親を重ねて、秋穂はまたため息をつく。
「会いたいよ……お母さん……」

仮面ライダーZodiacXU
Episode.18「破れ! 恐怖の大回転-Break the Giant Slalom of Fear-」

「ウオオオオッ!」
 雄叫びをあげながら仮面ライダータリウスが駆ける。その前方にいるのは陸亀を巨大にしたかのような感じの怪物だ。
 突然現れたこの陸亀怪人に偶々近くに居合わせた流星はすかさず変身して立ち向かっていった。前回の蟷螂の怪物の時は警官達にかなりの被害者が出てしまった。今回はそんな被害者が出る前に見つけることが出来たのだ。この幸運に感謝しつつ、一刻も早く人類の敵であるこの怪人を倒そうと挑んでいったのだが、その見た目の鈍重さはともかく恐ろしい程の防御力に手を焼かされていた。
 この陸亀怪人、見た目の通りその動きはかなり鈍い。だが、それを補ってあまりある防御力を備えている。流星が変身したタリウスの攻撃をかわすことなくまともに喰らっても平然としているのだ。硬い体表にはタリウスのパンチやキックが逆に弾き返されてしまう始末。殴った拳や蹴った足の方にダメージが来てしまう程だ。
 更に動きが鈍い割にそのパワーは物凄い。その太い腕で放つパンチはアスファルトの道路を砕き、コンクリートの塀を易々と打ち砕く。まともに喰らえば仮面ライダーとてかなりのダメージを受けてしまうだろう。幸いなことにスピードが遅いので直撃を喰らう事はないのだが、警戒せざるを得ない。
 そんな中、自分の攻撃がほとんど通じていないと言うことに業を煮やしたタリウスは一気に勝負をつけるべく陸亀怪人に向かって駆け出していったのだ。走りながらゾディアックガードルからカードを取り出し、それを前方へと放り投げた。するとそこにタリウスと同じくらいの大きさの光のカードが出現する。そこに描かれているのは射手座の星座図だ。
 光のカードを突き抜け、タリウスは全身に光を纏わせながらジャンプする。そしてそこから右足を振り抜いていく。いわゆる飛び回し蹴りという奴だ。
「ライダーキック!!」
 接近してくるタリウスのキックを見た陸亀怪人は今までの鈍重さからは信じられない程の速さで背中を向け、両手両足、そして頭も引っ込めて甲羅だけの状態になって回転を始めた。その回転はすぐに縁がわからない程の高速に達し、そこに向かって突っ込んでいったタリウスの蹴り足は思い切り弾き飛ばされてしまう。
「うわああっ!!」
 激しく身体を回転させながら吹っ飛ばされ、地面に叩きつけられるタリウス。
「くうっ……こ、この野郎、味な真似を」
 叩きつけられた衝撃とそのダメージに耐えながらも何とかタリウスは身を起こした。立ち上がろうとするが、右足が激しい痛みを訴え、立ち上がることが出来ない。どうやら先程弾き飛ばされた時にかなりのダメージを負ってしまったらしい。
「なら、これでどうだ!」
 片膝をついたままの姿勢でタリウスは腰のカードホルダーから一枚のカードを取り出す。そしてすぐさま左手を守る手甲にあるスロットに通した。
『”Sagitta”Power In』
 機械的な音声が流れ、タリウスの前に光のカードが現れた。そこに描かれているのは矢座の星座図。今度は何の躊躇いもなくそのカードに向かってタリウスは左腕を突っ込んだ。すると光のカードがタリウスの左腕に吸い込まれるようにして消えてしまう。次いで左腕の手甲が半回転し、中央から二つに分かれて上下に展開する。それはさながら弓のように。
「喰らえ、鈍亀野郎!」
 すっと右手を左腕の弓状になった手甲に添え、弓を引き絞るようにゆっくりと後ろに引く。するとそこに光の矢が出現し、タリウスが右手を離すと同時に光の矢がそこから放たれた。
 放たれた光の矢がまさしく光のごとき速さで陸亀怪人に向かっていくが、その光の矢も物凄い回転に弾き飛ばされてしまう。
「な、何ぃっ!?」
 光の矢という物理的なものではないものまで弾き飛ばしてしまう恐るべき陸亀怪人の回転防御。タリウスでなくても驚きの声を漏らしてしまうだろう。
(ライダーキックもダメ、光の矢も通じない……どうやってこいつの防御を崩す!?)
 じっと回転を続けている陸亀怪人を睨み付けるタリウス。何にせよ、今のこの片足の使えない状態では勝ち目は薄い。何とかこの場を凌ぎ、対策を考えなければ。そんなことを考えていると、回転を続けている陸亀怪人がその回転を止めた。
 にゅっと両手両足が出てきて、最後に頭が出てくるが、何処か様子がおかしい。何かフラフラしている。まっすぐに立つことが出来ないようだ。まるで目を回しているかのように。
「って、目回してんのかよ!!」
 思わず突っ込んでしまうタリウスだが、陸亀怪人はそれどころではないらしくフラフラフラフラし続けている。これでは戦えないと判断したのか、陸亀怪人はフラフラしたまま地面に手をついた。すると、地面を覆うアスファルトが盛り上がり、そしてその中で何かが爆発したかのように爆ぜる。
「くっ!」
 飛び散るアスファルトの破片から身を守るように両腕を前に出すタリウス。同時に大きく舞い上がった土埃に目の前が覆われてしまう。
 土埃が収まった後にはもうそこに陸亀怪人の姿はなかった。先程の行動はこの場から逃げる為のカモフラージュだったらしい。
「……逃げたのかよ……」
 やや呆然としつつタリウスはそう呟き、変身を解くのであった。

 痛めた右足を引きずりながら流星が向かった先はこの街一番の総合病院だった。別段怪我とか病気をしたのでやって来た訳ではない。足の怪我は予想外のもので、本来ここに来たのは現在入院中の彼の兄貴分と言ってもいい青年、万城目淳司の見舞い兼相談の為だった。
 万城目の病室にやってきた流星はその万城目にすぐさま右足の怪我を見つかり、半ば無理矢理治療を受けさせられる事になった。幸い骨が折れたりひびが入ったりしていると言う事もなく、単なる打ち身と軽い捻挫程度。一日湿布を貼っていれば大丈夫だろう。そう治療を担当してくれた医師に言われ、流星はまた万城目の病室へと戻る。
「ちゃんと診て貰ったか?」
 入ってきた流星を見て、ニヤニヤ笑いながら言う万城目。
「湿布貼ってりゃ大丈夫だってさ。まったく心配しすぎなんだよ、万城目さんは」
 ちょっとムッとしたような感じで言う流星だったが、そんな彼を見た万城目は浮かべていた笑みを消し、真剣な顔になった。
「何を言ってるんだ、流星。お前の身体はもうお前だけのものじゃない。小さな怪我でもそれが後で大きく影響するかも知れない。お前がしなければならない事は」
「わかってるよ、今更言われなくても」
「本当にわかってるかどうかは疑問だな、その様子だと。で、今日は何の用だ?」
 何処か不服そうな顔をしている流星を見て、苦笑めいた笑みを浮かべつつ尋ねる万城目。流星は何の用も無しにわざわざ見舞いにやってくるようなタイプの人間ではない。その事は万城目もよくわかっている。だからストレートに尋ねてみたのだ。
「あー……ちょっと万城目さんに相談したいって言うか、聞きたい事があってさ」
 視線を微妙にそらせつつ流星がそう言ったので、何となくだが彼が何を自分に相談したいのか想像がついてしまう。おそらくは万城目にとっても師匠である真にどうやれば勝てるかとか一本取れるか、そう言う事だろう。
 普段はやる気が無さそうにしている流星だが、その根っこの部分ではかなりの負けず嫌いである。現状において彼が一番よく負けているのは祖父である真。何とか一矢報いてやろうとは昔から彼がずっと考えている事だ。万城目も長い付き合いからそれはよく知っていることだった。
「で、何が聞きたいんだ?」
「んー……初めはあのクソジジイにどうやったら勝てんのかって事を聞こうと思ったんだけど。よくよく考えたら万城目さんもクソジジイの弟子なんだから勝った事ってあんまり無いだろうし」
「おいおい、酷い言いようだな。こう見えても三本のうち一本ぐらいなら先生から取れるんだぞ、俺は」
「でも後の二本負けてる……」
 ぼそりとそう呟いた流星をジロリと睨み付けて黙らせる万城目。それからごほんと一旦咳払いしてから改めて流星の方を見る。
「改めて聞くぞ。俺に何を聞きたいんだ?」
「……こう言う……回転にさ、勝つ方法ってあるのかなって」
 手をくるっと回転させる仕草をしながら流星は言う。その脳裏に浮かぶのは高速回転で必殺のキックや光の矢を弾き飛ばした陸亀怪人の事だ。ただでさえ防御力の高い怪物なのに、その上あの高速回転による防御。一体どうやれば有効的なダメージが与えられるのかわからない。
「回転?」
 首を傾げる万城目。ここで入院している彼には一体何のことだかまるでわからなかったが、それでも流星の少し落ち込んだようなそんな表情を見ていると何かあったと言う事がわかる。そして、おそらくその何かとは自分を入院させる羽目になったあの蟷螂の怪物の仲間が現れたと言う事なのだろう。
「その様子だとまた出たんだな、例の怪物が」
 万城目の言葉に流星は黙って頷いた。
 以前見舞いに来た時に万城目には自分の知っている限りの事は全て話してある。ただし、ゾディアックガードルは一体何処の誰が開発したものなのかとかどうしてあれで仮面ライダーに変身出来るのかなど流星にもわからない事は話していない。後ついでに秋穂の事も何故か隠している。あの少女がそもそものゾディアックガードルの持ち主だと言う事を話すと生真面目な万城目の事だ、下手すれば詰問とかしかねないと考えたからなのだが。
「とにかく物凄い回転で俺のライダーキックとかを弾き飛ばしちまうんだ。後は光の矢の攻撃もそれで弾いちまうし……あれを破らなきゃダメージを与えられないんだよ」
「回転か……」
 万城目は呟くようにそう言うと、腕を組んで何やら考え込み始めた。
 流星は何も言わずにじっと万城目を見ているだけ。おそらくは流星の言う回転防御を打ち破る方法を考えてくれているのだろうから、その邪魔をしてはいけないと思っているようだ。
 しばらく無言の時が過ぎ、ようやく万城目が口を開く。
「実際に見た訳じゃないからあまり大したことは言えないが……お前の言う回転防御を破る方法は二つあると俺は思う」
 そう言って万城目は人差し指を立ててみせた。
「まず一つ目。回転には回転。同じ速さ、同じ方向に自らの身体を回転させて叩きつければ普通に叩きつけるのと同じはずだ。もしくは自分をその怪物とは逆方向に回転させればそれぞれの回転の方向で相殺出来るはずだが」
 万城目は一旦そこで言葉を切り、ため息をついてからまた口を開く。
「もっともこれは相手の回転速度と同じ以上の速さで自分の身体を回転させないとダメだからかなり難しいだろう。いくら仮面ライダーに変身出来てもこれは難しいはずだ……」
 と、そこまで言って万城目はいつの間にか流星の姿が無くなっている事に気付いた。はっとドアの方を見てみると閉まりかけている。おそらくは万城目の言った一つ目の方法を実践する為に飛び出していったのだろう。
「あのバカ……また」
 一度敗れた事で気が焦っていたのだろう。流星の気持ちがわからないでもない万城目だが、先ほど言った方法は現実的なものではない。キックを弾き飛ばすだけでなく放たれた光の矢まで弾き返す程の回転だ。どれだけ人間が努力しようとそれほどの回転速度を身につける事は出来ないはず。仮面ライダーに変身しても相当難しい事だろう。
「……でもまぁ」
 あいつなら何とかするかも知れない、と心の中だけで続ける。ダメだったらダメでまたここにやって来るだろう。その時に二つ目の方法を教えてやればいい。また敗れるのも、それもまたいい経験になるだろう。生きて帰って来れれば、の話だが。

 病院を後にした流星がやってきたのは海に面した高台だった。ここは丁度スキーのジャンプ台のような地形になっており、よく夏場は流星達はここでローラースケートやスケートボードなどをつかって海へとダイブして遊んだりしている、そんな場所だ。
「場所はここでよし、と。後は……」
 そう呟いて流星は周囲を見回した。
 この場所は高台にあり、そこからだと港の方もよく見える。その港で目当てのものを見つけた流星はニヤリと笑うとそちらの方へと駆け出していくのだった。
 それから約二十分後、流星の姿は再び高台の上にあった。その横には流星ぐらいなら充分中に入れそうな巨大な樽がおいてある。この樽こそが先程流星が港で見つけたものであった。しかし、一体彼はこれを何に使うつもりなのだろうか。
「準備はこれで良し。後は俺が覚悟を決めるだけ」
 そう言って流星は深呼吸すると樽を横に倒し、自らその中へと入っていった。そして、体重を少し移動させ、樽が自然と海に向かって転がるようにする。事実、彼の思惑通り樽は坂を下り始めた。
「うおおおおおおっ!?」
 勿論ブレーキなどついていない樽は一気に坂を転げ落ち、そしてそのまま海に向かって飛び出していく。だが、舗装も何もされていない地面を転がった為か、樽は海に落ちる前に分解してしまい、流星はそこから外へと投げ出されてしまった。
「なっ!?」
 驚きの声をあげながら海へと落ちる流星。大きく水飛沫を上げながら海中に没した彼はすぐさま海面に顔を出すと、周囲に散らばって浮いている樽だったものを見やった。
 坂を転げ降りている間に分解してしまったと言うことは、樽自体の強度が足りなかったと言うことか。しかしここまで派手に壊れてしまった以上、もうこの樽を修復して使うことなど出来ないだろう。また新しい樽を調達してくる必要がある。更にその樽には何とか補強を施さないとまた同じ結果になるだろう。
「となるとどうするかな……」
 自分一人では樽を調達することは出来ても補強をすることは出来ない。どう言う風に補強すれば坂を転がしても壊れないかってこともわからない。誰かに手伝って貰う必要がありそうだ。
 しかし、そうなると一体誰に手伝って貰うべきか。そう言う技術を持っている知り合いとなると範囲は自ずと絞られてくる。
「となると……あいつしかいねぇか」
 流星の頭の中に浮かんだのは幼馴染み五人組のうちの一人。ちょっと違うような気がしないでもないが、それでもそう言った技術を持っていそうな奴はそいつだけだ。とにかくそいつに会わないと。そう考えた流星は大急ぎで岸へと向かって泳ぎ始めるのであった。

 再び港の方で樽を調達した流星はその樽を転がしながら商店街の一角にあるとある店に向かっていた。中に自分がすっぽりと入れる程の大きさのある樽を転がしながら歩いているのだ、目立ってしようがないのだが、それでもあえてそれを我慢して流星は目的地へと急ぐ。
 ひたすら樽を転がしながら彼がようやく辿り着いたのはとあるバイク屋の前だった。店に掛かっている看板には「松戸オートショップ」と言う文字。ここは流星の幼馴染みの一人、松戸 豪の父親が営む店なのだ。
「おじさーん、豪いる?」
 店舗の隣にある整備場のような場所でせっせとバイクをいじっている中年男性に声をかける。
「ん? 誰かと思えば流星か。豪なら奥にいると思うから勝手に入れ」
 振り返った中年男性にそう言われた流星はコクリと頷くと店の中を横切って奥へと向かう。それほど広くない店舗の中には所狭しと売り物のバイクやら自転車やらが並べられていて、そこを抜けるとドアがあり、その向こう側は事務所兼休憩用のスペースとなっている。休みの日、特に用事など無ければ大抵豪は店の方に来て父親の仕事を手伝っていたり事務所兼休憩スペースで一人ぼんやりとしていたりするのだ。
「豪、いるか?」
 中に向かってそう声をかけながら事務所兼休憩スペースに続くドアを流星が開ける。そこには豪だけでなく幼馴染み五人組の一員である座頭晃太の姿もあった
「何だ、晃太もいたのか。相変わらず暇そうだな、お前ら」
「心外だな、流星。暇そうにしているのはお前だって変わらないだろうに。それより何でそんなにびしょ濡れになってるんだ?」
「ああ、ちょっとな」
 晃太の問いに流星がそう答えている間に豪は立ち上がり、タオルを取り出してきていた。そしてそのタオルを流星の方に放り投げてくる。
「早く拭かないと風邪引くぞ」
 何故かそれを言ったのは豪ではなく晃太だったのだが、流星はそれに頷いて受け取ったタオルで頭を乱暴に拭き始める。
「で、何の用なんだ?」
 ごしごしと頭を拭いている流星を見ながらやはり晃太がそう尋ねてきた。豪はと言えば何も言わずに流星を見ているだけだ。
「用があるのは晃太じゃなくって豪の方だよ。ちょっと相談って言うか頼みがあるんだけどいいか?」
「……俺に出来ることなら」
 流星がそう言って豪を見ると、豪はぼそりとそう答える。それを聞いて、流星はニヤリと笑ってみせた。
「まー、少なくても晃太には無理な頼みだから安心しろって」
「さりげなく馬鹿にされているような気がしないでもないが」
「気にすんなよ」
 流星の笑みを見た晃太が不服そうに口を尖らせるのをあっさりと受け流し、流星は豪を連れて外に出た。勿論一緒に晃太もついてくる。
 休憩スペースから出て、外までやって来た豪と晃太は店の前にドンと置かれている樽を見て思わず唖然となってしまう。
「な、何なんだ、これ?」
「見てのとおり樽だ」
 どちらかと言うと普段寡黙な豪が驚きの声をあげるが、流星は至って平然とそう答えた。まぁ、それ以上何の説明もしようがないのだが。
「いや、それは見たらわかる。何でこんなところに樽なんかあるんだってことだろう」
「俺が持ってきたからに決まってんだろ」
 唖然とした様子で口をぱくぱくさせている豪に変わって晃太がそう言うと、流星はこれまた至って平然とした様子でこう答えるのだった。まったく悪びれた様子もない。それよりむしろ何処か誇らしげですらある。
「流星、邪魔だから早く何処かに持ってけ、それ」
 そんな会話が聞こえて聞こえたのだろう、整備場から顔を覗かせた豪の父親がそう言い、すぐにまた顔を引っ込める。流星がここに来た時にやっていたバイクの整備の途中なのだろう。しかし店先にこんな得体の知れない樽など置いておかれたら商売の邪魔になる。だからとりあえずそれだけを伝える為に顔を出したのだ。
「……確かに邪魔だな」
 じっと樽の方を見て晃太が呟くように言う。
 一体何処から探し出してきたのか、薄汚れた大きな樽。豪の父親でなくても、こんなものを店の前にどでんと置かれていては商売の邪魔になることは明白だし、人一人がすっぱりと入れるだけの大きさなのだから場所もとる。色んな意味で邪魔になっているのだ。
「とりあえず場所を変えよう」
「だな」
 豪に同意した流星は樽をまた横倒しにし、転がし始めた。

 三人が向かった先は例の高台だった。そこに向かう途中、流星は二人に何で樽を転がして豪のところへやって来たかを説明していた。勿論例の怪物関係の話はぼかしつつ、だが。
「しかしながら……毎度のことだけど、妙な特訓方法を思いつくのな」
 扇風機のように高速回転しているものに対抗する為、樽ごと転がって回転運動を自らに叩き込むという特訓方法を思いついた流星に豪が感心したような呆れたような感じの感想を漏らす。
「いやいや。豪よ、その特訓方法は一見荒唐無稽に見えて実は前例があるんだぞ」
 ピッと人差し指を立て、したり顔で晃太がそう言ったのを見て、流星と豪は「また始まった」と言うような顔をした。彼ら幼馴染み五人組にとってはおなじみの晃太の何処から仕入れたのかわからない眉唾話の始まりだと予感したからだ。
「かつて”侍”と呼ばれた野球選手がいてな。その選手が並み居るライバル達に挑む為に編み出した必殺の魔球、それを会得する為にやったのがさっき流星が言っていた特訓方法だ。それはもう過酷な特訓だったらしいが、この魔球を会得したお陰で数々のライバルに勝ったという」
「いや、何処の世界の超人野球だよ、それ」
 思わず突っ込みを入れてしまう流星だったが晃太はまったく気にした様子はない。これもまたいつものことだ。
「しかしそう言う話があったのなら俺でもやれるかもな」
「……いや、この話ばっかりは俺も怪しいと思ってる。いくら何でも人間が扇風機みたいに回転出来るとは思えないからな」
 ちょっとだけ期待出来そうだと思った流星に晃太は珍しくあっさりと自ら語ったことを否定した。普段ならどれだけその話が怪しく、眉唾物だとしか思えなくても彼自らそれを否定することはない。何処で手に入れたのかわからないような怪しげな出版社の本などを持ち出し、それが真実であると熱く語るのが彼の常なのだ。そんな彼をしてこの話は信じられないと言うのだから、余程のことなのだろう。
「だいたい野球選手って言うのが既に怪しい。そう言う事実があるなら何処かに記録が残っていてしかるべきだろう。それがない以上、この話は創作の中の話だと考える方が正しい。だいたい何で野球選手なのに”侍”なんだ? 意味がわから」
「晃太の言う通りだな。流星、悪いことは言わないからやめておいた方が」
 まだブツブツ言っている晃太を横目に豪が流星の方を向いてそう言ったが、流星は首を左右に振ってみせる。
「いや、ダメだ。何とか高速回転を身に付けねぇと勝てねぇんだよ」
 そう言った流星の目は真剣そのものだ。何か余程の事情があるのだろう、と豪は思ったがそれでもこのやり方はきっと無駄に終わるだろう。晃太の話ではないが、そう言う確信がある。
「何に勝たないといけないのかはわからないが無理だ。止めておけ、流星」
 再び豪が口を開こうとするよりも先に晃太が彼が考えていたのと同じことを言った。何時の間にやらこっちの世界に戻ってきていたらしい。
「無理でも何でも」
「いや、とりあえず落ち着け」
 自分に食って掛かってこようとしていた流星をそう言って押しとどめた晃太はごほんと咳払いしてからピッと人差し指を突き立てて再度口を開く。
「よく考えろ、流星。お前はどれだけ頑張れば扇風機になれる?」
「は?」
「扇風機だ。止まっている状態なら羽根がちゃんとわかるな? しかし回転している状態だと羽根が何枚あるかはわからないし、円状に見えるだろう?」
 晃太に言われて少しキョトンとしていた流星だったが、頭の中に扇風機を思い浮かべてようやく納得したように頷いた。
「ああ言う状態にまで身体を回転させることは不可能だよ。それは人間の身体能力の限界を超えている」
「いや、そうだとしても!」
「お前の身体能力は確かに高い。しかし、それでも無理だ。いくらお前でも常識を覆すことは出来ない」
 やたらと冷静にそう言う晃太に流星は悔しそうに歯を噛み締める。頭の中の冷静な部分では彼の言う通りだと言うことが理解出来ている。しかし、それでも納得しきれないところがあった。
「普段やる気無さそうにしているくせに一旦やる気になったら信じられないくらい熱くなるからな、流星は」
 如何にも納得出来ていなさそうな流星を見てため息をつきつつ晃太は肩を竦めた。それから豪の方を振り返る。
「仕方ない。納得いくまで付き合ってやるよ。豪もいいだろ?」
「ああ」
 呆れたように言う晃太、そしてそんな彼に大きく頷いた豪を見て、流星は二人に向かって大きく頭を下げるのであった。

 流星が豪、そして晃太の協力を得て樽の補強をし、特訓を再開していたのと同じ頃、町はずれの山の中で陸亀怪人はじっと踞り、惰眠を貪っていた。
 地耗星、地劣星、そして地猖星と次々と仲間達を倒してきた仮面ライダー、一体どれほどのものかと思っていたのだが、どうやら思った程強くはなかった。倒された連中はきっと油断したのだろう。少なくても自分は油断などしない。更にあの仮面ライダーの力では自分の鉄壁の防御を崩すことなど不可能。動きの遅い自分の攻撃をあのすばしっこいライダーに当てるのは簡単なことではないが、向こうの攻撃を防ぎ続けていれば何時かはチャンスが来る。一発当てれば仮面ライダーなど粉砕出来る。その自信はある。しかし、今は先程失った体力を回復させる方が先だ。体力を回復させた後は人間から生体エネルギーを奪い、仮面ライダーとの決戦に備えなければならない。だからこそ休める時はこうして休んでおくのだ。
 などと考えながら陸亀怪人が惰眠を貪っていると、不意にその背中の甲羅を何者かが蹴り飛ばした。その衝撃は陸亀怪人にすれば決して大したものではなかったのだが、それでも面倒臭そうに閉じていた目を開き、一体誰が自分の背の甲羅を蹴ったのかを確認する。
 これがただの人間であれば生体エネルギーを奪った上で殺してしまえばいい。しかし、これが同じ百八の災厄と人間達が呼んでいる怪人であれば、あのテンガロンハットの男が従えている奴以外ならば戦闘になる。今は出来れば戦闘は避けたいところなのだが、相手は自分の考えなどお構いなしに襲ってくるだろう。何とも面倒臭いことだ。
「いつまで寝ているつもりだい? それともここで……始末されたいのかな?」
 聞こえてきたその声と自分に向けられる恐ろしい程の殺気に陸亀怪人は慌てて飛び起きた。そしてすかさず身構える。
「フフフ……それほど怯えなくても構わないよ。今お前をどうこうするつもりはないからね」
 そこにいたのは青いブレザーを着た少年。何処かの学校の制服なのか、胸ポケットのところには校章が刺繍されている。一見したところごく普通の少年だが、その身に纏っている雰囲気は異妖だ。百八の災厄の内の一体である陸亀怪人がその雰囲気に気圧され、怯えすら抱き、そして恐怖しているのだから。
「天殺星も変わった奴だよね。お前みたいな格下を手下にして色々とやらせるなんて。自分でやった方が早いのに……まぁ、ここでお前を倒してあいつにケンカを売るつもりは今のところ無いから安心しなよ」
 そう言ってブレザーの少年は笑う。その笑顔は年相応のものに見えた。
 だがそれを見ても陸亀怪人は少しも安心出来なかった。今、自分の前にいるのは上位三十六星の内の一人。自分が戦いを挑んでもかなり勝ち目の薄い相手だ。自分に手を出すつもりはないと言われても安心など出来ようはずもない。
「フフフ、そう言っても無理かな? 強い奴の手下になるような臆病者にはね。それよりも仮面ライダー、早く倒してくれないかな? 邪魔なんだ、あいつら」
 ブレザーの少年はそう言うとくるりと陸亀怪人に背を向けて歩き出した。それを見て陸亀怪人はようやく安心したように身構えていた腕を降ろす。
「ああ、そうそう」
 大きく安堵の息を漏らした陸亀怪人の耳にいきなり聞こえてきた少年の声。びくりと身体を震わせ、陸亀怪人が顔を上げるとすぐ目の前に少年の顔があった。足音も、気配も何もなく一気に距離を詰めてきた少年に陸亀怪人が戦慄を覚える。もしこの少年がその気になっていれば、今の一瞬で自分の命はなかっただろう。
「僕のことは天殺星には内緒だよ。色々とうるさいだろうからね」
 少年はそれだけ言うと、怯えている陸亀怪人を楽しそうに見つめ、笑いながらまた背を向けて今度こそ去っていった。

 ざっぱーんと大きな水飛沫を上げて流星が海中に没する。だがすぐに海面に顔を出し、自分よりも先に海に落ち、ぷかぷか浮かんで波に揺られている樽にしがみついた。
「くっそー! 今一つイメージがつかめねぇ!!」
 悔しそうにそう言って樽の表面をドンと叩く流星。
 そんな彼を岸辺で豪と晃太の二人は呆れたように見つめていた。樽の補強をし、彼が特訓を再開してから既に三時間以上が経っている。その間、二人はずっと彼の特訓を眺めていたのだが、まったく進展がないので既に見学にも飽き始めていた。
「だから言っただろう。無理だって」
 樽を押しながら岸にまで辿り着いた流星に手を貸してやりながら晃太がそう言うと、流星はムッとしたような顔をして彼の顔を見つめ返してきた。
「まだだ! まだ諦めねぇっ!」
「無理をするなって。お前、ちょっと熱くなり過ぎだ。少し頭冷やせ」
 呆れたように晃太はそう言うと掴んでいた流星の手をぱっと放す。海から上がりかかっていた流星の身体は引っ張って貰っていた手を放されたことによって再び海中に没してしまった。
「うおわっ!」
 奇妙な声をあげて海中に没した流星だが、すぐに海中から顔を上げると手を放した晃太をそこから睨んだ。
「何しやがるんだよ、晃太!」
「言っただろう。少し頭を冷やせって」
 そう言いながら再び晃太は流星の方に向かって手をさしのべる。先程手を放したことを謝るつもりはないらしい。別段悪いとも思っていないのだろう。睨まれても平然としている。
 流星は差し出された晃太の手を掴むとニヤリと笑った。明らかに何かを企んでいる笑み。それに気付いた晃太の顔が引きつり、その直後、彼の身体は頭から海中に突っ込んでいた。
「ぶはぁっ! 流星、この野郎!」
 海面に顔を出した晃太はすぐ隣にいた流星に掴みかかる。
「さっきの仕返しだ、この野郎!」
 晃太の手をかいくぐり、流星は彼の頭を掴むと海中へと沈めようとした。しかし晃太を必死にそれに抵抗する。
 少しの間、二人は罵りあいながらお互いを沈めようとしていたが、やがて互いにそれが不毛だと気付いたのか、無言で岸辺へと上がってきた。そして、いつの間にか豪が用意していた焚き火の側に二人とも無言で座る。その間も二人は視線すら合わせようとはしない。そんな二人を豪は少し呆れたような視線で見つめていた。
「……いつまで続けるつもりなんだ?」
 しばしの沈黙の後、晃太が口を開く。沈黙に耐えかねた、と言うよりこれ以上は付き合いきれない、と言う感じだ。
「初めから言っているが、こんな特訓は意味がない。お前が人間である以上、どうやっても扇風機並みの回転なんて」
「うるせぇな。何もずっと付き合えなんて言ってないだろうが」
 晃太の文句を遮るように流星が不機嫌そのものの口調で吐き捨てるように言った。かなり苛立っていることがその口調からありありとわかる。今回の特訓が上手く行かないことが相当頭に来ているらしい。
「お前がこんな変な特訓をして怪我をしないかどうか見てやってるんだ。少しは感謝しろ」
 流星の口調にカチンと来たのか、同じ様な調子で言葉を返す晃太。
「感謝だぁ? お前が勝手にやってることじゃねぇか」
「何だと!? 人が折角心配してやってるってのに!」
「俺が頼んだ訳じゃねぇだろう!」
「何ぃっ!」
 もはやここまで来ると売り言葉に買い言葉と言ったレベルである。放っておけば確実に殴り合いのケンカになりそうだと判断した豪は小さくため息をつくと二人の間に割って入った。
「二人ともその辺でストップ。とりあえず流星、また樽を上まで持っていくんだろ?」
「あ、ああ」
「なら手伝うからさ。早くやろう」
 豪はそう言って流星を促し、浮かんでいた樽を引き上げると高台の方へと向かって歩き出した。
 晃太は焚き火の前に座り込んだまま、じっとその様子を見ているだけだ。特に手伝おうと言うような素振りは一切見せない。しかし、樽を押し転がしながら高台の方へと上がっていく二人を見てため息を一つつくと、その場から立ち上がった。何だかんだ言っても人のいいのが晃太という少年なのだ。そこから駆け出すと色々と補強された上に水を吸ってかなり重くなっている樽を悪戦苦闘しながら押し転がしている二人の元へと向かい、無言で豪の隣に入ると同じように樽を押し始める。
「……何だよ。やるだけ無駄って言ってたじゃねぇか」
 晃太が樽を押し転がすのを手伝い始めたのを見て流星がそう声をかけた。どことなく言葉に刺があるが、間にいる豪を気遣ってか、先程までよりはマシな感じのものだ。
「ああ、そうだ。だからお前がそれに気付くまでは見ていてやろうと思ってな」
 晃太の方もやや挑発的ではあるものの、先程よりは落ち着いた声で流星に言い返す。
「はん、言ってろ。俺が見事にこの特訓を成し遂げて、お前にぐぅの音出させてやる」
「ぐぅの音は出ないものだろう。やれるものならやってみろ」
 自分の左右でそんなやりとりをされている豪は苦笑を浮かべていた。だが、先程までのギスギスした雰囲気はどうやらある程度緩和されたようだと心の中だけで安堵の息を漏らす。

 高台の上までやって来た三人はそこで一旦樽から離れ、その場に座り込んでいた。何度も何度も同じことを繰り返しているだけに、かなり疲労が溜まっているのだ。この特訓をやっている流星の疲労具合が一番酷いものの、付き合っている豪も晃太もかなり疲れている。思わず座り込んでしまっても仕方ないだろう。
「流星、そろそろ暗くなってきた。今日の特訓はここまでにした方がいいんじゃないか?」
 豪がそう言って流星の方を見る。
 明るい内はいいが夜になるとこの辺りは明かりもなく真っ暗になる。そんな中、この危険極まりない特訓を続けていれば、下手をすれば大怪我をしてしまうことにもなりかねない。それを心配して豪は流星に忠告するように言ったのだが、流星は首を左右に振った。
「いや、この前と同じで時間がないんだ。徹夜してでもやるさ」
「この前のって言えばあの流れ切りの時か。あの時と言い今回と言い、一体お前は何をそんなに必死にやってるんだ?」
 流星の返答を聞いてそう言ったのは晃太だ。
「どうもここ最近のお前は変だ。あの……悠司曰くの首ちょんぱ事件の辺りからだな。何か妙なくらいお前は追い込まれてるように見えてならないんだが」
「そんなことは」
「いや、俺もそう思う。前までの流星ならこんな無謀な特訓を思いつきもしなかっただろうし、やりもしなかっただろう。でも今は不可能かも知れないって言われてもやり遂げようとしている。前までの流星からは考えられないことだよ」
 幼馴染みの二人がそう言って流星を見る。
 流石に幼馴染みだけあって二人とも流星のことをよくわかっていた。だからこそ、今の流星の必死さがおかしく思えるのだろう。
 そんな二人を前に流星は押し黙ってしまう。まさか本当のことを話す訳にはいかない。
 この世界には人間をエサとしか思わない謎の怪物がいて、その怪物と唯一互角に戦える仮面ライダーというものに自分が変身して戦っているなどと言えようはずがない。下手すれば笑い話だし、仮にその話を信じたとして、この二人、いや二人のみならずこの場にいない後の二人の幼馴染みも間違いなく首を突っ込んでくるに違いないだろう。そうなれば彼らを危険に巻き込んでしまう訳で、流星としてはそう言う事態は出来る限り避けたかった。
 だが、これ以上どうやってこの特訓のことを誤魔化せばいいのか、それがわからないと言うのもまた事実であった。二人の言う通り、かつての自分は何に対してもやる気というものをそれほど見せなかった。それがこの間の滝での特訓の時や今回のこの樽を使った特訓では回りの忠告を無視し、反抗してまでやり遂げようとしている。自分のことをよく知っている二人からすれば、おかしいと思って当然だろう。
「流星、お前、何か隠していないか?」
 じっと流星を見据えて晃太がそう言った。
「物心つく前からの付き合いなんだ。お前がどう言う奴かはよく知っているつもりだ。だからこそここ最近のお前の変わり様が気になって仕方ない。このまま放っておくと、何処かへ消えてしまうんじゃないかってな」
 どことなく心配そうな感じの晃太に流星は何も答えられない。
「黙っているってことは何か俺たちには言えないことがあるってことか」
「教えてくれないか、流星。俺たちは友達だろ?」
 無言のままの流星に晃太、そして豪が詰め寄る。だが、それでも流星は口を開こうとはしなかった。怪物の話も仮面ライダーの話も二人にすることは出来ない。二人を巻き込む訳にはいかない。友達だからこそ、この二人を巻き込む訳にはいかないのだ。
「……悪い」
 ただ一言、流星はそう言うと立ち上がった。立てていた樽を横にし、そして転がす準備を始める。
「もうお前らは帰れ。後は俺一人でやる」
 ぶっきらぼうに、突き放すようにそう言って流星が樽の中に潜り込もうとしたその時、何やら重い足音が聞こえてきた。言った何だろうと豪、晃太の二人がその足音の聞こえてくる方を見るのと流星が叫び声をあげたのはほぼ同時。
「二人とも、逃げろ!」
「え?」
「何だ?」
 流星の声に二人が彼の方を振り返る。その二人の肩越しに流星は陸亀怪人の姿を捉えていた。
 一体どうしてここがわかったのか。いや、それよりも先に豪と晃太の二人をこの場から逃がさなければならない。そう考えた流星はすかさず二人を押しのけて、そのまま陸亀怪人の方へと走り出していた。
「流星!?」
「いいからここから離れろ! つーか、さっさと帰りやがれ!」
 二人からは自分の背が邪魔になって陸亀怪人の姿をはっきりと見ることは出来ないはずだ。何とか二人を陸亀怪人から遠ざけ、その存在を隠蔽しなければならない。こんな怪物がいると世間に知られれば大パニックになってしまうだろう。まぁ、信じて貰えない可能性の方が遙かに高いのだが。
「おら、お前の目的はこの俺だろ! こっちに来やがれ!」
 流星は陸亀怪人に向かってそう言うと、急に向きを変えた。
 この陸亀怪人、見た目通りかなり鈍重だ。変身していなくても逃げに徹すれば充分あしらえるはず。そう思ってのことだったが、ここで彼自身予想もしていなかったことが起きた。無理に向きを変えた所為なのか、右の足首が激痛を起こし、思わず転倒してしまったのだ。
「うおおっ!?」
 豪快に転んでから流星は右足を軽く捻挫していたと言うことを思い出した。本当ならば休息をとっておかなければならないところだったのだが、すっかりそれを忘れて特訓に励んでいたのだ。どうやらその無理が今になって祟ったらしい。
 転んだ流星を見た陸亀怪人が彼の方へとのっそり歩いてきてその片腕を振り上げた。動きは鈍重だが、この陸亀怪人、パワーだけは必要以上に物凄い。軽く振り下ろしただけでの手でアスファルトを爆散させられるのだから。そんな一撃を生身で受けたらただでは済まないどころの騒ぎではないだろう。
「おおおっ!?」
 慌てて流星は横に転がって陸亀怪人の振り下ろした腕をかわした。だが、その一撃で地面があっさりと陥没するのを見て、思わず青ざめてしまう。
(何つー馬鹿力だよ、こいつ。早く変身しないとやばい!)
 更に地面を転がって陸亀怪人と距離を取った流星は素早く身を起こすとゾディアックガードルを取り出し、腰にあてがった。ガードルの左右からベルトが伸び、すぐさま彼の腰に固定される。
 と、そこに陸亀怪人が地響きをあげながら突っ込んできた。始めにやり合った時と違って、今回は本気で流星を抹殺しようとしているらしい。
 しかし、その動きはやはり鈍重。流星は充分に引き付けてから横へと転がり、陸亀怪人をかわした。そしてすかさずカードとカードリーダーを取り出し、カードをカードリーダーに挿入する。
『Zodiac Rider System Preparation Start』
 聞こえてくる機械で合成された音声。それを耳にしながら流星がいつものように叫ぼうとした。
「変し……」
「流星!」
「何があったんだ……っておい!!」
 突然聞こえてきた幼馴染み達の声に思わず唖然となる流星。どうやら二人は突然駆け出していった流星を案じて追いかけてきたらしい。それが彼の思いとか願いとかにまったく反することだとは夢にも思わなかったのだろう。そして二人は見てしまう。直立する巨大な陸亀のような姿の怪人を。
「な、何だ、こいつは……?」
 呆然としている豪、そして何とかそれだけを絞り出した晃太。
 陸亀怪人は新たに現れた二人を見て、少しの間何かを考えていたようだったが、やがて彼らに向かって走り出した。仮面ライダーである流星よりも先にこの二人を始末してしまおうと思ったのか。
 だが、その動きはやはり鈍重で右足を痛めている流星の方が先に二人の側へと辿り着く。そして二人まとめて、まるでタックルするように横へと押し倒した。その直後、二人が立っていたところを陸亀怪人がどしどしと重い足音を立てながら走り抜けていく。
「馬鹿野郎! 何で逃げなかったんだよ!?」
 身体を起こしながら流星が怒鳴った。二人がこの場に現れなければ仮面ライダーに変身出来ていたのだ。今の状態であの怪物に勝てる保証はなかったが、それでも何とか退けることは出来たかも知れない。しかし、今はここに豪と晃太がいる。二人の前で変身することは出来ないし、仮に変身したとしても二人をかばいながらの戦いではかなり不利なことになるだろう。
「お前がいきなり駆け出していくから何事かと思って追いかけてきたんだろう!」
「まさかあんな化け物がいるとは思ってなかったけど……」
 強気な口調で言い返してくる晃太と先程見た陸亀怪人の姿を未だに信じられないと言った感じの豪。
「流星、説明しろ。あの化け物は何だ? お前は何を知っているんだ?」
 そう言いながら流星の胸ぐらを掴んでくる晃太。
「今は説明している暇なんかねぇよ! いいからとっととここから離れろ!」
 流星は晃太の手を払いのけるとすぐさま後ろを振り返った。既に陽は落ちかけ、周囲は暗くなり始めている。陸亀怪人はそんな薄闇の中に身を潜めてこちらの様子をうかがっているに違いない。もしかしたら高台のあの場所までそのまま走っていって、そのまま下へと落ちていったのかもしれないが、そんな幸運を期待する程流星は楽観主義者ではなかった。
「早く逃げないとあの化け物がまたくるぞ!」
「だったらお前も一緒だ、流星」
「そうだ。お前をおいて俺たちだけ逃げるなんてこと出来るはずがない」
 豪と晃太が流星の肩をガシッと掴んだ。だが、流星はすぐさまその手を振り払う。
「俺のことなら大丈夫だ。とりあえず俺があいつを足止めする。お前らはその間に逃げるんだ」
 そう言って一歩前に踏み出そうとする流星だが、踏み出した右足首に激痛が走り、思わずその場に踞ってしまう。
 それを見た晃太が流星の側にしゃがみ込んだ。
「馬鹿野郎はお前だ、流星! 何が大丈夫なんだよ! あんな無茶な特訓やってたお前が一番大丈夫じゃないんだぞ!」
 どうやら晃太は流星が踞ったのが特訓による疲労の所為だと思ったらしい。事実、流星はかなり疲労している。だがそれでも変身して戦えない程ではない。
「豪、流星を背負うんだ!」
「わかった!」
 晃太の指示を受けて豪が流星を背負おうとするが、流星はそれを拒否する。
「俺のことはいいから二人は早く逃げろ!」
「お前を放っておけるわけないだろう! 何度言えばわかるんだ!」
 そう晃太に怒鳴りつけられ、流星は黙り込んだ。晃太も豪も自分を心配してくれていると言うことが痛い程わかったからだ。しかし、その厚意も今ははっきり言って邪魔なだけ。自分と一緒にいられたら変身することもままならず、下手をすればみんなやられてしまうかも知れないのだ。
「くっ!」
 もはや決断するしかない。このまま三人にで逃げれるだけ逃げるか、それとも二人の前で変身するか。考えていられる時間はあまりないだろう。
「早くしろ、流星!」
 晃太がそう言って流星を急かす。こちらへと向かってくる重い足音が聞こえてきたからだろう。早くしないと陸亀怪人がここに戻ってくる。
(今ここで俺たちが逃げたらあの鈍亀野郎は町に来るかも知れない。そうなったら……やっぱりここはやるしかないのか!)
 ぐっと拳を握りしめ、流星はそれから顔を上げて二人を見た。そしてゆっくりと立ち上がり、一歩前に出る。足首が痛んだが、歯を噛み締めてそれを我慢しながら。
「……今から見たことは絶対に誰にも言うなよ。お前らのこと、信じているからな」
 それだけ言うと流星は先程カードを差し込んだまま、待機状態になっているカードリーダーを掲げた。
「変身っ!」
 そう叫びながら手に持ったカードリーダーをゾディアックガードルに差し込む。
『Completion of an Setup Code ”Sagittarius”』
 機械による合成された音声と共にゾディアックガードルから光が放たれ、流星の前に光の幕を作り出した。そこに描かれているのは射手座の星座図。その光の幕をくぐり抜け、向こう側へと躍り出た彼の姿が変わる。青いボディに銀色のアーマーを身につけた仮面ライダータリウスへと。
「りゅ、流星?」
 自分たちの目の前で変身した流星に恐る恐る声をかける豪。晃太の方は驚きのあまり言葉を無くしてしまっているようだ。
「あの鈍亀野郎は俺が食い止める。お前らは早くここから離れろ。はっきり言って邪魔だ」
 流星、いや仮面ライダータリウスはそう言うと痛む右足首をかばいながら走り出した。
 仮面ライダーに変身したことによって彼の知覚能力は格段にアップしている。陸亀怪人が何処に潜んでいてこちらの様子をうかがっているのか、それがすぐにわかる程に。陸亀怪人の居場所がわかったならぐずぐずしている暇はない。先手必勝という訳でもないが、晃太と豪の二人を逃がす為の時間を稼ぐ為には自分から動くべきだと判断したのだ。
「隠れんぼやってるつもりはないんだ! そっちが来ないならこっちから行くぞ!」
 タリウスがそう言ってジャンプした。そして隠れている陸亀怪人に向かってキックを放つ。
 隠れていてまだ見つかってはいないと思っていた陸亀怪人はタリウスのキックを頭部に受けて二、三歩よろめいた後、仰向けになってひっくり返ってしまう。
 着地したタリウスは足首に走った激痛に仮面の下で顔をしかめたが、すぐに陸亀怪人の方を振り返った。何しろ相手は馬鹿みたいな防御力を持っている。先程のキック一発で倒せるような相手でないことは嫌と言う程わかっていた。だからこそ反撃にすぐさま備える為に振り返ったのだが、そこで彼は予想外の光景を目にすることになる。
「……は?」
 仰向けになって倒れた陸亀怪人がじたばたと両手両足を振り回して藻掻いている。どうやら起きあがれないらしい。背中の甲羅が邪魔をして手も足も地面に届かないのだ。
 そのあまりにも間抜けな光景にタリウスは思わず唖然としてしまった。だが、すぐに首を左右に大きく振って気を取り直すと、倒れてじたばたしている陸亀怪人の側へと近付いていく。
「何つーか、チャンス、だよな?」
 そう呟くとタリウスはぐっと拳を握りしめた。
 この陸亀怪人がどれほどの防御力を持っているかわからないが、それでも脆い部分は必ずあるはずだ。そう、見た目通り亀と同じならば背中の甲羅は非常に硬くてもその裏、腹の部分はどうか。
「これでも喰らえっ!」
 そう言いながら大きく拳を振りかぶり、陸亀怪人の腹に拳を叩き込もうとするタリウス。
 しかし、それを見た陸亀怪人は素早く両手両足、そして頭を甲羅の中へと引っ込めるとその場で高速回転し始めた。
「なっ!?」
 背中の甲羅ではあるがタリウス必殺のライダーキックや光の矢ですら弾き返す高速回転防御。それが腹の方でも何の変哲もないただのパンチならば弾き飛ばすことは容易い。事実タリウスの拳は陸亀怪人の腹に触れると同時に回転に巻き込まれ、そのままタリウスを身体ごと回転させて吹っ飛ばしてしまった。更にそのまま回転を続けて背にしている地面を削り取ると、ようやく回転を止めて、甲羅から手足を出し、のっそりと起き上がる。どうやら高速回転することでタリウスの攻撃を防いだだけではなく、仰向けの状態からも脱したらしい。
 立ち上がった陸亀怪人は先程自分が吹っ飛ばしたタリウスが少し離れたところに倒れているのを見つけると、すぐさまそちらへと向かって走り出した。このままタリウスを叩き潰そうと言うつもりらしい。少し足下がフラフラしているが、それでもタリウスへと真っ直ぐに近付いていく。
 一方、吹っ飛ばされた側のタリウスは段々近付いてくる重い足音にようやく意識を取り戻していた。吹っ飛ばされた衝撃で軽く気を失ってしまっていたらしい。少しぼんやりとしていたタリウスだが、すぐにはっとなり起き上がった。先程から聞こえてくる重い足音、それがこちらへと近付いている陸亀怪人のものだとわかったからだ。
 聞こえてくる足音から陸亀怪人の方を向くタリウス。しかし、その時にはもう陸亀怪人はすぐ側にまで迫ってきていた。
 すっと右手を突き出してくる陸亀怪人。タリウスはそれを両腕を交差させてガードしようとする。次の瞬間、タリウスの腕に物凄い衝撃が加えられた。ついでタリウスの身体が大きく宙に舞い上がる。
「うおおおっ!?」
 思い切り吹っ飛ばされ、地面に叩きつけられるタリウス。
「何て馬鹿力だ、あの鈍亀野郎」
 かなりの距離を吹っ飛ばされてしまったらしい。身体を起こして周囲を見回すとそこは特訓に使っていた高台の辺りだった。近くには放置されたままの樽がおいてある。それを見ながらタリウスは何とか立ち上がった。
 陸亀怪人の突きをガードした両腕に残る痛みはかなりのものだ。折れてはいないだろうが、それでもすぐには使い物にならないだろう。もしこの一撃を生身で受けていれば確実に骨が折れて、いや、それだけではない。きっとその威力は腕を越えて胸にまで達していただろう。下手をすれば背骨をやられていたかも知れない。もっと言えば死んでいた可能性だってある。両腕に激しい痛みが残る程度で済んだのはひとえに仮面ライダーに変身出来ていたからだろう。この変身装置を作った人間に感謝しなければならない。
 そんなことをタリウスが考えていると、のっしのっしと陸亀怪人が姿を現した。陸亀怪人の方もあの一撃でタリウスを倒せたとは思っていなかったのだろう。こうしてわざわざやってきたのは今度こそタリウスとの決着をつける為か。何にせよタリウスとしてもこの勝負から逃げる訳には行かなかった。
(しかし不利だよな……右足は捻挫してるし両腕は使えねぇ。おまけにあの回転防御に対する策もないときたもんだ。一体どうする?)
 回転には回転と思ってやっていた特訓だったが未だ完成を見ていない。それどころかヒントらしいヒントすら掴めていない。一応少しの考えがない訳でもないのだが、今の状態ではほとんど役に立たないだろう。
(でも……これしか方法はない! 一か八か……やってみる!)
 タリウスは覚悟を決めると陸亀怪人の方に向かって走り出した。捻挫している右足首が痛みを訴えるが、あえてそれは無視して出せるだけのスピードでもって陸亀怪人との距離を詰めていく。
 迫ってくるタリウスを見た陸亀怪人は素早く背中を向け、両手両足、そして頭を引っ込めると回転し始める。これならば如何なる攻撃も自分には通じない。タリウスが迫ってくるのを見て、何か自分を倒す為の行動に出たと判断し、先手をとって回転防御を始めたのだ。
 だが、それは勿論タリウスも考慮済みだった。こちらが行動を起こせば必ず陸亀怪人は回転防御をする。それを打ち破れるかどうか。全てはそこにあった。
「ウオオオッ!」
 走りながらタリウスは痛む右手でゾディアックガードルに収められているカードを引き抜いた。そして、すかさずそのカードを頭上へと放り投げる。するとそこに等身大ぐらいの大きさの光のカードが現れた。そのカードに描かれているのは勿論射手座の星座図だ。
 それを見ながらタリウスは大きくジャンプし、そして身体を捻って回転をつける。回転には回転。万城目が教えてくれた回転防御を破る為に第一の策。
「スクリューライダーキック!」
 身体を回転させながらタリウスが光のカードをくぐり抜け、その全身に光を纏わせる。更にカードをくぐり抜けた瞬間からその回転速度が上がった。それでも陸亀怪人の回転防御のスピードには及ばない。しかし、それでももう止めることはタリウスには出来ない。
「ウオオオッ!」
 気合いの雄叫びと共にタリウスの回転キックが陸亀怪人の高速回転する甲羅と激突する。

This Story was Completed!
To be Continues Next Episode!

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